Open Door!
Track26『Double Trouble』
~前回までのあらすじ~
『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。
一方、ファイター達を灰色の世界に引き込んだ張本人であるエインシャントは
人形のような姿の兵隊を率いてファイターを捕らえ、片っ端から自分の思い通りに動く"駒"に変えていた。
リンク達生き残りが結集しはじめたことに警戒していたものの、あらかたをすでに捕まえていたことからの慢心か、
それとも土壇場に追い詰められたファイター達の執念か、事態は次第にエインシャントの予測から外れていく。
ついに駒を2体までも、文字通り心身ともに取り返されてしまったエインシャント。
だが、彼らが自分たちの力だけでそれを成し遂げたとは思っておらず、この世界に閉じ込められているうちに潰してしまえば良いと結論付ける。
彼が手下に仕掛けさせた爆弾。それによって、合流を遂げたばかりの9人は再び引き裂かれてしまう。
風のタクトで難を逃れたリンク達4人は、奇しくもガレオムの待ち受ける爆弾工場へと辿り着く。
そこで籠城していた生存者、フォックスと出会い、共に脱出をはかるリンク達。しかし、彼らの前にガレオムが立ちはだかる。
Open Door! Track26 『Double Trouble』
Tuning
前門の虎 後門の狼
爆弾工場の格納庫。
窓の類は一切なくまったくの密室になっているが、四方の壁が白く発光しているため辺りは真昼よりも明るい。
大勢の人形兵を控え、機械戦車は上方を睨みつけて待っていた。その顔は下からの照明を受けて不気味な陰影を付けている。
異様な静けさに包まれた空間に立ち、ガレオムが見上げる天井。
そこにはぽかりと丸く穴が開いている。数刻前に彼自身がミサイルによって穿った跡だ。
焼け焦げを伴ったその穴から、やがて5つの人影が飛び出す。
「フン……ようやく出てきたか!」
その言葉と共に、背中のミサイルサイロが照準を合わせなおす。
「歓迎してやろうッ!」
そしてガレオムは、落ちてくるファイター目がけてミサイルを放った。
いくつもの光跡を描き、迫ってくるミサイル。
しかし5人はすでに心の準備が出来ていた。
ピットはリンクとリュカを両腕に掴まらせ、その白い翼を広げる。
風が3人をふわりと持ち上げ、ミサイルはその下を通り抜けていった。
そのままピットは体を傾けて滑空の姿勢に入り、煙と光の中を、大きならせんを描いて下降していく。
眼下で待ちかまえるガレオムは悔しげに拳を握りしめ、もう片方のミサイルポッドで3人に狙いをつけようとした。
だがそこで、彼は凍り付いたように動きを止める。
横に向けられた視線の先、見慣れた弾頭がこちらを向いていた。
奇妙なことに、彼が放ったはずのミサイルがこちらに帰ってきたのだ。
ほぼ反射的に太い前腕で身体をかばう。
爆炎が上がり、変形戦車は数歩たたらを踏んで後ずさった。
わき起こる煙を苛立たしげに振り払ったガレオムは全くの無傷であったが、
ミサイルがやってきた方角に向き直り、苛立ちも露わに睨みつける。
そこには、リフレクターの光を展開させたフォックスの姿があった。
あんなちっぽけなバリアでミサイルを跳ね返したのだ。信じがたいが、そうでなければ先ほどの現象に説明がつかない。
彼は傘を開いたピーチの肩に腕をかけ、彼女と共にゆっくりと落下してくる。
2人を格好の的と見たのか、ガレオムの足下で緑帽達がバズーカを構えはじめる。
「バカっ、よせ!」
ガレオムの言葉も間に合わず、兵士達は自分自身の放った光弾に貫かれ、光の藻屑と消えた。
光の粒子がまばらに立ち上る向こうで天使がキツネ達と合流し、5人が揃った。
「よぅ、ガレオム。生きてたんだな!」
リンクが腕を組み、にやっと笑って言う。
挑発を受けてガレオムは拳をきつく握りしめたが、すんでのところで思いとどまる。
"力で
大破し、横たわるガレオムに掛けられた主の冷淡な言葉。それを思い出したのだ。
燃え上がる怒りを内に押し込め、ガレオムは言い放った。
「何とでも言うがいい。ここがキサマらの墓場となるのだ!」
その言葉と共に、人形兵に殺気が満ちる。
ファイター達もそれぞれの武器を構え……
そして、火蓋は切って落とされた。
◆
通信途絶から1時間が経過した、マザーシップの操縦室。
「AI、発信源特定の進捗は」
『現在42%』
