気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track39『Solitude』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。

現在、偶然が積み重なり運良く助かった者を除くと、20数人ものファイターが謎の存在エインシャントに捕らえられている。
彼らの奪還を目的に先行した生き残りの2人、フォックスとリンクは敵の腹心デュオンによって一時囚われの身となるが、
"最後の切り札"の発動や仲間達の勇気ある行動もあって無事生還を果たすことができた。

決戦を前にして、2人の口から重要な情報が語られる。
囚われたファイターを元にして作られたコピー体、"新型兵"。
今までの人形兵とは比べものにならないほどの強さを誇るその兵が、新たな障壁として立ちはだかるというのだ。

情報を共有したところでファイター達は本拠地への侵入方法を議論し、
敵の輸送手段フライングプレートに潜り込む班と、少しの間地上の都市に留まって有益な情報を探す班に分かれることになった。
希望を提出する時刻が近づく中、リンクは思い詰めた表情でリュカを呼び出す。

廊下で2人きりになって、リンクが告げたのは事実上の戦力外通告。
仲間が敵に攫われたくらいで取り乱していては、今後の戦いを生き抜くことはできないというのだ。


  Open Door! Track39 『Solitude』


Tuning

すれ違う思い

世界の中心部に広がっていたのは、これまで何度となく見てきた光景。煤けた白色の廃墟であった。

建物は例外なく時の流れに蝕まれ、本来室内であった空間を外気にさらけ出して佇んでいる様はまるで朽ち果てた大木のように見える。
ひどいものではもはや原形を留めないまでに破壊、もしくは吸収し尽くされ、元がどんな姿をしていたのか想像することさえできなかった。
乾ききった事象素の雪が、その全てに平等に降り続けている。

廃墟には、規則を持って走る幅の広い網目があった。
その白い筋はおそらく、かつて都市の動脈となっていた大小の道路だろう。
これがあるおかげで辛うじて風景の規則性が保たれ、このみすぼらしい廃墟がもとは都市であったことが分かる。

ところどころにぽつりぽつりと、軍事用と思しき深緑色に塗られた機械が転がっていた。
人の身長ほどのどこか玩具を思わせるシルエットを持つそれらは、在りし日"ロボット"と呼ばれていた機械達だ。
瓦礫に埋もれ、あるいは路上に横たわり、彼らはどれも土埃で白く汚れてしまっている。

一方で戦闘車両や戦闘機らしきものは見あたらない。この世界は長らく平和の中にあったのだ。
少なくとも、互いの文明を滅ぼしかねないほどの兵器を作ったり、人間を戦争に駆り出したりするほど切羽詰まった状況にはなっていなかったらしい。
だからこそ、エインシャントに対抗する兵器らしい兵器が用意されていなかったのだ。

知性を持つ生き物と、それが作り上げた人工知能とが手を取り合い、あらゆる境界を乗り越えてさらなる発展へと向かっていた世界。
しかしその共存は1体の機械によって破られてしまった。
急峻かつ容赦ない侵略と破壊が繰り返され、ついに人はこの世界を捨て、後には壊れかけたモノトーンの大地が残された。

この街から人々の紡ぐ生活が途絶えて、少なくとも数百年単位の時が過ぎていることだろう。
土壌までやせ細ってしまったのか、木々は立ち枯れ、アスファルトの割れ目から伸びた雑草もすでに灰色にひからびている。
だが、辛うじて残された建物の巨大さや意匠の複雑さ、そして地平の果てまで続くかというほどの廃墟の広さが街の最盛期を物語っていた。

これほど発展した形跡を残す都市跡を、ファイター達は今まで見たことがなかった。
ある者は船窓から、ある者は船外カメラの映像から外の風景を眺め、それぞれにここがかつての首都であったのだろうと想像していた。

過去の栄光が亡霊のように漂う見渡す限りの廃墟を、マザーシップは船底をかすめるようにして飛行していく。
その装甲は橙に黒のつぎはぎになっていたが、船は毅然として目的の地へと向かっていた。

船内。
時刻は正午を過ぎ、通路を照らす人工光も午後の穏やかな日差しを思わせる色にシフトしていた。
白にほんのわずかに黄色を混ぜたような光に満たされた廊下の向こうから、天使とピンク玉がやってくる。

相手の腰丈ほどもないカービィはうんと上を見上げ、こう尋ねた。

「ねえ、ピットくんはどっちにしたの?」

彼が言っているのはもちろん、今後の行き先である。
ピットは迷う様子もなく、明るい声で答えた。

「僕は先にあの城に向かうことにしたよ。君は?」

「ぼくも同じ! だってさがしものするのはあきちゃったもん」

そう言って前を向き、つまらなさそうに糸目をしてみせる。

前回の班行動においておいしい食事を目当てに探索グループに入ったカービィだったが、
探査中は間食をすることもできず、空腹になっていたところに現れたお菓子をばらまく人形兵につられ、
仲間からはぐれてしまうという一幕があったのだ。

そのことで注意されはしたものの、彼はそれを機に振る舞いを改めるほど殊勝な性格ではない。
どちらかと言えば、探し物をすることが思いのほか退屈だと知ったことが今回の判断理由だろう。

気分を切り替えて、カービィはぱちっと目を開く。

「ぼくはそれよりもあのお城に行ってみたいんだ。
あんなに大きいのにぷかぷか浮いてるんだから、きっとお城のなかはもっとすごいことになってるよ。はやく見てみたいなぁ~!」

そう言って目を輝かせてから、彼はその瞳を再びピットに向ける。

「ね、ピットくんもそう思うでしょ?」

向かう先が敵の本拠地だと知っているのかと疑いたくもなる能天気ぶりだったが、
ピットは彼に調子を合わせるだけの余裕を持っていた。もちろん、念を押しておくことも忘れなかった。

「確かに今までの建物とは様子が違っているだろうね。
でもその分、気をつけなくちゃいけないよ。エインシャントもそう簡単には近づけさせてくれないはずだから」

「う~ん、そうだね」

さほど深刻さのない相づちを打つと、カービィはこう続けた。

「やっぱり、ピットくんはエインシャントに会ってみたいの?」

「もちろんだよ」

と、こちらは真剣な顔をして頷きかえす。
そのまま廊下の先をまっすぐに見据えて、彼はこう言った。

「なぜ彼がエンジェランドを狙ったのか。その理由を知りたいんだ。
……もしかしたら理由なんて無いのかもしれない。あったとしても、僕らには到底理解のできないことかもしれない。
それでも、僕は彼に教えたい。あなたのしていることは間違っているって」

そこで2人は居住室の前に着き、ピットはドアを開けるため壁面のタッチパネルに触れようとした。

「ことばがつうじなくても?」

ごく純粋な気持ちから、カービィが尋ねる。
その言葉に相手は虚を突かれたように手を止めて目を瞬き、それからちょっと曖昧に笑って言った。

「そうかもしれないね。エインシャントは僕らの言うことなんて相手にしないのかも。
でも、自分のしたことでどれだけエンジェランドの皆が大変な思いをしたのか、それだけは分かってほしいな」

久しく帰っていない天空界に思いをはせ、遠い目をするピット。
郷愁にかられている彼をカービィはしばらく不思議そうに見上げていたが、やがて体を傾げるとこう言った。

「ふ~ん。なんていうか、おつとめごくろーさんだね」

これには思わずピットも吹き出してしまった。

「カービィ、それどこで覚えたの?」

笑いながら、パネルに手を合わせてドアを開ける。
と、ふとそこで彼の動きが止まった。カービィが言ったことのおかしささえ吹き飛んでしまうほどの理由がそこにあったのだ。

廊下と同じ照度の光が降り注ぐ元備品室。
床の8割を占める毛布の真ん中、半身を起こして、リンクがこちらを見ていた。
ドアが開いたことに反応し、がばっと起き上がったところだった。彼は何事か思い詰めたような表情をしていた。

だが、やって来たのがピットとカービィであることが分かると彼は途端に興味をなくし、またふてくされたように仰向けに寝転がる。
広すぎる毛布の海にぽつんと寝そべる彼。明らかにいつもの様子ではなかった。

