気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track37『Impulsive』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。

現在、偶然が積み重なり運良く助かった者を除くと、20数人ものファイターが謎の存在エインシャントに捕らえられているという。
リンク達を含む10人の生き残りは、彼らを救いだしエインシャントの企みを挫くために初めて大きな賭に出る。
3つのグループに分かれ、遠く離れて別行動に出たのだ。
一方はこの世界で起きたことを調べ、また一方は亜空間爆弾工場に潜入し、それぞれ重要な情報を得ることが出来た。

しかし、残る2人、別の施設へと連行されていく仲間をアーウィンで追ったフォックスとリンクはデュオンの罠に掛けられ、
"切り札"の謎を解き明かすための実験として戦闘を強いられることに。
リンクを庇ったフォックスは彼の肩代わりに延々と戦わせられ、精神的にはすっかり疲労困憊した状態で再び牢に戻されようとしていた。
その途中でリンクが脱走を図った跡に気がつき、自分が実験から解放された理由を知ると彼は脇目もふらずに兵士を振り切り、救出を図る。

一方、墜落寸前にアーウィンから送られた信号を追って中心部までやって来たサムス達。
だがファイター達の見たものは、茫漠と広がる荒野に乗り捨てられたアーウィンのみ。
マザーシップのセンサでも不審なものが見つからない中、それでもフォックスの送った信号を信じ、彼らはそこに留まり探索を始める。


  Open Door! Track37 『Impulsive』


Tuning

鼓動

刻まれる、金属質の足音。
残酷なほど等間隔に鳴り響き、少年に残された時間を刻々と削っていく。

依然としてリンクは片腕の力だけでステージに持ちこたえていたが、その腕にはいつしか震えが現れていた。
こちらも限界が近づいているのだ。
冒険の旅で足腰が鍛えられているとはいえ、たかだか12才の子供が剣や盾の重みも引き受けて、いつまでもぶら下がってはいられない。

ここからどうする? どう切り返す?
だんだんと手指から血の気が引き、痺れてくる感覚を頭の片隅で意識しながら彼は懸命に頭を働かせる。

体を引き上げ、どうにかして不意を突いて逃げるか。
だが相手の足は桁違いに早い。今までの戦いでそれは十二分に思い知らされている。

ならば、この手を離して下に落ちるしかないのか。

ちらと視線を足元に向けて、リンクは後者の考えを打ち消した。
いくら大怪我をしないとはいえ、こんな途方もない高さをずっと落ちていくなんて嫌だ。

鉄格子の向こう、見せつけられた惨劇。
何度も吹き飛ばされ、突き落とされ、倒されては甦らされる仲間の姿。
思い出したくもない記憶が鮮明にフラッシュバックし、彼は目をきつくつぶって首を振る。

再び上を向き、リンクは顔をしかめて歯を食いしばった。
あと数歩。近づかれたら出るしかない。体を引き上げた反動で高く跳ぶか、あるいは剣を振って追い払うか。

相手の機転と瞬発力によってはあっさりと反撃を食らってしまうかもしれない。
そうなればステージの端まで追い詰められている今、敗北は必至。
だが、それでも諦めるよりはましだ。どうせやられるなら一矢報いてからだ。

高鳴る鼓動。近づく足音。
リンクは呼吸を整えようと努力し、はやる感情を必死に抑えて待った。

と、ステージに微かな音が響いた。
風よりも短く、勢いのある音。

思わず見上げたリンクの目に映ったのは壁面の途中から唐突に開け放たれた扉と、そこから飛び出してきた1人の姿。

「……まさか」

自分の目が信じられず、それでも彼は目を皿のようにして頭上を見上げる。

それは幻ではなかった。
凛々しく顔を引き締めた遊撃隊隊長、その影が頭上を通り過ぎたのも束の間、
彼は飛び出した勢いでステージの間隙を渡りきると宙で身をひねり、ステージ上の鎧目がけて回し蹴りを放った。

鋭い打撃音が連続して5回。そして、鎧が倒れ伏す重く鈍い音。
見えないはずの情景が、聴覚の上でまざまざと浮かび上がる。

呆気にとられていたリンクにステージの上から声が掛けられた。

「リンク、大丈夫か?!」

その声で我に返り、少年は尽きかけていた力をかき集めて自分の身を引き上げる。
駆け寄ると、フォックスは身をひねってこちらを向き、待っていた。
その腕には手錠。リンクの顔に動揺が走る。彼は手が使えない状況でここまで向かってきたのだ。

フォックスはこちらの目を見て、黙って両腕を前に差し出した。
察して、リンクは頷くと剣を構える。

上段から真っ直ぐに振り下ろし、手錠を一瞬で粉々にする。

「助かった。ブラスターが使えないのは中々苦しかったな」

手首を押さえ、具合を確かめながらフォックスが言った。

「助かったのはこっちの方さ。
危ないところだったんだ。何せ新手が出てきちまったから」

笑顔を見せるリンク。しかし、その顔にはいつもほどの余裕は無い。
2人とも、その顔は新型兵の方へと向けられていた。

注視する先で、ゆっくりと鎧が立ち上がる。

目をそらさずリンクは言った。

「あいつはただの人形兵じゃない。
ずいぶん色んな戦い方を知ってるんだ。さっきなんか拳から炎出してたしさ」

「炎?」

訝しげな顔をするフォックス。
しかし、それはリンクの言葉を疑っているのではなく何かを思い出しかけたためであった。

その理由に辿り着くよりも先に敵が体勢を整え、フォックスは口を引き結び注意を戻す。
鎧は赤いボディを煌めかせ、やや距離を保ったまま拳を後ろに引いた。そして――

突き出した手を先頭に、目にも止まらぬ勢いで飛び込んでくる。

「避けろ!」

フォックスが言い、2人はほぼ同時に散開する。
横様に倒れ込んだリンクの後ろで、一瞬遅れて焼け付くような風が吹き荒れた。

獲物を捕らえ損ねた新型兵はそのまま通り過ぎ、床で受け身を取る。

急いで立ち上がり先手を打とうとしたリンクは、フォックスが膝をついたまま動いていないことに気がついた。
彼の目は新型兵の方へ向けられ、まるで釘付けになったかのよう。

「フォックス、どうしたんだ?」

尋ねると、彼は依然として視線をそらさぬまま呟くように言った。

「今のは……」

しばらくそこで言葉が途切れ、沈黙のうちに彼はその感情に整理を付ける。
立ち上がり、素早くブラスターを構えてこう言った。

「リンク。あれはおそらくファイターのコピー体だ。
エインシャントはついに、俺達の仲間をコピーする術を身につけたらしい」

「ファイターの……コ、コピーだって?」

聞き慣れない言葉にリンクは目を瞬く。

「ああ。手っ取り早く言えば偽物だ」

フォックスは視線の先に鎧を捉えたまま言った。
一瞬遅れて、リンクはその言葉の意味を、あまりにも悪夢じみた現実をようやく理解する。

彼はしばらく、言葉を失ったように何も喋らず、ただ傍らのファイターと彼方の新型兵士とを交互に見比べていた。
その目に様々な思いがよぎっていったが、やがて目を閉じ一つ大きくため息をつく。

「……なるほど、道理で手こずるわけだ」

気持ちを割り切って、リンクはフォックスを見上げ不敵な笑みを見せる。

「偽物だっていうんなら倒してしまっても構わないよな!」

それに対し、フォックスも口の片端をあげて笑った。

「そうだな。エインシャントに教えてやろう。
いくら元が良くても所詮コピーはコピーだ。本物に敵うわけがないってな」

マザーシップ、艦内。
廊下にて、閉ざされた扉を前に少し距離を空け、向かい合うマリオとサムスの姿があった。
7人ものファイターを抱える船内は張り詰めた静けさに包まれ、廊下には彼らの他に人影はない。

その静寂に遠慮したように、2人は真剣な表情をしつつも声だけは小さく抑え、言葉をかわしていた。

「だって、どうなれば『ここにはいない』って判断できるんだ?
目で見えなくても、レーダーに引っかからなくても、2人はここにいるかもしれない。
もしかしたら俺達の目と鼻の先、あるいはこの足元で助けを待っているかもしれないんだ。
そして、それが分かるのは彼しかいない」

そう言ってマリオが手で指し示したのは、傍らにある医務室への扉。
他者の心を感じ取れる少年リュカは、今もその扉の向こうでベッドに横たわっている。

サムスもしばらくそちらに視線を向け、十分に時間をおいて黙考する。
かつて彼女が敵の施設内で身動きできなくなってしまった時、センサも無しにこちらの正確な位置を突き止めたのはリュカだった。
あの時はスーツの発信するシグナルが消えてしまっていたというから、状況だけで言えば今回とよく似ている。
つい最近までこの付近にいたことが分かっており、なおかつ現在はその信号が確認できない。
だが、似ているだけでは選択の決め手にはならないのだ。

彼女は再び相手の目を見て、言った。

「それは、彼らがまだここにいると仮定した場合に限られる。そうだろう?
仮にリュカが2人の存在を感知できなかったとして、本当にいないのか、
それともエインシャントが精神波までをカバーする特殊なジャミングを掛けているのか。
両者を見分けることはおそらく不可能だ」