「簡易結果でも良い。50%の時点で一度表示せよ」
『了解』
『――ジャミングの発信源を特定。誤差 38』
「構わない。表示してくれ」
『無線通信の発信源最終座標を特定。簡易結果を表示します』
「ジャミングの結果と共に、マップにレイヤーを表示」
『了解』
操縦席に座るサムスは、あれから休むことなくAIとの問答を繰り返し、同時並行で船を操っていた。
彼女の周りにはいくつもの仮想モニタが表示されては消え、その表面を文字列や数字の滝が目まぐるしい速度で次々と流れ落ちていく。
慌ただしい操縦室前部とは対照的に、後部に立つ4人のファイターはただ傍観することしかできなかった。
「な……なぁ、俺も何か手伝おうか?」
見かねたマリオはそう言って前に出かけた。
しかしその肩を弟の手がとどめる。
「兄さん、そっとしておいた方が良い。
サムスにとってはこれが日常なんだ。手伝って欲しいことがあれば、彼女の方から言うよ」
それが、これまでサムスと共に行動してきたルイージの学んだことだった。
「……ああ、そうだよな」
兄はためらいながらも引き下がる。
それでも、操縦席のパワードスーツから目を離さずこう続けた。
「でも……一体、今何をやってるんだ?」
これにはルイージも答えることはできなかった。
彼らは同じ空間にいながら、完全に状況の本流から置き去りになっていた。
皆、通信が途絶えた4人のことは心配だったが、
しかし、彼らの居場所を突き止めようとしているであろうサムスを邪魔してまで自分の疑問を解消しようとするほど身勝手ではなかった。
案じながらも、仲間の孤軍奮闘を見守るしかないマリオ兄弟。
だがそこに第3者が答えを与えた。
「おそらくこの船は、妨害電波の発信源に向かおうとしている」
その声に、兄弟は横を……やや斜め下を見た。
そこに立っていたのは半身をマントに包んだ一頭身の剣士、メタナイトだった。
「妨害の発信源……? ピット達のいるとこじゃないのか?」
マリオがとまどい気味に尋ねると、剣士は前に視線を向けたまま頷いた。
「彼らとの通信が途絶えたのに対し、妨害電波は未だに続いている。
突き止めるのならばそちらの方が早く、確実だ」
そして、彼は前方を指差した。
配管工兄弟はその先を追い、1つの仮想モニタを見いだす。
そこに表示されているのは拡大されたこの世界の地図。
上から重ね描きされた緑と赤の2つの円は、AIからの報告があるたびに時々刻々と小さくなりつつある。
「無線の発信源は、おそらくあの緑色の円で示された範囲のどこかにある。
しかしその半径は大きく、しかもまだ探査されていない区域に存在している。
また通信が数分で途絶したため、その半径をこれ以上大幅に絞り込むことは不可能だろう。
だが一方で、すでに探査された区域に表示されている赤い円の方はかなり半径が小さい。
それだけ特定が容易な、つまりは継続して発信している電波源だということだ」
「ということは、あの赤い円が妨害電波の発信源か……!」
オレンジ色の矢印、マザーシップを示すアイコンもその円に進路を変えつつあった。
拳を握りしめるマリオの横で、考え込んでいたルイージが口を開く。
「……つまり、どこにいるのか見当がつかないリンク達を探すより、妨害電波を探す方が確実で、当てずっぽうにならないで済む……っていうことか。
それに、妨害電波を早く見つけてつぶさない限り、いくらピット君から通信があっても僕らは気づけない。
逆に妨害を止めさせれば、彼らを見つける手助けになるかもしれない。
電波の発信源は1つで、しかも僕らの近くにある。
それを考えても、やっぱり先に妨害電波の源を探しに行った方が良いんだ」
そう言って、ルイージは確認を求めるようにメタナイトの方を見る。
彼は何も言わずに頷いて同意を示した。
マリオがため息をつく。
「……じゃあやっぱり、俺達にできることは今のところ何も無いってことか」
腕を組み、少し肩を落とす。
が、すぐに気分を切り換えて彼はメタナイトにこう言った。
「それにしても、何の説明も無しによく分かったな。
俺なんて、さっきからサムスが何を言ってるのかさっぱり分からなかったんだ」
相手は誇ることもせず、わずかに肩をすくめた。
「……どうということは無い。当然の帰結だ」
淡々と答える。
だが、そんな彼の横からカービィが割って入った。
「あのね、メタナイトはふねを持ってるんだ! サムスのふねみたいに空をとぶ、もっと大きなふね!
