気まぐれ流れ星二次小説

Close Encounter at Ice Berg 5-2

運命や、奇跡など
たやすく信じるたちではない。

だが……

あれは、まだあの招待状が届く前。
時代遅れの紙媒体で、私が未知なる世界に誘われる前のこと。


I-B52。
かつての鉱石採掘宙域も、あいつぐ事故と新素材の発明により放棄され、
デブリも片付けられないまま荒れ果て、人から忘れ去られていた。

照明器具や採掘ロボットのようなうち捨てられた人工物、大小様々な岩の固まり…
それらが漆黒の宇宙にただよう様子は、浮遊する埃を閉じ込め沈黙する廃墟を思わせる。

しかしその寂れた宙域は、人目を避けたい連中にはうってつけの隠れ家らしい。

今こうして私がマザーシップを駆って宙域を突っ切っている間も、
そんな連中のレーダーがこちらを用心深く見ている、そんな様子が船のモニタに表示されている。
AIはいちいちその度に警告音を鳴らす。

だが今相手にすべきなのは、彼らのような小物ではない。

正面。
先ほどまでの漂流物に似せた擬装をかなぐり捨て、必死に小惑星帯の中を逃げている中型船。

長年ここで暮らしてきたらしく、込み入ったアステロイドを紙一重ですり抜けていくその操船技術はなかなかのものだ。
だが、こちらも生半可な決意で賞金稼ぎをやっている訳ではない。

追っ手を小惑星にぶつけようと、縦横無尽に逃げ回る灰色の中型船。
だが、デブリをかいくぐり慣性で軌道がふくらむ一瞬の隙を突き、私は彼らの船をこちらの照準に収める。
あとはAIに追尾させ、空いた手で同時に通信回線を開く。

「…無駄な抵抗は止めろ。
こちらはいつでも撃つ用意ができている」

言いながら、照準を拡大、相手の姿勢制御バランサーノズルに合わせ直す。
きっと、彼らはしぶとく逃げようとするだろう。
そう考えてのことだったが、

しかし。

向こうは素直に船を停めた。
…素直すぎるくらいに。

嫌な予感は当たった。
私が船内に入り"自称"研究員たちを捕まえた時、彼らの研究材料はすでに船の中には無かった。

「どこへやった」

そう訊いても、研究員らはシラを切るばかり。

「一体何のことを言っているんだ」
「私達は何もやましいことはしていない」

やましいことをしていなければ、あんなに必死になって逃げるはずが無いだろう。

1人1人、研究員の目を見ていく。彼らは気圧されたように、またいじけたように視線を逸らす。
くたびれた白衣に、ぼさぼさの頭髪。
掛けられた賞金の額とは、到底見合わないみすぼらしい連中だ。ボディーガードすら雇っていなかった。

彼らが銀河連邦直々の指名手配を受けたのには、それ相応の理由がある。
彼らの研究していた"もの"。それが問題なのだ。

私は操舵室にある、彼らの船のAI、その端末を見つけ出す。
ずいぶん旧式のAIだったため、プロテクトはあっさりと外れた。
後ろで、研究員の誰かが、観念したようにため息をつく。
気にせず、私は航中記録を開いた。

やはり、あった。
アステロイドベルトで私の船とチェイスしていた最中、この船から何かを射出したという記録が。

しかも、その目標は…

「……あれを、ワームホールに捨てたのか…?」

思わず、驚きが声に出る。
研究員らは俯いたり、目をそらしたり。だが、否定はしなかった。

――…一体何を考えて。

私は、小さくため息をついた。

メトロイド6体を、どことも知れない空間への虫食い穴に投げ捨てるとは。

メトロイド。
それはかつて鳥人族が創りあげた人工生命体。
あるとき、鳥人族の管理を離れてしまったことで彼らは野生化し、本能のままに生命エネルギーを吸い取る危険な生物となった。

ほとんどの攻撃に耐性を持つというその性質から、兵器として利用しようと考える輩は後を絶たない。
I-B52に潜伏し船内でメトロイドを研究していた男達も、その同類だ。

だが、メトロイドはそう簡単に制御できる生物ではない。
実際、研究員らはメトロイドを手に入れたものの、手に余り、目標としていたバイオ改造は行えなかったと言う。
私が聞き出せたのはそこまでだった。どこから手に入れたのか、それに関して彼らは皆一様に口を閉ざし、言おうとしなかった。
無理に聞き出すことは出来ない。本来、捕まえることまでが私に課せられた使命だったから。

研究員らの身柄を連邦に引き渡し、私はすぐに、件のワームホールに向かった。
お尋ね者の確保だけでなく、メトロイドの殲滅も今回のミッションに含まれている。
連邦の役人には、メトロイドをワームホールに投げ捨てる隙を与えた責任を取れ、と小言を言われてしまったが、
言われなくとも私は6体の始末をつけるつもりだった。

密閉カプセルに入れたまま捨てたと言うが、もしワームホールの先に惑星があったら…。
大気圏突入の衝撃に、たかだか実験動物用の容器が耐えられるはずがない。
一方のメトロイドは、そのエネルギー吸収能力により物理的衝撃を無効化する。
惑星に降り立つメトロイド。そこに棲まう原生生物は彼らの餌食となり…

…考えている暇はない。

私は船に、ワームホール突入のコマンドを与え、席に着くとベルトで身体を固定する。
目の前のモニタには、中心に向かって歪み暗くなっていく空間。
その曲面は静かに波打ち、凪の海を思わせる。
これだけ安定したワームホールであれば、出口はここからそう遠くない時空に開いているはずだ。

船は、その歪みの中に突入し―

                  ―次の瞬間、抜ける。
抜けた先は、淡いピンク色の空。
惑星の大気圏か。
しかし…惑星の大気圏内にワームホールが開くなど…?

