パラレル・カービィ
(A×B面)
「ヘイヘイヘーイ! みんなしてそんなに慌てて、一体どうしたのサ?」
城の前に出てきたファイター達を見下ろし、門の前に浮かぶマルクはとぼけた声で言った。
地面にはチービィの大好物、スイカが2、3玉転がっている。これでチービィをおびき寄せたのだろう。
マルクの短い足に挟まれたチービィがフームの姿を認め、顔を輝かせる。
「…ぽよ! ぽよっ!」
「カービィ!」
フームは咄嗟にチービィの元へ駆け寄ろうとする。
しかし、そんな彼女をマルクが一喝した。
「止まれなのサ! こいつがどうなってもいいのか?」
ふと、マルクは口の端をつり上げる。
「…いいわけないのサ。だろ、フーム?」
「なっ…なんでわたしの名前を…?!」
「プププランドの大臣の娘で、こいつの恋人。オマエの世界のことならちゃ~んと調べてあるのサ!」
唖然とするフームに、マルクはなおも人を小馬鹿にした口調で続ける。
「ファイターにこいつを取られちゃって、どーしようかと思ってたとこに来てくれるなんてね。
フームにブン、オマエらはほーんと、ボクの計画通りに動いてくれたよ。
ま、感謝しとくのサ! ファイターの注意を逸らしてくれたことにねっ!」
拳を握りしめ、くやしさに歯を食いしばるブン。
その横でフームはまだ茫然とマルクを見ている。
ここに来てから、フームはブンとともに見慣れぬ世界に戸惑いながらも、カービィを探し、がむしゃらに行動してきた。
しかし、2人は最初からマルクの手の上で踊らされていたのだ。
自分の頭脳には、ある程度の自信を持っていた彼女には、素直に認めがたいことだった。
「チービィを放してよマルク! 痛がってるじゃないか!」
フームの後ろでどこか聞きなれた声がした。
振り返ると、一回り大きいカービィ、ファイターのカービィがマルクをにらみつけていた。
こっちのカービィは喋れるのね…、とフームはぼんやり思う。
一方、カービィの言葉に、マルクは吹き出す。
「ぷっ…くくくっ!
あーっはっは! いーっひっひっひ! おーっほっほっほ!」
聞いているこちらの頭までおかしくなりそうな笑い声が響く。
――それにあの気味の悪ィ笑い声…!
狂ったように笑い続けるマルクを見て、フームはトッコリの言葉を思い出した。
あの夜トッコリが聞いたのはマルクの笑い声だったのだ。
「あはっ…オマエはホントにのーてんきなのサ。まずは自分の心配をしたほうが良いんじゃないの?」
「え…?」
「…どういう意味だ、マルク!」
カービィに代わり、マリオが詰問する。
「ククッ、もうオマエらに会うこともないだろうし、教えてやるのサ。ボクのかんぺきな計画をねっ!」
マルクはそう言って、牙をのぞかせてニヤッと笑った。
「ボクの願いはポップスターを手に入れること。
でも、それにはカービィ、オマエが邪魔だった。
何とかオマエを追い出そうと考えに考えたボクはある日、ひらめいたのサ!」
そこで一息おき、得意げにニヤリと笑う。
「他のカービィと取り換えちゃえっ、てね!」
「取り換える…?」
「なるほど…そういうことか」
眉をしかめているマリオの横で、サムスは納得がいったというように呟いた。
マリオは、説明してくれ、という風にサムスを見る。
「…通常の世界では、同じ人物が複数存在することはできない。
カービィがこちらにいる間に、他のカービィを連れてきてしまえば、カービィは彼のいた世界に帰ることができなくなる。
それを狙ってマルクは他の世界のカービィ…チービィをさらったのだろう」
「当ったりぃ! アンタなかなか鋭いのサ! ま、ボクほどじゃないけどね」
宙に浮いたままクスクス笑うマルク。そのたびにチービィは振り回され、慌てたような声をあげた。
「しかし…そうするとこっちのカービィはどうなるんだ?」
沈黙するサムスの代わりに、マルクが答える。
「さーね! 弾き飛ばされて亜空間にでも落っこちるんじゃないの?
