気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track44『Divergence』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。

現在、偶然が積み重なり運良く助かった者を除くと、20数人ものファイターが謎の存在エインシャントに捕らえられている。
ついに世界の中心に辿り着いたファイター達は上空に浮かぶ彼の牙城を見いだす。
地上に広がる都市跡での調査により、浮遊城が地上側にある施設によって浮力を保っていることを突きとめるが、
ガレオムの命を賭けた妨害によって城を遠隔で墜落させる作戦は潰えてしまう。

仕切り直しになってしまったが、ファイター達は知恵を合わせ再び一から潜入方法を模索しはじめる。
浮遊城は莫大な量の事象素で構成された霧で守られ、その防壁の外にある外縁部にもデュオン率いる人形の兵団が待ち構えている。
編み出された作戦は、蓄えてきた物資を使って作った張りぼての船をおとりにし、
ファイター達の唯一の拠り所であるマザーシップ自体で突入するというもの。
アーウィンでの護衛もつけて飛び込んできた張りぼてに、神経を尖らせていたデュオンはファイター達の思惑通り気を取られ、
その隙にマザーシップは光る壁を突破することに成功する。

彼らを待ち構えていたのは大軍勢の人形兵でも新型兵の連隊でもなく、ただ超然とそびえ立つエインシャントの浮遊城のみ。
打って変わって不気味なほど静かな城下の様子に警戒しつつも、ファイター達は英気を養うため停泊した船の中で睡眠を取る。
翌早朝、攻め込む覚悟を決めて出てきた彼らの前で、城の主は姿を見せぬまま橋を架けてみせた。
あくまでこちらのレールに乗るように強制する彼の傲慢さに閉口しつつ、彼らはついに城の中へと踏み込んでいった。


  Open Door! Track44 『Divergence』


Tuning

信頼 と 独善

浮遊城の正門から足を踏み入れて数十分の後。
リンクはマリオとルイージ、そしてピットと共に灰色の階段を昇っていた。

彼らの進むエリアはその広さにもかかわらず、恐ろしく見通しが悪かった。
前後左右、どこを向いてもおびただしい数の階段がもつれ合い絡み合って空間を埋め尽くしているのだ。
それらはまるで何百人もの大工がめいめい設計図を無視して好き勝手に作ってしまったかのようにまとまりがなく、
数え切れない階段が際どいところですれ違い、時には到底乗れそうにない角度を為してツタのようにはびこっている。

進路を塞ぐような形で張り出した階段の下を身をかがめてくぐりつつ、ひたすらに昇り続ける4人。
不思議なことに、近くに他の仲間の姿は見えなかった。

どうしたことか、ファイター達は城内に踏み入ってから少しもしないうちにすでに小集団に分かれて行動をはじめていたのだ。

ついに敵の総本山に乗り込んだというのに、これは一見あまりにも無謀な光景に見える。
しかし、彼らのこの選択には確固たる打算があった。

昨日、突入前の最後のミーティングで様々な案が出ては消えていき、ついに彼らはある同意に達した。
どこまで精密に作戦を立てたとしても、エインシャントは必ずそれを上回るような対策を立ててくるだろう。
なぜなら彼は人工知能。その知性はすでに人のレベルを超えてしまっている。そんな彼に真っ向から頭脳で立ち向かうのは賢明ではない。
だから、彼の苦手とするもので勝負しようと。

それがこの、分隊行動である。
出発前に皆で確認しあった取り決めは、"チームには必ず経験者を入れ、絶対に2人以下にならない"という簡素なもの。
あとは行動がかち合わないよう最低限度の連絡を取りつつ、その場で即興的に各々の思う通りに動いて良い、というのだ。

優れた人工知能は、確かに計算速度ではこちらを簡単に上回るだろう。
しかし、ひらめきや直感といったものは人工知能には真似できない。
それは生き残るために意識下でいくつもの思考を同時並行させている"生き物"ならではの特権だ。

入力された外界からの情報や、詰め込んだ記憶の想起、内界からの生物学的な刺激。
それを一緒くたにして取り込み、計算し、出力する芸当は人工知能には到底シミュレートできない。
万が一できるほどの能力があったとしても、冗長だと切り捨てて行わないはずだ。

だが、切り捨てられるほど些細な変数の違いでも、時には積み重なっていく内に大きく予測を外れ、思いもよらない結果を生む。
実際に自分たちはエインシャントの手を幾度もかいくぐり、こうしてここにいる。それが何よりも心強い証拠だった。

だからこそ、敢えてファイター達は作戦を立てなかった。
各自のそれまでの経験と知識を尊重し、互いに信頼し合った上でそれぞれの道に分かれていった。

2人以下にならない、という取り決めにも根拠がある。
今回の攻城戦で最大の問題になると考えられているのがフォックス達の見た新型兵。
予測が正しければ彼らは捕まったファイターを鋳型にして作られたコピーであり、オリジナルと同じ技を持っている。

一度『スマブラ』で乱闘を経験した者なら、新型兵に遭遇してもその元を推定できるだろうし、どう出てくるか予想もしやすい。
もちろん今回初めて選ばれた者が鋳型にされている可能性もあるが、いずれにせよ最終的に取るべき行動は同じ。
戦闘は最小限に抑えて、とにかく逃げるのみ。

ただのコピー人形であるだけ"駒"よりはましだが、それでも新型兵は2人がかりで1体を倒すのがやっと。
しかし逆に考えれば、最低2人いれば足止めしつつ逃げることも可能な程度の性能だと言える。
やむを得ない場合は倒してその先に進むこともできる。ただし、こちらは体力の消耗を招くので極力避けるべきだろう。

もちろん、新型兵が1体で出てくるとは限らない。"王"の居室に近づけば守りも強固になっていくはずだ。
これについても対策はある。ファイターが2人以上固まっていれば同時に倒されない限り、台座に触れてもらうことで何度でも復活できる。
いささか泥臭い戦い方になるが、これで複数の新型兵に囲まれても切り抜けることは可能になる。

そこまでして分割行動にこだわるのには、超知性を持つエインシャントへの対策の他にもいくつかの理由があった。
一つは、ファイター1人1人の持つ強い個性。多くのファイターはすでに自分のやり方を確立しており、
そんなところに今さら他人のやり方を押し付けようとすれば、かえって個々のポテンシャルを引き出せなくなってしまうだろう。
かつてその状況に陥りかけた反省を踏まえ、昨夜の最終会議にてサムスはそう主張していた。

仮に10人全員が心を一つにして集団行動したとしても、そこには別の壁が立ちはだかる。
ファイターが10人も固まって動けば確かに発揮できる力は大きくなるし、それぞれの消耗も少なくできる。
しかし、それだけの人数で進み続けようとすれば当然融通も利かなくなってしまう。気を配る先が多すぎてとっさの行動が取りにくくなるのだ。
新型兵が群れをなして現れ、揃ってのこのことやってきた自分たちを囲んでしまったら……その先は考えなくとも分かる。
どうせ強さでこちらの合計を上回られているのだから、あえて集団で立ち向かうことはない。大方の意見はそこに一致した。

そして、最後に残された重大な理由。それは城の内部に関する圧倒的な情報不足。
今ファイター達の手元にある地図は、浮遊城があの姿になる前の案内図から組み上げた予想でしかない。
エインシャントがどこで待ち構えているのかも、また囚われの身の仲間達がどこにいるのかもまったく分からない。
限られた時間の中で正解を引き当てるには、とにかく同時進行で出来るだけ多くの選択肢を引いていくしかないのだ。

それに際して作業ロボットをフル稼働し、10人分の通信機が揃えられた。
全て事象素の影響を無視できる量子通信式であり、常に現在地をマザーシップのAIに送ることで逐次マップデータを塗り替えていける。
もちろん、情報共有のためにお互いで音声通信をしたり、映像を送る機能も引き継がれている。
さらに前回のハプニングも踏まえ、より外れにくい構造に仕上がっていた。

