気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track23『Lover, Come back to Me』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。

第1工場跡地で立ち往生していた所をルイージピーチに助けられ、
独自にエインシャントへの抵抗を続けていたファイター、サムスと合流したリンク達5人。
もはや追いつけないほど遠くに逃れてしまった敵の輸送機"鳥"のことは一旦諦め、マリオの奪還へと目標を定める。

ついに姿を現したマリオ。しかし、時を同じくして山脈の反対側に人形の大部隊が出現する。
エインシャントの命を受け、デュオンがマリオの奪還に向かっていたのだ。
サムス達6人が人形兵を足止めするうちに、マリオの救出を急ぐルイージ達。
互いを信じ、全力を尽くすファイター達。しかし、ついにサムスとリンク、そしてリュカの3人はデュオンの兵士達に包囲されてしまう。


  Open Door! Track 23 『Lover, Come back to Me』


Tuning

その胸に希望を

"包囲完了"

その報告を受けたデュオンは、ただ黙って頷いた。
"最後まで油断はできない"
それが、これまで痛い目を見てきた彼らがその鋼の心に刻みつけた教訓だった。

彼らは近辺の護衛部隊と共に前進を開始する。
ここまで自分たちの手の内を読み、翻弄し続けたファイターの顔を直々に拝むために。

しかし。

裾野に散開した兵に遠巻きに取り囲まれた、3人のファイター。
夜陰から浮かび上がってきたその顔ぶれを見たとき、デュオンは硬直する。

急に足を止めた司令官を訝しげに見上げつつも、護衛兵は立ち止まる。
デュオンは彼らに目もくれない。ただその鉄の瞳は、1人のファイターに釘付けになっていた。
鋼の鎧に身を包む、バウンティハンター。

――なぜ……。
……なぜ、奴がここにいる?!

彼らがここまで驚愕したのには理由があった。

エインシャントは、全てのファイターに罠をかけた訳ではない。
全員をさらえば、すぐにかの世界の管理者に異変を気づかれてしまうだろう。
だから、ランダムに選ばれたごく数人には手出しせず向こう側へと渡らせてある。

主は、誰がここに落ち、誰が向こうに渡ったかを把握している。
その名は腹心たるデュオンにも知らされていた。
彼らの容姿、能力、強さ、弱点……あらゆる情報と共に。

記憶が正しければ、あのバウンティハンターははずだった。

それが今、現にこうして灰色の山肌に立ち、こちらを見ている。

距離をおき、相対する二者。
一方は武装した兵を引き連れ、もう一方は傍らに2人の少年を守って。

依然目をそらさずに、デュオン・ソードサイドは背後の片割れに思考の中で伝えた。

――この事態が意味することは一つ。

それが何であるかは、言及しなくとも彼らには分かっていた。
彼らの主、エインシャントの計画が向こうにいる"奴ら"に伝わった。それしか考えられない。

ガンサイドは排気音を低く轟かせる。

――信じがたいが……しかし、そう考えれば全てに説明がつく。
"駒"の支配が解かれたのも、各地の工場があれほど易々と破壊されたのも、全て奴らの手引きと考えれば。

――ならば、今奴らは何を考えている? 自らの玩具を我々の前に晒して……

答えは、自ずと浮かび上がった。

夜陰に乗じて行動する。
先ほどまでファイターが行っていた戦法を、今度は人形兵達がなぞっていた。

包囲したファイター3人をそのままに、彼らに悟られないように後列の部隊が離れていく。
足音をひそめ、サーチライトの背景を縫って。

"前進せよ 前進せよ 前進せよ"

彼らの目的は本来のものに立ち戻っていた。すなわち、山脈の突破である。

ファイター3人の動きを封じ、彼らの注意を周囲の兵に引きつけておく。
その間に、別働隊が山脈を速やかに越えて"駒"を取り戻す。
出現した6人のファイターが互いに連絡を取り合っていることは明らかだった。
そして、そのリーダー格が包囲された3人の中にいることも。

