気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track34『Flashback』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。

集まったファイターはこれまでに10人。対し、エインシャントに捕まった仲間は20人近く。
絶望的な状況下で、彼らはあえて前へと進む決断を下した。
水没都市に残って先人の遺した記録を探すグループ、爆弾工場へと向かって情報を収集するグループ、そして、連れ去られた仲間を追うグループ。
10人はそれぞれこの3組に分かれて、一時別行動を取ることになった。

水没都市で皆とはぐれてしまったカービィだったが、流された先の部屋で彼は偶然、都市の人工知能を目覚めさせる。
その人工知能から都市にガレオムが接近していること、そしてサムスがその付近にいることを知り、
ピーチ、リュカと合流して彼女を何とか助けようとする。
3人の呼びかけに応え、都市の人工知能は大昔に住人から託されていた武器を起動させる。


  Open Door! Track34 『Flashback』


Tuning

幻影

彼は、ふと顔を上げた。

音も光もない、何もかもが曖昧な世界。
しかし、彼は感じ取っていた。

自分のいる領域がまた広がったことを。

はるか遠くに……あるいは手の届きそうなほど近くに、その街は浮かんでいた。
まだ"落ちて"間もない都市は球形の清浄な空間に包まれ、その様は宙に留まる水滴のように美しかった。
だがいずれはまわりの亜空に蝕まれ、溶け合って、周囲と変わらぬ無貌の闇になってしまうだろう。

彼にそれを止めることはできない。
正常の時空を亜空間に落とすことはできても、それを再び元に戻す力までは持っていないのだ。

だからせめて、悲願を達成するまではあの世界を保たせなくてはならない。
全てが亜空に沈んでしまえば、そこからはもはや彼の力を持ってしても何物をも生み出すことはできないのだから。

水滴のような都市は、見ているうちにも少しずつ膨らんでいた。

じっと眺める彼の顔には、何の表情も浮かんではいなかった。
だがその眼差しには、何かを渇望するような、そして同時に心の底から憎むような色があった。

まさに危機一髪だった。

ガレオムが退却しきるのを待たないうちに船を発進させ、4人は砦から脱出した。
その直後、衝撃波が船を強く揺さぶる。
急発進に備えてめいめい椅子や手すりに掴まっていたリュカ達は、振り飛ばされまいと必死にしがみついた。

やがて揺れが収まり、後方カメラの映像を見た彼らはその目を疑った。
都市の中心部にぽっかりと、球形の闇が出現していたのだ。
彼らが数日の間滞在し拠点にしていた砦はもう跡形もなく、闇はなおも徐々に大きくなりながら都市の全てを飲み込もうとしていた。

あらゆる色と光が消し潰され、限りなく黒に近い紫色ばかりが満ちた空間。
それはまだ記憶に新しい、あのバツ印の爆弾が出現させた闇と瓜二つだった。

闇はその大きさをまったく無視した速さで成長し、膨らんでいく。
そして一時は、マザーシップの後部スラスターを舐めるような距離までに接近した。
しかし、息を詰めて見守るうち徐々にその膨張速度は落ちていき、彼らは危ないところを切り抜ける。

そのまま、マザーシップは全速力で浮上していった。
戦車形態になって命からがら逃走するガレオムの姿が荒野の上でやがて豆粒のように小さくなり、
暗紫色の闇が都市の外回りの防壁までを食い尽くしてしまったところで、船は上空の雲海に達する。

眼下には見えない境界面にそって群雲が広がり、はるか頭上に掛かる天球は少しずつ朝の明るさを取り戻そうとしていた。
空は白く風も凪ぎ、過ぎ去ってゆく雲海はぼんやりとした灰色に染まっている。

今やすっかり異空間に取り込まれてしまった都市は、雲海の下、はるか後方に過ぎ去っていた。

ようやく安全圏に達したことを確認し、安堵のため息と共にサムスは操縦球から手を離した。
AIに目的地を指定し、自動操縦に切り替えて椅子ごと後ろに向き直る。

「それで……」

バイザー越しに切れ長の瞳を向けて、彼女は3人に問いかけた。

「君達は、一体何をしたんだ?」

その声は冷静だった。
表情もいつもの通り怜悧なままで、それはストレートに叱られるよりもかえって威圧感を持って3人の目に映っていた。
ピーチとリュカが顔を見合わせどう答えたものかと迷っていると、その隣にいたカービィが代わりにこう言った。

「んーとね……ぼくがまちを起こしちゃって、それで窓さんにガレオムのことを教えてもらったからサムスがあぶないと思って」

カービィの言葉にきっかけを得て、ピーチが意を決して進み出る。

「流された先で偶然、カービィが何かのスイッチを押したみたいなのよ。
そうしたら砦の電気が戻って……隠されていた研究室のモニタにガレオムに立ち向かっていくあなたの姿が映ったの。
とっさに止めようと、どうにかしようと思って……」

その後を継ぎ、リュカが締めくくる。

「……それで、僕らは街に向かって頼んだんです。
走っていっても間に合わないから……本当に、とっさの思いつきで」

そうして3人は、固唾をのんでサムスの判断を待った。

感情を感じ取れるリュカでさえ、恐る恐る彼女の顔を伺っていた。
パワードスーツ姿で腕を組み考え込んでいる様子はまるで彫像のようで、その心もまた意外なほどの静けさに満ちていた。
心が静かだということは少なくとも感情の大きな荒れはないということなのだが、今は感じ取れないことがかえって一種の怖さを招いていた。

モニタの外をいくつもの雲が過ぎ去り、空の色もゆっくりと明け方の眩しい白さに満たされていく。
サムスはふと顔を上げ、背後のモニタに映し出された外の景色に目をやる。
そして、言った。

「……なるほど。これで辻褄があった」

思わぬ言葉に耳を疑い、目を丸くする3人。
彼らに再び向き直り、サムスはこう続けた。

「君達が責任を感じる必要は無い。すでに先人によってレールは引かれていたのだから。
それに、マリオからガレオムがいないという連絡を受けた時、すでに嫌な予感はあった。
どのみちガレオムが防壁を破壊した時点で、人工知能の判断は決まっていただろう。
……まぁ、その人工知能を目覚めさせたきっかけはこちら側にあるわけだが」

そこで彼女はちらとカービィに視線をやる。
カービィはさすがにばつが悪かったのか照れたように笑い、頭に片手をやった。

「いずれにせよ、あの状況で我々に勝ち目はなかった。
あの時私は一旦カービィの捜索を中断してガレオムの注意を引き、
その間にAIに命令してマザーシップを発進させ、頃合いを見て合流するつもりだったが……」

サムスは、静かに首を横に振った。
彼女自身も、その無謀さを分かっていたのだろう。

「……ただ一つ、その人工知能にコンタクトを取れなかったことが心残りだ。
研究都市の管理システムであれば、重要な情報をどれだけ持っていたことか。
しかし……過ぎたことを言っても仕方がない」

