気まぐれ流れ星オリジナル小説

プロキオン

冬のある日、僕は中学校からの帰り道の途中にある、小高い丘で子犬を見つけた。

全身茶色のその子犬は、小さいくせに大きな声でキャンキャン吠えていたが、僕がいるのに気がつくと、吠えるのを止めた。
そして、おどろいたことに尻尾を振りはじめた。僕の方はこの子犬に会ったことなんて一度もない。

放っておこうと僕が歩き始めると、その子犬もついてきた。
僕が振り向くと立ち止まり、歩き始めるとまたついてくる。
追い払うのもかわいそうなので、僕はそのまま歩いていった。

子犬は僕の家の所までついてきて、僕と一緒に家の中に入ろうとした。
僕は慌てて子犬を抱え上げ、庭に下ろしてやった。
なにせ、僕の母さんは犬が苦手なのだ。こんな小さな子犬でも、家に入れるのは嫌がるに違いない。

ところで、なぜこの子犬は僕のあとをついてきたのだろうか?
もしかしたら、食べ物がもらえると思ったのかも知れない。
そう思った僕は、台所から怪しまれない程度に、犬が食べそうなものを持ってきた。
子犬は庭でおすわりをし、行儀良く待っていた。

「なぁ、これを食べたら帰ってくれよ?」

僕はそうは言ったものの、母さんさえ犬嫌いじゃなかったら、この子犬を一晩だけでも家で世話してやりたかった。

次の日も、その次の日も、その小さな犬は僕が学校から帰るころを見計らって僕の前に現れた。
しかし分かってきたのか、もう家の中までついてこようとはしなくなった。

子犬は首輪をつけていなかったが、野良犬にしては毛並みが良いし、利口そうな顔をしていた。
僕は子犬の写真を撮って交番に行き、迷子犬の届け出がないかどうかも聞いてきたが、
今のところ飼い主を名乗り出る人は見つかっていない。

そうするうちに2、3週間が経った。
このごろ子犬は空ばかり見上げている。何というか…悲しそうな顔をしているようだ。
自分の生まれ育った所の空模様を恋しがっているのだろうか?
雪がうっすらと積もる丘に座り、たった1匹で空を見つめる子犬の姿は、どこか人間くさくも見えた。

そんなある日の夜。
僕は窓の外の明るさで目が覚めた。
カーテンを開けてみると、あの丘の方から光が発せられている。
電灯などの人工的な光ではなく、もっと柔らかな光。

不思議な予感がした僕は、1階に下りるとセーターとコートを羽織り、そっと家から出た。

冬の夜の空気はことさら冷たかったが、僕はそのことよりもあの丘で起きていることが気にかかっていた。
雪の積もった丘を一歩一歩しっかりと登り、ついに僕は丘の上についた。

「あっ…!」

僕はそこにいたものを見て息をのんだ。
巨人だ。
丘の奥の窪地に、立てば雲を突き抜けるであろうほどの巨人が跪いている。
そしてその傍らには、巨人の肩くらいまであるくすんだ金茶色の犬がおとなしく座っていた。

僕が見た柔らかな光は、この巨大な人と犬から発せられていた。
そして、彼らの足元ではあの茶色の子犬が嬉しそうに駆け回っていた。
よく見ると、子犬の体も光っていた。

僕はその場に立ち尽くした。
自分がいてはいけない場所にいるような気さえしていた。

そうしていると、ふいに巨人が僕の方を見た。大きな犬も僕を見つめている。
巨人は古風な狩人の格好をしていたが、その目はやさしく輝いていた。
あの子犬も僕に気づき、尻尾をちぎれんばかりに振ってキャンキャン吠えた。

巨人は再び子犬の方をむいて言った。

"さぁ、プロキオン。そろそろ帰るぞ"

その言葉は確かに僕の国の言葉ではなかった。
でも、どういうわけか僕はちゃんと彼の言ったことが理解できた。

そして、巨人は立ち上がった。
見る間に1人と2匹を包む光が強くなっていき、辺りの雪が一斉に眩しく輝いた。
僕は慌てて顔を腕で覆い、目をつぶった。

気がつくと、僕は丘の上にたった1人で立っていた。

あれからしばらく経った。

僕は今、あの丘の上にいる。
夜だが、今回は厚着してきたので寒くはない。

あの出来事の後も、僕はあの子犬のことが気になっていた。
子犬に出会える可能性があるのは、きっと彼と初めて出会ったこの丘だろうという思いがあり、僕は毎日この丘に来ていた。

丘はしんと静まりかえり、僕のはく白い息だけが動いていた。
しばらく誰もいない丘の上に立っていたが、今日も変わったことはない。

諦めて帰ろうとしたその時。ふいに夜空を覆っていた雲が晴れ、きれいな星が現れた。
誰かに呼ばれた気がして、空を見上げた僕は確かに見た。

あの子犬を。

冬の空で見られる「冬の大三角」は、
オリオン座のベテルギウス、おおいぬ座のシリウス、そしてこいぬ座のプロキオンを結ぶ巨大な三角形である。

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