気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track22『Endeavor』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。

第1工場跡地で立ち往生していた所をルイージピーチに助けられ、
独自にエインシャントへの抵抗を続けていたファイター、サムスと合流したリンク達5人。
もはや追いつけないほど遠くに逃れてしまった敵の輸送機"鳥"のことは一旦諦め、マリオの奪還へと目標を定める。

ついに姿を現したマリオ。しかし、時を同じくして山脈の反対側に人形の大部隊が出現する。
エインシャントの命を受け、デュオンがマリオの奪還に向かっていたのだ。
ルイージ達がマリオの救出に専念できるよう、30000体もの大部隊に対し山脈の洞窟を巧みに使って注意を引き続けるサムス達。
ファイターの抵抗に業を煮やしたデュオンは、目標を山脈の突破から、ファイターの殲滅へと変更する。/p>


  Open Door! Track 22 『Endeavor』


Tuning

苦闘

峠道。そこはすなわち山脈突破の中間地点でもある。
虫の音さえも聞こえない静けさの中、彼方から軍靴の音が響いてきた。

現れたのは、緑帽を主力にして構成された先頭部隊。
彼らの足並みは、平野を進んでいた頃とは打って変わって慎重になっている。
そこは山道。遮るもののなかった平原とは異なって、あたりは入り組んだ地形によって見通しが悪くなっているのだ。

おもちゃじみた黄色のバズーカを手に携え、彼らは周囲に警戒しながら山を越えようとしていた。

しかし彼らは気づいていなかった。
彼らの警戒する相手が、すぐ近くに隠れていることに。

人形兵が進む先、峠道は緩やかなカーブを描いている。
外縁には急峻な岩肌が立ち上がり、天球の光を遮って反対側の比較的緩やかな斜面に影を落としていた。

その影に守られて、ひっそりと目立たぬ位置に開いた穴窪。3人のファイターはそこに身を潜めていた。

先頭で膝立ちし、岩肌に手を掛けて身を乗り出しているのはリンク。
空いた手にブーメランを持ち、峠のふもと側を真剣な表情でじっと見つめている。

この峠を越えさせるわけにはいかない。
山脈を抜けた向こうには、エインシャントに操られたマリオがいる。
そして、彼を連れ戻そうと全力で闘っているルイージとピーチも。

人形達に見つかってしまえば、マリオはきっとエインシャントの元に連れて行かれてしまうだろう。
何としてでも、2人が彼を連れ戻すまで時間を稼がなければ。

張り詰めた夜気の中、徐々に足音が近づいてくる。
それは周囲の岩肌に反響し、こだまがこだまを呼んで実際よりも兵士の数が多いように感じさせていた。
プレッシャーに負けぬよう、リンクは唇を噛みしめて時が来るのを待った。

しばらくそうしてじっとしていると、先頭部隊が峠道のカーブにさしかかった。
それを見逃さず、リンクは思いきり腕を振るう。

唸る風をまとってブーメランが飛んでいく。
甲高い音が峠に響き渡り、つられて人形達の視線も頭上そして背後へ。

その一瞬の猶予。
それさえあれば十分だった。

続いてサムスが動いた。

小石を踏み砕き、斜面を一直線に駆け下りていく。
その音に人形達は振り返り、ファイターがまだ射程内にいるのを見て取ると一斉にバズーカを構えた。

しかし、わずかに足りなかった。
人形達のバズーカから光弾が放たれた次の瞬間、鎧の戦士は光をまとい、爆発的に加速する。

淡い残像を引き連れてあっという間に光弾の雨をすり抜け、そのまま先頭集団に突っこんでいく。
通り過ぎる彼女の鎧に触れただけで、緑帽の一般兵は弾かれたように吹っ飛び、あるいはその場で霧散した。

先鋒数体の人形を跳ね飛ばしてもなお、彼女の勢いは止まらない。
その様子はさながら自走式ミサイルといったところだった。
人形の部隊長は慌てて後退を指示したが、時すでに遅く20余りの人形兵が失われていた。