ピットはカービィと顔を見合わせ、そして再びリンクの方を見る。
どことなく部屋に入っていきにくい空気を感じたので、2人はそのまま戸口に所在なく立っていた。

何と声を掛けたものかとピットが迷っている足元で、カービィはふと気づいたように言った。

「あれ、リュカは?」

対しリンクは苛立ったように目をかたくつぶり、短くこう返す。

「知るもんか」

そう言ったきり、彼はこちらに背を向けて横になってしまった。

彼が何に対して怒っているのか見当もつかず、カービィは目をぱちくりさせていた。

「カービィ」

呼ばれて、上を見上げる。
名前を呼んだピットは、何も言わずに背後を指さしてみせた。

「うーん、なにがあったんだろう」

再び廊下に戻り、歩く2人。
今度は打って変わって歩調はゆっくりとしている。考え事をしているせいもあるが、行くあてがないこともまた一因だった。

腕を組み、足元をじっと見つめて。ピットは考えながらそれを言葉にしていく。

「たぶん、2人は何か言い争いでもしたんだね。
理由が何かは分からないけれど……でも、それでリュカ君がどこかへ行っちゃったのは確かだ」

「え~っ、また?!」

驚きに思わず立ち止まってしまうカービィ。
一方で考え事に熱中しているピットは先に進んでいき、カービィは彼に追いつこうと走りながらこう言った。

「でも、そしたら、探しにいかなくちゃ!」

しかし、思いのほかピットから返ってきた声には落ち着きが残されていた。

「大丈夫だよ。今この船は空を飛んでいるから、彼はどこへも行かないはず」

「でも"もし"ってこともあるんだよ!」

いつになく真剣な顔をして食い下がるカービィ。
群れ飛ぶ飛行船の上を次々と跳び移っていったこともある彼からすれば、船が飛んでいるか否かなど些細なことなのかもしれない。

「そうかな……?
確かに、このまま見つからないうちに船が目的地に着いちゃったら心配だし……」

相手の熱意に気持ちが傾き始めるピット。

「でしょ? だからはやく見つけよう!」

カービィはそう言うが早いか、腕組みされた相手の手を外から半ば強引に跳んで捕まえるとそのまま駆け出した。

まず2人が向かったのは船底後部に位置する格納庫。
いくつかあるこの船の出入口のうち、もっとも頻繁に利用されているハッチがある場所だ。

扉を開けると一斉に照明が灯り、思っていたよりも窮屈な空間が姿を現した。
今は偵察船に加えてフォックスの戦闘機も格納されているため、元々こぢんまりとしている庫内は一層見通しが悪くなっていたのだ。

2機の乗り物が肩を寄せ合い、床面や壁面から延びる固定具で留められて何とか収まっている。
さらにその隙間を埋めるようにして、10人分の食事を賄う保存食の詰まった箱と、各所で集めた補修用の金属素材とがひしめき合っている。
のぞき込むようにしてピットは小手をかざし、まず向こう側のハッチを見やった。

「……外に出てはいないみたいだね」

一方で背の小さいカービィは欄干を飛び越えてデッキに降り、乗り物と荷物の入り組んだ間をくぐり抜けてどんどん奥へと走っていく。

「リュカ~、どこにかくれてるのぉ~?
かくれてるなら出ておいでーっ!」

荷物の陰から顔を出し、アーウィンの主翼をよじ登ったり、偵察船の装甲に乗っかって辺りを見回したり。
確かにリュカくらいの身長ならば、今の格納庫は格好の隠れ場所かもしれない。
それに気づいたピットは自分も手すりから身を乗り出して庫内をくまなく見渡したが、あの見慣れた金髪に赤と黄の縞模様はどこにも見あたらなかった。

格納庫は元々船内で一番広いスペースであり、加えて今は2機の小型船と無数の貨物で庫内はすっかり混み合ってしまっている。
荷物の裏やちょっとした隙間など隅々まで探し終えた頃には、すでに1時間ほど経っていた。

次に思い至ったのはもう一つの居住室だった。
ピット達よりも年上の、あるいはそう判断されるファイターに割り当てられた部屋。こちらも元は備品室である。

すでに何人かの仲間は行き先を決めてミーティングルームのボードに記入し、部屋に戻っている頃だ。
事情を話さないまでも、リンクのいる部屋を避けたリュカがそこで匿ってもらっているかもしれない。

ノックをすると、扉はすぐに開いた。
そこに立っていたのはルイージ。彼は2人の訪問者のいつにない様子に気がつき、ちょっと驚いたように目を瞬かせた。

「あれ、何かあったの?」

こちらの居住室もそれほど広くなく、ドアが開いた時点でリュカがいないことは分かってしまった。
そこでカービィはこう尋ねた。

「ルイージ、リュカここにこなかった?」

彼は首を横に振り、そして後ろを振り返ってマリオに声を掛ける。

「兄さんは?」

どうやら彼の方が先に部屋に戻っていたらしい。
名前を呼ばれて、二段ベッドの上段から赤い帽子の男が顔を覗かせた。
二段ベッドと言っても、貨物が置かれていた棚に毛布を敷いただけという頑丈さだけが取り柄の代物だったが。

「いいや、見てないな。
どうしたんだ、またどこかに隠れちゃったのか?」

「どうもそうらしいね」

弟がそう答えた向こうで、兄は寝床からぽんと飛び降りこちらへやって来た。

「今度は一体どうしたんだろうなぁ……リンクは無事に戻ってきたっていうのに」

首をかしげる彼に、ピットは事情を説明した。

「どうやら今度はその彼とけんかしてしまったみたいなんです。
と言うのも、さっき部屋に戻ってみたら彼しかいなくて。リュカ君のことを聞いてみても知らないと言うだけで……。
いつもの彼なら、友達がいなくなったら真っ先に探しに行きますよ」

それを聞き、相手は合点がいったというように腕を組んで深く頷いた。

「ふーん、難しい年頃なんだなぁ……。
まぁ、仲が良くても時にはけんかすることもある。とにかく今はリュカがどこにいるのかを突き止めなくちゃな」

そう言ってピット達の横を通り、廊下に出るマリオ。
彼の足取りには迷いもなく、思わずピットはこう声を掛けた。

「マリオさん、もしかしてあてがあるんですか?」

「いいや。でも、操縦室にいけば分かる。この船のパソコンはだいたいのことをお見通しだからな」

処理速度で言えば人間を上回るAIを堂々と"パソコン"と呼びつつも、彼は自信たっぷりにそう言った。

操縦室にはサムスの他にも人がいた。
ピーチは補助席に腰掛け、部屋の半分を占める球面モニタに映し出された外の景色を見ていた。
白い廃墟を背景にしていても絵になる横顔を見せていた姫は、サムスよりも先にこちらに気づくと笑顔を見せる。

「あら、みんなお揃いでどうしたの?」

挨拶代わりに帽子のつばをちょっと上げて見せ、マリオがこう応えた。

「ちょっと探しものがあってさ。またリュカがどこかに行ってしまったらしい」

それを聞くとピーチは元からぱっちりとした目をさらに丸くし、口元に片手を当てる。

「あらまあ!
でも、この状況なら船のなかにいることは確かね」

自分も手伝おうと腰を上げかけたピーチだったが、
そこに操縦席の背もたれの向こうからこんな声が掛けられた。

「彼なら心配はいらない。今こちらに向かってきているところだ」

驚き、マリオ達は後ろを振り返る。

サムスの言葉通りそこには、いつの間に来たものか件の少年が立っていた。
どうやら自分がいなくなっていたうちにちょっとした騒動が起きていたらしいと悟り、彼はどぎまぎしたように目を瞬く。

恥ずかしさと申し訳なさで何も言えない様子の彼を見かねて、ルイージがこう声を掛けた。

「もう大丈夫かい?」

「はい……」

消え入りそうな声で答える。
彼は俯きがちになると床を見つめて、少し間を置いてぽつりと言った。

「……ごめんなさい」

それに対し、ピットがさり気ない調子で首を横に振った。

「謝らなくていいよ。君が何ともなくて良かった」

彼は安堵から来る笑顔を見せ、そう応える。
一方のカービィはリュカを迎えに駆けていき、体をかしげて相手の顔をのぞき込むと聞いた。

「ねぇ、何かあったの?」

リュカは答えにくそうに目をそらしていたが、
カービィから何も言わずにじっと見つめられて、やがて観念したように向き直る。

彼は言った。

「……もう戦っちゃだめだって、リンクが言うんだ」

ぽつりと呟くような声だったが、静けさも手伝ってそれは操縦室にいる皆の耳に届いていた。
居合わせたファイター達の反応は様々だった。顔を見合わせる者、何も言わずに腕を組む者。
だが誰もが心の中で、彼に掛けるべき言葉を探していた。

