もしもし ヨッシー どこいくの?
ファイターにも休日はある。
週に一度の、日曜日。
この日ばかりは試合もなく、イベントさえなければ丸一日、ファイターは自由に時間を使うことが出来る。
年の若い者は思いっきり遊び、それより上の者は街や他の地域に出かけ、あるいは城でくつろぎ、
思い思いの方法で休日を満喫する。
そんなある日曜日の昼下がり。
『スマブラ』の中心部から少し離れた丘陵地帯を、1人のファイターが歩いていた。
背中にフルーツで一杯の籠を乗せ、城へとマイペースに向かっている彼は、スーパードラゴンのヨッシー。
籠に入れたフルーツは、全てヨースター島でヨッシーが摘んできたもの。
赤やピンク、緑の丸い実はどれも食べ頃で、陽の光を受け甘い香りをほんわりとまとっている。
昼食をしっかり食べてから出かけたとはいえ、徒歩で『スマブラ』とヨースター島を行き来したヨッシーは、
その香りにつられ手を籠に持って行きかけるが、はっと気がつき、渾身の力で手を元に戻す。
――今ここで食べちゃだめです!
手をにらみつけ、言い聞かせるヨッシー。
ちょっとだけ、ちょっと食べるだけ、と思っていても、気がつくと全部食べてしまっていた…そんなことがしょっちゅうあるからだ。
いつもは反省するのも束の間、すぐそれを繰り返してしまうヨッシーだが、今日の彼は違った。
きりりと顔を引き締め、食欲を断ち切るようにしっかりと草原を踏みしめて、陽だまりの丘を越えていく。
しかし、何というタイミングの悪さか。
そんなヨッシーの前に、もう1人の大食いが現れた。
「ヨッシー、おはよーっ!」
そう言いながら、丘の向こうから駆け寄ってきた丸いピンクのひと。
「わわっ…! カ、…カービィさんっ!?」
――こんな時に会うなんて…ついてなさすぎますよ…!
すっかり硬直してしまったヨッシーの前に来たカービィは、ヨッシーが何か背負っているのに気がつく。
「あれ? そのかごなぁに?」
その言葉に、ヨッシーの肩がびくっと跳ね上がる。
頭で籠を隠そうとしながら、
「…べ、別に大したものは入ってないです!」
彼なりに精一杯の平静を装う。
「ふぅ~ん…」
不自然な格好のヨッシーを、無邪気な瞳で見つめつつ、カービィはヨッシーの後ろに回り込もうとするが、
ヨッシーはじりじりとその場で回り、籠を見せまいとする。
しばらくそうしてぐるぐる回る2人。
と突然、カービィが逆方向にダッシュ。
ついて来られなかったヨッシーはよろめいてしまった。
「あ…!」
籠が傾き、赤いフルーツが1つ、転がり落ちる。
フルーツは草地を跳ね、ヨッシーとカービィの間に落ちた。
慌ててそれを拾おうと手を伸ばしたヨッシーだったが、
一瞬早く、フルーツは風と共にカービィの口の中へと消えてしまった。
フルーツを飲み込んだカービィと、
片手を伸ばした姿勢のまま固まっているヨッシー。
2人の視線がぶつかり、火花を散らす…ように見えた。
先にヨッシーが動いた。
土煙を上げ、必死に走り、逃げる。
――逃げるなんてひきょうですけど、四の五の言ってられません!
ああなったらカービィさんには説得なんて通用しませんから…!
食欲にかられると周りが見えなくなる誰かさんのことは棚に上げて、そう考えるヨッシーであった。
アップダウンの激しい丘陵を、緑のドラゴンが転げるように走っていく。
――レースにも出ましたからね、足には自信がありますよ!
……そろそろ逃げ切れたでしょうか…?
丘の頂上に来たところで、ヨッシーは走りつつ後ろを振り返る。
しかし、彼の視界に入ってきたのは猛烈な勢いで追いかけてくるピンク玉だった。
その距離は丘1つ分も離れていないだろうか。
――えぇーっ?!
カービィさんってあんなに足、速いんでしたっけぇっ?!
驚愕するヨッシー。
そんな彼に、カービィはこう呼びかける。
「ヨッシー! ちょっとでいいから、それちょーだぁーい!」
「だだだ、だめですだめですっ!
