気まぐれ流れ星二次小説

1⇔8

<後編>

~前回のあらすじ~

謎の光によって、心と身体が入れ替わってしまった2人の青い剣士。
今時の青年らしく、社交的な王子であるマルスと、寡黙で1人超然としている、堅物のメタナイト。
ただでさえ気の合わない2人は、この妙な事件に戸惑い、衝突しつつも、互いのふりをして試合をこなしていくはめになる。

昼食時、メタナイトの部屋で昼食を取ることになったマルスは、やけにジャンルの広い蔵書を発見する。
そこで、思うところあったマルスはメタナイトにこう提案する。
「僕は、試合で君らしく振る舞い、かつ5勝する。その代わり君は10人のファイターと世間話をするんだ」

その後、マスターハンドとクレイジーハンドが来て、この“入れ替わり事件”がこの世界スマブラの技術で行われたものではないこと、
したがって彼らには、元に戻すことは出来ないことを告げる。
元に戻る方法は、“犯人”のみぞ知る。つまり、犯人さえ見つかれば元に戻ることができるだろう、とも。

この事件を不審に思ったファイター達は、自主的に捜査チームを作り、推理を行っていた。
結果、分かったこと。“犯人は、城の中にいる”。

 ※現在、入れ替えられてしまったファイターは
  マルス⇔メタナイト
  ヨッシー⇔ロボット

 マルスは2勝を重ね、メタナイトは5人と会話した。

空しい。

今までそんな思いが浮かんだことは無かった。
勝って、空しいなど。

負ければ反省点を見つけ、それを直す。
勝てても驕らず、一層の鍛錬を積む。

今まで、そうしてきた。
自分にとって、『スマブラ』とはそういう場だと思っていた。

それは今も変わらない。

なのに何故、物足りないと思うのか。
まだ本調子ではないからだろう、と彼は自分を納得させていた。

だが、本当は。

ようやく彼の中で、何かが変わろうとしていたのだった。

1⇔8
<後編>
~変わらないこと、変えられること~

<PM 4:00>

一階、リビングルーム。
今までの推測がまとめられたホワイトボードを半円状に取り囲み、置かれているソファや椅子に
ファイターが4人だけ、ぽつりぽつりと座っていた。

試合に出られそうにない、と判断されたロボットとヨッシーの穴を埋めるため、他のファイターが試合を急遽肩代わりし、
結果、一度に集まれる捜査チームの人数が減ってしまったのだ。

新たな意見も出ず、沈黙のまま時間だけが過ぎてゆく。
捜査は、完全に行き詰まっていた。

犯人は元から城の中にいる可能性が高いこと、被害者に特に共通点はないこと、廊下に目的不明の罠が掛けられていたこと。
今までに分かったことはそれだけ。

ファイター全員に、心と身体を入れ替える技術について何か知っているか、メールで尋ねたものの、
今のところ“知ってる”と答えた者はいない。

もちろん、犯人がもしファイターの中にいるとして、彼もしくは彼女が知らないふりをする、という可能性もあった。
だが、そもそもファイターの心と身体を無差別に入れ替えて、犯人は何をしたいのか。
あるいは、捜査チームの誰も思い至らない、犯人なりの理由があるのか。

根本的な動機が分からなかった。

ふう、とため息をつき、フォックスが天井を見上げたその時、リビングルームにリンクが帰ってきた。
彼は少年ファイターに肩を貸し、その後ろに黄色いポケモンを連れていた。

ひどく歩きにくそうにしている赤い帽子の少年と、二足歩行でついてくるポケモンの様子を見て、アイクは既視感を覚えた。
彼の勘は当たり、

「この2人も…です」

リンクは疲れた声で、リビングの4人に言った。

「ぼくが廊下を走ってて、分かれ道で誰かとぶつかったなって思ったら、辺りが光って…」

まだ入れ替わりの混乱が収まっていない様子だったが、
ポケモントレーナーの姿になってしまったピカチュウはそう証言した。

「何で廊下を走ってたんだ?」

フォックスが尋ねると、

「あー…その……僕が追いかけてたんです」

恥ずかしそうに、ポケモンの姿のレッドが答えた。

「少しは加減してやれよ?
ここではピカチュウもいっぱしのファイターなんだからな。お前と同じで」

フォックスは軽く注意し、続けてレッドにこう聞いた。

「…まぁ、つまりはその時、君はピカチュウの後ろにいたんだよな。
ピカチュウと誰がぶつかったのか、見たか?」

「えっ? あ……いいえ、見てないです…」

目を瞬き、レッドは言った。
彼は、大人たちの前では、すっかり内気になってしまうのだった。

またしても犯人は分からずじまい。
リビングルームの4人は残念そうなため息をつき、ソファに腰を下ろす。
その様子を見て、何とか力になりたくて考え込んでいたレッドは、やがてこう口を開く。

「…たぶん、ですけど。
ピカチュウとぶつかったのは、そんなに大きなものじゃなかったと思います。
少なくとも、ピカチュウの陰になって隠れるくらい小さいひとじゃ…ないかな」

「そんなに小さい方となると…あくまでファイターの中として、
オリマーさんくらい…いえ、あの方でも大きいかしら…?」

ゼルダが首をかしげる。

「えっ…!
こ…この2人も……ですか?!」

ソファに座っているレッドとピカチュウの方を見て、珍しく驚いた声を上げているのはMr.ゲーム&ウォッチ。

「ごめんなさい…いろいろと試してみたんですけど…。
僕、電撃すら出せないんです…」

それに戦い方が分からないし…、と申し訳なさそうにレッドが言い、

「ぼくもトレーナーのやり方が分からないんだ…」

ピカチュウも正直に言う。

「レッドがピカチュウと一緒に、あのステージ横に出場して、ピカチュウに指示してやったらどうだ?
ちょっと観客には不審がられるかもしれないが、それならレッドは戦いの場に立たなくて済むし、
ピカチュウはトレーナーとして振る舞うことができる」

フォックスが提案すると、レッドたち2人は顔を輝かせ頷いたが、

「それでも本来ピカチュウさんの出るべきだったところには穴が開いてしまいますよね…」

Mr.ゲーム&ウォッチは、力無い声で言った。
何しろ、彼は時間に正確なことを買われ、マスターハンドから試合予定の組み立てを任されている。
本人もその役割を率先して引き受けていたが、こんなハプニングの続く今日は初めて、疲労をおぼえた。

――また、皆さんに代替選手のお願いをしなくては…

「…落ち込んでもいられませんね」

Mr.ゲーム&ウォッチは背筋を伸ばし、まずは試合予定の見直しをするため、
ピコピコとリビングルームから出て行った。

「こんな事件が起きて、誰が困るかと言えば…彼かもしれないな」

サムスはMr.ゲーム&ウォッチの薄っぺらい後ろ姿を見送り、そう独りごちた。

<PM 4:18>

リンクが手すりに腕をあずけ、2階の吹き抜けから1階玄関大ホールの噴水を見下ろし、
浮かない顔で考え事をしていると、後ろから声を掛けられた。

振り返ると、一頭身の姿をしたマルスがやってくるところだった。

「……ああ、どうも」

あまりに集中して考え込んでいたため、
一瞬、彼がメタナイトと入れ替わってしまったことが思い出せず、返事に間が空くリンク。

「どうしたの? こんなとこにいて」

マルスが尋ねる。

「皆さん試合で忙しくて、リビングルームには誰もいなくなってしまって…。
ちょっと気分を変えようと思ってここに来てみたんですけど……何も思いつかないんです」

沈んだ顔で噴水に目をやるリンク。
そんな彼の顔を見上げていたマルスは、こう言った。

「君たちは…十分頑張ってるよ。
僕としては、君たちがこの一件を解決しようとしてくれてる、それだけでも有り難いんだ」

「それは…。
でも、3組目の被害が出てしまいましたし、その上マルスさんが入れ替わってもう8時間は経ちましたよね。
そんなに経ったのに、何1つ分からないなんて……」

数々の迷宮をくぐり、謎を解いてきたリンクは、この事件の謎が解けない自分に不甲斐なささえ感じていた。

しばらく、黙って噴水を眺める2人。
リンクは手すり越しに。マルスはその下のガラス越しに。

ふと、マルスがきびすを返し、その先の広い窓の方へと向かいはじめた。
どうしたのだろう、とリンクが振り返ったむこうで、マルスは窓の外の青い空を見上げ、明るい声でこう言った。

「…飛んでみたいな」

「……?」

きょとんと目を瞬くリンク。

「せっかくこの姿になったんだ。
こんなこと、そうそうあることじゃない。
どうせだから……飛んでみたいんだよ」

振り返った彼の、顔は仮面に隠されていたが、リンクはその後ろでマルスが笑いかけているのが分かった。
自分のことなら気にしないで、と。
大変な思いをしているだろう彼に、励まされてしまうなんて。

――元気出さなくちゃな。

リンクはそう思った。

リンクと別れた後、マルスは1人、階段を昇っていた。
向かう先は5階。この身体の持ち主の部屋。
子供ほどの背しかない今は、階段を上り下りするにも手すりを頼らねばならなかったが、
彼の足取りはしっかりと、目は前を見据えていた。

連戦の中、不自然に空いた空き時間。
午前までのマルスなら何ら考えることなく休憩に当ててしまうところだったが、今の彼は違った。

なぜ“彼”はこの時間帯を空けているのか。
おそらく、トレーニングルームか読書のためだろう。
今の時間はマルスも試合を入れていなかったから、向こうもいつもの習慣でトレーニングか読書をしているに違いなかった。

マルスには、伝えたいことがあった。

おそらく、このまま元に戻ってしまえば、メタナイトは再び心に壁をつくって、こちらの話を聞かなくなってしまう。
こんな事件が起きて動揺している今だからこそ、こちらの言葉が届く。そう考えていた。

なぜ、そこまで彼はこだわるのか。

かつて、出身世界アカネイア大陸を巻き込んだ戦乱の中、マルスは幾度となく厳しい局面に立たされた。
しかし、そんな彼をいつも救ってくれたのが、ジェイガン、カイン、アベル、シーダ…大勢の仲間・・
だから彼は、仲間というものを誰よりも大切にしている。

それは、『スマブラ』においても。
どんなに姿や価値観の異なる仲間に対しても、同じだった。

5階にたどり着くと、フロアの左手にあるメタナイトの部屋の前で、カービィが行ったり来たりしていた。

「あ! メタ…じゃなかった、マルス!」

カービィがこちらの姿を見つけ、駆け寄ってくる。

「試合から帰ってきたと思ったらすぐ部屋にこもっちゃって…。
試合の前はトレーニングルームにずっと行ってたし、ここままじゃマルスとした約束が守れないよって言ってるんだけど、
全然出てこないんだ!」

困り果てた顔でマルスに言うカービィ。

「やっぱりここにいたか…」

マルスはドアの方を見て呟き、カービィに向き直ると、

「君は一旦自分の部屋に戻って休んでて。
ずっと歩きっぱなしで疲れたでしょ? 彼には…僕から言ってみるから」

そう言った。
カービィは少し心配そうな顔をしたものの、「うん…」と頷き、自分の部屋に帰っていった。

 ぱたん…

カービィの部屋のドアが閉まったのを見届け、マルスはすぐそばの暗調な木のドアに向き直った。

閉ざされた扉。
いつもの彼なら、開けて、と言うところだったが、今は違う。扉はそのままに。

そう、いつも無理に開けようとするからけんかになるのだ。
他の人にもするように、扉を叩き、ノブを回そうとして。
つい、いつものくせで。

だが彼に対しては、向こうから扉を開くのを待つべきだったのだ。
彼の身になって、やっとわかった。

一拍おき、こう呼びかける。

「…メタナイト、そこにいるんでしょ?」

長い沈黙の後、

「……何の用だ」

こたえが、返ってくる。

紫檀の家具に、暗紫色のカーテン。
同じフロアに住む他の2人とは、趣ががらりと異なる部屋で。

メタナイトは、その借り物の身体を窮屈そうに椅子に座らせ、ドアの方を見ていた。
手には、部屋を占める本棚から選び取った本が一冊。

その格好で、彼はマルスの言葉の続きを待っていた。
やがて、ドアの向こうでマルスはこう言った。

「さっきの試合…勝ったんだってね。おめでとう」

「…それを言いに来た訳ではあるまい」

「ははっ…分かっちゃったか」

笑っていたマルスだったが、

「…じゃあ、本題に入るよ」

ふいに、いつになく真面目な声になる。声色も相まって、まるでメタナイト本人がそう言ったかのような声に。

「答えは…そこにはない」

軟派な青年、と思っていた彼が見せたこの気迫に、思わず黙してしまうメタナイトだったが、やがて気を取り直し、

「…どういう意味だ」

と、強い口調で問う。

「君…今まで本読んでたでしょ?
…答えはそこにはないって言いたいんだ」

当たりだったらしい。
返事はかえってこないが、言い返してこないことこそが、今手元に本があることの証拠だった。
マルスはドアに背をあずけ、話し始めた。

「…昼に、君の部屋を見たときからずっと考えてたんだ。なぜ…君がそんなに本を集めてるのかをね。
君の部屋にある本は、見事にジャンルがばらばらだ。
ただ単に趣味で読むなら、普通ある程度のジャンルを決めて集めるはず。
だから…君の主目的は、少なくとも趣味以外にある。
それは何か?
…一見まとまりのない君の本棚だけど、ただ一つ共通点があった。
『ここにいるファイター達の世界で書かれている』ということ」

――そういう本だけを集めるのは、僕らのことを知りたい・・・・・・・・・・と思っているから。
でも、直接話した方がはやいのに、なぜそんな面倒で、時間のかかることをするのか。

「…予習のため、でしょ?」

返事は無い。
だが、向こうがこちらの話にじっと耳を傾けているのは分かる。
マルスは続けた。

「君は…きっと今まで“対等な仲間”と言える存在を持ったことがない。
ライバルか、部下か、それ以外の一般人。頭の中にはそういう分類しかなかった」

デデデとカービィから今まで聞いてきたことを総合し、得た推測。

「だから、君は知らなかったんだ。
仲間との、つきあい方を。
…そして。
君にはプライドがある。失敗するのを見られたくない自尊心が。
だから、ここに来て初めて仲間を得たとき、君は彼らについて知るため、本を集め始めた。
知識不足のために、相手に迷惑を掛けたり、会話で恥をかくことのないように」

――まして君は、ここでは子供たちとさほど変わらない背丈。
ますます躍起になって、意固地になって、自分を“高く”見せようとして…
…でも、本当の自分を分かってもらう、そのための一歩が踏み出せなくて。
君は…恐れてたんだ。失敗することを。

一息つき、落ち着いた声で言う。

「でも…それは良い方法とは言えないよ。
本をいくら読んだところで…その人の暮らす世界について分かったとしても、その人自体、その人については分からない。
そりゃあ話のネタにはなるかもしれないけど、ね。
でも、完璧を求めてたらきりがない。…君も、今日いろんな人と話して分かったはずだ。
本当に完璧にやれてる人なんて、どこにもいないってこと。そして…」