そして、彼女は操縦席を回しモニタに向き直った。
責任はないと言われたものの、最後の言葉にリュカ達は何となく後悔を覚え、俯いてしまった。
希望の糸口、もしかしたら唯一の突破口を自分たちの勝手な思いつきで潰してしまったのかもしれない。そう思ったのだ。

そんな彼らに、座席の向こうからサムスが声を掛けた。

「君達は部屋に戻って休んでいてくれ。
……今日は徹夜で疲れただろう」

言い方こそ少し遠回しだったが、その声には穏やかな暖かみがあった。

3人が部屋に戻っていったことを確認し、サムスも操縦席に背をあずけ仮眠を取ろうとした。
しかし、目をつぶって間もなく、操縦室に軽いビープ音が鳴り響く。
通信の送り主はアーウィン。フォックスからの連絡だった。

宙に開いた仮想ウィンドウに手を触れ、通信を許可してから彼女は尋ねた。

「どうした、フォックス。何か見つかったのか」

向こうの船もカメラを備えているため、通信には映像も付いている。
ウィンドウに現れたフォックスは、少し驚いたように目を丸くしてこう言った。

『起きてたのか。いや、寝てたところを起こしてしまったのならすまない。
返答が無ければ伝言に入れようと思っていたんだが』

時刻は、夜が明けて何分と経っていない。
アーウィンの後部補助座席に座るリンクも、席にもたれてあどけない寝顔をみせている。

「構わない。ちょうど今手が空いたところだ」

『そうか。なら、2つほどここで報告をさせてくれ』

前置きをしてから、フォックスは顔を引き締めてこう続けた。

『まず、敵の輸送車両を見つけた。まだ肉眼では見えないが、センサには掛かっている。
形状はホバートラックといったところで、荷台に十数人分のフィギュアが確認されている』

その言葉と共にデータが送られてきた。
マザーシップAIは横に新しくウィンドウを展開し、表示させる。
転送されてきたのは、アーウィンに搭載されたセンサのデータを統合した画像。
立体的な緑色のワイヤーフレームによってフォックスの言う"ホバートラック"が描き出されていた。

車体をわずかに浮かせ、滑るように一直線に走っていく無蓋車輌。
ホバーは車底の左右に一列ずつあるらしく、もやのような土埃が二列、時折センサの描画を乱しながらもうもうと立っていた。
全速力で走っているはずだが、相対距離の値は時々刻々と縮まっていく。それだけアーウィンが速く飛行しているのだ。

トラックの荷台に乗せられているものもまた、線画で描写されていた。
距離が遠いためにそれはまだでこぼことした塊にしか見えないが、アーウィンの生体反応センサはそれに被せて十数人前後のシグナルを検知している。
マザーシップAIが学習した人形兵とファイターの差異は彼にもデータとして渡してある。つまり、あれは間違いなくエインシャントの犠牲者達だ。

『もう少しすればビーコンを当てられる距離に入る。……だが、少し問題があるんだ。
これが2つ目の報告なんだが、まもなく俺達は未探査区域に突入する。
地図で示されていた中央の空白地帯に』

「……」

眉をしかめ、サムスは黙って腕を組む。
しばらくあって、彼女はウィンドウの向こうにいるフォックスの顔を見つめ、こう聞いた。

「止めても行くつもりだろう?」

果たして、彼はゆっくりと頷いた。

『ホバートラックがセンサに引っ掛かったのは昨日の晩だったんだが、その時リンクとも話し合った。
俺達の心は決まっている。今を逃せば次はない』

それは確かだ。しかし――
と、逆説の言葉を継ぎそうになる自分を、サムスは首を振ってとどめた。

今一度彼が送ってきたデータを慎重に読み直し、その数値が意味するところを繰り返し確認する。
索敵範囲を限界まで広げても何も引っかからず、全てのセンサにおいて感知できる距離に怪しい構造物はない。はじき出される答えは、オールグリーン。

しばし瞑目し、そして彼女は頷く。

「……了解した。君達の無事を願っている」

まっすぐに視線を向けてそう言った彼女に、フォックスは感謝するように笑みを見せ、軽く挙手敬礼を返した。

『危険だということは分かっている。
無理はせず、頃合いを見計らって引き返す。以上だ』

リンクは目を覚ました。
睡眠時間は5時間ほどだったが、彼にはそれで十分だった。

狭い座席でできる限りの伸びをし、全身のこりをほぐす。
次に、フォックスから教えられた通り足の運動をしかけて、そこで前の座席の様子に気がついた。
宙に緑色に輝く"ホログラム"の痕跡がきらめき、フォックスもその頭に被せられた機械の位置を直している。先程まで何か通信をしていたらしい。

「なぁ、サムス何て言ってた?」

その背中に声を掛けると、フォックスは座席越しにこちらを振り返る。
進行方向から目をそらす形になったが、巡航については結構な程度までアーウィンの付属AIが対処してくれるから問題は無い。

「無事を願っている、と。
ともかく、これから俺達が突入するのはエインシャントのテリトリーだ。
ホバートラックに追いついたらビーコンを打ち込むだけにして、ひとまず戻ろう。
あまり長くここにいるのは危険だ」

「そうだな……」

そう言って口を引き結び、リンクは頭上の窓を見上げた。
アーウィンは、幾層も重なる雲の海のただ中を突き進んでいる。
見上げる空にもまた雲が掛かっていたが、その向こうに見える光源、天球はいつの間にか今までに見たこともないほど空に高く上がっていた。

まばゆく輝く偽物の太陽はまさに中天に懸かり、その光を受けて四方の雲海も白く美しく浮かび上がっている。
ここに来て初めて見るきれいな光景だったが、それは同時に、2人が今や誰も来たことがない世界の中心に踏み入りつつあることを示していた。

人工的な白さに満たされた空間。
床も壁も全てが自ら発光し、そのために室内には影が存在していなかった。

その部屋は少し特殊な構造を持っていた。
上下に高く、その中ほどに八角形の広いステージが架けられている。
柵もなく、模様さえないただの一枚板。それが何の支えも無しに浮遊していた。

一見1メートルほどの厚みしかない板なのだが、双頭の戦車、デュオンが乗ってもそのステージはびくともしなかった。
彼らは無言のまま、改めて主の所業に感嘆しながらステージをぐるりと巡っているところだった。

