気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track10『Tempest』

~前回までのあらすじ~

プロロ島の"風の勇者"リンク(トゥーンリンク)は、スマッシュブラザーズへの招待状を受け取り、新たな世界へ旅立つ。
しかし、彼が見たものは荒廃した灰色の世界。
偶然出会ったファイター、リュカと共に、リンクはスマッシュブラザーズに何が起きているのかを知ろうとしていた。

砂漠の中に打ち棄てられた、未来都市。
そこでリンク達はカービィピットを仲間に加え、追いかけてきた人形達を無事撃退する。
わだかまる光の粒子。それの何らかの作用によって、4人はこの都市で昔起きた戦争の様子を幻視させられるのだった。

虚無に切り取られていく故郷、エンジェランドを救うため、ピットはたった1人でこの灰色の世界に訪れていた。
広大な世界を駆け回り、戦い続けた疲れもあったのだろう。
彼はついに、熱に倒れてしまう。


程度の差こそあれ、街はどこもかしこも荒れ果てていた。
リンク達が初めに見つけた食料品店が無傷だったのは、かなり幸運だったらしい。

横倒しになった巨大な車両や、崩壊した上層階につぶされていたり、
元は何をなしていたのか分からない瓦礫に、室内がそっくり埋め尽くされていたり。
時には、雲つくほど高くそびえていたはずの石塔自体が、地面に山をなしてくずおれていることもあった。

ただ、街のどこにも暴動で荒らされたような跡は無かった。
皆、逃げるのに精一杯でそれどころではなかったのだろう。

リュカにピットの看病を任せ、リンクとカービィは食料を探していた。
10区画ほど歩いて、これ以上離れるようだったら引き返そうかと思い始めた頃、
ようやく破壊を免れた店を見つけ、2人は半開きになった扉から体を滑り込ませた。

「よし、ちょっと整理してみよう。
カービィ、あのマボロシの街は『スマブラ』のものなのか?」

食べられる食料を集めながら、リンクが聞く。
だが、目を輝かせ夢中で棚を回っているカービィには聞こえなかったようだ。

「おい、聞いてんのか?」

カービィの腕を捕まえ、リンクは呆れ半分で耳があると思しきところに言う。

「わぁ!
……聞こえてるよぉ。
ただちょっとうわのそらだっただけだって!」

ちょっとむくれてカービィは言った。

「ほんとか?
ならおれの質問も聞こえてるよな?」

「もちろん!
あの街が『スマブラ』にあるのかどうか、でしょ?」

廃墟の街に先住し、人々を守っていた機械達。
リンクの言う"マボロシの街"とは、彼らが見せた過去の幻影のことである。

「ぼくが知るかぎりではだけど、あんな街見たことないよ。
でもね!」

こう続ける。

「マスターさんはどんなものでもあっという間に作ることができるんだ。
ぼくらがおうちに帰ってるあいだに、あの街を作ったのかもってかのうせいもあるよ」

「ふぅーん、なるほどな……」

眉間にしわを寄せ、考え込むリンク。

「でもな、いくらあっという間に作れるったって、
おれ達が来るまでにこんなに古くなっちまうってこと、ありえるか?」

そう言って、リンクは店の中を示した。
ひび割れた窓、ほこりをかぶった床。壊れてぶら下がった照明……。
袋の中の食べ物も、あの銀の袋のものを除き、完全に劣化していた。

その砂粒のようになってしまった食べ物を、シャカシャカと振るカービィ。
食いしん坊の彼でも、こうなっていてはさすがに食べる気は起きないようだった。

「うぅん……たしかに」

リンクはもちろんのこと、『スマブラ』を知るカービィでも、
ファイターが来るまでの合間に、一つの街が興り、廃れるほどの年月を経過させる理由は思い当たらなかった。
ひとしきり考えて、カービィは問い返した。