ま、ボクには関係ないことなのサ!」
城敷地内の林に潜み、ファルコはマルクとファイター達のやり取りを見ていた。
――チッ、ちょっと目ェ離した隙にこんなことになるとはな。
ファルコは心の中で舌を打つ。
あのあと子供ファイター達と共に中庭に出たファルコは、子供たちがかくれんぼをするというのに任せ、自分はベンチに座って目を閉じていた。
そのため、チービィがスイカにつられて中庭を出て行ったのに気が付かなかったのだ。
見る限りでは、マルクは林に隠れるファルコに気が付いていないようだ。
――よーし、いい子だ。そのまま喋ってな…!
ファルコはゆっくりと銃を構えた。
「そういうわけで、ボクはいくつも平行世界を飛び回って、計画に相応しいカービィを探したのサ。
到底ボクに敵いそうもない弱っちいやつをね! …で、見つけたのがコイツってわけなのサ。
ぐーたらで、大食らいで、お子ちゃまで、なーんにもできないカービィ!」
マルクの足に挟まれているチービィは、諦めずに手足をばたつかせて逃げ出そうとしていた。
しかし抵抗空しく、その体は1ミリも動いていない。
「さっきは油断しちゃったけど、あのくらいなら大したことないのサ。
向こうについたらたぁ~っぷりかわいがってやるから、安心してちょーよ!」
そう言って、マルクは再び耳障りな笑い声を上げようとした…が、その口から出たのは「ひっ」という小さな悲鳴だった。
すぐ目の前を、一条の鋭い光が走ったのだ。
マルクの注意がファイター達から逸れ、体が傾ぐ。
この絶好の機会を、ファイター達が逃すはずが無かった。
走り出しかけたフーム達の横を駆け抜け、マルクに迫る。
瞬く間にソニックがたどり着き、マルクにとび蹴りを食らわす。
足の力が抜け、解放されたチービィをカービィが空中で受けとめ、
同時にマリオが驚異的な跳躍力でマルクの頭上に跳び上がり、炎をまとった右手でマルクを地面に叩き落とす。
チービィを抱えたカービィが着地し、彼らを守るようにサムスとリュカがマルクの前に壁となる。
あまりにも鮮やかで手慣れた動き。戦士ファイターの名は伊達ではない。
フーム達は駆け出そうとした足の格好のままで、あっけにとられて彼らを見ていた。
うつぶせに倒れるマルクと、ファイター達の間に緊迫した沈黙が流れる。
「…さっさと倒したらどうなのサ」
横目にファイター達を睨み付け、マルクが吐き捨てるように言った。
しかし、ファイター達は一歩も動かない。チービィの盾となり、立ちふさがったままだ。
やがて、カービィが口を開く。
「マルク、ぼく達はチービィが助かればそれでいいんだ。
きみも懲りたでしょ? だから…もう悪さしないで。ポップスターに帰ろうよ」
うなだれるマルク。その体が小刻みに震えはじめる。
「…どうして…。
どうしてオマエはいっつもそうなのサッ!」
がばっと起き上がり、カービィに向かって怒鳴りつけた。鋭い牙がのぞく。
彼から放たれる激しい感情の炎を感じ、リュカは思わず後ずさった。
「ボクはオマエを消そうとしたんだぞ?! なのに……なのに…っ!」
「マルク…」
カービィが心配そうな顔をする。
「…うるさいッ!」
羽が広がり、ゆらりとマルクが浮かび上がった。
ファイター達が身構える。
「オマエらみんな…みんな消えてしまえ!!」
かっと見開いた目のまま、マルクの顔が静止し、そして…ずれた。
それを見たカービィが叫ぶ。
「みんな逃げて! 走って!」
ファイター達の行動は素早かった。一斉にマルクから離れ、城のほうへと駆け戻る。
フーム達は走ってきたサムスに抱えられた。
ずれた面を境にマルクの体が左右に分かれ、中央の空間が歪み、ブラックホールが生まれる。
周囲の空気が吸い込まれ、強風が生じる。
マルクに近い城門の石が次々と漆黒の空間に吸い込まれていく。
「カービィー!」
抱えられたまま後ろを振り向き、フームが大声で呼んだ。
