気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track27『Overflow』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。

次第に勢力を強め、操られていた仲間達を2人も取り返した彼らに、エインシャントは恐怖を抱いていた。
だが、彼らが自分たちの力だけでそれを成し遂げたとは思っておらず、この世界に閉じ込められているうちに潰してしまえば良いと結論付ける。
彼が手下に仕掛けさせた爆弾。それによって、合流を遂げたばかりの9人は再び引き裂かれてしまう。

風のタクトで難を逃れたリンク達4人は、逃げ延びた先の爆弾工場でフォックスと出会う。
彼と共に脱出をはかるが、折しも爆弾工場に来ていたガレオムがそれを阻止する。
記憶を損傷し、妄執に取りつかれたガレオム。5人は彼の猛攻を何とか持ちこたえ、サムス達の救出を待つのであった。


  Open Door! Track27 『Overflow』


Tuning

過負荷

『エネルギーシールド出力、急速に低下。持続時間、概算5分』

『隔壁2、15、28を封鎖。損傷レベルが増加しています』

『左姿勢制御ノズル、コネクションロスト』

影蟲の来襲からほんの数分の間に、事態は急激に悪化していた。

モニタに映るマザーシップのホログラムには、赤い点がびっしりとまとわりついている。
その1つ1つが人形兵1体に当たる。
数えるのも恐ろしいほどの兵が、マザーシップの、そして5人の頭上に覆い被さっているのだ。

シールドを突破した影蟲は再び寄り集まり、先ほどとはまた別の人形兵となっていた。
長い爪を持つ、木の質感を持った操り人形。

彼らはその鋭い爪をもって外殻の隙間やむき出しになった配管にしがみつき、
空いた片方の手で配管を切り裂いたり、うつろな目から赤いレーザーを放つことで確実に船にダメージを与えていた。

ここにきて装甲を直しきらなかったことがあだとなってしまった。
宇宙船はどんな過酷な環境も耐えられる頑丈さと、生活空間を守る繊細さを要求される乗り物だ。
それらを両立させるために必要となる制御系は船の隅々まで及んでおり、それを守るのはシールドと装甲しかない。
その両方ともが機能しなくなった今、船が墜落するのも時間の問題であった。

操舵室には、ひっきりなしに金属を叩く音が響いていた。
木偶人形が船の外殻を叩き、配管を壊す音がここまで伝わってくるのだ。

エンジンの制御系が損傷を受けたのか、今や船は絶えず小刻みに揺れながら飛んでいた。
サムスはベルトで、マリオ達は身近な物に掴まって安全を確保している。

一刻も早く人形を振り払うべく、先ほどからマザーシップは急旋回を繰り返していた。
だが木偶人形はますますその爪を船体に深く食い込ませるばかり。
あがきも空しく、船は結果的に破壊対象である電波塔から遠く離れてしまった。

事態が悪化したのは船の周りだけではなかった。
ファイター達が影蟲を追い払おうと手こずっている間に、朽ちた電波塔の上空には紫色の影の粒、"影蟲"の群れが居座ってしまっていた。
プラズマ砲で確実に電波塔を破壊するには、影蟲がぐるりと取り囲む空域の下にまで潜り込まなければ距離が足りない。

しかし、今でさえこれほど苦戦しているというのに
暗雲のようになって待ちかまえる影蟲の大群に、真正面から立ち向かっていけるのだろうか。

風圧にも負けずしぶとく船体にしがみつく木偶人形。
フロントモニタの端にも映りこむそれらに、しかしサムスは目もくれずにずっと前だけを見続けていた。
再び進行方向に捉えた、ねじ曲がった鉄骨の塔を。

急加速してあれに体当たりを仕掛けるか、威力が減衰することに目をつぶって射程外から撃つか、あるいは無謀な接近射撃を試みるか……。
彼女の脳裏にいくつもの案がよぎっては消えていく。

どれもまるで勝算が無かった。
外殻がまだ直りきっていなかったために、人形の攻撃によってものの数分で多くのシステムが物理的な障害を受けてしまった。
現在AIは飛行機能を優先させ、エネルギー消費のほとんどをエンジンと姿勢制御に費やしている。

すなわち、失敗したときのバックアップは望めない。一発勝負だ。

操縦球に添えた手に全神経を集中させながらサムスは一番見込みのある方法を探し出そうとした。

その矢先、ひときわ大きな揺れが船を襲う。

ファイター達は急いで手近な物にしがみつき姿勢を低くした。
船は一瞬斜めに傾いだが、すぐに水平を取り戻す。
異常を示すブザーの音に負けじと声を張り上げ、マリオは聞いた。

