気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track12『Perspective』

~前回までのあらすじ~

※なければnovelInfoごと削除。
灰色の世界で出会った少年ファイター、リンク(トゥーンリンク)とリュカ
彼らは、襲い来る謎の人形兵と戦い、旅を続けるうちに『スマッシュブラザーズ』が何かしらの危機に瀕していることに気がつき、
廃墟となった都市で再会したカービィ、そして彼が連れてきた天使ピットを仲間に加えて、真相を突き止めようとする。

リンク達がメタナイトと遭遇したと聞いてから、彼を探しに行くと言ってきかないカービィ。
しかし、リンク達としてはファイターとしての知識と戦力を頼り、カービィについてきて欲しい。
すれ違いかけた彼らの前に、幸か不幸か、問題の剣士が現れる。

説得が通じないメタナイトを見たカービィは、自ら一対一の勝負に打って出る。
張り詰めた決闘の末、ついにカービィは友達の心を呼び覚ますのだった。


  Open Door! Track 12  『Perspective』


Tuning

視点

路上に横たわるのは、白と黒に鋭く、複雑に切り取られた影。
斜めから差しこむ日差しが、乾ききった廃墟に容赦なく照りつける。

時刻はまもなく昼。
空を見ても"天球"は相変わらず灰色の地平線に低く懸かったままだが、
その照度は時間とともに少しずつ増している。

その光を横腹から受け続ける、角張った石塔群。
それらは絶えず天辺から光の粒を放出し、ゆっくりと溶けていた。
いつかは根元まで溶けきり、この廃墟は跡形もなく消えるのだろうか。

幾千の月日に、最後の生気まで失ってしまった街。
その片隅で、5人の人影が日陰に車座になっていた。

光の当たらないアスファルトは冷たく、長く座っていると体の芯まで冷えてしまいそうだったが、
白い地面、光が照りつけるアスファルトには陽炎までたっており、ここで我慢するしかないだろう。

昼飯時の一騒動も収まり、呑気に昼寝している騒ぎの張本人カービィを除く4人は、
とりあえず今までに何が起こったか、何が分かったかを整理していた。
言葉は通じないにせよ、ピットもその話を真剣に聞いている様子だった。

状況の整理と言っても、リンクとリュカの間ではすでに、ここまで来る道のりの中、ずっと話し合い考えていたことである。
ここではそれを復習しつつ、新たに加わった仲間に説明するという意味合いが大きかった。

カービィが、自分の友達だと紹介した仮面の剣士。
彼を前に、リンクはまず旅の始まりから順を辿って、自分の経験を語っていた。

「おれやリュカは、"マスターハンド"ってやつから招待状をもらって、白い扉をくぐった。
そしたら着いたのがこの灰色の世界。変な人形は襲ってくるし、ガレオムってやつはおれ達を"侵入者"呼ばわりするし……」

「……"人形"っていうのは、綿のような白い光で作られた敵のことです。
目がとても虚ろで、話も通じないし……作り物みたいなので、そう呼んでます」

リュカが補足すると、メタナイトは頷いた。

「私も見たことがある。
君達と同じように招待状を受け、輝く扉を通った先。
そこで彼らに出会った。
……だが、覚えているのはそこまでだ」

つと視線をそらす。
その瞳は、彼が言葉にしていない葛藤を湛え、静かに鋭く光っていた。

何とはなしに、リンクとリュカは目を見合わせる。
あれだけ天真爛漫なカービィの友達ならば、自分たちとそう年は変わらないだろうと思っていたのだ。
だが、こうして話している様子を見ると、彼は明らかに年長者の風格を漂わせていた。
それも、ピットのような数年単位の違いではなく。

