気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track07『Clair de Lune』

~前回までのあらすじ~

自分たちを別世界へと誘った"マスターハンド"を探し、旅を続けるリンク(トゥーンリンク)とリュカ

山脈を越えた先に建物群を見つけ、踏み入ったリンク達が見たものは、奇妙な静けさに包まれた無人の町だった。
戸惑いながらも、中心部の建物に向かおうとする2人。その前に1人の剣士が立ちはだかる。
以前出会ったカービィが話していた彼の友人、メタナイトと思われる剣士は、おもむろに2人に剣を向ける。
説得が通じる様子もなく、リンク達は風のタクトの力を使ってその場を逃れるのであった。

人形兵を迂回し下山したピーチは、無事にルイージとの再会を果たす。
ルイージが途中で出会ったピットと共に、2人はマリオを探し、峠道に残る轍を辿っていく。
その先に建っていた塔を目的地と定めたルイージ達だったが、突然の暴風雨に余儀なく足止めされてしまう。
雨が止むのを待つ2人。彼らに何も言わず、ピットまでもが何処かへ去ってしまった。

一方、第5工場の警備を任されていたガレオムは、金属の鎧に身を包んだファイターと遭遇する。
相手はたった1人。慢心したガレオムは相手につけいる隙を与え、崖から落下してしまう。
大破した彼は、渾身の力を振りしぼってファイターの乗る船にミサイルを放った。


  Open Door! Track 7  『Clair de Lune』


Tuning

闇夜を照らす、月の光

乾ききった静寂と身を切るような冷気に包まれた、灰白色の砂漠。
薄暗い空はどこまでも突き放したように白く、ちっぽけな太陽が地平の果てから光を投げかけている。

時折思い出したように冷たい風が吹き、凍てつく砂漠から幾ばくかの砂を巻き上げる。
しかしその風も止んでしまえば、砂漠は再び荒涼とした静けさに包まれるのであった。

足元から長い影を伸ばし、2人の少年が太陽に向かってとぼとぼと歩いていた。

"疾風の歌"によって2人が降り立ったのは、この極地を思わせる薄暗い砂漠。

先ほどの草原からどのくらい離れられたのか、方角はどうなっているのか、全く見当がつかなかった。
灰色の世界では勝手が違い、予想していた距離や方角とは異なる地点に飛ばされてしまったらしい。
唯一、歩く方向を知る上で頼りに出来るものは、今にも地平線に消えてしまいそうな太陽しかなかった。

少年達は歩きながら、何事かもめている様子であった。
とんがり帽子の少年が、大きく手振りを交えて何かを主張し、
それに対しくせ毛の少年は気弱そうに首を振り、何かを言う――

「何言ってンだよ!
いいか? マスターハンドはいっこうに見つかんないし、得体の知れない連中はおれ達を捕まえようとしてるし、
しまいには仲間のはずだったやつまでおれ達に向かってきた。
……絶対何かが起きてんだよ、『スマッシュブラザーズ』に!」

拳を握りしめ、リンクは力説する。
こんな状況では、スマッシュブラザーズの拠点である"城"が見つかるとも思えない。
自ら行動を起こし、何が起きているかを知る必要があった。

だが、リュカはか細い声でこう言う。

「……でも、自分から敵のところに行くなんて……。
だめだよ、危なすぎるよ……」

リュカの目は、先ほどの戦闘で感じとってしまった、非人間的なまでに冷たい殺意の影を引きずっていた。
初めてリンクと共に戦った時や、協力してガレオムを退けた時のような生き生きとした輝きはどこかに消えてしまったかのようだった。

「じゃあさ、おれ達の他に誰が解決するってんだ?
あのカービィってやつはアテにならなさそうだし……おれ達しかいないだろ?」

今まで得てきたわずかな情報、ガレオムの口ぶりやカービィの話から、リンクは自分たちの他にもファイターがここに来ていると推測していた。

その上で、自分たちしかいないと言ったのには、理由がある。

他のファイターといっても、もう全員捕まってしまったか、
そうでなくともあの仮面の剣士のように、こちらに敵対してくる可能性が十分にあるのだ。
余裕のあるガレオムの様子から考えれば、こちらの状況が良くないことは明らかだった。

しかし、たった1人の仲間は俯くばかり。

「…………」

「とにかく、おれはあの光の根元に行く。
ここに残ってあの、エインシャントが好き勝手するの黙って見てるなんて、絶対にしないからな!」

押し黙ってしまったリュカに対し怒ったようにそう言い放つと、リンクは足を速めた。
彼が向かう方角、その空にはおぼろげながらも光の川が流れていた。
人形達を形作る白い光。その上流を追えば、きっと敵の拠点にたどり着ける。彼はそう考えていた。