冷静な切り返しを受けて、マリオはさすがに譲歩する。

「そうなる確率はゼロじゃない……でもやってみる価値はある。
リンクを助けられるかもしれないって聞いたら、彼だって協力してくれるはずだ」

そう意気込んで見せたが、サムスの反応は芳しくなかった。

「……賛成しがたいな」

言葉少なにそう言った彼女の目は、バイザーの陰で憂慮するように細められている。
廊下にはしばし沈黙が流れ、2人の古参は互いに視線だけで相手の心中を探っていた。

再び口を開いたのはマリオだった。

「……そんなに悪いのか?」

眉をひそめ、彼にしては珍しく遠慮がちに尋ねる。

サムスは肯定も否定もせず、ただこう答えた。

「今は落ち着いている。受け答えも問題無くできるが……しかし、まだどこか様子がおかしい。
ひどく表情が乏しいのだ。元からおとなしい子だったが、何と言うべきか、周囲への関心を失ってしまったようにも見える」

「そうか……」

そう言いつつも、扉の方へと向けられたマリオの視線には未練があった。
『君の力があれば彼らを助けられる』。その事実を伝えれば、落ち込んでいるリュカへの励ましにもなるはずだ。
彼はそう信じていた。

その横顔をしばらく黙って眺めてから、サムスは組んでいた腕をほどく。

「私としてはもう少し彼をそっとしておいて欲しいのだが……君のことだ。私が止めても聞かないだろう。
医務室に鍵は掛かっていない。説得できるという自信があるのなら、扉を開けると良い」

きびすを返して操縦室へと戻りかけ、そこで彼女は立ち止まった。
わずかにこちらへと顔を向け、最後にこう伝えた。

「だが、細心の注意を払ってくれ。
彼は悲しみに囚われ、自らの心を固く閉ざしている。
下手に踏み入ることは彼だけでなく君にとっても、望ましくない結果を招くだろう」

マリオは顔を引き締め、黙って頷いた。

開閉のタッチパネルに手を触れる前に、マリオは一つ深呼吸をした。
目を閉じ、あえて頭の中を空っぽにする。
再び顔を上げたとき、彼の表情はすでにいつもの明るさを取り戻していた。

「よし」

誰に言うとも無しにそう言って、彼はぽんと叩くようにしてパネルに手を載せた。

軽い音がして、医務室の自動扉が開かれる。
斜めに持ち上がったベッド、そこに横になった少年は白いシーツを体に掛けていた。
むこうを向いていた彼の顔がこちらを向く。

「ああ……あの……」

何かを言いかけて首をかしげ、彼は困ったように目を瞬いた。
扉が開いたのを見て反射的にそちらを向いたは良いものの、返すべき言葉が見つからなかったのだろう。
そんな彼に対しマリオは、気にするなというように軽く手を振ってみせる。

そのままベッドサイドまで散歩でもしているような何気ない歩調で歩み寄り、
傍らのテーブルに肘を載せて、少年と目を合わせる。

「調子はどうだ?」

眉を上げてそう尋ねると、リュカは首を横に振った。

「どこも悪くないです」

小さい声で、しかしはっきりと答える。
続けて彼はもう一度、今度は目線を下げて首を振った。

「……お見舞いだなんて、大げさです。僕はどこも怪我してないから……。
僕だけこうしてベッドに寝てたらいけないですよね……早く起きなきゃ」

そう言った彼の声には張りがなく、言葉に反してベッドから起き上がろうとする気配もない。

彼を鼓舞することも急かすこともせず、マリオはただじっと見守った。
そして、思い出したように言う。

「そうだ。君に良い報せがある」

その言葉に、リュカは再び顔を上げる。

「まず1つ。マザーシップは無事に目的地についた。
そして2つ目。アーウィンも見つかった」

2本。ピースサインをして見せて、そこで少しの間を置く。
少年の目を見つめて、マリオはこう続けた。

「あとは、2人の居場所を突き止めるだけなんだ」

怪訝そうにマリオの瞳を見つめていたリュカは、ややあってこう尋ねる。

「……見つからないんですか?」

そう言ってから、遅れて彼の顔にさっと驚きの波が走った。
瞳の中に映る相手の意図を読み取ったのだ。

「もしかして、僕に……?」

その先は自信なさげに消えていき、彼は困惑の表情で口をつぐむ。
彼を励ますように、マリオはゆっくりと頷きかけた。

「そう。まさに今、君がやってみせたように」

立ち上がり、腰に両手を当てた。

「心配するな。俺がついてくから、君は探すことに集中していれば良い」

話を先に進めようとする彼に対し、しかしリュカは怖じ気づいたように何度も首を振った。

「そんな……ぼ、僕には無理です。今の僕には……。
それに、他はだめだったんですか?
僕じゃなくても他に誰か……もっと良いやり方を知ってる人がいるはずじゃ」

放っておけばいくらでも後ろ向きな言葉が出てきそうなところだったが、彼はそこで言葉を途切れさせる。

マリオが決まり悪そうに笑って、頭をかいたのだ。
後ろに手をやったまま軽く首をかしげて、彼は言った。

「俺の考えた中ではこれが一番のやり方なんだけどなぁ。言い出しっぺが俺だと心配かな?」

「……」

狐につままれたような、少し呆気にとられたような表情をするリュカ。
何せ相手は最古参でベテランのファイターだ。そんな彼に、この自分が真っ先に頼られるなんて予想だにしていなかったのだろう。

そんな彼を真っ直ぐに見つめて、マリオはこう語りかけた。

「リュカ。
俺達は、1人1人違いを持っている。つまりは個性ってやつだ。
誰だって得意なこともあれば、苦手なこともある。何でも完璧にできる人はいないし、俺だって見たことない。
誰もがどこかに欠けた部分、足りない部分を持っている。それだから時には壁にもぶつかる訳なんだな。
でも、越えていく方法は必ずあるんだ。下を向いてないで、たまには周りを見てみな」

そう言って、両腕を広げてみせる。

「どこを見渡してみても、君とまるっきりそっくりな人はいない。欠けてるところは1人1人違う。
なら、互いにそこを補い合えば良いじゃないか。そうすれば前に進んでいける。
ほら、君だって。今までそうして進んできたんだろう?」

「僕は……」

呟いてから、リュカは力無く首を振った。

「ずっと頼りっぱなしでした。今まで、ずっと。
……僕には何も、何もできないんです」

「君しかいないって、言われてもか?」

さり気なくマリオが言った言葉に、少年はびくっと顔を上げた。
まるで銃を突きつけられたかのように虚空を見つめ、表情を固まらせる。

旅の始まり。ガレオムと初めて出会ったとき。
荒れ狂う機械戦車を追い払うために作戦を立てたリンクが、怖じ気づくリュカに対してこう言ったのを思い出したのだ。
『これが出来るのはお前しかいないんだ。リュカ、なんだぞ』

あの時も、リュカのこぼした『僕には無理だ』という言葉に対して言われたのだった。
こちらをじっと見つめる彼の真剣な表情までが眼前に甦り、無意識にシーツを掴む手に力が入る。

「僕、には……」

声が詰まり、その先は続かなかった。

視線の先で、再び新型兵が向かってきた。
駆け寄ってきたかと思うと、一蹴りで高く跳び上がる。
地上の2人。無防備に宙へと身をさらした鎧を、それぞれの武器を手に見上げ待ち構える。

コピー元となった戦士を知るフォックスにはそいつがどう出るつもりなのか手に取るように分かっていた。

相手の動きを見極めてから、彼は目をそらさずに言った。

「来るぞ、前方回避だ!」

リンクの反応は速かった。
転がり込むように前へ、途中で身を捻って後ろに向き直る。
フォックスの方は後ろへと回避し、万全整った2人の間に鎧が落ちてくる形となった。

誰もいない地面にかかと落としを叩き込んでから、まだ片膝をついて立ち上がろうとしている途中の新型兵。
その肩越しにファイター達は互いに目線だけで合図を送り、そして、飛び掛かる。

鎧は咄嗟に空いている方の腕をあげてフォックスの回し蹴りを受け止めた。
しかし、背後から掬うように振り上げられたマスターソードまでを防ぐことはできなかった。

確かな手応え。鈍い打撃音と共に鎧が天高く吹き飛ばされる。

その落下予想点にフォックスが素早く回り込む。
隙のない目で相手の軌道を追い、ついた手を支えにくるりと鮮やかに倒立したかと思うと、
その勢いを有効に活用し、落ちてくる鎧目がけ勢いよく蹴り上げを食らわせた。

くるくると独楽のように回転し、無防備に宙を舞う赤い鎧。

次に迎え撃ったのはリンク。
駆け寄って一息に踏みきり、跳躍の頂点、大上段から剣を叩きつける。

クリーンヒット。

地面にその身を打ち付けた新型兵は急いで受け身を取り、バックステップを踏んでリンク達から距離を取る。
表情が存在しないのにも関わらずその姿はまるで、押し切られた焦燥を抱えつつも2人を警戒しているかのように見えた。
しかしそれも、おそらくは本物を忠実にコピーした結果。その心は他の人形兵と同じく、どこまでも虚ろな暗がりしか存在しないのだろう。

