気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track29『Avance』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。

次第に勢力を強め、操られていたファイターを2人も取り返した彼らに、エインシャントは恐怖を抱いていた。
だが、彼らが自分たちの力だけでそれを成し遂げたとは思っておらず、この世界に閉じ込められているうちに潰してしまえば良いと結論付ける。
赤い十字の描かれた爆弾(亜空間爆弾)、影蟲……今まで明かさなかった手の内を晒してまで、彼はファイターを消そうとする。
がしかし、降りかかる困難はかえって彼らの結束を強めることとなるのだった。

水没した古代の研究都市。その中心部にそびえる砦のような建築物に新たな拠点を構えたファイター達。
取り返せる見込みのない仲間達の追跡を諦め、エインシャントの本拠地を探すことに専念するというサムスの言葉に衝撃を受けるリンク。
彼女の言うことは理に適っていたが、それでも仲間を見捨てることに迷いを持っていた彼。そんな時、ふと名案を思いつくのだった。


  Open Door! Track29 『Avance』


Tuning

共に、前へ

 白銀の通路。同規格のパネルが延々と続き、整然とリズムをもって繰り返され、壁と床を構成する。
 四隅には無骨なダクトが走り、白色の人工灯が天井と床に正確な間隔を置いて埋め込まれている。

 見慣れた船内の廊下。
 サムスはそこを、たった1人で歩いていた。

 しかし、彼女はこれが夢であることを自覚していた。
 ここにはあるべきものが欠けているのだ。
 自分が立てているはずの靴音、手すりに触れたという感覚、そして人の気配。

 船の中は夜霧に包まれたように静かで、どれほど耳を澄ませても物音ひとつ聞こえない。

――ここには誰もいない。私の他、誰も。

 そんな思考が、夢特有の確信を伴って彼女の頭に浮かぶ。

 誰もいない船。
 それは、数週間前までは当たり前のことだった。

 灰色の天地の間を、物陰に隠れ目を凝らして船を駆り、夜も昼も問わず飛び続けた日々。
 何があったのか。皆はどこに行ってしまったのか。
 それが分かったとき、すでに事態は取り返しがつかないほどに進展していた。

 しかし、彼女は絶望することを自分に許さなかった。

 敵施設に侵入し、相手に関する情報を集めては施設を破壊し、少しずつ敵の勢力を削ろうとした。
 少しでも目に止まった構造物があれば船を停め、ファイターの痕跡を見つけようとした。

――皆は。……皆は、どこに?

 問い続けても、モノクロームの世界は固く沈黙を守っていた。
 示されるのはいつも、仲間達の苦闘の痕。なぎ倒された木々、地面に突き刺さる矢、崩落した建造物。
 その地に跪き、無駄と知りつつ生体反応センサで仲間を捜す彼女の背を見つめるのは青白い天球だけだった。

 だが、彼女の苦労は思いがけない形で報われた。
 初めは2人、2人が5人を見つけ、そしてまた新たに2人。

 誰にも言わないが、彼女は分かっていた。
 こうして生存者がひとところに集まれたのは、彼女のためだけではない。
 彼ら一人一人の努力によるものだと。

 10人。数は少なくとも、かけがえのない仲間。

 しかし、その彼らの気配がどこにもないのだ。

 夢だと知りつつも、彼女は仲間の名を呼び歩き続ける。

 誰の返事もかえってこない。
 空気はどこまでも静寂に包まれ、灰色に沈んでいた。

――……何故だ。

 心の中で言い、もう一度名を呼ぼうとした時だった。

「どうした、サムス」

 声を掛ける者があった。
 低く、落ち着きのある壮年の声。

 彼女は奇妙な既視感を覚えつつ、振り返る。

 そこには、1人の男性が立っていた。

 白い軍服を着こなし、その上から金糸で装飾された紺色の外套を羽織ったその姿。
 浅黒い肌に、短く清潔になでつけられた黒い髪。軍帽の下から覗く、鋭くも暖かみをもった眼差し。

 かつて、年若くして銀河連邦軍に入隊したサムスの上司であり、
 そのときすでに肉親を亡くしていた彼女の親代わりでもあった男。

「……アダム」

 その名が、無意識に口をついて出た。

 彼は死んだはずだ。少なくとも、その身体は失われてしまったはずだ。
 頭のどこかで彼女の記憶はそう言っていた。

 しかし目の前に立つ男は幻覚や蜃気楼などではなく、たしかな実体をもってそこに立っていた。
 駆け寄ればその肩に触れることさえできそうだったが、彼女はそれをしなかった。
 そんなことをすれば彼の姿は一瞬で消えてしまうに違いない。彼女は確信に近い形でそれを知っていた。

 連邦軍司令官の軍服に身を包んだアダムは記憶に残る彼そのままの表情で微笑み、彼女の言葉を待っている。
 理性の半分はこれが彼女の記憶によって作られた幻であると告げ、もう半分はこれもある種の現実なのだと言っていた。
 そこで彼女はためらいながらも、思うままの言葉を口にする。

「探しているんだ。私の、仲間を。
 ここにいるはずだ。ついさっきまでそばにいたんだ。この船の中に。
 だが……それなのに、返事がない。姿さえも見えない」

 近くて、遠い。
 いるのに、いない。

 そんな言葉が、ふと心に浮かんで消える。

 その意味を探し、彼女は廊下の彼方にじっと目をやる。
 しかし、夢の中では思考は曖昧にぼやけ、辿ろうとしていた道はすぐに霧散してしまった。

 代わりに普段は理性に抑圧されていた言葉が心に浮かぶ。

「もう……失いたくはない」

 ぽつりと呟いた言葉は、しかし彼女の耳に重みを持って響いた。
 静寂な廊下。誰もいない空間に、淡くこだまする言葉。
 全てが終わってしまった後の荒野をさすらい、途方に暮れて灰色の空を見上げた日々が心に去来する。

 サムスはきっぱりと顔を上げ、問いかけた。

「……アダム。私はどうすれば良い?」

 助言を求めるなど、普段の彼女ならば考えもしないことだった。
 だが今、彼女は切実に誰かの言葉を欲していた。
 行き止まりに突き当たり、途方もなく高い壁を前にたった一人で立ち尽くして。

 その壁にはいくつもの傷跡が刻まれていた。
 すべて、彼女が壁を越えんとして幾度となく重ねてきた苦闘の痕。
 持てる全ての力を尽くし、思いつく限りのことは試した。それでも越えられなかったのだ。

 今目の前にいる人物は連邦軍の司令官。それも、自身の持つ知識と実力によってその地位を勝ち取った優秀な人物だ。
 彼ならば答えを知っているに違いない。この状況を突破する鍵を。
 たとえこれが幻だったとしても、自分の記憶が作る鏡像だったとしても。彼女は問わずにはいられなかったのだ。

「サムス」

 彼女の目をまっすぐに見つめ、アダムはゆっくりとこう言った。

「君はもう、分かっているはずだ」

 静かに、威厳をもって輝く瞳。

 サムスが急いで彼の言葉の意図を探ろうとしている先で、不意にアダムの姿がゆらいだ。
 彼はこちらを向いたままゆっくりと遠ざかろうとしていた。

 いつの間にか、彼の立つ彼方の廊下が光に包まれている。
 朝の光を思わせるその輝きの中に吸い込まれるようにして、彼の輪郭が、次第に周りの白銀に溶けていく。

「待ってくれ、アダム!」

 はっとしてサムスは呼んだ。
 遠ざかる影に手を伸ばして。

 辛うじて人のシルエットだと分かるまでにぼやけてしまった影は、首をわずかに傾げてこう言った。
 その声は、まだ鮮明に彼女の耳に届いた。

「単一性と多様性。
 困難に際して、より柔軟で、生き残る確率が高い戦略はどちらか?」

 試すように。そして、見守るように。

「それは……」

 言いよどんだ向こうで彼が立ち止まり、ふと笑う気配があった。

「分かったな? レディー」

 その姿はもはや白銀の向こうに溶け込んでいたが、彼がどんな表情で笑っているか、はっきりと見えるようだった。

「リーダーを、譲る……?」

朝食の後、1人だけ残るように言われたマリオ。
彼は居残りを命じられた時よりもさらに目を丸くして、サムスの言葉を繰り返した。

円卓を挟んで反対側に座るサムスはひとつ頷き、そしてこう続ける。

「やはり、皆をまとめる役目は君にこそふさわしい。
私が今まで暫定的なリーダーを務めていたのは成り行き上のことであって、皆の合意ではない。
不満を持つ向きもあるだろう」