「今度は何なんだ?!」

「冷却系をやられた! 左舷上部の外殻下を走るパイプが切断されたらしい」

すぐに答え、そしてサムスはモニタに厳しい視線を向け悔しげに呟く。

「……このままでは、プラズマ砲が撃てない」

マザーシップが搭載している武器の内、最も今回の目的に適う武器。それがプラズマ砲だった。
この武器は高い威力と引き替えに使用時に途方もない高熱を発するため、冷却系が働かなければ撃った瞬間に船が融解してしまう。
プラズマ砲が使えないとなると、もはや船には一撃で鉄塔を壊せるだけの兵器がない。あとは捨て身の体当たりしか残されていないだろう。

しかし、彼らは諦めなかった。

「サムス、俺達が外に出て直してくる!」

彼女の背後でマリオが言った。
目を見開き振り返ったサムスに、彼はこう続ける。

「俺達の本領発揮ってわけだ。配管工事なら任せてくれ!
その代わり、通信塔の事は頼んだからな!」

こんな時になっても、彼には笑顔を見せる余裕があった。
サムスが返事を返すのにはそう掛からなかったが、その間に彼女はいくつもの思考を済ませていた。

「……ハッチには牽引用ロープがいくつか備わっている。それで安全を確保してくれ。
このまま電波塔に接近するため、シールドは外せない。
気をつけてくれ。今の私達が灼かれることはないだろうが、シールドに当たればフィギュア化は必須だ」

それを最後まで聞き届けて、マリオは自信たっぷりに大きく頷く。

「オッケー、頭にたたき込んだ!
じゃあ行くぞ、ルイージ!」

「おう!」

言うが早いか、兄弟は操縦室から走り出ていった。
カービィは通路の向こうに消えていく彼らの背中を見つめていたが、やがてこう言った。

「サムス、ぼくも行きたいよ~!」

再び操縦桿に向かったサムスは、わずかに振り返って言う。

「だめだ。君は体重が軽すぎる。
船外の風速に耐えられず、吹き飛ばされてしまうだろう」

「えーっ?」

釈然としない顔をするカービィ。
だがその横から、メタナイトが冷静にこう提案した。

「船外に出なければ良いのだな?
……おそらく牽引用ロープを展開すれば、ハッチは開いたままになるだろう。
我々はそこから侵入する敵への対処、及び船外に出た2人の補助、それを行う」

サムスはそれを聞き届け、短く頷いた。

「ああ。頼んだ」

後部ハッチが開く。
兄弟は腰で結んだロープの結び目を確認し、飛行中の船外へと顔を出す。
途端に、風の唸る音やエンジンの甲高い叫び声が2人を包み込むが、
彼らはそれを全く気にかけることなく、むき出しの内部装甲、そのでっぱりに手をかけ上へとよじ登っていった。

向かい風が進行方向から容赦なく吹き付け、灰色の地上ははるか下に広がっていた。
焦らず、着実に。姿勢を低くして2人は進んでいく。

やがて、彼らの仕事場が見えてきた。
装甲の割れ目をしっかりと掴み、配管工兄弟は中腰になって様子を伺う。

木偶人形は至る所にいた。長い爪を装甲に食い込ませ、べったりと船全体にまんべんなく張り付いている。
彼らの身体の下にはつやめく橙色の外殻と鉄色の内部装甲がささくれだった表面を見せて広がっている。
船殻に巣喰う人形達は顔だけを動かし、落ち窪んだ瞳をうっそりとこちらに向けた。

だが、人形達はそれ以上何かを仕掛けてくることはなかった。
この強風の中、下手に動けばあっという間に吹き飛ばされてしまうだろう。それはマリオ達についても同じことだった。
兄弟は警戒の姿勢を崩さず、身をかがめてさらに観察を続ける。
人形がひときわ集まっている箇所。そこから白い煙が噴き上がっていた。

「あれか……!」

たける風の音に負けじと、声を少し大きくしてルイージは言う。
帽子を押さえ目を凝らしながらマリオは頷いた。

「みたいだな。
よし、じゃあさっさと終わらせるぞ!」

その声と共に、2人は前に進む。その手に銀色の防水布を持って。

5人全員でここから脱出するための次なる作戦。
リンクは先ほどの作戦が失敗してから数分の内に、それをフォックスと共に組み立てていた。

彼から説明されたその内容を、リュカはしばらく目をつぶって心の中で繰り返す。

彼の周りでは相変わらずの騒乱が続いていた。
フォックスとピットがピーチを助け起こし、ガレオムの注意を引いて戦っている音。
自分から乱闘に巻き込まれに行き、吹き飛ばされていく人形達の呟き。
そして何よりも際だって、心に響いてくるありとあらゆる感情。

