Open Door!
Track19『Dissonance』
~前回までのあらすじ~
『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。
一度は何事も無く『スマッシュブラザーズ』に辿り着いていたサムスは、マスターハンド直々の依頼によってエンジェランドを訪れていた。
そこで見たエンジェランドの荒廃ぶりに違和感を覚えた彼女は、先に向かったというピットの後を追って、この灰色の世界に来たのだ。
それからしばらくマザーシップを駆ってピットを探し、同時に情報収集をしていたサムスは、
新たにファイターに加わったピットを含む、リンク達新入りのファイターにこれまで明らかになったことを語る。
そしてその上で、現状の目標を駒にされてしまった"ミスター・ニンテンドー"マリオの奪還に定めるのだった。
Open Door! Track 19 『Dissonance』
Tuning
不協和音
目の前に浮かぶのは、灰色一色で描かれた幻。
その幻影は所々に穴が開き、机の上に放り投げられたボロ切れのようにみすぼらしい姿をしていた。
だがこれが、何の説明も無しにこの世界に放り込まれた自分たちの道しるべとなる、大切な地図なのだった。
会議室の丈の高い椅子に座り、膝に手を置いて、リュカはその立体的な地図をじっと見ていた。
ほんの少しだが、昨日まで空いていた穴が埋まっている。
自分たちの話を元に、サムスが地図を修正していったのだ。そしてその跡は、そのまま自分たちが辿った足跡でもあった。
最初の地点は、広大な空白に囲まれてぽつりと描画された灰色の平原。
リュカが落ち、リンクと初めて出会った場所。
あの時は途方もなく広く思えた平原だったが、こうしてみると地図のごくちっぽけな一点でしかない。
そこから真っ直ぐに進んで、点線はそこから地下通路に入っていく。
人形達に追われながら脱出した先には、半端な弧を描く山脈地帯が広がっていた。
地図上で見ると、今自分たちが隠れている山脈と一続きになっていることが分かる。
その山の頂上では、エインシャントの手下ガレオムと戦った。
ガレオムとは、サムスも出会ったらしい。この母船を半壊させたのはあれの仕業だと言っていた。
そんな化け物に勝ったのか、とリンクは少し得意げな顔をしていたが、リュカの方は少し青ざめた。
あれはガレオムの油断とリンクの機知、そして運にも大きく左右された勝利だったのだ。
そして、山を下ったところでリュカ達はカービィと出会った。
彼はすぐにどこかへ走り去ってしまい、入れ替わるようにして2人は彼の友達、当時は操られていたメタナイトにも会った。
問答無用で剣を向けられ、説得も通じなかった。あの時は訳が分からず、ただ恐かった思い出しかない。
リンクの"風のタクト"の力で一旦難を逃れたものの、2人は見渡す限りの砂漠地帯に迷い込んでしまった。
こうしてホログラム上で見ると、サムスが探索していた範囲で見てもかなり最果ての場所に飛ばされていたらしい。
水と食料を切り詰め、数日歩いてやっとたどり着いた街は、すでに大昔に打ち棄てられていた。
だがそこでリュカ達は食料を見つけることができた。そして、今の仲間達も。
リンク、カービィ、ピット、メタナイト、そして自分。
この5人で初めてエインシャントの基地に挑んだのだ。
デュオンの指揮していた巨大工場に。
力を合わせて、アンテナのところまでは辿り着くことができた。そう、そこまでは。
だが、デュオンの方がはるかに
リュカ達は圧倒的な軍勢に取り囲まれ、捕まりかけた。絶体絶命だった、はずなのだが――
リュカには、あの瞬間以降の記憶がない。
だから、メタナイトとピットが見たという流星群も覚えていない。
工場を跡形もなく壊し、ルイージ達がこちらを発見するきっかけになったという星の嵐。
誰が、いや、何がそれを起こしたのか。自然現象なのか、それとも。
サムスでさえも、黙って首を傾げるだけで答えをくれることはなかった。
そんなことをぼんやりと考えていたリュカの目の前でふいにホログラムが瞬き、彼は意識をサムスとリンクの会話に戻した。
こちらが今までに見てきた事物をあらかた話し終わったので、
今はリンクが、昨日のミーティングでは解消されなかった疑問をサムスにぶつけていた。
「そうだな……例えるのなら」
手元に幽霊のように浮かび上がっている四角い絵"操作盤"の上で、サムスが指を軽く踊らせる。
それと同時にホログラムが揺れ、一瞬後には色鮮やかな大地がいくつも現れた。
「うわぁ!」
カービィが歓声を上げる。
円盤に乗った森林、海、砂漠、雪原。
ミニチュアの世界がお互いに距離を持って、ゆっくりと見えない軌道を描き始める。
本物よりも彩度が高く眩しい虚像が調ったところで、サムスが次の言葉を継ぐ。
「……海に生きるもの、陸に生きるもの。
共に暮らせるようにそれらの存在に少し手を加える、そういうことに近いだろう」
サムスの言葉を十分反芻し、リンクが口を開く。
「つまり、そいつらは海でも陸でも生きれるようになるんだな?」
何の話をしているのか、リュカが急いで周りから読み取ろうとしていると、リンクが続けてこう言った。
「じゃあ、フィギュアってのは『スマブラ』で暮らすための体なのか」
「そういうことだ」
サムスが頷くと同時に、ホログラム上で変化が起こった。
