気まぐれ流れ星オリジナル小説

アリとセミ

そう遠くはない未来の話。

地球ではさらに温暖化が進んでいた。
世界の国々が必死になって二酸化炭素などの温室効果ガスを減らしたが、
毎日のように世界のどこかで、温暖化以外にその理由となるもののない被害が起きた。
平均気温の上昇、海洋生態系の破壊、台風や大津波、熱帯地方でしか見られない感染症の流行。

温室効果ガスはどの国もきちんと目標まで減らしたはずなのだが、これらの被害は一向に収まる気配がなかった。
削減するのが遅すぎたのだという人もいれば、
これらは地球が昔から繰り返してきた気候サイクルの一部に過ぎず、そもそも人間がどうこうできるものではないのだという人もいた。

人間はその身を守るために、いくつもの『シェルター』を作ったが、
それらは、時たま起こる桁外れの暴風雨や大津波によって呆気なく崩され、瓦礫の山となっていった。
ついに国連は、これ以上地球に留まることはできないと判断し、地球の静止軌道上に『避難所』を造ることを決めた。

徹底的に検疫を受けてワクチンを打ち、ウイルスを持ち込ませないようにすれば、誰でも安全な宇宙に逃れられる。
それを知り、度重なる地球の暴力に疲弊していた人々はにわかに活気づいた。
滅亡さえ覚悟し、自暴自棄になっていた人類はここに来て目を覚まし、たった1つの希望の前に団結した。

莫大な資金が世界中から集まり、急ピッチで『避難所』の建設が進められていった。
それはあまりにも巨大だったので、初めから宇宙で組み立てる必要があった。
つまり、パーツを小分けにしていちいちロケットで打ち上げ、宇宙に持って行かなければならないのだ。

無数の人々の犠牲と努力にもかかわらず、やっと1つ『避難所』ができた頃には、
すでに世界中でたった2つのみとなった地上の『シェルター』に世界中の人口が集中していた。

完成した『避難所』には、多くて十数万人程度しか生活できない。
しかし、災害でずいぶん減ったとはいえ、世界の人口はその上限を超えていた。

そこで、『避難所』行きのシャトルの乗船権に高値がつけられた。
ほとんどの人には到底手の届かない値だった。
それもそのはずだ。なにしろ皆『避難所』の建設のため、すでに自分の財産をはたいていたのだから。
そのため、権利を得られたのはほんの一握りの大金持ちや、いわゆるお偉方くらいだった。
『避難所』の建設が決まった時に、国連は「全人類を無償で救う」と約束していたのだが。

もちろんのこと、2つの『シェルター』でデモや暴動が起こった。
強化ガラスと鉄骨に守られた街の中を多くの人々が行進し、他の人々に呼びかけた。
「生き残りたい」と思うのは誰にとっても当たり前のことである。

だが、それらはシャトルの発射を早めただけであった。
これ以上ぐずぐずしていれば殺されかねない。
乗船権を持つ人々はそう危惧し、折り返しシャトルを向かわせるからと口先だけで言い残し、
追撃されないように、多大な権力を行使して世界中の武器という武器を破壊し、
大量の食糧と最先端機器をシャトルに積み込むと、さっさと地球を去ってしまった。

後には、乏しい資源と大勢の人々が残された。

それから二十数年が経った。
『避難所』は老朽化し、あちこちにがたが来ていた。
持ち込んでいた替えのパーツも底をつき、どこかから金属を持ってこなければならなくなっていた。
一番近い補給先は、目と鼻の先に浮かぶ地球しかない。

地球との連絡はとうの昔に途絶えている。
おそらく地上の人類は絶滅してしまったのだろう。
焦りもあって『避難所』の人々はそう結論づけ、昔積みきれずに地球に残してきた予備を取ってくることにした。

赤茶色の土煙を上げ、地球にシャトルが降り立った。
やがてシャトルから、3つの人影が出てくる。

「ずいぶん荒れているわ」

1人が沈黙を破った。

「あぁ。俺達のとこよりひどいくらいだ」

他の1人が頷いてそう言った。
3人の目の前にはさび色の大地が広がっていた。

「これがかつての地球なのか…? 私が若い頃は雑草くらいは生えていたんだが…」

3人目が悄然と首を振った。

簡易宇宙服とヘルメットを身につけた3人が荒野を歩いていく。
3人の着ている服はあちこちがくたびれ、汚れていた。

「穴でもあいてんのか? このヘルメット。チリが入ってくる」

「あら、大丈夫?」

「…ああ、収まったようだ」

あたりはあまりに静かだった。
3人はその静けさから来る孤独さを振り払おうと、他愛のない会話を繰り返した。

しばらく歩くうちに、3人はついに荒れ果てた研究所を見つけ、用心深く入っていった。
1人の男が持っている小型パソコンの信号に反応し、防犯装置が切れて隠されていた倉庫が現れた。
中にはちゃんと、彼らが二十数年前に積みきれなかった物品が保管されていた。

「さすがにここまでは入って来れなかったようだな」

ここまで人里離れたところにも、暴徒が荒らした跡が残っていたのだが、この倉庫は無事だった。
3人のうち2人は、倉庫に用意されていた車輌に物品を載せていたが、あと1人の男は持っているパソコンを睨んでいた。

