気まぐれ流れ星二次小説

1⇔8

<前編>

※注意

この『1⇔8』では、以下のありがちなネタを扱います。

“複数のファイターの、心と体が入れ替わる”

このネタを苦手とする方は、速やかにお戻り下さい。
また、読んで下さる方は、“どのファイターが入れ替わっても良い”という寛容な心で読んで下されば幸いです。

配管工、勇者、王女、動物、レーサー、傭兵、そして賞金稼ぎまで。
スマッシュブラザーズのファイター達は、実に個性に溢れている。

背の高い者や、まん丸で軽い者、身軽ですばしっこい者に、重く巨大な者。
姿のことは言わずもがな、彼らの性格はまさに十人十色、千差万別。

そんな彼らがひとつ屋根の下で暮らせば、時に衝突が起こるのも道理ではあるのだが――

<AM 8:00>

「何故真面目に戦わないのだ」

「それって…僕が真面目に戦ってないって言いたいの?」

「……」

「ひどいなぁ…僕はいつも真面目にやってるよ」

「ならば何故試合中に無駄なことをする?
……アピールなどしている暇があったら、少しでも戦って頂きたい」

待合室の方角から聞こえてくる、ただならぬ緊張感をはらんだ会話。
リビングルームでめいめいくつろいでいたファイターは何事か、と耳をそばだてる。

「…あーあ、またやってるよ」

トゥーンリンクがうんざりしたように眉をしかめた。

「朝っぱらからうるさいな。剣持ってるやつ同士仲良くできないのかぁ?」

ドンキーコングはそう言って不思議そうに首をかしげる。

「剣を持ってる、持ってないの問題じゃないよ。あれはほんとに…性格が合わないんだ」

他人の心を感じ取れるネスが言うと、説得力がある言葉だ。

3人が見やる先、待合室からリビングまでの廊下で口論をしているのは
スマッシュブラザーズの青い剣士、マルスとメタナイト。

かたや誰に対しても気立てが良く明るい好青年として、かたや寡黙だが乱闘で味方となれば心強い騎士として
2人は他のファイターからそう評価を受け、信頼されている。

しかし、その2人の仲はそれほど良くない…いや、悪いというのが現状だ。

修行するためだけに『スマブラ』に来たようなメタナイトに、しつこく話しかけるマルスが悪いのか。
仲間になろう、と手をさしのべるマルスを冷たくあしらうメタナイトが悪いのか。

いくら仲が悪くとも、チーム戦では黙って共闘しなくてはならない。
それが『スマブラ』のルールだ。

乱闘中はその暗黙のルールを守る2人だが、城に戻ってくれば ― 特に試合に負けたときに ― 口論をはじめる。
いつもは互いの戦い方、態度について数回の言い合いをするくらいだが、今日は違った。

その日、朝一番に行われた『ノルフェア』でのストック制チーム戦。
比較的狭いステージでの試合ということで、接近戦タイプの青チーム、マルスとメタナイトが有利と見られていた。

しかし、赤チームにはサムスがいた。
ホームグラウンドでの試合。サムスはノルフェアにある仕掛けを熟知し、それを利用して巧妙に立ち回ってきた。

また、同じく赤チームのスネークもやっかいだった。
溶岩流から身を守るシェルターに向かってくる青チームを見越して密かに地雷を設置しておいたり、遠隔操作ミサイルで的確に邪魔をしたり。
その上彼の着込む赤と黒の迷彩服は、炎渦巻くノルフェアにおいてはカモフラ率抜群だった。

遠距離攻撃が可能な赤チームに、接近しなければ戦えない青チームが散々翻弄された試合だった。

手も足も出ず、焦るメタナイト。そんな彼の横で、上空の観客席に手を振っているマルス。
メタナイトが怒るのも無理もないかもしれないが…。

「でもさ…君、そんなに勝ちたいの?」

何とか非難の切っ先をかわし、穏便に済ませようとしていたマルスが、ついに声に少しとげを含ませた。

「……当たり前だ。負けるために戦う者がどこにいる」

そのとげを冷静に切り返すメタナイト。

「そうじゃないよ。
スマブラは…勝ち負けだけじゃない。
マスターだって……」

声が、途切れる。
不自然な静寂、そして

驚愕の声が朝の城に響き渡った。

「今度は何だ?!」 「わからない、でもとにかく行ってみよう!」 「おぅ!」

リビングにいたファイター達が急いで廊下に出る。

見えてきたのは先ほどまで口論していた王子と騎士。
何かにひどく驚いた様子で、目を丸くして互いに壁にもたれ、向き合っている以外特に妙なところはない。

しかし、ネスだけは違和感を感じて立ち止まった。
一方、ネスの横を駆けていったトゥーンリンクが、2人に声をかける。

「おい、どうしたんだよ2人とも」

そんなトゥーンリンクの前で、王子と騎士は、震える指でゆっくりと互いを指さし、こう言った。

「僕の…」
「私の…」

「「…体を返せ!!」」

1⇔8
<前編>
~相手の身にもなってみろ、とはよく言うけれど~

「じゃあつまり……。
廊下で言い争いをしていたら急にあたりが光って、気がついたら入れ替わってたってことか?」

再び、リビングルーム。
憔悴した顔でソファに座っている王子と騎士を前に、腕組みをしているトゥーンリンクがそう聞いた。
2人は声を出す気力すらなく、頷く。

こうして座っている2人を見比べると、“何か”がいつもと違っているのが分かる。
八頭身の王子はまるで別人のように鋭い目つきをしているし、一頭身の騎士には明らかにいつもの覇気がない。

「誰がやったのかも分からないのか…」

難しい顔をして考え込むネス。

「ま、こんなことするの、おおかたクレイジーの野郎だろーな!」

深く考えもせず、気楽に言うドンキー。
しかし、城で起こるトラブルの大半はクレイジーハンドに関係しているのだから、あながち当てずっぽうとも言えない。

「はぁ……どうして…どうしてこんなことに…」

と、メタナイトの姿になってしまったマルスが力なくため息をつく。

「どうしてって、そりゃぁな、お前らがけんかばかりしてるからだ」

アイクが至極当然のことのように断言する。

「ちょっと! そんな非科学的な理由ってありなの?!」

「まぁまぁ、落ち着いて下さいメ…じゃなかった、マルスさん。
クレイジーさんがやってしまったことなら、元に戻るのにそうかからないはずです」

そう言ってリンクがなだめる。
クレイジーハンドが何かいたずらをすれば、まもなくマスターハンドがやってきてそれを修復し、ふてくされるクレイジーハンドを根気よく諭す。
それがいつものパターンだ。

