気まぐれ流れ星二次小説

1⇔8

<中編>

~前回のあらすじ~

何かと気の合わないスマッシュブラザーズの剣士、マルスとメタナイト。
2人が今日も今日とて、試合が終わった直後に言い争いをしていると、
突如、2人の居る廊下にまばゆい光が弾け、気がつけば、2人の心と身体は入れ替わってしまっていた。

途切れることなく試合を見に来るお客に、このことを説明する術もなく、
慣れない姿に苦労しつつ、マルスとメタナイトは互いの試合をこなしていく。

他のファイター達はこの“入れ替わり事件”をクレイジーハンドの仕業と見ていた。
が、しかし、2組目の被害者 ―ヨッシーとロボット― によると、どうも犯人はクレイジーハンドでは無いらしい。

一方、昼食を食べるために仮面を外さなくてはならなかったマルスは、メタナイトに彼の部屋に連れて行かれ、そこで食べることに。
“戦闘マニア”だと思っていた彼の部屋で、マルスは意外なものを目にする。

――
―――

いつも、会うたびに。

憮然とした表情でリビングルームに戻ってきた王子、マルス。
壁に背でもたれかかり、腕組みをしていたアイクが聞く。

「けんかになるのが分かってんのに、何であいつに話しかけるんだ?」

マルスははっと顔を上げ、

「…聞かれちゃったか」

と、少し申し訳なさそうに笑いかけた。

「ごまかすなよ。
…いいか、お前がしつこく話しかけるから、あいつも怒るんだ。
あいつは1人でいたいんだ。ほっとけよ」

言うべきことを言い、アイクは腕組みをほどくとリビングルームから出て行った。

1人になり、マルスは呟く。

「でも…さ」

そんな、毎日。

―――
――

1⇔8
<中編>
~意地とプライド~

<PM 12:30>

『ポケットモンスター 進化生物学』
『古代神話 ~ ハイラル口伝』
『F-ZERO 最速を求めたレーサーたち』
『キノコ王国紀行』
『アリティア史 初代国王アンリの治世』
『銀河連邦事件簿 (書籍版)』…

科学書に伝承、ノンフィクション…
一見関連のなさそうな顔ぶれだったが、
しかし、ずらりと並ぶ背表紙を見ているうちに、マルスはその関連性が見えてきた。

どの本も、ファイター達の出身世界で書かれたものなのだ。
それ以外の世界で書かれた本は、一冊も置かれていない。

なぜそういう本を選んで置いてあるのか、
それ以前にマルスは、日々乱闘か修行しかしていないように思えるメタナイトが、意外に読書家だったことに驚いていた。

――これ…全部読んだのかな…。
…まるで、ちょっとした図書館じゃないか。

何気なく、机に置かれていた深紅の本を手に取り、しおりの所からパラパラとめくっていたマルスの後ろで、ドアがノックされた。

「……何ー?」

生返事をするマルス。

「大丈夫か?」

ドアの向こうからそんな声がした。

「大丈夫って…僕は大丈夫だけど。どうしたの?」

マルスは本を閉じ、ドアの方を向いて尋ねた。

「いや…あまりに静かだったからな…」

「…静かにしろって言ったの君でしょ?」

少し咎めるような視線をドアに、そのむこうのメタナイトに向けるマルス。

「静かにしろとは…。
私はただ、弱音をはくなと言ったのだ。
…それより、食べ終わったのか」

「あ…忘れてた」

次の試合は案の定と言うべきか、午後一番に入っている。
一時から始まるその試合に行くためには、少なくとも10分前に食べ終わっていなければならない。

マルスはイスに座り、机の上に放置していた皿からタマゴサンドを手に取った。
彼の基準からすればかなり簡素な食事だったが、素材が良いからか、素朴でおいしい。
それに、身体が入れ替わってしまった今日は、フォークやスプーンを使わずに済む食事で良かった。

ふと、思い出してマルスはドアの向こうに問いかける。

「…ねぇ、もしかして外で食べてるの?」

「あぁ。…それがどうかしたか」

「せっかくその姿になったんだからさ、食堂に行ってみんなと食べてきなよ。
君、食堂で食べたことないでしょ?」

マルスはそう尋ねてみた。
何しろメタナイトは、『スマブラ』に来てからこのかた、一度も食事時に姿を現したことがないのだ。
おおかた、今のマルスがやっているように、この狭い自室にこもって食べているのだろう。

「………」

しばらくの間メタナイトは沈黙した。

「しかし……貴殿を置いていくわけにはいかない」

「ちょっと、僕のことが信じられないの? 勝手に部屋出たりしないって!」

「……。
だがいずれにせよ、私はもう食べ終わる」

「…ふーん……そっか」

マルスはそれ以上は無理強いせず、食事に戻った。
急いで選んだため、まともなのを2、3個食べてしまうと、後は子供ファイター達の作らしい妙なサンドイッチしか残っていなかった。
ピーナッツクリームと乱切りのイチゴという甘ったるいサンドイッチをかじりつつ、本の森を眺めて考え込む。

――あの長い間…。
メタナイトが、みんなの言うように自分のことをほっといて欲しいって思ってるなら
あのときすぐに『行かない』って言うよな…。
本当に…僕らと関わりたくないって思ってるのかな?

「そういえばさ」

「……今度は何だ」

ドアの向こうから迷惑そうな声が答える。
自分の声で何度も話しかけられてうんざりしているのだろう。
しかし、マルスはこう尋ねかける。

「僕のこと…怒ってないの?」

廊下で彼を呼びとめたとき、彼の返事にそれほどの苛立ちがなかったのが気になっていたのだ。

「…怒る?……何故」

訝しむ声。

「だってさ、ほら…僕、朝から負けてばかりじゃないか。
結果的に君の勝率を下げちゃったし」

何しろ、メタナイトはここに来て以来、驚異的な試合数を重ね、最近勝率がベスト4に入ったばかりなのだ。
そんな順位を気にするファイターは少ないが、マルスからすれば勝つことに取り憑かれているように思えるメタナイトは、
当然勝率も気にしているものと思っていたのだ。

だが、意外にも、

「貴殿に怒っても仕方なかろう。
こんな状況で、勝つことを期待してはいない」

メタナイトはそう言った。
マルスはそれで少し心の重荷がとれたように思ったが、自分が勝つと思われてないのは心外だった。
自分は朝からずっと、早くこの身体に慣れよう、そして一勝でもしよう…そう思っていたのに。

――失礼しちゃうな…

内心むっとしていると、ドアの向こうからメタナイトがこう続ける。

「だが…ただ1つ頼むとすれば、…貴殿にはまじめに戦って頂きたい」

「まじめに?…アピールするなってこと?」

朝の口論を思い返し、マルスはそう聞く。
確かにあれ以降も、試合ではいつもの癖でアピールしてしまったが…いつの間に見られていたのだろう。

「ステージの上では、振る舞いくらいは私らしくしてくれ。…それだけだ」

アピールしたって真剣な試合はできる、そう思ったマルスだったが、
それは口に出さず、別の方向から切り返す。

「じゃあさ、君も僕らしく振る舞ってくれる?」

「……私にアピールをしろというのか」

「そう! 観客に向かって、『みんな…見ていてくれ!』とかさ」

「っ…そんな台詞……、
言えるわけがなかろう…!」

ドアの向こうで動揺した声が答える。

「ふふっ、だろうと思ったよ…」

マルスはそう言って笑ったが、その笑いには若干の諦めがあった。

――姿が変わったって、僕らは自分を変えられないんだ。
君はつまらないプライドを捨てられずにいるし…

そこまで考えていたマルスの頭に、ふいに、何かひらめくものがあった。

仮面をつけてもらったマルスは、あまりに奇抜すぎて食べられなかったサンドイッチを皿に載せ、部屋から出た。
それと同時に、同じフロアにある部屋のドアが1つ、勢いよく開く。
飛び出してきたカービィは、マルスの後から出てきたメタナイトの方に駆けてきて、
ぴょんとその足に飛びつき、顔を見上げる。

「ねーマルスー!
入れ替わっちゃったってほんとー?!」

開口一番、そう言った。

「入れ替わったことを知っているのなら、なぜ私を“マルス”と呼ぶのだ…」

面倒くさそうな顔で足元を見ているメタナイト。

「わぁー! ほんとに入れ替わったんだぁ! おもしろいなぁ~」

振り払われる前に足から離れ、カービィは八頭身になった友達の周りをぐるぐると回り、
楽しそうに観察を始める。

そんなカービィに、マルスが声を掛けた。

「…あ、そうだ!
カービィ、良いところに来たね!
君に、手伝って欲しいことがあるんだよ。お礼は…明日のお昼ご飯をおごるってことでいいかな?」

「いいよー! やるやるー!」

昼食をごちそうになれると聞き、依頼の内容を聞きもしないうちにカービィは目を輝かせて答えた。

小躍りしているカービィから、頭上で訝しげな表情をしているメタナイトに視線を移し、

「さて…と。
こうしようか、メタナイト」

マルスは小悪魔的笑みを仮面の陰で浮かべて、言った。

「僕は、マスターが帰ってくるまでに少なくとも5勝すると約束する。もちろんアピールせずにね。
その代わり君には……」

「……」

何を企んでいる、と目で問い詰められる。

「…あぁ。“僕の代わりにアピールしろ”なんて言わないさ」

軽く手を振り、答えるマルス。

「…では何だ」

「マスターが帰ってきて僕らを元に戻すまでに…
この城にいるファイターと話をすること。人数は10人。
…君にはそれを約束して欲しい」

マルスの意外な要求に、かえってますます訝しげな顔をするメタナイト。
そんな彼に、マルスは小声でこう付け加えた。

「罰ゲームがなきゃ真面目になれないだろうから、
目標に達しなかった方はカービィの明日の昼食をおごる、そうすることにしよう」

何しろ遠慮のえの字もないカービィのことだから、負けた方は『スマブラ』で1日に稼ぐ賞金を丸々投げてやることになるだろう。

「……承知した」

妙な取引だったが、裏があるとは思えない。メタナイトは頷いた。

「よし、決まり!
…じゃあカービィ、僕の代わりに、彼がちゃんと10人のファイターと話したかどうか、数えてくれるかな?」

「うん、いいよー!」

「ありがと、助かるよ」

マルスはそう言ってエレベーターの方に向かいかけ、思い出したように振り返ると、こう言った。

「…あ、そうそう。
カービィ、試合の打ち合わせとか、そういうのは話のカウントに入れないで。
あくまで普通の、“世間話”だけを数えるんだよ」

「な……!」

マルスの言葉に、なぜか慌てるメタナイト。
しかし、彼がマルスを呼び止めようとした時には、すでにマルスはするりとエレベーターに身を滑り込ませ、
素早くドアを閉じてしまっていた。

