気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track28『Artifact』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。

次第に勢力を強め、操られていた仲間達を2人も取り返した彼らに、エインシャントは恐怖を抱いていた。
だが、彼らが自分たちの力だけでそれを成し遂げたとは思っておらず、この世界に閉じ込められているうちに潰してしまえば良いと結論付ける。
赤い十字の描かれた爆弾(亜空間爆弾)、影蟲……今まで明かさなかった手の内を晒してまで、彼はファイターを消そうとする。
がしかし、降りかかる困難はかえって彼らの結束を強めることとなるのだった。


  Open Door! Track28 『Artifact』


Tuning

沈める都市まち

誰かの手に肩を揺さぶられて、リュカは目を覚ます。
心地よく暖まった毛布、ようやく見慣れてきた白銀色のつややかな壁。
現実と意識の間にまだ夢の切れ端が漂う中、リンクの声が耳に届いてきた。

「起きろってばリュカ! ほら、早く!」

「う……ん、あと5分だけ……」

もごもごと返事をして、枕に顔をうずめる。
山脈での攻防と工場からの脱出。
彼にとっては大きな出来事を2つも立て続けにくぐり抜けた緊張が解け、今になって猛烈な眠気が来ていた。

今はただ、何もせずに眠りたい。

そんな彼のささやかな願いも知らず、リンクは毛布に小さな山を作っているリュカの背中を叩く。

「いつまで寝てる気だ! 早く起きないと見られなくなっちまうぞ!」

「うぅ……。見られないって……何を?」

尋ねたリュカの体が問答無用に、乱暴にひっくりかえさっれる。
顔に再び室内の照明が当たり彼は目をつぶったまま顔をしかめた。
彼を力ずくで仰向けにした本人、リンクは腰に手を当ててリュカを見おろしこう言った。

「だから、さっきから何回も言ってるだろ? これからおれ達が"キョテン"にするところだって。
見たらリュカもびっくりするぞ。なんたって湖の中に街がそっくり沈んでるんだからな!」

リンクに手を引かれ、寝ぐせもそのままにリュカはマザーシップの操縦室に入る。
部屋にはすでに何人かの先客がいた。誰も彼も、驚きと期待の入り交じった顔で前を見ている。
リンクは彼らの隙間をくぐり、リュカの手を引いて前に進んでいった。

やがてリュカにもフロントモニタ一面に映る光景が見えてくる。
その途端、眠気など一瞬でどこかに吹き飛んでしまった。
目を丸くしてリュカは足を止める。

巨大な水盆。初めはそう見えた。

正円を描く高い城壁。その中に湛えられた透明な水。
澄んだ水は鏡のように光を跳ね返し、白い空を映し出している。

その虚像の奥、湖の底から何かが空へと伸び上がっている。
無数の塔と、張り巡らされた枝。石と金属とガラスでできた森。
大部分が水に沈んでいることも相まって、それは街というよりはどこか抽象的なオブジェのようにも見えた。

静謐で無機質で、それでいて何かを語りかけてくるような広大な遺跡。
マザーシップはそこに向けて静かに降下していた。

「あの街に似てる……」

リュカは呟いた。
彼が思い出したのは、リンクと共に砂漠を越えて辿り着いた白亜の建物群。
かつてこの世界にいた人間達が暮らし、そして去っていった街だ。

目の前に広がる遺物からも、昔そこに暮らしていた人たちの息づかいが感じられる。
崩れ果てた橋のような道路、窓枠だけを残して佇む背の高い建物。そこから立ち上る意味、目的、そして様々な思い。
それはエインシャントの作ったまがい物の建物からは伝わってこない、微かだが確かな生命の痕跡だった。

果たして、操縦席に座るサムスはこう言った。

「この研究施設群も、エインシャントの侵略に抵抗した居住区の一つだ。
事象素への分解がまだ目立たないところを見ると、おそらく最終的な局面まで持ちこたえた場所だったのだろう」

マザーシップは次第に高度を下げ、水面からそびえ立つ人工の森の中へと分け入っていく。
淡い灰色の壁、ガラスで作られた大きな柱。威圧的な大きさを持つそれらが次々と目の前に現れ、過ぎ去っていた。
下の方では舗装された広い道が唐突に水から顔を出し、また潜っていく。

その光景を眺め、フォックスは腕を組む。

「研究都市か……」

呟いてから、はっと気づく。

「……よくそんなことが分かるな。もしかして、一度ここに来たことがあるのか?」

サムスは頷いた。

「君達と合流する前のことだ。
ガレオムに推進機関を壊されるまでの間、私はマザーシップに乗ってこの世界を探査していた。
その途中見つけた建物には一通り足を踏み入れている。
ファイターが訪れた痕跡や、この世界に関する手がかり。それを少しでも見つけるために。
この都市には長く滞在しなかったが、少なくともここがエインシャント側の施設ではないことは確かだ」

そう説明し、そこで彼女の目が油断無く計器類に向けられる。
先日の影蟲の襲来によってマザーシップが受けた損傷は駆動系にまで及んでいた。
航行可能時間は残り少ない。装甲も痛んでいる今、不時着による着陸は避けたかった。

やがて行く手に、ひときわ大きくそびえる建物が見えてきた。

円柱と長方形が寄せ集まり、天に向かって伸び上がる白銀の塔。
最上階付近が一段せり出しており、どこか物見櫓や砦を連想させる外観である。
その壁には所々穴が開き、何かがもぎ取られたような跡もあった。

深い傷を負い全長の大半を水の中に沈めながらも、しかしその塔は毅然として光を照り返し、そこに建っていた。
その規模や、中心部に建っていることから考えて、おそらくこの都市の中枢を担っていた施設だったのだろう。

新たな拠点にするならこの"砦"はうってつけの場所だ。
操縦室に居合わせた誰もが、同じ印象を受けていた。

やがて船は、壁にぽっかりと開いた大穴、そこから塔の内部に入っていく。

マザーシップの底部ハッチが開き、タラップが降りてくる。
手すりにつかまって一緒に姿を現したのは、パワードスーツに身を固めたサムス。

とうの昔に打ち棄てられた塔の内部であってもアームキャノンを構え、警戒を怠らない彼女の横から、
リンクが待ちかねていた様子で飛び出し、船外へと走り出る。その後ろからカービィとリュカも続く。
歩いて出てきた残る6人も、その表情にはそこはかとない安堵があった。

