ロボット
その丘の上には研究所がある。
そこでは博士とその助手1人が毎日研究を続けていた。
研究しているのはロボット、主に人工知能の分野だ。研究は順調に進んでいた。
そんなある日のことだった。
博士と助手が部屋にこもり、明日の学会で発表する論文と、サンプルとして連れて行くロボットのプログラムをチェックしていると、
突然、部屋のドアにロックが掛かった。
ここの研究所ではどのドアもメインコンピュータからロックが掛けられるようになっているが、
泥棒が入るなどの非常事態でも起こらない限り、勝手にロックが掛かるなどあり得ない。
非常事態ならばサイレンが鳴るはずなので、2人は驚いた。
博士はドアのパネルに触れてみたが、ドアは開かなかった。
「博士、電話が通じません!」
部屋に備え付けの内線を持ち、助手が言う。
「どうなっとるんだ…」
博士は困惑し、呟いた。
パソコンのネット回線も切られており、またこの部屋には窓がない。
2人は完全に閉じこめられてしまった。
「おーい! 誰かいないか?」
助手がドアを拳で叩きながら大声を出している。
「ハイ」
やがて返事が聞こえた。
研究所にいるロボットの1体が気づいてやって来たらしい。
「助かった」
助手は言った。
「おい、聞こえるか? メインコンピュータの所へ行って、ここのドアのロックを外してくれ!」
「……ソレハデキマセン」
「何を言うんだ!」
助手はびっくりして叫んだ。
「私ハ命令サレマシタ」
「誰に命令されたんだ?」
「593号デス」
「593号…というと博士、あれのことですよね」
「ああ、一番新しいやつだ」
助手はもう一度ドアを叩いて言った。
「322号、まだそこにいるか?」
「ハイ」
「ロボットより僕の命令のほうが大事だ。そうインプットされているだろう?」
「……」
「分かったらここを開けるんだ」
「ソレハデキマセン」
593号は明日の学会で発表する592号よりも新しく、まだ感情の部分は不完全だが学習能力は高い。
今でこそ本体は部屋1つを占めてしまうものの、将来コンパクト化してヒューマノイドの頭脳として使うことも夢ではない。
現在、593号は取り付けられた機器類を用いて本を読む、話す、人を認識してその表情を読むなど、さまざまなことができる。
しばらくして、助手が口を開いた。
「最近、どうもロボット達の様子がおかしいと思っていたんですが…何かを企んでいるみたいで」
「本当かね」
「はい。例えば僕が部屋にはいると、ロボット達が急に話をやめてこちらを向いたり、急いでどこかに行ってしまったり…」
「ふーむ…」
「…僕は思うんですが、彼らは博士と僕に復讐をしようとしているのではないでしょうか」
「復讐? 一体、何のことで…」
「これも憶測ですが、ロボット達を平等につくらなかったからではないかと。
593号が『平等』について知り、周りのロボットに説いたのかもしれません」
「バカなことを…」
しかし、そう言う博士の顔にはそれほど自信がない。
「そうでないにしても593号が何かを言いふらしたのは…」
次第にその顔に焦りの色を浮かべ、助手は続けてこう呟く。
「彼らは僕たちを殺す気でいるのかも…」
「有り得んよ。ちゃんとプログラムには―」
「593号がそれを改変していないとは言い切れませんよ! とにかく…今は身を守るべきです」
助手は、パソコンが置かれているデスクの後ろに博士を押し込み、自分も隠れる。
その手には重そうな消火器が抱えられていた。
「あの子らを壊す気かね!」
博士は悲痛な声を上げる。
長年の研究の成果であるロボット達は、彼の子どもも同然なのだ。
「ここに入ってきたときは…やむを得ません」
しばらくして、ふいにドアが開いた。
「ハカセ!」「ハカセ!」
たくさんのロボットの声がした。
消火器をかかげ、助手が立ち上がり、博士も思わずデスクの上に顔を覗かせ…2人とも動きを止めた。
ロボット達はどこで買ってきたのか、大きなケーキを支えている。
上にのせられているチョコレートの板には、博士の名前が書かれていた。
「ハカセ、オ誕生日オメデトウゴザイマス!」
声を揃えて、彼らは嬉しそうに言った。