猛り狂う憤怒 ひたむきな希望 張り詰める緊張 ぎらつくような傲慢 揺るぎない不屈 ……

その場にいる、ありとあらゆる存在の声なき声がリュカの周囲を埋め尽くしていた。

少年は目をつぶったまま、ゆっくりと深呼吸する。
まぶたの裏の暗がりを見つめて心を落ち着ける。
大事な局面だからこそ、時間を掛けて態勢を万全に整えることが大切だ。

やがて、逆巻く感情の波は少しずつ彼の周りから遠ざかっていった。

そして彼は心を決め、目を開く。前を見る。
ひときわ苛烈な感情、ガレオムの狂気は依然として目の前にあった。
しかし、少年はすでに自分の境界を取り戻していた。

リュカの様子に気づいたリンクがこう尋ねる。

「そろそろ行くか?」

いつもと全く変わらず、気負うところのない笑顔と共に。
リュカも引き結んだ口に控えめな笑みを浮かべ、黙って頷いた。

そして2人は正面に、そびえ立つ鋼の巨人に向き直る。
こちらに背を向けるガレオムに、リンクは声を張り上げて言った。

「やい、デカブツ!」

ぴたりと、ガレオムは動きを止めた。

ピーチを連れて後退していくフォックス達の追跡を止め、ゆっくりと振り返る。
四方から白い光に照らされて、ぽつんと立つ2人の少年。彼らを、ガレオムは威圧するように見おろした。

「……」

機械戦車は何も言わなかった。
ただ、全身に排熱の揺らめきをまとって少年達を見下していた。

彼は深く息を吸い、そして

「ウガァァァアアアッ!」

風を切り、振り下ろされる大質量の拳。

リンクとリュカは揃って同じ方向へと駆ける。
遅れて、耳をつんざく轟音と共に拳が床に深々とめり込む。

残響が四方に鳴り響く中、リンクは片手を口の横に構えて再びガレオムに言った。

「一体何が言いたいんだよ、吠えるだけじゃ分かんないだろー!
それとも言葉も忘れちまったのかー?」

「ウゥウゥゥ!」

低く唸り、ガレオムは乱暴に腕を振り回す。
しかし、感情に任せた攻撃ほど読みやすいものは無い。
リンクは冒険で得た経験を、リュカは生まれ持った感覚を使って、ガレオムの一撃一撃を難なくかわしていった。

2人の少年は行きつ戻りつ、巨人の周囲をくるくると走り回る。
ガレオムはその度にいちいち拳を振り回し、足を振り下ろしていた。

排気音に紛れていたうめき声は次第に大きくなり、むせぶように震え始め、
やがて彼はしびれを切らし、こう叫んだ。

「……お前らのせいでーッ!」

堰が壊れたように、言葉がほとばしる。

「お前らのせいで オレはバラバラになったんだッ
おかげでオレは…… エインシャント様の信頼をっ……
……ウゥゥ 許さん、許さん、許さんっ……!
お前らも同じ目に遭わせてやるッ!

呼応したかのように、背中のサイロにどこからともなく新たなミサイルが充填される。

「コイツはあの時のお返しだ! ……食らえッ!」

全弾、一斉掃射。

しかし、リンクとリュカは少しも動じなかった。
素直に一旦退き、わざと人形兵の中に飛び込む。

割り込んできたファイターに待ちかまえていた人形達は向き直り、襲いかかろうとする。
だが遅かった。
直後、彼らの背後でとてつもない熱量が炸裂する。

人形兵はミサイルの直撃によって一瞬で消し飛び、あるいは爆風によって壁に打ちつけられ、障壁に触れて四散した。
光の粒子が立ち上る中、少年達はハイラルの紋章を持つ盾の陰に身を隠し全くの無傷でそこにいた。

それを見るやいなや、ガレオムは再び怒りの咆吼を上げる。

彼は両の拳を憤怒に震わせ姿勢を低く沈めて走り出した。
右腕が後ろに大きく引かれていき、先ほどの破壊的なアッパーを放つ形に構えられる。

迫ってくる鋼鉄の巨人を油断無く見据えるリンクの眉は、訝しげにひそめられていた。

「同じ目に遭わせる……?」

ガレオムの言葉が耳に引っかかっていたのだ。
"バラバラになった" "同じ目に遭わせる" "あの時のお返し"……。

リュカも同じことに思い至っていた。

「あの時は僕ら……岩の下敷きにしただけだったよね」

「あぁ。
あいつ、おれ達のことを誰かと勘違いしてるんじゃないか?
……まぁ、いいや。あいつがおれ達に気を取られるんなら、今は理由がどうだって構わないよな」

2人はそこで口を閉じ、姿勢を低くして備える。

走ってきた勢いのまま、床をえぐらんばかりにして拳を放つガレオム。
リンクとリュカはぎりぎりまでそれを引きつけ――そして床を蹴る。
横っ飛びに受け身を取った後ろで、突風のごとき音を立てて巨大な質量が駆け抜けていった。

