気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track45『Warrior』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。

現在、偶然が積み重なり運良く助かった者を除くと、20数人ものファイターが謎の存在エインシャントに捕らえられている。
数々の妨害に遭いながらも結集し、ついに世界の中心に辿り着いたファイター達は上空に浮かぶ城を見いだす。
地上に広がる都市跡での調査により、浮遊城が地上側にある施設によって浮力を保っていることを突きとめるが、
ガレオムの命を賭けた妨害によって城を遠隔で墜落させる作戦は潰えてしまった。

一から立て直し、まずは第一の関門、デュオン率いる対空防衛線を突破したファイター達に、
エインシャントは姿を見せずに城から橋を架けてみせる。
一見不可解なこの行動はしかし、ファイターの侵入経路を一つに絞り、こちらの思う道筋へと導くためのものであった。
この行動を訝しみつつも入城したファイター達は、最終決戦を目前にして敢えて分隊行動に打って出る。
限られた時間、そして前人未踏の本拠地。少しでも早く敵の要を見つけ出し、それを撃ち砕くために。


  Open Door! Track45 『Warrior』


Tuning

ウォー・マシン

自らの領土を削ってまで、エインシャントが事象素を城の周囲にかき集めはじめた理由とは何か。
すぐそこまで迫ったファイター達を返り討ちにすべく、新型兵を量産する。ここまでならば簡単に想像もつく。
しかし、都市のデータベースからかつてここで研究されていた物事を知ったサムスにはもう一つの理由も見えていた。

それは、『スマッシュブラザーズ』の世界へと繋がるワームホールの作成。

フォックスの証言から、エインシャントの目的が少なくとも『スマブラ』の破壊にあることが分かってきた。
デュオンはその理由を"永遠に叶わない夢を無節操にまき散らす彼の世界を壊すことで、全ての世界に本当の均衡をもたらすため"と語ったそうだが、
それも本当かどうか怪しいものだ。仮にデュオンがそう言い聞かされているのだとしても、エインシャントの狙いがそのような高尚なものだとは思えない。
第一、命ある者さえも道具と同列に扱うような存在が、他者が暮らす世界の平和など望むだろうか?

真の理由は未だに見えないが、
ともかくエインシャントは『スマブラ』に向けて扉を開け放ち、自らの息が掛かった"駒"を差し向けようとしている。
何故か。もちろん、マスターハンドとクレイジーハンドを完全に消し去るためにだ。

昨夜の最後の会議でそれを提言した時、仲間の返した反応は様々だった。
耳を疑い動揺を露わにする者、予想は付いていたのか黙って頷く者、意味を掴みきれず困惑する者。
彼らにサムスはこう説明した。

「どんな構造体にも脆弱な部分があるように、時空連続体、つまりは"世界"と言い習わされるものにも要と言うべき部分がある。
それが『スマッシュブラザーズ』ではあの巨大な手袋の姿をした管理者、マスターハンドとクレイジーハンドなのだ」

時空の要が具体的に形をとってそこらを浮遊しているなど下手な空想小説にも出てこない話だが、あの世界ではそれが紛れもない現実だった。
マスターハンドが建物を造り、自然物を創り、余分な構造や不要になった場所はクレイジーハンドが壊す。
その剪定作業は空間に留まらず、創設の時から今に至るまで連綿と続く時間にまで及んでいる。

『スマッシュブラザーズ』は、百を超える世界と連結されたひどく特殊な時空間である。
常に外部からの影響を受け、また自らも外へと広がっていこうとする、いわば生き物のような構造体。
あの両手が絶えず時空の形を整えることで恒常性が保たれ、混沌に飲み込まれることなく存続していられるのだ。

したがって、管理者たる彼らを殺せばあの世界は終焉を迎える。
手入れを失った観葉植物が野放図に伸びた挙げ句、やがて枯死していくように。

では、なぜ自らの兵士でそれをやらなかったのか。
エネルギーさえ集めればいつでも門を開くことができたはずなのに。
今のところ、誰もその答えを見つけることができていない。だが、彼がファイターでなければだめだと思っていることは確実だった。

マスターハンドとクレイジーハンドが数々の世界を見て回り、その度胸なり個性なりを気に入り、声を掛けた戦士達。
そんな彼らを操って乗り込ませ、招待主を手に掛けさせようというのだから、エインシャントが抱える執念は余程深い根を持っているのだろう。

「彼の目論みを止める方法はいくつかあるが、設備の破壊もその一つだ。
各種防衛装置、通信設備、統合情報システム。今までの事例から、エインシャントが施設の管理をそれら物質的な設備に頼っていることは明らかだ。
私は手元にあるデータに従って浮遊城内を探索し、各種の施設を壊していくことで後方支援に当たろうと思う。
破壊目標にはワームホール生成装置も入っている。それを壊すことができれば彼の計画は大幅に後退し、ファイターの悪用も未然に防げる」

これを聞き、サムスに同行すると決めた仲間は3人いた。
それが今共に歩き、探索を続けているリュカ、フォックス、そしてピーチだ。

自らが持つ感応能力を人形兵の"頭脳"、HVC-GYSの発見に役立てると手を上げたリュカ、
援護射撃はもちろん、メカニックの知識が入り用になったら手伝おうとフォックス。
以前は直々にエインシャントに会い、説得をすると言っていたピーチはこう言ってこちらに加わった。

「マスターさんにクレイジーさん。私はあの2人にずいぶんお世話になったわ。
エインシャントを止めに行くのも大切なことだけど、もしその前に門を開かれてしまったら私達の努力も無駄になってしまうものね。
今ここにはいない人も含めて、みんなが『スマブラ』に行くためにも私は自分にできることをするわ。
2人がくれた"ファイター"としての資格、使うならこうでなくちゃ」

「頼もしいお姫様だ」

冗談めかして、それでいて尊敬の念も込めてフォックスはそう評していた。

その3人と、今は車座になって待機している。
あちこちの梁が折れ、崩れ落ちた瓦礫と壊れたデスクが散乱する埃っぽい部屋。
そんな場所で彼らが待つのは、デュオンがもたらした警備兵の急激な増量、その波をやり過ごすためだった。

階層の違いこそあれ、重要な設備はおおよそが城の中心部に集中している。
そしてそれはデュオンも了解しているらしく、遠ざかる進軍の音は城の中央へと向かっていた。
先回りしようにも城内の地理については向こうの方に圧倒的な利があり、かといって波が完全に過ぎ去るまでは待っていられない。
デュオンの性格からして、彼ら自身は本隊を率いてエインシャントの元に向かいつつも、
その途上でいくつかの部隊を小分けにして重要施設に置いていくことだろう。その部隊が情況を掌握し、警備態勢を敷いてからでは遅いのだ。

刻一刻と、時間は容赦なく過ぎていく。
この状況で待機を強いられるのは辛かったが、逆に考えればこれは腰を落ち着けて流れを見通し、互いに計画を再確認する貴重な機会でもあった。

埃と暗がりが支配する、がらんどうの広い部屋。
4人は壁際にめいめい座る場所を見つけて足を休め、サムスの持つ通信機が床に映し出す地図のホログラムをじっと見つめていた。

