気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track04『Cross Over』

~前回までのあらすじ~

何の説明もなく灰色の世界に落とされ、迫り来る人形と戦うリンク(トゥーンリンク)とリュカ
マスターハンドの招待状に書かれた"城"を探し、旅を続ける彼らの前に、"ガレオム"と名乗る機械戦車が現れる。
2人のことを"侵入者"と呼び、問答無用で襲ってきたガレオム。しかしリンクの機転によって何とかこれを退けることができた。

一方、人形の軍勢にさらわれたピーチを追っていたものの、途中で兄とはぐれてしまったルイージ
黒い森に迷い込んだ彼は、木々に引っかかって眠っていたカービィを見つける。
ファイターとの再開を喜んだのも束の間、森に残された戦闘の跡を見たカービィはルイージを置いてどこかに走り去ってしまった。


  Open Door! Track 4  『Cross Over』


Tuning

交差する道

灰色の雲が空を覆い尽くし、わずかな濃淡を持って気だるげに流れていく。

山道は時が止まってしまったかのように静まりかえり、動くものもない。
中腹を過ぎた辺りから、道ばたには枯れ草が現れ始める。
しかしそれらもまた、微風すら吹かない山腹に頭を垂れ、立ち尽くすばかり。

やがてそこに、小石を踏みしめて、2人の少年がやってきた。

先頭を歩いているのはリンク。
伝説の勇者と同じ深緑の服に身を包み、まっすぐに前を見て歩いている。
その数歩後ろを歩く縞シャツの少年はリュカ。
彼は視線を足元に落とし、何事か考え込んでいる様子であった。

やがて彼は顔を上げ、こう尋ねかけた。

「リンク、僕たちが侵入者って…どういうことだろう?」

山頂で戦った機械戦車、ガレオムが放った言葉。
リュカはそれが気になっていたのだ。

リンクを除いて、リュカが初めて出会った言葉の通じる相手。
それが言った言葉であるだけに、"侵入者"という単語は彼の心に深く残っていた。
もしかしたらそれは、自分たちの陥ったこの状況に対する、何らかのヒントになるかもしれない。

てっきりリンクも同じ考えをしているものと思っていたのだが、
しかし、彼はこう言って肩をすくめるだけだった。

「さぁなー。あいつの言いがかりじゃないか?
"立入禁止"なんて札、どこにも無かったんだし」

飄々とした態度。とても難敵を退けた後とは思えない。

「そうかな…」

そう言いつつも、リュカは引き下がる。
彼が気にしないのなら、大したことではないのかもしれない。そう思いながら。

「ま、今は前進あるのみだ」

リンクはそう言って前方を指さす。
その向こう、歩けば1時間ほどかかるであろう距離を隔て、山脈に隠れるようにして立ち並ぶ建物群があった。
中央にはひときわ大きな四角い建物。これが当分の2人の目的地である。

あれがマスターハンドの招待状にあった"城"だという確信は無い。
しかし、"大きな建物には必ず何かの手がかりがある"というのが、リンクの弁であった。

「…でもあれだけ走って頭使ったら腹が減ってきたな…。
そろそろ昼にするか!」

そうリンクが言ったときである。

 "ぐぉぉるるるるる…"

「あれ? 今のリュカか?」

「ち、違うよ!」

2人が辺りを見回していると、さほど間を開けず、またあの音が鳴った。
先に音の出所に気づいたのは、耳聡いリンクであった。

「向こうから聞こえてきたな…行くぞ!」

リュカの返事も待たず、走り出す。

道の脇、灰色の草むらの中に何かが倒れている。

「こいつか…?」

リンクのつぶやきに答えるようにして、また音が鳴る。

 "ぐぅぅぅ…"