すみやかに後退していく人形。追いすがるサムス。

浮遊兜の部隊長がもう一つの指示を出し、それに応えてひときわ大きな緑帽が進み出る。
身の丈は通常の兵士の3倍ほどはあり、ファイターからしても見上げるほどに巨大である。
そいつは腰を落として身構え、後退する部隊を守るかのようにのっそりと立ちはだかった。

サムスは構わず走り続け、勢いよく踏み切るとその肩を前に、運動エネルギーの全てを緑帽の腹部にぶつけた。

重く、鈍い音。

押し負けたのは人形兵の方だった。
巨大な人形が宙を舞い、地面に叩きつけられる。
その身体は一瞬のうちに色を失い、柔らかくゆがんで光へと還っていった。

さすがの質量差に、サムスの方もそこで勢いを失い地面に着地する。
彼女の周囲では人形達の残骸である白い綿のような光がゆらりゆらりと立ち上り、真夜中の峠を淡く照らし出していた。
逃げ延びた人形達はそんな幻想的な光景には目もくれず、遠巻きにファイターと相対し、すぐさま武器を構える。

部隊長はサーベルを振り下ろし、攻撃を指示しようとした。
だが次の瞬間、甲高い風切り音と共に兵達の構えたバズーカが消える。
慌てて辺りを見回す人形達。

やがて彼らの視点が一点に向けられる。
ようやく、サムスの後ろから駆けてくるリンクの姿を認めたのだ。
彼は戻ってきたブーメランを走りながら片手で捕まえ、すぐさま弓矢を手に取る。

人形兵の頭がここまでの流れを把握したとき、すでに銀色の矢とミサイルが彼らの目の前まで迫っていた。

はたき落とされたバズーカを拾う間もなく、緑帽の人形達は再び後退を強いられる。
しかし、彼らもただ押されるばかりではない。
そこはデュオンが細部に至るまで考え抜いた編成、小隊の隅々まで遠距離攻撃の対策は施してあった。

宙に浮き、銀色の球体がいくつもこちらに向かってくる。
それを見たリンクは弓を下げ、急いで隣のサムスに言った。

「跳ね返してくるぞ!」

「むっ……!」

サムスは口を弾き結び、砲撃を中断して飛びすさる。
一瞬遅れて、正確に反射されたミサイルが地面に大穴を開けた。

ファイター達に考える隙を与えず、部隊長は次の手を打った。
銀色の球体が横一列に配置したその下から何やら丸い金属体が転がってきた。
赤、青、黄色に色分けされたそれらは、金属の甲殻をかちゃかちゃ言わせながら接近してくる。

初めて見る人形兵。なおさら2人は気を引き締める。
変形するのか。こちらの攻撃は通用するのか。どの程度脅威となるのか。
マスターソードにアームキャノン。2人はそれぞれの最も得意とする武器を構え、様子を伺っていた……ように見えた。

ふっと、わずかにサムスの手が下げられる。
それに気づいた人形兵は皆無だった。

直後、峠道をまっすぐに横切って氷の結晶がはしる。
透明に光るそれらに触れられた甲殻地雷はたちまちのうちに凍り付き、その機能を失った。

部隊長の浮遊兜がひげをぶるっと震わせ、攻撃の放たれた方向を見る。
そこには3人目のファイター、リュカが立っていた。
彼は浮遊兜がこちらを見ていることに気がつき、急いでサムス達の元に駆けていった。

改めて合流した彼らは、峠の真ん中、人形達の行く手に立ちふさがる。
ルイージ達の戦っている平野をその背で守りながら。

浮遊兜はファイター達を睨みつけ、しばらく忌々しそうにサーベルを細かく震わせていた。
しかし、やがて決然とした様子でそれを真横に振るう。

それは一時撤退の合図だったらしい。
人形兵は雑兵をしんがりにおいて退却していった。
潮が引いていくような、すみやかな撤退。

3人はそれを追いかけ、雑兵を何体か倒したところで追跡を止めた。
格好だけでも徹底交戦の姿勢を見せなくては怪しまれてしまうからだ。
そうしてできる限り挑発し続けて、敵の陣形を崩していくのが本作戦における彼らの役割だった。