「ともかく、クレイジーさんに連絡とってみるよ」

早速、ネスがそう言ってケータイを取り出した。

「しかしあんな大声出すなよな…騎馬隊の大軍でも攻めてきたのかと思ったぞ」

そう言うアイクは、一階の叫び声を聞きつけて、リンクと共に二階のトレーニングルームから駆け下りてきたのだった。

「こんなことになって驚くなという方が無茶だよ!」
「……失礼した。アイク殿」

2人は、互いの姿から相当にギャップのある返答をする。

「…だめだ、クレイジーさんにもマスターさんにもつながらないや」

ネスが首を振り、ケータイを閉じた。

「…それでは試合はどうなる?
まさか…このまま出ざるを得ないのか…?」

マルスの姿をしたメタナイトが深刻な表情で言う。
対し、横に座るマルスは呆れ声で突っこんだ。

「あのさ…君。出ないって選択肢ないの?」

丸い一頭身と、すらりとした八頭身。
2人は身体の極端な変化に頭がついていけず、まだまともに体を動かせない。
ファイター達の介助でやっとリビングまで行けたのだ。
つまり、この調子では乱闘など不可能。

「でも、お客さんにはどう説明したら良いんです?
マルスさんはまだしも、メタナイトさんは多くの試合に出るんですから、それが全部中止となると…」

リンクが遠慮がちに指摘した。

「多くって…いったいいくつなのさ」

トゥーンリンクがメタナイトに問いかけた。

「今日は確か…」少しの間目を閉じ、そして彼は答えた。「23試合だ」

その答えにファイター達はどよめいた。

「に…23?!」
「僕の3倍だ…」
「ほとんど全部に出てんじゃないのか?!」

「これでも私にとっては少ない方だが…」

鋭い目に若干の戸惑いを浮かべるメタナイト。仮面がないせいか、表情の変化がわかりやすい。

「23試合全部が中止になったらさすがにまずいよ!
何とか元に戻る方法を探さないと…」

一方のマルスは、仮面をつけているものの身振りや声で何となく表情がわかる。

「探さないと…マルス、あんたがメタナイトのふりして23試合こなすことになるな」

両手剣を片手で扱う男、アイクが、ラグネル並みに重い現実をストレートに突きつけた。

「あぁそうさ!
もう! 人ごとだと思って…」

「マルス殿…
あまりその姿で騒がないで頂きたいのだが…」

「うるさいなぁ…今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?!」

「と…とにかく! 元に戻す方法を考えましょう!」

このままではまた言い争いになるのを察し、リンクが話の方向を元に戻した。

「方法…」

「方法なぁ…」

「…うーん」

それぞれソファに座ったり、壁に背を預けたりして何となく円を描いたファイター達。
あごに手を当て、あるいは腕組みし、瞑目したり天井を眺めたり、考えてみるものの未だ名案は浮かんでこない。

やがて、ネスが何かを思い出し、口を開いた。

「小説だからフィクションなんだけど…
前読んだ話に、出会い頭にぶつかってしまった2人の、心と体が入れ替わるっていう話があったな…」

「小説の話か…」

アイクが腕を組み、うーむとうなる。

「まぁでも、試してみるか?」

ドンキーが手を打ち鳴らしつつ立ち上がるが、ネスが慌てて彼を止めた。

「ま…待って!
ドンキーにぶつけられたら2人とも脳震盪起こしちゃうよ!
それに…そもそも2人はぶつかって入れ替わったのじゃなかったし…」

「そういえばあたりが光った…と言ってましたね。
…もしかして、雷で…」

リンクがそう言うと、今度はマルスがそれを遮った。

「どうしてそんな物騒な方法しか思いつかないの?!」

「…まぁこの調子じゃ色々と試してるうちに2人とも傷だらけになっちまうよなぁ…。
やっぱりマルスはメタナイトの、メタナイトはマルスのふりして試合に出るしかないだろ」

トゥーンリンクは考えつかれたのか、そう結論を出して伸びをした。
他のファイター達も三々五々、それに同意する。

「ま、クレイジーが来るまでの辛抱だ」

アイクはそう言ってマルスの肩(というか肩の防具)をぽんと叩き、リビングを出て行った。
そんなアイクの態度に言い返す気力もなく、マルスは目をつぶる。

「…そうなるよなぁ…。……23試合か…あぁ」

すっかり意気消沈してしまったマルスの横で、メタナイトが机に手をつき、何とか立ち上がった。
そのまま壁に片手を添えて、それを支えにリビングの出口にゆっくり向かっていく。

「…? どこ行くの?
僕が出る予定だった試合はまだ先だよ」

マルスが聞くと、メタナイトは振り返らずに答えた。
(これは無愛想と言うよりは、振り返ろうものならバランスを崩して転倒する恐れがあったからだろう。)

「……トレーニングルームに行く。
試合までに動けるようにならねば…」

「君は戦う気満々なんだね…」

去っていく、自分のものだった後ろ姿に、マルスは感心半分、呆れ半分でそう言った。

「…それよりマルスさん! もう待合室に向かった方が良いですよ!」

リビングのモニタを見ていたリンクが、慌ててマルスに声をかけた。
見ると、モニタには第2試合の予定がスタジアムごとに映し出されていた。

“スタジアム:戦場
  キャプテン・ファルコン 対 メタナイト
ルール:タイム制(5分)
アイテム:……”

「あーぁ…よりによって1対1…?」

マルスはため息をつき、しぶしぶソファから降りる。
試合をパスしようものなら、あの戦闘種族メタナイトに何を言われるか分かったものではない。
丸い体が転がっていかないよう、慎重に歩を進めつつ、沈んだ声で彼はこう言ってリビングから出て行った。

「……いってきます」

<AM 8:45>

スタジアム『戦場』。
空中に浮遊し、3つの足場を持つシンプルなステージでは、マルスがC.キャプテンファルコンと闘っていた。
リビングルームでは元気の無かったマルスだが、スタジアムに着くと一転、真剣な表情になっていた。
…もっとも、顔の上に銀色の仮面が被さっている今、彼の表情を知る者はいないが。

