気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track18『Now's the Time』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。

エインシャントの腹心デュオンとの、大工場での激戦を辛くも収めるリンク達だったが、大きな損害を負ってしまう。
窮地に陥った彼らの前に現れたのは、ルイージピーチ
彼ら生き残りが拠点としているマザーシップに到着するが、船の持ち主であるサムスが付近の塔に閉じ込められてしまったことが分かり、
折り返しルイージ達は救出に向かう。互いに初対面ながら良い連携を見せ、サムスの救出には成功するも、
最上階に囚われた仲間の救助が間に合わず、後一歩のところで輸送機に持ち去られてしまうのだった。


星ひとつない闇夜。
外では相変わらず冷たい風が吹き、木々はしなり、むせび泣くような音を立ててざわめいていた。
耐えきれなかった枝が一つ、また一つ折れて、風に吹き飛ばされながら白い塵へと姿を変える。

静かに風化していく、老いさらばえた森。
白骨のような色をした木々の向こうには灰色の山脈地帯が横たわっている。

人形兵が数体ずつ群れをなし、塔から逃げ延びたファイターを探していた。
彼らは森の中にまで踏み入ったが、山肌に隠された鍾乳洞の入り口に気づくものは1人としていなかった。

そこからは山脈の地下に向けて、広大な鍾乳洞が広がっている。
深奥に佇むのは、不時着した時の恰好のまま半ば砂礫にうずもれているマザーシップ。
後ろ半分は橙色の装甲を失い、黒鉄色のパネルがむき出しになってしまっている。
そんなぼろぼろの船であっても、今のファイターたちにとってはかけがえのない拠り所なのだ。


  Open Door! Track 18  『Now's the Time』


Tuning

新たなる参戦者

マザーシップ、医務室。

船内はすっかり寝静まり、簡易ベッドに寝かされたピットも規則正しい寝息を立てていた。
治療の甲斐あり、彼の顔は血の気を取り戻しつつある。
ようやく回復し始めた彼の傍らに1人、こんな時間に寝ずにいる者がいた。

この船の持ち主、サムス・アラン。
彼女は何も言わずベッドのそばに控えていた。
一切の表情はバイザーの奥に隠され、微動だにしないその様子はまるで彫像のようだった。

彼女はその手に、純白の封筒を持っていた。
『スマッシュブラザーズ』への招待状だ。
ただしそれは彼女に宛てられたものではない。紙面につやめく黒文字で書かれたその宛名は、"ピット"とあった。

なぜ彼女が、ピットに宛てられた招待状を持っているのか。
それを語るには、彼女が灰色の世界に来る前まで遡る必要がある。

――
―――

 船を包み込んでいた白い光が消え、雲を割るように新たな世界が現れた。
 緑したたる大地。青々と流れる川。そして――

「やァ一番乗りはサムスか!
 おめでとさん! ……っても賞金とかはなンにもないけどよ」

 相変わらずの馬鹿笑いと共に彼女を出迎えたのは、宙に浮かぶ巨大な白い手袋。
 2人いるこの世界の主の片割れ、クレイジーハンドだった。

 こちらもいつものように相手にせず、サムスはマザーシップを草原に着陸させる。
 彼女が通ってきた巨大な扉は、はやくも美しい青空の中に溶け込みつつあった。

 招待者が手紙を読む時刻、その時の『スマブラ』との"距離"、超空間の揺らぎ等々、
 ここに到着する順はそれら予測のつかない要因に左右されるのだから、サムスが一着になったことには何の苦労も駆け引きもない。
 たまたまそうなっただけのことだ。それを誇るか誇らないかは当人の自由といえよう。

 さっさと船を降り、今やなじみ深くそれでいて以前とどこかが確かに変わった小道を歩き、城へと向かい始めたサムス。
 相手にしてもらえなかったクレイジーハンドが、ややふてくされたような様子でその後ろを追う。

 だが、城の城門もくぐらないうちにマスターハンドが自ら出迎えに来たのには、さすがのサムスも少し意外そうな顔をした。
 普段この世界のメンテナンスに追われる彼がこのように出てくるからには何か重大なことが起きたのに違いなく、
 はたして彼はこう言った。

「サムス、君に頼みたいことがある」

「……私に配達人をやれ、と?」

 マスターハンド曰わく、今回招待したい者のうち、1人の所在が分からない。
 ついては彼の住む世界に赴いて彼の消息を調べ、可能ならば彼に招待状を届けて欲しい、ということであった。

 空中に浮かぶ手袋は、手だけの姿ながらどこか神妙な面持ちで頷いてみせる。

「そうだ。
 私はこの世界の仕上げがまだ残っている。左手はこういう仕事に向いていない。
 またそもそも……君も知っているように、我々は『スマブラ』の外では本領を発揮できないのだ。
 報酬は、宇宙船1隻でどうか?」

 船が壊れる可能性もあるミッションだ、ということか?
 サムスは訝しんだが、それは表に出さず代わりにこう言う。

「いや、私は今の船を気に入っている。
 もし今回のことで私の船が損壊するようなことがあったら、それを補修してもらおう。報酬はそれで十分だ」

 クレジットは要求しなかった。
 この世界の貨幣をいくらもらっても、故郷では通用しない。
 先ほどマスターハンドが物質的な報酬を提示したのもそのためだ。だが、今のところ欲しい物は特にない。
 ほぼただ働きになるが、サムスはこのときすでに、それさえ気にかからないほどのある予感を覚えていたのだ。

「分かった。では、頼む」

 マスターハンドの言葉と共に、サムスの前に一通の封筒が現れた。
 風にひらひらと舞いながら降りてきたそれを、サムスは片手で受け取る。
 書かれている宛先は"エンジェランド"の"ピット"。

 紙面から宙に浮かぶ右手袋に視線を移す。
 そして念を押すように、サムスは尋ねた。

「本当に、この手紙を渡すだけで済むんだろうな……?」

 マスターハンドは隠すこともせず、生真面目にこう言った。

「そう願いたい」

 発達しすぎた科学は、もはや魔法と区別がつかない。
 いつ誰が言った言葉か。使い古された常套句を思い浮かべながらサムスはマザーシップの操縦席に座っていた。

 彼女が見る先、青空を背景にして開かれつつあるのは、巨大な扉の形をしたワームホール。

 大きさを別にすれば、ファイター達がくぐるような扉と仕組みは同じだ。
 『スマッシュブラザーズ』と、各々の故郷世界を結ぶ。
 言葉で言ってしまえば簡単に聞こえるが、実際に結ぶとなると膨大なエネルギーと高度な技術を必要とする。

 サムスの住む世界は、ファイター達の中でも最も科学技術が発達している。
 しかしそんな彼女にとっても、多世界間を繋ぐワームホールはまず実現不可能だと思っていたのだ。
 それほどあり得ないことを、この世界の主はいとも簡単にやってのける。
 奇異な姿をした『スマブラ』の創造主、マスターハンドは。

 扉が開ききり、やがて彼はこちらに向き直る。
 空中静止しているマザーシップ、そのコクピットにいるサムスに言った。

「問題無く接続された。では、後は頼む」

 返事の代わりに、サムスは船を発進させる。

 まばゆい光。濃密なホワイトノイズ。
 永遠に続くかと思われた光のカーテンは、突如として途切れる。

 現れたのは、霧の中に沈む静かではかなげな雲の世界。
 辺りは傾きかけた陽の光に照らされて、橙から紫色までの幻想的なグラデーションに染まっている。
 これが目的地のエンジェランドなのだろう。

 センサは、平坦な雲に着陸できるほどの強度があることをはじき出していた。
 直感からすれば奇妙なことだったが、彼女はセンサを信じてシップを着陸させる。

 と、四方の霧の中から住民が現れた。
 いや、住民と呼べるほど穏やかな存在ではないようだ。彼らは皆武器を持ち、表情をきりりと引き締めていた。

 攻撃するつもりなど無いが、サムスは彼らの武装を見て驚くよりも先に呆れてしまった。

 鋼鉄の船に対し、彼らが持つのはただの弓矢。
 明らかに力不足なのにも関わらず、彼らの顔には恐れなどなかった。
 また兜や服装が統一されていることから見て、彼らは何かしらの兵団に所属しているようでもあった。

 ただ一点目をひいた点があるとすれば、それは翼。
 兵士の背中にはみな、翼が備わっていた。鎧や服につけられた装飾ではなく、本物の翼が生えているのだ。
 おそらく、この世界の人々は有翼の人種なのだろう。

 こちらに敵意がないことを示すため、サムスは手紙1つのみを手に船を降りる。
 スーツを着たままなのは用心というより、内蔵された翻訳モジュールを必要としているためである。
 まだこの世界と『スマブラ』が正式に繋がっていない今、ここの人とは言語が通じない。