その通信機を胸に、10人は事前に決めておいた小グループに分かれると城内に散っていった。
言葉少なに、彼らは目配せだけで別れを済ませた。
どこに監視の目があるか分かったものではない。お互いのためにも不用心な行動は慎むべき、そんな緊張感が漂っていた。

リンク達の間にも、しばらく会話がなかった。
子供達の中で一番活発でやんちゃなリンクもいつになく真剣な表情をして剣と盾を構えて走り、
いつもならこんな重苦しい雰囲気を冗談で吹き飛ばすだろうマリオでさえも何も言わずに階段を駆け上っていた。

彼らを突き動かしているものはただ一つ。
手遅れになる前に早く、辿り着かなければ。
そんな差し迫った、しかし心柱のように頑として揺るがない意志だった。

狐がキツネにつままれたような顔をするというのも妙な言い回しだったが、今のフォックスはまさにそんな表情をしていた。

彼がその目で見ているのは、率先して先に行き敵の気配を探りながら進んでいくリュカの後ろ姿。
城のホールで別れるときにマリオから言われた「姫のことは頼んだからな!」という言葉を真面目に守って、
その手に武器として木の棒を持ち、ピーチをエスコートしつつ自ら先陣を切って進んでいるのだ。

第一、いつも一緒にいるリンクと別行動になることをそれほど気にしていなかったのも不思議だった。
それどころか、目的の定まっているファイターがめいめい自分の計画を話すのを聞いて、自分からサムスについていくと言ったくらいだ。
エインシャントに直接会いに行くマリオ達にはリンクが賛同し、リュカは先ほど別れた彼を迷いのない明るい表情で見送っていた。

そして今も、誰の後ろにつく訳でも無く自分の役割を積極的に見つけてこなしている。まるで別人のようだ。
彼の後ろにいるピーチも変化に気づいたらしく、最初の方こそ少し不思議そうな顔をしていたが、
元来あまり物事を深刻に突き詰めて考える性格ではない彼女は、今ではもうこの状況に慣れてしまってるようだった。

一方、いつも細部まで気を配って熟考するはずのもう1人は少年の変化に何一つコメントを寄こしていない。

――サムス、何か知ってるんだろう?

心の中だけでそう言ってフォックスは横を向き、自分と共に後衛を務める鎧の戦士にむけて片眉を上げてみせる。
しかし見えていて気づかないふりをしているのか、それとも本当に見えていないのか答えは返ってこなかった。
フォックスは軽く肩をすくめ、手にしたブラスターを構え直すと再び行く手に注意を向ける。

彼ら4人のグループが進んでいるのは半円形の天井を持つ長い廊下だった。
幅は狭く、並んで走るには2人までが限界というくらい。通路に窓の類は一切無く明かりさえもなかったが、
周囲の道を作るのっぺりとした灰色の石材が自らほのかに光っており、こちらが照明を付ける必要が無い程度には明るさが保たれている。

それにしてもずいぶん長く細い廊下だった。
もう数十分は歩いているはずだが、入るときにくぐったもののほか扉は見あたらず、
4人の通ってきた後ろには精密な機械で掘り抜かれたトンネルのように継ぎ目もなく滑らかな石壁だけがずっと続いている。
壁もかなりの厚みがあるらしく、4人分の足音があちこちで重々しく反響しながら広がっていくのが分かる。
等間隔で床に刻み込まれたエインシャント軍のマークさえなければ、ここが城の中だとは思えないくらいだ。

こういった一本道は警戒する方角が限られるので進む分には楽なのだが、戦ったり逃げたりという場面ではいささか難がある。
早く向こう側に抜けようと、4人は誰から言いだしたわけでもなく次第に早足になっていた。

と、先頭を行くリュカの足が止まった。
それは敵の気配を感じたからではなく、急に開けた目の前の光景があまりにも異様だったためであった。

通路が唐突に終わり、その先には明るく広大な空間があった。
首を伸ばして上を見れば遠くに傾斜した平らな天井があり、
床の方は足元で通路の切れるところから垂直に、深く広くドーム状に落ち窪んだガラス張りになっている。

「逆さまになってるんだ……」

思わず呟いたフォックスのその言葉が答えになっていた。
彼らが出くわした空間は、3階層分ほどの吹き抜けとドーム状のガラス天井を持つ楕円形のホール、それの天地がひっくり返された構造だったのだ。

おそらく研究所が元の姿だった頃は訪問客や職員の憩いの場となっていた場所だろう。
見上げた元1階部分には立ち枯れた木々や溝だけが残った人工の川、煉瓦造りの小径、そしてすっかり色を失った芝生が広がっていた。
地面が空にあるのは序の口で、そこに植えられた木ばかりか人工芝や煉瓦までがモノクロになっているのは不自然な光景だった。
人々がわざわざそんなつまらない配色にするとは思えず、エインシャントがどうにかして自分の領内から徹底的に色を奪ったのだとしか思えなかった。

足元に目を移せば、広場が逆さまになったときに地面から振り落とされたらしい鉢植えやベンチ、大きいものでは石像などがガラスの上に散らばり、
眼下の背景、白いもやの彼方にぼやけて見える荒廃した首都の有様も手伝って、見る者の心にひどくもの悲しい印象を与えていた。

壁の縁に手を掛けて身を乗り出し、あるいは人の後ろから背伸びをして3人が思わずその光景に見入っている後ろで、
サムスだけは廊下の壁際に寄り、バイザーの内側に映し出されたマップを確認していた。
黄緑色に光る線画が拡大され、回転し、横に出てきた新しい画像と被せられる。
無言のまま経路を確認していた彼女の目が、ふと3人のいた方に向けられた。それに反応し、バイザーの絵も消える。
こんな声が聞こえたのだ。

「見て、ここにもロボットがいるわ」

歩み寄り、少し体を傾げて3人の隙間から顔をのぞかせる。
ピーチの指さす方角、ここから少し離れて壁から棚のように張り出した場所に複数体のロボットが転がっていた。
研究所の変形によって投げ出されたものが、運良くテラスの裏側に引っ掛かったのだろう。

それを見つめるサムスの目に、何か閃くものがあった。

「……少しここで待っていてくれ」

言うが早いか、彼女は仲間の間をすり抜けて前に出るとアームキャノンを構えた。
目標は逆さまになったテラスの床から張り出した旗竿。狙いを定めて撃ち放たれた水色の電束が、その先端をしっかりと捕らえる。
数回引っ張って体重を支えられることを確認し、彼女はひと思いに床を蹴った。

足元が一気に開け、目もくらむような光景が広がる。落ちればガラスでは全身鎧姿の彼女を支え切れるはずもない、そのまま地上まで真っ逆さまだろう。
しかし、彼女はそのプレッシャーをものともせず下段のテラスまで渡りきる。
グラップリングビームを縮めて自分の身を引き上げ、テラスの底面に片手をしっかりと掛けた。

軽い身のこなしでテラスの裏に登り、膝をついたサムスはふと顔を横に向ける。
そこに転がっていたのは、何かの動物をデフォルメしたらしいぬいぐるみ。こんなものも引っ掛かっていたのだ。
やはりそのぬいぐるみも、モノクロ写真から抜け出たかのように色合いをまったく失っていた。
元はパステルイエローだったのか、それともピンクだったのか。今となってはもう知りようがない。

持ち主とはぐれ、忘れ去られた人形。束の間それを何とも言い難い表情で見つめ、そしてサムスは立ち上がる。

近衛兵のように構えられたアームキャノン、その先端が音を立てて変形していく。
今まで収集したデータからロボットの構造設計を研究し、彼らを充電できるモジュールを自前でプログラムしたのだ。
プログラムと言っても大仰なことではなくただ出力を弱めたビームを出すだけのことなのだが、それを行う彼女の表情は真剣そのものだった。

横様に倒れている手近な一体のもとに跪き、キャノンに包まれた右手を六角形の底面にあいたプラグ受けに持ってくる。
銃口から細められた青白い電流が放たれ、パチパチというかすかな音に紛れて次第にモーターの回る低い唸り声が聞こえはじめた。

