気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track40『Metropolis』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。

現在、偶然が積み重なり運良く助かった者を除くと、20数人ものファイターが謎の存在エインシャントに捕らえられている。
ついに彼の住まう浮遊城の足元まで辿り着いたリンク達だが、
亜空間爆弾への有効な対処法はまだ見つかっておらず、その上ファイターのコピー体である新型兵士までが登場する。
唯一この逆境を覆せる威力を持つのは"最後の切り札"。
その真相がサムスの口から語られるも、発動条件には厳しい制限が課せられていることも分かった。

ファイター達はこれまでもそうであったように、己の実力を最大限出し切って突き進むことを決意する。
先行班と後続班。万全を期して二手に分かれた彼らは、無事に目的を達成することができるのだろうか。
そして、仲違いしたままそれぞれの道に進んでいくリンクとリュカ。2人の行く末はいかに。


  Open Door! Track40 『Metropolis』


Tuning

全てが 始まった/終わった 場所

――こいつは、帰ったらまたブラスターを分解掃除することになりそうだな。

そう内心で密かに独りごちてフォックスは遠い空を見上げた。

時刻は早朝。
天井の穴越しに見える明け方の空はやはり白かったが、
おびただしい量の埃を湛えた地下通路の底から見上げる今、その白は何層もの砂色のフィルターを掛けられて少し汚れて見えた。

今彼がいるのは、マザーシップが停泊する地下空間からいくつも伸びている通路のうち、首都の中心部へと向かう方角にある一本。

気温は歩く場所によってころころと変わり続けた。
まともに天球光を受ける場所ではいがらっぽい熱さが纏わり付き、かと思えば一歩日陰に入るとたちまち湿っぽい冷気がぴたりと寄り添ってくる。
それまでしばらく暗い通路を通ってきた彼は、久々に差し込んだ光の中で思わず足を止めていた。
時間と共に、冷え切った体が温められていく。

地下通路には数百年前に倒壊した建物の粉塵が洗い流されぬまま残り、かすかな文明の残り香と共に辺りを漂っていた。

天球の光はそれを見上げるファイターと、彼が立ち尽くす瓦礫の道とを平等に照らしていた。
地下であっても、都市は戦争から逃れることはできなかったらしい。
少なくとも2、3層は地面に潜っているはずのここにまで砲撃の爪痕は到達し、時には更にその下までを貫いていた。
どこまでが本来の吹き抜けで、どこまでが破壊された場所なのか。長い年月はコンクリートをも削り、両者の見分けを付かなくさせていた。

いびつに歪んだ円形の空。
それと同じ形の光の中に佇み、顔を仰向かせていたフォックスの周りを、不意に暗い影が通っていった。

埃っぽい白さに包まれた地下空間は瞬時に暗転し、吹き抜けた風が彼の明るい茶色の毛並みを騒がす。

「……」

彼は目を細めて、上空を通っていった機影を追う。
尾部が丸く膨らんだ長方形のシルエット。紛れもないエインシャントの"フライングプレート"だ。

――皆、無事に乗り込めただろうか。

心の中で、彼は朝早く出立していった仲間の顔を思い浮かべていた。

亜空間爆弾工場から上空の城に向け、まもなく爆弾を搭載したフライングプレートがやってくる。
そう予測されていた通り、今朝未明にその第一陣が付近まで到達。先行班は改修を終えた通信機2台を携え、"バス"に乗り遅れぬよう旅立っていった。
一度に6人もの仲間が行ってしまい、今朝のマザーシップはやけに広く感じたものだ。

プレートが通り過ぎ、天球が再び現れる。
射るような眩しさに思わず顔を背けて目をつぶり、それからフォックスは再び前へと視線を戻した。

半袖の少年は変わらずその背をこちらに向け、道に散らばる瓦礫を避けつつ黙々と歩き続けていた。
間もなくスポットライトを抜けようとする彼の足取りには揺らぎもなく、フォックスのように空を見上げた気配もない。
フライングプレートが通り過ぎたことに気づかなかったのか。あるいは、意図的に意識から閉め出してしまったのか。

いずれにせよ、彼は今朝の先行班の見送りには出てきていなかった。

自らの精神を力とし、他者の心を感じ取れる能力を持つ者は皆、
その感受性の高さゆえにどこかしら繊細な部分を持っているものなのかもしれない。
しかし、今自分の前を歩く少年の場合はそれだけでは説明がつかないように思える。

強くも、脆い。ガラスのように硬いが、張り詰めているがためにかえって衝撃に弱い。
その脆さはどこから来るのか。果たして自分たちは見つけてやることができるのだろうか。
そして、彼はそれを乗り越えることができるのだろうか。

前にも増して口数が少なくなってしまった少年の先行きを案じていたフォックスは、
そこで一度目をつぶり、憂慮を頭の中からきっぱりと閉め出した。

――どうなるにせよ、今俺がやるべきことは一つだ。

後続班の目的地は、地下に置かれているはずの総合管理センター。
今のところ地下で人形兵の姿は確認されていないものの、油断はできない。
用心深いエインシャントのことだ。おそらく管理センターのある区域には何重にも渡る警戒網を敷いていることだろう。

だが残念なことに、今までの旅で一行の監視塔として役立ってきたマザーシップのセンサーは
周囲にこれまで以上の密度で存在する事象素の影響か、このところ不調が続いている。
偵察ロボットを飛ばすにしても、あまり贅沢な使い方はできない。入り組んだ地下空間ではいざというとき咄嗟に引き返すこともままならないからだ。

そこで三度、ファイター達は彼の力に頼ることにした。

心を持つまでには至っていないが、人形兵にも原始的な思考能力がある。
そしてリュカは、彼らの明確な形を持たない思考までを気配として感じ取ることができる。

今日の午前いっぱいを使い、そんな彼と共に中心部からある程度距離を持った範囲をぐるりと回って
人形兵が密集する区域、すなわち管理センターの大まかな位置を絞り込む。フォックスの仕事は、その間リュカを護衛することだ。

いつ、どこから敵が出てきても対処できるように。
そして、いつ少年がパニックに陥ってしまってもバックアップできるように。

そうなることを願っているわけではないが、フォックスはブラスターを両手で構えて臨戦態勢を取り、
わずかな物音も見逃さぬよう息をひそめ、絶えず周囲に鋭い視線を送っていた。
前例があるからだ。あの爆弾工場で――

「――僕も見ていました。あの時、ガレオムを前にしてリュカ君が動けなくなってしまったところを」

マザーシップ、操縦室。
引き出し式の補助座席に座り、ピットはそう言った。

彼の見つめる先には備品室から持ち出されてきた簡易テーブルがあり、昨夜サムスが拾い集めてきた記事の束が若干無造作に広げられている。
だが彼の目はそのどれを捉えているわけでもなく、
いつもは晴れた空を思わせる澄んだ青の瞳は心持ち伏せられて、深い水底のように沈鬱で気遣わしげな表情をたたえていた。

「その時僕は他のみんなと協力して、大部屋から出るために壁を壊そうとしていました。
ガレオムのミサイルを上手く使って。でも、そこにはもう一枚見えない壁が張られていて……。
予想もしていなかったことが起きて、僕らは思わず立ちすくんでしまったんです。
そしてガレオムは、そうなることを狙っていた……彼の拳を受けてしまったのは、一番近くにいたピーチさんでした」

あの瞬間が脳裏に甦る。
風を切り、地をえぐるようにして放たれる拳。ガラスが砕けるような音がしてドレスの女性は吹き飛ばされ、倒れ伏す。

「あの方は光る守り……シールドを使おうとしていましたが、押し負けてしまったんです。
シールドはとても便利だけれど、限界が来て壊されると僕らはしばらく動けなくなる。
そう教わったとおり、あの方は倒れたまま身動き一つしませんでした。そんなピーチさんにガレオムは……とどめを刺そうと」

そこで少しの間、彼は眉をしかめて目をつぶり沈黙した。
引き出してしまった記憶の鮮明さに思わずたじろいでしまったのか、あるいはさらに詳細に思い起こすため意識を集中させているのか。

ややあって静かに目を開き、テーブルの方角に視線を落としたまま彼は訥々と言葉を継いでいく。

「僕はちょうど、ガレオムの後ろにいました。すぐには駆け寄ることができない距離に。
だから急いで弓を取り、彼の注意を引こうと。……僕よりもガレオムの近くにいたリュカ君も同じことを考えていたようでした。
急いで両手をガレオムの足に向けて、あの光の力を使ったんです。
ガレオムは拳を止めて振り返りました。ほっとしたのも束の間、僕らはどこか様子がおかしいことに気がつきました。
……今度はリュカ君が動けなくなっていたんです」

立ち尽くす小柄な少年。自分が行使できる力も忘れてしまったかのように、呆然と見上げるばかり。
頭上に掲げられて今にも振り下ろされようとしているのは、巨大な足の形をした鋼鉄の塊。

「僕らはようやく気がつきました。
先ほど放たれた光が弱かったのは彼が力を抑えていたからではなく、あれで精一杯の反撃だったことに。
あの一瞬の時間にあった何かが、彼をひどく動転させてしまったんです」