夜風が吹き抜ける静かな峠道。
道の中程に立ち、3人のファイターは束の間の休息を取る。

「賢い選択だ」

そう言って、サムスは撤退する人形兵を見送った。

「さすがにおれ達には敵わないって分かったのかもな!」

余裕綽々の表情でリンクは得意げに腕を組む。
リュカもこう言った。

「もうだいぶ倒した気がするし……これで終わりだと良いな」

灰色の世界を旅して長い2人だったが、ここまでひっきりなしに人形と交戦したことはなかった。
冒険し慣れたリンクにとってはまだまだ序の口だったが、
そうではないリュカは一日中戦っていたかのような気がしていた。

だが、サムスは鋭い眼差しのまま言う。

「いや。
……ここまでは、互いに小手調べをしていたに過ぎない」

開けた山道に歩み出て、ふもとを示した。
リンクとリュカも彼女の元に行き、同じ方角を見る。

眼下に広がる曠野、そのほとんどを人形の暗い群れが覆い尽くしていた。
山脈に向けて前進していた彼らは今わずかに後退していくように見える。
左右を見渡せば、宵闇の中、あちこちの峠から人形が撤退していく様子が分かった。

少しずつ凝縮していく闇。
それは、静かに力を蓄えて爆発しようとしているかのようだった。

「戦略的撤退だ。相手は、次の手に打って出る」

きっぱりと、サムスは言った。

「ここからが正念場だ」

ファイターの急襲を受けてもなお、デュオンの率いる人形兵団の数は全く減った様子がなかった。
被害が先頭集団に限られていたからかもしれないが、曠野を埋め尽くす黒々とした群れは依然として交戦前と同じ暗い活気に満ちていた。

夜の闇に包まれて、ざわめく集団。
ここまで集まってしまうとプリムの緑やマイトの黄色、テキンの白など個々の色は一緒くたになり、まるっきり個性を失っていた。

今、彼らの間に1つの波が走る。

司令官の下に緩やかに集まりつつあった人形達は一瞬足を止め、そして歩調を早めていくつもの集団に分かれ始めた。
デュオンを中心に大きな1つの塊を作っていた本隊。それがすみやかに小集団にまとまってちぎれていく。
受けた損失は全体のごく一部に過ぎない。残りを効率よく動員すれば、これ以上の被害を出さずファイターを沈黙させられるはずだ。

数に任せて山脈を突破することも、今のうちなら十分可能だった。
しかし、デュオンはそれを良しとしなかった。
こちらの動きを読み、鼻先で翻弄し続けるファイターの動きに少なからぬ警戒心を抱いていたのだ。

無論これまでのように1人1人孤立させて最適の部隊で囲み、捕らえようと試みていた。
それが今までの必勝法だったのだ。

しかし今日のファイター達は、ことごとく包囲網をくぐり抜けて逃げ続ける。
100を超える兵士で構成された、どこにも穴など無いはずの網を。
それどころではない。彼らは逆に小隊を罠に掛け、微弱ながら確実にこちらの戦力を減らしてくるのだ。

奴らは賢くなった。
これまで優位性が保たれていたのは、猶予を与えずこちらから一方的に急襲していたため。
滞在が長期化するにつれ、奴らはこちらの兵士の特性や戦法を学習していったのだ。

――あの時……奴らを捕り逃がしてしまったのが誤りだった。

――あれで我々の戦法の1つを知られてしまったのだ。

――だが、我々にはまだいくつもの手段が残されている。

――第1工場の二の舞にはなるまい……

――被害がこれ以上広まらぬうちに、初動で食い止めねば。

デュオンは、行く手にせり上がる山脈地帯に冷たい眼差しを向ける。
残党が潜んでいるであろう、ぬばたまの暗闇に。

1人の天使と2人の一頭身が山脈の斜面を駆ける。
その後ろからは、序盤とは比べものにならない数の人形兵が迫っていた。

平べったい飛行体ファウロンに乗ったバズーカプリムや、雲のような姿のスパーが上空からファイターに狙いを付け、
地上では、槍戦車キャタガードや一輪バイクのローダが土煙を上げて追いすがる。