マリオとフォックスを加えたことで、乗組員は合計10人。
長期間の航宙が可能な中型船であり設計にも多少の余裕があるとはいえ、マザーシップは元々サムス1人の乗機である。
当然、人数分の寝室や居住区域など無く、今は度重なるシップの修繕で空になった備品室2つを即席の部屋としている。

備品室とは言えその広さはささやかなものだ。
床に毛布を敷き詰め、あるいは備品が置いてあった棚を寝台代わりにし、一部屋に4、5人が雑魚寝するのが精一杯。
口にこそ出さないものの誰もが狭さを感じていた。

船の外は広かった。それは今まで船の閉鎖環境の中にいたことからくる錯覚だけではない。
実際、中型航宙船を入れてもまだ余りあるほど建物内の空間が広かったのだ。
おそらくここは、塔の階層で言って2、3階ほどの高さと広さに渡って作られた大ホールだったのだろう。

走り疲れたリンクも一旦足を止め、息を弾ませながら天井を見上げる。
だが両側からせり上がる壁の先は暗がりの中に消えており、その高さを見極めることはできなかった。
とにかく、部屋の暗さを差し引いてもこの空間がかなり広いことだけは確かだった。

「ここ、何の部屋だったんだろうな?」

追いついたリュカを振り返り、リンクは尋ねた。
遠くの壁がその声を跳ね返しわずかなこだまを返す。

「うーん……」

リュカは周囲を見渡し、しばらく考える。
暗がりの中、ぼんやりと浮かび上がる壁。椅子やテーブルもなくひどく殺風景で、居住用の場所ではないことは確かだ。
外部に面した壁には先程マザーシップが通過してきた大穴があり、静けさに満ちた水没都市の風景が見えている。
天井によく目をこらせば、電線や何かしらのパイプが幾本か垂れ下がっているのが見えてきた。

「分からないけど……何か、とてつもなく大きな機械が置いてあった……のかな」

微風に揺れる電線を見上げ、リュカは首を傾げつつ答える。
飾りっ気もなくただ広いばかりの空間。どちらかといえばここは何かの整備室に似ていた。
マザーシップの格納庫、あれを縦と横にうんと引き延ばしたようにも見えるのだ。

「キカイかぁ……確かに、それもありだよな」

そう言って自分も天井を見上げ、リンクは腕を組んで頷いた。
彼自身も、ここが一体何に使われていたのかさっぱり見当がつかないようだった。

カービィは壁に開いた大穴を眺めていたが、そちらを指差してこう言った。

「じゃあ、もしかしてここにあったキカイがあの穴から出ていったのかなぁ」

「うーん、それにしちゃあ穴の高さが低いような気もするけどな……。
人形とかに攻め込まれた跡なんじゃないのか?」

がらんどうの空間を見上げている子供達。
集まり何事か話し合っている彼らの様子を少し離れて見守る者がいた。

バウンティハンターのサムス・アラン。
ここまでの成り行きから、彼女はファイター達のほぼ事実上のリーダーとなっている。

彼女の視線の先には、くせ毛の少年リュカがいた。
以前、山脈での戦闘中に彼が見せた動揺。彼女はあれからその理由を気がかりにしていた。
フォックスの話によると工場でも一時不調に陥っていたという。

単なる実戦不足であれば何とかなるが、もしそうでないとしたら……。

だが、見たところ少年に変わった様子はない。
以前と同じように、他の子供達に混じってうち解けた様子で話し、笑っている。

――考えすぎだろうか。そうであれば良いが……

ひとまず結論を先送りにし、サムスは彼らに集合の合図をした。

10人全員が船外に出たのは、ただ単に気分転換をするためだけではない。
これからいくつかの班に分かれてこの塔の中を探索するのだ。

集まった9人を前に、サムスが指示を伝えていく。

「船に残って拠点の警備にあたる班を1つ設け、後の2班で建物内を回る。
期間は船の損壊が完全に修復されるまでとし、日替わりで班員を替えていこうと思う
外出する班の目的は、船の資材調達、保存食が残っていればその回収、そして――」

そこで言葉を切り、彼女は全員の注意を集めてからもっとも大事な点を告げる。

「都市に残された情報の収集だ。
何か目につくものがあれば報告し、危険がなければ持ち帰ることも可とする」

かつて、エインシャントの侵略を耐えた拠点。
この都市を調べれば、運が良ければ敵に関する貴重な情報を見つけ出せるかもしれない。

今のファイター達が集めるべきは、情報。その一点であった。
敵の本拠地の位置。勢力の規模。行動の動機。分からないことはあまりにも多い。

一方でエインシャントの側には既に、こちらの集結や移動手段の存在を知られている。
決戦が否応なしに近づいた今、方針を立てる上で主観的な推測だけでは信用性に欠ける。
戦闘の痕跡や第3者の記録といった客観的な情報が必要だ。サムスはそう考えていた。

「都市の通路は複雑に入り組んでいることが予想される。無闇に深入りすることは避け、常に周辺の地理を把握するように。
特に、水面より下に当たるエリアには立ち入るな。いつ壁が水圧に負け、決壊するとも分からない。
そして、これは建物内のどこでも言えることだが……各自、人形兵への警戒を怠らないように」

その言葉に、リンクは意外そうな顔をする。

「こんなとこでもあいつらがいるのか?」

何しろ、ここは高い壁と膨大な水に守られている。
今自分たちがそうして入ってきたように空を飛びでもしない限り、内部に入ることは容易ではない。
それはファイターにとっても、人形兵にとっても同じことだ。

つまりサムスが指しているのは、残党兵の可能性。

しかし、エインシャントとこの世界の人々が戦っていたのは、気の遠くなるほど昔だ。
少なくとも一つの都市が風化し、崩れ落ちるほどの歳月は経っている。
ここでかつて人形兵が戦っていたとして、その残党が今でも残っているだろうか。

「人形兵は、我々の常識に沿わない異質な生命体だ。
彼らに寿命や、自然死という現象があるのかどうかさえ定かではない」

真面目な表情を変えず、サムスはそう答えた。

「初日は、とにかく最低限の安全確認をすることが目的だ」
そう言い渡されたファイター達は、3つの班に分かれてそれぞれの役割についた。
すなわち2つの外出班と、待機班である。