「何を仕掛けてくる?」

動きを止めた鎧を油断無く見据え、リンクは尋ねた。
それに対してフォックスは短く答える。

「100%のコピーなら遠距離の攻撃は無い。
こちらが動かなければじきに向かってくるはずだ」

その言葉にたがわず、出し抜けに相手は駆け出した。

モノクロの空間に間断なくスタッカートを響かせて、迫る。

一瞬遅れて、そこに甲高い擦過音が加わる。
赤の閃光と銀の輝線。2人のファイターが武器を構えて迎え撃っているのだ。

2対1。
距離を詰めなければ戦えない新型兵は、それでも前進のスピードを緩めない。
その身に雨と降り注ぐ二色の矢を寸前でかわし、すり抜ける。

怯むことなく、機械のように正確に。

少しずつ鎧の化けの皮が剥がれ始める。
心という揺らぎを持つ者に、あのような動きを真似することはできない。
だが、それが分かっても少しも気休めにはならないのだった。

「ちっ……!」

思っていたよりもあっという間に迫ってきた鎧を見て、リンクは弓をしまい横に身を投げ出す。

片腕で受け身を取り、武器に手をやりながら顔を上げる。
距離を開けてから改めて剣で相手をするつもりだったのだが、そこで彼の目が見開かれた。
目の前にあったのは、手に炎を纏わせて飛び込んでくる鎧の姿。

敵は自分の避けた先を予想して、そこに攻撃を叩き込んできたのだ。

足から、腕から血の気が引いた。
この距離では回避も盾も間に合わないだろう。

剣に手を掛けた格好のまま、今にも拳を振りかぶらんとしている敵を見上げる形になったリンク。
不意に、その背後に熱を感じた。

直後。

「ファイア!」

掛け声と共に傍らを駆け抜けるものがあった。
火矢か。しかし、その炎の中にはフォックスの姿が。

見る前で、真っ向からぶつかり――飛び出した時の勢いのまま、フォックスは新型兵の拳をはじき返す。

鎧は後ろざまに吹き飛ばされ、ドサリと音を立てて尻餅をつく。

この隙を無駄にはできない。
失速し着地した仲間に代わり、今度はリンクが前に出た。

牽制に、まず彼はブーメランを投げ放った。

すでに新型兵がファイター特有の技を使えることは分かっている。
だが、彼らには考える心がない。かわせる攻撃を見れば反射的に回避を行うはずだ。

思惑通り、赤い鎧は目の前に迫ったブーメランに注意を引かれ、咄嗟に横へと身をかわした。半身ががら空きだ。
それを認めたリンクは口の片端で強気に笑み、一気に詰め寄る。
ついさっきやられた罠を掛け返してやった、というわけだ。

敵は1体。失敗をカバーする仲間はいない。
振り抜かれた剣はきれいに相手の胴を捕らえ、鎧はたたらを踏んで後退する。

1人だった時の劣勢を押し返すように、リンクは勢いに任せて畳み掛けていく。
押してばかりではない。反撃として浴びせられる拳も見極めて避け、あるいは盾の陰から攻勢に出るタイミングを計る。

落ち着いて見れば新型兵もやはり人形。
技のバリエーションこそあれその選択は一辺倒だった。
焦らず、そしてよく観察すること。それさえ気をつければ読めない動きではない。

「リンク、こっちだ!」

声を掛けられた時も、リンクの動きには迷いがなかった。
相手の攻撃を避けた流れでフックショットを撃ち、鎧を引き寄せ、振り向きざまに勢いよく投げ渡す。

「行くぞ!」

戦いの流れが変わりつつある中でも、しかし鎧は冷静だった。
焦る心さえないのだから当然のことかもしれないが。

赤い鎧は宙を舞いながらも、フォックスが迎撃のために撃ったレーザー光を身を翻して正確にかわし続ける。
そして着地したときはすでに、次の相手へと目標を切り替えていた。

顔を上げて見定めるなり駆け出し、俊足を活かして赤色の輝線を回避しつつ、距離を詰める新型兵。
フォックスのブラスターはじきに徒手へと代わり、高速の打撃戦が始まる。

拳と拳。足と足とがぶつかり合う。
時には相手を捉え損ね、ステージに地を打つ乾いた音が響き渡る。
グローブをはめた拳が鎧の表面をかすり、白く輝く光が顔の横を毛一本の差でかすめていく。

かわしかわされ、フォックスは新型兵のスピードと互角に渡り合っていた。
しかし、その様子を見守るリンクの顔にさっと緊張が走る。

徐々に押され始めたのだ。
フォックスの姿が少しずつ、ステージの縁へと近づいていく。
八角形の領域の外。そこには奈落が待ち構えている。

剣を握る手に力を込め、急く心で加勢するか否かその選択を思い巡らせるリンク。
彼が駆け出そうとしたその瞬間、仲間と目が合った。

背後に迫る空虚を知っていながら、緑の瞳は確固たる自信に満ちあふれていた。

彼が頷いて見せたので、リンクは立ち止まる。

少年が見つめる先で、新型兵が大きく片腕を引いた。
ファイターの注意がほんの一瞬逸れたその隙を狙い、大技を仕掛けたのだ。

振りかぶられた拳に激しく炎が揺らめき……撃ち放たれる。

だが、フォックスはそれを狙っていた。

鳥を象る爆炎がその身に衝突する刹那、守るように腕を上げる。
シールド。半透明の青が彼の周りに球を描き、赤く荒れ狂う炎をはじき返した。

よろめく新型兵。すかさずフォックスはその胸ぐらを掴み、気合いの一声と共に思い切り後方へと投げ飛ばす。
間髪おかず空いた手でブラスターを構え狙いを澄まし、追い打ちを掛けるように3発放つ。

赤い煌めきが決定打を打つ。ステージの、外へと。

銃撃に身動きを封じられたワインレッドの鎧は凄まじい勢いで飛ばされていき、ついに白壁にその身を打ち付ける。
と、激しい電撃音が上がり、リンク達は思わずびくっと肩をすくめる。

彼らの見る前で、新型兵は一瞬で霧散してしまった。

どうやら壁には、触れた者に多大なダメージを与える何らかの細工が施してあったらしい。
ふらふらと立ち上る影蟲も、もはや何の姿を取ることもできず遙か上の天井へと吸い込まれていった。

それを見届けて、2人はようやく緊張を解き武器を下ろす。

だがステージに静寂が訪れたのも束の間、出し抜けに空から声が降ってきた。

『やはり、試作体1体ではファイター1人が精一杯か』

その言葉と共に、頭上に覆い被さるようにして映像が映し出された。
青味がかった幻。魔術師じみた帽子を深々と被る暴君の姿。

2人を心理的に圧倒するつもりか、ホログラムは天井を埋め尽くすほどの大きさで広がっていた。
巨大な黄の双眸が地上に立つこちらを睥睨し、彼の声が皮肉めいた口調でこう言った。

『思わぬアクシデントが起こったが、実に面白い戦いであった。
得られたデータは有効に活用させてもらうぞ。ここから引き続き行われる模擬戦のデータも余すところ無く。
まあ、もっとも……今の様子では、第2戦を耐えきれるかどうかさえ怪しいところだがな』

その先はクツクツという音に消える。

笑っていた。彼は笑っていたのだ。

忍び笑いはやがて低い哄笑に代わり、白色の檻を揺さぶらんばかりに響き渡る。 
反響し、変調し、奇妙に歪んだ嘲笑の洪水。

それを背景に、再び空に暗紫色の渦が現れた。
リンク達は急いで武器を構え、互いの背を守るような位置につく。

そう。今回現れた闇の渦は1つだけではなかったのだ。

背中合わせに立つ2人のファイター。
その周囲、一定の距離をもって次々と影蟲の群れが落ち、醜い集塊を作っていく。

やがてゆらりと立ち上がった鎧は5体、6体……数えるそばから新たな兵士が現れ、加わっていく。
細身のもの、背の低いもの、女性ファイターを真似たもの、色も姿も様々な鎧がステージの上に満ちていく。

円を描き、じわじわと距離を詰める新型兵。
虚ろな一つ目、金属質の肌。

ステージに軍靴のざわめきが満ちる中、エインシャントの嘲るような声が覆い被さる。

『我が駒をより完全なる兵士にするためにも、お前達にはまだまだ戦ってもらおう。
案ずるな。何度でも回復してやる。……お前達が持っているという切り札、言うなれば"奇跡"とやらを見せてくれるまではな』

リンクは両手でマスターソードを構えながらも、唇をきつく噛みしめた。
八角のステージを埋め尽くすのは、今までのどんな敵よりも出来の良い、しかし同時に恐ろしいほど玩具じみている新型兵。
そんな袋小路に追い詰められた自分たちのちっぽけな姿を、手の届かない空の上から緑服の暴君が悠然と眺めている。

エインシャント。全ての首謀者。

結局のところ、あの時から運命は決まっていたのだろうか。
2人の乗るアーウィンが敵の懐に落ちたその時から、あるいはそれよりもっと前から。

どこまであがこうとも、あいつにとっては掌の上の出来事でしかないというのか。

普通の人間ならとっくの昔に絶望していてもおかしくない状況だった。
しかし、リンクは背にうっすらと冷や汗をかきながらも、その目は真っ直ぐに前を見据えていた。

――どこかに道があるはずだ。どこかに……!