追いつかれまいと走っていたファイター達。
しかしその真正面に、待ちかまえていた別の一隊が現れる。

左右は急斜面。逃げ道は無いかに思われた。

が、逡巡の後、3人のファイターは斜面を駆け上がる。
不意を突かれた人形兵は、彼らの脱走を許してしまった。

急いで後を追う。
程なく人形達は、山肌に開いた天然の洞窟を見つけた。
駆け込んでいったファイターの背中が、束の間闇の中にひらめく。

部隊長であるアラモス卿の指示によって、人形兵は一斉にその洞窟になだれ込んだ。

兜を外されたキャタガードが先頭を走り、頭部の旋回するランプで辺りを照らしていく。
その後ろに歩調を揃え、めいめいの武器を構えた雑兵が続々とついていった。

中は一本道となっていた。道幅は狭いが、こちらには機動性の高い兵も揃っている。
追いかけていけばじきにファイターを捕らえられるだろう。

だが、ある程度進んだところで彼らは分かれ道に突き当たってしまった。
指示を求め、振り返るプリム達。部隊長は即座に、兵達を2つの部隊に分ける。

その後もことあるごとに、人形兵団は分岐に出くわした。
その都度アラモス卿はためらうことなく部隊を分割していき、洞窟の奥へ奥へと分け入っていく。
戦力が少しずつ減っていくことの危険性は分かっていた。今はそれよりもファイターの発見が優先事項だったのだ。
所在さえ分かれば発見者が倒されようと、兵を伝って敵の居場所が全部隊に共有されるのだから。

しかし、どれほど進もうともファイターの姿は影も形も見えなかった。

これ以上部隊を分割すれば、ファイターとの戦闘に支障が生じる。
各小隊で、発見を報告する間もなく全滅する可能性が高まっている。それでは意味がない。
そう分析していた部隊長は不意にその原始的な思考を中断させ、空中で静止する。

彼の見る先。そこに戸惑った様子の人形部隊がいた。
先ほど別行動を命じたはずの小隊長が、アラモス卿を無言で見上げる。

"次の指令を"

部下の要求に応えようとしたアラモス卿。
だが、考える間もなく四方から声が届いてきた。

"次の指令を"

"次の指令を"

驚いて辺りを見渡すと、
そこには、彼が今まで分割してきたはずの全兵士が所在なげに佇んでいた。

"次の指令を"

"次の指令を"

"次の……"

声なき声が、がらんどうの空間にこだまする。

「彼らは今、全力を挙げて我々を捕らえにかかっている。
これに乗じ、引き続き人形兵を誘導する」

スーツの無線機能でカービィ達と連絡を取りつつ、後ろの少年2人にも聞こえるようにサムスは言った。

今、彼らは洞窟の中を駆けている。
先頭を走るサムスがライトで道を照らし、バイザーに映る地図を参照しながら最適のルートを辿っていく。
そんな彼女の背中を、リンクとリュカ、2人の少年ファイターが追いかけていた。

暗い洞窟の中、3人の足音がこだまする。

「なお、こちらが洞窟内の地理情報を掌握していることは悟られないように。
そのためにはあくまで追い詰められたように装って、"やむなく洞窟に逃げこんだ"と思わせること。
分かったな?」

難しい要求だったが、良い返事が返ってきたらしい。
サムスは頷き、無線を切った。

それを見て取ったリンクが待ちかねていたようにこう尋ねる。

「洞窟の中に人形をおびき寄せるのは良いけどさ。
いっぱいある分かれ道の中に、おれ達の船があるとこに出ちゃう道、ないのか?」

リュカも無言ながら、サムスの背中を見つめて返答を待った。
初めの頃の緊張が過ぎ去った頃から、2人はそれが気になりはじめていた。
マリオを取り戻せても、拠点を見つけられ占拠されてしまえば自分たちは今まで以上の苦境に立たされてしまう。

