気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track06『Whirlwind』

~前回までのあらすじ~

リンク(トゥーンリンク)とリュカは、それぞれ『スマッシュブラザーズ』からの招待状を受け取り、純白の扉をくぐった。
しかし、その先に待ち受けていたのは寂れた灰色の世界と、物言わぬ人形兵たち。
偶然出会った2人の少年は互いに助け合いながら、招待主の"マスターハンド"がいるはずの城を探し、旅を続けていく。

一方、同じ世界に落ちたマリオは連れ去られたピーチを追い、たった1人で人形兵と戦い続けていた。
しかし、孤軍奮闘空しく、辿り着いた檻はすでに空っぽになっていた。
緑衣(エインシャント)の腹心デュオンの策略にはめられ、捕らえられた彼は、
既に仲間のほとんどが敵の手に落ちてしまったという、あまりにも非情な現実を突きつけられる。

兄が捕まったことを知らぬまま、マリオとピーチを探すルイージ
2人が向かっていったと思われる方角には山脈がそびえていた。森伝いにそこに向かっていた彼は、有翼の少年、ピットと出会う。
互いに言葉が通じない中何とかこちらの目的を伝え、ルイージはピットと共に山脈へと向かうことに。

宿願の成就が近づいたエインシャント。
達成を前に残る問題は、あとわずかだった。
しぶとく生き残る残党。彼らにとどめを刺すため、エインシャントは一体の"駒"を解き放つ。


  Open Door! Track 6  『Whirlwind』


Tuning

不穏

辿り着いた町は、異様な静けさに包まれていた。
通りには人影はおろか、人形の姿さえ見あたらない。

「おぉい、誰かいないのかー! おぉーい!」

道を駆け、緑のとんがり帽子をなびかせて、リンクが大声で呼びかける。
リュカも後ろから続き、わずかな動きも見逃すまいと周囲に目を走らせていた。

砂埃舞う路地に、2人分の軽い足音がこだまする。

昼だというのに、灰白色の素朴な家々はどれもみな沈黙している。
奇妙なことに、道に面した側はただの壁になっており、扉はどこにも見あたらない。

空をひとつ、またひとつと灰色の雲が流れていく。

2人はしばらく連れだって、しんと静まりかえった往来を走り続けていたが、
やがて、どちらからともなくその足を止める。

リンクは耳で、リュカは気配で悟った。
ここには誰もいない、と。

そして。

「リンク、見て」

リュカが一軒の家の側に立ち、呼んだ。

開け放たれた窓。
中を覗き込むと、そこには……何も無かった。

がらんどう。

机も椅子も、粗末な絨毯さえも無い。
いや、それどころか過去これまでの一切の時間、誰かがいた形跡すら無かった。

2人の頭の後ろから差しこむ陽の光にあてられて、白い床の上、細かな粒子だけが踊っていた。
一見新品のようにまぶしい部屋の中はしかし、長い年月を溜めこんで淀んだ空気に満ちている。

「まるで……」

言いかけたまま、リンクは口ごもる。
しかしその先言いたかったことはリュカにも分かった。

まるで、作り物だ。

こんなに大きな町の偽物をつくったぬしの意図は、2人には分からなかった。
顔を見合わせ、ともかくこの不自然な町を進んでみるしかない、と結論づける。

やはり誰とも出会わないまま偽の家並みはまばらになっていき、ついに視界が開けた。

現れたのは、枯れ草なびく草原。
それが異様な静けさと距離を持って、遠くに佇む四角な建物を守っている。

あれが、招待状に書かれていたマスターハンドの"城"なのだろうか。
それとも、"エインシャント"なる人物が統べる人形達の基地なのだろうか。

確かめるには、実際に行ってみるしかない。

太陽は相変わらず雲の向こうに隠れていたが、明るさから昼と判断し、2人は昼食を取ることにした。
家の陰に座り込み、残りの食料を確認する。

「干し魚とチュチュゼリー、乾パン、スープ。もってあと2日分か。リュカは?」

「パンが明日1日分。あとはチーズが3つあるよ」

「うーん、そうか……」

リンクは眉間にしわを寄せた。
ひとまず目標は定めたものの、あの建物に着いたところでこの旅が終わるとは思っていなかった。
そこまで事態が甘くないことに、彼は気づき始めていたのだ。
かといっていつまで旅を続けることになるのか、全く見当がつかない。

自分たちの先行きを真剣に考えていたリンクは、
リュカが心配そうな顔をしてこちらをうかがっていることに気がついた。
彼に笑顔を返し、明るい声でこう言う。

「まぁ大丈夫だろ。
あそこについたら何かしら食べ物は手にはいるぜ、きっと」

しかし、リュカの顔は晴れない。

「でも……」

リュカはそうつぶやき、草原の彼方にそびえる建物の方を見た。

ここまで近づいたことで、建物の輪郭がはっきりしてきた。
立方体を無造作に寄せ集めたような、角張った建造物。
家や城のような人が住むための建物とは到底思えない、どこまでも無機的なシルエットだった。