「そしたら、ここはもしかしたら『スマブラ』じゃないかもしれないの?」

「それを知りたいんだよなァ……」

リンクは再び、困ったように頭をかいた。

手探りの治療ではあったが、妖精の粉とヒーリングαが功を奏したらしい。
翌朝にはピットの熱が引き、昼までにはいつもの調子で歩けるようになった。

彼が十分に回復するのを待ってから、リンク達は隠れ場所から出発した。

今ピットは遅れを取り戻そうと、リンクを追い越さんばかりの早足で歩いている。
おそらく4人の中で一番年上なのにも関わらず謙虚な彼は昨日、熱が下がって目を覚ました時点でも毛布から出ようとし、
その度にリンク達は、3人がかりで彼を押さえていたのだ。

そんな彼の背中に、カービィが声を掛ける。

「ピットくん、むりしないでよ。まだやみあがりなんだからね!」

ピットが応えるよりも先に、リンクが振り返り、あきれたように笑う。

「なに言ってんだよ、今おれ達が歩いてんの、お前のためなんだからな?」

そう、カービィにとって十分な食料を集めるための店巡りは、まだ終わっていなかったのだ。


  Open Door! Track 10  『Tempest』


Tuning

疾風襲来

それから丸一日かけ、リンク達は街をくまなく巡って食糧をかき集めた。
種類は少ない。経年劣化していないものは、銀色の袋に入った乾燥食料くらいだった。

厚みのある、円盤状の小さな焼き菓子。違いと言えばせいぜい色が小麦色か深緑色か、そのくらい。
ぱさぱさとした味気のない食糧だが、文句は言っていられない。
今はとにかく、空腹を満たすことが最優先。栄養が豊富なだけでも十分すぎるくらいだ。

4人はその食糧を、途中で見つけたバッグなどに分け、やっと持ち運べるほどの量を集めた。
しかし、カービィにとってはそれでも物足りない様子だった。

その翌朝。

街の隙間から差し込む光が徐々に強さを増していき、空と大地とを照らしあげていく。
色味のない、作り物めいた朝の光を横腹に受けるビルディング群。
その陰に隠れるようにして、ひっそりと佇む緑色のテントがあった。

本来1人用のそのテント――リンクの持ち物である――の中では、3人の若きファイターと1人の天使が身を寄せ合い、眠っている。

仲間が増えたのは賑やかで良いことなのだが、人数に対し野宿するための道具が足りないのはいささか難点であった。
リンク、リュカそしてピットの3人は真ん中の支柱に寄りかかり、座って寝ている。毛布も下半身にしか掛けていない。
残るカービィだけは、リンクの足元あたりの毛布から顔を出し、ひっくり返って眠っていた。

一番に目を覚ましたリンクは、中々起きないリュカをたたき起こし、寝ぼけたカービィに食べられそうになっていた毛布を取り上げた。
そうして窮屈なテントからやっとの事で這い出してきた4人は、朝食の準備を始める。
と言っても、食べ物を銀色の袋から取り出し、配るだけで済むのだが。

「リンク~、もっとちょうだいよぉ~!」

カービィがだだをこねている。

「だめだ。4人できっかり分けてんだからな。それで我慢しろよ」

リンクはにべもなく言う。
その隣では、リュカが寝不足の顔をして朝食を食べている。
ピットは神妙な面持ちで乾燥食料をかじっていた。

リンクも小麦色のクッキーもどきを食べつつ、リュカとカービィに言った。

「しかし、昨日のあのマボロシ……ありゃどういう意味なんだろうな?」

「うーん……」

リュカはぼうっとした顔でそう言ったきり、次の言葉が出てこない。
眠たいが、何とかして考えようとしている風であった。
だが彼が答えるよりも先に、横からカービィが身を乗り出す。

