気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track32『Stratus』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。

集まったファイターはこれまでに10人。対し、エインシャントに捕まった仲間は20人近く。
絶望的な状況下で、彼らはあえて前へと進む決断を下した。
水没都市に残って先人の遺した記録を探すグループ、爆弾工場へと向かって情報を収集するグループ、そして、連れ去られた仲間を追うグループ。
10人はそれぞれこの3組に分かれて、一時別行動を取ることになった。

情報が少しずつ集まりはじめ、エインシャントについて小さいながらも重要な手がかりが見つかっていく。
その一方で、エインシャント側もファイター達が見せる想定を越えた強さに頭を痛めながらも、
その理由にある予想を持ち、それに基づいた行動を起こし始めていた。


  Open Door! Track32 『Stratus


Tuning

暗雲

「兄さん! 頼むから無線を切ってよ!」

颯爽と駆けていく兄の背を追いかけ、ルイージは人形兵に気づかれないように小声で叫んだ。
マリオのオーバーオール、そのポケットからは先ほどからずっと音声が流れっぱなしになっている。
潜入中だというのに、彼は無線通信機に送られてきた他チームの成果を聞いていたのだ。

「そんなわけにはいかないだろ、今後に関わることなんだからな。俺達全員の」

振り返ったマリオは、弟が困り顔をしているのも気にせずきりっとした目つきでそう言うだけだった。

「それはそうだけど……伝言なんだから、何も今聞かなくったって良いじゃないか。
音で気づかれたらどうするのさ――」

と、言い終わらないうちに彼は慌てて立ち止まった。
ルイージのその言葉を待ち構えていたかのように、進行方向の曲がり角から人形兵が現れたのだ。

警備兵は以前よりも数を増していた。
銃持ちの緑帽が2体に、槍付きの小型キャタピラが1体。
先日の救出劇があってから、どうやら敵も警備を強化したらしい。

すぐに緑帽が銃を構え、撃った。

が、貫かれたのは自分の体。
放った緑色の光弾は180度向きを変え、撃った本人に戻ってきたのだ。

たたらを踏み、驚いたように――あるいはそう見えただけかもしれないが――緑帽は顔を上げる。
前にいるファイター、マリオはすでにスーパーマントを振り終えた後。
その黄色がなびききらないうちに、今度はその上を飛び越すようにしてルイージが現れる。

空中で体をひねって力を溜め、そしてそれを一気に解放する。
まるでゼンマイバネが弾かれたかのような勢い。全身をコマのごとく回転させ、まず目の前の緑帽を叩き飛ばす。
横にいた他の2体も巻き込み、天井近くまで跳ね上げた。

キャタピラをばたつかせて落ちてくる小型車輌を、マリオが迎え撃つ。
敵の真下を取り、腰を低くして待ちかまえ……そして踏み切った。

勢いよく振り上げた拳がキャタピラの底面を捉え、小気味よいコインの音と共に小型車輌を吹き飛ばす。
ルイージの攻撃ですでにダメージが溜まっていたそれは、内蔵していた槍を使う間もなく天井に車体を激しくぶつけ、霧散した。

一方、最初の緑帽を片付け終えたルイージ。
残る1体を探して振り向いたとき、すでにそれはこちらに背を向けて逃げ始めていた。

ファイターの侵入を知らせるため、手近な警報装置に向かおうとしている。
それに気づき、ルイージは急いで追いすがろうとした。
しかし相手は間もなく曲がり角に差し掛かろうとしている。直線に飛ぶ技では隙が大きい。

と、その背に声が迫る。

「タッグで行くぞ!」

同時に手が差し出され、足を掴まれる。
兄の意図を素早く察し、ルイージは体の力を抜いた。

マリオは弟の足を掴んだままその場でぐるぐると遠心力を溜め、そして、投げ飛ばす。

砲丸投げよろしくまっすぐに飛んでいったルイージは、人形兵の後を追って曲がり角に差し掛かる。
緑帽も必死になって直角のカーブを曲がり、逃れようとした。
踏みきり、真横の通路に飛び込む。

相手は直線に飛んできた。撒けたはずだ。
緑帽はそれを確かめるために振り返った。

しかし、人形兵が見たものは壁に足をつけて衝撃を吸収し、片手を添えてこちらに向き直ったルイージの姿。

慌てて駆けだしたが、遅かった。
背後から凄まじい勢いで飛んできたルイージの頭突きを背中に受け、人形兵は呆気なく倒されてしまった。

立ち上がり、帽子の向きを直す弟。
後ろからやってきたマリオは得意げにこう言った。

「見つかったって、他に言いふらされる前に片付ければ良い。だろ?」

ルイージは呆れ顔を向ける。

「だろ? じゃないでしょ。
相当に派手にやっちゃったし、今の音で絶対誰かに気づかれちゃったよ」

確かに彼の言うとおり、廊下に響く人形兵の足音が段々と騒がしくなってくる。
数を増し、四方からこちらへ。

しかしその不気味な地鳴りは返ってマリオのやる気に火をつけてしまったらしい。

「片っ端からご退場願うまでだ。行くぞ!」

拳を打ち鳴らし、駆けだした兄。

「あっ、兄さん!」

手を差し伸べるが、すでに彼の耳には入っていない。
仕方ないなというように首を横に振り、ルイージも兄を追って走り出した。 

半分呆れつつも、その顔はどこか嬉しそうだった。
しばらく別れ別れになり、辛い戦いを乗り越えて再会した兄。
彼とまたこうして共に突き進むことができる。それだけでも幸せなのだ。