しかし、2人が気にしているものは建物そのものではなく、その上にあった。
天辺から出ている今まで煙と思っていたものは、あの白い粒子状の光だったのだ。

人形を形作り、倒すとほどけて上空に昇っていく光の粒子。
もしかすると、あの建物は彼ら人形と関係しているのかもしれない。

「おれだってあいつらが気前よく食べ物を分けてくれるとは思ってないさ。でも」

「もしかして……泥棒するの?」

リュカが、そのつぶらな瞳でリンクの目を覗き込む。

「……おいおい、そんなこと言ってる場合じゃないだろー?
それに、おれ達はあいつらに散々な目に遭わされたんだ。
一ヶ月くらいの食料を取られたって文句言えないだろ。なっ?」

リンクはリュカに同意を求める。
リュカは頷くでもなく、首を振るでもなく、ただ困ったような顔をして曖昧に首を傾げた。

「姫……」

呟き、足を止めたルイージ。
その視線の先には、山の斜面をゆっくりと降りていく人影があった。
華麗なドレスを着込み、丸い日傘をふわりと差した女性。

彼は目をぐりぐりとこすり、見開いてもう一度その姿をみる。
そして、

「……ピーチ姫ーっ!」

叫びながら坂道を駆け上がっていった。
その声に気づき、ピーチは顔を上げる。

「まぁ! ルイージじゃないの!」

桃色の日傘を閉じ、彼女は微笑んで腕を広げた。
が、ルイージは安堵からその前でへたり込む。

「良かった、無事で良かった……!」

見上げるルイージの目には、姫の金髪が陽に照らされ、いつもより一層輝いて見えた。

「心配かけてしまってごめんなさいね……。
……あらっ? この子、誰?」

ねぎらい、ルイージの肩に手を置きかけて、ピーチはその後から登ってきた有翼の少年に気がつく。

「あぁ、彼は……」

うれし涙を拭き、ルイージは立ち上がる。

「ピット君です。
来る途中で会ったんですが、言葉が通じなくて……」

「まぁそうなの!
初めましてピット君、私がピーチよ」

ルイージが紹介し終えないうちに、ピーチはピットに手を差し出す。
ピットはその手を取り、握手した。

「ピーチ、ヒメ?」

ピットがたどたどしく名前を繰り返す。
"ヒメ"と付けたのは、ルイージがそう呼んでいたからだ。

「まぁ、話せるじゃないの!
私が言葉を教えようかしら。
大丈夫よ、あなた物覚え良さそうですもの!」

きょとんとしているピットに、ピーチは上機嫌でそう話しかけた。
そんなお姫様に、辺りを見渡していたルイージが遠慮がちに声を掛ける。

「あの……姫?
……兄さん見かけませんでした?」

彼が最後に見たピーチは、檻の中に閉じ込められ気を失っている姿。
したがって、姫は兄に助け出されたのだろうと思っていったのだ。
しかし、見渡してみても赤い帽子の兄の姿は見えない。

ピーチは目を丸くし、こう言った。

「あらっ? あなたと一緒じゃないの?」

「それが、途中ではぐれてしまって……」

ルイージは目を伏せる。
ピーチも一転して真剣な表情になり、考え込んだ。
そんな2人の重々しい沈黙を、ピットは心配そうに見つめていた。

やがて、ピーチが考えつつ、それを口に出す。

「ここに来るまで誰とも会わなかったはずだわ。
でも私、山道を通ってきたから……もしかして……。
……どこかですれ違ってしまったのね!」

思いつくが早いか、ピーチはドレスの裾を軽くたくし上げ、峡谷の入り口へ向かって颯爽と走り出した。

「行くわよ! ルイージ!」

「あっ……。
ま、待って下さいよ、姫! そんなに1人で先に……!」

手を差し伸べるルイージだったが、姫は聞く耳を持たない。
早くも斜面の半ばまで登り切った彼女を追い、緑の配管工と天使も駆けていった。

昼食を済ませて再びリンク達が歩き出し、建物にさらに近づいていくと、
たなびく光は建物から出ているのではなく、逆にゆるゆると吸い込まれているのが分かった。

建物に光の粒を与えている川は、灰色の空にうっすらと淡い線を描き、天の高いところを流れてくる。

「ねぇ、リンク……」

リュカが前を歩くリンクに声を掛ける。

「なんだ?」

リンクは周囲に注意を向けたまま、振り返らず返事をした。
見通しの良い草原とはいえ、何が潜んでいるか分からないからだ。

背後から、リュカがあまり自信の無さそうな声で問いかける。

「あの建物……もしかして、中であの人形の兵隊を作ってるのかな」

倒された人形は光の粒に還る。しかしその粒は回収され、固められてまた人形として復活する。
倒しても倒しても、うつろな目をした人形は無限に生まれ続ける。
そんな光景が目に浮かび、リュカは背筋がさっと寒くなるのを感じた。

