気まぐれ流れ星二次小説

鋼鉄の国に紅の葉を


原初、ばらばらの破片に過ぎなかった世界。

『両手』と呼ばれる二柱神がそれらを縫い合わせ、統合し、『交差世界』と名付けた。

それぞれの破片は互いに交流し、共鳴して、瞬く間に成長していった。

時に交差世界の存在をも脅かすような文明が現れることもあったが、

二柱神がその枝を切り、新しい道を創ることで、交差世界は滅ぶことなく発展してきた。

…しかし、真の脅威は世界の外にあった。


“虚無の王 亜空より来たりて 世のすべてを滅ぼす”

大巫女によるこの予言を聞き、世界中の国々が我が国から“英雄”を輩出せんと、熟練の勇士、老練な魔導師、あるいは選りすぐりの軍隊を送り出した。

虚無の王を倒した“救世主”の威光を背にこの交差世界に君臨することを、玉座にふんぞり返る権力者達は夢見た。

一方で彼らに送り出された未来の英雄達は、広い交差世界の中、虚無の王を探し求めてあくせく旅をしているのであった。

川沿いを歩く4人の男達。先頭を歩くのはハイラルの勇者、リンク。
彼もまた、ハイラルの王が“英雄”とするべく送り出した青年である。
剣と盾を背負い、朝からずっと歩きづめなのにも関わらず、少年時代の面影が残る純粋な瞳で前方を見つめ、歩を進めている。

一方、4人の最後尾にいるオーバーオールの男が、疲れ果てた声で言う。

「おぉい…は、はらが減ったんだが…」

彼はキノコ王国の格闘家、マリオ。
今でこそ弱々しい声を出しているものの、食事さえとれば王国1、2を争う炎の戦士となる。

「あと10分も歩けば次の都に着く。もう少しの辛抱だ」

そう励ましたフードの男はウォッチ。数少ない“黒”魔法の使い手だ。
枯れ草色のマントに身を包み、フードを深々と被った彼の、真の姿を見たものはいない。

4人目の男は2人のやりとりに大して興味も示さず、黙々と歩いている。
さすらいのガンマン、フォックス。
発明されて間もない“拳銃”を使いこなす獣人だ。

リンクの仲間となり、旅する一行は、虚無の王についてのさらなる情報を求めて、川沿いに港町ドルピックを目指していた。

ウォッチの言葉通り、まもなく丘を越えた4人の前に鋼鉄の国インダストリアの首都メックアイが姿を現した。
鈍色をした無骨な金属のオブジェが絡まり合い、黒い煙を絶えずはき出している。
雑多で巨大な構造体の中から目立ってすらりと立ち上がるのは、国王の住む城である。
陽の光を反射し、なめらかな銀色に輝いている。

「城まで金属で出来ている…?」

緑豊かなハイラルで育ったリンクには、目の前の光景があまりにも非現実的に映っていた。

「鋼鉄の国インダストリアは技術先進国。
その技術力から、国土の狭さにも関わらず、戦力は交差世界の中でも上位の方に入る。“小さな大国”と呼ばれる由縁だ」

淡々と解説するウォッチ。

「そんなことどうでもいいから…はやく…」

後ろでマリオが音を上げた。

交差世界冒険記
第★話  鋼鉄の国に紅の葉を
- Technopolis and Autumn Leaves -

しばらくして、4人は首都の食料品店にいた。
この都市では、我が物顔に立ち並ぶ工場の隙間に、点々と住居や店が押し込められていた。
この店も店内はひどく狭かったが、品揃えだけは豊富だった。

棚の列を巡り、マリオは次々と食品を取りだし、抱える。
先ほどまでの元気のなさはどこへやら、軽い足取りで会計をしに行こうとする。
と、途中でウォッチに捕まった。黙ったままマリオの持つ食品の山の半分を取り上げ、棚に戻しに行く。

「あ…おい!」

「…私達の残金がどれくらいだと思っているんだ。それに、こんなに必要ないだろう?」

リンクがハイラルの王から渡された資金はとっくに底をつき、4人は互いのポケットマネーを出し合って
行く先々の街で働いたり、少しでも安いものを買ったり、涙ぐましい努力をして節約してきた。
値の張る料理店には行かず、買った食品で食事を済ませるというのも、その工夫の一つである。

「ちぇーっ!けち!どけち!」

財政難だということを十分わかっているマリオは、ウォッチの背に向かってそう悪態をつくだけにし、
しぶしぶと会計に向かっていった。

「…まずい」

「まずいですね…」

狭苦しい宿屋の一室。ウォッチとリンクは最初の一口で固まってしまった。
総菜は、どれも油がしみすぎていたり、はみ出たソースにまみれていたり、冷めていたり、ましなものが無かった。

「これを作った人の舌はどうなってるんですかね…?」

げんなりとしているリンクの横で、フォックスが「人じゃあねぇ」と言った。

「ここの食べ物は工場で作られてる。味もまぁ…こんなもんだろ」

そう言いつつ、さして美味しくなさそうな顔で煮物を口に運ぶ。

窓のすぐ外には、工場の無機質な壁が立ちふさがっていた。日当たりも何もあったものではない。
兵器か、衣類か、食品か。何を作っているのかはわからないが、工場からはひっきりなしに騒音が鳴り響いていた。

「なぁ、リンク。食べないなら俺が食べてやろうか?」

体に悪そうな排煙ただよう窓の外をぼんやりと見つめ、早くも緑が恋しくなり始めたリンクに、マリオが声をかける。

「え?でもこれ、まずくないですか?」

「まずい!…けどさ、残すのもったいないだろ?」

ぱっとしない昼食を済ませ、秋とは思えない熱気広がる外に出た4人は、首都の中心、王城のある地区に向かっていた。
街の人々の情報によれば、王には何か困りごとがあるらしい。
出来るだけ早く解決したいのか、金に糸目はつけないというのだ。

王城に近づくにつれ、道は広くなり、建物のデザインも洗練されたものとなっていく。
しかし、空をただよう鉛色の煙や、建物につくススが“工業大国”をいやがおうにも語っていた。
四方から覆い被さるような建物に囲まれ、4人は自分が蟻ほどに小さくなってしまったような気になった。