開始直後から、マルスは相手の攻撃を避けることに専念しつつ、身体の感覚を掴もうとしていた。
くよくよ悩んでいても仕方がない。そう割り切って。

重心の低い球形の体は、たとえ転んだとしてもすぐに姿勢を正すことができた。
あとは視点の低さと手足の短さに慣れるだけ…そうマルスは思っていた。

しかし、試合が進むにつれ、マルスは別の問題が立ちはだかっていることに気がつく。

攻撃を回避したマルスに向け、接近し、蹴りを繰り出そうとするC.ファルコン。
いつもの感覚で、マルスは、相手の足を剣で受け流そうとする。

だが。

黄金の剣は迫ってくるC.ファルコンの足の手前でむなしく空を切り、ただ金色の扇を束の間宙に描くだけだった。

「…っ?!」

何が起こったのか把握する間もなく、次の瞬間、マルスはステージ上空に打ち上げられていた。
しかし、戸惑っている暇はない。
追撃を狙うC.ファルコンをかわし、何とか地面に着地する。

今度は十分相手に近づいてから攻撃を当てよう、とマルスは駆け出し…そして気がつくとC.ファルコンの横を通り過ぎていた。

「あれ…?」

危うくステージの端から落ちかけ、マルスはたたらを踏む。
間合いの狭さと、姿に見合わない瞬発力。
慣れるべき特徴はまだまだあったのだ。

「どうした。調子が悪いならリタイアしたほうがいいぞ」

明らかにいつもと様子の違う騎士を気遣ってC.ファルコンが低く声をかける。

「大丈夫、続けよう。
それに早いとこ慣れないといけないしね」

マルスはそう言って枝刃のついた剣をしっかりと構え直した。

「……?」

“入れ替わり事件”のことを聞いていないC.ファルコンは、目の前にいる対戦相手の口調に違和感を感じたものの、
あごを引き、拳を構えた。

観客席を埋め尽くす人々からの声援が一層大きくなる。

真剣勝負を好むC.ファルコンは手加減などせず、試合はマルスの惨敗に終わった。

それ以降の試合でも、マルスは相手を撃墜することすら出来ず、距離を見誤ってステージから飛び出して自滅したり、
重量級のファイターに華麗に吹っ飛ばされたり、さんざんな目にあっていた。

<AM 10:50>

一方、城の二階、トレーニングルームにて。
ブロックを一列に並べただけのシンプルなエディットステージでは、人型のザコ敵(赤)を相手に、メタナイトがひたすら鍛錬をつんでいた。
…というと聞こえは良いが、その実、彼はザコ敵に完全に遊ばれていた。

ザコ敵に“遊ぶ”という概念は無いのだが、転び、苦労して立ち上がり、空振りし、自滅してもなお何度も向かってくるファイターを
あっさりステージの外に吹き飛ばすザコ敵を第3者が見れば、まさに遊んでいるように思えるだろう。

腕や脚が伸び、ひじやひざという訳の分からない概念が加わり、身長が増し、そして翼が無くなった。
この状況に一刻も早く適応しようと焦るメタナイトは、
あれから2時間近く、ステージエディターの作り出したバーチャルステージにこもって戦っていた。

しかし、人間の体は一向に頭に定着せず、それに反して焦りは増していった。

何度目か分からない落下、空を掴む手、束の間の空白。
光るプレートに乗ってステージ上空に現れたメタナイトは、プレートが消えるのも待たずに自分からステージに降りる。

背後に気配。

「…!」

ぱっと振り向くと、そこにはリンクが立っていた。
リンクは、自分に向けられる殺気だった目つきに少し怯んだような顔をする。
メタナイトは息をつき、剣を下ろす。

「……リンク殿か…。
すまない。ステージエディターを使うのであれば、すぐ空ける」

対し、リンクは表情を引き締め、静かに首を横に振る。

「エディターを使いに来たんじゃないんです、僕は」

「…と言うと?」

「……あなたにアドバイスしようと思って」

少しの間目をつぶり、リンクは言いたいことを整理する。そして正面から相手を見据えて、

「いきなり実戦の練習を、それもレベル9を相手にするなんて、良い方法とは思えません。
こういうときは、まず手の届くところから、少しずつ積み重ねていくべきですよ」

彼は要点だけを言った。こういう気持ちを偽らないところが彼の長所でもある。

「しかしそれでは…」

「間に合わない、というのでしょう?
でも、一度に全てを把握しようとするより、出来ることを根気よく増やしていく方が堅実ですし、確実です」

「………」

だが、リンクにそこまで助言されても、メタナイトの表情は曇ったままだった。
相手の心を測りかね、顔を見ていたリンクは、ふと問いかけた。

「…あの、……元の姿の時も、仮面の後ろではそんなに表情豊かなんですか?」

突然つながらない質問をされて、メタナイトはつと顔を上げる。

「…?
……どうなのだろうな」

しばらく考え込む。

「…自分では特に気を遣ってはいないから、……そういうことになるのだろう」

「そうですか…。
その…やっぱり、仮面は外さないんですか?
僕はその方が親しみやすい…かな……なんて」

相手の眉間にしわが寄るのを見て、リンクの語尾は自信なさげにフェードアウトしていく。

「…すいません、不躾なことを言ってしまって」

「………いや、気にするな。
それより、“できることから積み重ねていく”のだったな?
今考えてみれば、そちらの方が理にかなっている。
……私としたことが、焦ってしまっていたようだな」

そう言って、メタナイトは手元に現れたタブレットを操作し、トレーニングモードを終了させる。
2人の周りでエディットステージがデータの断片となって消えていった。

「自分の手が届く範囲、まずはそこから頭に入れるんです」

そう言ってリンクは、テーブルにリンゴを置いた。

「このリンゴ、掴んでみて下さい」

てっきりトレーニングルームで剣の指導を受けるものと思っていたメタナイトは、今こうしてリビングルームのテーブルの前に立たされ、
つややかなリンゴを目の前にして、若干戸惑った顔をしていた。

――しかし、先ほどからのリンクの言葉には、単なる憶測ではない何かがある。
  彼も昔…何かしら自分の姿が変わるような経験があったのだろう。

そう考えて、メタナイトは表情を引き締め、さっと右手をリンゴの方へと動かした。
以前より高くなった視点の中、きゃしゃな手はリンゴを通り越し、テーブルにぶつかる。

「急いじゃだめです。よく見て」

リンクが短く忠告する。

「…わかった」

再び右手を持ち上げ、今度は自分の意図と、視野に映る右手の動きとを頭の中で関連させつつ、慎重に右手を動かしていく。

<AM 11:30>

昼食前ではあったが、小腹の空いたスネークはめぼしい軽食を探しに、一階の厨房に向かっていた。
途中リビングルームを通った彼は、そこでキャッチボールをしている剣士2人に出会う。