…あなたの“ちょっと”は“ほとんど”でしょーっ?!」
そう言ってヨッシーは視線を前に戻し、更にスピードを上げた。
最後の丘を越えると、あとは一気に下り坂。
草地は次第にまばらになり、褐色の土が顔を出し始める。
周囲の景色は岩が点在する荒れ地へと変わっていった。
走るのには向いていないが、ヨースター島から城への最短ルートはここを通るしかない。
また、ヨッシーは靴を履いているだけカービィよりは有利なはずだ。
実際、カービィの声はさっきよりも後ろから聞こえてくる。
「待ってよーヨッシー!」
だがその声には、必死さよりも楽しんでいる様子がある。
「待ちませんっ!」
――一体どこに『待て』と言われて待つ人がいるんですか! こんな時に!
心の中でカービィに突っこみ、ヨッシーはなおも走り続ける。
横たわる岩を、籠の中身がこぼれないよう気をつけて避け、隙間を縫うように走っていく。
やがて、彼方に城が見えてきた。
森に囲まれ、そびえ立つ石の建物。
ゴールが見えて安心したのか、ヨッシーの心にこんなことが浮かんでくる。
――しかし…のどが渇きましたね。
フルーツ摘んでから何も…
あっ! フルーツのこと考えてたらおなかまですいてきましたっ…!
これはかなりまずいですっ……!
空腹を意識してしまい、ヨッシーのスピードが少しずつ落ちていく。
しかしカービィの方も岩だらけの道に苦戦しているらしく、2人の差はさほど変わらないままだ。
だがこのまま森へ、平坦な足場へ出てしまえば、疲れたヨッシーにカービィが追いつくのは時間の問題だ。
ここは無理矢理にでも荒れ地で距離を稼いだ方が良いのだが、今のヨッシーにはそんなことを考える元気は無かった。
――あぁ…どんどんおなかが空いてきました…
…あの雲…なんだかシュークリームみたいです…
……ボク、何で走ってるんでしょうか…こんな天気の良い日に…
ヨッシーの思考は次第に筋を失い、目の前もゆらゆらと揺れ始めた。
その頃、カービィを探して歩いていた子供ファイター達は、
森の向こうの荒野から、ヨッシーが今にも倒れそうな様子でよたよたと走ってくるのを見つけた。
「あれ、ヨッシーさん…どうしたんだろう」
きょとんと目を瞬くリュカ。
「なんだかものすごく疲れてんなぁ……
…んっ?!」
海育ちで視力の良いトゥーンリンクは、ヨッシーの背後に迫る何者かがいるのに気がつき、
何も言わずにヨッシーの方に向かって駆けだした。
「トゥーン! どうしたのさ!」
言いつつ、トゥーンリンクを追いかけるピカチュウ。
他の子供達も後を追う。
「ヨッシー、カービィに追いかけられてんだ! 止めに行くぞ!」
足を止めずにトゥーンリンクは、そうみんなに言った。
気力だけで何とか走っていたヨッシーだったが、
森に近づくにつれ岩は着実に減っていき、背後の間隔の狭いぽてぽてした足音も少しずつ近くなっていった。
――も…もうダメです……
飛び掛かられる自分のイメージがちらつき、ぎゅっと目をつぶるヨッシー。
しかし、待っても衝撃は来なかった。
「あ…あれ?」
恐る恐る立ち止まり、目を開けて振り返る。
「やーっ! 放してよネスー!」
そこには、空中でじたばたもがいているカービィがいた。
その前で、カービィに手をかざしているネスも。どうやらPSIでカービィを止めてくれたらしい。
「こうでもしなきゃ止まらないじゃないか」
おろしておろして!と騒ぐカービィに、ネスは言う。
他の子供ファイター達もカービィに、口々に言い始めた。
「一体どこに行ってたのさぁ!」
「いつまで経っても探しに来ないから、心配したんだよ?」
「オニが探されるなんて、あべこべじゃんか。おっかしいだろ?」
どうやら子供達はかくれんぼをしていたらしい。
鬼のカービィが途中で遊んでいるのを忘れ、1人で森の外に散歩しに行ってしまったのだろう。
「まぁ無事見つかったことだし、もう一度かくれんぼやろうよ」
口をとがらせているトゥーンリンク達をネスがなだめるが、
依然空中にいるカービィは「やだやだ!」とだだをこねる。
「そのくだものが欲しいのっ!」
「くだもの…?」
そこで子供達は、初めてヨッシーの背に背負われた籠の中身に気がつく。
「ははぁなるほど…これを追いかけてたんだな?」
トゥーンリンクは納得がいった、というように頷いた。
「ちょっとでいいから味見させてよー!」
ばたばた暴れるカービィ。
「いつまでもそんな聞き分けのないこと言ってちゃだめだよ」
と諭すネスの言葉も聞こえない様子。
「これはとても大事なものなんですが…」
ヨッシーは、もがくカービィと困り顔の子供達を見回し、迷っていたが、やがて頷きこう言った。
「あとでちょっとあげます」
「ヨッシーさん!」「何もそんな…」
子供達が驚くそばで、カービィは目を輝かせた。
「本当っ? わぁいっ!」
子供達のおかげで難を逃れたヨッシーは、涼しい森の中へ、城の方へと歩いて行った。
「ヨッシー、ウソついたらハリセンボンだよーっ!」
後ろで、カービィが上機嫌で言っているのが聞こえる。
――ハリセンボン…?