 見慣れぬ姿の異人に有翼の男達はますます警戒し、弓矢を構える。
 しかしサムスが声を掛ける前に、不意に男達が構えを解き道を開いた。

 一斉に弓を下ろし、列を正す兵士達。

 開かれた道の向こうからやってきた人物を見て、サムスは少し目を丸くした。

 それは、宇宙を駆け様々な世界を見てきたバウンティハンターにしても、まさに"女神"としか言いようのない存在だった。
 流れるような緑色の髪を清純な白い衣の腰の辺りまで伸ばし、後光を頂くその顔は優しく柔らかな微笑をたたえている。
 装飾の多い古風な服装。背後にはそこらの兵士とは格の違う、光で形作られた翼を備え、
 何もかもが明らかに、彼女がこの世界で著しく高い地位にあることを物語っていた。

 光り輝く翼を持つ女神は微笑みを保ち、サムスに話しかけ始めた。
 すぐさまスーツのモジュールがその言語の構造を分析し、把握する。

『――は彼らの仲間ではありませんね。
 貴女はここへ、どういった御用で来られたのですか?』

 ヘルメットの内側に、訳された言葉が響いた。
 手紙を掲げ、サムスは答える。

「ある人物にこれを届けに来た。
 『スマッシュブラザーズ』の主、マスターハンドからの招待状。宛先は……」

『ピット、ですね?』

 女神は、その先をとる。

「彼を知っているのか?」

『ええ。
 このエンジェランドの誰よりも勇敢で、優しい天使。親衛隊の隊長でもあります』

 誇らしげな言葉とは裏腹に、女神の顔は悲しみに陰っていた。
 やがてきっぱりと顔を上げ、女神は凛とした声でこう言った。

『使いの方。
 ピットは今、ここを離れています。……周りをご覧なさい』

 促されて、サムスは周囲に目をやる。

 霧と見えたものは、地面を構成する雲が頼りなく千切れ、たゆたっているものであった。
 薄明と思った空にはしかし、中天に太陽があり、その光量自体が弱まっているために辺りが薄暗いのだと分かる。
 もやの中に目を凝らせば、半ば崩壊した建物が寂しげに点在していた。

 滅びかけている。
 そう思ったサムスの心を読んだように、女神は頷き、続ける。

『エンジェランドはゆっくりと、しかし確実に崩壊しようとしています。
 原因がこの世界の中にあれば、私の力で対処することもできました。しかし……滅びを招くものはここの"外"にいたのです。
 彼らを止めるためにピットは1人で、この世界の外に赴きました。
 彼が行ってからはや一月ひとつき……』

 女神は、杖を持たぬ方の手を胸元に添えた。

『手紙は、私が預かります。
 彼が戻ってきたら、必ず渡しましょう』

「いや……申し出は有難いが、これは本人が直接受け取るべきだ」

 それに、あなたの言う"外"で何が起きているのかも気になる。
 サムスは口に出さず、思う。

 マスターハンドの態度。そしてこのエンジェランドの有様。
 どうも先から嫌な胸騒ぎがする。
 そしてその勘はいつも、彼女を裏切らない。

「私も"外"へ行く。彼が通った出口へ、連れて行ってくれないか」

―――
――

サムスは白衣に身を包む少年、その寝顔を見つめた。

何か良くないことが起きているという、あの時の予感は正しかった。
しかも、エンジェランドの崩壊は氷山の一角でしかない。
エインシャントは巧妙な罠を張り、暗闇に身を潜めて、誰も気づかぬうちに病巣を広げていたのだ。

それに気づかせるきっかけを与えてくれたパルテナ親衛隊隊長、ピット。
こんなことが無ければ、彼は何事もなくエンジェランドで手紙を受け取り、おそらくは意気揚々と『スマブラ』へ向かっていたところだろう。
それを思い、サムスはわずかに口を引き結んだ。

青い光の覆いは消え、ベッドはもう開放されていた。
治療が済んだのだ。あとは自然に目を覚ますのを待つばかり。

サムスは白い封筒と共に、小さい丸石のようなものを室内の机に置いた。
それは彼女の世界の映像記録機械だった。
ピットが目を覚ましたら、録音しておいたメッセージが再生されるように設定してある。

――彼がいればな……。

ふと、サムスはそう思う。

"ミスター・ニンテンドー"。赤い帽子の配管工。

スマッシュブラザーズの代表と呼ばれる、あの男の姿を思い出す。
戦績がずば抜けて良いわけでもなく、戦闘技術もかなり当てずっぽうで我流だった。
しかし向こうの世界で共に暮らした日々、彼はいつも笑顔を絶やさなかった。

『スマッシュブラザーズ』の世界で多くの出来事を共にしてきた、陽気で気ままで、しかし一本芯の通った男。
新しいファイターをいざなう役目は、彼にこそ相応しい。

だが、彼は奪われてしまった。

彼女は、今も鮮明に思い出すことが出来る。
ルイージ達を間一髪で助けたときに見た、戦友の変わり果てた姿。エインシャントの"駒"となってしまった彼を。

サムスは改めて、エンジェランドを、"ブラザーズ"を、ひいては他の多くの世界を蹂躙しようとするエインシャントに対し怒りを覚えた。

「必ず……取り戻す」

宣言するように強く、しかし静かに呟くと、彼女は医務室を後にした。

目覚めのきっかけは、いつものように外からやって来た。

「起きろ、起きろってば!」

「は~やくっ、おきないとっ、おいてくよ~っ!」

毛布の向こう側から聞こえてくる2人分の声。
体を包むぬくもりにゆだね、何も考えずこうして横になっていたいと願ってみたものの、
一度目を覚まし始めた意識の方は、ゆっくりと、しかし勝手に覚醒していくのだった。

体を叩かれていることに気がつく。
いや、おそらくはずっと前から叩かれていたのだろう。
平手で叩く小さな手はリンクのもの。そして背中の上で跳ねているボールみたいな感触はカービィだ。
旅を続けて何度も朝を迎えるうち、一番寝起きの悪いリュカを起こすことがいつの間にかカービィにとって一種の遊びになっていた。

起きるまで2人は諦めないだろう。
遊んでいる1人を除くと、真面目に起こそうとしているのは1人だけだが。

意地になって寝たふりを続けたくなる反抗心がちらっと湧いたのも、いつもの通りだった。
が、すぐにリュカは元来の内気さからその考えを打ち消し、ようやく目を開けた。

「あれ……」

呟いて、目を瞬いた。
視界が違う。いつもの距離に、いつもの色がない。
そこにあったのは陽光を透かして穏やかに照らされた草色の布ではなく、無機質な白色に光る金属質の壁。

少しの間考え込み、彼はその理由を思い出した。

そうだ。自分達はようやく他の"スマッシュブラザーズ"を見つけ、彼らの船に迎え入れられたのだ。
ここは"宇宙船"マザーシップの一室。船の部品を運び出して空っぽになった部屋を、リュカ達が寝室として借りている。
これまでの旅路でお世話になった草色のテントは、今は持ち主であるリンクのリュックに収まっている。

壁を見つめてぼんやりとそんなことを考えていると、横合いからリンクが顔を出した。

「やーっと起きたか!」

くりくりとした猫目を呆れたように開いてみせ、大きなため息にのせて言う。

「おきたのー?」

カービィの方は背中伝いにやって来て、真上からのぞき込んできた。
起きたことを喜ぶ一方で、その目にはちょっと残念そうな色もあった。おそらくトランポリンごっこが終わってしまったからだろう。

まだぼんやりとしている頭を巡らせ、リュカは返事ともつかない声を出した。
景気づけるようにリンクの手が軽く二回、背中を叩く。

「ほら、サムスに呼ばれてんだ。行くぞ」

「サムスさんが……?」

言いながら、毛布の誘惑をはね除けて起き上がってはみたものの、理由が思い当たらなかった。

カービィは早くも次に起こることへと興味が移り、部屋の戸口に立って2人を待っている。

「そうなんだよ」

リンクは力強く言って、大きく頷いてみせた。

「これからの作戦について話し合うんだろうな。きっと、いや、絶対そうだろうな!」

その目は期待と興奮を映し出し、きらきらと輝いている。

何度直しても起きがけにはまた元に戻っている前髪のクセを何となく手で梳きながら、リンクの後について部屋の外に出ると、
廊下にはもう1人待っている人がいた。リンク達よりもやや背が高い大人の人だ。
彼は人の良さそうな眉を少し下げて、本心から申し訳なさそうに言った。

「起こしちゃってごめんね。
朝ご飯ももうじきできるんだけど、その前に確認しておきたいことがあるって」

大工さんが着るような、それでいて紺と緑が目に鮮やかな作業服。
立派なひげを生やしているから、服装も相まって昨日は父親くらいの年齢があるように思えていたけれど、
こうして明るいところで見るとその目には思ったより張りがあって、それほど年を取っていないことが分かった。