「これをデクの実だと思って!
受け止めて、投げ返して下さい!」

そう言いつつリンクが勢いよく投げているのは、いつも子供ファイター達が遊びに使っているサッカーボール。
部屋のもう一方に立ち、飛んでくるボールの前へ走り出て、危なっかしくそれを受け止め、投げ返しているのは八頭身の青い剣士。

「…おい、何のトレーニングか知らんが ―」

そこで、飛んできた流れ球を受け止めるスネーク。

「― 屋内でキャッチボールとは、ずいぶん変わったことをしてるな」

お前達の世界ではこういうことをするのか、と問いたげな様子である。

「…あっ! すいません、スネークさん」

リンクはスネークの方へ駆けていき、ボールを返してもらった。

「動体に対する間合いを測っていたところだ」

部屋の向こうで八頭身の剣士が言う。
スネークは、聞き慣れない声に驚き、声の主を改めてまじまじと見る。
そして、あごに手を当て感心したように言った。

「……噂は本当だったか。
つまり、あんたがメタナイトなんだな。
…いやはや、人格が変わると声の調子まで変わるんだなぁ…」

「…もう噂になっているのか」

スネークの物珍しげな視線に少し気を悪くしつつも、メタナイトは尋ねた。

「まぁ、朝の時点であれだけの人に見られてますからね…」

リンクがそうとりなす。

と、その時、リビングルームの壁面に掛けられているモニタの画面がぱっと切り替わった。
各スタジアムでの試合結果が表示されていく。続いてハイライト。
また一枠、試合が終わったのだ。

「……行かなければ。
リンク殿、世話になった」

そう礼をし、待合室に向かいかけたメタナイトだったが、ふと途中できびすを返し、改まった口調でリンクにこう言った。

「…すまないが、貴殿に頼みたいことがある」

一方その頃。

一階の廊下を、ヨッシーがうっとりした顔をして歩いていた。
彼の心をとらえているのは、向こうから漂ってくる甘い香り、そう、フルーツの素敵な香りである。

香りに誘われるようにしてふらふらと歩いていた、そんなヨッシーの前に、無謀にも何者かが立ちはだかった。
両手を横に広げ、丸いレンズの目でヨッシーを注視するそのファイターは、ロボット。

「ちょっとロボットさん! そこをどいてくださいよー!
ボクはむこうに行かなきゃいけないんです!」

ヨッシーはロボットの防衛ラインをむりやりくぐり抜けようとするが、
向こうは機械ならではの正確かつ素早い動きで、ヨッシーの行く手をことごとく塞いでくる。

「うぐぐぅ~…
フルーツさんがボクを呼んでるっていうのにぃ…」

空きっ腹を抱えた獣の眼をしてヨッシーは歯がみしていたが、唐突にその頭に良いアイディアが浮かんだ。

「…あっ! あれ何でしょう!」

ヨッシーはそう大声で言って、明後日の方向を指さした。
ロボットもつられてそちらを向く。

その僅かな隙を突いて、ヨッシーはまれに見せる猛ダッシュでロボットの横をすり抜けた。

「やっほぅ! これでやっと会えます! ボクのフルーツさ…」

<AM 11:37>

「あー……疲れた…」

思わず、そんな呟きがついて出る。
マルスはそれほどまでに疲れていた。
しかし、試合予定を見れば、“彼”が入れていたスケジュールの、まだ半分も終わっていない。

昼食を済ませれば、また怒濤の連戦が待っている。
だがとりあえずそれまでは、束の間の自由時間が約束されていた。

自室に戻る元気もなく、マルスは待合室から出るとリビングルームに直行し、ふかふかの白いソファに身を投げ出す。
自分の他、誰もいないリビングルームに、ぽふっ…と、平時よりだいぶ軽い音が響く。
防具だの仮面だのつけている割に、この身体はとんでもなく軽かった。
今日、この軽さを何度のろったことか。

連戦連敗。

朝は『真面目に戦っていない』と非難されてしまったマルスだが、全く勝ち負けに興味がない、というわけではない。
こう負けが続いては、余計気分が暗くなるというものだ。
初めの頃の意気込みはすっかりしぼんでしまい、今はただただ『疲れた』という言葉しか頭に出てこない。

「あーあ…」

ため息をつき、寝返りをうつ。
試合を数こなしたことで、転んだり、見当違いの方向に走っていったり、間合いを取り違えたり、
そういったミスは減っていた。

しかし、未だにあのスピードにはついて行けない。

ふと、視界の端に映るリビングルームのモニタに目がいく。
現在行われている試合をランダムで映すそのモニタは、今、『戦艦ハルバード』での試合を映していた。
そこで戦っているのはファルコ、レッドとそのポケモン達、そして自分…の姿をしたメタナイト。

ずっとトレーニングルームで特訓してただろう彼もまた、動きがぎこちなかった。
自分が自分でない動きをする、そんな収まりの悪い光景を見ていられず、マルスは目をつぶった。

――まぁ、きっと向こうだって同じこと思ってるよね。
…早いとこマスターに来てほしいな。
こんなバカげたこと…早く終わらせてほしいよ。

いつもと比べ、相対的に広くなったソファにそのまま仰向けになり、しばらく何も考えずに休んでいたマルスだったが、
ふとあることに気がついた。

――待てよ。今、彼が試合してるってことは…
…城に彼が居ないってことか!

