気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track46『Impatience』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。
偶然が生み出した出会いは数々の困難に遭いながらも成長していき、10人のファイターが集結を果たした。
ついに、彼らは全ての根源であるエインシャントの居城へと最後の攻勢を掛ける。

20人を超えるファイターをその手元に集めたエインシャントの関心は、ひたすらに自らの野望の遂行へと向けられていた。
切って落とされた攻城戦に対しほぼ放置ともとれる態度を取る主に、腹心デュオンは警告を発するが聞き入れられず、
彼らは独自に兵士を率いてファイター達の迎撃を開始する。
デュオンが本来の防衛網に上乗せし、配置させていった人形兵と、エインシャントが作りだしたファイターのコピー、"新型兵"。
リンク達は次第に苦戦を強いられるようになっていく。


  Open Door! Track46 『Impatience』


Tuning

焦燥

4人のファイターを載せ、昇降装置は円筒状のトンネルをひたすらに上昇し続けた。
実際は1分にも満たない経過時間を、狭い空間に張り詰めた緊張がそれ以上のものに感じさせていた。

マリオ、ルイージ、リンク、そしてピットの4人はそれぞれ昇降装置の手すりを掴み、頭上を見上げていた。
円盤には天井など備えられておらず上から吹き下ろす風が4人の髪をかき乱していたが、自分たちの連れて行かれる先が見えなくなるよりはましだろう。

見上げる向こうには、白くぽかりと穴が開いていた。
初めにそれに気づいた頃からしばらくは大きさが変わらず出口が逃げていく印象さえあったのだが、今や目に見えて分かる速度でそれは大きくなりつつあった。

誰からともなく、空いた拳を握りしめる。

そして、唐突に光があふれた。
同時に昇降装置も停止し、4人は一瞬体が浮いたような感覚を覚える。
こういった乗り物に慣れているマリオとルイージは特に驚くこともなかったが、
ピットとリンクは慌てて、反射的に手すりにしがみついた。

「やーっと着いたかぁ」

それでも声だけは何でも無い風をよそおって、リンクは言った。
昇降装置の光は消えていた。おそらくここが終着点なのだろう。

手ぶらの兄弟を除いてめいめいの武器を持ち、ファイター達は動きを止めた円盤から降りた。
自然と、誰もが上を見上げていた。

「城の中にこんな場所があるなんて……」

思わず、ピットはそう呟いていた。
終着点に広がっていたのは純白の平原だった。どこもかしこも白く塗りつぶされ、天井があるのかどうかさえ判然としない。

「屋上に出ちゃったってことはないよな」

「まさか。だってこの城にあるのは尖った屋根ばかりだったじゃないか」

背後でマリオとルイージがそんなことを言っている。
だが、弟の方も強く否定するような調子はない。辺りには確かに、"外に出た"と錯覚するほどの光景が広がっていたのだ。

それは、一面の平原に等間隔で植えられた奇妙な形の木。
葉はつけておらず、木肌は陶器のように白く奇妙なほど滑らかだった。

リンクが思い切ってその1本に駆け寄り、手を当てる。
ひやりと冷たい感触があった。

見上げると、その木々の異様さが主にどこから来ていたのかがようやく分かった。枝振りだ。
枝はだいたい同じ間隔を持って分岐していくのだが、その角度が何かが間違っているらしく、次第に枝の分布が偏っていくのだ。

見渡すと、他の木々も同様の奇形を持っていた。
ひどいものだと片一方に枝という枝が集中し、互いに絡まってねじくれてしまっているものさえある。
そんな奇怪な木々が地平線の見えない空間に整然とそして延々と並んでいる様は、もはやこの世のものとは思えなかった。

言いしれぬ恐ろしさを感じて、リンクはその木から手を離した。

――これ、"本物"じゃないんだ。

おそらく、これもエインシャントが行った何かしらの実験だったのだろう。
城下に城の出来損ないが満ちていたように、彼が膨大な試行錯誤を繰り返した結果。それがこの異様な静けさをもつ平原。

静けさ、という言葉を想像し、リンクはふと違和感を感じて後ろを振り向いた。

思わず目を見開く。
仲間の姿がどこにも見えなくなっていたのだ。数歩しか離れていないはずだったのに。
呆然として視線をさまよわせ、我知らずよろよろと後ずさるリンク。

息を吸い、仲間の名前を呼ぼうとする。
だが声は喉の奥で凍り付いたようになってしまってなかなか出てこなかった。

「……おい、みんな!」

やっとのことで声を出し、次いで大きく息を吸うと彼は呼びかけた。

「みんな! どこにいっちまったんだよっ!」

誰もいなくなってしまった平原に、途切れることのない無辺の世界に。
少年の上げた声は淡いこだまを残して消え、いつまで経っても返事は帰ってこなかった。

ブラスターを構え、動かぬ扉を蹴り開け――その先にあるものを見て、フォックスの肩から緊張が抜ける。

「……ここもはずれか」

視線に苛立ちと焦りを滲ませ、ぼそりと呟いた。

強化ガラスに防護されたリアクター。しかし蛍光管を思わせる柱は動きを止め、暗がりの中で沈黙している。
それもそのはずで、リアクターはそれを収めた部屋ごと半分から上を失っていたのだ。
低すぎる天井として"上書き"された別の部屋が無愛想な床面を見せ、当然のような顔をしてそこにあった。

事前にマザーシップのAIに組み立てさせた浮遊城の城内予想図は、ある一点を除いてほぼ正確であった。
すなわち、その設備が機能しているかどうか。

警備が薄い時点で引き返しても良かったのかもしれないが、
それはたまたまデュオンの増援が間に合っていないだけかもしれず、早合点はできなかった。

「もしかすると……」

思い出したようにピーチが言い、フォックスは現実に引き戻された。
細い指を顎に当て、宙を見上げて彼女はこう続ける。

「もう、この階には動いているものは残ってないかもしれないわ。
だってそうじゃない? このお城は下の階ほど作りがいい加減になっているもの。
きっと上の方をきれいに整えるために、しわ寄せが来てしまったのよ。そんなところに大事な機械を置いておくと思う?」

小首を傾げ、同意を求める。
そんな彼女にフォックスはしばし驚いたような表情を向けていたが、やがて我に返り、頷いた。

数分後、2人はマリオ達も通った階段の迷宮を歩いていた。
彼らと違って構成人数が少ないため、この入り組んで見通しの悪い空間はなるべく短い時間で横断するつもりでいた。

すでにここを通った仲間からの報告で階段と重力の仕掛けを予習済だったフォックスは、
階段の見かけ上の方向は無視して、飛び移っていくための単なる足場として利用していた。
先に自分が跳び、後からついてくるピーチに手を貸す。

「目が回ってしまいそうだわ。エインシャントはなぜこんな部屋を作ったのかしら」

額に手を当て、彼女はそんなことを言った。
律儀にも少し考えてからフォックスはこう答える。

「そうだな……おおかた重力や方角の概念をよく分かっていなかった頃に作ったんだろう。
さ、もう少しだ。それとも休憩していくか?」

気遣うパイロットに、姫君は首を横に振ると笑顔を返した。

「ありがとう、私はもう大丈夫よ。先に進みましょう」

これまでの経験から、地図は設備の置かれた座標に関してはかなり正確であることが分かっていた。
それならば、人形兵が密集していることが明白な通常の通路は通らずに、リアクターの真上から侵入すれば良い。
実際に、最初に手痛い失敗をしてからフォックスはそういった安全策を取るようになっていった。

方法としては、一つ上の階から床に穴を開け、当たりであればそこからスマートボムを落とすというものであった。
ごく単純で分かりやすい作戦であったが、しかしそれは想像するほど簡単な仕事ではなかった。

城内は乱雑に通路と部屋が入り組んでおり、階と階の間に新たな空間が割り込み、同じ階層のはずなのに端と端で高さが一致しないことさえある。
浮遊城はさながら、建物の形をした有機体であった。バッジというナビゲーションなしではまっすぐ進むことさえできなかったことだろう。
不運なことに、地図で確かなのはどこに何があるという「点」の情報。
点と点を繋ぐ線は自分の足で歩いて作らねばならず、上下の位置関係もまた然り。
どこがリアクターの「一階層上」なのかは実際にそこまで辿り着いて穴を開けてみるまで分からない、という有様だ。

また、床に穴を空ける方法にも定石はなかった。
無謀な構造改変でリアクターが剥き出しになっていれば一番良いのだが、
制御室の分厚い隔壁ごと持ってこられている場合は、2人の力を合わせても傷を付けることさえできない。

そこで折衷案として、リアクター手前の隔壁が備わっていない通路を掘り当て、そこから下層に降りて炉内に侵入し破壊する方法が編み出された。
下の階層では期待はずれの光景を見ることが多かったが、今度はどうなるだろうか。

足元に拡大表示のマップを映し、それを照明代わりにして獣人のパイロットと金髪碧眼の姫君は走っていった。
新たな階層に壊すべき目標はいくらでもあったが、彼らはそれに片っ端から当たっていくつもりでいた。

ただの歩兵であるプリムに上級兵のジェイダスが注意を引かれたのには、それなりの理由があった。
本来3、4体を一小隊として巡回しているはずの兵士が、たった1人でうろついていたのだ。
支給された銃を構え、何食わぬ顔をして歩いているが、ときおり辺りを見渡すような不審な動きを見せる。

1体で二つの頭を持つジェイダスは互いに顔を見合わせ、そして追跡を開始した。

音もなく滑るように近づき、その背後に付く。
挙動の怪しいプリムは振り返らなかったが、こちらに気づいたのか一瞬だけ歩調を乱れさせた。

無言のまま奇妙な隊列は進んでいき、ついに閉ざされた扉の前まで来た。
この先は重要な区画として、全ての人形兵に識域下のレベルで刻み付けられていた。
一般の兵は滅多なことでは立ち入りを許されず、警備態勢は城内とは別個のものが用いられ、エインシャントの直接管理下に置かれている。