と、不意にその視線が後ろへと向けられる。
背後に呟くような声を感じたのだ。

振り向いたリンクは、驚きにますますその目を見開いた。

こちらに背を向けている遊撃隊隊長。
いつの間にか、彼の周りには揺らめく光彩が現れていた。

さながら極彩色のコロナを纏った恒星のよう。思いつく限りのあらゆる色を持ち、炎のように迸る光が彼の全身を包んでいた。
そのまばゆい彩りの前では、白い光に満たされていたはずのステージさえ陰って見える。

エインシャントを睨みつけるフォックスの目は強靱な光を放ち、その腕は怒りに震えていた。

すっと大きく息を吸い、ついに彼は吠える。

「……いい加減にしろ!」

びりと、四方の壁を振るわせて。

その叫びに呼応したかのように、ステージに影が落ちた。
見上げたリンクは、照明を遮る巨大な底面を視界に認めたのも束の間、腕でその頭を庇う。

突風、そして轟音。
出し抜けに現れた途方もなく大きな"何か"。それが、ステージに墜落してきたのだ。
巻き込まれた新型兵が何体か吹き飛ばされ、他の鎧も判断を迷って立ち止まる。

風が静まり、ようやく腕を下げたリンクは目を疑った。

2人の前に落ちてきたそれは、巨大な戦車だった。
人の身長ほどもある車輪には帯状の覆いが被さり、白と青の車体は頑丈そうでありながら外観の格好良さも兼ね備えている。
見上げていくとようやく、車体の中央から長く突き出た主砲が視界に入ってきた。

「うっわぁ……カッコいいな……」

半ば無意識に、そんな言葉が口をついて出る。
リンクが呟いたことでようやく我に返り、フォックスの方は怪訝そうに眉をひそめてこう言った。

「ランドマスター……? なぜこんなところに」

今彼の目の前にあるのは、自分たちの部隊が所有している戦闘車両。
しかしその車輌はライラット系に停泊させた巡洋母艦に預け、仲間と共に留守番をさせているはずだった。

「フォックス!」

出し抜けにリンクに名前を呼ばれ、彼ははっとして振り向く。
状況が飲み込めていない彼に、リンクは自信に満ちた表情でこう言った。

「これがあんたの"切り札"なんだ!」

「切り札……」

呟き、フォックスはそこで初めて自分の手を見つめる。
まだ淡く虹色の光に包まれている自らの身体を、そして再び顔を上げてランドマスターを。

なぜ、今になって。
思わずそんな言葉が心に浮かんだ。しかし、徐々に彼の目に意志の光が戻る。
逆に言えば、今こそこの切り札を使うべき時だ。

振り返って、フォックスは手を差し出した。

「乗るぞ! 手を離すなよ!」

差しのべられたリンクの手をしっかりと握り、一息に跳び上がる。

3スペースメートルはあろうかという車体を軽々と飛び越え、天辺にある開け放たれたハッチ、そこに飛び込んだ。

迎えてくれたのは、適度な暗がりに満たされた操縦席。
前方と左右、そして後方の車外映像が浮かび上がり、彼の周りを取り囲む。
見慣れた操縦室の景色に感傷を覚える暇もなく、フォックスは引き出した補助席にリンクを座らせ、自分も席につくと操縦桿を握った。

出口の方向も知らないというのに、不思議と迷いはなかった。
何をすれば良いのか、どこへ行けば良いのか。論理を越えたところで彼は理解していたのだ。

照準に据えられたのは、白壁を背景にぼうと浮かび上がるエインシャントの幻。
巨大な双眸は依然として冷たい光を放ち、地上の騒乱を平然として眺めていた。

そんな暴君の瞳を真っ向から睨みつけると、フォックスはトリガーを引いた。

そこで、不意にリュカが動きを止めた。
彼方を一心に見つめるそのつぶらな目は、驚いたように見開かれている。

そんな彼の様子を見守っていたマリオは、静かに尋ねた。

「何か、聞こえたんだな?」

よほど衝撃を受けたのだろうか。彼の問いかけも耳に入らなかったらしい。
リュカは反応を返さず、やがてぽつりとこう呟く。

「フォックスさん……?」

直後、艦内に柔らかな電子音が響き渡った。

"光学レーダーに反応あり。座標、2・2・0・7――"

AIの声に天井を見上げていたリュカは、腕を引かれてよろけるようにベッドを降りる。
いや、それはほとんど"降ろされる"に近かった。

「ま、待って!
どこに行くんですか……?!」

半ば強制的に医務室から連れ出されながらリュカは問う。
肩越しに振り返ったマリオは、陽気な笑みを返してこう言った。

「どこにって、決まってるだろう? 2人を迎えに行くんだ!」

「そんな……!」

混乱しきりのリュカ。
背後、遠くで扉の開く音がしたが、その方角に向けてマリオはこう言った。

「サムス、偵察船借りていくからな!」

そしてそのまま格納庫の戸を開け放つ。

リュカは手を引かれながら振り返ったが、
勢いよく開かれた扉が反動で戻ってきてすぐに視界を遮り、耳を聾する音を立てて退路を断ってしまった。

引っ張られるままに階段を下り、格納庫を走り、偵察船のタラップに足が掛かったところで、リュカはようやく言うことができた。

「……待って下さい!」

腕を引くと、マリオは案外すんなりとリュカの手を離し、立ち止まってくれた。
段に足をかけこちらの言葉を待つ彼を見上げ、リュカは一気にこう言った。

「やっぱり、僕には無理です……!
今のだって本当にフォックスさんだったのか、こうがく……この船の機械が見つけたのと同じなのか」

そこで息が上がってしまって、彼は強く首を横に振る。

「……もし間違いだったら、マリオさんが危ない目に遭うかもしれない。
フォックスさんが警告してたって、僕、聞いたんです。エインシャントが罠を掛けてるって。
もしこれが罠だったとしたら、そしたら僕、どうすれば……」

混乱と不安から次第に視線は下がっていく。

と、その向こうで快活な笑い声が上がった。
顔を上げると、マリオが笑っているのだった。彼は立てた親指でくいっと帽子のつばを上げ、こう言った。

「やればできるじゃないか」

きょとんと見上げるリュカに、マリオはこう続ける。

「君は、本当は自分で思っているより強い。
ちゃんと自分の意志を持ってるんだ。そして今みたいに、肝心なときに発揮することができる。
それでこそ、ここまで来ることができたんだぞ。君は決して弱くなんかない。今ここにいられるのは君の実力があってこそだ。
だから、今はその意志をもっと前向きな方向に使おう。なっ!」

「……」

リュカは返答に窮している様子だった。
断りたい。この場から逃げ出したい。でも、何を言ってもこの人は聞いてくれないんじゃないか。
頭の片隅でそう思いながらも、彼の瞳には迷いが、揺らぎが現れ始めていた。

その揺らぎを引き寄せるように、マリオはタラップを降り、膝をついてリュカと目の高さを合わせる。

「リュカ、君はなんでファイターになろうと思った?」

唐突な質問に、ただ目を瞬く少年。
彼の答えを引き出すために、マリオはこう続けた。

「俺の場合は色んな人と出会うため、だったな。
キノコ王国の中を見てもほんとに賑やかで楽しい連中がいるんだ。
これが何百倍ものスケールで集められたんなら、どんなに奇想天外で突拍子もないやつがいるんだろうって、そう思ったのさ」

そう言ってから、腕を組んで茶目っ気たっぷりに笑いかける。

「腰を抜かしたことはあっても、後悔したことはない。
もちろん、今でもな」

今でも。
さり気なく言ったその言葉は、今この灰色の世界の中にあっても彼は後悔していないということを意味していた。
ここでリュカ達と出会ったことも、彼は幸運の一つとして数えていた。

どんな状況であっても最後まで諦めず、どんな暗闇からも希望の光を見いだす。
彼のその生き方は、まさにスマッシュブラザーズの代表格にふさわしかった。
時には無謀と窘められることもあろう。しかし、彼の持つどこまでも前向きな姿勢はそばにいる仲間にも勇気を与えるのだ。
自分の手と足で困難に立ち向かい、不可能を可能にする勇気を。

自信に満ちあふれたミスター・ニンテンドーを前に、リュカはしばらく答えを迷っていた。

俯き加減に床の一点を見つめ、せめぎ合う心に向き合う。

「僕は」

ようやく顔を上げ、自分の言葉で答える。

「……強くなりたかったんです」

その声はまだ幼く、物怖じしたようにか細かった。
しかし、相手はそれを笑うことなどしなかった。

打って変わって真剣な表情になり、こう問いかける。

「なるほど。
君は、なんで強くなりたいんだ?」

「それは……」

目を瞬く。
今まで誰にも言ったことがなかった思い。
言おうとも思わなかったのだ。笑われるのではないかと、無理だと告げられるのではないかと、そんな心配が先に立って。

でも、相手の瞳を見るうちに、不安はどこかに消えてしまった。
彼が本気でこちらの思いを受け止め、最後まで真摯に耳を傾けようとしているのが伝わってきたのだ。

そこで、リュカは思い切って言った。

「守れるように……。
……僕以外の誰かを、守れるようになるためです」

「そうか……」

マリオは目を閉じ、腕を組んだままゆっくりと頷いた。
受け取った彼の思いを吟味し、何度も反芻するように。

次に目を開いた時、彼は相変わらず気負うところのない口調で尋ねた。

「それなら、何をしなくちゃいけないか分かるか?」

少し考えて、リュカは首を横に振る。
それが分かっていれば、自分はこんなところで迷ってはいない。
マリオもそれを知っていて聞いたのだろう。一つ頷くとこう切り出した。

「自分を信じることだ。
自分のすることに自信を持って初めて、俺達は自分の足で立つことができる。それが何よりも大事な出発点なんだ。
他の誰かを守るのはそれ抜きじゃできない。自分の足で立てないやつが人を助けるなんて、どだい無理な話だ。分かるな?」