たしかおさかなですよね。
…何のことでしょう?
ハリセンボンのことが気になったが、立ち止まってもいられない。
枝や草を踏みしめ、なるべく早足でヨッシーは城へと向かった。
――これは明日筋肉痛ですね…
そうぼんやり思いながら。
ヨッシーがやっとのことで城に戻ってきたのを、
たまたまホールに居合わせたMr.ゲーム&ウォッチが見つけた。
「どうしたんですかヨッシーさん!」
駆け寄った彼に、ヨッシーは壁に寄りかかったまま言った。
「み…水を下さい。あと…何か食べ物も…」
厨房でMr.ゲーム&ウォッチの差し出した、水と出来合いの軽食をあっというまに食べ、ヨッシーはふーっと一息つく。
「あぁ生き返りました…」
「それで、一体何があったんですか?」
Mr.ゲーム&ウォッチは、改めて尋ねた。
「なるほど、こことヨースター島を往復で…それは疲れるはずです。
そして…その果物は何のために?」
「これは…あ!」
ふいにヨッシーは何かを思い出し、ぱっと立ち上がって厨房の本棚に駆け寄った。
本を抜き取っては後ろに放り、何冊かはぱらぱらとめくり、そのうちの2、3冊を抱えると、
今度は調理器具の引き出しを開けてガチャガチャとかき回し始めた。
唖然としていたMr.ゲーム&ウォッチだったが、やがて止めに入る。
「どうしたというのですかヨッシーさん!」
「ケーキ!
ケーキを作らないと…早くしないと間に合いませんっ!」
珍しく切羽詰まった顔をして言うヨッシー。
「ケーキ?
…まず落ち着いて下さい! ほら深呼吸して」
「すぅー…はー…」
言われるままに深呼吸するヨッシー。
「…ヨッシーさん。ケーキが食べたいなら、私が作りますよ」
「すー…食べたいんじゃなくて、はー…」
「もう深呼吸はいいですよ」
「…食べたいんじゃなくて、ボクが作りたいんです。このフルーツを使って」
「あなたが…?」
尋ねつつもMr.ゲーム&ウォッチは、ヨッシーのいつになく真剣な様子に、これは何かあるな、と思っていた。
「そうです」
「でもヨッシーさん、ケーキを作った経験あるのですか?」
「んー、無いです」
それがどうかしたんですか、という顔をするヨッシー。
ケーキ作りの大変さを分かっていない様子だ。
「なるほど…」
Mr.ゲーム&ウォッチは、ヨッシーから少し視線をずらし、床に散乱しているレシピ本と調理器具の惨状を見る。
おそらくこのままヨッシーだけでケーキ作りをさせたら、そそっかしい彼のことだ。厨房はこれ以上の惨事に見舞われるだろう。
「…ケーキ作り、私にも手伝わせて下さい」
やがて、Mr.ゲーム&ウォッチはそう言った。
ヨッシーがのんびりとエプロンを着けたりしているそばで、
Mr.ゲーム&ウォッチは手際よく厨房を片付け、準備を整えていく。
「いやぁ何だか申し訳ないですね~!」
「いえ、どちらにせよ暇だったんです。
ところで…この果物を入れたいんですよね?」
「はい! それはぜっ…たいに外せないんです」
「見たところ…リンゴに似ていますね。
このまま入れるよりは、コンポートにした方が良いでしょう」
「コンポ…なんですか?」
「コンポート。果物の砂糖煮のことです。
そうした方がケーキの食感にも良いと思うので。
…ところで、ヨッシーさん。どのようなケーキが作りたいのですか?」
「うーんと…ボク達がいつも食べてるような白と黄色のケーキです」
そう言ってヨッシーはお菓子の本を開いて見せた。
「…なるほど、オーソドックスなスポンジケーキですね。
それでは…私がケーキの生地を作りますので、あなたは果物でコンポートを作って下さい」
「は、はいっ!」
その動作にふさわしいMr.ゲーム&ウォッチのてきぱきとした指示に、思わずヨッシーは姿勢を正し、そう応えた。
故郷で様々な職を渡り歩いているだけあって、Mr.ゲーム&ウォッチの手さばきは慣れたものだった。
