気まぐれ流れ星オリジナル小説

マナー

部屋では部長が待ちかまえていた。

これは長くなりそうだ…。
入ってきた青年は、部長の顔を窺う。

「さて、ガイド部門の係長である君を呼んだのは他でもない、旅行客のマナーの悪さについてだ」

部長は組んだ手に顎を載せ、青年の顔を上目遣いに見ながら話し始めた。
その目には、すでに嵐の前触れがある。

「旅行先では建物や木、地面に自分の名などを書き散らし、出たゴミはそこらへんに捨て、
挙げ句の果てには勝手にコースを外れるというが…まったく、君の所のガイド達は何をしとるのかね!」

部長はそこで机をどんと叩いた。
そらきた、と青年は肩をこわばらせる。

机から落ちた消しゴムがふっと消えた。

「精一杯努力しているのですが…」

青年はおずおずと言った。

「何しろそのことを注意すると『そのくらい良いじゃないか』という顔をされたり、
逆に『何をしようと人の勝手だ』とお叱りを受ける始末…」

青年の手の甲に、ほくろが1つ増えた。

「それはガイドがなってないからだ。旅行の際のマナーというものを強調せんからだぞ。いいか?」

部長が身を乗り出し、指を青年に突きつけた。
青年は抗議しようと開きかけた口を慌てて閉じる。

部屋のカーテンが白から水色へと変わった。

「ガイドという仕事は、ただ案内をすればいいってものではない。
はしゃいでいる旅行者に対し、マナーについてくどいほどに説明せねばならんのだ!」

「しかし、それでは顧客が減ってしまいます」

「減る? ふん、君はニュースを見とらんのかね。
この手の旅行の人気は今うなぎ登りだ。減るわけがなかろう」

外の鉄塔が1つ消えた。

「ですが、マナーというのはそんなに厳しく守らせる必要があるのでしょうか? 私はその所がどうも…」

「それがいかんのだ!」

部長が机をバンと叩いて立ち上がった。

書類の山が1つ、部屋の隅に出現した。

「最近の若いもんはそれだからいかん! この旅行、時間旅行はとりわけマナーを細部に至るまで守らないといかんのだ!
君は入社するときに聞かなかったのかね?
過去ではどんな些細なことであっても『起こらなかったこと』を起こすと、多少なりとも現在に影響を及ぼすのだ!
現に今も…」

部屋にいる2人の顔が、突然犬になった。

「…我々の知らないうちに『何か』が変わってしまっているのかもしれんのだぞ!」

目次に戻る

気まぐれ流れ星

Template by nikumaru| Icons by FOOL LOVERS| Favicon by midi♪MIDI♪coffee| HTML created by ez-HTML

TOP inserted by FC2 system