疑問が浮かんだのも束の間、私の思考にいくつものブザーが割り込んでくる。

"エンジン出力低下"
"姿勢制御システム異常"
"高度低下"
"ジェネレーター停止"

船内はたちまち、音と光の洪水に巻き込まれる。

私は急いで、しかし慎重にシステムをマニュアルに切り替えていく。
ブザーが不服そうに黙っていった。

その間にも船外前方を映すモニタは、次第に白色に埋められつつある。
眼下の、雪を頂く高山地帯に船が墜落しようとしているのだ。
だが、この高度ならまだ間に合う。

手動で不時着の準備をしつつも、私は先ほどの異常な量のエラー、その意味を考えていた。

宇宙空間の無重量状態から急激に惑星の引力内に入り、計器が異常を起こしたのか?
いや、それではエンジンやジェネレーターにまで異常が起きた理由が分からない。

幸い、雪が厚く降り積もった台地を見つけたため、船を無傷で惑星に着陸させることができた。
すぐに、AIを呼び出す。エラーが出た理由を尋ねるためだ。

返ってきた回答に、私は一瞬耳を疑った。

『50種を超える物理定数がシステム設定と不一致。
現状のシステムでは適応できず。現在計測並びに対応中…』

「物理定数が不一致…?
それでは…ここは一体どこなんだ。まさか…」

『他の宇宙である可能性99.99…』

「……わかった。もういい」

平行世界パラレルワールド。話には聞いていたが、実在するとは思っていなかった。

我々の住む宇宙を成り立たせている、無数の法則。
慣性の法則、作用・反作用の法則、質量保存の法則、エントロピー増大の法則…。
それらを突き詰めていけば永遠不変の値に行き当たる。"物理定数"だ。

定数がなぜその値に定まっているのか、他の値をとる"平行宇宙"がいくつもあると考えても良いのではないか。
確か、物理学者の誰かがそのような主張をしていた。
その理論を詳しく読んだ訳ではないが、つまり宇宙は1つではないということだろう。

…机上の空論だと思っていたし、確かめようもない。自分には関係がないことだと思っていたのだが。

この宇宙に船のAIが適応するまで、船を動かすことはできない。
しかし、メトロイドはまだそれほど遠くに行っていないはずだ。
何しろ、外気温は零下。
低温で活動が低下するメトロイドにとっては不利な環境だ。

私は単身、この星に降り立つことにした。

この惑星の大気は私のような炭素系生物にも呼吸可能な成分構成であったが、重力の方がやや勝手が違い動きにくい。
そこでパワードスーツには、重力制御のためグラビティ機能をモジュールとして追加しておいた。

淡く紫色の光を纏うスーツに身を包み、白銀の大地に足を下ろす。

パワードスーツが雪を踏みしめる音。それだけがしばらく雪原に響いていた。
あのカプセルもここの近辺に落ちているはずだ。
スーツのレーダーは、他の"宇宙"に来たためかまだ機能不全を起こしており、原始的だが自分の目で探すしかない。

そうしている間にも、空からは真っ白な雪が降り積もり、私の足跡をゆっくりと埋めていく。
私は、雪から突き出てるわずかな金属の色も見逃さないように、慎重に雪原に目を走らせつつ探索していた。

不意に、頭上、少し距離のあるところで軽く羽ばたく音がした。
咄嗟にアームキャノンを構え、見上げると、濃い桃色をした虫らしき生物が飛んでいくところだった。
こちらに気づいていないか、あるいは興味が無いのか。それは何もせずに頭上を通り過ぎていく。

私はその生物を目で追いながら、ゆっくりと、アームキャノンを下ろす。
この星には、生物がいる。ならばなおさら、早くメトロイドを見つけ、倒さなければ。

そう思いながら、再び雪原に視線を戻すと…途中、雲間からのぞく日光を反射し、輝くものがあった。
見間違いではない。急いで駆け寄る。

ある程度近づいたところで、足音を殺し用心深く接近していく。
果たしてそれは、あの研究員らが放り込んだ密閉カプセルであった。
『B.S.L』の文字が書かれていることからしても、我々の宇宙から投げ込まれたものに相違ない。

しかし、メトロイドの気配は無い。
…嫌な予感がする。

カプセルの状態が明らかになり、私は小さく舌打ちした。
穴が開いている。
中にいる生物を観察するため、複数箇所にある透明なのぞき窓。
構造的にもろいその部分を狙い、メトロイドがぶつかっていったのだろう。

中には、すでにメトロイドはいなかった。

弁護士ではないから、他の宇宙での行動を縛る法律が銀河連邦で定められているかどうかは知らない。
しかし科学的な均衡の観点から、我々の宇宙に属する物体を下手にここに残していってはいけない気がしたので、
私はカプセルを引きずり、船に回収することにした。

雪原に、布をこするような音を立てて一本の確かな溝が刻まれていく。

そろそろ船のレーダーくらいは機能し始めているだろう…いや、機能していて欲しいところだ。
あれからカプセルの周囲を調べてみたが、メトロイドは全く見あたらなかった。

脱出しようという本能に任せ、彼らはカプセルを壊したのだろう。
しかし外がこれほど寒くては、彼らはそう簡単に外に出ようとしないはずだが…事実、彼らはカプセルを脱出している。
もしかすると、私の気づかなかったところに― おそらくは地下に ―熱源があるのだろう。
熱源を察知して、メトロイド6体は一時の寒さを堪えてまで、そこに向かっていったのか。