現在の所彼らの手元にある通信装置はサムスのスーツに内蔵された通信装置と、爆弾工場で活躍したフォックスの無線機の2つ。
マザーシップでは将来の決戦に備え工作機械が無線を作っているが、船自体の修理に時間を割かれておりまだ完成していない。
そのため、外に出て行動する班は2つまでに限定されたのだ。

通信機を持つ2人がそれぞれ外出班のリーダーとなり、マリオはルイージを、リンクはリュカを引き連れて外出班に入った。
カービィはサムスの班に入り、残る3人は母船に残って外出班のバックアップと、船周りの整理整頓に当たることになった。

昼を過ぎ、早くも陰り始めた空。
段々と暗くなっていく水没都市がくすんだガラス越しに見えていた。
その景色は、壁の大穴から見たものよりも少し視点が高い。
リュカ達の歩くこの通路が、マザーシップが停泊している吹き抜けの部屋よりも高い位置にあるためだ。

横の壁一面に分厚いガラスが張られた、天井の高い通路。
幅も広く、道は砦の外周に沿うようにしてわずかなカーブを描き、ずっと続いていた。

リュカは外の光景を眺めながら歩いていた。
上空から眺めた様子とはまた違った景色が窓の外に広がっている。

研究都市。その響きが意味するところは分からなかったが、ともかくここがただの街ではないことは建物の様子から十分伝わってきた。
大きなアーチを描く白い建物。空へ向けて高くせり上がっていく人工の斜面。四角い骨組みの塔だけがいくつも残された広場。
至る所から伝わってくる、探求心と使命感と少しばかりの誇りの混じった残り香。
彼の知る文明とはかけ離れた遺跡。異文化の趣がリュカの興味を引いていた。

リンクは先程からずっと前を早足に歩いている。
敵の気配が無いにも関わらず、彼は張り切って剣と盾を携えていた。

「リンク、そんなに急ぐなよ」

背後からフォックスの声が響き、リュカは自分の名前が呼ばれたわけではないがはっとして意識を建物の中に戻す。
安全確認という本来の目的を思い出したのだ。

広い通路は、先ほどからずっと同じ光景を繰り返している。
細かい埃がうっすらと積もるつややかな床。壁には何も映し出さない真っ黒な"モニタ"が貼られ、頭上はるか上の天井からは壊れた照明が下がっている。
閉ざされた扉や曲がり角はいくつもあったが、それらのどれからも嫌な気配は感じられなかった。
建物はどこまでも静かで、遠い過去の空気だけが漂っていた。

リンクが向こうから駆け戻ってくる。
剣を鞘に収め盾を背中に掛けて、少し退屈そうな顔をしてフォックスを見上げた。

「だって、誰もいないだろ」

早く先に行って、この砦の全体を知りたい。そんな様子である。
しかしフォックスは口の片端を少し上げて笑みを見せ、こう返した。

「『念には念を』って言葉があるだろう?
それに、急がなくてもここは十分探索することになる。
船が直るのにはまだ時間が掛かるから、しばらくはここに留まるはずだ」

「しばらく、か。どのくらい掛かるんだろうな……」

問うわけではなく、独り言のようにして呟く。
そして小さくため息をつき、リンクはリュカの横に並んで歩き始めた。

手を頭の後ろに組み、割り切れない表情をしているリンク。
隣を歩くリュカには彼の心の内が分かっていたが、掛けるべき言葉が見つからなかった。

しばらく、周囲を見渡しながら黙って歩き続ける2人の少年。
3人分の足音がこだまし、広大な廊下にかすかに響いていく。

数歩後ろを歩いているフォックスが、不意にこう尋ねかけた。

「君達は、どう考えている?」

その言葉にリンクもリュカも立ち止まり、目を瞬いて振り返る。

「どう……って、何を? これからのことか?」

リンクがそう聞き返すと、フォックスは頷いた。
彼が子供や何だと区別せず、本心から2人の意見を聞こうとしていることがその表情から伝わってくる。

何しろ、彼は乗機を失ってからこの方ずっと工場内の閉鎖空間に身を潜めていたのだ。
したがってエインシャントが何を企んでいるのかも、それに対し生き残りの仲間達がどう出ようとしているのかもまだ把握しきれていない。
少しでも皆に追いつくために、見回りで一緒になった2人にもそれを訊ねようと思ったのだろう。

そこでリンクは前に向き直り、天井を見上げて考え込んだ。

「そーだな……」

しばらくして、彼は口を開いた。

「そりゃぁ、一番気になるのは"鳥"のことだよな。
あ、鳥っていうのはスマッシュブラザーズのみんなをおれ達の前から連れ去っちゃったヒコーキのことだ。
捕まったやつは、もうエインシャントのとこに連れてかれちゃったのか、それともまだなのか」

まっすぐに前を見て、こう続ける。

「おれは、まだ着いてないと思うんだ」

その言葉に、リュカは思わずリンクの方を見た。
向けられる無言の疑問符にリンクは得意げな笑みを返し、こう答える。

「だって、考えてもみなよ。
ここんところのテキの様子は、今までと違ってきてる。
何て言うか、慌ててるんだよ」

「慌ててる?」

リュカは目を丸くする。
今まで戦うだけでも精一杯だったリュカには、それは意外な言葉であった。

「そうさ。
だってほら、マリオを捕まえに来た人形兵、すっごい数だったろ?
操られたファイターがエインシャントに逆らうわけもないから、あいつらが警戒してたのはマリオじゃない。
どこに隠れてるかわからない、おれ達さ。
自分のコマを取り上げられないようにジャマするっていうのもあったかもしんないけど、
それだけじゃなく、出くわしたら数でむりやりねじ伏せるつもりだったんじゃないか?」

「あぁ、確かに……!」

リュカは、合点がいったように頷いた。

「あのときデュオンが僕らに言った言葉……もしエインシャントが僕らのことを恐れてないなら、あんな取り引きはしないはず。
これ以上邪魔しないなら、帰してやってもいい。
つまりそれは、僕らのことを厄介だと思ってる……きっと、駒にした人たちが取り返されるのを恐れてるんだ」

「その通り!」

大きく頷くリンク。

「だから、捕まったやつらはまだエインシャントのとこに着いてない。
そうじゃないとしても、準備ができてない。絶対に取り戻されないようにするチョウセイが、終わってないんだ。
ということは、助けられる見込みはある。……けどさ」