彼、ルイージはリュカ達に「ついてきて」と手招きし、廊下を先立って歩き始めた。
まだ船の通路に詳しくない自分たちが迷わないよう、案内してくれるのだ。

安全な船の中を歩く彼の後ろ姿は完全にリラックスしていて、昨日の夜真っ黒な塔に侵入した時とはまるで別人だった。
あの時はずっと緊張しっぱなしで、周りに敵の気配がないときでさえも足音を忍ばせていたのに、
今は軽快なリズムで足を運び、ひょうきんに腕をふって歩いている。

でも、誰だって緊張するだろうな。あんな時なら。
リュカは心の中でそう続けた。
あの塔にはつい昨日まで、十何人ものファイターが閉じ込められていた。
エインシャントにとっては絶対に取られたくない戦利品。狭い建物だったけど、見張りのために歩き回っている人形兵の数も多かった。

それでも自分が怖じ気づかずに進むことができたのはなぜだろう。
緊張はもちろんあった。船に戻ってきて毛布に倒れ込んだ途端、一瞬でぐっすり眠れたくらいだ。
でも、塔の中を歩いているあの時は自分のすべきことに集中することができた。

しばらく考えて彼は一つの結論に至った。きっと、みんながいたからだ。
先が見通せなくても、誰かが知恵を出して安全な道を探し当てた。
後ろから敵がやってきても、誰かが必ず先に気づいて迎え撃った。

思い返すと、自分が終始他の3人に頼ってしまっていたことに気がつく。リュカはなんだか申し訳ないような気持ちになった。

操縦室は、いくつかの区域に分かれたマザーシップ船内の一番先頭のブロックにあった。
扉が音もなく横滑りに開き、その向こうに現れたのは遙か彼方の科学技術を尽くして作り上げた、人工の色と形に満ちた景色。
リュカ達3人はドームを半分に割ったような室内へと、純粋な興味を持って周りをきょろきょろと見回しながら入っていった。

壁面を埋め尽くしているのは金属とガラスと、そして材質の分からない無数の部品でできた細かいパッチワーク模様。
だが本当に操縦に関わっているのは正面の操縦席周りだけらしく、出入口付近の機械には光が灯っていない。
遠い世界のものとはいえ同じ"船"の操縦機器に興味があるのか、リンクは口をぽかんと開け、金属が織りなす模様の一つ一つにじっくりと目を通していた。
その一方で、リュカは一足先に室内の様子に気がついた。

先客としてメタナイトが来ていたが、ピーチの姿がない。
食事の用意をしてくれているのだろうけれど、背後のルイージも付いてくる様子はなく、戸口で見送っているだけだ。
つまり今呼ばれたのは、新しくこの船に来た4人だけということになる。

これからのことを話し合うなら全員が揃っている場所でやるべきで、
果たしてサムスは操縦席を巡らせ、こちらに向き直るとこう言った。

「昨日は世話になった。
初対面があのような場面だったのは私としても心苦しいが、
結果として君達の実力がどれほどのものか、またどのような戦い方をするのかを知ることができた」

苦労を掛けたと謝っているのか、逆境を試練としてこちらの力を測ったのか、どうにもつかみ所のない言い方だった。
表情を読もうにも、その顔は光沢のあるバイザーの向こう側に隠れ、見ることができない。

「捜索を開始してからもう何十日経ったことか……。
ルイージから生き残りを見つけたと報告があったときは一瞬耳を疑ったが、昨晩でその疑問も解けた。
君達がエインシャントの追跡を逃れ、ここまでの期間を生き延びてきたのは決して幸運や偶然だけによるものではない」

照明の落とされた操縦室、正面の細長い窓は灰色に沈む鍾乳洞を映し出し、
その光景を背にして座る橙色の鎧は姿勢良く静止したままで、発せられる声だけがその中に命ある人間がいることを示している。
外殻の向こうから、淡々とした声が話を続けていく。

「私は君達がこの船に残り、共に闘うことを期待している。
……我々『スマッシュブラザーズ』の現状はピーチかルイージからすでに聞いているか?」

「う~ん」

「まぁ、だいたいは」

「はい……」

「……」

リュカ達4人がそれぞれに頷いたのを確認し、サムスは続けた。

「今の時点で、自由であるファイターは君達を含めても7人。一方で、エインシャントの手に落ちてしまったファイターは少なく見積もっても20人。
これは私が潜入し、限られた視野から確認できただけでも、という前置きがつく数だ。
比率で言っても3対1。数の上ではこちらの圧倒的な不利。
この状況を覆すには綿密な作戦を立て、確実な一手を重ねていく必要がある。
そこで……」

組んでいた腕をほどき、冷たい光を表面に滑らせて金属の鎧が立ち上がる。

「朝食の前に君達を呼んだのは他でもない。
第一歩として、君達のことについて教えてほしいのだ。名前や出身、そして君達が今まで見てきたものを」

真っ先に声を上げたのはリンクだった。

「なんだよ前置き長いなぁ!」

至極面倒くさそうに眉をしかめ、そう言い放った。

「名乗ってほしいんなら最初っからそう言ってくれよ。
それに、まずは自分から名乗るのが正解だろ? こういうときはさ!」

話の途中から、自分たちが作戦会議のために呼ばれたのではないことが分かってしまったらしい。
当てが外れた落胆と不満をぶつけるような口調に、言った本人でもないのに、隣にいたリュカは思わず慌ててしまった。
目の前にいるのは最古参のファイターであり、この船の持ち主なのだ。

だが、威圧的に立ちはだかるように見えた鎧の人物は、リンクの半分わがままみたいな抗弁を意外にあっさりと受け入れてくれた。
再び聞こえてきた声は、かすかに口調を和らげていた。

「……それもその通りだな。
これから共に歩むことになる仲間に対して、何よりも重んじるべきは礼儀だろう」

自然な仕草で両の手をヘルメットの横にやり、気がついた時には、微かに空気が漏れるような音がしてそれが外されていた。

現れた顔に、リュカとリンクは目を丸くした。
"彼女"が女の人であることは、声の調子から分かっていたつもりだった。
しかし、鎧の向こうに想像するのと、実際に目にするのとでは大違いであった。

きれいだとか、美しいとか、そんな単純な言葉ではとても言い表すことができない。
まず目に付いたのは、心の奥底まで射貫くような切れ長の瞳。その虹彩は、空のはるかな高みを思わせる青だ。
白い肌の上で眉は細い弓形に整い、唇には薄く色を差している。

ヘルメットが完全に持ち上がると、たくし込まれていた長髪が露わになった。
頭のてっぺんで一つに束ねられた金色の髪がしなやかな曲線を描いて流れ落ち、背後に隠れる。
顔に垂れかかった髪の一房を手で払い、ヘルメットを脇に抱えると彼女は改めて4人に視線を合わせた。

鎧の機械を介さない、彼女のそのままの声が発せられる。

「私の名は、サムス・アラン。
本業はバウンティハンターだが今はファイターも兼業している。
今までこの船を使い、エインシャントの調査、並びに生存者の救出を行ってきた。
これから我々が拠点とする船について分からないことがあったら、私に聞いてくれ」

初めて見たサムスの素顔に、今まで自分が不平たらたらだったのも忘れてただ見上げるばかりになっているリンク。
その脇腹をリュカがそっと小突いた。言い出したのは君なんだから、と言いたげに。

はっと目を瞬いて我に返ると、次の瞬間にはリンクはもういつもの調子を取り戻していた。
いたずらっぽい笑顔に、どこか挑戦的な色を混ぜて彼は言った。

「おれはリンクっていうんだ。出身はプロロ島。
武器って言ったら剣とか爆弾とかブーメランとか、ま、そんなとこかな。
ここへはマスターハンドの招待状をもらって、真っ白な扉をくぐって来た。
着いてすぐ会ったのがリュカで、後の2人とピットとは石の柱がいっぱい建ってるとこで合流したんだ」

続けて身を乗り出したのは、やはりカービィだった。

「ぼくのなまえはもう知ってるよね?
んーと、ここに来たときはねちゃってたみたいで、ルイージがおこしてくれたんだ。
それからともだちをさがしに行ったり、おなかすいたとこにリュカがパンくれたり、
ピットくん見つけてつれていったら、またリンクたちに会って。で、メタナイト見つけたんだ!」

長い割に色々と大事な部分を端折ってしまっているように思えたが、これもまたいつも通りの彼である。
流れは自然と4人の間で無言の内に、視線によって受け渡されてリュカの元にやってきた。

「あ、えっと……」

直前まで言うことを考え、まとめていたはずなのに、一瞬で頭の中が真っ白になってしまった。
室内の全員の、殊にサムスの注意がこちらに向いていることを意識から閉め出して考えないようにし、床を見つめて必死に思い出そうとする。
半分くらいの平常心を取り戻したところで、彼は思い切って顔を上げた。