「つまり、もう分かれなくてはいけないのね」

確認するようにピーチが聞く。
提案した本人であるサムスは一つ頷き、平時と変わらぬ冷静な声でこう答えた。

「もともとデュオンの登場は予想していたが、壁を爆破したことと言い、どうも不審な部分が多い。
あのようにして一気に兵を連れて来られては悠長に施設を一つ一つ潰していく余裕もなくなってしまうだろう。
相手は要となる設備がどこにあるのかを知っている。デュオンはあの兵員をもって、その警備をさらに強化するつもりだ」

腹心でさえあれほど強引な手段を取らざるを得なかった理由。
それは、ここまで緑衣の暴君を追いかけてきたファイター達にとってはほとんど自明の理であった。

「自らを信じて疑わず、手元の他がおろそかになってしまっている主君の補佐か……」

腕を組み、床上で緑色に浮かび上がる幻に目を落としてフォックスは呟いた。

「でも……」

その隣から、控えめに発言したのはリュカである。
横倒しになったロッカーらしき金属の箱に座っている彼は、そこからサムスに尋ねた。

「2人だけで大丈夫なんですか?
その……エインシャントが元々置いている人形の他に、これでさらに増えちゃうんですよね」

フォックスも加えてこう言った。

「そうだ。戦闘の回避が鉄則とはいえ、逃げられない場面も当然出てくるだろう。とりわけ、中心部に近い施設ほどな。
分かれることには反対しないが、すぐに応援に駆けつけられるようお互いあまり離れないようにするとか、
何かしらの連携は執っておけるようにしておくべきだ」

2人が4人になったところで、新型兵の集団の前では全く歯が立たないかもしれない。
だが人数を増やし、攻撃の的を分散させれば少しでも生存確率を上げることができるはずだ。もちろん、4人全員が生還できるとは限らないが。

サムスは、譲歩しつつもこう答えた。

「できる限りはな。
私は設備の破壊を優先したい。手分けして各所を回り、勝算のありそうなターゲットを少しでも多く見つけて落とす。
危険を感じれば後回しにしても良い。深入りをしなければ罠に掛かることも、兵士に囲まれることも無いだろう」

フォックスはそんな彼女をしばし、腕組みしたまま見定めるようにじっと見つめていた。
やがて自分の中で理解し妥協を付けたらしく、彼は黙って頷く。
異なる習慣から来る、思考の違い。その違いは些細かもしれないが、無視すべきものでもなかった。

残る1人は自分なりのやり方で、実におおらかに物事を捉えていた。
ピーチは両者の意見を取り合わせ、微笑みと共にこう言った。

「じゃあ、お互い無理せず行きましょうね。
フォックス、道案内はあなたに任せるわ」

この組分けはほぼ初めから決まっていたようなものだった。
グラップリングビームやキッククライムなど、あらゆる探索技術を持ち合わせているサムスに対し
ピーチはドレスにハイヒールと、格好からしても明らかについていくには不利であった。
加えて、彼女は一応のファイター経験はあるものの、故郷では体を動かすと言ってもスポーツ程度で自ら戦うような機会などほとんどない。
万全を期して、初代からのメンバーであり白兵戦の経験もあるフォックスと組むことになったというわけだ。

エスコートを任されたフォックスは、表情をきりっと引き締めて頷いた。

「ああ、分かった。今のうちに最善のルートを考えておく」

と、そこで何か思い出したことがあったらしい。彼はもう1組のリーダーとなるだろう人物にこう尋ねかけた。

「ところでサムス。壊す"あて"はあるのか?
もしなんだったら、スマートボムをいくつか貸そうか」

そう言って彼は、腰部ベルトに引っ掛けていた円盤のようなものを差し出した。
赤い縁取りがなされ、中央に文字の"B"らしきデザインが黒地で描かれたフリスビー大の物体。
それは今朝、自分の役割を選んだ彼が出発前にアーウィンから持ちだしてきた高エネルギー爆弾であった。
見た目の小ささに反し、このスマートボムは戦艦を墜とすためにも使われるほどの威力を持っている。

しかし、これを前にしてサムスは首を横に振った。

「大丈夫だ。乱闘では使用できないことになっているが、こちらにも強力な武器はある」

平静な声で告げられた、途方もなく剛胆な答え。
フォックスはボムを差し出したまま、面食らったように目を瞬いていた。

「なーるほどな。これなら人形達が守ってた理由も分かるよ」

物陰から"ターミナル"の様子をうかがい、マリオは声をいつもよりはひそめてようやくそう言った。
近くに集まり、同じ方角を見ている3人から返事は返ってこない。誰も彼も、視線の先にあるものに気を取られていた。完全に呑まれていた。

青緑色の光が立ち上る円形の泉。薄暗い濃灰色で統一された部屋の、唯一にして最大の光源。
見ている間にも泉からは途切れることなく人形兵が湧き出てきて整然と列をなすと、壁際にぐるりと並ぶ円形の昇降装置に乗り込んでいく。
兵隊を4、5人ずつ載せた円盤は泉と同じネオンブルーの光を帯びて浮かび上がり、あるいは沈んでいき、それぞれの目的地へと向かっていく。
つまりここは兵士を城の各所に輸送する、心臓部とも言える場所なのだ。

だからといって血管を模したわけでもないだろうが、つややかな円筒形の壁と床には継ぎ目があり、
その鋭角的なラインが青色に光ってあちこちで合流し、枝分かれし、床から天井までを装飾していた。
黒に近い灰色に、氷のような青。金属的な光沢を持つ壁が、触れなくとも冷気を放っているように思えた。

ターミナルを行進していく軍隊の列を食い入るように眺めていたリンクは、そこで眉をしかめて目をこする。
人工光とはほど遠い世界に暮らす彼にはこのネオンあふれる光景は負担が大きすぎたらしい。
まだ目をしょぼつかせながら柱の陰に戻り、彼はこう言った。

「なぁ。あの真ん中の光、人形を作ってるとこだと思うか?
もしそうだったら、ついでに壊してっちゃっても良いんじゃないか」

これにルイージが腕を組み、難しい顔をする。

「そういうのはサムス達に任せた方が良いと思うけど……」

考えつつそう言った先で、一番前に出て辺りの様子を見物していたマリオが戻ってくる。

「見つけたなら、ちょっとでも良いから調べていこう。で、危ないものっぽかったら壊す。
確かに俺達は目的ごとに手分けしてるけど、リンクの言ったように"ついで"程度なら別の仕事しても良いだろうさ」

「連携には柔軟さも必要、ということですね。
僕も賛成です。他の方がここにたどり着けるとは限りませんし、今のうちに僕らで調べておきましょう」

真面目に、張り切って応えたのはピットである。彼は気の早いことにもう神弓を構えていた。
今すぐにでも出ていこうとする3人を抑えるように、ルイージは当然の疑問を投げかける。

「でも、どうやって?
見たところあの真ん中の装置、どこか遠くから動かしてるみたいだし、そもそもどうやって見つからずに近づくの?」

そう言われて、3人は再び柱の陰から顔をのぞかせた。

ターミナルは泉を中心として、ほぼ円形に作られている。
壁面には昇降装置と柱とが交互に並んでおり、ここから見える範囲では4人の来た道の他にも同じような出入口が等間隔で3つほど開いているようであった。

人形兵の流れは泉から昇降装置への一方向と、警備のためか部屋を黙々と巡回している一団に分かれている。
ほとんどは今までの旅ですっかり見飽きてしまった普通の人形兵であったが、そこに混じって全身が金属で出来たような新型兵の姿も見える。
彼らは集団を作って動いている一般兵をよそに、青白い光に体の鎧を冷たくきらめかせて堂々と闊歩していた。