年齢不詳の寡黙な剣士を前に、しばらくどちらから尋ねるかを無言で譲り合っていたリンクとリュカだったが、
ついにリンクの方が根負けする。

「そしたらさ、おれ達に……」

剣を向けたこと、と言いかけて、言葉を換える。

「……おれ達と戦ったことも、やっぱり覚えてないんだな?」

彼は、黙って頷いた。

カービィとの戦いの後、自分を取り戻した彼は、
リンク達と以前会ったことはおろか、カービィとここで、それまで戦っていたことさえ覚えていなかった。

やはり、リュカやカービィが推測した通り、彼は誰かに操られていたのだ。
彼自身に非はない。リンク達も、人形兵に捕まっていれば同じ事になったかもしれないのだ。

だがそれでも今のリンク達には、平原で対峙した冷徹な殺意の記憶が強く残っていた。

礼の一つもなくただ黙認するだけの彼を見つめ、リンクはやり場のないもどかしさを覚えていた。
隣に座るリュカも、何も言わずにわずかに視線を落とす。
2人とも、あの時の恐ろしさを忘れた訳ではなかったのだ。

しかし、今は過去ばかりを振り返ってもいられない。

リュカは、やがて顔を上げた。
リンクとメタナイトを交互に見て、こう言う。

「……僕らが本当に立ち向かうべきなのは、エインシャントです」

「エインシャント……?」

訝しげに尋ね返すメタナイト。
リンクも頷き、こう付け加えた。

「山でおれ達を捕まえようとした、ガレオムってやつが言ってたんだ。
『2人も捕まえたら"エインシャント"様も喜ぶだろう』ってなことをな。
たぶんそれが、あいつらの親玉の名前なんだ」

「今、スマッシュブラザーズに起きていること。
その、エインシャントという人ならきっと説明をつけられる……もしかしたら、それ以上の何かを知っているかも。
でも、今まであちこち歩いたけれど、僕らはエインシャントについて名前以上のことは何も分かってないんです」

「だから、おれ達は工場に入ろうとしてた。
あんたは覚えてないだろうけど、あの平原に建ってた真四角の建物に。
あの建物は空に流れる光の粒を吸い込んでた。
光の粒は人形の兵隊のモトみたいなもの。だから、きっとあの建物は親玉のエインシャントとも関わりがあるはず。
何か手がかりでも掴めればなって思ってたんだけど……」

ここでふいに、4人目の声が加わった。

「工場?
それならここに来るとき、それっぽいの見たよ!」

「あれっ、お前寝てたんじゃなかったのか?」

リンクが驚き、振り返る。
何しろカービィは丸いので、寝ていても立っていても違いが分からないのだ。

「うん、今おきた! おはよう!」

彼は笑顔で片手を上げ、挨拶する。
食べて、寝て、すっかりカービィはいつも通りの彼に戻っていた。
その屈託のない笑顔は、つい先ほどまで死力を尽くして闘っていたファイターと同一人物だとは思えないくらいだ。

「もうおはようって時間じゃねーって」

と、リンクは軽くつっこみ、こう尋ねる。

「で、どこで見たんだ? その工場」

「んーとね、ピットくんを乗せてここまで来るとちゅう。
ヘンテコな戦車がもううってこないかどうかふりかえったときに、見えたんだ。
すっごく大きくて広いたてもの。たぶん、光ってる川も上にながれてたと思う」

「本当か?」

リンクが身を乗り出した。

「うん! ピットくんも見たもんね!」

カービィは隣のピットに同意を求める。
座っても他の4人より頭1つ高いピットは、どう反応したものか、といった困り顔でカービィを見おろした。

「やっぱりおれ達の言葉が分かんないんだなぁ……」

こちらも困ったように首を傾げるリンク。

カービィに連れてこられた慣性のようにして、リンク達についてきている白衣の天使、ピット。
戦力として心強くはあるのだが、何が目的なのか、本当にこちらの目的を理解しているのか、さっぱり分からないのだ。
リュカの力を持ってしても、言葉が通じなくては上手いタイミングで心の反応を引き出すことができず、
彼の真意を知るには限界があった。

しばらく黙ってリンク達の話を聞いていたメタナイトが、
3人の間で答えが出ない様子を見て、こう言った。

「そもそも、私達の間で意思疎通ができていることの方が不思議ではないか?
……同じ世界でも、海ひとつ隔てれば別の言語を使っているのが当たり前だ。
まして私達は別々の世界から来ているというのに」

「あ! そういやそうだ」

目を丸くしているリンクの横から、カービィが身を乗り出す。

「それはね、ぼくらが"ファイター"だからなんだよ」

そして、とっておきの秘密を明かすような声で、こう続けた。

「実は、こうして話してるあいだにもぼくらはぜんぜんちがうことばを話してるんだ。
でもぼくらは、あいてが何を話してるのかがわかる。それはマスターさんのおかげなんだよ」

