気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track47『Desire』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。
偶然が生み出した出会いは数々の困難に遭いながらも成長していき、10人のファイターが集結を果たした。
ついに、彼らは全ての根源であるエインシャントの根城へと最後の攻勢を掛ける。

フォックスピーチが城に点在するリアクターを破壊していく一方で、
上層階に向かったマリオ達は捕らえられた仲間達に出会うことさえ叶わないまま1人、また1人と討ち取られていく。
ルイージは兄を罠から逃がすために残り、ピットはそんな彼を救い出そうとして後を追った。
また、彼らとは別の道からエインシャントの居場所に辿り着いたカービィ達も、新型兵を使った擬装を見破られ倒されてしまった。

その直前、カービィはエインシャントの恐るべき計画を耳にしていた。
マスターハンドとクレイジーハンドを倒すべく、"駒"として操り人形にされたファイター達。
だがエインシャントの支配は完全ではなく、実際にこれまで2人のファイターが自我を取り戻していた。
その不安定性が感情すなわち"心"から来ると知り、エインシャントは完全無欠の兵士を得るために
今まで封印するだけにしていたファイター達の心を、跡形もなく消去するというのだ。


  Open Door! Track47 『Desire』


Tuning

虚空に願いを

マザーシップ、操縦室。
この船を拠点としていた者達はすでに立ち去り、広い船内にはごく小さなハム音だけが満ちていた。

船殻に沿ってカーブしたフロントモニタには白い空を背景に浮遊するエインシャントの城が映っており、
その映像が操縦室の全体に自然光と錯覚する明るさの光をもたらしている。

空の操縦席、畳まれた補助席が白い光の中で佇んでいる。
船の外にも中にも動く物影はない。船内のランプは全て"待機中"を示すゆっくりとした明滅を繰り返していた。
しかし、遠く離れた城内で繰り広げられている様々な駆け引きや戦いにこの船も――正確にはこの船の頭脳も、確かに関わっていた。

柔らかい音色のブザーが響き、出し抜けに黄緑色の仮想モニタが複数枚展開する。
ひときわ大きな3枚はどれも同じ浮遊城の地図を映し出していたが、通信元の所在を示す輝点の置かれた位置は異なっていた。

誰もいない操縦室に、出し抜けに第一声が放たれる。

『マリオ、そちらの状況は?』

凛然としたアルト。焦りや苛立ちといった感情を排していたが、やはり平時より張り詰めた声だった。

『エインシャントが罠を掛けていたんだ。
今も動いてるかどうかは分からないが……みんなは近づかないほうが良い。
……ルイージとピットが捕まった。俺達は無事だ、2人のお陰で』

少し余裕のない声が答えた。
それと同時にホログラムに赤い輝点が現れる。彼が罠の所在地を送信したのだ。
続けて彼はこう言った。

『俺とリンクは、これからエインシャントの居場所に向かう。カービィが送ってくれた信号で場所は分かってるから――』

しかし、最初の声がそれを遮った。

『だめだ。2人だけでは行かせられない。
君達はそこで待機し、フォックス達と合流してくれ』

第三の声、少し若い男の声がそれに続く。その背景では2人分の靴音が響いている。

『こっちは大方目標を破壊し、そっちの階層に向かっている。
敵の配置にもよるが、予想は1時間くらいか……なるべく急ぐ』

しかし、相手はきっぱりとこう答えた。

『いや、先に行ってるよ。
心配するな。俺達だけで十分だ』

端末の向こう側でざわめく気配があった。

『十分だと……何を根拠に』

『マリオ。弟が連れてかれたからって焦るな。
ここで君達まで倒されてしまったら元も子もないんだ』

現実を突きつけ翻意を迫る声。
それをはね返すように、室内に朗らかな笑い声が響いた。

『俺はいつだって本気さ。やると決めたことはやり通す。リンクも俺と同じ考えだ。
そんなに心配するなよ、どんな罠が待ち受けていようと2人で切り抜けてみせるさ。
それに、そろそろ急がないといけないだろう? カービィの方から教えてくれたじゃないか』

それに対し、2人はしばし押し黙る。
彼らもその通信を受け取っていたのだ。エインシャントの口から語られた最終手段、その恐るべき内容を。

若い男の声が、少ししてこう切り出した。

『確かに、俺達に……スマッシュブラザーズに残された時間はあとわずかだ。
だが、どんな手段を取るのかは分からないが、精神を消し去るつもりなら何かしらのエネルギーは必要だろう。
だからまだ可能性はある。メインリアクターを壊した今、相手はエネルギーの確保に手間取っているはずだ』

彼は走りながら通信を続けているらしく、その言葉は途切れ途切れになっていた。
立ち止まる暇を惜しみ、説得を試みる。しかし、相手は考えを曲げなかった。

『それはそうかもしれないな。でも、だからこそ行かなきゃならないんだ。
エインシャントはこれで相当追い詰められてるはず。そんな状態でほっといたら何をしだすか分からない。
でも俺達が向かえば多少は気を逸らしてくれる。サムス達はその間に城の機械を止めてくれ』