その沈黙をリンクの意見に対する賛同と受け取ったのか、リュカは急くようにして言葉を継いだ。

「でも、僕は戦えます! 今までだってそうしてきたんだから……!」

「リュカ君……」

ピットがそう声を掛けたのも耳に入らない様子で、彼は遮るようにして続けた。

「だから、僕を連れていってください。
僕も……僕も、みんなと一緒にあの城に行きます!」

その視線が向いていた先は、操縦席に座りこちらを向いた鎧姿のファイター。
すでにリーダーを降りていた彼女だったが、その経験をもって皆から一目置かれていることに変わりはない。
依然として彼女は、作戦の立案において重要な位置を占めていた。

すがるように少年から訴えられたサムスはしばらく何も答えず、微動だにしなかった。
操縦席の肘掛けに腕を乗せ、背もたれに身を預けて。
光の加減でその表情は見えなかったが、なぜだか彼女がリュカをじっと見ていることだけは分かる姿勢だった。

皆が固唾をのんで見守る中、やがてサムスは返答した。

「……希望は叶えられるべきだ。
しかし、向こうの言い分も聞かなければ。現時点では私に判断を下すことはできない」

凛然として言い切り、橙のパワードスーツが立ち上がる。
その有無を言わせぬ気迫に、室内にいたマリオ達は自然と道を空けていた。
沈黙を守り、その道を通るサムス。行く先には子供たちの居住室が据えられている。

脇を通り過ぎていく彼女にリュカは無言の、そして必死の念を込めた視線を送っていた。
サムスはそれに応えることなく通り過ぎていったが、
彼は視線が吸い付けられてしまったかのように、遠ざかっていくその背中を目で追いかけていた。

ピット達が出ていって入れ替わりに誰かが来るだろうことは予想していたリンクだったが、
戸口に現れたファイターが誰であるかを見た時、登っていたはしごの段をすっ飛ばされたような気分に陥った。

――何だよ、そんな大ごとにした覚えはないぞ。

心の中でそう言ってから、彼は慌ててそっぽを向く。
反抗心とばつの悪さとが入り交じった表情を露わにしている自分に気がついたのだ。

だが、心のどこかで危惧していた叱責の言葉は飛んでこなかった。
それでもまだ警戒しながら背を向けていると、隣で毛布の擦れる音がした。

リンクはそっと顔を傾け、視界の端で様子を伺う。
1人分の寝床を空けて毛布の上に片膝をつく鎧の姿がそこにあった。
緑色のバイザーは真正面にあり、向こうもまたこちらの様子を見ていた。

そこでバイザーの陰からのぞく瞳とまともに目が合ってしまい、リンクはまた急いで壁の方を向く。

と、次の瞬間彼は自分の耳を疑った。
背後で笑い声が聞こえたのだ。

驚いて振り返ると、相手は思いのほか穏やかな口調でこう言った。

「どうした? らしくないな、黙りこくって」

その言葉にはまだ笑いの端が残っている。どうやらリンクの拗ねたような仕草がおかしかったらしい。
笑うなよと言いたげにリンクはこわい顔をして見せたが、彼女にはまったく通用しなかった。

「なんだっていいだろ」

返した言葉は、どこか負け惜しみのように聞こえた。
ともかく、相手がどの立場につくわけでもなく公平に事情を聞きに来たことが分かり、リンクはため息をつくと起き上がる。

向き直ってあぐらをかき、自分と相手の間にある空隙に目線を落として。
リンクはしばらくの間そうして言葉を探していたが、顔は上げずにまずこう切り出した。

「なぁ。サムスはどう思う。
あいつが……リュカがこの先やっていけると思うか?」

対し、サムスは淀みなく答えた。

「彼もまたファイターだ。私達と同じだけの力が彼には備わっている。
確かに経験は浅いが、それを補って余りあるポテンシャルを持つ。だからこそ今までを闘い抜くことができた」

そう言った彼女を見上げて、リンクはちょっと眉を寄せた。

「あいつが弱いなんて言ってないよ。おれだってあいつの強さは知ってる。
おれが言いたいのは、何ていうか……そう、あいつの弱点なんだ」

「弱点?」

まばたきを一つし、サムスは表情を変えずに尋ね返す。

「そうさ」

彼は難しい顔をして、俯きがちに頷いた。
それからきっぱりと顔を上げ、こう続ける。

「たぶん、あんたも見たことあるんじゃないか?
あいつはたまに、戦ってる途中で調子がおかしくなる。それまでふつうに戦えてたのがウソみたいに、何もできなくなるんだ。
何だかこう、空回りしてるみたいになってさ」

サムスは黙って首肯した。
思い当たったのはあの山脈地帯での夜戦。リンクとリュカを連れて人形兵を陽動していた際に、彼が不調に陥った場面があったのだ。

そのときは長時間の戦闘で神経をすり減らし、集中力が途切れたせいだろうと思っていたのだが、
リンクのこの真剣な様子を見るに、どうも事態はより複雑だったらしい。

「あの後も何かあったのか」

「ああ。
一番危なかったところで言うと、ほら、フォックスを見つけた工場があったろ?
そこでガレオムに踏みつけられそうになってるっていうのに、金縛りにあったみたいに動けなくなったこととか。
今までも何回か、急に何も言わなくなってしばらく落ち込んでたこともあったし。
それに、ルイージから聞いた。この間もおれとフォックスがいなくなったとき、あいつは船を出てっちゃったんだってな」

つっけんどんな口調で言う彼だったが、組んだ足首を掴むその手にはきつく力が入っていた。

そんな彼の心を静かに見据えるようにして、サムスは尋ねた。

「……つまり、彼の心はこれ以上持ちこたえられない、ということか?」

リンクは足元をじっと見つめ、そして、口を引き結んで頷いた。

それからしばらくリンクは何も言わなかった。自分の足元に視線を落とし、険しい目をして黙っていた。
言葉を探している様子の彼に対し、サムスは下手に助け船を出そうとはせず、ただ静かに待つ。

室内は完全な無音ではなかった。
船のエンジンが立てる低く単調な振動音が天井のダクト越しに伝わって聞こえてくるのだ。
その耳に圧迫感を覚えるような音が、室内の張り詰めた空気を一層強めていく。

耐えかねたように、ついにリンクが口火を切った。

「デュオンに捕まったとき、おれ……エインシャントに会ったんだ。
直接じゃなくてあいつのマボロシだったんだけど、でも十分分かった。十分すぎるくらいに。
……サムスの言った通りだ。あいつはまともじゃない」

眉をひそめて、彼は自分の内面を見つめるような目をする。
思い出したくはない記憶を慎重に掘り起こし、それを言葉の形に整え、自分の前に並べていく。

「あいつはおれのことを、まるで石か何かかと思ってるみたいだった。
……使えるか、使えないか。自分以外の全部を、そのモノサシだけで計ってる。
生き物を生き物とも思っちゃいない。だから平気であんなことできるんだ。
ファイターをただの操り人形にしたり、そのニセモノを作ったり。おれ達はオモチャじゃないってのに」

そこで彼は、否定するように力無く首を振った。

「でも、あいつにとってはそうなんだ。あいつにとって、おれ達は良くできた人形なんだ。
今だって、言うことを聞かない道具が暴れているだけにしか思ってないのかもしれない。
だからこんなに近づいても何も仕掛けてこないんだ。
……もしかしたら、勝負はついちまってるのかもな。もう、とっくのとうに」

