白衣の名探偵 -モロー邸の人狼-
ボツになった名探偵シーン
「結論から言うと、これは自殺に見せかけた殺人未遂だ」
屋敷の一室。
寝室と思しき洋風の部屋には5、6人の男女が窮屈そうに立っていた。
状況保存のためいたるところにロープが張り巡らされ、部屋はいくつもの小空間に区切られている。
その中央に立つ中肉中背の白衣の男は、腕を後ろに組み、前に居並ぶ警察官達の返答を待っていた。
すぐに、1人が尋ねた。
「しかし、ここは密室だったはずでは?
窓は全て人が通れるほどの大きさもなく、また外部から3階のこの部屋に誰かが侵入した形跡もない」
白衣の男はその言葉に頷く。
「たしかに、ここに他の人が入った跡はない。
だが気体なら、あの通気口から入ってこれる」
男が指した先を、警察官達は一斉に見る。
ベッドのそば。倒れていた被害者のシルエットが白線で描かれているところ。
横の壁には、半径10センチほどの通気口があった。
「被害者は不眠症で、睡眠薬を常用していた。
今回意識不明の状況で見つかったとき、血液検査によって原因は、その睡眠薬の過剰服用にあると出た…そうでしたね?」
「ええ。でもそれと"気体"との関係は?」
「今から説明します」
一刻も早く真相を知ろうと気が急いている警官達を前に、白衣の男は落ち着き払った様子で語り始めた。
「服用した薬剤は、たいていほとんどが全身に回る前に分解されてしまいます。
それがあってこそ人体は中毒から守られる。ところが、何らかの原因でその分解が阻害されるとどうなるか?
…"適量"飲んだはずなのに、血中の薬物濃度が危険なまでに上昇し、中毒を起こす」
「…つまり、犯人は分解を阻害する気体をこの部屋に…?」
「そう。"薬物相互作用"、それを人為的に起こした。
犯人は徹底的にきれいな空気を通し、この部屋からガスを取り去ったかもしれませんが、
枕などを調べてみれば、まだガスの残りがしみついているでしょう」
その言葉に、鑑識班の男が急いで枕や本などを持ち出していった。
それをよそに、白衣の男はこう締めくくった。
「そして、それが可能だったのは被害者の後妻…薬物に造詣の深い、元薬剤師の彼女しかいません」