「わかった~! ちゃんと数えるからねー!」

呆然と立ち尽くす剣士の後ろで、閉じたドアに向かいカービィはのんきに手を振っていた。

<PM 1:04>

ステージ『ルイージマンション』。
永遠の月夜に閉ざされた2階建ての古屋敷では、タイム制のチーム戦が盛り上がりを見せていた。

赤チームはドンキーコングとトゥーンリンク。
対する青チームはリンクとメタナイト…として出場しているマルス。

撃墜数は両チームイーブン。
残り時間も少なくなってきた中、両チームは相手を落とそうと躍起になっていた。

古屋敷の屋内にて。

「ちぇっ…!
…ちょっとは…
立ち止まれ……って!」

言いながら必死に剣を振り回しているトゥーンリンク。
しかし彼の努力も空しく、マルスは軽いステップでその剣を右に左にかわしていく。

「それじゃ真剣勝負にならないでしょ?それに…」

言いながら横なぎのマスターソードをかわしたマルスは、タンと地を蹴り、素早く宙に飛び上がる。

「…僕はあまり負けてもいられないんだよ」

一回転しつつ放物線を描き、その半ばでギャラクシアを横に一閃。

「うわぁっ!」

思わぬ急襲に、悲鳴を上げつつ吹き飛ばされるトゥーンリンク。
しかしまだダメージの浅い彼は、屋敷内に留まることが出来た。

「…やったなーっ?!
……あれっ、どこ行ったんだ」

すぐに立ち上がったトゥーンリンクだったが、すでにマルスの姿は2階から消えていた。
普段城で遊ぶときは絶対見せないだろう真剣な顔をして、トゥーンリンクは静まりかえったルイージマンションを見渡す。

「……!」

ぱっと振り返り、剣でなぎ払う。
しかしこちらの反応が一寸足りなかったようだ。

1階から跳躍したマルスが勢いのまま振り上げた黄金の剣に、トゥーンリンクは弾きとばされる。

――やっぱり思ったほど飛ばせないな…。
仕方ないか、身体がこんなに小さいんだもんな。

衝撃から立ち直り、憮然とした表情をして立ち上がるトゥーンリンクを油断無く見つつ、マルスはそう独りごちた。

「おーい、どうしたんだ-?」

急に、上から野太い声が降ってきた。

するり、と天井を抜けて現れたのはドンキーコング。

――…まずい!

身構えるマルス。

プリンと並んで“風船族”とさえ呼ばれるほどの今の身の軽さでは、
ドンキーコングと戦って勝ち目があるとは思えなかった。
彼はスマッシュブラザーズ屈指の力持ちであり、また意外に身軽で素早い。

「おれ1人でやれるって、ドンキー!」

と、不満げなトゥーンリンクの声を背中に受けつつ、ドンキーコングはにかっと笑う。

「なぁに言ってんだよ。
聞いてりゃさっきから、振り回されっぱなしだっただろー?」

準備運動、とばかりに肩をぐるんと回すドンキーコング。

そんな彼の姿は、身長が縮んだマルスにとって余計恐ろしく映った。
屋敷の天井に頭がつかんばかりのゴリラが、自分を見下ろし、その巨大な拳をぐるぐると振り回している。

絶体絶命。

しかし、その時。
試合の流れを変えるあのアイテムがステージに姿を現した。

光をまとい、気まぐれにふらふらと宙を飛ぶそれは、スマッシュボール。

観客がその球体の登場に、はっと息をのむ音が、さざ波のようにステージに響く。

ファイター達が動きを止め、スマッシュボールを目で追っていたのは一瞬のことで、
3人は一斉にそのボール目がけて動き出した。

マルスにとって不幸なことに、ボールは赤チームの2人の側に向かっていた。
しかし、落胆するのも束の間、マルスは今の自分に対抗手段があるのに気がつく。

赤チームの2人の位置、屋敷の広さ、そしてスマッシュボールの位置を視認し、マルスは風を切って駆けだした。
素晴らしい速さで景色が周りを過ぎ去り、一蹴りでトゥーンリンク達の頭上を跳び越える。

一気に眼前に迫ったスマッシュボールを、

「…リンク!」

マルスは屋上目がけて剣で打ち上げた。

「…! ありがとうございます!」

上で応える声。
そしてスマッシュボールが割られる音。

それを聞き届け、マルスは下の階に身を沈めた。

慌てて逃げようとする2人の前に、光をまとったリンクが降り立つ。

「悪いけど…勝たせてもらいます!」

黄金に輝くトライフォースの封印が展開し、2人を宙に閉じこめた。

“…The winner is ― Blue Team !!”

何度聞いても、勝ったときのアナウンスは気持ちが良い。

歓声を上げる観客ににこやかに手を振りかけ、マルスははっと気づいてその手を下ろす。

――そうだった…約束したんだよね、らしく振る舞うって。

盛り上がっている観客を見ないように目を伏せ、マルスは足早に城への転送装置に向かった。

城の待合室。
壁に沿ってずらりと並んだ転送装置の内、4つに光が灯る。

そこから浮かび上がったのは、先程『ルイージマンション』で乱闘していたファイター達。

「ちぇーっ! あの時スマッシュボールさえ取れてりゃなぁー…」

装置から待合室の床に足を下ろし、口をとがらせていたトゥーンリンクは、
ぱっと振り向いて問い詰めた。

「…っていうかマルス、いつの間にそんなに動けるようになったんだよ?!」

「え?
…あぁ! それはね― 」

――
―――

<AM 10:25>

待合室に戻ってくると、マルスはすぐに壁時計を見上げた。
次の試合まで、少し時間がある。

しかしそれが分かっても、マルスの顔は晴れなかった。
それもそのはず。先ほど行ってきたストック制の試合で瞬殺されてしまったからこそ、次の試合までの時間が余っているのだ。

仮眠を取るには短く、待合室でつぶすには長い空き時間の使い道を考えていると、

「Hi, Prince!」

背後から声を掛けられた。
マルスが振り向くと、こちらに手を振りながらソニックが転送装置から降りてくるところだった。

「どうしたんだよ、そんなmelancholicなため息ついて」

ソニックはマルスの前に立ち、腕を組む。

「え…僕ため息ついてた…?」

目を瞬くマルス。

「ああ!
…まぁそんな目にあったらため息もでるよな…。
もしおれがクッパなんかと入れ替わったら― 」

ソニックは肩をすくめ、続ける。

「 ―トロすぎてまいっちまうぜ、きっと」

「そうだろうね…」

何しろ、ソニックはその気になれば、光に近い速さで走ることさえできるのだ。

「僕は…逆に速すぎて困ってるんだ。頭がついていかないんだよ」

そう元気のない声でマルスが言うと、今度はソニックが目をぱちくりさせた。

「頭がついていかない…?
…Hey、走りたいならもっと気楽にいこうぜ。
理屈にとらわれてちゃだめだ」

「理屈?」

「そう!
型とか、間合いとか…そんな堅っ苦しいことは全部忘れろよ。
その場のrhythmを自分のものにすれば、流れは自然と向いてくるさ」

片足に体重をのせ、そう言ってソニックは自信たっぷりに笑いかけた。

「頭がついていかないんじゃなくて、あんたはまだ、そういうカタい常識にとらわれてんだ。
stage全体を見て、rhythmを心で感じなきゃな。
…せっかくそれだけの足があるんだからさ。走らなきゃ損だぜ?」

ひとしきりアドバイスし終えると、ソニックは「じゃあな! take it easy!」と言い、
マルスを残して待合室から走り去っていった。

風のようにやってきて、風のように去っていった彼にお礼の言葉を言うのも忘れ、
マルスはソニックの言ったことをじっと思い返していた。

―――
――

「なんというか…すごく感覚的なアドバイスだったけど、それから試合をこなす内に何となく分かってきてさ。
要するに、僕はまだいつもの感覚で闘ってたんだ。
頭であれこれ考える前に、直感的に動く。時にはそんな大胆さも必要だったんだ、この姿には」

そう言ったマルスの声には、いつもの元気が戻っていた。

「でも、この勝ちは君のおかげだよ、リンク。
僕だけじゃまだまだ力が足りない」

「いえ、そんな…!」

謙遜するリンク。
しかし、先ほどの試合で赤チームを撃墜しているのは全てリンクである。
まだマルスは、とどめの一撃を放てるほどギャラクシアの扱いに慣れていないのだ。

「本当さ! 何にせよ、助かったよ」

そして表情を引き締め、マルスは呟く。

「これで…まず1勝か」

その言葉を耳にとらえたリンクが、真剣な顔になって尋ねる。

「1勝…もしかして…、
何か言われたんですか…? メタナイトさんに」

「え…、あぁいや、僕が言ったんだ。
彼らしく振る舞い、かつ5勝してみせるってね」

「おいおい、なんでそんな息巻いたこと言ったんだ?」

ドンキーコングが目を丸くする。

「まぁ僕の意地でもあるけど…そのかわり彼にも僕から課題を出したんだ。
…この城にいるファイター10人と、ごく普通の日常会話をするように、ってね!」

そうマルスがしたり顔で言うと、
トゥーンリンクはきょとんと目を瞬かせ、ついで吹き出した。
ドンキーコングも「そりゃあ傑作だ!」と、手を打って笑う。

「そ…そんな取引…よく了承しましたね、あのひと…」

生真面目なリンクでさえ、笑いをこらえていた。

何しろ、メタナイトは、ウルフやガノンドロフと同じく、良く言えば“自分のテリトリーを持っているファイター”と皆に思われているのだ。
試合の時以外は、自室にこもっているか、
トレーニングルームでレベル9のザコ敵軍団を相手に、エンドレス組み手まがいのことをやっているか。

ファイター達のたまり場であるリビングルームには滅多に現れず、従って交わす言葉も少ない。
沈黙の壁を作り、“あくまで自分は戦うためだけに来たのだ”…そういう空気を漂わせていた。