「マスターさんって……マスターハンドさんのこと?」

リュカが尋ねる。

「うん。長いからみんなそう呼んでるんだ。
でね、マスターさんがぼくらをファイターにするとき、ちゃんと話が通じるくふうをしてるんだって。
なんでもぼくらのゲンゴのニンシキやコージキノーをいじってるとか……」

訳知り顔で言うカービィだったが、
後半の仕組みの方は自分でもよく分かっていない様子である。

考え込んでいたリンクは、ある結論に至る。

「そうすると、おれ達はファイターだからお互い何を言ってるのか分かるけど、
ピットだけはファイターじゃないから、おれ達と言葉が通じないのか?」

「……そういうことになるね」

リュカが同意した。
そんな2人の真剣な視線を受け、ピットは不思議そうに首を傾げた。

風が時々うなりを上げて砂埃を運ぶ、殺風景な石塔の谷間。
枯れ果てたコンクリートの峡谷を、5人は進んでいた。
まだ崩壊が進んでおらず、高いところまで原形を保っている石塔を探して昇るつもりなのだ。

さしあたっての目的地は、カービィの見つけた巨大工場。
しかし肝心の彼は、それがどの方角にあったのかを忘れてしまっていた。

幸い、"物見櫓"はいくらでもある。後は安全に上り下りできそうなものを見つけるだけ。

いつも警戒心の"け"の字もなく気の赴くままに歩き回っているカービィが、その日はずっと最後列にいた。
久々の再会が嬉しいのだろう。彼は先ほどからメタナイトに話しかけていた。
肝心の相手は、後衛の気をそがれて少し迷惑そうな目をしていたが。

そんな彼らにちらと目をやり、リンクは隣のリュカを小声で呼んだ。
真剣な彼の様子に、リュカは少し訝しみながらもそばにより、次の言葉を待った。

「なぁ。あいつのことどう思う?」

「どう思うって、誰のこと?」

聞き返したが、それはほとんど確認のようなものだった。

「分かるだろ。他に誰がいるんだよ」

「うん……」

2人は振り返らず、しかし少しの間背後の気配に耳を澄ませる。
(やや一方的な)おしゃべりはまだ続いていた。そして、問題の剣士が返す言葉少なな返事も。
彼がこちらに気づいていないことを確認し、リンクは再び声をひそめて言った。

「……何て言うかさぁ。
そう、何考えてるか分かんないんだよ。
でもそれはあいつが仮面被ってるからとか、怪しいとかじゃなくて……」

彼にしては珍しく、リンクは途中で言葉を探して空を見上げる。
リュカにもその理由は分かった。
新たに加わった仲間を、信じていない訳ではないのだ。ただ、見定める時間が足りないだけ。
それは微細で、かつ大切な違いだった。

カービィやピットの時は、こんな思いを持つことはなかった。
何しろ、カービィはあの通り裏表のない性格だし、ピットにしてもその純粋さは、言葉が無くとも伝わってくる。
2人とも、いつもその言動は本心からのものだった。だから、こうして打ち解けることが出来た。

一方。我に帰り、おぼろげながら自分を取り巻く状況に気づいた剣士は、こう尋ねた。
『残っているのは、君達だけなのか』と。
リンク達は顔を見合わせ、そして頷いた。

対し彼は、何も言わなかった。ただわずかに顔を背け、目を閉じた。
それだけだった。

彼の寡黙さには、リンクでさえ近寄りがたさを覚えていた。
例えばあのときも、いっそ落胆を口にしてくれた方がすっきりしたかもしれない。
何も言ってくれなければ、推測ばかりが膨らんでいくのも仕方はないだろう。