「そうだ、今は耐えてくれよ……!」

また1体の緑帽を光に還し、フォックスは戦う少年達へとひたむきな眼差しを送る。
そんな彼の周囲には人形兵が数体倒れ伏し、少しずつ形を失っていた。

立ち上る事象素。他の二ヶ所でも同様の光がゆらゆらとわき上がっている。
その根元でそれぞれ、ピーチとピットが戦っているのだ。

この事象素を集めることこそが作戦の要だった。

ピーチ達から聞いた話で、事象素には壊れ果てたロボットを再び起動させる能力があると分かっていた。
おそらく、偶然ロボットの回路に入り込んだ事象素が電子に変化したのだろう。
読みが正しければ、事象素はある程度付近の環境に沿うように変化する。

つまり、事象素が豊富にある環境下で無線機を使えばそれらは電波を模倣し増幅するのではないか。
増幅された電磁波はマザーシップに届き、のみならず、四方を囲むエネルギーバリアの発生源たる機械を破壊できるかもしれない。

密閉された空間で白い光はどこへも逃げていけず、頼りなくゆらゆらと上昇していき天井に溜まっていく。
着実に整っていく環境。後は――

フォックスは人形兵の隙間からピットに視線を送る。
彼はこちらに気づき、口を引き結んで首を横に振って見せた。
フォックスは頷き、引き続き戦い続けるよう合図する。

「後は……」

粒子の霧を踏み越えて、再び四方から人形兵が迫り来る。
フォックスはブラスターを構えて、呟いた。

「……頼んだぞ、サムス」

影蟲で構成された人形兵。全くの未知に包まれていた彼らの性質が、戦いを通して少しずつ明らかになりつつあった。
彼らは倒しても再び凝集し、復活する。したがってマザーシップを守るためには、彼らを倒さずに船から突き落とすしかない。

主の命ずるままに、木偶人形はマザーシップの外殻をたたき壊そうとしていた。
その体に、不意に思わぬ方角から高い圧がかかった。
彼は一層体を平らにし木製の頭を横に向ける。

やはりこの圧力は風ではなかった。
木偶人形の体に打ちつけるそれは、水。
周囲数体の人形と共に彼は長い爪を金属に食い込ませ、押し流されまいとした。
だが、位置が悪かった。

腹ばいになった体の下に、水流がなだれ込む。
浮いた爪が外殻を引っ掻き、嫌な音を立てる。
そしてあっという間に、彼らは為す術もなく船から引きはがされていった。

それでも何体かがしぶとく外殻にかじりつき、再び破壊活動を始めようとしているのを見て取り、
マリオは眉間にしわを寄せて、再び背中のポンプを構えようとした。

しかし、ルイージがこう言ってその横を駆け抜けていった。

「任せて!」

向かい風を片腕で防ぎ姿勢を低く保って、でこぼこになった外殻を走る。
やがて視界に近づいてくる、腕1本で辛うじてマザーシップにしがみついている人形達。
それはルイージに顔を向け、虚ろなその目から光線を放とうとした。

だがそれよりも早く、走ってきた勢いのままルイージは木偶の顔を蹴り上げた。

 "ポクッ"

軽い音が鳴り響き、木偶人形がはじき落とされる。
ルイージは足を止めず、そのまま他の人形兵も片付けていった。

蹴落とされた人形達は次々と船のバリアに内側からぶつかり、あっという間に霧散した。
バリアの向こう側に追い出され、影蟲の姿に戻ったそれらはゆるゆると力無く浮き、再び船に追いつこうとする。
だが、相手は遠未来のエンジンを搭載した宇宙船。
追いつけるはずもなく、それらはあっという間に引き離され空の灰色に溶け込んでいった。

外殻のない箇所にいる人形については水で押し流すわけにはいかない。
配線がむき出しになっていて、水を掛けることでショートを起こす可能性があるからだ。

高熱を帯びたパイプに触れないように気をつけつつ、2人は腰を落として前進する。

木偶人形が次々と放つ赤色の光線。それを、兄弟は足を止めずに最小限の動きでかわし続けていく。
そうしつつも彼らの顔にはまだ余裕があった。

「何だか久々の仕事って感じだな!」

マリオが言うと、ルイージは可笑しそうに笑った。

「あぁ、そうだね。
空を飛ぶ現場に、へんてこな邪魔者がいっぱい。至って普通の仕事だ」

正面から容赦なく吹き付ける、止むことのない強風。
鋼鉄をも切り裂く爪を閃かせ2人を奈落へ突き落とそうとする木偶人形。
配管工兄弟はそれらを物ともせず、橙と黒の荒れ地を踏みしめ着実に歩を進めていく。