リンクも同じ想像に至っていた。
しかし、彼は「さあな」とそっけなく答えるだけだった。
ここで一緒になって怖がっていたって、何にもならないと思っていたからだ。

いつものリュカならば、そんなリンクの気持ちを察し、黙ることができるはずだった。
しかし、不安からリュカは自分の心に閉じこもってしまっていた。

うつむき、彼は半ば独り言のように話し続ける。

「ここ、やっぱり来ちゃいけない場所だったんじゃないかな……。
さっきガレオムが僕らのこと"侵入者"って言ってたし……。
……もし、あんなのがまた出てきたら……」

「……リュカ!」

ついにリンクが振り返り、強い口調でリュカを黙らせる。

「悩んでたってどうしようもないだろ。
とにかく動いてみなきゃ前には進めないんだ」

そこまで言って、凛とした表情を変えず、しかしそのまま声だけを少し和らげてこう続けた。

「それに、あんな人形の20や30、何だって言うんだ? あのデカブツだって2人で倒しただろ?」

驚き、リンクの顔をぽかんと眺めていたリュカだったが、しばらくして頷く。

「……そっ、か。……そうだよね!」

その顔には、わずかに明るさが戻ってきていた。

灰色の雲が流れ去るに従って、空は明るくなり、太陽が現れた。
しかし、その位置は2人がカービィと出会ったとき、雲間から覗いていた位置と変わらないように思える。

――おかしいな。もう昼過ぎのはずなのに……。

リンクは空に訝しげな視線を送る。

初めてリンク達の前に姿を現した太陽は、空の半ばにぶら下がったまま、2人の歩く灰色の草原を弱々しく照らしていた。
しかも、雲間から現れた空の色は2人の知る青ではない。
全く色味のない、無機質な白。

――高いところにまだ雲が残ってるのか?
……いや、それにしちゃ太陽がずいぶんくっきり見えてるな。

リンクはそう考えつつ、視線を建物の方へ戻しかける。

その途中で、彼の目が何かを捉えた。
白い空と灰色の草原の間を飛んでくる、1つの影。

リンクは立ち止まり、目を凝らす。

翼を広げた、丸いシルエットが焦点を結ぶ。

「あっ……あいつ、もしかして」

紫紺の翼で風に乗り、こちらへ向かってくるそのひとは、銀色の仮面を被っていた。
仮面や鎧の隙間からわずかに見える肌は、深い青。

身につけているものこそ雰囲気は異なっていたが、その姿はカービィと似ている。

リンクは剣に添えかけた左手をおろし、手を振って大声で呼びかける。

「おーい! お前メタナイトだろーっ? カービィが探してたぞー!」

隣にいるリュカの目にもようやく、そのファイターの姿が見えてきた。

だが、仮面の奥で鋭く光る彼の目と目があった瞬間、リュカは色を失う。

彼の心には……どこまでも冷たく、鋭利な殺意しか存在していなかった。

「……リンクっ!」

必死に呼ぶその声に振り返ったリンクは、リュカがいつになく怯えた顔をしているのに気がついた。
人形兵に囲まれて立ちすくむ様子は今まで何度も見ていたが、それとは訳が違う。
もともと控えめな彼が、ここまで恐怖を表に出したことは無いのだ。

「どうしたんだよリュカ――」

「あ、あのひと……僕らを、僕らをっ!」

震える声でやっとそれだけを言い、リュカは体をぎゅっと抱え込む。
目は、迫ってくる異界の剣士に釘付けになったままだ。

リンクは戸惑いつつも盾を構え、再び前を向く。
リュカの勘が良く当たることはカービィとの一件で分かってはいた。

しかし、彼が自分たちに襲いかかる理由があるのか?

そう考えるリンクの視線の先で、有翼の剣士は枝分かれした風変わりな黄金の剣を構えた。
明らかに戦闘の構え。
それを見て、リンクは急いで呼びかけた。

「おれ達は敵じゃない!
カービィやあんたと同じファイターだっ……て」

鈍い音。

構えた盾に衝撃が走る。
2人の頭上を黒い影が過ぎ去り、風圧で周りの草が激しく踊った。

リンクはしびれる右手をかばい、急いで後ろを振り向き彼の姿を探す。
と、その左手がほぼ反射的に動いた。

迫る次の一閃。

金属のぶつかる音がし、リンクは黄金の斬撃を剣で受け止めていた。

危ないところを切り抜けたリンクだったが、彼の顔に安堵の色は全くない。
見た目は一振り。しかし彼の耳は確かに3度の金属音をとらえていた。

――なんて速さだっ……!

剣士は今や真正面。地面に降り立ち、剣を叩きつけてくる。
こちらの間合いにも入っているというのに、リンクには全く為す術がない。

火花が散り、黄金色の残像が目に焼き付く。
リンクは剣で防戦しながらじりじりと後退していった。

本当は盾で受け止めたい所だったが、彼の腕は全く動かない。
相手の攻撃には間というものが存在せず、姿勢を変えるタイミングが掴めないのだ。

身動きの取れない今、できることは語りかけること。それだけだった。

「おい!
……聞こえてんのかよっ!
だからっ……おれ達は敵じゃ……
……ないって!」

火花と火花の間にリンクはそう声を張り上げるが、
相手は少しも躊躇ためらうことなくリンクに向かって剣を振るい続ける。

そして、紫紺のマントが翻り再び羽が現れた次の瞬間、リンクは地面に背中を打ちつけていた。

「かっ……」

思わず声がもれる。
痛みを堪えて、腹ばいのまま顔を上げ、一頭身の剣士が飛び去った方向に急いで目を向ける。

彼はすでに向きを変え、再びこちらに迫ってきていた。
コウモリのような翼の下で、草原が不吉にざわめいている。

その様子を見ていたリンクは、あることを思いついた。

「リュカ!」

自分の名前を呼ばれ、我にかえったリュカは、急いでリンクのもとに駆け寄る。
少し青ざめてはいるものの、リンクの様子を見てほんの少し緊張を解く。
先ほどの宙返りのような技を受けたリンクに、目に見える傷が無いと分かって安心したようだった。