しかし、マルスには確信があった。

「まぁちょっと考えるところがあってね…」

3人には秘密めかしてそれだけ言うと、マルスは次の試合に向かっていった。

新しく来るファイターの中には、古株のファイター達の話によってすでに人となりが知れ渡っていた者もいる。

ピーチしかり…

――俺達の王国のお姫様さ!
そして王国一の美人…!
姫のわりに活発だけど、またそこが良いんだよなぁ~

ファルコしかり…

――口は悪いが、頼れる仲間だ。
…無鉄砲なところもあるけどな。

ゼルダしかり…

――彼女は…ハイラルの王女様です。
聡明で物静かで…そして……僕の、大切な人です。

初代のファイター達は、夜になると城のリビングルームでそんな故郷の話をして盛り上がった。
大抵の新顔は、古顔達の評価と違わない性格を持っていた。
しかし、彼だけは…。

『スマッシュブラザーズX』結団式の後、城の広間で軽食を取りつつ、ファイター達は互いに紹介しあったり、久々の再会を喜び合った。

今までずっと同郷出身者がいなかったカービィは、そんな中を食べ物の誘惑にも負けず、
2人の“友達”を連れて嬉々として走り回っていた。

その1人、大柄で、ペンギンに似た顔のデデデは、以前からのカービィの話通り、
鷹揚でどこか子供っぽくもある、南国気質の(自称)大王だった。

一方、デデデが自国から連れてきた世話係のワドルディ達に、半ば隠れそうになっていた小柄な青い剣士は、
常に油断無く周囲に目を光らせ、口数も少なかった。

“時々ぼくにキャンディもくれる、頼もしい友達なんだー!”
そんなカービィの話とは少し異なる彼の様子に、
他のファイター達は、まだ初対面だから緊張でもしているのだろうと、そう考えていた。

実際、この時がちがちに緊張していたリュカや、ポケモントレーナーのレッドも、今では彼らなりにブラザーズにとけ込めている。
だが彼は…メタナイトはいつになっても皆から距離を置いたままだった。

考えてみれば、カービィは、出会った者全てをもれなく友達としてしまう性格であり、
暇になると城の警備をしているザコ敵や、黙っていても圧倒的な威圧感を放つ魔王ガノンドロフとさえ遊ぼうとしだす、
常人の理解を超えたひとだった。

カービィの、メタナイトに対する評価が実際と違っていても、おかしくはない。
ファイター達はそう自分を納得させた。

今となっては、デデデの話の方が信憑性が高いくらいだ。

――あやつは…かつてわしの国を侵略しようとした不届き者だ。
まぁわしが出るまでもなく、カービィに懲らしめられたがな。
今のところおとなしくはしておるが…あやつ、何を考えているのかさっぱりわからん。

<PM 1:15>

城の1階、廊下にて。

常識をあらゆる方面から飛び越えるひと、カービィと、八頭身になってしまったその“友達”が歩いていた。

「ねー、いつになったら1人目と話すのー?」

用心深くゆっくりと歩く剣士の横を行きつ戻りつしながら、カービィは尋ねた。

「…今探している所だ」

こちらを見上げてくるカービィには目を合わせず、心持ち前を見てメタナイトは答える。

「それなら良いとこ知ってるよー!
リビングルームなら絶対、誰かいるんだ。いつでもね!」

そう言って、カービィは道案内をするように駆けていき、廊下の向こうでこちらを振り向いた。

その隣に、無意識にかつての自分の姿を想像し、メタナイトは苦い顔をした。

――…やはり、他の者からすれば、あれだけ小さく見えていたのだな…私は。

「早くおいでよー!」

向こうでカービィが手を振っている。

「……」

何につけても負けず嫌いなところのあるメタナイトは、妙な勝負だと思いつつも、
マルスとのこの勝負に勝つつもりでいた。

それでも、一瞬、踏み出しかけた足がためらう。

“あくまで普通の、世間話だけを数えるんだよ”
マルスが去り際に言った言葉が脳裏をよぎった。

――……良いだろう。

覚悟を決め、顔を上げると、メタナイトはリビングルームへと向かっていった。

しかし…リビングルームには話せそうなファイターはいなかった。
人がいるにはいたのだが、皆、真剣な顔をして何やら話し込んでいるのだ。
入り口からは遠く、彼らが何を話しているのかは分からなかったが、
ともかく世間話のできそうな雰囲気ではないことは明白だった。

「…ここは止めておこう」

入り口から顔を覗かせ、メタナイトは呟く。

「そう?
何の話してるか、ぼく訊いてくるかな」

と、カービィは駆け出しかけたが、上からメタナイトに手で頭を押さえつけられた。

「いや、いい。
…他をあたるぞ」

そして2人が次に向かったのは待合室。
各地のスタジアムに行き来するファイターが必ず利用する部屋だ。

2人が待合室のドアを開けると、ちょうど向こうで転送装置が光り、誰かが城に戻ってくるところだった。

まばゆい光の中から、それとさほど変わらない輝度を持つ衣に身を包み、現れたのはピット。
そんな彼につかつかと歩み寄ると、メタナイトは単刀直入にこう言った。

「ピット殿。
…私と話をして頂けないだろうか」

「……え?!」

ピットの表情が困惑にかわり、そのまま固まる。
その頭の中ではさまざまな思考が走り回っていた。

――えっと…確か目の前にいるのは、
マルスさんと入れ替わったっていう…メタナイトさんですよね?
でも何で僕と話をしたいなんて…
いや、口調とかは確かにメタナイトさんですけど…でもなんで…?
…僕……何かしたんでしょうか…?

天使が剣士を見たまま、何も言えずにいると、向こうはこう続けた。

「……いろいろと事情があるのだ。
しかし、迷惑であれば…」

ピットはそれを聞き、慌てて首を横に振った。

「いえ!
め、迷惑だなんて、そんなことないです…!」

そして転送装置から降り、2人の方へと駆け寄る。

「ただ…ちょっと驚いてしまっただけで…」

「それで、僕に話って何ですか?」

「いや…ただ単に話をしに来たのだ。
普通の…世間話をな…」

目をそらし、言いにくそうに答えるメタナイト。
その横で、カービィが付け加えた。

「マルスと約束したのー!
ファイター10人と話するってね~!」

「あぁそれは…なるほど…というか、何というか…」

何だかおかしなことに巻き込まれちゃったな、と内心思いつつ、ピットはそう言った。

「…」

「…」

「……」

「……」

「………」

2人の間に、しばし気まずい沈黙が流れる。
メタナイトが、何か難しいことを考えている表情をし、眉間にしわを寄せているのに気がついたピットは、
彼がなかなか話題を切り出せずに困っていることを見抜いた。

「…あっ! そうだ!」

思い切って、ピットは自分から突破口を開く。

「まだお互いの故郷のことについて話してませんでしたよね…?
それについて語りませんか?」

すでにピットが、ポップスターについてカービィから色々と話を聞いているのは秘密である。

「…あぁ、そうしよう」

やっと表情を明るくし、メタナイトは言った。

「昔、僕の住むエンジェランドは2人の女神様が治められていたんです。
でも、闇の女神メデューサ様があまりにも人間にひどい仕打ちをなされるので、
光の女神パルテナ様がメデューサ様を天空界から追放されたのです。
…あ、パルテナ様というのは僕がお仕えしている女神様で、とても素敵な方なんですよ!
ちょっと天然なところもあってそれが心配なときもあるんですけど……あっ、これパルテナ様に言わないでくださいね?!」

時に自慢げに、時に照れながら楽しそうに自分の故郷、エンジェランドについて語っているピット。
メタナイトは話を聞き、相槌をうっていればよかった。
耳を傾けつつも、内心でピットに感謝していた。

何しろ、エンジェランドではまだ書物が貴重なものらしく、
かの世界について書かれた本を手に入れることができていないのだ。
したがって今まで、エンジェランドについての知識は皆無だった。

「えぇーっ? 今のお話ししたうちに入るのぉ?!」

話が終わり、ピットが待合室を出た後、そう言ってカービィが口をとがらせた。

「…入らないと言うのか」

「だってさぁ、ずっとピットくんが話してたでしょー?
それじゃあだめだよ! きみも話さなくちゃ!」

「しかし…今は人数1つ1つが大切なのだ」

珍しく、下手したてに出るメタナイト。

「うーん……まぁ1人目だし、いいよ!しかたないなぁ」

カービィは先ほど、リビングの入り口で急に頭を押さえつけられたので、若干機嫌を損ねているらしかった。

「2人目からはちゃんときみも話すんだよ?
あ、あと! いきなり『ぼくと話をしてください』って言うの、ぜったいにへんだからね!」

自分でもぎこちなさに嫌気がさしていたが、“ぜったいにへん”とまで言われ、メタナイトは渋い顔をした。
しかし、認めたくはないが、日常という局面においてはカービィの方がはるかにベテランであるのは事実だった。

――何しろ故郷で私の周囲にある環境といえば…

ピットの故郷話に触発され、思いにふけっていた彼だったが、
再び転送装置に光が灯り、その思考を中断させる。

橙色の金属の鎧が、待合室に降り立った。
こちらから彼女に挨拶するより早く、彼女がこちらに気づき、声を掛けてきた。

「どうした? 君の試合はまだ先だったように思うが」

「…マルスが君に、10人のファイターと話をしろと?」

サムスはそう聞き返しつつも、マルスの意図を探ろうと、頭を働かせはじめる。

「ああ…。
そのかわり、彼は試合で私らしく振る舞い、かつ5勝する、と言ってな…」

そう答えた後、口をつぐみ真剣に何か考え込んでいたメタナイトだったが、決心をつけ、

「…サムス殿。
自然に会話をする…こつとは何か、教えて頂けないか」

初代からいて、ブラザーズとの付き合いに慣れており、かつ口の堅そうな人物 ― サムスに、頼み込んだ。

「……」

その思いもよらない言葉に、サムスはバイザーの奥で少し目を丸くした。
だがそれと同時に、相手の真剣な様子の中に、マルスの意図というものの尻尾を、掴んだような気がした。