「僕はリュカ、です。
できることはその……PSIって言う、炎や氷とか、あと電気とかも作ることができて……。
それで……タツマイリ村からコーバに向かっていた途中で、マスターハンドさんからの招待状を受け取りました。
ここに来たばかりの時は全然戦い方が分からなくて……人形に襲われてたところを、リンクに助けてもらったんです」

勢いのままに言い切って、やっと緊張が解けた。人前でなければ大きく安堵のため息をついていたところだろう。
その後の沈黙は、すぐに4人目の仲間が埋めてくれた。
こちらもいつもの通り、あらかじめこうなることを読んでいたかのような的確さで答えていく。

「私の名はメタナイト。武器はこの剣1つ。
出身はカービィと同じく、ポップスターだ。
……ここでの記憶は、廃墟で意識を取り戻して以降のものしかない。
その後は彼らと共にエインシャント軍の施設に潜入し、デュオンと交戦した。後は報告された通りだろう」

一通りの簡単な自己紹介が済んだところで、サムスは一つ頷いてみせた。
それが彼女なりの"よろしく"というジェスチャーらしかった。

ついでサムスは少し話題を変え、次の段階に移る。

「迎えに来ないところを見ると、まだ余裕がありそうだな。
今の内に、その工場での出来事についても聞いておきたいことがある」

4人の顔をゆっくりと見渡しながら、彼女は続けた。

「君達が侵入した人形兵工場は、私が確認している中でも最大規模の部類に入っていた。
おそらく相手の生産ラインの要にもなっていただろう。警備も並大抵のものではなかったはずだ。
だが、その大工場は陥落した。君達がそこに居合わせていた時に。
ルイージから聞いた話では『空から落ちてきた無数の星が工場を跡形もなく壊してしまった』そうだが、間違いは無いか?」

頷いたのはメタナイト1人だけだった。
その隣のカービィは目をつぶってしばらく思い出そうと努力し、そしてこう言った。

「んーと、ぼくはおぼえてないんだ。
なんでって、そのときフィギュアになっちゃってたからね。たぶんリンクも同じだよ」

「そうなんだよ。
戦ってる途中でいきなり気を失ったみたいになってさ。
で、気がついたら工場が丸ごと消えちゃってたんだ。消えたっていうかバラバラの粉々になってたって感じだけど」

「……僕も覚えてない」

リュカは呟くように言った。
サムスに問われたことで初めて、あの周辺の記憶がすっぽり抜け落ちていることに気がついたのだ。
心の内を見つめ、眉をしかめて考え込んでみたものの、空洞からは一向に何も現れようとしなかった。

そんな4人それぞれの様子を一通り、その怜悧な瞳で観察するようにしてからサムスは次にこう問いかけた。

「つまり、星を見てその直後にフィギュア化した者はいない、ということだな?」

「どういうことだ? それって……」

と問いかけたリンクは、途中で気がつく。

「じゃあ、その星にやられたのは人形やエインシャントの建物だけ……つまりおれ達には悪さをしなかった。
ってことはあの工場を壊したのは……もしかして、こっちの誰かがやったことなのか?」

だが、すぐに横からカービィが口を挟んだ。

「そんなわけないよ!
だって、あんなおっきなこうじょうをバラバラのコナゴナにしちゃったんだよ?
そんなわざ、"だいらんとう"でつかえちゃったらしあいにならないもん!」

「そりゃそうだけどさ、偶然にしちゃできすぎだろ。
なぁ、サムスはどう思う?」

「私も、その流星がこの世界での自然現象だったとは思えない。
他に摂理を覆すほどの現象を引き起こせるとすればエインシャントくらいのものだが、彼がわざわざ自軍の重要拠点を潰すとは考えにくい。
しかも、そんなただ中にいた君達は全くの無傷だったのだから」

表情を変えずに、彼女はこう言葉を結ぶ。

「……だが、今の時点ではあまりにも情報が少ない。
どうとも言えない、というのが答えとして正しいだろう」

まだ記憶を探っているリュカの横で、リンクはサムスに疑わしげな視線を向けていた。
彼女が何かを隠しているように思ったのだ。"誰がやったとも言えない"と答えた割に、質問の内容はやけに深く踏み込んでいた。
しかし、今の彼にはそれ以上に聞きたいことがあった。

ヘルメットを被りかけていた彼女を、リンクが呼び止める。

「なぁ、ずっとおれ達が答えてばっかだからさ、そろそろこっちが質問したって良いだろ?」

サムスは何も言わず、目でその先を促した。
声を改め、真面目な表情になってリンクはこう言った。

「おれ達スマッシュブラザーズはエインシャントに狙われてる。
数え切れないくらいの人形兵に追いかけられて逃げたり隠れたり、それで精一杯。
今じゃ無事な仲間の方が少ないくらいだ。つい昨日も、やっと捕まってた仲間に追いついたのに目と鼻の先で奪われた。
これからどうする?
のんきに朝ご飯なんか食べてる場合じゃない。いつ作戦を立てるんだ?」

急かすように、一気に尋ねる。
だが、帰ってきた答えは短く、そして冷静だった。

「心配ない。今後の方針はすでに決まっている」

それを聞き、リンクは元から大きい目をわずかに見開き硬直する。

隣にいるリュカは、彼の心に閃光が走るのを感じた。
動揺。今の言葉に衝撃を受けたのだ。

耳を疑い唖然としている彼の様子には気づかなかったようで、サムスは淡々と言葉を続ける。

「数日間はここに留まる予定だ。
マザーシップの修理はまだ終わっていない。また、我々自身も体勢が整うまでは下手に動かない方が良いだろう。
連れ去られたファイターの奪還は一度保留にし、別件に当たることにする。
……詳細は朝食の後に、また全員が揃ったところで説明する」

彼女の視線が操縦室の出入口に向けられ、つられて4人が振り返ると、ちょうどルイージが扉を開けたところだった。

ピットは、白い石畳の上を歩いていた。

空はどこまでも青く、力強く晴れ渡り、
周りの建物にはひび1つなく、午後の陽を受けて白く輝いている。
何もかもが懐かしく、何もかもが美しい。あの事件が起こる前の、平和なエンジェランドそのままだった。

だが、彼はこれが夢だと知っていた。
いつもここから、少しずつ世界が奪われ消滅していく。
深緑の森、たゆたう海。畑、牧場、石で造られた質素な町並み。
それだけではない。仲間とするイカロス達が、今まで守ってきた人間達が、そして、敬愛する女神が。

あの白い虚無に追い詰められ、そして――。

手が届くかのような鮮明さを持ち、それでいて彼は何も出来ない。

夢の中で、もう何度故郷を喪ったことか。

この夢を見ない日は一度もなかった。
灰色の世界に来て1人で旅をしていた時も、リンク達と共に進んでいた時も、この夢を見ては目を覚まし、
心細い気持ちを抱えて再び眠ろうと努めていた。
まだ大丈夫だ、エンジェランドはまだ持ちこたえているはずだ。そう自分に言い聞かせて。

そんなことを頭の片隅でぼんやりと考えながら歩を進めていると、懐かしい声が辺りに響いた。

「どうしたのです、ピット」

「……パルテナ様?」

声の元を探し、辺りを見回す。
しかし、周囲はいつの間にかもやに取り囲まれ、女神の姿を見つけ出すことはできなかった。

今自分を取り囲んでいるものは虚無ではない。
そのもやは朝靄にも似て、柔らかく命に満ちた光をたたえていた。

何処とも知れない方向から、女神の優しい笑い声が届く。

「きっとあなたには、このエンジェランドは狭すぎるのかもしれませんね」

ピットは気づく。
この言葉は、まだエンジェランドが平和だった頃、自分が下界を眺めて退屈そうにしていたときに掛けられた言葉だ。

あの時のままに、女神の声は続ける。

「あなたはいずれ……ここだけに収まらない活躍をするでしょう。私はそう思うのです。
エンジェランドを越えて、もっと遠くへ――」

そう。あの時も女神はこう言ってくれた。
しかし、エンジェランドを越えた遠くとは、この灰色の世界のことだったのだろうか。

いや、自分に何が出来ただろう。
彼は自分を恥じ、顔を俯かせる。
とてもではないが、何か活躍できたと言える自信は無かった。

ふと、ピットは怪訝そうに顔を上げる。
姿は見えないまま、女神の気配だけがそっと近づいたような気がしたのだ。

まだ続きがあったのだろうか?
いや、しかしあの時は――

微笑むような気配があり、そして声を改めて、女神は告げた。

「目を覚ましなさい。今が、その時です」

弾かれたように、ピットは起き上がった。

真っ先に目に入ったのは、清潔な白色の壁。

横に控える機械を見て、その顔に緊張が走る。
一瞬、自分がエインシャントの軍勢に捕まってしまったのかと思ったのだ。
しかし、傍らにはピットの武器、神弓がきちんと置いてあった。