誰とて、結局は自分の身を守ることが最優先。
したがって窮地に陥った彼らが人形兵の動きに気づくことはない。
デュオンはそう考えていた。

そう、それは事実だった。
サムス達は伏兵の動きに気がつかなかった……仲間から、連絡を受けるまでは。

『――サムスさん、聞こえますか?』

雑音を引き連れて、ピットの声がヘルメットの中に響く。

『人形達が動き出しました。集団から離れて、山頂側に向かってきます』

「……」

サムスは目を見開く。
その視界に映るのは、眩いサーチライトの向こう側、じわじわと包囲を縮める無数の兵。そして、その奥に黒々とそびえ立つ双頭戦車のシルエット。

それらから目をそらさずに、彼女は声をひそめて無線の向こうに問いかけた。

「君達の存在を気づかれたのではないな?」

『はい。僕らの隠れている洞窟へではなく、いくつかある峠の入り口を目ざして小さな集団がいくつも』

「なるほど……ようやく気づいたという訳か」

そう呟き、次いで声を改めてこう伝える。

「君達は先に、洞窟を抜けてルイージ達と合流してくれ。
最適ルートをそちらの通信機に送っておく」

『……分かりました。でも――』

「我々のことは心配するな。突破する手段ならいくらでもある。
それよりも、早く彼らの援護に向かってくれ」

逡巡する気配があった後、覚悟を決めたように声が返ってきた。

『……はい!』

その返事を聞き届け、サムスは傍らの2人に低く声を掛ける。

「いいか。私達の足下には空洞が走っている。
今、私がミサイルで足下を撃つ。合図をしたら、2人とも一斉にシールドを張れ」

有無を言わせぬ、張り詰めた口調。敵の司令官を見据えたまま、その視線は動かない。
リンクとリュカは緑色のバイザーを、その奥に見えるサムスの顔を見上げ、無言で頷いた。

灼熱の炎が迫る。
身をひねり、ルイージは右に逃げた。
そのまま離れると見せかけて勢いよく踏み切り、彼は更に距離をつめる。

勢いよく突き出した手刀。
しかし、赤い帽子の男は右腕を振りかぶり、次の瞬間黄色いマントが視界を覆う。
気がつけば、ルイージは全く正反対の方向に技を放っていた。

がら空きになった背後に迫る、赤熱した掌底。

そこに、ピーチが割り込んだ。
片手でドレスの裾を持ち、もう片方の手に持つフライパンを思い切り振るう。

銅鑼に似た音が鳴り響き、黒い底面が爆熱を食い止めた。

2対1。
不利な状況であるにもかかわらず、赤い帽子の男に疲労した様子は無かった。
その表情は戦いが始まった時と変わらず、放たれる炎に迷いはない。
少しずつ消耗し始めた弟と姫の隙を突き、容赦なくとどめを刺そうとする。

その非情さこそ、エインシャントの望む理想的な兵の素質だった。
恐怖、慢心、憤慨、同情……そのような感情などいらない。かえって真の力を発揮する妨げになる。
心など、ただの障害物でしかないのだ。

エインシャントの思想を実証するかのように、"駒"は歴戦のファイター2人を相手に互角の戦いを続けていた。

大回りに放たれた右脚。
回避することもできず真正面からそれを受け、ピーチは高くはね飛ばされる。
長期化した戦いは、2人に着実なダメージを与えていた。

「姫っ……!」

叫び、ルイージは束の間彼女を目で追う。
そして歯を食いしばると、姫を追い撃たんとする兄の前に立ち塞がった。

視界の中、握った拳に炎をたぎらせて兄が迫ってくる。
もはや、語りかける余裕など無かった。
ルイージは兄が飛び込んでくるその刹那、姿勢を低くし懐に飛び込む。

両手を突き出して兄の脚を掴み、引き上げる。
今度は迷わず相手の自由を奪い、振り回し、そして投げ飛ばした。

あれから全く怯む様子も見せていないのに、兄にも少なからぬ蓄積があったらしい。
赤い帽子の男は、無防備な格好で飛ばされていった。
その軌跡を注視していたルイージ。ふと、彼の耳が何かを捉えた。