ドアから背を放し、再びドアに、そしてその向こうでこちらを見ているだろうメタナイトに向き直る。

「君は、本当は僕らと仲間になりたい、そう思っているんだ。
でも…その方法は、答えは本の中には無い。
…というより、答えなんてないんだ。
誤解して、けんかして、落ち込んで、怒らせて…うんざりするほど間違えながら、それでも前に進んでいく。
それが、仲間っていうものなんだよ」

心臓が、早鐘のようにうっていた。
悔しいことに、言い返す言葉が、出てこない。
自分でさえ無意識のうちに心の奥底へとしまっていた想念を、相手は見事に言い当てていた。
よりによって、あの青年に。

――いや、もしかすると彼は…初めから何か勘づいていたのかもしれない。
私が何度避けようとしても、しつこいくらいに他愛もないことを話しかけてきた彼は…。

ようやく心は落ち着いたものの、何も言う言葉が見つからず、
メタナイトはドアから視線をそらし、手元の本を見つめる。

開かれたページ。
だがそこにある文字は、もはや沈黙したままだった。

ノックの音で、カービィははっと飛び起きる。
クッションによしかかり待つうちに、いつのまにか眠っていたらしい。

「カービィ、話が終わったよ。
…きっと、もうじき彼は部屋から出てくるからね」

ドアの向こうで、マルスが言っている。

「んー…わかった、ありがと…ぼくも行くからぁ…」

まだ半分寝ぼけた声でカービィは言い、あくびを一つした。

しばらくして。
一階の廊下に、カービィと共に歩くメタナイトの姿があった。

ファイター10人と話す。
この勝負がマルスの策だったと分かってもなお、メタナイトはそれをやり遂げるつもりでいた。
そうすることで過去の自分に、何かしらのけじめをつけようと思っているのかもしれない。

何か考え事をしている様子ではあるが、心なしかすっきりした顔をしている友達を見上げ、
カービィは、一体2人で何を話していたのだろう、と不思議に思っていた。

ヨッシー、ロボットそしてピカチュウの穴の分、城にはいつもより人影が無くなってしまっていた。

「カービィ。自分の試合はないのか?」

思い出したように尋ねるメタナイト。
カービィは、昼にマルスに頼まれてからずっとつきっきりで、話した人数をチェックしているのだ。

「ないよー!
いつもこの時間、空けてるんだ。
ほんとはおひるねのためなんだけど、今は明日のおひるごはんがかかってるからね…!」

目に闘志ならぬ、食欲の炎を燃やしているカービィ。

「……そうか」

正直に言えば、常時子供の明るさ100Wの彼と一緒に行動せざるを得ないこの状況に、メタナイトは若干疲れていた。
視線を前に戻すと、

そこには、いつの間にいたものか、シークが立っていた。

「やあ」

相変わらず、何を考えているのか読めない顔を、少し横に傾けてシークは挨拶した。

「ちょうど、君に聞きたいことがあったんだ」

シーク。彼はゼルダがかつて、ガノンドロフをあざむくために変身した姿であるが、
彼女とは別の人格を持ち、ファイター達からもほぼ別個の存在として受け入れられている。
また2人の間には、意識の交流も少しはあるらしい。

ゼルダが見聞きした“入れ替わり事件”について、身軽な自分が主に物的証拠を探している、彼はそう語った。

「君はもう聞いたかな、犯人は僕らの中にいるかもしれないこと」

そんな台詞を、シークはそれまでと同じ軽い調子で言った。

「いや…初耳だ」

「ふーん…そう、か。
…ま、それ以上のことは何も分かってないみたいだけどね。
こんなことをして、いったい誰が得をするのか…」

横を向き、特に興味のなさそうな口調で言うシーク。
だが、彼は何に関してもこんな調子であり、本当のところは真剣に考えているのかもしれなかった。
しばらくそうしていたシークが、ふいに顔をこちらに向け、単刀直入にこう尋ねる。

「そこで、だけど。
君じゃないよね?」

「………それを聞きたかったのか」

「うん」

鋭い瞳と、つかみ所のない瞳がぶつかる。
カービィが猛然と抗議する顔で何かを言いかけたが、
目をそらさず、シークは

「僕は彼に聞いてるんだ」

と止めた。

やがて。

「…私ではない」

メタナイトはシークの目を見据えて、きっぱりと答えた。
シークはしばらくじっとその顔を見ていたが、

「……うん。嘘をついてる目じゃないね」

と言った。

「私にそれを聞いた、と言うことは、この一件で何か得をすると思ったのか? 私が」

「まあ、ね。
他に得をする人が思いつかなかったのもあるけど…、君は少なくとも背を高くできた」

「それが私にとって…得だと?」

メタナイトが訝しげな顔をすると、シークは意外そうな声で言った。

「…あれ? そうじゃないの?
君って背低いの気にしてる印象あったけどな。
…まぁ、勘違いしてごめん」

「中々話すことなんてないから、君とはもう少し話したかったけど…でも、僕もまだ用があるからね。
じゃ、また」

シークが廊下の角を曲がり、姿を消してしまうと、彼の気配も完全に消えてしまった。
2人がすぐに追いかけて、その先の廊下に彼の姿が無かったとしても意外ではないくらいに。

「シークって良く分かんない人だなー…。いつもあんな感じなんだよ」

カービィはそう言いつつ、ちらっと友達の様子を伺う。

「…誤解されるのには、私の態度にも責任があるかもしれないな」

意外にも、彼は怒っていなかった。

<PM 4:35>

さらなる会話相手を探し、リビングルームに向かったメタナイトとカービィ。

リビングルームには、ヨッシーとロボットの他、ファイターが1人いた。
ただし、子供。
姫と同じく、今まであまり話したことのない相手。

しかも、ソファに所在なさげに座っているそのファイターは、リュカだった。

「……まずいな…」

遠くからリュカの方を伺い、メタナイトは思わずそう呟く。

「何が―」

言いかけて、カービィはその口を手でばしっと塞がれてしまう。

「もう少し声を小さくして話せ…!」

「わかったよもう…。
それで、何がまずいの?」

カービィはひそひそと聞いた。

「……。
…やはり、彼と話すしか…ない、か…?」

誰に聞くでもなく、メタナイトは小声で言った。
ここに来たときから、子供ファイター達の数名に恐がられているのは分かっていた。
特に、あの気弱そうな少年、リュカに。

今までは、恐がっている相手の誤解を解く気にもならず、恐がっているならそれで別に良い、と放っておいていた。
だが、今の彼は違った。

黙り込んでしまった友達を見上げていたカービィだったが、

「…あーっわかった!話し方が分かんないんでしょ?」

ぱっと笑顔になり、言った。

「いや、そういう訳では…」

「ぼくがお手本見せてあげるから!」

止めようとしたメタナイトの腕を器用に跳び越え、カービィはリビングルームの方へと走っていった。

「リュカーっ!」

名を呼ばれて、リュカがはっと顔を上げると、こちらにカービィが駆けてくるところだった。

「どうしたのー?」

と言いつつ、カービィは背もたれを跳び越えて隣のソファに座る。

「サムスさんとかいないかなーって思って来てみたんだけど…でも、誰もいないんだ。
やっぱりみんな忙しいのかなぁ…」

リュカは、色々な人の手でごちゃごちゃと書き込みがなされたホワイトボードを見上げた。
ボード上の混雑ぶりは、捜査が難航している様子を思わせる。

「うーん…ほんとに誰もいないね」

カービィは、ソファの背もたれから身を乗り出し、あたりをぐるりと見渡した。

「……おなかすいたなぁ」

ふいにカービィがそんなことを口にしたので、リュカは思わず吹き出してしまった。

「カービィはいつもそれだね!」

「だってほんとうにおなかすいたんだもん。
ルイージはおでかけだし、リンクもいないし…手作りおかしはあきらめなきゃなぁー。
おやつ探してこよっと。リュカも食べるー?」

「え? あ…うん」

カービィがソファから飛び降りて食堂の方に行ってしまい、リビングルームには再びリュカ1人が残された。

――何が“お手本”だ…。

突然伝わってきた第三者の感情に、リュカはびくっと振り向く。

リビングルームの出入口に立ち、呆れた顔でカービィの去っていった方向を見ているのは八頭身の青い剣士。
姿こそは親しみやすいアリティアの王子。
しかしそこから感じる心はリュカの苦手とする、あの仮面の騎士のものだった。

リュカがすっかり固まってしまって目をそらせずにいると、向こうもリュカがこっちを見ているのに気がついた。

沈黙の数十秒。

だがその間にリュカは、相手の心にいつもの恐さが感じられないことに気がついた。
拒絶するような、壁が。

勇気を出して、

「…こんにちは」

自分から声を掛けてみた。

頭におやつでいっぱいの籠を載せ、カービィが戻ってくると、
メタナイトはリュカと共にホワイトボードの前に立ち、何やら真剣に話し込んでいる所だった。

「シーク殿も言っていたが…。犯人はこの城の中、もしかするとファイターの誰かかもしれない、というのか…」

「そうみたいですね…。サムスさんが門番に確かめたそうですから……たぶん、城には誰も入っていません」

やや緊張した顔をしているものの、リュカに恐がっている様子はない。

「……。
ファイターの他に、この城の中に元々いる者はいるだろうか」

「他に、ですか? えーと…時々掃除してくれてるザコ敵さんくらい…かなぁ……」

「私も彼らしか思い当たらないが、しかし…彼らがこんなことをするとは思えない。
また彼らはこの世界に属する存在だから、マスター殿の言った…『スマブラ』以外の技術を知っているはずがないだろうな…」

「そうですよね…でも、僕らの中でこんなことする人って……」

そこに、カービィが割って入る。

「ねー、来てるなら言ってよメタナイトー!
君の分のおやつ、持ってきてないよー?」

「いや…いらない」

「そうなの?
じゃあこれ、ぼくとリュカで食べちゃうからね。あとで欲しいって言ってもあげないよー」

ホワイトボードの前のテーブルにおやつの籠を置き、パクパクと食べ始めるカービィ。
一時間ほど前にピーチのクッキーをあれだけ食べたというのに、その食欲は全く留まるところを知らなかった。
リュカもお菓子を取りに行き、1人ホワイトボードの前に残るメタナイト。

「しかし…もう少し周りを見ていればよかった。
犯人の姿さえ知らなくては……私は何も役に立てない…」

そう、呟いた。

ホワイトボードには、様々な人の、様々な字体で書き込みがなされていた。
これだけの人が、この事件の解決のために動いていること。
改めて目の前にすると有り難くもあり、申し訳なくもあった。

だが、そんな様子は表に出さず、彼はじっと、自分なりにも推理しようと頭を働かせていた。

<PM 4:52>

難しい顔をして考え込んだまま、リビングルームを出て行ってしまったメタナイトを追ってカービィもいなくなってしまい、
三度リュカは1人になった。

といっても、部屋の奥の方で犯人像を描こうと苦戦している、ロボットとヨッシーがいるにはいるのだが、彼らは話すことができない。

――5時になっても誰も来なかったら、書き置きして帰ろうかなぁ…

ソファにちょこんと座り、時計を見ながらリュカがそう思っていると―

「よっ! 何してんの?」

トゥーンリンクが、リビングルームの出入口から顔を覗かせた。

「フォックスやサムスなら、まだ城に戻って来そうにないぜ?
だってほら、見てみろよ。今の時間、オトナたちはほとんど試合に出てて、城にいない」

トゥーンリンクはそう言って、リビングルームのモニタを指さした。
次々と映し出されるステージの中に、捜査チームに入っていた人が何人も映っている。

「そっかぁ…」

残念そうな顔をし、立ち上がりかけるリュカだったが、トゥーンリンクがそれを止める。

「待てよ。
リュカ、お前何か言いたいことがあったんだろ?
この前ここに集まってたとき、何か言いたそうにしてたしな」

「それは……そう…なんだけど…」

別に大したことじゃ、と目をそらすリュカ。

「おれに言ってみなよ」

ぱっちりしたその目でリュカを見て、トゥーンリンクは促す。
しばらくリュカは迷っていたが、やがてこう話し始めた。

「2階の廊下を歩いてた時…聞こえてきたんだ。ここに住んでる誰のものでもない、心が」

「え、でもサムスの話じゃあ、侵入者はまずいないってことじゃなかったっけ?」

「それはそうなんだけど…間違いないよ」

「ふーんなるほど…」

目を閉じ、腕を組んで考え込むトゥーンリンク。
まもなくぱちっと目を開き、リュカににっと笑いかける。

「それ…もしかしたら犯人かもな!」

「えっ?!」

「だって、そうだろ?
ファイターの中でこんなことするやつなんて考えられない。
逆に、試合が増えてめーわくするだけだ。
だから、犯人はそいつかもしれない。その、ナゾの人物!」

そしてソファからぽんと飛び降り、トゥーンリンクは威勢良くこう言った。

「よーし、そうと分かればそいつを捕まえに行こうぜ!」

「…ぼ、僕もっ?」

「あったりまえだろ?
リュカにしかそいつの心わかんないんだからな」

「えっ…でも…」

「“でも”はなし!
…おれ、いい加減じれったいんだよ、
こんなとこでずっと話ばかりして、だーれも城の中にいる犯人を捕まえに行かないのがさ!
このままじゃ、まだまだ入れ替えられちまうだろ?」

「それは…そうだけど…」

「だろ? だから…
行こうぜ!」

半ば強引にリュカの手を引き、トゥーンリンクはリビングルームから走り出ていった。

3階、バルコニー。
垣にもたれて外を眺めているファイターが2人。
垣にしがみつき、身を乗り出して同じ方向を眺めている、丸いピンクのファイターが1人。

リンクとメタナイトは、しばらく“入れ替わり事件”について話していたが、
やはり結論は出ず、浮かない顔で空を眺めていた。
“なるべく2人以上で城内を歩かないこと”という勧告を全員にすることくらいしか、捜査チームにできることは無かった。

わだかまる心の中とは反対に、空は晴れ、傾いた陽光が雲に不思議なコントラストを与えていた。

リンクは、流れる雲を見ているうちに、あることを思い出した。

「そういえば…マルスさんが僕に言ってたんです。
…空を、飛んでみたいって」

「…彼が?」

「ええ」

「……そうか、人間は飛べないからな…」

今までの試合で、何度人間に翼が無いことに憤ったことか。
最近はようやく、仕方ないと思えるようにはなっていたが。

「教えるなら…あなたが一番適任だと思います」

空から隣の剣士に目を移し、リンクは真面目な声でそう言った。

試合が終わってすぐ、3階のトレーニングルームに連れ出されたマルスは、半信半疑といった様子でこう尋ねた。

「ねぇ、本当に飛び方教えてくれるの…?」

「ああ」

連れ出した本人、メタナイトはステージエディタを操作している手を休めず、短く答えた。
あまりに短い返答に、かえって不信感を持ったマルスは、用心深く問う。

「…なんでそんな急に……親切になったの?」

「試合予定を見ていないのか?
このあと…午後6時より始まる試合、貴殿には空中スタジアムでのチーム戦があたっている」

「僕、というか、元々君がやるはずだった試合でしょ? …それは知ってるよ」

「その試合…“入れ替わり”によって出られなくなった者の差し替えとして、私が出ることになった。
…貴殿と同じチームに。
飛ぶことができなくては、その姿の実力を出し切れない。
私としても、そんな“自分”の姿を見せられるのは御免だからな…」