すぐに弓を手に取り、いつでも構えられるようにしてピットは周囲を見渡す。

彼は白い小部屋のベッドに寝かされていた。
左には取っ手のないドア。右には機械がいくつかと机が一つ。
狭い部屋には彼の他、誰もいない。横の機械がぶーんと低い唸りを立てていたが、襲いかかってくるような気配はなかった。

机には1人分の食事が置かれていた。
白いパンに、見慣れない野菜のサラダ。そして保温の蓋が被せられたスープ皿。
人形兵が食事を用意してくれるとは思えないから、やはりここは敵の施設ではなかったらしい。

「リンクさん……?」

名前を呼んでみたが、しかし返事はなかった。
彼らはどこにいるのだろう。そしてここは一体どこなのか。

戸惑いながら自分の体を見回す。
どこにも怪我はなかった。あれだけの激しい戦いをくぐり抜けたはずなのに。
よく見れば衣服には縫った跡らしいわずかなほつれ目が残っていたが、それだけであった。かぎ裂きの痕も、焦げ目さえも見あたらない。

混乱するピットに、声が掛けられた。

『目を覚ましたようだな』

神弓を握る手をこわばらせ、振り向く。
振り返った先にあったのは、小さな丸い石のようなもの。
机に置かれたそれは、空中に小さな人の姿を投影していた。

全身を橙色の鎧に包んだ人物。
声色だけで、かろうじてその人が女性だということが分かる。

『先に断っておくが、これは録音メッセージだ。君が目を覚ましたとき再生されるようにしてある』

「あなたは……?」

首を傾げ、ピットは尋ねかける。
それを先読みしていたかのように、鎧の女性は答えた。

『私の名はサムス・アラン。
バウンティハンターであり、スマッシュブラザーズの一員でもある』

「スマッシュブラザーズ……」

ピットは繰り返す。"ピーチヒメ"という女の人もその言葉を口にしていた。
彼女は"ピーチヒメ"の仲間なのだろうか?

サムスは話を先に進める。

『このメッセージを残したのは、できるだけ君の混乱を解くためだ。
まず、エンジェランドから事象素を奪っていた施設は完全に破壊された。
おそらくエンジェランドの崩壊は止まり、あとは世界自身の復元力で元に戻っていくだろう。
傷つき、意識を無くしていた君は、ルイージとピーチによってこの船に運ばれ、治療を受けた。
君と一緒にいたファイター達もこの船にいる』

メッセージを聞き、ピットは安堵のため息をついた。
いくつか理解できない単語はあったものの、エンジェランドが無事であったこと、そしてリンク達もここにいることに安心したのだ。

まだ声を聞いてから数分も経っていないのに、ピットはこの鎧の人物が言うことを信用していた。
それは、彼女から誠実な印象を受けたからでもあったが、ピット自身があまり疑うことを知らない純粋な性格だからでもあった。

『そこで、1つ問おう。
ちょうどすれ違うようになってしまったのだが、君には招待状が届いていた。
マスターハンドからの、スマッシュブラザーズへの招待状だ。
受けるかどうかは君の自由だ。
……だが、そこにある手紙の封を切る前に、君に伝えておかなければならないことがある』

サムスの口調が改まり、ピットも思わず居住まいを正す。

『現在、スマッシュブラザーズはエインシャントと名乗る人物に狙われている。
理由、動機は分からない。しかし、彼は危険な思想を持っている。
彼は君の住むエンジェランドからエネルギーを奪い、更に我々を罠に掛け、自分の手駒にしようとしているのだ。
今ここで君がスマッシュブラザーズになれば、君もエインシャントに狙われる側になってしまう。
我々の勢力は少なく、現状のままだと正直に言って勝てる確率は少ない』

自らを取り巻く厳しい状況を、サムスは隠すことなく伝えた。

『まだ君の世界と"スマブラ"が繋がっていない今なら、
女神の力で、エンジェランドをこの灰色の世界から遠く離れた領域に移すことも可能だろう。
スマッシュブラザーズとなって我々の戦いに加わるか、エインシャントの手から故郷を遠ざけるか。
あとは君自身がマスターハンドの手紙を読み、決断してくれ』

顔が見えないにもかかわらず、ピットはその人がこちらに向けてくる視線の重みを感じていた。

幻はその言葉を最後にゆっくりと溶け込むように消え、ピットはその小石の下に手紙が挟まれていることに気がつく。
おそらくこれが、鎧の人が言っていた招待状なのだろう。

身を乗り出し、その手紙を手に取る。
きめの細かい、手触りの良い紙。眩しいほど白いその手紙には赤いロウで封がなされ、表をひっくり返すとちゃんとピット宛の名前が書いてあった。
その他に目につくものと言えば、中央をずれたところを十字に切られた円。ピーチヒメが教えてくれた"スマッシュブラザーズ"のマークと同じものだ。

「招待状……僕に?」

呟き、表と裏を子細に眺めたがそれ以上のことは分からなかった。
開かなくては始まらない。彼は真紅のロウに手を掛けて、ゆっくりとそれを剥がした。

中に入っていたのは、3つ折りになった何枚かの紙。
その全てに、黒く几帳面な字でピットに向けた文面が綴られていた。
彼は最初はきょとんと目を丸くして、そして次第に真剣な表情になってマスターハンドからの手紙を読み進めていった。

曰く――
自分は『スマッシュブラザーズ』と呼ばれる世界を管理している存在であること。
相方と共に様々な世界の戦士に声を掛け、"大乱闘"という試合――一種の腕比べのような競技――に参加する選手、"ファイター"になる者を探していること。
参加不参加は自由意志であり、断ったとしても利益も不利益もないということ。
こちらの世界での生活は保障され、またファイターの"故郷"での緊急時にはいつでも帰ることができること。
その他、疑問に思うことを全て先回りしていたかのような細かさで誘いの言葉が綴られてあった。

全てを読み終えて、ピットは目を瞑る。

初めの頃の驚きとわずかな疑いは消え去って、静かな喜びが心の中に満ちていくのを感じた。
喜びは次第に期待へと取って代わり、まだ見ぬ世界への招待状は確かな実感を持って彼の手の内にあった。

しかし、彼はためらっていた。
『今ここで君がスマッシュブラザーズになれば、君もエインシャントに狙われる側になってしまう』
そう言った鎧の人物の言葉が、今再び耳によみがえっていた。

エインシャントが狙っていたのはスマッシュブラザーズだった。
彼らを捕まえるためにあちこちで人形の工場を造り、おびただしい数の兵士を作り続けていた。
エンジェランドが侵攻を受けたのは、その"材料"を作るためだったのだ。

ここで自分がスマッシュブラザーズに加わる決断をしてしまえば、狙われるのは自分だけではない。
何らかの方法で自分の来た道を辿って、再びエンジェランドまでもが標的にされてしまうだろう。

それでも、と。彼は目を開く。

例えエンジェランドが助かったとしても、自分は納得するだろうか。

スマッシュブラザーズに対して、自分が貢献できることは少ないかもしれない。
この敵意に満ちた世界に対して、自分の力がどこまで通用するのかも分からない。

それでも彼らに背を向けて、自分だけがのうのうと平和を受け取ることはできない。
それはかりそめの平和であって、誰かの苦しみと悲しみの上に成り立った、偽物の平和だからだ。

「あなたはいずれ……ここだけに収まらない活躍をするでしょう。私はそう思うのです。
 エンジェランドを越えて、もっと遠くへ――」

かつて、エンジェランドが平和だった頃。パルテナ様はそう仰った。
あの方は、こうなることが分かっていてそう仰ったのだろうか。灰色の世界に隔てられた今となっては推し量ることはできない。

ピットは再び手元の手紙へと目を落とし、宛名に書かれた自分の名前をじっと見つめる。
女神のいないところでエンジェランドの命運を握る決断をすることは、ひどく勇気の要ることだった。

そんな彼の背中に最後の一押しを与えたのは、夢の中で聞いた一言。
あの時は告げられなかったはずの、女神の言葉だった。

「今が、その時です」

マザーシップの居住区画、その中央には円形の部屋が設けられていた。

船体の中央を使っているだけあり、室内のスペースはそこそこ広かった。きっと今いるファイター全員が入ってもまだ余裕があるだろう。
リュカ達が寝室として使っている部屋と同じく、壁もテーブルも洗い立てのシーツのような白色。
中央には円卓があって、その周りを背の高い椅子が8脚ほど囲んでいる。

そして今朝、このミーティングルームはファイター達の食堂になっていた。

献立は温野菜のサラダに、湯気を立てているスープ、そして柔らかそうな白パンだった。
ここのところずっと乾燥保存食ばかり食べていたリュカ達にとっては、久しぶりの正しい食事だ。
カービィが歓声を上げて真っ先に席に飛び乗る。「いただきます」を言ったときにはもうパンが口の中に消えていた。

一方でリュカは目の前に並べられたごちそうを見つめ、中々手が出せずにいた。
お皿は1人1人違っていて、船の備品からやっとのことで人数分揃えたという様子であったが、
それを差し引いてもその上に載っている食べ物が何だかひどく貴重なものに思え、食べるのがもったいないように感じたのだ。

「何か苦手なものでもあったのかしら?」とピーチに尋ねられ、そう答えると彼女は笑った。
屈託なく、それでいてきちんと手で口元を隠し上品に笑ってから、ピーチはこう言った。

「本当に大変な思いをしたのね。
でも、これからは私達が毎日おいしい料理を作ってあげるから心配しなくて良いのよ。遠慮せずにお食べなさい」

微笑んで小首を傾げると、頭の上に載ったティアラが照明を反射してきらりと光った。
細かな装飾がなされた桃色のドレスに、肘の辺りまでを包み込む白い手袋。
金色の髪は跳ね具合まで左右均等に整えられ、顔にはお化粧もしていた。

彼女は一国のお姫様で、そして今はファイターでもある。
そんな途方もないギャップに気がつき、リュカは彼女の顔を見上げた。

――このお姉さんも、闘うのかな……?