急いで振り返る。
背後の姫も手をつき立ち上がりかけた格好のまま、同じ方角を見ていた。

夜明けが近づき、わずかに明るくなり始めた空。
その下。暗く広がる山脈地帯の縁が、怪しく蠢いていた。
それが全て人形兵だと気づくのに、そう時間は掛からなかった。

人形の波。怒濤が山肌を黒く塗りつぶし、こちらに向かってくる。

仲間は皆倒されてしまったのか。
2人の頭を、最悪の想像がよぎった。

だが、次の瞬間。その予想は覆される。

山脈の中腹。
そこにぽかりと口を開けた洞窟から、3人のファイターが飛び出した。
ピット、メタナイト、そしてジェット機を模した帽子を被ったカービィ。

彼ら3人が遠くに目を凝らすと、平原に立つ2人の仲間が見えてきた。
2人ともまだ自分の足で立っている。顔に疲れが見えるが、こちらを振り返るだけの余裕はあるようだ。

「良かった……何とか間に合ったみたいですね!」

安堵のため息をつくピット。
彼らの下では、行軍していた人形達がようやく上空の異変に気がつき騒ぎ始めた。

カービィもジェットエンジンの炎を後ろに引き連れながら、負けじと声を張り上げる。

「待っててねー! 今すけだちするからぁー!」

しんがりのメタナイトは何も言わずにギャラクシアを構え、
そして、3人は人形部隊の先鋒に真っ向から飛び込んでいった。

洞窟の天井を撃ち抜き、包囲網を突破したサムス達。
しかし、彼らは依然として苦境に立たされていた。

洞窟に三者それぞれの靴音を響かせ、山脈の向こう側を目ざしひた走る。
彼らの背後からは百を超える人形の大軍が迫っている。
不意を突くことで脱出には成功したものの、脱出路を塞ぐ猶予は残されていなかったのだ。

あいにく逃げこんだ通路は幅が広く、分岐も少ないため人形を撒くことは不可能に近かった。
かといって、このまま捕まらずに逃げきれる可能性も無に等しい。

しかし、2人の少年を先に走らせ、後衛を務めるサムスの顔はいつもと変わらぬ冷静さを保っていた。
バイザーに表示された地図を見つめる。
目的地のアイコンが、少しずつ近づきつつある。

「2人とも、そのままで良いから聞いてくれ」

リンクとリュカ。2人の背中に呼びかける。

「真っ直ぐ行くと、通路が途切れたところに出る。
リンクはフックショットの準備を。リュカは私に掴まれ」

言い終わらないうちに、行く手から風の音が聞こえ始めた。

「今だ、飛び込め!」

その言葉と共に、ライトの照らす先が開けた。
とてつもない広さを持つ空洞。走り込んだ勢いのまま、3人はその中に飛び込んでいく。

地面が消え、果てのない闇が彼らを包み込んだ。

サムスは真っ先にリュカを片腕で抱え込み、もう片方の手をリンクの背中に添える。

ヘルメットの外で風が荒れ狂う。
スーツでは照らしきれない闇をバイザーの機能で透視し、サムスは待った。
永遠に思える落下。そして、

ライトがようやく反対側の壁面を捕捉し、そこに風穴を見いだした。

次の瞬間。
リンクの持つ道具から放たれたフックと、サムスのガンポッドから打ち出されたグラップリングビームが風穴の床をしっかりと捕まえた。
リュカは目をきつく閉じ、サムスの腕にしがみついていた。

一瞬遅れて、3人の背後を無数のざわめきが過ぎ去っていく。
つられて空洞に飛び込んだ兵達が、大も小も、為す術もなく落下していったのだ。

気づいたときには、もはや手遅れだった。
彼方の通路からゆらゆらと立ち上ってくる光の粒子。
それはあっという間に量を増し光の噴流となって吹き上がり、デュオンの佇む洞窟を明るく照らし出した。

愕然として、デュオンは立ち止まる。

ここにまで罠が仕掛けられていたのだ。

奴らはいったいどこまで掌握しているのか。その疑問が浮かんだ次の瞬間、ようやく彼らは気づく。
追い詰めていたつもりが、自分たちは逆におびき寄せられていたのだ。この状況へと。
驚愕が過ぎ去って、彼らの頭脳を占めたのは青白い怒りの炎。

――してやられたものだ。"頭脳"として作られた我等をここまで踊らせるとは!

残党どもはすでに全員が結集していたのだ。
主の目につかぬところで。そこにマスターハンドの手引きがあったことはほぼ間違いない。
そうでなければ説明がつかない。こちらの包囲をかいくぐり、ここまでの立ち回りを見せるなど。

――これは罠だ。奴らはすでに近辺に"駒"がいることを知っている。
 我々の前に姿を現した6人の他にもファイターがいたのだ。そして彼らは今まさに……!

歩みを止めた司令官には目もくれず、人形兵は怒濤のように進軍を続けていた。
先鋒の惨事を目の当たりにしながらなおも飛び込んでいこうとする彼らを、デュオンは一喝する。 「止まれッ!」

響きわたるその声に、人形兵はすぐに歩みを止めた。
こちらを見上げてくる無数の虚ろな眼差しに、デュオンは毅然とした口調で命じる。

「奴らは捨て置け。奴らの真の目的は"駒"の奪還だ。
お前達は別の経路から向かい、それを阻止せよ!」

赤い帽子のファイター。相対する、その弟と姫。

彼らの背後では刻一刻とざわめきが高まっていた。
進軍を続ける人形兵と、それを阻止すべく交戦している3人の仲間。

ルイージとピーチは共に戦いつつも、やはり、背後に視線を向けずにはいられなかった。
局所的に見れば、ピット達が優勢の展開を見せていた。
しかし、その左右からあふれこちらに向かってくる敵の量を見れば、彼らが対処しきれていないのは明らかだった。