「うーん、俺はそうは思わないけどなぁ……」

そう言って眉をしかめ、腕を組むマリオ。

「だって、俺を助けてくれた時も作戦を立ててたのは君だろう?
ルイージから聞いたぞ。デュオンが人形の大軍を連れてやって来た時、諦めずに戦うことを決めたのは君だ。
そしてみんなそれに賛成して、ついて行くと言った。よほど信頼されてなきゃ、普通はそんなことできない。
それに、この間の離ればなれになった時もそうだ。君の正確で冷静な判断があってこそ、俺達はまたこうして集まることができたんだ」

そう熱意を込めて説得するマリオだったが、サムスの表情は変わらなかった。
静かに首を横に振り、彼女はこう言った。

「私には、人の上に立ち集団を率いて何かを成し遂げた経験がない。
バウンティハンターは本来一匹狼だ。自分1人の判断で動き、自分の身一つでその責任を負う。
およそリーダーに向いている人材とは言えない。
ここまで来ることができたのが不思議なくらいだ。現に、今まで何度も衝突があったのだから」

それは謙遜だと言おうとして、マリオはその言葉を飲み込んだ。
柔らかい間接照明に満ちたミーティングルームの中、正面に座る彼女の目に沈む暗い影を、疲労の澱を見つけたのだ。

そうだ。サムスが他人に頼み事をするなんて、余程追い詰められなければそんなことはしない。
いつも全てを1人で解決しようとして、誰にも言わずため込んでしまう。
借りを作ったり情けを掛けられるのを良しとせず、外見そとみだけは何ともない振りをして、がむしゃらに突き進もうとするのだ。

それが限界に来ようとしている。
しかし、マリオは素直には引き受けられなかった。彼女とはまた別の理由があったのだ。
黙りこくったままの彼を見て、サムスは言った。

「……気にしているんだな?」

彼女は、それを見通していた。
つい先日まで、マリオはエインシャントに操られていた。
今までの仲間の苦境を知らず、しかも自分の意志ではないにせよ弟と姫に拳を振り上げた。
そんな彼に、皆はついてくるだろうか?

図星であったが、マリオはあえて本心をかくし決まり悪そうに手を振った。

「いやぁ、俺にだって向いてないさ。
そりゃ『スマブラ』ではみんなの代表みたいにして見られてるけどさ、それだってマスターが勝手に決めたようなもんだ。
それに、向こうじゃこういう状況になったことはない。俺にだって、上手くやれる自信はないよ」

しかし、彼女は引き下がらなかった。
まっすぐに円卓の向こうからマリオの目を見つめ、こう言った。

「それでも構わない。君はすでに皆から信頼されている。
決を採れば全員が君を推薦するはずだ」

それは事実だった。
様々な個性をもった生存者達。ほんの数日前に加わったばかりのマリオは、もう彼らの中に溶け込んでいた。
どんな人にも分け隔てなく接する態度、相手に肯定的な気持ちを抱かせる気さくな雰囲気。
それは一昼夜の努力で身につくものではない。彼の生まれもった天性なのだ。

向けられる真剣な眼差しに、マリオはついに折れる。

「……分かった。考えておくよ」

水没都市を拠点としてから、3日目。
この日リュカはカービィと共に、サムスの先導で探索をしていた。
2日目の探索では時間が足りずそれ以上進めなかった下層のフロア、その奥へと進む。

壁一面がガラス張りで見晴らしの良かった上層階とは打って変わって、今のフロアは薄暗く狭い。
フロア中に大小の部屋がぎっしりと詰め込まれ、それを縫うようにして細い廊下が続いているのだ。
昔は天井の照明がついていて明るさを補っていたのだろうけれど、そのスイッチは見つからず、また見つかったとしてもそれが点く望みは薄かった。

ともあれ、ここまで降りてきたことでようやく過去に起きた異変の名残を見つけることができた。
それは、外に面する壁に空いた、人の背丈を優に超える巨大な穴。
今サムスはそのそばにかがみ込み、その縁を調べていた。

「痕跡からすると、何かに貫かれたようだ」

平行に刻まれた痕を辿る指が、そのまま宙に走った。
指された先には、また同様の穴。廊下を突き抜けて建物内の部屋の壁にまで穴が開いていたのだ。
カービィがそこをのぞき込むと、室内を通過した何かが机やら機械やらを壊し、反対側の壁を突き抜けた様子が薄闇の中に見えた。

「しかし、金属ではないな。いくら風化しているとはいえ、衝撃で壊れた破片くらいは溝に残っていても良いはずだ。
だが……ここには一粒の微粒子も残されていない」

そう言うサムスのバイザーは、四角と円で構成された複雑な表示をきらめかせていた。
おそらく彼女のスーツに搭載されたモジュールで、壁の断面を調べているのだろう。

「金属じゃないとしたら……他にこの壁を壊せるものって、あるんですか?」

不思議に思って、リュカは尋ねた。

「そうだな……カーボンだとしても粒子は残る。
ここまで鋭い痕を残すほどの硬度をもち、かつその残留物がきれいに消えてしまうほど脆いものとなると」

そこまで言って、サムスは首を振った。
彼女にも見当がつかなかったのだ。

「ともかく、これが建物の破壊を意図して行われたことは確かだ。
おそらくはエインシャントの仕業だろう」

「ここのひとたちがやってたことで、なにか気に入らないことがあったんだね」

そう言ったのはカービィである。
彼は背伸びをして内壁の大穴をのぞき込み、その向こうの部屋の様子を見ていた。

室内に残されているのは、研究都市の名の通り様々な機械。
何かを組み上げかけたまま動かなくなった工作器具、腕だけがたくさんついた機械、大小様々な試作品を収めた棚。
壁一面を埋め尽くしている箱状の物体も、よく見るとモニタとボタンを備え付けた巨大な機械だった。

機械の置かれていない側には、小さなモニタが1つずつ備え付けられた机が整列していた。
おそらくここにいた人々がかつて、そこに座って仕事をしていたのだろう。

それを見つけ、サムスは室内に踏みいる。
運が良ければデータベースにアクセスして何かしらの手がかりが得られるかもしれない。

「2人とも、そこで待っているんだ」

そう言って暗がりの中に入っていったサムス。
カービィはその後を追いかけようとしたが、リュカに止められた。

「だめだよ、邪魔になっちゃうから」

確かに、室内は危険だった。
床には破壊された窓や薬品瓶のガラスが散乱し、ひっくり返った機械が暗闇の中に見え隠れしている。
またそれほど部屋は広くなく、3人で手分けして探すほどの規模でもなかった。

アームキャノンを構え、薄闇の室内を用心深く歩く橙色の鎧。
リュカとカービィは廊下で彼女の帰りを待ち、壁に背を預けて立っていた。

「ねぇリュカ、けんきゅうって何?」

カービィがふと問いかけてきた。

「研究? うーん、何て言うのかな……」

首をかしげ、リュカは考え込む。
言葉の意味は何となく理解しているものの、
彼の暮らしていた村はとても質素で、科学技術とはあまり縁のない生活を送っていたのだ。少なくとも、数年前までは。
そして言葉を探しながら、彼はこう答える。