やがて、カシッと音を立ててロボットが目を開く。
一瞬だけその目に灯った光の色はきれいな青だった。

カメラのレンズに似た2つの目の中で絞りが収縮と拡張を繰り返す。
近くに誰かがいることに気がつき、ピントを合わせようとしているのだろう。
長年放っておかれたためかその動きはぎこちなく、もどかしげにロボットはゆるゆると頭を振っていた。
油の切れたギアを無理に回そうとし、すり切れたモーターが耳障りな金切り声を上げる。

次にサムスは、青銅色のキャノンを台座の別の箇所に当てる。
手に入れた設計図に書かれていた、ロボットの集積回路がある部分だ。
と、途端にロボットが動きを止めた。目も宙の一点を見つめ、すっかりおとなしくなる。

そのまま自分も銅像のように静止し動かなくなったサムスの後ろ姿を見つめ、ピーチとリュカは目をそらさずに待っていた。
フォックスも背後を警戒して廊下の方に下がっていたが、その片耳はしっかりとホールの方角を向いていた。

やがて、サムスがゆっくりと立ち上がる。
その足元でロボットは再び目を閉じていた。注がれたエネルギーを使い果たしたのだろう。
眠りについた機械を前に祈るように黙し、少しして彼女はきびすを返した。

彼女がアームキャノンを構えるのを見て、2人ははっとして頭を引っ込める。
2人が後ずさるのと、天井の縁にビームを掛けたサムスが風を切って飛び込んでくるのとはほぼ同時だった。

「何か良い手がかりは見つかったか?」

フォックスが声を掛けると、バイザーの向こうで影が頷くように動いた。
少し考えるような間があって、サムスは言った。

「……あのロボットは、研究所がこうなった理由はプログラムのバグだと認識していた」

聞き慣れない言葉の羅列に姫と少年が揃ってきょとんと目を瞬いている横で、
フォックスもまた顎先に手を当て、怪訝そうな顔を返す。

「バグって言うのはつまり、エインシャントのことか?
エインシャントのプログラムに異常が生じ、それで彼が反乱を起こしたのだと」

人のために尽くし、人を全力で守る。人に作られた人ならざる機械が持っているべき基本的な行動原則。
エインシャントは自分に刻み込まれたそれをずっと昔に、故意にあるいは偶然に破損させたのだろうと。

しかし、それはすでに仲間内で共有されている認識である。とりたてて目新しい情報というわけでもない。
ここでわざわざパルクールの真似事をしてまで得に行くには何かしらの理由があるのだ。
はたして、緑色のバイザーに映る影は首を横に振った。

「いや、人形兵の方だ」

フォックスよりも頭一つ高い甲冑の戦士はこう続ける。

「ロボットは人形兵のことを、自分達と同じロボットだと認識していた。
つまり、彼らはプログラムのどこかが狂って人間や仲間達を敵として見なすようになった個体だと。
挙動がおかしくなった"仲間"が人間達を追い出し研究所を占拠したと、あのロボットは言っていた」

「人形兵を? 何か訳があってのことなんだろうが、一体……」

眉をひそめ考え込みはじめたフォックスに、サムスはさらにこう言った。

「またロボットはこうも言っていた。彼らを直してほしい、バグを直してほしいと。
そのためにはHVC-GYS、つまり記念研究所のマザーコンピュータにアクセスしなくてはならない、とも伝えられた」

そこで一旦言葉を区切る。
推理をゆだねられたフォックスの目が、わずかに見開かれた。

「ああ、なるほど。つまり――」

見上げた先でわずかにヘルメットが傾きを変え、光の加減でバイザーの輝きの向こうに彼女の素顔が透けて現れる。

強い眼差しをもって、彼女は宣言した。

「脳を持たない人形兵の"中枢"、行動プログラムを発信し続けているコンピュータはやはりここに、この浮遊城にある」

エインシャントの居場所を城の天辺と予想し、とにかく上層階を目指して突き進むマリオ達。
城に組み込まれた元研究所の設備がどこにあるかを計算した上でそれを探し、破壊あるいは停止を試みるサムス達。
どちらも最終的な目標は同じだった。捕らえられた仲間を助け出し、エインシャントの計画を挫く。
早々に仲間達から別れて行動をはじめた2人も当然、同じ志を持って動いていた――相性はともかくとして。

城の外回りを走る、バルコニーを兼ねた通路。
サムス達が走ってきたものとは趣が違い、こちらは見上げるほど高い天井にアーチ状の梁が渡してあり、
左右にはやけに古風な彫り込みのなされた柱が規則正しく並んでいる。格好だけ見れば、正統な"城"らしい廊下だ。

とはいえ、バルコニーと言えば風当たりもよく見晴らしも良いはずなのに、
外界に開けた片側を覗いてみても、辺りは発光する曖昧な霧に包まれてとてもではないが風光明媚とは言い難く、
それどころか窓から外の霧がゆるゆると流れ込んできて廊下の見通しをひどく悪くしていた。

床や天井もよく見れば様々な材質が継ぎ接ぎになり、時にはデスクやソファさえも組み込んで塗り固めてあるのさえ見つかる。
とりあえず形さえ合っていれば良いというような、奇妙な妥協がそこにはあった。
あるいはこれにさえも常人には理解できないような美的センスが働いているのかもしれないが。

そんな奇怪な廊下のど真ん中を、まったく物怖じせずにぽてぽてと足音を響かせて走っていたカービィはふと後ろを振り向いた。

「あれっ、どしたの? おつやみたいな顔して」

明らかに気乗りしない様子で、それでも義務感から渋々後をついてきていたメタナイトはこの声に足を止めた。
相手の目を凝視し、しばらく沈黙し何と言い返そうか考えているようであった。

言いたいことはいくつもあったが、中でも口先まで出掛かったのは「そんな言葉をどこで覚えた」という疑問だった。
しかしそれはあまりにもどうでもいい質問であったし、聞く前に彼はその答えを自分で見つけてしまった。
おおかた、ファイターの誰かから聞いたものを雰囲気で真似ているだけだろう。
そして、きっと彼自身は"おつや"というのは"おやつ"に似た何かの食べ物だと思っている。

「……」

結局面倒になってしまって、"何でも無い。気にするな"というように彼は頭を横に振った。
口答えしないのは無理もない。カービィの方から連れだって集団を抜けた時から、ずっと他愛もない雑談をふられていたのだ。
"新参は経験のあるファイターと共に行動する"という取り決めさえなければこんなことにはならなかったのに。

思わずため息をつく。

――まったく、なぜ彼は私に構うのだろう。

カービィが裏表のない天衣無縫な性格で、誰とでも仲良くなろうとするところまでは分かる。
しかし、こちらに対する態度には何を勘違いしているのか、どこか兄貴ぶっているような、何か正そうとしているかのような節があるのだ。
本来ならばこちらがカービィの無茶苦茶っぷりを徹底的に諭してやるべきところなのだが、その問題にはあの戦艦での決闘で決着がついてしまっている。
せめてもう少し話が通じるのならと、彼は何度目になるか分からない願望を心の中で呟いた。

軽んじているわけではない。カービィの真の実力はその身をもって、その剣をもって知っている。
しかし、それを振るう者の心があまりにも純粋で幼すぎるのだ。
それが悪いとは言わないが、せめて対等に言葉で主義主張を戦わせられるだけのライバルであればと、彼はときおり考えるのであった。
それとも、そんなことを望む自分の方が時代錯誤なのだろうか、と。

珍しく敵地において物思いにふけっていた剣士は、はっと顔を上げた。

「うしろっ!」

先へ歩き始めていたはずのカービィの声が上を、頭上を飛び越えていった。
剣を持つ手に力を込めて振り向くと、すでにそこにはまん丸ピンクの背中。
彼はこちら目掛けて飛んできた何やら黒くて丸い物体をすいこみ、飲み込むところだった。