ふと、その歩みが止まる。
彼らの目の前に黒いもやが現れたのだ。
それは回転しながら徐々に形を得て、ジェイダス――2つの頭を持つ人影になった。

傍から見れば、ジェイダスはただ一礼しただけに見えただろう。
だが、それだけでデュオンには彼が何を言ったのかが伝わっていた。

「ふむ……やっと来たか」

冷静な眼差しを部下に向け、デュオン・ソードサイドは呟いた。
それから腕を一閃し、命ずる。

「ジェイダス、部下に伝えよ」「ただちに作戦に移れ、と」

純白の部屋に、彼らの声は朗々と響き渡った。
そのこだまが消えないうちに、ジェイダスは礼を返すと再び幻のようにかき消えた。

リュカは、自動ドアの開閉する音で目を覚ました。

毛布にくるまったまま、狭い貨物室の壁に掛けられた時計を見上げる。
いつの間にか、時刻は昼になっていた。明け方に寝入ってから7時間くらいは眠っていた計算になる。
どうやら、自分で思っていたよりも疲れていたらしい。

彼の横には他に3人分の寝具が並べられている。といっても備品の毛布を何枚か重ねただけのものだが、意外に寝心地は悪くない。
部屋の床はほとんど毛布でいっぱいになっており、ドアのある側から突き当たりの壁までの間だけが廊下のように細長く空けられていた。

視界の端にはいつの間にか、熟睡しているカービィの他にもう1人の人影があった。
床にしゃがみ、こちらに背を向けて荷物の整頓をしている白い翼の少年。

偵察船に乗って爆弾工場に向かったピットの姿が、そこにあった。
ということは、もうやるべきことを終えて戻ってきたのだろうか。

まだまどろみが抜けないまま、何となくその様子を眺めていると彼が振り返った。

「あっ……ごめん、起こしちゃったかな?」

申し訳なさそうに、ピットは小声で聞いた。
リュカは首を横に振る。

「そろそろ起きなきゃって、思ってたところです」

そう言って毛布から身を起こし、続けてこう尋ねる。

「いつ戻ってきてたんですか?」

整理を終え、ピットはこちらに向き直る。

「ほんの少し前だよ。倉庫がいっぱい並んでいるところで待ち合わせて。
今、この船はその倉庫の中に止めてあるんだけど、休憩を取ったらまた発進するらしい。あまり長居して見つかっちゃったら困るからね。
サムスさんは一応人形がいないところを選んだんだけど、ここまで中心部に近づいたら慎重にならなきゃいけないってそう言っていたよ」

「……なんだか、忙しいですね」

素直にそう言うと、ピットは笑った。

「旅ってそういうものだよ。どこかに着くためには、歩き続けなきゃならない」

それは彼の経験から出た言葉だったが、まだリュカにはぴんと来ない話であった。
寝起きの頭で何とか理解しようと頭をひねっていると、ドアをノックする音がした。

ピットが返事をし、立ち上がってドアを開く。
現れた相手を見て、その背に備わる翼が緊張したようにぴくっと動いた。
一体どうしたのかと、リュカは彼の横からそっと顔を覗かせる。

そこに立っていたのはメタナイトだった。

「休憩中に失礼する。カービィはそこにいるだろうか?」

「え、えっと……いますけど……」

口ごもり気味に答えて、ピットはちらと背後を振り返る。
カービィは相変わらず毛布をひっくり返して熟睡している。揺すっても起きそうにない様子だ。
それを見て取り、ピットは相手がまだ何も言わないうちにこう切り出した。

「あ、あの!
……彼はもう十分サムスさんから言われてると思います。
それにかなり疲れてるみたいですし……今はそっとしてあげましょう」

メタナイトはしばらく黙って、こちらもいつも通りの鋭い眼差しでピットを見上げていた。
やがて一つ頷く。

「……そうだな。
聞くところによれば、彼が失踪したおかげで困難を切り抜けられた面もある、と。
これが厄介事を起こしただけであれば考えたが……」

そしてマントを翻し、彼は最後に一言「失礼する」と挨拶して去っていった。

彼が、向こうにもう一つある貨物室――現在の第二居住室に姿を消したのを確認し、ピットはようやく安堵のため息をついた。

「どうしたんですか……?」

心配そうな顔をして尋ねたリュカに、ピットはわずかに苦笑いしてこう答えた。

「いやぁ……帰りの船の中で、やっぱりいなくなったのはカービィだったって聞いたら、あのひと怒っちゃって……。
正確に言うと、怒ったと僕が思っただけなんだけど……全く一言も喋らなくなっちゃったら、誰だってそう思うよね」

リュカも、頷いてそれに同意した。
船内の隅に立ちただひたすら黙って外を眺めるメタナイトと、何とか話題を逸らそうとするマリオ、
それに合わせようとするルイージとピットの姿が目に浮かぶようだった。

「それで、さっき来た時もこれは絶対説教をするつもりだろうな、と思って」

少しきまりが悪そうな顔をして、ピットは頭に手をやった。
リュカはもう一度頷いた。頷きながら、思わず笑っていた。
それにしたって、自分ではない誰かのためにここまで心を砕くなんていかにも彼らしいと思ったのだ。

「もう十分反省したんじゃないかな……たぶん」

リュカがそう言った向こう、廊下の方角からピーチの呼ぶ声が聞こえてきた。

「みんなー! ランチの用意ができたわよー!」

途端、カービィが跳ね起きた。

「ごはん!」

目を輝かせて言うが早いか、彼はもの凄い速さで部屋を出て行った。

後には、やや呆気にとられた様子の少年達が残される。

「……やっぱり」

やがてピットが口を開く。苦笑し、肩をすくめてこう続けた。

「そう簡単には変わらないみたいだね」

2日ぶりに、ミーティングルームの椅子はほぼ満席になっていた。
水没都市に残っていた方は部屋の賑わいぶりを、爆弾工場に向かっていた方は作りたての食事を久々に楽しんでいた。

「いやぁ、温かくて美味しい物が食べれる、これに越したことはないな!」

マリオは湯気の立つマカロニグラタンを早くも半分まで食べ終え、匙を手にきっぱりと断定する。

「温かくて美味しいだけじゃないわよ。最後にみんなが幸せになる、ちょっとした魔法を掛けてるの」

今日の調理担当だったピーチは、茶目っ気たっぷりにそう言った。
そんな彼女に、ピットは目を丸くしてこう尋ねた。

「ピーチさんって、お料理の魔法も使えるんですか?」

「ふふふ、どうかしらね」

笑ってはぐらかそうとしたピーチの隣から、サムスが答える。

「要するに、"丹精を込める"という魔法だろう」

「あら、こういうことは種明かししたら面白くないじゃないの」

そう言って首をかしげてみせるピーチだったが、サムスはすました顔でサラダを口に運んだだけだった。

外出組が持って行った保存食と、今円卓に人数分並べられている料理は、実は元は同じものだ。
ただ違うのは、加工に一手間掛けていること。調味料の微妙なさじ加減や食品同士の合わせ方、それが美味しさを生み出しているのだった。

久々の賑わいを取り戻したミーティングルーム。
しかし、その円の中にいてただ1人、リュカは心の底に物足りなさを覚えていた。

彼は周りから話しかけられる言葉に答えながらも、ふと気がつけば、壁際に片付けられた予備の席へと目をやっていた。
リュカの心にあるのは、フォックスと共にマザーシップを離れたリンクのことだった。