普通の兵にも、そして新型の兵にも。今のところは見つかっていないようだった。
今しているように、このまま息をひそめて柱の陰にいればあちら側の薄暗さで気づかれることもないだろう。
しかし、ここから光の泉へは遮蔽物になりそうなものはおろか、塵一つ落ちていない。
百を超える目をくぐり抜けて、部屋の真ん中へ行く方法はあるのだろうか。

良い考えが思い浮かばずすっかり黙ってしまった他の3人を振り仰ぐと、リンクはいたずらっぽい笑顔を向けた。

「人形の目を盗むのは難しいかもな。でも、ようは捕まらずにすめば良いんだろ?」

新型兵は青一色のボディを輝かせ、悠然と歩いていた。
くびれのあるデザインは元にされたファイターが女性であることを暗示していたが、
その美しさを特徴付けるはずの顔にはぽかりと大穴が開き、狐火のような白い光だけが灯っている。
今のそれは、金属板で構成された甲冑。着る者もなくそれ自体がまがい物の命を吹き込まれて動いている。

他の人形兵が銃や剣などを持ち、物々しく足並みを揃えて出かけていくのに対し、
新型兵は武器らしきものなど一切持たずまったくの手ぶらで、周りの兵士の流れとは関わらずに進んでいく。

と、昇降機へ向かいかけていたその足が、止まる。

周囲でざわめきが起こっていた。言葉にならない一般兵の呟きがわき起こり、高まりながらこちらに近づいてくる。
敵襲。風を巻き起こしながら何かが、何者かが接近してくる。
辺りの暗さに紛れて正体を掴むことはできないが、周りの兵士達は音を頼りにそれを追いかけているようだった。

新型兵は動かず、それが近づくのを待った。

撃鉄の起こる如く、その手が跳ね上がった。
虚空に向けられ、光を放つ。

叩き落とされた何物かは床の上で乾いた音を立てて跳ね、動かなくなった。

青い新型兵はそれを拾い上げる。
くの字に成形された、何の変哲もない木の塊。人形は手に取ったそれをしげしげと見つめた。

ようやく追いついた一般兵の集団が敵を見失いそこらでたむろするのにも構わず、次いで新型兵はすっと顔を上げる。

ブーメランを投げ放った張本人が、不意に物陰から姿を現したのだ。

少年、リンクはブーメランを拾ったのが新型兵であることに気づく。
一瞬"まずい!"というような表情になったものの、剣を持つ手に力を込めた。

覚悟を決めて一気に駆け寄り、脇目もふらずに新型兵目掛けて飛び掛かる。
そのまま、気合いと共に大上段から剣を振り下ろした。

剣は虚空を斬ったが、成果はあった。
敵を見定めた新型兵が戦闘に集中すべく、ブーメランを手放したのだ。
床に捨てられたそれをリンクは急いで拾い上げ、そのまま飛び込むように前転する。背後で鋭い音が立ち、風が吹き抜ける。

振り上げた手に激しく光を散らし、獲物を捕らえ損ねた新型兵は眼だけで少年をじっと見つめていた。

瞳孔さえもない虚ろな一つ目が、ふと横に向けられる。
人形兵の群れをかき分けて新たなファイターが飛び出し、少年の横についていた。

緑帽子の青年、ルイージは新型兵の佇まい、煌めきを残した手を一目見てその元となった人物に思い当たった。
思わず、驚きと悲しみに眉を寄せる。
見知った動き。見知った技。それは神秘的な魔法を操る、知的でおしとやかな姫君のものだった。

――あの人が捕まってしまったということは、もしかして……いや、もしかしてどころじゃない。
彼のことだ。最後まで姫を守るだろう。……あっちの"リンク"君は、やっぱり……

"倒されてしまったんだ"。その言葉は、心中密かに呟くのさえ辛いことだった。
勝手にあふれ出す『スマブラ』での楽しい日々、どちらかと言えば痛快な成分の多い思い出を、ルイージは首を強く振って追いやった。

隣で剣と盾を構え、先輩の指示を待つ猫目の方のリンクに向き直る。

「動きは遅いけど、使う魔法は強力だ。
ほとんどは近づきすぎなければ避けられる。でも飛ばしてくる火の玉には気をつけて。爆発するからね」

そこで背後からちょっとした騒ぎが聞こえてきて、雑兵を蹴散らしてきたマリオが2人に合流した。
ルイージのアドバイスを後半だけ聞いていたらしく、自然な流れで話に加わる。

「あと瞬間移動にもな。
周りにくるっと光が見えたら要注意だ。油断してると一気に距離を詰められるぞ」

それを聞き届けるとリンクは勇ましく表情を引き締め、頷いた。

「魔法か。それならまだ見慣れてるな。よし、3対1と行こうぜ!」

次々と姿を現したファイター達に、兵士達は旧型のものも新型のものも皆、気を取られていた。
エインシャントから新たな通達でもあったのか、古い人形兵はどれも戦闘に手出ししようとはしない。
いびつな円陣を作って退路を断ちつつも、新型兵とファイターの戦いを遠巻きに眺めるばかりである。

爆風と炎が騒がしく飛び交い、そこにぱっと花を散らすように光が舞う。
並み居る一般兵の不揃いな頭越しに華々しく戦火が散る中、室内の薄闇に紛れて走る者があった。

混じりけのない白一色の衣をなるべく目立たせないよう、ピットは頭を低くして駆けていく。
3人が手分けして様々な箇所から姿を見せ、ああして一箇所に集ってくれたことで兵士達も誘導され、注意を逸らされている。
足音を殺し泉に接近する彼の存在に気づく者はいなかった。

泉は少し高台になったところにあり、そこから四方になだらかなスロープができていた。
絶えずわき出してくる人形が三々五々散らばっていき、ゆるい班を作って次々とそのスロープを降りていく。
ピットは彼らとかち合わないよう、あえて道のない高台の角を目掛けて走っていった。

濁った灰色の台座は視界の中でぐんぐん大きくなり、やがて身長の3倍はあろうかという直角の壁になる。
彼はその上を見据えたまま、最後の一歩を深く踏み込むと力強く床を蹴った。
重力に引き戻されないうちに翼を広げ、一つ、二つと大きく羽ばたく。伸ばした手が、台座の上に届いた。

一息に体を引き上げると、ピットは休む間もなくその先へと進む。
眩しさにすがめられた青い目は、人工的で冷たい光を放つ巨大な正円を見つめていた。
ここまで近づいた今はもはや泉というよりは小規模な湖のようにも見えてくる。

目に痛みを覚えながらも光の湖にじっと目を凝らし、制御装置らしきものが何もないことを確かめたピットは、
次に湖の周囲へと注意を向けた。が、そこにもやはり期待していたような操作板や台座などは無かった。
やはりここはただの中継地点だったのだ。兵士はどこか他所で作ってここに一旦集め、それから要所に送り込むのだろう。

考えてみれば、それは湖から現れた兵がすでに意識を持ち、自立して動けていることからも明らかだった。
かつて見た人形兵の大工場では、作られたばかりの兵はまさに人形のごとく項垂れて棒立ちになっており、自分からは動けない様子だった。
あの時の兵士達は動く道に載せられて、受動的にどこかへと運ばれていた。