「ぼくらの前にも、ひとをつかまえようとしてたんじゃない?
……その、えーっと」

「エインシャントか?」

「そう! そのエインシャントが!
ぼくらにしてたみたいに、いっぱいの人形をつかって追いかけて、つかまえてたんだ。
でもこのまちのひとには、もう少しのところで逃げられちゃったんだよ。きっと」

リンクは、頷いて同意を示す。
彼もおおよそ、カービィと同じ結論に至っていたのだ。

目的や理由は分からないが、
昨日見せられた幻から考える限り、少なくともエインシャントは人々が逃げるのを阻止しようとしていた。
やや過剰に思えるほどの大群を差し向け、一カ所に追い込んで。
しかし、この街には最後の箱船が残されていた。人々はそれに乗って何とか難を逃れたのだ。

「あのでっかい卵みたいなの……あれ、まだどこかに残ってないかな」

リンクの呟きに、カービィは腕組みらしき格好をし考え込んだ。

「うーん……。
ワープスターに乗ってここに来たときは見えなかったなぁ」

「ワープスターって、あの星形の乗り物か?
……そうだ! カービィ、せめてそれさえあれば移動が楽なんだけどな」

と、リンクは身を乗り出した。

徒歩よりは、乗り物があった方が良い。
風のタクトを使えば瞬時に移動することもできるが、ここではあまり頼りにできない。
この灰色の世界では勝手が違うのか、思っていた方角、距離とは全く違うところに飛ばされてしまうのだ。

しかし、カービィは困ったように体を傾げた。

「ぼくらが乗ってきたのはこわれちゃったしなぁ……。
ワープスターって、来るときは来るけど、来ないときは来ないんだ」

双頭の戦車と戦っていたピットを助けたときのワープスターは、いつものように偶然現れたものだったという。

「んー……そう、か……」

リンクは上げかけた腰を下ろす。
しばらくそうして考え込んでいたが、ぱっと顔を上げ、再びカービィに問いかける。

「なぁ、カービィ。
お前……まだ友達を探しに行くつもりなのか?」

「? もちろんだよ」

きょとんと目を瞬くカービィ。
その顔に、正面から真剣なまなざしを向けて、リンクはこう言った。

「あいつは、お前にも斬りかかってくるかもしれないんだぞ。
それよりおれ達と一緒に、エインシャントが何を企んでるのか確かめに行かないか?」

大食いで、どことなく頼りないとはいえ、カービィが経験豊富なファイターであることは間違いない。
先日の人形との戦闘で、リンクもリュカも、彼がその見た目以上に戦い慣れていることを知ったばかりだ。

彼の『スマッシュブラザーズ』に関する知識はリンク達にとって欠かすことはできず、
本格的にエインシャントと対抗しようとしている今、輪を掛けて重要になってくるだろう。
この間も"二段ジャンプ"や"シールド"について教えてもらったばかりである。

本来は『スマブラ』に着いた後マスターハンドから教わるものらしいが、今、その肝心の彼が見つかっていないのだ。
未知の敵に立ち向かうため、ファイターとなった自分たちに何が出来るのか把握する必要があった。

だが、リンクが熱を込めて言っても、カービィの決心は変わらなかった。

「……やっぱり、ぼくは……。
ともだちに会いたい。会ってたしかめたいんだ。
ほんとうにきみたちをこうげきしたのかどうか」

真っ直ぐにリンクの瞳を見つめ、カービィは言った。
リンクは引き下がらず、問い詰める。

「おれが嘘つくようなやつに見えるか? だって、あいつにそっくりなヤツが他にいるかよ」

「……」

返事は無かった。しかし、彼は決して頷かなかった。

しばらくそうしてリンクと視線をぶつからせていたカービィだったが、やがて、自分から視線を落とす。
彼は地面をじっと見つめたまま、黙りこくってしまった。

この灰色の世界に、友達が少なくとも1人はいると分かった以上、カービィは何としても彼を見つけると決心していた。
探しているのはよほど親しい友達なのだろうか。
あれからリンクやリュカが何を言っても、彼の考えを変えさせることは出来なかった。