以前この工場に立てこもっていたフォックスから彼の知る限りの情報は聞いていたものの、
身を隠すので精一杯だった彼には当然踏み入ることの出来なかったエリアがあり、地下の発電室もその一つだった。

少なくとも地下にあると分かったのは、ほとんど偶然のような出来事だったという。
彼が食糧を探すために意を決して地階に向かった時、吹き抜けの螺旋階段がある区画を通った。
あまりにも見通しが良く警備兵に見つかる危険があったため、彼はそこを素通りして先に向かったが、
そのときちらと見えた階下に開きっぱなしのシャッター扉があったという。そして、その奥にジェネレーターのような機械が並んでいるのも。

『俺が見た感じでは、火力発電機……といったところだったな。
 しかし、あの白い光から直接電気を作ることもできるだろうに。何でわざわざ発電機を噛ませてるんだろうな……』
昨晩、フォックスはそう言って眉をひそめていた。

そんな彼が1週間ほど前に通ったルートをそのままなぞるようにして、2人は螺旋階段を目指していた。

廊下はほぼ一本道が続き、壁には等間隔で扉が並んでいるのみ。
どの扉も透明な材質でできていたがその向こうの室内は暗く、奥を見通すことができない。

「何か出てきそうで嫌だなぁ……」

ルイージは気弱な声を出した。
扉が透明なせいで閉じた扉の向こうに広がる部屋の暗がりが見えてしまい、かえって不安に思っているようだった。

一方のマリオは、至って平常心だった。

「大丈夫だ。ここからは誰も出てこない。
だって、よく見てみな」

そう言って、通り過ぎていく扉の横を指差す。
そこには壁面からわずかに斜めに出っ張るようにしてパネルが設置されていた。
おそらくこれに手を載せるなり何か番号を打ち込むなりすることによって、個人識別をしているのだろう。

ルイージも走りながら一つ一つ、そのパネルをよく見ていく。
ほどなくして、そのどれもが黒く沈黙し、埃を被っていることに気づいた。
試しに手で触れてみたが、埃の上に手の跡が残ったくらいで画面には何の反応も現れなかった。

廊下に対し枝葉のように配置された部屋。
このフロアではそれらのどこにも、長らく電気が供給されていないのだ。

「つまり、人形達はここら辺の部屋を使ってないのさ」

「使ってない……?
変だな。なんでいらない部屋を作ったんだろう。それも、こんなにたくさん」

2人が通り過ぎてきた廊下は、数分前からこのような調子で扉ばかりが並んでいた。

「さあなぁ。
ともかく、今は発電機を壊して、爆弾を見つける。それが俺達のやるべきことだ」

マリオはそうきっぱりと言い切った。

「そうら、人形のお出ましだ!」

その声に弟は行く手に注意を向けた。

目の前に見えてきた、久々の十字路。
その右手から現れた緑帽3体は、2人の姿を認めるとすぐに戦闘態勢に入った。
片膝をついて玩具じみた黄色い銃を構え、曲がり角の壁を盾に銃撃を開始する。

たちまち廊下はレーザーの擦過音と跳弾の音に満ち、辺りのガラス戸に蜘蛛の巣のようなひび割れがいくつも入っていく。
マリオとルイージも火の玉を放って応戦したが、人形達は寸前でうまい具合に壁に隠れ、こちらの攻撃をかわし続けた。
加えて3体の人形が交代で打ち続けるため弾幕には一向に隙間ができず、じきに2人は前進のタイミングを掴めなくなってしまった。

足止めを余儀なくされ、体勢を立て直す暇もなく、その場で相手の光弾を回避し続けるマリオ達。

「どうする? このままじゃ応援を呼ばれるよ」

身をひねって弾をかわし、ルイージが問いかける。
黄緑色に輝く光弾、幾筋もの軌跡から目をそらさずにマリオはこう答えた。

「ふーむ、それもその通りだな。
こうなったらこっちも弾幕で勝負するか!」

「了解!」

そして、2人は同時に前へと飛び込むようにして回避し、
両の足でしっかりと立つとその手に気合いを込め、再びファイアーボールを放つ。

ただし、今回はてんでばらばらに撃つのではなかった。
2人で息を合わせ、彼らのできる最高の速さで交互に火の玉を放つ。
バウンドする赤い炎と、直進する緑の炎。廊下に乱れ飛ぶ火の玉はすぐに人形達の弾幕密度に追いつき、圧倒した。

これには人形兵3体とも狙撃を中止し、壁の陰に隠れざるを得なかった。
光弾が止み、彼らに逃げられる前にとマリオ達は隙を突いて急いで前進する。

先に十字路に辿り着いたルイージは、ぎょっとして立ち止まった。
待ち構えていたのは緑帽だけではなかったのだ。
巨大な一つ目。よく見るとそいつは金魚のようなひれと細い巻きひげのような触手を持っている。

突然現れた敵のあまりにもグロテスクな姿に仰天し、先手を打つタイミングを失ってしまったルイージ。
彼に向けて金魚もどきはかっと目を見開き、その下の緑帽達もこの機会を逃すまいと銃を構え直した。
見る前で金魚もどきのだだっ広い結膜に青白い稲光が走り、そこでルイージは我にかえった。