ジェイダスは静かにその両腕を構えた。プリムがその先へ行こうとする素振りを見せたのだ。
プリムは丸い手を扉の表面に当て、思案するように上を見上げる。開く気配が無いことを知ると左右を見渡し、壁をでたらめに叩き始めた。

偶然かそれとも計算ずくの行動か、その手が開閉装置に掛かった。
エラーを示すブザーが鳴り響き、プリムは慌てたように手を引っ込めた。
ジェイダスの背に緊張が走る。刃になった両腕にじわり、と闇の波が駆け巡る。

すると、プリムはいきなりくるりと振り返り、壁際に寄った。
こちらを見上げ、何かを待っているようだった。ジェイダスは揃って両方の首を訝しげに傾げた。

なおもにらみ合いを続けていると、プリムは壁に背中を付けた格好でじりじりと横歩きをし始めた。
今度は何をしているのか理解できた。こちらから逃げようとしているのだ。
ジェイダスの心は決まった。明らかにこの個体は正常から逸脱している。怪しきは即、斬り捨てるのみ。

真上で素早く両腕を交差させ、一気に斬りつける。走り出す隙も与えず、歩兵を塵に帰した。

しかし、そこで終わりではなかった。
渦を巻いて舞い上がる事象粒子の中から不意に、別のものが飛び出してきた。
青味がかった影。あまりの速さに輪郭がぼやけてしまっている。

その正体を見定めることもできないうちに、ジェイダスの思考はふつりと途絶えた。

――うーん。やっぱりこの兵隊さんでもあけてくれないのかな?

双子頭の人形を操ってドアをつつかせながら、カービィは首をかしげた。
黒く影に沈んだ刃先が当たるたびにコツコツと音が立ったが、誰もノックに応える気配が無い。
ひょいと横の方を見てみる。双子頭も釣られて横を向いた。

先程試そうとした壁面の開閉パネル。
しかし、双子頭の刀でそっと触れてみてもやはり扉が開くことはなく、廊下に短くブザーが響くだけだった。

――なにか大事なものがありそうなんだけどなぁ……

先ほどの人形兵の剣幕を思い返し、カービィは半透明の体をかしげた。
やはり、双頭兵士も一緒になって不思議そうに首をひねった。

フォックス達が城内に分散するリアクターを探している一方で、サムスとリュカが狙いに定めたのはただ一つ。
取り込まれたジャイロシティ研究所の大コンピュータ、"HVC-GYS"だった。
今まで収集した情報からすれば、その装置こそが全ての人形兵に思考を与え、敵と味方の区別をさせている最重要の設備。
従って、これを押さえれば形勢は一気にこちらの有利へと傾く。いわば、攻略のかなめだ。

その所在は、研究所時代と変わらず浮遊城のほぼ最下層に近いところにある。
AIが弾き出した予測ではあったが、これはほぼ確実なものとして考えられていた。

HVC-GYSは地上のジャイロシティ中央にある管理センターの、ほぼ真上に無ければならない。
通信の利便性もあったが、センターに残っていたデータによればHVC-GYSはその筐体の中に、
地上の装置から受けた斥力を建物全体に均等に分布させる装置も持たされているようなのだ。
もしもその位置を大きくずらしてしまえば浮遊城は瞬く間にバランスを崩し、重力に引かれて墜落してしまうだろう。
だから、今もHVC-GYSの筐体は斥力分配装置を抱えたまま、ほぼ同じ位置に置かれているはずなのだ。

小規模な戦闘を挟みながらも2人は足早に通路を進んでいた。
代わり映えのしない点検用通路、一向に見えない兆しに焦りを覚えていたが、
全速力で駆け出そうものなら自分たちの存在を通路の内外に大声で報せてしまうことになりかねない。

ふと、先を歩いていたリュカの歩みが滞った。
敵襲か。いや、彼は頭上を見上げているようだった。

「どうした」

サムスが短く声を掛けると、彼は「いえ」と首を振り再び歩き始めた。
しかし、どこか迷いを引きずっているようで、先ほどよりも歩みが遅くなっている。

その背中を黙って見つめていると、やがてリュカはこう尋ねてきた。

「サムスさん。その……ここのパイプを切ったら、上の方には"でんき"が行かなくなりますか?」

彼の質問の意図が一瞬掴めず、返答が遅れる。
だが、先ほどの彼の様子を思い出して、何を心配しているのかが理解できた。

「一時は止まるだろう。だが、君がいつか大工場で見たことと同じことが起こる。
ケーブルのような簡単な構造なら切断されても自己修復能が働き、元に戻る」

それは数々の人形製造工場を巡り、破壊してきた経験から来る言葉だった。
こちらを振り返って不安そうな視線を向けるリュカに、サムスはさらにこう言った。

「心配するな。
先ほど通信があったが、フォックスとピーチがリアクターを、つまりは電気を作りだす機械を壊しているということだ。
そちらの方は彼らに任せておこう」

それを聞くと、ようやくいくらか表情を明るくして彼は頷いた。

彼が再び敵の警戒に戻った様子を見届けてから、サムスはバイザーの裏に映し出された表示に目を向けた。
我知らず、眉を曇らせる。上層階に向かったチームが一つ、戦闘状態にあるようだった。
4人分の矢印は彼らの体力を忠実に示し、緑から黄色、そしてオレンジ色へと移り変わっていく。
その速度は目をみはるものがあった。

――"新型兵"か……

付近にいるメンバーで手の空きそうな者はいない。いるならば誰かしらそちらに向かっているだろう。
今は彼らがうまく切り抜けてくれるよう、願うしかなかった。

足音を忍ばせて進む彼らの行く先に、今までとは違ったものが現れた。
白みがかった四角。ライトを向けなくても闇の中にぼうっと浮かび上がっている。
近づくにつれ風の音まで聞こえてきた。外に通じているのだ。

辿り着いた2人は通路の終わりに立ち、外の風景を眺めた。
道はここで一旦途切れ、エネルギー供給ラインだけが宙に伸びてはるかな向こうまで続いている。
ケーブル越しに向こう側の様子を見ると、絶壁のあちこちに四角形の穴が開いている様子が見えた。
必要な部分を削り取られ、残りを最下層まで押しやられた部屋のなれの果てが堆積し、地層を作っているのだ。

吹き上げてくる風に髪を乱されないよう、リュカは片腕を上げて前髪を押さえていた。
ここをどうやって渡るのだろう。間隙を渡るケーブルは人の体重を支えられるほど太くはない。戻って別の道を探すのだろうか。
問いかけるように傍らの戦士を見上げると、彼女は黙って左手をこちらに差しのべた。

「前だけを見ていろ。あるいは目をつぶっていても良い」

相手の脇の下から支えるようにして腕を通し、リュカを抱え上げたサムスはそう言った。
胸部の装甲は前に突き出した作りになっていたが、リュカは片腕を精一杯伸ばしてその肩の稜線に手を掛けていた。
彼は肩越しに振り返って行く先を見据え、何も言わずに頷いた。

ぐんと大きく、最初の一歩が踏み出された。
自分の歩幅を超える大きさで辺りの風景が過ぎ去り、一気に開ける。

気がついた時には、2人は宙に身を投げ出していた。
重力が自分の身をどこまでもたぐり寄せ、耳元では風が甲高い叫び声を上げ、衣服と髪を荒々しく逆なでしていく。
このまま落ちてしまうのかという恐怖がこみ上げ、リュカは必死に鋼鉄の鎧にしがみついた。

その時、サムスが右腕のアームキャノンを高く掲げた。銃口から鮮明な水色のビームが迸る。
質量を持たないはずのそれは頭上に広がる構造物の一辺をしっかりと捕らえ、2人の落下を食い止めた。

両足を振って大きく弾みをつけ、前方に距離を稼ぐ。まだ向こう側には届かない。
ハンターは顔色一つ変えずに一旦ビームを解除すると、次の目標めがけて再び光の鞭を放った。
その頃にはもう、腕に抱えられた少年は固く目を閉じ、胸部装甲に顔を伏せていた。

広大な奈落を渡りきり、ようやく地面に下ろされたリュカは足が言うことを聞かず、床にへたり込んでしまった。
立ち上がれない様子の彼を見かねて、サムスはこう声を掛けた。

「大丈夫か?」

やはり、あの時彼の意思を曲げてでもフォックス達についていかせるべきだっただろうか。
そんな懸念が短い一言の中に含まれていた。
今からでは追いかけて合流させてやることもできない。だが、安全な場所を探して待機させるなら道中でも可能だろう。

彼女の心中を読み取ったか、少年は項垂れたまま首を横に振った。
やがて上げられた顔は、意外にも気丈な表情を見せていた。
それは心の奥底で仲間に必要とされなくなることを恐れていた頃には見られなかったものだった。

彼は、自分からこう言った。

「一緒に行かせてください。ぼくにだって、できることがあるんです」

そして、壁に手をついて立ち上がった。

必死の形相。仲間の名を呼び、白一色に満たされた平原を走るリンク。
白変した草むらは彼の足音を消し、その声さえも吸い込んでいくように思えた。

風もなく、音もなく、目を見開いて走り続けた彼の表情に、瞬時に警戒の色が走る。
剣を抜き放ち盾を構え、振り向く。ほぼ同時に、すぐそばの木から何者かが飛び掛かってきた。

