扉
にぎやかな街。
小鳥のさえずり、人々の話す声、街路樹の葉ずれの音、無数の足音…。
そんな街の中を、1人の少年が母親と歩いている。
年齢としては小学校に入ったばかりだろうか。
少年はありあまるエネルギーを持てあましているようで、
母親のずっと先をちょこちょこと走り回ったり、街路樹や石ころをじっと見たり、いじってみたりしている。
「あまり遠くへ行ってはだめよ」
母親が少年の方へ首を伸ばし、そう注意した。
「わかってるよ、ママ!」
少年はそう言いながらも相変わらずあちこち飛び回っている。
まるでぜんまいを巻かれたおもちゃのようである。
少年は走り回るうちに、あるビルのかげに何かがあるのに気がついた。
扉だ。それもかなり古い。
その扉がついている建物も、おそろしく古そうに見える。
しかも、そのレンガ造りの建物には窓が1つもなかった。
木でできたその扉は、外からの侵入を拒むようにも見え、
また同時に、中に入らないか、と誘っているようにも見えた。
少年は好奇心に駆られ、誰もこちらを見ていないのを確かめると、背を伸ばしてドアノブに手をかけた。
しかし、どんなに力を入れてもドアはちっとも動かず、扉はその口をいっこうに閉じたままだった。
――鍵がかかっているのかな?
少年は思った。
――もしそうだとしたら、なぜ鍵がかかっているのだろう。
中に何か見られてはいけないものでもあるのだろうか?
少年は頑固な扉を見つめた。
――そうだ、もしかしたら…この向こうはどこまでも続く砂漠があるのかもしれない。
太陽がジリジリと照りつける、黄色い砂の海。
所々に、少年の知らない動物の骨が砂に埋もれ、無造作に転がっている…。
――それとも、中には魔女が住んでいるのかも…。
たった1つのロウソクに照らされた、陰気くさい住み家。
部屋にはヘビやトカゲ、カエルの干物やキノコ、その他得体の知れないものが棚に整理され、
鍋ではどろりとした液体がブクブクと泡立っている…。
――そうじゃなかったら…この扉はどこか知らない街につながっているのかもしれないな。
少年は何か見えないかと鍵穴に顔を近づけた。
しかし、砂漠の強い日差しも、怪しげなロウソクの光も、街の灯りも、何も見えない。真っ暗だ。
冷たい空気が少年の顔をなめるように通り過ぎていくだけだった。
ふいに、母親が少年の名を呼んだ。
見ると、父親の運転する車が止まっている。迎えに来たのだ。
少年はまた元気よく走っていく。
あの扉を後にして。
しばらくして、扉は静かに開いた。
闇の中に光るいくつかの目…。
「あの子供はもう行ったか?」
「ええ、そのようです」