気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track20『Conflict』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。

第1工場跡地で立ち往生していた所をルイージピーチに助けられ、
独自にエインシャントへの抵抗を続けていたファイター、サムスと合流したリンク達5人。
もはや追いつけないほど遠くに逃れてしまった敵の輸送機"鳥"のことは一旦諦め、マリオの奪還へと目標を定める。
しかし、何の進展もないまま時が経ち、迫るタイムリミットに船内の緊張は増していくのだった。


  Open Door! Track 20 『Conflict』


Tuning

衝突

範囲は限られているものの、外出の自由を許されたリンク達。
だが彼らがまっさきにしたことは、大人達の思うような鬼ごっこやかけっこなどではなかった。
彼らが外出を願ったのは、もっと真剣な理由からだったのだ。

初めてここに来たときは、各自サムスの救出に向かったりピットの介抱をしたりで忙しく、
実質、船の状況を自分の目で見るのは今日が初めてであった。

タラップを降りて振り返ったリンク達は、まず船の大きさに驚いた。
彼らは全員が全員とも、この船は9人で暮らすには狭いと感じていたのだが、
外側から見るとマザーシップは優に、クジラほどの大きさを持ってリンク達の前にそびえ立っていたのだ。

だが、彼らが本当に驚いたのは、船の裏側に回り込んだ時。
ガレオムのミサイルによって最も被害を受けた部分であり、ファイター達がここに足止めされている原因である船の後部、
その損壊の状況を目の当たりにした時であった。

「こいつはひどいや……」

遠未来の技術で造られた船とはいえ、リンクにも一目で被害の大きさが理解できた。
それほどまでに、その傷は痛々しかったのだ。

巨大な甲虫を思わせる、楕円形の宇宙船。
そのつやめく橙色の外皮は、後部で3分の1ほどはげ落ち、黒鉄色の内部装甲があらわになっている。
尾部の推進機関らしき大きな漏斗もひしゃげ、ねじれている。実際に1基は使い物にならず、取り外されたようだ。

さらに4人は、被害のない前方底部まで行ってそこの推進機関と見比べてみた。
そちらの漏斗の底には様々な細かい部品が詰まっており、金属が円や直線の複雑な絵を描いていた。
尾部ではきっとこの細かい構造も、ミサイルの爆発によってやられてしまったのだろう。

船の底部に潜り込み、リンク達がああでもないこうでもないと議論していると、

「そんなところで何をしてるんだい? 危ないよ」

外出中の面倒見役であるルイージから声を掛けられた。
小手をかざしこちらを眺める彼に、リンクはこう尋ねた。

「なぁ、ルイージ。
このフネは何が足りなくて飛べないんだ? すりばちみたいなやつの部品か?」

率直に尋ねる。
サムスと違い、上から押さえつけるような態度を取らないルイージに対しリンクは心を許していた。

リンクの口から船の話題が出るとは思っていなかったらしい。
ルイージは驚いたように目を瞬いたものの、
子供達の疑問に応え、自分の分かる範囲で説明してくれた。

「確か聞いた話だと……マザーシップが飛ぶときそのノズルはとてつもなく熱くなる。
その熱から他を守るために、エンジンからノズルまでは何て言ったかな……ともかく、特別な金属で囲まれている。
ガレオムのせいで、船の後ろではそれが失われてしまったんだ。
つまり今のままだと、マザーシップはちょっとの間だけ何とか浮くことはできても、それ以上身動きすることはできないらしい」

「装甲は無くても良いんですか?」

今度はピットが確認した。

「飛ぶのには問題ないはずだよ。
宇宙空間……まぁつまり、すごく厳しい環境に出て行くことがない限りね。
でも敵の攻撃から、中に乗っている僕らを守るためにはもちろんあったほうが良い」

エネルギーシールドなどの専門的な部分は省き、ルイージはそう答えた。
あまりにも高度な話になると彼自身も説明できる自信がないからだ。

そこから先の展望を言おうとして、彼は一旦思いとどまり考え込んだ。
これ以上のことを話しても良いのかと。

修理状況の詳細については何度か夜間の会議で聞かされていた話だ。
しかしその場には、子供達は呼ばれていなかった。
つまり、船の現状についてサムスは子供達に教えるつもりがない、あるいは隠しておきたいと思っているのではないだろうか。

悩んだが、彼は心を決める。
これだけ彼らが本気で知りたいと、解決したいという姿勢を見せてくれているのだから教えないわけにはいかない。

「……でも問題は、手持ちの資材をありったけ集めても船の修理には足りないこと。
サムスが言っていたけど、本来こんなに壊れてしまったらいつもは近くのドックまで引き返すか、
船を捨てて1人で他の移動手段を探しに行くらしい。
だけど今は近くにドックのかわりになる場所があるとは思えないし、船を捨ててしまうには状況がまずすぎるんだ」

そこまで伝えると、4人はひとまず納得したようだった。

ようやく船底から頭をかがめて出てきた彼らの様子を見ながら、ルイージは内心でこう思っていた。

――結局の所、本当の足かせは僕らなのかもしれない。
もし僕らを見守る必要がなければ、サムスは移動手段を求めて1人で外に出て行くはずだ。
でも、彼女は"仲間を自分の手で守る"という信念を持っている。……絶対に表にはしないけれど。
それに、もし彼女が1人で行くと言えば僕らはじっとしていられないだろう。
自分もついて行く、と。みんなそう言うはずだ。