赤褐色の金属に身を包んだ小柄な新型兵。
細長い尾を持ち、ぽかりと開いた眼窩に一つ目を光らせ、明確な殺意をもって真正面から迫ってきた。

剣を振り下ろし叩き落とそうとする。が、手応えがない。
宙で身を翻したそいつは器用に手をついて倒立したかと思うと、そのままこちらの顔面に向けて蹴りを入れてきた。

思わず顔を庇った盾に殴られたような衝撃が走る。
喉の奥で声をこらえ、リンクは後退して間合いを取った。

今まで見たことのない新型兵だが、とにかく身軽ですばしこいことはこれで十分分かった。
厄介な敵だった。足が遅ければ目くらましでいてやり過ごすこともできたのだが、この様子では何をしようと先手を打たれてしまいそうだ。
しかも、そもそもその先手として何をやってくるのかが分からない。

古参のファイターと引き離されたリンクはまともに戦うこともできず、すぐに防戦一方に追い込まれていく。
盾を構えて攻撃をしのぎ、顔面に飛び掛かってくるのを身を低くし、危ういところでかわす。
こうなればもう、自分の反射神経だけが頼りだった。

手も足も出ない様子のリンクを見て、赤褐色の新型兵はおどけたような身振りで近づいていく。
油断したのか、それともただの真似事なのか。リンクは相手から見えないようにして盾の陰で剣を構え、待った。
自分よりも背丈の小さい体がひどく恐ろしいものとして映っていた。リンクは眉をしかめ、剣の柄を握りしめる。

猿のように手をついて走ってきたそいつの体が、何の警戒もなしにこちらの間合いに踏み込んだ。

気合いと共に素早く、剣を振り払う。
しかし、その直前で相手はくるりと側転し、逃げてしまった。

視野から外れた敵を探し、首を巡らせたリンクは思わず目をみはった。
それまで動物そのものの動きを見せていた新型兵が、片手に銃のようなものを構えてそこにいたのだ。
予想外のことに反応が遅れ、避ける間もないまま乾いた破裂音と共に体勢を崩される。

たたらを踏んだところに狙いを澄ました蹴り上げが入り、体が宙を舞った。

――まずい、このままじゃ……

防ぎきれなかった攻撃の残滓は着実に蓄積し、相手の些細な攻撃でよろめき、吹き飛ばされるようになっていく。
敵にお手玉にされ、やがて倒れ伏す自分の姿。一面の白に、フィギュアの銅色。誰も助けには来ない。最悪の想像が頭をよぎる。

宙で背中が何かとぶつかり、リンクは不意に現実に引き戻された。

温かみをもった体。気のせいではない。人形兵以外の誰かにぶつかったのだ。
そのお陰で辿っていた軌道がそれ、リンクは赤褐色の兵士が放った追撃を免れることができた。

横様にすり抜けた新型兵がその背中に背負った金属塊から炎を吹き上げ、明後日の方向に飛んでいくのも気づかずにリンクは何もない空間を見つめていた。
たった今"誰か"とぶつかった場所を。

「おい!」

咄嗟に呼びかけてみたが、やはり返事はない。
だが、地面に降り立ったリンクの顔には先ほどまでの不安と焦りが見られなくなっていた。

自分は1人ではなかった。
仲間もまたここにいて、おそらくは自分のように新型兵と戦わされている。

なぜその姿が見えず声も聞こえないのかは分からない。しかし、これがエインシャントの罠であることは間違いないだろう。
今にしてようやく分かった。彼が城までの架け橋を架けた理由は、そして今まで人形兵に深追いさせなかった理由はこれだったのだ。
最上階へと迫るファイター達をここに導き、1人1人孤立させてからじっくりと、確実に倒していくつもりなのだ。

――そうは行くかよ!

何としてでも生き延びる。生き延びてみせる。
この状況から脱出する手がかりが見つかるまで、そして仲間と再び出会うまで。

草むらを蹴り、迫ってくる小柄な新型兵。
その身に詰まっているのは暴君の悪意と狂気に染められた黒紫色の綿。
プロロ島の風の勇者は臆することなく、強い眼差しでそれを見据えていた。

デュオンは、閉ざされた大扉を前に立ち往生していた。
後ろにはリムから連れてきた大隊が列をなし、指揮官の動揺を受けてざわめいていた。
また前には、2体のアラモス卿が両刃の剣を持ち、すらりと横に交差させて道をふさいでいた。

前後の両腕で身振りを付け、声に僅かに苛立ちを混じらせて、デュオンは先ほどから説得を試みていた。

「道を空けるのだ。我々はこの先へ行かねばならぬ」「この程度の戦力ではファイターの攻勢を止めることはできない」
「現に今も、この城の重要な設備が着実に壊されているのだ」「お前達の元にも報告は行っているはず。その意味が分からぬと言うのか」

だが、2体の上級兵は長剣を把持したまま微動だにしない。

「このままではエインシャント様の御身も危うい」「援護が叶わぬならば、せめて我等がこの兵達と共に壁となり」
「かの方をお守りいたそうというのだ。そのために我等は馳せ参じた」「それでも通さぬというのか?」
「どちらが真に主君を助ける行為であるのか、お前達は分かっているはずだ」

廊下には双頭の声だけが響いていたが、その威厳を持った声音も今やひどく無意味で虚しいものになってしまっていた。
かつての部下達は虚ろな目で『元』司令官を見上げ、通り抜けた向こう側を見つめている。
その様を見せつけられたガンサイド。その両腕が、徐々に震えを帯びていく。

「さあ、そこを退くのだ! さもなくば――」

ガンサイドはそう言い切ると、素早く右腕の銃口を構えた。
アラモス卿の片割れに、その顔面に向けて据えられたそれはしかし微かに、別の意味を持って震えていた。

兵士は動かなかった。目の前に向けられた暗い銃口を見たまま、あるいはその遠くの空間を見たまま何の反応も返そうとしなかった。

「くっ……」

デュオンは苦しげにかぶりを振り、後退した。
主は全てを見通していたのだ。どれほどの知能を持っていようと、自分たちはその頭脳に刻み込まれたプログラムに背くことができないのだと。

再び光を灯したアイセンサには、蓄積された疲労の色が濃く表れていた。
デュオン・ガンサイドは再び右腕を、今度は自らの頭上に向けると、言った。

「なれば……我等で道を切り拓くのみ」

閃光。

瓦礫の雨が降り注ぎ、瞬く間に小山を作り上げた。
もうもうとわき上がる煙も止まぬうちに出来たばかりの斜面を伝い、人形兵の大兵団が続々と上層階へ昇っていく。
デュオンもまた身をかがめると一息に天井の大穴を飛び越し、後には2体のアラモス卿だけが残された。

同胞が目の前を次々と横切りこちらを無視して上の階へと去っていく中、彼らもまた何事も無かったかのようにその場を守り続けた。
閉ざされた扉を背に長剣を交差させたまま、彫像のように静止していた。

兵を率いるデュオンはやがて、城の主塔をぐるりと巡る外縁の廊下へと辿り着く。
そこには、それまでの階層と打って変わって乱雑な光景が広がっていた。
灰色の壁にずらりと設置された巨大なスクリーン。それを見上げる兵士達は手元のコンソールに触れて下層の設備を制御し、
画面の中ではファイター達がそれらの妨害を退けたり、あるいは勢いに押し負けて退却していく。
また廊下の隅を見れば追いやられた余剰の空間が目立たぬようにあり、そこでは詰め込まれたロボットの残骸が埃を被っている。

枝分かれして中央部へと向かう廊下には巡回の一般兵が出入りし、そこにときおりファイターのコピーが混じる。
気のせいか、その割合が下層階よりも多いように感じられた。

ファイターと同じ仕草を見せて歩いて行くそれらに、苦々しげな目つきを向けていたデュオンはふと足を止めた。
代わり映えのしない制御区画を通り過ぎていこうとしたその時、一つのスクリーンが彼らの目を引いたのだ。

それは、とある大部屋の俯瞰映像だった。
ねじくれた木々を見てそれがこの近くの階層であることはすぐに察しがついたが、彼らが注目していたのはそこではなかった。

ファイターが4名、それぞれ新型兵との戦闘を繰り広げている。
彼らは時に戦いながらすれ違い、危ういところでぶつかりそうになってさえいた。
だが奇妙なことに、明らかに苦戦しているのにも関わらず他の仲間を助けに行くそぶりも、援護を頼む様子もない。
どころか、何かを探し求めるような顔をして辺りを見回し、すがるように呼び掛けている。

デュオンはすぐにその原因を察した。

――まさか……。

――そうだ、奴らには見えていないのだ。

デュオンは両頭とも横の大スクリーンに向け、ファイター達が苦闘する様をつぶさに観察していた。
後続の兵員には引き続き前進するように命じ、自らはその場に残る。

ソードサイドが部下に指示し終えた後ろで、ガンサイドが思わず声を出した。

「これが……」

無意識のうちに、思考が言葉となって出ていく。あまりのことに、言葉にせざるを得なかったのだ。

「これが、エインシャント様の仰っていた"ステージ"なのか……」

ファイターを迎え撃つべく特別に設計されたそれは、もはや戦場ではなく処刑場だった。
奇妙な孤立奮闘を続けるファイター達の様子を見ているうちに、デュオンはその仕組みに気がつく。

マスターハンドの招待に応えた戦士達は、ファイターになる際に認識の領域を拡張される。
言葉の間に存在する概念的な壁が取り払われ、そのお陰で彼らはまったく違う言語を喋っていても意思疎通ができる。
エインシャントはその仕掛けを流用し、いわば新たに壁を作り、互いの姿や声を認識できないようにしたのだ。

アイセンサの感度を上げると、4人のファイターが閉じ込められている室内に白い事象粒子が立ちこめている様が見えてきた。
おそらくはあれを使ってファイターの認識に介入し、妨害しているのだろう。

