気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track02『Maze』

~前回までのあらすじ~

魔王を封じ、故郷のプロロ島に帰ってきたリンク(トゥーンリンク)は、おばあちゃんから一通の手紙を渡される。
それは、マスターハンドなる人物からの招待状だった。
新たな地での冒険を夢見て、リンクはファイターになることを決心し『スマッシュブラザーズ』に繋がる扉をくぐる。

しかし、扉を抜けた先に広がっていたのは茫漠と広がる灰色の大地。
困惑していたのも束の間、リンクは金髪の少年が人形兵に襲われているのを見つけ、彼を助ける。
リュカと名乗るその少年も、リンクと同じくファイターであった。

他に頼る者も無く、2人の少年はひとまず招待状に書かれていた"城"を探し、旅を始める。

一方、遠く離れた平野にはマリオルイージの姿があった。
彼らが追いかけるのは、人形兵に捕まってしまったピーチ
圧倒的な敵の軍勢に対し果敢に挑み掛かるも、乱戦の内にマリオはルイージとはぐれてしまう。


  Open Door! Track 2  『Maze』


Tuning

暗中模索

「しっかしすごい霧だなー…」

目を細くすがめながら、リンクは言った。
2人が進み始めて間もなく、灰色の平原には四方から霧が押し寄せ、彼らをあっという間に包み込んでしまっていた。
今も霧は濃くなりつつある。まるで彼らが先を見据え、進んでいくのを拒むかのように。

背後であの少年もついてきている気配はあるが、しかし返事がない。

リンクは振り返る。

くせっ毛の少年リュカは、心細そうな顔をしてリンクの数歩後ろを歩いていた。
2人の周りを取りまく濃霧に気を取られ、リンクの声が耳に入らなかったらしい。

時折辺りを見回すリュカに、リンクはもう一度声を掛けた。

「すごい霧だよな?」

「えっ? ……あ、…うん」

リュカはようやく目を瞬かせ、おどおどと頷いた。
自分に対して何をそんなにびくびくすることがあるのか、リンクにはさっぱり分からなかったが、
肩をすくめ、とりあえず視線を前に戻す。

またいつ敵が出てくるか分からない。
あの緑帽なら、囲まれさえしなければ勝てる。
でも、もし新たな敵が出てきたら?

加えて今は、視界が刻一刻と悪くなっていくのが一層の緊張を呼んでいた。
足音は大気に吸い込まれ、息づかいさえ耳元にくぐもって聞こえる。
肌に吸い付くようなその圧迫感が、いつしか敵の気配にすら感じられてきた。

そのプレッシャーをはね除けようと、リンクは再びリュカに話しかける。

「…なぁ、この霧何なんだろうな?」

「ぼ、僕に聞かれても…」

戸惑ったような返事が返ってきた。

「別に答えを聞きたいわけじゃないんだから、そんなカタくなんなよ」

「うん…」

相変わらず一本芯の足りない声に、リンクは内心ため息をつく。

ついてくるならついてくるで、しっかり覚悟を決めて来て欲しいところだった。
こんな臆病な男の子が、本当にファイターに選ばれたのだろうか。

黙っているとそんなことばかり思い浮かんで苛々してきそうだった。
その気持ちを切り替えようと、リンクはまたすぐに言葉を継ぐ。

「ヘンだよな。
別に寒くなったわけでもないし、雨が降るって感じもしない。
ただじわーっと濃くなってく霧なんて、すごく、何て言うか…不自然だ」

返事はないが、リンクはそのまま続けた。
ほぼ独り言のようなものだった。

「風もない。
山も川もないってのに…これだけの霧、どこから湧いてきたんだ? 地面か?」

そこまで言ったところで、リンクの目が行き先のわずかな変化を捉える。

ミルクのように濃い霧の向こう、わずかに暗い影が横たわっている。
平板で、四角い影。あれは…

「…穴だ」

呟き、リンクはそれに駆け寄った。

やがて霧の中から現れたのは、朽ちた古井戸のようなものだった。
ただし、その穴は人が何人も入れるほど広く、斜め下に向かって穿たれている。

「これ…自然に出来た穴じゃないな」

リンクは塀の側面をなぞり、言った。
壁は所々欠けているものの漆喰のような手触りがあり、床面にはいびつに風化した階段が備わっている。
恐ろしく古びた通路。リンクの目にはそう映った。

