気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track11『Behind the Mask』

~前回までのあらすじ~

人形兵を率い、スマッシュブラザーズを捕らえていくエインシャント
残りわずかとなった生き残り、リンク(トゥーンリンク)とリュカは、スマッシュブラザーズに起きた異変の手がかりを探し、旅を続ける。
廃墟となった都市で再会したカービィ、彼が連れてきたピットを仲間に加えた2人の前に、
以前2人を窮地に陥れた剣士、メタナイトが現れる。
同じファイターであるはずだが、やはり説得が通じる様子はなく、彼は4人に剣を向ける。
彼の友達であるカービィは、リンク達に隠れるように言い、"友人"との一騎打ちに出るのであった。


  Open Door! Track11  『Behind the Mask』


Tuning

きみ は だれ?

廃墟の瓦礫が散乱する、細長い路地。
リンク、リュカ、ピットの3人はそこに身を隠していた。

目の前には、遠い昔に打ち棄てられた道路が横たわっている。
通る者もなく、砂埃を被ってがらんと広いばかりの道路。
かつて何百台もの車輌が通った道は、今や剣の音だけが響きわたる決闘の場となっていた。

彼らが物陰から顔を出し、息を詰めて見守る先。
そこでは、2人の一頭身が静かな戦いを続けている。

緑色のとんがり帽子を被った桃色の影は、カービィ。
勢いに押され、後ずさりし、ともすれば転びそうになっている。

一方の青い剣士メタナイトは、仮面のために表情は伺えないものの、少なくともその動きに疲労は見られない。
追い詰め、攻め立て、非情なまでの正確さで黄金の剣を振るい続けていた。

「……見てらんねーよ!
あいつはカービィに気を取られてる。おれ達3人で一気にかかれば……!」

リンクは往来で戦うカービィを見つめ、拳を握りしめる。

「だめだよ。
……カービィには何か作戦があるんだ。信じようよ、リンク」

そう言いつつも、リュカも不安げにカービィの姿を目で追っていた。
ピットは事情を察し、音を立てずに2人の後ろ、通路の奥でじっとしている。
しかし膝立ちになった彼の手もまた、双剣弓の柄をきつく握りしめていた。

「ぼくじゃなきゃだめなんだ!」
カービィはそう言って、戦いに戻っていった。
何度転んでも起き上がり、弱音一つ吐かず戦い続ける彼の様子。
そこにはもはや、リンク達が入ることのできる余地は無かった。

だから彼らは、仲間を信じた。目をそらさずに見つめ続けた。
それがリンク達に残された、ただ1つの道だった。

真剣な3人分のまなざし。
無言の、そして最大の援護を一身に受け、カービィは戦う。

"音速を超える"とさえ言われた黄金の剣筋。
大まかな流れごとに読み、跳び退すさることで避ける。
しかし、いつまでもそうしていては、こちらの間合いに相手の身体が入らない。

力任せは通用しない。
がむしゃらに振り回す剣ほど、軌道の読みやすいものはないのだ。
正面突破が通用するほど、この勝負は甘くない。
だから、少しでも背後を取り、隙を突く。

もちろん一筋縄ではいかない。
防御においても、相手の速さは尋常ではない。
注意を引きつけ、剣撃の後のわずかな間に後ろに回り込もうとしても、気がつけばあべこべに背後に回られている時さえある。

"ソード"の感覚を取り戻し、相手の攻撃をまずまず読めるようにはなってきたのが、せめてもの救いだろう。
後はここから、どれだけ相手に、相手の速さについて行けるのか。