後方を走るカービィと、彼がつかむチービィの姿が視界のなかで上下に揺れる。
カービィはチービィをしっかり掴もうとしていたが、彼の丸く、短い手では限界があり、
少しずつチービィの体がブラックホールの方へと引っ張られていく。
ソニックが気づき、カービィ達の方へ戻りかけたその時。
「あっ…!」
カービィの手から離れ、チービィの体が宙に浮かんだ。
あっという間にその姿がブラックホールの中に消える。
チービィを飲み込むと、ブラックホールは消滅した。
「なんてこった…!」
「カービィ、助ける方法はないのか?」
フーム達を下ろし、サムスが尋ねる。
しかし、カービィは何も言わず、今にも泣きだしそうな顔でうなだれる。
「あきらめるな! とにかくやってみるしかないだろ!」
再び姿を現したマルクに、ファイター達が向かっていこうとする。
「待って!」
その時、フームが彼らを止めた。
「カービィなら…きっと大丈夫よ」
チービィがマルクに吸い込まれる直前、フームははっきりと見たのだ。
城の外、森の方から飛んできたある物をチービィが吸い込み、飲み込むのを。
また、彼女の他に彼の名を呼ぶ声がしたのも、吹きすさぶ風の中、聞こえていたのだ。
確信に満ちたフームの言葉に驚いているファイター達の後ろで、マルクが恐ろしい笑みを浮かべる。
「なかなかしぶといやつらなのサ…。久々に本気を出してやるか―」
そこでマルクの表情が変わった。
ふいに宙を見つめ、静止する。
また大技を出すのかと思いきや、マルクは苦しげに叫びだした。
「うわぁあああっ……!!」
目を固くつぶり、めちゃめちゃに飛びはじめる。
「やめろ! やめるのサッ…!」
唖然とするファイター達の前で、マルクは何度も体を地面に打ち付け、そして壊れたおもちゃのように倒れこみ、動かなくなった。
沈黙の中、マルクが左右に分かれ、再びブラックホールが現れた。
中からチービィが飛び出してくる。
ファイター達はマルクが苦しんでいた理由を理解した。
「ぽよ♪ ぽぽよ、ぽよっ♪」
マイク片手に、チービィは嬉しそうに歌っていた。
しかし、彼はお世辞にも上手いとは言えなかった。
どころか、あまりの音痴さに、ただでさえマルクの技でボロボロになっていた城門が崩れ始めていた。
「チービィも音痴だったのか…!」
耳を押さえ、苦しむファイター達。
ただ1人、カービィだけは何ともないようで、フーム達とともにチービィの許へ走っていった。
「カービィ!」
フームはチービィに抱きついた。
チービィはようやく歌うのをやめ、きょとんとした顔であたりを見回した。
「ぽよぉ?」
チービィを抱き上げ、フームは倒れているマルクを厳しい顔で見た。
マルクはまだ放心した表情で空を見上げている。
「マルク、きっとあなたはごく最近のカービィしか見てなかったのね。
カービィはれっきとした星の戦士。ナイトメアと彼が作り出した魔獣を倒して、世界に平和をもたらしたのよ」
「そうさ! だから、カービィが本気を出したらお前なんて一発だぜ!」
腰に手を当て、ブンが付け加える。
力なくチービィとフームの顔を見ていたマルクは、無言のまま宙に浮かび上がった。
上空に空間の裂け目が現れる。
暗い宇宙空間の中、五芒星のポップスターが美しく光っている。
「…今日のところはボクの負けなのサ」
裂け目に向かいかけ、マルクは再び振り返る。
「覚えてろ、カービィ! ポップスターを手に入れるのはこのボクなのサ!」
捨て台詞を残し、マルクは空間の裂け目に飛び込み、姿を消した。
それを見届けていたフームは、はっと何かを思い出し、城の外へと駆け出して行った。
ブンと、ファイターのカービィも後を追う。
森の中、先ほどチービィにマイクを投げてよこした人物がいた。
石の上に立つその後ろ姿を見て、カービィは目を丸くし、立ち止まる。
一方、フーム達は帰ろうとする彼を呼び止めた。
「メタナイト卿!」