リンクは何も言わず、そのトンネルに入っていこうとした。
しかしその背中に、慌てたようなリュカの声が掛けられる。

「ま、待って!
……ここに入るつもりなの…?」

「ん? ああ。
どこかに繋がってるかもしれないだろ? それに霧はもう見飽きたしな」

「それはそうだけど…でも…」

また自信が無さそうに俯くリュカに、リンクはむっとして、

「何怖がってんだよ。
とりあえず入ってみなきゃ何も変わんないんだ。
行かないんなら置いてくからな!」

こう言うと、さっさとランタンの灯をつけ、階段を降りていってしまった。

残されたリュカは、トンネルの前でしばらく行ったり来たりを繰り返していた。
そうしつつも、時々穴の方をのぞく。

訳もなく恐がっているのではない。
穴の中から嫌な空気を感じた。だから入りたくなかったのだ。

この感覚はリュカにとって物心ついた頃からある当たり前のものなのだが、他のほとんどの人には備わっていない。
それでもリュカは、あのとんがり帽の少年が"何か"に気づいて、戻ってきてくれることを願っていた。

おとぎの国から抜け出してきたような、不思議な出で立ちをした少年、リンク。
まだ出会って1日も経っていないが、いつの間にかリュカは彼の行動力にすっかり頼り切っていた。
上手く説明できないが、彼には頼りになると思わせる何かを感じるのだ。

だがリュカの願いも空しく、待てども待てどもあの少年は帰ってこない。

晴れる気配のない霧。暗い闇をたたえたトンネル。
先に進むことも後に戻ることもできず、彼はただ心細い思いを抱えてその場に留まる。

何度目に様子を伺った時だろうか。
トンネルの方に目をやった時、リュカはその奥の空気に変化が起こったことを"感じた"。

はっと立ち止まっていたのも束の間、気がつくと、リュカはトンネルの中へと飛び込んでいた。

「こっちも行き止まりかぁ…」

リンクは瓦礫の山に手を添え、呟いた。
ある程度階段を降りると、彼は光沢のある白い壁で造られた迷路のような空間に出た。
しかし、選んだどの道も途中で崩れ、岩や瓦礫に天井まで埋め尽くされている。
選択肢が減ったのは良いことかもしれないが、出口まで無くなっていれば話にならない。

もう少し探してみて、通れる道が無さそうだったら戻ろう。
そう考えていた矢先。

「――!」

反射的に振りかえり、盾を構える。
遅れて、盾を持つ右手に鋭い振動。

それが収まったところで盾からわずかに顔を出すと、通路にうようよと浮かぶ敵の姿が見えてきた。

人と同じ大きさの、金魚もどき。
しかし、口のあるべき所には大きな1つ目がかっと見開かれている。
不気味な敵だったが、そこは故郷で様々な怪物と戦ってきたリンクのこと。少しも動じた様子はない。

通路を埋め尽くす、金魚もどきの群れ。
その巨大な眼球の表面に、青白い光が走る。
だが、そのときすでにリンクはランタンを床に置き、剣を抜きはなっていた。

放たれた電光を鋭くかわして回り込み、走り抜けざまに手近な1体を下から斬りつける。
他の金魚もどきが細長い触手をムチのように叩きつけるがしかし、彼はそれらをしっかりと盾で防ぎ、そして床を強く踏み切る。

いくつもの眼球が、向かってくる金髪の少年を見上げた。

群れの中央に落ちる形になったリンクに、金魚もどきはじわじわと集まっていく。

突如として、銀のつむじ風が巻き起こった。
金魚もどきはことごとく吸い寄せられ、斬られ、弾き飛ばされていく。
あちこちで金魚もどきが迷路の壁に激しく打ちつけられ、白い光の粒となってほどけていった。