「しかし、招待状も何もなしに、王城に入れるのか?」

フォックスが一行の頭脳、ウォッチに尋ねる。

「その点については大丈夫だ。私達には勇者がいる。
インダストリアほどの大国の王ともなれば、彼の名を知らないわけがない。」

ウォッチは前を行くリンクを示し、小声で答えた。

リンクはかつて、魔王ガノンドロフを倒し、さらわれたハイラルの王女ゼルダを救ったことがある。
その日から、彼は勇者と呼ばれるようになった。

しかし、この物語はここで終わりではない。

リンクとゼルダ、2人の間には純粋な愛が芽生えたのだが、
一介の狩人でしかないリンクをハイラルの王は快く思わず、
虚無の王退治にかこつけて、彼を国から追い出してしまったのだ。

今でも王族や結婚という単語を不用意に聞くと、リンクは落ち込んでしまう。

一方、背後で交わされる会話も知らず、リンクは城下町の様子を眺めていた。
工場のはき出す重苦しい熱気の中、行き来する人々のほとんどは、似通った無彩色の服に身を包み、
すり切れた無表情を顔に貼り付け、それでも足だけは速く、歩いて行く。

あちこちで工場の扉が開き、人が出入りし、閉じ、を繰り返している。
その度にひしめく歯車や、赤々と燃える炎が顔をのぞかせた。

どこを向いても金属の鈍色や炎の赤、煙の黒しかない。

無意識に緑を求めていたリンクは、工場に挟まれて忘れられたようになっていた緑地を見つけ、思わず駆け寄った。

そこは、ただでさえ周囲を工場に囲われているのに、空は厚く煙に覆われ、草地はほとんど枯れかけていた。
木もやせ細り、その葉はその大半が黄変している。

リンクは信じられないという表情で木の表面に手を置く。
彼の国では、こんなになるまで木や草を放っておくなど考えられないことだった。

果たして、リンクの名を聞いただけで、インダストリアの王は一行を謁見の間に通させた。
国の近代的な印象にそぐわず、伝統的な王族の衣装に身を包む四十代の国王オストワルトは、
遠方の勇者の訪問に興奮しているのか、この国の歴史や産業についての自慢話を一方的に語り始めた。

「―こうして我が国は列強の称号を得たのだ。
しかし…インダストリアには足りぬものがある」

長々と語り尽くした後、やっと国王の話の方向が変わった。

「…勇者だ。この国には虚無の王を倒そうという気概のあるものがおらん。
我が国に出来ることと言えば、そなた達のような勇者に支援をすることのみ。
ただ代わりといっては何だが…そなた達に解決してもらいたいことがあるのだ」

やっと本題に入ったか、とマリオとフォックスは姿勢を正す。
リンクはあの緑地についての考え事から意識を戻し、ウォッチはわずかに顔を上げた。

「10歳になる王女メイプルが、どうしたことか公務を拒否し、城から出なくなってしまった。
この街の東にある山が紅葉で一杯になるのを見たい、そうしないうちは城から出ない、と言ってな」

「…?ここにはまだ紅葉が訪れてないのですか?」

リンクが尋ねた。10月も下旬となり、先日通った山道は美しい赤や黄の色彩で彩られていた。
さほど離れていないインダストリアにも、その片鱗くらいは訪れていて良いはずだった。
しかし、王は意外そうな顔をする。

「他ではもう始まっとるのか?…ここでは四季の別がはっきりしなくてな。
学者どもは工場の煙やら熱が原因だと喚いておるが、インダストリアの発展と栄光のためには、木々がどうなろうと知ったことではない」

王がそう言って肩をすくめ、リンクはその言葉に内心顔をしかめた。

「とにかく、一国の王女が引きこもりとなっては内外に示しがつかぬ。
礼は惜しまぬから、この難事を解決して頂きたい」

「あの山を紅葉で一杯にしろってかぁ…」

高台から街の東を望み、マリオがぼやいた。
眼下の街並みは傾きはじめた日の光に照らされ、ぎらつく光をてんでばらばらに、騒々しくまき散らしている。

「ずいぶん簡単に言うよな。どうしろっていうんだ?
山全体冷やして紅葉させるか?
それともどっかから紅葉した木を引っこ抜いて植えるのか?」

街の大部分を占める工場が作り出す、あまりきれいとは言えない雲海に見え隠れしつつ、山は申し訳なさげにそこにあった。
木々は永遠の夏に貼り付けられ、疲弊したような緑色をしている。

「方法は今ウォッチさんが見つけ出してくれますよ。きっと」

3人は高台にある国立図書館の前にいた。ウォッチは図書館にこもり、紅葉について調べている。

「しかしメイプルだかシュガーだか知らんが、王女もずいぶんなワガママを言ってくれたもんだよな」

「…そのわがままに俺たちの生活がかかってるんだぜ」

フォックスが言った。建物の壁によしかかり、目をつぶっている。
高台のため風通しは良いものの、それでも街は暑かった。今が秋だとは信じられないくらいに。
3人は話すこともなくなり、建物の陰を避暑地として佇んでいた。

この街の人々は自然に対し、あまりにも無関心すぎる。
リンクが東の山の名前について尋ねても、誰一人として名を知る者はいなかった。
王も、自然は利用するものとしか思っていないようで、王女の一件が済めば、あの山の木々は工場の燃料用に切り倒すと言っていた。