この言葉に、サムスは無言のうちに改めてリンクの顔を見つめる。
彼が弱音をはくなど珍しいことだった。

それだけエインシャントとの遭遇は衝撃的だったのだろう。

望んでいた新世界への道を何の断りもなしに遮り、多くの仲間を奪い去って平然としているエインシャント。
ようやく見つけた総大将に対し、リンクは真正面から指を突きつけ、宣戦布告でもするような勢いで詰め寄ったことだろう。

しかし、相手はそれを歯牙にも掛けなかった。
少年ファイターの正当な怒りをまるで羽虫でも払いのけるようにあしらい、平然とその存在を無視したのだ。
それはリンクにとって、今まで全力で生き延びてきた理由を全て反故にされるような出来事だったに違いない。

価値観の隔絶。まったく異質な思考に基づく言動。
何を言っても彼には届かず、彼は耳を傾けようともしない。

彼はまともではない。
その言葉は、ただ単に彼が狂っているという意味ではなかった。
彼は正気だ。まったく正常であるが、その精神の礎はことごとくこちらの常識の外に打ち立てられているのだ。
自分たちが何を言っても彼にとっては意味のない雑音でしかない。そうだとすれば、「対決」という構図が成り立つのかさえも怪しくなってくる。
より一方的で残酷な、「狩る側と狩られる側」。エインシャントとの遭遇はその力関係を否が応でも心に刻み付けるものだった。

そこまでを汲み取り、サムスは落ち着いた口調でリンクにこう言った。

「……だが、相手もまた恐怖する心の持ち主だ。
だからこそ彼は一番資源の豊富な中心部に拠点を据え、攻め込まれにくい高みに城を浮かべている」

それを聞き、リンクははっとした様子で顔を上げた。
拠点が空中にあったことまでは当てられなかったが、リュカ達と共にエインシャントの思考経路を予測し、
ここに本拠地があるという仮説を立てたのは他ならぬ自分であったことを思い出したのだ。

「彼は我々の手の届かない場所にいて、常に物事の主導権を握っている。
だから幾ら工場を落とされようとも、幾ら兵を倒されようとも平然としているのだ。
だが、それもまもなく終わる。私達は今や彼の足元まで辿り着いた。彼と我々を隔てる障壁はもはや数えるほどもない。
今にその傲慢なまでの余裕をかなぐり捨て、相手にせざるを得ない時が来るだろう」

静かな中にも一本の芯を持った声。
彼女の言葉には一瞬の揺らぎもなく、その目は来るべき未来を見据えていた。

「事象を操る力を持つとはいえ、エインシャントは神を気取る機械でしかない。
例外のないルールなどないように、造られたものならばどこかに必ず弱点はある」

そして眼差しを変えずに、彼女はこう締めくくった。

「だが一筋縄ではいかない。
その弱点を突くためには、ここにいる全員の力が必要となるだろう」

少年は一瞬唖然とし、それから咎めるような目になると言った。

「……リュカも連れてくってのか?」

音を立てて乱暴に片手をつき、身を乗り出して彼はまくし立てる。

「人手が足りないからって駆りだすことないだろ。
あいつには無理だ。今までよくがんばってきたけど、エインシャントが相手じゃかないっこない。
リュカは人の心が見えるんだ。そんなあいつがまともにエインシャントの心なんか見ちゃったら……」

そこで眉間にしわを寄せ、彼は視線を逸らす。
先ほどまでの勢いは行き先を失い、ついた手をそのままに彼は黙り込んでしまった。

やがて、ぽつりと彼はこぼした。

「……心配なんだ。あいつが限界に来たら、壊れちゃうんじゃないかって」

彼は決して、見下すような気持ちからあの言葉を言ったわけではなかった。
言いたくはなかった。でも、誰かが教えてやらなくてはならなかった。
友達だからこそ、案じているからこそ、彼は敢えてその責務を買って出たのだ。

限られた土地を有効に使いつつ雨風を避けて快適に暮らそうと思えば、まず選択肢に上るのが地下だろう。
ある水準の文明を持っただいたいの都市がそうであるように、"首都"もまた地下街と思しき空間を備えていた。

適度な広さの小部屋からいくつもの梁に支えられた広間まで、その一つ一つを網目状の通路が結び、まるでアリの巣のようになった空間。
それが砲撃によって乱暴に掘り返され、そこかしこにぽかりと口を開けていた。

底に地下空間を覗かせる、無数のクレーター。
あるものは崩落した瓦礫がなだれ込み、あるものにはいつ降ったのかも分からない雨水が湛えられている。

黄昏時に差し掛かっていた。
しかし、ここにはもはや傾くべき太陽はなく、天に浮かぶ光球が少しずつ目を閉じるように明かりを落としていくのみ。
地上の都市跡も、浮遊城が落とす円環状の影をその身に受けて灰色の闇に溶け込んでいく。

そこに、ちっぽけな機影が地平の彼方から現れた。
その船はしばらく周りの廃墟にジェット音をこだまさせて滑るように飛んでいたが、
やがて一つのクレーターに目標を定めると、吸い込まれるようにその中へと姿を消した。

最後にレーダーの画像を改め、敵影が無いことを確認してからサムスは席を立った。

「おそらくここが接近限界だろう。
以降、母船はこの地下空間に停泊させる。各自、突入までの拠点として使ってくれ」

操縦室に集まっていたファイターにそう伝える。
船が泊まっている空間は、もう2時間飛行すれば中心部の迷宮、アーウィンを捕らえた罠の本体にたどり着ける位置にあった。
歩哨のテリトリーからは十分に遠く、また同時にうかつに亜空間爆弾を落とせないほどの近さでもある絶妙な距離。

だが、その安定がきわどいバランスの上に成り立っていることもファイター達は理解していた。
亜空間爆弾に新型兵。エインシャントがここに加えてさらなる手を思いつく前に、全てを終わらせなければならない。

仲間の顔を見わたし、フォックスが声を掛ける。

「さて、みんな。行く先は決めたか?」

「おう!」
「もちろん」
「きめたよ~」

勢いよく拳を上げたり、手を振ったり、思い思いの返事が返される。
夜に予定されているミーティングにはまだ早かったが、手元に表示させた仮想モニタを確認し、サムスも一つ頷いた。

「おおかた決まったようだな」

「じゃあさっそく出かけても良いか?
夕飯までには戻るから、下見をしておきたいんだ」

マリオが前に進み出てそう言った。
彼はフライングプレートに潜入する先行班を選んでいた。

「構わない。ただし歩兵には気をつけてくれ。上空にも常に気を配るように」

サムスがそう返すと、彼は了解の返事もそこそこに操縦室を飛び出していった。
同じく先行班に名前を記入したルイージも急いで後を追い、またカービィもぱたぱたと走り出ていった。
もちろん、両者が駆け出した心理はそれぞれ別の所にある。

サムスはそんな彼らを目で見送り、再び手元のリストに視線を戻す。
結局、首都跡で情報収集を行う後続班は自分とフォックスの2人だけとなっていた。
もう1人くらいは欲しいところだが、欲は言わない。荒廃しきった都市は半人工の迷路だ。遭難騒ぎはもう前回で懲りている。

それに、皆それぞれ理由があるのだろう。
例えばピーチは、先ほど外の景色を見にここへ来たときにこう言っていた。
『フォックスの話では、エインシャントにも私達の言葉が通じるそうね。
 それなら、語りかけてみるのも一つの手だとは思わない?』

対話により解決できる相手ならばこんなに苦労はしないだろうと思ったが、サムスはそれを口に出さなかった。
何事もやってみるまでは分からないものだ。専門外の物事については、下手に指図すべきではない。

そんなことを思い返していたサムスは、ふと現実に引き戻された。
もう一人、マリオ達を追って操縦室を出て行くファイターがいたのだ。

緑色のとんがり帽子。
ずっと壁際に寄りかかり腕を組んで難しい顔をしていた彼は、出ていくときも無言のままだった。
彼がリストに書いた希望は"先行班"。

リンクが部屋を出て行ったことに反応したのはサムスだけではなかった。
補助席に座り、こちらもまた俯き加減にしてじっと黙りこくっていたリュカは
リンクが出ていくことに気がつき、それによって彼の選んだ班を悟ると立ち上がろうとした。