瞬時、青色のとんがり帽子が頭にちょこんと乗っかり、彼はどこからともなく自分の体ほどはあろうかという爆弾を取り出す。
"ボム"。とすると、先ほど飛んできたのは爆発物だったのか。

視線を少し奥にずらすと、黒地に桃色のアクセントが入った人形がうろちょろしているのが見えた。
こちらが見えていないらしく、そいつは腕を後ろになびかせ、ゼンマイを巻かれたおもちゃのように8の字を描いて走り回っている。

なるほど、見えていないはずだ。
メタナイトは、もやが掛かった廊下の向こうからわらわらと現れた一団を見て独りごちた。
つまり、あれは自分の頭が武器になっているのだ。

立ち止まった2人のファイターに目掛け、爆弾人形は一斉に自分の頭を掴み、大きく片足を振り上げる。
呆気ないほどあっさりと頭が胴体から離れ、天辺の導火線にスパークのような火花が灯る。
対するカービィもきりりと表情を引き締めて、いくつもの縦列をなす小さな人形達に狙いを定めた。

多勢に無勢と思えたが、爆発の大きさではこちらに分があった。
カービィが乱れ打った紺色の爆弾はあちらこちらで豪快に炸裂し、一気にいくつもの爆弾頭を巻き込み色とりどりの花火をまき散らした。
何しろこちらに向けられた照準は1つ。投げ損じさえしなければ、そこにいるだけで"的"は密集して飛んでくる。

頭を投げきってしまえば、爆弾人形はまったくのでくの坊になってしまうようだ。こうなればこっちのもの。
カービィが帽子の房を振り回し張り切って爆弾を投げるうち、てんでばらばらに右往左往する人形の姿はいつの間にか減っていき、
ついに薄灰色がかった煙が晴れると、廊下はまったくの無人になっていた。
かすかに残っていた爆発音のこだまも消えていき、霧の向こうにも後続の気配はない。

それを認めたカービィの顔に、ちょっと得意げな笑顔が浮かぶ。

「ぼーっとしてるなんて、らしくないよ!」

そう言って振り向いた。
ところに、

おびただしい量のボウルが転がっていた。

廊下の横幅を埋め尽くすように、びっしりとまんべんなく転がっている銀色の半球。
すでに白い光の粒にもどりつつあるものも、まだカラカラ揺れているものもある。
目をまん丸くしてそのボウルを視線で辿っていくと、その先にいたのは剣を横様に振り切ったメタナイトの後ろ姿。

その一閃を受けた球体は、反射ブレードを出しかけた格好のまま固まっていた。
一呼吸が過ぎ、薄氷を踏み割るような音がしてそいつは宙に浮かんだまま真っ二つになる。

ボウルの群れに新たな仲間を加えて、剣士がこちらを振り返る。

「お前の無鉄砲はいつも通りだな」

向けられた顔は無貌の仮面に隠されていたが、声にはどこか呆れたような、それでいてからかうような調子を含んでいた。
一瞬で様変わりした廊下を前にぽかんとしていたカービィの顔にも、やがて明るい笑顔が戻ってくる。

「えへへっ」

無邪気な笑い声を上げて、彼の横を駆け抜ける。
そしてくるっとつま先で方向転換し、置いてけぼりを食ったメタナイトに手を振った。

「じゃ、先にいってるよ~!」

返事も待たずに走り出す。廊下の彼方を見据えたその顔は、まだニコニコと笑っていた。
理由はよく分からないけど、何だかずっと浮かない顔をしていた友達がようやく本調子に戻ってくれて嬉しかったのだ。

霧の向こうに垣間見える廊下の先、一頭身の2人組が駆けていく先はあまり行かないうちに行き止まりになっていた。
彼らが背にしてきた方角と同様、何の脈絡もなく城の内部から突き出たような、あるいは外から差し込まれたような壁に廊下が遮られてしまっているのだ。
壁を目で追うと廊下の横幅をはみ出し、城の外側で大きな立方体をなしている。それらは何かしらの部屋の外壁であるようだった。
端まで行き着いた2人は時間の許す限り壁をくまなく調べてみたが、扉らしきものはどこにもついていなかった。

どこから始まることもなく、どこへ繋がることもない廊下。
それはもはや廊下と言えるのかどうかさえ怪しい、不完全な構造だった。
理解を拒み、掴もうとする手をかわし続ける超現実的空間。こんな代物を城として使う主の気が知れない。

ピンク玉の方はそびえる外壁を見上げ、少しの間迷っているようだった。
別の道を探すか、それとも壁を壊し道を作ってしまうか。しかし、その手に爆弾はついに現れなかった。
ちょっと体を傾げるような仕草をして、彼はおもむろに駆け出した。バルコニーの欄干の方へと。

あまり間を空けずに仮面の剣士も後を追う。
2人は息を揃えてひとっ飛びに欄干を飛び越え、城から横向きに突き出た無数の枝振りの中に着地する。
そのまま彼らは、次々に灰色の結晶を蹴って上へと昇っていった。

彼らはその身の軽さを存分に活用し、他の皆が取れないルートからの攻略を目指していた。
見上げた空は奥行きのない白に塗り込められている。城の頂上は、未だ見えない。

どこまでも続く階段の森。それを収めていたリンクの視界の中に、不意に斜めに光が走った。
光の矢は音を立てて目の前の段に刺さり、細かな欠片が砕けて散る。

彼は口を引き結び、さっと後ろを振り返る。
その時にはもう彼の手は弓を構え、弦をきりりと引き絞っていた。

獲物は後方、やや上にいた。
どういう仕組みか、銃を構えた4体の人形兵は裏返しになった階段に足をつけ、重力などまるで無視した格好で逆さまに直立している。

矢を放つ。視界の横でピットの放った青い矢も飛び、弧を描くようにして緑帽の銃を叩き落とした。
リンクの先手でよろめいた1体の人形兵が階段を踏み外し、途端に本来の物理法則に則って下へ落ちていく。
まだ攻撃手段を持っている残りの2体へ向けて、2人の射手は次の矢を構えた。

と、その前で動きがあった。

「応援頼む!」

そう言い残し、マリオがルイージと共に横へと駆けだしたのだ。
その方角にあったのは斜めに傾いだ階段。揃って跳び上がった兄弟の足は、吸い付けられるように新しい階段へと着地した。

驚きに目を瞬いていたピットは、少ししてこの部屋のからくりに気がつく。

「……そうか、ここでは階段の一つ一つが"地面"として働いているんだ」

地面と言い表したそれはつまり、重力のことであった。
あっという間に駆け去っていく兄弟に、感心の意を込めて視線を送っていたピットは横からこう茶化されてしまった。

「こんなとこで驚いてたら持たないぞ。理屈は後で良いからさ、今はとにかくエンゴしなきゃな!」

口端に笑みを見せてそう言ったリンクは手を休めずに矢をつがえ、放っていた。
上手い具合に相手のいる階段を狙っており、それほど引き絞っていないにも関わらず矢は重力の分布にそって緑帽の頭上へと降り注いでいく。
ピットの神弓のようにはコントロールがつかないため、それは敵を牽制する程度の目的でしかない。
しかしそれでも今は十分だった。2体の緑帽は黄色い銃を腰溜めに構えたまま、矢の雨に晒されて撃つことも叶わずおろおろしている。

その一方で、兄弟はそのまま階段のジャングルを次々と飛び移っていた。
飛び乗るたびに上下左右の感覚がひっくり返ってしまうのには2人とも苦労しているらしく、時に危なっかしく段を踏み外したりなどしている。

思いつきで駆け出したは良いが、彼らの選んだルートは人形兵のいる階段には繋がっていなかった。
一番近いところ、今2人が駆け上がっている階段でも向こうまではかなりの距離が開いている。

緑帽の横まで来たところで、兄弟は互いに目配せをした。
まずルイージがかがみ込み、3体の緑帽に向けて狙いを定める。
その背後にマリオがつき、両手を横様に構えて力を溜めていく。