「…やっぱりこいつだ」

ピンク色の、ボールともぬいぐるみともつかない変てこな生き物。
リンク達が近づいたことにも気がつかない様子で無防備に手足を投げ出し、仰向けに倒れていた。

リンクは剣を抜きかけた…が、その手を横からリュカに止められる。

「リンク…このひと敵じゃないよ」

「え…?」

一瞬きょとんとし、リンクは訝しげな顔を向ける。

「……なんで分かるんだよ。
こーゆーやつってたいていマモノだろ。しかも弱そうに見えて実はやばいやつみたいな」

「これはふりじゃないよ。本当に弱ってるんだ」

真剣な声で言い、リュカはリュックを下ろした。
中からこのみパンを取り出してピンクの生き物のそばに行き、パンをちぎりかける。

次の瞬間。
生き物が素早くリュカ ― ではなく、パンに飛びかかった。

両手で抱えるほどあるこのみパン。
生き物は驚くほどの大口を開けて、それをひと呑みにしてしまった。

2人が呆気にとられて見る前で、その生き物はぱちっと目を開ける。
縦に長く、深い青色を底に湛えた黒い瞳。

「ふぁあ~、生きかえったぁ…。
…あれ? ネス…?」

不思議な形をした瞳がリュカを見つめ、幼い声で問う。

「うわっ! こいつしゃべった…?!」

リュカがきょとんとしている後ろで、リンクが大声を上げた。

「ぼくのなまえは"コイツ"じゃないよ。
ぼく、カービィ! きみは?」

カービィと名乗る不思議な生き物は、しごく友好的に話しかけてきた。

「お…おれはリンク」

彼のペースに飲まれ、ほぼ反射的に言葉を返すリンク。

「リンク! …ぼくを覚えてないってことは、うーんと…別のリンク、かな?」

首ならぬ体を傾げ、生き物はそう言った。

「…ちょっと待てよ!
お前の言ってること、色々と訳わかんないぞ?!」

リュカの自己紹介も聞き終わったカービィは、納得がいったように何度も頷いた。

「そっか、きみはリュカっていうんだね!
なんだか目のあたりとかネスに似てたから、見まちがえちゃった。
あっ、ネスはぼくのともだちで、ぼくらとおんなじファイターだよ」

道ばたの石にちょこんと乗っかり、足をぶらぶらさせているカービィ。
リンクとリュカは彼と向き合うようにして、灰色の砂地に腰を下ろしている。

リンクは疑わしそうにこう尋ねた。

「なぁ、さっきからそう言うけど…お前、本当にファイターなのか?」

「? …うん!」

カービィは簡潔に即答する。
リンクは深いため息をつき、頭を抱え込んだ。

「どうしたの?」

リュカが尋ねると、リンクにしては珍しく沈んだ声がかえってきた。

「ファイターってもっとこう…ごついもんだと思ってたんだけどな…」

魔法のようなものが使えるリュカならまだしも、
この"カービィ"と名乗る謎の生き物はどう見たって戦いに向いているとは思えないのだった。

「大丈夫だよリンク!」

そう言ったのはカービィである。

「『スマブラ』にはいろんなひとがいるから!
おもしろいおじさんでお兄さんのマリオとか、セントーキ乗りでたよれるフォックス、
ちからもちでバナナだいすきなドンキーに…」

次々とファイターらしき人名を並べ立てていく。
その様子を見る限り、彼がファイターであるというのはどうやら本当のことのようだった。

「カービィって『スマッシュブラザーズ』に詳しいんだね…!」

リュカはすっかり感心して言った。

「えへへ、こう見えてもぼく、一番さいしょから来てるんだよー!」

カービィは誇らしげに胸を反らす。

「一番最初?」

「そう! 今回でえーっと…3回目になるかなぁ?
…そうだ! きみたちはじめてでしょ?
おいしいパンのお礼に、ぼく、きみたちのしつもんにこたえるよ! 何でもきいて!」

にこにこと笑ってそう言ったカービィに、さっそくリンクが質問する。

「じゃあまず、さっき言ってた"別のリンク"って何のことだよ?」

「うーんとね……」

腕組みらしき格好をし、カービィは言いたいことをまとめる。

「まず、一番さいしょに来たリンクがいるんだ。そのリンクはきっときみよりとしうえだね。
で、その後から来た2人目のリンクはぼくらと同じくらいだったから、みんなから子リンクって呼ばれてる。
きみはリンクとも子リンクともちがうみたいだし、なんて呼ばれるのかなぁ」