「できるだけ時間稼ぎしてくれ!」

そう言いつつリンクは立ち上がり、懐から白く細長い枝のようなものを取り出した。

リュカは無言で頷き、リンクの前に立った。声を出せば、叫びだしてしまいそうだった。
目をそらしていても、剣士の放つ凄まじい殺気が心に突き刺さってくるのだ。

――足止め……何か、吹き飛ばすものは……

動揺する心を必死に押さえ、彼は記憶を引き出す。
ファイターとなったことで増えた選択肢、その中から最善の手を選ぶために。

そして、リュカは両の手を構える。
放たれたのは、橙色の炎。

一撃目は剣士の目の前で爆ぜる。
相手の反応は素早かった。吹き上がる炎、その手前で翼を一つ羽ばたかせ、乗り越える。

次のPSIを投げ打とうとしたリュカの手が、一瞬迷った。
人形を相手に戦うときとは訳が違う。相手は、自分と同じファイターなのだ。

――……でも、やらなきゃ僕らが……

短く首を振り、リュカは炎のPSIを撃つ。
剣士は空中で後退し、それをかわした。

行く手に炎が上がるたび、彼は翼をはためかせて退き、別の方向から向かってこようとする。
リュカは最善を尽くしたが、それでも徐々に距離を縮められつつあった。

と、突然、打ち据えられたように、目の前の灰色の草原が暴れた。

平原に、暴風が吹き付けたのだ。
滑空していた剣士は煽りを食い、吹き飛ばされていく。

これほどの強風が吹いているというのに、空模様は依然として晴れのまま。雨粒一つ降ってくる様子はない。
しかもどういう訳か、風は2人の前方だけ特に強く、一方向に吹いているようだった。
リュカが驚いていると、リンクが得意げな声で言った。

「へへっ、魔法使いみたいだろ?」

"風のタクト"を構えてみせる。

「これであいつも――」

追いつけない、と言いかけてリンクは、地平線の向こうからやってくる影を見て口を閉じる。
強風の中、羽をどこかへしまい、姿勢を低くしてまた彼が戻ってきていた。

「ちぇっ、懲りないな……」

顔をしかめるリンク。
そんな彼に、リュカが必死な声で言った。

「リンク! あのひと、こっちの言うことが聞こえてないみたいなんだ……!」

その言葉に、一瞬リンクの反応が遅れる。

「えっ? どういうことだよ」

目を瞬く彼に、リュカは一生懸命伝えた。

「リンクが何を言っても、あのひとの心には何の反応も無かった!
たぶん、説得はできないよ……!」

「リュカ……。
お前、まさか心を読めるのか?」

リンクは目を丸くした。
"まさか"とは言ったが、思い返してみれば合点のいく話だった。
カービィが敵では無いことを見抜いたのも、剣士の殺気をいち早く察したのも、リュカだったのだ。

彼は頷き、そして言いにくそうに続ける。

「うん……でも、その人が強く思ってること以外はぼんやりとしか……」

「……まぁ、そんな気はうすうすしてたけどな」

今まで隠していたことに申し訳なさそうな顔をするリュカに、リンクは頷きかけた。
他人の心が読めるなんて、簡単に打ち明けられる話ではない。

ともかく、相手にこちらの言葉が通じないことは分かった。
つまり、あの剣士は勘違いや思い込みといった生易しい理由で襲いかかってきた訳ではないのだ。

一呼吸置き、リンクは草原の方に向き直った。その手にしっかりとタクトを持ち直す。

「説得できないなら仕方ないな。
リュカ、おれにしっかり掴まってろ!」

その言葉に、リュカはリンクの右腕にしがみついた。
草むらの彼方に一瞬、鋭利な金色の輝きを見た気がして、リュカは急いで目をそらす。

リンクは左の手で風のタクトを振りはじめた。
目をつぶって自分の内に旋律を探し、思うままに、慣れた手つきでタクトを操る。
風が応えた。一振りごとにタクトの周りに渦を巻き、風が集まってくる。

寄り集まった風の渦は、ぶつかり合い、互いを飲み込んで成長し、2人の少年を包み込んでいった。

上空では風に集められた雲が再び空を覆い、白から灰色へ、さらに厚くなっていく。
やがてあたりは、すっかり夜のように暗くなってしまった。

闇に包まれた平原。
灰色の草原を風が吹き荒れ、笛にも似た鋭い音を響かせる。

雲を突くまでに成長した竜巻は、しばらく辺りに風の音を轟かせていたが、
次第に根元の方から細くなっていくと、完全に消えてしまった。

中心にいた2人の少年と共に。

その頃、遠く離れた荒れ地にて。
褐色の地にたたずむ施設群の中を、人目を忍んで走る影があった。

建物の陰から陰へ。用心深く進んでいくそれは、メタリックオレンジの鎧に身を包んでいる。

やがて彼女は、施設群の中心にそびえるひときわ大きな建物の前に着いた。
煤けた配管の陰から顔を覗かせ、彼女は様子を伺う。
何本もの煙突を持ち、くすんだ灰色の壁面に囲まれた工場。