流れていた円盤たちが混じり合い、溶け合って1つの球、惑星を造り上げる。
カラフルなパッチワーク。いくつもの領域を持つその星の上を、何百何千という光が駆け巡りはじめた。
空を越え、海に潜り、大地を走る。
その惑星は徐々に小さくなり、やがて金色の輝きを持つ球体に姿を変えた。
二本の線が直交する円盤。昨日も見た"スマッシュブラザーズ"のシンボルだ。
球は手の平で抱えるほどに小さくなったが、目を凝らせばまだ、その周りを飛び回る無数の光を見ることができた。
「『スマッシュブラザーズ』とは様々な世界の交差点であり、交差する全ての世界の性質を受け継いでいる。
そのため、繋がっている世界であればどこの住民であっても『スマブラ』を訪れることができるというわけだ。
これは我々に置き換えても言えること。同じステージに上がって闘えるように、我々もまた全ての総和である『スマブラ』独自の性質を持たされている。
我々が力尽きるとフィギュアになるのは、そのうちのある世界からの影響が大きい」
「ふーん、そうか。
……んっ? でもちょっと待てよ。
それじゃおれ達の元の体はどうなったんだ? 向こうに置きっぱなしって訳じゃないよな」
「その点は心配ない。
昔、私も君と同じ疑問を持ってマスターハンドに聞いたことがあるのだが、
その時の彼の返答によれば、我々の身体は相転移……つまり、水が氷になるように可逆性の変化を起こしているそうだ」
「カギャクセイ……?」
眉間にしわを寄せたリンクに、円卓の向こうからメタナイトが補足した。
「つまり、元に戻りうるということだ」
「なるほどなぁ……。
んー……まだよく分からないけど、ともかく、ファイターになったってことで色々と変わっちまったんだな。
マスターも手紙に書いてくれりゃあいいのに」
腕を組み、ため息をつくリンク。
その気持ちはリュカも同じだった。
"フィギュア"の身体になって不便さや違和感を感じたことはないのだが、その前に一言くらい説明は欲しかった。
そんな気持ちを読み取ったのか、サムスはゆっくりと頷いて同意を示す。
「マスターハンドの感性は、我々とは少しずれているからな……彼にとっては大したことではないのかもしれない」
ここで、サムスの顔を何気なく見やったリュカは、無意識のうちに感じとった彼女の心に軽い驚きを覚えた。
リュカ達5人の話を真剣に聞き、時折質問しつつ手元の小さな光る板に書き取っていたサムスだったが、
その心には喜びよりも、落胆と焦りが大きく表れていたのだ。
しかし、その落胆はよくよく見れば自分たちの情報に対してではないようだ。
では、何に対して?
それ以上の心情は微妙なもやに隠されており、リュカは読み取りを諦めた。
心が見えるとはいえ、リュカはそのイメージが意味するところの微妙な感情や思考のひだまでを的確に当てることはできない。
そこには個人の心の"クセ"も関わってくるからだ。
◆
8人の共同生活が始まってから、3日目。
限られたスペースに最低限の施設を詰め込んで、ぶ厚い装甲で覆った船。それが宇宙船。
そこでは、移動と生存のために必要なものから順位をつけられて、無駄は徹底的に削られていく。
だから、今ピーチが立っている"調理室"も彼女の城の厨房に比べれば、その大きさの比はボスパックンに対するクリボーのようなものだった。
そもそも、サムスが普段船の中で悠長に料理をすることなど無いから、狭い調理室に置かれている機器はたったの2つである。
濾過された水を蓄え任意の温度で出すことのできるタンクと、手に入れた食材を解毒し、加工調理する機械。
彼女が未開の星を探査する際は、これらの機械が裏方で生活を支えていた。
ちょっとした洗濯機ほどはある加工機械の前に立ち、ピーチは作業が終わるのを待っていた。
ドレスの上から真っ白なエプロンを掛け、その前で手をゆるく組んでいた。
いつもの長手袋は外されて、彼女は今すらりとした腕を素肌のままにしている。これから料理をするのに、手袋は邪魔になるからだ。
後ろの調理台には、開封済みの乾燥食品の袋がきちんとたたまれていた。
その袋は船に保存食として積まれていたもので、表にはきつね色の乾パンにも似た絵が描かれている。
保存食であるからもちろんそのまま食べることもできるのだが、しかしピーチはそこに一手間加えることを望んだ。
電子音が控えめに鳴り、機械のロックが外れる。
調理機械にしてはやや厳重なハッチを開けると、空気がかすかにため息をつき、それと共に穀物の香りが漂ってきた。
ピーチは慣れた手つきで機械の中に手を差し入れ、薄い小麦色の粉が入ったボウルを取り出す。
空いている手で機械のハッチを閉めて、後ろの調理台に向き直るとボウルを置き、別の小皿を手に取った。
これから彼女が作ろうとしている料理の材料が調理台の上に並び、手に取られる時を待っている。
水以外は全て、調理機械で手に入れたもの。ピーチはそれらを、目見当で加えていく。
ボウルの粉は、いつの間にかずっしりと粘る生地になっていた。姫はそれを手ずからこねている。
そう、彼女が作っているのはパン。ファイター達の食卓を飾っている主食であった。
サムスに救助され、マザーシップで暮らし始めて数日経った頃。
毎日続く乾燥食品と培養野菜の組み合わせに、ピーチは故郷の食事が恋しくなってきていた。
ピーチ城で暮らしていた頃は、当たり前のものと思っていたごく普通の食事。それが、急にかけがえのないもののように思えてきたのだ。