巨大なだけで他の昇降装置とは特に役目の変わらない光の湖を、それでも一応バッジの受像装置に収めるとピットは3人のいる方角に向かった。
長居は無用だ。湖からは次の一団が現れつつあったし、3人を囲む一般兵の密度も徐々に無視できないほどにまで高まりつつあった。

両の拳を構え、後退するルイージ。油断無く目の前の敵を見据え、次の行動を読もうとしているようだ。
間合いのぎりぎり外へと逃げ続ける彼を、優美な甲冑はあくまで歩いて追い続けた。

3人がかりで戦いを挑まれ、さすがの新型兵もかなりのダメージを負っているはずだった。
しかし、それは逃げようとしない。生き延びるために防御に回ることも、あがくような素振りも見せない。
ただ機械的に適切な距離を測り、攻撃範囲に入ればそれを打ちのめす。相手が何かを仕掛けてくれば正確に避ける。
回避が出来るばかりでなく、ファイターを越える強さを持つ最強の人形兵。しかし、その"頭"自体は旧型とさして変わらない。

攻撃対象の後退がわずかに遅れた。新型兵はその隙を見逃さず、右手を鋭く突き出す。
確実に相手を仕留める意図を持って、まがい物の光が残酷に輝く。

しかし突き出された手は、硬質な音と共に弾かれた。

シールドで体ごとはね返され、たたらを踏む青い甲冑。それの視界いっぱいに、間合いを越えて踏み込んだファイターの姿が映っていた。
至近距離で顎に強烈なアッパーを受け、吹き飛ばされる。床に叩きつけられる頃には、もはや人形兵としての意識は残っていなかった。

立ち上る影蟲の群れ。それは何にも姿を変えることなく、じきに昇りながら白く脱色していった。
新型兵を形作ることは、影蟲を持ってしても負担が大きいらしい。

ゆらゆらと揺らめきながら闇に消えていく光を眺め、ルイージは安堵と疲労の混じったため息をついた。

――3人でようやく、か。これじゃあ先が思いやられるよ。

首を横に振り、今いる状況に注意を戻す。
視線を巡らすと、少し前に現れた新手のコピー人形に向かっていったマリオとリンクの姿が目に入った。
そこで引っ掛かるものがあり、ルイージは目を凝らした。動き、戦っている影が多い。いつの間にか新型が増えていた。

「おっと……!」

目を丸くし、思わず声を上げた。すぐに2人の元に加勢に向かう。
見えてきた新型の鎧人形は2体。光る手の先がそのまま伸びて長剣の形になっている空色の人型が1体に、
小柄で黄色く、ずんぐりした胴体と頭に尖ったツノを持つものが1体。

また感傷に引きずられかけたルイージを、兄の声が引き戻した。

「ちょうど良いタイミングに来てくれたな!」

スーパーマントで同士討ちさせ、隙を作る。続けてマリオはこう言った。

「今むこうでピット君が飛ぶのが見えた。
もうじき引き上げるから準備に取りかかるぞ。方角は打ち合わせの通り、あっちだ!」

分かったというしるしに大きく頷き、ルイージはその方角を確かめた。
ちょうどリンクが外周側に向かって走っていくところだった。言葉には出さず、しかしこちらを振り向いてにっと笑う。
交代選手を任されたルイージは兄と共に、2体の新型兵に向き合った。

「手の内は……分かってるな?」

視線を逸らさずに、兄が尋ねてきた。ルイージは無言で頷く。

威圧するように、2体が近づきつつあった。
本物のそれとは似ても似つかない足音を立て、先頭についているのは黄色の新型。
顔が大きいために穿たれた穴に光る一つ目の異質な相貌も拡大され、余計に恐ろしく映った。

そいつは出し抜けに跳躍し、電気を纏って飛び掛かってきた。
ネズミ花火のように回転するそれを、兄弟は横っ飛びに跳んで避ける。

膝をついて立ち上がりかけたマリオの目が、ふと横に向けられる。
息を呑み、咄嗟に、ついた手を軸にして前に飛び込んだ。
一瞬遅れて耳が風切り音を捉え、髪がざわめく。低く鋭い、背筋も凍るような太刀筋の音。

――全然違う。こんな音じゃなかったはずだ。

口を引き結び、マリオはそいつを睨みつけて拳を構え直す。

剣を持つ手――剣に手を前にし、空色の新型兵は体を心持ち横に向けて立っていた。

新型兵は技だけでなくちょっとした仕草までも似せてあった。
コピーは完全ではなかったが、その姿は古参のファイターの心に、確実に怒りと悲しみの混じった動揺を巻き起こしていた。
それがエインシャントの狙いなのかどうかは分からないが、ともかく古参の戦士達は少しでも仲間と違うところを見つけ、
目の前のこれが同情の余地もない敵であることを自らに納得させようとしていた。

読み合い、あるいは一方的な警戒。わずかな間に息を整える。
そして、覚悟を決めて一気に踏み込んだ。

が、届かない。
振るった拳は空を切り、すぐさま打ち出した掌底も剣の切っ先で受け流される。
リーチの上で優位に立つ空色の甲冑は優美な身のこなしで後退し、体勢を立て直すかに見えた。

次の瞬間、それと悟らせぬうちに新型兵は反撃に移る。

続けざまに剣を閃かせ、畳み掛けるように踏み込んだ。
思わず張ってしまった青いシールドが目の前で急速に削られていき、マリオは額に冷たい汗が浮かぶのを感じた。
光る刃が腕のすぐそばまで迫っていた。このままでは破られる。そうなれば自分はお終いだ。

最後の一撃は、しかしまったく別の方角に振るわれた。
後ろから放たれた緑の火の玉。それが光刃を受けて真っ二つに切り裂かれ、ぽっと音を立てて消える。
少しあって、ルイージが黄色い新型兵と戦う合間を縫って援護してくれたのだと気づいた。

気づくと、そんな彼が甲冑兵士も放り出して脇目もふらずにこちらへ走ってくる。
遅れて頭上で風音が立ち、白い衣の天使が通り過ぎていった。彼はこちらの視線に気づき、申し訳なさそうな顔をして首を横に振る。
マリオは頷き、大きく手を振り返した。撤収の時が来たのだ。

お礼はひとまず置いておいてマリオはきびすを返し、弟と肩を並べて走り出す。
途端に辺りが騒がしくなった。戦闘を放棄しリングの外に逃れようとする2人に向けて、周りの一般兵が威嚇射撃を始めたのだ。

「よーし、そのままっ!」

リンクの声が前から聞こえ、ついで景気の良い爆発音と共に視界が暗くなった。
ダークグレーとネオンブルーに満たされた冷たい景色は暖色の煙に薄れ、2人と人形兵の間に煙の分厚い幕が立ちこめる。
煙幕をすかした先に兵士の影がいくつも見えていたが、どれもこれもうろたえて右往左往しているようだった。

その向こうから、小柄なシルエットが帽子を風になびかせて走ってきた。

「よっ、無事だったか!」

年上の仲間に、リンクは屈託無く片手を上げる。
追いつくタイミングで、マリオはその手に自分の手の平をぽんと合わせた。

「あぁ! おかげさんでな。助かったよ」

揃って煙幕を駆け抜けるといきなり視界は晴れ、目の前まで迫った人形の壁が現れた。
3人はそれを切り開くでもなく押しのけるでもなく、ただ一つ大きく踏み切った。

あちこちで人形兵の言葉にならない呟きが上がる。
ファイターの脱走を許すまいと密集していた兵士達の頭を踏み台にして、3人が次々と渡っていったのだ。
高い天井に配管工兄弟の陽気な掛け声がこだまし、兵士の立てる不平のさざ波をかき消していく。