そう言ってから、彼は明るい口調で冗談めかしてこう付け加える。

『まあ、勢い余って先に倒しちゃったらごめんな! ははっ、それじゃあ任せたぞ!』

そして、通信は一方的に打ち切られた。
空中に映し出されたホログラムの一枚が消え、後には大きな空白が残された。

ややあって呆気にとられたような声で男が言った。

『まったく……あいつは相変わらずだな』

『同感だ』

そう答えた声には、先ほどまであった余計な緊張が消えていた。
それでも依然として凛とした姿勢を崩さず、彼女はこう続ける。

『私達もすべきことをしよう。君はピーチと共に、引き続き彼らの元に向かってくれ』

『了解。ベストを尽くす』

それを最後に、2枚のホログラムも他の仮想モニタを引き連れて消える。
再び静寂を取り戻した操縦室。マザーシップのフロントモニタはエインシャントの浮遊城を見据え、静かに見守っていた。

他の仲間達がひたすらに頂上を目指している一方で、サムスとリュカの2人は城の最下層へと向かっていた。
いつしか先頭に立つリュカの歩調が早まり、確信を持ち始めていた。停止させるべき目標、浮遊城の大コンピュータに近づきつつあるのだ。

また同時に、少しでも早く辿り着こうとはやる気持ちもあった。
先ほどのサムスの通信を、リュカもその背後に聞いていた。それによると、リンクはついにエインシャントのいる場所に突入するらしい。
今の自分には、無事を祈るほかにもできることがある。少しでもリンクの、そして皆の力になるために。
遠く離れていても、友達とは心で繋がっていた。彼は口を引き結び、張り詰めた冷気と静けさが満ちる点検用通路をひた走っていた。

胸に付けたバッジが前方を円形に照らす中で、灰色の路面が前から後ろへと過ぎ去っていく。
目に見えず耳にも聞こえないが、行く手に待ち受ける機械の心が感じ取れる。それが徐々に近づいてくる。
どれだけ速く走っても足りない気がして、リュカは懸命に腕を振り、前を一心に見つめて走り続けていた。
背後を守る甲冑の戦士も彼の行動を止めることはせず、何も言わずに歩調を合わせて後をついていく。

が、目標まであと十数分というその時。
前方に見えてきたものを目にし、彼らは同時に立ち止まった。

そこにあったものは、赤い棘をまきびしのように四方に生やした障害物。
それは何個も群れて青白く電気を纏い、ゆらゆらと浮かびながらゆっくりとこちらに近づいてきていた。
隊列に隙間は無く、触れずに吹き飛ばそうにもそれらがこちらの攻撃を全く受け付けないことは既に分かっている。

サムスは退却のルートを取ろうと後ろを振り返る。その顔にさっと警戒が走った。
まだ距離はあるが、後ろにも同じような包囲網が出来上がっていたのだ。
向こうも少しずつ着実に距離を詰めており、このままぐずぐずしていれば挟み撃ちにされるのは明らかだった。

再び前方に視線を戻す。
電気を発生させる障害物の向こう側を透かして監視カメラの赤いランプが灯っている様子が見えた。
HVC-GYSの目だ。侵入者に気づき、こうして実力行使に打って出たのだろう。

「どうやらここまでのようだ」

そう言ったサムスを、金髪の少年が目を丸くして見上げる。何の抵抗もせず諦めるのかと思ったのだ。
しかし、彼女の言葉が意味するところは違っていた。

「壁につけ!」

声を張り上げ、彼女は右腕のアームキャノンを真上に構えた。
肘を左手で支えて砲身がぶれないようにし、両足を心持ち開いて立つと狙いを定め、撃った。

通路に轟音が響き渡る。しかし一撃だけでは足りず、煙が晴れた先にまだ明かりは見えなかった。
前後からは危険な輝きを持った障害物が近づき徐々に距離を詰めている。それらの放つ電撃が周りのケーブルに飛び火し、神経に障る音を立てている。
サムスは続けざまにミサイルを撃ち放つ。ファイターである今は弾数を気にする必要もない。今はただ、撃ち続けるのみ。

そしてついに、道が穿たれた。

天井から大小の瓦礫が一斉に崩れ、恐ろしい勢いで通路に落ちてくる。
真下にいたサムスはそれを前方に転がり込んで回避し、元から壁端に寄っていたリュカは腕を上げて、舞い上がる砂埃から目を守った。

まだ崩落の音が通路にこだまする中、サムスは立ち上がる。
上を見上げ十分な広さの穴を開けられたことを確認すると、黙って少年に向けて左手を差し出した。
リュカも何も言わずに頷き、その手を取った。

小柄な少年を片腕に掴まらせ、甲冑姿の戦士が跳び上がる。
真上に構えられたキャノンからは淡い青色のビームが伸び、階上のどこかへと繋がっていた。
一瞬遅れて彼らのいた通路に電気を放つ浮遊物が押し寄せ、暗く狭い空間は青白い電撃で埋め尽くされた。

通路を脱出してすぐに、2人は今まで自分たちがいかに安全な道を通っていたのか思い知らされることになった。

廊下に降り立ちリュカを下ろしたサムス。直後、バイザーで緑色に染まった視界にシグナルが割り込んだ。
青い目を細め、すぐさま振り向くとミサイルを放つ。
空を飛んでやってきた二つの氷塊が粉々に砕け、飛び散った。

煙と氷の粒が入り交じったもやの向こうから飛び出してきたのはやはり新型兵だった。
水色とピンク色。2人一組の小柄な甲冑。幼児を思わせる頭身のそれらは、片手が光で象られたハンマーになっている。
不意打ちを見抜かれた新型兵は空中で手を組むと互いにハンマーを外側に向けて構えを取った。