入り口はすでに見つけていたが、彼女はそこから入るつもりなどなかった。
物陰にまぎれ、外壁に辿り着き、ついに排気口を見つける。

穴をふさぐ金網に右腕の銃口を向けかけた――が、
突如、背後で爆音が轟く。
急いで振り返り、臨戦態勢をとる。

鋼で出来た巨人。
やけに上半身ばかりが発達した機械が、彼女を見下ろしていた。 「ゴオォォオッ! 見つけたぞッ!」

建物の残骸を踏みしめ、ガレオムが吼える。

「お前を捕まえれば、こんな退屈な役目ともおさらばだ!」

機械の彼に表情など無かったが、その目はどこか愉悦の光を帯びていた。
主の命令とはいえ、戦いもせず、ただ工場の見回りをするなど退屈で仕方がなかったのだ。

「食らえッ!」

ガレオムの左腕が唸り、ファイターのいる地面に叩きつけられる。
が、金属の鎧をつぶした感触はない。
拳の横を、噴射炎がかすめる。

「むぅ?!」

見ると、彼女はガレオムの拳を寸前でかわし、そのまま工場の壁面沿いに走り出していた。

排気口から潔く退去し、ひた走るファイター。

――見つかってしまったか。
あまりに人形の姿が無く、無人工場かと思っていたが……罠だったのか。
ここは一度船に退却して、……ッ!

彼女が横に飛び退くと同時に、戦車が地響きを立ててすぐそばを走り抜ける。
戦車はそのまま鈍色の建物群に突っ込んだ。

鋼の巨人の面影を残す戦車。それはガレオムが変形した姿だった。
コンクリートや鉄の破片をまき散らしながら方向転換し、機械戦車は再び橙色のファイター目がけて猛然と走り出す。

あまりに荒っぽい戦い方だ。
外に人形達を配置していなかったのは、思う存分暴れるためだったのだろうか。

ファイターは工場を離れ、周囲の施設群の中へ、細い路地の中へと駆け込む。
少しでも足止めをする作戦だったのだが、しかし彼には通用しなかった。
ファイターの背後を、建物を盛大に破壊しながら暴走戦車が追いかけてくる。

――だめだ、あの速さでは船を発進させる時間が持たない。
では、あれを破壊するしかない……しかし、可能なのか?

急ぎ、駆ける。
ふいに彼女の目の前が開ける。工場の敷地を出たのだ。

荒れ地に出たのを認識した直後、隣で建物が爆音を立てて吹き飛ぶ。

巨大な金属の固まりが粉塵の中から飛び出し、ファイターの前に回り込んだ。
大きく軌道を膨らませつつ、戦車は人型に変形する。

このとき、彼女の目はガレオムの右腕に激しく電光が走るのを見逃さなかった。

――……手負いか?

バイザーに隠された彼女の視線に気づくはずもなく、
立ち止まったファイターを見下ろし、ガレオムは両の拳を打ち鳴らす。

「たった1人でオレ様と戦うことになるとは、お前、つくづく運の悪いヤツだな。
しかし……手加減はせんッ!」

その言葉と共にガレオムは左の拳を固め、ファイターに向かって勢いよく振り下ろす。
ファイターは横っ飛びにそれをかわし、ガレオムの拳は地面にめり込み土くれをまき散らした。

この世界を征服するとき、ガレオムはあるじの指令の下、軍団の先頭を切って戦っていた。
圧倒的な戦闘力を備えた彼に、敵う者はいなかった。
だがそんな彼に、今回主は言った。兵達を指揮せよ、と。

ガレオムはつくづく面白くなかった。
他の兵より知能はあるにしろ、元々『力』として作られた彼は指揮よりも戦闘を好んでいたのだ。

この間は子供2人に痛い目に遭わされたが、
先の言葉の通り、もう手加減はしない。

ただ自分の攻撃を避けるだけの様子を見て、ガレオムは自分に怯えたのだろうと思い込む。
殴り続けながら、くつくつと笑うような音を立てた。

「エインシャント様はあぁ言っていたが、こんなものか! ファイターというのは!」

と、突然ファイターがガレオムを背にして走り出し、工場から遠ざかり始めた。
しかし、ガレオムは少しも慌てることなく、

「フン、逃げ切れるとでも思ってるのか?」

鼻で笑い、戦車形態に変形する。
ファイターはわずかに振り返り、バイザーの奥から、その様子を鋭い目で観察する。

――腕の支点……そこか。

戦車となり駆けるガレオム。背中のサイロが開かれ、2発のミサイルが放たれた。
ファイターは1発を光弾で迎撃し、破壊。
しかし、直後残る1発が至近距離で着弾、ファイターは宙を舞う。

地面にぶつかるその刹那、彼女は左手から受け身を取って衝撃を軽減、急いで立ち上がる。
そんな彼女の前にまたもやガレオムが回り込み、人型になると今度は踏みつぶしにかかった。

足元を走り回る、小さなオレンジの人影。
彼女目がけ、ガレオムは何度も足を振り下ろし、腕を叩きつける。
褐色の土が舞い上がり、視界は徐々に悪くなっていったが、彼が攻撃を止める様子はない。

と突然、土煙の中から鮮明に光跡を描き、何かが打ち上げられた。
緑色の弾頭を持った、一基の小型ミサイル。

爆発音が轟き、ガレオムの頭が弾かれたようにのけ反る。

ガレオムは低く唸り、顔を左腕で覆う。
その隙にファイターはさらに遠くへと逃げていった。

「ウウゥ……やりやがったなッ!」

煙が晴れ、不格好にゆがんだ顔が現れる。
鋼の色もくすんでしまった顔に憎悪の色を浮かべ、ガレオムは咆哮した。

ファイターは必死に走る。彼女の駆ける荒れ地は、スーツを持ってしても決して走破に適うものではない。
その上彼女の前には次々と巨大なミサイルが落下し、轟音と衝撃波が容赦なく襲いかかる。
ガレオムはあくまで足止めのためにミサイルを撃っているようだった。

――あのヤロウ……!
装甲ごと轢き潰してくれるッ!