卵白を手早く泡立ててメレンゲにし、薄力粉と卵黄を加えて泡をつぶさないよう丁寧に混ぜていく。
あのカクカクした動きでどうしてこれほどなめらかな仕事が出来るのか、それはこの真っ黒な平面人が持つ謎の1つである。
一方のヨッシーも普段は見せないような真剣な顔をして、フルーツの皮を包丁でむき、ざく切りにして鍋に入れている。
いつもはその長い舌で丸呑みにしてしまうだけのフルーツを、ケーキにふさわしい形に加工する難しい作業だったが、
彼は、無意識につまみ食いしようとする手をびしっと叩きつつ、ゆっくりながら黙々とそれをこなしていった。
天頂を過ぎ始めた太陽が差し込み、穏やかな光が満ちる厨房に、
しばらくの間ボウルをかき混ぜる規則正しい音と、フルーツを切る軽い音が響いていた。
子供達は皆遊びに出ているし、大人達も外出か、自室か。
厨房のある1階はしんと静まりかえっていて、いつもより広く感じられるくらいだった。
やがて、生地を仕上げ型に注いだMr.ゲーム&ウォッチ。
オーブンに入れる前にヨッシーの様子を見に行こうと考えていた所に、背後から声がかかった。
「うわぁ何ですかそれ」
いつの間にかヨッシーが後ろに来ていて、型の中にのっぺりと収まっている黄色いものを、目を丸くしてのぞき込んでいた。
「これが土台のスポンジになるんですよ」
「えっ! スポンジって…木の実じゃ無かったんですか?!」
どうやら、スポンジとは木の実の一種を加工したものだと思っていたらしい。
「スポンジは卵と、小麦粉で作る焼き菓子です」
Mr.ゲーム&ウォッチはスポンジについて説明しつつ、やはり自分が手伝って良かったな、と思っていた。
“おおさじ”を探してもらい、砂糖を入れてコンロの火をつけたヨッシーは、
Mr.ゲーム&ウォッチのあとについて、いそいそとオーブンに向かう。
分厚いガラス窓越しに、じーっとケーキの焼ける様子を見ていたヨッシーは、待ち遠しそうなため息をついた。
「はぁぁ…あとどのくらいで焼けるんでしょうか」
「あと25分です。
焼き具合によって前後しますが」
「うーん、待ちきれないですね…」
オーブンの光が眩しかったのか、ヨッシーは窓から顔を上げ、目を瞬きつつオーブンの前を行ったり来たりし始めた。
そんなヨッシーに、Mr.ゲーム&ウォッチは気になっていたことを尋ねる。
「ヨッシーさん…このケーキ、誰かにあげるためのものですね?」
経験がないにも関わらず、自分で手作りしようとしたこと。
どれほど空腹になっても、決して籠のフルーツに手をつけなかったこと。
そしてあれほどの真剣さ。
ここまで来れば、誰でも察しがつく。
ヨッシーはぱっと振り返り、一層目をぱちぱちさせていたが、やがて頷く。
「わかっちゃいましたか…。
そう、ボクはこれを大切な人たちにあげたいんです」
――
―――
南の海に浮かぶ諸島、恐竜ランド。
その島の1つであるヨースター島に暮らすスーパードラゴン、ヨッシーは、
島に突如現れ、勝手に城を造り、平和を荒らし始めたクッパ一味に憤慨し、1人旅立った…のだが、
一味の手にかかり、卵の中に閉じ込められてしまった。
このままでは緑豊かな島が荒れ果ててしまう。
自分のうかつさを遅まきながら反省し、卵の中で手も足も出ず頭を抱えるヨッシー。
しかし、そんな彼を卵の封印から解き放った人物がいた。
おそろいのオーバーオールに、赤と緑の色違いの帽子、シャツ。
キノコ王国から来たというこの陽気な双子の兄弟は、ヨッシーの目にどれほど輝かしく映ったことか。
―――
――
「マリオさん、ルイージさん。今日は、ボクがあの2人に出会った大切な日なんです」
しみじみと思い出にひたるヨッシー。
「それでケーキを…」
「大切な日って、ケーキを贈るものですよね?誕生日だってそうですし」
「良いことじゃないですか。マリオさん達、きっと喜びますよ!
