気まぐれ流れ星二次小説

もう一人

とにかく、この街は喫煙者に優しくない。

高台へと向かう緩やかな坂道を登りつつ、スネークはそう独りごちた。
スタジアムでも、城の中でも"禁煙"と来ている。
街中でさえも、タバコを出せばどこからともなく金属的な警備員がやってきて、無言で近くの看板を指差す。
"No Smoking"と書かれた看板を。

お陰で、月に消費するカートンの数は減った。
身体には良いのだろうが、いかんせん精神的に悪影響が出てきそうだったので、
どうしても我慢できないときはこうして、街はずれの高台までやってくるのだ。

ここであれば、注意してくるザコ敵似の警備員もいないし景色も良い。
問題は、城から歩いて小1時間はかかる、というところか。

"他のやつらはどうしてるんだ?"
スネークがそんな疑問を持ったのも、自身の常識からすればもっともなことかもしれない。
ここに来て一月ほど経ったとき、ふとスネークは周りのファイターに尋ねてみた。

その結果、改めて"常識の違い"を思い知らされた。
そもそも、喫煙という習慣を持つ人々がいないのだ。彼らの世界には。

タバコが発見されていないか、あるいはすでに過去の遺物となっているか。
「まだそんな原始的な嗜好品があるのか? よしておけ。身体に悪い」
サムスにはそう言われてしまった。
彼女の目には、どこかインディアンでも見るような物珍しげな色があった。

ああ、どうせ自分は野蛮人さ。
宇宙船を駆るような人間からすればな。
スネークは苦笑いする。全く、相談する相手が悪かった。

坂道は押し固められた赤土で出来ており、辺りには背丈の低い草原が広がっている。
一見すると田舎道だが、しかしよく見れば草はきれいに刈り揃えられ、道へとはみ出している部分はない。
道自体も、どれほど走ろうと塵すら舞い上がらないほど丁寧に整備されていた。

自然に見えて、しかしさり気なく手が加えられている。
それはこの世界のどこにでも言えることだった。
気にしなければどうということは無いのかもしれない。
だが、スネークはそうした秩序を時折不自然に感じることもあるのだった。

なまじこの世界が自分のいた世界と似ているがために、わずかな違いが目についてしまうのだろうか。
とにかく、世界はちょっとぐらい不備や汚れがあったほうが自然だ。
いつかマスターハンドに会ったらそう言ってやろうか、とスネークは半分真剣に考えた。

ようやく頂上にたどり着く。
転落防止のために備え付けられた木製の柵に半身をあずけ、スネークは眼下を眺めた。

まず目にはいるのは、高台の前方に位置する"ポケモンスタジアム"。
中央に浮くステージを、観客席が囲む形のスタジアムだ。
サッカー場の半面くらいはあるステージだが、ここから見ると手のひらほどの広さに縮んで見える。
ここからではよく見えないが、今も4人ほど闘っているようだ。

視線を進めていくと、巨大な円形に収まった街が見えてくる。
この世界のほぼ中心にあることから"セントラルシティ"と呼ばれているが、実際この街の他に、『スマブラ』独自の街はない。
その代わり、スタジアムに付随して繋がっている世界の街が、さらに巨大な円を描くように存在しているのだ。

無意識に地平線の向こうに目を凝らし、見慣れた自分の世界の景色を探していたスネークは、ふと気づいて首を振る。
こんな大人が、ホームシックにかかったっていうのか? …いや、ただ懐かしくなっただけだ。
自問自答しつつ、ひしゃげた箱から先折りタバコを取り出す。

しばらく、火をつけずにそのまま咥える。
タバコを吸っているときは、一瞬自分の暮らす世界に戻ったような気分になる。
硝煙漂い、銃声の鳴りやまない戦場。闇をぬって進む危険なハイド・アンド・シーク。
だが、そこには古い付き合いの仲間がいる。

無論、『スマッシュブラザーズ』での暮らしに不満があるわけではない。
ここでは大義名分や国などに構うことなく、純粋に"闘う"ことができる。冗談を言い合う仲間もできた。
それに、毎日何かしら大小の事件が起こるから退屈しないのだ。

…いや、退屈する暇すらない、というべきか。
スネークは内心で訂正する。
こうしてわざわざ遠くまで足を運ぶのは、たまには自分の時間を持ちたい、という気持ちの表れでもあるのかもしれない。

スネークは俯き、タバコに火をつけようとした。

「ごめん。おじさん、タバコを吸うの待って」

子供の声に、弾かれたように顔を上げ、振り返る。

そこにいたのは、赤い帽子の少年。

――ネスか?