彼が知るサムスは、『スマブラ』で見た姿が全てだ。
同郷の人間には劣るかもしれない。それでも、彼女が口にしていない思いを察するまでには同じ時間を過ごしてきた。

その記憶を引き出しながら、彼は眉をひそめて心の中でこう続ける。

――でも、これ以上状況が良くならないと見たら。
サムスは黙って出て行ってしまうかもしれない。たった1人で、全てを背負って。

予想はできても、解決法は思い浮かばなかった。
いつもそうだ。一旦悪い想像が頭をもたげると、嫌でもその細部はどんどん克明になっていくのに、
自分はどうすべきなのかという段になると、ぱたりと頭の中が真っ白になってしまう。

こんな時に彼がいてくれれば。

「兄さん……」

思わず、呟きが口をついて出た。

――僕は、どうすれば良い?

外は昼らしい。
マザーシップが飛び込み、不時着した衝撃で崩れてしまったもう1つの洞窟の開口部。
はるか上に見えるその穴の跡からはわずかに天球の光が差し込んでくる。

初めてこの世界に来たときはひどく不自然で弱々しく見えた光だが、
船内の人工光に囲まれて過ごした後では不思議と、いくらかぬくもりがあるように感じられる。

光は、洞窟の中を平等に照らしていた。
灰色の鍾乳石に囲まれた広場。そこに佇む、橙色と黒色の入り交じった丘のようなマザーシップ。
その後部タラップには、緑帽子の青年が腰掛けている。

リンク達は、少し離れたところからマザーシップを見ていた。
ぼろぼろだが、自分たちが身を寄せ頼ることのできる唯一の拠点。
こうしている間も船内から修理ロボットが出てきて申し訳程度の修復を施している。

「金属か……」

リンクが呟いた。

「熱に耐えれる金属。それさえありゃぁあのフネは飛べるんだな?」

「ルイージさんの言った通りなら……たぶん、そうなんだ」

リュカは頷き、リンクの顔を見る。

「何か考えがあるの?」

一緒にここまで旅してきて、こういう場面は何度もあった。
行き止まりに突き当たってもリンクは決して諦めない。
必ずそこから、思いもよらない突破口を見つけるのだ。

案の定、リンクはにっと笑って頷いた。

「金属ならたっぷりある」

どこに、と問われる前にリンクは前方を指さした。
リュカと、そしてカービィとピットもその方角を見る。
自分たちがここに連れて来られるときに通った方の入り口。確かその先にあったのは……

「"塔"?」

ファイターを捕らえていた黒い塔。
今は倒壊し、人形も撤退してしまったがエインシャント側の施設だ。

「たしかに!
あの塔の壁はすごく頑丈だった。触った感じも鉄っぽかったし……」

リュカが言う。
塔のダクトで身動きが取れなくなっていたサムスを助けたとき、壁を壊すのにはかなり苦労した記憶があった。
その強固さが、今度は自分たちを救ってくれるかもしれない。

しかし、カービィが体を傾げてこう言った。

「でも、あの塔があるの、そとだよ」

「あ……そうか。そうだよね……」

途端に、わき上がりかけた元気もしぼんでしまった。
自分たちはもちろん、この船にいる全てのファイターは今、誰1人として洞窟の外に出ることを許されていない。

はるか北にあった大工場での出来事を受けて"塔"のファイターがあっという間に運び出されてしまったことからして、
エインシャントはとてつもない広さにわたる通信網を持っていると予想されていた。
つまりたった人形1体に見つかるだけで、せっかく得られた安全地帯を失うことになるかもしれないのだ。

しかし、リンクはこう思っていた。
前に出ていかなければ仲間を取り戻せない。

もちろん、船をさっさと見限って出ていくとまでは言わない。
食べ物の心配もなく敵の所在を遠くからでも知ることのできるこの船の存在はとてつもなく大きい。
とはいえ、いつ飛び立てるのか分からない壊れた船でじっとしているのは彼の性分に合っていないのだ。

それでも、リンクは難しい顔をしていた。
彼はルイージに約束したのだ。絶対に洞窟の外へは出ない、と。

リンクは、ハッチの縁に腰掛けるルイージの横顔を見る。
見られているとは気づいていない彼の顔は、普段見せない心痛をあらわにして曇っていた。
彼にも大きな悩みがあることくらい、リンクは理解している。
双子の兄、マリオは未だに見つかっていないのだ。

かつて妹のアリルが怪鳥にさらわれた経験のあるリンクには、ルイージの心がよく分かる。
ただでさえ悲しんでいる彼に、これ以上心配を掛けるわけにはいかない。

負けん気なリンクがこれまで、それなりにおとなしくしてサムスの言うことを守ってきたのには理由があった。
大工場で動けなくなっていた自分たちを助け出してくれたルイージ達。その2人が守ろうとしている仲間の和を、壊したくなかったからだ。

同じ頃、船内の廊下にはピーチの姿があった。

自分たちにあてがわれた部屋までの道のりで、彼女は何度か立ち止まっては辺りを見回していた。
道に迷ったのではなく、何事か考え込んでいる様子だった。

やがて彼女は誰に言うともなく呟いた。

「やっぱり物足りないわよね……」

片頬に手を当てて、首をかしげる。
彼女の視線の先にあるのは、マザーシップの殺風景な廊下だ。
どこまで行っても清潔な白と銀色の繰り返し。天井には埋め尽くすように細かいダクトが走り、壁には何も飾られていない。
緊急事態に備えて、廊下には障害物になるようなものなど一切置かれていなかった。