「心配は要らない」

サムスはすぐに答えた。

「私がこの山脈に不時着したその日から、この天然の迷路は防衛のために活用すると決めていた。
この足で何度も回り、適宜道を整備しながらスーツにも頭にも迷路の全順路を記憶してある。
母船のある空間に繋がる道は安全のため、あの1本を残して全て念入りに塞いでおいた」

つまり、マザーシップに通ずる道はルイージ達のいる側にしか開いていない、ということ。
山脈を越えられない限り、拠点の存在に気づかれる心配はない。
それを知り、リンク達2人は安堵した。

だが、それも束の間のこと。
サムスが背後を走る2人に鋭く声を掛けた。

「ここから先は一直線だ。
リンク、爆弾の用意を。奴らをここに閉じこめる」

リンクは顔を引き締めて頷き、背に背負ったリュックから爆弾を取り出す。
マザーシップに来てからというもの、頭ごなしに命令してくるサムスに対し反発してきたリンクだったが、
今、その目にはいつの間にか彼女を信頼する色があった。

百聞は一見にしかず。救出作戦における彼女の戦いぶりを目の当たりにし、何か勘づくものがあったのだ。
人形の動きを読み、他の仲間を指揮するその姿は明らかに手慣れており、一切の迷いを見せない。
これまでの威厳を持った口調もある程度仕方のないことであり、彼女が命じる裏には確固たる論理があることにリンクは気づき始めていた。

間もなく、サムスの言ったとおり3人の駆ける洞窟は真っ直ぐな一本道となる。
後ろから迫る、様々な足音。
それが天井に、壁に反響し、怒濤のように唸りを上げて背後から迫ってくる。

音のまやかしではない。
リュカは気づいていた。後ろから追いかけてくる人形の虚ろな心が寄せ集まり、覆い被さるようにして近づいてくることを。
50、60……いや、それ以上はいる。

このまま自分たちが直線に入れば、機動力の高い人形兵があっという間に3人の前に回り込む。
そして、退路を塞がれた自分たちの背後から膨大な数の人形兵が……。

その先を想像しかけるリュカ。しかし、サムスの鋭い声で我に帰る。

「今だ! リンク、あの天井をねらい撃て!」

「おぅ!」

威勢の良い返事を返すとリンクはついた足を軸に後ろを向き、その流れのままに爆弾を投げはなった。
同時にサムスも振り返り、ガンポッドから緑色の弾頭を持つミサイルを射出する。

紺色の爆弾は斜め上に。ミサイルはその横を真っ直ぐに通り過ぎて行く。

リュカも振り返った。
後ろから迫っていた人形の集団。その前と後ろの天井で爆発が巻き起こる。
一陣の爆風が髪をもみくちゃにし、続いて耳を聾するような音を上げて前後2ヶ所の岩盤が崩れ始めた。
次々と落下する岩石に、どこに逃げることも叶わず慌てふためきたたらを踏む人形達。

その光景に目を奪われているリュカに、サムスの声が掛かる。

「リュカ、PKフリーズをあの落石に!」

「は……はい!」

すぐに、リュカは意識を集中させた。
宙に青白く光る雪の結晶が生じ、枝葉を成長させながら岩石の雪崩へと飛翔する。

まさに計ったようなタイミングだった。
足止めするのには十分な量の岩石が落ちきり、さらに天井の亀裂が3人のいる側へも向かい始めたその時、
輝く結晶が岩石に触れる。

瞬く間に岩を伝って氷のPSIが伝播し、前後の落盤を繋げてドーム状の遮蔽を作り上げた。
PSIが成し遂げたのはそればかりではない。氷は岩伝いに天井にまで届き、落盤がそれ以上広がるのを防いだのだ。