――なるほど…誤解していたという訳か? 私達は……。

そしてサムスは黙ったまま頷く。

「…私もかつて…つまらない意地をはって、自ら壁をつくっていた時期があった。
か弱い女と見られたくない、自分も一人前のバウンティハンターだ…と」

待合室の革張りの椅子に腰掛け、サムスは語り始めた。
話からすると、これは『スマブラ』ではなく彼女の出身世界での話らしい。

「だが、ある時気づかされた。
自分が警戒するほどには、周囲はそう思っていないことに。
…不必要な演技やふりはいらない。ありのままの自分でいいのだ、と」

「ありのままの…。つまり、変に気負うこともない…ということか」

半ば自分に言い聞かせるように呟くメタナイト。

「そう。
それに…自分を必要以上に飾ったり、逆に他人に無理に合わせようとするよりは、そのままの自分を通した方が楽だ。
ここにいるブラザーズは、それを許さないほど心の狭い連中ではない。
…まぁ、限度もある。親しき仲にも礼儀あり、ということだな」

そして、サムスは思い出したようにこう付け加える。

「それ以前に話し方が分からないのであれば…いつも彼と話しているように話すので十分だと思うがな」

「彼…?」

言われて一瞬の後、メタナイトは横に(ちゃっかり)座っているカービィの方を訝しげに見る。
カービィは大人2人の難しい会話について行けず、眠そうな表情をしていた。

「…カービィのことか」

依然として疑わしげな表情のまま、メタナイトはサムスの方へ顔を戻す。

「ああ。
私からすれば、君は、彼と話すときだけは自然な態度になっているように見える」

「!…」

反論しかけて初めて、メタナイトは明確な反証がないことに気がつく。
抗議しようと開いた口を閉じ、無意識に小さくため息をついた。

――彼を仲間と思ったことはないのだがな…

間もなく待合室は、次の試合に向かうファイター達で混み合い始め、2人の会話はそこまでとなった。

「大変参考になった」

真面目な声で言うと、サムスはバイザーの向こうで少し表情を和らげてこう言った。

「…焦らないことだ。しかし、立ち止まってもいけない」

そして彼女も、転送装置に向かう雑踏の中へまぎれていった。

混雑している待合室から抜け出し、メタナイトとカービィは、再びリビングルームへと向かっていた。

試合に向かうファイターの中には、先ほどリビングルームで話し込んでいた者の姿もあった。
おそらく、話し合いが終わったのだろう。
今は、混み合う待合室にいるよりは、リビングルームに向かってみるほうが話し相手を見つけられそうであった。

果たして、リビングルームには4人のファイターがいた。
ネス、フォックス、ヨッシー、そしてロボット。
ここで先ほど行われていた、話し合いの話の中にいたファイター達である。

ネスとフォックスは、ヨッシーとロボットを前にし、何か真剣に考え込んでいる様子だ。
メタナイトは、2人の方へ歩み寄り、話しかけてみた。

「…何かあったのか?」

その声に、ネス達2人はぱっと振り向いた。

「あ、メタナイトさん! ちょうど良いところに…!」
「それがな…ヨッシー達も入れ替わっちまったらしいんだ」

口々に、2人は言い始めた。

「あんたと同じで、直前にあたりが光るのを見たらしい。
それ以外にも2人は、犯人の姿も見たらしいんだが…何しろはい、いいえの質問じゃ詳細に迫れなくてな」

「そして、どうやら2人を入れ替えたのはクレイジーさんじゃないみたいなんです」

次々と話される新しい情報が怒濤のごとく押し寄せる中、
“犯人はクレイジーハンドではない”という情報がひときわ目立ってメタナイトの耳に届いた。

「クレイジー…殿では……ない、と?」

しかし他に、誰がこんな冗談ではない悪ふざけをしようか。
だが、ロボットが見たというなら間違いはないだろう。

「まぁ…少なくとも、直接手を下したのはクレイジーじゃないってことだな」

フォックスはそう補足した。
クレイジーハンドが誰かに教唆した、という可能性もあるのだ。

「ヨッシーも、ロボットも話すことが出来なくて、詳しいことが全然分からないんです。
…何か、良い案はありませんか?」

ネスが、真剣な顔をして尋ねる。
どうやらリビングルームで行われていた話し合いは、ヨッシー達からどうにかして情報を引き出すためのものだったようだ。

入れ替わった者の身は、入れ替わった者にしか分からない。

――2人に共通して可能なこと…
そしてそれで外部に何か伝えられるものというと…

ヨッシーとロボットを見比べ、しばらく考え込んでいたメタナイトだったが、
やがて何かに思い至り、リビングルームのテーブルの1つに歩み寄った。

その上に置かれているのは、自由帳と色鉛筆。
子供ファイター達の個性的な絵が描かれたページを避け、白紙のページを選び出す。
慣れない手でそのページを何枚か破りとると、青と紫の色鉛筆と共にそれを持ち帰ってきた。

ヨッシーの姿をしたロボットの前に立ち、メタナイトは青の色鉛筆を持って差し出し、こう尋ねた。

「ロボット殿、この色鉛筆を掴めるだろうか…?」

その言葉に応え、ロボットはゆっくりと緑の腕を持ち上げ、左手と右手で、その色鉛筆を挟んだ。

「…なるほど! 筆談ってわけか…」

フォックスが感心したように言った。
ロボットとヨッシーに共通すること、それは手で掴む、ということ。

ロボットは机に置かれた白紙に向かい、質問を待った。

「それじゃあまずテストとして…
ロボット、何か文字を書いてみて」

そう言って、ネスは紙がずれないよう押さえた。
ロボットは、両手で色鉛筆を挟む、という書きにくそうな格好のまま、
紙の上にA、B、C…と角張った字でたどたどしく書き始めた。

「…オーケー、もういいよ。
じゃあ本題に入ろう。きみの見た犯人は誰だった?
名前を知ってたらそれを書いて。知らなかったら…その姿を描いてみて」

ネスがそう言うと、ロボットはしばらく表情を変えずに考え込んでいたが、
やがておもむろにABCの下に、青鉛筆で長く縦線をひき始めた。

縦線は隙間無く書かれていき、幅を増していく。
この不可解な行動に、ネス、フォックス、メタナイト、カービィはロボットの書く何かを覗き込んだ。

線が幅を増し、帯のようになってきたところでフォックスが「あぁ!」と合点がいったように声を上げた。

「…プリンタの要領でやってるんだ。
今、ロボットは自分の見たものを“印刷”してるんだな」

言われてみれば、青一色の線達には途中で濃淡があり、それで何かを描き出そうとしているようだった。
しかし、その絵が完成するまではかなり時間がかかりそうだった。
ロボットの動作は、プリンタのそれに比べ、遙かに遅い。

一心不乱に線を引き続けるロボットは、何を話しかけてももう反応しそうになかった。

「失敗しちゃったなぁ…」

と、ネスは紙に重しがわりの鉛筆立てを置き、紙から手を離した。

「まぁあとは、ヨッシーにも聞いてみればいいだろう」

フォックスは紫の色鉛筆を持ち、機械の体のヨッシーの方へと向かった。

「ヨッシー、あんたもこれで、絵描いてくれないか? 犯人の絵を」

ヨッシーは頷き、片手で色鉛筆を持とうとした。
しかしロボットの手は、鉛筆のような細い物を持つようにはできておらず、
続いてヨッシーはロボットがやっているように両手で挟み込もうとした。

ピキン!

思いの外勢いよく両手がぶつかり、挟まれた色鉛筆は衝撃で真っ二つに折れてしまった。

驚きで開いた口がふさがらないフォックスと、自分でも驚いてしまって、慌てて4人を見回しているヨッシー。

「……これは長くかかりそうだな」

やがて、メタナイトが呟いた。

<PM 2:10>

一方のマルスはというと。

午後の部1番目の試合は、リンクの協力もあり勝利できたものの、
その後は再び負けが続いていた。

非チーム戦、特に1対1では逃げることに精一杯で、
パワーに欠ける今の状態では、相手を直接落としに行くよりは相手のミスを誘うしかなかった。

だが、百戦錬磨の戦士ぞろいであるスマッシュブラザーズに、そんな戦法が通用するファイターはほとんどいない。
少しでも勝ちを重ねていきたい状況だったが、それでもマルスは、成り行き上言うことになったリンク達を除き、
誰にも、自分がメタナイトと勝負していることを言わなかった。

手加減されて勝つよりは、正々堂々と戦って負けた方が良い。そう考えていたからだ。

ドルピックタウン、ポケモンスタジアム、オネット…

乱闘に集中する一方、頭の片隅で、マルスはじっと自分の考えを整理していた。

――もし僕が、今みたいに誰よりも背が低かったら…どう思うだろう。
彼ってきっと、故郷では腕の立つ剣士として名が通ってるんだろうな。
…もしかしたらどこかの王様に仕えているかもしれない…あの格好だし。
そんな剣士がここに来て、子供にすら上から見下ろされるような身長しかないことに気づかされたら…。

迫るプレッシャー。
考えるよりも先に、跳ぶ。

――…僕なら構わず友達をつくるけど。でも彼は

向こうだって避けられることくらい想定済み。
すばやく姿勢を変え、繰り出される第二撃。
宙で身をひねり、すんでのところでかわす。

――…彼には、プライドがある。
自分ではどうにもできないくらい強いプライドが。
背を伸ばすことなんてできないから……そのかわり何を?

着地する直前、視界のはじで見た。
モンスターボールがステージに落ちてくるのを。

――……!

迷わず駆ける。
伸ばした手にアイテムが触れるやいなや、振り向いてそれを投げる。

――…だからか!
彼があんなにも勝つことに執着しているのは…
あんなにも修行ばかりしてるのは…!

ボールから現れるポケモンは…

「とさき~んと…」

気の抜ける鳴き声。
はずれか…しかし落ち込んでもいられない。

――勝者であり続けること。
強者であり続けること。
…そこに自分の居場所を求めたんだ…!

ただ跳ねるばかりのトサキントをまたぎこし、アイクが向かってくる。
片手に支えられた大質量の剣も迫る。

――…もしかしたら、そこには元々の性格もあるのかもしれない。
他人と和合せず、1人超然としている彼の姿勢には。
でもそうすると、また1つ疑問が生じる。
なぜ彼は…あんなに本を集めてるのか?

