気まぐれ流れ星オリジナル小説

バード・ウォッチング

ほんと、人慣れした動物は凄いものだ。

私が見ている間にもさらに10羽、目の前にやってきた。
コンクリートジャングルに馴染むためかみんな灰色だが、黒く大きい目と丸っこい頭が見る人を和ませる。

私は再びパンフレットに目を戻した。

『アオウタドリはここ、第6地区でよく見られます。
第6地区は老朽化と人口減少が原因となって破棄された地区の1つですが、
付近の無人太陽光発電所により、今でもこの無人の街に電気がながれているのです―』

人は…人間達は2世紀前に100%クリーンなエネルギーで自らを養えるようになったが、
その直後に世界的な人口の減少に見舞われた。
原因は未だに分からないという…密かに私は、人間が無気力になったせいだと思っている。
解決すべき大問題をほとんど解消し、放心状態になってしまったのかもしれない。

どちらにせよ、ここの地区のように流されっぱなしになるほど有り余っている電気も、人間を再充電してはくれない。

『―劣化した電線から電気が漏れはじめ、その特殊な状況が付近の生物を変化させました―』

視界の端にある林立する灰色のビル群が、縁のほうからうっすらとオレンジ色がかってきた。
東の方を見ると、空と地の境にかすかに揺らめく陽が見えていた。夜明けだ。

ビル群に蜘蛛の巣のように張り巡らされた電線がバチバチッと音を立て始め、
それに反比例するように展望室のざわめきは次第に小さくなっていく。
私達がじっと見守る中、窓の外で群れてくっつきあい何やらおしゃべりをしていたアオウタドリたちは、
一斉に、向こうのビルのあたりに引っかかっている電線へと飛んでいった。

誰か幼い女の子の声が「きゃっ!」と言った。鳥たちが感電してしまうと思ったらしい。
だが、鳥たちはとても気持ちよさそうに電線と戯れている。
灰色だった羽毛が淡い青色を帯び始め、バチバチという音が騒がしいくらいに響いている。
展望室ではやがてシャッター音がそれに混じっていく。鳥たちの食事風景を撮っているのだ。

一昔前なら電気が食事、なんてあり得ないことだったろう。
でも、ネコが人間の残飯やそこに集まるネズミを狙って人前に姿を現し、やがて野生を捨てたように、
人間は自分が住むところの環境を大きく変え、それによって生物をも変えてしまうのだ。
このアオウタドリも、極端な例ではあるがそのひとつなのだろう。

今、アオウタドリたちは名の通り余分な電気を身に纏い、青く放電しながら空高く舞っている。
時折彼らの楽しそうな歌声も聞こえてくる。

ピチピチピチ ピチピチ…

陽はますます昇り、それにつれて青くなっていく空に紛れ、アオウタドリたちは見えなくなってしまった。

数分の後、部屋の中はそれまでしんとしていたのが嘘のように騒がしくなった。
さっさと荷物をまとめて帰って行く人もいる。

私は1人、展望室の手すりにもたれてまだ外を眺めていた。
ここから窓まではやや距離があり、そのガラスはずいぶん厚く作られてある。

アオウタドリは見た目も愛らしいし、とても人なつっこい。
しかし、人間が直接触れることはできない。
彼らが自衛手段としている、あの青い電気にやられてしまうからだ。

いつだったか、私はテレビでこんな場面を見たことがある。
何人かのタレントがアオウタドリたちとふれあうという企画だったらしい。
皆ちゃんとした防護服を着ていたはずなのだが、1人、誰かが感電し気絶してしまったのだ。

アオウタドリの他にも、放棄された地区には新種生物がひしめき合い、
人間が生身で踏み込める場所はまず無い。
アオウタドリを安全に見られる場所が少ないのもこのためだ。

彼らは自分の住む場所に見事に適応し、自由を謳歌している。
私は彼らの歌を聴くたびにそう感じる。
だが、振り返ってみれば私達はどうだろう?
世界を自分の望むように作りかえてきた本人が、いつしか勢いを失ってしまった。
私達は、どこで適応できなくなってしまったのだろう。

私は、昔は駅の上にできたデパートだった建物の一室から出て行った。
青い空の下に広がる灰色のジャングルを後にして。

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