「分からないことを分かるようにする、新しいものを見つけたり作ったりする。そういうことだと思うよ」

「じゃあ"はつめい"といっしょだね! ここにいたひとたちは、みんな"はつめいか"だったんだ」

何に感心したのか、「すごいなぁ」と言いつつカービィは建物の中をぐるりと見渡した。

そんな彼が先ほど言っていたことを思い出し、リュカはあることに気がついた。
ここにいた人たちは何か重要なものを研究していた。
それがエインシャントを怒らせたのだとしたら、研究されていたのはもしかするとエインシャントを倒す方法なのではないだろうか。
直接的にせよ、間接的にせよ、エインシャントの軍勢に打撃を与える方法。

そこまで考えて、不意に思考が止まった。
何かが聞こえてきたのだ。

「どうしたの?」

きょとんと目を瞬いているカービィ。
彼に聞こえなかったとすると、これは誰かの"心"なのだろうか。
カービィにそれを説明しかけて、リュカは彼方を振り向く。
また聞こえてきた。あの向こうから。

彼が向いているのは、建物の奥。砦の中心部。
その暗がりをじっと見つめ、リュカは不思議そうに呟いた。

「……誰か、呼んでる?」

わずかな可能性に賭けたが、やはり端末はどれも死んだように沈黙していた。
電源はとっくの昔に落ちていて、空っぽになったバッテリーを再チャージするには気の遠くなるような時間が掛かりそうだった。
そもそも復旧したところで、長らくメンテナンスを受けずに放っておかれたネットワークにデータが保たれているかどうかも怪しい。

壊れた機械が乱雑に転がり、積み上がっている室内を見わたす。
結局このフロアも、探索の成績はマザーシップの補修に充てられる金属素材だけになりそうだ。

ため息をつき、腰を上げたところでサムスは自分の名前が呼ばれていることに気がつく。

「はやく来て! リュカが何かきこえるって!」

壁の向こうで、カービィがそう言ってぴょんぴょん跳ねていた。
サムスは大股に機械の群れをまたぎ越し、廊下に出る。

「どこからだ?」

尋ねた彼女の手を引き、カービィは廊下を走り出す。
近くの角を左に曲がり、フロアの奥へ。
そこにリュカは立っていた。

薄暗い廊下の壁に手をつき遠くを眺めたまま、じっと立ち尽くしている。

足音に振り返った彼は、少し残念そうな顔をして首を横に振った。

「聞こえなくなりました。でも、この建物の中なのは間違いないです」

「誰かの思念が届いたんだな?」

確認するサムスに、リュカは頷いた。

「はい。なんだか誰かを待っているような……何かを待っているような、そんな気持ちが聞こえたんです」

それを聞いたカービィは目を丸くする。

「ここ、まだだれかいるの?」

いるとすれば自分たちのような生き残りか、紛れ込んだ人形兵か、それとも。
3人は入り組んだ廊下の奥、見通せない暗闇の向こうを見つめ、それぞれの予想を静かにふくらませていた。

もう一方の探索班はサムス達とは反対の方向、つまり上層階に向けて進んでいた。

先頭を行くのはピット。その後ろにメタナイトが続き、しんがりに通信機を持ったマリオとピーチがいる。
フォックスの姿がないのは、3日目にしてようやく工作機械が無線通信機を完成させたからであった。
お手製の無骨な無線は一旦役目を終え、2日連続で探索班のリーダーを務めたフォックスも今日は待機する側に回ってマザーシップに残っている。

上層階はかなり開放的な作りになっていた。
外に面した壁は一面がガラス張りになっており、2、3フロア分吹き抜けになった幅の広い廊下が外周をぐるりと巡っている。
そこより奥には木製の手すりが備え付けられた階層が広がっており、パーティションで区切られた個室が顔を覗かせていた。

ここでも、何者かが建物を攻撃した痕跡が割られた窓と床一面に散らばったガラスの破片として残っていたが、
廊下の広さもあって、建物の内部、個人用のオフィスらしき小部屋が密集している側は無傷であった。

このフロアを利用していたのはある程度の職能や階級を持った人々だったのだろうか。
幅の広い廊下には、ときおり質素で抽象的なデザインの彫刻が置かれてあった。
観葉植物の植えられた鉢もあったが、それらは長らく放っておかれたためにどれもすっかり立ち枯れてしまっていた。
だがそれでも、無いよりはましだった。エインシャントの建てた殺風景な工場や、森のまがい物に囲まれるよりはずっと心が落ち着く。

前を行く2人は、探索班に与えられた仕事を熱心にこなしていた。
オフィスルームに繋がる扉を片っ端から調べ、開くようであれば中に入って机や棚を調べ、隅々まで目を通していく。
マリオ達を少し置いていき気味にしているが、それは深刻な顔をして何か話し合っているらしい彼らに遠慮したからでもあった。

どの部屋にも背の高い棚があり、だいたいは本で埋められていた。
時間が限られている中、ピットとメタナイトは2人で手分けして本に目を通していた。
と言っても、異国の文字で書かれた文章が読めるわけではなく、辛うじて図から内容を推察する程度ではあったが。

2人は行き当たりばったりにぶ厚い本を手に取り、ぱらぱらとめくっていく。
蟻の行列のように黒く連なる、小さな文字。それがページいっぱいを埋め尽くす様子が、めくるたびに目の前に現れては過ぎ去っていく。
その目が痛くなるような時間の合間に、ときおり思い出したように絵が顔を出す。
それにしても、直線と曲線で描かれた単純だがよく分からない図から、どうやら機械の断面図らしいと見て取れる絵まで様々だった。

現在の自分たちに役立ちそうな情報を、苦労しつつも図と文字の洪水から見つけ出そうとしていたピットだったが
細かすぎる文字にじきに目が疲れてしまい、手にした本を棚に戻して眉間の辺りをもんだ。
窓から離れているためオフィスルームは薄暗く、本を読むには不向きだった。

今度からは明るい廊下に持ち出して読もうかと考えつつ次の本を品定めしていたピットは、ふと隣に目を向ける。
傍らで本棚の下段を受け持っているメタナイトは、最初のうちと全く変わらない速さでページをめくり、次の本へと移っていた。
その速さにある種の自信を見て取ったピットは、邪魔になるかと思いつつも遠慮がちにこう声を掛けた。

「あの……もしかして、読めるんですか?」

相手はピットにちらと視線をやり、「いいや」と答えてまた本へと戻る。
手袋をした手で器用にページを送りつつ、こう続けた。

「文章は理解できないが、しかし図からおおよそ内容は把握できる。
機械工学や理論物理……この部屋に置かれているのは、そのあたりの参考書だろう」

「"参考書"……?」

疑問符を浮かべて繰り返したピットに、メタナイトは相変わらず本に顔を向けたまま頷く。

「技術者が何かを作る際に、あるいは研究者が計画を立てる際に参考とする文献だ」

そこで彼は本を閉じ、ピットに向き直る。

「ところで、すまないが上の段を見てくれないか?
バインダーに綴じられた資料……こういった、製本された形でないものがあれば取ってほしいのだが」

ピットは天井近くまで連なる本の背を眺めた。
だがそこに並ぶのはどれも、これまで見てきた本と同じ体裁のものばかりであった。

「見あたらないですね……。
僕らの役に立つとすれば、こういった本よりもその、"バインダー"に綴じられたものの方が良いんですか?」

「この世界に私の常識が通用するのなら、おそらく。
ここで実際に行われていた研究なり計画なりが載っているとすれば、それはまだ製本された形にはなっていないはずだ。
書き写した紙に穴を開けて綴じるなり、何かしらの記憶媒体に保存するなりされているだろう」

この研究都市にあるものは、今までのところそれほどファイター達の常識とは違っていない。
本は本として適当な大きさの紙に適度な文字を並べて綴じた姿をしているし、
どのフロアも、どの部屋のたたずまいも見ただけで何となく用途が分かるような雰囲気を持っていた。