500、600……いや、それ以上いるのだろうか。あまりにも多く、密集しすぎていて目では数え切れない。
確実に言えることはただ一つ。
たった3人ではあれだけの人形、止めることはできない。

背後で起こったひときわ大きい爆発音に、ルイージは戦闘の最中ながら思わず振り返った。

音の出所を探し、そして見つける。
仲間は無事だった。円形に地面が焼け焦げ、その真ん中に辛うじてピンク色の姿が見えている。
先の爆発は、カービィのコピー能力が引き起こしたものだったようだ。

束の間その顔に安堵の色を浮かべ、しかし、ルイージはすぐさま表情を引き締める。
視界の端に、じわじわとこちらへ近づいてくる人形軍団が見えていたのだ。

――急がなきゃ……。
何もかも僕らに掛かってるんだ。
だから早く、……早く兄さんを取り戻さないと……!

目前に迫った炎を、紙一重で避ける。
ふっと息をつきそしてカウンターを繰り出す。
しかし、相手はそれを見越していた。

帽子の男は腕で払うようにして、拳を受け流す。
間髪おかず、彼は空いた手で弟の胸ぐらを掴む。
そのままの状態で、一発、二発。

ルイージは抵抗することもせず、歯を食いしばり、ただ耐える。
あまりにも非情な現実に直面させられた彼の精神力は、すでに限界まで張り詰めていた。

彼の意志に反し、次第に意識は目の前の状況から逃避し始め、思い出の中に沈んでいく。

――
―――

「あーあ、暇だなぁ……」

 天井をぼんやりと眺め、嘆息する兄。
 朝日に寝ぐせを照らされている、茶色の髪。まぶたが下がり、まだ眠そうな顔をしている。

 何度目か分からないあくびをするそんな兄の前に、ルイージは朝食を置く。
 パンにサラダにキノコシチュー。キノコ王国の平均的な朝食だ。

「兄さんは贅沢だね。冒険も良いけど、たまには平和な日を楽しんだって良いじゃないか」

 そう言って兄のわがままを笑うが、兄は生返事を返しフォークでサラダをかき回すだけだった。
 ルイージは肩をすくめて、自分も席につこうとした。

 そのとき。

「たたたっ……大変ですマリオさ~ん!」

 1人のキノピオが扉を開け、息せき切って飛び込んでくる。

 何事かと目を丸くしたルイージの横で、兄が勢いよく立ち上がった。

「どうした、何があったんだ?!」

 テーブルに手をついてすっくと立ち、目にはいつもの力強さが戻っている。
 先ほどとは別人かと思うほどの変わりぶりである。

「ジュニアが……クッパJr.がピーチ城に! ぼくたちだけじゃ止められなくて……」

 手を口元に持って行き、おろおろと告げるキノピオ。
 姫の身を案じ、彼はいてもたってもいられない様子だった。

「またあの甘えんぼがやってきたのか! よし、そうと分かったら行くしかないな。
 ルイージ、準備しろ! ピーチを助けに行くぞ!」

 威勢良くそう言って、兄は家の外に走り出る。
 帽子掛けに掛けてあった、お馴染みの赤い帽子を颯爽と手に取って。

 だが、そんな兄の背中にルイージは慌てて声を掛ける。

「待ってよ!
 兄さん、まだパジャマじゃないか!」

―――
――

何気ない兄の仕草が、表情が、目の前に浮かんでは消える。

多くの友人に囲まれて、屈託のない笑顔を見せる兄。
無鉄砲をたしなめられて、少しすねてみせる兄。
気負わない表情で、こちらに手を差し伸べる兄。
そして、どんなに巨大な敵を前にしても決して意志を曲げなかった兄。

だが、今目の前にいる男の顔は、それら全ての感情を喪っていた。

いくら語りかけても、彼は少しも足を止めなかった。
彼と自分が共有する、数々の思い出。
自分はこんなにも鮮明に思い出せるのに、兄には、それが伝わらない。
それはつまり……。

ルイージは強く目をつぶる。
胸ぐらを掴まれ、殴られ続けているのに、それを振りほどこうともしない。

――だめだ。戦わなきゃ……、戦わないと……!
……でも……。

希望が薄れ、意思が揺らぐ。
その隙を、"駒"は容赦なく突いた。

すっと沈み込むような感覚がして、気がつけば、ルイージは空高く投げ飛ばされていた。
上昇はやがて落下に転じ、すんでの所で彼は手をつき後方へと受け身を取る。
軽減しきれなかった衝撃が、彼の足を、腕をさいなんだ。