「避けろ!」

飛びすさった横を、二色のつむじ風が唸りを上げて駆け抜けていく。

「何なんですか、あれは……!」

傍らにリュカが戻ってきた。姿形で新型兵だと分かり警戒している。

サムスはまず、自分たちの置かれた状況を再確認した。
照明の少ない通路。何かしらの搬入路を流用したのか、幅も高さも大型車が通れそうなほどの余裕がある。
見える範囲では一本道だが前後はさほど行かないうちに曲がり角になっており、敵の姿も今のところはあの2体しかない。

彼らが戻ってこないうちに、サムスは伝えた。

「元となったのは二人一組で戦うスタイルのファイターだ。
攻撃手段は手に持ったハンマーだけでなく、手から小規模な冷気を放つこともできる。
だが、その攻撃力も両者が揃ってこそ。足もそれほど速くはない。ここは1体を引き離し、安全な場所まで退避する」

「分かりました!」

新型兵が飛び込んでくる。白く光るハンマーを振りかざし、こちらの脳天に狙いを付けて。
2人は同時に動いた。サムスは横に、そしてリュカは後ろに。

横並びに揃ったハンマーが振り下ろされ、空を切る。
その隙をついてリュカは両手を前に構えた。心の底から力を引き出し、目の前に来ていた水色の方に思い切りぶつける。
鈍い音を立て新型兵が弾きとばされた。四肢を大の字に広げ、くるくると飛ばされていく。

その体を光の束が捕らえた。
サムスは身体ごと大きく振りかぶりビームを鞭のようにしならせ、それをなるべく遠くへと放り投げた。
激しく床に叩きつけられたのにも関わらず、それはすぐさま立ち上がると何ともない様子でハンマーを再び肩に載せた。

一方、相方の桃色のほうはリュカ達には目もくれず引き離された水色の双子の元へと一目散に駆けていく。
"原型"にされた2人は、よほど仲が良かったのだろうか。
目の前にいる新型兵からは何の感情も感じられなかったが、そのギャップがかえって複雑な思いを抱かせていた。
わき上がってきた悲しさとも後ろめたさともつかない気持ちにリュカが戸惑っていると、横から冷静な一声が掛けられた。

「今のうちだ。行くぞ」

鎧姿の戦士が駆け出す。少年もその後を追う。

コンクリート張りの広大な通路に足音を幾重にもこだまさせ、いくつもの曲がり角を駆け抜ける。
サムスはバイザーに映し出した地図の光点を見据えて、緩やかな斜面を駆け上がりそのままゲートをくぐろうとして――立ち止まった。

ゲートの向こう側は四角い柱の立ち並ぶ広い空間になっていた。
元は駐車場だったであろうそのエリアは、ありとあらゆる車輌型の人形兵に埋め尽くされていた。
小は槍を構えた小型戦車から、大は鎌を振りかざした巨大乳母車まで。
これまでの旅で出会ってきた車輪を持つ人形兵で思いつく限りの者達がそこに揃い、虚ろで膨大な殺気を発散していた。

すぐさま脇に飛び退き、2人は壁に背中を付ける。
その横を、地響きを立てて何十台もの兵士達が駆け抜けていった。

彼らは勢いのまま斜面を下っていき、角を曲がって視界から見えなくなった。
こちらが横に避けたことに気がつくまでは少し猶予があるだろう。
サムスはアームキャノンを構え、今度は注意深く向こうの様子をうかがった。
まだ何体かが残っていたが、ここを抜けなければ目的地にはたどり着けない。リュカに視線で合図を送り、そして再び走り出した。

たった2人で飛び込んできたファイター目掛け、人形兵が襲いかかる。
巨大な乳母車が跳び上がり、左右の鎌を猛烈な勢いで振り回す。直撃を受けた柱がいとも簡単にへし折られ、粉々に砕け散った。
2人は瓦礫の雨をくぐり抜け、粉塵の中から突っこんでくるバイク型の敵をやり過ごし、出し抜けに発射される槍をすんでの所でかわしていく。

凄まじい騒音に取り巻かれ、辺りの石柱が通り過ぎる傍から木っ端微塵になり、舞い上がる砂埃によって視界までもが閉ざされていく。
リュカは先頭を行くファイターの背中を、目印のようにしてスーツに点在する黄緑の光を見失わないよう、ただその一心で走り続けた。
迫る殺気は見定める暇もないまま炎のPSIを飛ばして逸らし、鋭い音が近づけば青いシールドを張って防いだ。

そうしてどれくらい走り続けただろうか。
不意に向こう側から橙色の甲冑に包まれた手が伸びてきて、リュカははっと身を固くした。
金属的な光沢に包まれたそれが新型兵の手に見えたのだ。しかし、反射的に探った心は今やなじみ深くなった仲間のものだった。

片腕を掴まれ、引っ張り込まれた先は白色の壁に囲まれた円形の小部屋だった。
こんな袋小路に逃げ込んでどうするつもりなのかとリュカが目を丸くしているうちに、
入ってきた入り口の左右から二枚の扉がせり出してきて、ぴたりと閉じる。
途端に柱の間と荒れ狂う車輌兵士は視界から閉め出され、先ほどまでの騒乱が嘘のように辺りは静かになった。

その静けさを意識した途端、それまで張り詰めていた緊張がふっと解ける。
外の脅威とこちらを隔てるのはたった二枚の扉でしかなかったが、目に映らなくなり耳に聞こえなくなるだけでも安堵を呼び込むには十分だった。