リンクが着地し、マスターソードを収める頃には、通路にいた金魚もどきの群れは一掃されていた。

しかし、彼の顔は厳しいまま。
彼の耳は、入り口の方角から聞こえてくる騒ぎを捉えていた。
急いでランタンを持ち、駆け出す。

曲がり角を曲がったリンクが見たものは、通路を埋め尽くす緑帽の人形だった。

「いっ…いつの間に湧いてきたんだよっ!?」

思わず声に出る。
耳でも気配でも、この周りに敵はいないと確信していたというのに。

声に気づいた緑帽が、うっそりとリンクの方を振り向いた。

不穏なざわめきが聞こえてくるのは、まだこの先。
リンクは食いしばった歯の隙間から唸り、

「邪魔だ! どけろーっ!」

その声と共に球形の爆弾を取り出し、次々と投げつけた。

巻き起こる爆風と火炎で開かれた道を、リンクは急ぐ。
倒せなかった人形が追いかけてくる気配があったが、かまっている暇はない。

十字路に出る。
音を頼りに右に曲がりかけて…リンクはたたらを踏んだ。

「うわっ…!」

裏返った声が目の前で言った。

リンクはランタンを掲げる。
光の中に浮かび上がったのは、黄色と赤の縞シャツ。
眩しそうに腕で顔を覆ったリュカだった。

「リュカ…。
何だ、来たのかよ」

ランタンを下げ、リンクは目を瞬く。
リュカはこくんと頷き、そして不思議そうに尋ねた。

「どうしてこっちに来たの…?」

ここは地下迷路の入り口に一番近い十字路。
リュカは、奥へと探索を進めていたリンクがまさか入り口方面に向かって走ってくるとは思っていなかったのだ。

「どうしてって…」

答えかけて、リンクははっと気がつく。

この方角から騒ぎが聞こえてきたとき、真っ先に思い浮かんだのはリュカ。この恐がりの少年の顔だった。
ついてこないなら勝手にしろ、人形に襲われても知らないからな。
そう思っていたはずが、自分はどこかで彼のことを心配していたのだ。

それを素直に認めるのはなぜだか気まずくて、リンクはぶっきらぼうにこう続けた。

「…当たり前だろ?」

「リンク…」

それでも、リュカは何か勘づいたらしかった。
つぶらな目を丸くしていたが、やがて、ぎこちなくではあるが嬉しそうな顔をする。

「…ありがとう」

「別にお礼なんていいって」

そっぽを向いたままリンクは言った。
と、そこで、彼は目下の状況を思い出す。

「…そうだ。リュカ、こっちからあの人形が追いかけてきてんだ。一旦ここを出よう!」

早口に言い、外に繋がる階段に向かう。
リュカもすぐに後を追った。

しかし、2人の足は途中で止まる。

階段を上がった先の景色が一変していた。

列をなし、行進していく人形の群れ、群れ…。
魂のない赤い瞳がいくつも揺れ、周囲を監視する。
他にも車輌や動物を思わせる、見たこともない人形が幾体も横切っていった。

霧はいつの間にか晴れていた。
空に広がるのは、どこまでも空虚な白。
それを背景に、人形の行進は途切れることなく続いていく。

そのあまりにも圧倒的な数に、2人の少年はすっかり気圧されてしまっていた。
階段の最初の段に足をかけたまま、人形達の行進に目を奪われていた。

唯一幸いなことに、外を歩く彼らがこちらに気づいた様子はない。
それが分かり、リンク達はやっと硬直から解ける。
2人は足音を忍ばせ息を殺して、ゆっくりと来た道を戻っていった。

そして、階段を降り十分に距離を取ったところで、駆け出す。

「リンク! こっちは人形が…」

後ろからリュカの声が追いかけてくる。

「わーかってるって! 勢いで突っこめば大丈夫だ!」

「そんな…!」

「とにかく吹き飛ばせ!
これから心当たりのある道に向かうからな、はぐれんなよ!」

そう言って、リンクは再びリュックから爆弾を取り出した。

走る。ただひたすらに、走り続ける。
入り組んだ暗闇の中を、突き進んでいく。
響く足音。こだまするざわめき。光が揺れ、床や壁を跳ね回る。

リュカは闇雲に手から炎を飛ばし、向かってくる人形達を強引に押しのけていた。
今の彼に、目標を定める余裕など無かった。
前に見える緑の背中、爆煙を巻き起こしながら走るリンクを見失うまい、ただそれだけを考えて走っていた。