金魚もどきの後ろには既に射撃体勢に入った緑帽もいる。回避では全ての攻撃を避けきれない。
そう判断した彼は、咄嗟にシールドを張る。

その横から進み出る人影があった。

兄はいつの間にか、そしてなぜか、背にポンプを背負っていた。

ルイージが見る前で彼は立ち止まり、ポンプを構えた。
今にも電撃を放とうとしている金魚もどきに狙いを定め、勢いよく放水する。
同時に、敵も青白い雷撃を放っていた。

電気と水が宙でぶつかり、ツンと来るオゾンの香りと共に盛大な火花を散らす。

そのせめぎ合いはすぐに、質量を持った水の方に軍配が上がった。
放たれた勢いのまま水は雷撃を押し切り、激しく帯電したままその先へ、人形達の集団に飛び込んでいった。

シールドを張ったルイージの前で、ひときわ眩しいフラッシュが焚かれる。
放った本人もろとも、4体の人形兵はそろって感電し塵と消えていった。

取り残されたルイージは戸惑ったように目を瞬いていた。
目の前で一部始終を見ていたが、あまりにも唐突すぎて理解が追いついていないのだ。

そんな弟に、マリオは澄ました顔でこう言った。

「ほら、そんなとこでぼーっとしてないで、先に進むぞ」

「……あ、あぁ。分かった」

ルイージはようやくそれだけを言って、兄の後を追って再び走り始める。

フォックスの言っていたとおり、少し行くと突き当たりに広い空間が見えてきた。
さらに地下へ向かって螺旋を描き、降りていく階段。

ここから見える踊り場、螺旋の終点には小型のクレーンが備え付けられている。
階段の成す円の半径は広く、どうやらここでかなり大きい機材の積み降ろしをすることもあるようだ。
発電機の燃料か、あるいは製品である爆弾か。

兄弟は走りながら互いに視線を合わせ、そして無言のうちに頷いた。

勢いのままに螺旋階段のホールに駆け込み、一気に踏み切る。

2人の体は軽々と手すりを飛び越え、螺旋の底へと落ちていった。
もはやここまで来れば一段一段悠長に降りている暇はない。2人は階段など無視して、ついに目的地へと辿り着く。

ほぼ同時に着地し、膝をついて立ち上がるマリオとルイージ。
彼らの目の前には爆弾工場の心臓部が広がっていた。

開かれたシャッター。エントランスの左右にはガレージほどの大きさの機械が並び、低く唸りを立てていた。
5台ずつ居並ぶそれらを抜けた先には暗く、熱に満ちた銅管のジャングルが広がっていた。
金属でできたその枝は分岐と合流を繰り返して天井近くまで伸び上がり、赤い光に包まれている。

全ての枝は根もとで一つの幹に集合していた。そこにあるものは他ならぬ、爆弾製造機。
二つに割れた鉄球を安置し、見ている間にも、内部に収められたガラスの円筒にあの黒紫色の闇を込めていく。

だがひとまずは、ダクトで待つ仲間のためにも発電機を壊さなくてはならない。

2人はさっそく工場内に飛び込み、入り口付近で唸りを上げている機械に向かっていった。
巨大なコイルを横倒しにして左右から挟んだような外観。溝が入っていることを除けば、ソケットに収められた電池に見えないこともない。

「これがきっと発電機だね」

「間違いないな。あとはどう止めるかだが……」

手分けして一回りしてみたものの、まったく不親切なことに発電機にはボタンやレバーの類は一切ついていなかった。
制御は他の部屋から行うようになっているのだろう。

「さて、どうしたものかな」

勢いでここまで辿り着いたものの、こういった場合にどう出るかマリオは考えていなかった。
それでもあまり困った様子のない兄の横で、ルイージが周囲の異変に気づく。

「……兄さん、あんまり考えている暇は無いようだよ」

散々2人に振り回された人形兵。
それがようやく追いついて、方々から援軍を呼んで包囲網を作りつつあった。

螺旋階段のあるホールから。鈍い光に照らされた金属のジャングルから。そして、鎮座する発電機の陰から。
彼らはぞくぞくと集まり、見る間に数を増やしてこちらへと近づいてくる。
思い思いの武器を持ち、2人の出方を警戒するように、そして威圧するように円を縮めていく。

30、40……数える向こうの闇からまた新たな人形兵が姿を現し、包囲の円は二重三重に厚くなっていった。
これにはさすがのマリオも真剣にならざるをえなかった。

急く気持ちを抑えて頭を働かせ、取ることのできる手段を考える。
天井や床に視線をめぐらせ、突破口を探し――と、その手が後ろの発電機に触れた。
伝わってくる、熱と振動。

『俺が見た感じでは、火力発電機……といったところだったな』

フォックスの言葉が甦り、それが火種となって一つのアイディアが浮かんだ。

「ルイージ、ガードだ!」

言うが早いか、マリオは振り向きざまに灼熱の掌底を放った。
その矛先にあったのは発電機の筐体。構えた手の平から爆炎が鋭く炸裂し、ぶ厚い金属に風穴が開く。

そこから勢いよく吹き出したのは、目にも鮮やかな青色の炎。
フォックスの見立ては正しかった。発電機は火力で動いていたのだ。

解放された高熱の炎は留まるところを知らず、宙を矢のように駆け、貪欲に人形達へと襲いかかった。
制御しきれなくなった炎は発電機自体をも内部から食い破り始め、筐体は次第に赤熱し始める。