「ルイージ!」

後衛に回っていたピーチが、急いで駆け寄る。

ルイージは背を丸め、俯いたまま動かない。
その瞳は地面に向けられ、彼は疲れ切ったような声で言った。

「――僕ではだめなようです。兄さんは、僕のことを覚えていない……。
少なくとも、僕との思い出は……心を揺さぶるほどのものじゃなかったみたいです」

言葉こそ淡々としていたが、地面に付けられた拳は悔しげに細かく震えていた。
彼の砂埃に汚れた背中を、ピーチは少しの間黙って哀しげな眼差しで見つめていた。

やがて、その肩にそっと手を置く。

「……いいえ、それは違うわ」

その言葉に、ルイージは訝しげに顔を上げる。
長い戦いに彼の帽子はすっかり砂埃に汚れ、髪も乱れていた。
そんな彼の肩に置かれた姫の長手袋もまた、砂の色を帯びて本来の抜けるような白さを失っている。

灰色の戦場に立ち、褪せた色合いに浸食されつつある2人。しかし、姫の目はいつもと変わらぬ澄んだ青さを保っていた。
ピーチはその目を正面からルイージに合わせ、こう続けた。

「あの人が、弟であるあなたのことを大事に思っていないなんて……そんなことあり得ないわ。
ただあなたとマリオは長い間一緒だったから、大切な思い出があまりにもあふれていて、当たり前のものに感じられるのよ」

その声はねぎらうように優しく、それでいて静かな威厳に満ちていた。

「姫……」

呟くように言ったルイージ。

ピーチは彼の肩から手を放し、しっかりとした足どりでその前に出る。
桃色のドレスに包まれた、たおやかな後ろ姿。
一切の武器を持たない無防備なその背は、一つの意志を語っていた。

それに気がつき、はっと目を瞬くルイージ。

「……姫っ、無茶です! 僕らが何を語りかけても、兄さんは目を覚まさなかった……。
今さら……何を語るというんです……!」

急いで声を掛けるが、ピーチは歩みを止めない。
振り返ってこう言った彼女の顔は明るく、強い自信にあふれていた。

「何を言っているの?
完全な不可能なんてあり得ない。それを証明してきたのはあなた達ではなくって?」

ルイージは彼女の行動が理解できず、差し伸べた手をそのままに困惑した顔で膝をついている。
彼を後に残し、ピーチは前へと進んでいった。

正面に立つのは、赤い帽子の男。
丸腰で近づいてくる相手に少なからず警戒しているらしく、腰を落とし拳を構えて、動かない。
相手がある一線を越えれば、すぐにでも飛び掛かるつもりでいるのだ。打ち負かし、地面に叩きつけるために。

だが、ピーチは恐れることなく進み続けた。
背筋を伸ばし、青い瞳で真っ直ぐに前を見て。

その毅然とした表情はあの時と同じだった。
初めて彼女がさらわれた、あの時と。

――
―――

 クッパ城の一室。
 広さに対し照明が足りておらず、部屋の中は薄暗い。
 防衛のため城内には地下深くから溶岩が引かれており、この部屋にも硫黄のにおいが漂ってくる。

 薄闇の中、床には模様のくすんだ絨毯が敷かれ、木製のテーブルや椅子などが置かれている。
 どれもこれも無骨な石造りの壁とは不釣り合いで、城のあちこちから何とかかき集め、間に合わせに置かれたという印象が強い。

 さらわれたキノコ王国の姫、ピーチはそこに閉じこめられていた。
 明らかに彼女1人には広すぎる部屋、その中央にぽつねんと置かれた椅子に腰掛けている。

 桃色の花のようなドレス、日だまりを思わせる金色の髪、そして陶器の如く白い肌。
 彼女の光り輝くような美しさは、何にも増してこの殺風景な部屋にそぐわなかった。

 王国と臣民を奪われ、自由を失った姫。
 荒れ地にたった一輪咲く花。冷たい風に吹かれ、乾ききった土地に残されて。
 しかし、彼女は毅然と背筋を伸ばしていた。

 重い両開きの扉が開けられても、彼女は視線一つ動かさなかった。
 誰が入ってくるのかは、近づいてくる重々しい足音で分かっていた。

「姫よ、いい加減諦めたらどうなのだ。ワガハイはいずれ、この国の全てを手に入れる。
 大人しく運命を受け入れて、ワガハイの后となるのだ」

 その低くうなるような声の主は、クッパ。カメ族の大魔王だ。
 いくつもの棘を持つぶ厚い甲羅、うろこに覆われた巨躯、雄牛のような鋭い2本の角。
 彼こそが、姫をさらい、キノコ王国を支配下に入れた張本人。