だが、とりあえずは互いの目的地を決めるため、見晴らしの良い建物を探し出すまで4人は一緒に行動することとなった。
カービィは、リンク達が友達を見たという平原の方角を、リンク達は、次なる施設の所在を知るために。

朝食時のリンクとカービィの話は結局平行線のまま終わってしまい、2人の間には何となく気まずい空気が流れていた。

古びた石塔群、都市の名残に、4人の足音だけがこだまする。
リンクが先頭を歩き、リュカ、ピットを挟んで浮かない顔のカービィが続く。
間に挟まれたリュカとピットは、心配そうに前後の2人の様子をちらちらと窺っていた。

リュカの考えていたことも、おおよそリンクと同じだった。
この状況下、せっかく出会えた仲間と別れるのはどうしても避けたい。
かと言って、カービィと共にどこにいるのかほぼあてのない者を探すわけにもいかない。
それよりは、少しでもこの状況を解明するべきだろう。

だが、カービィの気持ちも分からないわけではなかった。何しろ、初めて会った時から彼は「友達を探す」と決意していたのだ。
今も、聞こえてくる彼の感情はひたむきに真っ直ぐで、あの時と変わらない強さを示している。
そこまで気に掛ける友達のことを諦めさせてまで、カービィに同行を強いるのは果たして良いことなのだろうか。

それに、彼は?

リュカは傍らの仲間を見上げる。
純白の衣に身を包んだ天使。言葉の通じない彼は、どちらについていくつもりなのだろうか。
そもそも、3人が間もなく二手に分かれることを、分かっているのだろうか。
リュカは天使の心に意識を傾けてみたが、伝わってくるのはやはり昨日と同じ、ここではないどこかに対する心配と憂慮の感情ばかりだった。

しかし、幸か不幸か、問題は意外に早く解決することになる。

リュカは足を止めた。
前を歩くリンクが、立ち止まったのだ。

顔を上げたリュカの前で、リンクは彼の前方を睨み、静かに剣と盾を構える。

「……どうやら向こうの方から尋ねてきたらしいな」

その言葉に、他の3人もようやく"それ"に気づく。

4人の歩む道の先、石塔の落とす黒々とした影。
冷たくわだかまる闇の中から滲み出るようにして現れたのは、見まちがえようもない、あの仮面の剣士であった。

黒く沈むシルエットの中、両の目が無機質な光を放っている。

彼の放つ、どこまでも冷徹な殺気にリュカが怯んだ。
ピットもただならぬ気配を察し、双剣を手に取る。

張り詰める空白。そして。

何の前触れもなく、地を蹴り、闇の中から剣士が向かってきた。
リンクは盾を前に構え、攻撃に備えたが、

「やめてっ!」

その前にピンク色のものが駆け込む。

そのままカービィは両腕を広げ、剣士の進路に立ちふさがった。

彼は答えない。
その右手に握られた剣が素早く構えを変えて――

次の瞬間、カービィは勢いよく弾き飛ばされる。

リンクは、飛んできた彼の丸い身体に押され、後ろに尻餅をつく。
しかし、痛みよりも驚きの方が大きかった。
何のためらいもなく、剣士は友を斬りはらったのだ。

その背後。突き飛ばされ、アスファルトの上で弾んだカービィの体に傷はない。

カービィの拙い話によれば、ファイターとなった者はどんな攻撃によっても怪我をしない。
一ヶ所に大きな負荷を受けると、そこが動かなくなることはあるものの、一時的なものらしい。
しかし、損傷ダメージそのものは目に見えないながら蓄積されていくという。