だからきっと、こういうことにくわしいんだよ」
「船……?」
マリオとルイージは顔を見合わせる。
空を飛ぶ船と聞いて2人の頭にまず思い浮かんだのはラグビーボール状の大きな気球を備えた飛行船。
しかし仮面の剣士と、ゆったりと空を飛ぶ飛行船のイメージはどうしても結びつかないのだった。
そんな2人を見上げ、メタナイトは訝しげに尋ねた。
「……何かおかしなことでも?」
◆
「やれやれ。指揮するにしても、もっとましな方法があるだろう……」
フォックスは、思わず呆れを声ににじませてそう言った。
あらかたこちらに向かってくる一団を倒し、いったんホルスターに銃を収めた彼が見る先、そこに立つのはガレオム。
兵達がファイター相手に手こずっている様子を前に、苛立たしげに腕を振り回している。
戦場として、障害物が少ないため戦いやすく、また敵を閉じこめることができる格納庫を選んだまでは良い判断と言える。
しかし、いくら戦いは数だと言えども動員されている兵があまりにも多すぎる。
部屋の面積に対し兵が過剰で、ファイターに当たることができず後ろで所在なさげに立ち尽くしている者や、
他の兵士が放った広範囲の攻撃に巻き込まれて、吹き飛ばされていく者が大勢いるのだ。
率いる仲間が少数先鋭という点で違ってはいるが、
同じく指揮を執る者として、フォックスにはガレオムのリーダーとしての稚拙さが目に見えて分かっていた。
「あんな指揮官ならいない方がましだな。巡回兵の方がよっぽど厄介だった」
その言葉に傍らのリンクも頷いた。
爆弾を投げ終え、余裕の表情でフォックスを見上げる。
「ああ。やっぱあいつはただのキカイだからな。
おれ達が最初に会ったときも、ちょっと挑発してやったらまんまとこっちの作戦に引っかかったんだ。
お前みたいな力持ちならこの大岩を持ち上げれるだろ、って。
で、後はリュカの"サイ"であいつの右腕を壊して、大岩の下敷きにしてやったのさ!」
「ははっ、そいつは傑作だな!」
「だろっ?」
笑い合う2人に、しかしピットは真剣な表情を崩さずにこう声を掛けた。
「でも、ガレオムがかつて街1つを壊滅させたのも事実です。
彼の怪力を侮るわけにはいきませんよ」
そして光の矢を放つ。
折しもこちらに向けて雷撃を浴びせようとしていた雲人形がそれにひるみ、後退していった。
ピットの後ろに立つピーチも、どこからともなく取り出したゴルフクラブで緑帽を思い切り弾きとばしてから彼の言葉に頷いた。
「確かにあなたの言うとおりだわ。このまま続けていれば、いずれはあの巨人さんが向かってくるでしょうね。
そうなる前に、何かできることはないかしら」
フォックスも口を引き結び、人形兵の波が途切れるのを待って鋭い目で辺りを見渡す。
「……逃げ道は無いようだな。
工場側の入口はガレオムに塞がれているし、出口はぶ厚いシャッターに閉ざされている。
天井はあまりにも高すぎるし、足下にしても……あれだけのでかい機械が立っていられることから考えて、ここの床は相当頑丈だろう」
「あの、助けを呼ぶのは……?」
リュカが控えめに尋ねた。
「助け? ……そうか、その手があったな。
マザーシップが搭載している武器なら、工場の壁を壊してここへ来ることも可能だろう」
フォックスはそう言って、無線機を持っているピットの方を見る。