茫漠とした灰色の空から視線を戻し、リンクは代わりにこう尋ねた。

「そうだ、お前なら分かるよな?」

今度はリュカが考え込む番だった。
足元に目をおとし、踏み越えていくアスファルトのひび割れをしばらく目で追って。
そして、リュカは慎重に言葉を選び、口を開く。

「まだ会ったばかりで分からないところもあるけど……。
でも、僕は信じられる……信じていいと思うよ。あのひとのことを」

そう言いながら、リュカは今朝の出来事を思い出していた。
無機質な障壁が崩れ去り、現れた本当の心。
それは、今まで出会ったことがないような質感を持っていた。

張り詰めた静けさ。研ぎ澄まされた剣にも似た、怜悧な鋭さ。
下手に触れれば怪我をするかも知れない。そんな想像さえ頭をよぎった。

しかし、同時にその心は確かな輝きを持っていた。
かつて彼が操られていた時にはなかった、感情の暖かみが。
それに何より――

「何より、あのひとの思いは僕らと同じなんだ。
今置かれてるこの状況を、どうにかしようって思ってる。
一緒に来てくれるかどうかは分からないけど、でもそこのところは同じだよ」

中心部に進むほど、路上に転がるロボットの残骸も増えていった。
建物や道路にも、徐々に戦いの爪痕が目立ってくる。
熱線で黒く焼けこげた壁。道路に溶け流れたままの姿で凍り付いているガラス。斜めに切断された、大きな看板。

ロボット達の見せた幻の通り、昔ここで起きた戦争は、特に街の中心部で激しさを増していたのだ。

もう少し歩けば、リンク達4人に幻を見せたロボットのいる広場に出る。
しかしそこまで行ってしまうと、もう安全に昇れる建物は残っていないだろう。
すでに通りをいくつか挟んで向こう側に、巨大な怪物にかじり取られたかのように大きな穴が開いている壁や、
倒壊し、道路を挟んだ隣のビルディングにもたれかかったままになっている石塔が、見え隠れし始めていた。

目的に適う石塔を探しながらも、リンクとリュカは、半ば暇を潰すようにして会話を続けていた。
相手にされないのでつまらなくなったのか、いつの間にかカービィもその輪に入っている。

「問題は、ここが『スマブラ』なのか、そうじゃないのかってとこだ」

そう切り出したのはリンクである。

「確かにおれ達は、白い扉をくぐった。
カービィの言うとおりなら、普段と何も変わらない扉を。だな?」

「うん!」

スキップしながら、カービィが応じた。

「でも、今までの所『スマブラ』にちなんだものは僕らの前に現れてない……あ、ファイターを除いて、か」

アスファルトに刻まれたいびつな亀裂を飛び越えつつ、リュカが言う。

「そう。マスターハンドは影も形も現れてないんだ。おれ達が知りたい答えを、絶対知ってるやつが」

「ぼくが知ってる『スマブラ』は、こんなにぼろぼろのところじゃないよ。
クレイジーさんのイタズラだとしてもやりすぎだし、やっぱりぼくは、ここは『スマブラ』じゃないと思う」

経験者であるカービィが言うのだから、言葉に説得力がある。

「おれもそう思うな……」

リンクは頷く。
今までの道のりで、確証は無いものの、確信は強くなっていた。

「あんたはどう思う?」

リンクは、後ろを振り返って尋ねた。
先から他の3人の話を黙って聞いていたメタナイトに。

少しの黙考を挟んで、答えが返ってきた。

「……そうだな。
ここが『スマブラ』ではないという可能性は、君達の話を参考にすれば、高いと思う。
だが、そうするとここはどこなのか。なぜ扉が『スマブラ』以外の世界に繋がっていたのか……」

リンク達の気づかなかった論点をいくつか指摘したところで、彼は言葉を切り換える。

「……だが、それを判断するにはやはり証拠が足りない。今はとにかく進んでみるしかないだろう」

そう言って、彼は話を切り上げた。

「そうか。なんでおれ達はここに連れてこられたのか、か……」

リンクも彼に触発されたのか、そう呟くと、黙々と歩き始めた。

5人は広場まであと10区画ほどという所で見当を付けることにした。
ここより辺縁部では崩壊が始まっているし、中心部では昔の戦争によって破壊されているものが多い。
30分ほどかけ、外見上で一番損傷が軽い石塔を探し出した。高さは二の次。上まで昇れなくては意味がないからだ。