これではここの人々が木々をほったらかしにするのも当然だ、とため息をつき、
鋼鉄の街から目を背けようとしたリンクは、途中で城のバルコニーに小さな人影を見つけた。

服装の上品さと見た目の年齢から、メイプル王女だろうと察しがつく。
淡いオレンジ色のドレスを着て、バルコニーに小さな手をつき、遠くを眺めている。

大自然の中で育ってきて視力の良いリンクは、
金色のゆるい巻き毛が寄り添う彼女のあどけない横顔に、ふさわしくない悲しみの色があるのに気がつく。

視線の先には、あの名もない東の山があった。

「手段は見つからなかったが、手がかりはあった」

日が暮れかかる頃、やっと出てきたウォッチはそう言った。

「ちょうどいいことに、今、“春風の旅人”が郊外にあるアナカプリの丘に来ているらしい。
明日、そこに向かって彼から知恵を貸してもらおう。」

「誰だ?その“春風の旅人”って…」

マリオが目をぱちくりさせる。

「私も話にしか聞いたことはないが、中々の知恵者として有名な人物だ。
世界中を旅し、プププランドや妖精の国リップルなど、数々の国を救っているそうだよ」

「ふーん…ま、そいつを頼るしかないか」

夜になっても街は眠らなかった。
こうこうと灯る街灯と、鳴り響く様々な音―重々しい低音、金属のぶつかる音、排気音の大合唱―が4人の眠りを妨げている。

「あぁぁ眠れねェ…」

マリオが頭まで被った布団の奥からうなる。

「すみませんマリオさん……僕のせいで…」

向こうでリンクが消え入りそうな声で言う。
過度に勇者扱いされることを好まない彼は、王が一流の旅館に泊めてやるというのを断ったのだ。

「いやお前のせいじゃないよ…。きっとどこに泊まっても同じさ」

マリオは半ばあきらめの声で言った。

そのとき木のきしむ音がし、誰かがベッドから降りた。

「おい…どこ行くんだフォックス」

「…酒場」

その答えに、マリオもベッドからがばっと起き上がる。

「なっ…何?!ただでさえお前の弾代でサイフは火の車なんだぞ?この上酒場に行くなんて…」

「よく言うな。お前の食費の方がよっぽど俺たちを圧迫してる」

「何だと…?言ったなぁキツネ男!」

痛いところをつかれ、マリオが憤慨する。

「やるか?ヒゲ男!」

顔のことを言われ、フォックスも応戦した。ポケットから手を出し、姿勢を低くする。
売り言葉に買い言葉。マリオがベッドから降り、フォックスの方へとじりじり歩み寄っていく。

「待ってください2人とも!」

そこに、リンクが慌てて割って入った。

「ここでけんかするのはよして下さい!他のお客さんに迷惑が掛かります!」

「……わかったよ」

しばらくしてマリオがぼそっと言い、渋々枕を持った手を下ろす。

やがて宿を出て行ったフォックスの後に残された、空のベッドを見ながらウォッチが言った。

「フォックスも金のことは分かっている。眠るのに必要最小限の量しか飲まないはずだ」

翌朝、一行は街を抜けてアナカプリの丘目指して歩いていた。
リンクとマリオは一晩中の光と騒音で寝不足らしく、ぼおっとした顔をしている。
一方、フォックスはいつものポーカーフェイス、ウォッチは顔自体が見えない。

民家のある丘の頂上まではまだ距離がある地点で、4人はテントを見つける。
近づいていくと、一人用らしいこぢんまりとした淡い黄色のテントの前に、何かが倒れているのに気がついた。
ピンク色の肌をした球人ほしのひとだ。

「…!大丈夫ですか?!」

駆け寄ったリンクは、その人を揺さぶる。

「んぅう…もう食べられない」

球人は、目を閉じたまま幸せそうに呟いた。どうやらただ寝ていただけらしい。

「テントがあるのに外で寝るなんて、変な奴だな…」

フォックスが呆れたように呟く。
4人の見る前で、球人はあくびをし、ぱちりと目を開けた。

「ふぁぁ…。……あ!おはよう!」

初対面の人物に囲まれた状況で、彼はのんきにそう言う。

「ここはいつも暖かいから、ついつい眠っちゃうんだよね~」

草原に立ち上がった彼の身長は、子供ほどしかない。
ウォッチが尋ねた。

「私達は“春風の旅人”を探している。彼の居場所を知らないか?相談したいことがあるんだ」

「うん。何?」

ウォッチと球人の間に、奇妙な沈黙が流れる。

「…相談したいことって何?」

球人がじれったそうな顔をする。
その様子に、ウォッチははっとした。

「…まさか…。
……君が“春風の旅人”なのか?!」

「うん、そうも呼ばれてるみたいだね。でも、堅苦しいからカービィって呼んで!」

一行から王の依頼について聞いたカービィは「なぁんだ!そんなことなの?」と、明るい声で言った。

「ここらへんの木は秋を忘れちゃってる。だから紅葉しないんだ。秋を思い出させれば良いんだよ」

そう謎めいたことを言い、腰掛けていた岩からぽんと飛び降りる。

「この丘を越えて北にずっと行ったところの洞窟に、“あきのおもいで”がある。
それをメックアイの街に持って行けば解決するよ」

「あきのおもいで…?」

訝しげな顔をするリンク。思い出などという実体のないものをどうやって持ち帰れというのか。

「“あきのおもいで”…聞いたことがある。古に栄えた種族の遺物だとか。
しかしそんな貴重なものが、この近くにあったとはな」

ウォッチが腕組みをし、感心したように言う。

「もう聞くことはない?」

「ああ。ありがとう、参考になった」

「どういたしまして!じゃあぼく、もうひと眠りするよ」

テントに向かいかけ、カービィはふと思い出したように呟いた。

「それにしても、メイプル王女はなんで山を紅葉で一杯にして、って言ったのかなぁ?」

その呟きを背後に聞き、一行と共に歩きかけていたリンクは立ち止まる。
脳裏に、昨日見た悲しげな王女の横顔がよぎった。

アナカプリの丘の頂上にある村に着いた一行は、素朴な雰囲気の料理屋で昼食を取っていた。
街の郊外ともなれば物価も安く、その上食べ物もちゃんと畑で作られたものになっていた。

民家に少し手を加えただけ、といった様子の店内でテーブル一杯の料理を囲み、4人は話に花を咲かせていた。

「やァ、やっぱり旅はこうでなくっちゃな!」

麺料理を取り分け、マリオが満面の笑みで言う。

「おいおい、俺たちは観光しに来てんじゃねぇんだぞ。
それに、こんなに食って大丈夫なのか?」

イスに背中をあずけ、腕組みをしてテーブルの上をどこか心配そうに眺めるフォックス。

「へっ!昨日酒飲みに行ったやつが言うセリフかよ」

ニヤニヤ笑うマリオ。

「心配するな。ここまで手がかりがあれば依頼は解決したも同然。
まぁ万が一解決しなかったとしても、マリオが体を張ってこの食費を補ってくれるだろう」

ウォッチがフードの奥から落ち着いた声で言い、マリオが吹き出す。
幸いにも、料理を口に入れる前だった。

「な…何で俺だけ?!お前らも働けよぉ!」

「私達4人の中で一番大食いなのは、マリオ、君だと言わざるをえないからだ」

事実、マリオの前には小皿に取り分けた料理が山となっている。
普段から大食いなのにも関わらず太る様子のない彼について、
ウォッチは食べた分のいくらかが炎の燃焼に使われるのではないか、と密かに仮説を立てている。