しかしピットは少し困ったような顔をし、こう返した。
「でも……ここは建物の中です。
あれから何度か試みたんですが、砂嵐みたいな音しか聞こえなくて」
「そうなのよ。電波が届かなくなってしまったのだわ、きっと」
ピーチも人形と戦う手を休めずに言ったが、フォックスは訝しげに眉を寄せる。
「山脈の岩盤をお構いなしに通信できていた電波が、たかだか建物の壁くらいで減衰してしまうものか……?」
しばらく黙って人形の群れに光弾の雨をたたき込みつつ、思考する。
そして、彼は一つの結論に至った。
「……そうか、ジャミングされているんだ!」
「ジャミング?」
その場にいる4人が、ほぼ同時に聞き返した。
「ああ。つまりは電波妨害だ。
俺達とマザーシップの通信を邪魔したい誰かが――」
飛びかかってきた鶏鎧に鮮やかなカウンターキックを返し、続ける。
「――この工場内あるいは外にいて、妨害電波を流しているんだ」
「なるほど、よく分かんないけど……つまりおれ達で何とかするしかないのか?」
そう尋ね、リンクは新たな爆弾を取り出して思い切り投げた。
「いや、ジャミングされたことはおそらくサムスも気づいているだろう。
俺が彼女なら……妨害電波の発生源をつぶしに行く」
続けてフォックスはピットにこう言った。
「ピット、無線機の電源を入れっぱなしにしてくれ。
妨害が無くなれば、その砂嵐みたいな雑音が弱まる。そうしたら、すぐにマザーシップを呼ぶんだ」
「分かりました!」
ピットが張り切って答えたその時。
出し抜けに機械戦車が怒鳴り声を上げた。
「えぇい、お前らではだめだ! そこをどけッ!」
格納庫に響きわたる怒声。
5人のファイターが口をつぐみ、向き直った向こうで、
ガレオムはその巨大な前腕で兵達をなぎ払うと、ついにこちらへと足を踏み出した。
◆
灰色の空と大地の間を、ただひたすら真っ直ぐに突き進んでいくマザーシップ。
いつしかその頭上には光る粒子の川が併走し始め、そして唐突に、行く手にそれが現れる。
「あ、あれが妨害電波の元なのか……?」
マリオは思わず自分の目を疑った。
進行方向、フロントモニタに映し出された構造物は強固な防壁を持った通信施設などではなく、
荒れ地に置き去りにされ、斜めに傾いだ鉄塔だったのだ。
見るも無惨に錆び果て、今にも倒壊しそうな鉄塔。
先端にはパラボラアンテナが据え付けられているが、重みを支えきれず鉄塔は弓なりにたわんでしまっている。
突き止めた発信源は間違いなくその鉄塔を示しており、肉眼でもレーダーでも付近に他の構造物はない。
それでも操縦室後部のマリオ達が古びた鉄塔を疑わしげに見つめる中、
「なるほど、エインシャントはよほど焦っていたらしい」
不意にサムスが呟いた。
操作球を操る手は決して休めず、前を見据える目に一層鋭い光を宿らせて。
後ろから尋ね返される前に、彼女はその先を続けた。
「あれはおそらく、この世界にかつて住んでいた人々の作った電波塔だ。
古さからしてエインシャントの作ったものではない。
たまたま私達と彼らの間にあった電波塔に急いで事象素を……
あの光の川を電流に変換してつぎ込み、数百年ぶりに稼働させたのだろう」
段々と近づいてくる電波塔は、彼女の言葉通り、光の粒子にびっしりと纏い付かれていた。