両膝に手をつき、上がってしまった息を整えようとしながら、リュカは顔を上げて周りを見渡す。
机もなければ椅子もない。10人が入ればすぐに一杯になってしまうような小部屋だった。
扉の横にはボタンがたくさん並んだ所があり、その傍にサムスが立っている。

やや俯き加減になってヘルメットの横に片手を添え、地図を確認していた様子の彼女は
リュカが見ている間にきっぱりと顔を上げ、迷うこともなくいくつもあるボタンのうちの一つを押した。

床がかすかに揺れ、体が押し上げられる感覚があった。
これが"エレベーター"なのだろうか。記憶の中からそんな単語が飛び出してきた。
階段を使わずに上り下りできる凄い機械があるのだと、遠くの街から村にやって来た人が得意げに言うのを聞いた覚えがある。
ぼんやりと、壁のどこかがガラスになっていれば良いのにと思っていたリュカを、仲間の声が現実に引き戻した。

「戦闘準備。まもなく目標の階層に着く」

そう言ってから、バイザーの向こうでこちらを向く気配があった。
緑の輝きに隠されて見えない顔が、確かな感情を込めて声を発した。

「あと一息だ」

小さな拳を握りしめ、リュカは決心を付けて頷いた。

「……はい」

そして扉へと向き直る。小部屋の曲面に沿って曲がった二枚の扉。
傍らに立つ戦士は数多の危機を共に乗り越えてきた武器を構え、少年は生まれたときから持ち合わせていた感覚を研ぎ澄ませ、待った。

床の上昇が止まり、空気の漏れるかすかな音がして扉が開け放たれる。

まばゆいばかりの白銀と水色。静謐な印象を与える大広間がそこにあった。
磨き抜かれた床には塵一つ落ちておらず、そこには立ち並ぶ柱の鏡像が奥行きの感覚を狂わせるほどくっきりと映っている。
空中には魚が回遊するような調子で輝く文字列がいくつも行き交っていたが、それの意味するところは全く読み取れなかった。

白銀の床を突っ切って、ここから向こう側にむけて水色に光るラインが二本真っ直ぐに伸びていた。
それを辿っていった向こう側の壁には大きなゲートがあり、長い廊下を抜けてその奥には巨大なモニタの下端が見えている。
心臓が高鳴るのを感じた。リュカは傍らの戦士を見上げる。

彼女は静かに答えた。

「あれだ」

右腕のアームキャノンを前に構え、サムスは一歩前へと踏み出した。
磨かれた石のようにつややかな床の上で、その靴が硬質な音を立てる。
その音がこだましながら天井まで響き渡っていったが、広間に変化はなかった。泳ぎ去る文字の幻の他には動くものもいない。

ためらうことなく歩き始めたサムスの後ろを、リュカは少し不安げな様子でついていく。
警戒の感情を発散させる人工知能にここまで接近したことで、そのあまりの強さに"見通し"が利かなくなっていたのだ。
それは太陽の明るさに目がやられてしまった状況と似ていた。鈍った感覚を補おうとして、彼はしきりに辺りを見渡していた。

そのお陰で、彼はいち早く変化に気づくことができた。

何かが視界に飛び込んできて、リュカはほぼ反射的に手を向け、思念を撃ち放った。
目の前で矢の形に象られた白い光が弾かれ、粉々に砕けて消える。

途端に周囲が一変した。
宙を流れる文字が赤く染まり、耳をつんざくようなサイレンが長く尾を引きながら鳴り響く。
それは単なる脅しに留まらなかった。

次に広間に視線を戻した時には、すでに新型兵が群れをなして現れていた。
先ほど矢を放ってきた緑色の者も含め、柱の影からきらめく鎧が続々と姿を見せてこちらに向き直る。
見ている間にもその隊列は徐々に分厚くなっていく。人数を数えようとして、10を超えたところでリュカは恐ろしくなって止めた。
どれもその場から動かないように見えるが、彼らにいつでも飛び掛かる用意ができているのは明らかだった。

2人は、おそらくは人工知能の罠に掛けられたのだ。
退却のできないところまでおびき寄せ、影蟲の形で潜ませていた新型兵を一気に実体化させて囲い込む。そうすれば逃げも隠れもできないはずだと。

しかし、彼らはその計算を覆す行動に出た。
互いに背を預けて立ち、四方を取り囲む新型兵の群れを見回したかと思うと、
そのうちの小柄な方がただ一人、ゲートの前を固めHVC-GYSを守るひときわ屈強そうな一群に向き直り、おもむろに突撃を掛けたのだ。

それは決して捨て鉢の特攻ではなかった。

応戦すべく、武器と一体化した手を構える新型兵。向けられる虚ろな瞳。
リュカは目の前から迫ってくるプレッシャーを無理矢理にでも押さえつけ、それを押し返すように片手を前に向けた。
ありったけの力を振り絞り、念じる。彼の心に応えて炎が生じ、宙を駆けながら広がり、新型兵の壁をまとめて押しやった。反動を受けて彼の体も後退する。
突破口を作ることまではできなかったが、それで十分な時間を稼ぐことができた。

新型兵達は姿勢を立て直し、反撃に移ろうとしたところでぴたりと動きを止めた。
向こうから猛烈な勢いで何かが接近してくる。輝かしい光を纏い力強く床を踏みしめて走ってくるそれは、紛うことなき鎧の戦士。