「なんだよ大食いって。お前らが小食過ぎるだけだってぇの!」

むっとしつつも、マリオはわしわしと料理をかきこみ始めた。
ふと、リンクが全く料理に手をつけていないことに気がつく。

「…おーいリンク、食べなきゃ持たんぞぉ!これから洞窟攻略なんだからな」

その声に、リンクははっと顔を上げる。何か考え事をしていた様子だ。
マリオはにっと笑い、付け加える。

「ほら、よく言うだろ?腹が減っては戦は出来ぬって!」

丘を下って北に進むと、山脈地帯につきあたった。
カービィの言葉通り、険しい山肌に、思い出したように洞窟が口を開けている。

洞窟の前には、意外なことに先客がいた。
4人のことを待っていたらしく、近づいてきた彼らに「やぁ!」と声をかける。

髪に合わせ、青を基調にした服を着込み、マントに鎧と、高貴な印象を漂わせているこの青年の名は、マルス。
神剣ファルシオンを手に、地竜王メディウスを倒したアリティア王国の王子だ。
若いながらも剣の腕は凄まじく、虚無の王退治に名乗り出るのでは、と注目されている。

「久しぶりだね。ドーナツ平野での一件以来かな?」

いつも通り、爽やかに挨拶するマルス。
勇者の手本として彼のことを尊敬しているリンクは「マルスさん!」と嬉しそうに道を駆けていったが、
育ちか、顔か、マルスと相容れないものを感じているマリオは「何でお前がここにいんだよ…?」と眉間にしわを寄せた。

あからさまに向けられる不満げな視線を、笑顔ではね除けるマルス。

「いや、ちょっとオストワルト王に用事があってね。
そしたら彼から、メイプル王女のことを聞かされてさ。何とか力になろうと思って」

「見たところ従者がいないな。…また“お忍び”か?」

フォックスが咎めるように片眉を上げる。

「まあ…ね。僕がここに来るなんて知ったら、みんな止めるだろうしさ。
でも悲しそうにしてるメイプル王女を放っておくわけにいかないし、こっそり宿を出てきたんだ」

「放っとくわけにいかないっておい…お前には恋人がいるんじゃなかったのか?」

皮肉っぽく突っこむマリオ。

「ははっ!君は相変わらず面白いね、マリオ君!」

本心から言っているようだ。

「もちろん僕の、シーダへの愛は不変だ。
それに僕がメイプル王女を心配するのには下心なんてない。誰だって子供が悲しんでたら手をさしのべるだろ?」

こんなセリフが嫌味に聞こえないのは、彼の特技といっても良いかもしれない。

「さてと、リンク君。君たちがここに来ることは“春風の旅人”から聞いていたよ。
どっちが先にメイプル王女に笑顔を取り戻すか、勝負しようじゃないか」

洞窟の中は思っていたよりも広く、複雑に分岐していた。
4人の足音が反響し、まるで何十人もの人が歩いているかのように聞こえる。

「しかしなんであいつが…。
あいつ十分金持ちじゃねーか!十分すぎるくらいによ!
…リンク、この戦い絶対に負けられねーからな!」

洞窟の中をずんずんと進み、ぶつくさ文句を言うマリオ。
何しろこの勝負に負ければバイト地獄が待っているのだ。

「わかりましたから、洞窟の中は慎重に進んで下さい、マリオさん…!」

無謀に突き進むマリオの後を、カンテラを手に慌てて追うリンク。その後ろをウォッチとフォックスが歩く。

「やはり…メイプル王女は、ただわがままを言っていた訳ではなさそうだな」

ふいに、フォックスが口を開いた。

「王子は、王女が悲しそうにしている、と言っていたな。フォックス、何か知っているのか?」

ウォッチが尋ねる。

「…インダストリアには、王妃がいた。
オストワルト王の妻で、メイプル王女の母親であるエルミア王妃だ。
美しく、聡明で、木や草花をこよなく愛する王妃は、国民から慕われていた。
…しかし4年前、彼女は若くして病で亡くなった。
王はひどく悲しみ、その心の傷を忘れようと、インダストリアの工業化に更に拍車をかけていったそうだ」

謁見時、半ば脅迫されてでもいるかのように国の歴史や産業について語っていたオストワルト王を思い出し、
リンクはなるほど、と頷いた。

「また、オストワルト王は内政にうちこみ、メイプル王女のことを構わなくなっていった。
王妃の生前は一家で国内視察と称して旅行に出たりしていたのが、ぱったりとなくなった。
王女はいつも城に放っておかれ、たまにパレードの時に同席するくらい」

「フォックス…いつの間にそんな情報を…?」

リンクの横に戻ってきて、フォックスの話に耳を傾けていたマリオが目を丸くする。

「フォックスさん、昨日の酒場で情報収集をしてきてくれたんですね!」

賞賛の色をにじませ、リンクが言う。
フォックスは、照れくさいのか「酒のついでだ」と、横を向いてぼそっと言った。

「ふむ…考えるに、王女は父に振り向いてほしくて、無理難題をふっかけた…ということか」

ウォッチが腕組みをし、天井を見上げた。

「じゃあさぁ、俺達、別に“あきのおもいで”取ってこなくたって良いんじゃないか?
帰って王に、王女をもっと構ってやれって言やぁいい話だろ?」

「そういうわけにもいきませんよ。だって、まだマルスさんとの決着がついてません」

「あんなやつ放っときゃいいだろ―」

ふいにリンクが立ち止まり、マリオは危うくぶつかりそうになる。

「ここ…さっきも通りませんでしたか?」

振り返り、リンクが言った。

引き返し、同じ道を何度も通り、様々な分岐、行き止まりを調べ尽くし、疲れ果てた4人は初めの分岐点まで戻ってきた。

「何もなかったな。残るはマルスの選んだ右の道…」

言いかけて、ウォッチは右の分岐からマルスが戻ってくるのに気がつく。

「あれっ?」辺りを見回し、「また戻って来ちゃった」マルスは笑いかけた。

「王子、そちらの道も何もありませんでしたか?」

ウォッチが聞くと、マルスは頷いた。

「ヒントの文字も、意味ありげな仕掛けも、何もなし。
ただ、分岐と合流と行き止まりが繰り返されてるだけだったよ」

「あのカービィってやつ、ウソついたんじゃないだろうなぁ…」

帽子に手をやり、ため息をつくマリオ。

「ウソついたってあいつに得はないだろ」

至極冷静に切り返すフォックス。

一方、リンクは1人で、熱心に最初の部屋を調べていた。
前には左と右の分岐、そして真ん中の壁に掘られた古代文字。ウォッチによると“引き返せ”という意味らしい。
しかし、後ろにあるのは洞窟の入り口のみ。そこから外の明るい光が部屋一杯に差し込んでいる。