遅れて自分が返事を忘れていたことに気がつき、彼は慌てて視線を食卓に戻す。

「い、いただきます……」

手を合わせてから、まず温野菜の皿に手を伸ばす。
見たことのない形や色の取り合わせをしていたが、少なくとも野菜らしい緑やオレンジ色はしている。
空腹も手伝って、見た目の奇抜さはそれほど気にならなかった。

フォークで一口運んで、彼は思わず目を丸くした。
野菜が美味しいと思ったことなんて、今まであっただろうか。
付け合わせで出てきて、食べなさいと言われて食べるもの。野菜にはそんな印象しかなかった。

でも、このサラダは全く別物だった。
野菜には全然苦みもないし、むしろ自然の甘さがあるくらい。そしてそれをドレッシングが引き立てているのだ。
ドレッシングはどこか異国の香りがした。植物の油と酢が使われているようだ。

「レトルト野菜のサラダ、キノコ王国風よ。気に入ったかしら?」

リュカが顔を輝かせて頷くと、ピーチは嬉しそうに微笑んだ。

ピーチが自分の席に戻っていったので、リュカはそこで初めてリンクの様子に気がついた。
片手に白パンを持って、上の空といった様子でのろのろと口に運んでいる。
空いた手では頬杖をつき、難しげな表情で彼は円卓の一点を見つめていた。

理由は何となく分かっていたけど、相手が言わないうちにそれを当ててしまうのは失礼だと分かっていた。
そこで、こう尋ねてみた。

「どうしたの?」

磨き抜かれた白いテーブルの表面をにらんだまま、彼は言った。

「これから、ずっとこうなのかな」

そしてもう一口パンをかじり、しばらく黙り込む。
2人の間には沈黙が流れたが、リュカはあえて口を挟まず続きを待った。

「……なんて言ったっけな。
"郷に入っては郷に従え"ってことわざ、リュカのとこにもあるかどうか分かんないけど、
とにかく、ここに来たならあいつの言うことを聞かないといけないんだろうな。
でもさ、なんだかどこか引っかかるんだ。決める前におれ達に一言あったって良いんじゃないかってさ」

「理由はきっとこれから説明してくれるはずだよ」

「理由がどうこうじゃないんだ」

リンクは珍しく落ち込んだ声で言った。

「そりゃぁあいつの方が長く生きてるのかもしんないけどさ、おれ達の考えを聞いてくれたって良い気がするんだ。
だって、自分の世界で何やってたにせよ、ここじゃみんな同じだ。同じファイターなんだからさ」

8席ある椅子は、まだ5席しか埋まっていなかった。
1人はまだ医務室のベッドで眠っている。もう1人は朝食を盆に載せて出ていったところだ。
そして残る1人、サムスはまだ操縦室にいる。
リンク達には見ても分からないモニタをたくさん広げて、エインシャントの秘密を突き止める分析だの調査だのをしているのだろう。

ミーティングルームは半分までが埋まっていた。
だがその残り半分の空白がかえって部屋の広さを強調し、どこか閑散としたものに感じさせるのだった。

仰向けにされ、床に横たわる変形戦車。
ファイターによって手ひどく破壊された彼は、疲れを知らないプリムたちの修理によってようやく本来の姿を取り戻しつつあった。
だが、肘のところからちぎれた右腕はまだ接続されておらず、落下の衝撃で使い物にならなくなった装甲は取り外され、格納庫の隅に置かれている。

内側からほのかな光を放つ、奇妙な灰色の壁。
四方の壁によって薄闇のような光度に保たれたその格納庫には、緑衣の姿があった。
立体映像などではない、生身の彼が。

そう、ここはエインシャントの拠点である広大な"城"の一室なのだ。

エインシャントは横たわるガレオムの方を向き、沈黙していた。
彼の眼には憂いと、若干の焦りがある。
しかし、それはガレオムに対するものではない。計画の雲行きが怪しくなりつつあることへの憂慮が、そこにあった。

今までに手に入れたフィギュアは22体。
対し、残るファイターは6人。
たった6人だったのだ。

決して慢心していたわけではない。なのに。

――ここまで来て、反撃を受けるとは……

そのたった6人のために、エインシャントはやっと手に入れた"駒"を1体、失った。
壊された工場や、倒された兵のことよりも、駒のことが彼に衝撃を与えていた。
たった1体とはいえ、決して取り戻されないはずの駒が奪われたのだ。

エインシャントが並みならぬ執念と緻密な計算を重ね、立てたはずの計画が、終盤に来て脅かされていた。

彼は静かに瞑目する。
同時に、その身体に見えない力が満ちる。
風もないのに緑衣がなびき……そして彼の目の前に映像が呼び出された。

『お呼びですか』『我らが主』

褪せた白色の空を背に、砂地をひた走るデュオンが浮かび上がる。

「デュオンよ。これ以上無駄に時間を使うことはできぬ。
私の力をもってしても、やつらの目を欺くのには限界がある」

『では……残存勢力は放っておき』『今まで捕えた駒を向こうへ放つしかない……と仰せられるのですか?』

デュオン・ソードサイドの鋭い目がこちらを向いた。

「うむ……。だがその前に、ファイターに勝手に起動された我が駒、あれを早急に回収しろ」

『キノコ王国のマリオ、ですか』

「おそらく研究所跡地からそう遠くないところにいるはずだ。
あれも再調整する必要がある。やつらに見つかる前に」

『承知しました』

デュオンは重々しくいらえる。
エインシャントは重ねて、こう続けた。

「そして、デュオンよ。今、お前たちの付近には第3工場があるはずだ。
そこの兵を全て連れてゆけ」

『兵を……』『……すべて?』

「そうだ。お前たちの報告によれば、第1工場を破壊したのは4人のファイターと1人のエンジェランド人であったな?
私の駒を奪い返したのも奴ら……また邪魔されるわけにはいかぬ」

そこで、背後で鈍い音が立つ。
エインシャントは視線だけを後ろに向けた。

「グ…… ガ…………」

背後、格納庫の台に寝かせられたガレオムが意識を取り戻したのだ。
瞳にちらちらと光が灯り、関節とモーターが不穏な音を立てて火花を散らす。

雑音の中からようやく声が形をとって現れる。

「オ……オレに、命じテ……ください……。ファイターを……タオセ…………と……」

やっとの事でそう言うと、ガレオムは自由にならない左腕を持ち上げた。
伸ばされた傷だらけの手は救いを求めるように、エインシャントに向けられていた。
修理していたプリム達がバラバラと振り落とされ、慌てふためいて駆け回る。

しかし、その様子を見つめるエインシャントの目はどこまでも無感情だった。

「ならぬ」

冷たく言い放つ。

「今のお前ではファイターに勝つことはできん。
……力でまさっていながら何故負けたのか。それをよく考えるのだな」

淡々と、それでいて部下の心に奥深く突き刺さるような言い方だった。

「ウ……」

ガレオムは言葉を失う。
それでも、諦めきれないのか左の手は主に向けられたままだった。
そのまま彼は悔しげにうめいていたが、やがて意識を失った。

エインシャントは、動かなくなった部下にしばし冷徹な視線を向けていたが、
再びデュオンの映像に向き直るとこう告げた。

「……デュオンよ。
ファイターに出会ったならば、こう伝えておけ。
これ以上こちらに楯突くつもりならば容赦はしない。だが、諦めるのならば無事に元の世界に帰してやろう、と」