「なんと……」「なんと無慈悲な」

呆然と首を横に振り、やっとのことでスクリーンを離れる。
ファイターへの同情こそなかったが、デュオンは彼らの主が見せたあまりの非情さに戦慄し、改めて畏怖の念を覚えていた。

制御区画のゲートをくぐり、再びデュオンの視界が開ける。
天井の高い灰色の廊下は以前に訪れたときと変わりはなく、四方の建材が放つ光によってありとあらゆるものから影が失われていた。
置く像もないのに壁際には背の高い台座だけが点在し、極めて正確な間隔を持って並べられていた。
メタリックなコピー体が我が物顔で行き交い、コンピューターグラフィクスのようなこの光景を際立たせている。

自らが率いてきた連隊に追いつこうと車輪を走らせつつ、考え事に沈んでいたデュオンはふと顔を上げた。
後ろ側に位置するガンサイドが首を巡らせ、その新型兵を捉えた。

赤い人型の甲冑。廊下に満ちる淡い光に照らされ、真新しい金属の表面がきらめいている。
それはデュオンがこちらを見ていることに気がつくとわずかに身をすくませた――ように見えた。
だが次の瞬間には興味をなくしたようにそっぽを向き、歩み去っていった。

アイセンサの感度を上げる前にその姿は他の新型兵の中に紛れ、見えなくなった。

「頼んだっ……!」

声を振り絞り、フォックスがスマートボムを投げ渡した。
直後、鋭い剣戟をまともに脇腹に受け、彼は一瞬にしてフィギュア化する。

飛んできた爆弾を両手でしっかりと受け止めると、ピーチはその先へ進んだ。
追いすがる色彩豊かな甲冑の集団をかいくぐりその向こうのリアクターへ狙いを定め、思い切りボムを投げ放つ。

着弾を見定める余裕も無いまま、彼女はすぐに引き返した。
ドレスの裾をたくし上げ、硬質な床にハイヒールの音を響かせて走り、フォックスの動かぬ片腕を掴んだ。
フィギュアは思いのほか重たかったが、全身の力を振り絞り廊下の中へと引っ張り込む。それから急いで、両耳を塞いだ。

一瞬遅れて、凄まじい爆風が髪を騒がせた。
きつく閉じたまぶたの向こうで何か金属質のものが打ちつけられるような音がしていたが、それも止んだ。

ため息をつき、乱れた髪を軽く整える。
辺りにはオゾンのツンとするにおいが満ちていた。

最後にドレスのしわを伸ばしてから、横たえたフォックスの台座に手を触れた。
息を呑み、弾かれるように半身を起こした彼にピーチはこう声を掛けた。

「ハイ。お元気?」

緊張のあまり眉間にしわを寄せていたフォックスの表情が、ほんの少し和らぐ。

「まぁ、何とかな」

侵入の際に開けた穴から再び上の階に戻り、2人は壊してきた目標の座標をマザーシップのAIに送信する。
それに応え、わずかなタイムラグをもってホログラムの地図が更新された。

「この辺りのはほとんど壊せたみたいね。フォックス、爆弾はあとどれくらいあるの?」

そう尋ねたピーチの前に、スマートボムが差し出された。
その向こうに、真剣な顔をしたフォックスがいた。

「1つだ。俺達はこれで、できる限りのことをやらなくちゃならない。
……つまり、なるべく大きな的を墜としに行くってことだ」

ボムを腰のベルトに戻し、彼はホログラムの一点を指さした。
2人の進行方向、城の中心部に近い二重円。薄茶色の体毛に包まれた指に被さった表示は、"メインリアクター"と読めた。

それを見ていたピーチは、ホログラムが映し出した別のものに気がついた。
ほぼ赤に近づいている矢印。それも一つや二つではない。彼女はかすかに息をのみ、目を見開く。
その辺りでは表示装置の焦点が外れて像を結びきっておらず、ぼやけていてその名前は見えなかったが、仲間の誰かが危機に瀕していることは明白だった。

口をつぐんでそれを見つめ、ピーチは顔を上げる。
フォックスが厳粛な面持ちでこちらを向き、決意を問いかけていた。

姫は気丈な笑顔を返し、こう応えた。

「ええ。行きましょう」

エインシャントの掛けた巧妙な罠にも、ただ一つの弱点があった。
それは、触覚だけは誤魔化せないこと。

もちろん、触覚で感知できる距離は肌が触れるごく狭い範囲でしかない。
エインシャントも遮蔽する意味を見いだせなかったからそのままにしていたのだろう。
だが、それがファイター達に思わぬ抗戦の手段を与えることになっていた。

新型兵は4人をなるべく引き離すようにして戦い続けていた。
しかし、ファイターは元々空間を広く自由自在に使い、闘うようにできている。
わずかな隙をついて包囲網を抜けたり、追撃を避けて相手が意図しないような方角に走ってみたり、
そうした瞬間に、ファイター達は自分が何か不可視の物体にぶつかることに気づきはじめた。

よく注意して見れば、視線などあってないような顔をした新型兵がときおり他の場所を見つめ、
明らかに自分以外の"何か"を捉えていることが分かってくる。
新型兵の猛攻を避けつつその理由を考え、4人はそれぞれのタイミングで同じ答えに辿り着いた。

ちらりと敵の眼窩で狐火が揺らめき、マリオは新型兵の注意が逸れたのを察した。

――よし、そこか!

大まかなあたりを付けると、彼は足早に後ずさりをはじめた。
そうしながら左手を後ろに向け、振り回して探っていく。不格好だが、今は外見を気にしている暇などない。

感触があって、左手が何か筒状のものを掴んだ。
無音のままそこから長細いものが飛び出し、手の甲を越えてこぼれ落ちていく。

――矢筒……この背丈はリンクか?

反射的に振り返ったがそこには誰もいない。だが、何も見えないことが今は嬉しかった。ついに見つけたのだ。

「すまん、何本か落としちゃったな!」

伝わらないことは分かっているが、マリオは後ろにそう声を掛けた。
見えない手が慌てたようにこちらの手を探り、そして見つけるとばしばしと叩いた。待ちくたびれていたようだ。

「そのままで良い。戦い続けてくれ!」

そう言い終わらないうちに、手の甲に載せられた温かさが消えた。盾を持ちに行ったのだろう。
彼は両手に様々な武器を持って戦うスタイルだ。本当は腕を組んでおきたかったが、贅沢は言っていられない。

マリオは次いで、辺りの景色を目に焼き付けた。
ここには1本として同じ格好をした木はない。周りの4本くらいを覚えておけば同じ場所に留まり続けられるはずだ。
苦渋の末、彼はリンクも同じことを考えていると信じて、その手を離した。

たちまち革の感覚は消え、茫漠とした白い平原が目の前に戻ってくる。近づいてくる青色の甲冑も。
しかし今はその背中に温かさを感じていた。幻覚かもしれないが、自分は1人ではないと思えば胸の奥底から勇気が湧いてくるのだった。

放たれた光弾を見据え、慌てずに鏡の盾を掲げる。
腕に衝撃。硬い音が響き、彼方で新型兵がのけ反った。すんでの所で身を翻したのだろう。

――当たってくれないか……

ピンと尖った二本の角を持つ藍色の新型兵。
白く光る両手から青いオーラを立ち上らせ、足音も立てずに草むらを踏みしめてそれは近づいてくる。
視線を逸らさずに神弓を構え、迎え撃とうとしたピットはぴたりと動きを止めた。
ふくらはぎを、靴越しに何かが叩いていったのだ。

硬質な感触。
倒れ伏した音も叫び声も聞こえなかったが、何が起きたのかは分かっていた。

「ルイージさん!」

すぐさま振り返り、白色の草むらに跪く。
何も見えない空中に手をやり、無駄とは分かっていても目で、そこにあるはずの姿を探す。
エインシャントの罠はよほど巧妙に作られているらしく、草むらにはフィギュアが倒れた痕さえ見あたらなかった。

懸命に探し続ける彼の耳が、微かな音を捉えた。
振り向き、目をみはって、横っ飛びに受け身を取る。
ほぼ同時に、先ほどまで自分の頭があった辺りを影が過ぎ去っていった。突き出した足に青い炎を纏わせて。

その影の軌道が、何かに弾かれ、僅かに逸らされた。

――そこだ!

立ち上がるが早いか、ピットは駆け出した。
ほぼ前傾姿勢になりながらも翼でバランスを取り、飛び込むようにして虚空に手を伸ばす。
今度は確かな感触があり、そして数刻のうちに消え去った。

前に転がり込んで勢いを殺した彼の、弓を持った方の腕が軽く二度叩かれた。
目をやってもそこには何も見えなかったが、あの白い手袋の感触は残っていた。
束の間、安堵が心を満たす。

青い目を一つ瞬き、次の瞬間には彼は目の前の敵へと向き直っていた。
背筋を伸ばして立ち、ゆっくりと弓を引き絞る。

――こんな方法がいつまで持つだろう……

愁眉は、驚愕の表情に取って代わられた。

見開いた目が捉えたのは上空から降ってくる新型兵の姿。
空のどことも知れないもやを次々と突き破って現れ、鮮やかな色彩を持つ彼らは立ち尽くすピットを遠巻きに取り囲みはじめた。
痺れを切らした城の主が、さらなる増援を送り込んできたのだ。

女性がそばにいる手前、軽々しく舌打ちなどできない。
その代わりに食いしばった歯の隙間から低く唸って、フォックスは苛立ちも露わに廊下の向こうを睨みつけた。

「流石にここまで来れば手口に気づくか……」

2人が隠れた廊下の角から数smスペースメートル行った向こう側は、開けたホールになっていた。
そこにたむろするようにして、銃を持った緑帽から双頭の影人形、そして真新しい鎧姿の新型兵までが揃っている。
見える範囲でも数十体はいるだろうか。彼らの立てる物音が低いざわめきとなってここまで届いてきていた。