「AI、システム復旧の状況は」

船に戻ってすぐ、尋ねる。

『現在22%』

「センサは使えるか」

『気象レーダー、赤外線レーダー使用可能』

システム復旧に可能な限りのタスクを割いているのだろう。AIは言葉少なだった。
本当は生命活動センサを使いたいところだったが、復旧していなくては仕方がない。

「赤外線レーダーで良い。表示しろ」

AIは返事の代わりに、メインモニタにレーダーの画像を表示させた。
同時に船内の照明を落とし、画像を見やすいようにしてくれる。
モニタに、船外の地形が3次元で表示されていった。

高い温度の物体ほど強く赤外線を放射する。
幸い外気温が低いので、範囲を広くとっても画像のコントラストはくっきりとしていた。

地上にはこの船以外の熱源は無い。
端末を操作し、レーダーを地下にも向けていくと…あった。
周囲を囲む山脈地帯。そのひときわ高い山の下に、大きな熱源が。

「やはり地下か…。AI、表示終了」

声に反応し、モニタの表示が通常の船外カメラに切り替わった。

休火山の地下にある熱源。私はそこに向かうことにした。
あのカプセルが落ちていた場所からも一番近い。
それに生命活動センサがまだ復旧していない今、メトロイドを探すならば候補はそこしかない。

「AI、船の生命活動センサが復旧し次第メトロイドを探せ。見つかったら私に報告するように」

船を出る前にそう指示し、私は再び雪原に降り立った。
いつでも撃てるようアームキャノンに片手を添え、山岳地帯に向かっていく。

カプセルを見つけた地点よりも更に奥に進んだが、生物の姿はない。
そもそもここに来てから見かけた生物は、先ほどの桃色の虫くらいだ。

一帯の生物はすでにメトロイドの餌食になったのか、という懸念が浮かぶが、私はすぐにそれを否定する。
メトロイドに生命エネルギーを吸い尽くされても、その"抜け殻"くらいは残る。
だが、見渡してみても辺りは一面の銀世界。

先からの降雪で死骸が覆い隠されてしまったとは思えない。
こちらの常識が通用するのなら、このような寒冷地帯には大型の生物が主流のはず。
危険を察知し、原生生物は皆雪の下にでも逃げ込んだのか…?
だとしたら、なおさら気を緩めることは出来ない。私の足音に反応し、出てこないとも限らないからだ。

淡い桃色の空を、白い雲が流れていく。
依然として雪は音もなく降り続き、私の他雪原に動くものは…

「…!」

素早く伏せ、アームキャノンを構える。
だが、相手の姿をはっきりと捉えた時、私は目を疑った。

――雪の固まりが…動いている?

高さは私の腰まであるかどうか。そんな雪像が、青い帽子をかぶり、雪原を移動していた。
しばらくそのまま伏せて、観察する。

雪に似せた体色をしているだけかと思ったが、どうやら本当に雪で出来ているらしい。
少なくとも表面は雪に覆われている…妙な生き物だ。

やがて雪像がこちらに気づき、身体を震わせて雪を巻き上げる。
威嚇か。どちらにせよ大した威力はなさそうだ。

「……」

こちらから危害を加えなければ、彼は何もしてこないだろうと判断した。
私はゆっくりと立ち上がり、その小さな生物を避けてまた進むことにする。

雪像は私の方をじっと見ていたが、こちらに攻撃の意思がないと見て取ったのか、しばらくするとまた彼の進む道に戻っていった。

休火山に近づいていくと、途端に生物の姿が増えた。
身を隠す物のない平原より、込み入った山岳地帯の方に生物が多いというのは我々の常識と合致している。
だが、彼らは何と奇妙な姿をしていることか。

全体に言えることは、丸っこい、ということ。
我々の所でも、こういった気候で暮らす生物は熱の放散を防ぐため起伏の少ない姿をしているものだが、
彼らはいささか丸すぎである。…何というか、野生動物らしい荒々しさを感じない。

例えば、あの生き物。茶色と肌色の体毛に包まれた丸い生物。
他の生き物は、雪を巻き上げたりあるいは飛んで突っこんできたり、攻撃の意図を見せるものだが、
茶色の生き物は、ただ二足歩行で歩き続けるだけ。
こちらに気がついても、威嚇すらしない。不思議そうに見るだけだ。

この地域に私のような姿の生物がいないのならば、彼らの態度もおかしくはない。
未知の相手が敵かどうか分からない時、危険を感じなければ距離を置いて無視する生物はざらにいる。

だがあの茶色の生き物は、いざというときに身を守る角や爪すら無いように見える。
突撃してくる紫の鳥や、歩く雪像のいるこの雪原でどうやって生き延びているのか…不思議なものだ。

ともかく攻撃してくるものは避け、威嚇するだけのものは無視していれば、無駄な戦闘はせずに済んだ。
こちらとしても、未知の生物と無闇に戦うのは避けたい。
背丈は小さく弱そうに見えても、それは擬装かもしれない。

目の前に、すり鉢状の緩やかな斜面が現れる。

この火山は過去少なくとも2回は大噴火を起こしたのだろう。
1回目の噴火後、地下マグマの減少と共に上部の地層が陥没して山がへこみ、
そして2回目の噴火で中央に粘性の高いマグマが噴出、新しく山を形成した。