しかし、リンクの表情は厳しいまま。

分からないことだらけだった。
エインシャントがスマッシュブラザーズを狙っているのはなぜか。マスターハンドはどこにいるのか。
あの青い剣士に自分たちの言葉が伝わらなかったのはなぜか。

それだというのに、リュカはあてにならない。
光の川の先に向かうというのを止めようとするくせに、じゃあどうするつもりなのかと問えば、ああして黙りこくってしまう。

苛立ちに任せて、リンクは地面を蹴る。
張り合いのない感触と共に、灰色の砂が散った。

同じファイターに選ばれたのだから、リュカも本気になれば自分と同じくらい戦えるはずだ。
そう信じてきた自分は間違っていたのだろうか。そのことが、余計腹立たしかった。

だが、短い間とはいえここまで旅を共にしてきたリュカを突き放すほど、リンクは非情ではなかった。

全てを拒み、自分の内に閉じこもったリュカ。
そんな彼の様子を見るのは、これが初めてではなかったのだ。

――
―――

数日前のこと。
その日の夜も、いつもと変わらない夜だった。
静まりかえった空には星一つ見えず、澄み切った黒の中にぽつんと小さな月だけが浮かんでいる。

2人がその日のテントを立てた林は、わずかな風に吹かれてざわめいていた。
その葉擦れの音を聞きながら、2人はたき火を挟んで向かい合わせに座っている。

たき火の上には小さな鍋が掛けられていた。
その中では、黄金色のスープがくつくつと煮立っている。
リンクはそれを木の椀にすくい、リュカに差し出した。

「ほら、飲みな」

リュカは頷き、椀を両手で受け取る。
湯気の立つスープを吹いて冷ましている彼を、リンクは自分の分も注ぎながら横目で見ていた。
口に持って行きかけ、

「あつっ……」

びくっと肩をすくめるリュカ。
リンクは笑ってこう聞いた。

「なんであの氷の力で冷やさないんだ? せっかく魔法が使えるのに」

PSIサイを"魔法"と言われた事は訂正せず、リュカは少し困ったようにこう答えた。

「だって、そんなことしたら凍っちゃうよ。ちょっとだけ冷やすなんて、やったことないしさ……」

そう言ってもう少し吹き冷まし、再びスープを飲む。
と、その手が止まった。驚いたように目を瞬き、顔を上げる。

「……これ、すごくおいしい!」

その言葉を聞き、リンクはぱっと笑顔になった。

「だろっ?」

「リンクが作ったの?」

身を乗り出すリュカに、リンクは首を振って答える。

「いや、おれのおばあちゃんさ。特製スープなんだ。
おれが出発する朝に作って、ビンに詰めて渡してくれたんだ」

「そうだったんだ……。そんな大切なスープ、僕が飲んでも良かったの?」

「何エンリョしてるんだよ、当然だろ?
おばあちゃんは『他の皆さんに恥ずかしいから』とか言ってたけど、おれは最初っから誰かに飲ませようと思ってたんだ。
だって、これだけおいしいんだからな!」

リンクがそう言うと、リュカも笑顔で頷いてくれた。

特製スープの味は、リンクが小さい頃から覚えている味と同じだった。
海の塩と、魚の旨みと、野菜の甘み。
強い日差しと青い海に包まれた故郷の風景が、一瞬だけ甦る。

リンクはため息をついた。

「……今頃心配してるんじゃないかなぁ」

「リンクのおばあちゃんが?」

たき火の向こうからリュカが聞く。

「ああ。
おれ、向こうに着いたら手紙を書くって言ったんだ。
でもこんな状況じゃポストマンなんか見つからないだろうし。
プロロ島を出てからどのくらい経ったんだろうな……」

頭をかき、リンクは顔をしかめる。

「おばあちゃん、すごく心配性でさ。
おれが旅に出た時も、心配しすぎて一度寝込んじゃったくらいなんだ。
だからおれ、今度は毎日手紙を送って安心させようと思ってたんだけどな」