「…リンクってやつ、そんなにいるのか?」

「うん! 名前も服もおんなじだし、ほんとにふしぎなんだよ」

「名前も服装も…」

つぶやき、リンクは考え込み始めた。
"時の勇者"のこともあり、心当たりがないわけではない。
だが、彼はずっと昔、それこそ気の遠くなるような昔の人だったはずだ。

代わってリュカが聞く。

「次、僕が聞いてもいいかな」

「うん!」

「扉をくぐってからいきなり使えるようになってたPSI…技があるんだけど、
これってどういうことなのか、知ってる?」

炎や氷のPSIなど、いつの間にか使い方を"知っていた"PSI。
そのことが、どこかでずっと気になっていたのだ。

リュカの向こうで、リンクも考え事から戻り、こう言う。

「あ、そうだよ!
おれも持ってきてないはずの武器とか持ってたんだ」

2人の質問を聞き届け、カービィは1つ頷くと説明に入った。

「えっと、まずリュカのはね…ぼくもそうだけど、ファイターになって使えるようになったんだとおもう。
ぼくも、『スマブラ』ではなんにもコピーしてないのにコピーのうりょくが使えたりするんだ。
リンクのは…マスターはなんて言ってたかな…あ、そうだ、"ほんものかつほんものでない"だ!」

「本物かつ本物でない…?」

哲学めいた言葉に、リンクは眉をひそめる。

「たとえばね、ぼくの住んでるポップスターの夢の泉には、"スターロッド"っていう大切なつえがあるんだ。
それで、2回目くらいに『スマブラ』に来たとき、そのスターロッドがしあい中に何本も出てきたんだ。
びっくりしてマスターにきいてみたら、そう言ってポップスターの夢の泉を見せてくれた。
スターロッドはちゃんと夢の泉にあって、ぼくはあんしんしたんだ」

言葉こそつたないが、彼が真剣にリンクの疑問に答えようとしているのは分かった。

「ふーん、そうか…」

腕組みをし、ゆっくりと頷くリンク。
話の全てを理解できたわけではなかったが、
ともかくマスターソードについては心配しなくても良さそうだ、と結論づける。

「…そうだ! カービィ、"エインシャント"って人、知ってる?」

リュカは先ほどの戦いでガレオムが言っていた名を思い出し、尋ねた。
これだけ『スマブラ』に詳しいカービィであれば、何か知っているのではないかと思ったのだ。

しかし、カービィは驚いたように目を瞬く。

「エインシャント…? ううん、知らないよ」

「さっきおれ達さ、ガレオムっていうやつに侵入者扱いされたんだ。
その前にも、人形みたいな変なやつらに襲われたりしたんだけどさ。
…一体何がどーなってるんだ?」

リンクがせき立てるが、カービィは困惑した様子で空を見上げた。

「ぼくもよく分からないなぁ…。
でも…ここはなんかへんだ。いつもの『スマブラ』みたいだけど、でもそうじゃないような…へんなかんじなんだ」

空では、白っぽい太陽が灰色の雲の合間から見え隠れしている。
しかしその光は、3人の記憶にある太陽よりもはるかに弱々しかった。

「…そうだ、リンクとリュカはどこから来たの?」

カービィが急に話題を変えた。

2人が戸惑っている内に、彼は答えも待たず、こう続ける。

「ぼくはね、プププランドっていうところから来たんだよ!」

「プププ…ランド……?」

不思議な響きの地名を、リュカは訝しげに繰り返した。

「そう! 来たことある?
とっても良いところだよ~! たべものがたくさんあって、はしりまわれる原っぱもいっぱいあって―」

よほど故郷のことが好きなのだろう。
話はプププランドにいる友達のことに始まって、そこからポップスターという彼の住む星全体に視点は広がり、
遺跡に潜む岩石の守護者に、立派な翼を持つ巨鳥…彼はそれら不思議な話を嬉しそうに語り始めた。