宇宙船としては当たり前のことなのだが、お城育ちの彼女にとってはそう思えなかった。

これからどのくらいこの船で暮らすことになるのかは分からないが、ともかく数日やそこらでは済まないだろう。
ファイター達の借り家となるのに、これではあまりに味気がなさすぎる。

「せめて壁掛けのライトでも付けたらどうなのかしら?」

柔らかな光に色とりどりのガラスが映える、アンティークのライト。
真っ白な壁に想像を重ね合わせ、心の中で赤い絨毯を敷いていきながら、ピーチは来た道を振り返っていく。
自然とその足取りは、緩やかに踊るようなステップを取り始める。

あの人が帰ってくるまでに、この"家"をきれいにしておかなくちゃ。
ごく自然にそんな言葉が心に浮かんだ。
理屈では説明できないところで、彼女は信じていたのだ。彼は必ず帰ってくると。

その思いを乗せて最後にくるりとターンを決め、ドレスにふわりと桃色の円を描かせる。

「あら!」

回りきったところでちょうど、向こうの曲がり角にある扉が開いた。
格納庫に繋がる扉から現れたのは、仮面を付けた一頭身。

「ごきげんよう! 珍しいわね、こんなところで会うなんて」

向こうも誰かと鉢合わせることを予想していなかったらしい。
扉を開けるために上げていた手が、そのまま固まっていた。

しかしじきに彼は平静を取り戻し、こう言った。

「剣の鍛錬をしていた。
こうも間が空いてしまうと、感覚が鈍るように思ってな」

予想通りの答えに、ピーチは口元に手を当てて笑った。

「ふふ、やっぱり。そうじゃないかしらって思っていたのよ。
いつもはそこ、子供たちの遊び場になってるものね。
今日はルイージがついてるから、きっと今日いっぱいは自由に使えるはずよ」

メタナイトはそれに頷いて同意を示し、会話を辞そうとした。
居住室の方角に向かいかけた彼の背に、ピーチは最後にこう声を掛ける。

「私、これから紅茶をいれようと思っていたのだけれど。
あなたはどう? 良かったらあなたの分もいれてあげるわよ」

彼は立ち止まり、仮面の切れ込みから瞳をこちらに向けた。

「……すまないが。
しかし、その気持ちだけは頂戴しよう」

船内に戻ったリンクは1人、決意に満ちた足取りで歩いていた。
目指す部屋は操舵室。サムスのいる部屋だ。

船が飛べば、この状況から抜け出せる。
もっと広い範囲を探し、マリオを早く見つけ出せるかもしれない。
エインシャントに捕まってフィギュアにされた仲間も、見失わないうちに追いかけて取り戻せるはずだ。

勝手なことを言うな、と言われるかもしれない。
しかしこの前とは違い、行動に移す前に"船長"にちゃんと報告するのだ。
向こうの求める手順を踏んだのだから、サムスも話を聞いてくれるはずだ。

やがて扉の前についたリンクは、ためらうことなくそのパネルに触れた。

「サムス! おれ、塔に行ってくる」

こちらを振り返ったサムスに、開口一番リンクはそう言った。

「この船が飛べないのは金属が足りないからなんだろ?
でも、金属なら塔にいっぱい残ってる。使えるかどうか分かんないけど、とりあえず持ってくるだけ持ってきてみるから――」

そう一生懸命伝えていたリンクの声が、途中で途切れる。
サムスが、首を横に振ったのだ。

「……だめだ。
前にも言った通り、この洞窟の外は危険だ。
センサでも、この一帯にまだ人形が巡回していることが確認されている」

静かだが、有無を言わせぬ口調。
まるで彼女が身に纏っている金属を思わせる、硬い声だった。
反発し、リンクは語気を強めてこう言う。

「人形が何だっていうんだ。おれたちは今まで、何回も戦ってる。
あいつらの拠点に突っこむわけじゃないんだから、そんなに心配することないだろ?」

しかし、サムスの表情は変わらなかった。

「船のことを案じてくれる君の気持ちは有り難い。
しかし、このことに関しては私に任せてくれ。君たちが外に出る必要はない」

リンクは反論しようと口を開いた。
だが、言葉が続かない。

それでも諦めきれずに、リンクはしばらくサムスの顔に真剣な眼差しを向けていた。
この目を見て考えを変えてほしい。自分が本気で言っているのだと分かってほしい、と。

しかし、彼女の表情はバイザーの影に隠されたままだった。
何を言っても、彼女はもはや頷く気配が無かった。

訳が分からなかった。
このまま行っても行き止まりになると分かっていて、それでも道を変えないなんて馬鹿げている。
何を心配しているというのだろう。彼女が危ないという外の世界を、自分たちはこれまで生き延びてきたというのに。