ぎりぎりまで引きつける。
重い一撃が…
青いシールドに当たる。小気味よい音。

――あの本は全部、僕らの世界で書かれた本。
しかも、そのジャンルは兵法に留まらず、紀行文に歴史書、フィクションまであった。

シールドが消えてすぐ、反撃に出る。
向こうは回避で来ると思っていたらしく、反応がほんの一瞬遅れる。
今の自分にはそれで十分だった。

――僕らに全く興味がないなら、あんなものは置かないはず。

黄金の閃きが一発、二発。
だが深追いはせず、勢いのまますぐに相手の背後に抜ける。

――やっぱり彼は…
あんな態度のくせして心の奥底では僕らと…

また空からアイテム。
視認と同時にその元に向かう。
何にせよ、これ以上相手に有利な状況にはしたくなかった。

だが、焦りすぎたようだった。
頭の中に声なき声が弾け、急いで後ろを見ると、赤い縁取りの円盤。
すぐそばにスマートボムが迫っていた。
延長線上に、投げ終えたポーズのアイク。

――いつの間に…!

激しい光が文字通り、炸裂する。
フィギュアの身とはいえ、その熱と轟音はこたえる。
混乱する意識。

光が途絶え、身体が投げ出された。

「…悪いな」

耳慣れた声がすぐそばで。

続いて、スマートボムよりもきつい一撃がマルスをおそった。

“…Game Set!”

自分の他、誰もいない待合室でマルスは椅子に座り、考え事をしていた。
ラグネルで派手に吹き飛ばされた衝撃が残っているのか、仮面の後ろの顔はまだ少しぼーっとしている。

「…まぁアイクが相手じゃしょうがないか」

やがてマルスは肩をすくめ、自分にそう言った。

「でも…5勝っていうのは言い過ぎだったかなぁー…」

あれから4試合が進み、1日の終わりまであと11試合しかない。
今の勝率でいくと、残り最大11試合として、4勝を望むのにはいささか無理があった。

「…良いか。
別に今、お金に困ってないしね」

――それに、この勝負の目的は別にあるんだから。

気を取り直すと、マルスは丈の低い椅子から降りた。

と、その時。

「おーい、マルスー!
…あ、ここにいたのか!」

待合室に、ドンキーコングが顔を覗かせた。

ドンキーコングの後について、マルスはリビングルームに向かっている。

「…え、マスターとクレイジーが…両方とも来てくれるって?」

「ああ。もうすぐ着くってよ」

「…本当に僕らをどれだけ待たせたと思ってるのかなぁ」

安堵で思わず気がゆるみ、少し愚痴っぽいことを言ってしまうマルス。

リビングルームに着くと、数名のファイターに混じって、見慣れた自分の姿があった。
隣にはカービィもいる。

「やぁ!」

明るく声を掛けるマルス。
メタナイトとの勝負に負けることよりも、元に戻れる嬉しさの方が勝っていた。

「…あぁ、来たのか」

マルスに来てほしくなかったのか、来てほしかったのか、いまいちよく分からない無表情でメタナイトが言う。
そんな彼の前に出て、カービィが報告し始めた。

「あのね、あのね!
あれから4人のファイターと話したんだよ!」

喋ることのできないヨッシーとロボットを除いて、その数になった。

「4人…か。
僕はまだ1回しか勝ててないんだ」

軽く、さほど悔しさのない口調でマルスは言う。

「それではこの勝負…引き分けか」

そう言うメタナイトも、残念そうな顔はしていない。どちらかと言えば、その顔には疲れがあった。

どちらも目標に達することのないまま、マスターハンドが来ようとしていた。

ファイター達が何となく空けている、リビングルームの窓側の空間。

その宙に、ぽつっと黒い穴が開く。
見る間にそれは広がり、リビングルームに巨大な黒い円が現れる。
その円盤の向こうで、ぼんやりとした2つの白い影がだんだんと大きくなってきた。

2つの影は、対になった白い手袋の形を取ったかと思うと、
円盤をくぐり、城のリビングルームに入ってくる。

「大変待たせて…」

と言いかけたマスターハンドに割って入り、クレイジーハンドが陽気に騒ぎはじめた。

「よーぅ! おれ達を呼んだのはどいつだー?
いったい今日は何があったってんだよぉ!」

「…少し静かにしていろ、左手」

マスターハンドから冷静な突っ込みが入る。

「……待たせてしまい、すまなかった。
伝言によれば、ファイターの心が入れ替わってしまった、とか…?」

半信半疑といった様子で、ファイター達を見回すマスターハンド。

その手の向く先(おそらく彼の視線)が、
一心不乱に線を引き続ける恐竜と、折れた色鉛筆の山を足元に作っている機械、
そして厳めしさがちっともない仮面の騎士と、いやに鋭い目つきの王子に向けられると、
マスターハンドは宙でぴたりと静止した。

心持ち指が開き、“口をぽかんと開けた”ような表情になる。
やがて驚きでも同情でもなく、彼は神らしい一言を発した。

「これは……興味深い」

一方隣の破壊神は、青い剣士2人を臆面もなく指さし、騒々しい笑い声を上げはじめた。

「アーッハッハッハ!!
…け、傑作だ! これを考えたのはどこのどいつだ?!
おれから特別にMVPをあげたいくらいだぜ…そんなの無いけどよ!」

自分で言ったことに自分でうけ、狭い室内で笑い転げるクレイジーハンド。

半ば呆れてクレイジーハンドの様子を見ていたマルスは、
隣に立つメタナイトの右手が、怒りに震えながらファルシオンに向かいかけているのに気がついた。
慌てて手近にあった、彼の左手を引く。

「…気持ちは分かるけど…ここは抑えて!」

マルスの言葉に、我に返るメタナイト。

「……しかし…。
…そうだな。あれを斬ったところで何にもならない…」

――うわ…クレイジーを“あれ”呼ばわりって…。
やっぱり怒らせると恐いな、このひと。

依然クレイジーハンドに、射殺せそうなほど冷たい視線を向けているメタナイトを見上げ、マルスは心の中で呟いた。

「本当にお前がやったことではないのか?左手」

マスターハンドが冷静な声で呼びかけると、
笑い、暴れていたクレイジーハンドがぴたっと止まった。
むくりと起き上がり、体を横に振る。

「おれじゃねーよ、残念ながらな。
…あーあ、こんな面白いこと考えついたやつは天才だな!」

そこで初めて、クレイジーハンドは被害者3人からの咎めるような視線に気がつく。

「……あー、わりィわりィ。あまりにおかしくってな」

「それでマスター。これ、直してくれないかな?」

気を取り直し、マルスが尋ねた。

「……」

マスターハンドからの返事はない。

徐々に、重苦しい沈黙がリビングルームを覆い始める。

「………え。…そんな……まさか。
なっ…直せないわけないよね?!
だって…2人は神様なわけでしょ?!」

マルスはそんな中、膨れあがる嫌な予感を否定してほしくて、両手神に必死に詰め寄る。

「すまないが…」

やがて、マスターハンドが重い口を開いた。

「私達にはどうすることもできない。
この一件は、『スマブラ』の技術で行われたことではないからだ。
私達は神と言ってもいい存在だが…万能なのはあくまでこの世界に関して。
それ以外についてはどうすることもできない…」

「そん…な…」

希望が潰え、かすれ声で呟くマルス。
このままずっと戻れないとしたら、アリティアに帰ったら皆に何と言えばいいのか、
そもそもアリティアに帰ることはできるのか…頭の中では、無数の心配事が渦を巻いていた。
叫びそうになるのを辛うじて抑えているのは、王子としてのメンツだった。

「だがな」

クレイジーハンドが、珍しく真面目な声で沈黙を破った。

「物事にはちゃんと戻し方がある。
これを考えたてんさ…犯人を見つけて、心を入れ替えるのに使った手段を聞き出せ。
そうすりゃお前らは元に戻れる」

<PM 2:25>

両手神が去った後のリビングルーム。
そこには、犯人像を描こうとしているヨッシーとロボットを除くと、5人のファイターが残っていた。
広くなった部屋に点々と居残り、めいめい座ったり、立ったりしている。

マスターハンドにも、クレイジーハンドにもどうにも出来ない現象が2度起こり、今のところ元に戻す方法も分からない。

「2度あることは3度ある…と言いますし」

リンクが呟けば、

「そして…これ以上起これば、代わりの出場者を募らない限り、本格的に全ての試合が立ち行かなくなる」

サムスが頷く。

「この事件…早く解決しなくてはいけませんね」

ゼルダはそう言って4人に真剣な眼差しを送った。

「マスターさんによれば、犯人は『スマブラ』以外の世界の技術を使っている…。
つまり、僕たちが知ってる方法かも」

と、ネスが考え込む。

「……考えることは同じってことか?」

やがてフォックスは4人に呼びかけた。
両手神が去っても残っていた5人は、皆同じ目的で残っていた。
この事件を解決したい、そう思っていたのだ。

「分からないことは大きく2つだ。1つめは、心と身体を入れ替える方法」

目の前で、ソファに座っている3人を見わたし、フォックスがまとめはじめた。
その隣で、リビングルームのクローゼットから引き出してきたホワイトボードの上に、サムスが指を走らせる。
指の軌跡を追って、タッチ式のボードは黒文字を浮かび上がらせた。
(なぜフォックス自身が書かないのかというと、彼は字が汚いことを気にしており、事実お世辞にも上手いとは言えないからである。)

「方法については、ネスの言うとおり、ファイターの誰かが知っているものかもしれない」

「あの…それ以外の世界の技術である、という可能性はありますか?」

ゼルダが右手を小さく挙げ、フォックスに質問した。
顎に手を当て、フォックスは考え込んでいたが、やがて答える。

「うーん…いや、あっても限りなく小さいだろう。
ファイターと関係のない世界の人は、めったなことじゃ城に来られない。
城門まで来れても、そこで門番に弾かれると思うな」

「では、この城にいる皆さんに尋ねていくのがいいでしょうね。
そういう技術を知っているかどうか」

「個人の知っている範囲は限りがあるだろうが、やってみる価値は十分ある」

フォックスはゼルダに頷きかけた。

「…そして、2つめの分からないこと。
犯人の正体、目的。こっちの方が重要だ。
犯行に使った手段は分からなくとも、犯人が捕まれば聞き出せるだろう」

「正体の方は…今あの2人が描こうとしているところか」

“犯人の正体・目的”と書き終わったサムスは、そう言ってロボットとヨッシーの方を見た。
ロボットは、相変わらず正確無比だが、見ているこちらがやきもきするほどゆっくりと線を引き続けており、
やっと色鉛筆を持てたヨッシーは、苦労しつつ書く練習をしていた。