リンクはそこで言葉を切り、複雑な面持ちで天井を見上げた。
ここまでの2人の会話を熱心に聞いていたフォックスは、訝しげに問いかけた。

「けど、どうしたんだ?」

リンクは肩をすくめ、答えた。

「すぐにでも助けに行きたいとこだけどさ……だめだろうな」

その口調は今までとは打って変わって歯切れが悪く、沈んでいた。

「サムスは、大きな船が直ってからじゃないとここを出て行かないつもりなんだ。
……おれ達がバラバラに動くのは、きっと嫌なんだろうな。
でもそれじゃあ間に合わない。そうこうしてる間にみんなが連れてかれちまう」

リュカもフォックスを振り返り、こう言った。

「僕も……捕まった人達のことが心配です。
でも、今までサムスさんの言ったことが間違ってたことはない。
厳しかったことはあったけど、でも、あの人がいたから僕らはここまで来れたんだ。
だから、仕方ないって思ってる……仕方ないけど今は、あの人の言う通りにして、一つにまとまらなきゃいけないって」

少年2人の言葉を聞き届け、フォックスは真剣な表情で頷いた。

「なるほど……そうか」

言葉こそ少なかったが、彼なりに何事か考えている様子であった。

初日の探索は何事もなく進み、辺りが本格的に暗くなる前に切り上げられた。
敵の姿は見かけられなかったが、そのかわりこちらの得になるような手がかりも見つからなかった。
この日達成されたことは、船を中心とした上下2階層分の構造が分かり、一応の安全が確保されたこと。その2点であった。

深夜のミーティングルーム。
そこでは、毎晩の恒例となった会議が開かれていた。
やはりそこには、子供達の姿はない。

まず行われたのは、新たに加わったフォックスとマリオに向けた、今までの経過の説明。
主にサムスが説明していったが、時にはルイージ達もそこに加わり、補足していく。
20人前後のファイターが既にエインシャントの側にある、と聞かされたマリオは、驚きを隠すこともなくこう言った。

「そんなに捕まってるのか……?!」

対し、サムスは冷静に頷く。

「ああ。敵の塔に潜入したとき、ダクトから確認できただけでも16人ほどはいた」

確かに自分が捕まえられた時、最後に目にした仲間達の姿はそれくらいはいたかもしれない。
動かぬ銅像と化した仲間達。あれが夢や幻ではなく、現実だと認めるのはやはり心苦しかった。
言葉も出ず、額に手を当て背もたれに寄りかかったマリオの横からフォックスが身を乗り出した。

「……それで、すでに彼ら全員が操られている、と?」

彼の白い眉は、訝しげにひそめられていた。
サムスの代わりにマリオが答える。

「実際に見ないと信じられないだろうな。
……まぁ、かく言う俺もこの目じゃ見てないんだけど」

少し複雑な顔をし、頭をかいた。

円卓を挟んで向かい側に座るサムスは、2人に頷きかけると"駒"についての説明に入った。

「2人ともマスターハンドからの説明で分かっていることだろうが、念のため復習から入ろう。
我々ファイターは、ある特殊な性質を持っている。
決して傷つかず、受けたダメージは全て数値に換算して蓄え、それが限界を迎えるとフィギュアになって動かなくなる。
この性質によって、我々は『スマブラ』で思うままに闘うことが可能になっているのだ。
この時、フィギュア化すれば意識を失い、復活すれば目を覚ます……つまり身体と自我の連動が保たれているのが通常の我々だ」

マリオやフォックスだけでなく、同席しているルイージ達もサムスの説明に耳を傾けていた。
駒や事象素については何度も話を聞いていたが、やはり理解しきれない部分があったのだ。

「しかし、この連動は絶対ではない。
現に強い衝撃を受けた時など、一時的に連動が途切れて体が硬直することもある」

『スマブラ』で何度となく闘った経験のあるファイターは、そこで頷いた。

「そこで、このような仮定を考えて欲しい。
一旦フィギュア化させたファイターをその意識を閉ざしたまま身体のみ起こす。すると、どうなるか?」

腕を組み、ため息混じりにマリオがあとを継いだ。

「心と体が切り離され、生きているけど自分の意思では動けない"駒"ができる。
あとは糸をつければ、操り人形の出来上がり……ってわけか」

「エインシャントに捕らわれたファイター達。彼らに共通していたのは、すでに身体と意識の連動が失われていたことだ。
私のスーツに内蔵された生体反応センサでその様子が捉えられている。
皆一様に、思考や情動といった高次の精神機能……平たく言えば"心"を表すシグナルが検出されなかったのだ」

そう言って、サムスはその記録を提示した。円卓の丸く空いた中央にホログラムが浮かび上がる。
塔の中を写した静止画。暗闇に沈み、何人かのフィギュア化した姿が捉えられていた。
そこに四角いログが現れ、サムスの言う精神活動のグラフらしき図が上書きされる。

完璧に読解できた者はいなかったが、室内の静けさはその場にいる全員が事態の深刻さを察していることを表していた。
何度か『スマブラ』に訪れたことのあるマリオ達は画像の中に見知った顔を見つけ、沈痛な面持ちでそれを見つめている。

「事実はこの通りだが、エインシャントがなぜそのような方法にたどり着けたのか、
またどのようにして同調を失わせているのかについては、現時点では全く分かっていない」

確かなことは、20人前後の仲間が自由を奪われ、連れ去られてしまったこと。
フォックスは真剣な顔をサムスに向けて、聞いた。

「それで、皆を乗せた輸送船は行方が分からないまま……なんだな?」

「山脈を出る前までは辛うじてレーダーに捉えていたのだが、今は全く反応がない。
輸送船の航路は一直線ではなく、かなりの蛇行を繰り返していた。そのため、現在地の予測も難しい状況だ」

「蛇行? 道に迷ってたのか?」

眉間にしわを寄せるマリオ。
しかし、フォックスは首を横に振った。

「追跡を想定しての行動だろうな。
こちらにレーダーがあることまで予想していたかどうかは分からないが」

「そうかぁ……面倒なことしてくれるよな、全く。
……それで、これからどうするつもりなんだ?
前はあんな威勢の良いこと言っちゃったけど、思ってたよりこっちの状況は良くないみたいだな。
とりあえず一番は、エインシャントの本拠地を見つけて叩くことだろう。
だけど問題は――」