だが、無いものをねだるほど彼女は世間知らずではない。
ここに無いのなら、作れば良い。
ピーチはそれに思い至り、すぐにルイージと共にささやかな挑戦を始めた。
2人には料理の勘と味覚のセンスが揃っているし、オーブンやミキサーの役割は調理機械がやってくれる。
船にある保存食を使い、もっと味の良いものを、本物の食事らしいものを作れるはずだ。
もちろん、最初は失敗ばかりだった。いくつもの保存食を無駄にし、諦めかけた時もあった。
船の食料が減っていくことに対し、しかしサムスは何も言わなかった。
"生き残りを捜す"という、望みの薄いミッションを続ける2人の息抜きがこの料理であることを分かっていたのだろう。
そして、調理機械に上手くこちらの意図を伝えられるようになった頃、ようやく2人の見慣れた食事を作れるようになったのだ。
そこからの進歩は早かった。培養野菜をおいしく食べるためのドレッシング、温かなコンソメ風味のスープ、そして焼きたてのパン。
あの時は、2人の努力が予想していた以上に報われるとは思っていなかった。
「おっ、ピーチ何してんだ?」
ふいにそんな声が掛けられた。振り向くとリンクが顔を覗かせている。
その後ろにはリュカやカービィ、ピットもいる。
彼らがこの船に来て3日経った。船内はさらに狭くなり、用意する食事も倍以上に増えた。
しかし、ピーチは少しも大変だとは思っていなかった。むしろ、その賑やかさを歓迎していた。
元から賑やかなのが好きな人なのだ。
「明日食べるパンを用意しているのよ」
笑顔を見せ、ピーチは答えた。そして、こう付け加える。
「でも私1人じゃ大変だから、良かったら手伝ってくれる?」
「うん! やるやるー!」
カービィが元気よく手を上げて応えたのを皮切りに、子供たちはわっと調理室に入ってきた。
狭い部屋は、たちまち足の踏み場もなくなってしまう。
「どのみち暇だったからなー。入れる部屋は全部見たし。
……ていうか、おれ達が入っていい部屋なんてほとんど無いしさ」
リンクはそうこぼした。
ピーチは何も言わず、ただ微笑んだ。
分かっていたのだ。彼ら子供が暇を持てあましていることを。
今、この船にいるファイター達は洞窟の外に出ることを固く禁じられている。
子供達に至っては、船の外に出ることさえも許されていなかった。もちろんいずれも、エインシャントに見つからないためだ。
ちょっとした屋敷ほどはあるマザーシップだが、3日もあれば大体の場所は探検し尽くしてしまうことだろう。
本当は材料さえ揃えてしまえば、調理機械に自動で人数分の食事を作らせることもできた。
この機械は、ありとあらゆる調理器具を組み合わせ、そこに頭脳を載せた、つまりはコックロボットのようなものなのだ。
それなのにわざわざ自分の手で食事を作る理由には、人の手がかかったものには特別な何かがある、という思いもあったかもしれない。
だが、もう1つ。彼女でさえ気づいていない理由があった。
パンを子供たちに任せ、夕食の下ごしらえに取りかかっていたピーチは、ふいにリンクからこう尋ねられた。
「なぁ、今おれ達が探してるマリオって、どんな人なんだ?」
「そうね……」
ピーチは野菜を刻んでいた手を止め、考え込む。
彼女の心に表れたわずかな陰りに気がついたリュカは、リンクに少し咎めるような視線を向けたものの、彼には気づかれなかった。
リュカの心配とは裏腹に、やがて姫は笑顔で答える。
「いつも陽気で、みんなを楽しませるのが好きで、それでいてどんな困難が立ち塞がっても諦めない……そういう人よ」
「ふーん、あんまりルイージと似てないんだな」
率直に感想を言ったリンクの横から、カービィがこう言った。
「でもね、顔はそっくりだよ。あと、曲がったことがきらいなのもね!」
ピーチはくすっと笑い、そこにこう付け加える。
「そして、ルイージよりも少し背が低いのよ」
「えっ、そうなのか? どのくらい低いんだろう。おれと同じくらいだったりするのか?」
そう言って目を丸くしているリンクの身長は、背伸びしてようやく調理台の上に胸が来るくらいである。
「すくなくともぼくよりは高いよ」
「当たり前だろー? お前より小さい人間がいるなら見てみたいよ」
リンクがカービィにそうつっこみ、調理室には笑いがあふれた。
ひとしきり皆で笑った後で、ピットが少し真面目な声に戻ってこう言う。
「マリオさんが見つかったら、必ず連れ戻しましょう。僕は、全力で援護します」
「おれも協力する!」「僕も!」
次々に子供たちが後に続き、手を上げる。
「ふふ、みんなありがとう」
そう言ってから次の言葉が出てくるまでに、少し間があった。
「でも……。
もしかしたら、これからやることが変わるかもしれないわ」
その言葉に、リンク達は怪訝そうな顔をした。
ピーチは野菜を切る手元に目を戻し、呟くようにして続ける。
「あと5日で見つからなかったら、捜索は打ち切ってエインシャントの拠点を探すの」
「えっ、そんな……」
リュカが困惑した表情をして言う。
その横から、リンクがピーチに詰め寄った。
「なんでだ? そんなの聞いてないぞ」
少年の強い視線に、ピーチははっとしたように目を瞬かせ、取り繕う。
「……そう決まったのよ。あなた達にも後で話があると思うわ」
その言葉は、何かを隠していた。
「いつ、どこでそう決まったんだ?」