ピットは彼なりに相手の言葉を了解し、頷く。

「つまり、ここにある"参考書"を持ち帰ってもあまり意味がない、ということですね。
書かれているのは機械の技術とかそういった基礎的なことでしょうし、
僕らの参考になるような、ここにいた人たちにとっての最近の情報……たとえばエインシャントの侵略に関わる情報は載っていない可能性が高い、と」

「その通りだ」

そう言ってから、少し間を開けてメタナイトはこう続けた。

「……しかし、個人的にはこれらの文献を持ち帰りたいところだな。
ポップスターはこういう類の技術書に乏しい。こんな事態でもなければ解読を試みたいところだが……」

彼は本棚に向き直り、整然と並んだ背表紙を見上げていた。
その言葉に、ピットは目を瞬く。

「メタナイトさんって、故郷で何をされてるんですか?」

「何を?
……そうだな。強いて言えば、剣の修行だ」

返ってきたのは至極真面目な答えだったが、ピットにとってはかえってこの剣士の不可解さを増す結果となってしまった。

続ける言葉を見失い、ピットは何とはなしに今まで調べていなかった方角、デスクへと目をやる。
と、彼の目に鮮やかな色が飛び込んできた。

黄色くて薄っぺらい、正方形の板。
埃を被り灰色に染められたデスクの上に、それは忘れ去られたようにぽつんと置かれていた。
デスクに歩み寄り、彼はその小さな板を手に取る。

大きさは手のひらほど。
両面とも中央には丸い金属板がはめこまれている。
またその上には細長い覗き窓のようなものが一つ開いていて、中に黒い円盤状の薄板が収まっているのが分かった。

軽く薄っぺらい板。何の変哲もなく、用途も分からなかったが、何かが心に引っかかる。

ひっくり返したり透かしたりしたあげく、諦めて彼はその収得物をメタナイトに見せた。

「これ、何でしょうか?」

手渡された黄色い板を、彼はしばらく黙って調べていたが、やがてはっと目を見開きこう呟いた。

「これは……」

そして、ピットに改まった様子で板を返し、続ける。

「君が見つけたのはおそらく、この世界の記憶媒体だ。
何か有用な情報が入っているかもしれない。これは、持ち帰って解析する価値がある」

「えっ……こ、これが、ですか?」

ピットもすっかり畏まってしまって、おもちゃじみた小さな板を両手で慎重に受け取る。
偶然当たりを引き当ててしまったことが信じられず、彼は目を丸くしていた。

その頃、マリオとピーチは廊下のベンチに腰掛けていた。
と言っても訳もなく怠けているのではなく、彼らは彼らで重要な話をしていたのだ。

「そう、彼女があなたにリーダーを任せたいって言ったのね?」

朝のいきさつを聞いたピーチは、そう言って隣に座るマリオの顔を覗き込んだ。
頬杖をつき、少し憂鬱そうな返事を返した彼を、彼女はあえて明るい声で励ました。

「良いじゃないの! あなたには合っていると思うわ」

しかし、マリオの顔は晴れなかった。
青い瞳を窓の外へ、深い水に沈む静かな街並みを眺め、そしてこう言う。

「なんだかさぁ、違う気がするんだ」

ピーチは言葉で問うかわりに、小首を傾げて彼の言葉の続きを待った。
マリオは頬杖をやめて背筋を伸ばし、腕を組む。
考え、言葉を選びながらゆっくりと彼は言った。

「確かに、俺達は一つにまとまらなきゃならない。
でも、その方法はリーダーを変えることとは違うんじゃないかって。
そうじゃない、足りないのはそれじゃない。……なんだか上手く言えないけれど、そんな気がしてるんだ。
きっと、たぶん」

目をつぶり、真剣な表情で考え込むマリオ。
そして、彼はこう続けた。

「そうだ、いつもの感じじゃないんだ。『スマブラ』にいたときと、みんなの様子が違う」

きっぱりと、前を見つめて。
ピーチは、彼の心の内を正確に読み取っていた。

「場所や状況が違うから。あなたがそう感じる理由は、きっとそれだけじゃないのね」

彼女の合いの手に、マリオは頷く。

「そうさ。まだ何か足りないんだ。欠けてるんだよ、今の俺達には何かが」

その言葉は、がらんとして広い吹き抜けの廊下に遠くこだました。
2人の声がささやきのようになって天井の辺りを漂う中、マリオはこう言った。

「たぶん、今のままじゃ誰がリーダーをやっても変わらない。
俺の心はそう言ってるんだけど、その理由が分からないんだ。
何かが欠けている。でも、その"何か"って何なのか。それが分からなくちゃ埋めようもないんだよな……」

ピーチも、マリオと同じ方向へと顔を向ける。
白い空をまっすぐに、思慮深い瞳で見つめて、やがてこう口を開いた。

「そうね……きっと、それは"信頼"じゃないかしら?」

「信頼?」

目を瞬き、こちらを見上げたマリオに、ピーチは自信を持って頷きかけた。

「えぇ。今の私達は、何となくどことなく余所余所しいのよ。
あなたが、みんなの様子が違うと思う理由はきっとそれだわ。
何かを隠したり、何かを言えなかったり。
同じ場所にいて同じ方向を向いているのに、互いに心を開けていない。まだ信じ合えてない部分があるのよ」

彼女の言葉に、ぽかんと口を開けて聞き入っていたマリオは、ぽんと一つ膝を打った。

「なるほどなぁ……!
それだ。それだよ、足りなかったのは!」

マリオの手放しの賞賛に、素直に嬉しそうな微笑みを返してからピーチはこう尋ねた。

「今までも何となく感じてたのよ。ただ、どうすれば良いのか分からなくって。
きっとあなたなら、なにか良い方法を思いついたんじゃないかしら?」

「ああ。今のを聞いて閃いたさ、とびっきりのがな!」

自信たっぷりに返したマリオ。彼の頭には、昨日の夜更けの出来事がよみがえっていた。

――
―――

マザーシップ船内。
廊下を歩き、こぢんまりとした寝室兼居住室に戻ろうとしていたマリオは、ふと足を止める。
格納庫に繋がる扉が開いていることに気がついたのだ。
視界に入ったのは、格納庫のキャットウォークへと繋がる玄関口。その手すりに腕を預け、こちらに背を向けている戦闘服姿が見えた。

「よう、どうしたんだ? そんなとこにいて」

声を掛けると、彼――フォックスは少し驚いたような顔をして振り向いた。
今まで何事か考え事をしていたらしい。その予想に違わず、彼はこう答えた。

「ああ。偵察船を見ていたら思い出してしまってさ……砂漠に置いてきたアーウィンのことを」

「アーウィン……? あぁ、君がいつも乗ってるあの飛行機だな」

そう言いながら隣に並んで、同じように手すりに腕を組んで乗せるマリオ。
まだ気分は晴れていなかったはずなのに、フォックスは思わず笑ってしまった。

「飛行機というとまぁ外れちゃいないが、あれは戦闘機だ」

彼の住む"故郷"は、様々な動物の顔をした人々が広く宇宙に暮らし、宇宙船で行き来する世界。
その文化に合わせ、マスターハンドは招待の扉をワープゲートに似せて宇宙空間に架ける。

フォックスはいつものように、開け放たれたその扉をアーウィンに乗ってくぐった。
しかし運悪く、彼はエインシャントの世界に引き込まれるくじを引いてしまった。
何とか捕まることだけは免れたものの、不時着した際にアーウィンは半壊し、ドックも母船もない今は砂漠に置き去りにするしかなかったのだ。

「エインシャントの企みを止めて、俺達がここから出られるようになったら。
その時までには、あれを回収しておきたいんだ。
だが、今はそんなことを言えるような状況じゃないな……」

いつも生真面目な表情を崩さないフォックスが、その時だけは落ち込んだ様子を見せていた。
マリオにも、彼の気持ちは分かっていた。

野ざらしのまま砂漠に置いてきた機体。
仕事道具であり、宇宙を駆ける上で彼の足ともなる、長年使い込んだ愛機だ。気がかりでないはずがない。
しかしまだマザーシップは飛べる状況になく、修理が終わったとしても今の状況で砂漠に立ち寄っている暇はないだろう。