…ヨッシーさん?」
ふとMr.ゲーム&ウォッチは、隣に座るヨッシーの表情に、少し心配の色があるのに気がついた。
ヨッシーは小さくため息をつき、こう言った。
「…そしてこれは…マリオさん達に思い出してもらうためでもあるんです」
――
―――
昨日のことだ。
「マリオさーん!
そのっ…明日は何の日か…知ってます?」
はやる気持ちと跳ねるしっぽを押さえ、精一杯平静な声でヨッシーはマリオに尋ねた。
だが、マリオはきょとんと目を瞬き、こう答えた。
「明日?…日曜日だろ?」
「あ…」
口をぽかんと開けヨッシーは固まってしまうが、すぐに気を取り直し、笑う。
「あは…あははっ、そうですよね!」
「だろ?
待ちに待った日曜日! しかも何の予定も無し!
よーし、明日は遊ぶぞーっ!」
おなじみのガッツポーズをし、久々の休日を喜ぶマリオ。
そんな彼に、それ以上しつこく尋ねる気には、なれなかった。
―――
――
「長いつきあいですけど、マリオさん達からしたら、ボクは大勢いる友達の1人。
マリオさん達はいっぱいの知り合いがいますし、覚えてなくても当然かも」
そう言っていても、ヨッシーの目は寂しそうに足元を見つめていた。
だがやがて、かぶりを振り、いつもの調子に戻って明るく言う。
「それでボクはあのフルーツを摘んできたんです。
ボクらの思い出のフルーツを」
――
―――
ヨースター島にあるヨッシーの家。
家と言っても木立に少し手を加えただけの簡素な住居だが、
雨風がしのげて、木になるフルーツで食にも困らない、ヨッシー自慢の家。
一度ヨッシーの家に戻り、次の城の攻略法を練りつつマリオとルイージは昼食をとっていた。
となりでヨッシーも“家”になるフルーツを丸呑みにしている。
作戦会議中だったが、ヨッシーのその様子をちらちら見ていたマリオは、やがて我慢できずにこう聞く。
「なぁ、ヨッシー。
お前よくそれ食べてるけど…おいしいのか?」
ちょうど赤いフルーツをほおばったところだったヨッシーは、急に話しかけられて一瞬目を白黒させる。
何とかフルーツを飲み込み、答えた。
「…もちろんです。
どころかおいしすぎて、いくら食べても飽きないくらいですよ」
「ほんとか? 俺にも1つくれるか?」
マリオは目を輝かせる。
美味しいものと目新しいものには目がないのだ。
「兄さん…」
その果物が人の口に合うのかという疑問と、作戦会議をほったらかしたことへの非難が入り交じった目で、
ルイージが兄の背を見ていたが、ヨッシーは「いいですよ!」と、あっさりフルーツを手渡した。
「ありがとな!」
そう言って、マリオはそれにそのままかじりついた。間もなく、その瞳がきらっと輝く。
「…おお! うっ…まいなこれ!」
「でしょう?」
嬉しそうな様子のヨッシー。
「ああ、ほんとにうまいな!
ルイージも食べてみろよ!」
「えっ?僕は…」
「いいから食べてみろって! 何事も経験だぞ?」
南国の光と風の中、賑やかな声はいつまでも続いた。
―――
――
「もう25分経ちましたか?