ファイターの宿泊場所である“城”では、極力プライバシーを守るため、城内に監視カメラの類はいっさい置かれていない。
今までは必要もなかったのだ。総勢35名の小さなコミュニティでは、悪事を働いたって目星は簡単につけられるし、
そもそも皆にとっての休暇と言える『スマブラ』の滞在中に、行き過ぎた悪巧みをするなど、野暮なことをする者はいない。

だが、今はその常識の両方が破られてしまった。

「…時間がかかりそうですね。やはり、僕らでも考えてみましょう。犯人について」

ロボットとヨッシーから視線を戻し、リンクが言った。

「誰が、何故あるいは何のためにやったか…」
「こんなことして、誰が得をするんだろう…」

5人はめいめい、真剣に考え込む。

「今まで入れ替えられてしまったのは、マルスとメタナイト、そしてヨッシーとロボット…。
個人的な恨みや嫌がらせにしては、被害者に共通点が無さすぎるな」

サムスはそう言いつつ、4人の名前をホワイトボードに記していった。

「ファイターであれば、誰でも良かった…?」

そのボードを見ていたゼルダが呟く。

「ファイター全体…スマッシュブラザーズへの嫌がらせか、それとも…試合の妨害か…。
そういうところか?俺には、それくらいしか思いつかないな」

眉間にしわを寄せ、フォックスが言った。

「私もだ。
…だとすれば、やはり事件はこれからも起こるだろう。
そして…あくまで予想だが、何かしらの脅迫状も届くかもしれない」

サムスが“脅迫状”と言うと、4人にさっと緊張が走った。
頭をよぎったことではあったが、あってほしくない事態。

城内に入れるまでとなれば、ファイターの知り合いに限られる。
少なくともここにいる5人には、そんなことをする知り合いはいないが、ファイター全体となればわからない。

「でも…なぜ?
僕らは…マスターさん達も、誰かに恨まれるようなことはしていない。
……脅迫する目的が、分からないよ」

目の前の机を真剣な顔でじっと見つめたまま、ネスが言った。

<PM 2:53>

午後3時の試合を控え、気合いを溜める者、準備運動をする者、あるいはその前の試合を終えて休憩を取る者で賑わう城内。

…そんな賑わいから少し離れた3階のバルコニーにて。

広々としたバルコニーには、その開放感を邪魔しない程度に、
木製の丸テーブルと、椅子が3セットほど置かれている。
上には青く透き通った空が広がり、高いところを雲が2、3ゆったりと流れていた。

のどかで、静かな高台。
そこに1つ、小さな影がぽつんとあった。

その丸いファイターは、椅子に座り、城に背を向け、青い空を見るともなしに見ていた。

そんなバルコニーに、もう1人、ファイターがやってくる。
3階の屋内から、空を眺めるファイターの姿を見つけた彼は、駆け寄りかけ、はたと気づいて立ち止まる。
その背をじっと見つめ、何か考え込んでいた様子だったが、決断し、バルコニーに歩み出た。

「…どうしたんですか、マルスさん。こんなとこに1人でいて」

ピットは、マントを被る背に声をかけた。

「……あぁ、ピット君か」

仮面を被っているものの、無理に笑おうとして、でも、元気がないのは隠せていない、そんな様子が分かる。

ピットは隣の椅子に座り、同じ空を見上げた。
上に行くほど、深く、濃い青になっていく快晴の空。横切っていく真っ白な雲。

やがて、ピットが口を開く。

「…戻れなくなったって決まったわけじゃありません。
確かに、マスターさん達にも手に負えることじゃないって言われたのは、僕も驚いてます。
でも、クレイジーさんも言ってた通り、これをやった人が見つかれば、元に戻れます。
だから……そんなに落ち込まないでください」

「でも…本当に見つかるのかな」

ピットの優しさに甘え、つい気弱なことを呟いてしまうマルス。

「大丈夫ですよ! マスターさん達も今、お仕事の合間を縫って探しているそうですし、それに、僕らだって!
フォックスさんやサムスさんを中心に、考えてるんです。この事件について」

励ますように、ピットは明るい瞳をマルスに向けた。青空の輝きを映し、明るく輝く瞳を。

「えっ?
…君たちも?」

「はい!
この事件は…他人事じゃありません。
僕も試合が終わったら、フォックスさん達の捜査チームに入りますよ!」

ピットは意気込んで言う。
一方マルスは、その言葉の中の、何かに心が引っかかっていた。

「試合……あっ、そういえば!」

がばっと立ち上がろうとして椅子から落ちかけ、辛うじて踏みとどまる。

「…次、君とチーム戦だったっけ…!」

「…あ。
そう…でした。
そうですよ、僕、それでマルスさんのこと探してたんです」

確認するように何度も頷くピット。
マルスは時刻を確かめ、今は元から青い顔をさらに青くした。

「……急がないと。
棄権扱いにされちゃうよ!」

マルスは椅子から降り、慌ててバルコニーを後にする。
ピットも立ち上がって走りかけたが、気づいて2つの椅子をちゃんと元の位置に戻し、それから走っていった。

<PM 3:07>

時刻は移り、バルコニーでは別のファイターがくつろいでいた。

午後ののどかな空と、眼下の森を独り占めにしているのは、キノコ王国の姫、ピーチ。
桃色で統一された、ふわりとしたドレスに身を包み、紅茶を片手に淡い金色の髪をゆったりとなびかせているその様は、
絵になりそうなほど美麗だった。

だが、視線を顔に移すと、
整った顔立ちの中、彼女の青い瞳が、姫という身分に見合わないほどはつらつとした光を持っているのが分かる。
いたずらっぽささえ感じるほどにその瞳を輝かせているのは、おそらく元来のお転婆な性格だろう。

そんな姫を、バルコニー出入り口からじっと伺うファイターが2人。

「ねぇ、いつになったら話しかけるのー?」

幾何学的な彫刻の施されたアーチの左側から顔を覗かせている2人のうち、
下の方にいるカービィが、待ちくたびれた様子の顔を、上から少しだけ顔を覗かせているメタナイトに向けた。

「………」

彼からの返事は無い。
その目はもちろんピーチに向けられていたが、心の中では少し別のことを考えていた。

マルスは試合で5勝、そして自分は10人と話す。
マスターハンドが帰った後、この勝負は“2人が元に戻るまで”続けることとなった。

しかし、それを提案したのはメタナイトではなく、マルスからだった。

――…何故だ?
彼はそれほど真剣に戦うような男ではない。
また、わざわざ延長してまで私と競おうとするほど……

「ねぇ」

下の方からせかすように呼ぶ声。しかしそれは彼の耳に届かない。

――…だがそれにしては、“1勝しかしていない”と言ったときの彼の様子。
まるで悔しそうにしていなかった。
勝算があるのか…?何か、秘策が……

「ねぇってば!」

無視されて、ちょっと声を大きくしてカービィが呼ぶと、やっとメタナイトは我に返った。

「……失礼」

言葉少なにピーチに呼びかけた声には、僅かに緊張がのぞいていた。

何しろ相手は一国の姫。
プププランドでそういった存在に出会ったことがないだけに、
本で得た王族についての知識がより一層、メタナイトにプレッシャーをかけていた。

だが、この時間帯、出歩いているファイターの姿は少なく、話しかけるとすれば彼女くらいしかいない。

「…あら、どなたかと思ったら」

ピーチは振り返り、意外そうな声で言う。
しかし、2人が来ていることを知っていたのは、その微笑みに表れていた。

「ずっと立っていては辛くってよ。
遠慮せずにいらっしゃい。3人で一緒にお茶しましょう」

どう答えるべきか迷っているメタナイトの横を、カービィが嬉しそうに走っていき、ちゃっかりピーチの横の椅子に飛び乗った。
仕方なく、メタナイトもテーブルの方へと向かい、ピーチに一礼して席に座る。
残った席に座ったので、自然と彼女と向き合う格好になった。

ピーチがティーセットから2人分のカップを出し始めたのに気がつき、急いでそれを手伝いかけたメタナイトだったが、

「無理をしてはだめよ。
あなた、まだ慣れていないのでしょう?」

そうやんわりと言って、ピーチはさっさと2人分の紅茶を注いでしまった。
どんな茶葉を使ったものか、立ち上る香りには、桃の香りも混じっている。

「……」

差し出しかけた手の行き所を失い、ゆっくりとその手を戻していた彼は、
カービィが、平皿に盛られたクッキーを次から次へと食べているのにようやく気がつく。

「…!
カービィ! 茶会というものは…
菓子ばかり食べるものではないのだ!」

慌てて指摘し、止めようとすると、その手をさっとかわされてしまった。
そのまま椅子から降り、その陰に隠れるカービィ。

「だってぇ、おいしいんだもん!」

椅子の陰から顔を覗かせ、罪のない声でカービィは言った。

「紅茶も飲まずに菓子ばかり食べて…」

「これからおさとう入れて飲むもんね~!」

カービィが盾にしている椅子をはさんで、軽く言い合いになる2人を見て微笑んでいたピーチは、やがてこう言った。

「そんな堅いこと考えないで。
ティータイムは元々くつろぐための時間。そうではなくって?」

その言葉に、姫の手前渋々と席に座るメタナイト。

「それに、ここに来ている時くらい忘れていたいの。
姫としての責任とか、職務とか…そういう堅~いことをね。
…こんなこと、キノじいの前では言えないわね」

向こうの地平線を眺め、ふと笑みを浮かべてピーチは言った。

「…それで姫はここへ?」

「えぇ!
むこうでも時々スポーツをしたりするけど、やっぱりここが一番だわ。
色んな人と会えるし、何しろここにいる間はずっと、1人の女性ファイターとして過ごせる…」

そこで、思い出したように、ピーチは視線をメタナイトに向けた。

「それはそうと…あなたも私のこと、“姫”って呼ぶのね」

「……あ、いや。これは失礼した」

うろたえ、謝るメタナイトに、ピーチは笑って「いいの」と手を振る。

「私はどう呼ばれようと気にしないわ。それに、くせなら仕方ないのだし。
…でも、ここでは変に敬語を使っていては良くなくってよ。
みんな平等にファイターなのだから、言い方によっては距離を置いているように思われてしまうわ」