「そうなんだ……」

まるで我がことのように心配そうな顔をして、リュカはそう言ってくれた。

リンクは少しの間、真剣な目でたき火を見つめていたが、
やがて割り切ったように、頷く。

「ま、進むしかないよな。いくら悩んでたってどうしようもない」

そして、思い出したようにリュカに尋ねかけた。

「そういや。リュカ、お前のとこはどうなんだ?」

何の気なしに、話の流れで聞いた。
ただそれだけだった。なのに。

「……僕は……」

そう呟くように答えた彼の目は、こちらを見ていなかった。
怪訝そうなリンクの眼差しを、俯き、視界から外してしまう。

「僕は……父さんがいるけど、でも……。
……父さんはたぶん、僕のこと心配してないと思う……」

言ったきり、彼は黙り込む。

「……」

リンクも、返す言葉が見つからなかった。
すっかり気圧されていたのだ。

くせ毛の少年が顔を向ける先には、小鍋でゆっくりと温まっていくスープがあった。
しかし彼は、それを見てはいなかった。

彼の目は、自分の中に向けられていた。心の中、底の知れない深みへと。

急に、手の届かないはるか遠くへ行ってしまったようだった。
たき火を挟んでこんなにも近くにいるのに、彼と自分の間には見えない壁が立ちはだかっていた。

それでも勇気を出して、リンクは呼びかける。

「――なぁ」

理由が知りたかった。

「なぁ。
おれ……何かまずいこと聞いたか?」

返事はない。反応さえ、返ってこなかった。

―――
――

夜になり、ようやく風が止む。

水が引き、あたりが暗くなるのを待ってルイージは山の斜面を下りていった。
その後ろにはピーチもついて歩いている。

危ないから洞窟に残って待っていて下さい、とルイージが説得したものの、
ピーチは首を縦に振らなかった。
「これはあなただけの問題じゃないのよ」と。

「あれだけいた人形達は、一体どこに行っちゃったのかしら……?」

空では雲が、目に見えない急流に吹き流されている。
上空はまだ風が強いようだ。

月が雲の波間から顔を出すたび、2人の他動く者のない平原が青白く浮かび上がった。

「……きっとあの建物の中で待ちかまえてるんでしょう。またいつ僕らを捕まえに来るかわかりません」

そう言い、ルイージは前にそびえる黒い建物をじっと見つめた。
闇の中黒く浮かび上がるその塔は、深海にそびえるいびつな巨岩柱のようにも見える。
冷たい風を受け、塔は霧笛にも似た物悲しい音を響かせていた。

人形達が警備している出入口は避け、2人は壁に向かっていった。
できれば排気口などから侵入していきたいところだが、そううまく突破口が見つかるかどうか。

暗闇の中、ルイージは用心深く目を凝らし、建物の壁面を探る。

ピーチが彼の肩を叩いた。
彼女が指さす先、入り組んだ壁の陰に隠れるようにして、人が1人、屈んで通れるほどの穴が開いていた。

よほど気をつけないと気づかないほど、その穴は巧妙な位置にあった。
元から開いていた穴ではない。その縁は不規則に波打っている。
大きな衝撃を加えられ、もぎ取られたような跡。

すでに侵入した人物がいるのだろうか?
だが、今そういうことを考えている暇はない。
幸運と思って、2人はそれを利用させてもらうことにした。

ルイージが壁面の穴を覗き込むと、中は細長い空間になっているようで、
人形達の遠い足音やモーター音らしき音が、闇の中から鈍くこだまして伝わってくる。
おそらくこの建物のダクトなのだろう。

出来る限りの安全確認をすると、ルイージはピーチに頷きかけ、ダクトの中へと足を踏み入れた。

先頭に、左手に緑の炎を灯したルイージが立ち、ダクトの中を中腰になって慎重に進んでいく。
その後ろに、足音を消すためハイヒールを脱いだピーチが腰をかがめて続いた。

時折床面に鉄格子がはまっていて、下に廊下が見えるところからすると、
このダクトは地階の天井を走っているらしい。

2人は最上階を目ざしていた。
そこにマリオがいるという確証はないものの、常識から言えば少なくとも建物の主くらいはいるはずだ。

ピーチは一国の姫として、そのぬしと外交的な話し合いをするつもりでいたが、
ルイージはそのような考えが通じる相手では無いと、ほぼ確信に近い形で思っていた。
もし出くわしたら何としてでも、それこそ力に頼ってでも、兄の行方を聞き出すつもりだった。

ダクト内には上に吹き抜けるルートがあったが、そこに梯子の類は一切無い。
ルイージ1人なら"壁ジャンプ"で強引に登り切ることもできるが、ピーチを連れたこの状況ではその方法はとれない。
危険は大きいが、最上階に行くのなら建物内に出て階段を使うしかなさそうだった。

1つ1つ鉄格子から建物内を覗き込んでいたルイージは、ついに階段を見つける。
行き来する人形の波が途絶えるのを待って、思い切り鉄格子を踏み抜いた。

太陽は更に光を弱め、ついに沈まないまま"月"となった。
空はあっという間に暗くなり、星一つ無い漆黒の夜空が全天を覆う。
この世界の太陽は沈まない。空の一点に静止したまま、ただ光り続けているだけだったのだ。