組んでいた手をほどき、膝の上に乗せる。

「……今思えば、あの時も同じだったのかもしれません。
もうだいぶ前になりましたが、デュオンが守っていた大きな工場を落としたときです。
僕は戦うのが精一杯で回りを見る余裕もなく、これは後で聞いた話なんですが……
空から星が降ってきて工場を跡形もなく壊してしまった後、リュカ君はフィギュアになってしまったリンク君を前にして
魂が抜けたみたいになってしまっていたそうです。話しかけても反応がなく、こちらを振り返りもしなかったと」

彼の話を聞き届け、それまで操縦席でじっと聞き手に徹していたサムスはわずかに顔を上げるとこう尋ねた。

「その他に、彼が不調に陥ってしまったことは?」

「他に……」

言葉の端を繰り返し、ピットは真剣な表情で自らの記憶に向き直っていた。
2人しかいない操縦室は静かで、床から天井までを埋め尽くす電子機器が立てるかすかなノイズがいつもより目立っている。

「……そうですね。最近は滅多に見なくなりましたが、
僕が出会ったばかりの頃、時々彼はふさぎ込んでしまうことがありました」

少しして、彼はそう答えた。

「あの時の僕にはみんなが何を言っているのかまだ分からなかったのですが、
リンク君も彼が落ち込む理由が分からないみたいで、何だか困ったような顔をして色々と話しかけてみたり、諦めて放っておいたり。
でも、そういうときのリュカ君はそのうち自分で立ち直って、また僕らと一緒に歩き始めるんです」

そこで首を横に振り、彼はサムスをまっすぐに見上げる。

「あれほど怯えている彼の姿は……僕は爆弾工場で見たのが初めてでした」

かつてジャイロシティと呼ばれた首都も今は見る影もなく、
骸のように白茶けて立ち枯れた建物と路上で事切れたロボット達の残骸に、音もなく事象素の雪が降り続くばかり。
人気ひとけも活気も消え失せて、思い出したように行き交うのは歩哨の人形兵のみ。

しかし今朝は様子が違っていた。
朽ち果てた廃墟に再び、ただならぬ戦の気配が立ちこめつつあったのだ。

永遠の静寂を引き裂いて、彼方から飛翔体の隊列がやって来る。
赤いネオンに似た色味のジェットを引き連れ、V字型の隊列を組んで飛ぶのはエインシャント軍の航空輸送機フライングプレート。
輸送機はその縦に細長い甲板の上に、一機につき5個もの亜空間爆弾を載せていた。

かつて街を占めていた高層建築物の大半はとうの昔に崩れ落ち、彼らに速度を緩めさせるものは何も残されていない。
風圧で瓦礫を吹き飛ばし、盛大に砂塵を巻き上げて我が物顔にプレートは進んでいく。
荷台には警備として四隅に人形兵の姿があったが、彼らは逆巻く砂嵐を何とも思っていない様子で至って平然と業務を続けていた。

だが、呼吸する肺とまばたきする目を持ち合わせる密航者たちにとっては、これは苦行以外の何ものでもなかった。

プレートが編隊を組んでいる以上、死角のほとんどない甲板の表側に隠れることはほぼ不可能だった。
どこに隠れたとしても、甲板の上では他の機体に乗る警備兵に見つかってしまう。
一方でフライングプレートには、甲板の縁からぐるりと下にせり出した手すりのようなものがあった。
長さは着陸時に地面につく程度あり、ヘリコプターで例えるなら着陸脚、いわゆるスキッドの役割を果たしているのだろう。

それを受けてファイター達が選んだのは、瓦礫の山に身を潜めてじっと時機を待ち、
上を通り過ぎるプレートのスキッドを掴んでそのまま甲板の"裏"に身を潜めるという何とも強引で過酷な潜入方法であった。

――……兄さん、良いなぁ。

着陸脚のレール部分に足を掛け配管を掴み、船底までのわずかなスペースに身をかがめるルイージ。
彼の視線の先には片手片足でスキッドに我が身を固定し、その上でピーチ姫の手をしっかりと掴んでやっている兄の後ろ姿があった。
姫はメンテナンス用の手すりにもう片方の手で掴まり、船底に走る配管に身をかがめてなんとか腰掛けていた。
位置は船底中央部に近く、そのために彼女の辺りは少しだけ風が弱い。

自分は多少無理をしてでも、好意を寄せる人には恐い思いをさせない。兄の行動はそんな思いの表れだ。
彼のことだから、内心で腕の筋肉痛を覚えながらも顔だけはきりっと凛々しくしているに違いない。

自分もいつか、大切な人に同じことをしてやりたいものだ。
ルイージはうらやましさからため息をついた。ただし、砂塵を吸い込まないよう控えめに。

それにしても姫がついてくると言ったことは意外だった。
彼女は名実共に一国の主であり、それだけに常に身だしなみには細心の注意を払っている。
そんな人だから、必然的に服が砂にまみれ髪も乱れてしまう今回の潜入方法には反対するなり、身を引くなりするだろうと思っていたのだ。
だが、立てられた作戦を聞いた彼女は二つ返事で賛同した。

きっと彼女には、それを厭わぬほどの理由があるのだろう。
本当に大切な場面では威厳を持って自らの足で踏み出し、自らの口で言葉を語る。それでこそ外交は果たされると。
自分たちの国を治めるお姫様は見かけによらず、意外にも心の強い女性なのだ。

――何というか、兄さんにはぴったりかもな。

ルイージは肩をすくめて笑い、心の中で言った。
本当は兄をひやかしてやりたかったけど、この騒音では何を言っても聞こえないだろう。

彼ら3人が掴まるフライングプレートから軸対称の反対側、隊列がV字を書いたその終点に位置する機体。
こちらの船底にも3人ずつ、先行班の面々が隠れていた。

リンクは乗り込む際に打ち込んだフックショットをそのまま利用し、
片手はそのグリップに、そして空いた手で船底中部の配管を掴み、船からぶら下がっていた。
もちろん走行中の今は進行方向から強い向かい風が吹いており、足をどこかに引っかけなくても体はほぼ水平になっている。

束になった風は、まるで波のような確かな質量を持って彼の体を支えてくれていた。
弾けた波頭から目に見えない風の滴が飛び、甲高い音を立てて彼の髪を騒がせる。
昨日の一件からこのかた浮かない表情をしていたリンクも、この爽快感には我知らず表情が明るくなっていた。

「すごい音だねー!」

背中の方から身をかがめる気配があって、カービィの声がそう言った。彼はリンクの背に乗っている。

いくら速力が落ちるカーブの瞬間を狙ったとはいえ、飛行中の物体に飛びつくのは至難の業。
そのために何よりも大切なのは集中力と瞬発力だ。が、先行班には一番集中力と無縁なファイターが加わっていた。
どんなときでも自分のペースを貫くカービィ。
彼が肝心の瞬間に他のことに気を取られて乗り遅れることのないよう、初めからリンクの背中に掴まらせておいたのだ。

「まあな! あんまり喋るとせき込むぞ!」

こちらも大声で応えるリンク。
最初のうちこそ、指の見あたらない不思議な手をもつカービィが振り落とされないよう気をつけていたリンクだったが、
今では遠慮無く後ろを振り向くようになっていた。どういうわけか、あんな手をしていても彼はしっかり掴まっていられるらしいのだ。

視界の端から顔をひょこっとのぞかせて、彼は屈託のない笑みを見せこう言った。

「だいじょうぶだいじょうぶ! ぼく、エアライドしながら歌ったこともあるもん」

「エア……なんだって?」

いきなり飛び出してきた未知の単語に、聞き間違えでもしたのだろうかと思い彼は聞き返す。
しかしその問いは止むことのない風の音に紛れて相手の耳には入らなかったらしい。

「そういえばしばらくエアライドしてないなぁ~。あっ、そうだ!」

ぱちりと開いた目を前方に向け、彼はそこにいる相手に呼びかけた。

「ねぇ、メタナイト! 帰ったらデデデとレースしようよ!」

しかし、翼を広げた背は振り返る気配さえ見せなかった。
やや斜めの前方。6人目の先行班員は真横に掲げた片手でスキッドの柱部分を掴むのみで、後は自らの翼をアーチ状に広げ姿勢を安定させている。

「ねぇってば、ねぇ! おぉ~いっ!」

声を張り上げるカービィ。
そのあまりの声の大きさに、一番近くにいるリンクは頭をガンガン殴られているような気がしてきた。

「こら、あんまり大きな声出すなって。人形に聞こえたらどーするつもりだよ」

たまらずそう言ったが、やはりカービィには聞こえていない。

と、向こうの方で翼が姿勢を変えた。体ごと傾げ、メタナイトがこちらを向いたのだ。
彼もまた何かを言っているのかもしれないが、吹きすさぶ砂嵐の中ではリンクでも聞き取ることができなかった。
そもそも、彼の口元は仮面で隠されているから喋っているかどうかも定かではない。
だが、半眼に細められている瞳はこう言っていた。"今はそんなことを言っている場合ではない。静かにしろ"

そのアイコンタクトはカービィには通用しなかった。
こちらを向いたことに気づくと、彼は手を振って大声で呼びかける。

「やっほ~!
あのね~、帰ったらぁ、またエアライドしよ~っ!」

数秒の間を置いて、視界の先で相手はリアクションを返した。言葉などなくとも伝わる身振りで。
すなわち、目をつぶって静かに顔を横に振り、向こうを向いたのだ。

「つれないなぁー」

それほどショックを受けた様子もなく、つまらなさそうに糸目をしてそう言うカービィ。
そんな彼の様子が可笑しくて、リンクは思わず笑った。笑ってから、背中の彼を振り返ってこう言った。