そしてついに、限界を突破する。

耳を聾する轟音。同時に放たれる閃光、途方もない熱。
衝撃は隣接する発電機にも連鎖し、次々と新たな爆発を引き起こした。

気がつけば、辺りはすっかり一変していた。
床には一面に黒くねじくれた金属が転がり、発電機の残骸は赤く鈍く余熱を持つのみ。
そして当然のことながら、人形兵は一体も残っていなかった。
残されたのは、"ジャストガード"で爆発をやり過ごした配管工兄弟だけ。その顔は爆発の余波で煤だらけになっていた。

たなびく煙と共に、ゆらゆらと立ち上る白い光。
それを見やり、爆音でまだ少しふらつく頭を振ってルイージは大きくため息をついた。

「兄さん、加減って言葉しらないのかい?」

そう言って片眉を上げて見せたが、兄の上機嫌は相変わらずだった。

「終わりよければすべてよし。それなら知ってるけどな!」

腕を組み、自分の成した盛大な花火の跡を眺めてこう続ける。

「結果オーライ、とも言うな。
とにかくこれで工場の電源は落ちた。第一目標は達成したぞ!」

「まぁ……それもそうだね!」

肩をすくめ、ルイージも笑う。

似て非なる双子の兄弟。
互いに相手にないものを持った最高のコンビは、煤だらけの顔で肩をたたき合い、笑い合った。

爆弾工場の底から、鈍い爆発音が轟いた。
低い地響きが最上階付近のダクトにまで届き、合金の板をびりびりと震わせる。

それが収まらないうちに階下の明かりが消えた。
こちらのダクト内はまだ薄明るい。侵入の際に外板をはずしたその跡から外の光が入り込んでいるのだ。一方で下の廊下は全くの闇に沈んでいる。
マリオ達2人が無事に工場内の発電施設に辿り着き、機能を停止させたのだろう。

これを待ちかねていたピットはすぐにダクト床面の格子板を取り外し、警備兵の姿がないことを確認してから廊下に降り立った。

翼をはためかせて落下の衝撃を殺し、静かに着地する。
続いて腰につけた通信機のライトをつけようとしたが、
そんな彼の横をメタナイトがさっさと通り過ぎ、暗闇をものともせず滑空でその先に進んでいった。

薄明かりのあるダクトから飛び込んだのだから数歩先も見えないはずなのだが、彼にはちゃんと見えているらしい。
だが、ピットには明かりが必要だった。後れをとるまいと急いでライトをつけ、光の中に浮かび上がる仲間を追って駆けだした。

数分も経たないうちに、2人は警備兵と出くわした。
できれば出会いたくないが、これは吉兆でもあった。
人形兵が多いということはすなわちそれだけ重要な部屋、おそらくは制御室が近くにあるということでもあるのだ。

先頭2体の緑帽はどちらも銃持ちで、その後ろには闇の中に赤いコアだけがぽつりと浮かんでいる。
暗くてよく見えないが、おそらくあの刃を携えた影人形だろう。

駆け寄ってきた緑帽はファイター2人を射程距離に入れるやいなや、銃を構えて発射態勢に入る。
しかし、先頭を行くメタナイトは全く止まる気配さえ見せず、滑空したまま押し切るように剣を振るった。

光弾が放たれるよりも先に、黄金の閃光がひらめく。
のけ反る緑帽。ぶつかる寸前で仮面の剣士は空いた手を床につき、一回転して足を地につけるやいなや素早く次の剣撃を放つ。
見た目は一閃。しかし、空気をも切り裂くような音は確かに3度鳴っていた。

緑帽は銃を撃つ間もなく弾き飛ばされ、後ろにいた影人形にぶつかった。
2体まとめて相手にせんと向かっていく剣士。彼の背を、もう1体の緑帽が狙っていた。

照準を合わせ、引き金に手をかける――が、彼がそれを引くことはなかった。

銃身に強い衝撃が走り、緑帽は思わず手を離す。
黄色い銃は弾かれたように宙を舞い、彼の見る前でさらに幾筋もの光に貫かれ、四散してしまった。
そこでようやく、緑帽は後ろを振り返る。