灰色のアスファルトの上、青とピンクの剣士が渡り合う。
幾度も黄金の刃と白銀の刃がぶつかり、火花が散った。

  …………

  ……

  ……何も見えず、
  何も、聞こえない。

  温度も、
  触れる空気の乾湿も、
  全てが欠けている。

  体に力が入らない。

  ……いや、体そのものが存在しないかのようだ。

  感覚が無いことに驚きはしたものの、恐れはなかった。
  それよりも、自分の意識があまりにも頼りないことへの、漠然とした焦りがあった。

  周囲の虚無と、そこに浮かぶ"自分"を意識する自我。
  今はそれが、彼の知る全て。

  だから、
  意識を失うことは、すなわち自我の消失を意味する。

  しかし、彼の焦りに反して思考は中々言うことを聞かず、
  ともすれば途切れ、まわりの闇の中に沈んでいきそうになる。

  四方で、闇が静かに身を伏せ、息づいているのを感じた。
  まるで、彼の力尽きるのを待っているかのように。

  無。
  無だ。
  ……無駄、無駄だ。

  周りの闇がそうささやきかける。

  その声に、彼は力を振り絞って否と答える。
  私はここにいる。まだ、消えてはいない。

  彼の自我は、生き残ることを望んだ。
  枷をはめられたように、彼の思考はひどく狭められていたが、
  それでも何とか、彼はその意志を行動に移す。

  彼に可能な、唯一の行動。
  それは、考えること。
  考え続けることで"自分"を何とか維持し、彼は広大な闇の中を漂い始めた。

  自分は誰なのか

       何があったのか

   なぜここにいるのか

  彼の記憶には多くの穴があった。
  考えることといっても、答えのない疑問ばかり。
  しかし、問い続けることが辛うじて彼の意識を保たせていた。

  この状態を脱するには、まだ何かが足りない。何かが必要だ。
  夢の中のようなもどかしさで、彼はぼんやりとそう思った。

  そのとき、遠くに光が現れた。

  星のような、かすかで頼りない光。

  しかし、それでも希望の光には違いない。
  彼は意識を集中させ、そこへ向かおうとする。
  ……すると、光の方から彼のもとへと近づいてきた。

  何かが、聞こえてくる。
  それはぼんやりとした像を結び、音となって、そして声となって――

 ―――

  「 ― 様!
   あいつら、こんなものを落としていきました!」

   その声はそう言った。
   淡いこだまが幾度か返り、ここがある程度の広さを持った空間であることが感じられる。
   だが、今の自分にはただぼんやりとした明度を持った濃淡しか見えない。

   今や主無き城。ここはその大広間。
   どこからとも知れない、声なき声が伝わってきた。
   それが聞こえるのは自分だけらしい。

   "オレンジオーシャン"
   声なき声は、さらに地名らしき名詞を口にした。
   その意味を、理由を突き止めようとした矢先、

  「これは、スターロッドの欠片……?
   ……なるほど、大王は盗んだスターロッドを分割し、部下に分けて持たせているのだな」

   また、別の声が響く。
   言い表しようのない、奇妙な感覚。
   それと同時に、ここにいた"大王の部下"らしき2人の小さな姿が、つかの間意識を横切る。

   月の光差しこむ広間の中、もう1つの足音が近づいてきた。

  「報告します!
    ― がスターロッドを取り戻すため旅に出ました。
   最初の目的地はベジタブルバレーのようです」

   落ち着いた声が言う。

   どの声にも、聞き覚えがある。
   だが、一体誰の声なのか。それについての記憶はそっくり抜け落ちていた。

   そもそも、分からないのだ。
   ひとの姿も、会話に出る名も、ひどくぼやけ、歪み、分からなくなっている。

   ……まるで誰かが、わざとそうしているかのように?

   思考に沈む傍観者をよそに、会話は続く。

  「いかがいたしましょう?」

  「ふむ……。
   やつの決意のほどを試してやろう。
    ― と ― はここに残り、スターロッドの欠片を保管しろ。
   残りは私と共に、ベジタブルバレーに向かう」

  「はっ!」

 ―――

  それを最後に城の光景は急速に遠ざかり、彼の自我は再び闇の中に沈んでいった。

「あ……」

リュカが小さく呟く。
今、何かが閃いた。そう"見えた"のだ。

非人間的なまでの冷酷さを恐れて、リュカは無理に剣士の心から目を背けようとしていた。
しかし目の前の戦いに集中し、気が高ぶっている今、それはどうしても"見えて"しまう。
そんな中、確かに見たのだ。暗く閉ざされた彼の心に、一瞬の光を。

それが意味するところを突き止めようと、リュカは急いで頭を働かせる。

しかし次の瞬間には、目の前で起きたことに気を取られ、考え事は頭の中から消し飛んでしまった。

 "キィン!"