狭く、うねうねと上に昇っていく埃っぽい階段を、5人が進んでいく。
それぞれが立てる様々な足音があちこちで反響し、天井を跳ね回っている。

段の高さはピットほどの背丈の人用に設計されているようで、
子供のリュカやリンクには少し歩きにくく、2人と同じ背丈で、しかも一頭身であるカービィ、メタナイトにとっては尚更だった。

身軽なカービィは初め、一段一段跳ねるようにして楽しそうに登っていたが、じきに疲れてしまい、今はピットにおぶってもらっている。
ピットはメタナイトにも手を貸そうとしたが、彼には丁重に断られてしまった。

カンテラを持って階段を照らしつつ、リンクが旅で鍛えられた健脚ぶりを発揮し、先頭を切って登っていく。
その後ろに、カービィを肩にしがみつかせたピットが続く。
残る2人はカンテラの光の円からぎりぎり外れない距離をついて行っていた。

リュカは踊り場から次の踊り場までを1として、心の中でその数を数えていたが、20を超えたあたりで、その数字に自信が無くなってきた。
少しずつ重くなっていく足を意識しながら、こんな高い建物、不便で仕方ないだろうな、と心の中で呟く。
この街に暮らしていた人はきっと、ずっとここから出ずに暮らしていたに違いない。

十数段登り、踊り場で曲がり、また十数段登り……。
それを繰り返しているうちに、実は登ってなどいなくて、その場でぐるぐる回っているだけなのではないかと思い始める。

しかし、終わりは唐突に訪れた。

「お!」

カンテラの光が揺れる。
リンクが立ち止まったのだ。

彼の目の前で、階段は鉄の扉まで続き、終わっていた。出口だ。

この街には珍しく、扉には取っ手がついていた。
鍵は掛かっておらず、手を掛けると扉は渋りながらもゆっくりと、外向きに開いた。

隙間を押し広げるように、外の眩しい光が入ってくる。

開け放たれる扉。
光に目が慣れると、目の前には終点、四角い屋上が広がっていた。

コンクリートの床に、淡い灰色の空。
相変わらず色彩のない世界だったが、久々の光が歩き疲れた5人を少し元気づけてくれた。

まっさきに走り出したリンクを先頭に、5人はばらばらと屋上に出てきた。
この高さともなると常時強い風が吹き渡っており、周囲の石塔をすり抜けて轟々と音を立てている。

そんな強風の中、錆びた鉄柵から平気で身を乗り出し、リンクは望遠鏡を構えた。
方角を変えながら、辺りをじっくりと眺めていく。
そして。

「あ。あれじゃないか?」

その声に、他の4人が集まってくる。
望遠鏡が順々に手渡され、天球の方向を東として、東やや南寄りの地平に何か広い建造物があるのを確認する。

東に広がる丘陵地帯の向こうに、白く平べったい箱状の建物が大小複数ある。
それらは大体四角を描くように建ち並んでおり、その中央には奇妙な形をした塔が2つあった。
大きな皿を頂く、ずんぐりとした塔。

望遠鏡を覗き込んだまま、カービィが言った。

「あれはたぶん、"アンテナ"じゃないかなぁ。
『スマブラ』でも見たことある。デンパを集めるんだって」

だが、その大工場のアンテナは、"デンパ"ではなく光の粒を集めているようだ。
現にこちらを向く1台は、崩壊する街から流れ出た光の川の支流を捉え、もう1台は、工場の近くの空から流れてくる光に向けられていた。

裸眼で大工場をじっと眺めていたリンクは、リュカの方を向き、真剣な顔をして言った。

「……おれ達が前、山から見つけたやつよりでっかいな。あれ」

「そうだね……」

それだけ、きっとあの工場は重要な施設なのだろう。
見つけられる手がかりは大きいかもしれない。もちろん、それだけ危険も。
しかし、それを意識しても、なぜかリュカは以前ほどの恐れを抱かなかった。

「あれ~っ?!」

突然、カービィがすっとんきょうな声を上げる。
何事かと4人が振り向くと、彼はリンクの望遠鏡を持って工場とは別の方角を見ていた。

「あっち……じめんがないよ!」

望遠鏡から目を離さず、カービィは集まってきた4人に言った。

「……崖か何かではないのか?」

カービィが望遠鏡を手放さないので、4人はそれぞれに鉄柵からその方角を見つめ、目を凝らす。
ちょうど天球を背にする方角。そこに広がるのは、リンクとリュカがずっと歩いてきた灰白色の砂漠だ。