すり鉢の7分目ほどからそびえ立つその山。そこがレーダーの示した山だ。
あとは、どうやって内部に入るか。
洞窟に繋がる入り口などが見つかれば、メトロイドがその中に逃げこんだ可能性も高まり、こちらとしても捜索しやすいのだが…

斜面を降りる前に、私は山までの地形をざっと見渡す。
火山性陥没地帯らしく、斜面を下り終えると乱暴な凹凸が山まで続いている。
一見浅いくぼみに見えるところでも、雪が吹きだまり、天然の落とし穴になっているかもしれない。

そのまま、視線を山へと走らせると― こんなところにまで原生生物が棲んでいる ―入り口らしき穴が見つかった。
高さは人の背丈ほどある。あれだけあれば、メトロイドも入り込めるだろう。

――さて、どうしたものか…

慎重に、だが急いで策を練っていると、視界の端で何かが動いた。

ピンク色の小さな影。

遠くですり鉢の縁を越え、雪煙を立てて一気に斜面を降りる。
陥没地帯に入ると、高くなっている明らかに安全な箇所だけを足場にし、原生生物をかわしながら跳んでいく。
姿と言い、動く様子と言い、まるでボールのようだ。

彼を目で追い、その行き先に思い至った私は…

「待て!」

急ぎ、彼の方へと駆ける。

――その洞窟には……メトロイドが!

彼を習い、高い足場を選んで追いかける。
しかし、向こうがここの世界に適応しているのに対し、私はよそ者。思うように身体が動かない。
どんどん彼との距離は離れていく。

足を滑らせかけ立ち止まったところで、さらに事態が悪化しつつあるのに気がついた。
身体に響く、嫌な地響き。
振り返る前から分かっていた。
…雪崩だ。

背後で白銀のすり鉢が波打っている。あの波がここに来るまでそう猶予はない。
エネルギーシールドの出力を上げれば衝撃は何とかなる。あとは押し流されないようにしなければ。
急いでグラップリングビームで足場の岩にスーツを固定、身を伏せる。

間もなく、轟音と共に白い波が襲いかかる。

視界が雪に閉ざされる前、私はピンク色の生き物が洞窟の入り口に駆け込むのを見た。

まだ傾斜のあるところにいたのが幸いした。
雪崩は勢いのまま山にぶつかり、最終的に私の上に残った雪はそう多くなかった。
雪をかき分け、日光の下に出る。

辺りの景色はすっかり変わっていた。
雪崩によって雪を上塗りされ、凹凸地帯は真っ白な平原になっている。
そしてあの洞窟への入り口が見あたらない。おそらく雪のはるか下に埋もれてしまったのだろう。

…他の入り口を探さなくては。

バイザー機能を使い、雪の落とし穴を避けて走っていく。
まだ本調子では無いのか、バイザーの表示は時々力無く点滅し、消えそうになる。
だが、バックアップの少ない状態でのミッションは何度も経験した。
バイザーだけでなく肉眼でも周囲を確認し、長年培った勘を頼りに私は山へと急いだ。

ようやく、ふもとにたどり着く。
頼りないバイザーを心の中で励ましつつ、私は地下の熱源へと続く道を探した。

赤外線センサに反応。
駆け寄ると、そこには古い噴出口があった。
縦に深く落ち込んでおり底が見えないが、バイザーにはこの奥に確かな熱源があると表示されている。

迷っている暇はない。
前転し、モーフボールとなって噴出口に突入する。

落下。

やがて平らな地面を感知。ボムを使い、爆風を用いて軟着陸する。
ボール状態を解除し、立ち上がった。

そこは、マグマだまりの中。
静かに光と熱を放つマグマが重々しく流れ、黒い岩で出来た足場が点在する。
雪のまぶしさに慣れていたため、少しの間洞窟内を暗く感じたが、やがて目が慣れ辺りの様子が見えてくる。

驚いたことに、こんな環境下にも生物がいた。
洞窟の天井に止まっているものや、岩場を渡っていくものはまだしも、明らかにマグマの上にいるものまで。
相変わらずどれも丸かったが、見かけによらずこの星の生物は生命力が強いようだ。

彼らを刺激しないよう気をつけながら、洞窟内を探索していく。
マザーシップからの連絡が無いことを考えると、まだスーツの生命活動センサも、同様に動作しないだろう。
分かってはいたが、僅かな望みに賭けセンサを立ち上げようとする。
…反応はなかった。

「……」

まぁ良い。
メトロイドに襲われた生物の骸を探し、辿れば、あの6体を見つけられるだろう。

ともかく、この辺りにメトロイドは来ていないようだ。
周りの原生生物は皆元気なもので、私の接近に驚いて火を噴いたり、マグマから跳び上がったりしている。
一度、こちらに積極的に飛んできた生き物がいたが、スーツのエネルギーバリアに触れ、慌ててまた天井に戻っていった。

バイザー機能でマグマだまりの終わりに近づいていることが分かり、私は探索する方角を変える。

探しながら、私は今まで起きたことを頭の片隅で整理していた。
なぜ、こんなにかけ離れた宇宙に繋がるワームホールが開いたのか。しかも、あんなに安定して。

あの研究者たちが開けたとは思えない。
たかだか中型船に、ワームホールを生成・安定化させる機械を載せられるはずがないからだ。
彼らも、「逃げる途中偶然見つけただけだ。どこに繋がっているかは知らない」と言っていた。その言葉は嘘ではないだろう。