「降りたらまた話してみれば良いさ。聞こえてなかっただけかもしんないだろ」

実は、2人には聞き取れなかったが彼は返事を返していた。

「"帰ったら"などという言い回しは、気易く使うべきものではない」

と、呆れた口調で。

ちょうどその頃、偵察船は先行班から何階層か隔たった地下通路を駆けていた。
首都の地下には人以外にも往来するものがあったらしく、真っ暗で足場は悪いが、偵察船が通れる程度の大きなトンネルが造られていたのだ。

床に走るのは、等間隔を保ち途切れることなく続く2本の線。金属の細い線が偵察船のライトを反射し、鈍く輝いている。
モニタに映し出される前方の景色を見ていたリュカは、先ほどからその光景に覚える既視感の源を探ろうと首を捻っていた。

彼の足元にはマザーシップから久々に持ち出された彼のリュックが置かれている。
得られる情報が有形とは限らないが、その場合は板状の記憶媒体"ディスク"の形を取るだろう。
片手で掴めるほどの薄さと小ささであれば、その運搬はリュックで事足りる。

偵察船にはリュカの他に2人が乗っていた。
運転手を務めるサムスは席に座り、その後ろでリュカとピットは手すりを掴んで立っている。
少し前方に身を乗り出し、窓の外に延々と続く鉄のレールを眺めながらピットが尋ねた。

「これ……いったい何のための通路だったんでしょう?」

「おそらくは車輪を持つ輸送機関だろうな。規模から考えると貨物、ないしは人的交通機関といったところか」

そう言ってから、サムスはこちらを振り返って付け加える。

「大雑把に言ってしまうと、馬を必要とせずに走る馬車だ」

相手にも分かるようにと配慮しての説明だったが、2人には少し分かりにくかったらしい。

「馬のいらない馬車……」

顎に手を当て、ピットは怪訝そうな顔をしてそう呟く。
宙を見つめる彼の頭に浮かぶ想像は、動力もなしに独りでに走るチャリオットだった。

リュカの思い描いたこともそう変わらず、違いと言えば四輪で幌付の馬車になっていることくらいであった。
それでも大昔にこの真っ暗な道を、人を乗せた車が行き来していたことは分かった。
そして、以前この光景を見たのがどこだったのかも。

記憶が甦り、懐かしさと共に胸の奥がきゅっと痛む。

そうだ、あの地下通路だ。
あの頃はまだ2人だった。羊のような人形に追いかけられながらも共に駆け上がり、空に向かって飛び出したあの瞬間を思い出す。
恐くなかったと言えば嘘になる。でも、同時に言い表しようのない興奮を覚えていたのも事実だ。

――あの時に戻れたら良いのに。

船内の壁に背を預けて俯き、リュカは心の底からそう願った。
あれから丸一日が過ぎ、黙々と探索に打ち込んだことも手伝ってようやく頭が冷えてきた彼は、
差し出されたリンクの手を叩き返してしまったことに後悔の念を抱いていた。
いくら頭に来たからといって、手を出してしまうようじゃちびっ子と同じだ。

また前みたいに一緒に闘って、旅をして……一緒に笑いあいたい。
黙って自らの手の平をじっと見つめ、彼は寂しげな顔をしていた。

「"記念研究所"……親切に案内板まで出ているとはな」

砂にまみれ、消えかけている文字を指でなぞるとサムスは呟いた。
彼女のバイザーの表面では複雑な図形が明滅している。マザーシップのAIと連携して今の文字を訳したのだ。

「ここは、もしかして駅だったんでしょうか」

偵察船から降りてやって来たピットは、周りを見渡してそう言った。
彼の声が周りの空間にこだまし、行きつ戻りつあちこちで反響していく。

朝の遠征でリュカが突きとめた座標。鉄の道はその付近で数を増し、ドーム状の空間ができあがっていた。

「これだけ広い街です。馬車を使わなければ研究所に通うのも一苦労だったでしょうね」

歩み寄りつつそう声を掛けてきたピットにサムスは一つ頷いてみせ、こう応えた。

「利用していたのは研究所の職員だけではなかっただろう。
ここは市の中心部にも近い。朝から晩まで市民が行き来し、さぞかし賑わっていたのだろうな」

天井は依然として低かったが、暗がりのむこうを見透かせば奥までずっと路線が続いているのが分かる。
プラットホーム自体も広く、白いタイルで綺麗に舗装されていた。おそらく、この駅は何路線も抱える大きなターミナルだったのだろう。

観察しているうちに、リュカも船から下りてきた。
それを認めるとサムスは向こうを向き、ヘルメットのライトを起動させる。
強力な光がトンネル内の埃っぽい闇を切り裂き、その先に上層階への階段を浮かび上がらせた。

口調を切り替えて、彼女は後ろに控える少年達に告げた。

「……2人とも、後衛を頼む」

午前中の探索にて、リュカはフォックスの護衛のもと無事に地下の総合管理センターへと繋がるシャッターを見つけ出していた。

閉ざされてから長い時が経ったのだから、施錠システムが老朽化するなりしていて欲しいところだったが、
発見した時、無情にもその区画だけは磨き上げられたように埃もなく、ご丁寧なことに監視カメラまで正常に作動していた。
まるで、封鎖されたその瞬間から管理センターの一画だけ時の流れから切り離されてしまったかのようだった。

唯一幸運だったのは監視兵の姿が見えなかったこと。
今まで潜入した設備での厳しい警備体制から考えればこの不用心加減は少し奇妙なことであったが、
首都が占拠された日からこの区画が閉ざされたままになっているとすれば、説明はついた。
密室になっているのだから侵入者など入り込みようもない。だから、外の監視に人員をさく必要もない。おそらくはそういうことなのだろう。

数百年とも知れぬ時を閉じ込め、沈黙を守るシャッター。
その向こうにはサムスの求める研究所の機密データが隠されているのだろうか。
それとも、人間との戦争が終わった時点で要衝としての役目は終わり、もぬけの殻になってしまっているのだろうか。

いずれにせよ、開けてみないことには分からない。

おおよその設備は何かしらの外部との連絡を持っている、とはサムスの弁である。
通気口や水道など、人間が活動するためには欠かせない資源を運ぶためのルートがあるのだ。
それは管理センターも例外ではないはず。彼女はそこからセンターに潜り込み、シャッターを内側から解錠することになっていた。
そして外で待っていた2人と合流し、データベースにアクセスしている間2人には援護を任せる。

有益な情報が得られたら偵察船に戻り、母船で待機しているフォックスに連絡を取ってアーウィンで迎えに来てもらう。
そうして彼の援護のもと先行班の後を追い、エインシャントの城に向かう。それが後続班の立てた作戦だった。

地下通路は水のしたたる音さえ聞こえず、沈黙と暗闇に包まれていた。
ダクトと違って身をかがめる必要がないのは楽だったが、その代わり淀む闇の下には瓦礫が潜んでおり、
サムスの後ろを行く2人はうっかり蹴躓かないよう、彼女が照らし出す先の状況に常に注意を払っていなければならなかった。
人形の姿が見えないとはいえ、一瞬の油断もあってはならない。2人は極力足音をひそめ、息を殺してサムスについていった。

何分、あるいは何十分歩いた頃だろうか。
リュカは、まだ照らし出されていないはずの向こう側がうっすらと明るいことに気がついた。
目を凝らせば転がっている瓦礫の輪郭が白くぼんやりと見えてくる。

そうして目を細めている先で、サムスが壁際に寄って中腰になりこちらに向けて手招きをした。
リュカはピットと共に彼女のそばに向かった。3人が揃ったところでサムスはヘルメットの側面に手をやり、明かりを消す。

周囲は暗転し、遠く離れた向こうにぽかりと明かりが残された。

彼方に浮かび上がったのは真っ白な通路。突き当たりには閉ざされた銀色のシャッター、彼らの目的地があった。
今朝はずっと吹き抜けのある明るい側から向かったので気がつかなかったが、シャッター前の廊下には照明がついていたのだ。

朝と変わらず、そこに警備兵の姿はない。
だが周りに満ちる異様なまでの静寂が、人気ひとけのないがらんどうの空間に得体の知れない厳めしさを与えていた。

揃って口を引き結び、さすがに緊張した様子でシャッターを見つめるリュカとピット。
サムスだけは普段の冷静さを少しも崩すことなく、彼らにこう言った。

「では、作戦通りに」

暗闇の中、バイザーの光で淡く照らし出された彼女の顔はすでに"ハンター"の表情になっている。
甘さの一切ない表情でありながら、その顔を見ているとどこか余計な緊張が消えていくような気がした。
少年と天使が真剣な顔をして頷いたのを見届け、戦士の横顔はバイザーの陰に再び隠れる。

橙色のスーツが音もなく立ち上がり、アームキャノンを構えて壁に背を預ける。
少しの間そうして彼女は向こうの様子を窺っていたが、ついに前へと踏み出した。

金属光沢を持つ外見からは想像もつかないほどなめらかな動きで歩を進め、
彼方から来る照明が及ぶか及ばないか、その境界で彼女はぴたりと足を止める。

左手で壁面をなぞっていたかと思うと、その影が不意にかき消えた。
驚いて、思わずリュカは立ち上がっていた。隣のピットも目を丸くしてその方角に首を伸ばしていた。

彼女のいたところには、腰丈ほどのボールらしきシルエットがあった。
2人が息を殺して見守るうちにそれは独りでに跳ね、壁から離れる方向に転がりだした。
そうして十分距離を取ったところで、ボールは一気に壁に向かっていき、跳躍する。