薄闇の中から突き出される人形の手、手。
ランタンの光に照らされて浮かび上がる赤い瞳、真っ黒な肌。
リュカには、物言わぬ人形達が一層不気味に感じられた。

どのくらいそうして走っていただろうか。
ふいに、ぷつりと途切れるように人形はいなくなり、通路には2人分の足音だけが響いていた。

と、前を走っていたリンクが横にさっと腕を出す。
リュカは立ち止まり、「どうしたの?」と尋ねかけた。

「しっ!」

リンクが鋭く言った。
周りに視線を送り、その尖った耳を澄ませている。

リュカも彼に習い、周囲に気を配ってみた。

「…何かいるな」

リンクが呟いた。
リュカも頷く。

通路の先、暗闇の向こうに何かがいる。
リンクは先ほど聞き取った不穏なざわめきとして、リュカは嫌な気配としてそれを感じとっていた。

だが、進まなくてはならない。
リンクの予想しているもう1つの脱出経路は、その先にあるのだ。

リンクはリュカの手を引き、一旦曲がり角へと後退してランタンの火を吹き消す。
途端に辺りは濃密な闇に閉ざされる。
その暗さに、リュカは改めて、自分たちが地下通路の奥深くまで来てしまったことを実感した。

次第に目が慣れていく中、気配はランタンの光があった方角、こちらへと近づいてくる。
リンクがゆっくりとブーメランを構え、そして素早く投げる。
ブーメランは風を巻き起こしながら曲がり角を鋭く曲がり、見えなくなった。

そのタイミングで、リンクは駆け出す。

通路にいたのは、丸い頭からプロペラと2本の腕を生やした人形だった。
リンクが先ほど放ったブーメランに気を取られ、後ろを振り返っている。

その隙を突き、リンクはプロペラ人形に飛びかかっていった。

初めの一撃が腕に当たり、プロペラ人形は慌てふためいて後退する。
相手の間合いから離れる算段だったようだが、そのために背後への配慮がおろそかになった。
空を切って戻ってきたブーメラン。それが計算したかのようにプロペラに打撃を加える。

制動機構を壊された人形は、マスターソードの重い一撃を避けることができなかった。
通路に鈍い爆発音を響かせて、プロペラ人形は白い粒に還る。

しかし、ざわつきは消えない。

「どこからだ?」

見回すリンクに、後ろでリュカが叫んだ。

「リンク、足元っ!」

同時に、何もないはずの地面から急に緑帽が出現する。

顔をこわばらせるリンク。
しかし、リュカのお陰で心の準備は出来ていた。
剣を持ち直しつつ、素早く後退する。

青眼に構えて目を凝らすと、床に何かが落ちているのが見えてきた。
黒い渦のような、平べったい物体。プロペラ人形が持っていた物だ。

今それは、元はプロペラ人形を成していた白い粒子をゆるゆると吸い込み、そしてまた1体の緑帽を生み出す。

「…あれか!」

誰もいないはずの通路に現れていた大量の緑帽。
あれは、通路を徘徊していたプロペラ人形の持つ渦から生み出されたものだったのだ。

「あれ…壊せるのかな」

リュカがあまり自信のない声で言う。

「試してみるしかないな…。このままほっとくわけにもいかないだろ」

用心しつつ、リンクは弓矢を取り出して構えた。
弓をふりしぼり、そして放つ。
銀色の矢は緑帽のわきをすり抜けて黒い渦に一直線に向かっていき、そして何かに突きささった。

渦がぶよぶよと震える。
手応えありと見たリンクは、剣に持ち替えて渦へと向かっていった。

2体の緑帽がかかってくるのを盾でやり過ごし、黒い渦を十字に斬りつける。
鈍い爆発があって、渦が壊れた。
後に残されたのは、一握りの金属塊。渦を作っていた装置だろう。