「…ウォッチさん」

やがて、何か掴んだのか、リンクは壁の文字を見ながら言う。

「この文字、“引き返せ”と書いてあるんでしたよね?」

「ああ…」

と、頷きかけたウォッチははっと気がつく。

「…いや、正しくは“戻れ”とある。“引き返せ”というのは私の意訳が入っている。大して違いは無いと思うが」

「なるほど…」

洞窟の奥へと続く道は左右の分かれ道のみ。ヒントらしいヒントは“戻れ”の文字。
しかし、反対側には日の照る外に通じる入り口しかないように見える……見える?

「…ウォッチさん、洞窟の入り口を塞いでくれますか?この部屋を暗くしたいんです」

「わかった」

ウォッチが右腕をさっと上げると、黒く、薄っぺらい一枚板が現れ、入り口をぴったりと塞いだ。
たちまち部屋は闇の中に閉ざされるが、間髪入れずカンテラの火がついた。

「おお…」「わぉ!」

男達は驚きの声をあげた。
洞窟の入り口の横、そこに第4の道があった。
それまで入り口から差し込んでいた日差しの眩しさに覆い隠され、見えていなかったのだ。

「“戻れ”というのは、立ち去れという警告の他に、戻ってこの道に入れという隠された意味もあったのでしょう」

「盲点…灯台もと暗しってやつか…?」

「すごいよ、リンク君!やっぱり謎解きは君には敵わないなぁ」

「っし、さっさと進もうぜ!」

先ほどまでの停滞した空気は去り、勇者一行と王子は意気揚々と第4の道へ進んでいった。

道はすぐに下りとなっており、まっすぐに地中の暗い深みへと進んでいく。
5人は確実に当たりをひいたようであった。
進むたびに彼らは、落とし穴や仕掛け矢など、侵入者を阻む様々な罠と出くわした。

しかし、先頭を進むリンクが矢やブーメランを用いてその罠を事前に発見し、暴いていくので問題はなかった。
どこに、どういった罠があるか。
それは彼を勇者たらしめた冒険での経験を使えば、リンクには難なく分かるのである。

やがて、リンクの足が止まった。
いつでも引けるように、と構えていた弓をゆっくりと緩め、下ろす。

視線の先、通路の向こうには、暗く巨大な空間があった。
後ろのフォックスが追いつき、持っていたカンテラを高く掲げてみるが、
その光は岩のドームに満ちる闇に飲み込まれ、詳細な様子を浮かび上がらせることはできなかった。
広さといい、高さといい、照明と装飾を何とかすれば、ここで交差世界中の王族達を呼んで舞踏会を開けそうだ。

「地下にこんな空間があったのか…」

リンクの呟きはドームの空間に吸い込まれ、こだまともいえない微かなささやきが返ってくる。

「…リンク、あれだ。あれが“あきのおもいで”だ」

リンクの横に並び、小手をかざしてドームを眺めたウォッチが声を上げた。
ドームのまさに中央、祭壇の上に橙色の小さな石が浮かんでいるのが、辛うじて見える。

「よし、マルス。この道を見つけたのはリンクだ。ってことで、この勝負は俺達の勝ちだな」

得意げにマリオが言ったが、マルスは落ち着いた笑みを浮かべる。

「いや、僕は言ったじゃないか。“どっちが先にメイプル王女に笑顔を取り戻すか”ってね。
だから、まだ決着はついてないよ!」

言うが早いか、王子は駆けだした。
リンクの制止も聞かず、マリオもむきになって後を追う。
仕方なしにリンク、ウォッチ、フォックスもその後に続いた。

紅葉しかけた木の葉のような橙色をしたハート型の石が、光る球体に包まれているのが見えてくる。
抜きつ抜かれつ併走するマルスとマリオの手が石に伸びかけたとき、

「待て!」

ウォッチの鋭い声がとんだ。
驚き、たたらを踏む2人の前で、光る球体が姿を変えた。

鮮明な緑色がにじみ出るように球体を覆い、同じ色をした鳥の翼のような物が一対生え出る。
首のない鳥、初めはそう見えた。しかし、球体の体に白い一つ目が現れるのを見て、この怪鳥は顔が体にあるのだとわかる。

マリオは拳を構えてバックステップし、マルスも剣を抜いて後退する。
リンク達3人がすぐに2人に追いついた。

「なんだありゃあ…」

怪鳥から目を離さず、マリオが尋ねる。

「“スフィアローパー”。大きなエネルギーを持つ物質に反応し、現れる異空間の生物だ」

ウォッチが答える。
それぞれの武器を手に身構えた5人の前で、ローパーはぎざぎざの口を開き、金属的な鳴き声をドーム一杯に響かせた。
体内に捕らわれた“あきのおもいで”が、牙の隙間から見える。

「欲しくば倒してみろ…ってか」

フォックスは弾を込めたリボルバーの撃鉄を起こしながら、ローパーを見据える。

先に仕掛けてきたのはローパーだった。

ローパーは翼のひとはばたきでドームの奥に飛び、5人のいるドーム中央へ頭から突進を仕掛ける。
攻撃を見切っていた5人はそれを難なくかわし、ローパーを囲むような位置につく。

相手は1人、こちらは5人。散開して攻撃するのが効率的と見たのだ。
しかし、状況を見たローパーは、口からいくつもの輝く球体をはき出し、5人の手の届かない高みまで飛び上がる。