声に気付き、その人物が振り返る。
「やっぱりあなただったのね。来てくれるって思ってたわ!」
「いや…フーム殿、遅くなってしまい申し訳ない。私としたことが、道に迷ってしまったのでな…」
声も姿も、カービィの知る人物にそっくりだった。カービィはおずおずと声をかける。
「あれ…メタナイト、試合は大丈夫なの…?」
チービィの無事を確かめていた“メタナイト卿”の視線がファイターのカービィにとまる。
「…カービィ…?」
その目に一瞬、緑の光が揺らめいた。
「…なるほど、そういうことか」
そう呟き、改めてカービィに向き直る。
「“もう1人の”私に伝えて頂きたい。村人が世話になった、と」
今まで言われたことのないかしこまった口調に、頭上に疑問符をいくつも浮かべるカービィの前で、
メタナイトにそっくりな人物は「では…私はこれで」とフーム達に一礼し、マントを翻して森の奥へと去っていった。
「で…これからどうする?」
向かいのソファに座るマリオがフームに尋ねる。
リビングには以前とうって変わって明るく、賑やかな空気が流れている。
それもそのはず、リビングには年若いファイター達が集まり、チービィとブンと共に遊んでいるのだ。
その様子を眺めつつ、フームは考え込む。
「そうね…」
朝早くにププビレッジを発ち、慌ただしくこの世界を駆け回ってきて、こうして無事カービィに出会えた今、
“これから”のことは何も考えていなかったのに気が付く。
「急いでないなら俺たちがここを案内しようか? せっかく来たんだしさ」
そう言った側から、ファイター達がめいめいのおすすめを挙げはじめる。
「もうすぐ空中スタジアムで試合があるぜ!」
「彼女たちまだ子供でしょう。それよりはすま村観光じゃなくって?」
「いや、ドルピックタウンだろ!」
その時、騒がしくなっていく部屋の中、男の声がはっきりと聞こえてきた。
「取り込み中のところ、失礼する」
リビングの出入口を振り返ったフームとブンは、驚きの声をあげた。
そこには、白く、巨大な右手袋が浮かんでいたのだ。
右手袋はフーム達の方に顔ならぬ手を向け、丁重に名乗った。
「はるばるププビレッジからようこそ。私はマスターハンド。この世界の、管理人のようなものと思って頂きたい」
管理人、マスターハンドが言うには、マルクが開けたワームホール―こことフーム達の世界を結ぶ空間の虫食い穴―が閉じ始めているとのこと。
彼がその進行を止めようとしているが、長くは持ちそうにない、という。
「もともと繋がり難い所に架けてあったのでな…。
そこまでの移動手段は私に任せてくれ。間もなく着く残りの人々と共に森まで送ろう」
残念そうなファイター達の横で、フームとブンは顔を見合わせた。
「残りの人々…?」
マスターハンドの言葉の意味はすぐにわかることとなった。
フーム達が身支度をしていると、ふいに城の外で大勢の人の声がし、数人のファイターが様子を見にリビングから出て行った。
予感めいたものを感じ、フーム達も後に続く。
長く広い廊下を抜け、ホールを過ぎると、外の人々が何を言っているのかが聞こえてきた。
「ここを通しなさい!」「カービィを返せー!」
「あれっ、この声もしかして…」
ブンが意外そうな声を出す。
城を抜け、秋の気配ひそむ午後の陽光の中に出てきた2人は、城門の向こうに懐かしい顔をいくつも見つけた。
誰が付けたか“ザコ敵”という名を持つ門番たちに押しとどめられ、騒いでいるのはププビレッジの面々だった。
「おーい!」「みんなー!」
フーム達が“チービィ”を連れて真っ先に走っていくと、向こうもこちらに気付き、顔をぱっと輝かせる。
「おお! お2人とも無事でしたか!」
「それにカービィも!」
「無事でなによりだわ!」
訪問者から敵意を感じなくなったためか、ザコ敵門番はわきに退き、彼らの再会を邪魔しないようにした。
「みんなどうしてここに?」