息を合わせて、2人は同時に技を放った。
すなわち、ルイージはロケット頭突きを。そしてマリオはその弟の足に向けて掌底打ちを。
爆裂した炎の勢いに助けを得て、ルイージは本来ならば飛び越えられなかっただろう距離を越え、その先に群れる緑帽の小隊に飛び込んでいった。

ほぼ直列していた人形兵はこれにはひとたまりもなかった。
先頭が突き飛ばされたのに従ってボウリングのピンのごとく弾きとばされ、3体はもろとも本来従うべき重力に引かれて落ちていった。
少々勢い余ったルイージは段の上を滑り身を乗り出しかけたところで慌てて階段の角を掴み、事なきを得る。

「ふぅ~……」

帽子のつばを押し上げて直し、安堵のため息をつく。
しかし、何気なく顔を上げ横を見たところで彼の表情は驚きと恐怖で凍り付いてしまった。

「どうしたっ!」

後ろからマリオの鋭い声が飛ぶ。彼の立つ位置からは見えないのだ。
そこでルイージはありったけの勇気を振り絞り、こう伝えた。

「ま、まだ来てる……! 上から!」

彼が指す先は階上。彼のいる階段にとっては上の方角から、新たな一団がやってこようとしていた。
その先頭にいるのはあの黒染めの亡霊。白く染まった室内にいてもなお暗い影に沈んだそいつが赤い目を爛々と光らせてやってくるのだから、
それをさす指が震えていたとしても彼を笑うことはできないだろう。

此岸に立つマリオにも、やがて入り組んだ階段の向こうから兵士達の姿が見えてきた。
その中には幸いにも新型兵の姿はないが、数は20に達するくらいだろうか。
幅の広い階段を5体ずつで列をなし、足並みを揃えて威圧感もたっぷりに降りてくる。

呼べば届く距離であったが、彼にはこの空隙を飛び越えるだけの手段が無い。
それでも何とか助けに行こうと右往左往し、辺りの迷路のような階段に目を走らせるマリオに声を掛ける者があった。

「そのまま、動かないで!」

凛と響いたその声の気迫に押されてか、マリオはそちらを向いたまま立ち止まる。
いつの間にか同じルートを通ってやって来ていたピットとリンクが、こちらに向けて駆け上がってくるところだった。

その場で待つように言ったピットはそのままマリオの所まで辿り着き、有無を言わさずその両腕を後ろから抱え込むと
たった2、3歩の助走だけで、その先に広がる虚空へと飛び込んでいった。

たちまち本当の重力が戻ってきて、2人はくるりと90度ほど回転させられる。
だが、ピットはすぐにバランスを取り戻し、真っ直ぐに前を向いて自らの翼を羽ばたかせた。
その翼にはいつの間にか青い輝きが纏われている。

「助かったよ、でも重くないか?」

足が何の支えもなく宙にぶらぶらしているのは落ち着かなかったが、抱えられっぱなしになっているマリオは上に向けて声を掛ける。
飛行の邪魔にならないよう顔は上げずにわずかに傾げ、視線で見上げるだけにした。

「今は滑空しているだけです。平気ですよ」

翼を淡く光らせた天使は明るい声でそう言った。
視界の端に映った彼の顔は至って平静で、笑ってこそいなかったがその目には辛そうな様子など欠片も無かった。
良かった、と返そうとした先で、再びピットは表情を引き締めた。

「準備してください。投げ上げます」

"投げ上げる"。そう、裏返しになった階段に本来の方向から向かっていくのだから、そこに載せるには投げ上げるしかない。
ピットは翼をこすらんばかりにして階段に接近し、ルイージと人形兵の隊列の間に割り込むと、腕に抱えたマリオをできる限り上に差しのべた。
マリオの方でも片腕を放し、段の表面に手を差しのべる。

ある一定の距離を超えて接近したところで階段固有の重力が働き、彼を引き"下ろした"。
慌てずすかさず受け身を取り、マリオはすぐそこまで迫っていた亡霊の胸に炎の拳を叩き込む。
彼が無事に辿り着いたことを確認し、ピットの方は手近な階段を蹴ってターンを決め、リンクを迎えに引き返していった。

恨めしげな声を上げて亡霊人形が後退していく。
隊列が乱れ、相手の加勢に次の一手をどう打つべきか思案している様子の人形兵達を尻目に、
マリオは振り返ると、立ち上がれない様子の弟に手を差し出した。

「立てるか?」

気負わない笑顔で言ったつもりだったが、それでも後ろめたく思ったらしい。
ルイージは少し決まり悪そうに苦笑いしながらその手を取り、こう答えた。

「いくつになっても苦手でさ……ああいうのは」

「気にするなって。誰だって好きになれないものはあるさ。
そうじゃないとしたって、あれだけの敵に出くわしたら逃げたくもなるよな」

揃って兄弟が拳を構えた先、いくつもの列をなした人形兵がうっそりと蠢いていた。
身長も外見も不揃いな兵で構成された兵団。その視線とも言えないような視線がふと兄弟の頭上を飛び越える。
心を持たない兵士達が計ったように同じ行動をする様子はある種の不気味さがあった。

遅れて、背後で石に剣を突き立てるような鋭い音が立った。
背後を見ると、ちょうどリンクがピットの片腕に掴まって、階段に食い込ませたフックショットを足がかりにこちらに降りてくるところだった。

マリオの時と同様に、鎖をある程度巻き戻したところで2人は引っ張られるように新たな重力に捕らわれたが、
ピットはそれに翼を羽ばたかせて体を反転させることで対処し、両足を揃えたきれいな着地を見せた。

「どうします、突破しますか?」

リンクを降ろし、ピットはそう聞いた。すぐにでも戦えるよう弓を手にとって。
尋ねられたマリオはちょっとの間考えてからこう答えた。

「進もう。敵が出てくる向こう側には、大抵何かがあるもんだ」

「おれも賛成! さっさと片付けようぜ」

剣を持った拳を突き上げ、威勢良くそう言ったのはリンクである。

「よし、それじゃあ行くか!」

先陣を切ってマリオが駆け出し、リンクとピットもその後に続く。
ルイージはしんがりを、「僕にも聞いてくれないかなぁ」とぼやきつつ受け持っていた。

ファイター達が向かってきたのを見て、人形兵達も再び動き出した。
じりじりと後退しつつその場で隊列を変え、前列に守りを得意とする重装備の人形を置く。
兜の乗っかった小型戦車が先頭に2体横並びとなり、胴体よりも長い槍を取りだした。

「気をつけろ、飛ばしてくるぞ!」

短くリンクが警告するのと同時に、1体が槍を撃ち放った。

「おっと!」

マリオはどこからともなく黄色い布を取り出すと、闘牛士のケープよろしくひらりと打ち振るう。
風音を響かせて目の前まで来ていた槍はマントに当たった途端にくるりと引き返し、槍の持ち主へと帰っていった。
当然、手のない小型戦車が受けとめられるはずもなく、槍はそいつの装甲の上で跳ねて小気味よい音を響かせた。
キャタピラを足のようによたよたと動かし、小型戦車は兜の頭を振る。少しは堪えているらしい。

その様子を見ていた隣の小型戦車は相方とこちらを代わる代わる見て、構えた槍を撃つべきか止めるべきか迷っているようだった。
しかし戦車が結論を出すより先に、後列の人形兵からぬっと顔を出す者があった。
3体揃って出てきたその人形兵を見て、ファイター達の間でさっと緊張が高まる。

それもそのはず、文字通り隊列の中から浮かび上がってやって来たのは
今まで小隊から中隊の指揮官として見かけることが多かった、2本の長剣と長い腕、細いヒゲを蓄えたあの浮遊兜だったのだ。
緑帽などよりは数等も上等な兵士であるだろう浮遊兜がこうして複数体同時に現れるのを見れば、誰であっても否応なしに身構えるものだ。

"フォッフォッフォッフォッ……"
右、左、そして前。4人を挟み込むようにして三手に分かれたオバケ兜が独特の笑い声と共に腕をすらりと広げる。
差しのばされた手の先で、長剣の刀身が鋭い光を跳ね返す。