見ている前で彼女の纏う輝きが一段と強さを増し、そして肩から一気に飛び込んできた。
それは体当たりなどという生易しいものでは済まなかった。派手な衝突音を広間に響かせて一度に何体もの新型兵が吹き飛ばされ、宙を舞う。

隊列が真っ二つに切り裂かれた。
彼らが混乱から立ち直れずにいるうちに、2人は割れた包囲網の隙間をくぐり抜ける。
息を詰めて広間を駆け抜け、やっとのことで安全なゲートの向こう側へと駆け込んだ。

壁際には小型の操作板が備え付けられていた。サムスはすぐさま叩くようにしてそれを操作する。
廊下に赤い回旋灯が灯り、ゲートの上からシャッターが降りて来た。そればかりではなく少し遅れて前方の廊下にも、等しく間隔を開けて隔壁が降りはじめる。
しかし、天井はあまりにも高く、それに比して壁が降りてくる速度はあまりにも遅かった。

中と外を隔てる最外縁のシャッターがやっと1割は降りてきたところで、2人は広間の方に視線を戻す。
そこには、すでに体勢を立て直したエインシャントの最高傑作、姿も形も様々な新型兵が徒党をなして押し寄せてくる絶望的な光景が広がっていた。

ざく、ざく、と軍靴の音が鳴り響く。
手に手に武器を振りかざし、その原型になったファイターの癖を忠実に真似て。滑稽でグロテスクな偽物たちが視界一杯に迫ってくる。
シャッターはまだ閉じそうにない。このままでは追いつかれてしまう。そうなれば、どうあがいても勝ち目はないだろう。

新型兵の歩調は、登場した時とは打って変わって威圧的なほどにゆっくりとしていた。
すがるように頭上を見ても、シャッターは焦れったいほどにのろのろとしか降りて来ない。
その様を見た2人はようやく気がつく。HVC-GYSは全て知っていたのだ。
どんなに最短の距離をとってゲートに辿りつき、シャッターの開閉ボタンを押したところで生き延びることは不可能なのだと。

何とかこの場を切り抜ける方法はないのか。
リュカは後ずさりながらも震える拳を握りしめ、必死に頭を働かせようとした。
ここまで来たのにこれで終わりだなんて認めたくなかった。みんなと一緒に、絶対に『スマブラ』に行くと、そう心に決めたのに。

犠牲になった人、連絡の途絶えてしまった人。彼らのことが頭をよぎる。
サムスは決してその情報を伝えなかったが、通信を受け取ったときの声を、心を盗み聞いていたリュカにはおおむね分かっていた。
ファイター達は崖っぷちに追い詰められている。今まさに自分たちがそうなっているように。

隊列を見ているうちに思わず、新型兵に討ち取られる瞬間を想像してしまったリュカは眉をしかめ、歯を食いしばる。
どんなに強い力を持つファイターであっても、本気を出したエインシャントには太刀打ちできないのかもしれない。
それでも、諦めたくはない。逃げ出すわけにはいかない。みんなのためにも、何かできることがあるはずだ。何か――。

思いばかりが先走り、出口を失った感情が頭の中を占めて真っ白に塗り込めていく。
その間にも時間は容赦なく過ぎ去り、広間にこだまする乱雑な足音はどんどんこちらへと近づいてくる。
焦り、辺りを見回したリュカは信じられないものを見た。

隣に立つサムスが広間を見据えてアームキャノンを構え、静かに前へと踏み出したのだ。

彼女は、こちらを見ずに言った。

「リュカ、新型兵は私が片付ける。君は先に行け」

「そ……そんな、なんで」

やっとのことで出てきたのは魂が抜けたような呟きだけだった。
サムスはなおも背を向けたまま、こう続ける。

「マザーシップのAIを説得した君になら出来る。あれと同じ要領でHVC-GYSに語りかけ、攻撃を止めさせるんだ」

そのまま彼女は去っていこうとする。
呆然と目を丸くしていたリュカは強く首を振り、迷いを断ち切った。
戦士の広い背中に向かって、去っていこうとする彼女に向けて必死に声を張り上げる。

「僕も! ……僕も、一緒に戦います!
2人いれば新型兵にだって立ち向かえるって、そう言ってたじゃないですか……!
いくらサムスさんでも、たった1人じゃ――」

それを遮るように、鎧姿がさっと振り向く。
バイザーの向こう側に見えたその表情は、一切の人を寄せ付けない鋭さを帯びていた。

毅然として彼女は言い放った。

「私のためではなく、皆のためを考えろ。行け!」

その時彼女が見せた感情の閃光は、他の何よりも際だってリュカの心を突いた。
午後の光に包まれた草原、緑と銀の鱗、鋭い牙の向こうに消えた桃色のワンピース。
断片的で鮮烈なイメージが彼の目の前を過ぎ去っていく。

突き飛ばされたように、彼は二、三歩後退する。
驚いたような表情は徐々に潮が引くように消えていった。

彼はそれが泣き顔に変わらないうちに顔を伏せると、仲間に背を向けて駆け出した。

何も余計なことは考えないように。大切なことだけど、今は考えてはいけないことが心に浮かばないように。

主君に会うべく、その一心で腹心が穿っていった痕跡。
どの階層にも天井の崩れた一角があり、そこから崩れ落ちた瓦礫が急峻な斜面をなしていた。
悪路ではあったが、他の道を探している余裕は無い。フォックスはピーチを気遣いつつ、体力の続く限り先へ先へと走り続けていた。