が、そこで彼の背中に声が掛けられた。

「リュカ、君はここに残ってくれ」

立ち上がりかけた姿勢のまま、彼は戸惑いを露わにして振り返る。
彼の目に映ったのは、暗いフロントモニタを背景に立ちはだかる甲冑の戦士。
サムスは有無を言わさぬ口調で言った。

「君の所属は後続班とする。これは私からの命令だ」

命令。その言葉は決定的な重みを持って少年の小さな両肩にのし掛かった。
はね除けることも抗うこともできず、彼は悲しげな顔をしてこう聞くのがせいぜいだった。

「僕は戦えないんですか」

サムスは静かに首を横に振った。

「戦うなとまでは言っていない。
後続班もいずれはあの城に向かい、先行した者と共にエインシャントと対峙することになる。
だが今の君には考える時間が必要だ。彼のいないところで」

最後に言った"彼"が指すのは、無論リンクのことであった。
2人の間に生じた亀裂はまだ新しく、それを引き起こしたきっかけが全て明らかにならない以上、
無理に同行させることは良い結果をもたらさない。彼女はそう判断していた。

少年は引き結んだ口元をわずかに震わせて、しばらく何も言わずに相手の目を見つめていた。
泣き出すことも取り乱すこともせず、ただその青い目ばかりが葛藤に揺れ動いていた。

やがて、その視線がふっと下げられる。

「……分かりました」

彼はすっかり元気をなくしてしまった声でそう答えた。

操縦室にはまだ人が残っていた。
先行班として登録したものの、今夜は十分休んで明日から活動しようと決めた者たちだ。
室内の空気はぴんと張り詰め、咳払いはおろか身じろぎさえ躊躇するような雰囲気があたりに満ちていた。
彼らは部屋を辞することもできず、2人のやりとりに注意を向けていた。

そんな中、1人が勇気を出して前に進み出た。

「あの、僕も」

片手を胸元に添え、言ったのはピットであった。
彼はサムスに向かって、一切迷いのない口調でこう続ける。

「僕も残ります」

この思いがけない行動に、サムスは訝しげな表情を見せた。

「君は先行班を選んでいたが……良いのか?」

彼女も、ピットがその選択をした理由を分かっていたのだ。
天使は凛とした笑顔を見せて頷いた。

「はい。どちらにしても、いずれエインシャントと会えますから。
それにちょっと人数に偏りがあるようでしたし、これでちょうど良くなりますよね」

そして彼は、傍らのリュカに声を掛けた。

「さ、部屋に戻ろう」

相手の小さな肩に手を添えて、リュカを部屋まで送っていくピット。
翼を備えたその背を見送るサムスの目は、どこか眩しいものでも見るかのように細められていた。

今まで頼りにしてきたリンクに突き放され、リュカは心細い思いをしている。
そんな彼がひとりぼっちになってしまわないよう、ピットは自分の意思を折って残ることにしたのだ。

彼も、リンクが訳あって冷たい態度を取っていることに気づいているようだった。
心配ではあるが見守ることのできないリンクに代わり、今は自分がそばにいてあげよう。
そんな彼の気遣いが、リュカの肩を守る手に現れていた。

一方で、フォックスの関心はとぼとぼと歩いて行くリュカの方に向けられていた。
それから、彼は声をひそめてサムスに短く問いかける。

「保護観察、というやつか?」

「ああ」

頷き、彼女はバイザー越しに相手に視線を向けてこう続けた。

「私が考えるに、彼は大きなトラウマを抱えているようだ。
それが何かは分からないが、決戦までには突きとめておきたい。
もちろん、最終的に解決するのは彼自身だ。しかし先行班に所属してしまったらそんな余裕もないだろう」

「それもそうだが……間に合うだろうか」

そう言って、彼は案じるような視線をもう一度戸口の向こうへと送る。
リュカはすでに見えなくなっていたが、遠くで居住室のドアが開閉する音がした。

サムスは真剣な顔をして考えていたが、少しして正直に答えた。

「……何とも言えないな」

数十分ほどして、外出した4人は半壊したビルディングの最上部にいた。
もっとも、それが本来の最上階であったかどうかは定かではない。
と言うのも、その建物は4人のいる5階部分の床までを残し、その上が丸ごともぎ取られてしまっていたのだ。

黄昏時に差し掛かったが、あるべき夕焼けの色はどこにもなく辺りは淀んだような濃灰色に沈んでいた。
夜が少しずつしのびより、時折通り過ぎる風が塵と共に寒さを運んでくる。

いびつに残る外壁の陰に身をかがめ、彼らは城の真下に広がる迷宮へと視線を向けていた。
円筒を上から思い切り押しつぶしたような外見。色は他の瓦礫とさほど変わらない。
荒れ地に捨て置かれ、幾度とない砂塵に晒された髑髏しゃれこうべの色を思わせる古びた白。

崩壊した壁の名残から顔をのぞかせ、マリオは灰色の黄昏の中で小手をかざしていた。

「やっぱりあれが関所になってるんだな……」

眉間にしわを寄せ、彼は言った。
彼の見る前でまた1機、向こうからやってきたフライングプレートが迷宮の中へと入っていく。

観察を始めてからこのかた、ずっとこんな調子だった。
現れたプレートはどれも皆あの迷宮に姿を消し、数分の間を置いてまた戻っていくか、上空の城へ向けて昇っていく。
一機として素通りする機体は無い。どうやらあの迷宮は、地上と空とを結ぶ一種の関門となっているらしい。

プレートが出ていくまでの数分間に何が起こっているのか、ここからでは見ることはできない。
見張り人員の交代か、荷物の積み卸しか。いずれにせよあの中で一旦停泊していることは間違いなさそうだ。
実際に、望遠鏡で注意深く見ていると行きと帰りで積み荷や兵士の種類が違っていることが分かる。

「変だな、ずいぶん早い」

望遠鏡を一旦下げて、呟いたのは向かい側に立つリンク。
彼がフォックスと共に飛び込んでしまった時、あの迷宮の内部はこれでもかとばかりに入り組んでいた。
同様に考えればフライングプレートが出てくるまでに10分以上は掛かるはず。とてもではないが積み荷を変えている暇などない。

傍らのカービィはちょっと体をかしげ、そしてこう言った。

「どこかにちかみちがあるんだね」

「あぁなるほど、一直線で行ける道があるんだな……。
ったく、おれ達はまんまと釣られてたってわけか」

そう言ってリンクは苦々しげに顔をしかめた。

どの時点でデュオンがその作戦を思いついたのかは分からないが、上手くしてやられたものだ。
こちら側の予測が正しければ、エインシャントの創造物には必ずと言って良いほど無駄な部分がある。
それはあの迷宮で特に顕著だった。建物という建物がみじん切りになって出鱈目に継ぎ合わされたような外観。
複雑に入り組んだ通路に、無数の袋小路が散在する海綿状の構造物。およそ何かの役に立つとも思えない。だが、デュオンはそれを逆手に取った。
彼らはフィギュアを乗せたワゴンを釣り餌にして、わざと本来の入り口ではないところからアーウィンをあの迷宮に飛び込ませたのだった。

リンクは眉をしかめたまま再び望遠鏡を覗き、辺りにはしばし沈黙が訪れる。

風がはるかな高みを通りすぎていくたびに、周りの建物は悲しげな音を立ててそれに応じていた。
空を見上げれば天球の白い光に包まれた城がそこにあり、公転する島々を従えて泰然と浮かんでいる。
荒れ果てた地上を悠々と見下ろす浮遊城。その光景はあまりにも非現実的で、理解を拒む異質さを持っていた。

その異質さの中に、自分たちは閉じ込められている。

廃墟はあまりにも広く、そして辺りはあまりにも静まりかえっていた。
遠くで夜風が立てた虚ろな音色に、ルイージは急に茫洋と広がる大海原に放り出されたような心細さを覚えた。
それを忘れようとして、彼は絶えかけた言葉を紡ぐ。