急いで立ち上がるリンク。
視線を巡らすと、今度はピットとリュカが標的にされていた。

ピットは鏡の盾で、リュカは青く光る"シールド"で、嵐のような猛攻を耐えていた。
しかし防戦一方、反撃のタイミングが掴めないようである。

こちらに背を向ける格好になった剣士に、斬りかかろうと動きかけたリンク。

だが、その足を掴む者があった。
倒れているカービィである。

「待って!」

腹ばいのまま、丸い手で必死にリンクの足にすがりつき、彼は言った。

「……なっ、何言ってんだよ?!
まさか、戦うなって言いたいのか?!」

今度は何を言い出すのか。見開かれたリンクの目はそう言っていた。

「ぼくに考えがあるんだ。リンク、剣をかして!」

カービィは、真剣なまなざしでリンクを見つめた。

「2人ともはなれてっ!」

その声にリュカとピットが見ると、向こうからカービィが走ってくるところだった。
いつの間にか緑のくたっとした帽子を被り、自分の身長とさほど変わらない剣を高くかかげている。
"ソード"のコピー能力だ。

その後ろでは、リンクが驚きで目を丸くしていた。
実際にカービィがコピーするところを目にしたのは、初めてだったのだ。
地面にはマスターソードが落ちている。おそらくカービィは、この剣をコピーしたのだろう。

2人が左右に分かれると同時に、カービィは剣を勢いよく振り下ろした。
しかし、背後からの急襲にもかかわらず、仮面の剣士はそれを軽々とかわす。
狙いがそれた剣は、甲高い音を立て、アスファルトを小さく砕いた。

着地し、向き直った剣士は、鋭く光る目でカービィを見据える。
攻撃対象を定めたのか、後ずさるリュカとピットには気づいていない様子だ。

カービィは銀の剣を青眼に構え、表情を引き締めて待つ。
相対する剣士の目。冷たく光る仮面は、一切の表情を隠している。

少しの間、彼らはそうして対峙していた。

動いたのは、仮面の剣士だった。

地を蹴り、風に翼を乗せて一気に距離をつめ――薙ぐ。

カービィは近接して放たれた一撃を剣で受け止め、勢いを利用して後退。
息もつかせず、生じた一瞬の空隙を使って踏み込み、反撃に移る。
しかし、その剣は相手のマントにかすりもせず、呆気なく空を切った。

相手はわずかな間隙もおかなかった。
マントを翻して、大上段から黄金の剣が振り下ろされる。
残像が見えるほどの勢い。カービィはそれを、横に飛び退き紙一重でかわす。

あまりの速さに加勢することも出来ず、ただ2人の戦いを見守るしかないリンク達。
場外に置かれた彼らは、剣に詳しくないリュカでさえも、気づいていた。

見るからに、熟練度は相手の方が上だ。

体の一部のように黄金の剣を扱う剣士に比べると、カービィの構え方はどこか頼りないように思える。
速さが足りないのか、挙動に無駄が多いのか、彼の剣はことごとく二三手先を読まれている。

そんなカービィに望みを掛けるとすれば、"彼もまた相手の動きを読めていること"。その一点でしかないようだった。

「ふむ……」

足元で展開される戦いをつぶさに見つめ、緑衣は満足げに呟いた。

彼が佇むそこは、漆黒の仮想空間。
支えもなく眼下に浮かぶ灰色の盤と同様、浮遊する彼の姿もまた幻である。

ボードの上では、"駒"とファイターが戦っていた。

駒は期待通り、いや、それ以上の性能を見せていた。
人形を何百体と生産してようやく1人倒せる相手を、単騎で追い詰めている。
このまま行けば、駒がファイターを倒すのも時間の問題だろう。

盤の上、黄色の輝きで表されている方がファイターである。
球体のシルエットを持ったその幻は、エインシャントの白い駒を前に身動きが取れなくなっているようだった。

進退窮まり、たった1人・・・・・で無駄な抵抗を続ける弱々しい光。
その光が消える時を執念深く待っていた緑衣だったが、不意に顔を上げる。

暗闇の中、彼の名を呼ぶ声が響いたのだ。

「……」

何も言わず、エインシャントはきびすを返す。

翻った衣、それになぎ払われるようにして仮想空間は消え、無彩色の部屋が現れた。
それと同時に、彼の意識も実世界に戻る。
向き直った緑衣に、デュオンの映像は深く会釈した。