黄緑色の球体は5人の頭上までふわふわと漂ってきたかと思うと、ふいに電光を放った。
鋭く青い稲妻が地面に突き刺さる。
だがその時にはもう、5人は駆けだしていた。

ローパーは逃げる5人を狙い、次々と球体を放つ。
ドームはひっきりなしに電光に照らされ、落雷の音が天井を揺るがせた。

揺らぎ始めたのは天井だけではない。

「…!気をつけて!床に穴が…!」

気づいたリンクが大声で知らせる。
電光に貫かれたタイル状の床が所々抜け落ち、ドームより暗い闇を覗かせはじめていた。
おそらくその下は、奈落の底。
何とかしてローパーの球体を防ぎたいところだが、こう立ち止まることが出来なくては銃も弓も狙いが定まらない。

次の球体群が上から降ってくる。

「コノヤロオォ!降りてこぉぉい!!」

その時、マリオが跳んだ。

向かってくる球体に、炎で防護した拳を叩き込む。
弾かれた球体はまっすぐローパー目がけて飛び、その片翼にクリーンヒットした。

怪鳥が悲鳴を上げ、落ちてくる。
何とか墜落寸前で持ち直したものの、もう高く飛ぶことはできず5人の頭上ほどの高度に留まった。

5人を近づけさせまいと、ローパーは再び球体を出そうとしたが、球体はことごとく眼前で弾け、消滅する。

「同じ手は通用しませんよ…」

リンクの矢が球体を貫いたのであった。

翼をやられ、機動力の落ちたローパーには、周囲からの5人の攻撃を避けることは困難だった。
マリオの蹴りを避けようとすれば、背後からウォッチの黒い炎に焼かれ、
リンクのブーメランに怯まされた間に、マルスの剣できつい一撃を食らう。

ローパーは、鋭い牙の隙間から苛立たしげにうなり声をあげ、体から電撃を放った。
5人が距離をとり、離れた隙にローパーはドームの奥まで退却する。

その途中、ローパーは何かを出現させた。
球体ではなく、空間の穴のようなものを。
下の敷石が浮き上がり、吸い込まれていく。5人もじりじりと引き寄せられつつある。

5人がその場に足を踏ん張っていると、空間の穴の向こう側からあの電光球体が飛んできた。
穴を盾に、ローパーが放ったのだ。
強烈な吸引力のためにその場を動けない5人に、球体が迫る。

「耳塞いでろ!」

フォックスが動いた。
強風の中転ばないように気を配りつつ、素早く前に出る。
両手で銃を構え、すっくと立つ。

まるで銃と一体になったかのように静止し、次の瞬間

ガァアン! ガァアン!  ガァアァン!

銃声がこだまし、弾丸が空間の穴の中にあるコアを撃ち抜き、砕く。
穴が消滅した。
吸引も止まり、リンクが弓矢で電光球体を排除する。

しかし、ローパーは次の手を用意していた。
電気をまとい、こちらに近づいてくる。
近づくにつれ、まとった電気の鎧からムチのような電撃が何本も伸び始めた。
複雑にうねる電気ムチが空間をなめ、床をたたく。

リンクは近くにいたマリオの元に走り、盾で彼と自分の身を守る。

「すまねーな、リンク!」

「いえ…それにしても手強い敵です」

「あぁ全くだ。5対1だってのによ」

もともと1人用の盾であるため、防ぎきれない電撃が2人の手や足を容赦なく襲う。
ローパーは今や余裕たっぷりにドームの中央に陣取り、何本もの電気ムチを操っていた。

「このまま盾構えてあいつに近づけないか?」

「無茶ですよ!近づくほどあのムチの密度が増します。こんなものじゃ済みませんよ…!」

そう言ったリンクの肩をムチがかすめる。
腕を痛みと共に電気が走るが、辛うじて剣を取り落とさずに済んだ。

「でもこのままじゃ、床も俺達も持たないぜ!」

マリオの言うことももっともだった。
解決策を求め、頭を働かせるリンクは、斜め前方でフォックスと共に、ウォッチのエネルギー吸収魔法“オイルパニック”に守られているマルスが、
魔法の防衛円を越えてローパー目がけて走っていくのに気がついた。

「…マルスさん?!」

愕然とするリンク。
しかしマルスは驚く4人をよそに、動きを読み、身を器用に翻して電撃を避け、ローパーに接近していく。

ローパーも少なからず驚愕の表情らしきものを浮かべ、マルスに向けて電撃を束ね、なぎ払う。
マルスは、動きの流れに身を任せてあざやかにそのムチをかわし、そのままファルシオンを勢いよく叩き込んだ。

怪鳥の悲鳴が響き渡る。

同時に当て損なった電撃の束が床を強打し、打ち砕いた。
ドームの中央から足場が連鎖的に崩れていく中、マルスは4人のいる入り口付近ではなく、
中央の、消えていく怪鳥、その口の中にある“あきのおもいで”目がけて跳んだ。

崩落していく敷石と共に奈落に姿を消すマルス。
後を追い、ウォッチが急いで飛び込んだ。

“黒”魔法の発動時特有の音がし、まもなくウォッチがマルスをつかみ、穴から勢いよく飛び上がってくる。
ウォッチの背から黒く、平べったいパラシュートが広がり、2人はゆっくりとドーム入り口まで戻ってきた。
マルスの手にはしっかりと“あきのおもいで”が握られていた。

通路に退却した5人の背後でドームの床は完全に崩れ、膨大な量の土煙が舞い上がった。

ひやりと涼しい洞窟から出ると、インダストリア特有の、季節を無視したむっとする熱気が5人を待ち構えていた。
アナカプリの丘の向こうには、金属の鉛色と排煙の黒色が凝り固まった都市、メックアイがそびえている。

あそこに戻るのかと思うと、リンクは正直げんなりしたが、自分たちの生活のため、王女のためと思えば仕方がない。
ふと、メイプル王女を思い出し、リンクは足を止める。

――『それにしても、メイプル王女はなんで山を紅葉で一杯にして、って言ったのかなぁ?』

球人の若き賢者、カービィの言葉が耳元によみがえった。
何かが引っかかる。
…紅葉を見たい、ではなく、“山を紅葉で一杯にして”。
はじめに聞いたときには何も気づかなかったが、そこには小さなようで、大きな違いがあるように思えてきた。

また、あのときバルコニーにいた王女は、間違いなく山を見て悲しんでいた。
思い返せば、あの表情にあるのは構ってもらえない寂しさではなく、何かへの憂いだった。
彼女は山を見て何を憂えていたのか…?