まさに"戦車"と化したガレオム。ファイターをひたと見据えるその目が、暗く光っている。

ファイターが走りながら時折振り返り、放ってくるミサイルが何発も身体に当たるが、
痛みよりも怒りが圧倒しているガレオムは、ただひたすらファイターを追い続けた。

時に爆風に背中を押され、のめり、受け身をとるファイター。
しかし、彼女は決して足を止めなかった。

ファイターは右に左に、危ういところでミサイルを避けて走り続ける。
平らだった荒れ地は次第にクレーターだらけになっていく。

と、穴ぼこのある道を避けるためか、彼女は急に左へ、無傷の大地の方へと走り出した。

――バカめ!
そっちはガケだ。

ガレオムはほくそ笑み、速力を上げる。

――追い落とすのも悪くない……クククッ

徐々に、2者の距離が縮まっていく――と、その時だった。

ファイターが大地を蹴り、跳躍した。

あっけにとられるガレオムの目の前で、さらにもう一段、そして電気を纏って回転し……視界から消える。

バイザーの奥から、冷静な目で眼下のガレオムの背を見つめ、ファイターは最後の目標を見つける。
そして――

パワードスーツと落下速度に強化された蹴りが、ガレオムの背を襲った。

「ガッ……ガアァッ!」

ガレオムの視界を砂嵐が舞う。
細切れになった意識の中で、辛うじてファイターが自分の背を降りたことを感じ取り、ガレオムは方向転換を試みた。

しかし、焦りすぎたためかガレオムの身体は大きく横滑りし、崖から身を乗り出す。

人型になって体勢を立て直そうとした――

だが。

いくらガレオムが手足を広げようとしても、いたずらに電気が洩れ出るばかりで、全く身体が動かない。
今までのファイターの攻撃によって、変形に欠かせない関節機構は全て破壊、変形し尽くされていたのだ。

追い打ちを掛けるように、彼のセンサが不吉な音を捉える。
大地が砕ける、鈍い音。

見れば、今までファイターを追って落としたミサイルのクレーターが、ほぼ一直線となって地面に並んでいた。
崖と大地とを区切る、点線。
点から線が生じ、小さな亀裂は見る間に繋がって、大きな地割れとなっていく。

ガレオムが再度方向を変えて走り出そうとする間も無く、

ついに崖は彼を乗せたまま、破断した。

「おのれ……おのれェェーッ!!

為す術もなく落ちていく機械戦車。
もはや彼に残された行動は、怒り狂い、叫ぶことだけであった。

残響を背に、ファイターはアームキャノンから伸びる光 - グラップリングビーム - で崖に掴まっていた。
視線は崖下に、はるかな地面に向けられている。

彼女はすぐには動かず、しばらくそのままぶら下がっていた。
百戦錬磨の戦士とはいえ、今の戦いにはただならぬ集中を強いられたのだろう。

だが、悠長に休んでいる暇はない。彼女にはまだやるべきことが山とあるのだ。
やがて自らの体を引き上げると、彼女はやや疲れた様子で自分の船へと戻っていった。

目もくらむような断崖の下、無惨な姿になった機械戦車が横たわっていた。
先日の少年達との戦いで弱っていた右腕は墜落時の衝撃で弾け飛び、離れたところで空しく天に向けられている。
他にも大小様々な装甲が壊れ、むき出しになった配線からは常に青白い電光がほとばしっていた。

自らの装甲をまき散らしたまま、崖の上を見上げる格好で動かなくなったガレオム。
うめきとも軋みともつかない不明瞭な音を立てていたが、ふいに、その鉄のまなこに光が戻る。