初めこそ呆気にとられていた2人だったが、いつしか彼らはその話に聞き入っていた。
ここのところずっと無味乾燥な世界を歩いてきたせいもあって、カービィの話を聞いていると、
その様子が実際に、生き生きと目の前に現れてくるようだった。

「そうそう、ここに来るまえもそのともだちと追いかけっこしてて―」

――
―――

暖かな日差しの中、カービィはポップスターの草原を走っていた。

と、彼に気がついた友達が道の向こうから駆け寄ってくる。

「なぁカービィ! オレもマスターハンドに選ばれたんだけど…」

そう言って併走し始めた金髪の友達に、カービィは笑顔を見せた。

「あ、ナックルジョー! おはよう!」

「あぁおはよう、…それでさ、この"アシスト"って何だ? ファイターとは違うのか?」

ナックルジョーはそう言って白いグローブに挟み込んだ手紙を見せる。
それを見て、カービィはぱっと顔を輝かせた。

「うわぁ~! ナックルジョーもファイターなの?! うれしいなぁ~!」

「いやそうじゃなくて…」

「ごめん、今デデデときょうそうしてるんだ。
のこりは"お城"についてから聞くから! じゃあねー!」

まだ何か言いかけている友達を後に、カービィは走り去った。

カービィはデデデにかなり遅れをとっていた。
途中いろいろと道草をしたというのもあるが、一番大きな理由は朝食を取ってしまったこと。
ただ、食べてすぐには走れないという訳ではなく、のんびりと朝食を取っている間にレースに遅刻してしまったのだ。