壊れた配管に飛び込む寸前、ボールは黄緑色の光を残していった。
その光の色といい、先ほどの迷いのない動きといい、信じがたいがあれはサムスの変身した姿だったらしい。

目の前で起こったことが信じられず、残された2人はしばらく唖然として彼女が行ってしまった辺りを見つめていた。

白く流れながら、地面が近づいてくる。
リンクは目を見開いて手を前に、次第に腕を内側に曲げて顔を守るように構えて待った。

全身を揺さぶるような衝撃が走る。
が、彼はその身に染みついた反射神経から体をひねり、衝撃を難なく受け流して勢いのままに横に転がった。

途中で背中の荷が離れる感触があり、一瞬遅れて彼の体は弾力を持った何かに受け止められた。
きょとんと目を瞬き、見上げるとそこにはピンク色のクッションがあった。

ぽん、と栓を抜いたような音がしてクッションは一気に縮み、見慣れた大きさのピンク玉に戻る。
リンクの背中を受け止めたカービィは、体をかしげてこちらの顔をのぞき込んだ。

「言ってくれればさいしょっから受けとめてあげたのに。どこもいたくない?」

「ああ、平気さ。でもありがとな」

何とも無いことを見せるために軽い身のこなしで起き上がり、リンクは笑顔を見せてそう言った。
カービィは背伸びするようにして両手を体のてっぺんまで上げ、にこっと笑った。

「よかったよかった! やっぱりリンクにはえがおがにあってるよ」

これにはリンクも思わぬ不意を突かれ、一瞬返す言葉を見失ってしまった。
そんなつもりはなかったのだが、仲間から見てもそれと分かるほど表情が硬くなっていたらしい。

何となくきまりが悪くて頬の辺りをかき、そこでやっとリンクは目下の状況を思い出す。

「そうだ、他のみんなは?」

2人は、飛び込んだ路地から顔を出し辺りを見回した。
と、さほど離れていない場所から4人分の人影が顔を出し、めいめいこちらを見ていることに気がついた。
目が合い、マリオとルイージがこちらに手を大きく振ってくれた。後ろでピーチも挨拶するように手を上げている。
メタナイトはリンク達と同じ輸送機に隠れていたはずだが、姿が見えないと思ったらいつの間にか先に向こう側に行っていたらしい。

彼らと合流する前にもう一度、リンクは念を入れて周囲の様子を窺った。

あの耳に障る噴炎の音はだんだんと遠くなっていき、辺りには再び廃墟の静けさが戻りつつあった。
薄く埃を被った舗装道路はプレートの通った道筋をしっかりと残しており、ここからそれを辿っていけば中継地点まで到達できるはずだ。

陽炎の立つ向こう側に目をこらすと、先ほどまで掴まっていたプレートが停泊させられ、人形達の荷物検査を受けている様子が見えてきた。
ほんの数十秒の差だった。手を放すタイミングを見誤っていれば、あの場所にいる人形兵に見つかってしまっていただろう。

気を取り直し、リンクは視線を前に戻す。
目の前に横たわる道は大路と言えるほどの幅を持っていたが、全力で走っていけば数秒と掛からない。
彼は黙ってカービィに手を差し出し、カービィも心得たようにその手を掴む。

2人は揃って物陰から顔を覗かせ、そしてぱっと駆け出した。

息を詰め、遮るもののない大路を駆け抜け、そして飛び込むように反対側の路地に転がり込む。

「よし! これで全員揃ったな」

リンクの手を取って路地の陰に引き入れ、マリオは上機嫌で言った。

「さてと。ここからは乗り継ぎの駅まで歩きで向かうんだが、どこを通っていく?」

まるでどこかにお出かけでもするような口調で彼は仲間の顔を見わたし、尋ねる。

「さっきの道をそのまま辿ってくわけにはいかないのか?
あの空飛ぶ板が砂を吹き飛ばしてったから、今なら跡が残ってるぞ」

リンクがそう提案すると、それに対しルイージがこう言った。

「大きな道を行くのは避けた方が良いんじゃないかな。
何しろ僕らの姿はこの白い景色の中じゃあまりにも目立ちすぎる。
あの道は隠れるところも少ないし、上下にも開けてる。人形からすればとても見張りやすい場所だ」

「こっちは6人だ。そんなに慎重になることもないんじゃないか?」

マリオにそう尋ねられて、ルイージは腕を組み首をかしげる。

「確かに走っていけばそれほど掛からないだろうけれど……。
でも、あんまり目立つと良くないよ。僕らのここでの目的は誰にも気づかれずにあの輸送船に忍び込むことだ。
……どこかに抜け道か何かがあれば良いんだけどな」

他の4人も何とか良い案を探そうとする。

「お互い手間が掛かるのは避けたいものね。一本裏の道を通ってはどうかしら?」

ピーチが視線を向けたのは、ここよりも更に迷宮の奥へと向かう道。
数歩進んだ先は分かれ道になっており、沈むことのない空の光に照らされ続けた壁がすっかり褪色しきった白さでそびえていた。

「止めとけって! 迷路の中にも人形兵はうじゃうじゃいるんだぞ」

リンクが恐い顔をして言った。彼はその目で迷宮の恐ろしさを見たのだ。

「あら! それもそうだわ。
私ったらうっかりしていたみたい。ごめんなさいね」

わざわざ中腰になって視線を合わせ、お姫様からそう言われてしまったリンクは目を瞬き、慌ててそっぽを向いた。

「別に怒ったわけじゃないんだけどさ……。
まあ、おれとしては関所を抜けるまでの間でも良いから、トンネルか抜け道を通れたら良いな。無ければ作るんでも良いし」

そんなやりとりをしている2人の傍らから、不意にこんな声が掛けられた。

「ねぇ。トンネルって、ここからはいれるんじゃない?」

カービィが指し示している先は、自分たちの足元。
5人がめいめい下を見ると、そこだけ周りの地面とは様子が違っていることに気がついた。

金属で作られた目の細かい格子。
鉄の色はまだ錆びておらず、砂にも汚れていない。
つまり、蓋の下には少なからぬ空間があり、そこから微弱な風が吹き上げているのだ。

見つめる先のシャッターは、まだ開く様子がない。

ふくらはぎの辺りに軽い疲労を感じて、ピットは体重を乗せる足を変えた。
どうやら思っていたよりも長い時間同じ姿勢でいたようだ。疲れてしまった足を軽く振りながら、彼は一つため息をつく。

立って待機しているピットの向かい側で、リュカは壁を背にして座っていた。
薄暗い地下通路の陰に隠れ、うつむく彼の顔はどこか所在なさげでもあり、同時に安堵しているようでもあった。

通路は静かだった。
ときおり地上で吹き荒れる風の音が吹き抜けを通じて迷い込み、かすかで虚ろなこだまを響かせる他は何も聞こえてこない。
敵の気配は皆無で、サムスと別れて2時間は経とうというのに人形達は足音はおろか影さえ見せようとしなかった。

実際、シャッターのこちら側にはまったく兵の配置がされていないのかもしれない。
それを感覚で分かっているから、リュカの表情には警戒の色がないのだろう。
ピットも本番の戦闘はまだ先になるだろうと思っていたが、それでも手元から弓を放さないようにしていた。

彼はもう一度シャッターの方を眺め、わずかな変化も少しの異常もないことを確かめると、
暗がりに座り込んでいる少年へと顔を向けた。

「寒くない?」

声を落として呼びかけると、相手は我に返ったように目を瞬き顔を上げた。
首を横に振り、それからリュカは一言「平気です」と呟くように言った。

「それなら良かった。あれからずいぶん経ったからね」

ピットはそう言って笑いかける。
それに対し、リュカは表情を変えずに頷くとシャッターの方に顔を向けた。
笑顔を見せないのはやはり心の中にわだかまりがあるからなのだろうか。そう思うと、彼の横顔が寂しさを抱えているように見えてきた。

内心でピットが心配していることには気がつかなかった様子で、リュカはぽつりとこう言った。

「……まだ来ないですね」

何も言わずにじっと向こうを見ていると思ったら、気配を探っていたらしい。

「きっともうすぐだよ。サムスさんは戻ってくる」

ピットは安心させるようにそう声を掛けたが、反応は薄かった。
元からあまり自己主張をしない人ではあったものの、今日の彼はいつになく言葉数が少ない。
先ほどの言葉も帰りが遅いことを不安に思っているのか、それともただ感じ取ったままを反射的に呟いただけなのか判然としなかった。