確かに言われてみれば、地平線がずいぶん近いように見える。

やっとリンクが望遠鏡を取り返し、それで自分もその方角をじっと観察する。
そしてしばらくして、首を傾げながらこう言った。

「普通ああいうとこの先には海とかあってもいいはずだよな。
……ここってもしかして、台地の上になってんのかなぁ?」

石塔を降り、(下りの方が俄然がぜん楽だった)
街に点在する化石めいた店で真空保存の食料と水を調達し終わる頃には、すっかり暗くなってしまっていた。

出発は明日の朝にし、昔は公園だったらしい寂れた空き地にテントを張り、5人はそこで夕食を取ることにした。

「もっとちょうだいよぉ~!」

すでに乾パンやらスティックやらで山のようになっている皿をリンクの方に差し出し、カービィがお決まりの文句を言う。
さすがにリンクも彼の扱い方に慣れてきたのか、

「だめだって。昼あんなに食ってただろ?
そんなに欲しいなら他の店探してこいよ」

と、深く相手にはしない。

「えぇ~? そんなのめんどうだよぉ! おなか空いちゃうよぉー!」

カービィはリンクの背中に飛びついた。
その体は驚くほど軽い。
いつもあれだけ食べている質量は、一体どこに行ってしまうのだろう。

未練がましくリンクの肩にしがみつき、ぽよぽよと叩き、だだをこねるカービィ。
そんな彼の背後に、靴音と共に歩み寄る影。
片手でカービィの腕を掴み、リンクから引きはがしたのはメタナイトだった。

「やめろ。いつまでも我を張るな」

「そんなむずかしいことば使わなくたっていいでしょ?」

カービィは、口をとがらせてややずれた反論をする。
そんな彼に、リンクがにっと笑ってこう言った。

「カービィ、友達の言うことは聞くもんだぞ!」

「わかったぁ……」

と、しぶしぶ頷いたカービィの横で、メタナイトが訝しげに目を細めた。

「……カービィ。
私のことを彼らに何と説明したのだ」

「えっ? もちろん、ぼくの友達だよ。
青くて仮面つけてて金色の剣持っててマントしてて……」

嬉しそうに並べ立てていたカービィは、正面から真剣な目で見据えられ、不思議そうな顔をしつつも口を閉じた。

「いいか。お前が私のことを友達だと思うのは勝手だ。
しかし、それを他人に言いふらすことだけはするな。わかったな?」

メタナイトは、言うことを聞かない子供に言いきかせるような口調で言う。
そんな彼を無垢な瞳で見つめ、カービィは「なんで?」と問う。

「それは……誤解を招くからだ」

私とお前は友達ではないから、と言ってしまわないだけ、メタナイトは大人だった。

「またそうやってむずかしいことば使ってぇ!
いいもん! ぼくピットくんとごはん食べるから!」

カービィは口をとがらせ、ピットの方へと走っていった。
当初言っていたことはすっかり忘れてしまったらしい。

去っていく彼の後ろ姿を、諦めの表情で見送っていたメタナイトは、ふいにリンクの方に向き直る。
2人の一頭身のやり取りがおかしくて、含み笑いをしていたリンクは慌てて顔を取り繕った。
リンクの様子には気づかず、メタナイトはこう尋ねた。

「……他に何か言っていたか? 彼は」

真剣な口調だったが、一体何を気にしているのかはその仮面の上からでは伺えない。

「他に? あんたについてか? ……いや」

特に何も、というように肩をすくめるリンク。

「そうか……。なら良い」

そう言って座っていた場所に戻りかけたメタナイトだったが、ふと思い出したように別の質問を問いかける。

「時に……リンク。
この街はひどく荒廃しているが……君達はその理由について、何か知っているのか?」

声の感じからすると、知らなければ別に良い、といった様子ではあった。
しかし、リンクは意気込んで頷く。

「ああ、知ってるもなにも、おれ達この街の真ん中ですごいもん見たんだ! な、リュカ?」

そしてリンクとリュカは交互に、この街の中央で見た幻を説明した。
足りない部分はカービィも話に参加し、補っていく。

広場に打ち棄てられていた機械に、人形を形作っていた光の粒が入り、4人に彼らの記憶とおぼしきものを見せたこと。
彼らロボットが、この街にいた人間を守り、そしてガレオム率いる人形の軍隊に壊されていったこと。
ここにいた人間達は全て残らず、どこかへ消えてしまったらしいこと云々……。