マリオ達はそれに対し、円弧を描くようにして並ぶと拳を、あるいは剣を構えた。

「囲まれちゃったよ」

眉を困ったように下げ、どうする、というような調子でルイージは後ろの兄に向けて言った。
さすがの兄も退却の選択肢を考えていたらしい。
上下左右に首を巡らせ、近くにあいにく飛び移れそうな階段がないことを知るとこう答える。

「まぁ今のところは4対3だ。
何か撃ってきたり投げてきたりっていうのはあるかもしれないが、狭いから他のやつは前に出てこれないだろう」

横に立つピットは油断無く双剣を構えつつ、視線だけを階上に向けて付け加えた。

「それに、相手の配置も気になります。
僕らの後ろに回り込まないということは……やっぱり、この先には何かがあるんですよ」

彼の言う通り浮遊兜など宙を浮くことができる兵員もいるのに、敵はこちらの後ろへはやってこようとしない。
上の方で待ち構えている兵士達も隊列を組んでそこに留まるだけであり、武器をこちらに向けている意図も攻撃よりは防衛にあるようであった。

「あんまり時間を掛けてもいられないんだ。来るなら来いよ」

しかめっ面になって言うリンク。彼の目には浮遊兜がやってくるのも焦れったいほど遅く映っていた。
そんな彼の方に顔を傾けて、ルイージは落ち着かせるようにこう言った。

「焦ったらだめだ、それこそ相手の思うつぼだよ」

リュカ達が辿ってきた廊下は、皆と別れた所からここまで一本道になっている。
ここから先は道なりに、上下が逆さまになったホールの中に進むしかないだろう。
具合の良いことに、ホールの壁面には至る所に各階からのバルコニーが突き出て、それが飛び石状になって続いていた。
4人のファイターはそれを足がかりにし、地図が示すところの目的地へと向かおうとしていた。

走り、跳ぶ。
足元の景色が一気に開け、薄いガラス天井一枚に隔てられた真っ白な空がぽかりと口を開ける。
進むたびにどんどん高さを増していくその光景からなるべく意識を逸らし、リュカは先へ、と念じた。
見えない力がふわりと体を包み、落ちかけていた彼をさらに上へと押し上げる。

伸ばされた手は、しっかりとバルコニーの角を掴んだ。
慣れない最初のうちこそ距離が届かず慌ててPKサンダーを使うこともあったが、数回も繰り返すうちにコツが飲み込めてきた。
若いのもあながち悪いことではない。

先に辿り着いていたフォックスがリュカのもう片方の手を引き上げ、登るのを手伝ってくれた。

「よく頑張ったな。後は普通に歩いて行けるぞ」

そう言って彼は壁側の方角を顎で指し示した。リュカも息を整えつつそちらを見る。
2人が立っているのはひっくり返ったホールの2階部分であったが、そこから上の壁はぽっかりと削り取られるように無くなっていた。
出入口というには不格好な上に広すぎる。おそらく研究所のありとあらゆる部屋がまぜこぜになったあおりを受けて、
本来壁で隔てられるべき室内同士が不自然にくっついてしまったのだろう。

膝丈ほどの敷居を跨いだその先には唐突に、それでいてどこか見慣れた景色が広がっていた。
打ち棄てられた机の列。天井から垂れ下がり、今にも落ちてきそうな照明器具。床に散らばる瓦礫と紙くず。
明かりもついておらず、ホール側からの弱々しい自然光に照らされた場所では塵が静かに舞っている。
それはあの水没した研究都市を巡っていた時に何度となく見た光景だった。

もしかしたらこの部屋のどこかに、"コンピュータ"という重要なものが置かれているのだろうか。
少し考えて、リュカはその考えを打ち消す。まだ城に踏み込んで数時間しか経っていない。
城にいる全ての人形に命令するような装置を、そんなに簡単にたどり着けるような場所には置いているはずもないだろう。

リュカは傍らに立つ狐顔のファイターを見上げて聞いた。

「その、僕達が探している場所まではどのくらい掛かりそうですか?」

「そうだな……道順はこんなところだが」

手早く服に付けていたバッジを取ると、彼は側面のスイッチを押した。
表側のどこかについたレンズが光を発し、2人の立つ足元に蛍光グリーンの平面地図を映し出す。
浮遊城を真上から見た、ほぼ円形の図。目的地を示す丸印は城の中央付近にあり、自分たちの現在地を示す矢印はまだ円の外側にやっと食い込んだあたり。

「予想が合っていれば、HVC-GYSは城の中央付近。高さでいえば今俺達のいる所とそう変わらない位置にある。
だが、そこまですんなり行けるかどうかは状況次第だな。
兵員の配置に各種の罠。こればかりは事前のシミュレーションでも分からない」

足元の地図には自分たちの印以外にも、一回り小さく表示された矢印がいくつもあった。
みんなの持つバッジから発信された位置情報が城の外に停泊しているマザーシップに送られ、まとめられて再びそれぞれのバッジに戻ってきているのだ。
矢印の様子を見ると、今はまだ3つのグループに分かれる程度で収まっていることが分かる。

知らず知らず、戦闘不能を示す赤矢印が無いことを確かめていたリュカはそこで意識を引き戻される。後ろで電気のはぜる音がしたのだ。
やがてピーチを片腕に掴まらせたサムスがバルコニーの縁から顔をのぞかせ、フォックスはバッジを付け直すと2人に手を貸しに行った。

1人残されたリュカは、ふと背後を振り返った。

虫の知らせ。音とは異なるが、それでも音として感じられる気配が彼の心の表面を引っかいたのだ。
しかし、そこにあるのは先ほどの机ばかりの寂れた大部屋。特に変わった様子もなく、動くものと言っても淡い光に照らされた塵ばかり。

それでも、その先を見つめるリュカは眉間にわずかにしわを寄せた。
我知らず両手を握りしめて一歩、後ずさる。

数秒遅れて、地鳴りのような音が低く、辺りに響き渡った。

やがて見つめる先で暗闇の中に、灰色の煙がたなびくようにして上がっていった。
リュカはその光景を身じろぎもせずに見ていたが、頭の中の冷静な部分はこう言っていた。

――大丈夫だ。さっきの音は遠かったし、煙の上がる速さもそんなに速くない。
 きっと廊下か何かを伝ってここまで届いただけなんだ。

「なんだ、敵襲か?」

背後でフォックスが張り詰めた調子の声で短く言った。しかしそれは誰に問うわけでもなかったらしく、
彼はそのままリュカの横を駆け抜けると壁際に背を預け、壁の端から向こう側の様子をうかがった。その右手にはブラスターが握られている。

サムスの横でピーチは少し背伸びをするようにして、壁に開いた洞穴の向こう側、暗がりの中を眺めていた。
そんな彼女がふと何かに気づいたようにはっと息をのみ、前方を指さした。

「見て! 影が」

彼女が小声でそう言ったのも当然のことだった。
ゆらゆらと立ち上る煙の向こう側、重々しく車輪の音を響かせて横切っていったのは巨大な双頭。
それを認めるが早いか、サムスは何も言わずにピーチとリュカの背を片手で押し、壁の方へと隠れさせた。

4人は並んで壁に背をつけて立ち、そのまま息を殺して背後で音が遠ざかるのを待った。

双頭の戦車、デュオン。
昨晩、浮遊城外縁部での攻防で指揮を執っていたその姿は記憶に新しい。
彼らは主を守るためにこちらを追いかけてやって来たのだろうが、それにしては妙な点があった。

先ほどの爆発音はおそらく、城の外側から侵入するためにデュオンかその配下が壁を撃ち破った時のものだろう。
守るべき城に傷を付けてまで入城するというのは不可解だった。まさか、彼らほどの指揮官が決戦を前にして閉め出されるわけもあるまい。