勢いよく弾かれた剣に引っ張られるようにして、カービィがたたらを踏む。

無防備にのけ反った体。
迫る、鮮烈な一閃。

リンクも、ピットも、思わず腰を浮かした。
リンクなどは剣を手に、カービィのもとへと走りかけた。

しかし。

カービィは、いつの間にかメタナイトの背後に回っていた。

信じがたいことだが、剣が横に薙いでいった面、そのわずかな隙間をくぐり抜けていったのだ。

"回避"。
コツさえ掴めば、現実的にはおよそ避けようのない攻撃をも避けることが出来るという。
カービィから聞いていたものの、リンクとリュカは唖然として立ち尽くしていた。

カービィはその顔が出来る限りの真剣な顔をして、なおも戦い続ける。
彼の目には、もはや目の前の相手しか映っていない。

相手が繰り出す一瞬一瞬の技、手足の挙動、視線。
全てに気を配り、神速で繰り出される次の行動を、読もうとする。

最初彼の顔にあった迷いは、いつの間にか消えていた。

読みつ、読まれつ。
互いを良く知るもの同士の剣戟は、その身体の軽さも相まって、次第に舞踏のような様相を示していった。

剣を振るった慣性で宙を高く舞い、鋭くとんぼを切り、かと思えば空中に留まって瞬く間に何度もの剣を重ね合わせる。
併走し、壁を足場に駆け、同時に足を止め、そして一足飛びに跳躍する。
戦場としては狭い街路を舞台に、たった3人の観客を前にして。

重力をまるで無視して、彼らの動きは次第に同期していく。
剣がどちらかの身体に当たる回数よりも、剣がぶつかり合い、鋭い音を響かせる回数の方が多くなってきた。
互いに一手一手を読み、正確無比に拮抗し、相手の剣を真っ向から受け止めているのだ。

だが、カービィの顔にはいつの間にか隠しようのない疲労の色が浮かんでいた。

蓄積されるダメージに限界はあるのか。限界が来るとどうなるのか。
それはまだ、聞いていなかった。
だが、それでもリンク達は息を詰めて、カービィの勝利を祈った。信じた。

リュカは今や、真正面から剣士の心を見つめていた。

彼の心に現れた一瞬の光。
確実に何かが変わりつつある。そうリュカは確信していた。

再び剣が打ち合わされる。
その音が、廃墟となった大都市に幾度もこだまし、広がっていく。

  彼は再び、意識を取り戻した。

  残響が彼に何かを伝えようとしていた。
  しかしそれは、気がついたときにはあまりにも遠ざかってしまっていた。

  警告? 危険を知らせているのか。

  自分がその感覚に慣れていることに、彼は気づいた。

  心がざわつく。

  前に目をさましたときよりも、確実に"自分"を取り戻しつつある。

  呼応するかのように、暗闇の中にも、光点がいくつも現れ始めた。
  まるで、彼を閉じこめる殻に、外から穴が穿うがたれていくかのように。

  それら光からは、危険を感じない。
  彼は宙を飛び、手近な1つに近づいていった。

 ―――

   私はいつものように去っていこうとした。

  「待って!」

    ― が、私の背中に声を掛ける。
   振り返らずとも、彼が"むてきキャンディ"を持ち、困惑した表情をしているのが分かる。

   『一体何のつもりだ』
   そう聞かれるのだろうと思っていた。

   しかし。

  「きみの名前、なんていうの?」

   私が答えずにいると、彼は続けた。

  「お礼が言いたいんだ」

   ……馬鹿な。
   私はお前に何度も、部下を差し向けた。
   こうしてキャンディを渡すのも、実力を確かめるため。それだけだ。

   お前は今まで何を見てきたのだ?
   私は、お前の味方ではない。

   振り返らず、無言のまま私は森の中へと去っていく。

   あんな軟弱者に、この世界を守ることなどできはしない……。

 ―――

  来たときと同じくらい唐突に、うっそうとした森の風景が去った。
  しかし、最後の木立が闇の中に溶けていっても、暗闇の中には"私"の苛立ちが静かに尾を引いていた。

  今の"記憶"には、心情が含まれていた。

  あれは、自分の記憶だ。

  彼はそう直感する。明確な根拠などなかったが、彼は確信さえしていた。
  説明することは難しい。

  既視感、ある種の懐かしさ。
  言葉ならいくらでも出てくるが、しかしそれらは彼の意志を裏付けるに足るほどの強さを持っていなかった。
  そして今の彼は、そんなことに気を取られている余裕など無かった。