「自分を、信じる……」

半ば自身に言い聞かせるように、リュカは彼の言葉を繰り返していた。

「そうだ。
自分はできると、そう信じるからこそ勇気がわいてくる。勇気がわいてくれば他の誰かに手を差し出せる。
それに、信じないでどうする? 君の本当の実力を分かっているのは、実は他の誰でもない君自身なんだぞ。
ということはつまり、誰よりも最初に『自分は成し遂げられる』と言い切れるのは他でもない、自分自身ってことなのさ」

語るべきことを語りきり、マリオは少年の様子を伺う。
彼はやはりまだ難しい顔をして彼方を見つめ、迷っているようだった。

マリオは軽く肩をすくめる。

「まぁ何事もお手本が必要だよな。
よし、じゃあ……ここは俺が君を助ける。しっかり見ておけよ!」

そう言うと彼は再び少年の腕を引き、一方的に偵察船へと乗り込んでいった。

格納庫の扉に背を預け、戸のすき間から漏れた彼らの会話に耳を傾けていた者があった。
橙色の鎧。緑色のバイザーの奥で目を開く気配があって、彼女は組んでいた腕をほどく。

つい数分前に、彼女はこの扉の前まで駆け寄った。
無鉄砲な行動に出たマリオを引き留めるために。

フォックスが残した通信内容にあった通り、相手は確実に何かしらの罠を掛けている。
音速で飛行でき、戦闘に特化した機体でも逃げ切れなかったというのだから、同じ罠を掛けられればあの小型船ではひとたまりもない。
あの船の主な使用目的は偵察任務であって、当然ながら不穏な兆しがあれば逃げ帰るほか選択肢はないのだ。

だが、今行かなければ間に合わないというのも正しい。
マザーシップは直前の大気圏運行で無理がたたり、エンジンのクールダウンを行っている最中。
今フォックス達を迎えに行けるのは偵察船だけだ。

そこで彼女は自問する。

――本当に……あれは彼らなのだろうか?

AIが捉えたのは、紛れもないレーザー光。
今まで収集してきた人形兵のデータベースと参照しても、あれほどの高出力をだせる者はいない。
それはすなわち――

――あの光は、2人のうちどちらかの"最後の切り札"である可能性が高い。
 つまり彼らはほぼ確実にここにいる。あの空で、助けを待っている。

"最後の切り札"。仲間の誰もが未だ知らない言葉を内に秘めて、彼女は思考を続ける。

――しかし……あまりにもリスクが大きすぎる。まだこの辺りの空域は碌に探索も終えていない。
 あの男のことだ。目先のことに気を取られてフォックスと同じ轍を踏んでしまう危険もある。

その目が、つと内心の痛みに細められる。
沈黙の内に思い出されたのは、フォックスが送った救難信号。

あの時止めていれば。
SOSを受け取ったときから、自らが呟いたその言葉が鋭い棘となって心に突き刺さっていた。
罠を事前に予知するのは不可能だったと分かっていてもなお。

後悔してからでは遅い。今なら間に合う。扉を開けて2人を止めに行け。
差し迫った調子でささやく声を、彼女は目を硬くつぶって押し殺した。

――……事実として、今は他に方法が無い。

心の内で決意を固め、サムスは扉に向き直った。

――もう一度、私も信じよう。君達が下す、その判断を。

苦渋をねじ伏せて強い眼差しで真っ直ぐに見つめる先、わずかに開いた扉の向こうで一瞬遅れて炎が煌めく。

青白い輝きを引き連れて、偵察船が飛び立っていったのだ。

モニタを眺めていたデュオン。
やがて、いつになく興奮した様子で主のホログラムに向き直るとこう言った。

「お解りになりましたか」「お気づきになりましたか、我等が主……!」

「これが、これこそが最後の変数だったのです」

壁面中央に広くスペースを取り、いくつものモニタに渡って映し出されているのは灰色の砂嵐。
ステージ上空に忽然と実体化した戦車"ランドマスター"によって、監視カメラが壁ごと撃ち抜かれたのだ。

青と白の鋭いシルエットを持つその戦車は今、出口を求めて廊下を疾走している。
邪魔な障壁は撃ち壊し、食い止めんと慌てて出てきた兵士をはね飛ばし、足止めとして落とされた機雷の爆発をものともせず駆け抜ける。
縦横無尽に走るその様子は、城内の至る所に存在する監視カメラに捉えられていた。

微かな虹色の輝きを纏い、疾駆する戦闘車両。
自軍の施設が破壊されていくのにも関わらず、四方の映像を眺めるガンサイドの目にも、
またエインシャントに向かい合ったソードサイドの目にも奇妙なまでの情熱があった。

彼らは熱に浮かされたように語り続ける。

「絶体絶命の窮地。切り立った崖の縁に立たされ、今にも突き落とされんとするその瞬間に」
「命あるものが誰でも抱く衝動。生き延びることへの切なる希求」
「"感情"。それこそが切り札のトリガーであり」「それこそがフィギュアに眠る最後の擾乱因子だった……!」

彼らは純粋に喜びを覚えていたのだ。
ずっと突き止められずにいた謎が解け、パズルの最後のピースが埋まった時のような知の興奮。
軍の"頭脳"となるべく作られた彼らの思考特性は、どこかそういった研究者のような性質を持っていた。

しかし、対するエインシャントは腹心に目もくれず、ただ一心に中央の砂塵なびくモニタを見つめていた。

主の様子に気がついたデュオンは、感激のあまり広げていた腕をゆっくりと降ろす。
静まりかえり、しばし制御室にはプリムとミズオ達が操作盤を叩くざわめきだけが満ちた。

やがて彼はわずかに顔を上げ、庇の陰から黄色い双眸を覗かせると言った。

『……実に面白い』

クツクツと笑い、エインシャントは首を横に振る。

『窮鼠猫を噛む、とはよく言ったものだ。
奴らはそれでは飽きたらず、追い詰められたネズミに毒牙を与えた……というわけか』

ひとしきり制御室に乾いた笑いを響かせ、それから彼は疲れたようにため息をついた。

『下らん。
本来、"感情"など何にもならぬ』

灰色の砂嵐に半眼の目を向けたまま、何もかもに興味をなくしてしまったような乾ききった口調でこう続ける。

『そうだ。想うだけで外界に何らかの影響を与えられるのならば、この世に絶望や敗北といった言葉は存在しない。
この世は数によって表せるもの、そう……"能力"が全てだ。強く賢い者が勝ち、愚かな弱者は敗れ去る。それがあまねく世界の理として決まっている。
だが、奴らはそれをひっくり返してしまうような仕掛けを作ってしまった。
よりによって、か弱く移ろいやすい"感情"を拠り所に。
……デュオンよ。これは実に傑作ではないか』

「……」

名を呼ばれたデュオンは、返答を決めかねていた。

主の瞳は彼らを見てはいなかった。ただひたすらにその向こうの、荒れ狂うばかりの砂嵐を食い入るように見つめていた。
そしてその瞳には、口調とは裏腹に見る者全てを凍り付かせるほどの冷たさがあったのだ。

黄色く光る瞳をすっと細め、エインシャントは唸るように呟いた。

『全く……余計な真似を』

誰に問うとでも無く、彼は低い声で独語する。

『"切り札"を再現するには駒に感情を持たせなくてはならぬ、と?
だがそれは不可能だ。本来の精神が切り離されているからこそフィギュアは私の制御下にある。
感情を持たせるということはすなわち、隔離された精神を解放すること。
つまり、切り札が欲しければ駒を自由にしろと、そう言いたいのか』

壁面を満たしているグレースケールのノイズ。
壊れたディスプレイを睨む暴君の瞳は、その砂塵の彼方に自らの過去を見いだそうとしているかのようだった。

その目に、不意に炎が閃く。
彼の内に激しく燃えさかり、消えることを知らぬ炎が理性の殻を破って牙をむく。

『貴様らはどこまでも私を愚弄する気なのだな。
お前に本物は作れぬと。完全なものを作ることなど永遠にできはしないと。
……だが、こんなことで私の望みを絶てたと思うな。
私は決して諦めんぞ。貴様らを玉座から引きずり下ろし、葬り去るその日まで……!』

腹の底からどす黒く煮えたぎる憎しみをありったけかき集め、叩きつけるかのような声。
聞く者全てをたじろがせるほどの気迫で言い切ると、エインシャントのホログラムはあっという間にかき消えた。
彼の意識が居城へと戻り、統合されたのだ。

双頭の戦車は、主の消えた辺りをじっと見つめていた。
内部メモリで会話を交わしているのか、それとも真に黙しているのか。それは彼らにしか分からない。

アイセンサを切り、彼らはしばし立ち尽くす。
その四方を囲むようにして映し出されるのは、鬼神が乗り移ったかのように暴れ、猛進するランドマスター。
室内の兵士たちは警備システムを懸命に操作し、現場の下級兵も文字通り命を捨ててファイターを食い止めようとしていた。

現場から中継されてくる騒音は音量を極限まで下げてもなお室内を騒がせ、戦いの気配にあてられた兵士たちのざわめきは高まるばかり。
そんな中で沈黙を保っているのはデュオンのみであった。