鉄骨を飛び出させたコンクリートを踏み台に、フォックスは斜面を登ってくるピーチに手を差し出した。
彼女はお礼の代わりに微笑んでみせ、その手を取る。気丈に振る舞っているが、その表情に最初の頃ほどの余裕は無い。
これまでずっと走り通しだったのだ。平均的な王族よりは活発な方とはいえ、普段は城で暮らす彼女に疲れが溜まってきていても無理はないだろう。

もう少しだと声を掛けようとして、そこで言葉が立ち消えた。
ピーチが不意にさっと頭上を見上げ、息をのんだ。
フォックスもそれを見ていた。2人の上に黒々と影を落とし、真上から落ちてくる巨大な物体。

彼は歯を食いしばり、ピーチの片腕を引き寄せる。
彼女もこちらの腕にすがりつき、2人は急いで床の大穴から離れた。
直後、落ちてきた物体で穴はぴたりと塞がれてしまった。

轟音がまだ辺りに響く中、床に尻餅をついた2人は唖然としてそれを見上げる。
黒々と光る球体。その上には赤子のつもりなのかのっぺりとした人形兵の顔があり、
そいつは無邪気に黄色い目で辺りを見回しながら、乳母車の両側についた信じられないほど大きな鎌を2人に向けて振り下ろそうとしていた。

2人の判断は早かった。すぐさま後方に飛びすさり、数刻遅れて彼らがいた場所に耳をつんざくような音を立てて巨大な刃が突き刺さった。
カマキリ乳母車が鎌を引き抜こうともがいている様子には目もくれず、フォックスとピーチは立ち上がる。

彼らの周りはすでに人形兵の列ができあがり、何重にもなって隙間無く囲まれていた。
だが、彼らは遠巻きにこちらを見るだけであり襲いかかってくる様子はない。彼らは『指揮官』の指示を待っているのだ。

やがて、ゆらゆらと無数の頭が揺れる向こう側からひときわ大きな影が現れた。
車輪の軋む音を立てて静々とやってくるそれらを、2人のファイターはじっと見据え、待った。

「見え透いた罠に何度も掛かるとは」「お前も学習しないな。遊撃隊のリーダーよ」

デュオン・ソードサイドの顔がこちらを睥睨する。その顔は輪郭を煙らせてゆらゆらと揺らめいていた。
この階層ではあちこちからパイプが束になって伸び上がっており、そこから洩れ出た蒸気がもやとなって広いホールに漂っているのだ。

フォックスは眉間にしわを寄せ、ブラスターを構えた手を心持ち持ち上げる。

「懲りないのはお前達の方じゃないのか。
ただの人形兵では俺達に勝てないことくらい、今まで散々思い知らされてるだろう」

「確かにその通りかもしれぬな」「だが、ここで勝たなくとも良い。要は布石を打てれば良いのだ」

肩をすくめるように、両方の腕を広げてみせるデュオン。
布石。つまりこの人形兵の大群は、真打ち――新型兵が来るまでの時間稼ぎでしかないのだろう。

「さて、ファイターよ」「お前達にはほとほと手を焼かされたものだ。特に獣の男、お前には特にな」

心持ち腹部に腕をやり、ソードサイドの鋼の目がフォックスをぎろりと睨めつける。

「本来であれば我等の手でたっぷりと、直接この間の返礼をしてやりたいところだが……」
「我々もそこまで暇ではない。残念だが、ここで失礼させていただこう」「あと2人ほど、片付いていない残党がいるものでな」
「ああ、焦ることはない。じきに彼らとも会える」「その時にはもう、お前達には再会を喜ぶこともできぬであろうが……」

そこで彼らは皮肉めいた笑いを挟んだ。だが、彼らの目は少しも笑ってなどいなかった。
その目で2人の戦士を見つめ、余計な感情を排した事務的な口調で彼らは最後にこう告げた。

「忠告しておこう。"奴ら"の前で無駄な抵抗はするな」「苦痛を感じる時間が長引くだけだ」

言い残し、来たときと同様に彼らは物音も立てず広間に満ちるもやの中に姿を消した。
それと同時に居並ぶ人形兵の間に命が吹き込まれ、明確で鮮烈な殺気が満ちた。
無目的な揺らめきは嘘のように消え去り、彼らは手に手に武器を取ってじりじりと包囲を詰め始める。

肩の辺りにブラスターを引き寄せ、フォックスは険しい顔で後退する。
一方のピーチは片手を胸に添えて上を見上げ、気遣わしげな視線を向けていた。

――マリオ、リンク。あなた達2人だけでも、どうか無事でいて……

見上げた天井にはぼうっともやが掛かり、パイプラインの隙間から洩れ出るオレンジ色の光は頼りないほどに弱々しく霞んでしまっていた。

吹き上げる蒸気。
手すりだけが備え付けられた幅の広いキャットウォーク、大小様々な機械、そこから延びる配管が錯綜するジャングル。
込み入った空間は熾火のような赤い光に照らされ、密集させられすぎた機械が発する熱がそこかしこでわだかまっていた。

鋼鉄の肌に汗が浮かぶことはない。
デュオンは黙々と車輪を駆り、薄暗い機関室に4つの眼光を鋭く光らせてファイターの姿を探していた。
そのそばにもはや兵士達はいない。階層を上がるごとに軍団を分割し、最終的に残った兵も全て、先ほどの足止めに費やしていた。