先ほどから空を流れていた事象素の川は、あの電波塔目がけて降り注いでいたのだ。
純白に光っているにもかかわらず、その様子はどこか悪質な菌類を思わせた。
宿主にまとわりつき、深く根を下ろして骨の髄まで利用する。
そう見えたのは、事象素の向こう側にエインシャントの悪意を感じとったからかもしれない。
サムスは口をつぐみ、手元のモニタでプラズマ砲の照準を呼び出す。
相手は動かぬ的。後はこのまま直進し、こちらの射程距離にターゲットを入れるだけだ。
誰もが照準モニタを見つめていた。
ただし、カービィを除いて。
「……あれ?」
何と言うことはないただのよそ見か、はたまた戦士の勘が働いたのか。
いずれにせよ、彼の目は全く別の方向から来る異変を捉えた。
「ねぇ、後ろからなにか来るよ」
その言葉に、サムスははっとして後部カメラのモニタに視線を送る。
しかしその時には、もはやそれは過ぎ去った後だった。
それは後方から現れ、瞬く間にはるかな上空を過ぎ去り、そしてマザーシップの前方へと飛び去っていった。
彗星のようにまばゆく輝く青い閃光。
ファイター達が身構える向こうで、それは現れたときと同じくらい唐突に灰色の空の彼方へと消えていってしまった。
それ自体は、船に対し何もしていかなかった。
だが、その光跡に触れた光の粒子に次々と奇妙な変化が起こる。
雪のように白かった光の川が青い閃光の軌道を追うように、上流から闇の色に染まっていく。
限りなく黒に近い、淀んだ紫色。
その色はまだ記憶に刻みつけられて間もない、自分たちを引き裂いたあの暗闇の色と同じだった。
「新手の事象素か……?」
サムスはそう言いかけて、はっと口を閉じる。
船の上空を流れる、今や闇となった川。
その中に、いくつもの紅い瞳が現れたのだ。
闇から次々とわき上がる、緑帽の人形兵。
彼らは頭上を流れる暗闇の流れに下半身をうずめて逆さまに立ち、向かってくるマザーシップをうつろな眼差しと共に見つめ返す。
天地が逆転したかのような錯覚を、誰もが覚えた。
次の瞬間、落ちてくる。
暗紫色の川から身を躍らせ、人形兵が次々と降りかかった。
降りかかったそばから次々とマザーシップのエネルギーシールドに灼かれ、紫色の粒に還っていった。
しかし、それはただの無意味な特攻ではなかった。
通常ならば空に帰っていくはずの事象素は、闇の色をまとったことで性質を変えていたのだ。
それを見て取ったファイター達の間に、電撃のような緊張が走る。
シールドが反応した箇所、そこには一瞬だけ穴が生じる。
どれほど開発を進めようとも、弾き返したことによる過負荷を埋める時間はゼロにはできない。
構造的な弱点。
それを狙って、暗紫色の粒子があちこちで侵入を試みていたのだ。
エネルギーシールドの内部、未だに外殻の3分の1を失っているマザーシップへと。
緑色のシールドに集団で張り付き、接触し続けることで負荷をかけ、じわじわと穴を広げていく暗黒の粒子。
見る間に縁を乗り越え、集団を成してこちら側へとなだれ込んでくる。
貪欲に防壁を食い破り侵入しようとするその動きは、紛れもない意志を感じさせた。
サムスでさえ次の対応を思いつけずにいる中、ルイージが呆然として呟いた。
「まるで……」
その言葉に、全員が彼の方を振り向く。