スネークはそう思い、実際に尋ねようとした。
しかし、直前で思いとどまる。

彼は別人だ。
数ヶ月も顔を合わせていれば分かる。この少年は、ネスとは微妙に顔立ちが違う。

だが、先ほどの全く気配を感じさせない登場といい、どこか常人離れしたところは似ている。
そして、年相応のまっすぐな瞳も。

そこまで考えたところでふと我に帰って、スネークはタバコを箱にしまった。

「ありがとう」

少年はにこっと笑って、柵に駆け寄る。
そのまま、横に渡された木の板の一段目に登り、スネークと同じように腕を組んで柵にのせた。

青と黄色の横縞シャツに、紺色の短パン。
少年は格好までもネスにそっくりだった。

他人のそら似にしては似すぎているな、と思いながらしげしげと少年を観察していると、
ふいに、街の方を見つめたまま少年が問いかけてきた。

「おじさん、ファイターの人でしょ?」

スネークははっとして、胸元にちらと視線を向ける。
黒地に緑十字の"スパイクローク改"は、ちゃんとそこについていた。
マスターハンドの話では人の目を誤魔化す性能には限界がある、と言っていたが、日常街に出る分には問題は無かった。

全く、この少年は勘の良さまでそっくりだな。
そう思いながら、スネークは首肯する。
少なくとも目の前にいる少年が、やたらとサインや握手を求めてくるようなそこらの子供とは違うように思ったからだ。

「やっぱり! じゃあ、あそこで戦ったりしてるんだ」

少年の視線の先には、スタジアムがあった。
ここからでもかすかに観客の歓声やどよめきが聞こえてくる。
その音にほぼ紛れそうなほど小さく、ため息のようにして、

「良いなぁ」

そう言った少年の声には、紛れもない憧れがあった。
それも、何か大きな隔たりの向こうから強く望むような憧れが。

「…何かわけがありそうだな」

スネークはさりげなく尋ねる。

「うん…」

少年は含みを持たせ、頷いた。
しばらく黙って遠くを見ていたが、やがてこう続ける。

「僕も戦えたのかな…ぜんそくじゃなかったら」

喘息。だから彼は、タバコを吸うのを待ってくれと言ったのか。
それに思い当たった次の瞬間、スネークはさらに大きな事実に気がついた。

――そうか。この少年は……

聞いた話では、かつていたファイターの1人に"ドクター・マリオ"という男がいたらしい。
彼は、マリオが選ばなかった道を進んだ"もう一人のマリオ"とでも言うべき存在だったそうだが、
おそらくこの少年も、それの類なのだろう。
スマッシュブラザーズに選ばれなかった、もう一人…。

一体、誰の差し金で彼がこの世界に来たのだろう。
10代かそこらの少年に、自分が選ぶことの出来なかった未来を見せつけるのはあまりにも酷ではないだろうか。

こちらから尋ねた以上、最後まで答えてやる義務があるように感じ、スネークは少年に返す言葉を慎重に探し始めた。
高台を一陣の風が過ぎ去り、そして、スネークはこう切り出す。

「…ここが全てというわけじゃない」

少年はその声にスネークを見上げ、黙って見つめる。

「ファイターである俺が言うんじゃ説得力がないかもしれんが…。
進む道には当たりもはずれも、良いも悪いもない。
俺たちはそれを、自分の意志、あるいは強制によって選び、がむしゃらに進んでいかなくちゃならない」

地平の向こうを眩しげに見つめたまま、スネークは二の句を継いだ。

「だが、これだけは言える。
ここで戦えなかった分、お前には違う未来が待っている。そこには、お前だけが進める世界が広がっているんだ」

「僕だけが…」

少年は小さく繰り返し、そして再び眼下のスタジアムの方へと目を戻した。
顔が伏せがちになってしまったので、彼の表情をうかがい知ることはできない。

まだこの歳の子供にはぴんと来ない話だっただろうか。
言ってしまってから、スネークは少し後悔する。
つい、ネスに話すようなつもりで話してしまったが、この少年はまだそれほど大人びていないのかもしれない。