ふいに、フォックスの言葉を思い出した。

――『…インダストリアには、王妃がいた。
  オストワルト王の妻で、メイプル王女の母親であるエルミア王妃だ。
  美しく、聡明で、木や草花をこよなく愛する王妃は……

「どうしたの?リンク君」

立ち止まったリンクに、マルスが声をかける。

「…マルスさん、エルミア王妃に会ったことはありますか?」

唐突に、リンクが尋ねる。

「え?…ああ、あるよ。
昔、インダストリアに同盟を結びに行った時にね」

「どんな方でしたか?」

「そうだね…。花のように、繊細で美しい王妃だったよ。
どこか病弱そうな印象があったけど、今思えばその時、すでに病気にかかっていたのかもしれないね。
おおらかな人だけど、自然のこととなると一歩も譲らなかった。
僕の国が同盟を結ぼうとしたときも、そのことでインダストリアの産業化が加速して、木や花がだめになることを心配していた。
まだ6歳の王女も一緒になって、王様に抗議していてね」

そう言って、マルスは懐かしそうな目でメックアイにそびえる城を見やった。

一方、リンクは「なるほど…」と呟いたきり、誰が何を話しかけても上の空で、インダストリアの城に着くまでずっと、考え事に没頭していた。
黙考する彼の頭の中では、少しずつパズルのピースが合わさりつつあった。

謁見の間には、今回はメイプル王女も同席していた。
年の割に利発そうな顔をしており、とてもこの少女があの無茶なわがままを言ったとは思えなかった。
王女は机に身を乗り出し、リンクが包みから取り出したハート型の石を、興味深そうにのぞき込んでいる。
対し、オストワルト王は疑いの色を隠しきれない。

「これであの山を紅葉で一杯にできるのか?」

「お望みとあらば、メックアイ全体を秋にすることも」

ウォッチが答える。

「ほんと?…そうして!」

王女が目を輝かせた。ウォッチは頷き、石を手に、バルコニーに出る。

前方にはくすんだ緑色の山。眼下には鋼鉄の街が広がる。
勇者一行と青髪の王子、インダストリアの王と王女が見る前で、ウォッチが両手で捧げ持った石がふわりと浮かび上がった。

“あきのおもいで”が、解き放たれる。

最初に変化したのは風だった。
インダストリアを厚く覆う熱気を、胸が透き通るような、どこか哀愁に満ちた風がやさしく拭いさっていく。
雲も次第に姿を変え、柔らかく、薄くなり、天の高いところへと移っていく。

そして、目に見える大きな変化が起こった。
前にある山が、山頂から燃えるような美しい赤に染まりはじめたのだった。
“あきのおもいで”は街に点在する木々にも浸透し、街のあちこちで紅の葉をたっぷりと茂らせた枝が道へ伸び出る。

「うわぁ…」

「おいおいマジかよ…!」

「…すごい……これが“あきのおもいで”の力なんだ…」

勇者一行と王子は、ちっぽけな小石が引き起こした奇跡に目を丸くする。

一方、身を乗り出し、かわいらしい歓声を上げていたメイプル王女は、バルコニーの入り口に呆然と立つ王のもとに駆け寄り、その腕を引っ張った。

「父上、あの山へ行こう!もっと近くで見よう!」

「わ、わかった、待て待て。今馬車を用意させるから…」

「そんなの待っていられないわ!今すぐ行きたいの!」

王は王女にぐいぐいと引っ張られ、謁見の間を出て行った。
5人もそのあとに続く。

街を覆っていた煙は、いつの間にかなくなり、騒音も止まっていた。
工場が止まっているのだ。人々は仕事をほったらかし、皆紅葉した木を見上げ、口をぽかんと開けている。

「こ…こら!何をやっておるのだ!」

それを見てオストワルト王は慌てて叱咤するが、臣民は駆けてくる王と王女に驚き、道を空けたり、跪いたりするものの、
誰も工場に戻ろうとはしなかった。

あれだけ分厚く空を覆っていた煙の雲が嘘のように晴れ、建物と木々に等しく黄金色の陽の光が差す中、
王女は王の手を引き、紅葉で一杯の山へ向かう。

山に近づくにつれ、人が多くなっていく。
皆、歩くのも忘れて山に、木々に見入っているのだ。
人々は走ってくる王と王女のために急いで道を空ける。

何とか2人に追いついた勇者一行と王子の前で、王は臣民に、何度目かの叱咤を飛ばそうとするが、王女がそれを止めさせた。

「やめて、父上!」

「…メイプル…。
……しかし、これでは我が国の信用が落ちる。生産を止めてはならないのだ」

言い聞かせる王。なぜ国民が仕事を放棄してまで木に見とれているのか、理解できないという顔だ。
王女は激しく首を振る。

「目を覚まして!
木もわたし達と同じ生き物。木が住めない国にはじきに人も住めなくなるわ!」

王女の目に宿る強い光に、たじろぐ王。まるでエルミアのようだ…。彼はふとそう思った。

「工場を止めてなんて言わないわ。でも…もっと自然と上手くつきあっていく道があるはずよ」

気持ちを言い表しきれず、もどかしげに言う王女。
かぶりを振り、再び王の目を見る。

「父上も山を見て!そうすればわかるわ」

そこで初めて、戸惑いつつも王は背後の山を振り返った。

「おぉ…」

思わず息をのむ。

木々の、自然のあるべき姿が、そこにあった。

溢れんばかりの紅の葉が空を覆い、山を埋め尽くしている。
風が吹くたび、木々は枝をしならせ、葉がざわざわと踊った。
その躍動する紅あかは、不思議なことに火よりも暖かみを感じさせる。
それはおそらく、全てが雪に閉ざされる冬を前にして、木々が今まで溜めてきた生命の力を盛大に溢れさせているからなのだろう。