「距離を…」

「そうよ。
ルイージにも、私に敬語を使わないでって言ってるのだけど…
あ、そういえば、あなたは休暇とらないの?
ハプニングとはいえ、せっかく休み時間が増えたのだし、この機会に出かけてみるのも良いんじゃないかしら」

急に話題が大きく変わり、困惑し、目を瞬くメタナイト。

「休暇…? ……考えたこともなかったが…」

「ずっと乱闘ばかりしていては疲れてしまうわよ。
ルイージだって、今日1日休みを取って、旅行に出ているのよ。
彼にはいつも食事のことでとても助かっているから、たまには休ませてあげなくてはね」

「ルイージ殿が?
…そういえば確かに、今日の試合予定に彼の名は無かった」

「でしょう?」

そこで一口紅茶を飲み、ピーチは再び城の外に広がる森へと目を向ける。

「…私としては、マリオにもたまには休んでほしいの。
“ミスター・ニンテンドー”として、試合の時以外も色々なイベントに駆り出されて…。
まるでキノコ王国での私みたい。いえ、それ以上かもしれないわね」

同情の念をこめて、ピーチはため息をついた。

「まだクッキー食べたかったのにー…」

「もう十分食べただろう」

そんなやりとりが聞こえてくる、階段。

「しかし…距離か」

手すりをしっかりつかみ、一歩一歩ゆっくりと降りていきながら、メタナイトは呟いた。

自分が敬称を使うのは、ある意味ではくせだ。
プププランドに敬語を使う相手はいないが、選りすぐりの英雄が揃うここでは、どうしたって使わなくてはならない・・・・・・・・・・
そう思い込んでいたのだが…。

しかし、ピーチにああ言われたところで、口調を変えるタイミングが全くつかめないというのが現状だった。

――どうしたものか…。

眉間にしわを寄せ、考え込みながら階段を降りていたメタナイトだったが、
ふと、重大なことに気がついた。

思わず足が止まり、体が前のめりになるも、手すりを掴んでいたために転ばずに済んだ。

「どうしたの? 急に止まって」

カービィが下の段から駆け戻ってくる。

「私は…なんということを」

やがて、メタナイトは呆然と呟いた。

「何がどうしたのさ?」

じれったそうに口をとがらせるカービィ。

「彼女は…姫にはマリオ殿という相手がいるというのに…。
私は彼女と茶会をしてしまった……彼には何も言わず…!」

自責の念にかられ、猛省している友達を、きょとんと見上げていたカービィだったが、やがて笑い出す。

「あははっ! そんなこと、誰も気にしないよ! もちろんマリオもね。
そんなこと言ってたら、ぼくなんてもう何回おちゃかいしたかわかんないもん」

「しかし…今はとりわけこの姿だというのに」

そう言って、メタナイトは空いている方の手で自分の、人型の姿をしめす。

「だいじょーぶ! “そんな堅いことを考えないで”、でしょ?」

ピーチの声まねをし、カービィはまた笑った。

<PM 3:20>

待合室。

勝利の興奮冷めやらぬ様子の2人が、城に帰ってきた。

「やりましたね、マルスさん! 僕らの圧勝ですよ!」

目を輝かせ、ピットが嬉しそうに言う。

「本当に楽しい試合だったよ。ありがとう、ピット君!」

マルスの“ありがとう”には、共闘してくれたことへだけでなく、勝たせてくれたことへのお礼も含まれていた。

――しかし…今の僕にはチーム戦が合ってるのかな…。

足取り軽く、嬉々として今の試合の凄かったところを挙げているピットを見ながら、マルスはそう考えた。

ソニックのアドバイスのおかげで、この速さに、流れにのることができるようになった。
まだ決定打を打つほどこの姿に慣れてはいないが、チーム戦であれば攻撃を捨て、
速さを活かした撹乱、回避、妨害に徹することができるのだ。

――…でも、あまりこんな戦い方してたら怒られるかな、メタナイトに。
“正々堂々と戦って頂きたい”とか何とか…

噂をすれば影。

マルス達2人が向かっていた先、待合室出入口のドアが開き、現れたのは鋭い眼光の騎士。

あれから7時間ほど経ったとはいえ、未だにいきなり自分の姿が目の前に現れると、マルスはどきりとしてしまうのだった。
それは向こうも同じらしく、マルスの姿を認めると、鋭い光をたたえた目が一瞬困ったような表情になる。

「…やぁ。次、試合なの?」

マルスは勝ち試合の上機嫌にまかせ、自分から沈黙を破る。

「ああ」

メタナイトは短く、たった一言だけで答えた。
彼の後からついてきていたカービィが、そこに続けてこう文句を言い出す。

「メタナイトったら、お話もしないでトレーニングしに行ってたんだよ!
だから、まだ5人としかお話してないんだ」

ぼくは止めようとしたんだけど!とむくれるカービィ。
ピーチのお茶会を辞した後、メタナイトは次の試合のためにトレーニングルームに直行したらしい。

「そんなに無理しなくて良いよ。僕はそんな…戦績とか気にしないし」

マルスが言うと、

「そうですよ、無理しちゃだめです。
…ヨッシーさんやロボットさんもあの状態ですし、2人の出る試合でファイターの差し替えをして休ませてるそうですから…
あなたも、少し休んでは?」

ピットも心配そうに言った。

しかし、2人の言葉を聞いたメタナイトは一層表情を硬くしてしまった。
表だって感情をあらわにしていないにも関わらず、ピットはその不可視の炎に一瞬たじろぐ。
その横でマルスは怯むことなく、相手の瞳をまっすぐに見つめる。

互いに自分の瞳に視線をぶつける、そんな一瞬がゆっくりと過ぎ去って、

「…………失礼」

それ以上は何も言わず、メタナイトは2人の横を歩いて行き、転送装置の中に消えた。

「……わぁ…」

安堵とも畏怖ともつかない呟きをもらすピット。

「ほんとに、いっつも強がってるんだから!」

カービィが口をとがらせて言った。
その言葉に、マルスはゆっくりと頷く。

「…僕もそう思うよ」

<PM 3:42>

元々誰かを助けたことがあったり、街を、国を、世界を危機から救ったり…
ここに集まるファイター達のほとんどは『英雄』『ヒーロー』『救世主』その他様々な呼び名をつけられ、
故郷の世界では、様々な人々から感謝されている。

だから、事件があったと聞けばそんな彼らが黙ってみているはずもない。
リビングルームには捜査チームに加わるファイターが入れ替わり立ち替わりやってきて、
試合までの空き時間、自分なりの推理をホワイトボードに書いていったり、居合わせた仲間と話し合ったりしていた。

「新しい情報が入った」

試合のないファイターのほとんどが集まり、“入れ替わり事件”について盛んに議論しているリビングルーム。
そこに、捜査チームの主要な1人、サムスが戻ってきた。

新しい情報。
その言葉に、リビングルームにいるファイター全員が振り返る。

「この事件が起きるまでの一週間…城を訪れた外部の者は、いない。つまり…」

言いながら、ホワイトボードに歩み寄るサムス。

「つまり…やったのは外から来た人じゃない、ということ?」

ネスが尋ねる。それはすなわち…

「この城の中にいる誰かがやった…そういうことか」

足を組み、ソファに座っているC.キャプテンファルコンが言った。

「そう。従ってこの線は消える」

サムスはそう言って、ホワイトボード上にまとめられた“犯人像”のいくつかを消去した。
ファイターに選ばれなかった人の嫌がらせ、宿敵による復讐、未知の敵…。

「でもこの城の中にいる誰かって…ほとんど僕らのことになるよね」

ネスは、確認するように真剣な眼差しをサムスに送る。
黙って頷くサムス。

「…皆のことを疑うわけではないが」

冷静に答えつつも、その声にはそうあってほしくない、という思いが込められていた。

と、そこにもう1人、ファイターがやってくる。

「おーい。こんなものがあったんだが」

ドンキーコングがそう言いながら皆に見せたのは、籠いっぱいの果物と、木の棒。
新たな被害者でなくてよかった、とファイター達は安堵しつつも、ドンキーコングの持ってきたものの意味を測りかね、
怪訝そうに顔を見合わせた。

「あのときヨッシーとロボットが倒れてたところにあったんだ。
何か関係あるかと思ってなぁ」

その言葉を耳にとめ、フォックスがはっとしてこう問いかけた。

「ドンキー、それ、どんな状態であった?」

「え?
こう、だな」

ドンキーコングが、発見時の様子を再現する。
まず果物を無造作に床に転がし、次にその上に籠を伏せる。
最後に、籠のそばに木の棒を置いた。

「…罠、か」

フォックスは、やはり、といったようすで頷いた。
食べ物でおびき寄せ、獲物が近づいたら籠を支える棒を引き、捕らえる。ありがちで原始的な罠。
ドンキーコングが見つけたときには、壊れ、罠としての用を足さなくなっていたようだが。

「でもなんで罠なんて…?」

そうネスが言った横で、ヨッシーが果物を見つけ、ガシャガシャと騒がしく機械の腕を振り回しはじめた。

「おいおい落ちつけって。今のお前じゃ食べれないだろ」

言いつつ、ドンキーコングは果物の中にあったバナナらしきものを食べている。
それに気がつき、隣のC.ファルコンが突っこんだ。

「ドンキー、証拠物件食ったらだめだろ」

「いいじゃん食っても減るもんじゃなし…まだこんなにあるんだからな。
…だからヨッシー、元に戻ったらお前にもやるから、落ち着けよ。
……え? いらない?
違う? 何が言いたいんだよ一体…」

「何か言いたいことがあるんじゃないのか?」

バタバタと腕を振ったり、首を振ったり忙しいヨッシーを見て、C.ファルコンはそう推測する。
ネスはヨッシーの前に立ち、じっとそのセンサをのぞき込みはじめた。
ヨッシーもその意図を理解し、身動きを止め、意識を集中させるようなそぶりをする。

しばらくして。

「……あの罠と…君が入れ替わったことは…関係がある。
そう言いたいのかな…?」

ネスがそう聞いてみると、ヨッシーは分かってもらえたのが嬉しい様子で、勢いよく頷いた。

「そして…君が入れ替わる前…には……」

詳しい思考を読み取ることができず、首をかしげるネス。

これ以上読み取ってもらうのは無理だと判断したヨッシーは、
慣れない様子で機械の体を罠の残骸の方へと持って行き、棒を籠にあてがってちゃんとした罠の形に戻した。
そして、皆の顔を見渡す。

「入れ替わる前は…この状態だったってこと?」

ネスが聞くと、ヨッシーは頷いたが、

「これ、お前を捕まえるための罠だったのか?」

とフォックスが聞くと、ヨッシーはゆっくりと首をかしげた。
ついで、まだ線を引き続けているロボットを指し、それから罠の前に立ってとおせんぼうをするような格好をした。
これを見れば、言いたいことはネスでなくとも分かる。

「ロボットが、果物の方へ行くのを邪魔した…、と。そういうことか」

サムスが言った。

「つまり、ロボットはこの罠について何か知っているかもしれない…」

「でも、今の状態じゃ何も聞けそうにないですよ」

リンクの言うとおり、ロボットは相変わらず脇目もふらずに青い線の濃淡を描いている。
耳元でどんなに大きな音を立てても、気がつきそうになかった。

一方、背の高い人垣の隙間から、罠の様子を何とか見ようとしていたピカチュウは、
果物を見て、「あっ!」と声を上げた。

――あれ…ぼくらのとこにあるきのみだ!