2人が驚いている間にも、一面砂と岩しかない砂漠の気温はさらに低下していく。
彼らは急いで、岩陰にその日のテントを張った。

毛布から顔だけ覗かせ、リュカはテントの天井をぼんやりと眺めていた。

決心がついたわけではなかった。
ただ、置いて行かれたくない。その一心でリンクの後をついてきていた。

出口を見つけて、ここから2人で逃げよう。
何度そう言おうと思ったことか。

『スマッシュブラザーズ』に何かが起きているのは間違いない。
しかし、そう言われてもリュカにはぴんと来なかった。
何もかもがあまりにも急すぎて、自分がブラザーズの一員になったことを実感できずにいたのだ。

その一方で、リンクは我が事のように奮起し、仲間・・を助けると息巻いている。
そんな彼に「逃げよう」と言おうものなら、もの凄い剣幕で怒られるに違いない。
だから、リュカは言うことができなかった。

逃げるなんて卑怯だということくらい、分かっている。
だが、リュカはただ臆病風に吹かれた訳ではなかった。

不意に、テントの天井にわだかまった闇の中から、リンクがメタナイトの突きを食らう瞬間が浮かび上がり、
リュカはぎゅっと目をつぶる。

リンクはクラウス - リュカの双子の兄 - に似たところがあった。
やんちゃで、無鉄砲で、でも頼りになる。
そんなクラウスは3年前のある日、母の敵討ちに行って……帰らなかった。

同じ事になるのではないかと、心配なのだ。
これ以上エインシャントのことに関わっていたら、きっと危ないことが起こる。
今のうちに止めなければ、リンクも同じ事に……。

すっかり心が沈んでしまい、寝返りを打ったリュカの顔に、白い光があたる。
見ると、布地の裂け目から月の光が差し込んでいるのだった。

その光を見つめるうちに、リュカの脳裏にある記憶が浮かび上がってきた。

――
―――

森に囲まれた小さな公園。
木製のベンチに横になり、リュカは毛布をかぶり、眠ろうと努めていた。
屋外で眠るのには慣れていないらしく、時折毛布の中でもぞもぞと姿勢を変えている。

下で丸くなっている茶色の犬は、飼い犬のボニー。
早くも静かな寝息を立てる彼の心には、寝言めいた思考の断片が浮かんでは消えていく。

3年の月日は、彼の故郷、穏やかなタツマイリ村の暮らしを大きく変えてしまっていた。
村人はこぞって幸せと刺激を求め、村の外見は立派になっていく。
しかし内面は……人も村も張りぼてのように空虚になっていくようだった。

人を訪ね、タツマイリ村からトンネルをくぐってたどり着いたここ、コーバでも、
リュカは"シアワセのハコ"を欲しがらない異端者として白い目で見られ、仕方なしに公園で野宿しようとしていた。

どこにいても安心することはできない。
この公園にしても、ブタのマスクを被った兵士に不審者扱いされ、追い出されてしまうかしれない。

眠ろうと努力することに疲れ、リュカは毛布から顔を出し、空を見上げた。
その瞳は、同じ年の子供には見られない暗さに沈んでいた。

――ブタマスクに見つかりませんように……。

そうリュカが願った折、ここ数日空をしぶとく覆っていた濃灰色の雲がにわかに途切れ、夜空が現れた。
丸い乳白色の月がリュカを見下ろす。

 "バサッ"

何かがリュカの毛布の上に落ちてきた。
彼は目を丸くし、身をすくめる。
恐る恐る視線を毛布の上に移すと、真っ白な紙が目に入ってきた。

それは、長方形の封筒だった。

リュカは高鳴る心臓をおさえ、上体を起こして周りを見回す。
しかし、誰もいない。
空を見上げてみても、そこには静かな夜空とまん丸な月があるばかり。

封筒は、上空の何もないところから落ちてきたとしか考えられなかった。

再び毛布の上の封筒に目を移し、しばらくリュカは逡巡していた。
やがて好奇心が打ち勝ち、彼は封筒にそっと手を伸ばす。

夢ではない。それは手で触れることのできる本物だった。
封筒の表には十字に切られた黒い円のマークと、リュカの名前だけが書かれていた。
不思議そうに封筒をひっくり返したり、透かしたりしていたリュカだったが、意を決し、赤いロウの封を破る。

中に入っていたのは、見たこともないほど白い紙。
そこには、リュカに宛てられたメッセージが書かれている。

本文を読む前に、リュカは送り主の名を探す。
末尾にその名 - "マスターハンド" - を見つけたが、この人名には全く何の覚えも無かった。

訝しみながらも、リュカは手紙を読み始める。

――――

拝啓 若き太陽  リュカ殿

旅の途中、失礼する。
この度貴方は、私達両手の合意により『スマッシュブラザーズ』の新しいファイターとして選ばれた。
参加できるようであれば、これから貴方の近くに現れる白い扉を1人でくぐり、こちらへご足労願いたい。

ここ、『スマッシュブラザーズ』では、
ファイター達は日々技を競い合い、共に闘う"乱闘"を行っている。

ファイターは様々な世界から選ばれているが、貴方と同じくらいの年の者もいるので安心してほしい。

また今回、左手との協議により
貴方の世界とこちらの世界の時間同期は行わないことにした。
つまりこちらでどれだけの時間を過ごそうと、貴方の世界では出発前の時刻のままとなる。

……

――――

ファイター。スマッシュブラザーズ。乱闘。
聞いたこともない言葉があちこちに並び、ひしめいている。

だが、リュカの心に浮かんだのは、別の疑問だった。

――闘う? ……僕が?