緑帽にとどめを刺し、装置がもう動かないことを確認したリンクは、声を掛けた。

「よし。リュカ、来い!」

再びランタンの灯をともし、2人は地下通路の出口を探し始める。
直線と直角で構成された単調な通路が続くが、先頭を歩くリンクの頭には、しっかりとした地図ができあがりつつあった。

壁の染みや壊れ方、どこで何回曲がったか。
それを記憶することは、かつて様々なダンジョンを巡ったリンクにはさほど苦ではない。

確信に満ちた足どりで歩くリンクは、ふと後ろに声を掛けた。

「…リュカ?」

「何?」

割合すぐに返事が返ってきたので、リンクは思わず笑ってしまった。

「あんまり静かだからさ、どっかではぐれたのかって思った。それだけ」

「はぐれるわけないじゃないか、こんなところで…」

と、リュカは少し怯えつつもむっとしたような声を出す。
リンクは肩をすくめて笑い、そして肩越しにこう言った。

「まぁさ、もうちょい歩けば出口が見えてくるから。そう緊張すんなよ」

「本当?」

「あぁ。見てみな」

リンクは立ち止まり、ランタンを目の高さに掲げて見せた。
持つ手は静止しているにもかかわらず、ランタンの火が揺れている。
一方向へ向かって、規則正しく。

肌には感じられないが、地上から来る風がこの通路に届いているのだ。

「あとどのくらい?」

「さあ。そいつは歩いてみないと分かんないな。
行ってみて、もし上にあがれなさそうだったら他を当たらないといけないし」

と、リンクは軽く肩をすくめる。

「そっか…」

リュカは少し声を落としつつも、大人しく頷いた。

それから10分も経たないうちに、2人の歩く道は風変わりな広い空間に出る。

正確に言うと、それらしいところに出た。
音の響き方で暗がりの向こうに広大な空洞が開けているのは分かる。
しかし、向こうとこちらは大人の背丈ほどもある塀に仕切られている。
そのため、ランタンを掲げても空間全体の正確な様子は分からなかった。

どうする、とリュカが尋ねるよりも先に、リンクはランタンをリュックに引っかけ塀に取りつく。
つるつるした表面のわずかなでっぱりや割れ目に手をかけ足をかけ、リンクはあっという間に塀を登り切った。
そこから身を乗り出し、彼は闇の奥に向かってランタンを掲げてみる。

おぼろげに見えてきたのは、平行に並ぶ無数の線だった。
金属で作られた道。その鉄色の横縞は手前から始まって、ずっと向こうの闇の中まで整然と並んでいる。
進行方向に沿ってランタンを左へと向けると、そのうちの1本が延びる先にぽつりと光が見えた。

「お、あれだ!
っし、行くぞー!」

出口が見えたことで俄然明るい顔になったリンクは、そう言って塀をまたぎ越し、軽々と金属の道に着地する。

「ま、待ってよ!」

やっとのことで塀を登ったリュカは、今にも自分を置いて先に進んでいきそうなリンクの背中にそう言った。

小道ほどの幅を持つ金属のレールは所々錆びており、歩き心地は良くなかった。
加えて2人の進む道は少しずつ上り坂になり、トンネルにはいると更に角度を増していった。
錆臭く古びたトンネル。それでも、出口に向かう2人の足は自然と速くなっていく。

しかし、そんな2人の進路を阻むものが現れた。

紫の巻き毛と巨大な角を持つ羊、だろうか。
2人の背丈を優に超すずんぐりした生き物が、レールに頭をもたせかけ、眠っていた。

のんきな寝息がトンネルに響く中、2人はどうしたものかと思案する。

「これも…あの人形達の仲間なのかな」

「かもな。とりあえず、起こさない方が良さそうだ」

小声で言い交わし、再び前進することに決めた。

巨大羊の頭が載っているレールのぎりぎりを進む。
起こさないように、そっと。

2人の靴が巨大羊の鼻先ぎりぎりをかすめていったが、何とか気づかれずに済んだようだ。
用心のため、そのまま忍び足で十数歩進んだところで、2人はようやく安堵の息をつく。