やがてため息をつき、リンクはきびすを返す。

「……サムス、あんたはおくびょうだ」

ドアを閉める前に、そう言い残して。

「リンク……どこ行くの?」

居住室のドアを開けたリュカは、リンクが荷造りをしているのを見て目を丸くし、尋ねた。

「決まってるだろ、あの塔だ」

リンクはどこか憮然とした顔で答えた。その様子からリュカは彼がしたこと、そしてその結果を知る。

「……リンク、サムスさんにだめって言われたんだね」

「ああ言われたさ。でもそれが何なんだ?
おれは外に行く。リュカも来い」

当然といった口調で、リンクはそう言った。
リュカは慌てて、彼を止めようとする。

「だ、だめだよ!
勝手に出てったらみんな心配するよ……!」

こんなときに限ってピットがいない。彼ならばきっと、しっかりとした意見を言ってリンクを止められるのに。
でも、今の部屋にはリンクとリュカしかいなかった。

とりあえず、リンクを落ち着かせないといけない。
誰かが来て、諭してもらうまで引き留めなければ。

リュカは廊下の左右にちらと視線を向けたが、近くに人の気配はない。
焦りをつのらせるリュカをよそに、リンクはさっさと荷物をまとめ終えてしまった。

「させとけば良いんだ。おれ達は2人でやっていけるんだ。今さら何を心配するって言うんだよ」

「でも……」

そう言って、言葉の代わりにリュカは首を横に振る。
良くない。それは良くないことだ。でも、言葉にできなかった。
せっかく芽を出し、成長し始めたファイター達8人の絆が壊れてしまいそうで、恐かった。

俯くリュカ。そんな彼に、不意にリンクはこう問いかけた。

「なぁ、リュカ。ファイターって、何なんだ?
……スマッシュブラザーズって、お前にとってどんな言葉だったんだ?」

「…………」

唐突に投げかけられた質問に、リュカはただ目を丸くし、顔を上げて友の顔を見つめることしかできなかった。
いつの間にか、リンクの表情が変わっていた。憮然としつつもどこか悲しげな表情になっていたのだ。
リュカが答えに迷っていると、やがてリンクはこう言った。

「おれは、向かうところ敵無しで、恐いもの知らずで、どんなことにもくじけない……そんなやつが集められたんだと思ってた」

この船に辿り着いた時から、うっすらと感じていた違和感。それを何とか言葉にしようと、彼は訥々と言葉を紡ぐ。

「誰かのためなら、何かのためなら危ないことも平気でやるし、尻込みしたりしない。
でも、どうだ? 今のおれ達はこんな壊れかけの船に閉じこもって、何をしてる?
選ぶ道はいくらでもあるのに、立ち止まってるだけなんだ。危ないからって、その一言で片付けて……!」

やり場のない怒りと共に放たれた言葉。それは、リュカの心に強く響いた。
スマッシュブラザーズとは何か。スマッシュブラザーズに選ばれた意味とは何か。
自分たちが今すべきことは、何か。

リンクの瞳が語る感情。彼の苛立ちと、諦めと、焦り。それがない交ぜになって2人の周囲に満ちていた。
前に進みたい。彼の気持ちは、今まで一緒に歩いてきたリュカには痛いほどよく分かった。
でも、今は2人じゃない。勝手なことは許されないのだ。

沈黙のうちに時間が流れた。

依然として、リュカは引き留めるための言葉を探していた。
だが、思考は先ほどの衝撃を引きずって堂々巡りを繰り返し、結論に辿り着くことはなかった。
そんな彼に、リンクは辛抱強くうながした。

「……さぁ、リュカも持ってくものまとめなって」

しかし、リュカは動かなかった。
戸惑いを残した表情のまま、戸口で立ち尽くしている。

そんな友達を見上げリンクはじっと彼の返事を待っていたが、やがて決心し立ち上がった。

「……行かないんなら、おれ1人でも行く。そこを退いてくれ」

リュカは動かなかった。
悲しさに張り裂けそうな心を抱えて、やっとのことで首を横に振った。

黒い瞳と青い瞳。
それぞれの強い思いをこめた視線がぶつかる。

――そこに、

「……2人とも。どうしたの?」

遠慮がちに声を掛ける者があった。

数十分後。
ルイージと真剣に意見を戦わせたリンクは、再び操舵室に向かっていた。
今度は1人ではない。ルイージとリュカも一緒だ。
そして今回交渉するのは、リンクではなかった。

ルイージの手が、扉を叩く。

「僕だ。入るよ」

扉が開く。
こちらに向き直ったサムスは彼がリンク達を連れているのに気づき、バイザーの奥から問いかけるような視線をルイージに向けた。

「サムス……偵察船を使うことを許可してくれないか。
塔の建材をマザーシップに運びたいんだ」

始めに、あえて彼は結論から入った。
続けてこう説明する。

「僕はリンクの考えを聞いた。決して無謀な話じゃない。ちゃんと作戦があるんだ」

「作戦……?」

サムスはわずかに眉をひそめ、首をかしげる。

「そう。まず、行動するのは夜。船が目立たないよう暗くなってから。
次に、リンクの持っている"風のタクト"。これを使って離れたところに嵐を呼んで、歩兵の注意を引きつける。
あとは塔まで、偵察船なら数分で行ける。
嵐で一帯の人形を誘導しておいて、その間に僕らで塔の建材を船に積み込む」

リンクと話し合いたどり着いた最高の作戦。
押しつけることなく、しかし熱意を込めて語った。

すかさず、サムスから鋭い質問が来る。

「嵐くらいで歩哨の人形を全て誘導できるのか?」

「歩兵の人形はあまり頭が良くないから、きっと嵐の近くにファイターがいると思いこむよ。
それに取りこぼしがあっても、もう誰もいなくなった塔の跡地に僕らが立ち寄るなんて相手は思ってもいないはずだ。
そして時間帯は夜。しかも嵐のおかげで辺りの空は雲に覆われて、真っ暗闇になる。人形が僕らに気づく心配はない」