自分に向けられている視線に全く気づかないまま、彼はこう言った。
「……まるで、虫みたいだ……」
影の暗さを象った
単なる事象の素を超えた存在が、突如として彼らの前に立ちはだかった。
◆
「オラァァアアア!!」
四方の壁を震わせる怒声と共に、跳び上がるガレオム。
両の拳を合わせて固く握りしめ、上段から勢いよく振り下ろす。
5人のファイターは散開してそれを避け、直後、ガレオムの全体重を受けた床が破鐘のような音を立てて歪む。
損傷のために発光が薄れた床。
ちらつく白色光に下から照らされ、その目に激しい憎悪の炎を灯したガレオムがゆっくりと立ち上がる。
「リンク、何か手は? あいつの弱点を知っているか?」
フォックスはまずリンクと合流し、そう尋ねた。
リンクは彼を見上げ、一瞬驚いたように目を瞬かせる。
大人から作戦の立案を頼まれるなど、今まで一度もなかったのだ。
だが、フォックスからすれば当然のことだった。
ピーチ達から聞かされた今までの経緯から、ガレオムと戦ったことがあるのはリンクとリュカ、そしてサムスだけだと分かっている。
一度戦った経験があるなら、戦略上役に立つ重要なことを知っているのではないかと考えたのだ。
はたしてリンクは自信ありげに頷き、こう言った。
「さっきも言ったとおりさ。エインシャントのしゃべれる手下の中で、あいつは一番頭が悪い。
呆れるほどの力自慢で、そこを挑発したらすぐに乗ってきた。
同じ手は通用しないかもしんないけど、どうにかしてあいつを利用すればここから出られるかも……」
そこで、2人は同時に後方へと飛びすさる。
一瞬遅れて、今まで彼らが立っていたところを何発ものミサイルが舐めるように爆撃していった。
ガレオムはまだむこうを向いている。先ほどのミサイルは流れ弾だったようだ。
その足下では、ピットとピーチが機械戦車の巨大な拳と足の間をくぐり抜け、注意を引きつけている様子が見えた。
機械戦車の装甲は硬い。
しかも今はそこに加えて、おびただしい人形兵の邪魔が入ってくる。
ファイター5人が力を合わせたとしても、倒すことはできるかどうか。
攻撃を持ちこたえることならば、いくらかたやすい。
前回の山脈とは違い、格納庫の中にガレオムを行動不能にできそうな物体はないが、
マザーシップとの連絡がいつ回復するか分からない今、助けを待つよりも自力で脱出経路を確保するほうが賢明に思えた。
ミサイルの爆風に騒ぐ前髪を腕で押さえ、リンクは周囲を見回す。
格納庫の四方は、白く発光する壁に囲まれている。
厚さは分からないが、天井を破壊したあの威力なら、ガレオムのミサイルを上手く誘導して穴を開けることも可能かもしれない。
あるいは人形兵を利用するのは?
荒ぶるガレオムを怖れることもなく、人形達は先ほどからファイターに無謀な接近を試みている。
"ファイターを倒す"という原始的な思考しか持たない彼らをわざとたくさんおびき寄せて、ガレオムの足止めにするのはどうだろう。
ガレオムが戦車形態になるようし向けて、その突進で格納庫のシャッターを壊させるのも良いだろう。
運良くその穴にはまって装甲が引っ掛かってくれれば、同時に無力化もできる。
リンクは一瞬のうちにいくつもの案を創出し、取捨選択していった。
そして。
「よし、決めた!