ソファから飛び降り、リビングの壁に掛けられている鏡の前に向かう。

子供ほどの身長しかない一頭身の剣士が、鏡の向こうからこちらを見返した。
その姿を見つつ、マルスは心の中で言い訳する。

――君には悪いけど…
でも、これは君の素顔を知る、またとないチャンスなんだ。
ずっと気になってたんだ…ばれなきゃ問題ないよね。

そして、マルスは自分の顔を覆っている銀色の仮面に手を持って行きかけ…

「…待って! 止めてください!」

横から声が飛んできた。

「えっ…?!」

驚いて振り向くと、リビングルームの入り口にリンクが立っていた。
肩で息をしているところを見ると、どうやらここまで走ってきたらしい。

「……その仮面、外さないで下さい!」

「…どうして君が…。
もしかして…彼に何か言われたの?」

思い至る原因はそれしかない。
リンクは何も言わず、ただこくっと頷いた。

「……。
でもさぁ…君だって知りたくない?彼の素顔がさ」

少し意地の悪いことを言うマルス。
しかし、人を使ってまで隠したがる秘密…隠されれば隠されるほど、知りたくなるのが道理というものだ。

「それは…」

言いよどむリンク。
彼にとって、目の前に解けない謎がある、というもどかしさは如何ほどのものだろう。

「…正直に言うと気になります。
……でも!」

リンクのまっすぐな、強い瞳がマルスを見つめる。

「でも僕は…僕を信じているひとを裏切りたくないんです…!」

必死な口調。
いったい彼に、何をどんな風に言われたんだろうか、とマルスはいぶかしんだ。

――信じている…ってことは……
もしかして…頭でも下げたんだろうか。
……まさか…ね。プライドの高いメタナイトに限って。

何にせよ、心の純粋な青年であるリンクに、これ以上板挟みの思いをさせてはいけない、という結論を出したマルスは、

「わかったわかった。絶対外さないよ」

そう約束した。

その頃、ステージ『戦艦ハルバード』にて。
擬似的に作り出された夕日をバックに、洋上を飛ぶ戦艦と併走し、
空を飛んでいるステージでは3人のファイターが闘っていた。

自慢の脚力を活かし、ステージを自由に駆けるファルコの姿を見るたびに、
メタナイトは、今の自分にスピードが無いことを自覚させられていた。
元の姿であれば軽々と彼を追い越し、先手を打てるものなのに、今では後手に回るしかない。

四方から飛んでくるブラスターの閃光。
瞬時に接近し、攻撃を仕掛けて離脱する青いトリ。
なぎはらった剣も、するりとかわされてしまう。今の自分は、以前よりリーチが長いはずなのに。

ステージのほぼ一カ所に閉じ込められ、防戦一方のメタナイトは、ステージの端でじっとしているフシギソウに気がついた。

「…どうした。戦わないのか」

ファルコが仕掛ける攻撃の合間を縫い、彼に短く問いかける。

「…! …そ、そのぅ」

フシギソウはもじもじと、答えにくそうな様子である。
“入れ替わり事件”のことを聞いて、その被害者であるメタナイトに向かっていくわけにもいかず、
かといってチーム戦でもないのに、ファルコに攻撃し続けるのもフェアでない、と思っているのか。

レッドもそう考えているのだろう。
ステージの奥に立ち、彼は帽子の下で申し訳なさそうに視線を逸らしていた。

「…同情するくらいなら…」飛んできた閃光をシールドで防ぎ、「かかってきてくれ。…その方が私も、気が楽だ」

メタナイトがそう声を掛けると、レッドはわずかに迷った後、フシギソウに次の行動を指示した。
フシギソウも迷いを断ち切るように頷くと、こちらに向かってくる。

「いいのか? …そんな余裕あンのかよ!」

ファルコが、鼻で笑う。
何しろ、すでにメタナイトのストックは尽きているのだ。

――余裕など、最初から求めてはいない…!

心の中で答えると、メタナイトは長剣を構え、初めて攻勢に出た。
リンクの特訓のおかげか、その動きは朝よりも身についたものとなっていた。

ファルコは満足げににやっと笑うと、自分からも相手の方へと向かっていった。

ガキンッ!

ファルコの蹴りと、メタナイトの剣撃が空中で相殺される。

息つく暇もなく、メタナイトは剣をそのままの流れで後ろへ持って行き、フシギソウの頭突きを防いだ。
続いて、背後から来るファルコの攻撃を避けるため、着地しざまに地を蹴り、上の段にくるりと飛び上がる。

ついついしてしまうアクロバティックな動作に、人間の身体が悲鳴を上げた。

「くっ…!」

顔をしかめ、体勢を立て直す。

ステージ下段では、リザードンがフシギソウに替わって、ファルコと闘っていた。
2人の注意が自分からそれ、休息を取れるまたとないチャンスなのだが、
しかし、メタナイトは、戦いを求めて自ら下段へと降りていった。

そのまま裂帛の気合いと共に、2人の方へと駆ける。

攻撃を予期して振り返ったファルコは、自分の見たものが信じられず、目を丸くした。
『気品のある』が枕詞のはずの王子が、剣を腰のあたりに低く構え、猛烈な勢いで突撃してきたのだ。

――おいおいっ!
そんな戦い方してたかアンタ…!
……ってぇ!そうか…今のお前は…!

こういう場面では、戸惑い、立ち止まってしまった方が負ける。

勢いよく突き出されたファルシオンをかわしきれず、ファルコは一気にステージの外まで突き飛ばされた。
ダメージが蓄積されていたとはいえ、思っていたよりも遠くまで飛んでいったファルコの姿を、思わず目で追うメタナイト。

今までの自分が不得手としてきたパワータイプのファイター達。
背丈の高い人間の姿となったことで、彼らの持つ一撃一撃の重みを、メタナイトは手にしていた。

…がくん!

ステージが甲板に着地する鈍い揺れで、メタナイトは我に返る。
前にいるリザードンが、そしてその傍らのレッドが、次の動きを待っていた。

――…律儀な少年だ。

ストックを費やしてファルコがまた戻ってくる前に、少しでもリザードンにダメージを与えておきたいところ。
短く息をつくと、重い長剣を持ち直し、駆け出す。

そのとき。

視界の端で銀色の閃きがあった。

わかってはいた。

避けようとした。

…だが、身体がついてこなかった。

直後、ハルバードのアームがステージ上を乱暴になぎ払っていった。

衝撃。

身体が宙に投げ出される。
見る間にステージの端を過ぎ去り、はるか下の海面が視界に広がる。

そこで身体の硬直が解けた。

――この距離ならばまだ…!

いつものように翼を広げようとして…軽いショックと共に思い出した。

今の自分に、翼がないことを。

なすすべもなく、落ちていく彼が最後に見たのは、
コウモリのような格好をした巨大な翼を広げ、はるかな高みを悠々と飛ぶ、自分の空中戦艦だった。

――……翼さえあれば…!