ルイージはそつなく答えていく。
彼の口調はいつもの通り穏やかだったが、そこには今までに見せたことのない芯があった。
いつもは追いかけるだけだった兄の背。その背に問いかけつつも、彼は今自分の足で前に進もうとしていた。

これは戦いだった。
ただし、武器などは一切使わない。言葉を使い、自分の信念をぶつけていく戦い。

大人2人が繰り広げる静かな戦いを、リンク達はただ息をのみ、じっと見守っていた。

サムスの表情は依然として厳しかったが、リュカには見えていた。
彼女の心が、少しずつこちらに歩み寄ってくるのが。

「嘘だろ? さっきと何が違ったっていうんだ!」

操舵室を後にし、まず口を開いたのはリンクであった。

「やっぱあれか? ルイージはオトナだからか」

そう言ってちょっと悔しげな顔をしたが、ルイージは笑って首を振った。

「はは、違うよ。
サムスを納得させたいなら、ちゃんとした理由と筋道の通った言葉が必要なんだ。
ただやりたいっていう気持ちだけじゃ頷いてくれない。サムスはそういう人なんだよ」

「理由とスジミチ……。ちぇっ、カタいんだなぁ」

そう言って、リンクはすねたように床を蹴る。

「違うよ。サムスさんは僕らに危ないことをさせたくないんだ」

横を歩くリュカはそう言った。

ルイージはあのように言ってくれたものの、作戦を考えたのはリンクだけではなかった。
本当のところリンクは初め、今すぐにでも塔に行くつもりだったのだ。
何か起こっても、その場で対処すればいい。その程度しか考えていなかった。

「危ないこと? おれ達だってあいつとおんなじファイターだ。なっ、そうだろ?」

リンクはそう言ってルイージに同意を求める。
ついさっきまで神経をとがらせていたとは思えないうち解けぶりに、ルイージは思わず笑う。

いつもの仲の良い2人に戻ったリンクとリュカ。
彼らを見ていて、ルイージはサムスとのやり取りを思い返していた。

最終的に、ルイージの話を聞き終えたサムスの口から出たのは承諾の言葉だった。
3人が、特にルイージが安堵のため息をついた先で、予想していなかったことが起こった。

サムスが続けてこう言ったのだ。

「私も行く」と。

その言葉にルイージは、"全員無事に船まで連れて帰る"という彼女の意志を感じとっていた。

その日の夜。
できるだけ資材を積み込めるように、偵察船にはリンクとリュカ、ルイージそしてサムスの4人だけが乗り込んだ。

塔を向いた方角にある洞窟の開口部。
その手前で偵察船を着陸させ、一旦外を窺う。
船の簡易センサに反応はなく、リュカの感覚でも近くに人形の気配は感じられなかった。

リンクが船外に降り、タクトの力が届く限りの遠方に意識を集中させて風を呼び始める。

まもなく空の雲に流れが生まれた。
雲が雲を呼び、意志を持ったかのように東へと群れをなし流れていく。
厚みを増し、互いに重なり合って夜空の黒を塗りつぶしていく。

正面に見えている塔の残骸。それを照らしていた天球も雲間に見え隠れし始め、やがて姿を消した。
辺りはまるで天幕を下ろしたかのような、完全な闇に閉ざされる。

やがて東の空から竜巻が降りた頃合いを見計らい、リンクはタクトを止めた。
これ以上風を呼べばこちらまで天候を悪化させてしまう。
雨降りの中、運び込み作業をすることは避けたかった。

地上は一寸先も見えないほどの闇。空も黒雲の暗幕に覆われ、重々しく波打っている。
だが偵察船には赤外線センサも備わっているため、そんな暗闇の中でも安定して飛ぶことができた。

やがて船はサムスの操縦のもと、音も立てずに塔の跡地に到着する。

ハッチから顔を覗かせ、リュカが周りの気配を窺った。

塔の跡地はすっかり様変わりしていた。

暗闇に目を凝らすと、見渡す限り黒い破片が地面に突きささっている。
黒の濃淡だけで作り出された、延々と続く鋭角の繰り返し。幾何学的で現実離れした荒野。
見る人が見れば、シュールレアリスムの絵画を連想するだろう光景だった。

冷たい風がリュカの髪を撫でていったが、それよりも虚ろで冷たい人形の心は今のところ感じ取れなかった。

「大丈夫……だと思います」

リュカはそう言って船内に頷きかけた。
声をひそめ、サムスが号令を掛ける。

「よし、行こう。くれぐれも音を立てないように」

そして彼女を先頭に、リンク達は船を降りた。

わずかな雲の切れ目から来る、薄明かりの中で作業を始める。

届く範囲に落ちている手頃な大きさの破片。拾うものはそれのみと決めてある。
マザーシップに持ち帰り、機械と工具を使って適切な形に加工しなおせば良いからだ。
それにこの暗闇の中、明かりも無しに跡地の奥へと踏み入るのは危険だった。

誰1人として言葉を発することもなく、リンクとリュカも2人の手で持てるだけの黒い破片を運び、黙々と船に積んでいく。
夜風にさらされた破片は手にひやりと冷たく、金属らしい確かな重みを持っていた。

めいめいで周囲に気を配っていたが、特に変わったことは起こらない。
空は相変わらず厚い雲に閉ざされ、東の方では竜巻が気まぐれにふらついている。
耳を澄ましても、その竜巻の上げる風の音がかすかに聞こえてくるだけだった。