やがて忠実なる腹心はその目を開く。
覚悟を決めたように背筋を伸ばすと、彼らは制御室の喧噪を後にした。

灰色の曇り空を一直線に切り裂いて、橙色の小さな船が飛んでいく。
その船に乗っているのは赤い帽子の配管工と、赤と黄の縞シャツ少年。

球に載せた手を前後左右に滑らせることで操作する、遠未来のハンドル。
慣れない操作法だったが、数十分走らせてようやくマリオの手に馴染んできた。
そこで、彼はちらと後ろに気を配る。

リュカは所在なさげに壁に寄りかかり、そこに立っていた。
俯いた目は床に向けられており、やはりまだその顔にいつもの明るさは戻っていない。

『僕以外の誰かを、守れるようになるためです』
出発前に彼が言った言葉を思い出す。
声こそ小さかったが、そう言った彼の瞳には一つの揺るぎない想いがあった。

弟にはよくその行き当たりばったりさをたしなめられてしまうマリオだが、決して無神経なわけではない。
ただ、思い立ったら行動せずにはいられないだけなのだ。

仲間が相談を持ちかけてくれば進んで話を聞き、一緒になって考え、解決法を見つけ出す。
あるいは誰かが悩んでいることに気がつけば、その原因を突き止めようと頭を巡らせる。

そして今も、彼はリュカが心を閉ざしてしまった理由を推察しようとしていた。

視線を戻し、進路に注意を払いながらもマリオはじっと考え込む。
誰かを守りたい。そんな言葉が出てくるには、彼はまだ若すぎるように思える。
つまり、そう願うに至った背景には何かとてつもなく大きな理由があるのだ。

――こいつは思っていたよりも厄介だな……。

心の中で呟き、彼はわずかに眉をしかめる。

だが、リュカの元気を取り戻す方法は初めから分かっている。
いなくなってしまった2人を無事に見つけ、リンクと会わせてやる。それしかない。

マリオは、十中八九フォックス達はここにいると踏んでいた。
だがその根拠は、送られてきた救難信号がここを示していたからというその一点だけ。
それが八、九割までの確信に育ったのは、ひとえに彼の楽天的な性格によるものだった。

――まぁその時はその時。
走り出したんなら最後まで駆け抜けなきゃな。

そう割り切って、彼は振り向いた。

「どうだ。景色は冴えないが、外に出たらちょっとは気分が良くなってきたんじゃないか?」

その言葉にリュカは顔を上げ、首をかしげて外の景色を見るとも無しに眺める。

「……」

灰白色の空と白茶けた大地。
流れていく景色をひとしきり眺めてから、リュカは思い出したようにこう言った。

「あの……。
そういえば。マリオさん、運転できたんですね」

「あぁ! こう見えてもキノコ王国じゃあカーレースに出てるからな。
車だけじゃなく、飛行機を運転したことだってあるんだ。
どんなに風変わりでも乗物は乗物。ハンドルがついてるなら運転できないものはないぞ」

胸を張って答えてから、彼はこう付け加える。

「ま、実を言うとルイージの見よう見まねなんだけどな」

たっぷり2秒間ほどの沈黙があった。

「……えっ?」

思わず聞き返すリュカ。
彼が目を丸くしているのを知ってか知らないでか、マリオは前を向いたままどこか意気揚々と説明する。

「ほんとは時間が空いてるときにサムスから教えてもらうんだったんだけど、何だか面倒で後回しにしててさ。
まぁこれなら、別にサムスの手を煩わせるまでも無かったな。思ってたより簡単だ」

そこで再び振り返り、彼は明るい笑顔と共にこう言った。

「ほら、これが自分を信じるってことだ。
運転の仕方なんて知らなかったけど、俺は何とかなるって信じてた。やってみれば何とかなるもんなんだ。
こういうのを、ちょっと難しい言葉で『為せば成る。為さねば成らぬ何事も』って言うんだぞ」

得意げな表情で少しおどけて言ってみせたのだが、リュカはこう返すのがやっとだった。

「それ、励ましになってないです……」

何しろ自分たちが今向かっているのは、フォックスから無線で罠の存在を警告されている地帯。
未だに正体の分からないその罠の前では、カービィが言っていた"プロのセントーキ乗り"でさえ歯が立たず捕まってしまった。
それだというのに、今目の前にいる運転手は船の操作方法を知らないと言うのだ。それも、自信たっぷりに。

だが、リュカの顔はどちらかと言えば少し困った様子。
あまりのことに恐さを通り越してしまったか、マリオの楽天家っぷりに拍子抜けしてしまったのだろう。
それを見て取ったマリオは笑って一つ頷く。

「ちょっとは元気出てきたみたいだな!
よーし、それじゃあ一気に2人を迎えに行こうか。ナビは頼んだぞ!」

進行方向に据えられているのは、アーウィンからの通信が途絶えた地点。
その上空には蜃気楼のような揺らぎが現れていた。
AIがレーダーに異常を発見し、リュカが心の声を感知したのとほぼ同時刻に現れた異変。

これだけは間違いなく言える。
何も無いように見えるあの空で、何かが起ころうとしているのだ。

純白の廊下を所狭しと駆け抜けていくのは、白と青のカラーリングを施された地対空戦車。
虹色の輝きを纏う戦車は主砲を使うまでもなく次々と人形兵を蹴散らして、淡い光の粒へと還していく。

「見たか! おれ達が本気出したら、お前らなんかイチモウダジンなんだぞ!」

補助席を離れてフォックスの横から身を乗り出し、モニタの向こうにむかってリンクは意気揚々と拳を振り上げた。
戦力差は圧倒的で、どんなに厚い隊列を組まれようともランドマスターは一瞬たりとも足止めされることはなかった。
だが、操縦席に着くフォックスの表情は厳しい。

――どこだ? この要塞の出口は……。
この"切り札"がいつまでももつとは思えない。早くここを脱出しないとまた振り出しに……いや、それよりも悪い事態になる。

幾度となく壁を撃ち抜き、真新しい瓦礫をこしらえたそばから乗り越えても出口はおろか窓さえ見あたらず、
快進撃を続けているはずの彼らは実のところ、閉鎖された迷路の中をぐるぐると回り続けているのだった。

と、彼の片耳がぴくっと動いた。同時にアラームが鋭く鳴り響く。

「掴まれ!」

短く言ってフォックスは操縦桿を右に切る。

車体が震え、横に滑るような感覚があった。側面の噴射口から放たれたジェットで真横に緊急回避したのだ。
遅れて左側から一波、衝撃波が叩きつけられる。

何事かと顔を上げかけたリンクは、フォックスが大きく操縦桿を切ったのを見て慌てて頭を下げた。
直後、ランドマスターがその場で転回する。車内も大きく振り回されたが、リンクは操縦席の背もたれに手を掛けていたおかげで倒れずに済んだ。

モニタの中でも景色がぐるりと回り、そしてある一点に定まる。
そこに映し出されていたのは、エインシャント軍の参謀、双頭の戦車の姿。
先ほどの衝撃は、デュオンがこの戦車を目がけて撃ったミサイルだったのだ。

粉塵立ちこめる彼方、淡く発光する廊下に立つ参謀の姿は異様な静けさを伴ってそこに在った。

「じきじきのお出ましってわけか……」

ついこの間の遭遇を思いだし、苦々しげに呟いてからリンクは身を乗り出す。
操縦席に座るフォックスの顔をのぞき込んで、きっぱりとこう言った。

「今のあんたならきっとあいつを倒せる! フォックス、あいつに目にもの見せてやれよ!」

遊撃隊隊長はそれに対し何も言わず、ただ黙って強く、アクセルを踏み込んだ。

猛然と迫る戦車。車幅で言えばデュオンとほぼ変わりはない。
無論、デュオンも何もせずに待っているばかりではなかった。

「主の居城にて、これ以上の狼藉を見過ごすことはできぬ」「並の兵で止められぬというならば、我等がこの手で」

朗々たる声で宣言し、ガンサイドがその片腕をゆっくりと構える。

はるか昔、彼らの主君がこの世界を手に入れる際に起こった戦争において、
人間達が築いた防壁を片っ端から撃ち砕き、その圧倒的な威力を見せつけた3連砲。
戦車1機が相手では少々過剰攻撃の感があるが、今は如何なる油断も許されない。

冷静に照準を合わせ、続けざまに3発放つ。
ランドマスターは再び噴射を効かせて右に左にスライドし、狙いの逸れたミサイルが建物全体を震わせるような轟音と共に、壁に大穴を開ける。
が、間髪なく迫った最後の1発だけは避けきれなかった。それはランドマスターの真正面から衝突し――

驚愕に、デュオンの動きが一瞬止まる。

黒煙の向こうから再びランドマスターが現れる。その機体には、傷一つついていなかったのだ。

――馬鹿な……直撃だというのに!