『お取り込み中のところ失礼致しました、我らが主』『是非とも報告しておきたいことがあり……』

目を伏せたまま告げるデュオンを、エインシャントは短い言葉で遮った。

「前置きは良い。用は何だ」

『はっ』

1つ頷き、デュオンは面を上げ、主をまっすぐに見据えてこう続けた。

『残党狩りに遠征させていた師団が戻り、いくつかの報告が集まりました』
『期待していたファイターとの遭遇はなかった上、彼らは危惧すべき事案を目にしたのです』
『第5工場だけでなく、各地で兵を生産する工場が破壊されているとのこと』
『手口はどれも、工場の内部に潜入し安全装置を起動させ、自爆させるというもので』『これは明らかに手慣れた者の所業……』

張り詰めた声で報告するデュオンに対し、エインシャントの表情は変わらない。
たしなめるように首を振り、緑衣は帽子の陰からこう言った。

「分かっている、そんなことは。
工場に生産命令を出しているのは私だ。いくつかの工場が機能を停止したことは、すでに知っている」

『では、なぜ……』

「お前達が警備する、第1工場さえ残ればよい。
何と言ったか……そう、エンジェランドからの粒子供給があれば、いくらでも新しい工場は作れる。
もっとも、もう兵士の再生産が逼迫することもなかろう。
いくら現存するファイターが集まったところで、こちらの総力を上回ることはないのだからな」

『……しかし、我らが主』『"全くない"と言い切ってよいのですか?』

食い下がるようにして、デュオンは確かめた。

「お前達の言いたいことは分かる」

譲歩していたのは、口に出した言葉のみ。
エインシャントの声はあくまでも揺るぎなく、どこまでも冷徹だった。

「『スマブラ』に外部から干渉し、手に入れたデータ。全ファイターの能力値。
残党どもがそれを超える可能性がある、と言いたいのだろう?
今までも、まれにあったように」

『我らが主……』
『まれに、と片付けられる確率ではないことを』『そして、決して無視できる誤差ではないことを』
『あなた様はご存じのはず……!』

あえて叱咤される危険を冒して、デュオンは主に問いただした。
彼ら自身の目で見たからこそ、彼らはファイターが時に見せる力の、
計り知れない深さを、得体の知れない強さを危ぶんでいたのだ。

しかし、エインシャントは言った。

「問題はない。すでに対策は打った」

その言葉に、デュオンは顔を上げ、少なからず訝しげな目を向ける。

「既存の兵士で敵わぬというのなら、新しい兵士を使えば良い。
奴らと同じか……いや、それ以上の力を持つ私の"駒"を。
無駄な感情など無くした、改良された戦士。
駒もファイターならば、お前達の言うファイター特有の、戦況を左右する不確定要素も備えているはずだ」

そう言って、エインシャントは反論される前に次の句を継ぐ。

「今まさに、我が駒が戦闘を開始した。
結末を見るまでもない。駒は全ての点で現存の兵を凌駕している」

彼の眼差しは、あくまでも氷のように冷たい。
その冷酷な視線をデュオンから外さず、エインシャントは静かな口調でこう付け加えた。

「そう……おそらくは、お前たちよりも」

最後の言葉に、デュオンは動かず、しかし目だけをエインシャントの双眸に向けた。
反論はしない。彼らが指揮する大軍勢を持ってしても、未だ捕らえられずにいるファイターがいるのは紛れもない事実だった。
しかし、時間さえ与えられれば残らず捕まえてみせる。彼らはそう心に誓っていたのだ。

少なからず憮然の色を含んだ腹心の視線を、エインシャントは平然と受け止める。

「今に分かる。我が駒は必ずやファイターを倒し、私の下に届けるだろう」

――おねがい……目をさましてよ!