一通り話を聞いたメタナイトは少し考え込み、

「……なるほど、そういうことか」

それだけを言った。
またきびすを返し、去っていこうとする彼を、リンクは慌てて呼び止めた。

「あ、おい! なるほどって、何がなるほどなんだよ」

振り向いた剣士の目には、少し意外そうな色があった。
その目をまっすぐに見つめ返して、リンクはこう続ける。

「何か考えがあるんだろ? おれ達にも聞かせてくれよ」

メタナイトは少しの間視線を落とした。
しかしそれは拒否ではなく、言葉を整理するためであった。
そして、彼は顔を上げる。

「君達の想像したことと、そう変わらないかもしれないが」

そう断ってから、語り始めた。

「……つまりここは、最後の砦だったのだ。それも、急ごしらえの。
人形を構成していた粒子が見せたとなると鵜呑みにはできないが、しかし説明はつく」

照らすものを失い、夜の闇に黒く沈んでいく廃墟を仰ぎ見て、彼はこう続ける。

「ここは、元々は軍事機能など持たない、ただの大都市だった。
しかしエインシャントの侵略が始まり、市民を守る必要が生じた。
軍勢に抵抗するため、いくつもの防壁を急造し、防衛を機械に任せた。
それだけの準備をする余裕があったということは、最初期の戦場からは遠かったのだろう」

静かな口調だったが、その瞳には強い光があった。

リンクはその目を見て、自分の考えを改めていた。
今までずっと測りかねていた彼の真意。リュカに言われても、まだ信じ切ることはできていなかった。
しかし、彼もまた自分たちと同じように、真剣に自分を取り囲む状況を考えていたのだ。

「……しかし、勝算は無いと分かっていたらしい。
迎撃用の兵器は、生活機械を転用したものが大半を占めていたと見ていい。
彼らには、消極的な戦闘しか出来なかっただろう。
加えて初めから大規模な避難手段を造ってあったところを見ると、防壁も機械も、時間稼ぎでしかなかったようだな」

子供を相手に、遠慮無く高度な話をし始めた彼に何とかついて行こうとし、リンクが質問を差し挟む。

「あー……つまり、えーっと。
ここにいた人たちはやっぱり逃げてったのか?」

「おそらく。
空間ごと消えたのなら、時空間跳躍を行ったのだろう。つまり、ワープ航法だ。
自律式の機械に、空間を操る技術……」

そこまで言って、彼は一旦目を閉じる。そのまま、静かな口調でこう締めくくった。

「そこまでの知識を持った文明でも敵わなかったとなれば……敵はかなり手強い」

その言葉を聞き、リュカは不安な顔をした。
つい、弱音が口をついて出る。

「……勝てるんでしょうか、僕たち……」

誰よりも先に答えたのは、カービィだった。

「だいじょうぶ!」

自信たっぷりに、一点の曇りもなく。
彼はそう言ってのけた。

「だって、みんながいるもん。でしょ?」

同じベンチに座るピットも、彼なりに話の流れをしっかりと掴んでいたらしい。
彼は勇気づけるように笑み、リュカに頷きかけてくれた。

リンクも、カービィに続くようにして言った。

「そうさ! こうしてここまで来ただろ?
2人が4人。4人が5人だ。今のおれ達には恐いものなしさ!」

「勝てるか否か、ではない。
勝つ。……それしかあるまい」

最後に、メタナイトもそう断言した。

リュカはそんな4人を、仲間の顔を見渡す。

明日は人形達の大工場に向かう。
今までの自分から比べると、不思議なほど不安が無かった理由が、ふいに分かった。

ただ強い仲間が3人増えたというだけではない。

自由気ままで食いしん坊な、でも雰囲気を和ませてくれるカービィ。
言葉は通じないけれども、心が優しくまっすぐで、礼儀正しいピット。
気軽に人を寄せ付けないが、いざというときに頼りになりそうなメタナイト。