腕を組み、リンクは問う。しかし、その口調の強さはピーチに向けられたものではなかった。
ピーチは手を止め目を閉じて逡巡していたが、やがて観念したように小さくため息をつく。
そして、再び少年に目を合わせてこう切り出した。
「昨日の夜、集まって決めたのよ。探し始めて1週間経っても見つからなかったら、もう連れ去られてしまったのだと判断しよう、と。
……あなた達が呼ばれなかったのには、理由があるわ。
あの人も、悪気があるわけじゃないの。ちゃんとした理由があってそうするのよ」
「どんな理由なら、おれ達を仲間はずれにしても良いって言うんだ?」
"厳しい現実に直面させるには、彼らは精神面においてまだ未熟だ"
昨夜、リンクと同じ問いをしたピーチに、サムスはそう答えた。
だが、ここでそんな答えを返すわけにはいかない。
答えが返ってこないのを見て、リンクはため息をつき料理に戻った。
その憮然とした横顔を見守りながら、ピーチは後ろめたさを覚えていた。それが自分のせいではないにせよ。
実は、昨日の夜ばかりではなかった。
朝のミーティングとは別に、夜遅く開かれる会議。いつもそこには子供たちの姿だけが欠けていた。
初めピーチは、てっきり別個に会議を開いているものだと思っていた。ただ単に時刻が遅いから呼ばれていないのだろうと。
しかしあるとき、自分たちの行く先を決めるほど重要な議題の全てが、この場で決定されていることに気がつく。
確かに、会議で話し合われる現状は当然ながら深刻なものも含む。
それを直接聞かせてしまえば、子供たちはその重みを受け止めきれず、希望を失ってしまうだろう。
――でも、彼らをいつまでも子供扱いするのは……正しいことなのかしら?
ピーチは、彼らの背や腰に携えられた武器に残る、彼女が知らない戦いの痕を見つめた。
◆
マザーシップを2階建ての屋敷に例えるなら、格納庫は1階部分のガレージに当たるだろう。
ただし、そこには車ではなく近未来の偵察船が駐まっている。
母船をそのままミニチュアにしたようなドーム型の偵察船は、格納庫の中央を陣取ってメンテナンスを受けている。
リンク達はその横の狭い空間を使い、ピットのトレーニングにつき合っていた。
マリオの捜索は船のAIとサムスが担当していて他のファイターが入る余地もなかったし、そもそも子供達には船の機器なんて触らせてもらえない。
船の中も探索しきってしまった彼らのすることと言えば、一番新入りの仲間に対する特訓だった。
「なんだよお前飛べんのかよ!」
目を丸くし、同時にちょっと羨ましそうな様子もあるリンクの視線の先には、天井付近まで飛び上がったピットがいた。
「はい、あぁ……でもあまり長くはきついな。
ペガサスの翼を使えばもっと飛べるかも」
早速"二段ジャンプ"から教えようと張り切っていたリンクだったが、
初っぱなからそれをあっさり達成、どころかそれ以上のものを見せられてしまって呆気にとられているようだった。
何しろ、今までの旅でピットが飛ぶ様子は一度も見たことがなかったので、てっきり翼は飾りだと思っていたのだ。
翼が疲れたのか、少し息を弾ませてピットが降りてきた。
「それにしても、こんなに飛べるようになってたんだ……。
これも、僕がファイターになったことと関係があるんでしょうか?」
「また敬語になってるぞ」
リンクが軽く注意する。
「あれっ? ……あっ、うっかりしてました」
言ってからまた敬語を使っていたことに気づき、はっと口を閉じる。
その慌てた様子にカービィが笑いだし、つられてピットも笑った。
「ごめん、どうしても使っちゃうんだ。
イカロス達に話すのとも、パルテナ様に話すのとも勝手が違ってさ……何だか難しいね」
そう正直に言うので、リンクもそれ以上無理強いする気は起きなかった。
こちらも笑って肩をすくめ、その話題を切り上げる。
「ま、急ぐことはないけどな。
じゃあ、次は"シールド"いくか!」
「投げるよ~」
格納庫の端に立ったカービィが、先ほど彼がどこからか見つけてきた柔らかい緩衝材の欠片を1つ取り上げた。
「盾で防いだらだめかな?」
細長い空きスペースの中央に立つピットが聞く。
「んー、つかってもいいけど、でもやっぱりシールドできるようになったほうがいいよ。後ろからのもふせげるからね!」
そう言って、カービィは投げるフォームに入った。
ちっちゃな腕をぐるぐると回し始めたカービィを前にし、ピットは目をつぶる。
おそらく、カービィから伝えられた"自分の周りに球をイメージする"を実践しているのだろう。
「行くよー!」
「はい!」
ほぼ同時に、黒いゴム材が飛んだ。
寸前までピットは我慢していたが、ついに左手を上げ鏡の盾でそれをはね返してしまった。
来た道を戻り弧を描いて飛んできたゴムを、カービィはぴょんと跳び上がって両手で捕まえる。
リンクと共に壁際によって、その練習風景を見ていたリュカは内心で意外に思っていた。
彼がシールドを覚えたのは旅のかなり最初の時点だったのだが、
戦いの中で偶発的に発動したのがきっかけだったこともあり、てっきり他の皆も簡単にできるものだと考えていたのだ。
しかし、思い返してみれば5人の中でシールドを使っていたのは自分とカービィくらい。
リンクはほとんど、その背中に背負っている盾を使っていた。やっぱりそっちの方が使い慣れていたからだろう。
壁際に立つリンクが助言した。
「いっそ、一度盾をどけといたらどうだ?