とんがり帽子の房を風になびかせて、カービィは駆ける。
相手の目の前に回り込み、注意を引き続ける。

彼の作戦。それは、リンク達が思うほど高度ではなかった。

ただ、全力で戦う。
それだけなのだ。

カービィの住むポップスターは、何度か"ダークマター"と呼ばれる一族に襲撃されたことがある。
黒く丸い身体に、ぎょろりと開いた一つ目。

彼ら異形の一族は、他の生物に憑依する能力を持っている。
その力でポップスターの住民を操って、彼らはカービィの前に立ち塞がった。
対してカービィは、少々荒っぽい方法だが、正面切って戦うことでダークマターを追い出し、住民達の目を覚まさせたのだ。

そして今、目の前で起こっている状況。これがダークマターの仕業だという確証は無い。
しかし、自分が知っていて、試せる方法は1つしかなかった。

さらに言えば、カービィが"ソード"のコピー能力を選んだのも必然であった。

カービィの使えるコピー能力は何十とあるが、コピーする対象がなければどうしようもない。
元々少ない選択肢の中から選んだのは、"ソード"。
理由は簡単だ。彼――メタナイトと決闘するとき、いつもそこには剣が用意されていた。
つまり、使い慣れているから。ただそれだけだったのだ。

あまりにも即席で、あまりにも単純な作戦。
もはやそれは、作戦とさえ呼べないかもしれない。
そんな危険な賭に出た彼の目はしかし、ひたすら前を見つめていた。

――このたたかいかた……やっぱりほんものだ。
でもこの目、ぼくを見てるのに見てない?
まるで、あの人形みたいだ……

友達が別の友達を傷つける。それは彼にとって、絶対に見過ごせないことだった。
説得できないのなら、自分が力ずくで止めるしかない。

失敗した場合の進退など、考えてはいない。
次善の策もない。
ただ頭の中にあるのは、目の前の現実をどうにかすること。それしかなかった。

それでも、カービィはどうにもできないこの状況に、心の中で叫んでいた。

――ねぇ! 何かあったの?
エインシャントっていうひとに何かされたの……?!

戦うことにまだ迷いがあるカービィ。
彼の剣は無意識に急所を外し、ともすればやすやすとかわされてしまう。

そんな彼の隙を突き、仮面の剣士がカービィの腕を掴む。
地面を強く蹴り、カービィを掴んだまま垂直に飛び上がり――そして、突き落とす。
ピンク色の影が、固いアスファルトに勢いよく叩きつけられた。

ゴム鞠のようにカービィの体が弾み、転がる。
しかし、彼は決して剣を手放さなかった。

それでも無理に立ち上がろうとして、ついた手が滑る。
黒いアスファルトの上、彼はうつぶせに倒れ伏してしまった。
急いで、リンク達が助太刀しようとする。

「……来ちゃだめ!」

必死に起き上がり、カービィが叫んだ。

「だって……でも!
……このままじゃやられちゃうよ!」

リュカがもどかしげに言う。
3人がそれぞれの武器を手に立ち尽くす前で、再び剣と剣がぶつかり合う音が響き始める。

その合間を縫って、カービィが言う。

「だめっ!
……きっと、目をさまさせるには、
ぼくじゃなきゃ……
……ぼくじゃなきゃ、だめなんだ!」

 "ガキン!"

火花が散り、2人が一旦離れる。

一瞬の間をおいてなおも向かってくる剣士。
神速で迫る、純粋な殺気。

対し、カービィは一歩も引かなかった。

剣を構え、
その名を大声で呼ぶ。

「……メタナイト!」

  ……

  ……ここは……どこだ……

  ……何も見えない……

  ただ…………暗闇ばかり……が…………

Next Track ... #11『Behind the Mask』

最終更新:2014-04-24

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