しかし、と、4人は互いに顔を見合わせる。どうやら皆思うところは同じだったようだ。
そのまさかがあり得るのがエインシャントだ。

彼にはすでに"新型兵"という強力な対ファイター兵器があり、そして今まで捕まえてきたファイターのフィギュアもすでに手元にある。
あれだけの忠信を見せたガレオムを捨て駒のごとく扱ったエインシャントからすれば、
デュオンもまた同様に、彼の目にはもはや時代遅れで役立たずな兵器としてしか映っていないのかもしれない。

幸いにも、彼らは煙の向こう側にいるこちらには気がついていないようだった。
デュオンは例によって人形兵の大軍を引き連れているらしく、整然として威圧的な軍靴の音が部屋を越えてこちら側のホールにまで淡く反響していた。
神経をざわつかせるその音はなかなか止もうとしなかったが、少なくともこちらに向けて近づいてくる様子はない。

また先ほど、彼方の通路を通り過ぎていったデュオンの影が頭部だけであったことから
彼らの行く道はおそらく、ここよりも一階層下ったところにあると予想できる。
彼らからすれば、あの部屋の穴は天井付近に開いた壁の崩落としか見えないはずだ。

4人の必死の思いが通じたか、やがて人形兵の行軍は遠ざかっていった。
それでも十分に間を空けて、貴重な数分間を削って、安全を確認するとサムスは自分のバッジを手に取った。

「――全員に告ぐ。デュオンが浮遊城北西の外部から侵入した。各自、送信した座標を確認せよ。
デュオンは昨夜の防衛戦で動員された兵を、おそらくはその全体を率いている。
彼らは城の中心部へと向かっているようだ。皆、これまでより一層警戒して進むように」

伝言が入ったことを示し、リンクの胸に付けたバッジが淡く瞬く。
しかし、彼がそちらに注意を向ける暇は無かった。今は全神経を目の前に集中させなければならなかった。

猫目がキッと細められ、次の瞬間には彼の姿はかき消える。
浮遊兜の振り下ろした二振りの長剣は勢い余って階段に打ちつけられ、乾いた音を立ててはね返された。
そいつは相手を探すような調子で、表情の固定された顔を左右に振る。

"……"

素早く、長剣が突きの構えに変じた。
そこにいるのは、段に足をかけ片手に爆弾を持ったリンク。
側方への緊急回避で浮遊兜の振り下ろしを避け、急いで反撃に移ろうとしていた。

今にも爆弾を投げようとしていたリンクに、ふと一瞬の迷いが生じる。
少し遅かったのだ。このまま投げても相手はそれを剣で突き返すつもりだ。そうなれば相手に大した傷は負わせられないだろう。
さすがに他の仲間が同じ手でやられるのを見ていれば、頭の空っぽな人形兵でも学習するらしい。

その迷いを押し切るように、背後から声が掛けられた。

「そのまま投げて!」

同時に青い矢が飛び、浮遊兜の長剣が音を立てて明後日の方向へと弾きとばされる。あおりを受けて兜も階段から後退していく。
好機を逃すまいと、リンクはすぐさま爆弾を投げ放った。

視界の向こうで、浮遊兜がとっさに無事な方の長剣を顔の前に持ってくるのが見えた。
が、くぐもった音と共にその姿も爆炎の中に消える。暖色の煙が渦を巻いて上がっていく中に、真下から飛び込んでいく者があった。

"上"に落ちながらもマリオは身をひねって拳を振りかぶり、狙いを定めた。
直撃からまだ立ち直っていない浮遊兜目掛けて、思い切りパンチを浴びせる。
勢いよく弾きとばされた上級兵は彼方の階段にその身を打ちつけ、ついに光の塵に還っていった。

そのまま落下ならぬ"落上"していくかに見えたマリオは宙を蹴り、手近な階段に危なげなく着地する。
こちらも上と下が錯綜する場所での戦い方を着実に学んでいるのだ。

「ピット君、盾を借りるよ!」

向こうの方からルイージの声が掛かった。
先ほど1人で浮遊兜をおびき寄せ階段を飛び移っていった彼だったが、首尾良く片付いたらしい。
こちらに手を振って見せ、そして腰を低くして気合いを溜めはじめた彼の様子を見て、ピットは「借りる」と言った彼の言葉を理解した。

ルイージの描くだろう弾道を頭の中で見積もり、それからこちら側にいる人形兵の正確な場所を再確認する。

心を決め盾を構えた彼の手が、一瞬遅れて衝撃を感じた。
そして、見つめる向こうで事象素の雪が舞い上がるのを見た。

「助かったよ」

階上で、ルイージがこちらに片手を上げていた。

「こちらこそ、ありがとうございます!」

そう返して、ピットは階段を駆け上っていく。リンクもその後に続いた。
先ほどの突撃で人形兵の隊列が真っ二つに分かれ、上へ通じる道が開けたのだ。
しかも残された兵は腰を抜かしていたり武器を取り落としていたりと、まだ態勢が整っていない。

目的は敵を全滅させることではない。隊列が崩れた隙にここを突破し、こちらが消耗する前にできる限り先へと進むのが賢明というものだ。

慌てた兵が槍を振るったり、斬り掛かってこようとするのを最低限の動きでかわし、2人は一気に階段を駆け上がっていった。
兵士達の横を通り過ぎたところで、上からマリオも合流してきた。
くるりと一回転して着地したマリオは、ふらつく様子もなくそのまま2人に歩調を合わせて走り始めた。

やがてルイージのいるところまで辿り着き、4人はまた最初のように一丸となって先へと進んでいく。

「やぁ、しかし上手かったぞ。
ずいぶん慣れた様子だったけど、どこかでやったことあったのか?」

そう言ってマリオは横からピットの背中をぽんと叩いた。
ピットは背中を叩かれるまで、まさかその言葉が自分に掛けられたものとは思っていなかったらしい。
驚いたように背筋を真っ直ぐにし、目を瞬いて隣のベテランファイターを見た。

「えっ、僕が、ですか? いったい何を?」

動揺のあまり質問が質問の体をなしていなかったが、意味は十分伝わっていた。

「ほら、他の人の援護さ。言われてすぐ理解するだけじゃなく、見てて必要だなと思ったところにも手を貸す。
『スマブラ』に帰るのがますます待ち遠しくなるなぁ。君が一体どういう試合を見せてくれるのか楽しみだよ」

手放しで褒めてくる彼は実に嬉しそうだった。良いファイターが加わったことをまるで我がことのように喜んでいるのだ。
恐縮しどう返そうか迷いつつも、ピットは目の前の人物が他の百戦錬磨の古参から"ミスター・ニンテンドー"と呼ばれている理由が掴めたように思っていた。

「楽しみ、ですか。
あんまり今から期待されるとどうしたら良いか……」

困ったように笑いながら、結局彼はそう答えた。
そういえば以前、亜空間爆弾の工場を攻略していたときも別の人物から同じことを言われたなと思いながら。
それからピットはマリオの最初の質問を思い出し、こう続ける。

「特別何かをしてたわけじゃないです。
エンジェランドではたいてい、親衛隊のイカロス達と見回りをしていたり、パルテナ様のお使いを任されたり」

"そしてその無茶ぶりにつきあったり"というところまでは、女神様の名誉にかけて言わずにおいた。

「じゃあ天性ってわけだな。きっと君は他の人の気を読むのが上手いんだ」

「まぁ、よく気の付くほうだとは言われますが……」

ピットばかりが褒められているのがちょっと不満だったらしい。
後ろからリンクがからかうようにこう言った。

「手助けするのも大事だけどさ。
他の分まであれこれ考えて気ぃ使うとまたぶっ倒れちゃうぞ」

それはただ単にいじわるで言ったのではなく、
今はもう遠い昔のことのように思える墓標の街での一件、過労でピットが熱を出してしまったことを指していた。
あの時の記憶は高熱のために霞んでいるが、リンクを始めとする仲間が自分のために立ち止まり、貴重な時間を割いてまで介抱してくれたことは覚えている。