また、ここに来る途中、全くメトロイド襲撃の跡を見なかったことも気がかりだ。
捜索する方向を間違えたのか?…いや、熱源といえば近くにはこの山しかないはずだ。
レーダーが間違っていなければ、だが。
しかしカプセルを抜け出した後、寒さに耐えきれず活動が停止、雪に埋もれたという可能性も……

通信が入った。

はやる心を抑え、メッセージを受け取る。

『生命活動センサ復旧  先ほどの地下熱源付近に 生命反応あり メトロイドである可能性95% 個数6』

AIのメッセージに、今までこれほど安心させられたことがあっただろうか。
6体とも、この近くにいる。

いるかどうか分からない手探りの状態が、一変した。
しかしまだ油断は出来ない。
そう、メトロイドを残らず見つけ、殲滅するまでは。

こちらでもスーツの生命活動センサを立ち上げる。
今の通信でAIからシステム適応プログラムを受け取っていたので、今度は平時通り起動した。

「…?」

バイザーの表示に目を通した私は、眉をひそめる。

おかしい。これだけの高熱地帯に逃げこんだのに、彼らの生命反応は弱々しかった。
6体全てがまだ、雪の降る中飛行したその後遺症にかかっているのか。

ともかく、ここの生き物が犠牲になる前に見つけ出さなくては。

バイザー機能を組み合わせ、自前で探査した洞窟の地図にメトロイドの現在地を表示。
洞窟に点在する3つの小空間に計6体の反応を見いだす。
一番近くにあった空間に、私は駆け込んだ。

アームキャノンを構え、周囲に目を走らせ……私はアームキャノンを下ろした。

凍っている。

半透明のクラゲに似た、しかしクラゲとは比べものにならないほど凶暴な人工生命体は…宙に浮いたまま凍っていた。

初めに思い浮かんだのは、「なぜこんな暑いところに凍ったままでいられるのか」という疑問だった。
間もなくそこに、「誰がやったのか」「その何者かは、なぜメトロイドが冷気に弱いと知っているのか」などの疑問も加わり、
頭の中を断片的な思考が渦巻き始める。

…かぶりを振り、その渦巻きを無理矢理振り払う。
今は、メトロイドを全て始末することが私に課せられた使命だ。
証拠としてモジュール機能で録画しつつ、私は凍ったメトロイドをミサイルで破壊していった。

呆気ない幕切れだった。
ワームホールに飛び込んでみればそこは他世界で、慣れない環境に戸惑いつつも、がむしゃらに急いで来てみれば、
6体が6体とも、まるで破壊されるのを待つかのように凍っているとは。

最後の1体が、氷混じりの塵となって消えても、私はしばらくマグマに囲まれた小部屋で立ちつくしていた。
ほぼ無意識で録画終了・保存の指示を出し、釈然としない気持ちを抱え小部屋を出る。

ふと、顔を上げると。

遠くで先ほどの、ピンク色をした生き物が洞窟を出て行くのが一瞬見えた。

――…無事だったか。

何とはなしの淡い安堵が、心を満たした。

マザーシップに一番近い出口を探し、地下洞窟を抜ける。
外には、依然雪が降っていた。
パワードスーツの冷却機能が切り替わり、微かな音が鳴る。

熱を帯びたバイオ金属がゆっくりと外気に冷やされていくのを感じながら、私はマザーシップに戻っていった。

こうしてミッションを終え、違った目で見ればこの星はずいぶんのどかだった。
空も、岩も、パステルカラーに染まり、絶えることのない淡雪があたりに降り積もっていく。
雲の切れ目から差す陽の光が、雪原のあちこちを気まぐれに眩しく浮かび上がらせる。

帰る道には、あの丸い生き物たちがいる。
歩いていくよそ者を、遠巻きに見つめたり、あるいは全く関心を示さず彼らの道を歩いていったり。
この星の生き物がメトロイドに襲われなかったことは、信じがたいが、ともかく喜ぶべきことだろう。

しばらくしてマザーシップに、見慣れた場所に戻ってきた。
証拠映像を船内コンピュータに転送し、AIに離陸の指示を与える。

『了解』

システムはおおよそ復旧したらしく、AIは音声で応えた。

帰る前にもう一度、未知の宇宙の名も知らない星、もう来ることはないだろう純白の雪原に視線を向ける。
と…

「…AI、離陸取りやめ」

私は短く言い、AIの了解の返事も待たず船外へと走り出た。

台地を駆け上がってこちらにやってくるのは、私と共に雪崩とマグマだまりを生き延びた彼。
漠然とした勘だったが、おそらく彼が…。

理性の半分は、これ以上この星のことに関わるなと言っていた。
しかし、私は確かめたかった。この星を永遠に後にする前に。

彼の後ろからは、今日2度目の雪崩が迫っていた。
だが、私が出るまでもなく彼は雪崩の猛追をかわし、安全な高台にたどり着く。この台地に。

彼の目が、台地に留まる見慣れない乗り物と、同じくらい見慣れない生物を捉える。

逃げるでもなく、距離をおくでもなく彼は…近づいてきた。
あまりにも警戒感が無い。こちらが思わず後ずさりし距離を取りかけたほどだ。

「―――? ――!」

彼は何かを言った。
すぐにスーツの言語解析機能が反応し、働き始める。
その間も、彼は喋り続けた。初対面の私に向かって、嬉しそうに。(あの表情が、私の見るように笑顔なのなら)