彼と同じ方角に目をやり、ピットはしばらく掛けるべき言葉を探していた。

「そうだ、そういえば」

どうしたのかという顔でこちらを見上げたリュカに、彼はこう尋ねかける。

「聞きたいことがあったんだ。君はここに来てからどのくらいになるの?」

リュカは首をかしげ、しばらく眉を寄せて考え込んだ。
律儀に数えているのだろうか。しばらくしてから、彼は諦めたように「うーん」と唸るとこう答えた。

「だいたい、2ヶ月……かな。少なくともひと月は経ったと思います……たぶん。
……ピットさんは?」

「僕も同じくらいかな。もう最近は数えるのをやめちゃったよ」

ピットは笑って肩をすくめた。
本当は日数の単位までちゃんと数えているのだが、リュカに調子を合わせたのだった。

「数えたら余計寂しくなっちゃうからね」

その言葉を聞き、縞シャツの少年は意外そうに少し目を丸くした。

「……寂しくなること、あるんですか?」

「もちろん! だって、ここはあまりにもエンジェランドと違うから」

屈託のない笑顔で言ってから、そのまま白衣の天使はシャッターの方を見やる。
薄闇の中、彼方から来る人工光を受けて彼の表情が明るく浮かび上がっていた。

「一面灰色で、壊れた建物と砂埃ばかり。僕が見た冥府界にも地上界にも、こんな場所は無かったな。
生き物もいないし……まあ、人形達がここの生き物なのかもしれないけどね」

一方の金髪少年は暗がりから出ようとする様子もない。
膝を抱えたまま彼はピットと同じ方角を見つめていたが、しゃがんでいる彼の顔に光は当たらない。

その横顔が、言った。

「……どこに帰っても同じです。僕は」

「え……?」

まったくの不意に放たれた言葉にピットは思わず目を瞬き、聞き返す。

そこでリュカははっとしたように背筋を伸ばす。
ためらいがちに目を伏せしばらく彼は迷っていたが、ようやく再び視線を合わせるとこう言った。

「誰にも言わないでくれますか?」

真剣な様子に、ピットはそれ以上問うことはせず一つ頷いた。訳もなく口を引き結んで。
その青い目をリュカは探るように見ていたが、ややあってその表情からわずかに緊張が解ける。
伏し目がちに、荒れ果てた通路の床を見ながら彼は言った。

「僕はみんなのように、ここの風景が嫌いになれない。
どころか、ここにいるとほっとする……なぜだか落ち着くんです。タツマイリとはどこも似ていないのに。
懐かしさというか、何というか……親しみを感じる。……これって、変なことなんでしょうか?」

見上げてきた少年に、しかしピットは何も言うことができなかった。
その問いかけが含む何かに気圧されて、答えることができなかったのだ。

安易ななぐさめの言葉さえ掛けることをためらうような、そんな気配が少年の背後に暗く重く立ちこめているように思えた。

だがその錯覚は一瞬のことで、
気がつけば色白な少年の姿は暗闇の中に呑み込まれるでもなく、きちんとそこに輪郭を持って座っていた。

そこでようやく、ピットはこう返す。

「それじゃあ、リュカ君はずっとここにいたいと思っているの?」

反応は思いのほか早く返ってきた。
少し考えて、リュカは首を横に振ったのだ。

「いいえ。
やっぱり、ここには人形がいるから。僕1人だったら――」

そこで彼はふと言葉を途切れさせる。

床の一点を難しい顔で凝視し、固まってしまった。
そんな彼に無理に声を掛けることなく、ピットは静かに待っていた。

やがてゆっくりと瞬きし、少年は堪えていた息を吐き出す。
そしてぽつりと言った。

「……僕、リンクに謝ります」

ピットは安堵したように少し首をかしげ、微笑むとこれだけを伝えた。

「それが良いと思うよ」

その時、動きがあった。

リュカははっとしたようにシャッターの方角へ顔を向け、それとほぼ同時にピットは通信機を手に取っていた。
円形の表面で十字のシンボルが淡くオレンジ色に光り、電子回路を渡って少し平板になった声が発せられる。

『シャッターの前まで辿り着いた。今開けるからそこで待っていてくれ』

返事をするより先に、彼方で滑るようにシャッターが引き上げられた。
思いのほか呆気なく、そして拍子抜けするほどの簡単さで。

橙色の鎧は開け放たれた入り口の真正面に立っていた。
駆け寄ろうとした2人を手で留め、彼女は自らこちらに歩いてきた。
武器を備えた片腕を構えてはいたが姿勢は低くしておらず、一応最低限の警戒だけをしている、そういった様子だった。

「どうでしたか?」

真っ先にピットが聞いた。

「どうやら打ち棄てられているのは外部だけではなかったらしい。
区画内にも兵はほとんど配置されていなかった」

サムスがそう答えたのを聞き、リュカは思わず口を挟みかけた。
今朝ここで自分が感じ取ったのは、そんな十数体単位のぽつぽつとした気配ではなかったのだ。
だが、あれから状況が変わったのかもしれない。彼はそう考え、何も言わずにおいた。

リュカが何か言いかけたのには、2人とも気がつかなかった。

「……ということは、ここははずれだったんですか?」

「そうでないことを願いたいが……ともかく、制御システムらしき機械が置かれている場所は突きとめた。
あのシャッターと同じく今も機能していると信じて、向かってみるしかないだろう。
ルートは取っておいた。2人とも、私の後からついてきてくれ」

そう言ってサムスは再び制御区画入り口の方へと向かっていき、ピットもすぐその後を追った。
置いて行かれぬよう、リュカも彼らを追いかけていった。

廊下は、開け放たれたシャッターを境に大きく様相を変えていた。
壁も天井も染み一つなく、床には崩れた石材や鋼材はおろか土くれさえ落ちていない。
3人が歩くたびに床の上で靴は軽やかな音を立て、それが辺りの空間に控えめにこだましていった。

少し深めに息を吸い込み、そしてピットは言った。

「……不思議ですね。空気が思っていたよりきれいで」

「どこかで地上と繋がっているか、あるいは空調設備が生きているのだろう」

振り返らずにサムスはそう返す。
長い間閉ざされていたはずなのに、辺りは妙な新しさを保っていた。
人形兵が清掃をするとも思えないから、外界との接触を断った瞬間にエインシャントがこの一帯に流れる時間を滞らせたのかもしれない。

――そうするには何かしらの意味があるはずだ。
彼は全能に近い力を持っている。が、その反面自らの力を微調整することができない。
例えば工場を造るにしても人間の作ったものを手本にせざるを得ず、不要な部分まで再現してしまう。
この区画には守りたい何かがあるが、彼自身ではそれを正確に複製することができない。
だからせめて劣化を食い止めるために時の流れを滞らせた。そういった辺りだろうか。
……だが、それではこの無警戒に納得がいかない。
それほど大切なものが置かれているのなら、もっと厳重な警備態勢が敷かれていて然るべきだ。

前方に油断なく視線を走らせつつ、サムスは心の中で1人そう考えていた。

後ろを歩くリュカも口をつぐみ、ときおり辺りを不安げに見回していた。
今朝感じ取ったのと同じ気配は、やはりこの近くにある。だが、その気配の持ち主が一向に姿を見せないのだ。
距離や数を正確に見分けるほど自分の力は強くない。散らばってたくさんいるのか、それとも遠くに強い源があるのか。
物音はすれども姿は見えず。辺りは眩しすぎるほどに照明が効いているにも関わらず、彼は我知らず置いて行かれまいと歩調を早めていた。

一方のピットはいつでも戦えるよう弓を片手に構えてはいるが、辺りの異様なまでの静けさに気圧された様子はない。
いつもと変わらぬまっすぐな瞳を周囲に向け、辺りを観察していた。

――すごい、まるで無駄がない……。

一見すれば管理区画の廊下はどこにも損なわれたところがなく、一度誰かが立ち入っているとは思えない。
しかし注意して見ると、天井の角隅からねじくれた金属の塊がぶら下がっていることに気づく。
おそらく、壊れた"カンシカメラ"だろう。先を行った鎧の戦士は、自分たちの侵入を隠すのに必要最低限のことだけをしていったのだ。

不要な戦闘は時間の浪費にも繋がる。そしてそれだけ、目標到達への道も長く険しくなってしまう。
その理屈は分かっていても、誰もが実行できるとは限らない。

――これが一番最初にファイターに選ばれた人の実力なんだ。
……僕も見習わないと。

内心密かに尊敬の念を新たにしたところで、彼はふと現実に引き戻される。
前を歩いていたサムスがこちらに向き直っていた。

「2人とも、ここからは更に下層に降りる。少々暗くなるから足元に気をつけてくれ」

背後にある、天井まで届こうかという金属の扉。彼女はその取っ手に片手をかけると慎重に引き開けた。

真っ先に見えたのは薄暗がりの向こう、長く横たわる曲面。
やや下に存在する大きな配管にむけて、空間が斜め下に広く開けているのだ。こことそこまでは手すり付の階段で結ばれている。
階段の幅は狭く、すれ違う余地もないように見えた。それほど頻繁に人の行き来がある場所ではなかったのだろう。

そこまでは察しがついたが、ではあれは一体何なのだろうか。行く手に横たわる管のようなあれは。

問う前に、サムスは先を行ってしまっていた。
ピットはリュカと顔を見合わせ、そして彼女の後を追う。

あたりに靴音を響かせぬよう気をつけつつ、なるべく早足で鉄製の階段を下りきると、
ちょうどサムスが巨大な配管の側面に備え付けられた扉を開けようとしているところだった。
扉は見るからに重そうで、つけられている取っ手も見たことのない形をしている。まるで船の舵のようだ。

手こずるかと思えたが、ハンドルは意外にすんなりと回った。
考えてみれば彼女は一回ここに来ているのだ。出て行くときにわざわざきつく締め直しておく理由もないだろう。

ゴリゴリと岩を擦るような音を立ててゆっくりと開かれた扉は、何枚もの金属板を重ねたような形をしており分厚かった。
開け放たれた出入口の向こうは闇に閉ざされている。
見通すことはできなかったが、風と音の響き具合で何となく分かる。この向こうには途方もなく広いトンネルが広がっている、と。