彼と共に旅をした期間は1ヶ月にも満たない。なのに、こうして離ればなれになったことがひどく心細いのだ。
今、周りにはたくさんの仲間がいるのに、リュカは自分がひとりぼっちになってしまったような気がしてならなかった。

思えばあの時、右も左も分からず人形兵に取り囲まれ、一方的な攻撃を受けていた自分を助けてくれたのは彼だった。
彼は、戦う自信が無かった自分を励ましてくれ、どんな壁が立ちはだかっても持ち前の勇気と機転で乗り越えてみせた。
今だって、彼がここに居合わせていたならいつもみたいにテーブルに身を乗り出さんばかりにしてみんなと賑やかに話していただろう。

そこまで想像し、リュカははっと気づく。
自分が今まで、助けてもらった時からずっと彼の背を追いかけていたことに。

複雑な面持ちで、目の前のスープ皿を見つめる。
一緒に旅し、戦ってきたつもりだった。だけどその実、自分は誰かの指示を待っていただけだった。
誰かが自分の行動に裏付けをくれるのを待っていたのだ。そして多くの場面で、それをくれたのはリンクだった。

考えるうちに分からなくなってきた。

――僕はこれからどうすれば良いんだろう。
……僕は、どうしたいんだろう。

捕まっているファイターを助け出し、エインシャントの企みを挫く。
そのためにここにいる。でも、その目標は果たして自分が心から願うものなのだろうか。
みんながそうするから、それに合わせてついて行ってるだけなんじゃないだろうか。

ひとりぼっちになり、追いかける背中が見えなくなって初めて、そんな疑問が頭をもたげた。

自分は本当は、どうしたいのだろう。

「かえって分からないことだらけになったな」

不意にそんな声が耳に飛び込んできて、リュカははっと顔を上げた。
しかし、それを言ったマリオの顔はこちらを向いてはいなかった。
匙を手に頬杖をつき、何事か考え込んでいる顔だ。

「エインシャントは何でも作ることができる。建物や人形だけじゃなく、氷みたいなものまで。
しかし、そこには妙な無駄があるんだ」

食べかけの野菜スープをそのままに、彼は話を進めていく。

「俺達が行ってきた爆弾工場なんかもそうだ。
地下に向かってく途中いろんな廊下を通ったけど、明らかに使われてない部屋ばかりが並んでいるところもあった」

話が長くなりそうなのを察し、隣のルイージが注意しかける。

「兄さん、そういう真面目は話は後にしようよ。食べながらするものじゃ――」

ひとまず置いておいて、今は食事を優先しようと言いたかったのだが、
しかし、言い終わらないうちにカービィが身を乗り出した。

「あーっ、それぼくも分かるよ!
ぼくらが前にいったおおきなこうじょうも、なににつかうのか、なんのためなのか、
とにかく、なんだかよく分からないばしょがあちこちにあったんだ」

「確かに」

と、会話に加わったのはサムスである。
彼女までもが流れに加わってしまったことに目をぱちくりさせているルイージをそのままに、彼女は続けた。

「私が今まで調査してきた建造物にも同じ傾向が見られた。それも、エインシャント側の建物のみに。
構造の無駄は資源の無駄となる。
ただでさえ事象素が減少しこの世界が崩れようとしているのに、わざわざそのような無駄を作る理由が分からないな」

「無駄と言えば、建物の他にもありますよ」

ピットも、食事の手を止めて発言した。

「僕もしばらくこの世界を歩きましたが、枝も葉も何もかもが黒い森や、あまりにもきれいで魚さえいない川、山のなり損ないのような土くれとか、
明らかに自然のものじゃない景色を目にしました。でも、そんなものを作ったところで何の意味も無いはずです。
少なくとも、僕らを捕まえる役には立ちませんよね」

「それってつまり、私達が考えているより、エインシャントは何でもできる訳ではないということ?」

頬に片手を当て、首をかしげるピーチ。
その姿勢のまま天井の辺りを見つめ、考えながら彼女は続けた。

「思い通りにものを作れるように見えて、でも実はどれも中途半端にしかならない。それどころか無駄なものまで作ってしまう……。
いえ、もしかしたら何かを作ろうとした時に、同時にいらないものまで出来てしまうのかしら」

「……そうか、それだ!」

ぽんと一つ手を打ったのは、会話の発端であるマリオ。
こちらに向けられる顔を見渡して、彼はこう言った。

「エインシャントは新しいものを作り出すことができないんだ。
つまり、すでにあるものの真似しかできない。それも不完全なコピーしか」

「なるほど。爆弾工場に誰も使ってない部屋があったのも、火力発電が現役だったのも、
作る時の参考にした工場にそんな場所があったから……」

いつの間にか兄を注意しようとしていたことも忘れて、ルイージは相づちを打つ。

「配線や何かも工場と一つのセットになってるから、発電の機械もそれを使うしかなかった。
部屋にしてもそうだ。元の建物では意味のある部屋だったけど、エインシャントにとっては要らないスペースでしかない。
でも、彼にはそれを取り除くことができないんだ。だから、人形達の使わない場所がいくつも残されたままになっている」

ピットも頷き、こう言い添えた。

「すでにあるものの真似……川や森、街の偽物などはそれで説明がつきますね。
きっと、エインシャントが事象素を操れるようになったばかりの頃に周りにあるものをとにかく真似てみた残りなんでしょう。
でも、そうするとまた分からない点が……」

顎に手を当てて考え込み、ピットは少し間を置いて言うことをまとめる。
完全に議題に集中してしまっているらしく、目の前のパンが食べかけなのにも気づいていない様子だ。
白くふんわりとした断面を見せているパンをそのままにして、彼はこう続けた。

「人形は……人形兵はどうなんでしょう? あるいは、ガレオムやデュオンは。
僕は、彼らはエインシャントのオリジナルだと思うんです」

「確かに、今まで解析したデータを見ても人形兵が出現するのはエインシャントが宣戦布告してから。
それ以前の映像に映っている人間以外のものと言えば、家畜やペットといった動物、後はあのロボットくらいのものだ。
人形兵の姿をしたものや、あるいはそれに似た生物の姿は全くと言って良いほど映されていなかった」

そう言ったサムスは、いつの間にか昼食を片付けていた。
会話の合間を縫ってうまく食べていたらしい。

「だが、人形兵にしても何かが元になった可能性はある。
何しろ、エインシャントは人間に反旗を翻す前に他の世界を見て回っていた、というのだから。
人形兵もガレオム達も、彼が過去に回ったどこかの世界に元があるのかもしれない」

「元にしたと言えば、結局あの爆弾もそうだったな」

思い出したようにマリオが言った。

「ほら、エインシャントが爆弾工場で作っていた爆弾も、水没した街に隠されてた奥の手も。
どっちも爆発すれば真っ暗なボールが現れて、どんどん膨らみながら周りのものを取り込んでいく」