現状に、自分のわがままを通せるような余裕は無い。
フォックス自身もまた"スターフォックス"というチームを率いるリーダーだから、それは十分分かっているのだ。

マリオは組んだ腕に顎を乗せてしばらく考え込み、そしてこう言った。

「なーに、全部終わった後でも良いじゃないか。
エインシャントの悪だくみをくじいて、捕まってるみんなを取り戻して。それからなら時間もたっぷりあるさ」

それが完全な保証では無いことを、2人とも分かっていた。
それでもフォックスは、彼の気遣いに感謝して笑みを作り、頷こうとした。

その時。

「いいや、取りに行くなら今しかない!」

2人の背中に、声が掛けられた。

マリオとフォックスが揃って目を丸くして振り向くと、そこにはリンクが立っていた。
腕を組み、自信たっぷりの笑顔で。

「もう10時になるぞ。まだ寝てなかったのか?」

ようやくそう言ったフォックスに、リンクはちょっと口をとがらせてこう返した。

「寝られるわけないだろ? だって、ずっとあんたを探してたんだからさ」

「そうだったのか……それは悪かったな」

この廊下を通らなければ、まさか彼が格納庫でこうしてたそがれていたとは思うまい。
苦笑してから、フォックスは尋ねる。

「それで、俺を探してたってことは何か聞きたいことがあるんだな?
あるいは、俺に聞かせたいことが」

「その両方さ!」

にっと笑って、リンクはこう続けた。

「今このでっかいフネを直してるのは、あのひとりでに動くキカイだ。だろ?」

彼の指差す先、眼下の格納庫に2人とも目をやる。
そこには、今しがた鋼材を持って横切っていく修理ロボットの姿があった。

「そこで、だ。
フォックス、あのキカイはもしかしてあんたのフネも直せるんじゃないのか?」

その言葉に、フォックスは真剣な顔をして考え込んだ。
顎に手をあてがい、しばらく黙って修理ロボットを見つめ、そしてこう言う。

「試してみる価値はあるな……。
不時着で壊れたのは翼くらいだ。アーウィンのデータベースに保存されている設計図には、まだアクセスできるはず。
それをあのロボットに読み込ませれば、もしかすると」

そこまで言って、彼はこう尋ねた。

「しかし、鋼材はあるのか?
宇宙空間まで出て行く用が無いとしても、ある程度の強度を持ったものが必要なんだ」

リンクは大きく頷いた。

「金属なら十分ある。ほら、今キカイが持ってった黒い金属があるだろ?
あれは、おれ達の仲間を載せて今も逃げてる黒い鳥、あいつと同じ材料なんだ。
"鳥"が飛べるなら、きっとあんたのフネも飛べるようになるはずさ。
あれで足りなくても、このキョテンには金属が山ほどある。それを持ってくれば良い。
で、最後にもう一つ聞くけど……」

そこで一呼吸置き、少年はフォックスにじっと目を合わせて聞いた。

「あんたのフネ、直ったとしたらどのくらいの速さで飛べる?
あの小さなフネよりも、いや、このでっかいフネよりも速いのか?」

フォックスの返事は早かった。

「ああ。マザーシップと違ってアーウィンは空中戦に特化している。
小回りもきくし、大気圏内でのスピードも段違いだ」

それを聞いて、リンクはにっと笑う。

「よし! それなら文句はないな」

ここまでの2人の会話を黙って聞いていたマリオは、ついに待ちきれなくなってこう言った。

「なぁ、何か良い案があるんだな?
ここまで聞いておいて、それを言わないってわけもないだろう。
リンク、俺にも聞かせてくれないか?」

「ああ、もちろんさ!」

屈託のない笑顔を返し、そしてリンクは大人達に自分の考えた妙案を説明していく。

それは大胆なようでいて、実は一番確実な作戦。
最初は半ばあっけにとられて聞いていたマリオ達だったが、次第に真剣に、彼の言葉に耳を傾け始めたのだった。

―――
――

その記憶を思い返しながら、マリオはミーティングルームの椅子に座っていた。

時刻は変わって、深夜。
2つの探索班がそれぞれ新たな情報を得たこともあり、その発表に押されて"本会議"の開始はいつもより遅くなっていた。
しかし、相変わらずその場に子供達の姿はない。

「それでは、会議を始める」

全員が席についたのを確認し、サムスが開会を宣言した。

マリオはこっそりと、向こうに座っているフォックスに目で問いかける。
彼は何も言わず、頷きを返した。
今日彼は、待機中から夕食後にかけてリンクと計画を練っていたのだ。顔を見る限り、首尾良く完成まで至ったらしい。

「まず第一の議題として、長らく決まっていなかったリーダー、これを決定しようと思う」

その言葉に、マリオとピーチ以外のファイターはそれぞれに驚きの表情をうかべ、改めてサムスの顔を見つめた。
彼らの視線を受け止めて、サムスは冷静にこう続けた。

「我々には、より求心力のあるリーダーが必要だ。来たる決戦の日に備え、心を一つにしなくてはならない。
拠点が定まり、間もなくマザーシップも修理が終わろうとしている。正式なリーダーを定めるならば、今が相応しいだろう」

そこで一旦間をおき、彼女は室内をゆっくりと見渡す。

「私は、マリオを推薦しようと思う。他に何か、意見のあるものは?」

手が挙がった。白い手袋をはめた手。
リーダーに推薦されたマリオ、彼本人だった。

訝しげな顔をしつつ、サムスは発言を許可する。
"やっぱり俺にはできない"。そう言うのだろうかと思っていた彼女の予想を、しかし彼は鮮やかに裏切った。

立ち上がり、円卓にわずかに身を乗り出して。
しんと静まりかえった室内をゆっくりと見渡してから、彼はこう言った。

「ちょっとその前に、言いたいことがあるんだ。
今後の方針ってやつに意見があってさ。
と言っても、意見があるのは俺じゃなくって――」

そこで、マリオは何気ない仕草でミーティングルームの扉を手で示す。
閉ざされた扉。それが、音もなく開いた。

戸口に立っていたのは眠っていたはずの子供達。
リンクを先頭に、リュカ、カービィ、そしてピットまで。4人全員が、そこにいた。

「…………」

驚きのあまり、立ち上がりかけた格好のままサムスはしばらく何も言うことができなかった。

だがその一方で、他のファイター達にはあまり驚いたような様子はなかった。
どころかサムスと子供達を見比べ、静かに次の出方を待っているのだ。

それを見て取り、サムスには全てが分かった。
ため息をついて首を横に振り、やがて彼女はバイザーの陰から少し咎めるような顔をしてこう言った。

「……まったく。計画済みだった、というわけだな。
それで、君達はどこまで知っているんだ?」

得意げに笑うだけで何も言わない子供達に代わって答えたのは、ルイージだった。

「教えはじめたのは船が落ち着いてここ数日だったんだけど、だいたいのことは伝えたよ。
エインシャントの輸送船を見失っちゃったことや、相手の拠点がどこにあるかもまだ分かってないこと。
それに、彼がどうやってファイターを操っているのか。今すぐには取り戻せない理由も含めてしっかりと説明したんだ」

そのあとに続けて、ピーチがこう言う。

「表だってあの子たちに伝えているよりも、私達の現状が良くないことも教えたわ。
私達で覚えているところを補って、分かっていることを正確にね」

メタナイトもマントに半身を包み、瞑目したまま言った。

「議長には悪いが、ずっと不思議に思っていたのでな。
あの時助けられた5人のうち、なぜ私だけがこの場に呼ばれているのか。
……彼らにも、知る権利がある」

フォックスは、サムスをまっすぐに見てこう言った。

「君の言ったとおり、一致団結するなら今がふさわしい。
同じ場に立って戦うんだから、今さら大人も子供もないだろう?
これからは、情報も意見も共有しなければならない。俺達、全員で」