腕を組んで黙り込んだ兄に代わり、ルイージがその後を続ける。

「手がかりが無いこと……なんだよね」

マリオの隣に座るピーチが、サムスに確認するように問いかけた。

「今まであちこちの工場や建物を見て回ったあなたでも、思い当たる場所は無いの?」

サムスはごまかしなど一切せずに、頷いた。

「どの工場も、破壊する前に必ず制御設備をあらためてある。
しかし、データベースに残されていたのは工場内に対する生産命令のみ。地図情報はおろか他の工場との通信さえない。
命令系統は全て1個の工場内で完結しており、外部、つまりエインシャントの拠点からの指令は見つからなかった。
普段から追跡を警戒して意図的に消しているのか、それとも初めから指令を出しておらず各工場が自律して動いているのか。そのどちらかだろう」

そこで説明を切り上げて、円卓に埋め込まれたコントローラに手を触れる。
円卓の中央に光が舞い、すぐにそれは灰色の立体地図を形作った。

「これが、今までに分かっているこの世界の全容だ。
探査された区域には特に不審な建造物は無かった。
従って、エインシャントの拠点は未探査区域のどこかにある可能性が高い」

身を乗り出し、地図を眺めていたマリオが正直に感想を述べた。

「未探査って、この穴あきの所だな?
……ずいぶんいっぱいあるな」

10人分の証言を合わせたにもかかわらず、灰色の地図にはあちこちに虫食い穴があった。
目でその数を数えようとしているマリオに、フォックスはこう言った。

「それに、あくまで可能性は可能性だ。
相手は目に見えないところに潜んでいるかもしれない。
例えば上空とか地下とかだな。探査済みの区域でも油断はできない」

真面目な声で言った彼に、マリオはこんな言葉を返す。

「難しく考えてたらきりが無いだろ。ほら、この荒れ地の真ん中とか怪しいんじゃないのか?」

論理の梯子を外されて、さすがのフォックスも呆れたような顔をした。

「おいおい、怪しいとかそんな感情論で決めて良いことじゃないだろう」

その向こうで、サムスだけは冷静にこう尋ねた。

「マリオ、何か当てがあるのか?」

マリオはしばらく腕を組んで考え込んでいたが、ややあってこんな答えが返ってきた。

「まぁ強いて言うなら、敵の拠点は大抵険しいところにあるもんじゃないかって」

「……なるほど」

サムスはそれだけを言った。
表情は変わらず、マリオの答えに一片の可能性を見いだしたのかどうかは分からない。
取りなすようにルイージがこう言った。

「まぁ、僕らの経験が通用するのかどうか分からないけどさ……。
頼るものと言ったらそれしか無いよね」

彼の言葉を最後に意見は途絶え、ミーティングルームにちょっとした沈黙が訪れる。

ここまでの流れで一切発言していない6人目のメンバー、メタナイトは今日も傍聴者に徹していた。
ここ最近、彼は会議の場での発言が減っている。と言っても出席は欠かさずしており、議題そのものに興味関心を失ったわけではない。
様子を見る限り、どうやら加わった古参2人に進行を譲り、現状を理解する取っ掛かりを見つけさせようとしているらしかった。

ふと、そこで何の気なしにマリオが尋ねかけた。
誰にとでもなく、5人を見回して。

「そういや、あいつらに聞かなくて良いのか?
リンクとか、カービィとかさ。もしかしたら何か気づいてることがあるかもしれないだろ」

その言葉に一瞬、部屋の空気が止まった。

ピーチとルイージは目配せでマリオに何かを伝えようとし、フォックスはサムスの方を横目でうかがっていた。
メタナイトはどちらにつくでもなく、静かに他の仲間の様子を観察していた。

少しの間をおいて、サムスはこう答える。

「彼らには後で聞こう。いずれにせよ、我々は態勢が整うまでここに留まらなくてはならない。
我々に残された時間がどれほどあるか分からないが、
最近の人形兵の行動から考えると、余裕がないのは相手も同じだろう」

その後、今後の方針を決めたところで会議は閉会となった。
解散を言い渡され、三々五々居住室へと帰っていくファイター達。
しかし、フォックスだけはミーティングルームに残っていた。

腕を組み壁際に立っていた彼は、閉ざされた扉から円卓へと視線を戻す。
円卓とホログラムを挟み、そこに座るのはパワードスーツを着たサムス。

「戻らないのか?」

彼女は尋ねたが、その質問は形式的なものだった。
フォックスがここに残っている理由は分かっていた。

果たして彼は、落ち着いた声でこう問いかける。

「なぜリンク達を放っておいてるんだ?
俺はここに来たばかりだが、彼らが部外者扱いされていることくらいは分かる。
彼らが呼ばれるのは朝の連絡会議、最低限の情報を伝えるブリーフィングだけだ。
さっきまでやってたような本格的な検討会、今後の方針を決める場には来たためしがないよな」

サムスは目をつぶり、少しの間を置いてこう答えた。

「……理由があってのことだ。
彼らは未熟だ。この場に呼ぶにはまだ早い」

そう言った彼女は毅然とした表情をしていたが、その陰には隠しきれない疲労が滲み出ていた。
捉えがたいその影を見定めるように、フォックスは鋭い眼差しを向ける。

「彼らは十分成長している。
君がもし爆弾工場での戦いを見ていたなら、それが分かるはずだ。
それに、彼らはもう一人前のファイターなんだ。ルイージ達が見つけるまで彼らは自分たちの判断で生き延びてきた。そうだろう?」

「……」

彼女は答えない。
フォックスはしばらく返答を待っていた。と、不意にその顔から険しさが消える。

ふっと苦笑した彼に、サムスは怪訝そうな眼差しを向けた。
フォックスは首を横に振り、答えた。

「まぁ、かく言う俺だって人のことは言えないな。
クルーによく言われてるんだ。"1人で何でも解決しようとするんじゃない"ってさ。
チームワークが大事なのは分かってる。でも、危ない目に遭うのは俺1人で良い……そう考えてしまうんだ」