私は、得体の知れない驚嘆を覚えた。
彼はただ者ではない。他の原生生物とは違う。勘が静かに、しかし差し迫った声でささやく。

やがて、モジュールが彼の言語を解析し終え、人工音声で翻訳を始める。

『― ねぇどこから来たの?あの乗り物なぁに?』

彼の声の高さに合わせられた人工音声が言った。

「……」

唖然とする。

まるで子供だ。
私は一瞬、あの時感じた自分の感覚を疑うが、念のためこちらからも尋ねてみた。
声はすぐにモジュールによって、彼の言語に翻訳され、こちらも人工音声となる。

『君は確か、あの山の中に入ったな?』

彼は、私が喋ったことに驚いたようだったが、すぐに頷く。

『うん』

『メトロイドに出会わなかったか?…半透明の身体の生き物で、コアを持つ…』

『あれって"めとろいど"って言うの?
うん、会ったよ!しつこく吸い付いてくるから、凍らせちゃったんだ』

『凍らせた…?』

『そう!こんなふうに。見てて!』

そう言うと、彼は息を吸った。
どういう仕組みか体色が水色になり、私がそのことに驚く間もなく、彼の口から小規模な吹雪が放たれた。
明らかに吸った空気より勢いも量も増している。
謎は多いが、ともかくメトロイドを凍らせたのは彼だと納得せざるを得なかった。

『そして…あぁ』(私は彼の名前を聞き忘れたことに気がついた)『…吸い付いてきたと言ったな?どうやって振りほどいたんだ』

メトロイドは、一度に大きなエネルギーを当てることで一瞬怯む。
私の場合はボムやミサイルを使うが、彼は一体どうやったのか。

『?』

彼は首…でなく体を傾げる。

『めとろいどが勝手に放したんだ。ぼくは何もやってないよ』

その言葉で、私ははっと気がついた。

――…そうか!
ここの原生生物に全く被害がなかったのは、メトロイドに出くわさなかったからではなく、
メトロイドが彼らからエネルギーを吸収できなかったため……

メトロイドは、初めの頃のマザーシップやパワードスーツのように、この世界に適応できなかったのだ。
マザーシップはシステムを切り替えることで何とか順応したが、メトロイドにそういう能力は無い。
宇宙空間でさえ生きられる彼らだが、その高い適応能力もあくまで"我々の世界"の法則に則ったもの。
私が水の中で息が出来ないように、彼らも"別の世界"では無力だったのだ。

落ち着いて考えれば分かることだった。つまりそれだけ私は切羽詰まっていたということか。
瞑目し、なぜ気づかなかったのかと呆れていると、彼が言った。

『もうしつもんはない?
ぼくのしつもんにも答えてよー!』

『…そうだったな』

そうだ。最初に問いかけていたのは彼の方だった。
彼は、矢継ぎ早に尋ねてきた。一瞬、言語翻訳機能が追い切れないのではないか、と思うくらいに。

『きみどこから来たの? 何でぼくが山に入ったの知ってるの? あの乗り物きみの? 何しに来たの? ピクニック?…』

『…待ってくれ、そんなに一度に言われても答えきれない』

左手を前に出し、彼をとどめる。

『まず…私は他の宇宙から来た』

『ほかのうちゅう?』

彼は怪訝そうな顔をした。あまり宇宙物理の知識はないらしい。

『つまり…』説明しようとして、諦める。『…とても遠いところから』

『へぇぇ!』

彼は純粋に驚く。遠いと聞いて、どのくらいの距離を想定したのかは分からないが。

『私は、ここに逃げ込んだ生物を倒すために来た。さっき言ったメトロイドという生き物だ』

『そうなんだ!あ、でも…ぼく、凍らせたまま山の中において来ちゃったけど…』

『大丈夫だ。私が残らず片付けておいた。
…君が凍らせてくれたおかげで、助かった』

ふと気がついて、私はヘルメットを外す。
無表情なバイザーが被さったままでは、礼の気持ちが伝わらないと思ったのだ。

雪を含んだ風が、ヘルメットにたくし込まれていた私の髪をほどき、なびかせる。

彼の顔を見ると、私が遠いところから来たと聞いたときよりも、更に目を丸くしていた。
本当に、子供のような表情をするな…いや、もしかすると本当に子供なのかもしれない。

そして、私は言った。

「ありがとう」

彼はまだ私と話したい様子だったが、あまりここに長居をしてはいられない。
大きなワームホールほど、何かしらの維持が無ければ早く消えてしまう。そうなれば、今の場合帰る手段は無い。
そう伝えると、彼は残念そうな顔をしたが、頷いてくれた。

再びヘルメットを被り、マザーシップのタラップに足をかけた私の背中に、声がかかる。

『ねぇ!最後にもう1つだけしつもんさせて』

『何だ』

振り返ると、雪原の中彼は真剣な目をしてこちらを見つめていた。
降りしきる雪は、彼と私の間に、そして周りに音もなく白を重ねていく。

『きみのなまえは?』

彼はひどく大事なことを問うような声音で、尋ねる。

「……」

バイザーの後ろで、しばし沈黙する。

私に名前を聞くことの無意味さは、彼には分かるまい。
しかし、もう二度と会うことは無いだろうに。

だが、名乗らない理由もなかった。
私はそのままの姿勢で、短く言った。

『サムス・アラン』

『サムス…』

彼は、その響きを確かめるように小さく繰り返す。

こんなに小さく、幼い彼はこんなところで何をしているのか。
あのとき山に入っていった彼の背中は、単なる旅行や探検以上の"何か"を背負っていた。
何か、大切なものを。