フームは不思議そうに聞いた。村を出るとき、トッコリには応援がほしいとまでは言わなかったのだ。
「トッコリからあんな話を聞かされちゃ、黙ってなんかいられないわよ」
「そうそう、カービィはおれたちのヒーローだからねぇ~!」
「恩返しするのが道理というものじゃ」
「ただ、急なことだったから村人全員は来れなかったけどね」
村人たちは口々に答えた。
「ところでフーム様、カービィ誘拐犯はどこにいますかな?」
ボルン署長が手錠を持ち、尋ねる。
「逃げられちゃったわ。…でも彼はもうカービィをさらわないでしょうね」
「あっ、ということは久々のカービィの活躍があったのかい? いやぁ惜しかったなぁ…」
「カービィ1人だけの活躍じゃないぜ!」
ブンが意気込んで言う。
「ぽよっ!」
チービィも元気よく同意する。
「そう。今回はスマッシュブラザーズのみんながいなければ、きっとカービィを見つけることはできなかったわ」
そしてフームは背後を振り返った。
そこには、マリオはじめ、ファイター達が集まっていた。
彼らは手を振ったり、軽くお辞儀したり、各自思い思いの方法で村人たちに挨拶した。
「こちらがその…スマッシュブラザーズ?」
個性豊かな彼らの姿を珍しげに見る村人たち。
「ここで乱闘っていう試合やってるんだぜ!」
「スポーツ選手の方ですかな?」
「うーん…そのようなものかしら。
とにかく、彼らがカービィを誘拐犯から助け出して、ここに匿ってくれてたのよ」
感嘆の声をあげる村人の隣で、ふいに怒鳴り声があがった。
「こら! 何ひとのことじろじろ見てるでゲスか!」
「えっ? エスカルゴンも来てたのかよ?!」
ブンが声の主を見つけ、すっとんきょうな声を出した。
兵のワドルディ達と共にまだ門番に押さえこまれながら、大王の側近が1人のファイターを睨み付けていた。
そのファイター、リュカは少し顔を赤らめ、「す…すいません」と小声で言った。
チービィの心を読んだときに見かけた“カタツムリのようなひと”を実際に見つけ、ついまじまじと見ていたらしい。
しかし、気弱そうに見えるとはいえ、リュカは念動力はじめ数々の超能力を使いこなすファイターである。
それを聞いて知っていたフーム達は、何となくエスカルゴンの態度が可笑しく、顔を見合わせて笑った。
憤慨しているエスカルゴンのかわりに、ワドルドゥ隊長がブンの質問に答える。
「カービィがさらわれたと聞き、陛下が我々に出動を命じたのであります」
「というか無理矢理放り込まれたんでゲスよ! ったく、少しは年寄りを労わってほしいでゲス!」
「それで…ここにカービィがいるってこと、どうしてわかったの?」
フームは村人たちに向き直り、尋ねた。
「それがさ、運よく原っぱのところでメタナイト卿に会えて、ここまで案内してもらったんだよ」
「ただ何というか…わたし達のこと忘れてるみたいなのよ」
占い師のメーベルが顔を寄せ、小声でつけ加えた。
彼女の視線を辿ったフームは、村人たちから少し離れたところにメタナイト卿が立っているのに気が付いた。
マントに半身を包み、どこか疲れた表情で村人たちの方を見ている。
しかしマスターハンドの話では、彼は既に森のワームホールまで送り届けられたはずだった。
考え込むフームのもとを離れ、“チービィ”がメタナイト卿(?)の方へと駆け寄っていった。
「ぽよっ! ぽよぽよ、ぽぉよ!」
手をぱたぱたさせ、何かを報告している風である。対し、メタナイト卿(?)は表情を和らげ、こう言った。
「…そうか、無事解決したようだな。良かったな、チービィ」
その言葉で、フームは悟った。
「“もう1人の私”ってこのことだったのね…」
「何かわかったのか?ねえちゃん」
「彼は平行世界のメタナイト卿なのよ、きっと。ここでファイターをやってるほうなんだわ。だから私たちのこと知らないのよ」
「へぇー…! メタナイト卿まで2人いるのか!