だが、子供をなぐさめる方法となると、
物心ついた頃から銃を握らされ、特殊な子供時代を送ったスネークには皆目見当がつかないのだった。

だから、無闇に取り繕ったり顔を窺うことはせず、待った。
少年と同じ方向を向きつつ、さりげなく様子を見ながら。

「あ!」

ふいに、少年が明るい声を出した。

「見て、勝ったよ!」

彼の指差す方角には、スタジアム。
ファイターの動きは、いつの間にか止まっていた。試合が終わったのだ。
ステージ中央には優勝したファイターが立ち、他の3人から拍手で讃えられている。
遠目からも分かる、赤い帽子。

「僕、あの子を見に来たんだ」

そう言って笑いかけた少年の顔には、もう曇りはなかった。

これほど離れた場所から眺めるのは、おそらく相手に気づかれないようにだろう。
似たもの同士、特別に勘づくものがあるかも知れないから。
また、理由はもう一つ。出会うのはお互いにとって良くないことだと、この少年は考えたのだ。

やはり、しっかり者だ。ネスと同じく。

「僕はここに来られなかったけど…でも、もう一人が頑張ってるって分かったから。
何だかおじさんと話したら、ふっきれたよ。ありがとう」

屈託のない笑顔を残して、少年は柵から降りる。
そのまま背後に歩み去っていく少年を振り返ると、高台の広場にもう一人、少女が現れるところだった。

「探してた人は見つかった?」

風になびく桃色のワンピースの裾を直し、少女は聞く。
少年は頷き、そしてもう一度、スネークに向き直る。

「僕の道…まだよく分からないけど、頑張ってみる。見つけてみるよ」

その瞳には、ある時期の子供だけが持つまっすぐな輝きがあった。

「あぁ。…頑張れよ」

見送るスネークの前で、赤い帽子の少年は少女と手を繋ぎ、草原のざわめきの中に消えていった。

彼らがもう戻ってこないことを確認し、スネークはモスレムの箱を取り出す。

タバコを咥えると、ようやく自分一人の空間が戻ってきた。
それと同時に、先ほどのやり取りもよみがえり、スネークは思わず苦笑いする。
知り合いに似ているとはいえ、初対面の、しかも子供にこれほど真剣になって話したとは、どういう風の吹き回しだ?

問いの答えは、割合すぐに出てきた。
違う道を進まざるを得なかったもう一人。
その状況に、我知らず自分の状況を重ねてしまったのだろう。

リキッド・スネーク。同じ遺伝子を持つ兄弟。
極寒のアラスカ、そこに建てられた軍事基地での死闘が脳裏にフラッシュバックする。

もしも時と場合が違っていたのなら、あいつと分かり合うこともできたんだろうか。
ふとそんな思いが頭をかすめ、しかしスネークは即座に首を振る。
そんな想像が許されるほど、俺たちの状況は簡単じゃない。
二重三重に因縁がからみ、ご丁寧にもその上から呪縛がかかっている、という有様だ。

だが、それでも…

そこでタバコに火をつけ、深く煙を吸う。

「俺は…俺の道を進んでやるさ」

言葉と共にはき出された白い煙は、無限の広がりを持つ青空へと溶け込んでいった。

裏話

スネークが吸っているタバコ"モスレム"とは、21世紀に開発された、先端をおるだけで着火できる…という設定の架空のタバコだそうです。
スネークのお気に入りの銘柄で、折っても着火できるけどライターで火をつけたほうが味がいいとか。

また、この話で登場するネス似の少年は、一応『MOTHER』一作目の主人公と設定しています。
『スマブラX』では確か"ニンテン"という名前がついていたような気がします。
そういうわけで、迎えに来る少女は"アナ"をイメージしてます。

しかし…この話は結構書くの大変だったなぁ…こんなに短いのに。
やっぱりちょっと真面目な会話を書くとなると、下手に誤魔化せませんし……
ちなみに、初めに決まっていたシーンは高台に来たあたりと、ラストです。
また、当初考えていた方向性とほんのわずか違う雰囲気になりました。

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