その視線の先。
空には、遠ざかっていく一機の飛行物体があった。
橙赤色。あのファイターと同じ色。

「……ノ……ガス、も、ノカ……!」

ひときわ激しい漏電と共に、ガレオムの背にあるミサイルサイロが開く。
そして放たれる、一基のミサイル。

細められたガレオムの視界の中で、ミサイルはファイターの船、その尾部を捕らえる。

間もなく、宙に爆炎の花が咲く。
大地を揺るがす轟音の中で、ガレオムはしわがれた声で笑った。

しかし、やがてその声もかすれていき、彼は再び、動かぬ無機物と化した。

「これはね、日傘よ、日傘」

「ヒガサ……?」

「そう! ひ、が、さ!」

「……ヒガサ!」

山間の道に、明るい声が響く。

「……姫、日傘なんて単語教えたって、使い道あるんですか?」

わき水を汲んで戻ってきたルイージは、
先ほどから実用性の無さそうな言葉ばかり教えているピーチに声を掛けた。

「あら、ルイージ!
でも言葉を教えるには、実物を一緒に見せながらの方が絶対良いわよ。そうじゃなくって?」

敷物の上に優雅に座る姫は、そう言って日傘をちょっと傾けてみせる。

「まぁ……それはそうですけど」

論点をずらされてしまったことは追及せず、ルイージは水筒をバスケットにしまった。
彼には、他に考えるべきことがあったのだ。

彼らがこちらに持ってきた食べ物と言えば、その、ピーチのバスケットに入ったものくらいしか無かった。
キノピオ達がピーチ城で大切に栽培しているキノコや、姫が選んだ紅茶葉に、彼女が焼き上げたクッキー。
それらは皆、仲間達のために用意したおみやげであった。
しかし今は非常事態であり、それを3人の食料とするしかない。

偶然わき水を見つけ、水を補給できたのは良かったが、食料については切り詰めていく必要があった。
両手で抱えるほどしかないバスケットの中身をじっと見ながら、頭の中で『カロリー』や『栄養素』といった単語を飛び交わしているルイージ。
その横で、ピーチはなおも嬉々としてピットに言葉を教えていた。

その様子を見て、ルイージの頭にふと疑問が浮かぶ。

――姫は、兄さんのことを心配しているんだろうか……?

しかし、かぶりを振り、すぐにそれを打ち消した。

――心配していない訳がない。
こうして明るく振る舞っているのはきっと……悲しみを表にして、僕らを心配させたくないからなんだ。

ルイージはそう思い、再び食料のことに集中する。
彼女は、そういう心遣いができる姫だった。

「次は……あ、そうだわ!」

ピーチは日傘をたたむと、その先端で地面に何かを描き始めた。
それを横からピットが真剣に覗き込む。

まもなく描き上がったのは、中心からややずれたところを十字に切られた円だった。

「これは『スマッシュブラザーズ』のシンボルよ」

「スマシュ……?」

「スマッシュブラザーズ。
ルイージや私は時々これの……
あ、そういえばルイージ!」

日傘で説明の絵を描きかけていたピーチは、ふと振り返る。

「あなた、マスターさん見た?」

「……はい? ああ、えっと……」

ルイージは目を瞬かせ、バスケットから顔を上げた。
"マスター"とは、『スマッシュブラザーズ』の2人の主のうち一方、マスターハンドを指す言葉。
ファイター達の間での親しみをこめた略称だ。

「見て……ないですね」

彼はそう言い、確認するように自分で頷く。

「そうなの……。
これだけの一大事があっても姿を見せないということは……ここは『スマッシュブラザーズ』じゃないのかしら?」

ピーチは小首を傾げる。

「でもそうすると……ここは一体どこなんだろうな」

ルイージは半ば独り言のように呟いた。
今まで三度、『スマッシュブラザーズ』への扉をくぐってきたが、今回の扉もいつもと変わらない扉だった。

まばゆく輝く純白の扉。何も変わったところはない。
扉の出現の前に送られてきた手紙も、ピーチ城の裏庭に光と共に現れた扉の様子も、いつも通りだったのだ。

考え込むルイージの横で、ピーチが不意にこんなことを言った。

「ピット君みたいな天使が住んでるから、天国かもしれないわね!」

明るい笑顔と共にそんなことを言われ、ルイージは慌てる。

「そっ……そんな縁起でもないこと言わないで下さいよ!」

ふと、視線がピットに向く。

眩しいほど白い翼を背にもち、古い神話の人々が着ていそうな服を身につけた少年。
彼は見た目の年齢の割に純粋な瞳で、ピーチの描いた『スマッシュブラザーズ』のマークを不思議そうに見つめていた。

――言葉も通じないし、あのマークを知らないってことは、ピット君はやっぱりファイターじゃないのかな?
でも、もしここが『スマブラ』じゃなく、ピット君のような人々が住んでる世界だとしたら、
あの黒い人形達は何なんだろう……

3人が辿っている峡谷。
峠道に続く大小様々な足跡は、進むにつれて急速にその量を増していった。
しかも、砂地に残されたそれらはすでに浅くなっており、つけられてからある程度の時間が経ってしまったような様子だった。

マリオはきっと大丈夫だ。今に向こうからやってきて「2人とも、探したぞ!」と、あの笑顔で言ってくれるに違いない。
そう信じていたルイージとピーチの表情は次第に暗くなっていく。

ピーチが意識を取り戻し自力で脱出した地点を過ぎると、
道が広くなり、激しい戦闘があったことを伺わせる地割れや焼けこげなどが目立ってきた。
あの大岩は既に撤去されたのか、どこにも見あたらない。

わずかな望みに賭け、2人はマリオの名を呼び、岩の後ろまでくまなく探し回る。
ピットもルイージの拙い説明で状況を察しているのか、真剣な顔をして峠道を探索していた。

あたりでは、3人の足音ばかりがこだましている。
人形は影も形もなく、ルイージとピーチが見た大軍は嘘のように峡谷から姿を消していた。
その沈黙が、かえって不気味だった。

ルイージは周りに警戒しつつも、どこかで人形兵が出てくることを望んでいた。
またあの人形でも出てくれば、場合によっては脅してマリオの居場所を聞き出そうと思っていたのだ。
しかし、峡谷をどこまで進んでいっても、彼らが人形に出会うことはなかった。

