気まぐれ流れ星オリジナル小説

かごの中

「またか…」

私は新聞を読みながら呟いた。

『増える失踪未遂者
       今月最多の67人』

そこにはそう書いてある。

あれは去年の夏ぐらいだっただろうか。
突然、どこへ行くとでもなくただ「出て行こう」という衝動に駆られて街の外へと飛び出していった少年が、3日間の捜索の後無事に発見された。
私はその時のニュースをよく覚えている。

『なぜかはわかりません。自分でもどうかしてたんだと思います…』

途方に暮れた少年はそう言っていた。

その一件だけなら別に何ともないこととして済まされたのかもしれなかった。
しかし、日をおかずに今度は一気に数十人もの人々が老若男女を問わず行方不明になり、そして戻ってきた。

その人数が今月は67人。
世も末だ…私は投げやりにそう思いつつ新聞を眺めた。

そこには、これを大災害の前触れととる人や、世の中の不安がたまりすぎた結果とも言う人など、
さまざまな人のコメントが載せられていた。

「失踪事件ねぇ…」

いつの間にか横に妻が来ていた。

「ああ、これな。どういうわけだろうかね」

「そうね、本当に変な話よね」

しばらく2人で記事を見ていると、妻が不意にこう言った。

「あ、そうそう。逃げると言えばね、私が小さいころ飼っていたハムスターもよく逃げたのよねぇ」

「ハムスターか」

「そう、ハムスター。
それでね、ハムスターってちっちゃいから、一度逃げちゃうと捕まえるのが大変だったのね。
だから脱走させないためにかごを段ボールで覆ったりいろいろしてみたんだけど、どうやったのかすぐにかごの外に出ちゃってね。
でも成長したら、体が大きくなったせいかもう脱走しなくなったのよ。
…そういえば、あのハムスターどこでもらったのかしら。だめね、全然思い出せないわ」

そう言って妻は笑った。

太陽が沈みつつある。
私はそれを窓から眺めている。
この家は街の外側に近いので、屋根が連なる向こう側に街の外、だだっ広い平野が見える。

ここから外に行ったところで、あの向こうには何もないはずだ。
やはり、失踪はよく言われているように集団ヒステリーの一種なのだろう。

――……まて、あんな殺風景な平野があったか?
あそこには他の街や森や・・・・・・……

私は慌てて首を振った。
そんなはずがない。そんなわけはない。
私は窓に背を向け、歩き出しかけて…もう一度窓を振り返る。

かごの外……飼っていた……逃げる……

…まさかな。

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