しかし。

突然、トンネル内に嫌な音が響きわたった。
金属に大きな負荷がかかり、軋んでいる音。
2人は思わず、足をすくませ立ち止まる。

音の出所は、2人が先ほどまで歩いてきたレール。
巨大羊が枕にしているまさにその直下だ。
老朽化が進み、危うい均衡を保っていたレールに、2人の体重がわずかな一押しをしてしまったのだろうか。

「まずい…」

リンクが呟いた直後。

トンネルに甲高い金属音を響かせ、レールが破断した。
巨大羊の顔面ががくっと沈み込み、そして、そいつは目を覚ます。

吊り上がった黄色の目がリンク達を認め、逆上したかのように顔を真紅に染めると、巨大羊は咆吼した。

「逃げるぞ! 走れっ!」

破断の残響と巨大羊の咆吼がわんわんと響く中、
リンクは、足がすくんでしまって動けないリュカを無理矢理引っ張り、全速力で駆け出した。

背後からは、眠りを妨げられ激怒する巨大羊が迫る。
さっきまでの平和な寝顔とは似ても似つかない、怪物然とした顔を憤怒に歪ませて2人を追いかけてくる。

脆くなったレールが羊の重みで次々と砕け、一時の足止めになってくれているが、
それでも巨大羊と2人の距離は縮まりつつあった。

「頑張れっ、もう少しだ!」

リンクの声に、リュカは息を弾ませ、頷く。
前方。眩しいくらいに白い光が、着実に近づいてくる。
だが同時に、背後のうなり声も迫っていた。そしていつからか、そこには電気のはぜるような音まで混じってきている。

リュカは恐ろしくて、振り返ることができなかった。
振り返ってしまったら、きっともう動けなくなってしまう。
だから前だけを見て、無我夢中で走っていた。

一方のリンクは、眼前に迫ってきた出口から吹き込む風の音に、違和感を覚えていた。
鋭い聴覚が、目では見えない空間をなぞり…まもなく、頭の片隅で何かが弾ける。

空いた方の手をリュックへやり、緑の布のようなものを取り出す。
そして、

「リュカ、おれの肩につかまれ!」

叫ぶと、レールの終点、開けた光の向こうに飛び込んでいった。

風の音。

リンクの肩にしっかり手をかけ、ぎゅっと目をつぶっていたリュカは恐る恐る目を開く。
まず見えてきたのはリンクの尖った耳。そして、思っていたよりもかなり下にある地面。

「わっ…?!」

直前まで走っていたために、かすれたような声が出た。
リンクの肩にかけた手に力が入るが、よく周りを見てみると、自分たちは落下しているのではなかった。

リュカ達は、空を飛んでいた。
リンクが両手で広げる布のようなもの。それがパラシュート代わりになって風に乗っている。
布のようなものは、よく見ると一枚の巨大な葉っぱだと分かった。

「デクの葉っていうんだ。便利だろ?」

リュカの視線に気づいたリンクが、顔だけ横に向けて言った。

「あ…、そういえばあの羊は…?」

ふと思い出し、リュカは後ろを振り向く。

地面から空へと突き出た金属のトンネル。
そのすぐ下から、あの白い粒が立ち上っていた。

「落っこちたのか…」

「ま、自業自得だな!」

霧は晴れていたが、空は相変わらず空虚なほど白く、大地は乾ききった灰色を見せている。

しかし、2人の顔は明るい。

耳元で轟々と音を立て、髪をもてあそんでいく風が、2人の脱出を祝福していた。

 逃げるが良い 隠れるが良い

 お前達は所詮神の玩具

 私の手の上で踊るが良い

歩いているうちに誰かしら事情を知る者と出会えれば、と期待していたリンク達だったが、結局この日は誰とも出会わないまま夜になってしまった。

灰色の平原は闇に沈み、雲の上から幽かに投げかけられる月の光の他、辺りを照らすものはない。
得体のしれない"敵"たちは、地下通路で出会った以降は全く現れず、あたりは動くもの一つない異様な静けさに包まれている。

さしあたっての目的地は、進行方向にそびえている灰色の山脈。
そこに何があるというわけでも無いのだが、トンネルを抜けた先でも建築物らしいものは見あたらず、
とりあえず手頃な高台に登って何かしらの手がかりや次なる目的地を探すほかなかったのだ。

