気まぐれ流れ星オリジナル小説

ジャックと豆の木

昔々、あるところに途方もなく大きな工場がありました。
あまりにも大きい工場だったので、そこで働く人も、その家族も皆工場の中に家を建てて住んでいました。
五歳の男の子、ジャックの家も、工場の敷地のはずれに建っていました。

ジャックはお父さんと遊ぶのが大好きですが、お父さんはたいてい仕事が長引いて、ジャックが起きているうちに帰って来られないのでした。

「お父さんはまだ帰ってこないの?」

と、いつもジャックはお母さんに聞きます。
するとお母さんはきまってこう答えるのでした。

「お父さんは今日は仕事で忙しいのよ。でも、今度の休日にはきっと早く帰ってこられるわ」

でも、五歳の男の子ジャックには、その休日があまりにも先のことに思われるのでした。

ある日、いつものように家の周りで遊んでいたジャックは、きれいな緑色をした丸いものを見つけました。
ジャックがそれをお母さんに見せると、

「あら、それはたぶん何かの種ね」

「種?」

「そう、それから芽が出てお野菜になったり、お花になったりするのよ」

「ふーん…すごいなぁ…」

ジャックは指につまんだ種をじぃっと見つめました。

「どうやったら芽が出るの?」

「それはね…ポールさんに聞いてごらんなさい」

ポールさんは工場の中を埋め尽くしている歯車の森の中に独りで住んでいるおじいさんで、色々な植物を育てては、尋ねてくる人に売っていました。

ジャックが手に持った種を見せると、ポールさんは言いました。

「これは豆の種だな。まだ生きている。大事に育てれば芽を出すだろう」

「本当?良かった!」

「私が土と鉢植えをあげるから、それに埋めるんだよ。水やりも欠かさないようにしなさいよ」

そう言ってポールさんは素焼きの鉢植えに土を入れて、ジャックに渡しました。

ジャックはそれから、お父さんやお母さんが起きるより早く起きては水をくみに行き、せっせと水やりをし、
工場の天井の隙間からさしてくる光に鉢植えが当たるように、少しずつ鉢植えを動かしました。
ポールさんも時々様子を見に来ては、色々なことを教えてくれました。

でも、種はなかなか芽を出しませんでした。

ある夜、ジャックはいつものように鉢植えをベッドのそばに置くと、注意深くそれを見つめました。
今日も、やっぱり、芽は出ていませんでした。
ジャックはため息をつき、ベッドに潜り込みました。

朝が来て、ジャックは目を覚まし、部屋の様子がいつもと違うことに気がつきました。
部屋中に深い緑色の太い植物がはびこっています。
そしてその根元はあの鉢植えの中にありました。
豆の木は見ている間にもぐんぐん伸びていきます。

「すごいや!」

ジャックが開け放していたドアからも、豆の木が出て行っています。
ジャックは豆の木の伸びていく先を追いかけることにしました。

台所ではお母さんが朝ご飯を作っています。

「おはようジャック、豆の芽がでたみたいね」

「うん!どこまで伸びてるのか見てくる!」

「朝ご飯までには戻りなさいよ」

ジャックはその言葉を最後まで聞かないうちに家の外に飛び出していきました。

いつもは工場の中に響いている歯車の音が、全くしていません。
不思議に思ってジャックが周りを見渡すと、豆の木が工場の歯車に絡みつき、その動きを止めているのに気がつきました。

ジャックは走り続けましたが、豆の木の先はまだ見えてきません。
途中でポールさんに会いました。

「やあ、ジャック。豆が芽を出したようだね」

「うん!今どこまで伸びてるのか確かめに行ってるんだ!」

「そうか、気をつけるんだよ」

工場の中には、いつもの歯車の音に代わって、ジャックの走る音が響いています。
しばらく走っていると、前から誰かがやって来ました。

「あ、お父さんだ!」

「ジャック、歯車が止まってしまったから今日の仕事は終わりになったんだよ。一緒に家に帰ろう」

お父さんはまだ遠くにいましたが、工場が静かだったので、その声はよく聞こえました。

ジャックがお父さんの方へと走っていこうとしたとき、何かがきしむ音がし始めました。
見ると、歯車が豆の木を巻き込んで動き出そうとしています。

歯車が動き出せば、お父さんは仕事に戻らなければならなくなる、ジャックはそう思いました。

「はやく!お父さん!」

ジャックは一生懸命走り続けましたが、いっこうにお父さんのところにたどり着けません。
豆の木は歯車に切り刻まれ、ばらばらと上から降ってきます。

「はやく…!」

夜遅く、ジャックのお父さんが帰ってきました。
お父さんはジャックの部屋に入り、ベッドで眠っているジャックの頭をやさしくなでました。

お父さんがふと鉢植えを見ると、土の中からほんの少しだけ、緑の芽が一つ、顔を出していました。

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