駆け寄ってくるのは、白衣の天使。
広げられた翼は身につけているライトの光を受け止め、緑帽の目にはまるで彼が後光をまとったかのように映っていた。

ピットはすでに弓を双剣に変えていた。
斬りかかる前に、彼は立ちすくむ緑帽に向かってこう言った。

「君に恨みがあるわけじゃない。でも、僕らはここを通らなきゃならないんだ」

それが人形の意識に届いたかは定かではない。
届いたとして、人形は意味を理解できるのかも分からない。
だが、それでも言わずにはいられないのだった。

目をつぶり、ピットは最後の数歩を詰める。

再び目を開いた次の瞬間、彼の心は決まっていた。
流れるような動きで双剣が振るわれ、一気に緑帽は塵へと還る。

跪く格好になったピットの背に、不意に声が掛けられた。

「……相手に情けをかけるか」

驚いて顔を上げると、そこにはメタナイトが立っていた。
人形兵2体の姿はどこにもなく、察するにすでに勝負はついたらしい。

仮面に隠された彼の表情は読めない。
薄暗がりに閉ざされた道の先で、その黄色い瞳だけが静かに光っている。

甘い姿勢を非難しているのか、それともただ単に珍しいと思っているのか。
ピットが判断しかねて答えに迷っていると、彼は続けてこう言った。

「殊勝な心構えだ。
情けがあってこそ、振るう剣には意味が宿る。
しかし、今はそれを心の中に留めておくのだな。……戦いはまだ、始まったばかりだ」

そうしてこちらに背を向け、再び翼を広げて飛び立った。

残されたピットは呆気にとられ、目を瞬いていた。
ようやく、どうやらさっきのは褒め言葉だったらしいと気づく。
だがその時にはもう、相手の姿は闇の向こうに遠ざかっていた。

彼の言ったとおり、行く手には次々と人形兵が現れた。

進むにつれ、その遭遇の間隔も徐々に短くなっていく。
廊下の照明が落ちているお陰でライトを持つこちらに有利な戦いが続いていたが、
人形兵を発見し次第すぐに先手を打って口を封じる必要があるため、一瞬たりとも気が抜けないのだった。

それでも途中、建物内に面したガラス窓の続く廊下に出たとき、ピットは走りながらその向こうを覗いていた。

窓の向こうに広がるのは格納庫。以前この工場に迷い込んだとき、ガレオムと交戦した場所だ。
さすがに床は補修されていたが、やはり外から見たとおりマザーシップが飛び込んだ時の穴はそのままになっていた。
そのため、工場内が停電に見舞われているにもかかわらず、外からの光で格納庫の中は明るく照らし出されていた。

それにしても、ファイターに一度侵入されたというのにあのエインシャントがこんな大穴を放っておくのは不自然だった。
何かの罠だろう。偵察船に乗った4人はそう判断して、今日は他からの潜入を試みた。
マリオ達は隙を見て裏口から、ピット達は最上階付近の網板を外から慎重に外して、ダクトから。

しかし、今見ると格納庫には人形兵がぽつりぽつりといるくらいで、
それも爆弾を目一杯搭載したプレート輸送船の保守点検をしているだけらしく、ファイターを待ちかまえている様子はない。
武器になりそうなものといえばその爆弾くらいだったが、ファイターを消すためなら爆弾は1個で済むはずだった。
つまり、あのフライングプレートに載せられた十数個の爆弾はおそらく、今ここで使うためのものではない。

「変だな……」

眉をひそめ、ピットは呟いた。

――いくらガレオムでも、工場が真っ暗になったら気づかないはずがないのに。

電気を使って周りの様子を記録し、遠く離れた場所に送るという"監視カメラ"。
あるいは、目に見えない光を発して侵入者を見つけ出す"センサ"。
停電でそれらが使えなくなってしまったにしても、敵の反応があまりにも緩慢すぎるのだ。

今まさに、行く手に現れた一団もそうだった。

戦闘を前にして、弓を携えた腕に力が入る。
表情を少し緊張させながらも、ピットは相手の様子を注意深く観察した。

用心深く歩を進めてはいるが、それはただ単に停電で見通しがきかなくなったからに過ぎず、
接近してきたファイターを認めてからようやく戦闘の構えを取っている。
そう。明らかに、彼らは敵の侵入を知らない。

今度は口を引き結んだまま、ピットは援護射撃を行う。
左右の緑帽を光の矢で怯ませて、中央の槍付き戦車に斬りかかったメタナイトを補佐しつつ、
彼は頭の片隅で思考を続けていた。

――人形兵ならまだしも、ガレオムは気づいていて良いはずだ。
 さっきの爆発音に続いて、明かりが消えた工場。彼なら真っ先に僕らファイターの侵入を疑うはず。

一つ息をつき、つがえて、放つ。
細長い廊下を青白い光が駆け、不意にカーブを描いて2体の緑帽を横から貫いた。
彼らの体は同時に形を失い、白い光となってほどけていった。

槍付き戦車がまだ残っていた。
小柄な青い剣士に向かって戦車は必死に細身の槍を振り回し、間合いを詰めさせまいとしている。
ピットは弓を双剣に変えて、仲間の元に向かった。

――でも、ここまで来ても相手はとくに変わった動きを見せてない。
ただ決められた順路を巡って、いつもの警備を続けているだけなんだ。
彼らが警戒してるのは突然の停電であって、僕らの侵入じゃない……

彼はそこで思考を切り上げた。

思い切って飛び込み、交差させた剣を前へと突き出す。
そこに戦車の槍が振り下ろされ、甲高い音と共に双剣とぶつかった。
槍を受け止めて足を踏ん張り、ピットは両腕に掛かる重みを耐える。

「今です!」

返答の代わりに、メタナイトは戦車の目の前に進み出た。

間髪おかず、目にも留まらぬ速さで黄金の剣が舞う。
上段、下段、横一文字――宙に輝く軌跡だけが剣の通った道筋を示し、
瞬時にあらゆる方向から斬撃を受けた槍付き戦車は、吹っ飛ぶことも押し出されることもなくその場で動きを封じられる。

