気まぐれ流れ星オリジナル小説

エリックとエレノア

砕けたガラス、ひび割れたコンクリート、ねじくれた金属…
廃墟の中を、2人の子どもが駆けていく。

前にいるのが男の子。女の子の手を引いている。
2人の年は同じくらい。身長も、格好も。

男の子の名前はエリック。
女の子の名前はエレノア。

2人はまだ走り続けている。
時々心配そうに後ろを振り返るところを見ると、どうやら遊びで走っているわけじゃないらしい。

エレノアの手が、エリックの手から離れた。
彼女は立ち止まり、エリックを見つめた。

「疲れた?」

エリックが聞くと、エレノアはこくんと頷いた。

「そうだね…もうだいぶ遠くまで来たし、ここらへんで少し休もう」

色褪せた空にようやく陽が昇り始めた。

2人は廃ビルの中で肩を寄せ合い、眠っている。
壁が崩れてできた大きな穴から光が差しこみ、2人の顔をオレンジ色に染める。

2人はなかなか起きない。
それもそのはず、2人は夜の間ずっと廃墟の中を駆けてきたのだ。

やがて、2人はほぼ同時に目を覚ます。

「おはよう」

エリックが隣のエレノアに言うと、エレノアはにこっと微笑み返した。

エリックはリュックサックからクラッカーを取り出し、2人分に分けようとする。
すると、いつものようにエレノアは、いらないというように首を振るのだった。

「でも食べなきゃ」

エレノアは受け取ろうとしない。
大丈夫だ、という風に微笑むだけ。

エリックはクラッカーをリュックサックの中の缶に入れ直し、立ち上がって言う。

「じゃあ…もう行こうか」

斜めに傾いだ看板、今にも倒れそうなビルディング、
崩れかけた家、亀裂の入ったコンクリートの道。

2人の行く先には同じような光景が続くばかり。
埃っぽく、白っ茶けた景色。

誰もいない。2人の他には、誰も。

エリックはエレノアの手を引き、歩きながら話す。

「向こうには本物の植物があるんだ。生きている植物だよ。
僕らが見たことのない花だって咲き乱れてる。
それに、真っ青な空。チリ1つないきれいな空を見られるんだ。ガラス越しなんかじゃなくてね。
夜になればたくさんの星が見れる。月だってくっきりと見えるよ。
向こうに着いたら2人で原っぱに寝ころんで空を見上げるんだ」

エレノアは何も言わず、幸せそうに微笑みながらエリックの話を聞いている。

2人が探している場所は、2人が住んでいた所からずっと東にあるという。
そこまでの道のりをどのくらい越えてきたのか、出発してからどのくらい経ったのか、2人とも知らない。

それでも2人は歩き続ける。

大きなクレーターに出くわしても、
がれきの山に行き当たっても、
大雨が降っても、
砂嵐が吹き荒れても、

2人は互いに支え合いながら進んでいく。

ある日のことだった。
静まりかえったがらくたの世界に、低くプロペラの音が響きはじめた。

2人は不安げに空を見上げる。

「大丈夫だ。まだ遠いよ」

エリックはしばらくして言った。

「もし近くに来ても、そばのがれきに隠れればいい」

エレノアは頷いた。

その日の夕方、2人は一旦進むのを止め、ヘリコプターをやり過ごすことにした。
子どもがやっと通れるくらいの穴が開いたドームの中で、2人は休んでいる。

やがてあのプロペラの音が近づいてきた。

暗いドームの中で、2人は思わず身を縮める。
エリックがエレノアの手を握ると、エレノアもそっと握りかえした。

プロペラの音はドームの中に響きわたり、空気を震わせた。
サーチライトが、外の地面を白く浮かび上がらせていく。

あまりにも長く思えた数分間が過ぎ、やっと不気味なプロペラの音は去っていった。

エリックはほっと一息つき、エレノアもエリックに微笑みかける。

ドームの割れ目からは、霞んだ月の光が差しこみ始めていた。

次の朝、2人はまた歩き始めていた。

どうやら昔は街だった地域を出たらしく、周りの景色はがれきもまばらな岩場へと変わっている。
身を隠す場所は減ってしまったが、他に東に開けた道は無かった。

早く安心できるところへ行こうと、2人の足は自然と速くなっていった。

「もう1つ来てたのか…?」

2人は今、荒れ地を走っていた。
後ろからはプロペラの音がまた、迫っていた。
だが、今度は隠れられる場所もない。

2人は全速力で走っていた。
しかし、障害物のない空を飛ぶヘリコプターのほうが圧倒的に速い。

エリックは彼方に、壁のようなものを見つけた。
それは地面に斜めに突きささった、何かの看板だった。

まだ空にヘリコプターの姿は無かった。
彼らに見つかる前に、あの傾いだ板の裏に逃げこまなくては。

『脱走者を発見。エリア0910を東に進んでいます。人数は1名

『了解。直ちに確保せよ』

『了解』

ヘリコプターのプロペラ音がうるさいほど響いている。
もう見つかってしまったのだろうか。
でも、ここで諦めるわけにはいかない。エレノアのためにも何か考えないと…。
エリックは、足場の悪い地面を走り続けた痛みを堪えながら思った。

と、その時、背後で石が激しくぶつかる音がした。

「エレノア!」

振り返ると、エレノアが転んでしまっていた。
起き上がろうとするが、足を挫いたらしい。
またすぐに地面に突っ伏してしまう。

エリックはエレノアの元に走っていき、彼女が立つのを助けようとした。

しかし、そこで邪魔が入った。

けたたましい音と、凄まじい風とともに、ヘリコプターが降りてきたのだ。

『動くな』

ヘリコプターから拡声された声が飛んできた。

『逃げても無駄だ。おとなしくしろ』

ヘリコプターは着陸し、中から5人くらいの大人が飛び出してきた。
大人たちは、エリックとエレノアを取り囲んだ。

大人たちは子どもをがっちりと捕らえ、ヘリコプターに乗せようとしていた。

子どもはひどく暴れている。
時々後ろを振り返っては、そちらに手を伸ばそうとする。
だが、その手は空しく宙をかくばかり。

ついに子どもはヘリコプターに押し込まれ、ドアが閉まった。

ヘリコプターが上昇していく。

エレノアは、座らされたシートからめいっぱい身を乗り出し、ガラス窓に顔を近づけた。
地上に取り残されたエリックが、飛び去るヘリコプターを追いかけて走っているのが見える。

エレノアは、エリックの姿が小さくなり、がらくたの中に消えてもまだ見つめ続けていた。

「エリック…」

やがて、エレノアはぽつりと呟いた。

大人も、子どもが見つめる方角を見ていた。

「何を見ているんだ?」

「さぁ…。私には何も見えませんが…」

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