先に辿り着いていたピットと共に、着地した彼らはその勢いのまま昇降装置に乗り込んだ。
かすかにあった心配をよそに、青緑に光る円盤は城主の敵を載せて素直に上昇を開始した。

円盤はじきに透明なチューブの中に入り、急に断ち切られたように辺りは静かになった。
思い出してみれば、それまでいた場所は中央の転送装置が立てる唸り音と言い、ごった返す兵士と言い、多くのノイズに満ちていた。

視野の中でもターミナルの光景は小さく遠ざかっていく。
4人の手はそれぞれ円盤を囲む手すりに掴まりつつも、その目は遠ざかる地上に向けられていた。彼らの間には安堵と共に、抜けきれない緊張が漂っていた。
こうして俯瞰すると、自分たちが想定していたよりもはるかに兵士の数が多かったことに気がついたのだ。

しかし彼らは自分たちを追いかけるでもなく、棒立ちになってこちらを見上げていた。
昇降装置は順々に繰り出されてくるのにも関わらず、4人が乗ったレーンに押しかけようとする動きもない。
そのうちに人形兵の集団は徐々にばらけていき、誰の指図を受けている様子も無いまま元の巡回に戻っていった。
まるで何事も無かったかのように。

その光景は不意に見えなくなった。昇降装置がターミナルの天井を越えたのだ。
なおも速度を緩めず上昇していく円盤に立ち、4人のファイターは言い知れぬ予感に顔を見合わせる。
誰も何も言わなかった。自分から言い出そうとする勇気も、確信もなかった。
暗いトンネルの中、等間隔で現れる埋め込み照明に照らされて、一定のリズムで互いの顔が青白く浮かび上がっていた。

その新型兵は、体格だけを見ればガレオムに似ていた。
褐色の金属に包まれた体は上半身がより発達し、たくましい腕でその重さを支えている。
しかもそいつは筋骨隆々な見た目に反し、意外な身軽さと野性的なまでの反射神経を兼ね備えていた。
身の丈はもちろんガレオムよりはずっと小柄だが、ポップスターの2人にとっては十分に大きく、手強い相手だった。

褐色の巨体が跳ぶ。
風を唸らせ、鉄骨の構造物を次々と蹴り、思いもかけぬ速さで登ってくる。

時にその中に甲高い音が混じる。きゃしゃなフレームが兵士の体重を支えきれずに破断する音だ。
しかし新型兵はフレームが外れる寸前で強く蹴り飛ばし、強引に次の枝を掴みに行く。
指も見あたらない光る球状の手でどうやって掴んでいるのかという疑問が頭をよぎったが、そう言えば彼も同じことをやってのけていた。

カービィのことを思いだし、近づいてくる甲冑を捉え注視する金色の目に一層の険しさが現れる。
彼、メタナイトは初めて見る新型兵士を前にたった1人で放っておかれたのだ。

対峙する相手の特殊性を踏まえた上で、作戦の中で"新入り"として扱われることを渋々ながら認めたというのに、
自分と組んだあの"ベテラン"の方はこなすべき役割を理解していなかったらしい。
初めのうちは2人で戦っていたのだが、事前情報も教えないままいつの間にか彼の姿は見えなくなっていた。
まさか倒されたとも思えないが、それを確かめにこの骨組みをまた下まで戻ることもできない。

新型兵をぎりぎりまで引きつけて、剣士は後ろに飛んだ。
飛び掛かりざまに払われた手が、顔のすぐ前で勢いよく空を切る。
伸ばされた腕の長さ、払われた範囲を数コンマ秒のうちに測る。次の瞬間には翼を広げ、彼は別の方角へと飛び立った。より鉄骨の枝が込み入った領域へ。

彼は時間を稼いでいたが、それはどこかへ行ってしまったカービィを待つためではなかった。
できるだけ相手の技を誘発させ、相手の兵士としての性能を知り、そして反撃に移るつもりでいたのだ。

だから頭上からカービィの声が聞こえたときも、彼が向けたのはわずかな苛立ちと諦念が混ざった視線だけだった。

「お~い! こっち、こっち~!」

中抜けの四角形が様々な角度をなすワイヤーフレームのアスレチック。その一角から身を乗り出してカービィが小さな手を精一杯大きく振っている。
彼は実に能天気で明るい笑顔を見せていた。こんな状況にいるというのに、楽しそうでさえあった。
メタナイトは何も言わず、ただその手に持った剣を諦めとともに背に掛けると彼の元に向かった。

2人が駆け上ってきたこの辺りはどうやら元はちゃんとした建物の一部だったらしい。
それが調度品はおろか壁も床も取り払われ、今は鉄骨の骨組みだけが残されて元の建物の輪郭を辛うじて保っている。
そんな建物の残骸が城にめり込むようになって、あるいは城から突き出るようになって中途半端に外壁に取り込まれていた。

外から吹き込んだ微風が複雑にねじ曲げられて乱流を作る中を、青い一頭身はフレームを蹴り、翼をはためかせて登る。
下からはそれよりも騒々しい音を立てて、追っ手が着実に近づいてくる気配があった。
振り返らずに音だけで自他の距離を概算しようとした。

直後、ひときわ大きな金属音が鳴り響く。上の方でも叫ぶ声がした。何事かと視線を巡らす余裕も無く、背中を強い衝撃が襲う。

思考が弾け飛んだ。
飛んでいたところをはたき落とされ、視界が目まぐるしい速さで回転する。
たまらず目をつぶり、勘だけで差しのべた手は鉄骨にかすりさえもせず虚しく空を掴んだ。しかし、その手首を掴む者があった。

新型兵で無ければ良いが。覚悟を決めて目を開けると、そこにはカービィがいた。
鉄骨に足を引っ掛け、両手でこちらの手を掴んでいる。深い青の目をきょとんと瞬いて彼は言った。

「なんでそんなこわい顔してるの?」

ため息をつき、メタナイトは空いた方の手で同じ鉄骨に体を引き上げる。
背中の剣がそこにあることを確かめると、さっさと踏み切って飛び立っていってしまった。
先ほど自分を置き去りにしたカービィへの軽い意趣返しでもあった。

せっかく道を戻ってまで助けに来たカービィは、黙って上に行ってしまった友達の背を見上げて口を尖らせる。

「ちょっとー! ありがとうくらい言ってよーっ!」

文句を言いつつ、段違いの鉄骨を左右に飛び移りながら自分も登っていった。
あまり余裕はない。鉄柱をへし折ることで上にいるファイターを攻撃できると学んだ新型兵が、また同じ手を使ってくるかもしれないのだ。

案の定、じきに下が騒がしくなった。
猛獣が鉄の檻を掴み、体当たりを掛けて揺さぶる、そんな恐ろしげな光景が浮かぶような音だったが、現実の方がそれにもまして物騒だった。

段の幅が広いジャングルジムを登っていくカービィの周りで、次々と枠組みが壊れていく。
唸りを上げ風を切って、一抱えもあるような鉄柱がこちらに向けて倒れかかってきたり、
時には足をかけようとした先で横枝ごとフレームが瓦解し、目の前から足場という足場が一掃される。