最大載積量から少し余裕を持って積み終え、速やかに船に乗り込もうとしたその時。

船のタラップに足をかけたリュカの身が、はっとこわばった。
その後ろに立つサムスがすぐに気がつき、短く尋ねる。

「来たか。どこだ」

「たぶん……後ろ、後ろの右です。
まだ遠いけれど……でも近づいてくる」

リュカは声をひそめて答え、振り返って位置を確かめようとする。
しかし、その背をサムスが押さえた。

「動くな。ルイージも伏せていろ」

その声に、後ろに控えていたルイージは素早くしゃがみ込んだ。
全員の所在を改めて確認し、サムスはバイザー越しにリュカの言った方角を見る。

"赤外線センサ 起動"

緑色のバイザーに、暖色系のグラデーションで描かれた世界が展開する。

近くに、しゃがんでいるルイージのシルエット。中央から白、オレンジ、そして周辺の赤へと彩られている。
一方で周囲の破片は温度が低く、暗い赤で描画されていた。
そして、2つほど瓦礫の山を越えた先、そこにもう1つの反応があった。
まだ距離があるので確信は持てないが、十数体はいる。おそらく大型の人形も混じっているだろう。

残党狩りにでも来たのだろうか。
彼らは瓦礫の中をあらためながら、次第にこちらへと近づいてくる。

今発進すれば勘づかれてしまう。
しかし、焦らずにサムスは彼らの周辺を見た。
彼らが取るルートを予断し、その近辺にある構造物に注意を向ける。

付近。高所から落ちた残骸が複雑に折り重なり、急ごしらえで危うげな塔が形成されていた。
その突けば一瞬で倒壊するような構造物の中に、人形達は足を踏み入れつつある。

運はこちらに味方した。

サムスは、すでに船に乗り込みハッチで待機していたリンクに声を掛ける。

「リンク。あの斜めに突き出た破片が見えるか?」

「……あ、ああ」

リンクは目を瞬く。

「私が合図をしたら、あれに思い切り風を当てて落とせ。……出来るか?」

「分かった」

彼女の意図を理解し、リンクは頷く。
タクトを左手に構えると、真剣な顔をしてサムスの合図を待った。
手を小刻みに震わせて、上空に微弱な風を呼んでおく。

ルイージとリュカも、背中で人形の気配に集中し……そして。

「今だ!」

その声に、リンクはタクトを鋭くなぎ払った。
空の高みで風が吼え、一気に破片の構造物に躍りかかる。

ひとたまりもなかった。
天然のトラップは甲高い音を立てて崩壊し、灰色の土煙を巻き上げて人形に襲いかかった。

金属の巨大な破片がぶつかりあい、でたらめに鐘を打ち鳴らしたような音を辺りにまき散らす。
騒乱は波及し、ドミノ倒しのようになって周辺の黒い破片もあちこちでよろめき、倒れていく。
その間もリンク達は身動き一つせず、じっと待った。

少しずつ、音が小さくなっていく。砂埃混じりの風が顔に吹きつけ、過ぎ去っていった。
がれきの山の崩壊はまだ終わっていなかったが、サムスはすぐにセンサを確認し、人形の反応が全て消えたことを確かめる。
間髪おかず、残る2人に言った。

「今のうちだ。ここを脱出する!」

ルイージとリュカが急いで乗り込み、サムスが船を発進させた後ろで、
騒々しい音と立ち上る白い光に気づいた歩哨の集団がようやくやってきた。

だが彼らが塔の跡地に着いたときにはもう、偵察船は洞窟の中だった。
最後の土埃と共に空に消えていった同胞の名残、光の粒子を見送り、人形の歩哨達はその無表情な顔を見合わせた。

「熱耐性、加工性共に修理材としては申し分ない。
もう少しテストをする必要はあるが、それが済めば船の修理に使えるだろう」

遅めの夕食の席に現れたサムスがそう言った時、リンクは満面の笑みでリュカと手を打ち合わせた。

「なっ、おれの言うとおりだったろ?」

自慢げに見上げてきたリンクに、サムスは言いつくろうこともせず頷く。

「あの量を全て使えば、船は遅くとも4日で飛べるようになるだろう」

その言葉にピーチもほっと胸をなで下ろし、ルイージに笑顔を見せた。
姫が見せた久々の笑みに、ルイージも安堵していた。

「ついに……エインシャントを追うことができるんですね!」

ピットは明るい声でそう言い、

「ふねが飛ぶんだ。なおるんだ!」

その横でカービィも嬉しそうに手を叩いていた。
どちらかというと船が直るからというより、みんなが喜んでいるから嬉しい。そんな様子ではあったが。

そしてミーティングルームには、久しぶりに以前の活気が戻ったのであった。

『新たに手に入った金属素材はあの"塔"と"鳥"を構成していた部品ではあったが、心配していたような変形能は見られなかった。
少なくとも、4人で拾ってきた破片はただの高品質合金であった。
おそらく、物質の形になった"事象素"は一時的に多能性を失ってしまうのだろう』

そこまでを航中日誌に入力して、サムスは手を休めた。
腕を組み、心の中で続きを語る。

――船の修繕の目途が立ち、準備が整い次第ここから出て行動範囲を広げていける。
やっと展望が開けてきたが、しかし……

もはや彼女の居住室も同然となった操縦室にいるサムスの顔は、依然として険しいままだった。
塔に向かったときに着ていったパワードスーツも、外しているのはヘルメットのみ。