そして最後に、ようやくリンクが初めて口を開いた。

「そういうわけ!
だから、おれ達にも発言させてくれないかな?」

返事は待つまでもなく、分かっていた。

ミーティングルームは新たに4人のファイターを受け入れ、時刻に見合わない熱気に包まれていた。
身長のある者は椅子を立って背丈の低い者に椅子を譲り、生き残りの10人全員が円卓を囲んで額をつき合わせている。

「まず、おれ達の仲間を捕まえてる"鳥"。
これはきっとまだ、エインシャントのところに届いてない。追いかければ捕まえられるはずだ」

確信を持って言うリンク。すぐにリュカがその後に続けて、根拠を説明しに入る。

「エインシャントは、今までに見せたことのない方法を使ってまで僕らを捕まえようとしています。
僕らが隠れていた山を跡形もなく消してしまったり、倒しても倒してもよみがえる"影蟲"を差し向けたり。
デュオンがあの時引き連れていた人形の大軍にしてもそうです」

夜も更けたが、彼の目には眠気など欠片もない。
自分たちの考えを伝えるために、一生懸命頭を働かせて言葉を探し、組み立てていた。

「最初からそうしていれば、エインシャントは簡単に僕らを捕まえられていたはず。
それを今になってするということはつまり……エインシャントは今、全力以上の力を出しているということ。
無理をしているんです。僕らに危険を感じて、焦っているんです」

一つ自信をこめて頷き、リンクが引き継ぐ。

「今のところ分かってるあいつの目的は、ファイターを捕まえること。
あいつが焦っているのは、せっかく手に入れたファイターをおれ達が取り返そうとしているからだ。
現におれ達は、2人も取り戻してる。そしてきっと、あいつはおれ達がなぜ取り返せたのか全く分かってない。
そこで可能性は二つだ」

二本の指を立てて見せ、彼はさらに続けた。

「一つは、もうあいつの元にファイターは届いたけど、どうやって操りの糸を強くするかが思いついていない。
このままおれ達があいつの所に来ても、取り返されるのが恐くてもう駒として使えないから焦ってるって可能性。
もう一つは、まだ届いてもいないって可能性だ。おれはこっちなんじゃないかって踏んでる」

その言葉を待っていたかのように、フォックスが戦闘服のポケットから小さなノートを取り出した。
パイロットのだいたいが暇つぶしや孤独を紛らわせるために持ち歩く、航中日記だ。
それを仲間達に見せ、彼はこう言った。

「あの爆弾工場で救助を待っていたとき、俺はずっと日記をつけていた。
日にちが間違っていなければ今から5日ほど前に、あの付近に何かが墜落する音を聞いている」

紙面に書かれた文字はあまりきれいとは言えなかったが、書いた本人にはきちんと読めるらしい。
ページをめくり、当該する場所を探し当てた彼はそれを読み上げた。

「『不時着から、おそらく12日が経った。
朝方、鋭い擦過音で目を覚ました。それは工場の上を通り砂漠の方角へ、次第に大きくなりながら通過し、
そして間もなく激しい衝突音があたりに響いた。それほど遠くなかったにも関わらず、人形達の巡回に変化はなかった』
……あの時は、味方の船でも撃墜されたのかと思って気が気じゃなかったな」

そう言ったフォックスに、マリオが確認のために問いかけた。

「間違いはないんだな? 聞いた音が、"何かが墜落した音"だっていうのは」

フォックスはきっぱりと頷いた。

「ああ。間違えようもない。
今までに何度かこの耳で聞いているからな。……まぁ、そう何度も聞きたい音じゃないが。
とにかく、あの日墜ちた船はかなりの大きさだ。
中型から大型船艦のクラスに入る、つまりその"鳥"という輸送船の大きさに近いだろう」

その言葉に、ファイター達は色めき立った。

この世界において今までに目にした空を飛ぶものといえば、他にはあのフライングプレートくらいしかない。
それにしても、大きさは偵察船より一回り大きいくらいだ。
墜ちたとすれば、あの"鳥"以外には考えにくい。

ざわめきの中から、メタナイトが冷静な声で発言した。

「しかし、墜落から5日が経っている。
エインシャントがそれに気づかないはずはない。すでに何らかの回収手段を講じているはずだ」

リンクは腕を組み、頷いた。

「そうなんだよな……。
きっと、人形兵や何かがもう墜落したフネからみんなを運び出したんだとは思う。
でも、やっぱりフネで運ぶよりは足は遅くなるよな? 何しろ20人くらいはいるんだから。
だから、今なら追いかければ間に合うんじゃないか。おれはそう考えてるんだ」

「でも、何に乗って追いかけるの?
いつも移動に使っているあの小さな船はそれほど速くないわ。他に何か方法があるのかしら?」

そう尋ねたのはピーチである。

「ああ。もちろん!
そこで登場するのが、フォックスのこのフネなんだよな」

リンクの指が円卓中央に浮かぶ立体地図を指さすと、他のファイター達の視線も一斉にそちらを向いた。
示されたのは、爆弾工場付近に広がる砂漠。

「フォックスのフネが落っこちたのも、"鳥"が落ちたはずなのもここ。この砂漠だ。
だから、修理用のキカイを1台持って行って、フネを直す。
そうすれば一番手っ取り早く、しかもあっという間に人形兵に追いつける」

彼の後ろに立っていたフォックスが、すかさず補足する。

「アーウィンは速さで言えば今ある俺達の移動手段としては最速だ。
捕まった彼らを回収して帰ることはできないが、しかし少なくとも今どこにいるかは突き止められる。
もし相手の護衛が少なければ、奪還して守りつつ、そこでみんなが追いつくまで待機することも可能だろう」

その言葉に、『スマブラ』で彼の戦闘機の速さを目にしたことがある面々に納得の色が浮かんだ。

ホログラムを眺めて頷いていたルイージが、そこでふとこう尋ねる。

「確かに良い考えだ。でも……当てはあるのかな?
つまり、捕まったみんなが今どこにいるのか。
サムスが言っていたように、僕らはもう"鳥"の行方を見失ってしまっているんだよ」

大きく首肯し、フォックスは言った。

「それについては、彼らに聞いてくれ」

そしてその手を、前に座る2人の少年の肩に乗せる。
話の続きを託されて、まずリンクが円卓に身を乗り出す。

「おれ達の中では、とっくに予想はついてる。
エインシャントがどこに立てこもってるのかも、それに、捕まったファイターがどこに連れて行かれるのかも。
それは――この世界の真ん中だ」

まっすぐに示されたリンクの指は、ホログラムの中央を指さしていた。

単純明快で、ありきたりに過ぎる解答。
そのあまりのシンプルさに怪訝な顔を返す大人たちだったが、リンクの自信にあふれた表情は少しも変わらなかった。
彼はいたずらっぽい笑いを見せて、こう続けた。

「だって考えてもみなよ、この灰色の世界はものすごくもろいんだ。
今も端っこからどんどん壊れてるって言うんだろ?
だからさ、エインシャントのねぐらはそんなへんぴなところじゃなくて、ど真ん中にある。
そこが、最後までカンペキに安全なところなんだからな」

「もちろん、そう考えたのには理由があります」

そう切り出したのはリュカ。

「僕らは、今までエインシャントがとった動き、そこから彼の性格を考えてみたんです」

その後を、まずピットが引き取った。大人達の顔を真剣な眼差しで見わたし、明確な言葉で説明していく。

「一つ目は、過剰なくらいに慎重で、用心深いということ。
今まで皆さんに差し向けられた人形兵の数を思い出してみてください。
はっきりと捕まえる目的で向かってきた軍勢は、どれも異常なほど規模が大きかったですよね?
それはつまり、成功が確実だと思えるまで自分に妥協を許さない、彼のそういう姿勢の現れなんです」