目をまん丸くし、危なっかしく両腕をふってバランスをとりつつ、何とか鉄骨を飛び移っていくカービィ。
上へ向かっていたことを忘れてしまったのか次第に迷走し、右往左往しはじめた彼に後ろから声が掛けられた。

「どこへ行くつもりだ」

戻ってきたメタナイトは宙でゆっくりとはばたきつつ、呆れたような目でこちらを見ていた。
カービィは振り返るが早いか、相手が手を差し出すよりも先にその足に飛びついた。
しっかり掴まっていることを確認する暇もなく、剣士は再び飛び立つ。いつの間にか騒音が距離を詰めていた。新型兵が2人の近くまでやって来ていたのだ。

そのまま一気に鉄骨の森を飛び抜け、上へ向かおうとするメタナイト。
頭上には白い空ではなく灰色の壁が広がっている。
底面にはフレームがめり込んでいるところでぽかりと穴が開き、そこから城の内部に入れるようになっていた。

「待って! さっきのとこに行って」

両手で足にしがみつき、ぶら下がるカービィがそう言った。
先ほど自分が顔を出していたところに向かってということだろう。何か計画があるらしい。
メタナイトは答える代わりに翼を一つ大きくはためかせ、その方角へと向かった。

再び距離を空けた2人のファイターを見上げ、新型兵はまたしても大暴れして鉄骨を壊し、打ち落とそうとする。
しかし、こちらも生半可な覚悟でエインシャントの城に来たわけではない。
次々と振り下ろされ行く手を遮ろうとする鉄の大枝を、剣士は紫紺の翼を羽ばたかせ僅かな隙間をくぐり抜けるようにしてかわしていった。
この手が通用しないと分かった新型兵は手を止め、まばらになった鉄骨の枝を豪快に飛び移りながら2人を追いかけはじめた。

辿り着いたそこは、この広大なジャングルジムの中から渡り廊下のように張り出した部分だった。

飛び出した先は城にいくつか存在する尖塔に繋がっているが、そこまでの床は当然の如く板など張り渡されておらず四角形の枠組みだけが足場になっている。
それをすかしたはるかな下には城下を埋め尽くすあの針のむしろ、灰水晶のクラスターが見えていた。
鉄骨と鉄骨の間はそれぞれワドルディ6人分は離れているだろうか。基本的に落っこちることのないカービィ達にしてもあまり愉快な眺めではなかった。

渡り廊下の一角、横に並んでようやく2人が立てるような梁の上にカービィを降ろし、
自分は少し距離をあけてその隣に着地すると、メタナイトは鋭い一瞥をくれた。

「これだけははっきりさせておこう。
私はお前のヘルパーではない。何か作戦があるのならいきなり巻き込むのではなく、まず私に提案してくれ」

珍しく、その声には棘が感じられた。
出発当初からカービィの思いつきに振り回され通しで、彼の忍耐も限界に来ていたらしい。

混戦の最中に出し抜けに飛び込んできたかと思えばどこからかコピーしてきた"クラッシュ"を炸裂させたり、
爆弾人形に向かって不用意にバーニングアタックで飛び込んでいったり、漠然とした掛け声一つだけで火炎を纏ったハンマーを投げ込んできたり。
今までそれで重大なとばっちりを受けることはなかったものの、それを察知して避けたりあるいは援護するために彼は並ならぬ集中力を費やしていた。
これでは何のために、何を相手に戦っているのか分からない。せめてしでかす前に簡単でも良いから説明が欲しかった。

ところが、カービィは弁解することも反論することもしなかった。
ただこちらを見て、きょとんと目を瞬いただけだった。彼からすれば、友達を手助けするためにやっているつもりだったのだ。

そのあまりの手応えの無さに業を煮やしたか、メタナイトはカービィに向き直る。
今度は真正面から相手を見据えてこう言った。

「第一、お前は自分の役目が分かっているのか。
分隊する際に班員として私を連れて行くと言ったのはお前だ。
こんな無謀な行動を続けるつもりなら私は戻る。後はお前1人で行くが良い。その方が身軽だろう」

カービィは驚いたように目を見開いた。

「だめだよ! だってみんなで決めたもん。ぜったい1人になっちゃダメだって」

「それが私である必要が感じられない、と言っているのだ」

「だって!」

遮るように、カービィは今度は語気を強めて言った。
いつになく真剣な表情を真っ向から返し、彼はこう続けた。

「ぼくが何できるのか知ってるの、ここじゃきみしかいないんだもん!」

これには返す言葉も失い、メタナイトはただ唖然として相手の顔を見ていた。

前置きもなしに告げられた理由に驚き、少し遅れて納得が追いつく。
昔、カービィが『スマブラ』という異世界に招待された先での話を散々聞かされたことがあったのだが、
その中には、こちらでなじみ深いコピー能力を使う機会が向こうではあまりないのだという話もあった。

つまり、他の仲間はカービィの行動や格好からその次を読むことが難しい。ほぼできないと言っても良い。
カービィは思考から行動までが直結しているような性格であるし、前もって説明しようと心がけていたとしても、直前でそれを忘れてしまうだろう。
だから相方として自分を選んだのだ。決して"ともだち"気分の延長線ではなく、最適の相棒として。

と、次の瞬間。2人は同時に後ろを振り返っていた。
金属同士がたたき合わされるあの音が間近で鳴り響き、何かが勢いよく跳び上がってきた。あっという間に床の高さを超え、2人の頭上に。
銅色に輝く新型兵。その広い胸板に反射して、見上げるカービィ達の姿が映り込んでいた。

「ぼくについてきて! はなれちゃダメだよ!」

新型兵を睨みつけ、カービィはそう言い切るときびすを返して走り出した。
今回はメタナイトも、何も言わずにそれに従った。一瞬遅れて、その背後で騒々しい音が鳴り響いた。

あみだくじを辿るようにして、2人の一頭身が梁の上を全速力で駆けていく。
彼らがある範囲をわずかに迂回していったその意味に、新型兵が気づくことはなかった。

距離を詰めるべく、褐色の甲冑が一息に鉄骨を蹴った。
巨躯が目を疑うほどの軽やかさで宙を跳び、たったの一蹴りで相手の背後に迫る。

たくましい腕を振り上げ、光る手を組み合わせ、後ろを行く青いファイター目掛けて振り下ろす――が、際どいところで相手に躱された。
勢い余った拳は鉄骨をうち、小枝をへし折るように真っ二つにした。
そのまま落ちていくかに見えた新型兵は二段ジャンプでこの危機を逃れ、その横の梁にドサリと重い音を立てて着地する。

直後、その梁が嫌な音を立てて沈み込んだ。

新型兵は慌てて辺りを見回し、そしてようやく気づいた。
自分の周りにある鉄骨の下側にはことごとく、焼け焦げた不自然なノッチがあることに。

兵士の立つ鉄骨が、鋭い音を立てて破断した。
衝撃は鉄材を伝わってあっという間に周囲に波及し、ドミノ倒しのようになってあちこちの鉄材が砕け、割れていく。
逃げ場を失った新型兵は咄嗟に真上に跳び上がる。が、掴んだ梁も兵士を支えられず呆気なく折れてしまった。
細工は上の天井にあたる部分にまで施されていたのだ。