「おい、どうしたんだ?」

もう1人の男が聞いた。

「いや、ちょっと気になってな」

「あら、何が気になるの?」

今度は女が聞いた。

「気温が予想値よりかなり低いんだ」

「低い? どこがだ。40度はあるぞ」

「36度よ」

女が訂正した。

「…少し外を調査してくる」

パソコンを持った男は、そう言って出口の方に歩いていった。

「どこまで行くの?」

「なに、すぐそこさ」

男は出口のむこうに消えた。

男はそれから30分ほど歩いた所で、信じがたいものを見た。
それは街だった。廃墟ではなく、ここ十数年の間に新しく建てられたような風貌の街。
男はためらいもせず、しかし辺りを用心しながらその中へと入っていった。

建物は高くても5階建てのものまでしかなかったが、質素で丈夫そうだ。
そして何よりも驚いたことに、その奥には人がいたのだ。それも大勢!

みな男のことを好奇心のこもった目で見つめていた。
浅黒く健康そうな住人の中で、青白いその男は完全に浮いていた。

男は歩き続けた。
なぜ彼らがヘルメットもなしに健康でいるのか、男には分からなかった。
外気に殺人的なウイルスが含まれていることを、パソコンのセンサーがひっきりなしに警告していたからだ。

実は、彼を含む3人の訪問者の目的は、備品や金属資材を持ち帰ることだけではなかった。
生き残っている人を探すことも彼らの目的なのだ。
いない、または極端に少ない場合は、『避難所』の人々は再び地上で暮らすつもりであった。
すでに『避難所』で恒久的に暮らすことは不可能であると発覚していたのだ。

そしてもし ― 確率はゼロとも言われたが ― 小国家をつくるほどの人がいた場合でも許しを得るか、
ありもしない武力で脅し、無理矢理地上に住み着くつもりだった。

男はこの"国"の統領に面会することを許された。

統領は男を見ると、彼の両側にぴったりとついていた衛兵を下がらせた。
部屋にいるのは彼ら2人きりになったが、
男は気配で、合図があれば大勢の衛兵がここになだれ込むことになるだろうと分かっていた。

「君は『避難所』から来たのかね?」

統領は、年のわりに張りのある声で問いかけた。

「はい」

男は答えた。
その目は統領の口を、目をじっと見据えていた。

「今更何の用だね? ここには君らが欲しいものなどないだろうに…」

統領は笑ってそう言ったが、その裏にはかすかに冷たさがあった。
男は一瞬迷った。上手うわてに出るべきか? それとも…。

「地上に…我々を住まわせてほしいのです」

男はそう言った。

「ほぅ…」

統領はただそれだけを言った。
同情も、驚きも、あざけりも、何もこめられてはいなかった。

統領はゆっくりとイスから立ち上がり、背後の窓に向き直った。
外では風力発電のための巨大な風車がのどかに回っていた。
統領は腕を組み、こう切り出した。

「…二十年程前に、君らはここを出て行った。私達を残して。
私達は苦労した。シェルターはやがて2つとも壊れ、中の建物も倒壊した。
だが私達は生き残った人々を集め、協力してこの街をつくった。
科学は日に日に進歩し、太陽光、風力発電の効率も格段に上がった。
またウイルスに対するワクチンや治療法も見つかり、病気の心配もなくなった。
君も驚いただろう? 我々の復活ぶりに」

統領は再び男の方をむいた。

「しかし、我々は君らに裏切られたことを忘れてはいない。
私は今でも覚えているよ。あの日のことを。
君だってその年からすればあの時すでに成人だったはずだ。そうだろう?」

「たしかにそうです」

男は認めた。

「でも…私の父が一家を引き連れて避難所に行ったのです。私の意志ではありません…!」

「しかし君はおかしいとはおもわなかったのかね?
あんなに多くの人を残し、自分だけ助かろうとするなんて」

男は言い返すことができず、黙ってしまった。
統領はさらに続ける。

「この国の人の中には、あの出来事を覚えている人が多くいる。
君らが地上に住むことを許せば暴動が起こりかねん」

「私達を住まわせないというのなら…考えがあります」

男は気を奮い立て、脅しに出た。
しかし、統領はそれを鼻で笑う。

「ほぅ、武力行使かね? かつて君らがやったように。
しかし今の君らにそんな力があるとは思えんな。
そんなに古びた宇宙服の使節をよこすのだからな」

外では相変わらず風車が回っている。

夏中歌っていたセミは、北風が吹くころひどく困った。
ハエやミミズのきれはしひとつ口に入らぬ。
おとなりのアリの家まで、おなかがすいてたまらぬから、来年の春までの食べ物に、コムギを少し貸して下さい、とたのみに行った。
「おねがいです。収穫の前にきっと元利そろえてお返しします」
とセミはアリにいった。
アリは貸すことが嫌いだ、―それがアリの一番小さい欠点で。
「暑いころは何をなさって?」
借り手のセミにアリは聞く。
「はばかりながら、夜も昼も、みんなのために歌を歌ってあげていました」
「歌を歌っていらしたの? けっこうですこと。それじゃ今度は踊ってらっしゃい」

※参考…ファーブル昆虫記3 セミの歌のひみつ  (集英社)

目次に戻る

気まぐれ流れ星

Template by nikumaru| Icons by FOOL LOVERS| Favicon by midi♪MIDI♪coffee| HTML created by ez-HTML

TOP inserted by FC2 system