かろうじて見える手前の床には厚く砂埃が積もっていた。積もりは均一で、上に残る足跡もサムスがつけた一種類のみ。
この先はおそらく、エインシャントからも打ち棄てられた空間なのだろう。だからこそ、潜入ルートとするにふさわしい。

人の背丈を超える重厚な扉を難なく片手で支えているサムスを見上げ、そこでピットはようやく聞いた。

「あの、ここはすでに地下……でしたよね。
これも先ほどの通路と同じ、交通のためのものですか? それにしてはかなり広い気もしますが……」

すると、相手は珍しく即答せず考え込む素振りを見せた。

「ここが何か、か。説明するのは少し難しいが……まずは降りよう。歩きながら説明する」

戸口に立ったピットは、服の胸の辺りに付けた通信機のスイッチを押した。
円盤の一点からまばゆく白い光が発せられ、前方の様子を明らかにする。

扉の向こうにはわずかな足場があり、その先はすぐ断崖になっていた。
続いて彼は足場の終点まで歩くと少し身を乗り出し、下の様子をうかがう。
緩くカーブを描く管の内側が浮かび上がる。底だけは平面になっており、歩いて行けそうな床が広がっていた。
そこまで降りていけるように壁面からコの字型の突起が出ており、それがはしごのようになってずっと下まで並んでいる。

だが、翼を持つ彼には不要なものだった。

ピットは到着地の安全を確認すると、後ろで待つリュカに声を掛けた。
彼はこちらに駆け寄ってくると、しゃがんだピットの肩に前から手を乗せた。少し緊張している様子だった。

「……重くないですか?」

両肩にそれぞれの手を掛け、彼は相手の背中に聞く。

「大丈夫、平気だよ。君の方は準備は良い?」

ピットが尋ねると、傍らにある頭はむこうを向いたまま黙って頷いた。

「よし、それじゃ……行くよ」

片腕で少年の背中を支え、片足に力を込めて立ち上がった。
空いた方の腕を手すりに添え、バランスを取る。

そして狭い足場の上、やや前傾姿勢になり身を乗り出したかと思うと――ごく自然に虚空へと踏み出した。

広げられた翼が空気を掴み、ゆるやかに受け流す。
全くの無風だった暗闇に風が生まれ、かすかな高音を辺りに響かせる。
作り出された揚力は2人分の質量を引きずり下ろそうとする重力に抗い、彼らの落下速度を和らげた。

十数秒の後、差しのべられていた足が地面を捉え、その音を合図にしたかのように再び重力が戻ってくる。

リュカを降ろした背後で砂のこぼれるような音がし、振り仰ぐと、サムスが凹面を滑り降りてくるところだった。
彼女は斜面に腰を下ろし、足で器用にブレーキを掛けながらかなりのスピードで下ってきた。
更に上を見ると、ライトを付けていたので気がつかなかったが、出入口はすでに閉ざされている。
これでこの空間は完全に密閉されたことになる。

2人の元までやって来たサムスは滑ってきた流れのままでスムーズに立ち上がった。
方角を確かめるように辺りを見回し、ついてくるように手招きするとトンネルの右手の方へ歩き出す。
歩調はそのままに、彼女は振り返ることなく口を開いた。

「……さて、ここがどこなのか、という話だったな」

少し前の彼女なら考えられないことだった。
そもそも、任務中に無駄話をするなど彼女の趣味ではない。だが、今はそれが必要だと考えたのだ。

手元に照明が二つあるとはいえ、照明の円を越えた先は完全な暗闇に包まれている。
せめてここが何だったのかくらいは説明しなければ、後ろの2人は要らぬ心配をして過度な緊張を抱いてしまうだろう。そう判断したのだ。

「手短に言ってしまえば、実験施設の一部。それもとうの昔に使われなくなったものだ」

それを聞き、リュカとピットは辺りをきょろきょろと見回した。

「……実験?」

「ここの人は本当に調べごとが好きだったんですね……」

しかし、実験道具らしきものはどこにも見あたらない。
金属の板でうち張りされただだっ広い曲面と、床の両隅に張り巡らされた配管。
机も棚も無く、広大なだけのトンネルに天井から落ちてきた金属板やら配管やらが転がっているばかり。

だが観察するうちに2人は、床面にいくつかレールのようなものが走っていることに気がついた。
その表面はごつごつと複雑に波打っており、車輪をかみ合わせるためというよりは何かを固定しておくためのものに見えた。
視線をそれに沿ってずらしていくと、レールはトンネルの中央をどこまでも進み、やがて彼方の闇の中に消えてしまった。

「そう、持ち去られたのだ。おそらく老朽化のために解体されたのだろう」

声を掛けられてそちらを向くと、サムスがいつの間にか歩調を緩め横を歩いていた。
目を瞬かせ、ピットは少し意外そうな顔をして尋ねる。

「老朽化……機械でも古くなることがあるんですか」

相手のバイザーは緑色の蛍光を発しており、顔を見ることはできなかった。
が、どことなくそのむこうから視線が向けられるような気配がして、返答がかえってきた。

「当然、機械にも寿命はある。……君の世界に寿命という概念があるかどうか分からないが。
あるいは、市街地の発展と共に移設された可能性もある。
地下に埋設されているとは言え、一般市民はこの設備をあまり好まないだろうからな」

この言葉に、少年と天使は揃って目を丸くした。
もう持ち去られているとはいえ、今自分が歩いているこの空間に好まれざる設備があったのだ。
そう思うと、気のせいかあたりの温度が下がったように感じられてきた。

「恐れることはない。ここは装置のあった外側、いわゆるメンテナンス区域だ。
外周が分厚い金属で守られているように、装置自体も二重三重の防護策を張られていたことだろう。
ここに何かしらの影響が残っていることはない。私のスーツでもそう示されている」

緊張を見透かされたのが照れくさかったのか、ピットは笑って頭の後ろに手をやった。

「はは、そうですよね……。
でも守られるほどとなると、結構危ない機械が置いてあったんですね」

「管理を怠れば大事故に繋がる。
だが、これほどの機械を作るだけの学問を持った文明ならフェイルセーフはしっかりしていただろう」

そう真面目な口調で答えてから、少し間があって彼女はこう尋ねた。

「素粒子、という言葉を知っているか?」

2人はそれに対しきょとんとした顔を返す。

「……物質を構成する最小の単位、例えるなら寄せ木細工のパーツだと思ってくれ。
このパーツ同士の接着は強固で、通常考えられる手段では引きはがすことなどできない。
だが光に近いほどの速度を与えてぶつけることで、寄せ木細工をパーツレベルまで分解することができる。
一旦パーツにしてしまえば、科学者はその性質なり特徴を計算や仮説などではなく、現実の"実験"で調べることができるというわけだ」

「ぶつけて、分解する……その速度を与えるのに、これだけ広い空間が必要だなんて」

天井付近から出発して降り立つまでに十数秒。それほどの直径を持つ空間が、地下深くに穿たれている。
見える範囲にあるカーブの緩さから考えると、この道が円を描くとして一体その大きさはいくらになるのだろうか。
想像しかけて、ピットはそこで思考を打ち切った。あまりにもスケールが大きすぎて、自分の想像力では手に負えない。

「それにしても、物を形作れるパーツというと……まるであの白い粒みたいです」

「よく気づいたな。あれもまた素粒子の一種だ。
正確にはその曖昧な集合体といったところか。徐々に光子に変換されながらもそこにあるが、何を構成するわけでもない」

それを聞いたピットはしばらく、腕を組み眉を寄せて考え込んでいた。
しばらくして、合点がいったように「ああ」と声を上げる。

「……難しい話ですが、でもこれで分かった気がします。
エインシャントが人形兵や工場の材料として光る粒を使ったその発想の元も、やはり人間にあったということですね。
人間は物を分解して欠片を得るところまでしか行けなかった。でも、エインシャントはその先へ進んだ」

振り仰いだヘルメットは依然として緑の光彩で横顔を隠していたが、その向こうで一つ頷くような気配があった。

「全ての源を操り、あらゆる物事を生み出す。
理論的に可能ではあったが、人がまだ実現できていなかったこと。技術が追いつけば試してみたいと思っていたこと。
いわば机上の空論……それを、エインシャントは自らに与えられた高い知能を使って現実にしてしまったのだろうな。
……行き過ぎた技術はときに残酷だ」

そう言い残して、サムスは先に行ってしまった。

彼女の言葉にはある種の余韻が含まれていた。憂うような、それでいてどこか冷めた目で見るような視線。
どう返したものかと戸惑い、ピットはリュカの方を見た。彼もまた困ったような顔をして首をかしげるだけだった。

今まで口数の少なかったリュカだが、彼もしっかりと2人のやりとりを聞いていた。しかし、そんな彼でもサムスの心を掴みきれなかったのだ。
それを理解するにはあまりにも年齢が違いすぎ、そしてあまりにも文明が違いすぎていた。

互いに顔を見合わせていた2人は、ふと気がついてその視線を前に戻す。

向こうの方で岩を撃ち砕くような物音がしたのだ。それほど遠くない。
そしていつの間にか、辺りが明るくなっている。

ついに敵襲か。警戒しそれぞれの武器を構える2人だったが、それは杞憂に終わった。
少し進んだ先の壁面に穴が開いている。光はそこから来ており、見慣れた鎧のシルエットがこちらをうかがっていた。