しかし、デュオンの眼に焦りはない。
1つ。ターゲットは必ずこの機関室を訪れている。なぜならここを通らなければ最上階へ行くことはできないから。
2つ。ターゲットはまだエインシャントの元に辿り着いていない。機関室は平時の運転を続けており、階上でエネルギー需要の上がった様子はない。
3つ。こちらには勝算がある。切り札を発動される前の状態であれば性能差で押し切ることが十分可能だ。

巨大な双輪が金網を軋ませ、暗いキャットウォークに火花を散らせて駆け抜ける。

――固まられると厄介だ。どちらか一方が残るような状況を起こしてはならない。

――向こうもそれは承知だろう。それと勘づかれる前に手早く、抜かりなく引き離さなければ。

双頭の猟犬。1機で高度な知能を2体分も備えた彼らは黙したまま言葉をかわしあい、互いの視界を見張りあった。
流れ去る互いの思考を監視し、わずかな瑕疵かひも見落とさないように吟味していった。

しかし、360°の視界を持つ彼らにも死角があった。

巨体ゆえに水平方向にばかり気を取られていたデュオン。
その頭上で出し抜けに騒々しい音が立ち、彼ら目掛けて何かが落下してきた。

鉄製の太い鎖を小脇に抱え、空いた手で帽子を押さえた赤い配管工。
彼はこちらを見上げたデュオン・ガンサイドの頭に降り立つと身軽な動きで肩から肩へと渡り歩き、
あっという間にガンサイドの頚部を鎖でがんじがらめにしてしまった。

彼はそのままデュオンの巨体から一足飛びに飛び降り、鎖を引き連れて走り去っていく。

「何をっ……!」

苦しげに言い放ち、駆け去る背中に照準を合わせようとするガンサイド。
しかし、ここは機関部。発砲すれば辺りに密集する機械までをも破壊してしまうだろう。
相手もそれを知っている。ガンサイドの向いた方角に降りて逃げていったのもそのためだ。
背後のソードサイドも相方の首にかけられた戒めを断ち切ろうと苦労していた。
しかし、彼の刃は真後ろを斬るようにはできていない。どれほど振り回そうと刀身は鎖をかすりもしなかった。

呼吸もしないはずの彼らが苦痛に目を細めているのには訳があった。
ガンサイドの首に掛かった鎖はピンと張り、足元で車輪も嫌な音を立てて金網をこすっていた。
そして分岐した廊下の向こう側ではマリオが両手で鎖を引っ張り、懸命にデュオンを引き寄せようとしていた。

恐るべき怪力だった。
デュオンは意識の端で、自分たちのデータベースに保存された彼についての一項を思い出していた。
"自分の背丈を超える魔王の尻尾を掴み、振り回して放り投げることさえできる"
しかし、自他は身長の差で言っても三倍から四倍ほどある。重量となればそれ以上だ。
当然綱引きは拮抗し、1人と1機は膠着状態に陥った。
こうなれば機械の馬力を持つデュオンが持久力で押し切るのも時間の問題であった。

だが次の瞬間、さらに予期しないことが起こった。
周囲の回旋灯が勝手に灯り、綱引きの外側にあった車輪が床面ごと持ち上げられた。
驚いてソードサイドは足元を見る。

保全車輌を持ち上げて点検するためのリフトジャッキ。
引っ張られるうちに、自分たちは知らぬ間にその上に片輪を乗り上げさせていたのだ。
操作板のそばに、下げたレバーを横に腹立たしいほどの笑みを見せる少年剣士の姿があった。

――ぬかった……!

睨むことしかできずにいるうちにリフトが完全に上がりきる。
首にかけられた鎖から緊張が解け、視界がぐらりとひっくり返り、そして彼らは轟音と共に倒れ伏した。
追い打ちを掛けるように、その横腹に次々と重量が加わっていく。上にもまだ何か仕掛けがしてあったのだろう。
持ち上げようとした腕の砲台もその雪崩の中に飲み込まれ、彼らは完全に身動きを封じられてしまった。

「ちょっとやり過ぎたかなぁ」

そう言ってマリオは頭をかいた。

「良いだろ。このくらいやんないとこっちが危ないんだし」

腕を組み、口をへの字に曲げてみせるリンク。
2人の前には、廊下の全幅を埋める廃棄機械の山が出来上がっていた。
その裾野から砲台を備え付けた方のデュオンが顔を出している。その目に光はなく、耳をすましてもくぐもったエンジンの音しか聞こえてこない。
腕の銃口は車ほどもある鉄塊の重みに押さえ込まれ、持ち上がる気配もなかった。

デュオンの頭から伸び上がる砲台と両肩の銃口を注意深く避けて近づき、マリオは彼らに声を掛けた。
すると、その黄色い双眸に再び光が戻る。

「いつまで我々に恥をかかせるつもりだ」「とどめを刺すならばさっさと刺せ」

後の声は山の向こう側から聞こえてきた。
こちらを見上げる瞳には動揺の欠片さえなく、さながら絞首台を前にした死刑囚のような目つきをしていた。
マリオは目を丸くし、片眉を上げる。