こうして話したり、笑い合ったりする仲間が増えたことで、
心の中にあった漠然とした不安が、霧が晴れていくように消えてきたのだ。

そして、何よりも賑やかだった。

「あれ? メタナイト、これあんたの分だぜ? 食べないのか?」

「まだしょくよくないの? 食べないんならぼくが食べちゃうよー!」

そう言うが早いか、彼の皿に手を伸ばしかけるカービィ。
しかし横にいたピットにやんわりと遮られた。

「すまないな、ピット。
……カービィ、お前にやると言った覚えはない。私は後で食事を取る」

「うそだぁ!」

「ここで私が嘘をついてどうするというのだ……」

リンクと2人で旅していたときも、それはそれで楽しかった。
たき火のそばで暖まりながらこれからの計画を立て、互いの故郷の話で盛り上がった。

でも背後には常に、人形の影があった。姿は見えなくとも、あたりを取り囲む灰色の闇が2人を静かに威圧していた。

今は違う。
相変わらず一寸先が見えない状況には変わりないのだが、安心してその背を預け合られる仲間が増えたのだ。

やがて夜も更け、5人は眠ることにした。

しかし、もともとリンクのテントは1人用であり、リュカと使っていた時も若干狭さを感じていた。
今は更にピット、カービィが入り、4人は柱や荷物に寄りかかって座った格好で眠るほか方法がないのであった。

残る1人はというと。

「おーい、やっと隙間空いたぞー!」

そう言いながらリンクがテントから出てくる。
と、慌てたように布を翻す音が立ち、リンクは驚いて立ち止まった。

「あ……なんか取り込み中だったか?」

天球の光に照らされ、縁石の上に座るメタナイトが少しの間をおき、こちらを振り返る。
身長のわりに低い声が、短く答えた。

「……いや、大したことではない」

手元には今日の夕食、乾パンの袋がある。そしてもう一方の手は、仮面の縁に添えられていた。
それを見ていたリンクはしばらくして「ははーん」と目を細め、にやっと笑う。

「だから昼飯抜きだったんだな。そんなに素顔見られたくないのか?」

「そういうわけでは……」

冷静な声に幾ばくかの焦りが混じるが、彼は気を取り直すとリンクに射るような視線を向けた。

「……私に何か用があって来たのだろう? 何だ」

リンクもそれ以上は追及せず、しかし口の端に笑みを残して用件を言った。

「みんな詰めてくれたから、あんたもテントの中に入れるってこと、言いに来たんだ」

「そのことか」

再び夜の闇に向き直り、彼はこう続ける。

「……私のことは気にするな。ここで眠る」

「ここで眠るって……」

リンクの笑みが消え、真面目な顔になる。

「まだあのこと気にしてんのか?」

そして彼は、あの時は操られていたんだからしょうがないだろ、と続けようとした。
が、メタナイトがそれを遮って言った。

「見張りくらい必要だろう。
君達は昨日、広場で人形兵に襲われた、と言っていたではないか」

「まぁそりゃあ……そうだけど」

今まで、寝込みを襲われても何とかなるだろう、と考えていたリンクは、気圧されて目を瞬く。

しかし、彼1人に寝ずの番をさせるわけにもいかない。
無意識とはいえ、今朝カービィと派手に戦った疲れが、残っていないはずがないからだ。

リンクに迷いはなかった。
ぱっとテントに戻り、やがて何かを持って出てくる。
それを、訝しげに振り返ったメタナイトに投げ渡した。

それは、緑色の毛布。
ほどけながら飛んできた毛布を、相手は片手で器用に掴んだ。

「……」

もの問いたげな視線を返すメタナイトに、リンクはにっと笑ってみせ、こう言った。

「マントだけじゃ寒いだろ?
明日は早いんだから、少しは寝ろよ!」

きびすを返してテントに戻りかけ、ふと振り返って付け加える。

「あ、それと。その毛布は余ってたやつだから。
気ぃつかうなよ!」

そして、返事も待たずにテントの中に消えた。

Next Track ... #13『Open Mind』

最終更新:2014-05-29

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