襲いかかってくるキマイラに対し、
木の棒と、覚え立てのPSIを使ってやっとのことで立ち向かっている自分が"ファイター"として選ばれたなんて、何かの間違いではないのか?
でも、ただのいたずらにしては手が込みすぎている。
そう思いながらも、リュカは手紙を読み進めていった。

手紙の内容は時に難解で、およそ本当のこととは思えない事物について語っていた。
しかし同時に、送り手がそれらのことについて信じてもらおうと苦心し、細心の注意を払って説明していることも分かった。
その誠実さに、最初リュカの心にあった警戒と懐疑は、少しずつ解かれていく。

この人物は、驚くほどリュカのことを知っている。まるでどこからかずっと見ていたかのように。
だが、不思議なことに恐れは感じなかった。
それは格式張った文面の向こうから感じられる送り主の心が、陽だまりのように暖かかったからかもしれない。

手紙は次のような言葉で結ばれていた。

――――

……

最後に。
参加・不参加は貴方の自由だ。

だが、これだけは言わせて頂きたい。

私達は貴方が扉を開き、他世界の人々と暮らすことによる成長を約束する。

                                マスターハンド

――――

そこまで読み終えたとき、空がさっと晴れ渡り、月の光が周囲をまばゆく照らした。
真昼よりも明るく、力強い光。
目を閉じても、その輝きはまぶたの裏に届いていた。

次に目を開いたとき、リュカは自分の目を疑った。
いつの間にか、公園の広場に扉が姿を現していたのだ。

白く輝く、立派な扉。
高さはリュカの背丈の2倍くらい、幅は人1人を通すのに十分なゆとりを持って作られている。

それだけではない。
まるで月光が形取られたようなその扉は、ゆっくりと揺らめきながら宙に浮かんでいた。
何にも支えられず、独りでに浮いていたのだ。

手紙で言っている白い扉とはたぶん……いや、間違いなくあの扉のことだろう。

先からの展開が飲み込めず、口をぽかんと開けていたリュカは、
やがて毛布を退け、引き寄せられるように、しかし慎重にその扉に近づいていった。

扉まであと5、6歩というところまで近づくと、衣擦れのような柔らかい音と共に、扉が左右に開かれた。
白い光と共に、爽やかな風が吹いてきたように感じたのは気のせいだろうか。

溢れんばかりの光を前に、リュカはもう一度手紙を見る。 『私達は貴方の成長を約束する』

その文を食い入るように見つめ、そして目を閉じる。
母の死をきっかけに壊れてしまった家族、涙すら涸れてしまい佇むだけの自分の姿が胸に去来した。

母と兄。家族を2人失ったあの日から、リュカに本当の朝は来なかった。
周りでは村が日に日に"進歩"していったが、リュカの家に置かれたイスは今も4人分。
双子の部屋、リュカのベッドの隣には、空っぽのベッドがぽつんと残されていた。

父と2人、止まった時の中で惰性のように暮らしていた。

どうすれば良かったのか……。
そんなどうにもならない問いを、延々と繰り返して。

今、目の前にある扉の向こうには、闇夜を切り裂く月光にも似たまばゆい光が満ちあふれている。
それは、この行き詰まった状況にさしのべられた突破口のようにも見えた。

あまりにも眩しい扉を前に立ち、目をつぶる。

逃げるのではない。新しい世界で、自分の答えをつかむのだ。

――僕は……強くなりたい!

リュカの心に、静かに火が灯った。

満月が照らす公園の中、1人の少年が身支度をしていた。
リュックを背負い、ベンチの足元で眠っている犬に自分の毛布を掛け、無言でしばしの別れを告げる。

再び、白く輝く大きな扉、開け放たれた入り口の前に立つ。

まばゆい光の中に、何かを探すようにじっと見つめていたが、
最後に一度だけ、眠っている犬 - 彼の大事な家族 - を振り返ると、少年は開かれた扉の中へと飛び込んだ。

―――
――

強くなりたい。
もう、誰かを守れなくて悲しい思いをしたり、辛い目に遭うのは嫌だ。

……強くなりたい。

そのために、来たんじゃないのか?
そのために……扉を開けたんじゃないのか?