手元にあると、やっぱそれを頼っちまうと思うんだ」
やがて、鏡の盾を地面に置いたピットに次々とゴムの塊が投げられる。
初めこそ服や腕に当たっていたが、少しずつシールドらしき光が見え始め、
ゴム材がその障壁にぶつかってその場に落ちることが増えてきた。
順調に進んでいると見て、リンクもゴム投げに加わっていった。
1人壁際に残ったリュカは、歓声を上げてゴム投げ合戦をしている仲間を見ながら、
床に置かれていた鉄の角材に座って、何とはなしに考え事をしていた。
ファイターになってできるようになった"二段ジャンプ"、"シールド"、"回避"などの技。
自分が覚えつつあり、そして今ここでピットが教えられている技。
これは本来、乱闘をするための技術だ。同じファイターである人々と。
しかし、自分は闘えるだろうか?
共に暮らし、共に遊ぶ仲間と。
そのことは手紙に書かれていた。
決心はついていたつもりだったし、何より強くなりたいと思っていた。
だが、こうして様々な仲間と共に進んできた後では、
マスターハンドが招待状で語っていた"ファイターであることの意味"は、リュカに複雑な思いを抱かせていた。
他の人のように、それこそリンクのように技比べだと割り切ることもできない。
向こうは、試合は試合として掛かってくるだろう。でも、自分はPSIを放てるだろうか。
キマイラのように我を失って向かってくる訳でも無く、人形兵のようにただ純粋に命を狙ってくる訳でも無い、血の通った心を持つ相手に。
やってみなければ分からないかもしれない。しかし、俯いたリュカの目には、ステージの上で立ちすくんでいる自分の姿が想像できるのだった。
その幻を見つめながら、彼は自問した。
自分はもしかしたら、ファイターに向いていないのだろうか。
そういう結論に至ってしまい少し落ち込んでいたところで、不意に自分の名前を呼ばれてリュカは顔を上げる。
そこには、いつものやんちゃな笑顔をしたリンクが立っていた。
「何ぼーっとしてんだよ。
ほら、休憩するからちょっとこっち来なよ」
サムスの直前にこなしていたミッションが長期に渡っていたこともあり、マザーシップに積まれた食料にはまだ余裕があった。
しかし、乗組員が5人も増えた以上いつまでも安心してはいられない。
リンク達が廃墟の街で見つけた乾燥保存食も貴重な食料として保管庫に移されたが、
例外として、食事には混ぜられない甘みの強いものは"お菓子"という扱いになり、自由に持ちだして良いことになっていた。
休憩しながらリンク達はそのお菓子を分け合い、雑談しながら食べていた。
外を旅していたときもこんな光景は何度もあったが、今の方がずっと和やかな雰囲気だった。
やはり、人形の不意打ちを警戒する必要がないということが大きいのだろう。
今はその代わりに、母船を修理している自動機械が3台ほど交互に格納庫を出入りし、
鉄材や何かの配線を持って4人のそばを静かに通っていく。
姿はこちらの方がスリムで頭もなく、やたらと腕があって奇っ怪だったが、
マザーシップの修理のために彼らが甲斐甲斐しく働く様子は、どこかあの白いロボット達と似ていた。
彼らの黙々と働く姿に触発されてか、話題はマザーシップのことに移っていく。
「おれ達がここから動けないのは、この船が直ってないからなんだよな」
そう言って、リンクは拳で軽く床を叩いた。
「なおるまで何日っていってたっけ? んーと……はやくて一週間?」
カービィが体を傾げ、サムスの言葉を思い返す。
「その前に船を直す材料が無くなるかもしれないとも言ってたから……
早くて一週間というのは、本当に上手く物事が進んだ場合だと思うよ」
そうきっぱりと言ったのはピットである。
「一週間もここでじっとしてるなんて、考えたくないな!
だって、こうしてる間もあの"鳥"はファイターを乗せてどっかに向かってんだろ?