 初めクッパは、あくまで自分の魔力を打ち消す存在を封じるためにキノコ王国の姫を誘拐した。
 ところが、連れてこられた彼女と言葉を交わすうちに、彼はいつの間にか心を惹かれはじめた。
 容姿は言うまでもなく、恐ろしげな魔王を前にしても決して怯まない、その精神の強さに心打たれたのだ。

 愛する国民に魔法をかけられ、大切な家臣の幾人かを各地の砦に閉じこめられて。
 それでも、ピーチの目には今なお希望の光があった。
 覆い被さるような暗い影をその目で見上げ、きっぱりと答える。

「私の返事は1つよ。
 私は、絶対に諦めない。必ず誰かが助けに来てくれるわ」

「むぅ……」

 思わずクッパは唸る。
 キノコ王国の配管工、そしてその弟。全く予想外の勢力が、拠点を次々と突破し迫ってきているのは紛れもない事実だった。
 しかし、そのことは姫には知らせていないはずだ。

 家来の誰かがうっかり話してしまったという可能性も考えられるが、しかし姫の様子を見る限りそれは怪しい。
 彼女は全く孤立無援の状況に置かれているのに、それでもなお、希望を捨てていないのだ。
 いったいこの強さはどこから来るのだろう。国を背負っているという自負か、それとも彼女の本来の性格なのか。

 内心の動揺を悟られぬよう眉をしかめ、クッパは牙の隙間から言い捨てる。

「お前がワガハイの手に落ちた今、ワガハイに敵う者はおらん。
 誰もワガハイを止めることはできないのだ」

 そして、足音を響かせて部屋を後にする。
 扉の脇についたハンマーブロスが、出て行く王に敬礼を返す。

 間もなく扉は、重々しい音を立てて閉じられた。
 むせ返るような熱さに閉ざされた薄闇の中、姫の眼差しは真っ直ぐにその向こうを見据えていた。

―――
――

いつ、誰に掠われようとも。
どのような困難が2人の間に立ち塞がっていようとも。
"彼"は、いつも助けに来てくれた。

愛嬌のある顔だが、白馬の王子様と言うには少し届かない。
でも、何度苦境に立たされても立ち上がり、一心に突き進むその意志はどんな勇者にも引けを取らない。
ピーチは彼のことを一国の姫としても、また1人の女性としても誇りに思っていた。

――そう、いつもあなたは助けに来てくれた。
……だから、今度は私が助ける番よ。

姫の足が、見えない境界を踏み越えた。

弾かれたように、赤い帽子の男が大地を蹴った。
まばゆく輝く天球を背に、高々と飛び上がる。
右腕を引き、拳を振りかぶった。握りしめられた拳の隙間から紅色の炎が吹き出し、その手を包み込む。

対し、姫は防御の構えすら取らない。
迫るプレッシャーを風と受け流し、凛と背を伸ばして立つばかり。

動かぬ的、撃ってくれとばかりに真正面に立った眼下の姫に狙いを定め、男は機械的に右の拳を固める。

風が、彼女のドレスをはためかせた。

空から落ちてくる帽子の男を迎え入れるかのように、彼女は両腕を差し伸べる。
男の拳が放たれるよりも早く、彼女の両手が男の顔をしっかりととらえて、

そして、ぶつかる。

ルイージは目を見開き、兄と姫を見つめる。
姫を助けようと腰を上げかけた、その姿勢のまま。

2人は、動きを止めていた。

地面に降り立ち、わずかに顔を仰向ける赤い帽子の男。
その右の拳は、まだ後ろに振りかぶられたまま止まっている。だがその手にはもはや炎は灯されていない。
そして桃色の姫は。白い手袋をはめた手を彼の頬に添え、少し身をかがめて……彼の丸い鼻に、口づけをしていた。

ひどく長い一瞬が過ぎて。
まず動いたのは、男の方だった。右手がおずおずと、ぎこちなく下げられる。
状況が分からずすっかり面食らった顔で姫を見上げ、目を瞬く。

そして、彼は……マリオは戸惑った様子で言った。

「ピーチ……一体全体どうしたって――」

最後まで言い切ることはできなかった。
姫が感極まった表情で、何も言わず彼のことを抱きしめたのだ。

どこか心ここにあらずといった様子ではありつつもピーチの背に手を添えたマリオは、近づいてくる足音にふと顔を上げる。
弟、ルイージがそこに立っていた。
彼の、嬉しくて今にも泣き出しそうな顔。白い砂埃に汚れたその顔を見て、マリオはおおよそのことを悟った。