まだ? まだですかっ?」
オーブンをのぞき込みながら、せかせかと歩き回るヨッシー。
Mr.ゲーム&ウォッチはそんな彼に、落ち着いたいつもの声で、
「まだ15分と23秒しか経ってませんよ」
と正確に言う。
「でも、そろそろクリームを作った方が良いでしょうね」
「ボク作りますっ!」
ヨッシーが勢いよく手を挙げる。
「生クリームを泡立てるんですよねっ?!」
何かせずにはいられない、という様子だ。
「では私はケーキの様子を見てます」
というMr.ゲーム&ウォッチの言葉も最後まで聞かないうちに、ヨッシーは冷蔵庫へと走っていた。
ケーキが次第にきれいなきつね色に焼き上がり始めていたが、
ふと心配になり、Mr.ゲーム&ウォッチはヨッシーのところに行った。
「ウォッチさぁん…何だかおかしいです。
全然クリームっぽくならないですよぉ…」
困り顔のヨッシー。
彼の抱えるボウルの中を見たMr.ゲーム&ウォッチは、思わず驚愕の電子音を上げてしまった。
気合いをこめ、勢いよくかき混ぜてしまったのだろう。
生クリームは完全に分離し、黄色のバターと白いバターミルクになってボウルの底にたまっていた。
「あれっ…何かまずかったですか?」
目をぱちくりさせるヨッシー。
ショックから立ち直り、Mr.ゲーム&ウォッチは首を振った。
「……いえ、注意するのを忘れていた私も悪いです。
ヨッシーさん、もう一度作り直しましょう」
「あー…でもたぶん、冷蔵庫にもう生クリーム無かったような…」
そうこうしているうちにスポンジが焼き上がったので、Mr.ゲーム&ウォッチはそちらの作業をしなければならず、
ヨッシーが食料保管庫から生クリームを取ってくることになった。
生クリームのパックの他にも、
ついでに取ってきたおやつの果物を背中いっぱいに抱えてヨッシーが厨房へと急いでいると、前から誰かがやってきた。
「…!」
その姿を見た途端、ヨッシーは思わず跳び上がってしまった。
抱えていたものもこぼれてしまう。
「ルっ…ルイージさん!」
こぼれたフルーツのことも忘れ、口をパクパクさせ、やっとのことでヨッシーはそう言った。
「やぁヨッシー!
…ずいぶん慌ててるようだけど、どうかしたの?」
「べべべ別になんでもないです!」
「そう…?
ならいいけど…」
ルイージは首をかしげ、ヨッシーの背の荷物をじっと見ていたが、不意にこう聞いた。
「…生クリームなんて何に使うの?」
「(ひぃぃっ!)
こここ…これは……」
しどろもどろになりながらヨッシーは視線をさまよわせていたが、
「これは…食べるんです。そう! 食べるんですボクが!」
やがてキッパリと言う。
それはヨッシーにとって、今まで作った中で一番出来の良い作り話だったが、
「生クリームをそのまま?」
ルイージには怪訝な顔をされてしまった。
「そうですっ!」
ヨッシーは声に力を入れ、押し切ろうとする。
「うーん…まぁあまり食べ過ぎちゃだめだよ」
まだ納得しきってないようだったが、ルイージはそう言うと去っていった。
どこか、急いでいるようでもあった。
Mr.ゲーム&ウォッチの監督の下、ヨッシーは今度は上々の出来のクリームを作り上げた。
「よーし飾りますよーっ!」
と張り切るヨッシーを、Mr.ゲーム&ウォッチがとどめる。
「待って下さい。
スポンジを切り分けてからの方が形を崩さなくて済みますよ。
4等分、ですよね?」
「はい。…あっ!
5…いえ、6等分にして下さい!」
「6等分、わかりました」
Mr.ゲーム&ウォッチの手に握られたケーキ用の長い包丁が、正確にスポンジを切り、整えていく。
中にクリームを挟むことも考えて、12切れの扇形ができた。
「うわぁ良いにおいですねー…」
「よだれ垂らしちゃだめですよ」
そんなことを言いながら、2人はクリームと果物を飾っていった。
真っ白なクリームと、黄金色のフルーツ。
断面からは卵色のスポンジも覗く。
素朴な、しかし思いのこもったスポンジケーキだ。
ヨッシーとMr.ゲーム&ウォッチはしばし、2人で成し遂げた作品を黙って眺めていた。
「…ふぅ、やっぱりはりきるとおなか空きますね!」
そう言ってヨッシーはおやつの果物をぱくっと丸呑みにする。
「運ぶ途中でケーキ食べないで下さいよ」
Mr.ゲーム&ウォッチが言った。
一面真っ黒で表情が分からないのはいつものことだが、その声には少しからかうような調子があった。
「だいじょーぶ! 食べるもんですか!」
「…あれ、ヨッシーさん。
そういえばその果物…もしかして食料庫から…?」
「だいじょーぶです、だいじょーぶ!」
「大丈夫って言ったって、食料費は皆で負担してるんじゃないですか」
Mr.ゲーム&ウォッチが呆れる横で、ヨッシーは両手に山とあったおやつを食べ終わった。
「フーッ! これでつまみ食いの危険は減りました。
いよいよマリオさん達にお届けです!