落盤しかけた格好のまま、時が止まったかのように静止している岩の群れ。人形兵の一団はその中に閉じこめられていた。
岩の隙間、氷の向こう側に辛うじて、途方に暮れたようにうろついている兵士の姿が見えている。

ライトを反射し、冷気を伴って輝く氷と岩の壁。
それを目の当たりにしてもリュカは自分たちが達成したことを信じられずにいた。
あれだけの人形を、たった3人で無力化したのだとは。

「行くぞ」

サムスが短く号令をかけ、リュカは急いでその後を追った。
閉じこめられた人形達の未練がましい無数の呟きを背にして。

ここに来る前から、楽なことではないと予想していた。
しかし、ここまで希望の兆しが見えなくては悲観的な考えが浮かんでくるのも仕方のないことであった。

灰色の平原。
山脈を挟んだ南西側では、エインシャントの"駒"となってしまった兄を相手にルイージが戦っていた。

わずかな望みに賭けて、彼は兄との思い出を語り続けていた。

「……飛び交うキラーをかいくぐって走ってさ、やっとの事で砦まで辿り着いたこともあっただろ?
あの時上がった花火……いつもよりずっと嬉しかった」

その声は次第にかすれ、話しながら戦うために息が上がり、途切れ途切れになっていく。

「夢の中から助けを求められたこともあったよね。……最初はただの偶然かと思ったけど、
兄さんも……姫も同じ夢を見てて。
……本当に、夢の通り洞窟の奥に扉があったとき、何が待ち受けてるのか分からないのに
兄さんは……迷わず、言ったじゃないか。『よし、助けに行こう!』って……」

咳き込み、身をかがめて豪炎をかわす。
熱せられた空気が、ルイージの喉を容赦なく痛めつけた。

だがその顔には、疲労よりも疑念が強く表れていた。

――……本当に、兄さんには聞こえているのか?
兄さんは、僕の拳を感じているのか……?

――カービィが友達を取り戻せたのは……もしかしたら偶然だったんじゃないか?
それに……心を揺さぶれば良いのなら、僕らを見たときに目を覚ましたって良いんじゃ……?

――でも、さっきからまるで変わった様子はない。
兄さんは相変わらず僕らを本当に……本当に、倒そうとしている。

「……」

それでもルイージは、戦い続ける。
いや、戦うしかなかった。

どれほど頼りない方法だったとしても、彼の前に示された選択肢はそれしかないのだ。

不意に兄が戦法を変えた。
隙の大きい技を廃し、間隔の短いパンチやキックを矢継ぎ早に放ってくる。
ルイージはやむを得ず口を引き結び腕を顔の前で構える。
すぐに青いシールドが展開し、彼の体を守った。

鈍い音が立ち、少しずつシールドが削られていく。
その間隔を心の中で数え――ルイージは瞬時に前に動いた。
シールドを振り払い、相手が殴りかかる動作を終えるまでの隙に、一気に掴みかかる。

空いた手で素早く両足を封じ、引き寄せる。
のけ反った格好になった兄と一瞬目が合った。
ガラスのような、虚ろな目。

「くっ……」

声をもらす。
それは悲しみか、嫌悪か。

自分でも分からないうちに、急に手が軽くなった。

急いで後ずさったが、遅かった。
無意識に手の力が抜けてしまった弟の隙を突き、兄は地面に手をつき体をひねって両足の自由を取り戻す。
地に足を付けるやいなや、即座にルイージの顔目がけ至近距離で強力な反撃を放った。

 "チリン チリン チリン……!"