  急がねば。

  呟き、彼は考えるよりも先に、次の記憶に向かって跳躍する。

  急がなければ、この手に掴もうとしている何かが飛び去ってしまう。
  そんな、気がしていたのだ。

  彼は直感的に、自分が目を覚ました原因が外にあることに気づいていた。
  つまり、今を逃せば次はない。

 ―――

  「報告します!
    ― が、ヨーグルトヤードのヘビーモールを倒しました!」

   部下達がざわめく。
   ここ、オレンジオーシャンはヨーグルトヤードに近い。
   彼がスターロッドの欠片を求めて次に来るのは、間違いなくこの城だ。

   不安そうなざわめきが自然と消え、部下の視線が私に集まる。

   彼らが集団でかかってやっと2人倒した大王の手下を、たった1人で5人も倒してきた"彼"が恐ろしくもあるが、
   私の命とあらば、戦うこともいとわない。
   そんな悲愴な覚悟をうかべて。

  「……私が戦う。
   彼と、スターロッドをかけて」

   私は部下達を見回し、宣言した。
   彼らは勇み立ち、武器を手に代役をと進み出ようとする。
   しかし、私はそれを眼差しで制した。

   スターロッドに、夢を見せる力以外の何の力も無いことが分かり、私達にとってロッドの利用価値は無くなった。
   今の私達に、これ以上大王と関わり合いになる気はないが、
   しかし、苦労して手に入れたロッドの欠片を置いて城を逃れるつもりも無かった。

   ……私は、 ― と一戦交えたかったのだ。

   どこまで本気で、この世界を守ろうとしているのか。それを確かめるために。

 ―――

  出口はもうそこまで来ている。
  彼はそう感じた。

  失われたものを取り返すには、扉を見つけなければ。
  扉を開かなければならない。
  だが、そのための鍵は未だ不完全である。

  あと少し。
  必要な手がかりは何だ。

  今や光点は、彼の周囲で全天の星空を作り上げていた。
  それぞれのリズムで静かに瞬き、彼に再生されるのを待っている。

  彼は、頭上で輝く大きな光点に見当を付けると、勢いよく踏み切った。

 ―――

   広間を見おろすバルコニーに立ち、瞑目する。

   やがて、柔らかな足音が近づいてきた。
   いつもは脳天気な彼も流石にこの雰囲気にはただならぬものを感じたらしく、広間の中央辺りで戸惑ったように立ち止まる。

  「……きみともたたかわなくちゃいけないの?」

   予想通りと言えば予想通りの言葉。
   相変わらず考えの甘い奴だ。

   私はわざわざ、左手に持ったスターロッドの欠片を掲げて見せる。

  「それは……!」

  「これを探しているのだろう?」

   欠片をしまい、右手の剣を持ち直すと、バルコニーから彼を見おろした。

  「……剣をとれ」

   取り返したくば、私を倒してみせろ。

   □□□□は逡巡の後、広間の中央に突き立てられた剣を手に取った。
   あまりにも素人らしい構えだ。
   こんな者に大王の手下や自分の部下が倒されたのか、思わず疑いたくなる。

   しかし、事実彼はここまでたどり着いたのだ。
   彼にはそれだけの実力がある。
   あとは、その意志がどれほどのものか――

   私は欄干を蹴り、下の広間に飛び降りる。

   靴が床を打つ乾いた音が、天井に反響した。
   壁のほとんどを占める広い窓から、三日月が鋭い光を投げかけている。

   月の光の中に立つ□□□□は剣を構え、動かない。
   私が動くのを待っているのだろう。
   自分から斬りかかるのを良しとしないのか、それとも私の技を読もうというのか。

   どちらでもよい。今は戦うのみ。
   そちらが動かないのであれば、こちらから――

  「行くぞ!」

   一気に距離をつめ、月光に身をさらし、剣を素早くなぎ払う。

   彼は逃げなかった。
   縦に構えた剣で、斬撃を受け止めたのだ。
   ただ、自分から攻撃を仕掛ける様子はない。一体……

  「ぼくはただ、スターロッドを取り戻したいだけなんだ!」

   戦闘のさなかだというのに、彼は喋りだした。

  「きみに何のうらみもないのに……何で戦わなくちゃいけないの?」

   何を言い出すかと思えば。
   私を説得しようというのか?
   大王の手下に対しても、こんな調子だったのか?