時刻は船内の時計で2時を回っていた。

遅くまでたった1人起きていたサムスは航中日誌を保存し、目の前に大きな仮想モニタを展開する。
それに映し出されているのは、本来航宙時に使うセンサの情報。
スペースデブリや別の船舶の存在を探知するためのものだが、今はそれ以外の飛行物体を追っている。

ファイターを中に捕らえたまま、崩壊した塔から飛び去った黒く巨大な"鳥"。
それを示すポインタは日に日にノイズの中に紛れ、消えようとしていた。
やはりこの対物センサは大気圏内で使うべきものではないのだ。

想定していたよりも、大気中に含まれる撹乱物質、つまりは塵が多い。おそらくは事象素だろう。
このままでは船が直るよりも前に"鳥"を見失ってしまう可能性が高い。

まだエインシャントの潜む拠点の位置は分かっていない。
もし手がかりとなるあの鳥を見失ってしまったら、この船で当てずっぽうに飛び回るほか探す方法が無くなる。
だが、そうしている時間は無いはずだ。
マリオを助けるのに間に合ったとしても、エインシャントに奪われたファイターを取り戻せなかったら……。

――……いや、私が希望を持たないでどうする。

サムスはそう思い直した。
こうして見ている間にも頼りなくぶれ、消えかける反応。
だが、逆に考えればセンサは全力で"鳥"を追いかけている。

それに、今はあがいても仕方がない。
できることはやった。
今はゆっくりと力を蓄える。それしかない。

そこまで考えたところでサムスはふと、近くの机にマグカップが置かれているのに気がついた。
赤茶色の紅茶。先ほど自室に帰る前に、ピーチが置いていったのだろう。
それはすっかり冷めてしまっていたが、まだかすかに華やかな香りを漂わせていた。

彼女はカップを手に取り、その香りを呼吸する。

"あなたは少し休んだほうが良いわ"

そう言ったピーチの、心配そうな顔が心に浮かんだ。

「そうだな……」

誰に言うともなく呟き、カップに口をつけようとした。
だが、その手が止まる。

何気なく視線をやった台。
そこに置かれているはずのものが……無い。

「……」

その理由を考えていたのも束の間。
カップが鋭い音を立てて机に置かれる。
こぼれた紅茶が手にかかったのも構わず、サムスは操舵室から走り出た。

彼女を突き動かしたものは確信ではなかった。漠然とした予感。
そんなはずはない、頭の半分はそう言っていた。だが、どうしてもその直感をぬぐい去ることができないのだ。

廊下を一気に走り抜け、そしてサムスは格納庫の重い戸を開ける。

その手がわずかに動揺した。

明かりがついている。
いや、それどころではない。
船の後部に位置する格納庫のシャッターまでもが開かれていた。

闇に沈む鍾乳洞が四角く顔を覗かせ、格納庫には寒々とした風が吹き込んでいる。

だが、どうやら間一髪で間に合ったようだ。

偵察船はまだ船内にあった。
そして、格納庫ハッチの警報器を切った張本人。
タラップに足をかけ、今にも偵察船に乗り込もうとしている1人のファイターの姿も。

永遠にも思える一瞬の静寂の後、彼は言った。

「……すまない。
だが、黙って私を行かせてくれ」

発信器ビーコンを手に持ち、彼――メタナイトは言った。
振り返ったその黄色い瞳は、強い意志をこめてサムスを見据えていた。

「なぜだ。
……なぜ、ビーコンを持ち出した」

唖然としていたサムスだったが、やっとのことでそう言った。
問いたいことは山ほどあった。だが、口を突いて出たのはそれだけであった。

メタナイトはしばらく黙っていた。

外への扉は開いている。偵察船に駆け込めば、サムスを置いてここを出て行くことも可能だった。
マザーシップが直っていない今、偵察船の速さに追いつける者はいない。
しかし、彼はそれをしなかった。

やがて、仮面の向こうから静かに答えが返ってきた。

「償うためだ」

「償う……?」

サムスはその言葉を繰り返す。

彼女が留守にしていた間、船に残っていたファイター。
そしてその中で、警報を止め偵察船を操作できるだけの知識を持った者。
消去法で行くと彼しか残らなかった。

しかし、肝心の理由が分からない。そんな行動に出る理由が。

今、彼はそれを償いだと言った。
なぜ。何を償うというのか。
ヘルメットを外した彼女の素顔は、戸惑いを露わにしていた。

耳を疑う彼女を前に、訥々と、彼は語りはじめる。

「私は操られていた。知らぬ間に……自覚もないままに他のファイターに危害を加えた」

仮面の奥に隠されたその表情は分からない。
語る声も、極力感情を排していた。
しかし、強い後悔の念、やり場のない怒り。それが、言葉と言葉の間にわだかまっていた。

「このままでは、私は皆に顔向けできない。
エインシャントに捕らえられた者の中には、私が直接手をかけた者もいるだろう。
……だが、私には……。
私には、それが誰かということさえ分からないのだ……!」

彼が、珍しく声を荒げた。
目をつぶり、わずかに顔を背ける。
発信器を持たない側の手は強く握りしめられ、震えていた。

沈黙を挟み、その手からゆっくりと力が抜ける。
再び彼が口を開いたとき、その声はいつもの冷静な声に戻っていた。

「"駒"の支配が解けることを示した唯一の例であるファイター……エインシャントはさぞ躍起になって探していることだろう。
私が彼らの前に出て行けば、彼らは私を連れて行く。おそらくは、彼らの本拠地へと。
……この発信器をつけていけば、君達に拠点の位置を示すことができる」