尋ねようかとも思ったが、やめた。聞いても仕方がないことだ。

雪原に彼を残し、船に乗り込もうとした私を、彼が再び呼び止める。

『…サムス!
ぼくのなまえは、カービィ!』

『カービィ…。
……覚えておく』

ゆっくりと船が上昇し、見送る彼は雪原の小さな点となり、やがて見えなくなった。
私が歩いた雪原も、カプセルが半ば埋まっていた跡も、そしてあの休火山も遠ざかっていく。

代わって視界に入ってきたのは、淡い桃色の空。そして…

「あれは…」

来るときは船の操作に係りきりになっていて気がつかなかったが、山脈を抜けた先、奇妙な城があった。
そしてその上空を覆う、黒雲。

自然のものとは思えない。
雲は更に遠くに本体があり、そこから触手を伸ばすようにして城の上空を覆っていた。
他の雲と違い、風に吹き飛ばされることもなくそこに居座る様は、何者かの悪意を感じさせる。

私の言葉と視線に反応し、AIがそれをレーダーで簡易探査する。

『…内部に異空間感知。生命反応あり…空間曲率異常のため詳細不明』

やはり、"何か"があの中にいるのだ。
空間に異常を起こす程の力を持つ、存在が。

――ワームホールが大気圏に開いていたのは、あれのためか…?

確信とまでは行かない考えが、ふと浮かんだ。
それにしても、穏やかな星と思っていたが…永遠の平和はどこにもあり得ないということか。

「……」

気がかりだったが、よそ者がこれ以上この星に関わってもいられない。
私はAIに、ワームホール突入の指示を出した。

灰色の、無機質な小部屋。
天井のプロペラがよどんだ空気をゆっくりとかき回しているが、大して効果があるようには思えない。
背後に2人のガードがうっそりと立ち、彼らのために余計部屋を狭く感じる。

足を組んでイスに座り、事前に送った映像を一通り見ると、連邦の役人は事務的に頷いた。

「メトロイド6体の殲滅を確認した」

空調装置のブーンという低い唸りを挟み、彼は続ける。

「報酬は、いつも通りに渡す」

立っている私を見るためその目つきは上目遣いだが、視線には見下すような色がある。
下っ端の役人にありがちな態度だ。
"いつも通り"と言っているが、彼とは初対面である。ただ上から「そう言え」と言われたから言っている、それだけだ。

到着前からデータを送っていたにも関わらず、私が部屋に入った時点で映像を確認し、
その間私を立ったままにさせる彼の横柄な態度には心底うんざりしていたが、まだ帰るわけにはいかない。

話は終わった、とばかりに端末に目を落とし、自分の視界から私を閉め出したい様子の役人に、言った。

「一つ聞きたい」

「…なんだ」

表情には出さず、だがさも嫌そうな態度を声ににじませている。
私は構わず、続けた。

「メトロイドは現在、連邦の厳重管理下にあるはずだ。
それなのに今回、たかが研究員くずれの手に6体も渡っていたとはどういうことか…回答が欲しい」

「そういうことは私ではなく事件担当部門の者に聞いてくれ」

「彼らが"どこから手に入れたのか"が知りたいのではない。"なぜ手に入れられたのか"が聞きたいのだ」

連邦直々の依頼なのにも関わらず、
物々しい監視の下、こんな密閉された狭い部屋で報告をさせる。
しかも今回のことは他言無用と来た。
それはつまり、連邦にとっては公にしたくない事件なのだ。今回の流出事件が。

「……」

そこで初めて、役人の目に用心深い光がやどった。

「…いずれにせよ君の知るところではない」

上層部の信頼を得ているとはいえ、お前はただのバウンティ・ハンターだろう。彼は言外にそう言っていた。
こちらとしても、木っ端役人から重要な情報が得られるとは思っていない。
ただ、連邦のお偉方に警告をしておきたかった。

「上層部に伝えておけ。これ以上ずさんな管理をしていては、近いうちに取り返しのつかないことになる…と」

そう言って部屋を出ようとした私に、

「待て」

今度は役人が声を掛けた。
振り返ると、役人は端末に目を向けたまま、こう尋ねてきた。

「送られてきたデータのうち、不審な部分がある。
航中記録が示すところの宙域は、どこにも存在していない。…ワームホールの先はどこに繋がっていたんだ?」

目ざとい役人だ。
警戒する心境を隠し、私は肩をすくめる。

「私に聞かれても答えようがない。
ワームホール突入の際に船の計器の大半がいかれてしまったんだ。航中記録がおかしいのもそのためだろう」

「ふむ……そうか」

信用しきっていない様子だったが、役人は頷いた。

あの星のことを言うわけにはいかない。
別の宇宙に行ったと言えば、役人は疑い、研究者は目を輝かせるだろう。
あちらに、これ以上こちらの厄介ごとを持ち込んでは迷惑になる。

連邦の宇宙ステーションからマザーシップに戻り、私は次の目的地を指示した。

今日は思わぬ大仕事になってしまったが、休んでいる暇はない。
再びメトロイドが悪用されるようなことがあれば、後始末は連邦でなく、私に回ってくるだろう。
そのときになって慌てることの無いよう、また、災害を出来るだけ未然に防ぐため、私は独自に調査を始めた。

その間も、ときおりあの星のことを思い出した。
一面の銀世界。マグマが横たわる地下。丸い体の平和な生き物たち。そして、無邪気な"彼"のことを。
だがそれらの思い出は、徐々に忙しい日々の出来事に押し流され、記憶の奥底に埋もれていった。