……いや、もうどこかに着いたかもしれないしな」
"鳥"というのは、囚われたファイター達を内部に閉じこめたまま飛び去った黒い輸送船を示す、誰からともなく広まった呼び名だ。
しばらく難しい顔をして黙っていたリンクだったが、苛立たしげに荒くため息をつく。
「あー! なんで今すぐにでも向かわないんだよ。こんなとこに閉じこもってさ!」
リンクの言葉に、リュカは驚いて目を瞬かせた。
「だって……どこに?
サムスさん、言ってたじゃないか。
どっちにしても"鳥"はもうすぐ、この船の機械を使っても見えない遠くに行っちゃうって。それに……」
「それに、おれ達の態勢がまだ整ってない、だろ?」
リンクはその後を継ぎ、不満げに鼻を鳴らす。
そのことについては、しかしリンクにも反論の余地は無かった。
大工場での攻防がまだ記憶に鮮明に残っていたからだ。
5人で意見を出し合い、綿密に計画を立て、可能な限りの力を尽くした。
それでも、危うく全滅するところだったのだ。
これがエインシャントの拠点ならどのようなことになるのか。
考えなくとも結果は明らかだった。
◆
マザーシップ、操舵室。
船体外殻に沿ってカーブを描いている正面は一見ガラス張りの窓のようにも見えるが、
これは全て、高い技術力で作られた高性能ディスプレイである。
今そこには船外の様子、わずかな光を受けてぼうっと浮かび上がる灰色の洞窟が一面に映し出されていた。
ディスプレイの前にはファイターが2人いた。
この船の持ち主であるサムスと、キノコ王国の姫君ピーチ。
会議が終わり解散が言い渡されたのだが、彼女1人はサムスの後について操舵室に来ていた。
「とにかく、あなたは少し休んだほうが良いわ」
率直に切り出したのは、ピーチである。
「みんなをまとめて、船の修理もして、エインシャントのことについて考えて……。
あなたは1人しかいないのよ。あまり無理をしてはいけないわ」
両手で紅茶のカップを包み、ピーチは優しく、それでいてはっきりと告げた。
サムスの近くにある台にも、彼女の分の紅茶が置かれている。
しかし当の本人はそれに目もくれず、忙しげに仮想ディスプレイを操作していた。
しばらく口を引き結んでいたサムスだったが、やがてため息と共に答える。
「……だが、私は休むわけにはいかない」
再び、宙に浮くホログラムに手を戻し、続ける。
「我々は新たに5人のファイターを得たが、代わりに20人以上のフィギュアを見失いかけている。
情報は手に入った。しかしどれも断片的で主観的であり、我々を取り巻く状況に対し判断を下すにはまだ足りない。
敵の本拠地についても、位置すら分からないままだ。
状況はいぜんとしてこちらの圧倒的不利。
ここから少しでも相手について知り、前に進んでいかなければ我々は負ける」
「でも、あなた1人だけで頑張る必要は無いわ。そうではなくって?」
その反論を、しかしサムスは静かに首を振って退ける。
「君やルイージはともかく、子供達は本当の危機意識というものを持っていない」
ピーチはその裏を読んだ。
「任せられない、ということ?」
サムスは答えず、しばらく黙って仮想ディスプレイの上で手を走らせる。
その間、ピーチも考えを巡らせながら彼女の後ろ姿を見ていた。
やがて音を立てずに紅茶を一口飲むと、そのカップに目をおとしたまま穏やかに言った。
「たまには他の誰かを信じてみたらどう?」
この言葉には、さすがのサムスも振り返った。
「信じる……?
私は君たちを信じている。疑ったことなど無い」
怪訝そうな顔をして言ったが、ピーチはすぐに首を横に振る。
「そういうことじゃないの。
他の人を信じる……疑わないだけではなくて、
自分の全てをその人に託してしまっても良いと思うくらい、信頼する事よ」
そこまで言って、ピーチはふと笑った。
「ふふ、ごめんなさい。
あなたのことを笑ったのではないわ。
ただ、あの人のことを思い出しただけ」
顔を上げた彼女の表情は明るいようでいて、どこかはかなげに曇っていた。
「……」
サムスはそんなピーチを、気遣うように見つめる。
まだマリオは見つかっていなかった。
エインシャントの軍勢に連れ去られていなければそれほど遠くへは行っていないはずだから、この船のセンサにかかるのも時間の問題ではあった。
しかし逆に言えば、この数日で見つからなければ彼はすでに何処とも知れないエインシャントの拠点に連れて行かれてしまったということ。
それを踏まえて、捜査期間は一週間と決まっていた。
損と得を天秤に掛け、冷静に判断した結果。
しかもそれを決定したのは、他ならぬサムスだった。
なぐさめにしかならないと分かっていても、彼女はピーチに何か言葉をかけようとした。
しかし、彼女はディスプレイに意識を戻さざるをえなくなる。
操舵室に甲高い警告音が鳴り響いたのだ。
作業中のタスクに割り込んで、3次元表示の船内が浮かび上がる。
そのうちのエンジンルームを示す室内に"解錠"の表示があった。
一瞬の判断で、サムスはドアを開けたのは侵入者ではあり得ないと確信する。
この船は、生命活動センサ、赤外線レーダー、その他諸々の観測機器で何重にもなるセキュリティを作っているからだ。
外部からの侵入者ならば、まず間違いなく、船内の監視システムより先に船外センサのどれかに引っかかる。
わずかな操作で呼び出したカメラ映像には、やはり彼女の予想していた人物が映っていた。
眉をしかめ、何も言わずに操舵室を後にする。
「サムス……?」
ピーチが声を掛けたとき、すでに自動扉は閉まった後だった。
残された彼女は小首を傾げ、背を伸ばして仮想ディスプレイを覗き込む。
そこには、動かないエンジンを手で叩く少年達の姿があった。
「何なんだよ、もう!」
居住室のマットレスに仰向けに倒れ込み、リンクは不平をぶちまける。
「はなっから遊んでるって決めつけてさ!