それでも最後のあがきとばかり宙を蹴り、新型兵は新たな技を繰り出した。
水平に伸ばした両腕を猛烈な勢いで振り回し、重力に抗って浮かび上がりはじめたのだ。

自身の重さゆえ上昇は遅いが、それほど高低差のないここでは問題がない。
このままでは溝を入れていない領域に踏み込まれてしまう。そうなれば2対1とはいえ形勢は一気に逆転するだろう。

しかし、カービィは振り向きざま、おもむろに後ろの空間からバイザーを取り出すとそれを頭に被った。
細いスリットを持つ光学兵器。甲高い音を立てて、レンズから一条の光が迸る。

新型兵の動きが止まった。"やられた"というように両腕を上げ、頭を抱える。
ファイターは一部の技を繰り出している途中で失速するなり、攻撃を受けるなりすると行動不能になる。
今の新型兵にも同じことが起こったのだ。彼らはどこまでも、本物に忠実に作られていた。

動きを封じられた甲冑は先ほどの抵抗が嘘のように、大人しく静かに落ちていった。
2人のファイターは安全地帯のぎりぎりに立ち、褐色の鎧姿がもやの中に消えるまでを見届けた。

「なるほど、"レーザー"か」

メタナイトが、ふと思い出したように言った。

「あれでここまでの細工をするのは大変だっただろう」

「うーん、そうでもないよ。ぼくはこういうの慣れっこだからね」

何でもないというように体を傾げ、カービィはそう言って笑った。
とりあえず持ち合わせたもので切り抜ける。一つの武器に特化していない代わりに、彼はそういう方向に長けていた。

「よ~し、つぎいこっ!」

元気よく腕を振り上げて号令を掛ける。
ピンク玉を先頭に、ポップスターの2人組は駆け込んでいった。灰色の壁を越えて、再び城の中へと。

城の上層階を目指すマリオやカービィ達が新型兵との戦闘を次々とくぐり抜ける一方で、サムス達は未だに彼らとの遭遇さえしていなかった。
それもそのはずで、彼女達2人は階層と階層の間という本来は道として使われない空間を歩いていたのだ。それも、城の下層階を。

そこは、かつて天空の研究所が稼働していた頃に保守点検と管理のために設けられていた通路だった。
入り口となるマンホールは目立たないところに隠され、ただでさえ狭い通路の左右にはエネルギー供給ラインの太い束が走っている。
だが、研究所が浮遊城と化した今でもそれが残されているということは、この通路が今も存在意義を持っていることを示していた。

エインシャントに転用されたあらゆる機械は電力の供給を必要とする。
このパイプラインを辿っていけば、そのいずれかを見つけ出すことができるだろう。

辺りはまったくの闇に閉ざされていた。
サムスとリュカの2人はめいめいバッジの照明機能で足元を照らして進んでいたが、通路には塵一つ落ちておらず、左右のケーブルも古びた様子はなかった。
ここを管理していた人間達が去ってから気の遠くなるような年月が経ち、外では一つの都市が崩壊するほどの時間が過ぎているのにも関わらず、
浮遊城の"動脈"は異様なまでの健全さを保っていた。変化を拒絶している、ともとれる。

通路はしんと静まりかえっており、2人分の足音だけがかすかにこだましながら広がっていく。
後ろを行くサムスは警戒を解かずにアームキャノンを構えて歩いていた。
戦闘要員が出てくる気配は無かったが、要塞のエネルギー供給ラインには監視カメラなりトラップなり、何かしらの警備が付いているのが常だ。

リュカの足が止まった。姿勢を低くし、通路の先に意識を集中させる。
すでに慣れたもので、後ろのサムスも射撃準備に入っていた。

円形に照らし出された視界に3つの物体が飛び込んできた。
黒い装甲に身を包んだ、小さなタイヤ型の人形兵。青い一つ目がこちらをじっと捉えている。
床と左右のケーブルの上を素早く転がり、自走地雷は三方向から飛び掛かろうとした。

だが、凍らされたのは彼らの方だった。

矢継ぎ早に飛んだ青白いビームが人形兵を捕らえ、瞬く間に氷の中に閉じ込める。
間髪おかず六角の光が弾け、自走地雷は氷と共に粉々に砕かれ、消えていった。

ゆらゆらと舞い上がる白い光を見送り、それからリュカは顔を上げる。
ライトに照らし出されていない暗がりのむこうをじっと見つめていたが、やがてサムスに向かって頷いた。後続はいないようだ。

再び2人は歩き始めた。
先頭を行く少年は心なしかいつもより背筋を伸ばし、臆することなく行く先の闇を見据えている。
そこにはもう、涙も涸れ果て、ただ月日が流れて行く様を虚ろな顔で見ていた男の子の面影は無くなっていた。

どんな物事も常に予想通りに行くとは限らない。
サムス達がまだ重要設備を発見していない一方で、通常の歩行路から進んでいたフォックス達の方が一歩先に行っていた。
ただその分、人形との戦闘回数も彼らの方が桁外れに多かった。

扉を開けるなり、通路にどっと人形兵があふれ出してきた。これで何度目だろう。
歯を食いしばり、威嚇射撃で押しとどめながらフォックスは後退した。
押し返し、押し戻され危ういところを切り抜けてきたが、いつまで経っても肝心の終わりが見えなかった。

蠢く人形兵の波に視線を走らせる。通路に人形兵の呟きが充満し、共鳴し、耳の奥で低く単調に響いていた。
圧迫感さえ感じる不快な羽音を振り払うように、彼は首を横に振る。

「きりがない……!
すまない、援護してくれ。突貫するぞ!」

「ええ!」

前方には立ちはだかる人形の壁、後ろからは倒しきれなかった敵の猛追。
こんな状況にいてさえ、ピーチはいつもの余裕を崩さずにいた。

ドレス姿で会釈をするように優雅にかがみ込み、そして跳ぶ。
彼女の飛び膝蹴りをまともに食らい、緑帽が次々と宙を舞った。
ひしめいていた他の兵も少なからぬとばっちりを受けて突き飛ばされ、通路の壁に打ちつけられる。

海が割れた。人形兵のスクラムが崩された。
フォックスは着地した姫に手を貸し、ブラスターを構えて走り出した。
立ち上がり道をふさごうとする兵士に片っ端から狙いを定めて撃ち、引き下がらせる。そうして強引に先へと進んでいった。

配備されている人形兵の密度は尋常ではなかった。
並みの人形ではファイターに太刀打ちできないことは、もうエインシャントもデュオンも知っている。
だからこうして"壁"として使うことにしたのだろう。もはや軍隊の戦力ではなく、ファイターの体力を消耗させるためのおとりとして。

そうして弱ったところを、最新にして最強の兵士で討ち取るのだ。

数え切れない人形兵を押しのけ、息の続く限り走り、2人はようやく目的の部屋に辿り着いた。
すぐさまフォックスは壁面のパネルを叩いて扉を閉め、ピーチがゴルフクラブで扉の横腹を強打する。
ひしゃげた自動扉はガクガクと痙攣し、動かなくなった。

2人は一息ついて振り返り、目標をその目に捉える。
円形の廊下を従え、円筒形の強化ガラスに収められたリアクター。
4本の柱状をしたそれは全長がアーク光に似た青白い閃光を発し、ゆっくりと回っていた。

フォックスは頭の横に手をやり、ヘッドマウント型のデバイスを操作する。
すぐさま視界に仮想の表示が被さり、簡易結果が示される。
エネルギー反応はリアクターの他には無い。シールドの類は張られていないようだった。

スマートボムを手に持ち、ピーチに退却準備の合図をしようとした。

「フォックス!」

張り詰めた叫び声と共に、体が突き飛ばされた。
振り返りかけた不自然な格好のまま、よろめきながらフォックスは見た。

こちらに向かって真っ直ぐに差しのべられた細い両腕が、見る見るうちに銅一色に変じていくのを。
驚いたように目を見開いた彼女の表情も凍り付いていき、フォックスは無理矢理にでも目を背けて敵の姿を探した。

いた。倒れていく姫の銅像の向こう側、あの赤い新型兵が拳を振り切っていた。炎を纏わせた、光る拳を。
ピーチが庇ってくれていなかったら、2人もろともそいつの拳にたおされていたかもしれない。

――なんてヤツだ……!