あの時その場にいたピーチ達は自分の目で見た光景を、ルイージ達は映像で見せてもらった都市の最期を思い返し、めいめい納得したように頷いた。
皆の思い至った結論を代弁するようにして、ピーチが口を開く。

「エインシャントはきっと、あの街の人がみんな避難した後にやってきて、爆弾を見つけたんだわ。
そしてそれを真似て、もっとたくさんの爆弾を作った。
でも、変ね。記録ではあの爆弾はエインシャントに痛手を与えるためのものだったはず。
それをわざわざ真似て作るなんて……?」

小首を傾げ難しい表情をするピーチの横から、カービィが答えた。

「それはね、きっとあのバクダンじゃきかなかったからだよ。
"きょーじゅ"さんたちはきくと思ってたかもしれないけれど、エインシャントにとっては実はいたくもかゆくもないものだったんだ」

「そうなるとますますあの街の人が気の毒ですね……。
一生懸命研究して作ったものが、効かないどころか逆に悪用されちゃうなんて」

「ああ、全くその通りさ。しかもその上、彼らの良き相棒だったロボットが起爆の引き金になるよう改造されてるんだからな」

そう言ってマリオは眉を寄せ、椅子に背を預けて円卓の中央に厳しい目を向ける。

彼らが爆弾工場から手に入れたデータには、体裁の違う2つの設計図が含まれていた。
片方はこの世界固有の文字で書かれた、おそらくは水没都市に埋められていた爆弾と同じもの、
そしてもう一方が、ファイター達が読むことのできる文字で書かれ、なおかつロボットを必要とする起爆装置が付け加わったバージョンの設計図。
2つ目の設計図が示す悪意は、この上ないほど明確だった。

ミーティングルームにいるファイター達はしばしそれぞれの思考に沈み、思いを巡らせていた。
先ほどから話を聞いてばかりだったリュカも、エインシャントについて自分なりに考えをまとめようと腕を組んでみた。

と、その沈黙を不意にサムスが破った。

「……いや、本来痛手であるはずだ」

顔を上げて、こう続ける。

「未明に都市を離れる際、私はガレオムの音声通信を傍受した。
通信の相手はエインシャント。彼が引き留めたことによってガレオムもまたあの爆発から逃れられたのだが、
その際にエインシャントが言っていたことによれば、あの爆弾が発生させるのは"亜空間"だということだ」

「アクウカン……?」

目をぱちくりさせて、そのまま繰り返すカービィ。
言葉の意味が分からないのは他の仲間も同じらしく、皆一様に戸惑った表情をしていた。
その中で、何とか理解しようとしてピットはこう言った。

「"あ"というと、主となるものがあってそれに対して下……って意味の"亜"ですか?
空間に対して、亜空間。とすると、空間よりも劣っている、けれど空間に似ている何か……」

「だいたいその理解で間違いは無い」

彼に頷きかけ、サムスは説明に入った。

「平たく言えば、亜空間は空間のなりそこないだ。
我々の暮らしている実空間とは違い、また真の真空、全くの虚無とも異なる。
つまりそこには何が存在するわけでもなく、しかし何も無いとも言えない。まさに有耶無耶な場所だ。
私達のような実空間の存在が入り込んでしまうと、徐々に周りの曖昧な亜空間に取り込まれ、消えてしまうと言われている。
どんな電磁バリアも、保護フィールドもそこでは意味がない。防御手段でさえ実空間に属する存在なのだから。
……しかし、私の世界では"亜空間"など机上の空論から生じる計算上の幻だとも言われていたのだが。
ここで実物を目にするとは思わなかったな」

「何もかもが取り込まれて消える、か」

腕を組んで頷き、ルイージはこう続けた。

「それなら確かに、エインシャントにとっては都合の悪い武器だよね。使うたびにどんどん自分の居場所が無くなっていくんだから。
でもその反面、もしうまく当てられれば僕らを消すことができる……考えたくはないけど」

そう最後に付け加えて、彼はわずかに身をすくませた。
しかし、隣の兄はそれほど不安を覚えていない様子だった。

「俺達なら何とかならないかなぁ。
ほら、ファイターって『スマブラ』に繋がってるところなら何の苦労もなく動けるだろ?
それだけ広く通用するなら、亜空間で動けても良いような気がするな」

ずいぶん楽天的な見通しだったが、サムスから返ってきた言葉は意外にも否定ではなかった。

「何とも言えないな。
幻の存在だと言われている以上、私の世界で亜空間を旅した者はいない。
たまに報告があったとしても、あまりあてにならない眉唾物ばかりだ。
だから、亜空間に入った存在が徐々に消えていくとしても、それがどのくらい掛かるのか、またその時間は何に比例するのか。
分かっていないことの方が多い。したがって私達ファイターが入っても問題は無いのかどうか、それもまた入ってみなければ分からないことだ」

そこで、彼女は静かに首を横に振る。

「……だが、できればそんな事態になってほしくないものだな。
読みかじった話だが、計算上、質量のある物体が亜空間から脱出するには膨大なエネルギーが必要となるそうだ。
私達がファイターの特性で"消化"されないとしても、亜空間という引力がある限りそこに閉じ込められることになるのかもしれない」

これにはさすがのマリオも眉をひそめた。

「そりゃぁぞっとしない結末だな……道理であんなおどろおどろしい色をしてるわけだ」

「あれは周囲の光を取り込んでしまっているのもあるだろう」

限りなく黒に近い紫色の闇。
誰もが『あれに近づいてはいけない』と思ったその直感は、間違っていなかったのだ。

「それで、あの爆弾に対する対策は見つかったのですか?」

真剣な面持ちで、ピットはサムスにそう尋ねた。

「せいぜいが、ロボットと爆弾の接続を邪魔する、といったところだ。
設計図を見た限りでは遠隔起爆の仕掛けなどはなかった。起爆装置の起動を防ぐことができれば、爆弾は爆発しない。
もっとも、それを克服した新型が作られる可能性など考えだせばきりは無いが……」

首を振り、声を改めて彼女は続ける。

「ともかく一度秒読みが始まってしまったら、全力でそこから離れる。
あの爆弾が亜空間を生成すると分かった以上、起爆されてしまったら逃げる以外に助かる方法はないだろう」

「やっぱりそうですよね……」

と、ピットは残念そうな顔をして席に背を預けた。
苦労して手に入れた爆弾の設計図が皆にあまり良い情報をもたらせなかったと知って、彼は少し落ち込んでいた。

そんな彼を励ますように、ピーチがこう言った。

「でも、あの爆弾がエインシャントにとっても悪い事態を招くのは事実よ。
それってつまり、無闇に使ってはこないってことじゃないかしら?
特に、私達は今彼のいるところに近づいてきている。彼だって、自分の近くでそんな危ないもの、使いたがらないはずよ」

