気まぐれ流れ星オリジナル小説

風景#1

その日は朝から雨だった。
12月であるのにもかかわらず、このところ気温は11月中旬並みとも言われ、道路からは雪がすっかり消えてしまっていた。

男はバスの中にいた。
バスは満員であった。
男は自分がつり革に支えられているのか、周囲の人に支えられているのか、分からなくなっていた。

このようにただでさえ暑苦しい状況なのに、バスは暖房をつけている。
カーブを曲がるたびに、男は前に後ろに押された。

男はイライラしていた。
それというものさっきから背中を何か固いものに押されているのだ。
カバンだろう。男はそう思った。誰かが肩にかけているのだ。

混んでるってことが分からないのか?
意地でもそれを肩にかけるつもりか?

男は目の前の窓を睨んでいた。
雨が滝のようになってガラスを滑り落ちていく。
窓ガラスは白く汚くよごれていた。

バスは終点である地下鉄の駅の前に停まると、人の波をはき出した。
波はゆっくりと駅の入り口に吸い込まれていく。
改札口で波は少し速度をゆるめ、それから階段を下っていき、押し合いへし合いしつつ列車に詰め込まれていく。

まもなく列車はノロノロと動き出した。
男もその中にいる。

車内はどこを向いても誰かの頭と広告のポスターばかりが目についた。
暖房はちょうどいいが、その代わり車内はバスよりも混んでいた。

ガタガタいう列車の音の他に、シャカシャカという耳障りな音が混ざっている。
非常識な誰かが大音量で音楽を聴いているのだろう。

男は出入口のそばにいるため、駅に停まるたび、人の流れに流されまいとつり革に必死でつかまっていった。
出ては入っていく無表情な人々…。

男は目的の駅に着くと、出て行く人の流れに半ば押し出されるようにして地下鉄を降りた。

階段を上りながら男は肩を押され、背中を押され、足を踏まれ、カバンをぶつけられた。
誰も謝りはしなかった。

男は足元を睨みながらただひたすら歩き続けた。
改札口を通り抜け、また階段を上る。

駅の出口に達すると、人は思い思いの方向に散っていく。
男もまた、自分の道を歩いていこうとした。

しかし、男はそこで立ち止まった。

男の視線の先には空があった。
そこには、今にも消えそうなくらい霞んではいるが、美しい虹の切れ端が残っていた。

雨は、いつの間にか止んでいた。

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