しばらく歩いていくと、2本の深い轍が目の前に現れた。
3人は立ち止まり、その轍を前に顔を見合わせた。

その幅は、車3台分はあるだろうか。
幅といい深さといい、並大抵の車輌が付けた跡ではない。

何かとてつもなく大きく、重い車輌がやってきて、立ち去ったかのような跡。
その轍の横には、ついて歩くかのように人形達の足跡が整然と続いている。

ルイージがその轍をずっと目で辿っていくと、
峡谷を抜けた先、遠くの草原に黒くゴツゴツとした塔がそびえているのが目に入った。
いくつにも枝分かれし、およそ建物としての利便性を無視した角度の枝を伸ばした塔。
建物というより、枯れ木や怪物の手を想像させるシルエットだった。

ほぼ間違いなく、あの得体のしれない人形達の拠点だろう。
隣でピーチも同じものを目にし、はっと両頬に手を当てる。

「兄さん、まさか……」

フィギュア化した兄が、黒ずくめの異様な車輌に乗せられ、連れ去られる様子が頭をよぎる。

と、ルイージは峠に響いた音に気がつき、さっと顔を上げた。
人形達のそれではない。これは……遠雷の音。

あたりはいつの間にか暗くなり、見上げた灰色の空からは大粒の雨が降ってきた。
こだまする雨音。それは瞬く間に間隔を狭め、3人の周囲を取り巻く。

「……谷にいちゃまずい。
姫、高台に登りましょう! ピット君もこっちへ!」

ルイージは急いで、山の上へと2人を誘導していった。

天使は山肌に開いた洞窟の入り口に立ち、外の様子を見ていた。

一変。その言葉がふさわしかった。
あっという間に厚い雲が空を覆い、あたりは墨を流したような暗闇に沈んでいく。

空では黒雲が狂ったような速さで流されていき、時折雷であたりを白く浮かび上がらせている。
その間も風はごうごうと吹き荒れ、雨はほとんど横殴りのようにして降っていた。
眼下、山のふもとでは窪地にどんどん水がたまり、あちこちで浅い池ができていく。

これほどひどい天気を見るのは、天使にとって初めてのことだった。
風に髪を弄ばれるのもそのままに、彼は目を丸くして外を眺めていた。

今度は少し遠くで、雷がひらめく。
束の間、地平線にくっきりと大きなシルエットが浮き彫りになる。
天使はその一瞬を見逃さなかった。

はっと、その目が大きく見開かれる。
双剣弓を手に握りしめ、じっとその方向を見ていたかと思うと……

彼は嵐の中へ、駆けだした。

ひどい天気になってしまったが、洞窟の奥まで来れば荒れ狂う嵐の音は遠く、かすかになった。

ルイージがバスケットを整理し終えて見ると、
ピーチは敷物に座り、体を岩にもたせかけて眠っていた。
よほど歩き疲れていたのだろう。
無理もない。彼女は脱出して以来、ここまでほぼ休まずに歩き続けてきたのだ。

城のベッドとは比べものにならない、ごつごつとした岩を背に眠る姫。
そんな彼女に、ルイージは毛布代わりとして小さな布をそっとかける。
それはバスケットに掛けられていたものであり、わずかにピーチの上体を覆うくらいしかなかった。

ルイージは天使を呼びに、また洞窟の入り口の方へと歩いていく。
だが、その足が戸惑ったように止まった。

「あれっ、ピット君……?」

先ほどまで外の様子を見ていたはず彼の姿は、忽然と消えていた。

慌てて洞窟から身を乗り出し、山のふもとを見渡したルイージは、雨に煙る平原に白い影を見つける。
大声で彼の名を呼んだが、その声は嵐に吹き飛ばされ届かない。

天使はすでにかなり遠くまで行っていたが、ルイージは彼を追おうと走り出しかけた。

しかし、はたと気づいて立ち止まり、洞窟の中を振り返る。
しばらくあの人形達と出くわしていないとはいえ、ここに姫を1人で置いていくわけにもいかない。

兄がいない今、姫を守る者は自分しかいないのだ。

雨の中立ち尽くし、迷っていたルイージがはっと我に返り再び平原の方を見ると、
すでに天使の姿は荒れ狂う嵐の中、茫洋とした闇の向こうに消えてしまっていた。

それから程なくして、雨は降り始めたときと同様、唐突に降り止んだ。
空が晴れるのも待たず、ルイージとピーチは洞窟を走り出ていく。

「ピットくーん……!」

ふもとにはまだ、あちこちに大きな水たまりやにわかに出来た川があった。
そんなふもとに降り立ち、2人は天使の名を呼ぶ。

3人が通ってきた山あいの道はすっかり、荒れ狂う水の下に沈んでいた。
そこから吹き上げてくる風に、髪をくしゃくしゃにされながらも平原に目を凝らしていたピーチは、ルイージの方に向き直る。

「……行きましょう」

天使と話すことで和らげられていた悲しみが、深く、青くその目に表れていた。

決して彼女は、それを態度に出さなかった。
ただその目でルイージを見つめ、きっぱりとこう言った。

「私達は……マリオを探さなくては」

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最終更新:2014-02-27

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