そうそっけなくメタナイトが答え、トレーニングルームの一角に置かれた操作台のタッチスクリーンを軽くタップした。

Mr.ゲーム&ウォッチが、自分から入れ替わりの被害者に差し替えを頼むはずはないから、
おそらく、メタナイト自身が代替選手として自ら手を挙げたのだろう。
よほど戦いたいのか、それとも気遣いされることを好まないのか。その心は彼のみぞ知る。

“トレーニングモード 起動”

硬質な人工音声が響き、となりの転送装置に光が灯る。

「行くぞ」

マルスにそう声を掛け、メタナイトはさっさとその光の中へと姿を消した。

2人は、立方体のブロックをただ高く積んだだけのタワーの上に現れた。
はるか下に、前方に伸びている足場が見える。

要するに、2人は巨大な“L”の字、その縦の棒の上に立っているのだ。
マルスがブロックの端から下の足場を眺め、ここまでの高さを測ろうとしていると、

「ここから飛び降りてみてくれ」

ふいに後ろからメタナイトが、平然と、とんでもないことを告げた。

「え……えぇっ?!
まず飛び方教えてくれるんじゃないの?いきなり…?!」

慌ててマルスが振り返ると、高いところから自分の顔が見下ろしていた。

「翼の広げ方を覚えないことには、貴殿に飛ぶ方法を教えることができない。
そして、そればかりはかなり反射的なものだから…感覚で覚えてもらうしかない」

にべもなく、彼は言う。

――まさか、あのときのこと根に持ってるのかな…
あまりにも僕がはっきりと言ったから……

一瞬そんな思いがよぎったが、マルスの見る限り、彼に不機嫌そうな様子はない。

――それに、考えてみれば…そんなことするようなひとじゃないよな。
あのとき僕の言うことでカチンと来たなら、すぐに言い返してくるだろうし…
飛び降りろっていうのは、別に嫌がらせとかじゃなく、本気で言ってるんだ。

やがて、マルスはしぶしぶ頷く。

「わかったよ…」

人間であるマルスが、翼という概念を頭に入れるためには、
“飛びたい”とそれこそ必死に意識するしかない、そういうことだろう。

――でもこの高さかぁ……

もちろん怪我をしないことはわかっている。
だが、現実に感じるものより大幅に減衰されるとはいえ痛いものは痛いし、恐いものは恐い。
しかし、飛んでみたいという望みがあるのも事実だった。

短く息をつき、決意を固める。

迷いを振り切って、狭い足場を駆け、勢いよく踏み切った。

擬似的な飛翔の感覚。
しかし、それはゆっくりと落下に転じ、下降のスピードが容赦なく増していく。

頭では、傷つくことはない、大丈夫だと分かっていても、本能的な恐怖が身体を縛り付ける。

見る見るうちに地面が近づいてきた。
しかし、一向に翼が現れる気配はない。
背中のマントはただいたずらに風にもてあそばれ、バタバタと暴れるだけ。

――翼…翼……!
出てこいよ! もう!

口を引き結び、悲鳴を上げそうになるのを堪える。

――…そういや今の僕に、食いしばる歯ってあるのか?

至極どうでも良い疑問が頭をかすめ…

そしてマルスは地面に激突した。

混乱している視界の向こうから、逆さまになって足が近づいてくる。
彼に言いたい文句はいろいろとあったが、とりあえず、

「全く…ここにきて飛び降りをするはめになるとは思わなかったよ」

マルスは非難するような調子でそう言った。

「……飛びたいと言っていたのは、どこの誰だ?」

「そりゃあ…」

と目をそらしかけ、マルスははっとメタナイトの方を見る。

「って、君さっきと言うこと違ってない?!
たしかかっこわるい自分の姿を見たくないとか…」

「……」

今度はメタナイトが視線を宙に彷徨わせる。

「…そんなことより、翼の広げ方はわかったのか?」

そう言われて初めて、マルスは視野を邪魔する妙な形の布状のものが、翼だと言うことに気がついた。
話を逸らされたことも忘れ、まじまじとそのコウモリのような翼に見入るマルス。
こうしてみると、普段彼がこの翼で飛んでいることが信じられないくらい、それは薄く、繊細な作りになっていた。

確かに地面に落ちる寸前、一瞬体が浮き上がるような感覚はあった。
あのとき、翼が広がり、風を捉えようとしていたのか。

翼を動かしてみようと思い、目の前の薄い翼に意識を集中させる。
だが、紫紺の翼はマルスの意志に応えず、わずかに震えた後、はりを失ってまた元のマントに戻ってしまった。

「あぁもう!」

その後、どれほど躍起になってもマントを翼にすることができず、
マルスは高所からのダイブ計15回を繰り返す。

マルスを心配してくれたのか、それとも自分が何度も落っこちる姿を見たくなかったのか、
何回目かのダイブの後、メタナイトは「…あまり無理をするな」、と少し困った顔で言ってくれたものの
マルスは黙ってかぶりを振り、また高台から駆けていった。

――あと、もう少しなんだ…!

そして、マルスは翼の広げ方、その感覚を掴んだ。

次に、翼の動かし方を教えるのだが、今のマルスには“首だけ振り向く”ということができない。
翼の動きを確認するためには、鏡のあるリビングルームに移動する必要があった。

文字で過密状態のホワイトボードと対照的に、取り囲む椅子やソファはがら空きである。
隅では、ヨッシーとロボットが黙々と犯人の絵を描こうとしている。

そんな静かなリビングの一角で。
鏡の前に立ったマルスは、ようやく掴んだ翼のイメージと共に、背に意識を向ける。

軽く羽ばたく音がし、マントは一瞬で翼に変わった。

鏡の中の翼を見ていたマルスに、ふとある疑問が浮かぶ。

「そういえばさ。
これって…体から直接生えてるの?
それともマントが変形したもの?」

その問いに、しばらく真剣に考え込んでいたメタナイトだったが、

「……さぁな…。私にも分からない」

やがて降参した。

「なんだ、君にも分からないのか…。
まぁどっちでも良いんだけど…」

――飛べるのなら…ね。

鏡に向き直り、マルスは翼を動かそうとする。
だが先ほどと同じく、翼は全くマルスの意思に応えようとしない。

「…はぁ、だめだ。動かないや…」

「動かない? ……ふむ」

何事か考え込んでいたメタナイトだったが、おもむろにマルスの背についた翼、
その左翼を掴み、軽く動かしてみた。

その途端。

「……わっ?!」

今まで感じたことのない、妙な感覚が走った。

あるはずのない所から、鮮明な触覚が伝わってきたのだ。
まるで、もう一対腕が現れたかのような。

思わずマルスは体をひねって翼を自由にし、そのまま後ずさってしまう。

「な…何、今の…?!
……気持ち悪いな…」

呆然としたまま、つい思ったことをそのまま口にしてしまう。

「気持ち悪いとは失礼な…」

すっと目を細くするメタナイト。

「あ、ご、ごめん! …言い過ぎた。
…けどさ、本当に…何て言うかさ…」

何とか彼にもこの奇妙な感覚を伝えようとして、マルスは自分の姿を見回す。

――! そうだ!

マルスはメタナイトに駆け寄り、その右手をぱっと掴む。
そしてその指を、順番に曲げていった。

「……!!」

思惑通り、マルスがいくらも曲げないうちにメタナイトは目を丸くして右腕を引いた。
そして不思議そうに手を見つめる。

「…面妖な…」

元の姿の時、彼はこれほど指を持っていない。
従って5本もある指を、個別に曲げていく、という概念は頭に無かったのだ。

「ね?」

マルスが少し得意げに言うと、

「…しかし、こんなに指が必要なのか?
“人”というのはつくづく妙な生き物だな…」

言い返すこともなく、メタナイトは負け惜しみのように呟いた。
その憮然とした表情を見上げていたマルスは、

「ふふっ…あははははっ!」

やがて、笑い出した。
“妙な生き物”という彼の言葉が、可笑しかったのだ。

「何がおかしい?」

と、メタナイトは訝しげな表情をする。
だがそれが余計可笑しかったのか、マルスは答えることも出来ず、笑い続ける。

そんな彼の様子を黙って見ていたメタナイトだったが、そのうちに、つられて少しだけ笑う。

「…あ! 今笑ったね?」

「……?! 笑ってなど…」

マルスが明るい声で指摘すると、メタナイトは急いで顔を背けてしまった。

<PM 5:12>

地下1階、食料庫。

その扉は、ほんの少しだけ開いていた。
部屋の明かりはついていなかったが、奥の方で時折、ぱた…ぱた…、と軽い音が鳴っているのが微かに聞こえてくる。

「ここで間違いないな…」

トゥーンリンクは扉の前に立ち、呟く。
リュカが正体不明の心を辿って着いたのは、この食料庫の前。
聞こえてくる物音は、中に誰かが、あるいは何かが潜んでいる証拠。

扉のノブに手をかけ、ふと気づいて後ろを見る。
リュカは、少し距離を置いたところで躊躇していた。

「…おい、どうしたんだよ。
まさか、恐いのか?」

からかうように言うトゥーンリンク。

「…ち、違うよ!
ただちょっと…中にいるひと、何だかおびえて、怖がってるみたいだから…」

リュカは困ったように言った。
心の源に近づくほど、その感情が明確に伝わってきて、分かったのだ。
彼あるいは彼女が、ひどく不安を抱えていることが。

――ほんとに…犯人なのかな。

だが、リュカのそんな心配は伝わらず、トゥーンリンクは笑ってこう言う。

「そりゃぁそうだろ! なんたってピカイチのツワモノが揃う城の中にいるんだからなっ!
見つかったらコテンパンにされるんじゃないかって思ってるんだ、きっと!」

そして勢いよく扉を開き、トゥーンリンクは中に駆け込んだ。
もちろん左手にマスターソードを構え、右手で照明のスイッチを入れるのを忘れずに。
リュカもおずおずと後に続く。

明かりがつくと、いつもと変わらない食料庫の様子が浮かび上がる。

冷温棚に置かれた彩り豊かな野菜、箱詰めの果物、
飲み物の入ったビン、金属の缶、プラスチックのボトル、そしてお菓子が並ぶ木の棚…。

33人の戦士と2人の大食いの食卓を支えるだけあって、庫内は広く、ずらりと棚がそびえ立っている。

明かりがついたことで、潜伏者は警戒してしまったらしく、物音はぱたりと止んでしまった。

「リュカ、どこにいるかわかるか?」

トゥーンリンクは、油断無く室内を見回しながら問いかける。
リュカは「うん」と頷き、目を閉じた。
耳を澄ますように、心を落ち着けて、探る。

やがて目を開き、

「むこうだ」

ささやき、トゥーンリンクをつれて歩き始めた。
生鮮食品の長い列を過ぎ、果物の棚の列へ。

トゥーンリンクは左手に剣を持っていたが、
リュカは、いつも武器として扱う木の棒すら持たず、丸腰。
いざとなればPSIを使えるから、というのもあるが、やはり潜伏者がひどく怯えていること、それが気になっていたのだ。

――そんな…悪いことするような心には思えないんだけどな…。

知らず知らず、抜き足差し足、慎重に歩く2人。

伝わってくる不安、怯えがはっきりと、大きくなっていき…

「…いた!」

声を押し殺し、トゥーンリンクが言う。
視線の先、棚からはみ出し倒れた箱の陰に、何かがいる。

箱を盾に、こぼれだした果物に埋もれるようにしてこちらを不安げな表情で伺っているそれは、

水色の、小さな生き物。

二頭身ほどのそれは、細長いひれのような腕を持ち、青い瞳が黄色のラインに囲まれ、
胸で赤い宝石のようなものが輝いていた。

「何…だろう、あれ…?」

リュカは呟く。
今まで、見たことのない生き物。

「さぁな…でも、捕まえるしかないだろ」

言って、トゥーンリンクは駆けだした。

「待って!」

リュカが止めるのも聞かず、トゥーンリンクはその生き物に迫る。
剣をしまい、両手を広げて素手で捕まえようとする。

生き物はびくっと跳び上がり、慌てて逃げ出す。
頭のてっぺんから垂れている2本の触角のようなものを揺らし、生き物は棚の狭い隙間に入っていった。

「…あっ! ……くっそー…!」

トゥーンリンクは、彼には少し狭すぎるその隙間の前でたたらを踏む。

「リュカっ、2人で挟むぞ! お前はこっち!」

食品の隙間から見え隠れする水色の触角は、出入口の方へと向かっていた。

「出口に誘導してくれよ!」

トゥーンリンクはそう言って、生き物を先回りしようと大急ぎで出入口へと走っていく。
リュカは生き物が走る列に駆け込み、その小さな後ろ姿を追いかける。

――やっぱりあのこは、ただ迷いこんだだけなんだ…。
…あんなに怖がってる。

「何もしないから…止まって!」

声を掛けてみるが、その言葉は通じなかった。
生き物は時折後ろを振り返り、転びそうになりつつもよたよたと走り、時に、空をふわりと飛ぶ。
だが元気がないのか、上手く浮かべずにすぐ落ちてしまうのだった。

少しずつリュカと生き物との差が縮まり、出入口に近づいたその時。

「うりゃーっ!」

棚の陰から、トゥーンリンクが飛び出した。
獲物に跳びかかるネコさながらに、トゥーンリンクが水色の生き物の横から躍りかかる。
その姿がスローモーションのようにリュカの目に映り、そして。

フラッシュ。

……

3人分の穴。
小さいようで、意外にその影響は大きかった。

夕方。もともと試合の集中する時刻ではあるが、今日はいつもにまして城に人気ひとけがない。
つまりそれだけのファイターが、3人分の穴を埋めるために城を出払っているのだ。

また、先ほどリンクやリュカと話して感じたことではあったが、
この事件について何ら解決の糸口すら出せず、覚えているのは意識が飛ぶ前に辺りが光ったことだけ、という自分が、
彼ら捜査チームの面々と世間話など、邪魔になるだけだ、メタナイトはそう思っていた。