2人が辿り着いた場所、メインリアクターがある辺りの一階層上にはいつの間にか物々しいまでの警備網が張り巡らされていた。
いったいどこからこれだけの兵をかき集めてきたのかと思うほどだったが、おそらくは元々リアクターに配置していた分を上に持ってきたのだろう。
フォックス達が一撃離脱の奇襲戦法を繰り返すうちに、いくら制御室内に兵士を置いても意味がないと気づかれてしまったのだ。

フォックスはもう一度、足元に表示させた地図に目をやる。
人形兵が配置されている範囲はリアクターの置かれた制御室ばかりか、その外周の廊下の上にまで広がっていた。
ホールから伸びる廊下の方角は一階層下のそれときっかり一致しており、そしてその範囲にはきっちりと人形兵の部隊が置かれている。
これでは侵入するために上階の床から穴を穿つことさえままならない。ただでさえ少ない選択肢を削られたようなものだ。
このままホールを強襲し、隔壁を壊すだけになっても良いからスマートボムを床に投げつけるか、それとも引き返して階層を下り正規の入り口から入るか。

刻一刻と時間は経ち、焦りに焚きつけられて思考は空転を繰り返す。
眉間にしわを寄せていたフォックスは、自分の名前が呼ばれたように思ってはっと顔を上げた。
気のせいではなかった。いつの間にかピーチが後ろの遠くの方に移動し、こちらに向けて手を振っている。

駆け寄ってみて、彼女がずいぶん明るい表情をしている訳が分かった。

「こいつは……」

その先が続かず、フォックスはぽかんと口を開けたままそれに見入った。
それは、床に開けられた大穴だった。崩れ落ちた瓦礫が壁側に積もり重なって斜面を作り、下の階からここまでの道を作っている。
下をのぞき込むと、もう少し奥の方に同じような穴が開いているのが見えてきた。

「誰のお陰か分からないけれど、これでだいぶ近道ができそうよ」

ここまでの威力を発揮できる何者かにフォックスが内心で警戒している一方で、ピーチは嬉しそうにそう言った。
穴の断面は真新しかったが、空気中に埃が舞っている様子はない。つまり塵があらかた地面に落ちてしまう程度の時間は経っていると言える。

「その"誰か"に感謝しなくちゃな」

フォックスは口の片端をにっと吊り上げ、そう応えた。ピーチのそれとは異なり、彼のその笑みにはある種の凄みがあった。
彼は下層階の壁面を見つめていた。衝撃のあおりを受けてひびの入った灰色の壁。その隙間から微かにリアクターの青白い光が漏れていた。

盛大な花火の音は、いくつもの階層を隔てた上には届かなかった。
その代わりに、マリオ達は視覚的な変化としてそれを知った。

彼方に、忽然と人影が現れる。茶髪の天使と、緑帽子の弟の姿。
2人は辺りを見回し、そしてこちらに気がつくとぱっと顔を明るくした。
後ろから聞き慣れた声も聞こえてきた。

「おっ、やっと見えた!
おーい、そっちは大丈夫かーっ?」

振り返るとリンクが口の横に片手を当て、もう片方の手をめいっぱい振っていた。
安堵がゆっくりと追いついて、マリオは額の汗を拭うと大きくため息をついた。

「いやぁ……良かった良かった」

「良かったって、まだ全部解決してないだろ。どうすんだよ、この新型」

リンクが口を尖らせてそう言い返した。
4人に掛けられた罠が解け、互いの姿が見えるようになったのは良いが、それぞれが戦っていた新型兵までもが一気に姿を現していた。
彼らは光る拳を構え、あるいは武器と一体化した手を掲げ、こちら全体を一括として倒すべき対象と取り始めたらしかった。

ファイター達は駆け寄り、自然と互いの背を預けて円陣を組む。
木々を何本か隔てた向こう側から、10や20ではきかない数の新型兵が純白の草生えを踏みしめ、じりじりと迫りつつあった。

他に起こった変化が無いかと辺りを見回していたピットは、今までとは平原の見え方が違うことに気がついた。
地平線さえも曖昧でどこまでも広がるかに見えたこの空間に、壁が現れていたのだ。これもまた、見えなくされていたものの一つだろう。
しかし前後左右をくまなく見てもその壁に出口らしきものはなく、扉さえ見あたらない。

次いで、有限の大きさに縮んだ平原から上へと顔を上げた彼は、空が無くなっていることに気がついた。
そこにあったはずの白い空は消え去り、代わって暗く大きな四角がぽかりとそこに浮かんでいる。
見ているうちに四角の左右から灰色の壁がせり出してきて、そこでようやくその正体に気がついた。

我に返ると、ピットは他の3人に声を掛けた。

「上です! 真上に出口が!」

指さす先をはっと見上げた3人の顔に、失望の色が浮かぶ。彼らの足では上まで届かないのだ。
しかし、彼らは諦めた訳ではなかった。

「僕が往復します」

そう提案したピットに、マリオは一つ頷くとこう言った。

「じゃあリンクを頼む。俺達は何とかするから、先に行ってくれ」

「はい!」

答えるが早いか、ピットはリンクを片腕で抱え上げ、翼に青い輝きを乗せて飛び立った。
驚きに目を丸くしているリンクの顔が見る見るうちに遠ざかっていき、灰色のシャッターを越えて向こう側に消える。

それを見届けると兄弟は顔を見合わせた。

「先に行くんだ」
「兄さんが先に」

同時に言って、同時に口をつぐむ。一瞬の後に思わず笑いがもれた。
双子はどこまでも似たもの同士らしい。失笑しながら首を横に振り、ルイージがこう言った。

「僕は後からでも大丈夫だよ。兄さんこそ先に行った方が良い。
だって、僕よりも高く跳べないでしょ」

「そりゃそうだけどさ。でも、だからこそ俺が残るべきだ。
せっかくお前にアシストしてもらっても肝心の所で手が届かなかったらかっこ悪いだろう?」

大まじめな顔をしてマリオはそう答える。
この反論は予期していたらしく、ルイージはすぐにこう切り返した。

「じゃあ兄さんが残ったとして、ピット君が運べると思う? この高さを飛んでいくんだよ。
それに最近、兄さんちょっと太ったよね」

「あっ、それを言うかお前」

軽く肩を殴るふりをするマリオ。
だが、あまりふざけてもいられない。新型兵の包囲は徐々に狭まり、頭上のシャッターも刻一刻と間を狭めつつある。

まだ笑いながら、何とか真剣さを取り戻そうとしつつルイージはこう言った。

「ごめんごめん。
でもそういうことだから、兄さんが先に行ってよ。僕も後から追いかけるからさ」

大きく息を吸って胸を張り、マリオはゆっくりと頷いた。

「……分かった」

弟はそれに頷きだけで答え、背後の敵までの距離を測るとできるだけ後ろへと後退していった。

腰を低くし受けとめる姿勢を作った彼に向けて、マリオは狙いを定め、全速力で駆け出した。

靴が草むらを踏みしだき、はるか後方へと蹴り上げる。奇妙な木々の姿が過ぎ去っていき、そして彼は大きく踏み切った。
一方の弟はその軌跡を注視し、それがある一点を越えたところで自分も跳び上がった。
手袋をはめた手を掲げて、やって来た兄の茶色い靴をとらえ、さらに上へと力強く押し上げる。まるでトスをするように。

弟が背中を下に落ちていく一方で、兄は自分1人では到達できない高みへと上昇していった。
ファイターとして与えられた力を使って宙を蹴り、そしてもう一度、腕を振り上げて弾みを付ける。
ひたすらに上へと向けられた視線が灰色のシャッターを捉え、伸ばされた手がぎりぎりでその端を掴んだ。

残されたルイージも、マリオが無事に向こう側に辿り着いた様子を見ていた。オーバーオール姿がシャッターの縁を掴み、よじ登っていく。
自分が登っているわけでもなかったのだが、思わず一緒になって息を詰めていた彼は大きく安堵のため息をついた。

「はぁー、良かった……」

草原に胡座をかいたまま、頭上を見上げる。
その後ろで軽やかな着地の音がした。振り返ると、ピットがその白く輝く翼を広げ、降りて来たところだった。

「遅くなってすいません。さあ、僕らも行きましょう」

はきはきとそう言った彼に応え、立ち上がったところで気がつく。
2人の身長差はさほどなく、抱える手段が無いように思ったのだ。

結局、心配するほどのことはなかった。後ろから脇の下に腕を通してもらい、抱え上げられる形で飛んでいくことになった。
さすがにリンクの時ほどすんなりとは昇っていけなかったが、それでも一羽ばたきで新型兵の包囲を抜け出し、そのまま順調に上昇していく。

しかし、これを黙って新型兵が見送るわけもなかった。
獲物を捕まえ損ねた彼らが恨めしそうに見上げてくる中から不意に翼を持った姿が飛び出してきた。

コウモリのような立派な翼に、光を灯した長い尾、ツノを備えた長い首。
オレンジ色の甲冑に身を包んだ、まるでドラゴンのような新型兵。

立派な翼をはためかせ、見る間に距離を詰めてくる。
ついに真正面に来たそいつは、こちらに虚ろな顔を向けて首をのけ反らせたかと思うと、裂けた口から激しい炎の息吹を噴き出した。

「掴まって!」

ピットは短く声を上げ、翼を一つ大きくはためかせる。
身をひねり、目の前に立ちはだかった炎の柱を背中からすり抜けて越え、その先へ抜ける。
炎が髪の毛を焦がし、翼に灼けるような熱を感じた。