続いて、リンクが自信たっぷりに腕を組み、こう言う。

「それだけじゃない。
おれ達が工場を壊した後、エインシャントがファイターを持ち去るまであっという間だった。
ルイージの船に乗せられて向かってみたら、もう準備ができてたんだからな。
駒のあやつりがカンペキじゃないって分かったからすぐに、急いで自分の手元に持ってこようとしてたのさ」

「もうひとつはね、ぜったいにじぶんだけを信じてるってこと!
エインシャントは、じぶんがいちばんえらいって思ってるんだ」

きっぱりと言ったのはカービィである。

「この前も、せっかくデュオンがどうくつの中にいるぼくらをかこんでたのに、
あわててバクダンなんかもちだしちゃってたよね。あれをめいれいしたのはきっとエインシャントだよ。
だってデュオンならもっときっと頭のいいことをやるはずだよ。あのバクダンでどのくらいの人形さんがきえちゃったか分からないもん。
でもエインシャントは気にしてないんだ。じぶんが正しいって思うことは、どんなことでもやっちゃうんだからね!」

最後にリュカがまとめる。

「そして、ここまで僕らの前に姿を見せてないことを考えても、これまでと同じことが言えます。
エインシャントはきっと、とても慎重なんです。とても神経質で疑い深くて、そして自分に危険が迫ることを嫌っている……。
だから、この世界で一番安全なところにこもってるんじゃないかって」

大人達は今や、じっと耳を傾けていた。誰一人として途中で口を挟む者はいなかった。
感心していたのだ。子供達は自覚していないだろうが、その説明は行動科学の形式に見事なまでに沿っていた。
すなわち、相手の行動から論理的にエインシャントの性格と思考を割り出していたのだ。

もちろんそれはあくまでその可能性が高い、というだけ。
これだけでは、彼らの経験に大きく依存したかなり主観的な推論でしかない。
だが、子供達の言葉には続きがあった。

「証拠が欲しいなら、今ここで見せられる。
サムス、空を流れてるジショーソの地図ってとってあるか?」

尋ねられたのは唐突だったが、彼女の反応は速かった。
次々と新しい展開がもたらされる中、何とか彼らの意図に追いつき、突きとめようとしつつも答える。

「つまりは、大気圏に存在する事象素の分布データ、ということだな?
今までの航中記録を利用してAIに描画させれば、大まかではあるが可能だ。少しだけ時間をくれ」

そして、手元の操作盤を素早く操作する。

ほんの少しの間を置いて、ホログラムが変化した。
虫食い穴のある灰色のジオラマ、その上空に白く煙ったような河川が掛かったのだ。
縮尺が大きいため粒子のつぶまでは見えないが、
事象素の川があちこちで分岐し、あるいは合流してこの世界の空を覆い尽くす様子が描き上げられていく。

皆、身を乗り出して一点を見つめる。すなわち、この世界の中心部を。

そんな中、彼らに語りかけるようにしてリンクは言った。

「そのジショーソってのは、人形兵や何かを作ったりするために欠かせないもの。だろ?
それだけ何につけても大切で重要なものなら、エインシャントはそれをほとんど独り占めできるような場所にいるはずだ」

中央部はちょうど未探査区域に入ってしまっていたが、事象素の流れは紛れもない事実を示していた。

各地から流れてくる幾本もの白い大河。
それらが描画と共に少しずつ延びていき――やがて全て、地図の中央へと流れ込む形で途切れた。
もしも中心部が描写されていたとすれば、ほぼ間違いなく合流する様子まで見えただろう。

それを見て取ったファイター達は、興奮した様子を隠さず口々に言った。

「確かに、きっとこれなら真ん中が一番事象素が多くなるはずだ!」

「妥当な推論だな。防衛に要する人員と施設、それを補うためにも資源は潤沢に手に入れられる方が良い」

「もうここで決まりと言って良いんじゃないか?」

開けてきた展望に、誰もが目を輝かせていた。
ただ1人を除いて。

「しかし、それも可能性に過ぎない。そうだろう?」

ホログラムの向こうから、冷静に問いかけたのはサムスだった。
反論の隙を与えず、彼女はこう続ける。

「君たちの論理には筋が通っている。
しかし、それはあくまで君たちの思考に沿ったものだ。必ずしもエインシャントの思考と一致するとは言えない。
仮に今までの彼の行動が君たちのモデルに合っているように見えても、それは偶然かもしれない」

その瞳に強い光を灯し、畳み掛けるように彼女は言った。

「はっきり言おう。エインシャントは異質な存在だ。
物質の生成消滅を意のままにし、まだ不完全な点もあるとはいえ人形兵のような生命をも作りだすことができる。
……彼の持つ技術は、我々の知りうるテクノロジーの範囲を大きく超えている。
そんな超知性を持つ存在、その思考や行動が私達の全くあずかり知らぬ原理に基づいていたとしても、おかしくはない」

誰もが答えに窮する中、フォックスが控えめに尋ねた。

「つまり……」

一呼吸置き、やや下から見上げるようにして言葉を継ぐ。

「言ってしまえば、エインシャントは俺達からすれば神のような……あるいはそれに近い存在だ、と言いたいのか?」

サムスは何も言わなかった。だが、否定はしなかった。
ただ、表情を変えず静かに頷いたのだ。

ミーティングルームは、いつの間にかしんと静まりかえっていた。
今まで誰にも明かしていなかった心の内。彼女のひたむきな懸念は、決してリンク達の勇み足を止めるための方便ではない。
遠未来の技術を駆使するサムスでさえ、エインシャントを"神"と形容する他に表現が見つかっていないことが、それを如実に表していた。

彼女は、改めて口を開く。
その声は最後まで冷静だった。

「今の時点では、君たちの論理に全てを賭けることはできない。
情報として重みがあるのは予測ではなく、記録。かつて現実に起きたことだ。
この世界の人々がその目で見て、書き残した"事実"を集める必要がある」

事実。彼女はその言葉を強調する。
円卓に手をつき、まっすぐにリンク達を見つめて伝えた。

リンクはその視線をそっくり受け止め、そして言った。

「全てを賭けてくれ、なんて言わないさ」

その凛とした笑顔は、彼がまだ少年であることを忘れさせるほど精悍としていた。

「情報を集めるのも、フォックスのフネで捕まった仲間を探しに行くのも、そしてエインシャントのねじろを見つけるのも。
全部一緒にやれば良い。みんなで手分けすれば良いだろ?」

「手分け……」

その言葉の意味が伝わるまでに、少し掛かった。

「……つまり、別行動を取るというのか」

彼女は言った。ほとんど、呟くように。

今までにも、仲間を小さなグループに分けて行動させたことはあった。
しかし、それにしても安全だと分かっている区域をあらかじめ指定したり、母船からそれほど遠く離れない範囲に限った上での分担作業。
いわばある程度の身の安全が保証された、ちょっとした外出に過ぎない。

だが今、ここで言われている"別行動"は、それらとは全く異なる意味を持っている。
言うなれば遠征。
仲間の半分以上を何が待ち構えているかも分からない未探査区域に赴かせて、その上帰還するかどうかは運次第。

サムスは腕を組み、目をつぶる。
これが自分1人に突きつけられた状況なら、迷うことも恐れることもなく未踏の地へ向かう。
けれども、今は。今はもう1人ではないのだ。

ミーティングルームに張り詰める、静かな緊張。
それを、不意に破ったのはマリオだった。

笑って、こう言う。

「俺は、賛成だな」

白い手袋をはめた右手。その手が、すっと挙げられる。
何気ない仕草で、しかし、きっぱりと。

一瞬の後、それを皮切りに次々と手が挙がった。

「私も賛成するわ。やってみましょうよ!」

「俺も異論はない。それが最良の方法だろう」

「私も同感だ」

「ぼくもーっ!」

気がつけば、その場にいる9人分の手が挙がっていた。

その時の彼らは皆、全く純粋に自分の意思で、進んで賛成の意を示していた。

彼らの顔にある、生き生きとした輝き。
ただ1人、まだ手を挙げていないサムスは、彼らの様子を驚きと共に眺めていた。

そして、ようやく気がつく。

今まで良くも悪くも行動の足かせとなっていた、仲間の存在。
しかし、それを足かせにしたのは他の誰でもない、自分だった。
よかれと思って彼らから判断の自由を取り上げ、頼まれもしないのに自分で全てを背負い込んでしまっていたのだ。