"扉"をくぐると、そこは森の上空だった。
遠くに、厳格な石造りの城も見える。ずいぶん時代がかった建築物だ。

私は、用意されていたかのように下にあった空き地に、マザーシップを着陸させた。

最小限の警戒を怠らず、私は城へと向かう。

…落ち着かない。誰からか見られているようだ。
だが、センサには何の反応もない。
気にくわないが、ここで慌てた様子を見せては、私を招待した"マスターハンド"とかいう人物に見限られるような気もした。

やがて得体の知れない視線はぷつりと途切れ、眼前に城が現れる。
城の前にはすでに、招待客らしき人だかりができていた。

1人でいる者も、輪の中にいる者もいる。
ただ共通するのは、誰も彼も私には見たことのない……

「サムス!」

…誰かが、私の名前を呼んだ。

「サムスも来たんだね!」

輪の中にいた彼が、緑の芝生の上を弾むようにしてこちらに駆け寄ってくる。

あのときと変わらない笑顔で。

「………」

バイザーの下で、私はさぞかしあっけにとられた顔をしていただろう。
だがそれは彼に見えるはずもなく、彼は嬉々として色々なことを話しかけてくる。

私と別れたあと、彼の星に、彼の世界に起こったこと。
日常のささやかな出来事から、星に訪れた様々な事件まで。

私と彼が出会ったのは、あの雪原の一度きりでしかない。
だが、彼はまるで旧知の友人に対して話すように、私に話しかけていた。

私の方はというと、思いがけない再会にただただ目を丸くするばかりだった。

何しろあの事件のあと、ふと思い出し付近の宙域に立ち寄ってみたことがあるのだが、あのワームホールは跡形もなく消え去っていた。
これで2つの世界が繋がることは二度と無い。
安堵と共に…わずかばかりの心残りを覚えた。それもかなり前のことだったのだが…。

もはや言語解析装置は必要なくなっていた。
彼がこちらの言葉を覚えたとは考えられず、これもやはりマスターハンドとやらが何かしたのに違いない。

彼の顔を見ていて、思い出した。

「カービィ…あの黒い雲の中にいた"もの"は?」

それだけで、彼には通じた。

「ぼくがやっつけたよ!」

少し自慢げな声で、彼は言った。子供らしく、少し背伸びして。

「…そうか。それを聞いて安心した」

その答えに満足し、私は城の入り口へと向かった。

背後では、先ほどまでカービィを取り囲んでいた男達が、カービィを質問攻めにしていた。
あいつは誰だとか、会ったことがあるのか、とか。
皆一様に、私と面識があることに驚いている様子だった。

無理からぬことかも知れない。

…起こりそうもない事象が2度重ねて起これば、それは"奇跡"になるのか。

私は城を見上げる。

――ここではそれ以上の"何か"が起こりそうだ。
それが良いことか、悪いことかは分からない。
……だが…

城に入る前に、一度だけ背後を振り返った。

カービィは友達らしき人物に囲まれ、無邪気に笑っていた。
白銀の世界での出来事が胸に去来し、ここに来てからというもの無意識に緊張していた表情が、ふと和らぐ。

――…何が起ころうと、ただ巻き込まれるだけの私ではない。

心の中で改めて決意し、私は城の中へ、『スマッシュブラザーズ』へと足を踏み入れた。

裏話

初代の『スマブラ』が発表された頃、世間はどのような反応をもって迎えたんだろう?
自分が知ったのは『DX』からなので、推測することしかできませんが、おそらく"驚愕"が大きかったんじゃないかなぁ……。
マリオとピカチュウが戦い、リンクやサムスが同じ場に立つ。シリーズものになるほどヒットするなんて、当時は考えられなかったかも。

この、"スマブラに来る前の話"を書くきっかけになったのは、いつも色々とお世話になっているフクロウさんの、『結成前ノ、物語』です。
すでに何話も書かれているのですが、毎回その知識の深さに感嘆しっぱなしです……。詳しくは、リンク集から飛んで直に読まれることをおすすめします!
自分もこういうファースト・コンタクトの空気を持ったものを書いてみたいなぁ……と思っていました。


SFC『星のカービィ3』では、最終ステージ"Ice Berg"の5-2にて、サムスが登場します。
ゲーム上ではカービィがメトロイドを倒すのをただ待っているような感じになってますが、
『20周年スペシャルコレクション』に入っていた『3』をクリアしたあと、色々と空想していたら何だか話が浮かび上がってきて…。
(サムスのことですから、あそこでおとなしく待機してるわけないじゃないですかぁ!)

ちなみに書き始めた時点では、家に『メトロイド』シリーズは無かったのですが、
書き終わった後、家族が中古で『ゼロミッション』『アザーエム』などを買ってきて、プレイするのを横で眺めてました。(アクション系は苦手)
それで確認・微修正した部分もあるのですが、大体の部分はよくある"宇宙冒険SF"の雰囲気で書き進めてしまってます。
また、タイトルは映画『未知との遭遇』をもじってます。

蛇足:ラスト、黒い雲の中にいるのは『星のカービィ3』における真のラスボス"ゼロ"です。
あの作品でサムス始め、他作品のキャラクターが登場する理由は、ゼロが引き起こした時空の歪みに巻き込まれたから……じゃないかなぁ、と妄想。
蛇足ついでになりますが、BGM『vs.ゼロ』がかなり好きです。緊迫感を持った速いテンポと、得体の知れない感じのするメロディラインがたまらんです。

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