その隙を逃すフォックスではなかった。
一層アクセルを踏み込んで、そのままデュオンにぶつかっていく。

激しい衝突音。先に姿勢を立て直したのは対地面積の広いランドマスター、そして馬力に任せて双頭の戦車を押し返していく。
白い廊下にデュオンの二輪が爪を立て、甲高い悲鳴を長々と響かせた。
抵抗も虚しく、ついにデュオンは廊下の突き当たり、壁際にその身を打ち付ける。

「ぐ……」

苦しげに背を丸めたガンサイド。砲身となった両腕でランドマスターの車体を押さえ、何とか押しつぶされまいとしていた。
が、しかし、その腹部にはすでにランドマスターの主砲が突きつけられているのであった。

追い詰められたデュオン。
彼らの姿をモニタの真ん中にしっかりと捉えて、フォックスは空いた手で車載スピーカーのマイクを引き下ろした。

出口の所在を問いただすでもなく、彼はデュオンにこう詰問する。

「お前ら……なぜリンクをステージに上げた!」

この言葉にデュオンはわずかに顔を上げた。
彼らの鋼の眼はコクピットにいるフォックスの方へと向けられており、また車内に居合わせたリンクも意表を突かれたように彼の顔を見つめていた。

「……」

デュオンは少しの間沈黙していた。
だがそれは黙秘を貫くためではなく、自分たちの置かれた状況を慎重に計算しているためであった。
無言のうちに頭脳内で膨大な演算と対話を繰り返し、やがてガンサイドが短くこう答える。

「我等が約束を守るとでも……?」

相変わらずの小馬鹿にしたような口調は、途中で苦しげな唸りに消える。
ランドマスターがさらにエンジンの回転を上げ、彼らの身を壁に強く押しつけたのだ。

廊下の終わりは広いホールになっており、突き当たりにはグレーがかった半透明の壁面が広がっていた。
壁は強化ガラスかそれに似た材質のものでできているらしく、
ガンサイドの背後、つまりソードサイドが押し付けられた側では薄氷を踏み割るような音と共に亀裂が入っていく。

その身に掛かる圧を耐えながら、デュオンにはまだ嘲笑う余裕があった。

「浅はかだったな。ファイターよ」「我等と取引するなど無意味なこと」
「我等が従うのはエインシャント様ただ1人」「お前の頼み事など、かの御方に対する忠信の前では儚き塵に過ぎぬのだ」

「自分たちは命じられただけだと、そう言いたいようだな。
だが、わざわざリンクを戦わせることはなかったはずだ。俺が戦いを止めることは考えなかったのか?」

フォックスが問うと、デュオンは乾いた笑い声を立てた。

「なんと愚かな! あの程度の小細工で我等を騙せたと思っていたのか」「お前の頭に被さる小型機器、それが扱う周波数帯はすでに調べがついている」
「我等は初めから知っていた」「お前がこの要塞に足を踏み入れたその時から、その機械が完全に無力化されたことを」

うすうす予想はしていたが、やはりあれでは彼らにとってははったりにもならなかったのだ。

フォックスはこれまでリンクに対し、同じファイターとして対等に接してきた。
それがここに来て彼の身を庇おうとしたことにはどんな理由があったのだろう。
心の底ではやはり彼を保護すべき年少者として見ていたのか、あるいは生来の自己犠牲が思わず顔を出してしまったか。

いずれにせよ、あんな不毛な戦いをするのは自分だけで終わって欲しかった。
新参の後輩にまがい物の闘いをさせたくはなかった。
だから、自分なりに精一杯あがいた、というのに。

フォックスはモニタに映る機械戦車の平然とした面を睨みつけ、やがて悔しげに眉をしかめて、こう低く呟く。

「全く……用意周到にも程がある」

その向こう、不意にデュオンが呼びかけの言葉を発した。

「ファイターよ」

とても窮地に追い込まれた者とは思えないほど悠然とした様子で、彼らはゆっくりと首をかしげる。

「そも、お前達はなぜ我等が主に刃向かうのだ?」

この言葉に、2人のファイターは一瞬言葉を失う。

「何言ってんだ? いまさら……」

唖然としてリンクが呟き、
その困惑が怒りに代わる前に、フォックスがこう言って彼をとどめる。

「気をつけろ。奴らは何か仕掛けてくる気だ」

「でも――」

何かを言いかけた彼に、フォックスは黙ってじっと眼差しを合わせる。
『ここは俺に任せろ』
言外に伝えられた彼の言葉に、リンクは渋々ながらも引き下がった。

モニタ越しにデュオンに向き直ると、フォックスは端的にこう答えた。

「当然だ。
エインシャントは俺達の仲間を奪った。それを取り返すためだ」

対し、デュオンはさして興味のない様子で「ふむ」と呟く。
かしげていた首を戻し、続けてこう問いかける。その口調はやはり穏やかなものだったが、鋼の眼には鋭い光が灯っていた。

「取り返すことが"正しい"と、お前達は思っているのだな?」

「……何が言いたい。
共に暮らし共に闘った者が、そしてそこに加わるはずだった者が自由を奪われ、
お前らの主とやらがもつ私利私欲のために、戦うだけの機械にされようとしている。
それに異を唱えることの、どこが間違っていると言うんだ」

リンクの手前抑えようとしていた感情が、少しずつ言葉の端々に顔を出し始める。
操縦席に座りマイクを握るフォックスの表情にもいつの間にか、険しさが現れていた。

対し、モニタの向こうのデュオンはどこまでも落ち着き払っていた。
静かに首を横に振り、ため息と共にこう独白する。

「全く……お前達の視野の狭さにはほとほと呆れる」

そう言ってからデュオン・ガンサイドはわずかに首をそらし、コクピットを見下ろし気味にして呼びかけた。

「フォックス、そしてリンク。
お前達はそもファイターである以前に独立した1人の戦士であったはずだ」

ソードサイドがその後を継ぐ。

「かたや数々の戦をくぐり抜けた遊撃隊のリーダー。かたや伝説の勇者の名を受け継ぐ剣士。
お前達にはすでに地位も名誉もある。"居場所"が約束されているのだ」

リンクは、言い返そうと開けた口をそのままに相手の紡ぐ言葉の先を待っていた。

一方で操縦席に座るフォックスは彼らの声に耳を傾けつつも、口を引き結び、油断なく周囲のモニタへと視線を走らせていた。
演説によって自分たちの注意を引いておき、その間に援軍を呼んで奇襲を掛ける。彼はデュオンの魂胆をそう読んだのだ。
しかし、デュオンの話術がそうさせたか、あるいは何らかの勘が働いたのか。彼の耳もまた無意識のうちに双頭の戦車がいる方角へと据えられていた。

デュオンはなおも語る。

「なぜ与えられた場所で満足しない?」「お前達の世界がすでにあるにも関わらず、なぜ他の世界を見ようとする」
「お前達はなぜあの招待状を開き、そして現れた扉をくぐったのか」
「目的はなんだ。見知らぬ世界への好奇心か? 技能を高めようという向上心か?」「いずれにせよ、お前達の身勝手な感情だろう」

そこで、ガンサイドはすっとアイセンサを細める。

「だが……そのためにお前達の世界は本来あるべき姿から外れ、見るも無惨に変わり果てていくのだ」

自らの発した言葉がファイター2人の心の奥底まで届ききるのを待って、彼は再び口を開く。

「たとえば、リンクよ」「お前が今乗り込んでいるそれは何だ?」

不意に名を呼ばれて、リンクははっと身構える。
実際は見えていないはずなのに、そんな彼の反応をつぶさに眺めるようにしてからデュオンはこう続けた。

「鋼鉄の車でありながらジェットとやらで軽々と跳び上がり」「荷電粒子だのプラズマだの、"光る矢"を撃つ戦車」
「そんなものがお前の世界にあったか? ……いや、あるはずもない」
「そんな車に乗り込む今のお前はとても自然の姿とは言えない。あるべき姿ではないのだ」

この言葉にリンクは少しの間唖然として目を瞬いていたが、
それからムッとした顔つきになってフォックスの持つマイクに手を伸ばす。
罠を警戒し全モニタの監視に気を取られていたフォックスはその手を避けることができず、彼にマイクを取られてしまった。

そのまま、リンクはデュオンに向かって言い返した。

「だからなんだって言うんだよ!」

「ほう、威勢の良い少年だ」

嗤うように鋼の目を細めてから、デュオンはさらに語りかける。

「では、もう少し教えてやろう」
「お前が『スマッシュブラザーズ』と呼称する世界。そこに行けば今以上の多様性を目にすることになるだろう」
「故郷の世界では常識的に不可能とされていること、あるいは考えられもしなかったこと」「かの世界では、それが全て現実のものとなっているのだ」
「羨むこともあろう。『これが自分の故郷にもあれば』」「あるいは『あったなら』と。だが、それはやはり"夢"でしかないのだ」

そこで彼らは一旦言葉を切り、ホールの小高い天井からこだまが帰ってくる。

"夢でしかない、夢でしか、夢――"

その言葉は次第に淡くなり、対峙する両者が立てるエンジンの音、その低い唸りの中に埋もれていった。

デュオンは静かに言った。

「『スマッシュブラザーズ』の世界からは、基本的に物を持ち帰ることはできない」「同じ世界に属する物でない限りはな」
「これが意味するところが、お前達に分かるか?」

リンクは怪訝そうに眉をしかめていた。
窮地においてこんな長々とした演説を行う彼らの意図が、そしてそこまでして伝えようとしている意志が理解できなかったのだ。
返す言葉を見つけられない彼に代わり、フォックスがマイクを引き継ぐ。

「……すでにマスターハンドから説明は受けている。
例えどんな世界を見聞きしたとしても、持ち帰ることができるのはその記憶のみ。
故郷に戻れば今まで通りやっていくことを強いられる。お前らはそれを言いたいんだな?」