『単一性と多様性』
不意に、脳裏にそんな言葉が閃いた。
その出所を辿りかけて気がつく。

昨夜、データ解析の最中に疲れ切ってそのまま操縦席で眠り込み、見た夢。
その夢の中に現れたアダムが言っていた言葉だ。

困難に際し生き残る可能性が高い戦略。
その答えは、『多様性』だ。

すべきことは、誰かがああしろこうしろと一挙一動定めてしまうのではなく、
互いが互いの持つそれぞれの長所を、"個"を最大限引き出すこと。適材適所を心がけつつ、共に、同じ方向を向いて歩むこと。
これが数百を超える軍隊ならまた話は別だが、実力に優劣の付かない少人数部隊ではそれが最善の方策なのだ。

それでも彼女は、まだその一歩を踏み出すことをためらっていた。
彼女にはプライドがあったのだ。
自らの過ちを認めて今までの立場を放棄する前に、最後にサムスはリンクとリュカにこう尋ねた。

「君たちは、その責任を果たせるのか?」

責任。その言葉の重みに、彼らは戸惑ったような顔を見せる。
だが、それも一瞬のことだった。

「ああ」

すぐに表情を引き締めて、リンクが返した。

「責任を果たすってことが、最後まで諦めないってことなら。
おれは最後の最後まで、全力で闘う」

リュカは何も言わなかったが、頷いた彼の顔もまた静かで真剣な決意に満ちていた。

2人の顔を見つめ、彼らの決心を見定めてからサムスは一つ頷いた。

「……信じよう。君たちの、その心を」

そうして、自ら手を挙げて賛成の意を示したのだった。

一致団結し、新たな一歩を踏み出したファイター達。
彼らの前には、決めるべきことが山と積まれていた。
向かうべき目標に向けて、どうやって到達するか。誰が何を担当し、お互いの連携はどう取るのか。

子供達が立案し、フォックスと共に整えた作戦。
そこへ改めて全員が意見を出し、議論を戦わせた末に合意に至った時、すでに時刻は船内の時計で深夜0時をまわっていた。

出発は明日の朝に決定し、マザーシップを後にする者はそれに備えて会議の閉会と共にそれぞれ寝室に戻っていった。
居残る側になった者も長居はせず部屋に戻ったが、こちらは明日の見送りのためであった。
皆一様に長時間の議論で疲れた顔をしていたが、言うべきことを言い切ったためか、その疲労はどこか心地よいものに感じられるのだった。

本来の静けさが戻った、真夜中の船内。

その廊下を2人の少年が歩いていた。
明日を大きく変える渦、その中心となったリンクとリュカである。
だが今、彼らの間には奇妙な沈黙が流れていた。

しばらく何も言わずに2人は寝室へと歩を進めていた。

やがて、後ろを歩くリュカが口を開く。

「それじゃあ……やっぱり行っちゃうんだね」

「ああ」

振り返らず、あえて明るく返事をかえすリンク。

リュカはマザーシップに残る。今日の探索で感じ取った正体の分からない心の声、そのありかを探すために。
その一方で、リンクは外の世界に出ていく道を選んだ。
フォックスと一緒に行って駒にされたファイター達を、行方不明になった仲間達を探す。そう言ったのだ。

リュカはそれを止めなかった。そもそも、彼に止める権利はなかった。
リンクがそう決めたのなら、それを尊重するのが正しい。そんなことが分からないような歳ではない。
それでも別れる前に、その理由を聞いておきたかった。

「リンクはどうして、行くって決めたの?」

言いながら、リュカは自分のその言葉にほんのわずかながら非難するような調子を感じ、はっとした。
それはあまりにもかすかでリンクには気づかれなかったようだったが、リュカは心の中で自省する。
どうして、自分を置いて遠くへ行ってしまうの。そんな思いが無意識の覆いを破り、出てきてしまったのだ。
だが、それはあまりにも勝手な考えだろう。

彼が後ろで密かに自省していることを知らないまま、リンクはこう問い返した。

「そうだな……お前はなんで『スマブラ』に来ようと思ったんだ?」

「僕は……」

反射的にそこまで言ったものの、リュカは後が続かなかった。
とはいえそれは何の前触れもなく問われたからであり、頭の中に答えが無いわけではなかった。

『強くなりたい』。
今や遠い過去のことのように思える、あの満月の夜。
一通の招待状と白い扉の形をとって差しのべられた手に、そう心に誓ってリュカは自らの手を重ねたのだ。

言葉を探す彼の沈黙を別の意味に受け取ったのか、リンクは振り返ってちょっと笑った。

「言えない理由なら無理には聞かないよ。
ともかく、おれはな――」

そこで、背中を指さす。
示されているのは、彼がその背に背負った武器。青い柄を持つ伝説の剣、マスターソードだった。
リュカがそれを見ていることを確認し、リンクは続ける。

「おれが"風の勇者"って呼ばれるきっかけになった冒険。始まりは、さらわれたおれの妹を助けることだった。
それだけでも大変なことだったはずなのに、いつの間にかもの凄いことになっちゃっててさ。
駆け回ってる時はもうただ一生懸命で、自分の頭で考えて、いろんな人の助けを借りて、がむしゃらに進んで。
……でも、全部終わってみて気づいたんだ。結局おれの進む道は、とっくの昔に決められてたんだって」

旅の終わりに立ちはだかった魔王、ガノンドロフ。
悠久の時を生きてきた彼が直々に語った、トライフォースにまつわる途方もない因縁の歴史。
その巨大な過去の遺産は、まだ未来のある少年リンクの心に複雑な影を残していた。

「おれがテトラに会うのも、この剣を手に入れるのも、それにおれがガノンドロフと戦うことも。
全部、おれが生まれるよりもずっと前に決められてた。"リンク"って名前に、全部しばられてたんだよ。
でもおれ、運命とか、宿命とか、そういうむずかしいことはよく分かんないからさ」

そこで彼はちょっと肩をすくめ、笑ってみせた。

「風の勇者とかそういうのの前に、自分は自分なんだってあかしを示したいっていうか、見つけたいっていうか。
別に勇者って呼ばれることが嫌なわけじゃないし、不満だとかも思ってない。
ただ、今度はまっさらなとこから自分で道を決めて進んでいきたい。おれはそう思ってるんだ」

希望と共に、まだ見ぬ未来へ。
その思いは、リンク達に次の世界を託し王国と運命を共にしたハイラル王の願いでもあり、リンク自身の決意でもあった。

彼の強い意志は、リュカにも伝わっていた。
真夏の青空のように一点の曇りもなく、揺るぎない心。その力強い輝きに、リュカは自分の心まで高ぶるのを感じていた。

「だからおれはあの扉を開けたんだ。
まだ誰にも決められてないことを、自分で決めるために。
今はそれが、捕まってるみんなを助けることなんだ。"仲間"を助けるんだ。おれ達の、な!」

そしてリンクは立ち止まり、こちらに向き直る。
その両手をリュカの肩に載せて、まっすぐに目を見て言った。

「おれは仲間を助けに行く。お前はここに残って、エインシャントの企みを暴くんだ」

リュカは、今度はためらいなく頷くことができた。

「リンク。絶対、無事に帰ってきて」

それは、一度目の前で彼が動かぬ銅像と化す様を見せられたリュカの、本心からの言葉であった。
しかし言われた方にとっては気恥ずかしかったらしい。
吹き出すように笑い、彼はこう言った。

「なんだよ大げさだなー!
大丈夫、ちゃんと分かってるって。何せ"命あってのモノダネ"だからな!」

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最終更新:2015-11-30

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