たき火を前にして、リンクは武器の手入れをしていた。
刃こぼれや不具合があったわけではない。
久々に強敵と戦い、気が張って眠れないのだ。

そんな彼の後ろにあるテントから、布の翻る音がした。
リュカが外に出てきたのだ。

「ん?
……まだ寝てなかったのか?」

振り返り、リンクはややぶっきらぼうに問う。

そんなリンクをまっすぐに見て、リュカはこう言った。

「リンク……、僕も君と一緒に行く。
一緒に、戦うよ!」

彼の目には、たき火の光が映りこんでいた。

リンクはあっけにとられ、その目を見つめる。

彼の声には、今までにない力があった。
一体何があったのかは分からないが、リュカにとって大きな転換が起きたことは間違いない。

やがてリンクはにっと笑い、言った。

「そうか……。
じゃあ、もう弱音はくなよ!」

突如、北の方へ群れなし流れ始めた雲を見つめ、双頭の戦車デュオンは熟考していた。

やがて、両腕に砲台を備えたガンサイドが口を開く。

「この気圧の変化……エインシャント様の為されたことではないだろう」

「とするとファイターか」

ガンサイドの背後、両腕が巨大な片刃剣となったソードサイドが応える。
彼らは視野を共有しているため、ソードサイドにもガンサイドが眺める空模様が見えている。

「しかし、これほど急激な変化を起こすほどの力を持つ者が……いるのか?」

「バランスを重視するに限って、とは思うが。
だがファイターの力は皆、半分ほどは奴の手によるものだが、残る半分はおのおのの世界で元々持っていたものだ」

「可能性はある……」

空はいよいよ暗くなり、灰色や黒色の厚い雲が南から流れてきた。

まもなく雨が降り始める。
次第に強くなる雨の中、デュオンは巨大な石像のように微動だにせず立つ。
双頭は再び、相互に繋がる思考の中に沈んでいた。

その沈黙を、有翼の少年が破る。

水を蹴上げ、走ってきた彼は、強い光を宿した瞳でデュオンを睨みつけた。
ただそれは、故郷を踏みにじられた者にあるはずの恨みではなく、怒り。
背の翼も、降りしきる雨をものともせず力強く広げられている。

「僕を覚えているか!」

ソードサイドの真正面に立ち、少年はそう大声で言う。

「エンジェランドの天使だな」「あの時の」

デュオンは少年の住む世界の言葉で返した。
少年、ピットは言葉が通じたことに驚きつつも安堵し、そして表情を引き締めるとこう続けた。

「パルテナ様の命により、僕はこの世界に来た。
あなた方によるエンジェランドへの侵犯、その理由を知りたい!」

「理由……」「我々に、我らが主の御心を測り知ることはできない」

デュオンはにべもなく言う。

「主……つまりあなたは命じられて?
……では、あなたの主はどこにいる!」

ピットは強い口調で問う。ただ、その両手に武器は構えられていない。
そんな彼を、デュオンは冷淡な目で見下ろす。

「教えるわけがなかろう」「我々はエインシャント様の忠実なるしもべ……」

人の背丈を超える巨大な剣が殺気をはらみ、ゆっくりと構えられる。

「我らが主に害なす者よ」「我々が相手になろう!」

その言葉を合図のようにしてデュオンは素早く半回転し、ガンサイドがピットの方を向いた。
暗い銃口が2つ。降りしきる雨の中、天使に狙いを定める。
ピットもやむなく後ろに退いて双剣を構え、戦闘に備えた。

ガンサイドの両腕からまばゆい光弾が放たれ、甲高い音を立ててピットへと迫る。

ピットは急いで鏡の盾を取り、光弾を弾き返す。
しかしその光跡は何もいない虚空へと撃ち上がり――

 "ギャギャギャッ!"

耳障りな音が背後へと回り込んだ。
戦士の勘が危険を告げる……が、対処する間もなくピットは背に強い衝撃を受けてはね飛ばされた。

ぬかるみに身を打ちつけ、肺の空気が押し出される。
ふらつく視界の中迫るデュオンを認め、ピットは急いで立ち上がる。
その白かった衣は、泥でまだらに黒く染まっていた。

双剣を柄の所でつなげ弓の形にすると、ピットは光の矢を何本も放ち、デュオンを迎え撃った。
降りしきる雨を切り裂き、青白い光が飛翔する。

さすがに高速で迫る矢を避けきれず、デュオンの巨躯に光の矢が当たっていく。
しかし、彼らが怯む様子はない。
全く速力を落とさず、着々と距離を詰める。迫ってくる。

こちらに向かってくるソードサイドが剣を低く構えるのを見て、ピットは素早く弓を剣に戻した。

うなりを上げて次々と迫る巨大な剣を、ピットは避け、時に剣で受け流す。
しかし、圧倒的なまでに相手は大きかった。
巨剣の巻き上げる風がピットをよろめかせ、ぶつかり合う剣の衝撃が肩に腕に突きささる。

――だめだ、間合いに相手の体が入らない!
懐に飛び込んで……でもそんな隙があるのか?!