   言葉に出すまでもない。
   行動で答えを示す。

   踏み込み、相手の剣を強く打ち払う。
   がら空きになった、守りの甘い箇所に容赦なく斬りかかる。

   ようやく私が本気であることを知ったのか、彼は口をつぐむ。
   私の剣を急いで避けると、向こうから攻撃を仕掛けてきた。

   剣がぶつかり合い、小気味良い音を立てる。

   私は、やがて予想通りの腕前を見せ始めた彼に満足しつつ、
   反面、ここまでしなければ本気を見せない彼が理解できず、それが心に引っかかっていた。

   そこまでの力を持ちながら、なぜその力を存分に行使しようとしないのか――

カービィは剣を手にしたまま、回避を重ねる。
横に、後ろに。引きつけ……そして、一瞬のうちに間合いを詰めて斬る。

相手も横薙ぎを仕掛けていた。
剣の刃と刃が真っ向からぶつかり合い、火花が爆ぜる。

追撃は掛けず、カービィは後方にとんぼ返りをし、勢いを受け流す。
地面に足がつくやいなや、彼は踏み切って相手の頭上を跳び越え――

  「――!」

   油断していた訳では無かった。
   意識のほとんどを剣戟に集中させ、相手の一挙一動を見ていた。

   しかし、頭上を跳び越し、背後に回ったはずの彼の姿が……どこにも無い。
   振り返り、なぎ払った剣は空しく宙を掻いた。

   背後で着地音。

   それでようやく、彼が空中で浮き、着地の時機をずらしたのだと気づく。

   だが、誰が予想するだろうか。
   自分の背丈ほどもある剣の重さを支えたまま、宙に浮くなどという芸当を。

カービィは再び攻勢に出ていた。
3人の祈りが通じたのだろうか、今や戦いは互角……いや、カービィの優勢になりつつある。

リンクもリュカも、ピットさえも腰を浮かし、目を見開いて彼の戦いぶりに見入っていた。
正直に言えば、彼らは目を疑っていた。
信じられなかったのだ。初めあれだけ覚束ない戦い方をしていた彼と、今目の前にいる彼が同一人物だとは。

だが実力とは、1本の直線で計れるものではない。
速さ強さで全てが決まるのなら、実際に剣を重ね合わせる必要はないのだ。
現実には、ただの数字では計り知れない"何か"が確かに存在し、時に物事の流れを大きく変えてしまう。

カービィの場合、それは"何"なのか。
理由が何であれ、確かなことが一つ。
彼の戦いぶりからは、いつしか迷いが、危うさが消えていた。

相手に対し適切な間合いを保ちながら、ほぼ間というものの存在しない黄金の剣撃をかわす。
かと思えば、ここぞと言うときには大胆に踏み込んで、相手の隙を突く。

そこには平時の、大食いで気ままな彼の様子は欠片も感じられなかった。
彼の目にあるのは、ただひたすらに真っ直ぐな、不屈の輝きだった。

  相手は予想以上に強い。

  しかし、焦りは無かった。

  むしろ、私は戦いが生み出す緊迫感を歓迎し、
  剣が一閃するたびに精神が研ぎ澄まされていくのを感じ、静かに心を躍らせていた。

  これほど充実した勝負が、今まであっただろうか。

  勝ち負けなど、もうどうでも良くなっていた。

  ただ、一分でも長く、戦い続けたい。

これ以上戦えない……。

カービィは、頭の片隅でそう悲鳴が上がるのを聞いた。

戦いの流れはこちらに向きつつある。
しかし、身体的にも、精神的にも限界が近づいていた。

剣の重みに腕が疲れ切っていた。

アスファルトの固さに足が痛くなっていた。

友達を斬りつける悲しさに、心がつぶれそうになっていた。

しかし、これ以外に方法が思いつかないのだ。

――頭が良いきみなら、もっと良い方法を思いつくんだろうな……。

一抹の寂しさと共に、そう思った。

そして、迷いを断ち切るように、不毛な戦いを終わらせるように、
銀色の剣を頭上に構えて――思い切り振り下ろす。

――おねがいっ……目をさまして……!