<PM 12:00>

朝食・夕食と違い、昼食はファイターがめいめい好きなときに食べるようになっている。
乱闘のスケジュールを、できるだけ個人の希望通りにしようとすると、
どうしても朝・夜の他、昼に全員が一堂に会する時間を取ることができなくなってしまうのだ。

人によっては外食するし、厨房で何か軽く作って食べる人もいる。
また、そんな人からちゃっかり昼食をもらう人もいる。

一階、食堂。
今日ここのテーブルには、大皿いっぱいに盛られたサンドイッチがあった。
リンクを初めとする大人のファイターが作った、オーソドックスなタマゴサンドやハムとレタスのサンド、チーズサンドの他、
子供ファイター達の作った、色々と個性的なサンドイッチもある。

そこに、城で食べることにしたファイター達がやってきて、自分の食べる分を小皿に取り分け、席に持って行く。

時間と共に自然と人が集まり、食堂は賑やかになっていく。

「アイク、肉入ってるのだけとってくなよ、野菜も食べろって!」

アイクの皿をのぞき込み、トゥーンリンクが声を上げた。

「よく見ろ。野菜が挟まってるのもあるだろ?
…そう言うお前は卵ばかり取ってるじゃないか」

その指摘にトゥーンリンクはぎくっとするが、

「おれは育ち盛りだからいーの!」

と言い返す。

「育ち盛りなら余計野菜取らなきゃいけないだろ」

相手の論理を破り、してやったりと笑うアイク。
トゥーンリンクは観念したかに見えたが、

「はいはいわかりましたよっ……っと」

「…あ! おい!
俺のから取ってくなよ!
ハムサンド返せって!」

やんちゃ盛りの子供と、まだどこか子供っぽい青年が騒いでいると、足下の方で声がした。

「ちょっと…
通りたいんだけど…!」

2人がそろって振り返り、視線を下に持って行くと、そこには一頭身の剣士がいた。
声の調子からして、少し前から2人に声を掛けていたらしい。

「…あー、誰かと思った」

ハムサンドを掴んだまま、トゥーンリンクが目をぱちくりさせた。

「その様子じゃあまだ戻ってないんだな?」

アイクが言う。
ただ、心配しているというより若干面白がってる様子で。

「そのとおりさ…」

ため息をつくマルス。
まだ一日の半分も終わっていないにも関わらず、ひどくくたびれた様子である。

噂の事件、その被害者の登場に、食堂にいるファイター達が集まってきた。

「本当にあなたが…マルスさん…なのですか?」

控えめにゼルダが聞いたかと思えば、テーブルの向こうにいたポポが、

「わぁい! まん丸マルスだー!」

と騒ぐ。
ナナはマルスの仮面騎士姿が恐いのか、ポポの後ろでじっと様子をうかがっている。

「ま…まん丸って…何だいそのネーミングは」

マルスがそう突っこむと、周囲のファイター達がわっと盛り上がる。

「本当に入れ替わっちゃったんだ…!」
「メタナイトならこんな喋り方しないもんな」

周りでわいわい騒いでいる仲間達を見回していたマルスは、先ほどからの違和感の理由がわかった。

試合中はあまりに忙しすぎて気がつかなかったが、皆が大きくなったように見えるのだ。
ネスなどの子供ファイターすら、顔をしっかり見るには、こちらが視線を上に向けないといけない。

「何というか…マルスさん、お疲れ様です」

そのリンクの言葉で、マルスは我に返る。

「…あぁ! いや、僕だって、まともな試合ができなくって…みんなには迷惑かけちゃってさ…」

「そんなことないぞ」

アイクが話に入ってきた。

「あんたと2回試合で当たったが、全く攻撃が読めなかった。
あとは、ミスさえ減らせば勝てると思うがな」

社交辞令の類を嫌うアイクが言うのだから、これはお世辞などではなく本心だろう。
マルスと午前中試合したファイターも、口々にそれに賛成する。

「そうそう! いつもの戦法と全然違うし」 「技も変わったしな…」

「そ…そうかな…。
…でも、僕としては早くマスターに来てもらいたいんだよ。
そうでなきゃ、昼食が終わったらあと…15試合もやらなきゃいけなくなる…」

15試合。自分で口に出すと、改めてその数字の重さがのしかかってくる。

「不便で仕方ないんだよこの体。
背は低いし、手足短いし、そのくせやたらと速いし…」

思わず、そんな愚痴をこぼすマルス。
しかし、その愚痴は途中で途切れる。

その身体の持ち主が、食堂に現れたのだ。

無言のままサンドイッチのテーブルにつかつかと歩み寄り、手にした小皿に(まともな)サンドイッチをよそいはじめる。

彼は何も言わなかったし、何も態度に出していなかった。
だがその仮面のような無表情の中、眼だけがはっきりと、彼がいらだっていることを物語っていた。

その感情に気圧され、先ほどまでの賑やかさが嘘のように、しんと静かになるファイター達。
空気を読んでか読まないでか、アイクが声を掛けた。

「なぁ…そっちの調子はどうだ?」

人間の姿をしたメタナイトの、野菜サンドをつかんだ手が、ぴたりと宙に静止する。
やがて、彼は振り返らずに短く答えた。

「……最悪だ」

そしてよそい終えた小皿を手に、メタナイトは食堂を後にした。

彼の姿が食堂から消え、一瞬の間の後、ファイター達の緊張が解かれる。
安堵のため息をついた者さえいた。

「…おっかねーなぁ!」 「あんな怖いマルス初めて見た…」

「だからあれは僕じゃなくって…!」

慌てて訂正するマルスに、アイクがこんなことを言った。

「だがあの半分でも威圧感持ったらどうだ?
少しは王子らしくなれるんじゃないか?」

「それって…いつもの僕は王子らしくないってこと?!」

マルスの言葉に、ファイター達は笑った。

「僕は…いつものマルスのままがいいな。その方が話しやすいから」

そんな中、リュカがそう言ってくれる。

「…ところで皆さん、時間は大丈夫なのですか?」

ふいに、Mr.ゲーム&ウォッチが思い出したように言った。

「時間…あ! 忘れてた!
これじゃ試合に遅刻しちまうよ…!」

そう言って席に走っていったトゥーンリンクを皮切りに、ファイター達はばらばらとそれぞれの定位置に向かいはじめる。

やっとテーブルにたどり着き、サンドイッチを選んでいたマルスは、リンクに呼びかけられる。

「マルスさん!
…その…仮面そのままじゃ、食べられないのでは?」

「…あ」

間接的に“絶対外すな”と言われてはいるが、まさか昼食を抜くわけにもいかない。
そんなことをすればこの後、スタミナが持たないだろう。

どうしたら良いのか、本人に聞かなくてはならない。

「…僕もついて行きます」と言うリンクをとどめ、マルスは大急ぎでサンドイッチをよそうと
1人、メタナイトが去っていった廊下に向かった。

「大丈夫。大丈夫だから」

と、リンクには笑って言った。
しかし今、その笑みは仮面の下で引きつっていた。

大丈夫なわけがない。恐くないわけがない。

メタナイトはおそらく、試合でボロ負けしたのだろう。
相当に気が立っているはずの彼に、本当は声なんて掛けたくなかった。

でも、空腹には勝てない。

あまり歩かないうちに、マルスはメタナイトに追いついた。
普段は見ることの出来ない自分の後ろ姿が、サンドイッチの小皿を手に、慎重に歩いている。

もともとあった身長が縮んだだけで割合すぐに慣れたマルスに対し、
向こうは常に竹馬にでも乗せられているような心地なのだろう。

――『お疲れ様』…って話しかけるべきなのかな。
…でも疲れさせてるのはある意味僕も関わってるんだし、変か。
それに逆に言えば、彼も僕を疲れさせてる。あんなに試合入れてるなんて、知らなかったよ…。
……まぁ悪いのは僕でも彼でもないんだしここは…