…あ、その前に…」
ヨッシーはケーキの皿を1つ取り、それをMr.ゲーム&ウォッチに差し出した。
「ウォッチさん、手伝ってくれてありがとう! これ、お礼です」
「ヨッシーさん…」
Mr.ゲーム&ウォッチは少しの間あっけにとられてヨッシーを見ていたが、両手で皿を受け取る。
その後も依然として視線をヨッシーの方に向けていたが、やがて声の調子を改め、こう励ました。
「まだ、マリオさんがあなたとの記念日を忘れたと、決まったわけではありません。
昨日はきっと、訊くタイミングが悪かったのですよ」
エレベーターの中、ヨッシーは手にケーキの箱を持ち、マリオ達が住む3階に着くのをじっと待った。
気のせいか、いつもより着くのが遅いように感じられたが、
やがてベルの音が鳴り、ドアは開かれた。
「あぁ…何だかドキドキしますね…」
小さく呟き、フロアに出る。
自分の部屋もあるフロアなのに、まるで初めてここに来たかのような足取り。
「まずはマリオさんにあげましょう」
カラフルな文字で『MARIO』と書かれたドアの前へ。
ノックし、扉を開ける。
「あれっ?」
中にいたのはマリオだけではなかった。
ルイージ、そしてピーチまで。
3人と1人は開け放たれたドアを挟んで数秒間、何も言わず見つめ合っていた。
先に口を開いたのはヨッシー。
「あー…集まってたならボクも都合が良いです」
箱をテーブルに載せ、ケーキの皿を3つ取り出す。
1つを両手で持ち、マリオの前へ。
表情を引き締め、咳払いを1つ。
マリオの瞳をじっと見て、ヨッシーはもう一度、聞いた。
「マリオさん…今日、何の日か知ってますか?」
マリオは、答えた。ヨッシーを助け出してくれたあの日と、同じ笑顔で。
「もちろんさ。
ヨッシー、お前と会った日、だろ?」
「…! 覚えててくれたんですねっ?!」
喜びと驚きで胸がいっぱいになり、思わず体から力が抜けるヨッシー。
手にしたケーキ皿があわや落ちかけるところだったが、マリオがとっさにそれを受け止めた。
そんなきつい姿勢のマリオに、ヨッシーがひしと抱きつく。
「忘れるわけ無いだろ?
大事な仲間と出会った日だ」
半泣きのヨッシーにマリオは言う。
せっかく格好良く決めたところだったが、
「そんなこと言って…昨日はすっかり忘れてたじゃないか」
ルイージには少し呆れた声で、
「ここのみんなに『明日は何の日だ?』って尋ねて回ってたの、誰だったかしらね?」
ピーチには、くすくす笑いながら言われてしまった。
「あーっ言わないでくれよそのことはーっ!
昨日はたまたまど忘れしてただけだって!」
「良いんです。マリオさんが、夢中になると何か忘れちゃう人だって、知ってますから」
やっと落ち着き、マリオを解放するとヨッシーは笑顔で言った。
日付を覚えていたかどうかよりも、マリオが自分のことを大事な仲間だと言ってくれたこと。
それが肝心だった。それだけで、もう十分だった。
ヨッシーはつづけて、ルイージとピーチにも手作りのケーキを渡す。
「まぁ! これ、ヨッシーが作ったの?」
「ボクだけじゃないです。
スポンジはウォッチさんが。それ以外にもいっぱい手伝ってもらいました」
「なるほど、中々おいしそうだね。
…あ、そうだ! 僕らからも君にあげたいものがあるんだよ」
ルイージはそう言って部屋の奥へ行き、赤いリボンが巻かれた白く大きな箱を持ってきた。
試合でも時々見かける、アイテムを入れる大きな箱だ。
「開けてみな」
マリオに促され、ヨッシーはリボンをほどく。中には…
「うわぁ…!」
マンゴーにパパイヤ、バナナ…南国のフルーツがぎっしりとつまっていた。
「今日3人でドルピックまで行って選んできたんだ」
「入れる箱を探してて君と出会ったときは、少し焦ったけど…」
「どれも最高級品よ!」
甘い香りに目を輝かせていたヨッシーは、マリオ兄弟のもとに駆け寄り、2人に抱きついた。
「すごいです! すごく嬉しいですよっ!