彼ら2人の健闘にもかかわらず、木偶人形の猛攻は船のあちこちで続いていた。

兄弟が船体中央部に進んでいく後ろで、何体かの人形兵は直感の赴くままに船の後部へと這い進んでいた。
破損した装甲の凹凸が巻き起こす乱気流を身を低くしてひたすら耐えしのぎ、彼らはじわじわと進む。

ファイターは後部から現れた。すなわち、出入口はこの向こうにある。
人形達の単純な思考能力でもその程度ならば推測することができた。

先頭を行く木偶人形の長い爪が、彼の視界を外れてがくっと沈み込む。
開口部に辿り着いたのだ。

その様子に気づいた他の人形兵も自然と彼の近くに集まっていく。
そして彼らは身を乗り出し、そこを覗き込む――

すると、目が合った。

頭上に鮮やかな新緑のプラズマを頂くピンク玉。
彼の全身は、すでに眩いばかりの静電気に覆われている。

「いらっしゃ~い!」

カービィは無邪気に笑い、そして両手を前に揃える。

放たれる、"プラズマはどうほう"。
青緑色の光球が疾駆し、運悪くエアロックを覗き込んでいた人形兵数体を吹き飛ばした。

無防備に手足を振り回し、木偶人形は放り投げられた玩具のように落ちていく。
その様子をわざわざハッチの縁まで出て行って見送り、カービィは手を振った。

「また来てね~っ」

それを隣で聞いていたメタナイトは、彼の言葉を正すこともなくただ呆れたように呟く。

「なんと呑気な……」

その一瞬後には、黄金の剣が横へと振り切られている。
折しもハッチに手をかけようとしていた木偶人形の爪が、根元からすぱりと断たれた。
掴まるための手段を失い、人形兵ははるか下の大地へと落ちていった。

「……」

ふと、視界に何かが映った。

メタナイトは上を振り仰ぐ。
上へと伸び、ハッチの縁に消えていく牽引用ロープ。今も作業を続けているだろう配管工兄弟の命綱だ。
それを知ってか知らないでか、端から顔を覗かせる木偶人形の1体がロープへ向けて爪を振りかざそうとしていた。

瞬時。床を蹴り、壁に手をついて宙返りの要領で素早く足を振り上げる。

木偶人形が気づくよりも先に、その顎に具足で固められた足先がめり込んだ。

蹴り飛ばされた人形を横目にマントを翻し、ハッチ上縁に掴まったメタナイト。
すぐに船内には戻らず、気流に巻き込まれないようわずかに体を引き上げて外の様子をうかがった。

キノコ王国の兄弟は無事だ。遠くに見える彼らは着実に破損箇所に近づいていた。
しかし、外殻にしがみつく木偶人形たちのいくらかがロープに接近している。
先の人形の行動で案じたとおり、敵は牽引ロープの重要性に気づきはじめていた。

吹きすさぶ強風の中、支えを失えばあの兄弟はあっという間にこの船から落ちてしまうだろう。

彼は急いで船内に戻った。

「……牽引用ロープが狙われている。彼らに伝えなければ」

手段として思い至ったのは船外スピーカー。
異界の船とはいえ、船は船。おそらくそれに相当する物が備え付けられているはずだ。

無言できびすを返し操縦室に向かおうとした。
しかし、その背後でカービィが言った。

「だいじょうぶ! ぼくにまかせて!」

振り返ると、カービィが"プラズマ"のコピー能力を捨て、小さな箱形の何かをほおばったところだった。
次いで、メタナイトはエアロックの壁面に目をやる。
船内通信用の小型マイクを収めるポケットが空になっていた。

つまりそれが意味するところは――

立ち止まっていたのも一瞬のうち、メタナイトは全速力で船内通路に駆け込み、扉を閉める。
手すりにつかまり、エアロックから船外に身を乗り出すカービィの姿が扉の向こうにちらりと見え、そして――

背後で起こった轟音に、マリオ達は思わず振り返った。
エンジンが爆発したのか……いや、それよりももっと身近なところに危険が迫っていた。

背後に注意を向けたお陰で2人は気づくことができた。
先ほどの爆音に驚いて手を滑らせたのか、遠くで数体の人形が船から滑り落ちていく。
しかし、こちらに近い側の人形兵は持ちこたえ、船殻を這う2本の綱に向けて大きく腕を振りかぶっていた。