「わっ!」

抱えられたルイージが悲鳴を上げた。見ると、彼の片足に小型の新型兵が組み付いていた。
背中に背負ったジェットパックからはまだ煙がなびいている。
瓜二つの新型兵が何体もいるらしく、地上から赤褐色の甲冑が群れをなして飛び立つ様子まで見えてきた。

ピットは目を疑った。明らかに地上の新型兵の数が増えている。
辺りの様子を見てその理由が分かった。白い草原のあちこちで黒紫色の波が沸き立ち、ざわりと嫌な音を立てて金属の甲冑が現れる。
地面から影蟲が湧き出てきて、次々と新型兵に姿を変えているのだ。真下の平原は既に足の踏み場もないほどに埋め尽くされていた。

はっとして、視線を手元に戻す。

「大丈夫ですか?!」

緑帽子の青年は、まだ苦戦していた。
ルイージが小柄な人形を足から振り落とせずにいるうちに同型の兵士が次々としがみつき、ぶら下がっていくのだ。
助けようにも、両腕が塞がっている今はどうすることもできない。自分ができるせめてものことは、早くここを脱出すること。

そう言い聞かせて上に視線を戻した天使の目に、絶望の影がよぎる。
脱出口はあまりにも遠かった。彼の予想をはるかに超えて。
シャッターはいよいよ閉じていき、背の翼からも徐々に力が失われていく。
上では竜に似た新型兵が何体も待ち受けて、嘲笑うかのようにこちらを見おろし、牙のない口から炎の舌をちろちろと覗かせている。

それでも口を引き結び天井を睨みつけ、ひたすらむきになって翼を羽ばたかせていると、腕の抵抗が変わった。

「……君だけでも……逃げて!」

驚いて下を見ると、ルイージが無理な体勢から身をひねり自分から抜け出そうとしていた。
自分の見ているものが信じられず、ピットは唖然として目を瞬いた。

「なんで……だめです、ルイージさん!
僕にあなたを置いて行けと言うんですか?!」

ルイージはこれを聞き入れず、ついに右腕を放させた。しかし、すぐさま伸ばされた手がそれを掴みしっかりと引き寄せる。

たった1人で灰色の世界を彷徨っていた自分に声を掛け、人形兵から救い、そればかりか食べ物まで分け与えてくれた人。
その恩は返そうと思っても返しきれるものではない。伝えようにも、今はこれしか言葉が出なかった。

「最初に僕を、見つけてくれたのは、あなたです! だから……!」

苦しげな声はそこまでしか続かなかった。ピットの翼は限界を迎えようとしていた。
すでに最後の手段である"飛翔の奇跡"も発動させ、その翼は淡く青い光に包まれている。
だが2人はいつしか上昇を止め、じりじりと引き下ろされつつあった。翼の光も弱々しく瞬きはじめ消えかかっていた。

新型兵は今や互いの身体を足がかりにして2人のファイターを地上に繋ぎ止め、その牽引を盤石のものにしていった。
糸は柱に、柱は山になり、虚ろな眼窩に光を爛々と輝かせて彼らは同胞の身体を登り続ける。

雑多なメタリックカラーのモザイクの中にオーバーオール姿が消え、じきに白い翼の天使も飲み込まれていく。
すがるように伸ばされた手のはるか彼方で、無情にも灰色のシャッターは重々しい音を立て、完全に閉じてしまった。

その音は僅かな地響きを立て、辺りに響き渡った。
平原とは打って変わって照明の乏しい大部屋。暗闇の中あちこちに張り巡らされたむき出しの鉄骨が共鳴し、かすかに振動していた。
巡回していた新型兵や一般兵は足を止めることもせず、与えられたルートを歩き続けていた。

2人のファイターは部屋の一角、シャッターから遠く離れた階段の陰に身を潜めていた。
暗がりにかがみ込んだ2人のすぐそばを、鉄板一枚を隔てて兵士が巡回していく。

マリオは音が聞こえてきた方角を見つめ、やがて黙って立ち上がる。
立ち去ろうとする彼を、リンクが呼び止めた。

「おい……どこ行くんだよ。
そっちじゃないだろ。助けに行くんじゃないのか?」

目を疑い、遠ざかる背中に呼び掛ける声は次第に大きくなっていった。
自分の声が辺りに淡く反響し、そのこだまに思わずびくっと肩をすくめるとリンクは口をつぐみ、走り出した。
これ以上騒いだら危険だ。せっかく逃げてきたのに、新型兵にまた見つかってしまったら元も子もない。

「待てってば」

声を押し殺して言った。去っていこうとする肩に手を掛け、力に頼ってでも止めようとする。
すると、マリオは思いがけないほど唐突に立ち止まった。

「先に進もう」

彼は静かに言った。そして、顔を上げてこちらを見た。

その顔にあったのは弟を含む仲間を失った苦痛でも、自分の無力さへの後悔でもなく、
それらを内に押しとどめてなお強く輝く、揺るぎない決意だった。

「今は前を向いて進もう。
2人の分も。それが今の俺達にできるたった一つのことなんだ」

彼らが再び歩き始めた場所からそう遠く離れていない階層の片隅にある、忘れられた部屋。
灰色の壁からの照明も届かず、室内は埃と冷気と暗がりに支配されていた。
目を閉じ、辺りの暗闇に同化するようにして、微動だにせず仲間の到着を待つファイターの姿があった。

彼、メタナイトは直前に見た通信機の映像を思い返していた。
緑から黄色、赤。そして翻って緑に。危ういところで変転を繰り返していた矢印が、ここに来てついに動かなくなった。
戦闘不能を示す赤に染まった2つの矢印は――わずかな希望を掛けて待ち続けたが――ついぞ元に戻ることはなかった。

――我々も、一刻も早く次の行動に移らなければ……。

心の中で呟きながらも、彼はこの場を動くことができなかった。
壁を一枚隔てた向こう側では巡回兵がひっきりなしに行き交い、手頃な獲物を求める新型兵までもがうろついている。
彼は自分の実力に自信を持っていたが、同時にその限界もわきまえている。余程のことがなければ分不相応の戦いを挑むことはしない。

だから、出し抜けに目の前の天井が抜けた時も、彼が取った行動は素早い退避だった。

マントに身を包み、闇に紛れて部屋の後方へと瞬時に移動する。
だが、やって来た者の姿を捉えた彼は呆れたように目を半眼に細めた。

「驚かせるな」

そう言って、一旦は青眼に構えた剣を背に掛ける。
操っている赤色の新型兵に天井を踏み抜かせたカービィは、そのまま兵士を立ち上がらせると全く反省のない笑顔を返す。
しかし、何だかんだいって新型兵を手なずけてしまったあたり彼はただ者ではなかった。

「ごめんごめん! ちょっとかげんが分からなくって」

ちょっとどころでは済まなかった。
誰もいないはずの部屋から爆音が聞こえてきたことに反応し、外が騒がしくなりつつある。

「そうだ。ぼく、なんだかすっごいもの見つけたんだけど――」

気づかずに話を先に進めようとする彼を、剣士が遮った。

「後にしろ。今はここから出るぞ」

きょとんと目を瞬くカービィの目の前で青い影はさっさと天井の穴を抜け、その向こう側に行ってしまった。
カービィはむくれつつも新型兵にその後を追わせる。

「もう、まだ話のとちゅうなんだけどな」

赤い新型兵は低く腰を落とし、炎を引き連れて勢いよく跳び上がった。

出た先は幅の狭い通路になっていた。天井だけはやたらと高く、見上げた先から明かりがもれているのが分かる。
左右の壁に手を当てると、それがわずかに振動し熱を持っているのが感じられた。立ち並ぶ巨大な機械、自分たちはその後ろにいるのだ。
裏側を見ている今はその役割が何であるかは当てられないが、大まかに言って計算処理装置の一種だろう。

「それで、これが侵入経路なのか?」

新型兵の肩に掴まる幽霊を見上げ、メタナイトは聞いた。

「うーん……はんぶん、当たり」

珍しく、言いにくそうにして彼はそう答える。
何か伝えなければいけないことがあるが、伝えられない様子だった。彼であってもためらうようなものらしい。

「ここをぬけてくとね、おっきなとびらの近くまで出るんだけど……。
でも、その先はこのにんぎょうさんでも入っちゃいけないみたいなんだ」

新型兵に身振り手振りで伝えさせるカービィ。
対ファイター用兵器としては最強であるはずの新型兵でさえ進入が禁止されている部屋があるとは妙な話だった。
念のため、仮面の剣士はこう尋ねた。

「他に道は無いのか」

新型兵とカービィが揃って首を横に振る。

「あるにはあるんだけど、どれも同じなんだ。
ちゃんと確かめたよ。とびらは閉じてるし、だれもでいりしてない。
でも、さっきやっと分かったんだ。入ってくにんぎょうさんを見たんだよ。それで分かった」

その顔にできる限りの真剣な表情をして、彼はこう続けた。

「あの先には、フィギュアをもったへいたいさんしか入れないんだ」

そこでしばし、会話が途切れる。

ホログラムに映し出された赤い矢印は誤報ではなかった。
彼らは開かずの扉の向こうに連れて行かれ、おそらくはすでにエインシャントのコレクションにされてしまったことだろう。
そして同時にそれは、これまでに捕らわれてきた仲間達の全員がこのフロアに、駆け寄れば到達できるような場所にいるということでもあった。