フォックス、さっきみたいにしてあいつの"爆弾"を壁に跳ね返してくれ!」
「了解だ、リンク」
早くもクレーターだらけになりつつある床面を素早い身のこなしで駆け抜け、音もなくガレオムの背後に回り込む。
ガレオムの足の間に姿を見せたフォックスに、前で戦うピット達も気がついた。
口の前に人差し指を当て、リフレクターを取り出して見せたその仕草で2人は作戦を理解する。
「これでも召し上がれ!」
ピーチは虚空からフライパンを手に取り、ガレオムの右腕に思いきり打撃を加えた。
束の間、遠くを走るリンクに気を取られかけていたガレオムは、その目に怒りをあらわにして視線を戻す。
細くすがめられた巨大な眼を平然と見つめ返し、姫は上品に手を振ってみせた。
もう片方の手にしっかりとフライパンを持って。
「そんなものでこのオレが倒せるとでも?」
ガレオムは短く嗤うように排気音を轟かせ、左腕をゆっくりと引く。
「……この、オロカモノめッ!」
突き出される拳。
しかし、それは空を切って床を打つ。
ガレオムの目だけが、素早く左を向いた。
背を向けて立つピーチ。彼女は少し身をかがめ、乱れたドレスの裾を直すと振り返った。
「確かに私1人では難しいかもしれないわね。でも」
そこで彼女は人差し指を立ててみせる。
つられて上を見たガレオムの目に映ったのは、
純白の翼を広げ、風を引き連れて真正面から迫ってくる天使の姿だった。
彼の視界の中、ピットは滑空姿勢のまま弓を双剣に分け順手と逆手に持って構えた。
ガレオムは急いで太い前腕を盾にし、顔面を守る。
甲高い音が立て続けに立ち、彼の前腕を、頭部を駆け抜けていく。
頭を乗り越えて背中の後ろへ。そして音が途絶える。
すかさずガレオムは振り返り、飛び去っていく天使に向けてミサイルの追撃を浴びせた。
一発、二発、三発。
ピットは巧みに翼を操り、風を利用して自在にミサイルをかわしていく。
右、左、回って後ろ。地面に降り立ってはまた飛び立つ。
逃げることもなく、そのまま挑発するようにまとわりつく彼に対し、ガレオムはうなり声を上げて次々とミサイルを放った。
背後、床すれすれを飛びすぎていったピット。
一瞬遅れてガレオムは振り返り、サイロに残る最後のミサイルを放つ。
「ぐぬっ……!?」
不意に、喉を詰まらせたような声を出す。
そこに待ちかまえていたのは、ピットではなかった。
フォックス。
正面やや斜めにして立ち、六角形のリフレクター光を展開させた遊撃隊隊長。
彼はガレオムに対し不敵な笑みを返し、そして、跳ね返した。
ガレオムの見る前で、ミサイルは黒煙を
格納庫全体を振るわすような爆音が上がった。
が、しかし。
「なっ、なんだ……?」
愕然とするフォックス。
彼の視線の先、炎と煙の向こうから現れたのは傷一つ無い白壁だった。
その表面を、わずかな電光が走り抜けていく。
エネルギーバリア。
電荷を持った障壁が格納庫の壁面に張り巡らされていたのだ。
唯一無防備なのは天井と、おそらくは床。
しかし天井まではあまりにも遠く、ピットが翼を持っていることを考えても5人全員で脱出することは不可能。
床にしても、ガレオムの重量を支えていることからして確実に壁よりも厚く、丈夫だろう。
5人が無慈悲な障壁を見つめ、立ち尽くしていたのは数秒にも満たなかった。
だが、そのほんの一瞬の油断、それを見逃すガレオムではなかった。
「今までのオレと思うなァーッ!」
言い放ち、床を削るような勢いでアッパーカットを放つ。
標的となったのは、一番近くにいたピーチ。
「避けろっ!」
フォックスの言葉も空しく、彼女は思わず反射的にシールドを張る。
しかし、運動量に質量を加えた膨大なエネルギーをはね返せるわけもなく、それは呆気なく破られた。
ガラスが砕けるような音。
そして、後ろに投げ出されるピーチ。
気を失い床に倒れ伏した彼女に向け、ガレオムはもう片方の拳を振り上げた。
その光景を、ガレオムの足の間からリュカも見ていた。
走っていけば届くような距離に倒れている女性。しかし彼女と自分の間には、鋼鉄の巨人が立ち塞がっている。
巨人の拳は硬く握りしめられ、振り下ろされる時を待っている。
奇妙な既視感。
「ひとーつ……!」