―――
――

「…あっ、そうだ、2人とも!
ぼくのともだち見なかった?!」

そんな話を語っている途中、カービィはふいに真剣な表情になるとリンク達に向き直った。
すっかりカービィの話に聞き入っていた2人は、その視線で現実に引き戻される。

「友達…?」

戸惑いつつも、リンクとリュカは顔を見合わせた。
ここに来てから出会った者と言えば、奇妙な人形とあのガレオムくらいだ。

「たぶん見てないな…。どんな姿してるの?」

「赤くてあったかそうな服を着た、ぼくより大きいおーさまと、
もう1人はぼくと同じせたけの青くて、かめんつけてるひと!」

「いや、そんなやつ見なかったな」

「そっか…じゃあこの山のむこうじゃないのかなぁ…」

リンクとリュカがやってきた方角を見つめ、カービィはため息をついたが、
やがて気持ちを奮い立たせると、地面に飛び降りた。

「ぼく、そろそろ行くよ。ともだちを探さなくちゃ!」

そう言うが早いか、彼は斜面を駆け下り山のふもとへ、建物のある方角とは別の方角へと走っていく。

いきなりの行動にあっけにとられていた2人だったが、
みるみる小さくなっていく後ろ姿に、リンクは手をメガホンのようにして口に当て、聞いた。

「おーい!
そのお前の友達、なんていうんだー?」

カービィが走りながら振り返り、何か言う。

「…なんて言ってた?」

リュカが聞く。リュカの耳では聞こえなかったのだ。

「王様の方が"デデデ"で、あとの1人は"メタナイト"。あいつに負けず劣らず変な名前だな。
…あ、あと『パンごちそうさま』だってよ」

2人が見送るまん丸な後ろ姿は、ほんの慰め程度に褐色を帯びる大地の起伏に隠れ、見えなくなった。

「止めなくて良かったの?」

しばらくして、リュカが尋ねた。
もちろん、あまりにあっという間のことだったから2人とも止めるすべが無かった、というのは分かっている。

「…あぁ、あんな大食いと一緒に行ったら、あっという間に食料食い尽くされちまう」

リンクはちょっと笑って肩をすくめた。

「それに…あいつはあいつで何とかするだろうさ。おれ達はおれ達でやっていこうぜ」

――
―――

懸命に走るカービィの前に、白く輝く扉が見えてきた。
様々な世界の交差点、あらゆる戦士の集う頂点、『スマッシュブラザーズ』に繋がる扉だ。

ゴールは扉を抜けた先、『スマッシュブラザーズ』での宿泊施設"城"と決められている。

扉の前には先客がいた。
しかし、カービィと競い合っている大王ではない。
部下に見送られているその先客は、こちらに走ってくるカービィに気がつく。

扉を前にしてへたり込んでしまったカービィに訝しげな眼差しを向け、彼は聞いた。

「カービィ、何かあったのか?」

昼寝に遊びにとマイペースに暮らしているカービィがこれほど急ぐのは、訝しむに足るほど十分な異変である。
だが、返ってきた答えは予想外ではあったが、平凡だった。

「デデデと……きょうそうしてるんだ…」

カービィは息も絶え絶えにそう言う。
ペースも考えずに走り続けていたのだろう。

先客は仮面の奥で呆れた顔をし、

「……大王ならもう、随分と前にここを通った」

そう言い残すと、カービィをおいて扉に向かっていった。

「ええっ、そんなぁ…あ、待ってよー!」

カービィも慌てて起き上がり、輝く光の中へと飛び込んだ。

―――
――

天に老いさらばえた身をさらし、横たわる灰色の山々。
風はうつろな音を立てて吹きすさび、乾ききった山肌から土埃をさらい上げる。

今でこそ雨の気配はないが、木々のない山脈は風雨に弱い。
その山肌は過去の鉄砲水や土砂崩れに削られ、見るも無惨に荒れ果てていた。

灰色の地平を横断するように延びる、山脈地帯。
そこには、幾本かの峠道が存在している。
その一本を、今まさに人形プリムの小部隊が檻を担いで行軍していた。

8体の人形に担がれた黒い檻。
その中に伏しているのは、可憐なドレスに身を包んだ金髪の女性。
キノコ王国の姫、ピーチである。

不意に、檻がわずかに揺れ、止まる。

その不自然な揺れが、ピーチの目を覚まさせた。

鉄格子がまず目に入ってくる。
そしてその向こうには、人形のような姿をしたおかしな者達。

――そうだわ…。私、彼らに捕まってしまったのね……

まだぼうっとする頭に、少しずつ今までの出来事がよみがえってくる。

いつものように、ピーチ城の裏庭に現れた白い扉。
送られてきた招待状を携えて、マリオとルイージと共に彼女は『スマブラ』への扉をくぐった。

しかし、そこに待ち受けていたのは奇妙な人形の軍勢だった。
大した敵では無いはずだった。奇襲をかけられて、慌ててさえいなければ。

ピーチはあっという間に周囲を囲まれ、頭を強打され…今の今まで気を失っていたらしい。

檻の床には、彼女が持参したバスケットが転がっていた。
それには、皆へのお土産にと持ってきたキノコ王国の特産物が入っている。
キノじいと相談しながらバスケットに詰めた朝…あれからどのくらい経ったのだろうか。

風が彼女の前髪をゆるく乱し、彼女の意識をさらにはっきりとさせる。
殴られた頭の痛みはまだ鈍く残っていたが、今の身体では怪我の心配をしなくてもいい。
フィギュアの体は傷つくことがないのだ。

――檻が止まっている…どこかに着いたのかしら?

彼女の顔に緊張が走る。
だが、見る限りどこにも建物らしき影はない。
これは、目的地に着いたというより、何かトラブルがあった様子だ。

そっと、気づかれないように目だけを動かして、人形達の様子を見る。

彼らは道の先に集まり、何やら騒いでいた。
見ると、峠の真ん中が小山ほどもある落石でふさがっている。
人形達はその大岩を横から押し、何とか檻が通れる幅を作ろうとしていた。

彼らの後ろでは、この小隊の指揮官らしき、奇妙な丸い人形が鼓舞するように剣を振るって指示している。
しかし岩はあまりにも大きく、どれほど人形達が集まって押しても微動だにしなかった。

ピーチは続けて、檻の周囲に目を向ける。
灰褐色の谷。左右の岩壁はそれほど急峻ではないが、人一人を入れた檻を持って登ることはできない角度だった。
だから、人形達は何とか岩を退けようとしているのだろう。