フィギュアが連れて行かれる先とすれば一つしか思い当たらない。
断片的な情報が次々と繋がり、2人の間には期待と警戒とが入り交じった複雑な沈黙が広がっていった。

「おねがいっ」

唐突に、新型兵が光る手を合わせた。肩の上でカービィもぎゅっと目をつぶっている。

「ついたらぜったい起こすから、ちょっとのあいだフィギュアになって!」

虚を突かれ、仮面の剣士は何も言えずにただ相手の顔を見上げた。

理屈は分かるが、途方もないお願いをされたものだ。
困惑しつつ返す言葉を探していたメタナイトは、肩越しにカービィの様子を見てこれだけを言った。

「……お前は手を合わせないのか」

「だって、ぼくが手をはなしたらこの子が起きちゃうよ!」

まるで赤ん坊でもあやしているかのような言い方だった。

だがメタナイトはすでに相手を見ていなかった。彼方の虚空を見つめ、何事か、この場では彼にしか分からないことを考えていた。
重々しい沈黙が過ぎ去って、やがて彼は決心をつけるように一つ深呼吸し、カービィに向き直った。

「他に方法は無いようだな。
……分かった、なるべく一撃で終わらせてくれ」

彼は背に掛けた剣をそのままに、まったくの徒手でそこに立っていた。
覚悟に拳を握りしめこちらを見上げるその様子に、カービィは驚いたように目を瞬き、すっとんきょうな声を上げる。

「……ぼくがたおすの?!」

「お前に操られているとはいえ、一応は敵に属するものだろう。
それに、他の雑兵に倒されるよりはまだ良い」

淡々とした、それでいて大岩のように動かしがたい決意に満ちた声だった。

数分後、カービィの操る新型兵は1体のフィギュアを抱え、大きな扉の前に立っていた。
真紅の新型兵と一緒に見上げる彼の前で、扉は音もなく滑らかに開いていった。

そして、彼は扉の向こう側へと足を踏み入れる。
抜けた先にはそれまでと変わらない灰色ののっぺりとした廊下が広がっていたが、すぐに明らかに異なる点が見つかった。
こちら側では、巡回している兵隊のほとんど全てが新型兵で構成されていたのだ。

扉が開いても彼らが外に出て行く様子はなく、こちら側の新型兵が全く別の統制下にあることを示唆していた。

様々な色調の甲冑が肩をそびやかして歩いて行く中から、2体の兵士がカービィの操る新型兵の元にやって来た。
剣と盾らしき形の光を灯した緑の人型と、小柄で黒く、少し扁平な体型の甲冑。
カービィは一目見てそれの元になった仲間が誰であるか分かったが、驚いたり後ずさるようなことはしなかった。

身の丈も姿もちぐはぐな2体の新型兵は部屋までの先導を司っているようだった。
赤い同胞の肩に余計なものがくっついていることには気づかず、2体は先に立って廊下を進みはじめた。
カービィも変な真似はせず、なるべく人形らしく見えるように努力しながらその後ろをついていく。
彼は操っている人形兵の腕越しに、抱えた友達の重みを確かに感じていた。

やがて周りの人影もまばらになっていき、彼は薄暗い区画に通された。
物々しい気配の漂う一画だった。廊下の片側は吹き抜けに接しており、余程の高さがあるのか欄干が渡されている。
翻って反対側、ほとんど黒に近い灰色の石壁の中ではいくつもの紫色の光が束を作り、生き物のようにうねり続けていた。

その光景に見とれていると、黒と緑、2体の新型兵が歩みを止めた。
入り口の両脇に立ち、こちらをじっと見つめる。どうやらこの中に入れと言っているらしい。
カービィは自分まで人形のように鯱張って、2体の間を抜けていった。

その向こうにあったものを見た彼は思わず目を丸くし、その場で固まってしまった。

「……」

声には出さなかったものの、彼は口をぽかんと開けていた。
無理もなかった。彼がエインシャントのコレクションをその目で見たのはこれが初めてだったのだ。

ゆるい扇状に曲げられたひな壇。その段に備えられた円形の窪みはあらかた埋まっていた。
数えている余裕があれば、空席の総数と自分たちの人数とが一致していることが分かっただろう。
それぞれにステージの前方を見つめ、彫像のように動かない仲間達。足元には様々な太さのケーブルがのたくっている。
まばゆいスポットライトが当てられ彼らの肌を燦然と輝かせていたが、もはやそれはただの嫌がらせとしか思えなかった。

カービィの操る新型兵は、そのひな壇を真横から眺める位置にいた。
明るさに目が慣れると、カービィはあることに気がついてさらに身を固くする。
この部屋にいたのは彼だけではなかったのだ。こちらの見る前でスポットライトを背に立ち、フィギュアの列を見つめる者がいた。

深緑の古風な長衣に尖った帽子。手足どころか素顔さえも隠した暴君。
そこにいたのはエインシャント、まさにその人だった。

照明の眩しさゆえか彼はこちらに気づいた様子も無く、朗々と何事かを語っている。
気づかれていないのを幸いに、カービィは人形兵を操ってじりじりと横に移動しはじめた。
気の遠くなるような時間を掛け、辺りに立ち並ぶ柱の陰に隠れられたところでようやく一息つく。

反響の仕方が変わり、エインシャントの声がはっきりと聞き取れるようになっていた。

「最善の解決策とは、常にシンプルで無駄がないものだ。
だが、それゆえに辿り着くまではひどく苦労し、時間を浪費させられる」

その声を聞いたカービィは思わず身をすくませた。周りの気温が一気に下がったように思えたのだ。
暗い洞窟を吹き抜ける風のように低く、虚ろで冷たい声。初めて聞いたエインシャントの肉声はそんな印象を伴っていた。

『たいそうご満悦の様子』『余程の名案を思いつかれたのでしょうな』

別の声が響き渡った。しかし、ちらと見えた室内にはエインシャントの他、警備している新型兵くらいしか姿はなかったはず。
カービィはそっと柱の陰から新型兵の顔をのぞかせた。自分もその肩越しに向こう側を見つめる。

エインシャントの横にぼんやりと、青い幻が浮かんでいる様子が見えてきた。
彫刻作品のようなシルエットを持つ双頭、デュオンの上半身が空中に映し出されている。

デュオンはその声に、どこか不服そうな気配を漂わせていた。
またもや延々と待たされた後にようやく謁見を許され、さすがに疑念を隠しきれずにいたのだ。
城内の施設を徐々に破壊され、ファイターがこちらへ向かっているのにも関わらず、主君に焦る様子が見られないことに。

『誠に勝手ながら、あなた様が上層階にて封鎖を敷いておられる間に』『我等は独自に調べさせて頂きました』
『それによれば、ワームホール生成装置の充填は9割までが完了し』『向こうまでの道が開くまであとわずかとなっている』
『"駒"の不安定性を取り除かぬうちからワームホールを開くはずはない』『つまり、あなた様が仰っている"解決策"とは――』

「他に何がある?
そう、その通りだとも。完璧な私の"駒"を作るために欠けていた要素が分かったのだ。
……いや、余計だった要素、と言うべきかもしれんな」

何かが起こるという予感に、胸がざわついていた。
カービィは口を引き結び、おでこに付けたバッジ型通信機のスイッチを押した。音もなく、通信機が録音モードに切り替わる。

「"駒"の不安定性は何処から来るか?
失敗作だったあの2体はいずれも、同郷の者との接触によって支配が解かれた。
つまり、"記憶"。"思い出"。そしてそれに付随する"感情"!
それが凍結された心の隙間から入り込み、擾乱をもたらし、大きなうねりとなって軛を粉砕してしまったのだ」

フィギュアを抱きかかえる赤い人形兵の腕に、そっと静かに力が込められた。

「私は注意深くファイター共の心を封じた。再び目覚めぬよう、何重もの縛めを掛けた。
だが封じるだけでは不完全だったらしい……私は甘かったのだ。何においても徹底して当たらなければならなかったのだ。
かつての奴らと同じ道を辿りかけていたことに、今になってようやく気がつくとは何とも嘆かわしいことだな。
我が兵を無敗の戦士にするために必要だったもの、それはすなわち――」

大きく息を吸い込む気配があって、暴君はこう言い放った。

「奴らの心を、完全に消し去ることだ!」

『……消し去る』

半ば呆然として、デュオンが呟いた。

『記憶に反応し感情を呼び覚ます源がなくなれば』『確かに彼らは二度と……いや、永久に目覚めまい』
『しかし斯様なことをすれば、それはもはや、元の戦士ではなくなってしまう』『彼らを彼らたらしめているものが、永久に失われてしまう』
『確かに単純といえば単純だ。無駄がなく合理的で、強引でさえある』『だが本当に、それが最善の解決策なのか……?』

独り言に近いその言葉を聞き漏らさなかったエインシャントは、叱責するでもなくたしなめるでもなくただ低くクツクツと笑った。

「まさか奴らに同情しているのではあるまいな?
だから私は、お前達には任せられぬと言ったのだ。
デュオンよ。お前達は確かに優秀な指揮官であり、観察者である。しかし熱心なあまり対象に移入しすぎるのが悪い癖だ」

『滅相もない! 同情など微塵も感じておりませぬ』『ただ我等の見つけた事実が無駄になってしまうのかと思い、未練を感じたまで』

これを聞き、エインシャントは小馬鹿にしたように鼻で笑う。

「例の"不確定要素"か。
ファイターは心があるからこそ設計限界を超え、想定外の強さを示すのだという話だったな。
だが、それになぜ未練を感じる。感じる必要があるか?」

腹心からの答えは無かった。沈黙を貫く彼らに、王は静かに言った。

「お前達もここまでの道程で新型兵を見てきただろう。あれが正しい答えだ。
絶対的な強さに揺らぎをもたらし、判断の過ちを招き、本来の性能を損ねる"感情"など不要だ。むしろ邪魔でさえある。
私の駒に"切り札"など要らぬ。そもそも切り札が必要となるほど追い詰められるはずがないからだ。
駒はどんな状況においても私の計算通りに動き、計算通りの結果をもたらす。圧倒的で絶対的な強さをもって相手をねじ伏せる。
それこそが理想的な、私の求めるの兵士だ。復讐は周到に、確実に、寸分違わず執り行われるべきなのだからな」