「……つまり、城に忍び込むにはあの建物の中に入らないといけないってことだね」

マリオは壁の端から様子を伺いつつ、うむと頷く。

「途中までプレートに乗っていって迷路をショートカット、一旦降りて人形から隠れ、荷下ろしのタイミングでまた乗る。
そういう感じになりそうだな」

歯切れ良く順序立てて言う彼の顔は活気に満ち、どこか楽しそうでさえあった。
向かい側のカービィも呑気なもので、目をキラキラと輝かせてこう言う。

「うわぁなんだかおもしろくなってきたね~!」

これにはルイージも呆れたように頭をかいた。

「兄さんもカービィも、見つからないことが大切なんだからね。それを忘れたら困るよ」

そう念を押しつつも、彼の口元には我知らずもらい笑いが浮かんでいる。

リンクだけは他の3人がそんなやりとりをしていることにも気づかない様子で、一心に望遠鏡をのぞき込んでいた。
気づかなかったのは幸いと言える。今の彼はまだ心の中にわだかまりを抱え、神経を尖らせている。
仲間の危機感の無さを知れば過剰に反応し、そんなことを言っている場合かと噛みついていたかもしれないのだ。

賑やかな輪から距離を置き、廃墟の静けさと同化したように口をつぐむリンク。
そんな彼の集中力が、ある事実を見つける。

「浮いてる……?」

「ん、どうした?」

応じたマリオに、彼は望遠鏡を押し付けると迷宮の方角を指さした。

「プレートだよ。ほら、今昇っていくやつ。炎が出てないんだ」

片目をつぶって構えること数秒、マリオは感心したように「おお」と声をもらした。

「本当だ。エンジンを切ってるはずなのに……」

丸く狭められた視野の中で、拡大された板状の飛行物体がゆるゆると昇っていく。
いつもならば底面や尾部に埋め込まれたノズルからジェットを吹き出し飛んでいくところを、
そのプレートはちらとも炎を出さず、プールの底から浮かび上がる木片のようにふわふわと浮かんでいくのだ。

「そうなんだ。何かに吸い込まれてるみたいだよな」

辺りはいよいよ暗くなっていたが、リンクは目視でプレートの影を追いかけている。
向かいのルイージも小手をかざして目をこらしつつ、同じ辺りを眺めた。

「下から風で吹き上げられてるようにも見えるなぁ……」

そう言ってから、彼はちょっと目を瞬き言葉を改める。

「いや、それも変か。あんな重い物を風で浮かせるなんて、いくらなんでもあり得ないよね」

そんな彼に、兄は望遠鏡を構えたまま真剣な顔で言った。

「分からないぞ。エインシャントのことだ。そのくらいの技術は持っているかもしれない」

カービィは一番壁が低くなったところまで来てそのへりに手を掛け、空に浮かぶ城を見上げていた。

「あのおしろも風でうかんでるのかなぁ」

その瞳は天球の光を映しこみ、青く輝いている。

迷宮の方角にそれぞれ注意を向けていた4人は、背後への配慮がおろそかになっていた。

「こんなところにいたのか」

不意にそんな声が聞こえ、振り返ったルイージは驚いて反射的に後ずさった。
夜闇の中黄色い光が2つ、淡くぼうと浮かび上がっていたのだ。

他の3人も天球の輝く明るい側に目が慣れてしまっていて、
反対側の闇に溶け込む影が見定められず少しぎょっとしたような表情を浮かべる。

そんな反応を返されるとは思っていなかったらしい。
彼はややあってたしなめるように言った。

「……そんなことでは敵に奇襲を掛けられるぞ」

ガラスの失われた窓枠を足場に、仮面の向こうで呆れたように目を細めている。
そんな彼に、さっそくカービィが突っかかっていった。

「おどろかさないでよもぉー! なかまなんだから足音たててよ!」

そう言って彼の足元で抗議するように両腕を振り回す。

「翼でどう足音を立てろと言うのだ」

真面目に、そしてどこかずれた反論をするメタナイト。
彼の背にはいつものマントではなく、コウモリに似た翼が備えられている。今し方これで飛んできたのだろう。

「近づいたらよぶとかあるでしょ、おーいって」

カービィはよほど驚かされたのが不服だったらしい。
放っておけばどんどん文句が出てきそうな様子の彼を手で遮って、メタナイトは向こうにいる3人にこう伝えた。

「帰艦の連絡を伝えに来た。夕餉の準備ができたそうだ」

それを聞いて誰よりも先に駆け出したのは、もちろんカービィであった。

時は過ぎて、深夜。
他の多くの船内施設が一日の役目を終え、システム維持機構のみが目に見えないルーチンワークを続けている中、
ミーティングルームには煌々と明かりが点いていた。

円卓の上はすでにきれいに片付けられ、今はフォックスただ1人が残って席についている。
身をかがめ、シップの工具を借りて集中しているのはブラスターの分解掃除。
明日からの探索に備え、暇のあるうちに武器の手入れをしておこうと思い立ったらしい。

円卓は真ん中にホログラム用の穴が開いており部品を広げるには少し手狭だったが、自分の他誰もいない部屋はしんと静かで、
彼はしばし一人きりの空間で手作業に没頭し、慎重な手つきでブラシを操り部品の隅に詰まる砂埃を掃除していた。

レーザーブラスターは硝煙を発生させないので汚れはつきにくいのだが、
ここ灰色の世界は乾燥した気候が多く、携帯しているだけでもどこからか砂が入り込む。
精密機器にとって砂は天敵だ。どんなに細かな砂塵であっても動作の狂いに繋がる。
日々の地道な手入れを怠ったばかりに苦境に立たされては、父から譲り受けた"隊長"の名が廃るというものだ。

元の形に組み上げ終え、誰もいない壁の方角を向いて軽く構えてみるフォックス。
本当は試し撃ちをしておきたいところだが、外出するにはもう時刻も遅い。

今日のところは部屋に戻って一眠りしよう、そう思って銃をホルスターに戻し腰を上げかけた時だった。
開けようとした扉が向こうで勝手に開き、この船の持ち主であるバウンティハンターが現れた。

彼女はその腕に山ほどの紙束を載せていた。
くたびれたその紙はよく見ると何束かごとに片端で閉じられており、書籍であることが辛うじて分かる。

緑のバイザーが問いかけるようにこちらに向けられた。
その表面は照り返しによって金属的な質感を帯びている。その向こうからこんな声が発せられた。

「まだ起きていたのか?」

「ああ。ちょっとメンテナンスをしていた」

そう答えてホルスターを手でさし示し、それからフォックスは続けてこう尋ねる。

「その本は雑誌か? 外に行ってきたんだな」

無言で頷く雰囲気があり、そのまま彼女は円卓の上に雑誌を乗せた。
乾いた音、埃っぽいにおいと共に砂が舞い上がる。地下通路に落ちていたものなのか光による褪色はそれほど起きていない。
地下の湿気を受けてページが分厚くうねってしまっていたが、目立つ難点はそれくらいのものであり、
外の荒廃具合に対してそれらは奇妙なほど新しさを保っていた。

同じことはリンク達が見つけた乾燥食料や、水没都市に保管されていた資料にも言える。
この世界の人々がずいぶん慎重な性格で、長い先を見据えて耐用年数を延ばす技術を開発していたのか、
それともエインシャントが時空を歪めてしまった影響で時の流れがおかしくなっているのか。理由はまだ突きとめられていない。

机の上に載せられた本の表紙を見るともなしに眺めていたフォックスは、少ししてふと笑みをこぼす。

「……なんだか変わったな」

何が、と言うような視線を向けてきたサムスを見上げ、彼はこう答える。

「この船を空けて1人で出かけてくるなんて珍しいなと思ったのさ。
俺が来たばかりの頃は何だかんだとぴりぴりして、他のみんなを見張ってただろう」

「見張っていたつもりは無いが……」

ようやく彼女は声を出した。
監視していたとの指摘を心外に思ってはいるものの、どこか否定しきれない様子でもあった。

長らく単独行動をしていた彼女は、あらゆる場面において逐次進退の判断を下し、その結果も責任も自分一人で背負うことに慣れていた。
そのために今回集団でまとまって行動する段になっても、無意識のうちに同じ原理を突き通そうとしてしまったのだ。
他人の分まで先回りして事細かに判断し、自分の思い描く道を外れることのないように注視し、いつも必要以上の荷物を抱え込んでいた。