話し相手を探さないの、としつこく急かしてくるカービィに、仕方なしにそう打ち明けると、
カービィは笑顔でこう言った。

「なーんだ! そんなことなの?
大丈夫、話してもめいわくにならない友達がいるよっ、ちょうど2人!」

「2人…?」

嫌な予感がした。

「そう!
マルスと…ぼくっ!
……ねぇ何でそんな嫌そうな顔するのーっ?!」

「そもそも、お前とは今日あれだけ話していたではないか…。
なぜあれを勘定に入れない?」

不機嫌そうに言いつつ、廊下を歩いていくメタナイト。
大股で先に進んでいってしまう友達を走って追いかけながら、カービィはこう言う。

「だってあれは“そうだん”だもん!せけんばなしじゃないよ!」

ではお前にとっての“世間話”とは何だ、と聞こうとして、やめた。
話した人数を数えているのはあくまでカービィ。嫌でも彼の判断基準に任せるしかないのだ。

だが、彼と話すのだけは…。

やがて1階ホールに出て、エントランスの階段を上り始めたメタナイトの背に、カービィが声を掛ける。

「ちょっと、どこいくのー?」

「どこへ行こうと私の勝手だ」

「そんなこと言って…またトレーニングルームに行くんでしょ?
待ってたって話せる人他にいないよっ!」

カービィは、意外に鋭く言い当ててきた。
そう。確かに待っていても事態は変わらない。
むしろ元に戻るまでのタイムリミットが近づくくらいだ。

降参か、続行か。

そんな究極の選択の間を行きつ戻りつしていたメタナイトだったが、
諦めと共に観念し、きびすを返して階段を降りていった。

1階、食堂。
夕食時にはまだ早く、しんと静まりかえった広い部屋で。

「ねぇ、その姿になるって、どんな気分?」

カービィは、瞳を好奇心で輝かせ、イスから身を乗り出して尋ねる。

「……」

「どしたの?」

「…いや、ずいぶんとまともなことを聞くな」

お前にしては、と心の中で付け加える。
カービィのことだから、食べ物のことだの友人のことだの、延々と喋り続けるだけだと思っていたのだが。
しかし、真面目な話題について話せるならば、少しは気が楽というものだった。

「この姿になって、か…」

しばらく天井を仰ぎ、考える。

「……不便。その一言に尽きるな。
手足はやたらと長く、扱いが厄介だ。
重心も高すぎる。その上動きは鈍いし…」

放っておくとまだまだ文句が出てきそうなメタナイトを遮り、カービィが聞いた。

「でもさ、良いことがぜんぜんなかったってことでもないでしょ?」

「……そうだな…」

疑わしげに首を傾げつつも、考え込んでいるメタナイトに、カービィはこう言ってみる。

「たとえば高いとこに手が届くようになった、とかさ!」

「それは、それほど良いこととも言えんな…。
脚立を使えばいい話ではないか」

「じゃあ…はっとうしんになったこととか?」

「お前もシーク殿と同じことを言うのか…」

「えっ違うの?でもいつか、言ってたでしょ?“とうしん”がどうとか…」

「あれは昔の話だ」

キッパリと答えつつも、その時、彼は気づいた。
この姿になって良かったことが1つ、あることに。

自分の間違いに気づけたこと。

自分は、仲間と気楽に話す、そんな経験をしたことがなかった。
故郷には自分のことを信頼し、ついてきている部下達はいるが、彼らとの関係はやはり“指揮官”対“部下”、というもの。

周囲のファイターが、なぜあれだけ当たり前のように、まるで旧知の友のように話せているのか、分からなかった。

今まではずっと、話せないわけは自分の知識不足にある、と思っていた。
相手の世界のことを知らないから、言って良いこと、悪いことが分からない。
だから思うように話せないのだ、と。

だが、そうではない、とあの青年は言っていた。
失敗して当たり前だ。失敗しない者などいない、と。

心を開いて、ありのままの自分を。

この“入れ替わり事件”に巻き込まれて得だったことが1つあるとすれば、そのための一歩を踏み出せたこと。
この姿になったことで、話すきっかけが、話題が増えた。話しやすくなった。

あとは元に戻っても、そこから更にもう一歩、踏み出せるかどうか。

しばらくして。
試合を終えたマルスが食堂に顔を覗かせた。

「なんだ、こんなとこにいたの? 探したんだよ」

「何か用か?」

と言いつつ席を立つメタナイトよりも先に、カービィがテーブルを飛び越え、マルスの元に向かう。

「マルス! ぼくで9人目だよ。
あとはマルスがせけんばなししてあげて! 他に話すひといないから」

みんな忙しいから、話しかけてじゃましたくないんだって!、と報告するカービィに、

「そこまで話さなくとも良いだろう…」

と、迷惑そうな顔をするメタナイト。

「9人! もうそこまでいったんだね」

真っ直ぐに見上げてくるその瞳は、“やればできるんだよ”と言っていた。
マルスの策に乗っていたことに気づけなかったことを、まだどこかで引きずっているメタナイトは、すっと視線をそらす。
気にせず、マルスはこう続けた。

「まぁそういう僕も今4勝目さ。君が飛び方教えてくれたお陰だよ」

「飛び方…?
あれはまだ滑空、それも初歩的なことしか教えていないはずだが…」

あれから結局、第2の腕“翼”を上手く動かすことが出来ず、
マルスは翼を広げた状態で保ち、風に乗る“滑空”までを習得したところで試合に行く時間となってしまった。

「僕にとってはそんなに変わらないよ。
それにしても、飛ぶのってこんなに楽しいんだね!」

明るく言うマルスに、

「次の試合までに、飛び方をもう少し教えてやっても良い」

そう言ってから、付け加える。

「…滑空だけでは戦うとき、心許なかろう」

「いや、いいよ。
それより…もう1つ、君に言っておきたいことがあったんだ。今、暇?」

「? …ああ、まあな」

あと予定らしい予定といえば、マルスとのチーム戦くらい。

「じゃあ、ちょっと来て」

「空中スタジアムへ…?
しかし…試合はまだ先ではなかったか」

「まあね。でも、試合の前に用があるんだよ」

2人は待合室にやってきた。
確信に満ちた足取りのマルスと、それを追う、訝しげな顔のメタナイト。

マルスは転送装置の制御盤を操作し、壁際の2つに電源を入れる。

「…あ、そうだ」

思い出したように、マルスは左手に持っていたやや大きめの丸いバッジを差し出す。

「これ、つけていって」

黒地に、緑の十字クロス
以前『スマブラここ』で大きな祭りがあったとき、ファイターが人混みに紛れて参加できるよう、
マスターハンドが作ってくれたアイテム、“スパイクローク改”だ。
つけた人は他人から注目されにくくなり、周囲に溶け込むことが出来る。

<PM 5:24>

試合がまた1コマ終わり、リビングルームにはピットとサムスが戻ってきていた。
新たな情報もなく、ピットは歩き回りながら、サムスはソファにじっと座って、考え込んでいた。

窓の前で立ち止まり、中庭をじっと見つめ、また歩き出し、
散らばるおもちゃの間をぬって壁に掛けられたモニタの前を横切る。
そしてホワイトボードの前に戻ってくると顎に手を当て、考え込んでいたが、
やがてはっと何かに気がつき、「…サムスさん!」と振り返る。

僅かに顔を上げたサムスに、ピットは言った。

「この“入れ替わり事件”…全て事故と見ることはできませんか…?!」

「事故…?
つまりこの全てが…偶然だと?」

バイザーの奥で、サムスは怪訝そうな顔をする。

「ピット…仲間を疑いたくない気持ちは分かる。
しかし…事故でこれほどのファイターが入れ替わるとは…思えないがな」

「それはそうですけど…でも、入れ替わった人に共通点はなく、ファイターの誰がこんなことをしても、得はない。
やはり、これは、この一連の出来事はハプニングだったと思うんです…!」

ホワイトボードを手で示し、力説するピット。

「だが…そうすると、そのハプニングを起こしたのは誰だ?
状況はこの城の中にいた者を示している」

「…それは…まだ僕も分からないですけど…。
……もしこの事件に犯人がいるとしても…
僕はまだここに来て日が浅いのでよく分かりませんが…本当に、城の中にファイター以外の人はいないんですか?」

念を押すように尋ねるピット。
その目には、僕らの中に“犯人”がいるなんて信じたくない、という思いがあった。

――私だって…そうあってほしくはない。
だが…城は密室だったと言っていい。
もしピットの言うようにファイターの誰かが、わざとでなくこのような事故を起こしたなら、
真っ先にマスターハンドや私達に打ち明け、解決をはかるはず。
ここまで大事おおごとになっても、名乗りでないなどあり得るはずが…

サムスが黙って考え込んでいると、突然リビングルームに金髪の少年が駆け込んできた。
ピットとサムスの姿を見つけ、急いで走り寄ってくる。
ずっと走ってきたためか、クセの強い髪はいつもよりくしゃくしゃになってしまっている。
そしてその下のつぶらな瞳は、いつもの彼に見合わず妙に強気な光を放っていた。

開口一番、息を弾ませて彼は言う。

「…城に、侵入者がいる! そいつが犯人だっ!」

「侵入者? 犯人…?
ちょっと待ってくれ……その前に、君はリュカなのか?」

サムスは、念のためではあったが、尋ねる。

「えっ? おれリンクだよ。トゥーンリンク」

金髪くせ毛の少年は、すっとんきょうな声を出す。

遅れて部屋にやってきた少年がもう1人。
同じく金髪で、緑のとんがり帽子をかぶった彼は、申し訳なさそうに言った。

「…ご、ごめんなさい…。
2人で捕まえようとしてたんです。そしたら…」

城に謎の生き物がいる。
それは、近くに居合わせた2人の心と身体を入れ替える力を持っており、今回の事件と関係があると思われる。
なるべく出歩かず、やむを得ないときは1人で・・・行動すること。
そういう勧告が、速やかにファイター全員に送られる。

捜査チームの本部も、リビングルームより密閉性の高い待合室に移った。
ここであれば、城内への出入口はドアのついた1つ。

ピットとサムスが新たに情報をまとめ直している横で、試合から戻ったフォックスがリュカとトゥーンリンクに注意していた。

「これがもし危険なやつだったらどうするつもりだったんだ?
相手のことをよく調べもしないで、誰にも言わず、たった2人で捕まえようとするなんて…それを無鉄砲って言うんだぞ」

うなだれる少年剣士リュカの横で、超能力少年トゥーンリンクが猛然と反論する。

「言おうと思ったさ!
でも城には誰もいないし、言ったってまた長々と話し合いして時間無駄にするだけだろ?」

「そりゃぁ俺だって犯人が分からないのはじれったかったさ。
でもな、こうしてお前たちまで入れ替えられちまって、他のファイターが迷惑することは考えなかったのか?」

腕組みをし、フォックスは子供ファイター2人に問いかける。

「う! …それは…。
でも炎や氷出せなくったって木の棒がありゃなんとか戦えるって!」

食い下がるトゥーンリンク。一方リュカは、

「…剣なんて使ったことないよ…」

と、おそるおそる背後の、鞘に収まるマスターソードを振り返った。

「だろ?
まぁ、今度からはよーく考えて行動しろよ。わかったな?」

「はーい…」

トゥーンリンクはしぶしぶと、リュカはすっかり元気のない声で返事をした。

フォックスの説教が終わった頃合いを見計らい、サムスが2人に声を掛けた。

「さて…君たちの見たもの、聞かせてくれ」

「やつは食料庫に隠れていたんだ。
姿は…水色で、小さくてなんか水の中に住んでそうな雰囲気あったなぁ…」

「なるほど…あれに描かれてあるか?」

サムスは、ファイター2人がかりで何とか移動させたロボットが、相変わらずじっくりゆっくり描いている絵をさして聞いた。
トゥーンリンクとリュカは、そこに駆け寄り、その絵を見つめる。

青い線でぎっしりと埋められた画用紙。
線は途中で濃淡を変え、そのコントラストで絵を描き出していた。
絵はまだ半分も描き終わっていないようだったが、鮮明に、ロボットが見た光景を映し出していた。

中央に、果物の罠に飛びかかるヨッシーの後ろ姿。
彼の、完璧に食欲に取り憑かれた目まで、ロボットは描ききっていた。
そして、その横にまだ頭だけしか描かれていない生き物のようなものは…

「こいつだ!」「この子です!」

2人は一斉にそう言った。

「これ…何でしょうか? 見たこと無いです、僕」

横から2人の指す生き物を見て、ピットは眉をひそめる。

「見たところ…ポケモンのように思えるな。
しかし、なぜ勝手に…いや、誰かが放したのか…」

サムスは呟きながら再びホワイトボードの方に戻っていった。
忘れないうちに、2人の証言をまとめて書いていく。

「ポケモンだとしたら…詳しいのはあいつだな」

フォックスは転送装置の列を見る。
レッドは、今頃ピカチュウと共に試合をしている頃だ。
試合が終わるまで、このポケモンの詳細を知るのはおあずけとなりそうである。

「それなら、今は他の方面から考えるかい?」

ふいに、待合室に青年の声が響いた。
振り向くと、開けたドア、入り口にもたれてシークがこちらを見ていた。
彼は片手で扉を閉め、サムスたちに歩み寄りながら言った。

「“彼女ゼルダ”に頼まれて、調べてきたよ。この事件に関わる色んなことを」

「…まず、地下1階のアイテム保管庫からモンスターボールが1個、紛失していた。
他のボールも、最近誰かがいじったようだね。
そして、中庭の果樹園。レッド君が友人からもらい受けて育ててる“きのみ”が、いくつかもぎ取られていた。
ヨッシーが引っかかりそうになった罠に入ってた、あの果物と対応すると思う。
…一応僕が調べられた範囲では、やはり、城に外から誰かが進入した形跡はない」

そう淡々と述べて、“さて、これを君たちはどう考える?”といったように首を少しかしげるシーク。

「…ファイターの誰かが、こっそりポケモンを持ち出した。
そのポケモンは…まずこの青いやつと見て良いだろうな。
そしてその誰かは、うっかりそいつを逃がしてしまった…」

フォックスが言うと、ピットが頷く。

「ええ、僕もその誰かが間違えて逃がしてしまったのだと思います。
果物の罠を作ったのも、同一人物でしょう。慌てて捕まえようとしたんです」

「しかし……ポケモンを持ち出した理由は?
そして、なぜ逃がしてしまったことを誰にも言わない?
いくら後ろめたいものがあったとしても、これほどの騒動になっても隠し通そうとするとは思えないが…」

サムスはバイザーの向こうで難しい顔をした。
そのまま黙ってしまった3人を眺めていたシークは、ぽつりと呟く。

「あるいは…大事おおごとになっていることを知らない、とか」

<PM 5:30>

空中スタジアムに着くとすぐ、マルスはメタナイトを連れて選手控え室を抜け、スタッフオンリーの廊下へと出る。

清潔で人気のない廊下を歩き、2人は両開きの扉の前についた。
金属でできた頑丈そうな扉だが、それをこえて外のざわめきがしっかりと聞こえてくる。
マルスは、バッジがちゃんとついていることを確認し、その扉を開けた。

雑踏。
2人はあっという間に人の波のただ中に巻き込まれる。
観客たちは、“Staff Only”と書かれた扉から出てきた2人にちらっと目を向けたものの、
特に興味を抱かず、視線を前に戻し、立ち止まりもせず歩いて行った。