「……迷惑掛けたな、ルイージ」

少しばつが悪そうな顔をして笑い、頭をかく。
そんな兄にルイージは何も言葉を返すことができず、ただ何度も首を横に振る。

そして、ほとんど崩れかかるようにして、兄に抱きついた。

彼の帰還を、仲間達も見ていた。
先に着いていたピット、カービィ、メタナイト。そして、無事に洞窟を抜けたサムス、リンク、リュカ。
6人は、一団となって人形兵と戦っていた地点に立ち、それぞれの表情でふもとを見おろしていた。

そして、周りの人形達も。
ただし彼らは、奪還すべき対象を失い途方に暮れて立ち止まっている風であった。
先ほどまでファイターと交戦していた人形兵も、皆一様にふもとを見つめ、動かない。

デュオンもまた、山頂に立ち尽くしていた。
目の前で起こった出来事の不可能性と、それでもなお認めるほかないこの現状。
その矛盾に挟まれ、微動だにせずただ目を見開くのみ。

だが、やがて彼らは立ち直った。
小さくかぶりを振り、彼らの主の名を呼ぶ。

「エインシャント様」「ご覧になりましたか」

『……』

彼らの横には、いつの間にか小さな青い光が浮かんでいた。
それが、声にならない呟きを発した。
彼の動揺を反映し、光は小刻みに振るえ、瞬く。

言葉を失った主に、デュオンは問いかけた。

「いかがなされますか、我らが主」「これで相手は9人」

「……我らが軍のこれまでの消耗を考えると、これ以上の交戦は無意味かと――」

『……もうよい、何も言うな!』

ほとんど叫ぶようにして、エインシャントの声が言った。
デュオンはすぐに口を閉じ、冷静な瞳で主の次の言葉を待つ。

やがて、エインシャントはこう命じた。
動揺の色は薄れたものの、その声はいつにもまして固かった。

『――すべきことは変わらない。以前伝えたとおり、奴らに問うのだ』

「「はっ」」

デュオンはすぐさま礼を返す。

青い光はかき消え、それを見届けてデュオン・ソードサイドは右腕を振り上げた。
巨剣が唸り、冷気に満ちた残夜の大気を切り裂く。

その合図に、下山しかけた姿勢で止まっていた人形達に命が吹き込まれた。
"駒"へと向かっていた兵も、ファイターと戦っていた兵も全て、山頂に立つデュオンの下へと戻っていく。

6人のファイターは急に動き出した人形達を警戒し、背中合わせに円陣を組んだ。
しかし、人形兵は襲いかかってくるそぶりすら見せず、黙々とおとなしく山道を戻っていく。
先ほどまで敵意をむき出しにして群がってきた人形のあまりの変貌ぶりに、6人は呆気にとられていた。

「一体、何なんでしょうか?」

「なんだか気味悪いなぁ……」

「僕らに興味を失ってる……でも、なんで?」

リュカがそう呟いた直後、その答えに気づいたのはサムスだった。

「皆、あれを!」

素早くガンポッドを構え、山頂の一点に向き直る。
リンク達もその方角を見た。
そして、見いだす。

少しずつ明けはじめた空。その白さを背景に堂々と立つ、双頭戦車の威容を。

ファイター達が彼らに気づいたそのタイミングを計っていたかのように、双頭の戦車デュオンはゆっくりと方向を変えてこちらに向き直った。
6人を睥睨し、そして彼らは語りはじめる。

「これだけの兵を相手にし、戦い抜いたその闘志」「敵ながら、大したものだ。お前達が我々の仲間であれば、どんなに良いことか」

その鉄の顔は一切の表情を表していなかったが、声の調子からして彼らが本心から褒めているのではないことくらいは分かる。
リンク達は何も答えず、ただそれぞれの武器を構えなおすのみ。

「ふむ……その様子では我々と共に来る気はないのだな?」「エインシャント様の軍門に下る気はない、と。そう言いたげな様子だな」

「あったりまえだ! 誰がお前らの仲間になるかよ!」

大声で言い返したのは、リンクであった。
周りの仲間も、サムスでさえも彼の威勢を止めることはせず、デュオンを真っ直ぐに見返していた。
マリオ達も、少し離れたところから同様に強い眼差しで山頂を見据えていた。
皆、思うことは同じだったのだ。