これじゃ、他にナックルジョーやシリカがファイターになっててもおかしくないだろうな!」
2人の話を怪訝な表情で聞いていた村人たちに、フームは
「ププビレッジに戻ったら説明するわ。色々と複雑なことがあったのよ」
と、言った。
ファイターのカービィは城の廊下を慌てて走っていた。
遊び疲れて眠ってしまい、危うくチービィの見送りに遅れてしまうところだったのだ。
途中、ホールでメタナイトと鉢合わせする。
「あ! メタナイト! きみのそっくりさんがね、村人がシワに…じゃなかった世話になったって言ってたよ」
「私に似た人が…?
……そうか、そういうことかもしれんな…」
考え込み、納得がいったという風に呟く。
「何が?」
「先ほど人を案内したのだが、色々と訳のわからないことを言われたのだ。“卿”だの、大王の部下だの―」
かぶりを振り、ため息をつく。
「―自分が2人いるとは、これほどまでに厄介なことだったのだな…」
「んー…よくわからないけどお疲れ様、なのかな?
…じゃ、ぼくチービィ送りに行ってくるからね」
「そうか。私はこれから試合がある。代わりに彼によろしく伝えてくれ」
「わかったぁー!」
手を振り、カービィはホールを後にする。
城と森の間の小道に、マスターハンドの開けたワームホールがあった。
まるで縁のないテレビが空中に架かっているかのように、出口の風景、街外れの森の様子がくっきりと見えている。
チービィはすでに、フーム達と共にここを通っていったはずである。
その中に飛び込みかけたカービィは、後ろから近づいてくるファイターの声を耳にして、ふと立ち止まった。
「―やっぱりもう二度と会えないのか?」
確かめるように聞く若い男の声。マリオの声だ。
「おそらくな…。
マスターの話では、あのワームホールはかなり無理をして架けられていたらしい。それほどここと向こうは繋がりにくいのだろう。
そしてそもそも、マルクとチービィがここに来られたのも、ほとんど偶然のような出来事だったのだからな…」
低く、冷静に話す女性の声。こちらはサムスの声だ。
「そうか…」
マリオの声が沈む。しかし彼は無理に元気をだし、続ける。
「…あーあ! そうとわかってたらな。もっと遊んでやりたかったなぁ…!」
ふと、サムスが立ち止まる。マリオも、空間の裂け目の前にいるカービィに気が付いた。
「カービィ、まだ行ってなかったのか…?」
マリオは、今の話を聞かれたしまっただろうかと懸念しつつ、声をかける。
カービィはいつもの笑顔と共に振り向いた。
「マリオたちもまだだったの? 早くしないとチービィ行っちゃうよ~!」
そうからかうように言って、ワームホールへと飛び込んでいった。
夕日がどこか懐かしい橙色に染める、街外れの森。
フーム達が最初に現れた場所だ。
ここに来たとき上空に開いていた穴は、マスターハンドがなんとか移したようで、歩いて入れる高さに浮かんでいた。
穴の縁はよく見ると、小刻みに震えている。表面を流れる虹色のさざなみもどこか落ち着きがない。
まもなく穴が閉じてしまうしるしなのだろうか。
それでもスマッシュブラザーズとププビレッジの人々は森の前にたたずみ、名残惜しそうに別れの言葉をかわしていた。
特に“チービィ”のまわりには見送りに来れたファイターの多くが集まっている。
「長かったような短かったような…やっぱり短いですね。あっというまです」
緑の恐竜、ヨッシーがそう言って鼻をくすんと鳴らした。
その肩を風の勇者、トゥーンリンクが叩く。
「おいおい泣くなよ。こういう時は笑って送らなきゃな、笑って!」