思わず心の中で叫んでいた。今までの人形兵とは比べものにもならない強さ。
そんな規格外の化け物を、エインシャントはついに作ってしまったのだ。自分たちの仲間を「金型」に。

視界の端で何かが輝き、フォックスは反射的に振り返った。
緑の片眼鏡が新たな敵の反応を報せていた。

光点は3つ。信じたくないことだったが、振り返った先には新たに3体の新型兵が待ち構えていた。
深緑色の筋肉質な男性型と、獣の耳と尾を持つ藍色、そして青灰色の中性的な甲冑。
こちらに向いた没個性な狐火の目が3つ、空っぽの頭の中で揺らめいていた。

あの白色のステージでの光景がフラッシュバックし、一瞬フォックスの思考が止まる。

――しっかりしろ! まだ終わりじゃないんだ!

強く首を振り、彼は再び闘志を呼び戻した。

倒れ伏したピーチのフィギュアを横様に抱え上げ、こちらを包囲する4体の新型兵、その顔面に向けブラスターを撃つ。
彼らが怯むわずかな隙にリアクターに駆け寄り、欄干に飛び乗ると頭上を見上げ、力強く踏み切った。

金網を蹴り上げダクトの中へと姿を消したファイターを追うべく、新型兵の集団が欄干に殺到する。
しかし、そんな彼らの視界を上から下へ、風切り音と共に何かが落ちていった。
赤い縁取りがなされた円形の物体。それを見定める間もなく、彼らは強烈な熱と光に巻き込まれた。

「すまない……俺の判断ミスだ。あの時無理に特攻を掛けず、退却していればこんなことには……」

狭いダクトの中に跪き、フォックスは項垂れていた。
復活させてもらったピーチは首を横に振り、彼の肩に手を置いた。

「こんなことって、どんなことかしら?
無事に相手の機械を壊せたこと? それがそんなに悪いことかしら」

ダクトの中にはかすかな煙が漂っていた。リアクターが起こした大爆発の余波だ。
見上げた姫の顔は曇りのない笑顔で、こちらを元気づけようとしていた。しかし、その優しさが一層罪悪感をかき立てさせてしまった。
ここにダクトが無ければ、そしてダクトへの避難が一瞬遅れれば、自分ももろとも爆発に巻き込まれていたかもしれないのだ。
そうなれば今こうして話すこともできなかっただろう。

返す言葉を探していると、足元にホログラムが映し出された。
ピーチが自分のバッジ型通信機を持ち、城内の地図を表示させたのだ。
薄暗いダクトの中、垂直方向に落とし込んだ円形の見取り図が鮮やかな緑色に輝く。
戦闘不能を示す赤い矢印はまだどこにもなく、鮮明な緑の矢印はそれぞれの意志を持って動き続けていた。

ピーチは言った。優しく、そして明るく。

「あなたが落ち込んでどうするの。これで一つ、みんなの助けになったのよ。
さぁ、次に行くところを教えて頂戴」

剣士型の新型兵と斬り結んでいたところに背後から何か声を掛けられ、メタナイトはさっと振り返った。
しかしそれがまずかった。

視界が突然、真っ白に弾けた。

咄嗟にマントで顔を覆ったが間に合わなかったらしい。細めた視野の先に自分の足があったが、その輪郭も色も正しく捉えられていなかった。
動けなくなった彼の、剣を持った方の手が掴まれた。そのまま強引に引っ張られる。
連れて行かれるままに走り、駆け込み、隠れる。

喧噪は遠ざかり、音の響きからすると狭い場所にいるようだ。

明暗の区別がまず戻ってきて、そこに少しずつ色が付いていった。
静けさと冷気が漂う、忘れられた部屋の一角。見上げると、倒れた作業機械の腕がアーチを描いていた。
まだよく見えないが、部屋には他にも似たような機械が置き去りにされているようだった。

目の前で誰かが手をかざし、ぴこぴこと振っていた。
その桃色の手の持ち主を、剣士は横目で見る。

「あ、よかったぁ! ちゃんと見えてるね」

氷の短剣を突き刺すような視線が向けられているにも関わらず、カービィは呑気にそう言って笑顔を見せた。
急にどっと疲れが来て、メタナイトは大きくため息をついた。そうでもしなければやっていられなかった。

「私にも知らないことはある。まったく……あれは一体何だったのだ」

「"ライト"だよー!
あれっ、もしかして知らなかった?」

黙って頭を横に振る。知っていたが、あんな使い道があるとは思わなかった。

ここまでの道のりで何度も仲間からの奇襲を掛けられて、咎める気力もたしなめる言葉も尽きてしまっていた。
青い剣士は思考を切り捨て、だいぶ視力の戻ってきた目で相方を見てこう尋ねた。

「しかし、これからどうするつもりだ?
見ての通り、敵は万全の警戒態勢を敷いている。通路では巡回兵が隊列を組み、要衝には新型兵が待ち受ける。
正面突破は不可能と言っても過言ではない。ここは一旦引き返し、別の経路を探すべきだ」

「うーん」

カービィは空返事を返した。腕を組むような仕草をし、宙を見つめている。
これは話を聞いていないな、と思っていると、出し抜けに彼の目がきらっと輝いた。

「そうだっ!」

とびっきりの笑顔を見せて、彼はこちらを向いてこう言った。

「ねぇ、さっきのろうかにオバケみたいな兵隊さんがいたよね。ちょっとここに連れてきてくれない?」

実体化する隙をついて弱らせ、背筋も凍るような怨念の声から逃れ、余計な人形兵がついてこないように誘導し――
数分間の苦闘の後、カービィは"ゴースト"のコピー能力を得た。

「じゅんびオッケイ!」

そう言って緑帽が手を振り上げる。正確には、その肩に取り憑いたカービィが緑帽にポーズを取らせる。
彼は頭からすっぽりと布を被ったような格好をしていた。その体は青白く透け、足はどこにも見あたらない。
風もないのに布をゆらゆらとはためかせていたが、能天気な笑顔のせいでまったく怖さが感じられなかった。

さっそく緑帽を操って廊下に駆け出そうとするカービィに、後ろから待ったが掛けられる。

「一応聞くが……私はどうすれば良いのだ」

振り返ると、メタナイトが半分諦め混じりの表情で立っていた。
カービィは友達がそんな顔をしている理由をたっぷりと考え、しばらくして「あっ!」と声を上げた。
絵に書いたような、完璧なリアクションだった。

剣士はもう一度、ため息をついた。

「……分かった。先に行け。
私はこの部屋で待っている。侵入経路が確保されたら教えてくれ」

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最終更新:2016-10-15

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気まぐれ流れ星

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