そんなことをぐるぐると考えつつ、声を掛けられないままメタナイトの数歩後ろを歩いていたマルスだったが、
こちらが話しかけるまでもなく、向こうから声を掛けてきた。

「……何の用だ」

それは確かにマルスの声だったが、まるで別人のように冷静な声になっていた。
ただ、意外なことに、そこにはマルスが恐れていたほどの怒りは感じられなかった。

マルスは思いきって彼に追いつき、その横を歩き始める。
メタナイトはそんなマルスを一瞥し、また視線を前に戻す。
誰がついてきていたか、足音で分かっていたのだろう。

「あの…さ。
…昼食を食べたいんだけど」

「……」沈黙。

「で。
この仮面…どうすればいいの?」

待っても返事が来ないので、マルスは横を向いてみた。
気がつけば、メタナイトは数歩後ろでぴたりと、立ち止まっている。

――…え?
僕…何かまずいこと言ったかな。

マルスが内心冷や汗をかいてそう思っていると、
やがて向こうはこちらに目を合わせ、

「……すまない。すっかり失念していた」

珍しく、謝ってきた。

「…よかった。何事もなかったみたいですね」

食堂にて。
廊下に一番近い席に座り、2人のやりとりに耳をそばだてていたリンクは、安堵の声で言った。

「まぁあの状態じゃぁ、けんかしようって気にもならないだろうしな」

アイクはそう言ってハムサンドにかぶりつき、続けた。

「結果的に“自分”に向かって怒鳴ることになるだろ?」

朝の“入れ替わり事件”以来、あの2人の剣士は口論をしていない。
居心地が悪いから互いに相手を避けている、というのもある。

「………」

リンクには、それだけでない何かがあるように思えていた。
だが、それはまだ憶測に過ぎず、

「どうしたんだ?」

「…いえ、何でもないです」

リンクは、その考えを心の中に留めておいた。

「おーい、ちょっとみんな来てくれー」

間延びしたドンキーコングの声が、食堂のざわめきの上に被さる。
彼は小脇に、ヨッシーとロボットを抱えていた。

「どうされました? ドンキーさん」

「いやぁここに来る途中でさ、こいつらがぼけーっと突っ立ってるから…」

そこでドンキーコングは、抱えていた2人を地面に下ろす。

「…何かあったんじゃないかと思って、連れてきたんだ」

ロボットの方は気絶でもしているのか、アイセンサに光がない。
ヨッシーは目を開けているものの、どこか魂の抜けた表情をして微動だにせず、立っていた。

ファイター達ががやがやと2人の周りに集まっていく中、
ネスはリュカに聞いた。

「…リュカ、君も分かる?」

「うん…」

ネスとリュカは、他人の心を感じ取る能力がある。
2人は、連れてこられた仲間から感じ取った“心”に、違和感を感じていた。
例えるなら、トランペットからクラリネットの音が流れ出てくるような、そんなちぐはぐさ。違和感。
それは、朝、ネスが廊下で向き合う剣士2人を見たときに感じたものと同じだった。

「この2人も…入れ替わっちゃったんだ」

<PM 12:20>

5階、プププランド出身者が泊まっているフロア。

何度か鍵を取り落としたものの、メタナイトは自分の力で自室の扉を開けることができた。

開かれた扉をくぐり、初めて見るメタナイトの自室に足を踏み入れるマルス。

「へぇー…」

マルスは珍しそうに辺りを見回した。

貴族的な格好をし、実際プライドも高いメタナイトにしては、ずいぶんと質素な部屋だ。
マルスの予想では、高価な絵画やら陶器のコレクション、そこまでいかなくとも鎧や剣などが飾ってあるかと思っていたが、
部屋は狭く、机や本棚、小さなベッドくらいの家具しか置かれていなかった。

しかし、それらの家具をよく見れば、材質は美しい光沢を持つ紫檀。
並の家具とは出来が違うのが分かる。

ごつっ

ふいに後ろで鈍い音がした。

マルスが何の気なしに振り向くと、
ドアの外でメタナイトが額に手を当て、壁に寄りかかっていくのがちらっと見えた。
おおかた部屋に入るとき、ドアの高さを見誤って頭をぶつけたのだろう。

顔を背けているためこちらから表情は見えないが、先ほどの音からするとかなり痛かったのではないだろうか。

「だ、大丈夫…?」

と、声を掛けるマルスだったが、その声は笑いをこらえ、震えていた。

「……ああ」

依然額に手を当てたまま、メタナイトが部屋の外から顔を出し、応える。
その目は「笑うな」と言っていた。

「ごめんごめん…だって、あまりにも可笑しくってさ」

と言いつつマルスは笑っていたが、じきにそれも止み、空しいため息に終わる。

「確かに中身は私かもしれないが…自分を笑ってどうする」

ようやく痛みが治まったのか、メタナイトは怒るよりも半ば呆れた様子でそう言いつつ
(今度は注意深くドアをくぐって)自室に入り、ドアを閉めた。

「笑いでもしなきゃやってられないよ…」

目を落とし、うなだれるマルス。

「マスターまだ来ないのかなぁ…もうあれから4時間は経ってるよ」

そうこぼしはじめたマルスをよそに、メタナイトは狭い自室を巡り、カーテンを閉めたり、机の中をあらためたりしている。

「…もしかして…僕らのこと、伝わってないんじゃないかな…。
このままじゃ…午後の試合始まっちゃう ―」

そんなマルスの愚痴を、

「…少し静かにして頂けないか」

やがて、メタナイトが遮った。
言葉こそ丁寧だが、その口調は硬かった。

「だって…」

弁解しかけるマルスだったが、

「その姿で…これ以上気弱なことを言わないで頂きたい」

はっきりと、言われてしまった。

「……」

マルスはしぶしぶ押し黙る。
不安で、仕方がなかったのだ。もし、このまま戻らなかったら…と。

外された銀色の仮面を抱え、メタナイトが部屋を後にする。

よほど自分の素顔が嫌なのだろう。
彼はマルスから仮面を外すと、気まずそうに顔を背けてさっさと立ち上がってしまった。
部屋の戸を開けるときは、フロアに誰もいないのを確認する徹底ぶりだ。