だが、そこまでする必要は無いと、共に闘う仲間は教えてくれた。

そんなことを心の内で思い返しつつも、サムスは表だけはそっけなくこう言う。

「子供たちもようやくおとなしくなってくれたからな」

フォックスは肩をすくめて笑い、そして雑誌の方に手を伸ばした。

プラスチックと紙の中間のような変わった手触りだった。しなやかだがめくりやすい厚みを持っている。
わずかに色あせた表紙に大きく載っているのは青空。高層ビル群の屋上から捉えられた空の写真だ。
だがその雑誌は当然のことながら天文雑誌ではなく、表紙に載せられた写真はもっと切迫感のある事実を訴えていた。

中央に写っているものが何であるかに気づき、フォックスの表情がさっと険しくなった。

「こいつは……」

円に半分まで切り込みを入れたようなシルエット。
それはまさにこれから攻め入ろうとしているエインシャントの本拠地、紛うことなき浮遊城のものであった。

雑誌を手元に引き寄せてパラパラとページをめくる。現れたのは戦争と混乱。生々しくも異様な光景。
緑帽やら紙人形、浮遊鎧に一つ目金魚。ありとあらゆる種類の人形兵が写されている。
どれも遠目から取った写真であり、ロボットを蹴散らし建物を壊し、我が物顔に都市を進軍していく様子が捉えられていた。

書かれている文字はこの世界固有のものであり、何が書いてあるのかは読み取ることはできなかった。
しかし、文字が読めなくとも写真を見ているだけでおおよそのことは伝わってきた。
恐怖、驚愕、そしてきな臭い硝煙の香り。突如として始まった侵略がほぼ一方的にこの首都を蹂躙していったのだ。

再び表紙に戻り、彼は黙って浮遊城の影、エインシャントの印を眺める。
先ほど見た時に何かが頭に引っかかっていたのだが、理由は思いついてみると簡単だった。

この印は人形兵の体のどこかに必ずあしらわれている。例えば緑帽なら胸元、一輪バイクならホイール部分。
つまりあの城と島々の配置には歴とした意味があったのだ。あれは、エインシャント軍の旗印を表していたのだ。

口を引き結び、険しい顔で雑誌に目を落としている彼の向こうでサムスがこう言った。

「どうやら、これが各出版社の最終号となってしまったらしいな」

彼女は、1冊ずつ表が見えるように紙の山をならし、整理していた。
並べられていく表紙にはアングルの違いはあれど、いずれも浮遊城を見上げた写真が掲載されている。
空はまだ青く、眼下の街も銀と白を基調にした眩しいほどの色彩を保っている。それがかえって、エインシャントの城の異様さを際立たせていた。

と、その表面にかすかなフラッシュが走る。
AIが天井に備え付けられたスキャナを用い、雑誌を読み取っていったのだ。

今まで音声や視覚データとしてこの世界の言語を山ほど与えられてきたAIには雑誌の翻訳など簡単な仕事だったらしい。
数秒も経たないうちに、天井の辺りから人工音声が降ってきた。

『解読終了。プロジェクションマッピングを行います』

その言葉と共に部屋の明かりが落とされ、雑誌の上に重なるようにして文字が浮かび上がった。
本来の文字と被さって少し読みにくいが、これで翻訳結果を直感的に掴むことができる。
2人は投影機の光に被さらないよう気をつけつつ円卓に身を乗り出して、題字を読んでいった。

"ジャイロシティ記念研究所 占拠さる"
"悪夢が現実に 人工知能の反乱 "
"エインシャント 全世界に向けて宣戦布告"
"都市国家首脳会議始まる ロボットの兵器転用も検討"
"機械か 合成生物か エインシャント軍兵士"

多くの題字は予想通りのものであったが、ときおり興味深い情報も混じっている。
ざっと見たところでも、今自分たちのいる都市が"ジャイロシティ"と呼ばれ、空の城はやはり元は人間側の施設であったこと、
人間達の掴んでいる情報でも反乱の首謀者はエインシャントと目されていたことが分かった。

ファイターの間で"人形兵"として通用している兵士は、奇妙なことに人間に対しては直接危害を及ぼすことがなく、
住居を追い出すためだけに徒党を組んでいると報道されていた。ロボットの壊された数に対し、人間が被害を受けた件数は限りなく低かった。
しかし、彼らの持っている武器はこれまでにあるどんな兵器にも似つかなかったが
紛れもない実用性と脅威を持っており、それによって数多くの住居や貴重な建造物が破壊されたという。

また、同時期と思われた雑誌は発行年月日を注意深く見ていくとわずかに時間差があり、
ジャイロシティの市長が全住民に避難命令を出したことを一面に取り上げた雑誌で最後になっていた。

2人は続いて手分けしてページを繰り、記事の中身を少しずつAIに翻訳させていった。

エインシャントの突然の反抗。それに対する各社の反応は様々だった。

彼が誤った判断を下すように造ってしまったのも元を正せば人間であり、我々が首都を捨てて逃げるのも自業自得であると厳粛に綴るもの、
誰がここまでしろと言った、白亜の塔の連中が好奇心に自制を失いついに禁忌を犯したのだと非難囂々まくしたてるもの、
反旗を翻したのは1体のみなのだから、他の人工知能と力を合わせれば解決策は見つかるとして悠然と事態を見守るもの。

戦争の発端となったこの都市は真っ先に放棄されたらしく、ここにある記事は戦争の最初期までを記すのみ。
そんな時期に書かれたためか、非常事態を報じつつも彼ら自身の筆跡にはどこか差し迫った危機感というものが欠けていた。
あまりのことに現実を直視できなかったのか、それとも長すぎる平和に戦争の恐ろしさを忘れてしまっていたのか。

「む……」

呟いてフォックスがさらに身を乗り出した。
彼が指さした記事の見出しには、"決戦兵器の開発に着手 ブロックシティ"とある。

「『記念研究所から避難した科学者のグループは同日、ブロックシティにて構想中の兵器を製造段階に移したと発表。
完成すれば目下の劣勢を覆し、大戦を終わらせることも可能と述べた』。
……これ、もしかするとあの水没した街のことじゃないか?」

「決戦兵器か。あの街に隠されていた亜空間爆弾がそれだったとすると……。
しかし、あんなに離れたところで爆発させてもエインシャントにとっては何の損害にもならないと思うが」

そこでヘルメットの上から顎の辺りに手を添える仕草をし、サムスはしばし黙考する。

「……いや、本来は弾頭として使う予定だったのかもしれないな。
ミサイルなり航空機なりでエインシャントの城にぶつけ、拠点ごと首謀者を消し去る。
だが敵の侵攻があまりにも早く、未完成のまま弾頭だけが残された……ということか」

「俺達も同じ手を使ってみるか?」

片眉を上げて、フォックスが聞く。

「フライングプレートから爆弾を盗み出して、か?
よしておこう。神々の炎を弄びたくはない」

サムスは即答した。
それは予想通りの答えだったらしい。フォックスは少し笑みを見せ、頷いてこう言った。

「俺も同感だ」

設計図を手に入れたとは言え、爆弾が発生させる亜空間については分かっていないことの方が多い。
この世界の人間なら多少なりとも把握していたのかもしれないが、そんな彼らでもエインシャントに勝つことはできなかった。
ここで決着を焦って未知の技術で造られた兵器に手を出すのは、あまり得策とは言えないだろう。

「それにしても」

と、彼は再び紙面に顔を戻す。

「エインシャントに占領されたっていうのによく逃げてこられたな、この記念研究所の学者たちは。
ファイターじゃなかったからあいつは特に手を出さなかったのか?
……いや、リンク達の話じゃシェルターに逃げ込む避難民を追いかけてたっていうしな」

眉根を寄せて難しい顔をするフォックスに、サムスがこう言った。

「どうも学者たちは何か知っていたようだな」

彼女の指す先には、2枚の写真を載せたコーナー記事があった。
題字は"研究所職員 秘密裏に避難か"。

そちらの方に肘をついて身を引き寄せ、フォックスは文面に目を走らせる。

『今やエインシャントの裏切りを象徴する印となったジャイロシティ記念研究所。
○日に、彼の宣戦布告と共にその変わり果てた姿を市民の前に現したことは記憶に新しい。
連合特殊部隊は地下・総合管理センターへの突入を試みているが、全セクターはすでに内側から閉鎖されており奪還は絶望的とされている。
だが、ある情報筋によれば研究所の全区画はすでに無人となっているとのこと。
職員はエインシャントの反抗の兆しを見つけていたのか、それならばなぜそれを公表しなかったのか。
暗雲に包まれたあの沈黙の期間に何があったのか。本誌では引き続き、この問題を取り上げていこうと思う』