2人の命綱を、断とうとしていたのだ。

暗黙の内に兄弟は行動を決める。

何も言わず、マリオが駆け戻る。
強烈な追い風につんのめりながらも、元来た道を戻り、応戦に向かっていく。

一方のルイージはそのまま前へ、群がる敵の集団を押し分けて損傷箇所に近づいていく。

もう敵を落とすことに構ってはいられなかった。
見上げた先、吹き荒れる風の向こうに見える通信塔が少しずつ灰色の雲の向こうから姿を現しつつあった。
人形の群れをかき分け、多少の攻撃を受けてでも先へ進まなくてはならない。

行く手の光景にちらと目を向け、ルイージは最後の木偶人形を強引に引きはがし、退ける。
ついに、冷気を吹き上げるパイプが露わになった。
ひざまづき、手袋をはめた手でその表面をさっとなでる。同時に自分の目でも損傷を確かめる。

傷の範囲、大きさ、数。それを把握し、彼は防水布を4枚ほどに裂いた。
内部装甲と複雑に入り組む冷却パイプ。電線を避け、手際よく布を巻き、きつくしばっていく。
ある程度冷気の漏れが収まってきたところで、彼はその上から補強テープを巻き付けていった。

そうしている間にも、彼の周囲には敵が集まってくる。
ルイージはその度にたった一つ自由にできる片足で蹴り、追い払った。
だが、彼らは何度蹴飛ばされてもその長い爪で壁面にしがみつき、じわじわと近づいてくる。

至近距離で放たれる光線。鋭い爪がひらめき、背や腕を引っ掻く。
人形達の攻撃を、ルイージは片腕を上げて防いでいた。

修理が佳境に入り、回避することもシールドを張ることもせず、彼はただ一心にパイプを直すことだけに集中していた。

無言の数分間が過ぎ、応急処置が終わった。
彼はほっとため息をつき、すぐに身をひねると、周囲に群がっていた木偶人形にお返しの拳を食らわせる。
不意を突かれた人形達は手足をばたつかせ、次々と乱気流にさらわれていった。

ルイージは片手をつき、腰を上げる。だが、その顔は依然緊張したままだった。
まだ終わりではない。2人で船に帰らなくては。

振り返った彼の目に、マリオの背中が映った。
船殻を駆け、兄弟2本の命綱を守っている兄の姿。

そこまで見たところで、ルイージは息をのんだ。
兄の背後から始まり、こちら側に湾曲するロープ。
今まさに、手前にいる1体の木偶人形がそれを断たんとしていたのだ。

考える間もなく、ルイージは駆けだした。
追い風に背中を押され、投げ出されるようにしてロープに、兄の命綱に手を伸ばし……掴んだ。

一瞬遅れて、その腕に負荷がかかった。
人間1人分の体重。だが、ルイージはその手を離さなかった。

間一髪の所だった。
彼の視界の横で、切り離されたハッチ側のロープが風に吹かれて外殻の上を滑っていく。
兄は無事だった。内部装甲の凹凸に手をかけ、こちらに手を振った。

「やァ、ありがとよ!」

平時と変わらない明るい声で、マリオは言う。

2人の周りでは相変わらず風が吹き荒れていた。
ルイージは兄のロープを自分のロープにきつく結びつけ、船の進行方向に目をやる。
マリオもその横に辿り着き、同じ方角を見やった。

白い菌糸に纏い付かれ、重く頭を垂れる通信塔。
そして、その上に広がる暗紫色の暗闇を。

船内で、サムスもフロントモニタ越しに同じ景色を見ていた。
いくつもの仮想モニタに囲まれた操縦席は、ひっきりなしにブザーが鳴り響いていた先ほどとは打って変わって静寂に包まれている。
人形が着実に追い払われていったことで損傷の進行が収まったのだ。

『冷却系、損傷箇所の回復を確認しました。再稼働します』

AIの声が響く。

待ち望んでいたその言葉。
サムスは口を引き結び、照準モニタをフロントモニタに重ねる。
赤い陰影で描かれた四角の中、暗雲立ちこめる通信塔が刻一刻と近づいてくる。

プラズマ砲の操作盤に手をやり、ターゲットに全神経を集中して、彼女はその時を待った。

「おーい、どこ見て撃ってんだよ! おれ達はここだぞーっ!」

声を張り上げ、リンクはガレオムを挑発し続ける。
走る2人。その後を追うように爆炎の花が咲く。

リンクの後ろを走るリュカ。
背後から迫る轟音も、彼の耳には入っていなかった。
彼がただひたむきに見つめるのはガレオムの心。
冷たい鋼鉄の中で荒れ狂う彼の思考に、ずっと意識を集中させていた。