そこでエインシャントは、意味ありげな沈黙を挟む。

「……分かったな?」

『『はッ……!』』

デュオンは、深々と礼を返した。

出し抜けにリンクが後ろを振り返った。顔がわずかに緊張している。
リュカもそちらに視線をやって、その理由が分かった。サムスがミーティングルームに現れたのだ。

これで7人のファイターが揃った。
彼女が朝言った通りなら、これから今後のことについて詳しい説明があるはずだ。

私語が自然と消え、6人それぞれの注目が橙色の鎧に向けられる。
しかし、入り口から見てちょうど円卓を挟んだ向かい側の席に座った彼女は沈黙を守るばかり。

待ちきれなくなって、リンクが聞いた。

「なぁ。全員揃ったんだから、そろそろ説明してくれよ」

それに対し、サムスは落ち着いた声でこう言った。

「まだ全員ではない。だが、もう間もなく――」

その先を、彼女は言わなかった。
代わりに扉が開き、言わんとしていた答えを示す。

「おはようございます!」

はきはきとした声に振り向くと、そこに立っていたのはまばゆいばかりの白い衣に身を包んだ天使。

意識を失うほどの怪我を負っていたはずなのに、その立ち姿に危うさはない。
服にもほころびはなく、純白の翼は生き生きと張りを持って広げられていた。

それだけではない。
挨拶した彼の口調にはいつものたどたどしさが感じられなかった。
だから、さっき聞き慣れない声だと思ったのだ。

他の人もそれを感じていたらしい。
あっけに取られた様子でピットを見つめる中、サムスだけはこうなることを知っていた様子で少し笑み、こう言った。

「ようこそ、スマッシュブラザーズへ」

思わぬタイミングの参戦者に、会議は一旦延期になった。
人のコミュニケーションを成り立たせるものは言葉だけではない、とは言うものの、
やはり言葉が通じるのと通じないのとでは、伝えられる意思や意図の明確さが違う。

お互いに言葉が分かるようになったことで、ピットは改めて自分のことを説明するようせがまれていた。
先ほどまでの張り詰めるような緊張感はどこかに消え去り、ミーティングルームには活気があふれている。
中でも、質問攻めにしているのがピーチとリンクであった。

「あのあとどこへ行っていたの? 心配したのよ、私達」

「えっと……探し求めていた相手の司令官を見つけて、それを……。
すいません、何も言わずに出て行ってしまって」

ピットは、ピーチとルイージに頭を下げた。

「いいのよ、そこまで気にしてないわ。
こうして無事に、また会えたのだもの。
それにしても、ピット君も招待を受けていたのね! 同じファイターだったら、どんなに良いかしらって思っていたのよ」

無邪気に喜ぶピーチの向こうで、サムスが確かめるように問いかけた。

「本当に、良いんだな?」

「はい」

ピットは真剣な顔をして頷く。
両手を膝の上に置き、サムスに向き直って言った。

「皆さんと一緒に、僕も戦います。
エンジェランドは救われましたが、そのエインシャントという人物が何を考えているのか、なぜエンジェランドが狙われたのか……
その理由を、会って直接聞きたいんです。僕に与えられた責任は、それを明らかにすることなんです」

はっきりと、彼はそう言った。
それから少しはにかんだような笑顔になってこう続ける。

「それに、恩返しがしたいんです。
スマッシュブラザーズの皆さんには本当にお世話になりましたから」

「気にすんなよ、ピット!」

リンクがにっと笑って言う。

「これからは同じファイターなんだからな。おれも、お前も!
……そうだ! 食べ終わったらおれが色々と教えてやるよ。空中ジャンプとか、ガードとかさ!」

それを聞き、ピットは顔を輝かせた。

「本当ですか、ありがとうございます!」

ピットがそう言って頭を下げたので、リンクは面食らってしまった。

「……おいおい、おれはオトナじゃないんだからさ……敬語とかはやめてくれよ。な?
それにきっと、あんたの方が年上だろ?」

「"とし"……って、何ですか?」

彼の顔を見る限り、冗談ではなく本気で言っているようだ。
リンクは少しの間返すべき言葉が見つからず、口をぽかんと開けたまま目を瞬いていた。

「年を知らないのか?
年ってのはなぁ、生まれたときから何年経ったかで……。
……まぁともかく、おれにそんなていねいな言葉で話すのはやめてくれよ」

「……うん。分かりまし、じゃない、分かった」

まだ少しぎこちなかったが、ピットはそう言って笑った。

「まったくなぁ……。もしかしておれ達のことも"さん"付けで呼んでたのか?
そうだったんなら、これからはそれも無しだからな!」

リンクは呆れ顔で言った。

全員の顔合わせが終わったところで、サムスは仲間の様子を見計らい声を掛けた。

「……では、そろそろミーティングを始める。明かりを」

サムスが天井の辺りに声で指示を送ると、会議室は静かに暗くなり、
円卓の中央、穴の開いた空間に像が浮かび上がった。
ぼんやりとした像が少しずつ形を取っていくなか、サムスが口を開く。

「皆はもう知っているだろう。
我々スマッシュブラザーズが、エインシャントと名乗る人物に狙われていることを。
彼は、マスターハンドの待つ本来の目的地『スマッシュブラザーズ』へと向かっていた君たちを盗み取り、この灰色の世界に閉じこめた」

静まりかえったミーティングルームに、彼女の声だけが響く。
その場にいる誰もが彼女の言葉に集中し、耳を傾けていた。

「この"エインシャント"が誰で、どうやって超時空間通路に干渉し君達を盗み得たのかは不明だ。
しかし、これまで私が目にした敵のテクノロジーを見る限り、相手はかなり高度な科学力を持つ存在だろう。
実例を挙げるときりがないが、一つの例として"事象素"の利用が挙げられる」

質問が来ないうちに、彼女はすぐにその言葉の説明に入った。

「我々が幾度となくこの世界で目にした、白く輝く光の粒子。
エインシャントは不要となった建造物やエンジェランドのような他の世界からそれを集め、人形兵や工場に転化させている。
点在している街や森の出来損ないは、おそらくその練習段階だったのだろう。
この世界における、あらゆる事象の素……したがって、私はあの粒子を"事象素"と名付けた」

そして、現状の説明に戻る。
円卓に居並ぶ7人のファイターの顔を1人1人ゆっくりと見渡しながら、彼女は声を改めて言った。

「現在……この世界はほぼ完璧に封鎖されている。
ピットの通ってきたエンジェランドとの通路も、最後に確認したときにはすでにエインシャントの兵によって発見され封鎖されていた。
また、私がこの世界に着いてからずっと行っている『スマブラ』への重力波通信に返信がないところを見ると、
……自然によるものか、エインシャントの細工かは判断が付かないのだが、この世界はおそらく、時間的にも空間的にも閉鎖されている」

そう言ってから、周りの仲間にあまり理解した様子が無いのを見たサムスはこう付け加えた。

「つまりこの灰色の世界の時間は、『スマブラ』に対して、またエンジェランドに対して止まっている。
マスターハンドはファイターがさらわれたことを知らず、またここで起きていることも知らない。
そして、この閉鎖時空に閉じこめられている我々には、彼らにこの事態を伝える術がないのだ」

そこで一呼吸置き、サムスは真剣な表情でこう言った。

「この世界の出口が見つからない以上、頼ることができるのは自分たちだけだ。
ここにいる私達の力だけで、この事態を解決せねばならない」

このことを既に聞かされていたルイージとピーチは真剣な表情でそれを受け止め、
リンクやリュカは内心おぼろげに予想していたことが事実であると知って、改めて背筋を伸ばした。

大まかな状況の説明を終えたところで、タイミング良くホログラムが焦点を結んだ。

「これが、この世界の概略図だ」

やがて現れた映像は、濃淡の違う灰色で描かれた大地。
しかし、その半分以上の領域は茫としたノイズに覆われている。

「この船で回りながら埋めていったが、警戒の厳しい地域や、途中でこの船が損壊したために向かえなかった地域の情報は得られていない。
実は、私はピットのことがあって後からここを訪れたのだが……少し来るのが遅かった。
エインシャントのしていることに気がついたとき、すでにファイターは捕まり、塔に収容されてしまっていた」

映像の中、マッチ棒ほどの大きさに縮尺された黒い塔にサムスは厳しい視線を向ける。
少しの間そうして黙っていたが、やがて気を取り直し、こう続ける。

「我々は8人。
当初から見れば上等だが……しかしエインシャントの支配下にあるファイターは20人前後はいるだろう」

その言葉に、リュカやルイージが肩を落とす。
もし彼らが一斉にかかってきたら。
1人ですら相手をするのが精一杯だったのに、それが20人以上ともなると、勝てるとは思えない。