「あるいは追い詰められた末に、危険を承知で起爆させるか……」

「おいおいそんな暗いこと言うなよサムス!
それよりも前に俺達がエインシャントの目の前まで詰め寄れば良いだけだろう?
いくら切羽詰まったとしても、自分の身もろとも巻き込むはずがないさ」

再び侃々諤々の議論を始めた6人。
その輪の中にいながら、やはりリュカは会話の流れを追うだけになっていた。

誰かが疑問を投げかければ誰かがそれに答え、口を挟む間もなく話が移り変わっていくせいもあるかもしれない。
実際周りの心を見てみればリュカの他にも、言い出しかけて機先を制され、会話に耳を傾けながら自分の考えをじっくりと練っている人はいる。
だが、リュカはなぜだかいつまで経っても積極的に発言しようという気持ちが湧かなかった。

他の皆と違って、明確な考えを持っていないからかもしれない。あるいは、深く考えるだけの知識が無いからかもしれない。
色々と思いを巡らせてみたが理由は見つからず、何もできない自分への焦りばかりが募っていった。

と、その視界の端で動きがあった。
ミーティングルームの扉が静かに開き、ここにいなかった1人が姿を現したのだ。

他の6人は議論に集中しており、また彼の背丈が円卓より低いこともあってそれに気づいたのはドアの近くの席にいたリュカだけであった。
メタナイトは室内に踏み入りかけてそこで立ち止まり、少しの間仲間の様子を眺めていた。
そして、こちらを振り返っていたリュカに尋ねかける。

「いつの間に会議が始まっていたのだろうな……?
いや、食器が片付いていないところを見ると、これは少なくとも本会議ではないようだな」

リュカは頷き、こう答えた。

「はい。まだご飯の途中なんですけど、何だかだんだん話が本格的になってきちゃって……」

「なるほど……」

そう呟いてメタナイトはもう一度、白熱する議論をやや見上げ気味に眺めてから、空いていた壁際の席に腰掛けた。

「どうやら時期を逃してしまったようだ。もう少し早くここへ来ていればな」

リュカにそう言った彼の目は相変わらずのポーカーフェイスだったが、その声にはそれほど後悔しているような気配はなかった。

彼が仲間の輪から距離を置いたところに場所を取り、発言せずに議論を静観している様子に少し勇気づけられたリュカは、
彼と一緒に仲間達の会話を見守ることに決めた。

何も無理に発言する必要は無い。関心を持って目を開き、耳を傾けていれば、いつか自分の考えもまとまってくるだろう。

眼下、雲の隙間からはるか下に見えるのは、白茶けた砂に覆われた荒れ地ばかり。
ホバートラックが砂を巻き上げていった跡もくっきりと二列、平行線になって続いている。

時刻は夕方にさしかかり、空も大地も次第に曖昧な灰色へと溶け込んでいく。
筆で掃いたようなトラックの轍も肉眼では周囲の地形と見分けがつかなくなってきたが、
アーウィンのセンサは惑わされず、しっかりとその先に目標を捉えていた。

自他の距離はだんだんと縮まっていき、まもなく地平線に黒い点として見えてくるはず。
そうなればもう、追いつくのは時間の問題。後は飛び過ぎざまにビーコンを打ち込んで全速力で引き返すだけだ。

フォックスとともに、追いかけてきた相手が現れるはずの天と地の境をじっと見つめていたリンクは、
ふとその境界がやけにぼうと曖昧に揺れ動いていることに気がついた。

目を瞬き、一旦視線を外した彼の目に移ったものは――

「雪……?」

そう、天高いところから降ってくるひとひらの雪だった。

雪片は瞬く間にアーウィンの横をかすめてはるか後方へと過ぎ去っていったが、
リンクが視線を前に戻した時にはもう、前方の景色は一変していた。

視界を埋め尽くさんばかりの白。
ぼた雪のような純白の粒が次から次へと流れ去り、まるで彗星の尾の中に迷い込んでしまったかのようだ。

「いや、これは雪じゃない」

フォックスが言った。その顔は険しく、操縦桿を握る手には力が入っていた。

「確かに周囲の気温は低下しているが、この粒は水や氷なんかじゃない。事象素だ」

「それって――」

どういうことだと問いかけた先に、すぐ答えが返ってくる。

「相手はセンサを撹乱するつもりだ。
ベルトを確認してくれ。一気に詰めるぞ!」

言われてすぐに、リンクはベルトの留め金に目を通した。
見たところでは問題なし。出発時からいじってはいないので、外れることもないだろう。

確認が終わるか終わらないかのうちに、周囲の景色が変わりはじめた。
雪の流れが前方からではなくやや下方からとなり、見る間に速度を増して吹き上げるような形となる。

――落ちる!

錯覚し、リンクは慌てて前の座席に両手をしがみつかせた。
しかし目をつぶって少しすると、機内はまったく安定していることに気がついた。

「……そうか、打ち消してるって言ってたっけ」

俯いたまま目を開き、そう呟く。

アーウィンは今、実際に急降下している。
おそらくは地上のホバートラックに向けて、一直線に加速して。
しかし船内にいるリンク達はG-ディフューザーシステムのおかげで、加速の反動で押しつぶされることもない。

打ち消しがあってこそこれだけの高速度を出せるのかもしれないが、
やはりリンクにとっては、速度を出しただけ手応えの返ってくる普通の船の方が馴染みがあるのだった。

心が落ち着いてきたので顔を上げかけ……そしてすぐに背ける。

「無理はしない方が良い」

目をつぶった向こうでフォックスが言った。

「君は目を閉じていてくれ。ここを抜けたら教えるからな」

「んなこと言ったって、つぶってたら何かもったいないだろ」

そう強がりを言って、薄く目を開けたときだった。

「なんだ?!」

一面の猛吹雪の中から、ぼんやりと何かの姿が浮かび上がった。
大きい。距離は分からないが、しかしそれは地面すれすれを飛行するアーウィンからして見上げるほどの高さを持っている。
自分たちの追いかけている車ではない。もっと高くて広い、"何か"だ。

視認したのと同時に、船内にブザーが響き渡った。
それも一つや二つではない。様々な音色の警告音がてんでバラバラに、狭い空間に弾け飛ぶ。

「接近警告? しかし、今になっていきなり――」

疑問は後回しにし、フォックスは操縦桿を大きく左に切った。
アーウィンが急角度で旋回したのと同時に、出し抜けに横に壁が現れる。
あと1秒遅ければ、機体はあの壁に激突していただろう。

しかし、障害物はそれだけではなかった。
急カーブを描いたアーウィンの周囲で世界が一変し、目の前に唐突に広がったのは、複雑に入り組んだ白亜の通路。
今まで通ってきたはずの荒れ地はどこかへ姿を消し、いつの間にか彼らは巨大な構造物のただ中に迷い込んでいた。