それにしても、何と騒がしいのだろう。
話す声、呼ぶ声、笑い声、歓声…。
それらにまぎれ、スタジアムの音楽が心許ないほどかすかに聞こえてくるくらいだ。

しばらく周囲の賑わいにのまれ、呆然と辺りを見回していたメタナイトは、
手を引かれて初めて、マルスが自分のことを呼んでいたことに気がつく。
腰をかがめ、耳を寄せてやっと聞こえた。

「…ここじゃ騒がしいから、ちょっと移ろう!」

「あと30分で―」 「―今日の見所は何と言っても」 「選手の差し替えがあったらしい」 「この席空いてます?」

姿形も様々な観客たちの声、声。
どの声も、これから始まる試合への期待を秘め、明るく、活気に溢れている。

それらを縫って、売り子が負けじと声を張り上げる。

「サイコソーダはいかがですかぁー?
ジュワーっと爽快、サイコソーダ!」

「チリドッグ、1つ120コイン!
あの音速のファイター、ソニックの大好物!」

「メガホンはいりませんかー?
空中スタジアム限定デザイン! ここでしか買えませんよー!」

入場客たちに混ざって階段を昇っていくと、眼下がふいに開け、ステージが姿を現した。
まだ試合には早いため、広大なステージの上には誰もいない。

2人は、上の席へと昇っていく客の流れに乗り、すりばち状にせり上がる観客席の、頂きへと向かっていった。

最後列の席。
そこよりも更に後ろの、雨よけのついた回廊に立つ2人。
ここまで来ると、観客たちのざわめきは遠く、反響も相まって滝のように混然となって聞こえる。

壁際に立つ2人に、沈みかけた夕陽が橙色の光を投げかけている。

「何が見える?」

マルスが聞いた。

「何が…?
…人か。大勢の」

正直に、見たままを言う。

「そう、人だね。
…ははっ、ここで“ステージ”とか言われたらどうしようかと思っていたよ」

少し可笑しそうに笑い、

「ところで…この人たちはなぜここに来ていると思う?」

傍らのメタナイトを見上げ、マルスは尋ねた。

「…試合を見るため、だろう」

何を当たり前のことを、といった表情が返ってくる。

「まぁ半分当たり、かな。
試合を見るだけなら、街中にある大きな…何て言ったっけ。動く絵の…」

「スクリーンか」

「そう、それ!
…試合なら、そこらのスクリーンで自由に見ることができる。
でも、なぜこの人たちはここに来るのか?
わざわざ入場料を払って、窮屈な席に座って、それでもファイターの姿ははるか先に小さく見えるだけ。
…なぜだと思う?」

「……質問ばかりだな」

メタナイトは少し困った顔をしたが、それでもじっと視線を前に、満員の観客席に向けて考え込んだ。

その間も、回廊を何人か観客が通っていく。
ジュースを片手に、あるいは子供を連れて。ある人は遙かの下のステージを待ち遠しそうに見ながら。

誰も、これからここで試合をするファイターがすぐそばにいるのに気がつかなかった。
気づかないまま、ファイターが来るのはまだか、というようにステージの方へと首を伸ばす観客たち。
少し不思議な光景。

「……」

「降参?」

「………ああ」

しばらくして、ちょっと悔しそうな答えが返ってくる。

「…僕はね、こう思ってる。
少しでも、近くで、自分の目で見たいから。
空気、流れ、気持ち…同じ空間にいないとわからないことってあると思う。
ここに来る人たちは、“僕らとつながりたい”、そう思ってるんだ。きっと」

まっすぐに、観客席を見つめるマルス。

「…ここまでして、か?」

隣で、メタナイトは混雑している満員のスタジアムを疑わしげに眺める。

「君、自分がここでどれだけ注目されてるのか、自覚してないね?」

「気にしたこともない」

きっぱりと言う。

「まぁその辺は人それぞれだけどさ。
…何が言いたかったかって言うと。
僕は、ここに来てくれた人たち、そして僕らを見ている人たち、彼らとつながるためにアピールをしてる。
こう言ったら笑うかもしれないけど、…僕は彼らに、忘れられない瞬間をあげたい。
決して君の言うように、試合を軽く見てるわけじゃないんだ、僕は」

「……」

メタナイトは、かたわらのマルスにはっと目を向け、まるで初めてそこにいるのに気がついた、というような目で見る。

「………そうか。
……試合に支障をきたす程でなければ構わないのだがな」

やがて、視線を前に戻しいつもの調子で言う。

「あはは、気をつけるよ。
…ところで君は?
君はなぜ、あんなに勝ちにこだわるの?」

「なぜ…か」

言ったきり、難しい顔になって黙りこくったメタナイトに、マルスはこう言ってみた。

「当ててみようか。
…君は、勝ち続けなければ気が済まない、そうなんでしょ?」

すると、メタナイトは首を振った。わずかだが、口角が上がっている。

「そのようなつまらぬ理由ではない。
こればかりは、貴殿にも分からなかったようだな。
…私は勝ち負けなど気にしない。戦うことで己の限界を知り、その上でそれを越えていく。
それが、ここで戦うことの理由だ」

「…じゃあさ、何でしょっちゅう僕に『真面目に戦え』とか言ってたの?」

「あれは、勝ちたいからではない。
私は戦うことだけに集中したかった。
当然、同じチームのファイターもそうするものと思っていた。
…かつての私には、貴殿の流儀が分からなかったのだ。…だからだ」

向こうを向き、答えるメタナイト。
口調こそ無愛想だが、マルスにはその真意が分かっていた。

「…朝は、ごめん。
君の心も知らないで、色々と筋違いなことを言っちゃって」

マルスの言葉に、弾かれたように振り返るメタナイト。
言葉を探すように、少し視線を下方へ逸らしていたが、
やがてマルスに目を合わせ、ぎこちなくも、はっきりと言った。

「……何も知らなかったのは私の方だ。
貴殿には、随分ときついことを言ってしまった」

「いいよ、もう気にしてない。
じゃあ…これで仲直りだね!」

マルスは晴れやかな笑顔と共に、右の手を差し出した。

「…そう言えば…。
私も聞いておきたいことがあった」

差し出された手をそのままに、思い出したようにメタナイトが言う。

「何?」

「朝、あのとき貴殿が言いかけていた言葉…『スマブラは勝ち負けだけではない』…その後、何を言おうとしていたのだ?」

「……覚えてたんだね!」

意外そうな声をだすマルス。

「マスターが結団式の時、言ってた言葉も覚えてるかな。
『君たちは一人で戦うのではない』って」

「ああ。
団体戦の時はチームワークを大切にしろ、という意味だろう?」

「もちろんそれもあるけど…」

そこで、観客席の方に目を向けるマルス。
メタナイトもつられて、そちらを見やる。

人の流れは落ち着き、観客は席を埋めて、試合が始まるのを今や遅しと待っていた。

「僕らはここに来ている人たちとも、一緒に戦っている。
この人達は、もちろんステージには立たないけど、声援、祈り、拍手…僕らと気持ちを1つにして戦ってくれてる。
僕らは、間違いなく、この人たちから力をもらっている。
だから…お返しに僕らから何をあげられるか。
考えるのは、今からでも遅くないよ」

「はぁぁ緊張したぁ…」

リザードンに支えてもらいつつ、ポケモントレーナーの姿をしたピカチュウが待合室に戻ってくる。
その後ろから、ポケモンの姿になったレッドもついてきた。

「初めてにしちゃあ上出来じゃないか?
…ま、レッドの指示あってこそだがな」

リザードンはそう言って、ピカチュウに笑いかけた。

「そう?
でも…レッドがいつもこんな大変な思いしてるなんて知らなかったなぁ…。
ステージの向こうで立ってるだけだと思ってたよ」

ゼニガメ、フシギソウ、リザードン。
姿も得意分野も異なる3匹のポケモン。
彼らを交代で戦わせ、状況に応じて入れ替えていく。

ピカチュウの肩に乗っていたレッドは戦局を広く掴み、的確に素早く指示を出していった。
そのとおりに、ピカチュウはポケモン達に声を掛けたり、交代させたりしたが、
とてもレッドのようには試合の状況を見る暇など無かった。
しかし、普段のレッドはその両方をこなしているのだ。

ピカチュウをソファで休ませたレッドは、サムスたち捜査チームの元へと向かった。
ロボットの描き上げたくだんの絵をじっくりと見つめ、考え込んでいたが、やがて「あっ!」と声を上げる。

「マナフィ…。
これ、かいゆうポケモンのマナフィです!」

「マナフィって、どんなポケモンなんだ?」

フォックスが尋ねる。

「海洋性のポケモンで、滅多に出会えない幻のポケモンとも言われています。
見た目の通り水タイプ。どんなポケモンとも心を通わせられるらしく……。
それにしても、こんな珍しいポケモンがここにいたなんて…!」

ポケモンのこととなると、レッドは途端に饒舌になるのだった。
つぶらな瞳も、きらきらと輝いている。

「……あっ! …そしてマナフィと言えば…。
マナフィしか覚えない“わざ”として、“ハートスワップ”というのがあって…。
心を入れ替えることによって、自他の能力変化を入れ替えるそうです」

その言葉に、ファイター達は一斉にレッドを見る。

「…レッド君、今何て…?」

リンクが真剣な顔をして言った。

「え…?
マナフィだけが覚えるわざの“ハートスワップ”は相手の心を……、…!」

アイテム“モンスターボール”。
その中にはトサキントからマニューラまで、ありとあらゆる地方の様々なポケモンが入っている。
まれにデオキシスやルギアと言った伝説・幻級のとんでもないポケモンが入っていることもある。

アイテム倉庫から紛失していた1個。
きっとそれにマナフィが入っていたのだろう。

「モンスターボールからポケモンが勝手に出てくるとは考えられないので、
城内の誰かがボールを持ち出し、マナフィを放したのではないか、と思います。
また、ポケモンは“おや”の他は、主人とするにふさわしいと認めたトレーナーにしか従いません。
乱闘で出てくるポケモン達が言うことをきくのは、おそらくステージ上でしか通用しない法則をマスターさんが設定してるんだと思います。
ここの皆さんはバッジ持ってないでしょうし…。
マナフィの一連の行動は、放った人でなくマナフィ自身が考えてしたことでしょう」

「マナフィが考えて?
レッド、そいつはそんなにいたずら好きなやつなのか?」

フォックスが訊く。

「いえ…僕の知る限りではそういう報告はありませんが……。
…おそらく、マナフィは身を守るためにハートスワップをかけたのだと思います。
僕とピカチュウの時も、知らなかったとはいえ2人してマナフィの方へと駆けていってたわけですし、
マナフィを驚かせてしまったんです」

「言われてみりゃおれ達の場合も、追いかけて、飛びかかっちまったしなぁ」

トゥーンリンクが、納得したように言った。

「とにかく、ここまでわかれば次にすることは1つだ。
誰かに出会わないうちに、そのポケモン、マナフィを捕獲しよう」

サムスの言葉に、レッドは自ら手を上げかけて、はっと気がつく。
いくら知識があるとはいえ、元の姿ならともかく、このポケモンの姿ではマナフィとほぼ同じ背丈。
そんな状態でマナフィを捕まえることなど、できそうにない。

加えて、リュカがこう言う。

「マナフィ…とても恐がってました。
無理矢理捕まえようとするのだけはやめてあげてください」

「でも説得するとなると…一体どうやって?」

と、リンクは首をかしげた。
ピカチュウやプリン、リザードンたちと言葉が通じるのは、彼らがファイターだから。
ファイターでないポケモンとは、言葉は通じない。

「……大丈夫。彼なら適任だ」

シークが言って見た先を、他のファイター達も見る。
今し方待合室に帰ってきたファイターは、皆の視線を受け、口を動かさず尋ねかけた。

『私に何か用か?』

<PM 6:00>

ステージ『空中スタジアム』。
城に一番近いこのスタジアムは、中央の浮遊ステージの周りを観客席がぐるりと取り囲み、
ステージも障害物などない一枚板でできている、一番“スタジアム”らしいスタジアムである。

陽が沈み、暗くなり始めた空とは対照的に、スタジアムは煌々とライトアップされている。
固唾をのみ、ステージを見つめる無数の目。

観客達のざわめきが大きくなった。
光と共に、ファイターが現れたのだ。

同時に、スタジアムの電光板に出場者の名が表示される。

“チーム戦 ストック:1
レッドチーム  マリオ & クッパ
       VS
ブルーチーム  マルス & メタナイト”

いつものように、落ち着いた顔の中で目を明るく輝かせ、準備運動をしているマリオ。
一方、そのライバル、クッパは相手チームを見てこう言った。

「…フン! 誰かと思えば…。
だが…手加減はせんぞ」

「望むことろさ!」

マルスが威勢良く応える。

一方、その横でメタナイトは、観客席に目を向けていた。
今まで気にしたこともなかった彼らの視線が、声がまっすぐに届いてくる。
それは決して、姿が変わったからではない。

――彼らも、共に戦っている…か。
私は……
全力で戦う。
そのことによって、彼らの思いに応える。

決意し、スタジアムへ、対戦相手へと視線を戻す。
そして、隣のマルスにこう言った。

「この試合…勝つ」

マルスは前を向いたまま、無言で頷いた。

“Three、Two、One……Go!”

4人が、一斉に動く。

一番軽いマルスの方へと向かいかけたクッパ。
しかしその行く手をメタナイトに防がれ、攻撃の矛先を変える。

一方マルスは2人の横を駆け抜け、マリオの元に向かっていった。
わざと剣を構えて見せる。

マルスが跳びかかるのと同時に、マリオはスーパーマントを翻した。
攻撃に出ていれば、マルスはマントに当たり、くるりと跳ね返されるところだったが、
瞬間、彼は素早く翼を広げる。

空中で制動がかかり、黄色いマントを前にしてマルスは宙で止まる。

間髪おかず体ごとひねって、マントの起こした向かい風、その上に乗ると今度は一気にマリオへと向かっていった。

一閃。

さすがのマリオも目を丸くし、のけ反る。
相手が怯んでいるその僅かな隙に、マルスは更に追撃をかけた。

流れる水のごとく流麗な剣質。
そう称されるマルスの剣さばきは、翼を得て風を味方につけたことで、わずかにその様相を変えていた。

例えるならば、疾風はやて
相手の動きを先読みし、かわし、翻弄し、わずかな隙に攻め込み、そして素早く退く。

翼をマントに戻し、マリオが攻勢に入る前にとっと後退したマルス。
背後で鈍く重い音を聞き、思わず振り返る。
見ると、メタナイトがクッパに跳びかかりざま蹴りを入れたところだった。

しばし、唖然とするマルス。そして、

「…ち…ちょっと!」

言いながら、マリオを放っておいて相方の方へと駆けていった。
何だ、という顔が返ってくる。

「蹴るなんて…僕らしくないことさせないで・・・・・よ…!」

乱闘に集中していた彼にマルスの言葉の意味が伝わるまで、数秒かかった。
わずかにばつの悪い顔になる。何しろ、自分はマルスに、「試合では私らしく振る舞え」と散々言っていたのだ。

「まさか他の試合でもそんな調子で戦ってたわけ?」

まくしたてるマルスに、戦いに水を差されて不機嫌な様子のクッパが起き上がりつつ言う。

「また言い争いか。
帰ってからにしろ、帰ってから!」

今までの2人なら、その言葉は耳に入らなかっただろう。だが、

「…済まなかったな。貴殿に言っておきながら」

マルスに言いつつ、メタナイトはクッパを見据えて剣を構え直した。

「まぁ今度からは気をつけてよね」

マルスも、そろってクッパに向き直る。その声に、怒っている様子はない。

そして、2人の青い剣士は一斉にクッパへと向かっていった。
2人を相手にするクッパに、向こうにいたマリオが加勢に入る。

「キサマの助けなど要らんぞ」

「言うなよ、俺を忘れてもらっちゃぁ困るからな」

「フン! 気取りおって」

気合いを込め、クッパは重い拳を振り下ろす。
マルス達は横っ飛びに二手に分かれ、それを避ける。

直後、頑丈な拳が地とぶつかり、ステージが揺れた。

次いでクッパの横を駆け抜け、マリオが次の攻撃を仕掛ける。
一番近い所にいた、八頭身の剣士へ。

炎纏う拳と、鋭い剣とがぶつかる。
互いに攻撃を読み合い、相殺し合う。
交差する視線。
その中、少しずつマリオの目に疑問の色が浮かび上がる。

――なんだ…?