コインの残像を引き連れて、赤い帽子の男が跳び上がる。
振り上げた拳にルイージの顎を捉えて。

「ルイージ!」

彼の名を呼び、ピーチが駆け寄る。
距離をおき、同時に着地する兄弟。

ピーチはルイージをかばい、その前に立とうとする。
しかし、そんな彼女にルイージは大声で言った。

「姫! 今は僕に任せて、あなたはサムスに連絡を……!」

振り返らず、その目はただ目の前の兄だけを見据えていた。

その気迫に思わずたじろぎつつも、ピーチは頷く。

「……えぇ、分かったわ!」

迷っている時間が無いことは状況を見れば明らかだった。
自分たちはたった2人で戦っているのではない。
山脈の向こうには、人形の軍勢を食い止める仲間がいる。

彼ら6人と自分たちを合わせて、1つのチーム。
密に連絡を取り合い情報を把握することこそ、何よりも一番優先すべき事項だった。

手に緑の炎を灯し、兄とぶつかり合うルイージ。
彼らを背に、ピーチは急いで探査船へと駆け戻る。

『――サムス、聞こえる?』

通信を示すサインが浮かび上がるやいなや、高い声が耳を打つ。
口調からしてもピットの声ではない。

「どうした、ピーチ。何かあったのか?」

サムスはすぐに尋ね、同時に頭の片隅で相手の返答を予想し始める。
ざらつくノイズを挟んで返事が返ってきた。

『それが……だめなの。
さっきからずっと、2人でマリオの名前を呼んで、語りかけて、戦ったわ。
でも、一向に目を覚ます気配がない。ためらうことも、立ち止まることもないの。
ずっと私達のことを……』

言葉が途切れたが、通信障害ではない。
偵察船のコクピットに立ち尽くし、うなだれる姫の姿が沈黙の向こうから浮かび上がっていた。

「……」

サムスは急いで頭を働かせる。
短い間にいくつもの作戦が浮かび、立ち消えていった。
そして、

「引き続き戦ってくれ。
メタナイトの時でさえ目を覚ますには1時間以上かかった。
兆しが無くとも、彼の心には届いているはずだ」

『……そうね。分かったわ』

勇気づけられ、ピーチの声にわずかに力が戻る。

「辛いだろうが、適宜2人で交代しできるだけ戦い続けてくれ」

『ええ。サムスも気をつけて』

その言葉を最後に通信が終わる。
サムスは束の間、南西の方角に目をやった。
暗がりの向こうを見透かし、ピーチ達が戦っているであろう平原へ。

そんな彼女に、リンクが声を掛ける。

「1時間以上かかったって……おれ達そんなこと言ったか?」

サムスは洞窟の闇をじっと見つめたまま、答える。

「……たとえ気休めであったとしても、真実を言って落胆させるよりは余程良い」

そして別の通信回路を開いた。

「ピット、聞こえるか」

「はい! 聞こえます」

人形を引きつけて山道を駆けながら、
何度目になるか分からない返答を律儀に返し、ピットは次の言葉を待った。

『今ピーチから連絡があった。
船がキャッチした反応はやはりマリオだった。しかし交戦開始から今まで、回復の兆しがないそうだ』

通信に専念するピットを守るように横についたカービィが、目を丸くして何かを言いかける。
しかし、彼が言葉を口にする前にサムスがその先を取った。

『エインシャントの洗脳を解いた先例はたった1つ。
何が起ころうとおかしくはない。時間がかかるのも想定済みだ。
だが念のため、君達は山頂付近に移ってくれ。
高台から人形の動きを監視し、妙な動きがあったらすぐに知らせるように』

「分かりました!」

すぐに返答するピット。
しかし、その横から急いでカービィが割り込む。

「ねぇ、ぼくらはもう人形と追いかけっこしなくて大丈夫なの? サムスはどうするの?」

サムスは凛とした声で、こう言い切った。

『安心しろ。私達はここを守りきる』

それを最後に、一方的に通信が終わる。
ノイズしか流さなくなった通信機をじっと見つめ、黙りこくるカービィ。
ピットも心配そうな顔をしていたが、やがて通信機のスイッチを切った。