緑色のバイザー。その影に隠れた瞳に目を合わせ、彼は語りかける。

「サムス、君もきっとそうだろう?
君はあらゆる困難をたった1人で抱え込んでいる。自分が抱え込まなくてもいいはずの、たくさんのものを。
確かに現状は厳しい。俺達が勝てる見込みは、子供達に伝えているよりもはるかに低い。
そんな実情を隠さず伝えてしまったら、子供達は望みを失ってしまう。あるいは、必要以上に気を奮い立たせ、無謀な行動に出る……と。
君はそう思っているんだろう。
だが、君は目を開いて見るべきだ。彼らの本当の実力を」

夜が明けようとしていた。

とある乾ききった砂漠。そこに、人形兵と共に砂煙を上げて進むデュオンの姿があった。
空では光球が中天をやや外れたところに留まり、彼らの装甲を冷たく照らしている。
彼らに付き従うのは100体ほどの人形兵。虚ろな目をひたすらに前に向け、早足の進軍を続けている。

山脈での攻防から、3日が経っていた。
指揮官デュオンを守る部隊は、最後列についていた100体前後と1機のフライングプレートを残して、全て消滅してしまった。
それも、ファイターのせいではなく。

進行方向を向いたソードサイドに対し、ガンサイドはその真後ろ、地平の向こうをただ一心に見つめている。
その見る先にあるものは、彼らの部隊を飲み込んだ暗黒の球体。

何千もの兵と長く連なる山脈を消失させてなお、その球体はどこまでも暗く、闇の色に淀んでいた。

亜空間爆弾。
デュオンはその言葉の持つ意味を、深く噛み締める。

宇宙に"穴"を空ける。
その一点だけを見れば、それはかつてエンジェランドに対して行った行為と似ていた。
しかし決定的に異なるのは、亜空間爆弾によって空けられた穴は"開放創"となること。
つまり、傷口から流れ出す血……全ての源である事象粒子は爆弾が生じさせた空間の出来損ない――亜空間に拡散し、容易に取り戻すことはできない。
また切り傷を水につければなかなか血が止まらないように、この爆弾を受けた場所では普通の時空間が持つ自己修復能が働きにくくなってしまう。

本来は手強い二柱の住まう『スマッシュブラザーズ』を陥落させるための補助兵器として開発された爆弾だったのだ。
それをエインシャントは、ファイターを抹殺するために使おうとした。

この世界の礎がすでに疲弊していることを考えれば、その行為が世界の死期を早めるのは火を見るよりも明らかだった。
だが、彼らの主、エインシャントがそれを知らずに行ったはずはない。
主は全てを分かった上で、そうしたのだ。

ガンサイドは静かにアイセンサを切った。

――……我等が主は、急いでおられる。

無言の言葉が掛けられ、ソードサイドは前方に注意を向けたままこう返した。

――最終目的。それを成し遂げるためならば……この世界はどうなろうとも構わないのだ。
我等が主の視点に立てば、一連の御指示も無理からぬこと。

――然り。
だが、しかし……

ガンサイドは、その先をしばし沈黙で埋める。
そして何かを決断するかのように顔を上げ、続けた。

――我等が主は……冷静な思考を失っておられる。

ソードサイドは何も言わず、黙することによって片割れの意見に賛同した。

やはり今回も、ファイターはこちらの予想を覆した。
亜空間爆弾が炸裂する直前にどうにかしてそれを察知し、何処かに隠匿していた中型艦船で離脱したのだ。
デュオンはすぐさま迎撃を命じた。しかしその時にはもう、肝心の狙撃部隊が亜空間に飲み込まれていた。

ファイターを取り逃がした彼らを、エインシャントはもはや叱責することはなかった。
怒る暇もなかったのだろう。相手に移動手段があると分かった以上、いよいよもって決着を急がなければならない。

次に命じられたのは"駒"を載積した輸送船の探索。
理由を聞いたデュオンは驚きに目を丸くした。主曰く、輸送船はこの先の地点に墜落している、というのだ。

到着が遅れていたのは、やはり船に異常があったためだった。
無理もない。主の力で航空機の姿を取らせたとはいえ、輸送船は元々研究所の一部に過ぎない。
急ごしらえで作りかえられたために、どこかに歪みを来していたのだろう。

しかし、起きてしまったことは仕方がない。
今見つめるべきは、過去ではなく現在。そして未来であった。

――奴らに見つかる前に、早く回収せねば。

デュオンは前方を睨みつけ、声に出さず呟いた。

一夜明けたミーティングルーム。
朝食の後、食卓は会議室へと早変わりする。

格納庫を除けば船内で一番広い部屋だったのだが、乗組員が10人になったことでここも少々手狭になっていた。
船内の備品を引っ張り出して座る物はなんとか人数分確保できたものの、円卓に並べるほどの空間は余っておらず、
2人分は円卓から離れた場所に置かざるを得なかった。

今回、到着順でそこに座ることになったのはフォックスとカービィであったが、2人とも今は席を立ち円卓の近くに集まっている。
彼らの、そして他の8人の一心に見つめる先には透明な円柱があった。

ガラスに似ているが、それよりも何倍も丈夫であろう材質で作られた収集カプセル。
その中には闇の色に染まった粒子、"影蟲"がごく微量入れられている。
先日の襲撃を受けた後、外殻に引っかかって残っていたそれをサムスが回収したのだ。

ファイター達が固唾をのんで見守る中、影蟲は不意に凝集し、薄っぺらい黄色の人形へと姿を変えた。
人形兵は敵の存在を認識し、飛びかかろうとして……カプセル内部に張られたエネルギーフィールドに当たり激しい火花を散らす。
やがて紙人形は四散して紫の粒子に戻り、カプセルの中をゆっくりと舞い落ちる。
しかし、十数秒ほど経つとそれは自ら寄り集まり、再び黄色い紙人形となって復活した。

「見ての通り、影蟲はそれまでの事象素とは全く異なる性質を持っている」

無益な特攻を繰り返す人形を前におき、サムスは話を切り出した。

「まず、これによって構成された人形兵は倒しても時間をおいて再び凝集し、復活する。
事象素においては工場が必要だったが、この影蟲はそういった設備無しに何らかの姿を取ることが可能だ。
そして2つ目は、粒子そのものが原始的な意思を持っていること」