戦い方が違う。さっき戦った相手にもそれは感じていた。
だが、この目の前にいるファイターは、顔つきまでもいつもと違っていた。
遠くて聞こえなかったが、先ほどの言い争いもどこか様子が…。

「マルス、何かあったのか…?」

手を休めず、マリオは相手に聞こえる程度の声で尋ねかけた。
相手は、わずかに訝しげな顔をしたが、やがて首を横に振った。

「私は…マルス殿ではない。
貴殿、“事件”のことを聞いていないのか」

その声は確かにマルス。
しかし、口調は明らかに別人だった。

横なぎの剣から飛び退いて逃れ、

「き…きみ、まさか」

マリオは思わず、驚きで声を高くする。

「…そういうわけだ。
朝に入れ替えられてこのかた、この姿で戦っている。
全く迷惑な話…」

途中で、剣士は相方がクッパに押されつつあるのに気がつき、加勢に向かっていった。

残されたマリオ。
ブルーチームを追うでもなく、戦うことすら忘れたかのように呆然と立ち尽くしていた。

一方の待合室。
ルカリオがマナフィの捜索を引き受けたので、
サムス達は彼の帰りを待ちつつ、ホワイトボードを囲んで論議していた。

マナフィの入ったモンスターボールを持ち出し、放っておきながら名乗り出ないのは誰か。
シークの言うように、事件になってしまっていることを知らないのか。
また、マナフィを放った目的は。

「面白半分で放った、或いは逃がしたとは思えない。
下手すりゃ自分まで入れ替えられる。マナフィは言うことを聞かないからな」

フォックスが言う。

「…むしろ、本来その人は、自分と誰かを入れ替えるためにマナフィを持ち出したのかも。
その後、マナフィをボールに戻そうとしたけど、逃げられてしまった…とか」

そう言ったのはネス。試合から先ほど戻り、会話に加わったばかりだ。

「逃がしてしまったからこそ、罠を作って捕まえようとした…。
しかしもう少し、というところでヨッシーが横入りしてしまった。
…まぁヨッシーは知らなかった訳だし、仕方ないけどな」

「捕まえようとする意思はある。
しかし大事おおごとになっていることを知らない。
また、罠の監理はロボットに任せる…それほど忙しい人物…?」

サムスが要点をまとめていると、待合室の扉が開いた。
まだ次の試合には早い。

ファイター達が一斉に振り返ると、そこにはピーチが立っていた。

「どうしたんですか?」 「まだマナフィは捕まっていない。あまり出歩くと危ないぞ」

そんなファイター達の言葉に、ピーチはかぶりを振る。

「どうしても伝えたいことがあるの……気のせいかもしれないけれど、でも」

そこでピーチはうつむき、目を閉じた。
何か葛藤している様子だったがやがて決心し、顔を上げる。

「マリオの様子が…いつもと違うの」

開始前の言葉通り、クッパは容赦なくマルスに攻撃を浴びせる。
マリオを相手にしていた時とは打って変わって、マルスはひたすら回避に徹していた。

何しろ轟音と共に繰り出されるクッパの攻撃は、その一発一発が命取り。
相方が他のファイターならば、クッパの相手を任せて補助に回れるが、今は、それもできない。

――それにしても僕らが組まされるなんて…ついてないな。

ついてないというのはもちろん、仲がどうとか言うことではなく、
入れ替えられ、本調子を出せない者同士が組まされたことへ、である。

――ここは一旦、クッパは放っといて、マリオと戦うべきかな…

突き出された拳を、とっさに横に跳んでかわしつつ思っていたその矢先。
まだ体勢を立て直していないマルスに向けて、クッパが深く息を吸い、そしてかっと口を開いた。
その奥で、赤い炎がひらめく。

「…!」

勢いよく吐き出される火炎。
周りの空気を焼き焦がしながら広がって、こちらに迫ってくる。

回避は間に合わない。
多少の消耗を覚悟の上で、シールドを使うしかないか、とマルスは腹を括る。

しかし、不意に炎が途切れた。

見ると、歯を食いしばるクッパの背後、彼のぶ厚い甲羅に向けて、
メタナイトが鋭い剣戟を加え終えた後。

ありがとう、と言いかけたマルスを遮り、相方は短く言う。

「…向こうは任せた」

マルスは頷き、もう一人のレッドチーム、マリオの相手に向かった。

――まずは、マリオからストックを減らそう。

いくら、メタナイトが人の姿となり体の重さが増えたとはいえ、
慣れない姿で長時間パワータイプのファイターを相手にするのは危険だ。
早くマリオを倒し、2対1の状況に持って行こう。マルスはそう考える。

いつになく乱闘に深く集中するマルスだったが、
そのため、マリオの様子、その変化に気がつかなかった。

観客達のいくらかは、気づいていた。
マリオの注意がそれていることに。

もちろん、古参のファイターとして、マリオは極力試合に集中しようとしていた。
しかし、僅かな気の迷い、ためらい。
それが徐々に、彼を劣勢に追い込んでいた。

一方のブルーチーム。
一枚板のシンプルなステージ上で、戦いは時に交差する。
その時、2人はどちらからともなく、互いに声を掛け合っていた。

「もう少し肩の力を抜いた方がいいよ。
ファルシオンは君の剣よりも重い。慣性も考えて」

「…承知した」

2人は、互いの剣の扱い方を教え合う。

「それほど踏み込まずとも斬れる。……刀身を傾けろ」

「こう?」

それは、付け焼き刃かもしれない。
だが、その才をかわれ、選ばれたファイターにかかれば、
付け焼き刃ですら、優れた武器となる。

ダメージを蓄積し、ステージの端に追い込まれるマリオ。
マルスは言われた通り、わずかに剣をひねりつつ、斬り払う。

刹那、ギャラクシアがまばゆく光る。

鋭い音が立ち、見た目の間合いよりも遠くにいたはずのマリオに、不可視のやいばが当たった。

ステージの外へ弾き飛ばされるマリオ。
しかし、まだ復帰で戻れる距離にいる。

普段は復帰妨害のように泥臭い手を使わないマルスだが、今はそうも言っていられない。
マリオを追ってステージの外へ出る。

追撃のため、剣を構えたマルスは、そこで初めてマリオの様子に気がつく。

落ち行く彼は、復帰技、“スーパージャンプパンチ”のための準備すらしていなかった。

「…マリオ?」

ただ重力に身を任せるだけの彼に、乱闘中ということも忘れ、マルスは心配して声を掛ける。

マリオは、何かを言った。

観客達のどよめきにまぎれ、その声は聞こえなかったが、しかし、その口ははっきりとこう言っていた。

――ごめん…!

犬のような顔立ちをしているが、ルカリオはにおいではなく波動、ものが発する波で探し当てる。

今、彼は目を閉じ、側頭部にある2対の房を浮かばせ、波動だけを頼りに城を歩いていた。
階段、壁、天井、床…そういった無生物が発する定常波からはっきりと目立って、
生きているものの波動が、次第に強く感じ取れるようになる。

不安で揺れ、恐れで震える、小さな小さな光。
まるで、風に揺れるロウソクの炎。

ルカリオは、目を開いた。

そこは、3階。
閉じられた扉の前で、小さなポケモンが心細そうにうろうろしている。
ルカリオは、向こうがこちらに気づくまで、じっと、階段の所で待った。

ポケモンの顔がこちらを向く。
小さな叫び声を上げ、ぴょんと跳び退いた。
だが、何かに気づき、すぐには逃げるそぶりを見せず、ルカリオの目を不思議そうに見つめはじめた。

やがて、マナフィが尋ねかける。

『にんげんじゃ…ない。なかま?』

ルカリオは頷く。
レッドの言葉通り、マナフィはポケモンとなら心が通い合う。
目の前の相手に敵意がないことが分かったのだ。

ようやく言葉の通じる相手に出会えたマナフィは、困り果てた声で訴えかけた。

『おうち、わからない。どこ?
ずっと探して、探して、つかれた。おなかもすいた。
知らないところ、ひと、…こわい』

“おうち”というのは、マナフィが入っていたモンスターボールのことだろう。
だが、それはまだ見つかっていない。

『安心しろ。ここにいる者は誰もお前を傷つけたりはしない。
…私と一緒に、来てくれ』

ルカリオが言うと、マナフィは少しの間躊躇っていたが、彼を信じ、よちよちと歩み寄っていった。

“Mario, defeated!”

アナウンスがスタジアムに響きわたる。
一瞬の間の後、観客席がわっと沸き立つ。拍手、驚く声、声援。
しかし、その歓声を背に、腑に落ちない顔でステージに復帰するマルス。

一方、マリオが敗れたというアナウンスを聞き、

「馬鹿者めッ!」

悔しげに曲げた口の隙間から、絞り出すようにクッパは言った。

「相手は不慣れな戦士1人ではないか! どうしたというのだ…!」

「不慣れとは、言われたものだな」

そんなことを言いつつも、メタナイトの顔は真剣そのものだった。
少しでも気を抜こうものなら、反応が遅れ、手痛い一撃を食らってしまう。
頭では反応できるのだが、やはり体がついてこないのだ。

だが、彼はもう文句を言わない。
前を向き、相手の動きを、呼吸を読み、僅かな兆候も見逃さず、ただ黙々と一手一手重ねていく。

クッパの、丸太のごとく太い腕を剣で受け流し、
つかみかかってくる手をさっとかわす。
時には踏み込み、怒濤のごとく剣をうならせて、斬る。

今のところは互角。
しかしいつもにまして神経を張り詰めているメタナイトの、集中がどこまで持つか。

「…来るな、貴殿の手に負える相手ではない!」

駆けつけてきたマルスに気がつき、振り返らずにメタナイトは言う。

「決めつけないでよ。
それとも、僕にそこらへんで黙って見てろって言うの?」

マルスはそう言ったが、
クッパが上空から落ちてきたアイテムを拾いに走り、メタナイトもそれを追って走っていってしまった。

落ちてきたそれは、白いボール。
僅かに早く、クッパがそれをすくい取り、地に投げつける。

ボールは弾み、勢いよく煙を吹き出した。

クッパを追ってきたメタナイトは、その煙のただ中に巻き込まれてしまった。
視界が白い煙の中、閉ざされていく。

「く…」

煙の外へと逃れ出ようとしながら、もやの中、ぼやけ、遠ざかっていくクッパの影を追う。

しかし、その影は、突然消えた。

――どこだ……上かっ!

地面に倒れ込むようにして、回避しようとする。だが。

「遅いッ!」

破鐘のような声と共に、空から巨体が降ってきた。

衝撃。

弾かれ、地面とぶつかり、煙の中から投げ出されて一気に視界が晴れる。

そこは、ステージの外。
蓄積されたダメージに応じて、残酷なまでに正確に、彼は飛ばされていく。

普段は翼があるため、使い方が分からないままの空中ジャンプ。
そんな彼が横方向に強く飛ばされては、復帰手段は皆無だった。

だが、そこへ。

頭上を何かが素早く通り過ぎる。

ステージ限界ラインぎりぎりで危なっかしく方向転換したそれは、
急カーブを描いて戻ってくると、メタナイトの左腕をしっかりと掴んだ。

あと僅かの所で、彼は敗北を免れる。
思わぬ事態に、どよめく観客たち。

「………?!」

目で見ても、すぐには信じられなかった。
マルスが、紫紺の翼を懸命に広げ、片手だけでメタナイトの腕を掴み、滑空してステージに戻ろうとしていたのだ。

「無茶をするな!
…このままでは2人とも落ちるぞ!」

真剣な顔をして言うメタナイトに、

「僕の“身体”が重いって言いたいの?
失礼しちゃうな、まったく」

マルスは笑って応える。
しかし無理をしていることは、手の震えから十分伝わってきた。

事実、2人の高度は少しずつ下がっていく。
見る間にステージの水平面が傾き、裏側が見えてくる。

「あはは…僕ってこんなに重かったんだなー…」

「…慣れぬことをするからだ。
手を離せ。今ならまだ間に合う!」

「嫌だよ」

マルスはきっぱりと言った。

「僕が1人残されても、勝ち目はない。
今の僕らは、2人で1人前さ。
君を見捨てることなんて、できない」

「綺麗事を言っている場合ではないぞ」

意地になるマルスに、メタナイトはそう諭そうとする。
しかし、マルスは手を離さない。

メタナイトは、ため息をつく。そして、

「一か…八か。私も賭けよう」

剣を下段に構え、一呼吸おき…一気に、振り上げる。

空間を、ファルシオンが白銀色に輝きながら、大きく切り裂いていく。

それだけではない。

既存の物理法則を無視して…
まるで、上昇する剣に引っ張られたかのように、2人は、ふわりと浮かび上がった。

「今の…って、…僕の技…だよね。いつの間に……?」

目を丸くするマルス。

「トレーニングだ。
…お陰でカービィには何度も注意されたが」

表情を変えず、メタナイトは答えた。

「……しかし、上手くいったのは今が初めてだ」

伸ばした手が、ぎりぎりステージの端に届いた。

そろって舞台ステージに上がる。

“オオオオオオッ!!”