明るくなってしまうと、トンネル内は拍子抜けするほど無機質で平板となった。
暗闇の中に隠れていた風景の細部が輪郭を取り戻し、味気なくのっぺりとした灰白色を見せてそこに佇んでいる。
正体の分からない景色が生み出す惑いはどこかに消え去り、2人の歩くトンネルはただの人工物へと戻っていた。

2人は明かりの源に向かう。
どんな木材にも真似のできないほど分厚い一枚板。金属で作られた巨大な円筒。その側面にこちら側から風穴があいていた。
穴の表面は削岩でもしたかのように荒々しく、とてもではないがここにかつていた人々が備え付けた出口とは思えない。

案の定、"出口"の一点から吹き出すようにしてその辺りの地面にはきな臭い真っ黒な煤がこびりついており、
爆発のあっただろう範囲に当たっていた金属類はことごとく、飴細工のように溶けてしまっていた。
突入前に言っていた"ルートを取る"とは、このことだったのかもしれない。
おそらく、近くに人がいる状況では使えないほど強力な武器を使用したのだろう。

「……うわぁ」

思わず、リュカはため息に乗せてそう言った。それしか言葉が見つからなかった。

そんな彼の横を、出口に仕上げの一撃を加えた張本人はごく自然な歩みで過ぎ去り、そのままくぐり抜けていってしまった。
サムスに追いつき、並んで向こう側の光景を見たピットは思わずその場で足を止めていた。

「……驚くのはまだ早いみたいだよ」

こちらを振り返ることもなく唖然とした声でそう言った彼の様子に、リュカは不思議に思いつつも駆け寄った。
彼方に見える2人の背中を追いかけ、段差に足を取られぬよう飛び跳ねるようにして金属の轍を踏み越え、そして顔を上げる。
光の向こう側を見て、彼は察した。

純白の祭壇。
何も置かれていない方形の台。それだけが広大な広間の中にぽつんと置かれていた。

円形の広間には車輻状の影が落ちている。
元を辿って見上げると、首の痛くなるような高さ、ちょうど地上と地下とを区切るあたりに巨大な車輪のような構造が嵌っていた。
目を細めると、中央にある球体を車軸としてそれを支えるように12本のシャフトが伸びている様子が見えてきた。

シャフトの隙間から見える空はあまりにも眩しく、あまりにも白い。
強い明度差のために白黒が反転した視界にそれでも目を凝らしていると、上空に小さなシンボルが浮かんでいることに気がついた。
円に半ばまで線を引いた印。すなわち、エインシャントの城。

ここはちょうど、敵の総大将の足元なのだ。

それに気がつき、リュカとピットは揃って口をぽかんと開けて空を見上げる。
あまりのことに理解が追いつかず、呆気にとられた様子の2人をおいて、サムスはごく自然な足取りで台座へと向かっていく。
その歩調に疑問の欠片も無いことを不思議に思い、まず走っていったのはピットだった。

「あ、あの!」

巨大な四角錐の底だけをすぱりと切り取って残したような台。
大人の背丈よりも頭一つ分高い台座の壁面に軽く触れ、作業を始めようとしていたサムスはこちらに少し顔を向けた。
手を止めず、しかし相手の言葉を待つ姿勢になった彼女にピットは聞く。

「もしかして、あれを知っていたんですか? 知っていたのならなぜ……」

「なぜ、二手に分かれさせる必要があったのか、だろう?」

明度差のために、バイザーの向こう側がわずかに見えていた。
その眼差しに問いを見透かされて、ピットは言いかけていた言葉を呑み込んで頷く。
真剣な顔をして答えを待つ彼に、サムスは言った。

「答えは明白だ。ここには敵の輸送機が降りてこない。従って、いくら安全であってもここは潜入ルートには適さない」

ここと向こうを繋ぐ機体が来なければ、乗り込んで城に向かうこともできない。

「……なるほど、そういうことでしたか」

当然と言えば当然の説明をされ、我知らず上がっていた翼から緊張が解ける。
そんなピットにサムスはこう返した。

「だが、私もここまで正確な位置に制御盤があるとは思っていなかった。
それだけではない。どうやらこの総合管理センターはかなりの権限を与えられていたらしい……」

切り立った台座の壁面に手を滑らせるたび、抽象的な光の文字が浮かんでは消え、鎧に包まれた手の動きにあわせて流れていく。
傍から見るとおよそ文字と戯れているようにしか見えないが、
マザーシップでの彼女の様子を見てきた2人には、これもまた機械の操作法の一つなのだと分かっていた。

文字の流れを呼び出し、せき止め、散らし――
彼女が一歩もその場を動かずに、素早い手さばきで機械を操る一方、周りには少しずつ変化が起ころうとしていた。

初めは耳に捉えられないような低音が響きはじめ、そして徐々にピッチを上げて重なっていき、体を震わすような和音を形作っていく。
上に吹き抜ける円筒状の壁にも色とりどりの光がパネル状に灯っては消え、次々に天を目指して昇っていった。

この騒乱が天上の城にまで伝わらないだろうか。
後ろに控える2人がそう危惧しはじめたところで、唐突に光と音は止んだ。

『ようこそ、ジャイロシティ・サイエンスミュージアムへ。
私はここの案内役を務めております。パルとお呼びください』

台座の中から声が問いかけた。
その滑らかさといい、自然な強弱の付け方といい、台座の中に人が隠れているのではないかと錯覚させるほどだ。

間髪おかずに、サムスはこう言った。

「パル、ここはどこだ?」

確かめるような口調だった。
その片手はまだ台座から離れていない。少しでも変な答えが返ってくれば強制的にコントロールを奪うつもりのようだ。
壊れたコンピュータといつまでも堂々巡りの会話をしている暇はない、そういうことだろう。

"パル"の方は相手が引き金に指を掛けていることも知らぬ様子で、はきはきと明るい口調で答える。

『世界に誇る科学の結晶、ジャイロシティ記念研究所へと繋がる軌道エレベーターの制御区画です』

「では、"総合管理センター"の場所は」

『ここが総合管理センターです。
ジャイロシティの隅々に至るまでのライフライン、交通機関、福祉サービス。
市民の皆様のためのありとあらゆるサービスを滞りなく働かせるため、市職員とロボットが日夜勤勉に務めております。
それだけではありません。初代市長がこの総合管理センターを建てられた際に、
科学の素晴らしさを市民に伝え、次世代の科学者を育てるために市民の憩いの場、サイエンスミュージアムを併設されたのです。
ミュージアムはセンター内の地下5階から地上8階にございます。
ところで――』

パルはそこで初めて言葉を途切れさせた。

『ここは市職員のみ立ち入りが許可される区域です。
あなたはまだ認証を受けられていないようです。個人タグはお持ちですか?』

その口調には怪訝さの欠片もなく、変わらず人の良さそうな底抜けの明るさに満ちていた。
しかし言葉に含まれる何かが、顔のない人工知能に何とも言い難い凄みを与えていた。

動じることなく、サムスは踏み込んだ。

「私は市長よりその権限を委託された者だ。
ジャイロシティ記念研究所について、保管されている全てのデータが欲しい」

何かの言葉が鍵となっていたのだろうか、パルの言葉遣いがわずかに変化した。

『認証をお願いします』

台座の表面に新たな表示が現れる。抽象画としか見えないその図を、サムスは一切の迷いを見せずに操っていく。

『確認中です。しばらくお待ちください』

機械の返答を身じろぎせず待つサムス。
そんな彼女の鋼鉄の背に、声を掛ける者があった。

「何度もすいません。……いつ市長に会われたんですか?」

遠慮がちにそう問いかけたピットに、台座の方を向いたままサムスはあっさりとこう答えた。

「会ってはいない。
かいつまんで説明すると、総合管理センターのうち一般公開されていた区画、つまりサイエンスミュージアムの対話型AIを強制的に起動し、
管理システムとのインターフェースにした。ついでに私達の言語を話せるよう翻訳ルーチンを組み込んだ。
要するに、システムをハッキングしてプログラムを少々書き換え、情報を得やすいようにしたのだ」

そう言って彼女は体を傾けて、自分のヘルメットを指さしてみせる。
緑色を帯びたバイザーの表面には、いつの間にか台座に表示されているものと似た図形が明滅していた。

「はっきんぐ……?」

音は音として聞こえてくるのに、言葉が頭で意味をなさない。
すっかり困惑している様子のピットをよそに、騙されてしまったAIパルが回答を持って戻ってきた。

『承認されました。これよりジャイロシティ記念研究所に関する全てのデータを出力します』

事務的な言葉が並べられているにも関わらず、元々の明るい口調のせいかやけに耳に軽く感じる。

その言葉と同時に、滑らかな台座の表面が音もなく細長いスリットを形成した。
続いてやけにローテクなモーター音と共に、スリットの中から白い板が一枚、顔を覗かせる。
手に取ったそれは、すでに何枚か集めてきた記憶媒体、ディスクだった。

サムスはそれを手に取り、少しの間表裏を観察していたが、リュカを招き寄せるとこう言った。

「君が預かっていてくれ」

先からの展開に頭がついていかず、ピットのように積極的に尋ねる気力もなくやや呆然として立っていたリュカは、
前もって話を聞いていたにも関わらず突然呼び出されたことに緊張してしまい、
また、この一枚が持つ意味の重さがひしひしと迫ってきて、押し頂いたまますっかり固まってしまった。