臣民と共に、木々に見とれている王の隣にいた王女が、ふもとにいるリンク達に気がつき、顔を輝かせて駆けてきた。

「ありがとう、勇者さん!おかげで父上と民に、紅葉を見せることができたわ!」

リンクを除く4人は予想外の言葉に戸惑ったが、リンクだけはその意味を知っていた。

「王妃様もきっと、喜んでおられますよ」

リンクは微笑み、そう言った。
吹き渡る風がその言葉に反応したかのように、山を覆う楓の、美しく赤い葉をそっとそよがせていった。

しばらくして、城を出た勇者一行と王子は、街を歩いていた。
午後の陽の光が石畳の上ではじけ、金属の街並みを明るい橙色に塗り替えている。

「なぁ…そろそろ説明してくれたって良いんじゃないか?」

マリオがリンクを小突いた。

「何をですか?」

「とぼけるなよ。あれだよ、王女のほんとの狙い!」

「…あぁ!そのことですか」

マリオだけでなく、フォックスやウォッチ、マルスも耳をそばだてる。

「王女は、王妃に代わって、王と国民に自然の素晴らしさを教えようとしていたんです。
自分が王妃から教わったように。
きっと、王女は幼い頃から王妃に、自然の美しさ、大切さを教わっていたのでしょう」

―自然に囲まれた北の国から嫁いだエルミア王妃は、
  季節を忘れた鋼鉄の国で授かった一人娘に“メイプル”の名をつけた。
  周りの自然が工場につぶされ消えていく中、王妃は、王と王女に自然を大切にせよと説いた―

「相手が一人でも、語るだけでは納得させることは難しい。
まして王女はまだ子供ですし、王は王妃を失った悲しみに暮れて耳を貸さなかった…」

―王妃亡き後、王は国の発展のためと言って工業化に拍車をかけていった。
  しかしその実、王は心に空いた暗く、大きな穴を必死に忘れようとしていただけなのかもしれなかった。
  王女も母を失った悲しみを重く抱えていたが、やがて一つの決意を胸に立ち上がった。母の想いを継ごう、と―

「そこで王女は、視覚に訴えることにしたんです。
自然の美しさを直に見せることで、工業化の暴走を、自然破壊を止めさせようと考えたのです。
そのために、街中にあるあの山を、美しい紅葉で埋め尽くそうと考えたのでしょう」

―木々が一番美しくなるのは秋よ。王妃は花のように美しく微笑みながら、よくこう言ったものだ。
  寒く厳しい冬になる前に、木は衣装を一斉に替えるの。赤や黄の、それはそれは美しい服にね―

「手段は他人任せとはいえ、今のところ、そいつは上手くいってるみたいだな」

フォックスはあたりを見て言った。
人々は正式に工場を休み、紅葉した木の下に集まって敷物を広げていた。
立ったり寝転がったり座ったり、皆思い思いの方法で紅葉の秋を楽しんでいる。
慣れない防寒着を着込みながらも、その表情には明るい活気があった。

ただ、食べ物を持ってきている者はほとんどいなかった。
これほど澄んだ空気の中では、あの加工食品のまずさはごまかしきれないからだろう。

ゆっくりと、しかし着実に何かが変わりはじめたインダストリアの首都を抜け、
勇者一行は街の門のところで王子と別れることになった。

馬の手綱を持ち、待機している従者達を背に、王子は彼らに聞こえない程度の声で言う。

「ありがとう、みんな!おかげで今日は楽しかったよ」

手を振り、去りかけた彼を、リンクが呼び止める。

「マルスさん!あの…これは良いんですか?」

そう言って手にした袋、インダストリアの王の謝礼金を持ち上げてみせる。

「いいんだ。確かに勝負はひきわけだったけど、僕は王女が喜んでくれただけで十分さ」

そしてアリティアの王子は颯爽と馬にまたがり、従者と共に平原を駆けていった。

「…けっ、キザなやつ!」

そう言いつつも、マリオの顔には、これでしばらく金には困らないな、という安堵の色があった。

「しかし、あの年であんな計画を立てるとは、王女も全く末恐ろしい方だ」

ウォッチがかぶりを振る。王女の狙いを見抜けなかったことが、どこか悔しいような様子だ。

「マルスもなかなかの策士だ。結局は俺達の力を借りて、インダストリアからの評価を上げたんだしな」

と、フォックスが付け加えて言う。

リンク達4人は、西の方からオレンジ色に染まりはじめた空の下、川に沿って南へと歩いて行く。
“あきのおもいで”の効果はここにも来ているのか、まだメックアイからさほど離れていないにも関わらず、
山々は赤や黄に染まり、夕日に照らされて燃えるような輝きを見せていた。

「なぁ、そんなことどうでもいいから飯にしないか?」

考え込むウォッチとフォックスに向かって、マリオが軽い口調で言う。

「もう、か?まだ夕方だぞ」

ウォッチが驚いてマリオを振り返った。

「いやぁ、こう秋になっちゃったらどうも腹が減って仕方なくてさぁ。
あっ、これが食欲の秋ってやつか?!」

まるでとんでもない大発見をしたかのように目を輝かせるマリオ。
そんなマリオに、フォックスが呆れ声で突っこんだ。

「なァに言ってんだよ、お前にとっちゃ秋だろうが何だろうが関係ねぇ。年中腹空かしてんだろ」

「なッ…、なんだとォ?!人をコジキみたいに言うな!」

大人げなく憤るマリオを、リンクがなだめる。

「まぁまぁ!
もう少し歩けば次の街に着きます。それまで辛抱して下さい」

 けんかしつつも、何かと仲の良いリンク達勇者一行。

胸にはそれぞれの夢と使命を抱き、背には買いだめした食料品を背負い、

『虚無の王』を探し求めて、旅を続けるのであった――

<つづく>

裏話

まず、これを初めて読んだ方にちょっと説明を。
私が書いたものを投稿している『スマブラ図書館』にて、2012年の10月末にお題を決めて作品を出し合う、という企画が催されました。
これはそのとき書いたもので、テーマは『紅葉の秋』。(ちなみに『○○の秋』というのがそのときの全体のテーマでした。つまり秋に因んだものを書く)
初めはごく普通の、いつも書いている雰囲気のやつで良いかな、と思っていました。
でも、せっかくの企画だし、しかも初参加…と考えているうちに、何だかスパークしてしまったのです。つまりはおだっちゃったんですね。

"もしもスマブラがRPG風だったらなぁ…"そんな漠然とした見出しとともに書かれたメモ。
企画前に書かれたそれには、実は主人公4人パーティの構成もすでに決まっていました。
元々のアイディアも、続くと見せかけた読み切りとして、いつか上げる予定だったようです。
しかし、企画が終わった後、実はぽつぽつと色んなアイディアが浮かんでいたり…(キャラクターとか、国とか)
もうちょっと形がしっかりしてきたら、また書いてみたいです。…連載はきついかもしれないけど。

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