とどめとばかり、剣士はひときわ大きく振りかぶる。
残像がようやく剣の形へと集約し、手の動きに従って横に構えられたかと思うと……

一閃。

風を切る鋭い音と共に、ピットの腕に掛かっていた重さが消え去った。
槍付き戦車はキャタピラの足でたたらを踏んでよたよたと後退し、そこで力尽きて霧散した。

「やりましたね!」

声を弾ませて、ピットは言った。
さっき褒めてもらったことへのお礼もあったのだが、
すでに青い剣士の後ろ姿は翼を広げ、ピットをおいて廊下を突き進んでいた。

――聞こえてなかったのかな?
でもさっき、一瞬こっちを振り返ったような……

首を傾げつつ、ピットはその後を追って再び走り始めた。

人形兵との小競り合いは相変わらず散発的に続いたものの、
一番警戒していた強敵、ガレオムは一向に出てくる様子がなかった。

ひたすら真っ暗な廊下が続き、非常灯さえつく気配がない。
自分の歩みに合わせてライトが左右に揺れ、規則正しいリズムを刻み続ける。

右 左、右 左……

廊下は静まりかえっていた。
先頭を行く仮面の剣士は相変わらず滑空しているので、音と言えばここには自分の足音しか存在しない。
首をのばしてライトの照らし出す先を見ても、走りながら振り返って後ろを見ても、
そこには暗闇が広がるばかりで、しばらく人形が出てくる様子はなかった。

ピットは逡巡の後、思い切って速力を上げる。
前を飛んでいたメタナイトに追いつき、横に並んだ。

何かあったのか、と言いたげな視線を向けてくる彼にピットはこう言った。

「なんだか、ここまで手応えがないとかえって不安になっちゃいますね」

返答は無かったが、構わずピットは前を向いて続ける。
廃墟の街で初めて出会った時から様子を見ているから、答えが無くてもちゃんと相手が話を聞いているのは分かっていた。

「もちろん今までの戦いが楽だったとか、そんなことは思ってないんですけど、なんだか予想していたより相手の動きが弱いので」

彼はそう弁解してから続ける。

「何か罠が掛けられてるんじゃないかとか、あるいは、知らないうちに間違った方角に誘導されてるんじゃないかとか。
考えれば色々と可能性はでてきますけど、まぁでも、ガレオムがそこまで巧妙な作戦を立ててくることはないですよね」

「……君は」

やがて、仮面の向こうから声が返ってきた。
メタナイトは視線だけをこちらに向けて、こう訊ねかえす。

「君のところでは、任務中に喋る習わしがあるのか?」

「えっ?」

虚を突かれ、ピットは目を瞬いた。

「あ、いえ……。
その、まぁ、そうかもしれないです」

しどろもどろになって答える。
そんな彼から視線を外し、再び前を向くとメタナイトはこう言った。

「咎めたつもりはない。それが君のやり方か、と聞いただけだ。
……私もちょうど退屈していたところだ」

そこで間をおく。

"退屈"という言葉を口にしたわりには、彼はずいぶん慎重だった。
2人の行く手に人形兵の赤い瞳が全く見あたらないことを確認してから、声を改めて続ける。

「確かに君の言うとおり、敵の抵抗が予想していたよりも弱い。
おそらく、今の彼らには明確な命令系統が無いのだろう」

そして真剣な目つきで行く手を見据え、こう言った。

「だが、そうでない可能性もある。
もしこれが我々を油断させるための擬装だとしたら……そろそろ、動きがあっても良いはずだ」

その言葉に、ピットははっとして神弓の柄を握り直し四方に目を向ける。

しかし辺りは相変わらず静かで、どこからも敵がやってくる気配はなかった。
とすると、壁の向こうや天井板の一枚上、あるいは床の下に何かが隠れているというのだろうか。

走りながら薄暗い天井を見上げ、ダクトに通じる格子板の向こうを透かし見ようと努力していたピットは、
ふと、併走するメタナイトがこちらを横目で見ていることに気がついた。
周囲を警戒するピットに対し、一方で言った本人だというのに彼にはあまり緊張した様子がない。

彼の真意にようやく思い至り、ピットはしばし唖然とした。

それから相手の目を覗き込み、用心深く尋ねかけた。

「……もしかして、さっきの冗談だったんですか?」

「気を悪くしたのなら謝ろう」

彼は廊下の彼方を見て、澄ました顔でそう答えた。
あるいは、仮面のためにそう見えているのかもしれないが。

「そういう問題じゃないですよ!
一瞬信じちゃったじゃないですか、まさかあなたが冗談を言うなんて」

「"ひと"は見かけによらないものだ。
しかし、君は実に分かりやすい。ファイターとして君と剣を交える日が楽しみだ」

そう言った彼の声は平時の通り私情を交えず淡々としていたが、どこかわずかに穏やかな気配を含んでいた。
改めて年齢の読めない人物だ。

「それってどういう意味ですか、まったく……」

思わぬところでからかわれ、むくれるピット。
憮然とした表情をしていたが、内心では少しほっとしていた。
今のやりとりで余計な不安と緊張が解けたせいもあるのだが、理由はそれの他にももう一つあった。

少なくとも、冗談を言うまでに相手は気を許してくれていることが分かり、安心したのだ。

そんなやり取りから少しして、ついに2人は最上階の中心部に到達した。
地階から最上階まで吹き抜けになった円筒状の空間、ガラス張りを隔てたその向こうに目的地が見えていた。