わき上がるファイター達の気迫。しかしデュオンは少しも動じず、言った。

「それでは仕方ない。今まで同様、力ずくでお前達をねじ伏せるか……あるいは」

ふいに放たれた接続詞に、9人のファイターは訝しげな顔をする。
この状況で、他に選択肢があるというのか。

沈黙を挟んで、デュオンは続ける。

「ここから出してやっても良い。お前達を、それぞれの世界に帰すことも可能だ」

放たれた、思いもよらない言葉。

リュカははっと息をのみ、拳を小さく握りしめる。
対しリンクは疑いをあらわにし、眉をしかめていた。
カービィは純粋に不思議そうな顔でデュオンを見上げ、サムスは表情を一切変えずに立っていた。

そしてもちろん、デュオンの台詞には続きがあった。

「ただし。今後一切、我らが主エインシャント様の邪魔立てをしないと誓うのだ」
「その代わり我々は、故郷に繋がる道を開いてやる。お前達を無事に帰すと約束しよう」

それを最後に、デュオンは口をつぐむ。
山頂の高みからファイター達を見おろし、彼らの返事を待っていた。

9人のファイターは、しばらく沈黙していた。

閉じこめられた檻。目の前に差し出された鍵。そして提示される、取り引き。
それらを前に、それぞれの思いに沈む。

九者九様の思考が錯綜する、ぴんと張り詰めた沈黙。
それを、不意にある男が破った。

「断る!」

その声に、リンク達は振り返った。声は、後ろから聞こえてきたのだ。
そしてそこには、光を取り戻しつつある天球を背後に頂き、すっくと立つマリオの姿があった。
不敵な笑みを浮かべ、挑戦的な眼差しをデュオンにひたと据えて。

腕を組み、マリオは続けた。

「"手出ししなけりゃ帰してやる"? 悪いがそいつは信じられないな。
今までにお前達がしてきたこと、それを見る限りじゃぁな!
お前達は俺達を罠にかけ、卑劣な手段で捕まえた。ピーチの時もそうだったんだから、大方他のみんなにも同じ手を使ったんだろう?
あの黒い部屋に閉じこめられてたブラザーズにも、そしてここにいる仲間にも。
散々汚い手を使ってきて、ここに来て信じろって言うのか。ずいぶん虫が良すぎやしないか?」

デュオンは奇妙なほど沈黙を保っていた。
今まで自分たちのしてきたことを、そして主の崇高なる計画を馬鹿にされているのにも関わらず。
その重苦しい沈黙を押し返すようにして、マリオはさらに詰め寄る。

「俺は手ぶらじゃ帰らないぞ。
帰って欲しいんなら、お前達が捕まえてる俺達の仲間を返せ! 話はそれからだ。
仲間を全員取り戻さない限り、俺は、絶対に帰らない。
……そうだろ、みんな!」

彼が呼びかけると、傍らのピーチとルイージ、そして前に立つリンク達も口々に賛同した。

「仲間を見捨てるなんて、お断りよ!」
「このまま帰るわけにはいかないんだ!」
「そうだ! そんな取り引き乗るかよ!」
「ぼくもはんた~い!」

エインシャントは"スマッシュブラザーズ"の誇りを踏みにじり、操り人形として利用しようとしている。
しかも、それを用いて彼が企んでいるのはおそらく他世界の侵略。
他の世界。それが自分たちの故郷であろうがなかろうが、ファイター達にそれを許すつもりはなかった。
自分たちを玩具のように扱ったことへの憤慨。冒涜的な悪を振りかざす者への怒り。理由がどうであれ、全員思うことは同じだった。

デュオンは彼らの意志を聞き届けると、低く排気音を鳴らした。
あざ笑ったのだ。

「なんと愚かな。たまさかに会うだけの赤の他人のために、せっかく差し出してやった機会を無駄にするとは」
「自分のしたことが分かっているのか? つくづくお前たちは不可解だ」

そこで、彼らの声から感情が消える。

「……良かろう。ならば我々は容赦しない」「エインシャント様を敵に回したこと、後悔するが良い!」

デュオンはその言葉と共に、腕の剣を振り上げた。
ファイター達は身構えたが、それは攻撃開始の合図ではなかった。

人形兵が成す黒い波。
そのタールのような波が、ゆっくりと山脈の向こう側に吸い込まれていく。
ファイター達が束になって一晩戦い続けたにもかかわらず、それは依然として圧倒的な質量を持っていた。
彼らを指揮するデュオンも、やがて尾根の裏側に姿を消した。

残された9人のファイター達は朝の白い光を背に、一つの思いを込めて灰色の山々を見つめていた。

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最終更新:2015-05-03

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