格納庫の中央に立ち、激情に任せて拳を振り回しミサイルを撃ち続けるガレオム。
彼の目にはもはや2人の少年しか映っていない。

その周辺で、3人のファイターも戦い続けていた。
リンク達がガレオムの注意を引きつけている間に人形達を次々と光の粒に還していく。
目立たないよう、密かに。

激しい戦闘ででこぼこに歪んでしまった格納庫の床。その斜面を駆け上がり、ガレオムの拳から逃れたリンク。
彼の瞳がふと遠くに向けられた。見つめる先、青い光の矢が真上に打ち上がる。
合図だ。

リンクは次いで後ろを振り向く。
その視線を受けて、リュカはガレオムを数秒じっと見つめ、そして黙って頷く。
ガレオムの心はこちらの作戦通りに誘導されている、と。

準備は整った。
後は、マザーシップとの通信が繋がるまで時間を持たせるだけ。

2人はそのまま走り続け、今度は格納庫の端へと向かっていった。
立ち塞がる人形達を強引に押しのけ、集団の中に分け入っていく。
そうしつつも、ガレオムが見失わないよう2人はわざと人形がまばらな場所を選んで走っていった。

やがて、リンクとリュカは格納庫の壁に突き当たった。
そこで立ち止まり、振り返る。
"追い詰められた"。そう見えるように願いながら。

ガレオムがやってくる。
勝ちを確信し、彼はあえてゆっくりと歩いてきた。2人の思惑通りに。

太い腕で人形達を乱暴に払いのけ、ガレオムは2人の前に仁王立ちになった。

「クク……ようやく捕まえたぞ」

肩を震わせ、機械戦車はくつくつと笑う。
暗い影に包まれたその巨体を見上げるリンクは余裕の表情を崩さない。

「それを言うのはちょっと気が早いんじゃないか?」

ガレオムはそれを聞き、苛立ったように腕をなぎ払う。

「負け惜しみもたいがいにしろ! お前らの逃げ道はもうどこにもないぞ」

そう、彼の言うとおり2人は完全に包囲されていた。
正面に立つガレオム、そしてその周囲に控える無数の人形兵。
今までむやみやたらに突撃を繰り返していた彼らは、ガレオムの指示でも受けたのか今は大人しく待機している。

しかし、リンクは涼しげな顔で肩をすくめる。

「さーて、そいつはどうかなぁ。
おれにはまだいくつも手がある。マヌケなデカブツを出し抜いて、ここから抜け出すことくらい朝飯前さ」

立て続けに侮辱され、ガレオムの拳がきつく握りしめられた。
金属同士がこすれあいキリキリと耳障りな音を立てる。

そして、戦車は吼えた。

「黙れっ!」

肩に備え付けられたミサイルのサイロ。
それが2つとも、素早く前に向けられる。

「じわじわと痛めつけてやろうかと思ったが、気が変わった!
二度とそんな口をきけないよう、ひと思いにつぶしてやるッ!」

その時、白い壁に一瞬の電気の揺らぎが生じる。

怒りに我を忘れていたはずのガレオム。
その動きが、ぴたりと止まる。

次の瞬間、ミサイルが放たれていた。
前ではなく、振り返って背後に。

標的は、通信機を持った天使。

突如降ってきたミサイルの雨に、彼は通信機を抱えたまま走る。
しかし、地上ではが悪かった。

爆風に突き飛ばされ、身を投げ出すピット。
抱えていた通信機が腕を抜け、宙を舞う。
懸命に伸ばされた手の先で、通信機は爆炎の中に飲み込まれた。

その一部始終を見届け、ガレオムは天を仰いで哄笑する。

フハハハハハハッ! オロカモノめっ、このオレ様を出し抜けるとでも思ったのか?
言っただろう! 今までのオレと思うな、と!」

そう勝ち誇り、ガレオムは少年達を見おろし太い指を突きつける。
今まで散々、彼を苦しめてきたファイターを。

俯くリンク。

しかし、不意にその肩が笑う。

予想外の反応に、ガレオムは思わず動きを止めた。

やがてきっぱりと上げられた少年の顔は、不敵に笑っていた。
腕を組み、胸を張って彼はこう言った。

「誰がいつ、"通信機は一つだ"なんて言った?」

「なッ……?!」

再び振り向くガレオム。
その目に映ったのは、不格好な金属の塊を抱えたフォックス。
彼はこちらに向けて親指を立てて見せた。

そして、スイッチを入れる。

 "――――――!"