罠に仕掛けられていた果物はズリ、ナナ、オレン、ブリー、セシナ…確かにピカチュウの住む世界のものだった。
それ以外の果物は一切混じっていない。

ただ、それが分かったからと言って、今のピカチュウにはその意味が分からなかった。

ピカチュウはしばらく考え込んでいたが、ヨッシーを囲んでああでもないこうでもないと話し合っているファイター達の邪魔になるかもと思い、
彼は見つけたことを言わず、今は心にしまっておくことにした。

一方その頃、
ステージ『ピクトチャット』にて。

舞台自体は何の変哲もない1枚ののっぺりと黒いステージだが、
この『ピクトチャット』ではどこからともなく黒い線が描き込まれ、数々の仕掛けを具現化させる。

仕掛けの種類は決まっているものの、次に何が来るのか、その動きにも気を配らなければならないステージだ。

着地先に鋭いトゲが描き込まれたり、
復帰しようとしたところに風を描き込まれたり、
飛ばされた先に炎が描き込まれたり…。

この変幻自在なステージにおいて、
今ただ1人、中央に陣取って動かないファイターがいた。

周囲で黒い線が現れ、消えていくのに少しも動じず、他のファイターがかかってくるのを待つ。

その目は、尋常ではない殺気を放っていた。

「あんなに振り回して…よく腕をおかしくしないものだなぁ…」

今行われているのがチーム戦ではないということも忘れ、オリマーは半ば呟くようにして、傍らのスネークに言った。

「人間、無意識的に自分の力をセーブしてるものらしい。
今は“中身”が変わったから、その限界も変わり、引き上げられているんだろう。
マルスも本気になれば、あのくらいの力が出せるのだろうな」

スネークは、ステージ中央にいる剣士を油断無く見つつ、応える。
2人は、新たに描き込まれた家の形の障害物に隠れ、様子をうかがっていた。

2人が見る先では、青い剣士がルカリオと渡り合っている。

ゴォゥ! ビュゥッ!

突風を生み出すまでに鋭く、ファルシオンが宙を斬る。
マルスが見たら「もっと大切に扱ってよ!」と、慌てて止めに来そうなほどの勢いで。

しかし、身についた戦法はたった数時間で変えられるものではなく、
メタナイトは、元の姿の時と同じ調子で剣を振るっていた。

元の時と全く同じ速さとまではいかないが、普段のマルスよりは速く、それだけ強靱に剣を振るうことができる。

時に、長剣の慣性に負け、半身を持って行かれてしまうこともあったが、
持ち前の反応の早さで何とかそれをカバーしていた。

そんな危なっかしい戦い方でも相手を押すことが出来ているのは、
ひとえにその気迫にあった。

――無理をするな…だと。
休め……だと…?

宙を跳び、繰り出されたルカリオの蹴りを、シールドで素早く防ぐ。
ルカリオは一旦後退しつつ、前から溜めていた波動を両の手に集め、すぐさま放つ。
…が。

――余計な世話だっ…!

轟音と共に振り下ろされたファルシオンは、
なんと、その光弾を相殺、打ち消してしまった。

同時に相手から放たれた激しい感情の波に、ルカリオの動きが一瞬止まる。
無理もない。
それは、険しい山を駆け巡り、野生のポケモンを相手に修行してきた彼には全く馴染みのない、複雑な感情だったからだ。

それでも何とか目の前の戦いに集中し、再びかかっていくルカリオ。
ダメージの蓄積によって彼のまとう波動は一層輝きを増し、激しく光っていた。

口の端からうなり声を上げ、青い波動を纏わせた右の拳を叩き込む。

振り上げた剣にその攻撃は弾かれてしまったが、ルカリオのこの一撃は、次の一撃のための準備でしかない。
とっ、と地に足がつくとすぐに踏み切り、今度は強靱な脚で、相手の胴を狙おうとする。

相手の剣は、まだ、振り上がりきっていない。
無防備な姿勢のまま立っているメタナイトの胴に、鋼のごとく鍛えられた脚が迫る…しかし。

――戦わねば……何だと言うのだ!!

ルカリオの瞳が、激しい感情のフレアを、閃光を捉えたとき、
彼は思わず怯んでしまった。

そこに目がけ、銀の光が走る。

「…荒れてるな」

スネークが呟く。
感情を波動として読み取れるルカリオでなくとも、試合開始直後から2人ともそれは感じていた。

――相手にしたくはないな…。

あっという間にステージ圏外の光と化したルカリオを目で追いつつ、
正直、オリマーはそう思っていた。
背後の3匹のピクミンも同じらしく、不安そうに葉や花を揺らしている。

大抵の者は、激情に駆られて戦えば、冷静な判断力を失い、つい深追いしすぎて自滅するものだ。
しかし、今ステージに立つ青い騎士は、あれだけ感情を露わにして戦っているにも関わらず、間違いなく判断力を、自制心を保っていた。
激情を御し、その上でそれを力としている。

ただ者ではない。

スネークも、故郷の世界ではこんな敵はなるべく相手にせず、迂回する策を取るが、
『スマブラ』ではそうも言っていられない。

「……」

隠れ場所としていた障害物が、見えない手に消されたタイミングで、スネークは前へと踏み出した。

<PM 3:55>

「お願い! ちょっとだけだから!」

「だめだって、今ぼく忙しいんだよ!」

そう言いながら城の廊下を走っているファイターが2人。

追うのはレッド、追われているのはピカチュウである。

「確かめたいんだよ、君のそのしっぽが本当に避雷針の代わりになるのか!」

「そんなの知らないよぉーっ!」

優秀なポケモントレーナーであるレッドは時折、
知識欲に駆られてこうして、ピカチュウたちポケモンを追いかけ回し、質問攻めにするのだが、
追いかけられる側にとっては甚だ迷惑な話である。

「ほんとにちょっとだけだから!」

少年らしい純真な声で、レッドが言う。

「ちょっとって言って、こないだは1時間もぼくのこと放さなかったじゃないかー!」

追いかけられるのは嫌だが、だからといって乱闘でもないのに人間相手に電撃を当てる気にもなれず、
ピカチュウは困り果てていた。

前の道が、左右に分かれているのが見えてくる。
T字路に入ったところで急いで方向を変え、後はでんこうせっかで距離を稼ごう、とピカチュウが作戦を立てていると、

「あ…じゃあさ!
実験につきあってくれたら僕がポフィンいっぱいつくってあげるから!」

背後から、そんな声が飛んできた。
ピカチュウの耳が、反射的にぴくっと動く。

レッドは、長年の旅のおかげか、年のわりに料理がとても上手い。
それはポケモンのお菓子であるポロックやポフィン作りに関しても言えることだ。
気が向くと彼が作ってくれる、そのお菓子を密かに楽しみにしているピカチュウは思わず、

「本当…?」

と、振り返ってしまう。

直後。

体が誰かとぶつかった、と思った次の瞬間――

<後編に続く>

裏話

どうも3本立てを書くと、真ん中がぐだっとしてしまう気がします。まさに中だるみというか…
『パラレル・カービィ』の方では、フーム達のサイド、ファイター達のサイド、そして両サイドというように3話にしましたが、
このストーリーではサイドで分けるより、何となく普通の時系列で書いた方が良いなと思ったのです。
マルスが勝負を持ちかけるのはストーリー展開上のものですが、同時に中だるみを少しでも軽減させるためでもあったりして…。
また、書いた後で気がついたことですが…確かトライフォースラッシュって、1人にしか当たらないんじゃなかったっけ…


『中編』の裏話では、メタナイトについて語ることにします。
初めて知ったのは、『星のカービィ ウルトラスーパーデラックス』で。
「何だかずいぶんシリアスなひとが出てきたなぁ…」というのがそのときの印象。
大志を抱いて戦艦まで持ち出してきて…でも艦長には恵まれないし、カービィに戦艦を落っことされるし…。

アニメ版の、落ち着きのある老剣士というイメージも捨てがたいですが(エスカルゴンは「老いぼれだったから安く雇えたでゲス」とか言ってたなぁ)
自分としては、部下を指揮して自分の信じる正義のために突き進む、野心家の若者のようなイメージがすでにあって…。
『メタナイトの逆襲』ラストで、負けが決まっているのになおもカービィを追う姿を見ると、
普段は冷静だけど、もしかしたらそれは強い意志で感情を抑え込んでいるんじゃないか、とかも思ったりします。

蛇足:『星のカービィ Wii』のタイトル画面にて。
何も押さずしばらく待ってると、ワープスターに掴まったデデデ大王が、カービィに変顔をし、
バンダナワドルディはくすくす笑うけれど、カービィはきょとんと身体をかしげ、
そしてメタナイトは呆れて首を振る(たぶんデデデには見えてない)…あのシーンを見たときに、思わずにやっとしてしまいました。
あの1シーンだけで、4人の性格が何となく伝わってくるような…。

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