違うって言ってんのに聞こうともしない」
「でもリンク……僕らが入っちゃいけない部屋に入ったのは事実だよ」
4人共々怒られて、リュカは少ししょげた様子だ。
無理もない。ただでさえ鎧を着たサムスは威圧感があるのに、その上冷静かつ容赦なく説教され、
しかもリュカには彼女がどれほど怒り、同時に呆れているかが分かるのだ。
「あの人の船に乗せてもらっている以上、やっぱりあの人の言うことを守るのが正しいことだったんだ」
ピットも真面目にそう言った。
ただ、彼ら4人が"立入禁止"とあるドアを開け、エンジンルームに入ったのにはちゃんとした理由がある。
船の損壊の状況。被害は船内にも及んでいるのか、何が壊されているのか。
エンジンまで壊されたのか、それとも外殻さえ覆えば飛べるのか。
それを知りたかったのだ。
忙しそうにしているサムスに聞くよりは自分たちの目で見たかったから。
そして無断で入ったのは、きっと頼んでも断られるという予想が主にリンクにあったから。
ピットの言葉を最後に黙ってしまった3人をよそに、
たった1人けろっとした顔をしていたカービィが、ぽつりと呟いた。
「いつもはあんな風じゃないんだけどなぁ。どうしたんだろう?」
◆
生命活動センサ、赤外線レーダー、動体センサ……。
"鳥"の追跡と並行し、可能な限りの観測装置をフル稼働させて、船のAIはマリオを探していた。
黒い塔からマリオが姿を消して、それほど時間は経っていない。
彼の移動手段と言えばその足くらいのものだから、エインシャントの軍勢に回収されたのでもない限りそう遠くへは行っていないはずなのだ。
しかし、どのセンサにも相変わらず何の反応もなく、たまに反応があっても人形を誤認したものばかり。
黒い塔が倒壊し、もはや守るものも無いはずのこの地域。しかし、まだエインシャントの歩哨がうろついているのだ。
やはり、ファイターがこの近くに潜んでいることを知られてしまったからだろう。
AIは生体反応センサに何かが引っかかるたび、律儀にアナウンスで船内の皆に知らせた。
初めこそ少なからず期待を抱いて呼ばれるよりも先に操縦室に集まっていたリンク達だったが、
ただの誤反応だったと知らされる回数が積み重なるうちに、アラームを聞いても顔を上げるだけで、その続きを待つようになった。
複数体引っかかっていれば、まず間違いなく人形の兵団だと分かるからだ。
船内には個人差こそあれ、不安といらだちがつのっていた。
話すべき事は話し合い、状況に目立った進展も無い今、ミーティングを開いても話し合う事案などない。
深夜の会議はまだ続いていたが、そこで語られる情報に良いものは何一つとしてなかった。
"鳥"の機影はますます遠ざかり、シップの修理は遅々として進まず、今日もまた有意な収穫は無し。
ささやかな楽しみであるはずの食事時にも停滞した空気が漂い、誰も自分から口を開こうとはしなくなってしまった。
そんな仲間の顔を、心配そうに見守るファイターがいた。
マリオの弟、ルイージである。
探索開始から4日目。
ルイージはサムスのいる操舵室のドアを叩いた。
「サムス、開けるよ」
断ってから、ドアのパネルに触れる。
軽く空気のもれる音がして、扉がなめらかに開いた。
「ルイージか。何かあったのか?」
サムスは相変わらず、全身武装のパワードスーツ姿でそこに立っていた。
腕組みし、いくつもの仮想モニタを前に難しい顔をしていた彼女は振り返って尋ねる。
ルイージは頷いた。
「頼み事……というか、提案があって」
改めて体ごとこちらに向き直り、話を聞く姿勢になったサムスに彼はこう切り出した。
「サムス、リンク達が船に来てから何日経ったかな。
僕の記憶が正しければ5日は経ってる。
つまりそれだけの間、あの子たちはこの船の中にこもりっきりになってるんだ」
そこまで聞いたところで、サムスは彼の言いたいことを先読みした。
わずかに目を細め、首をかしげて問い返す。
「もっと自由にさせるべきだ、と言いたいのか?