助けを求める声なき声。最優先の救難信号Baby's Cry
それが弾け、連鎖し、広がっていく。

天井のあちこちで花火のような爆発が起こった。
電磁波に反応した事象素が次々と電磁気に変化し、発生した膨大な磁気に電気系統が壊れていったのだ。
壁面を覆っていたエネルギーバリアもあちこちで揺らぎ、消えていく。

電磁気の氾濫に、機械であるガレオムも少なからぬ苦痛を覚えていた。
片手で頭を抱えながらも目を細め、フォックスに向けてミサイルを撃とうとする。

しかし、返ってきたのは空虚な感触。
すでに先ほどの乱射でガレオムは全弾を使い切っていたのだ。
再充填にはまだ時間が掛かる。

「くそーッ!」

苛立ちに任せて床を殴る。
床は嫌な音を立てて歪み、ちらちらと瞬いてその発光を止めた。

またしても罠に嵌められたのだ。
わざとこちらの闘争心をかき立てて、冷静な思考が出来ないようにして判断を誤らせる。
本来、通信機一台に2つのサイロを空っぽにするほどミサイルを費やす必要などなかったのに。
あれほど言われていたのに、また感情に囚われてしまった。これではますます主の信頼を失ってしまう。

その目に激しい怒りを燃やして、ガレオムは振り返った。

「このままでは終わらせん! お前ら全員、ひねりつぶしてくれるッ!」

壁を背にして立つ少年。
ガレオムは追い詰められた2人に向けて、電磁波がもたらす苦痛で目を細めながら両の拳を高く振り上げる。

だが、その拳が振り下ろされることはなかった。

突然、目前の壁が内側に向かって砕け散る。
ガレオムは思わず鉄の目を見開き反射的に顔を上げた。
膨大な粉塵、煙を切り裂きその向こうから現れたのは橙色の宇宙船。

そのシルエットに既視感を覚えたのも束の間、ガレオムの意識は激しい衝撃と共に途絶えた。

いくら"鋼の巨人"といえども、マザーシップの前では子供も同然。
エネルギーシールドをまとった宇宙船に突き飛ばされ、ガレオムは格納庫を突っ切って反対側の壁にその身を打ち付ける。
そのまま地響きを立ててうつぶせに倒れ伏し、機械戦車は動きを止めた。

一方のマザーシップは、別れたときよりも損傷が重くなっているようだった。
橙の装甲をささくれ立たせ、所々から細く煙まで立ち上らせている。それでも船は、毅然として宙に静止していた。

開かれた後部ハッチから、一番近くにいたリンクとリュカに向けてロープが投げ渡される。
フォックス達も急いで船の元に向かった。

ハッチから身を乗り出す、見慣れた仲間達の姿。

「むかえにきたよ~!」

ハッチに立ち、カービィが手を振っている。
彼の後ろにはマントに半身を包んだメタナイトの姿も見えた。

牽引用ロープを支えるマリオは、格納庫からこちらを見上げるピーチに気づいてぱっと顔を明るくし、大声で呼んだ。

「おーい、ピーチーっ! 無事だったか!」

ピーチも笑顔を見せ、大きく手を振る。

「ええ! あなたも無事で何よりだわ!」

兄と共にもう1本のロープを持つルイージは、その時、走ってくるファイターの1人に気づいた。

「あれ、フォックス……?
……フォックスじゃないか!」

目を丸くして言った彼の言葉にマリオとカービィもハッチからさらに身を乗り出し、その姿を見ようとする。

「本当だ! 君もこっちに来てたんだな!」

「うわぁ! いままでどこにいたの?」

フォックスは、驚く旧友たちに笑みを返した。

「まぁ、色々とあったんだ。船に戻ったら話すからな」

マザーシップの乱暴な突入に巻き込まれて大部分の人形が消え、残された人形達も命令を求めて右往左往していた。
彼らが混乱から覚めないうちにと、5人は急いでマザーシップに乗り込む。

エアロックをくぐり、廊下を走って操縦室へ。
サムスはすでに操縦席について離陸の準備をしていた。
無事に戻ってきた4人と、新たに乗り込んだ1人。彼らの方をちらと振り返る。

それは一瞬の間だったが、無言の内に彼女の表情が少し和らいだことに5人とも気づいていた。

前に向き直り、その背でサムスは言った。

「すぐに離陸する。君達は部屋に戻っていてくれ。
航行可能な間に、船を隠せる場所に向かう」

意識の中をモノトーンの砂嵐が舞っている。
ガレオムは頭を振り、体を軋ませて起き上がった。

混乱する思考回路。あてもなく駆けめぐる感情。
ふらつく視界の中に、遠ざかっていく水色の炎が映る。

「ウ……」

平らなドーム型のシルエット。
それを認めたとき、ガレオムの心に名状しがたい怒りが燃え上がった。
灰色に塗りつぶされた記憶の下から何かが彼を駆り立てた。

理由などいらない。あれを壊す。

ガレオムは決心し、立ち上がった。
壁に空いた大きな穴。その縁に手をかけ身を乗り出す。
その目にあるのは、ただひたすらに暗く熱く、燃えたぎる復讐の感情であった。

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最終更新:2015-09-27

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