会話はまだ続いていたが、カービィは目を大きく見開いて、思わず柱から身を離していた。
自然と新型兵の足も入り口の方角へと後ずさりはじめる。

彼はエインシャントの演説の半分も理解できていなかったが、
とにかく、不条理で無茶苦茶なことがたくさんの友達に対して行われようとしていることだけは分かっていた。

――どうしよう……。

その場にいながら、彼は何をどうすることもできないことに気がついた。
エインシャントはまだ段を隔てた向こう側で喋っているし、皆のフィギュアを運ぼうにも1人じゃ埒が明かない。
と、その時。彼は自分がすでにその手に1人の仲間を抱えていることを思い出した。

心は決まった。

柱の陰から左右に顔をのぞかせ、周りの新型兵がこちらに気づいていないことを確かめる。
それから、なるべく足音を立てないようにして退却を開始した。
見とがめられないよう、何食わぬ顔で。これが自分に与えられた仕事なのだという風を装って。
走り出したくなるのをこらえて、彼は入り口までの遠い道のりをゆっくりと歩いていった。

しかし、あともう数歩というところで邪魔が入ってしまった。目の前に影が差し、カービィは立ち止まる。
おもむろに横から現れた新型兵の集団が、カービィの操る赤い新型兵の前に立ちはだかっていた。
懐かしい仲間達の姿に極限まで似せられた後、おもちゃじみた統一規格に落とし込まれた顔がうっそりとこちらを眺めていた。

――あ、あれっ……? まさか気づかれちゃった?

冷や汗が浮かぶのを感じた。
後ずさりしかけて、彼は跳び上がった。その背に向けて酷薄な声が突き刺さったのだ。

「我が軍最新鋭の兵士を操るとは大したものだ。だが、少し考えが足りなかったようだな」

それが合図になった。

新型兵が一斉に拳を構え、あるいは武器を手に腰を落とし、殺気も露わに飛び掛かってくる。
カービィは避けも逃げもせず、ただ強引に赤い新型兵を操って肩から体当たりをかけさせた。
猛タックルを受けた新型兵達は鈍い音と共に弾きとばされ、よろめいて尻餅をついた。

空いた隙間に身体をねじ込ませ、フィギュアを抱えた赤い新型兵が一目散に駆け出していく。
記憶が正しければ、このコピー兵士の元になったファイターは仲間の中で一番足が速いはずだった。
廊下に出てしまえばこっちのもの。さて入ってきた方角はどちらだったかと、カービィは走る人形兵の肩に掴まったまま左右を見渡した。

その目があり得ないものを捉えた。
全速力でコレクションルームから駆け出すこちらを、何者かが横から追い越していったのだ。

軽々とリードを取り、くるりときびすを返すが早いか、振り向きざまに回し蹴りを叩き込む。その間1秒足らず。

予想外のことに反応が遅れたカービィはそれを避けさせきれず、慌てて人形兵の背中の後ろに隠れる。
痛そうな音がして赤い人形兵の顔が横様に張り飛ばされ、よろよろとたたらを踏んだ。

何とか倒れずに済んだ操り人形は、虚ろに光る顔を巡らせて相手を捉える。目をまん丸にして、カービィもその肩口から顔を出す。

ひょろ長い手足を持ち、頭から背中にかけて生えた棘が特徴的な甲冑。その色は目にも鮮やかなセルリアン・ブルー。
頭の上でちょんと尖った二つの角は、どうやら本来は耳であるらしかった。

――わぁ、しんいりさんだ!

カービィの感想をよそに、青い新型兵はトゲトゲの頭で頭突きを仕掛けてくる。
フィギュアで両手がふさがった状態で危なっかしくそれを避けると、ついた足が変な方向に持って行かれた。
横から足払いを掛けられたのだと、一瞬遅れて気がつく。

倒れたところを下からすくい上げるように蹴り上げられ、赤い人形兵と一緒にカービィも宙を舞った。
何とか兵士の肩を手放さずに済んだが、そのために回避のタイミングがずれてしまった。
青の甲冑が丸まって勢いよく跳び上がり、操られている兵士の腹部にめり込む。
高速で回転する棘がこちらの赤い装甲を削り、甲高く耳障りな音を立てた。

高く弾かれ、解放されたところで赤い人型甲冑に身をひねらせ、受け身の要領でくるりと着地して一旦距離を取る。
すぐさま走ってきた青い輝きをほとんど見定めもしないうちに勘で蹴り飛ばし、きびすを返して逃げようとした。

「わぁっ!」

思わず叫ぶ。
そちらの方角は完全に、新型兵によって埋め尽くされていた。
色ばかり鮮やかな甲冑の群れは思い思いの戦闘態勢を取り、静かにこちらを見据えていた。

慌てて後ろを振り返る。そちらにも同じ壁ができていた。
カービィは目をみはって二、三歩後ずさった。せわしなく頭を巡らせ、辺りを見わたす。左右に居並ぶ新型兵の列には当然ながら油断も隙もない。
前門の虎、後門の狼。手こずっている間に、逃げ道はどこにも無くなっていた。

手こずらせた張本人である青色の甲冑が、目の前からゆっくりと近づいていた。
拳を構え、威圧するように歩を進めて。
目を逸らせなくなったカービィ。その瞳がはっと大きく見開かれる。

次の瞬間、赤い新型兵は勢いよく身を翻し、高くその足を蹴り上げていた。
これを見切っていた青の兵士には避けられてしまったが、その一瞬を奪えれば十分だった。

星形の光が弾んで消え、ピンク色のファイターが姿を現した。
空中から飛び出すように現れた彼は、放り投げられた剣士のフィギュアを空中で受けとめると、そのまま頭上に掲げて全速力で駆け出した。
左右の新型兵には目もくれず、まがまがしい思念に満ちた部屋を背に。
彼の行く先にあるものは、欄干の渡された廊下の端。深さも知れない断崖絶壁であった。

彼の意図することを察知し、新型兵の間に緊張が走った。
たちまち待機状態を解き、殺到し、押し寄せる。白く光る手を伸ばし、逃げ去る背中を何とかして掴み、引き寄せようとする。
しかし、あまりにも一所にたくさんの兵が集まりすぎたがために、彼らは誰一人として与えられた性能を発揮することができなくなっていた。

そうしているうちにファイターは、そこまでの道のりに立ちはだかるただ一つの障壁、欄干に飛び乗った。
深く踏み込み、眼下へ広がる奈落へ目を向けて。
潔く、踏み切った。

背後から伸ばされた無数の手。すがるように向けられた虚ろな瞳。
それらから逃れたポップスターの旅人は友達をその手に掲げ、重力と加速度が釣り合った一瞬、宙に静止していた。

その横腹を、一条の光が貫く。

ファイターの目が驚きに見開かれ、そして静かに光を失っていった。
その身はあっという間に銅の色を帯びていき、動かなくなった彫像はまったく無抵抗のまま重力に引かれ、落下していった。

エインシャントはこの一部始終を、わざわざ自ら部屋の入り口まで出て見物していた。
2体分のフィギュアが吹き抜けを落下していき、階下で複雑な編み目をなすパイプラインに墜落するその音までを聞き届けると、
黄色の双眸をぎろりと動かし、いつの間にか廊下の端に現れていた狙撃手に向けた。

「デュオンよ。そこまでして私に気に入られたいか?」

「滅相もございません。我等はすべきことをしたまで」

赤いレーザーを放ったものと同じ腕で慇懃に礼をし、デュオン・ガンサイドは頭を下げた。

「新たに手に入れた"駒"を護送するため、兵を引き連れてここへやって来たところに」「ちょうどファイターが現れ、射程に入ったものですから」

「また、新参者の兵達が、手間取っているように思えたもので」「力を貸してやったのです」

腹心の皮肉に対し、さも面白くなさそうにエインシャントは鼻を鳴らした。

「ならば手伝え。そこに落ちていった2体を回収するのだ」

「御意」

もう一度頭を深く垂れ、デュオンは次いで足元に控える兵士達へと指示を送る。
すぐさまボトロンの隊列が浮かび上がり、頭のプロペラを唸らせて欄干を乗り越え、はるか下のパイプラインへと向かっていった。

ポップスターの気ままな勇者の方はすぐに見つかった。
ツタのように絡み合い混み合った配管の表層に、そのフィギュアは頭から突っこんだ状態で落ちていた。
ボトロンは3体がかりでその台座を掴んで持ち上げるとエインシャントの元へと運んでいった。

残された方のボトロン達はしばらくその場に残り、熱気と振動音に満ちる配管の上を飛び回った。
しかし探せども探せども、もう1つのフィギュアは手の先さえ見えなかった。
この辺りの配管は曇った銀色であるから、彼らのあの銅色が目立たないはずはない。
おそらくは配管の隙間をすり抜け、さらに下へと落ちていってしまったのだろう。

単純な思考力を回転させようやくその結論に至ったボトロン達は、縦列を作るとねじくれたパイプの間に入っていった。
が、ものの数秒も経たないうちに慌てて出てきた。

階下の機械群が発生させた熱を交換するための配管なのだから、当然その表面は強い熱を帯びていた。
うっかりそれに触れてしまった同胞のなれの果てが、遅れて配管の隙間からふらふらと立ち上っていく。
ボトロン達の思考はそこで立ち往生してしまった。

顔を見合わせていた彼らは、声なき指令を受けてはっと上を振り仰ぐ。
指揮官を超える上位の存在からの帰還命令。ボトロン達は未練も残さずそれに従い、再び隊列を作るとパイプラインを後にした。

Next Track ... #47『Desire』

最終更新:2016-10-22

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