「うん、気をつけるよ。ありがとう」

本心から感謝を込めてそう答えたが、これはリンクにとってちょっと肩すかしだったようだ。

プロロ島の子供達には年の上下に関わらず口の立つ者こそ偉いというような、実に漁師町らしい空気があったのだが
今のように素直に認めて返されてしまうことなど一度も無かった。リンクは言葉の継ぎ方に困り、目をぱちくりさせた。
それから視線を宙に彷徨わせて、彼は話題を変えることに決めた。

「あれ? ちょっと待てよ。
おれ達が初めに登ってた階段はこれと逆向きだったろ。
……ってことは、おれ達は下に向かってるのか?」

「ま、そういうことになるな。
でも最初のうちにずいぶん登ってあるし、その貯金からすれば大した違いにはならないはずだ」

楽天的にそう見積もったのはもちろんマリオである。

「そら、もう出口が見えてきた」

その声に、他の3人は行く先を見上げた。
ツタのごとく絡み合った階段はいつの間にか終わりを迎え、どこにもないように思えた平らな壁と四角な出口とが近づきつつあった。
出口の向こう側はこちらよりも暗く、その先を見通すことはできない。
それでも、天も地もごちゃ混ぜになってしまうこの訳の分からない空間が終わると思えば、一線を画すその暗さも有り難いものに思えた。

『エインシャント様! なぜ応えてくださらないのです』『我等の声が聞こえないのですか!』

暗闇の中、黄色く光る暴君の双眸。
半眼に細められたそれは獲物を見据える猛禽のごとく、冷然として動かない。

『すでに奴らはこの城に侵入し』『刻一刻と、あなた様の元へ迫っているのです!』

凍てつく寒さ。
静まりかえった部屋の中、双頭の重臣の嘆願が聞こえているのはエインシャントただ1人。

『我等にも情報を、監視網のデータを!』『城の兵だけでは足りませぬ。どうか防衛戦の指揮権を我々に……!』

地対空戦車の砲身をその腹に受けても動揺一つ見せなかったデュオン。その彼らが、今や焦燥も露わに呼びかけていた。
人に右脳と左脳のあるごとく、わずかに異なる2つの集積回路を連絡することでエラーや揺らぎを軽減させる。
そういった設計、プログラムにも限界があったのだろうか。

しかし、エインシャントは微動だにしない。
彼の視界にあるのはただ一つ。目の前に据えられた、巨大な六角形のゲートのみ。

鈍く光を放つ、飾り気のない銀色のオブジェ。
一見ただの前衛的な彫刻としか見えないが、それはエインシャントが研究所を城へと改変する過程で手を付けずにおいた数少ない設備の一つだった。
その重要性を誇張するかのように、ゲートは小高い舞台の上に備え付けられていた。
舞台からは裾野のごとく幅の広い階段が三方に広がり、その様は王の住まう謁見の間、玉座へと続く長い階段を思わせる。

椅子を必要としない彼にとっては、実にこの門こそが玉座であった。
万物を掌握した王者の象徴であり、また同時に消えることのない復讐のシンボルでもあった。
どこにも繋がることのない門を前に、今までこの部屋でエインシャントは全てを計画し、着実に駒を揃えてきた。
だが、その計画も終章まで至った。ついにゲートを開くときが、奴らの上に鉄槌を振り下ろすときが来たのだ。

今はただ虚ろなリングでしかない門を見つめ、ほとんど睨みつけるようにしていたエインシャント。
不意に布をこするような音が立ちこめはじめたかと思うと、彼の後ろにわだかまる闇の奥からケーブルの群れが姿を現す。
それらは束になってヘビのようにくねりながら玉座に続く階段を這い上がり、
四方からゲートを固定する台座に迫り、やがてそれも足りなくなるとゲートそのものに絡みつき、固着しはじめた。

たちまち元の洗練された幾何学的なシルエットを失い、不快でどこか生き物じみた姿になっていくゲート。
室内にハム音が高まっていき、ケーブルが絡んだそこかしこから電流が迸る。
そこだけは六角形に空けられたゲートの中空を見据え、エインシャントは解錠の兆しを、わずかな空間の揺らぎを眺めていた。

用済みになった時空間を解体して得られたエネルギーが少しずつ、着実にゲートへと蓄えられていく。
ファイター達を引き込んだときのように、あらかじめ作られている通路に"落とし穴"を掘るのとは訳が違う。
彼がこれから行おうとしているのは、通路そのものの生成。虚無を貫いて道を作り、此処と彼処をしっかりと繋げる。
その一連の作業に必要となるエネルギーはあまりにも膨大であった。

――人間どもめ。余計なことをしてくれたばかりに。

ふと過去の記憶を思い起こし、エインシャントは忌々しげに目を細める。

その苛立ちを、先ほどからずっと続いていたが敢えて無視していた請願、デュオンの必死なまでの呼び声が逆なでした。

『我等が主! せめて、せめて"駒"の保管場所をお教えください』『あれはあなた様の計画の要。奴らに奪われてはなりませぬ』
『このままでは、主の長きにわたる苦難の日々も』『着実に積み重ねてきた労苦も全て、灰燼に帰してしまいます』
『お応えください、エインシャント様……!』

「役立たずの分際で、何を言うか!」

発した第一声は、謁見の間を振るわす怒りに満ちた叱責であった。

エインシャントは緑衣をなびかせ振り返ると、気圧され黙してしまった重臣に――そこにはいない重臣の幻に向けて言い放った。

「第一、お前達が愚かな過ちなどしなければこんなことにはならなかったのだ。
お前達はファイターの能力を見誤り、そして己に与えられた力と兵力を過信しすぎた。その結果がこれだ!
包囲はことごとく破られ、追跡も後手に回り、奴らにつけいる隙まで与えて……今度は何をしでかそうと言うのだ?」

矢のように鋭く、炎のように苛烈な言葉。それが階下に広がる闇の中に消え、やがて平身低頭するような嘆願の声が返ってきた。

『……今一度、我等に機会を』『挽回の余地をお与えください』

「機会だと? お前達に何ができる。
お前達に任せられる責務などない。もはや全ては来たるべき終局へと近づいているのだ」

鼻で笑うように言った主の言葉に疑念を感じたか、デュオンが口ごもる気配があった。

『終局……もしや、断絶の間に見つけられたのですか?』『"駒"を完全なる支配に置く方法を、ついに』

これを聞き、かすかに苛立ったようにエインシャントは目を細めた。
しかし声には露ほども示さず、彼はさらにこう続ける。階下から目を背け、冷酷にあしらうように。

「重要な施設には全て新型兵を配置してある。ファイターどもが束で掛かっても倒しきれぬ量を。
そればかりではない。今回は奴らのために特別にあつらえた"ステージ"もあるのだ。
奴らはすでにこちらのレールに乗った。全ては私のコントロールの下にあり、来たるべき終末に向けて着実に進んでいる。
お前達が出るまでもなく、奴らはまもなく同類共の列に加わるだろうよ。もちろん、"駒"としてな」

無辺の暗闇に哄笑が響き渡る。
もはや"頭脳"として作られた意味さえも顧みられなくなった被造物はその嘲笑を自分に向けられたものとして受けとめ、
そして、沈痛な声でこう言った。

『では我等が主よ、せめてこれだけはお許しください』『我々が独自に、リムの兵員を率いてあなた様をお守りすることを』

「勝手にするが良い」

どうせ期待はしていない。
エインシャントの突き放したような口調は明らかに、言外にそう言っているようなものだった。
彼が顔を背けた向こう側で、デュオンの声はふつりと途切れた。

冷たく暗い、打ち棄てられた王の間。何者をも寄せ付けず広いばかりの空間に立ち、ゲートを睨みつけるエインシャント。
何か逆転の勝算があるのか、それとも妄執が彼を狂わせてしまったのか。

彼の瞳は傲慢にして危うげな光を放っていた。勝利を確信して疑わず、目的のためなら手段を問わない狂王の輝きを。

Next Track ... #45『Warrior』

最終更新:2016-10-10

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気まぐれ流れ星

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