ピットはソードサイドの死角であろう、デュオンの側面へ向かおうとする。
しかしどう知ったものか、そこへ向かうピットを、向こうを向いているはずのガンサイドが光弾によって阻止する。
彼の顔はこちらを向いてすらいない。それなのに、腕から放たれる光弾は正確無比にピットのいる場所を狙ってくるのだ。

ガンサイドの攻撃を避けているうちに、ソードサイドが再びピットの方を向いてきた。

「くぅっ……」

ピットは歯を食いしばる。

今度は防御に徹する。
ソードサイドの猛攻を双剣でしのぎ、ひたすら相手の動きを観察する。

何撃目かの後、勢いよく踏み切る。

振り上げられるデュオンの剣をかいくぐり、そのわずかな隙にピットはデュオンの足元へと駆け込んだ。
ソードサイドの両腕は、まだ勢いのままに振り上がっていく途中。
彼の冷たい目だけが、駆け寄る小さな姿を追う。

ピットはデュオンの胴体に飛びつき、表面のでっぱりにしっかりと手を掛けた。
雨で滑る装甲をよじ登り、双剣でがむしゃらに斬りつけ始めた。
女神の加護を受けた剣だけあり、デュオンのぶ厚い装甲が少しずつ歪んでいく。

「こしゃくなっ……」

デュオンの目が見開かれる。
装甲が破られ、中の配線などを損傷されれば、関連する機能が失われてしまう。

ピットがいるのは、彼らの腰に当たる場所。
ガンサイド、ソードサイド、両者の手の届かない位置だ。

が、しかし。彼らにはまだ手があった。

両者の上半身が低く下げられる。
そして、次の瞬間、デュオンはその二輪を高速で回転させた。
巨大な二輪が泥を噛み、跳ね上げながら激しく回る。

鋼の竜巻の中から、小さな天使がはじき飛ばされた。

為す術もなく宙を飛ばされていく彼を追撃せんと、
回転を止めたデュオン、そのガンサイドが冷酷にその片腕を構える。

その時だった。

一筋の流れ星が地面をかすめ、落ちていくピットをしっかりとすくい取った。
遅れて、先ほどまで彼がいたあたりの地面がはぜる。

すかさずデュオン・ガンサイドは、飛び去ってゆく乱入者に向けて光弾を発射する。
流れ星は上昇しながらそれらを避け続けていたが、最後の一発が末端をかすめ、小さな欠片を散らし始める。

それでも速力は弱まることなく、星は、北の地平線へと消えていった。

降りしきる雨の中、空中に残っていた流れ星の欠片が弱々しく光り、消えていく。
辺りは再び、夜の闇に沈んでいった。

「まさかエンジェランドの光の女神にまだ力が残っていたとは……」「全くだ。こちらに配下の者を送ってきた事、主に報告せねばなるまい」

降りしきる雨の中、デュオンは砲身を下げる。

彼らには、ピットを深追いするつもりは無かった。
自分たちに命じられたのはここ第1工場と、その南にある研究所の警備である。
それ以前に、彼らの目下の敵はスマッシュブラザーズ。エンジェランドの民1人など、主にとって大した脅威ではない。

「それにしても、先ほどの流れ星」「残党か。北へ行ったが……何かあてがあるのかもしれん」

彼らが守る第1工場より北には、工場は存在しない。
ただ打ち棄てられた空間が広がっているだけだ。そこにファイターの興味を引くものはないだろう。

では、流れ星は何の目的で北に行ったのか。
雲が流れていくのも北。もしかすると、そこで残存勢力が結集しているのかもしれない。
北にいるファイター達が最初に見つけ襲撃するのはおそらく、デュオンの任された第1工場。

「おそらく、この雨天を招いた者も来る」「丁重に出迎えてやらねば」

デュオンはぬかるみに深い轍を残し、地平に佇む工場へと戻っていった。

空はますます暗くなる。
漆黒の空からは、ただ雨だけが激しく降り続いていた。

昔、おばけが住みつく屋敷をひたすら歩いた経験からか、
ルイージは気配を消す方法を身につけていた。

淡い灰色の階段を、2体の人形が降りていく。
その手には、おもちゃじみた光線銃が握られていた。
彼らは機械的に左右を見ることを繰り返し、歩を進める。

と、踊り場にさしかかった時、1体が光の粒と化した。
残された1体は異変に気づき、あたりを見回しかけた。
しかし、彼も陰から飛んできた拳にはじき飛ばされ、光となって消える。