フルーツがあんなにたくさん…! もう何と言っていいのか…」
「ははっ買ってきたかいがあるな!」
「うん、それは良かった。けど…ちょっと苦しいよ、ヨッシー」
快活に笑う兄と、笑いつつ少し苦しそうな弟。そして2人にぎゅっと抱きつくヨッシー。
そんな3人の楽しそうな様子を見て、ピーチ姫も微笑んでいた。
そして。
「…えっ? あいつにもあげるのかい?」
ルイージが驚く前で、ヨッシーはケーキの皿を手に、クッパの部屋のドアをノックしている。
クッパと言えば、あの日恐竜ランドに観光しに来ていたピーチ姫を待ち構え、
マリオ達が少しの間離れていた隙に誘拐し、さらに邪魔だったヨッシーを卵に閉じ込めていった相手だ。
そんな彼にも、ヨッシーはケーキをあげると言う。
「クッパさんとだって、長いつきあいじゃないですか」と。
やがて、重々しい足音がして、扉が開いた。
「何だ騒がしい…何の用だ」
ドアの前に立つ相手を見て、クッパは怪訝そうに眉をひそめた。
「クッパさんにも、はい! ケーキです」
笑顔でケーキを差し出され、クッパはますます訝しげな顔をする。
「ケーキだと? 一体どういう風の吹き回しだ」
「ボクが作ったんです。
まぁお裾分けだと思って下さい」
ヨッシーと、その向こう、マリオの部屋でケーキを食べている3人とを見比べていたクッパだったが、
「フン、キサマのつくったケーキなど…」
疑わしげに鼻を鳴らした。
「ケーキ嫌いなんですか?」
きょとんと目を瞬くヨッシーの後ろで、ピーチがこう言った。
「あら、そんなこと言わないで。
ゲーム&ウォッチさんも手伝ってくれたのよ。
せめて一口くらいは食べてあげて」
するとクッパはしばらく唸り逡巡していたが、ついに根負けし、
「むぅ…
姫の頼みとあれば仕方あるまい。
どれ、よこせ。我が輩がもらってやる」
しぶしぶと受け取ると、ドアを閉めた。
マリオの部屋に戻り、ヨッシーはさっそくプレゼントの果物を食べ始めた。
さきほどあれだけ“おやつ”を食べているにもかかわらず、次から次へと果物を舌で巻き込み、丸呑みにしていく。
食べつつも、ヨッシーはマリオ達と思い出話に花を咲かせていた。
「ねぇヨッシー。あのケーキに入ってた果物、あれだよね。ヨッシーの大好物」
「そうですよー! この日に贈るケーキには、やっぱりこれしかないと思って」
「やっぱりそうだったか!
懐かしいなぁ、あの島にいたときはあれのおかげで食後のデザートには困らなかった」
「よく言うよ。
僕は主食になるものを探すのに必死になってたのに、兄さんはデザートばっかり探してさぁ」
「良いじゃんか、デザートは心のミネラルだ」
「そうですよ、ボクは島を守れたし、マリオさん達はピーチさんを助けられた。
結果オーライですよ!」
「…何か違う気がするんだけどなぁ」
「ふふ。細かなことを気にしては良くなくってよ!」
沈みかけた陽の光が差し込む中、
マリオの部屋には、明るく賑やかな話し声が途切れることなく響いていた。
*****
ケーキは6個。
Mr.ゲーム&ウォッチに1個、マリオ達に4個。
すなわち残り1個が余っている。
それは誰の分か?
ヨッシーの分ではない。
彼は、フルーツは生が一番、が信条であるし、すでにマリオ達のくれた果物で満腹だった。
彼がマリオの部屋を辞して、ケーキの皿を手に向かったのは5階。
部屋の主が手書きしたらしいネームプレートが斜めに下がったドアを、ヨッシーはノックする。
「…あれ、いないんですか? 開けますよー」
一応断りを入れて、ノブに手をかける。
彼が自分の部屋にカギをかけないのはいつものことだ。
彼は、カービィはふかふかのベッドでぐっすり眠っていた。
あのあとめいっぱい遊び、疲れたのだろう。何をしても起きそうにない。
「約束ですからね」
ヨッシーはそう言って、
テーブルのような、あるいはスツールかもしれない星形の家具にケーキの皿を置く。
「はぁぁ今日は大変でした…。
でも、最高の一日でしたね」
橙色の陽光差し込む階段を下りながら、ヨッシーはしみじみと呟く。
間もなく城には外出していた大人のファイター達も戻ってきて、騒がしくなるだろう。
そして夕食も近い。だから、その前に。
「カービィさんを見たらなんだか眠くなってきましたね…ボクも一眠りしましょう」
もしもし ヨッシー どこいくの?
暖かいベッドが待ってる、ヨッシーの部屋に。