声一つあげず、人形達は懸命に岩を押している。
その様子にいつの間にか同情さえ覚えていたピーチだったが、檻が突然大きく揺さぶられ、慌てて鉄格子に掴まった。

檻が傾き、やや乱暴に地面に下ろされる。
担いでいた下っ端の人形までもが、岩をどける静かな騒ぎに加わってしまったのだ。
結果、ピーチの方を見ている者は誰もいなくなった。

唖然としていたのも束の間、ピーチは再び鉄格子に向き直り、真剣な目を向ける。
逃げるなら、今しかない。

接合部や蝶番を調べ…扉の部分に目をつけた。

掴んで揺さぶると、多少動く。

――できるかしら…。
…でも、やってみるしかないわ。

ピーチはすっくと立ち上がり、狭い檻の中で腰を落とすと…跳んだ。

人形達がその音に振り返ったときすでに姫の姿はなく、
檻からはじけ飛んだ扉が、あり得ないほど遠くにひしゃげて転がっているだけだった。
いつもならともかく、今の彼女は"ファイター"だ。ただのお姫様ではない。

ファイターを捜し、慌てた様子で右往左往する人形達。
ピーチは岩壁の隙間に身を潜め息を殺して、彼らが去るのを待っていた。

やがて人形達は、元来た道を戻り始めた。
大岩をピーチが乗り越えられた訳も無い、ここにいなければ後ろだと結論付けたのだろう。

峠はやがてしんと静まりかえったが、それでもピーチはしばらく岩陰に身を潜め、じっとしていた。
目をつぶり、気持ちを静める。
その手には、バスケットの持ち手がしっかりと握られていた。

――……2人とも心配してるわよね…戻らなくちゃ。

彼女は決心し、岩壁の隙間から出る。
左右にそびえる斜面を見わたし、少しでもなだらかなルートを選んで、登り始めた。

長年の風雨にさらされて、谷はやや急な階段状に削れていた。
ピーチはドレスの裾を持ち、足音を殺して慎重に登っていく。

――それにしても、あんな大岩どこから落ちてきたのかしら…?
少なくとも、この近くじゃなさそうね。
だって…ここはあまりにも風化が進んでいるもの。岩どころか、小石さえ残ってないわ。

足を運びながら考えたが、答えは見つからなかった。
彼女は前を見つめて、自分にこう言い聞かせる。

――何はともあれ、この幸運を無駄にしてはいけないわね。

高度が上がるにつれ、視界が開けてくる。
ピーチは少し息を弾ませ、斜面の半ばで立ち止まってふもとの方に小手をかざした。

山脈地帯に入る手前の平原には、数百を超えるであろう軍勢がうごめいていた。
おそらくは、ピーチ達を襲った人形軍団と同じものだろう。
その人形達の集団を避けるため、ピーチは尾根を伝って大きく迂回し、戻ることに決める。

だがその結果、人形兵のただ中で戦っていたマリオとすれ違うことになろうとは、彼女は気づくよしもなかった。

腕組みをし、至極真剣な声でリンクがこう切り出した。

「おれたちは"ファイター"っていうものについて、少し考え直さなきゃいけないみたいだな」

横を歩くリュカが、なぜと問うかわりに、黙って不思議そうに首を傾げる。

「あのカービィってやつも、ファイターなんだ。…なんか信じらんないけどな。
まぁでも、何だかすごいヤツだっていうのは確かだ」

何度も頷きながら、リンクはそう言った。

「黒ずくめの一つ目と戦ったり?」

カービィのしてくれたポップスターの話を思い返し、リュカは聞く。

「ああ。星中に散らばった宝石のかけらを集めたりな」

応じて、リンクはにやっと笑った。

「信じられるか?」

「ぼくは信じるよ」

笑いつつも、リュカは頷いた。

「だって、カービィはたった1人でやってきて、そして行っちゃった。
僕らと一緒に行くとも言わないで。そうとう勇気が無いとできないよ」

「まぁな。ただ単に思いつきで動いてるだけってのもあるかもしんないけど。
でもさ、おれたちが考える…なんだろうな、常識?
常識で考えちゃいけないのかもな、スマッシュブラザーズって」