「ぼくらのこと覚えててね、チービィ!」「名前もね!」
アイスクライマーのポポとナナが言う。
チービィは片言ながらファイターの名前を覚えつつあった。
しかし何故か、ポポとナナだけはどうしても“ロロロ”と“ラララ”、良くても“ロロ”、“ララ”くらいにしかならなかったのだ。
「ぽよっ!」
チービィはもちろん!というふうに頷いた。
「何を聞いてもぽよなんだなぁ~!」
笑い声が上がる。
「あなた達のこと色々と誤解してたわ…ごめんなさい」
フームはマリオとソニックにそう謝った。
誘拐のこともそうだが、他にも謝ることはあった。
フームは初め、ファイター達はここに無理矢理連れてこられ、戦うことを強制されているのだと思い込んでいた。
しかし、城でくつろぐ様子や彼らの戦いぶりを見て、彼らは自ら望んでここに来て、戦っているのだと気が付いたのだ。
そんなフームを、ソニックは手を振って遮る。
「謝るのはこっちの方さ。まんまとマルクに騙されたんだしな」
「そう。君達に迷惑を掛けてしまってすまなかった」
「そんな…わたしだって恩人を誘拐犯と間違えちゃうなんて……」
なおも反省しきりのフームに、マリオが手を差し出した。
「お互いマルクに騙されたんだ。おあいこってとこさ」
フームはようやく表情を明るくし、その手を握った。
「…失礼。ププビレッジの方々、そろそろ向こうへ渡り始めたほうが良い。あと十分と持ちそうにない」
ファイター達の背後に浮かぶマスターハンドが、低いがよく通る声で言った。
虹色の膜の向こうへ、村人が1人、また1人と姿を消していく。
何人か胴回りの心配なものがいたが、何とかくぐり抜けることができた。
フーム達3人も、ファイター達に見送られて歩いていく。
「色々あったけど、カービィが見つかって良かったな!」
「ぽよぃ!」
カービィは片手をあげて笑顔で応えた。
「ええ、そうね! …そういえばブン、空中スタジアムはもういいの?」
「ん? ああ。目の前でファイターが戦うの見れたし、充分さ! それに一緒に遊べたし!」
ブンは振り返り、ファイター達に手を振りかえした。
リュカやトゥーンリンク達、子供ファイターがブンや“チービィ”の名前を呼んでいる。
「ファイターってほんとに色んなやつがいるけどさ、話してみたら案外同じなんだ。何かこう…おれ達と似てるっていうか」
「通い合うものがあるってことね」
姿形は違っても、彼らには自分達と同じ心がある。
しかも、大きくかけ離れた世界から集まった彼らは、お互いの違いを認め合い、ここで協力し、切磋琢磨している。
マルクがカービィをさらったのは許せないが、おかげでスマッシュブラザーズと出会えたことを、2人は嬉しく思っていた。
それはたぶん、カービィも同じだろう。
フームとブン、そしてチービィが穴の前までたどり着いた。
「とうとう行っちゃいますね…」
ピットがぽつりと呟く。
二度と会えないのなら、少しでも長く彼らの姿を目に焼き付けておこうと、ファイター達は3人をじっと見つめる。
ふと、チービィが立ち止まった。
こちらを振り返り、誰かを探すようなそぶりを見せる。
やがて、幼い声が呼んだ。
「かーびぃ?」
一瞬ののち、自分が呼ばれているのだと気づき、カービィが駆け寄る。
幼き星の戦士はその手をとり、何か問いたげな目ではるかぜの旅人を見上げる。
橙色に照らされた草原を、一陣の風が通り抜けていった。
無言のうちに、やがてカービィはその意図をくみ取り、力強く頷く。
どんなに困難だろうと、そこに少しでも可能性がある限り。
そして、本心から言った。
「また…会おう!」
<パラレル・カービィ 完>