「だが」

サムスの声が凛と響いた。

「エインシャントはおそらく、手にしたファイターを無闇にこちらに差し向けるようなことはしない」

「えっ? なんでそんなことが分かるんだよ」

リンクが円卓に手をつき身を乗り出す。その声には疑問ではなく、期待があった。
サムスは彼に頷きかけ、続ける。

「まず、少し説明させてくれ。理由は後から話す」

リンクが席に腰を下ろしたのを見届けて、サムスは再び説明を始めた。

「エインシャントの最終的な狙いは、ただファイターを捕まえることではない。
我々を操って、おそらくは他の世界を侵略しようとしているのだ」

立体映像が一気に縮み、灰色の世界は小さな球体になる。
と共に、周囲に無数の球体が現れた。水晶玉のように透けているものもあり、その中には様々な世界が浮かんでいた。

針葉樹そびえる森、のどかな風吹く草原、溶岩の流れる火山地帯――
リュカはその中に、見慣れたタツマイリ村の景色を見つけた気がした。

ほとんどの球体は細い輝線によって、ある1つの球体と連絡していた。

その球体の中には、中心からずれた場所を十字に切られた金色の円盤が浮かんでいる。
久しぶりに見るシンボル。招待状にも描かれていた印だ。
つまり、あれが本来リュカ達が訪れるはずだった世界『スマッシュブラザーズ』なのだろう。

よく目をこらすと、その球体の近くには小さな球体が浮かんでいた。
どことも連絡せず、『スマッシュブラザーズ』のエンブレムの裏に潜む、灰色の球体。

サムスが続きを語り始め、映像に見入っていたリュカとリンクは注意を戻す。

「我々の閉じこめられたこの灰色の世界は、実は放っておけば自然に消滅してしまうほど小さく、脆い。
過去に何者かが……おそらくはエインシャントが、この世界の"地盤"にまでエネルギーを求めて手を出してしまったからだと思うが、
彼はそれだけでは飽きたらず、他の世界を支配、事象素の形で吸収し、自分の領土と権力を確固たるものにしようとしている」

「……そうか、だから僕らを!」

ルイージがはっと顔を上げた。

「どういうことですか?」

ピットがすぐに尋ねる。

「つまりこうだよ。
僕らファイターは、特殊な世界『スマブラ』で闘うために色々なことができるようになってる。
例えば『スマブラ』に繋がる世界ならどこへでも行けるし、その世界が持ってるルールというか……法則に縛られることなく自由に動ける。
マスターが狙ったものじゃなく、どちらかというと副産物みたいな効果なんだけど、
つまり、僕らを手に入れれば、『スマブラ』と繋がる無数の世界を手に入れたも同然、ということなんだ」

「その通りだ」

サムスがゆっくりと頷いた。

「我々には、他の世界を制圧することも可能となるほどの適応性質が備えられている。
しかし、今までどんな野望を持った者でもそれを試みた者はいなかった。
なぜなら、いくら他の世界を征服したところでそれは異世界。
適応できるのはファイターである自分1人のみであるから、征服する意味が無いのだ。
マスターハンドも、おそらくそれを分かっていてこれほどの汎用性を持たせているのだろう」

リュカは、机の下でそっと手を握りしめる。
"世界を征服する"。
信じられないが、そんな途方もない野望を持った人もファイターの中にいるらしい。

「……しかし、私は以前から憂慮していた。
新天地を征服し搾取するような支配ではなく、同化……文字通り世界を飲み込むことが目的だとしたら。
その場合、適応不適応は全く関係がなくなる。
抵抗分子をファイターの力で排除し、その後で自分の世界に取り込めば良いからだ。
我々ファイターの戦力を悪用すれば、おそらくエンジェランドの例よりもはるかに早いスパンで同化を終わらせてしまえるだろう」

立体映像の中で、影に潜んでいた灰色の球体が動いた。
他の球体に接近し、次々に飲み込んでいく。
球体、多種多様な世界は触れられたそばから個性を失い、次々と灰色に染まっていった。

やがて灰色の球体は醜くふくれあがり、ホログラムの表示限界一杯になって、ノイズと化した。

「無論そのままでは、我々の誰もが『自分の部下になれ』と言う彼の要求をはね除けるだろう。
だから初めから選択肢を与えず、意識を切り離したままフィギュアの身体だけを操る、という手段に出た」

その言葉に、メタナイトが黙ったまま、複雑な面持ちで視線をそらした。

「そんな芸当を可能としたのは今の我々が"フィギュア"という特殊な身体になっていること。
本来覚えていない技も違和感なく使えるよう、全ての技は型となってフィギュアに記憶されている。
つまり、意識と連絡がない状態の身体、フィギュアさえあれば戦力として事足りるのだ。
どこでそんな知識を得たのかは分からないが……エインシャントはそこに目をつけ、ファイターを自分の手駒にしている。自らの野望のために」

厳粛な面持ちのまま、彼女はこう続けた。

「ところが、彼の計画には破綻があった。彼の支配は完全ではなかったのだ」

ルイージから話を聞いていたピーチは、期待をこめてサムスを見つめる。

「リンク、君たちが大工場を壊し、向こうに"ファイターが自由になりうる"と示したことと、同時にしてエインシャントが捕まえたファイターを移動させたこと。
この2つには関係がある。彼はうかつに我々の前に手駒を晒し、奪われてしまうのを恐れているのだ」

リンクが顔をぱっと輝かせた。

「じゃあ!
おれ達が戦うのは、エインシャントとあのデュオンってやつくらいなんだな?」

「おそらくは。
しかし……エインシャントがフィギュアを移動させたのは、おそらくより強固な支配を掛けるためかもしれない」

「それじゃやっぱり、急いで追いかけないとだめじゃんか……!」

「その通りだ。だが……」

逆接の言葉を口にし、サムスはわずかに間を置いた。
その沈黙のうちにリンクは彼女の葛藤を察し、乗り出しかけた身をわずかに戻す。

改めて少年と目を合わせ、サムスは続けた。

「……このマザーシップはまだ飛ぶことができず、偵察船ではもはや追いつける距離にない。
仮に追いつけたとしても、今手を出せばエインシャントも全力で向かってくるだろう。
まだ我々の体勢は整っていない。正面対決に出るのは時期尚早、と判断せざるを得ない状況だ。
そこで――」

きっぱりと顔を上げ、7人の仲間に告げる。

「我々は、今現在、より確実に助けられる者を探す。
初代からのメンバー、そしてここにいるルイージの兄である、マリオを」

「なぁリュカ。あいつのことどう思う?」

寝室兼居住室の小部屋に寝転がり、天井を眺めていたリンクがふいに言った。

「あいつって?」

靴ひもを結び直しながら、リュカが問い返す。

「ほら、サムスのことだよ」

「サムスさんのこと?
うーん……すごいなって、思う。ほとんど1人であそこまで調べたんだから。
強そうだし、頼れそう」

本心から、リュカはそう言った。
しかし、リンクは納得できない様子で、

「ふーん、そうか……」

と、口を尖らせた。

「確かにそれもそうだけどさ、なんか何でも1人で勝手に決めてるような感じがして、好きじゃないな」

「リンクは違う意見があるの? 何か、エインシャントの企みについて」

リュカは意外そうな顔を向けた。
確かに操縦室では議論の外に置かれてしまったことを怒っていたリンクだったが、
ミーティングではあれだけ会話の前に出ていってサムスと話していた。
だから、てっきり彼女を見直したものと思っていたのだ。

「無いけどさー……いや、おれもあれで合ってると思う。
ファイターのみんなを今助けに行けない理由も分かる。なんか悔しいけど、仕方ないとは思うさ。
けど、何て言うかなぁ!」

言葉を探し、眉をしかめるリンク。
やがて、観念したようにこう言った。

「そうだよ。部屋出たときにサムスが言ったこと。それがやっぱ嫌なんだよ」

「言ったこと? 何か言ってたっけ」

「おれに言ったんだ。
『スマブラにはすでにリンクというファイターがいる。これが初めてではないが、君にもいずれ別の名がつくだろう。
しかしリンクがここにいない今、君を便宜的に"リンク"と呼ぶことにしよう』ってさ!」

そこで彼は組んでいた腕を投げ出し、勢いよく大の字になる。
その格好のまま、天井に向かって彼はどなった。

「何だよベンギテキって!
おれは誰が何と言おうとリンクなんだ」

「僕にとっても君はリンクだよ」

そう言いつつも、しかしリュカは、名前のことくらいでリンクはサムスのことが気に入らなかったのか、と少し拍子抜けしていた。
とはいえ、いずれ別の名で呼ばれると知ったリンクの憤慨も分からないでもなかった。

リンクががばっと起き上がる。

「船を探険するぞ! リュカ、ついてこい!」

そう言うと、ずんずんと扉の方へ歩いていってしまう。
リュカは慌てた。

「ま……待ってよ!
サムスさん、あまり出歩いちゃだめって言ってたじゃないか」

「分かってるって。
どこにも触んなきゃいいんだろ?
それに、これからおれ達の拠点になるとこについて知っておかなきゃいけないしな」

それを聞いて、リュカは少しほっとした。
少なくとも、リンクはここを出て行こうとまでは思っていなかったのだ。

彼のことだから、そのうちサムスとのいざこざも忘れてしまうかもしれない。

Next Track ... #19『Dissonance』

最終更新:2014-10-30

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