改めて今の自分の素顔が気になるマルスだったが、
部屋には姿見どころか、鏡の代わりになりそうなものすら無かった。

「早く昼食を済ませてくれ」と言われていたが、
彼の言うなりになるのも何か癪だったマルスは、未練がましく部屋を物色し始めた。

黒い柱時計がゆっくりと時を刻んでいるほか、静まりかえった部屋。

歩き回るうちに、先までの不安やむしゃくしゃした気持ちが少しずつ整理され、落ち着いてくる。
マルスはいつしか鏡を探すのを止め、初めて見る部屋の中を見物しはじめていた。

周りを囲むのは、3段全てにぎっしりと本の並べられた重厚な本棚。
机の近くには小柄な棚があり、そこには光沢のある円盤をいれたケースが収められていた。

――あれは確か…音楽を記録してある円盤だったかな。
…仕組みは忘れちゃったけど。

CD。携帯電話や転送装置と同じく、マルスがここに来て初めて知った、膨大な科学技術のうちの1つである。

――でも音楽なんて…。
あの彼が…?

マルスはいぶかしんだが、棚の横にはちゃんと再生するための機械 ― オーディオセット ― も置かれていた。

視線を本棚に移せば、そこには様々な世界の兵法書以外にも、
歴史書、小説、科学書など、およそ戦闘に関わりのない本が並んでいる。

――なんでこんな本がここに…?

「しっかしクレイジーも面倒なことするよなぁ~」

ドンキーコングは、倒れてしまったロボット…の姿をしたヨッシーを適当に介抱しつつ、首を振った。
ヨッシーは、あたりの騒がしさに一度目を覚ましたものの、横でぼーっと立っている自分の姿を見るなり、
ばたばたっと腕を慌てたように振り回し、バランスを崩して転倒、再び気絶してしまったのだ。

「全くだ。
…この様子では2人とも試合に出られないだろうな」

サムスは腕組みをし、そう言った。

何しろ生物と非生物で入れ替わってしまったのだ。
ヨッシーとロボットが戦い方を習得するのに、一体どれほどの時間が掛かるのか、誰にも想像がつかなかった。
ロボットが普段、どうやって目からビームを出しているのか、また、ヨッシーがどうやって“ふんばりジャンプ”をしているのか、
知らないことを上げていたらきりがない。

「…本当にクレイジーさんがやったのかな」

ふと、ネスが呟いた。
その言葉に、食堂にいたファイター達が一斉にネスの方を見る。

「だって…他にこんないたずらするやつ、いるか?」

トゥーンリンクが聞き返す。

「それにこんなことできるの、クレイジーさんくらいじゃないかな」

と、ナナが言った。
他のファイターもそれに頷く。

「…ネス、君の考えを聞かせてくれ」

そんな中、サムスがそう促した。
ネスは頷き、キッパリした口調で皆にこう説明した。

「本当にクレイジーさんがやったんだったら、見に来ると思うんです。
自分のやった…いたずらの結果というか、みんなの騒いでいる様子とかを。
それが、姿も見せないうちに次の事件を起こすなんて、クレイジーさんらしくないです」

「そう言われてみれば…」

リンクがはっとしたように言った。
初代の頃からいたファイターにとって、クレイジーハンドの手口・性格はおよそ見慣れたものであり、
ネスの言葉は十分納得のいくものだった。

「ヨッシー…は気絶してるから、ロボットに聞いてみるか。
真犯人、見てるかもしれないし」

ドンキーコングはそう言って、機械の身体のヨッシーを横たえ、恐竜の姿になったロボットの方に向かった。

「なぁロボット。一体誰がやったんだ?」

ロボットはドンキーコングの方を向いたものの、
相変わらずのぼーっとした顔のまま、何も言わない。

「おいおい、そんな聞き方したってだめだろ。
ロボット、もともと口きけないんだからさ。喋り方知ってるわけ無いだろ?」

そうトゥーンリンクが、ドンキーコングとロボットの間に割ってはいる。
そして、ロボットに問いかけた。

「ロボット、誰がやったか、お前見たか?」

ロボットは、こくんと頷いた。

「じゃあさ、そいつ、クレイジーだったか?」

トゥーンリンクが続けてそう尋ねると、果たしてロボットは―

首を、横に振った。

<中編に続く>

裏話

ついにやらかした…というか、やっちゃった感じが満々です。
私の二次創作はすべからくして妄想の産物ですが、形にして良いラインと、アウトなライン…一応自分では決めていたつもりでした。
ですが、思いついた時に何だか乗ってきて、書き始めたらさらに気分が乗ってきてしまって…。
あまりにも暴走しすぎて、タイトルが最後まで決まらなかったくらいです。 このタイトルの裏話については『後編』にて。
入れ替わりネタは、もう二次創作の世界に限らずベタ中のベタなような気がしますが、やってみたかったんですよ。(言い訳)

裏話らしいことを言っておくと、メモ帳にある草案では、初めの口論の時にマルス側からの反撃がもう少しありました。
まぁ"ギャラクシアダークネス"が味方にまで当たる技であることを軽くなじるというような…。
でも、話がそれますし、王子としてそんな卑怯なことは言わないか…と思って、削除しました。

『前編』の裏話では、マルスについてちょっと書くことにします。
まず、私は『ファイアーエムブレム』シリーズのうち、ただの一作も持ってません。
でも、なぜか自分の書いた創作を見返すと、結構登場してるんですよねー…なぜだろう。
とりわけ気に入ってるってわけでもないし…強いて言えば、『DX』で初めて見たとき、「なんだこの王子は!」と思わず心の中で突っこんだことくらい。
見たこともないリアル頭身のキャラクターが、若干きざっぽい台詞と技を放ちつつ戦ってる…自分にとってインパクト大だったのは確かです。
…FEファンの人ごめんなさい。
ともかく、登場させると話が進みやすくなるのです。台詞も考えやすい部類に入りますし。

ところで、他のサイトや作者さんではどうか分からないのですが、『スマブラ図書館』ではどうも"マルスは腹黒王子"という設定が多いような気がします。(あくまで個人の感想です)
私も昔はただのキザ王子(失礼)だと思ってたんですが…二次創作を書こうと思い立って、調べてみたら……ちょっと違うな、と。
これ以上は性格設定の項目に回しますが、普通にいい人なんじゃないか?と思ったのですよ。そんな意外さからも、このストーリーができたのかもしれません。

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気まぐれ流れ星

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