フォックスは慌てず、突っこんできたときの勢いを何とか制御しようとしながら右に左に舵を切る。
その度に、アーウィンは鋭い角度を描きながら壁や柱のわずかな隙間をくぐり抜けていった。

迷宮はあり得ないほど大きく、どこまでも続くようだったが、同時に妙な既視感を覚える造形も備えていた。
壁には所々小さな窓が開いており、差し渡された柱はよく見れば橋や渡り廊下となっている。
2人が踏み入れたのは、数え切れないほどの建物を複雑に組み合わせてできた迷宮だったのだ。

雪は止んでいた。

「そうか……これを隠していたんだな。エインシャントは」

鳴り止まないブザーに耳を塞ぎ顔をしかめながら、リンクは独りごちた。

デュオンから送られてくる映像をつぶさに眺めてから、エインシャントの幻は一つ頷く。

『ふむ、ここまでは成功したようだな。
しかしデュオンよ。もし奴らに追いつかれたらどうするつもりだ』

「ご心配なく、我等が主」「我々には策があります」

落ち着き払って答えたデュオンに、エインシャントは妥協のない一瞥をくれた。

『その言葉を信じたいものだ。
だが、感心せんな……おとりに本物を使うとは』

彼の目がリアルタイムの映像に、地上の狭い路地を走り回るホバートラックに向けられる。
その幌のない荷台に載せられたフィギュアは、どれも彼が苦労して手に入れた実物なのだ。

ファイターの乗る戦闘機は、今のところは何区画も離れたところで機体を立て直そうと躍起になっている。
だがあと数分もすれば、彼らは搭載されているコンピュータの演算能力とパイロット自身の腕前によってあの状況を乗り切り、
再びセンサを用いてホバートラックの追跡を始めるだろう。
そうなれば、機動力でも速力でも下回るこちらのトラックに勝ち目は無い。

しかし、デュオンの目には焦りの欠片も見受けられなかった。

「これには意味があるのです。彼らを捕まえるには、本物でなくてはなりません」

「事象粒子を固めた偽物など使おうものなら、彼らはすぐに気づくことでしょう」

部下の理論はもっともだった。
エインシャントはしばし黙し、目深に被った帽子の庇からデュオンを見上げる。

『……デュオンよ。
今度ばかりはしくじるな。奴らの持つ切り札、必ずその謎を暴くのだ』

「はっ……!」

素早く礼を返したデュオンに、彼は念を押すように言った。

『いいか、必ずだ。次に報告をする時は、実りのある言葉を待っているぞ。
"できない"という報告など、私は認めない』

氷よりも冷たく色のない声を残し、主の幻はかき消えた。

デュオンはしばらく腕を胸に引きつけた姿勢のまま、アイセンサを切っていた。
"必ず"。主の告げた言葉の重みを十二分に受け止めてから、面を上げる。

「迎撃部隊」「出動せよ!」

彼らの声は、無数の部下達の耳に声ならぬ声として凛と響き渡った。

アーウィンは砲撃を受けていた。

物見塔や壁の銃眼、櫓の上や壁面の窓に至るまで、ありとあらゆる場所に兵士がつき照準をこちらに向けてくる。
多くは緑帽の一般兵だったが、飛び交う銃弾の中には明らかにミサイルらしきものまで混ざっていた。

そばを飛び過ぎながら目で追うと、バツ印の中央にドクロをあしらった砲台が一般兵に混じって砲撃しているのだった。
いかついドクロの顔を持っているだけあり、それから連射して放たれるミサイルはかなり強力だった。
アーウィンを狙い損ねたミサイルが対岸の壁に雨あられとぶち当たり、落ちてくる建物の破片が土砂降りのようになってはるか下の地面を叩く。

「なんだありゃぁ……」

およそ建物が密集している地帯では避けた方が良い、あまりにも荒っぽい攻撃方法に恐れよりも先に呆れが来て、
リンクは口をぽかんと開け、後方に過ぎ去っていくドクロ砲台を見やっていた。
対し、フォックスは一層目を鋭くさせて言った。

「あの時と同じだ」

「あの時?」

問い返したリンクに、振り返らずに彼は頷く。

「俺が初めて灰色の世界にやって来た時、掛けられた罠と同じなんだ。
奴らはこっちの性能をしっかり把握してるんだな……。
あの時は航空部隊の物量作戦だったが、今回はそれがこの入り組んだ路地。
そうしてまともに飛ぶだけでも精一杯になったアーウィンを遠距離兵器の一斉射撃で落とす。そういう手口なんだ」

「でもさっきから当たってないじゃんか」

怪訝そうに、リンクはちらと外に目をやる。
目まぐるしく移り変わる外界と静かな機内とを隔てる窓には、直撃を示す少しの割れ目や焦げ跡もない。
気密が保たれているせいもあって、四方で轟いているはずの爆音もここでは遠雷ほどにしか感じられなかった。

だが、パイロットは愛機が飛び込んでしまった現状を正確に把握していた。

「いや、当たってはいるんだ。ミサイルだけは何とか避けられているが。
レーザーにしても、エネルギーシールドがあるから機体そのものには当たっていない。
今のところはシールドが食い止めてくれているが……この調子だとじきにエネルギーも切れる。そうなれば俺達も危ない」

彼の言う通り、酔わないよう注意しながら窓の外を眺めると、機体と外を隔てるもう一つの膜が見えてきた。
かすかに青白く光り、砲撃を受け止めたところだけが火打ち石をぶつけたように鋭く光量を上げる。

「これ、どのくらい持つんだ?」

「敵を倒せばその都度エネルギーを補充できるはずだが、これじゃ気休めにしかならないだろう。
こうなったらビーコンは後だ。とにかく、一刻も早くここを離脱しないと――」

そこまで言いかけて、フォックスは言葉を切り替えた。

「伏せろ!」

咄嗟に前の背もたれに両手をかけ、頭を低くしたリンク。
その視界の端で、世界がぐるぐると回るのを見た。
機体がローリングし、周囲に張られたエネルギーシールドが一層輝きを増し――

間もなく、衝撃。

打ち消しきれなかった余波が斜め上から叩きつけるように襲いかかり、機内を派手に揺さぶる。

フォックスはいち早く立ち直り、機体の損傷状況を確認した。
真っ先に目に付いたのが赤く点滅する"0"という数字。それは、エネルギーシールドの残量だった。
直撃は避けられたが、至近距離で着弾したためその余波を受けてついに力尽きてしまったのだ。