そんな2人に、前を飛ぶメタナイトは振り返らずに言った。

「……信じるしかあるまい」

ファイターを追って洞窟に入っていった部隊が次々に連絡を絶ったことを受けて、
人形兵は次第に深追いを避けるようになっていった。

そのためサムス達は安心して洞窟に退避することができたが、
たった3人1組で注意を引き続けるため、以前にも増して頻繁に人形の前に姿をさらさなければならなかった。

限られた範囲内で出没を繰り返し、人形の追跡を受けて段々と追い込まれていくように見せかける。
あと少しの所で彼らの手をかいくぐり、逃げてかわして、挑発し続ける。
だが、サムスはこのようなごまかしがいつまでも通用するとは思っていなかった。

リンクはマスターソードを手に、一時撤退していく人形達を追いかけようとした。
だが、そこでサムスに呼び止められて振り返る。

「ここでの陽動は済んだ。次に向かうぞ」

そう言った無表情な緑色のバイザーに向け、リンクは憮然とした顔をする。

「あいつら逃がしちゃって良いのか? 今の、絶対倒せた敵だって」

中途半端に戦っては逃げを繰り返させられ、リンクには少なからず不満が溜まっているらしかった。
そんなリンクに、あえてサムスは声を落ち着けてこう尋ねた。

「ここで数体の敵を減らすことと、どこかで数十体の突破を許してしまうこと、どちらが理に適っている?」

リンクはその言葉に少しの間眉を寄せて考えていたが、やがて肩をすくめて答えた。

「分かった。行くよ」

「よし」

サムスは頷き、少年達を連れて次の目的地点に向かおうとした。
だが、そこで気がつく。
もう1人。リュカがいない。

急いで周囲を見渡したサムスは、そう遠くないところに金髪の少年の姿を見つけた。
彼はまだ人形と戦っている。撤収の合図が聞こえなかったのだろうか。

考える間もなく、サムスは彼の下に走っていった。

ほどなく、彼女はリュカの異変に気づく。
彼は主力たるPSIで戦っているのだが、その光が明らかに弱まっているのだ。
必死に両手を前に向け人形達を押し返そうとするものの、その手から放たれるエネルギーが意志に追いついていない。

その光景には、見覚えがあった。

それは、初めて訪れた『スマブラ』での出来事。
まだ数少なかったファイター達。その中に、リュカと同じ技能"PSI"を使いこなすネスという少年がいた。
年に見合わず強い心を持った、真っ直ぐな瞳の少年。

そんな彼がある日突然思うように闘えなくなり、結局その日の試合を辞退したことがあった。
元気をなくした様子の彼からようやく聞き出せたその理由は、ホームシックだった。

PSIはココロのチカラ。意志をその源とする力は、混乱や不安といった負の感情に大きく左右されてしまうのだ。
今のリュカも、おそらくは同じ状況なのだろう。

サムスは彼の名を呼び、肩に手を置く。

「……!」

振り返った彼の顔は、今まで見たことがないほどに緊張していた。
その瞳はサムスの姿を認めてもなお、動揺の色が消えない。

彼の表情に、戦場で鍛えられたサムスの心もわずかに揺れ動く。
2人の少年に対しては作戦開始から今までずっと気を配ってきた。
疲労やストレスは限界に達していないか、怪我などをしていないか。
それだというのに、いつの間にこのようなことになってしまったのか。

――やはり……この歳の子供には荷が重すぎたのか……?

自省し、サムスは再び声を掛ける。

「リュカ」

二度目に呼びかけられ、ようやく彼の目に意思の光が戻った。

「……行くぞ」

だが、遅かった。

突然、夜の闇を切りさいて幾筋もの光が降ってきた。
鋭いサーチライト。
立ちすくむリュカと、その肩に手を置くサムス、そして後ろから駆け寄ってきたリンクを鮮烈な光の円錐が閉じこめる。

3人を照らす照明は、空にあった。
50体ほどの人形を搭載した平板状の飛行物体。
それが何機も揃い、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

それだけではない。
眩しい光の中目を凝らすと、四方から再び人形の軍勢が向かってくる様子が見えた。

彼らは、完全に包囲された。

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最終更新:2015-04-03

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