地下に広がる爆弾製造工場、制御室はちょうどその銅管の森を見おろす位置に浮かんでいた。
正確には、四方からのびる幅の広い廊下によって、吹き抜けの真ん中に支えられている。
室内は停電のため暗く閉ざされていたが、ここから見る限りではやはりガレオムのあの巨大な影は見あたらない。

宙に浮かぶ十字路。その中央に存在する制御室。
2人の行く先に延びる緩やかで長い上り坂が、目的地へと繋がる道の一つだ。

ピット達はその上り調子の廊下を前に、立ち止まっていた。

廊下の上半分はなだらかなアーチを描くガラスでできており、中々見晴らしが良い。
これが観光か見学でもしているなら呑気に見とれることもできるのだが、
見晴らしが良いということは、今はすなわち潜入の難易度に直結する。
一旦廊下に足を踏み入れたら敵に気づかれないうちに素早く、覚悟を決めて走り抜けた方が良いだろう。

そういった事を頭の中で想定し、ピットは傍らやや下にいるメタナイトを見た。
考えていることは大体同じだったらしく、彼は黙って頷き返す。

そして、2人はほぼ同時に地を蹴り、駆けだした。

水没都市の砦。
リュカの探索が終わるのを待ちつつ、ピーチの後をついてディスク探しをしていたカービィはひとつあくびをした。

「ふぁぁ……あーぁ、ねむいなぁ……」

探し物をすること自体はそれほど嫌いではない。
現に彼は今まで、星中に散らばってしまったクリスタルの欠片や迷宮の中に巧妙に隠されたお宝など、冒険をしながら様々なものを集めてきた。
だが、それも道中に食べ物があってこそ。こうも間食が無いとやる気も下がってしまうのだった。

もちろん、一日に三食しか食べられない理由はカービィだって分かっている。
今や仲間は自分を入れて10人。それが、一つの船に積まれた限りある食料に頼っている。
もっと欲しいだの、おやつが食べたいだの、そういったことは今の状況ではとんでもないわがままになってしまうのだ。

しかし、それでも空腹をごまかすことはできない。

カービィは力の入らない足をけだるげに進め、じわじわと近寄ってくる睡魔と戦っていた。
今にも閉じそうな視界の向こうで、ピーチの後ろ姿はどんどん遠ざかっていく。

ディスクを探すことに全神経を集中させている彼女は、カービィが遅れていることに気がつかないまま向こうの角を曲がって行ってしまった。
ほどなくして、ドアが開閉する音。

カービィはため息をつき、その場に座り込んだ。
探し物をするのはピーチに任せて、終わるまで自分はちょっと休ませてもらおう。そう思ったのだ。

しばらくして。不意に、その目がぱちっと開いた。
手をついて立ち上がり、薄暗がりに包まれた廊下の彼方を見つめる。
その目にはいつの間にか、いつもの輝きが戻っていた。

それもそのはず。
彼の見つめる先、十字路の真ん中には食べ物が落ちていたのだ。
赤と白の縞模様の紙に包まれたキャンディ。

なぜ、そんなところに唐突に飴が落ちているのか。
そんな疑問をカービィはほんの欠片も抱くことなく、次の瞬間にはぱっと駆けだしていた。

辿り着き、ほとんど飛びつくようにしてキャンディを両手で掴む。
包み紙も外さず口に放り込もうとして、ふとカービィは横に気配を感じて振り返った。

そこには、食べ物が廊下に落ちていた"理由"がいた。
赤いどんぶりのようなものに下半身を埋め、上半身は黒を基調に白の腕。そして頭には、耳ともツノともつかない白い突起が横に二つ。
大きさはカービィとそれほど変わらないくらい小柄だったが、その目は赤く虚ろで、状況からしても人形兵であることは間違いなかった。

しかし、カービィにはそんなことなどどうでも良かった。
彼の関心を引いていたのはただ一つ。そのどんぶりの中にたくさん詰まった飴だけだった。

青い瞳が食欲に燃える。
自分に向けられるただならぬ凄みを持った目にに恐怖を感じたのか、ちび人形は慌ててきびすを返し、一目散に逃げ始める。

よほど慌てているのか、小さなプレゼントボックスや食べ物をこぼしつつよたよたと逃げていくちび人形。
カービィがそれを全速力で追いかけ始めたのは、言うまでもない。

小さな足をしている割に、ちび人形は中々距離をつめさせようとしなかった。
それには落っこちた食べ物にカービィが気を取られて立ち止まるせいでもあったが、
わざとなのか偶然なのか、朽ち果てて迷路のようになった通路の中でちび人形が巧妙なコース取りをしてくるためでもあった。

曲がると見せかけて直進し、捕まえようと伸ばした手をくぐり抜けて元来た道を戻ったり。
そのたびに翻弄されていたカービィは、気づけばまったく人気のない場所を走っていた。

目の前のごちそうしか見えなくなってしまった彼には気づかないことだったが、そこはまだサムスでさえ探索していない未踏のエリア。
水面下に沈んだ砦の下層へと、彼は足を踏み入れていた。

階段を駆け下り、散乱するコンクリートの瓦礫を飛び越え、崩れた壁をよじ登る。
駆けて跳んで、登って降りて。
ちび人形とカービィは、互いにその短い手足を懸命に動かして進み続ける。