まるで他人事のような、ひどく淡々とした口調だった。
だが、サムスには分かっていた。彼はそこまで思い詰めていたのだ。

だいたいのファイターと同じく、おそらく自分の腕には相当の自信を持っていただろう剣士。
それが圧倒的な軍勢に囲まれ、全く歯が立たないうちに意志の自由さえも奪われ操り人形と化した。

周囲は彼を仲間としてすでに受け入れている。過去は過去と切り上げて、元凶たるエインシャントへの抵抗に集中すれば良い。
だが、礼儀を重んじる彼はそれを自分に許すことができなかったのだろう。

――なぜ気づいてやれなかった……?

鎧に包まれた彼女の手が、金属の手すりを握りしめた。
鋼と鋼がこすれあい、きりきりと、かすかに軋むような音が鳴る。

努力したつもりだった。
自分は山積みになった問題に忙殺されていたが、その合間に持ち込まれる仲間からの要望にも応え、しっかりと対処した。
仲間のことは、理解していると思っていた。

――だが、違ったのだ。
私は自分の都合の良いように、自分の主観で相手を見ていた。
『仲間を理解する』という真っ先に解決すべき一番大きな問題を、そうして後回しにしてしまったのだ。

深い自責の念にかられるサムス。
そんな彼女に、メタナイトは言った。

「4日でこの船は直る……と言っていたな。
だが、4日も経てば"鳥"はこちらの探知から外れてしまう。そうなれば打つ手はない。
我々が見つけるよりも先に、エインシャントはファイターの洗脳を強化してしまうだろう」

サムスは頷かなかった。だが、否定もしなかった。
彼女も数刻前に、彼と同じ結論を下していたのだ。

返答を少し待ち、彼女が黙ったままでいることを見てとると彼はこう続けた。

「……エインシャントの軍勢が見えたところで私はこの偵察船を下り、後は自動操縦を命じてここに帰還させる。
母船が直るまでの間、君達に迷惑を掛けてしまうことになるが……しかし、私は決してこの船のことを悟らせない」

改めてサムスに向き直る。

「……だから、許可して頂きたい。
全ては、私の弱さが招いたこと。弱さ故に、彼らに利用されることを許してしまった」

心中で吹き荒れているはずの嵐を、彼は言葉の端にさえ表さない。
毅然とタラップに立ち、自らの意志を押し切ろうとしていた。

「私はその責任を取る。
これ以上過ちをおかすことはできない。私に残された道は、これしかないのだ」

発信器をかかげ、彼ははっきりと言い切る。

しかし。

「だめだ!」

サムスが放った言葉は、凛と響きわたった。

背筋を伸ばし、彼の目をまっすぐに見て、そして。

強い口調で語りはじめる。

「エインシャントに捕らえられたファイターは弱かったから敗れ、フィギュアとなったのか?
……いや、違う。
私は知っている。
彼らの強さを。彼らの優しさを。彼らの勇気を。
彼らは弱かったから負けたのではない。エインシャントの卑劣な手段によって不意を突かれ、だまし討たれたのだ」

"塔"に捕らえられていたファイター達。
銅色に閉じ込められた仲間の顔を1人1人思い浮かべ、サムスは続ける。

「今、フィギュアとなった彼らに意識があるのなら、彼らもまた君と同じ事を思っているだろう。
敗れてしまった悔しさや、自由を奪われ闘うことを侮辱された事への怒りに震えているだろう。
……君は幸いにも、自分を取り戻すことができた。
そんな君に、捕らわれた彼らが願うのは無闇に自分の身を投げ捨てることではないはずだ」

そこでサムスは一呼吸置く。
依然として瞳に強い光を宿したまま、毅然とした声でこう言った。

「それでも君が償いたいと言うのなら……。
全力で闘いぬけ!
生きて、今いる仲間を守りぬけ。
それが……ファイターである君に望まれている償いだ」

信念をかけた、全力の説得。

それは少なからず、閉ざされ頑なになっていた彼の心に響いたらしい。

反論を返す様子もなく、じっとこちらを凝視する。
愕然としているのか、心を打たれたのか。
サムスがそれを見定める間もなく、彼はやがて目を伏せると、搭乗口に掛けていた手を下ろした。

発信器は以前としてその手の中にあったが、先ほどまで全身に満ちていた緊張は無くなっていた。

メタナイトはそのまま、返す言葉を探しているようだった。
あるいは、自分の心と向き合っているのかもしれなかった。

しかし、彼が口を開くことはなかった。

ふいに、格納庫の戸口につけられたアラームがけたたましく鳴り響いたのだ。

はっと天井を見上げたのも束の間、

「……AI、何があった!」

サムスは急いで尋ねる。
天井付近から、人工音声が返ってきた。

"南西 約6キロ先に生体反応。個数1"

その報告に、彼女は目を見開く。

マリオだ。
人形が単独行動するとは思えない。
また、AIは度重なる人形との誤認を学習し、確実にファイターの反応を拾えるようになっていた。

クルーに集合の号令をかけようとしたサムスだったが、AIの報告にはまだ続きがあった。

"並びに北東 約10キロ先に『人形』の生体反応。
個数……判別不能。
概算、30000"

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最終更新:2014-12-20

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