透明な円柱の中、影蟲は体当たりによる突破を諦めたのか、今は黒い粒子のままアメーバのように蠢いている。
時折エネルギーフィールドに触れてしまい、びくっと縮こまるが、少しの間をおいてまた別の方角へと向かう。
その様はまさに、閉じこめられて出口を探す一個の生命体を思わせた。

「再生が可能な回数や復活に必要な条件など、まだ分からないことは多い。
しかし、影蟲の量と構成できる人形兵の大きさが相関していることは確実だ。
今まで観察した限りでは、この影蟲は一番最小の人形兵にしか姿を変えていない」

二重のバリアを隔てて面しているにも関わらず、表情に余裕のあるファイターは1人もいなかった。
今目の前にある影蟲はごく少量とはいえ、確実な意思を持っているのだ。
"ファイターを見つけ、倒す"。
執念深くはい回る手の平大の闇に、誰もが静かな警戒心を抱いていた。

真剣な顔をして、ピットがサムスにこう尋ねた。

「これほど危険なものが今になって現れたということは、何か理由があるんでしょうか?
初めから使っていれば、僕らをもっと簡単に捕まえられたはずですよね」

「推測できるところでは我々を倒すために新たに開発されたか、あるいは、製造に何かしらのデメリットがある……といったあたりだろう。
後者であれば良いが、楽観視することはできない。
これからエインシャントの本拠地に潜入するに当たって、この"影蟲"への対策は最重要事項となる」

その言葉に、リンクが弾かれたように顔を上げた。

「本拠地に潜入……って、
……じゃあ"鳥"はどうするんだよ。
まさか、連れてかれた仲間のことは放っとくのか?!」

円卓に両手をつき、身を乗り出す。

「間に合わないって決まったわけじゃないだろ?
もしかしたらまだエインシャントのとこに着いてないかもしんないし――」

「彼らについては、諦めるしかない」

にべもなくサムスは言った。
その言葉に、リンクは思わず声を失う。

"仲間を諦める"
同じファイターである彼女の言ったことが信じられず、リンクはただ呆然とその顔を見つめていた。

二の句が出てこない彼に、サムスはあくまで冷静にこう伝えた。

「エインシャントの洗脳を解く条件は、近しい者の記憶だと予想されている。
それを踏まえると、ここにいる10人が取り戻しうるファイターは多くても5名。
しかし、私が確認した限りではその5名は捕らえられていない。塔には彼らの姿は無かった。
捕らえられたファイターを取り返せたとしてもこちらの戦力にはならないだろう」

つまり、このまま仲間を追いかけても意味はない。そして現状では無駄なことに時間を費やしている暇はない。
口にこそしなかったものの、彼女は言外にそう言っていた。

「でも、だからって……!」

リンクはやっとのことでそう言ったが、それ以上言葉が続かない。

「言ったように、救出したところでこちらに有利な流れになるわけではない。
また、助け出さなくとも不利にはならないだろう。二度も取り返されてエインシャントは警戒しているはずだ。
エインシャントによる悪用を止めたいのならば、勝算が高いのは救出ではなく、根本を叩くこと。
すなわち、本拠地の制圧だ」

「そりゃぁ……」

正論であった。しかし、リンクの顔に納得した様子は無い。
のろのろと椅子に座り直した彼は、ひどく落胆した表情をしていた。

2日目の探索が始まった。
初日よりも時間があるため、各班の探索範囲は砦内全体に広げられた。
水没都市の建物は水上と水中に伸びる渡り廊下で互いに連絡していたが、他の建物への移動は禁止されていた。

あまり深入りすると迷う危険がある。
砦だけでは物資が足りないとなったときはやむを得ないだろうが、今は出て行く必要はない。
サムスはそう説明した。

船のある階層を境に、上と下とで二手に分かれての探索が始まった。
今日も3人が船に残ったのだが、意外なことに、その中にはリンクも含まれていた。

マザーシップが停泊する、広大な空き部屋。
その壁の一面に開いた大穴。リンクはその縁に腰掛けていた。
両足を建物の外に投げ出して彼が眺める先には、水没都市が静かに佇んでいる。

水面ははるか下、目もくらむような距離をおいて広がっていたが
何の支えも無しに縁に座るリンクの顔には少しも恐れは無くどちらかと言えば憮然とした表情をしている。
割り切れない思いを抱えて彼はじっと都市の向こうを見据え、ひたすら考え事に沈んでいた。

と、不意に彼は振り返る。
背後から足音が近づいてきたのだ。足音の主を見定め、少し驚いて目を瞬いた。

「なんだ。リュカ、お前も残ったのか?」

「うん……」

リュカはそれだけを言って、リンクの隣にやって来た。
ただ彼のように高所に足を投げ出して腰掛ける度胸はないらしく、穴の縁に腕を組んで寄りかかるだけにする。

しばらく、彼らは黙って外の景色を眺める。
2人とも何を見ているわけでもない。
ここまで寝食を共にしてきた2人の間には、言葉が無くとも伝わるものがあった。

「僕は分かってるよ」

やがて口を開いたのは、リュカであった。

「サムスさんだって、本当は悔しいって思ってる。
"諦めるしかない"って、そう言ったとき、あの人の心は迷いとか自分を責める気持ちで一杯だった。
本当はそう言いたくなかったんだよ」

「じゃあなんで言ったんだ?」

遠くを眺めたまま、リンクは聞いた。
リュカも同じ方角を見つめてしばらく考え、答える。

「言うしかなかったんだ……きっと。
誰かが決めなくちゃ、誰かが言い出さなくちゃ決まらない。進んでいかないんだ。
……ほら、いつかリンクが言ってくれたじゃないか。
"とにかく動いてみなきゃ、前には進めない"って」

「進まない、か。
他に方法が無いなら良いさ。
でも今は、そうと決まったわけじゃないだろ?」

リンクはそう言ったきり、口を閉じてしまった。

リュカは傍らのリンクを見上げる。
彼の心には、やはりまだわだかまりがあった。

リュカにも、その気持ちはよく分かった。

マリオの救出の為にサムス達が費やした、ひたむきな熱意。
フォックスとの遭遇でピーチが見せた、本心からの安堵。
彼らの様子を見ていたから分かる。

まだ見知らぬ相手ではあるけれど、捕まってしまったのは紛れもない自分たちの"仲間"なのだ。
何事もなければ『スマッシュブラザーズ』の世界で共に暮らし、共に競い合うはずだった仲間。