だんだんオフロードレースの様子を呈してきた追いかけっこだったが、それは始まった時と同じくらい唐突に終わりを迎えた。

ちび人形がたたらを踏み、立ち止まる。
彼の見る先には、天井まで積み重なった瓦礫の山があった。
天井が崩落し、上の階層から落ちてきた機械と建材のなれの果て。それが通路を塞いでいたのだ。

隙間はほぼ無く、彼の体では瓦礫をどけることもできない。
途方に暮れるちび人形。恐る恐る振り返ると、案の定目をキラキラと輝かせたピンクの悪魔がすぐそこまで迫っていた。

「つかまえたぁ~っ!」

歓声を上げて、駆けてきた勢いのままカービィは飛び掛かる。

しかし、ちび人形はすんでの所で横へ倒れ込んでそれをかわした。
カービィはピンク色の弾丸のようになって、そのまま瓦礫の山に飛び込む。

派手な音が立ち、気がつくとカービィの体は瓦礫の向こう側へと突き抜けていた。
ガラクタの山は思っていたよりも厚みが無く、脆かったのだ。

そして、その向こうに待ち受けていたのはごうごうと渦巻く水面。
周囲の壁に開いた穴から流れ込んでくる水流も相まって、水面は激しく白波を立てていた。

フロアの大部分が崩落して形成された、ぽっかりと開いた大穴。
所々壊れた壁から外の光が差し込み、騒音に満ちた空間を柔らかく照らし出している。

そんな周りの荘厳な風景を目に収めたのも束の間、カービィは逆巻く水へと真っ逆さまに落ちていった。

リュカは、はっと顔を上げた。
探していた"声"とは異なるが、不意に誰かの心を感じ取ったのだ。
距離は遠い。しかし、この距離を届いてきたとするとその誰かの心は相当に強く揺れ動いていたことになる。

感じ取ったのは、一瞬だけの"驚き"の心。

その意味するところに思い至り、リュカは目を丸くする。
探索している場合ではない。急いでピーチ達と合流しなくては。そして、みんなの無事を確かめなくては。

彼は迷わず、きびすを返す。

気のせいであって欲しい。
焦燥が心をじりじりと締め付けるのを感じながら、彼は元来た道を駆け戻った。

しばらくして、廊下の彼方にピーチの後ろ姿が見えてきた。
彼女は心配そうな顔をしてあたりを見回し、誰かを捜している様子である。

足音に振り返った彼女はリュカの姿を見て少し安心したようだった。

「良かった……あなたは無事だったのね!」

「無事……? それじゃああの、もしかしてカービィは……」

嫌な予感がして、リュカはその先を続けることができなかった。
果たして、ピーチは眉を曇らせ頷く。

「そうなの。さっき部屋を出てきたらもうどこにも……。
私のせいだわ。ちゃんと見ていなかったばっかりに」

かぶりを振り、気を取り直してから彼女はこう続けた。

「でも、手がかりはあるわ」

開いた手。その上に載せられていたのは赤と白の縞模様が印刷された紙。

「お菓子の、包み紙……?」

「そう。これが廊下に点々と残されているの。
この他にも、ほら、そこに小包みも落ちてるでしょ?
これを辿っていけば、きっと見つけられるわ。一度中断して、カービィを探しに行きましょう!」

口を引き結んで頷き、リュカは走り出しかけて――立ち止まる。

「あら、どうしたの?」

大きな瞳を瞬き、首をかしげてピーチが尋ねかけた。
リュカは窓の向こう、夜の闇に沈んだ街の外を少しの間見つめていたが、首を振ってこう答えた。

「いえ……たぶん、なんでもないです」

「そう? 何かあったら言って頂戴ね」

そう言ってピーチはドレスの裾を少したくし上げ、足早に廊下を進んでいった。
リュカも彼女の後を追いかけ、走っていった。

最後に一度だけ、後ろを振り返ったが、
先ほど感じた嫌な感触は、もうどこにも残っていなかった。

漆黒の空にただ一つ浮かぶ天球。
その光に照らされた円形の防壁と水に守られた都市は、骸骨のように青白くぼうと光っていた。

静けさと冷たさに満たされた夜の廃墟。
そこに、煮えたぎる憎しみを抱えて迫る、巨大な影があった。

――壊す、ぶちのめす、叩きのめす、徹底的に……!
あの船を捕まえたらバラバラの粉々に、オレがされたことをそっくりそのまま返してやる……
もうお前らが頼れる所はどこにもないぞ。これからオレが壊してやるんだからな!
エインシャント様の世界でお前らが安心して隠れられる場所など、初めからどこにもないのだッ!

妄執に取りつかれた、金属の眼。
復讐する相手を空白の過去に置き忘れたまま、盲目的な怒りだけを募らせた変形戦車。

その大きな手で山肌の岩を掴み、よじのぼり、彼はついに山の頂に達する。
行く手に広がる円形の都市は、もう指呼の間に迫っていた。
阻むものはもはや、その城壁しか残っていない。

彼は、ガレオムはその拳をきつく握りしめ、憎しみを込めて砦を睨みつける。
そして次の瞬間には一息に戦車形態へと姿を変え、盛大に岩を弾きとばしながら山の斜面を一気に駆けおりていった。

Next Track ... #33『Windfall』

最終更新:2016-02-27

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