『おもしろいおじさんでお兄さんのマリオとか、セントーキ乗りでたよれるフォックス、
 ちからもちでバナナだいすきなドンキーに…』

カービィがファイターの名前を並べていく声が、ふとよみがえる。
彼らもまた、カービィに負けず劣らず飛び抜けて個性的な人たちなのだろうか。

「…早く会ってみたいな。他のファイターに」

「会いたいね」

何とはなしに、2人は空を見上げた。
その視線に期待を込める2人を、薄雲に隠された太陽は無愛想に見下ろす。

山のふもとには風化しきってしまった大地が広がり、あせた褐色の土を見せて横たわっていた。
目的地に定めた建物までは、まだ遠い。

黙々と歩き続ける2人。
天の高いところを、虚ろな音を立てて風が通っていく。

リンクはしばらく黙って歩を進めていたが、不意にリュカに向き直るとこう尋ねた。

「…なぁ、リュカのところには何か面白いもんないの?」

「僕?
…うーん、どうかなぁ…」

リュカは思い出そうと眉をしかめる。
あれだけ奇想天外な話の後では、何を言っても斬新さが無いように思えた。

「何でも良いから言ってみなよ。
"常識"って言うけどさ、おれたちの間でもきっとびみょーに違うんだ。
お前が普通だって思ってることでも、おれにとっては違うかもしれない」

そう言ってみてもまだ呻吟しているリュカをじっと待っていたリンクだったが、
待ちきれなくなってこう聞いてみた。

「じゃあさ、その"サイ"っていうの、リュカのところじゃみんな使えるのか?」

「え? いや、あんまり使える人はいないよ。僕とか―」

何かを言いかけて、リュカははっと固まる。
苦しげに目を瞬き、やっとこう続けた。

「―こっちでも、使える人は少ないんだ」

前を向いていたため、リンクはその様子に気づかなかった。
納得して、何度も頷く。

「ふーん、そうなのか…やっぱ魔法みたいなもんだしな、それ。
向こうでもスゴイとか言われたこと、あんのか? 親とかさ、友達とかさ。
修行とか必要なんだろ?」

リュカは、少しぎこちなさが残るものの、笑う余裕を取り戻していた。

「修行はしないよ。生まれつき使えるかどうか決まってるらしいんだ。
僕はイオニアさんに、使えるようにしてもらって…。
…リンクは? 君のところにはどんなのがあるの?」

「おれか?
おれの所にはなぁ…喋る船がいたんだ!」

リンクは秘密めかして、自慢げに言った。
リュカに話を振ったときから、これを話そうと考えていたらしい。

「喋る船?」

リンクの期待通り、リュカは興味津々といった様子で目を瞬かせた。

「そう! 色々と旅で助けてもらったんだけど、実はその船は王様だったんだ。
複雑なワケがあって船の姿をしていたらしいんだが、またそれがすごい話でさ―」

帰ってきた故郷のプロロ島において、彼は"勇者の冒険譚"をせがむ人々から色々と理由をつけて逃げていた。
旅立つ前はただの島の子供だったのに、周りの見る目が変わってしまったのが窮屈で仕方がなかったのだ。
だが今のリンクは、何の屈託もなく自分の話を話せるようになっていた。

幼くておしゃべりなひとだったが、カービィのした話で少し気が晴れたのかもしれない。
『スマッシュブラザーズ』においては、みんなが何かしらの"勇者"なのだろう。

リンクはようやく、"風の勇者"としての自分を、受け入れられるような気がしていた。

Next Track ... #05『Wings』

最終更新:2013-01-29
修正:2019-03-24(リンクの台詞を修正。ピーエスアイ→サイ。かつてスマブラ図書館での掲載時に、物書きとして慕わしい方から教えていただいた部分です。ちゃんと調べて書きなさい!という戒めのために残していたのですが、本文くらいは修正しないといけないな…と6年越しに思い立った次第です)

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