観客席が、耳を聾する大歓声で2人を迎えた。
割れんばかりの拍手で、今のファインプレーを讃える。

クッパも、2人が戻ってくるのを待っていた。
組んでいた腕をほどき、満足げに不敵な笑みを浮かべる。

「そうこなくては面白くない。
…さぁ、かかって来い!」

「勝とう。…2人で・・・

マルスの言葉に、今度はメタナイトも頷いた。

青き疾風怒濤。
かつて、あれほど気の合わなかったのが信じられないくらい、2人の剣士の息は合っていた。

心と身体が入れ替わり、相手と自分の戦法の違いを知ったから、というのもあるだろう。
だが、もっと深いところで、互いの心を理解し合えたこと、それが一番大きい。
会話と同じ。理解し合えなければ、協力は成り立たない。

マルスが素早く斬りつけ、退き、
替わってメタナイトが、退却するマルスを守りつつ重い剣戟を確実に加えていく。
かと思えば、そこにマルスが戻ってきて、フェイントをかけ、相手のリズムを崩す。

だが相手もさるもので、2人のファイターを相手に一歩も退かず、堂々と立ち、
巨大な拳をふるい、棘のついた甲羅で身を守る。

マリオが呆気なく退場してしまった時とは打って変わって、スタジアムは熱気あふれる歓声に包まれていた。

鋭い爪をひらめかせ、クッパの右手が迫る。
シールドも間に合わず、メタナイトは咄嗟に横一文字に剣を構え身を守ろうとするが、力負けし、剣ごと後ろに吹き飛ぶ。
追撃をかけようと、姿勢を低くし、地響きを立てて追うクッパ。

しかし、そこにマルスが割り込んだ。

「邪魔だ!」

払いのけようとするクッパの腕をかいくぐり、背後に抜けて瞬時に何発も斬りつける。
うなり声を上げ、クッパが背後のマルスに掴みかかろうとすると、マルスはバックステップし、その手をかわす。

「む!」

気づき、後ろを振り向くクッパ。
すぐそこまで、メタナイトが戻ってきていた。
振りかぶられた剣を視認するやいなや、クッパはすぐさまシールドを張る。

鋭い衝突音。

それでも勢いを吸収しきれず、クッパはたたらを踏む。
そんな彼に対し、踏み込み、畳みかけるように剣を振るっていくメタナイト。

クッパは厚いうろこに覆われた腕を盾に、その剣戟を受け流していたが、不意に、

「小賢しいわッ!」

その腕を大きく後ろに振り払った。
相方がクッパの注意を引いてくれている間に滑空で音もなく迫り、攻撃をしようとしていたマルスは、
慌てて身体ごと傾け、翼を風に対し垂直にして止まろうとするが、間に合わず、鋭い爪が身体に当たってしまう。

たったそれだけなのに、強風に煽られたかのように、彼方へ吹き飛ばされる相方。
その姿を目にし、

「…マルス!」

思わず、メタナイトはその名を呼ぶ。

余裕たっぷりの表情で、クッパが振り返り、言った。

「これで邪魔は入らんだろう」

……

周りで、風が踊っている。

衝撃で頭がぼうっとしていたのも束の間、マルスはすぐに意識を取り戻す。

飛ばされた方向は、上と言うよりやや横。
ステージの見え方から考えて、場外ラインまであまり猶予は無い。
翼で制動を掛ける方法では、間に合わない。マルスはそう結論付けた。
だが、

――戻らなくちゃ…。だって…

マルスは精一杯翼を広げる。
さらに、意識を翼に集中させ、その骨格を動かそうとする。
再び、あの奇妙な感覚が走ったが、強いてそれを無視する。

同時に手も動いてしまったが、やがて翼の形は少しずつ変わっていった。

それに伴い、周囲で立つ風の音が、様相を変えてきた。

斜め一直線に飛ばされていたマルスの軌道は、カーブを描き、上へと伸びる。
翼の形を変えて風を上手く利用し、飛ばされる方向を変えたのだ。

ステージ上空へと昇りすぎ、ちくちくとしたダメージの感覚が襲いはじめたが、
そこでようやく、マルスは上昇の勢いを止めることができた。

あとは一気に、仲間のもとへと急降下する。

クッパがふと仰ぎ見ると、彼の頭上目がけ、一直線にマルスが落ちてくるところだった。

「なっ……?!」

仕留めたものと思っていただけに、目を丸くするクッパ。
しかし驚きつつも、そこは歴戦の魔王。拳を構えるのは忘れない。
マルスも応じて、剣をしっかりと構え直す。

衝突。

弾きとばされたのは、クッパ。
重い音を立て、地面へしりもちをつくクッパを尻目に、マルスは鮮やかに着地する。

「……戻ってきたのか」

目を瞬き、信じられない様子のメタナイトが呟くように言う。

「もう少し嬉しそうな顔してくれたって良いんじゃないの?」

マルスは呆れた声で言った。

「君のために、戻ってきてあげたんだから」

「何…?」

「…ううん、何でもないよ」

仮面の裏で、ちょっと笑う。王子マルスらしい、すがすがしい笑い。
先ほどクッパに手痛い一撃を食らったとき、意識は朦朧としつつも、マルスにはちゃんと聞こえていた。
メタナイトが、初めて自分の名を…そのまま呼んでくれたのが。

「僕らは変われる。…変えられる」

半ば自分に言うようにして言い、そしてマルスは再びクッパの方へと向かっていった。
恐れはなかった。仲間を信じていたから。

対し、クッパは深く息を吸い、それに灼熱の火炎を乗せて勢いよくはき出す。
間合いに入られる前に、追い払おうという算段だろう。

しかし、怯むことなくマルスはそのまま突き進み、炎の手前で地を蹴り翼を広げる。

羽根のように軽く、その体が浮かぶ。
炎の熱によって生じた上昇気流に乗ったのだ。

そのまま、勢いに乗ってクッパの顔面に迫る。

「むぅ!」

口を閉じ、思わずのけ反るクッパ。
だが、マルスは何もせず、風切り音を立ててその頭上を通り過ぎていった。

彼の…いや、彼らの・・・意図に気がつき、クッパは急いで注意を前に向ける。

だが、一歩遅かった。

真正面には、白熱する試合においてもなお、冷静な光を保った瞳。

ついで、巨大な弧を正確に描き、ファルシオンが視界いっぱいに閃く。
白く泡立つ怒濤を思わせる輝線。

重厚な巨体がいとも簡単に浮かび…そしてあっという間に弾きとばされた。

“The winner is … Blue team!”

そんなアナウンスさえ、歓声に飲み込まれてしまう。
それほど観客達は熱狂していた。
素晴らしいコンビネーションを見せたブルーチームへ、そして諦めず健闘しきったレッドチームへ、観客達は惜しみない拍手を送る。

両チームはステージに立ち、観客の声援に応える。

「…これで5勝目だな」

大音量が耳にこたえるのか、少し顔をしかめつつ、メタナイトがマルスに言った。
マルスは一瞬、その意味を掴めなかったが、やがて、

「あ、…そういえばそうだね」

思い出したように言う。

「君も、僕を10人目として数えて良いよ。
だから、引き分けだ。カービィのお昼ご飯は、2人でおごることにしよう」

「…そうだな」

そう言って、しばらく口をつぐみ、拍手鳴りやまない観客席を眺めていたメタナイトだったが、
ややあって、わずかに苦笑し呟いた。

「1人で戦っているのではない…か。……今更、気づかされるとはな…」

2人揃ってステージに復帰したあの時、満場の拍手で自分たちを迎えた観客席。
隔てる距離など無く、彼らの表情まで見えるような気さえした。
今までメタナイトにとって背景音に過ぎなかった歓声が、生き生きとした現実感を持って、スタジアムを覆っていた。
あの時…確かに彼らと、“つながって”いた。

そして、メタナイトは慣れない様子で観客に、手を振りかえす。

「表情が硬いよ」

隣で、マルスが笑った。

「君って笑うことないの?笑顔になること。
あんな仏頂面で手振ったって、こわいだけでしょ」

「…強いて笑顔にすることの方こそ、不自然だろう」

「まあ、それもそうだけどさぁ」

待合室の転送装置に、そんな会話をかわしつつ、青い剣士達が帰ってきた。
そこに、昔のような険悪さはみじんも無く、言い合いをしつつもどこか息が合っているような、
互いに踏み込むべき間合いを分かっているような、そんな様子。

「私からも言わせて貰えば…貴殿、あのような曲芸師の如きまねをしては、見ている側も落ち着かないのではないか?」

「あのような…?ひょっとして、飛ばされた君を助けた時のこと言ってる?
ひどいなぁ、せっかく助けてあげたのに」

心外そうな声を出しつつも、マルスの顔は笑っている。

「…助けるなとは言っていない。
ただ、考えも無しにわざわざ危険を冒すな、と言いたいのだ」

まるで子供に言い聞かせるような口調で、メタナイトが言う。

「うーん、でもさぁ…見に来てる人たちも多少のスリルは欲しいんじゃないかなぁ。
だってほら、僕らが戻ってきたときの歓声、凄かったじゃないか」

と、食い下がるマルス。

「否定はしない。
しかし…もしあの時私の技が失敗していたら、2人とも無様に落ちていたではないか。スリルも何もない」

「それを言ったらロマンがないよ。
君ってリアリストなんだね。見かけによらず…」

「…何が言いたい」

咎めるというより、純粋に訝しげな顔がマルスを見おろした。

「あはは、何でもないよ!
………あれ?」

ふと、待合室の広いスペースに出たところで、マルスの足が止まる。

「どうしたの? みんな、こんなところに集まって…」

視線の先、待合室のソファが置かれていたスペースに、十数人のファイターが集っていた。
リビングルームにいたはずの、捜査チームの面々だ。

「本部を移した…ということは、何か展開があったのだな?」

真剣な口調になって、メタナイトが問う。
展開。良い方面か、悪い方面か、果たして。

「ああ」

フォックスが頷いた。

「…事件を起こしたのが何か、またそれを放ったのは誰か。おおよそ予想がついたところだ。
あとは、その動機が何だったのか…本人に確かめるだけ」

「君達の試合が終わった、ということは、彼が来るのも間もなくだな」

サムスが言う。

「彼…?」

眉をひそめたメタナイトの後ろで、もう1人、ファイターが帰ってくる。

2人の剣士を見つけ、急いで駆け寄ろうとしたが、
そこで初めて、待合室の厳粛な空気に、ファイター達の視線に気がつく。

彼らの顔を1人1人眺めていき、捜査のまとめられたホワイトボードを見つめ、
やがて、「あぁ…」と力無い嘆息をつく。
その表情は、普段のあの赤い配管工に見合わないくらい、しおれていた。

肩を落とし、うなだれる彼に、フォックスが問いかける。

「あんたがマナフィを逃がしたのか?…ルイージ・・・・

「………!」

配管工は、はっと顔を上げる。
ふいに、張り詰めていた何かがぷつりと切れたかのように、彼の顔からこわばりが消え、
そして、彼は声を震わせ、言った。

「……みんな、……ごめん…」

元々双子の兄弟であるだけに、入れ替わっても口調が元のままなら、
まるで、弟がただ兄の服装をしているだけのように思える。
逆に言えば、ピーチが気づくまでは誰も、彼ら兄弟が入れ替わっていたことに気づかなかったのだから、
それまでのルイージは、ほぼ完璧にマリオとして振る舞えていたことになる。

「こんなことになってるなんて…知らなかった。
でも、それじゃ済まされないのはわかってる」

息を吸い、しぼんでいきそうな気持ちを奮い立たせる。
うつむかず、仲間達に目を向けて、ルイージは少し声を大きくし、続けた。

「…ポケモンを持ち出したのも、逃がしたのも、全てぼ…―」

 バタン!

そこで、勢いよく待合室の扉が開かれた。
旅行カバンを引きずり、荒い息をついて駆けてきた緑の配管工が、そこにいた。

驚き、振り返るファイター達の見る前で、彼は…マリオはこう言った。

「ルイージ! かばおうとするな!
…この事件は…みんな俺のせいだ!」

「…兄さん! な、何を言って…」

慌てる弟を遮り、マリオは黙ってオーバーオールのポケットから何かを取り出す。
かかげられたそれは、モンスターボール。

「きっかけは…3日前の試合だ。
俺が投げたモンスターボールから出てきたあの青いポケモンが、俺と、対戦してたルイージとを“入れ替えた”」

ファイター達の前に立ち、緑帽子のマリオが語り始める。
下手な弁明などせず、正直にありのままのことを。

「もちろん、その効果はステージの上だから、一時的なものだった。
でも、俺は…その時考えたんだ。
ステージの外でもこうして他の誰かと入れ替われば、少し楽ができるな…って」

故郷のキノコ王国では、彼はただ、人一倍勇気と冒険心のある配管工に過ぎない。
“ミスター・ニンテンドー”と呼ばれ、便宜上とはいえ、個性あふれる英雄達のリーダー的存在として内外から見られるのは、
彼にとってかなりの重荷なのかもしれなかった。
それは精神的側面だけではなく、実際、出るべき試合数も他のファイターより多い。
プレッシャーがあるほど燃える性格とはいえ、1人がずっと黙って抱えるには、重すぎる荷物。

「だから…俺は、一番身近で、俺の仕草とかもよく知ってるルイージに頼んで、ちょっとの間入れ替わってもらうことにしたんだ」

マリオが言うと、ルイージがこう付け加える。

「僕から頼んだところもあるよ。
だって…僕も、兄さんみたいな人気者に……一度なってみたかったんだ」

ルイージにも、ファンがいない訳ではない。しかし“ミスター・ニンテンドー”と比べれば、やはり段違いなのだ。
それでひねくれたりするような性格ではないが、憧れは、確かにいつも心の中にあった。

「…そして俺達は夜中、アイテム保管庫に入ってあのポケモンが入ったモンスターボールを探し出し、部屋に持ち帰った。
ステージ上じゃない、乱闘の“設定”がされてない城の中なら、
入れ替わりはまた技を掛けてもらわない限り、戻らないんじゃないかと予想して。
俺はルイージとして、1日休暇旅行に行き―」

「僕は兄さんとして、“頼れるみんなの人気者”の気分を味わおうとした…」

「そうすれば、ここに来てくれてる観客たちをがっかりさせることもなく、俺は1日ゆっくりできる…そう思ってた」

配管工兄弟に、フォックスがこう訊く。

「だが…、それは言っちゃなんだが…ファンを騙してることにならないか?」

「ああ。そうなんだ。
冷静になって考えればそうなんだよ…。
でもあの時、俺は浮かれてた。冴えた方法に思えたんだ、それが。
……そして、その後起きたことは、フォックス達が予想した通りさ…」

「次の日の早朝、兄さんの部屋であのポケモンの技を掛けてもらって、入れ替わった僕らは、少しの間意識がとんでいた。
そして、僕らがやっと目を覚ました時、上手く入れ替わったことを喜んだのもつかの間、
…あのポケモンの姿がどこにもないことに気がついたんだ」

「ことの重大さに気がついて、俺達は慌ててポケモンを探したが…時間切れだった。
俺は旅行に行かなけりゃ皆に怪しまれるし、ルイージは第1試合の前に、新しいステージの落成式に出なくちゃならなかった。
出来たのは…果樹園から急いであのポケモンの好きそうな果物を持ってきて、罠を作って、
ロボットにその見張りを頼むこと…それだけだった」