だが、ここより他に安全な場所はない。今の状況では下手に動いてほしくないのだ。誰にも」
彼女は最後の言葉を強調した。
その気迫に、ルイージは思わずたじろいだ。
下手を踏めば初代からのファイター仲間である自分でさえも、出入り禁止を掛けられるかもしれない。そんな想像が頭をよぎった。
彼女の心は分からないでもない。
今の自分たちはエインシャントを相手にかくれんぼをしているのだ。それも、命がけの。
こうして一所に固まっている今、誰か1人が見つかればいずれは芋づる式に全員が捕まってしまうだろう。
でも、そこまで警戒することも無いはずだ。
決して今の状況を楽観視しているわけではないが、まずは自分たちの結束を強めることから始めるべきではないだろうか。
今の仲間達は皆、1人1人違う考えを持っているし、違う見通しを持っている。育った世界が違えば価値観も、見えているものも違う。
その空隙を埋めないまま、一方的にこちらの言うことを聞けというのは少し乱暴すぎるように思えるのだ。
「確かにこの船は安全だ。でも、あの子たちはずっと、誰の手助けも無しに進んできた。
エインシャントや人形兵の恐さも、僕らが改めて注意するまでもなく分かってるはずだよ。
……だから、ここに閉じ込めておくのはちょっと行き過ぎなんじゃないかな」
サムスはしばらく黙っていた。
そして、ノイズを混じらせた声がヘルメットの向こうから投げかけられた。
「では……君はどうすべきだと思っている?」
「どう、というと……」
ルイージは口ごもった。
考えていなかったわけではない。ただ、もう少し前置きをしてから提案するつもりだったのだ。
しかし、問われたからには応えなくてはいけないだろう。
腹を決めて彼は続けた。
「その、彼らにも外出許可をあげて欲しいんだ。
もちろん範囲は僕らと同じ、洞窟の中だけで良い。
いつまでも遊び場が格納庫じゃ狭いだろうし、それに、停めてある小型船のことも気になるでしょ?」
「……」
サムスは何も言わなかった。が、わずかに苦笑いした。
確かに彼女は、子供達が格納庫で遊んでいる間、常に監視カメラを回して注意を向けていた。
それに気づかれているとは思わなかったのだ。
「それでも心配だったら、僕がついていって面倒を見るよ。
僕がちゃんと見てるから、一日数時間でも彼らを外に、この洞窟で自由にさせるのを許してほしいんだ」
バイザーの奥、サムスの目をまっすぐに見て彼は真剣な面持ちで訴えた。
サムスはヘルメットの顎の辺りに手を当て、考え込む。
彼の言うことはもっともだ。
精神の健全さは行動にも影響する。
エインシャントに立ち向かうそのときに備え、精神面も含めた自分たちの態勢を万全に整えておかなければならない。
子供達にとって精神を培うものは遊びだ。
『スマブラ』で子供ファイターたちの遊ぶ賑やかな様子を見ていたから分かる。
ただでさえ鬱屈した状況に置かれている彼らには、なおさら自由を与えてやらなくては。
例えそれがどんなにささやかなものであったとしても。
だが、不安が残る。
鍾乳洞を抜けた先は外。早まった子供たちが安全地帯を飛び出し、この船の存在を敵に知らせてしまう可能性は十分にある。
何しろ一昨日、彼らは勝手に禁止区域に入ったのだ。
熟考するサムスに、ルイージはあえて声を掛けることはしなかった。
何も言わず、彼女の返答をじっと待っていた。
そして、サムスは頷いた。
「許可する。君が責任を持って見守るのなら」
こぢんまりとした貨物室。
先日勝手にエンジンルームに入ってしまったこともあって、子供達の消灯時間は厳格になってしまっていた。
日中こそ格納庫の端っこを有効活用して遊んだり、特訓のようなことをしたりできるものの、
時間が来てしまえば、寝室としてあてがわれているこの部屋に戻って眠くなるまで時間を潰すしかない。
だが、リンクもリュカも門限のある家には育ってないし、
ピットだって(本人の自覚はともかく)消灯時間を言いつけられるような年齢ではないはずだ。
そんな状況から、寝室には消灯時間を超えても誰かが眠たくなるまで明かりが点いているのが当たり前だった。
その日も、部屋には明かりが煌々と点いていた。
人工の真っ白な光を眩しそうに見上げ、リンクは床に敷かれたマットレスに寝そべっている。
眉間にしわを寄せて何か考え込んでいる様子の彼はそっとしておき、リュカはピットとカービィの会話に加わり、耳を傾けていた。
と、不意にノックの音がした。
リンクはマットレスからぱっと半身を起こす。
カービィもピットとのおしゃべりをやめ、ドアの方を見た。
「開けても良いかい?」
ルイージの声。
リンクは他の3人と顔を見合わせ、そして「ああ、良いよ」と代表して答える。
一呼吸置いて、扉が開いた。
「サムスからの伝言だ。
君たちも今日から、船の外に出て良いって」
ルイージの言葉にリンクはぽかんと口を開けていたが、やがてその顔が輝いた。
「……ホントか?!」
「本当さ」
ルイージは頷き、ついで真面目な顔になるとこう続けた。
「でも、これだけは守ってほしい。
決してこの洞窟を出ないこと。そして、外に出ている間は僕がついていく。
僕が呼んだら、すぐに船に戻ること。良いね?」
「ああ! 絶対に守る!」
「わかったぁ!」
「約束します」
「僕も!」
リンク達は目を輝かせ、口々にそう言った。
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最終更新:2014-11-26