「その通りだ。流石は歴戦のファイター」

対話の主導権を握ったと確信したためか、彼らの口調はすでに余裕を取り戻している。

「お前の言ったように、『スマッシュブラザーズ』との繋がりは実は一方的なのだ」
「故郷に帰ったファイターの身に何が起ころうと」「またお前達がどれほど懇願しようと、他世界への門は時間外に開くことはない」
「理由はただ一つ。世界の均衡だ」「かの世界の主らは、口ではお前達を気に掛ける言葉を紡いでいるだろう」
「だが、奴らの目に真に映っているのは自分たちが繋げた数えきれぬ世界」
「その各々の持つ均衡が崩れること」「その独自性が汚されてしまうこと。それのみを憂慮しているのだ」

両手が自由になるのならば、そこで彼らはもったいぶった仕草で両腕を広げていただろう。
しかし、ガンサイドはランドマスターを止めるために、ソードサイドは壁面と挟まれて押しつぶされた姿勢になっているためにそれは叶わなかった。

機械戦車に肺は無く、従ってこれほど固く押さえ込まれた状況でも彼らの声は平時の朗々たる調子を保っていた。

「おかしな話ではないか」「『スマッシュブラザーズ』の世界を訪れた者は、ありとあらゆる夢と幻想を目にする」
「そこでは目で見て、じかに触れ、手に取ることもできよう」「しかし、それも『スマッシュブラザーズ』の世界にいる間のみ」
「訪問者はいずれは故郷に帰らねばならない」「手土産となるのは虚しき記憶。他の世界では実現しうる無限の可能性、豪華絢爛な夢幻の思い出」

デュオン・ガンサイドはわずかに顎を引き、ランドマスターのコクピットをじっと見据える。

「……我等の言う訪問者はファイターばかりではないぞ。お前達の"活躍"とやらを見に来た人民もその内に含まれている」
「そう。お前達が扉を開けたことで、無関係の民草にまであまねく絶望の種子は行き渡ってしまったのだよ」
「無数の世界から集められた素晴らしき夢の祭典。訪問者はそれを目の当たりにしながら、空手で引き返さねばならぬ」
「もっと良い暮らしが、もっと便利な暮らしができるというのに」
「敵や怪物を恐れず安心して眠れる世界があるというのに、自分たちは決してそこへはたどり着けないのだ」
「それも全ては、世界の均衡を守るという大それた名義のため」

今や、2人のファイターはすっかり沈黙していた。
反論したいが、言葉がなかなか出てこようとしないのだ。それほどまでにデュオンの言葉は重く響いていた。

「ファイターよ。お前達は強いから気に病むこともないのだろうな」「しかし他の者共はどうだ? 世の中、それほど心の強い者ばかりではなかろう」
「一体どれほどの者が悩み、苦しんだことだろうか……」「我等には想像もつかぬことだ」
「しかし、我等にもこれだけは言える」「それならば初めから見せなければ良いことだ、と」
「何の意味も無く、知らせた上で辛抱を強いるなど、これを傲慢と言わずして何と言う?」

そこで彼らは一つ、短く嘲笑う。

「何が均衡だ! ことを複雑にしたのは自分自身だというのに」「奴らはその代償を一切払おうとせず、お前達に押し付けているのだぞ」
「あの世界を訪れた者が理想と現実の狭間で苦しむのも、奴らに言わせれば」「あるいは悩み苦しむ者共からすれば」
「最初に扉を開いた者。そう、お前達ファイターが発端ということになるのであろう」「……だが、それは間違っている」
「マスターハンド、そしてクレイジーハンド」「初めに数えきれぬ世界に絶望の種をまいたのは奴らだ」
「お前達の真の敵は『スマッシュブラザーズ』の創造主、全ての元凶たる奴らなのだ!」

そう正面切って喝破したデュオン・ガンサイド。モニタに映る彼の瞳は、コクピットにいる2人を真っ直ぐに射貫いていた。
背後の壁に細かくひび割れが走り不吉な音を立てる中、彼らはなおも語り続ける。

「ここまで説明すれば自ずと明らかになろう。エインシャント様に楯突くなど、見当違いも甚だしいことが」
「かの御方が望むのは真の平和」「かの御方はあまねく世界に真の均衡を取り戻そうとしておられるのだ」
「何の実りもない、奴らの自己中心的な望みから作られた繋がりを断ち切り」「全ての世界をあるべき姿に戻すために」

デュオンの口から初めて語られた、エインシャントの狙い。
それが真実か嘘か、今のファイター達には見極める余裕がなかった。
しかし、それでもフォックスの目に迷いはなかった。

一つ、鼻で笑うとこう返す。

「あるべき姿に戻す? ……よくもそんなことが言えたものだな。
お前達の『主』とやらがしてきたことを思い返して見ろ!
人との共生を拒否し、ただ欲望に任せて戦争を仕掛け、挙げ句の果てに残されたのがこの疲弊しきった灰色の世界だ。
自分の土地を台無しにしておきながら、凝りもせず今度は他所の領土にまで手を出そうというその浅はかな姿勢。
俺達の世界が均衡を失うとすれば、それはエインシャントの持つ利己的な欲望のせいだ!」

言い切ったフォックスにデュオンが返したのは、訝しげな視線だった。
わずかに首をかしげてコクピットを眺めるその様は、どこか2人を小馬鹿にしているようでもあった。

その想像に違わず、やがて彼らは唐突に哄笑する。

「愚かなり! やはり、帰ることのできる世界がある者に」「我等が主の御心を語って聞かせたところで理解できるはずもなかったか!」

大笑いを続けるデュオンにフォックスは冷たい視線を向け、短くマイクに向かって言った。

「理解したくもない。もうお前らのご託は沢山だ」

続けてさっと後ろを振り返り、そこにいたリンクに向かって告げる。

「これ以上話しても無駄だ。
リンク、掴まってろ。このまま押し切るぞ!」

「……お、おう分かった!」

彼が操縦席の背もたれにしがみつくと同時に、フォックスはアクセルを深く踏み込む。
エンジンが唸りを上げ、モニタの向こうでデュオン・ガンサイドが苦しげに身を二つに折る。

と、次の瞬間。甲高い破裂音と共に車内の重量が消えた。

灰色のガラスは、やはり窓だったのだ。
揃って窓を突き抜け、ランドマスターとデュオンはその向こうの空虚に落下する。

広がっていたのは、格納庫らしきフロア。
壁際には何十機もの"板"、フライングプレートがまっさらな状態で整列し、飛び立つ時を静かに待っていた。

ほぼ同時に着地した二者だったが、立ち直るのは接地面の大きいランドマスターの方が早かった。

一方のデュオンは無様に横倒しになって倒れ伏し、動かない。
押さえ込まれていたダメージもあって、立ち上がることさえできない様子だ。
とどめを刺すならば絶好の機会。しかし、ランドマスターはきびすを返して彼らから遠ざかる方向に進路を取った。

この行動に、リンクは目を丸くして操縦席に詰め寄った。

「フォックス……なんであいつをやっつけないんだよ!
今ならあいつを倒せる。いや、今見逃したらたぶん、おれ達にあいつを倒すチャンスは来ないぞ!」

彼にちらと視線を向け、そしてフォックスは短くこう答えた。

「分かってるさ。だが、時間が無いんだ」

「時間……?」

見ると、回りの景色がわずかにぼやけ始めていた。
分厚い金属で出来ているはずの装甲が透け、車体が纏う虹色のオーラとその向こうに広がる格納庫の風景が重なっている。
ランドマスターが消えかけているのだ。

次第に外の音も聞こえはじめ、そこで2人は格納庫にサイレンの音が満ちていることに気がつく。
消滅しかかりながらもランドマスターが一直線に向かう先、そこにはフライングプレートの発進口がある。
発進口の常としてそこにはシャッターが備わっており、サイレンの音を背景にしてそれが徐々に下がり始めていた。

「あいつらはこれを狙っていたのかもしれないな。切り札の時間切れを」

まだ辛うじて実体を持っている操縦桿をしっかりと握りしめ、フォックスは呟く。

ランドマスターを駆る彼の背に、その時、声を投げかける者があった。

「残党のファイターよ。帰り着いたならば仲間に伝えよ」

デュオンが横倒しになったまま首だけをこちらに向け、呼びかけているのであった。

「お前達が戦う意義はない。真の正義に従い、主の崇高なる軍門に下り給え」「さもなくば、おとなしく各々の在るべき世界に帰るのだ、と」

「……」

フォックスが答えることはなかった。
デュオンの声を意識から閉め出し、ただひたすらに視線の先に据えたシャッターへと集中する。

ゆっくりと閉じていく門。消えかかりながらも猛進する戦車。
それを見やるデュオンは、横様に倒れたまま起きる気配もなく遠ざかる2人を見送るのみ。

やがてソードサイドが相方に問いかける。

「奴らは帰り着けるだろうか?」

その声はいつの間にか先ほどまでの威勢を失いつつあり、代わってそこには物憂げな疲労の影が差している。
ガンサイドはそれに対し、半ば投げやりに鼻で笑うような音を立ててこう返す。

「可能性は無に等しい。この発進口と地上との距離は、ファイターが耐えうる落下高度の限界を優に超えている」

低く呟くような相方の返答に、ソードサイドは静かに頷いた。

「同感だ。
脱出したところでじきにかの戦車は消滅し、彼らは何もできずに地面へと叩きつけられるであろうな」

「さすればフィギュア化は必至。
せっかく真の力を発揮できたというのに、結果がこれとは……全く憐れなものだ」

「だが、これが現実なのだ。
……我等もいつまでも休んではいられない。後ほど、下界の兵達に回収を命じておかねば」

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最終更新:2016-08-28

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