その中には、リュカと同じくらいの年の子もいるだろう。
もしかしたら、友達になるはずの人もいるだろう。
そんな彼らを見捨てることは、したくない。

でも――

くちびるをそっと噛みしめ、リュカは遠くに目を凝らした。
外では水面がゆっくりとたゆたい、建物からぶら下がる電線が微風に揺れている。
しかし、いつまで経っても答えは見つからなかった。

そんな彼の背中に、声が掛けられた。

「……2人とも、ここにいたのか」

振り返ると、そこには一頭身の剣士が立っていた。

リュカからおおよその話を聞いたメタナイトは、

「なるほど……」

彼らの思いを肯定するでもなく否定するでもなく、ただそれだけを言った。
水没都市を背にして壁の欠けた縁に立ち、彼は目をつぶる。

話を切り上げた訳ではないことを、2人とも分かっていた。
リンクは外を眺め、リュカは剣士の横顔を見上げて彼の返答を待った。

白い空を灰色の雲が流れていき、やがて彼はこう切り出す。

「この都市に到着してから、私も自分なりに考えていた。
これからどうすべきか。何が出来るのか。そして、何を諦めなければならないのか。
至った結論は、彼女が下した決断と同じだった」

怜悧な瞳が見つめる先には、マザーシップがあった。
むき出しになった外殻の隙間から寸断された配管が覗いている。影蟲に至る所を破壊された、痛々しい姿。
こうしている間にも、工作機械が黙々と修理を続けていた。

「偵察船の性能ではもはや敵の輸送船に追いつくことは出来ず、肝心の母船は未だ飛び立てる状況にない。
そして、母船の修理が終わり次第即時追いかけたとしても、彼らを本当の意味で取り戻すことは可能かどうか……。
それを踏まえると、やはり……彼女が言っていたように、根本を叩くことが先決だろう」

「そのことだけどさ」

リンクが言った。

「じゃあ、その根もとがどこなのか、誰か分かってるのか?」

「いや。
……私にも、まだ見当がついていない」

昨夜の会議を思い返し、メタナイトはそう答えた。

「やっぱそうだろ?
まったく、船が直ったとこでどこに行くつもりなんだかなぁ……。
ここで手がかりを探すったって、そんなうまい具合に見つかるもんか」

リンクはそう言って、少しすねたような顔をして宙を蹴る。
そんな彼に、リュカはこう声を掛けた。

「まだ分からないよ。
ここに昔いた人達が、何かを残してくれてるかもしれない。ほら、あの時のロボット達みたいに」

返事は帰ってこない。
少し待って、リュカは呟くようにしてこう言った。

「でも……これで、サムスさんが迷ってた理由が分かったな……。
これっていう答えが見つかってないんだ」

その言葉に、メタナイトが頷いた。

「私達が取り得る選択肢は、いくらでも存在している。
しかし、いずれも一長一短……従って、何かを得るためには何かを捨てなくてはならない」

前を向いたまま、彼はこう続ける。

「壁を乗り越える方法は、いつも一つとは限らない。十や二十は当たり前で、奇策を入れればさらに可能性は広がる。
だが試行する回数や時間が限られているまさに今のような状況では、その全てを確かめることはできない。
物事を公平に、広く見る必要がある。自他の資源、持っている情報、勢力の差。
それらを判断基準に、考え得る全ての方法を天秤に掛けて少しでも最善の策を選び取るしかないのだ」

「最善の策……」

リンクは繰り返した。
そして、

「……おれには分かんねーよ」

そう、悔しそうに呟いた。

3人はしばらくそのまま、壁際に佇んでいた。
通信があれば船外からでも分かるようになっている。船の近辺の整備も昨日で終わっていた。
従って他にやることと言えば、外敵を警戒し船を守ること、それぐらいである。

しかし、辺りは依然としてしんと静まりかえったままだった。
凍り付いたように動かない太陽のまがい物と、大昔に栄えた金属の都市。
それらの鏡像を映し出す水面は、あるかないかの微風を受けてかすかに揺れるばかり。

昼にさしかかり、空では少しずつ天球の光量が増してきていた。
もう間もなく、昼食を取るため他の仲間も帰ってくるだろう。

不意に、リンクが口を開いた。

「今思い出したんだけどさ、
考えてみれば、おれもサムスと同じことを言ってたな」

「同じこと……?」

きょとんと目を瞬くリュカを見おろし、リンクはこう答える。

「仲間のことは後回しにして、エインシャントを見つけようってさ。
ほら、砂漠を抜けた先にあった街、あそこでカービィともめただろ?」

そう言ってから、リュカの頭越しにリンクは向こうの剣士に声を掛ける。

「メタナイト、あんたのことについてさ。
カービィはおれ達の話を聞いて、あんたのことを探そうとしてたんだ」

その言葉に、メタナイトは少し驚いたように振り返った。

「彼が……?
……そうか」

彼方を眺め、何事か考え込み始めた様子の彼をそのままにリンクは続ける。

「おれは、それを止めようとした。
その頃はなんで同じファイターが向かってくるのか分からなかったし、説得できるわけがないって思ってた。
だから、そんな叶いそうもないことをするより、おれ達と一緒にエインシャントを探そうって、そう言った。
でも、あいつは諦めなかったんだ」

空を見上げる。
あの時と同じ灰色の空が、そこに広がっていた。

「どっちが正しかったのかな。
それとも、どっちが正しいとも言えないのか……」

リンクはしばしの沈黙を挟んでから、言葉を継ぐ。

「結局その後、うまい具合にあんたが見つかったからそれっきりになったけどさ。
もしもう少し遅れてたら、おれ達はあそこで別れてたんだろうな。
二手に分かれて、ばらばらに……」

そこで言葉が途切れた。
リュカは、傍らのリンクを見上げる。

空の一点を凝視するリンク。
その瞳に、不意に光が灯った。

「それだ!」

叫んで、彼は身を翻すとぽんと床に飛び降りる。
呆気にとられる2人を残し、リンクはマザーシップの方へと駆け出した。

「ま……待ってよ、リンク!
いきなりどうしたのさ?」

突然の行動に戸惑いながらも、リュカは急いでその後を追う。
リンクは振り返り、こう答えた。

「最善の策、もっと良い方法さ! 見つけたんだ!」

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最終更新:2015-11-14

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