「なぜ…私達やマスターに言わなかった?」

サムスが尋ねる。
ずっと、それが気になっていた。
初代からの付き合いで、隠し事などしない、と思っていた2人なのに。

サムスの言葉に隠れたその思いを察し、マリオは申し訳なさそうに声を落とす。

「…俺達で何とかやれるって思ってた。
それに…みんなに迷惑かけたくなかったんだ。
これを公にして大きな騒ぎになるより、さっさと捕まえてボールに戻せば波風は立たないって…な」

「でも、甘かった。
昼ぐらいに、僕が城に戻ってきたとき、罠は、ロボットごと消えてた。
誰かが不審に思って、罠を撤去したのか、としか思わなかった…そのときはそれしか思いつかなかった。
…気づくべきだったんだ。これだけのことになってるって……」

かぶりを振り、ルイージは続ける。

「最悪の事態から、目を背けてたんだ。
見なければ、気づかなければ起こってないのと同じだと…無意識に思いこんでたんだ。
…心配かけたくなくて、罠のことは兄さんにも連絡しなかった。あのポケモンは捕まったよって…嘘までついた。
もう1つ、ポケモンが来そうな別の所に罠をかけて、僕はすぐ次の試合に向かった…」

「…俺が事件になってることに気づいたのは、午後になって、サムス達からの連絡を見たときだった。
すぐに、急いで帰ろうとしたけど…旅行先に転送装置は無かった。バスやら何やら乗り継いで…。
……いや、言い訳なんて長々と言ってる場合じゃない」

マリオは背筋を伸ばし、部屋にいるファイター全員の顔を見渡し、そして言った。

「みんな…本当にすまなかった!
俺のわがままで、こんなことになって…!」

揃って、深々と頭を下げる兄弟。

2人を前にしたファイター達は、互いに顔を見合わせる。
その視線は自然と、今回の騒動に巻き込まれた8人の被害者へと向けられていった。

自分たちも、この騒動で色々と気を揉んだり、慌てたりしたが、一番大変な経験をしたのは彼らだ。
許す、許さない、その最終的な判断をする権利は彼らにある。ファイター達の目は一様にそう語っていた。

そんな視線を受け、まず沈黙をやぶったのはヨッシーだった。

静かな室内にモーター音を響かせ、2人の元に行く。
なじみ深い兄弟の肩に手を添え、そっと押した。
顔を上げて、というように。

「……ヨッシー…」

驚いたように目を瞬き、呟いたマリオに、ヨッシーはゆっくりと頷きかける。
そして振り返ると、促すように後ろの7人に目を向けた。

「…僕なら、もう気にしてないよ。
逆に、色々と学ぶこともあったし…珍しい経験もね!」

マルスが明るい声で言い、残りの4人も口々にそれに続く。
ロボットは喋らなかったが、頷くことで許す意を示していた。

「僕も、許します。…凶悪な事件じゃなくて良かったです」

「へへっ、おれがこれっぽっちのことで根に持つようなヤツに見えるか?」

「僕も。それに、ちょっとポケモンの気分も味わえたし…」

「大変だったけど、でもわざとやったんじゃないって分かったから、よかったよ!」

残るは、あと1人。

5人が話し終わった後も、彼は腕を組み黙って考え込んでいたが、
やがて顔を上げて配管工兄弟を見据え、冷静な声で問いかけた。 290さん挿絵(画:290さん)

「……1日の休暇…それだけのために、このような騒動になったというのか…」

仮面もなく、素顔のままの瞳が、射すくめるような強い光を2人に投げかける。

待合室を、再び重い空気が覆い始めるかに思えた…が。

「…」

不意に、片方の口角が上がる。

はっと目を丸くしたマリオ達に、メタナイトはわずかに声を和らげ、こう続けた。

「…疲れているのならば、正直に言ってくれ。
試合の肩代わりくらい、私はいくらでも請け負う」

一瞬の後、緊張が解かれる。

「…そうですよ、2人で抱え込んでないで、僕らにも話して下さい」

「俺達何だかんだ言って長いつきあいじゃないか、言ってくれよ。な?」

「…水くさいぞ」

「マスターさんだって、事情を話せば1日くらいマリオさんに休みをくれますよ、きっと!」

「それにルイージ、人気だけが全てじゃないんだ。…分かってるだろうけどな」

捜査チームからも、そんな声が上がった。

「みんな…」

マリオは、安心したような、申し訳ないような顔をする。
ふと、ルイージが隣で俯いたままなのに気がつき、その肩をぽんっと叩く。

「…おいおい、まさか泣いてんのか?」

「なっ…泣いてなんかいないよ! ただ…。
……安心しただけだって…」

恥ずかしいのか、ややぶっきらぼうにルイージが言う。
その答えに、ファイター達は皆思わず笑った。

『…話はついたようだな』

そこに、ルカリオが帰ってきた。腕に、水色の小さなポケモンを抱えて。

『ひどく空腹だというので、まず食料庫に連れて行った。
今はもう落ち着いている。もう無闇にわざを使うこともないだろう』

淡々と説明するルカリオの横で、マナフィはあどけない瞳をファイター達に向けている。
片手でしっかりとルカリオの手を握っていたが、もうその目にはおびえた様子はない。
やがてその目が“入れ替わり”の8人に向けられると、マナフィは見覚えがあるのか、じっと彼らに見入った。

『…ボールに戻る前に、君が入れ替えてしまった人たちを、元に戻してくれるか?マナフィ』

ルカリオが促すと、マナフィは笑顔で頷いた。
そして、水が跳ねるような鳴き声で、ルカリオに何かを言う。

『……入れ替えられた者同士、なるべく近くにいてほしいそうだ』

ルカリオは通訳し、8人と、マリオ達に言った。

まずは近くにいたピカチュウとレッドの下にマナフィが向かった。
緊張して気をつけの姿勢をしているピカチュウと、興味深そうにマナフィを見つめているレッドの前で立ち止まる。

頭についた触角がふわりと持ち上がり、その丸い先端に光が灯ったかと思うと、
あっという間に柔らかな光が辺りに広がり、2人を包み込んだ。

光が薄れると、そこには一見何も変わったところのない、ポケモンと少年の姿。
しかし、2人は自分の姿を見回し、

「…元に戻った!」

思わず、声をそろえて言った。

休まずマナフィはファイター達を元に戻していき、マルス達の番がやってきた。

「元に戻るって分かってたなら、もうちょっと飛びたかったなぁー…」

残念そうな声でマルスが呟くと、

「朝はあれほど文句を言っていたというのに…」

頭上からつっこまれてしまった。

返事をする間もなく、やがて光が視野一杯に広がる。

目を開く。
とたんに、よろけるマルス。
今まで慣れていた高さから急に視点が変わり、一瞬身体感覚が掴めなかったのだ。

心を落ち着け、バランスを取り戻したマルスはようやく自分の姿を見回し、手を握ったり、開いたりしてみる。
元通りの、人間の姿。
まん丸でも、一頭身でもない、見慣れたいつもの自分の姿だ。
それは入れ替えられた朝のあのときから、望んでいたことだったが、

「…何か変な気分だな」

呟いた声も、自分の声のはずなのに、一瞬聞き慣れないものに感じられる。
その感覚は長い間入れ替わっていた者ほど顕著らしかった。

元に戻ったはずのヨッシーも、まだどこか機械的でぎこちない動きが抜けていないし、
隣…やや下に視線を落とすと、メタナイトも黙って自分の手を不思議そうに見ていた。

でも、

「やっぱり、元の姿が一番だよね」

誰に言うでもなく、マルスは笑い、そう独りごちた。

タイムテーブルのことで迷惑を掛けてしまったMr.ゲーム&ウォッチや、ここにいないファイターにも直接謝りに行くため、
マリオとルイージが待合室から走り出ていったのを皮切りに、捜査チームは本部を片付けはじめ、
城にはいつもの空気が戻り始める。

そんな中。

「まだ分からないことがあるんですよね…」

ピットがソファに腰掛け、難しい顔をして考え込んでいた。
彼の言葉を耳にし、マルスが尋ねる。

「分からないこと…? それって、何?」

ピットは真剣な顔をしてこう答えた。

「あのポケモン、マナフィは、自分の身を守るために心を入れ替えた…と、レッドさん言ってましたよね。
でも、マルスさん達にだけ、当てはまらないんです。
お2人は、ただ廊下に立って…その…まぁ、ただ立ってただけですよね?
マナフィを恐がらせるようなことは、何もしていない」

「……あ、そういえばそうだ…!
何で僕らは入れ替えられたんだろう。
…ねぇ、レッド君。何か知らない?」

そうマルスが、待合室を出て行きかけていたレッドに声を掛けると、彼は、

「あぁ、その…」

と戸惑ったように呟き、やがて何かをテーブルの上に置いて、顔を伏せ気味にして出て行ってしまった。

「…?」

マルスは、彼の残していったものを取り上げる。
それは見たところ、彼の世界の研究者が書いた学術論文らしかった。
著者はナナカマド博士、とある。
レッドが何度も読んでいるのか、所々にマーカーが引かれていた。

その部分を、声に出してマルスは読んでみる。

「『…マナフィは“ハートスワップ”という珍しいわざを覚えることが出来る。
このわざは、バトルにおいては自他の能力変化を入れ替える効果があるが、
実用的な側面では、心を入れ替えることによって、いがみ合う者同士を文字通り相手の立場に立たせ、和解に導く、
そういった事例も報告されて…』……」

ぽかんと口を開けたままの王子。
いつの間にか横に来て、同じ文を読んでいたアイクが鼻で笑う。

「ほらな? 言ったとおりだろ。
けんかばかりしてるから、お前らは入れ替えられたんだ」

得意げな口調で言われてしまった。

「確かに今まではひどかったけど、もう僕ら、仲直りしたんだよ?
まぁマナフィのおかげとはいえ……、
…あれ、そういえばメタナイトは?」

「あいつなら…」

アイクは待合室の、開かれた扉の向こうを指した。

1人、廊下を歩いている青い騎士。それを追う、青い王子。

姿こそ違えど、数時間前にもあった光景が繰り返される。
違うのは、マルスが彼に追いつくまでに数歩しかかからなかったこと。

しばらく、黙って横並びに歩く2人。

隣の騎士の顔は、無表情な銀の仮面に隠され、もはや伺うことが出来ない。

表情が読めなかったが、マルスはやがて自分から、こう切り出した。

「……大変だったけど、悪いことばかりじゃなかったよね」

「……」

返事は無い。
気にせず、マルスは続ける。

「…僕は空を飛ぶことが出来たし、君はプライドに見合うだけの身長を手に入れた。
一時のことだけど…まぁ楽しかった、かな」

すると、メタナイトはかぶりを振り、初めて口を開く。

「……もう御免だ。このようなことは」

その声に、マルスは以前のような、冷たく、越えがたい距離を感じた。

それまでの笑顔は消え、思わず、足が止まる。

――性格まで、元に戻っちゃったのかな…

今日僕がやってみたことは無駄足だったのか、
あの試合で、心が繋がったと思ったのは僕の気のせいだったのか…
高揚していた気持ちが、あっという間にしぼんでいく。

寂しげな顔をし、マルスが立ち尽くしていると…

向こうも、立ち止まった。

永遠に思える一瞬の空白。

やがて、わずかに体をこちらに向け、こう言った。

「……自分のプライドを満足させても、嬉しいと思うはずが無かろう。
………。
仲間・・に……苦労をかけるような方法ではな…」

依然として、立ち尽くしているマルスを残し、
メタナイトは振り返らずに去っていった。

残された王子の顔は、ややあっけにとられていたが、

…やがて、明るい笑顔が戻ってくる。

「ふふっ…」

含み笑いし、首を振ると、

彼はきびすを返し、元来た道をゆっくりと戻っていった。

< 『1⇔8』 完 >

裏話

※10/12追記

なんと…リンク集にもブログを登録させていただいている290さんから、この小説の挿絵を頂いてしまいました…!
「煮るなり焼くなり、好きにしてくださいませ」と仰っていたので、ここに飾ってしまいます。
私のわがままで描き直しまでして頂き…この場を借りて、お礼を申し上げます!  はぁぁ 未だに信じられない…

まさかのここまで来てシーク初登場。ガノンドロフよりは個人的に書きやすいのに、なぜだか出番が遅くなってしまいました。
ちなみにメモでは、メタナイトに(面白がって)長話をしかけ、
後でゼルダが「彼が何か迷惑をかけませんでした…?」と心配そうに尋ねてくる、というシーンも考えてあったみたいです。
当初考えていたより早い段階で、ファイター達が事件性に気がつくことになり、このやりとりは没となった模様。

また、ストーリーを模索していた頃は、メタナイトの本心に気づくのはマルスではなくリンクが最初で、彼を通じて2人の仲が改善される予定でした。
でもまぁ…直接ぶつかりあった方が良いかな、と思ってやめにしました。それでも若干のつなぎ役として登場してます。


ドタバタの全容も明らかになったので、さらに裏話を言うと…。
この話は、二次創作を始めた時点でいくつか出ていたアイディアの1つだったんです。ちなみにタイトル案は『私は彼、君は彼女で彼は僕』。
ただ、やはりその時期に考えただけあって、ジャンルはギャグ、長さは短編として考えてました。
その頃はメタナイト⇔カービィを考えてたのですが、すでにカービィ二次創作マンガで格段に面白いものを見てしまったので没。
サムス⇔ゼルダというのも考えてあったようです。やらなくてよかった。
当時も「こりゃぁやめといた方が良いな」と思い(客観的に見て面白くなりそうにない)、しまっておいたのですが…。

それから数話書くうちに、だいたい自分の中でファイターの性格・相性というのが固定してきて、
「この2人(マルスとメタナイト)、相当に気が合わなさそうだなぁ…」→(脳内で謎の爆発)→
→「…そうだ、あれと合わせて一風変わった友情ものを書こう!」
前後のつながりには、その時期学校でテスト期間になっていたことも関係しています。テストが近づくとやけっぱちになるのです。


さて『後編』では、タイトルについての舞台裏を。
毎回あまりタイトル決めには苦労しないのですが、今回ばかりはみょ~…に決まりませんでした。
メモ帳を見てみると、いろんな案が出ては消えてます。
『スワップ』:タイトルでネタが丸わかりなので没。 『スクランブル』:しっくりこない。
『リプレイス』『Re Place』:立場(Place)を新たにしてみる、という意味合いで。でもやっぱりしっくり来ない。
「うわぁぁ!」となったところでやっと思いついたのが『1⇔8』。"いちはち"と読みます。(書いた後で思いつきました)
まぁ…頭身のことです。入れ替わった2人の。
そして、こんな話をさらけ出す行動自体が一か八かである、という隠れた意味もあったりして。
…後編ラストの乱闘シーンでメタナイトが言ってる「一か…八か。私も賭けよう」は、実はメタ発言的ギャグだったりして。

また、投稿した後に思いついたのが『イマドキ王子とカタブツ騎士ナイト』。もうちょっと冗談っぽいタイトル。
間に合わなかったけど、別に今のままで良かったか、と思っています。

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気まぐれ流れ星

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