添付された2枚の写真はまったく別の物を撮しているように見えた。
1枚目に撮されたのは円盤に軸を通したコマのような物体。対し、その下にはあのいびつなエインシャント軍の浮遊城。
だが端に映り込む街並みはまったく同じであり、同一の視点から同一の角度で見上げた構図であることは間違いなかった。
おそらく上の写真に写るコマ型の建築物が本来の研究所であり、エインシャントに占拠された後に今の姿になったのだろう。

2枚目の空はやや曇りがちで、そこから推測するに"暗雲に包まれた"という言葉は比喩ではなく、
本当に曇天に身を隠している間にあの研究所が分解再構成され、浮遊城になって姿を現したのかもしれない。

「しかし……そんなにまずい研究をしていたようには思えないが」

フォックスは正直に思うままを口にした。
何しろ、エインシャント軍に対してロボットを軍用に改造するくらいしか当面の手立てを打てられなかった文明だ。
記事を読んで得た印象も、適度な独立を保った都市同士が連盟を作り、人工知能の持つ圧倒的な情報処理能力を借りて充実した発展を遂げていく、
ごく平和で平凡な文明成熟期と言った様相だった。

研究者をして避難させるほどの際どい研究をするにしても、今手元にある情報から考察する限り
エインシャントの出現まで敵らしい敵はおろか仮想敵さえ存在していない。動機がどこにもないのだ。

「平和の価値を軽んじる者はどこにでもいる。
また自分が何について研究しているのか、真に理解せずに没頭する研究者もな」

どこか諦念を込めてサムスは言い、続けて同じ記事の3行目を指さした。

「そしてここを見てくれ。攻め込む先として選ばれたのはどこだ?」

「"地下・総合管理センター"……」

その部分を読み上げたところで、フォックスははっと気づく。

「特殊部隊がここへの突入を試みたということはつまり……」

見上げたバイザーの向こうで静かに頷く気配があり、彼女はこう応えた。

「その総合管理センターとやらが、何かしらの鍵になっている。
文面から想像すると、この街に建てられた公共施設を一括管理する場所だろう。
研究所に対してどれほどの権限を持たされているかは分からないが、
利便性から考えて街の中心部、つまりあの城からそう遠くない位置にあるはずだ」

地下区画が上空から見て城を中心に描かれた円の中にあるとすれば、
その半径は余裕を持って見積もってもここと城とを結ぶ直線距離よりは小さいだろう。
腕を組んで片耳をピンと立て、フォックスはにやりと笑ってみせた。

「これで探索する場所は決まったな」

「ああ。だが……」

言葉の端を途切れさせ、サムスは再び円卓に視線を戻した。
机一面に広がる文字と写真の海。その上についた片手を見つめたまま、彼女はやがてこう言葉を継ぐ。

「ここの人々も"なぜ"エインシャントが反乱を起こしたのかは掴みきれていなかったようだな」

記事の上では臆測ばかりが飛び交っていた。
自分より劣る人類に愛想を尽かしたから、自分が支配した方が世界はより良くなると判断したから、自分の他に生き物は要らないと結論付けたから。
どれも空想科学小説で使い古されたネタとそう変わらないレベルの動機だ。

「なぜ、か……」

フォックスはどこか物憂げな目になって呟いた。
そのまましばらく彼は黙って、大昔の住民達が繰り広げた臆測の熱戦を遠い眼差しで眺めていた。

やがて、決心したようにサムスの方を向く。

「実は……脱出の直前、デュオンが妙な話を持ちだしてきたんだ。
エインシャントが何を考えて、スマッシュブラザーズを捕まえているのか。
あいつらのことだからどこまで本当かは分からないが、君に話しておいた方が良いだろう」

この言葉に、少しの間サムスは動きを止めて相手の顔をじっと見ていた。

「……続けてくれ」

やがて、そう言って手近なところにあった向かいの席に座る。
耳を傾ける姿勢になった彼女に体ごと向き直ると、フォックスはまず核心から入った。

「デュオンが言うには、俺達が立ち向かうべきはマスターハンド、クレイジーハンド。あの世界を管理している2人だと言うんだ」

組んだ手を腿の上に乗せ、彼は真剣な表情で続けた。

「彼らは『スマブラ』という箱庭を作り、あらゆる世界に門を開いた。
やってくる者は拒まず、箱庭の中を自由に散歩させる。
その箱庭には外の世界から集められたあらゆる品々が揃っていて、客はその素晴らしさに感激し、手にとって眺める。
だが、自由が許されるのもそこまで。閉園の時間になれば客は元来た場所に手ぶらで帰される」

バイザーの向こうで少し首をかしげ、サムスは確かめるような口調でこう尋ねる。

「いわゆる"密航"や"密輸入"が無いように、だろう?
その世界にとってのオーバーテクノロジーやロストテクノロジーがなだれ込んでしまったら、本来の発展が妨げられてしまうためだ。
もちろん、別世界に基盤を持つ技術が正常に動作する確率は万に一つもない。だが、マスター達はその万が一も見逃さないつもりでいる」

それに対し、フォックスは肯定の意味で一つ頷いた。頷いてから、こんな言葉を継いだ。

「しかしそれはあまりにも残酷だと、奴らは言ったんだ」

室内の照明は落とされ、明かりらしい明かりは円卓の上に浮かぶ光の文字と、フォックスの掛けるマウント型ディスプレイのみ。
それらの人工的な光を受けて、薄闇の中で向かい合う2人の横顔が淡い緑色に浮かび上がっている。

フォックスは続けた。

「世界の境界を越えて『スマブラ』にやってくる人や物は、驚くほどバラエティに富んでいる。
超常的な守護を受けた魔法の剣、炎や電撃さえ引き起こす精神の力、どんな攻撃も無効化する輝く星。
君だって頭の片隅くらいなら、こう思ったことはあるだろう。『これが自分の故郷にもあったなら』と」

相手は沈黙を守っていたが、明らかな否定をする様子もない。

「もしもこうだったらと空想する癖は、誰しも持ち合わせている。
マスター達はそんな彼らの目の前で空想を現実にして見せるが、それでいて時間が来れば無情に門を閉じてしまう。
決して手の届くことのない夢。人によってはその夢を忘れることができず、渇望し、苦しむことさえあるかもしれない。
つまりマスター達は『スマブラ』を造ったことによって、数え切れないほどの世界に絶望をばらまいている、と」

フォックスはそこで言葉を途切れさせ、どこか呆然とした様子で首を横に振った。

「……真正面から論破したかったが、俺はあの時マスター達を弁護することができなかった。
今まで深く考えもしなかったんだ。招待状を受け取り、扉を開けることの意味を。
せいぜいが、留守にしている間にライラット系で事件が起こらないか、クルーが俺なしでもやっていけるか。その程度だった。
とてもじゃないが、観客としてやってくる一人一人が『スマブラ』を見て何を感じ何を思うかなんて……考えも及ばなかったんだ」

組んだ手を複雑な表情で見つめ、彼は続ける。

「デュオンの弁によれば、エインシャントの目的は"世界をあるべき姿に戻すこと"らしい。
『スマブラ』によって繋げられた多くの世界を再び独立させ、本当の均衡を取り戻すつもりだと。
そうすれば、人々は自分たちの世界だけを見てそこそこ幸せに暮らすことができ、
剣と魔法の中世から宇宙大航海時代までが同居させられ、ぶつかりあって軋轢を生むこともない。
……だが、あるべき姿とは何だ?」

相手の顔を、彼の世界にはない技術で造られたヘルメットを見上げ、フォックスは問いかけた。

「今の俺達は……俺と君がこうしてここにいることさえ、本当はあるべきことじゃないのか……?」

Next Track ... #40『Metropolis』

最終更新:2016-09-10

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