  目の前の、ピンク色のぼんやりした影が、大上段からその剣を振り下ろしてきた。

  もちろん、それはただの記憶。ただの幻が彼を傷つけるはずも無い。
  傷つくとすれば彼ではなく、記憶の世界の主役たる"私"だろう。
  しかし、記憶の中の"私"に心を深く同調させていた彼には、もはや我彼の区別がつかなくなっていた。

  全てがぼうっと霧がかかったように霞む光景の中、剣の鋭い光だけが妙に現実味を持って迫る。

  彼は"私"と同じように自分の剣をもってそれを防ごうとし、存在しない腕を持ち上げようと――

キ イ イ イ イ イ イ イ ン …… ………… ……

  気がつくと、暗闇に大きく亀裂が入っていた。
  彼を閉じ込めている、無辺の暗闇に。

  それは、開き始めた扉を思わせる、縦に裂けた割れ目。

  あらゆる光と音が金色の奔流となって、あふれ出る。
  それは天から降り注ぎ、彼の傍らを通り過ぎていく。

  すべて、彼の過去だった。

  彼は急速に、自分を取り戻していく。
  呆気にとられ、そして思わず苦笑する。

  自分は、誰なのか。
  なぜ、これほど簡単な事を思い出せなかったのだろう。

  全ての色を持つ光が彼の周りで渦を巻き、様々な音が頭上から雨のように降り注ぐ。

  騒乱の中、彼の心は不思議と平静を保っていた。

  そうだ。私は――

2人は静止していた。

剣を交差させ、時間が止まったかのように立ち尽くす。

やがて、カービィが剣から手を放した。

持ち主を失った銀の剣は、横に構えられた金の剣の上を滑り、
騒々しい音を立ててアスファルトの上に落ちる。

相手も――メタナイトも、構えていた剣を下ろした。

ぎこちなく辺りを見回し、そして、呟く。

「……ここは、どこだ……?」

その言葉を聞き、カービィは顔を喜びと安堵で輝かせ、友達に飛びついた。

「おい、一体何が起こったんだ……?」

リンクはぽかんと口を開け、誰に聞くともなく問う。

さっきまで命懸けの戦いをしていたはずの2人が、
今や剣を置き、1人は相手にひしとしがみつき、もう1人は戸惑った様子でそれを見ているのだ。

「目が覚めたんだよ。
……あのひとを閉じこめていた壁が、壊れたんだ」

リュカが、確信に満ちて言った。

「壁……?
おい、何のことを言ってるんだよ」

リンクが問いかけても、リュカはただ嬉しそうな顔をして頷くだけで、答えることはなかった。

リュカは見たのだ。
カービィの最後の一撃によって、あの剣士の心を覆っていた、暗くぶ厚い氷のような障壁が砕け散り、彼の本当の心が現れるのを。
その光景がいかに劇的で、驚くべきものだったのか。それを"見えない"人に説明することは難しい。

あの黒く冷たい殺意は、嘘のようにリュカの感覚から消えていた。

「もう大丈夫だ。……行こう!」

リュカの言葉を合図に、2人の少年と1人の天使は、
一頭身の戦士達のもとへ駆けだしていった。

勝負がついた。
剣が私の手を離れ、宙を舞う。

それは、茫然と立ち尽くす私の背後に落ちた。
音から察すると、切っ先を下に、床に突きささったらしい。

終わった……?
……私が、負けたというのか。

だが不思議なことに、私の心を占めていたものは悔しさではなく驚きだった。
予想以上だったのだ。何もかもが。

目の前にいるこの若者は、この星を救うことだけでなく、もしや私の想像もつかないことを成し遂げるのではないか……?

彼は、無限大の可能性を持っている。
それをもってして、私の論理と経験で組み立てられた想定を、いとも簡単に飛び越えていったのだ。

ただ、これだけは言える。

……今日、この戦いで、私は得難い好敵手を得た。

視界が明るくなり、私は思考から引き戻される。

彼が放った最後の斬撃は、仮面にまで達していたのだ。
慌てて割れた仮面を押さえようとするが、間に合わない。

広くなった視野に、落ちた仮面の滑らかな曲面、そして目を丸くしている彼の姿が入ってくる。
足元、磨き上げられた広間の床に映る私の顔も、ひどく動揺した表情をしていた。

金色の瞳を持つ、
彼と、うり二つの顔。

硬直していたのも数秒のこと。
私は急いで顔を背け、マントに身を包み、広間をあとにした。

Next Track ... #12『Perspective』

最終更新:2014-05-10

目次に戻る

気まぐれ流れ星

Template by nikumaru| Icons by FOOL LOVERS| Favicon by midi♪MIDI♪coffee| HTML created by ez-HTML

TOP inserted by FC2 system