静かになった踊り場に、物陰からルイージの姿が現れ、上の階を見やる。
後続の気配はない。

「大丈夫です。行きましょう」

彼は柱の陰に小声で呼びかける。
間もなく、そこからピーチが出てきて、階段を昇るルイージの後に続いた。

しばらくそうして2人が階段を上がっていくと、今までとは様子の違うフロアに着いた。
他の階が淡い灰色に統一されていたのに対し、目の前のフロアは一面無機質な黒色。
扉も、突き当たりにある大きなものが1つ。

これ以上、上に昇る階段は見あたらず、どうやらここが最上階らしい。

しかし、最上階にしては気になる点が1つ。
このフロアには、人形が全くいないのだ。

階段から、静まりかえったフロアを見渡すルイージ。
光沢のある壁面が、訝しげな彼の表情を映してかえす。

「ここなんでしょうか……?」

「行ってみるしかないわ」

ピーチは突き当たりの扉を見据え、きっぱりと言った。
あまりにも静かな廊下に、2人の小声が吸い込まれる。

居ても立ってもいられず、足を踏み出そうとするピーチに、ルイージが声を掛けた。

「罠があるかもしれません。気をつけて」

最上階の広い廊下を、2人は慎重に進んでいく。
左右の壁は、黒い合わせ鏡のようになって2人の姿を延々と映し続ける。

壁に、天井に、床。2人は四方に警戒しつつ進んだが、どこまで進んでも敵が出てくる気配は無かった。

息の詰まる時間が過ぎ、ついに扉の前にたどり着いた。
先頭を歩いていたルイージが、扉の横に張り付き、そっとノブに手を伸ばす。

扉は施錠されていなかった。
はやる心を抑えて扉を押すと、それは簡単に開いた。

あまりに事があっさりと進むことを訝しみつつ、2人は顔を見合わせる。

ルイージが先に、暗い部屋の中へと歩み入った。

部屋の空気はひやりと冷たく、そして重く体にまとわりつく。
重厚な闇が沈殿していたが、しかしそこに敵の気配は全く無かった。

遠くに、唯一の明かり。
2人は蛍光灯に似たその冷たい光の下に向かう。

「あ、あれはっ……!」

「……まぁ!」

2人は絶句する。

部屋の壁際に置かれ、ライトアップされていたのは、スマッシュブラザーズの変わり果てた姿だった。

共に過ごし、共に戦い、共に奇想天外な日常を過ごした仲間達。
誰も彼も銅色のフィギュアと化し、物言わぬ像となって立ち尽くしている。
その台座はしっかりと機械に捕らえられ、太いコードがその隙間をのたくっていた。

明かりがあたっている範囲でも十数人。実際はそれ以上いるのだろう。
規則正しく並べられた様子はチェスの駒を思わせた。命のある人々を使った、あまりにも悪趣味なチェス。

「一体……」

混乱するルイージの脳裏に、姫だけでなく自分たちにも襲いかかってきた人形達の姿がよぎる。
狙いはやはり、スマッシュブラザーズだったのか。
しかし、黒幕は。人形達を統べる黒幕は一体誰なのか。

その思考は、途中で途切れる。
整然と並べられたフィギュアの中に、探していた人物を見つけたのだ。
彼と揃いの格好をした、少しだけ背の低い男。

「兄さん!」

ルイージは兄のもとに駆け寄り、その台座をくわえ込んでいる金具を懸命に外そうとする。
すぐにピーチもそれに加わり、部屋に金属を叩く音が響いた。

金属がひしゃげ、歪み、そしてついに台座を解放する。

ルイージが急いで動かぬ兄を持ち上げたその時、部屋が赤い光に満たされた。
警報装置が作動したのだ。

はっと身構えるルイージ達の頭上で、けたたましいブザーが鳴り始めた。
そして、その音の背景からだんだんと近づいてくる、無数の足音。

2人は急いで部屋を出ようとしたが、向こうの方が早かった。
唯一の出入口から、あっという間に人形兵がなだれ込んでくる。

ルイージとピーチは周囲を人形や小型戦車に囲まれて、部屋の中央に立ち往生してしまった。
エンジンの駆動音、密集した兵達の武器がぶつかる音。部屋に満ちる、無言のざわめき。

「予想しておくべきだった……」

苦い顔をするルイージ。
しかし、隣のピーチは武器、フライパンを構えて言う。

「何を言ってるの!
過ぎたことを考えても仕方ないわ。
今はここを乗り切ること、それを考えるのが最善ではなくって?」

部屋を埋め尽くす敵に対し、彼女は挑みかかるように強い眼差しを返した。

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最終更新:2014-03-08

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気まぐれ流れ星

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