だが、今日はもう遅い。
2人は大きな岩の陰にテントを張り、夕食を取って眠ることにした。

何があっても良いように、とリンクがテントなどを持ち込んでいたのに対し、
リュカはそのリュックに入れた食料くらいしか蓄えが無かった。
無理もない。様々なトラブルをくぐり抜けてきたリンクでさえ、まさかこれほどまでに資源の乏しい世界に迷い込むとは思っていなかったのだから。

疲労回復のためのチュチュゼリーが、今夜の夕食だった。ほとんど軽食と言っても良い量。
2人ともそれほど空腹は感じていなかった。
寄る辺のない無人の地に落とされ、得体の知れない敵と戦って。ゆっくりと食事をするような気分にはなれなかったのだ。

「…リンク、これ…何?」

チュチュゼリーを渡されたリュカは、恐る恐るそれをつついた。
赤く丸いそれは、弾力を持ってぷよぷよと震える。

「ん?
チュチュゼリー。食べなよ、疲れがとれるから」

簡潔に言って、リンクはチュチュゼリーを二口で食べた。
その様子を見ても、リュカは食欲がわかなかった。
ももゼリーならば好物なのだが、この"ゼリー"はいささか色がきつすぎる。

「食べ物なの…?」

半信半疑といった様子でリンクの顔を見ていたリュカだったが、覚悟を決めて手のひら大のゼリーをかじった。
見た目通りつかみ所のない歯ごたえと共に、まずくはないがなんとも不思議な味が広がる。

「……うーん」

首を傾げ、お菓子のようでもあり、何かの肉のようでもあるそれをゆっくりと噛む。
言われてみれば、何となく疲れが取れてきたような気がした。

そんなリュカの様子を見て、ふとリンクがいたずらっぽく笑う。
身を乗り出して、彼は秘密めかした声で言った。

「それ、どうやって作るか知ってるか?」

首を横に振りかけたリュカだったが、リンクの目を見て、身構える。
何だか嫌な予感がした。

「い…いいよ、話さなくて」

口の中のものを飲み込み、慌ててそう言う。
だが知った上で、リンクはわざと大きな声で、ゆっくりと言い始めた。

「チュチュゼリーはなぁ―!」

「や…やめてよ! 食べられなくなっちゃうじゃないか!」

耳を塞ぐが、片手がチュチュゼリーでふさがった状態ではどうしようもない。

「分かった分かった。言わないって」

ちょっと憤慨した様子のリュカに、リンクは笑ってそう言った。

夜が更ける。
辺りはさらに暗くなり、背後の山脈は黒いシルエットとなって、威圧するようにそびえていた。

岩陰のテントの側、とんがり帽子の少年がたき火の横で座っていた。
雲に隠れ、ぼうっと光る月らしきものを見上げるリンク。
彼の瞳は、先のやんちゃな様子とは打って変わって真剣な光をたたえている。

辺りは静まりかえっていた。あの奇妙な人形達の気配は無い。
冷たい夜の大気に背中を向け、たき火を見つめながらリンクは1人、考え込んでいた。

――…リュカやおれに襲いかかってきたやつらは、マスターハンドの力試しだったのか?
それにしちゃやり過ぎだったような気もするけどな…。
一体何があったのか、ここはどこなのか…

視線を、背負った退魔の剣、マスターソードへ向ける。

――それに、この剣が何でここにあるのかも、そのマスターハンドってのに会えば分かるよな。きっと。

マスターソードはその役目を果たし、今は海の底に眠っているはずだった。

――しっかしこの味気ない景色は何だ?
どこもかしこも灰色じゃ、気が滅入っちまうよ全く…

暗くなっていく曇り空を見上げ、リンクは心の中で問いかける。

――…おい、ここは本当に『スマッシュブラザーズ』なのか?

問いは灰色の世界に消えてゆき、答えは返ってこなかった。

リンクがテントに入ると、リュカはすでに毛布にくるまり、眠っていた。

「ちぇっ、早いなぁ…」

そう言いつつリンクは苦笑し、リュカの横に寝転がると自分の毛布を被った。

Next Track ... #03『Ant and Giant』

最終更新:2013-12-27

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