低く唸るような声で、ガレオムは言った。
人のコトバを喋る、猛獣の声。
その声には紛れもない愉悦の感情があった。
それを感じとったとき、リュカの思考が一瞬止まる。
人形兵のざわめきも耳に入らず、仲間達が助けようと駆け寄りはじめた様子も見えない。
奇妙な静寂が彼を取り囲み、そして心の中にひとつの泡が弾けた。
――……やめて
何も考えずに、両手を前に向ける。
――やめて、
……もうやめて
お願い…………
……やだ…………嫌だ……
渦を巻き、わき上がる感情の炎。
しかし、それが具現化することはなかった。
彼の手から放たれたのは、ほんのかすかな光。
ガレオムの貧相な足、その膝の裏にわずかな衝撃を与えただけだった。
「……んー? なんだァ?」
間延びした声と共に、ガレオムが振り返る。
仲間への攻撃を防げたことに安堵したのも束の間、リュカは新たな問題に直面した。
リュカの姿を認めた鋼の巨人。
その心の中に、紛れもない狂気の光が現れたのだ。
他者の心が感じ取れる能力は、決して恵まれた力ではない。
時にそれは、言葉に出されず心の内に秘められた激流を望んでもいない時に感知し、為す術もなく呑み込まれる危険を持っているのだ。
目もくらむほど荒々しい感情。
それはあっという間に自他の見えない境界を破って、リュカの身体を足元からじわじわと縛り上げていった。
熱く、同時に冷たいイバラのような感触が心臓をきつく締め付け、彼の自由を奪っていく。
混乱が思考を停止させる。
――眩しい。痛い、止めて。この光は誰の、
手が冷たい。 恐い……恐い?
誰が、僕は…………
逃げることも戦うことも叶わなくなった少年を見おろし、ガレオムは哄笑した。
「今のが攻撃か、えぇ?
オレの右腕を壊したパワーはどこにいっちまったのかな?
それとも、オレがさらに強くなったってことかぁ? ……ククッ、フハハハハ!」
そして不意に彼は笑うのを止める。
闇に沈んだ顔の中で目だけを鋭く光らせて、不気味なほど静かな声でこう続けた。
「……ファイターは、ホントなら大けがを負うほどのダメージを受ければフィギュアになっちまうそうだな。
そんなら今、ここでお前をじぃわじわと踏みにじれば……」
ゆっくりと上げられる、片足。
胴体に比べれば貧弱とはいえ、人一人分をすっぽり覆い隠せるほどの暗闇が、リュカの上にかざされる。
「――フィギュアになるまでどれだけ掛かるんだろうな? ん?」
彼の目的はもはや、ファイターを倒すことではなかった。
妄執に取り憑かれた機械。
怯え、立ち尽くす少年。
しかし、彼は1人ではなかった。
宙を駆け抜ける閃光。
青い幻影を引き連れて、フォックスが戦車の顎目がけて跳躍する。
鈍い音が立ち、ガレオムの頭部ががくりとのけ反った。
「グアッ?!」
完全に不意を突かれ、ガレオムの注意がそれる。
平衡を失いかけ、彼は地響きを立てて後ろに2、3歩たたらを踏んだ。
頭上に再び光が戻ったリュカ。
しかしまだガレオムの狂気にあてられているのか、焦点の合わない目をしたまま呆然として動かない。
そんな彼のもとに、急いで駆け寄る者がいた。
剣も弓も持たず、とんがり帽子の少年が向かっていく。
「リュカ、大丈夫かっ?」
そう言ってリンクがリュカの肩に手を置くと、彼はようやく我に返り、びくっと身体を震わせた。
顔がこちらに向くが、その青い目は動揺している。
まだどこか心が空回りしているような、そんな困惑した表情だった。
「PSIが……。
……僕、PSIが使えなくなった……のかな。
なんで……どうして。こんなことが……」
頭の中にわだかまっていることを、つっかえながら言おうとするリュカ。
リンクはしばらく黙って彼の言葉に耳を傾けていたが、やがてその肩を軽く叩く。
「……まずは落ち着けって。力が入りすぎてんだよ、きっと。
何にしても同じさ。
剣にしたって、がむしゃらに振り回すだけじゃ斬れない。そうだろ?」
あえて落ち着いた声音で言い、リンクは笑ってみせた。
リュカはその顔を見つめ、そしてようやく、小さく頷いた。
まだ弱々しかったが、笑顔を返して。
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最終更新:2015-08-22