わずかに顔をしかめ、次いですぐに後ろへと声を掛ける。

「大丈夫か?」

リンクは顔を上げてフォックスの言葉に答えかけ、そこでその視線が一点に固まった。

彼は叫ぶ。

「来るぞ、上からだ!」

ローリングを終えて姿勢を水平に戻しかけていた機体の"上"は地面。
はるか頭上の大地には、ドクロ砲台が凶悪な顔を揃えてずらりと並んでいた。

その矛先が一斉にこちらに向けられるのとほぼ同時に、フォックスは操縦桿を勢いよく倒した。

途端、アーウィンは矢のような速さで落ちていく。
一直線に落ちていくその先は灰色の穴。上が地面ならその反対は――

空だ。
偶然にも迷宮の天井がそこだけ途切れ、灰色の天がぽかりと口を開けていた。

出口を見つけたことに安堵しかけた、その矢先。

行く手から大量のつぶてが降ってきた。
小型の人形兵が出口までの壁面に身をうずめて、アーウィンがやってくるのを待っていたのだ。

通り過ぎざま2人の視野に焦点を結んでいくそれらは、今までに見たことのない姿をしていた。
真っ先に目に付くのが、肉厚な花びらのような唇。緑色の丸い顔と紫色の胴体が見えたが、手足らしきものはない。

「なんなんだよ!」

奇怪な姿の敵に素っ頓狂な声を上げるリンク。
操縦席に座るフォックスは怯むことなく、雨あられと降ってくる植物とも動物ともつかないそれに照準を合わせた。

鮮やかな緑色のレーザーが宙を駆け、次々と唇植物を撃ち抜く。
霧散した事象素はふわふわとアーウィンの上に降り積もり、エネルギーとして吸収されていった。
アーウィンにとっては別世界の物質だったが、上手くエネルギー転換ができたらしい。

しかし、相手も黙ってはいなかった。

今やむき出しになってしまったアーウィンの機体に、撃ち損じた唇植物が次々と取り付いていく。
キャノピーに貼り付いたそいつの唇には、トゲのようなものがびっしりと生えていた。
そのトゲでしっかりと機体にくっつき、唇植物はその見かけを裏切らない攻撃に出た。

"チュゥウ、チュゥウ"

吸い付く音が、機内にまで響き渡る。
前からも、後ろからも。モニタに示された表示によれば、接吻する植物はすでに船の至る所に貼り付いているようだった。

熱烈なキスの大合唱が響く中、それを切り裂くようにして新たな警告音が鳴る。

"警告、警告。エネルギー残量、残リワズカ。直チニ補給セヨ"

見ると、画面に映る各部の耐久値が急速に減少していた。
それに反比例するようにして、機体に貼り付いた唇植物の紫色の胴体が丸く膨らんでいく。

「こいつら……エネルギーを吸い取ってるのか……!」

窓にくっついた大きな唇を睨みつけ、それでもフォックスは操縦桿から手を離さなかった。
彼は少しでも落ちてくる唇植物を撃ち落とし、エネルギー補充を試みていた。

しかし、取り込む量よりも奪われる量の方が勝っていた。

出口はあまりにも遠く、またアーウィンの速度も見る間に落ちていく。

ついにレーザーを撃つエネルギーも尽き、この期を逃すまいと唇植物の雨が容赦なくアーウィンに襲いかかっていく。

キャノピーが完全に塞がれる前に2人が見たものは、薄暗い灰色の夜空だった。
雲の切れ目から顔を出した天球だけが、力尽き、迷宮の奥底へと墜落していくアーウィンをじっと見つめていた。

リュカははっと目を見開いた。
胸を強く一突きされたような、嫌な感触があったのだ。

鼓動が早い。悪い夢でも見ていたのだろうか。
微かに冷や汗をかいた手を目の前に持っていき、彼は毛布にくるまったままその手の平を見つめていた。

そこで、廊下の外がいやに騒がしいことに気づいた。
いくつもの足音が行ったり来たりしている。

横になってその音に耳をすましていたのも束の間、リュカは毛布をはね除けて扉を開けた。
勢いのまま廊下に駆け出て、そこではたと立ち止まる。

廊下の向こうに見える操縦室の扉が開いており、すでに何人かが集まっている様子が見えた。
見ている間にもリュカの横をすり抜けて、次々と仲間が操縦室に向かっていく。

「あの……な、何があったんですか?」

問いかけた顔が、不安でいっぱいだったのだろう。
呼び止められたピーチは少しの間目をそらして壁の方を見つめ、それからこう言った。

「きっと大丈夫よ。これからすぐに追いかけるから……」

「大丈夫って、何が……誰を、誰を追いかけるんですか!」

言葉に詰まりながら問いつめたが、ピーチは首を横に振って悲しそうな顔をするだけだった。
と、そこでリュカの耳に、操縦室の方角から慌ただしいやりとりが飛び込んできた。

「シグナルをロストした……?」

「救難信号が出ている。それを追えば――」

「不時着したのか? それとも墜落したのか?」

「分からない。だが、罠に掛けられたという伝言が」

さっと血の気が引いた。

罠。救難信号。墜落。

残酷な輝きを持つ言葉が渦を巻き、リュカの頭上からゆっくりと降りてくる。
体から力が抜けていき、目の前がふっと暗くなる。

「そんな……」

黒く、冷たいものが足元に迫っていた。
それはざわざわと呟きながら靴をなめ、足首を浸し、彼を取り込もうとしていた。

油膜のように鈍くぎらつく波面から、幻が浮かび上がる。

暗闇の中をどこまでも落ちていく2人の姿。
リンクはこちらに向かって懸命に手を差しのべて、何かを叫んでいた。
だがその声は届かず、続いて黒い水面は出発の朝の光景を映し出す。

安心させるように笑顔を見せ、きびすを返して偵察船へと走っていくリンク。
遠ざかっていくその後ろ姿が不意に揺らぎ、別の人物に変わった。

着ているシャツは青と黄色の半袖に。髪の色は僅かに小麦色を帯びて癖を持ち、まるでリュカと鏡写しの――

――……うそだ。

首を振り、後ずさる。

――うそだ、うそだうそだ嘘だ嘘だっ!

両手で頭を抱え、激しくかぶりを振る。
だが、目をつぶっても幻は消えなかった。耳を塞いでも、声はどこまでもついてきた。

「リュカ、大丈夫……?」

差しのべられた手を、彼は振り払った。
そしてそのまま彼は一目散に駆けだした。操縦室を背に、そして現実を背に。

何もかもが恐ろしかった。何も認めたくなかった。

走っていく途中、リュカは何人かの仲間とすれ違った。
誰もが彼のただならぬ様子に気がつき、案じる声を掛けた。だが彼の耳には入らなかった。
見開かれた目も仲間の姿を認めてはおらず、ただ出口だけを探していた。

どのくらい走り続けただろう。
彼はいつの間にか格納庫にいた。

マリオ達が合流したときに開かれたまま、マザーシップのハッチは開放されていた。

その向こうに広がっているのは錆び付いた倉庫の群れ。
長い年月を経て鉄褐色に染まったその背を、冷たい夜の光だけが照らしていた。

寂しい光景だった。

だが、どこへ行こうと今の彼にとっては同じことだった。

Next Track ... #35『Hidden Shadows』

最終更新:2016-06-05

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