彼がやっとのことで硬直からとけ、リュックに仕舞おうとしている横でサムスは台座に呼びかけた。

「ここに表示することもできるか?」

『了解しました。
カテゴリごとに分類されています。お探しの情報をお選びください』

その言葉と共に、台座の側面に細かな文字が淡く光りながら浮かび上がってきた。

ガコン、と威勢の良い音を立てて天上の金網が踏み抜かれた。
数拍おいて凹んだ金網が床に叩きつけられ、シンバルを乱れ打ちしたような音がだんだん小さくなりながら暗闇の中に溶け込んでいく。

ついで、そのそばに人が落ちてきた。
片膝を曲げ手をついて衝撃を吸収し、辺りを見回しながらゆっくりと立ち上がる。
胸には光を発するバッジ型の小型機械がついており、彼の茶目っ気のある顔が下から照らされていた。

「よーし、ここも問題ないぞ」

マリオがそう上に呼びかけると、1人ずつ間を空けて仲間が降りて来た。
ある者は傘を差してゆっくりと、ある者は足から飛び込むように。
頭を下にして落ちてきた者もいたが、すぐに歩き出したところを見ると何ともなかったらしい。

全員が揃ったところで、彼らは休む間も置かず足早に歩き始める。

「やれやれ。どこまで下に行かなきゃならないんだろうな」

走りながらそう言ったのはとんがり帽子の少年、リンクである。
通気口を発見し、監視の目を避けてそこから地下に潜り込んだまでは良かったものの、
肝心の通路はまっすぐではなく、6人が総力を挙げてもどけられないような瓦礫に埋め尽くされていたり、
はたまた分厚い壁で塞がれていたりで、通れる道を探して一行はどんどん下層へと下っていたのだ。

地上のドーナツ型の迷宮も、ビルディングが溶け合わさったようなその外観からして元は都市の一部だったのだろう。
都市が迷路としてむりやり再構成される際に地下もそのあおりを受けてしまい、このような有様になってしまったのかもしれない。

敵はいないがごちゃごちゃと入り組んだ道を行くか、一本道でも十字砲火を受けかねない道を行くか。
いずれにせよ、今のファイター達には一旦選んだ道を引き返す時間などなかった。
最大限の注意を払って行動しているが、いつどこで人形兵に見つかっているか分かったものではない。
こうしている間にも後を付けられているかもしれないのだ。

それにしても、6人というそれなりの人数がいるにも関わらず、地下はそれほど狭苦しさを感じなかった。
どの階層にも思いのほか大きい空間が広がっていたのだ。
一行が横並びになってもまだ余裕のある廊下に、通常の建物の2、3階分はありそうな高さにある天井。
広大な空間は所々がロープで区切られており、その向こうには大小様々な影がわだかまっている。

先頭を行くマリオが道を曲がるたびに、彼の持つライトが暗がりの中から影の正体を一瞬だけ浮かび上がらせていく。
中に針金を入れた、不思議な形をしたガラス瓶。側面に覗き窓を備えた巨大な箱形の物体。
廊下の一辺を使い切り、金属のレールとパイプで組み上げられたカラクリ。重そうな球体を支えている正方形の布。

自分たちの目的はここには無いと分かっていても、彼らの目はふとした瞬間にそちらの方に引きつけられていた。
崩壊のあおりを受け、ほとんどが失われていてもミュージアムの展示物はなお、見る者の心に好奇心を呼び覚ますのだ。

砂に曇ったリノリウムの上に足跡を残し、左右を失われた文明の化石に守られて。
6人のファイターは出口を目指し、暗闇の中を足早に駆け抜けていった。

台座の表面で指を滑らせると、それに従ってページが次々に切り替わっていった。
表示された文字列をモジュールの機能で翻訳しつつ、ざっと目を通していく。
現れては消える文字と絵が幻のさざ波を作りだす。それを眺めていたサムスはふと手を止め、こう尋ねた。

「バージョンはこれで最後か。現在のデータは得られるか?」

『申し訳ありませんが、入手は不可能です。
研究所を管理するマザーコンピュータ、型番HVC-GYSは現在通信が途絶しております』

それまで元の役職である案内人らしい声調で話していたパルが、その時は少し申し訳なさそうに言った。
リクエストに応えられなかった時にはトーンを下げるように設定されているのだろうか。
それがプログラムであったとしても、後ろに控えるピットとリュカにはパルが期待に応えられず頭を下げているように感じられた。

一方のサムスは目の前に表示された文字列をじっと見つめていた。
昨晩拾い集めた記事の日付表示を元に考えれば、ここにあるデータは全てエインシャントが宣戦布告をした時点で止まっている。
それ以降のデータは送信されていない。無形の情報作戦においてもエインシャントは人間の目を盗み、ぬかりなく事を運んでいたのだ。

研究所内の見取り図は再構成される前のものであり、天上の浮遊城に取り込まれてしまったAIはあらゆる情報の開示を拒否している。
頭上にそのシルエットが見えていながら、城は一切のことを語ろうとしなかった。

――だが、全くの手探りだった頃に比べれば大きな進歩だ。
 今は直前までのデータが得られただけでも良しとするか……

そう自分を納得させつつ、何気なくHVC-GYSと管理センターAIとの通信ログを流していたサムス。
そんな彼女の手が、ふと動きを止める。

数秒の沈黙のうちに、千の思考が働いた。

「パル、この軌道エレベーターは何を動力にしている?」

『万有斥力です』

その質問でパルは本来の仕事を思い出したらしい。
明るく親しみやすい口調に戻ると、滔々と語り始めた。

『ジャイロシティのはじまりは、ロボット工学から粒子加速器まで様々な分野を扱う総合研究所でした。
働く人が増え世代を重ねるうちに、自然とその周りに街ができていったのです。
その長い歴史の中でジャイロシティ出身の科学者は数々の偉業を成し遂げてきました。
時空構造の解明、エキゾチックマターの発見、多世界間の旅行。どれをとっても他に類を見ない素晴らしい研究です。
科学が私達にさらなる恵みをもたらしてくれるように、そんな願いを込めて、
この街で最も新しい研究所、ジャイロシティ記念研究所は今ある科学の粋を集めて空に浮かんでいるのです。
驚いたでしょう。あれだけの大きさを持つ建物が何の支えもなしに浮かんでいられるのは、万有斥力の発見があってこそなのです』

誰も口を挟まなかった。いや、挟むことができなかった。
3人のファイターは呆気にとられたような顔をして台座を見つめていた。

『皆様、上をご覧下さい』

声につられて、揃って上を見上げる。
遠く彼方に見える円形の空。その中央には、12本のシャフトに支えられた球形の機械があった。

『エントランスをくぐった際、ホールで目にした方もおられるでしょう。
あの金属の球体こそ、万有斥力の発生装置なのです。
装置は絶え間なく重力子を抽出し、ほぼ100%に近い精度で偏向させて、はるか上空の研究所へとビーム状に放射しています。
研究所側には分配装置が設置されており、それによって区画の隅々まで万有斥力が行き渡ります。
この技術によって、静止軌道まで高度を上げることなく空中に建造物を建てることが可能となりました』

サムスは思わず呟いた。

「そうか……」

次いで、すぐに我に返ると彼女は台座に視線を据え、短く命じた。
その声は静かだったが、辺りの静けさのためにかえって凛と鋭く響き渡った。

「権限の下命じる。万有斥力を停止せよ」

だが、管理システムはパルの口を借りて即答した。

『現在お持ちの権限では不可能です。
制御システムの停止は、ジャイロシティに属する区全ての許可が必要となります』

そう言って、台座は再び"認証画面"を表示する。
すぐに解除を試みようとして、そこでサムスは手を止め素早く後ろを振り返った。
通信機を持っているのがピットであることを確認し、彼に向かってこう告げる。

「マリオ達に伝えてくれ。城に向かっているのならすぐに引き返せと」

「一体何を……?」

最後まで言いきらないうちに、被せるようにして彼女は答えた。

「エインシャントの城をとす」

バイザーの陰から覗く瞳は本気だった。

いつもはすぐに返答し指示に従うピットだったが、その時は違っていた。
あまりの急展開に思考が追いついていないこともあったが、彼の心を占めていたのは別のこと。

あの高さから落ちたのでは、機械の体とはいえエインシャントも無事では済まないはず。
だが、そんな一方的な勝利で良いのだろうか。いくら手強い相手が思いもよらないところで隙を見せたからといって。
それは、本当の解決になるのだろうか。

彼が迷っていたのはほんの数秒のことだった。

迷いを迷いとして感じられなくなるほどのことが起きたのだ。

「フハハハハハッ、そこまでだ虫けら共ッ!」

粗暴な雄叫びが響き渡る。
反射的に、3人は空を見上げた。

井戸の側壁が不意に、膨れあがるようにして弾け飛んだ。

そこから砕け散った瓦礫を引き連れて、何かが落ちてくる。
天の光を遮ってみるみる大きくなる、人のようであり獣のようでもあるシルエット。
輪郭を真新しい白銀色に光らせた鋼鉄の塊。その暗い影の中に浮かび上がる、燃えるような眼差し。

瞳を狂気の色に染めた彼の名は、言わずとも分かっていた。

Next Track ... #41『Madness』

最終更新:2016-09-18

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