「おいおい、俺達を何だと思ってるんだよ。そんなことしやしないさ」

隣にやってきたリンクも、依然として腕を組んだままデュオンの顔を横目で見てこう言った。

「そうさ。あんたらのおかしらと一緒にしてもらっちゃ困るね。
自分の手下を平気で見捨てるような奴と、おれ達とは違うんだ」

それを聞き、デュオンは不意を突かれたように固まった。

「手下を……」「見捨てる……だと?」

機械の首が軋み、桃色の装飾を施された顔がこちらの正面に向けられる。

「答えろ」「それは、どういう意味だ」

鉄の顔に表情などなく、声の抑揚だけが彼らの感情を表していた。
身動きを封じられているのにも関わらず、彼らの声に言いしれぬ凄味を感じてリンクは思わず口をつぐんだ。
彼は隣に立つ仲間に問いかけるような視線を送る。相手はしばらく考えていたが、やがて何も言わずに肩をすくめてみせた。

そこでリンクは割り切ったようにデュオンに向き直り、こう答えた。

「ガレオムのことだよ。
エインシャントのやつはあいつの頭にバクダンを付けて、おれ達を一気に片付けさせようとしたんだ。
その後どうなったかは……おれ達がここにこうしているってことを考えれば分かるだろ」

デュオンは何も返さなかった。
機械の瞳孔からはピントが失われ、彼の視線はリンク達の向こう側へと向けられているようだった。
まさか、あまりのことに現実を拒絶し、自閉してしまったのか。それともこれは最後の理性が打ち砕かれ、狂気に陥る前触れなのか。

2人が危ぶみはじめたその矢先、突然デュオンが弾けるように笑い出した。
前後両方の顔、どこにも見あたらない口から一斉に。

哄笑が機関室を揺さぶり、こだましながら四方に広がっていく。
2人は金網の床までもが揺れるような錯覚を覚えたが、デュオンの身を押さえつける廃棄部品の山が崩れることはなかった。
やがて笑い声の中から、再びデュオンの声が戻ってきた。

「そうか、そうだったのか」「そういうことだったのだな……」

彼らは憐れむような視線を向けていた。
与えられた使命を疑うこともせず愚直に果たし、ついに二度と帰れぬ向こう側へ行ってしまった同胞に。
そしてそれを知らず、決戦を前にしてどこかへ消えた彼に呆れ、彼の存在を切り捨ててその後の行動を取った自分たちに。

デュオンはこちらを向いて身構えている2人のファイターに再び視線を合わせ、おもむろにこう言った。

「ファイターよ。お前達の求めるものは背後にある」「ここを行った先の昇降機。それを使いたまえ」

これにはリンクもマリオも、面食らったように目を瞬かせるだけだった。
エインシャントの忠実な家臣であるデュオンが自分から主君の居場所を教えるなど信じられなかったのだ。
しかし、問い返そうにも彼らはすでにその双眸を閉じていた。
話すべきことは話した。これ以上の対話は望まない。暗く閉ざされた機械の瞳はそう言っているようだった。

重々しい音を立て、最後の隔壁が背中の後ろで閉じる。

リュカはそれに寄りかかり、しばらく息を弾ませていた。
無我夢中で走ったせいか足の裏がじんじんと痛んでいた。だが今はその痛みさえも意識の遠くに追いやられていた。

彼は片腕を上げて乱暴に目をこすり、顔から涙の跡を拭いさる。
そして一つ大きく息を吸い込み、はき出す。まだ息は震えていたが、再び目を開けた彼の顔に迷いは無くなっていた。

彼は、その瞳で前を見据える。

見渡す限りに、彼の背丈を超える筐体が整然と並んでいた。
白くつややかな箱の表面には様々な光の図形が散り、次々に移り変わっていく。
墓石を思わせるそれらが並列した向こう、部屋の中央にはひときわ大きな機械が据えられていた。
天井から下げられた巨大なモニタが四方に向けられ、そこから垂れ下がるコードが大樹の根のようになって床の台座に繋がっている。

モニタは黒く沈んでいたが、リュカはそれが目指す大コンピュータだということを分かっていた。
それの放つ威嚇と警戒の思念が辺りの筐体に反射し、発散され、増幅して城中に満ちていくのが感じられる。
そのあまりにも強い放射にあてられて髪の毛が逆立つのを感じつつ、彼は決心を付けて歩き始めた。

室内は異様なほどの冷気に満ちていた。
吐く息は白く煙り、一呼吸ごとに体が冷えていく。冷たい空気がまとわりつき、むき出しの顔と腕が引きつれるように痛みはじめる。
それでも少年は立ち止まらず、広い部屋に靴音をこだまさせながらたった1人で歩いて行った。

巨大な台形。浮遊城の、そして全ての人形達の頭脳が近づいてくる。
白い表面にはいくつものパネルとボタンが備わり、様々な色の光が明滅していた。
リュカはそのいずれにも触れることなく、台座の何もない表面に両手をつくと天井のモニタを強い眼差しで見上げた。

「お願い、もう止めて!」

念じるだけでは足りず、彼は言葉でそう伝えた。
しかし、モニタは依然として黒いまま何も映し出そうとしない。

リュカはその向こうを探る。すると、人間とは異なるがそれでいて理解可能な感情が伝わってきた。

――緊急事態! 緊急事態!
攻撃を受けテいる。どこかラ? 何が起コッた?
被害の状況ハ。職員ノ安全を、市民の安全ヲ守らなくテハ、
守らなクテは、守らナくては、守ラナクテハ……

HVC-GYSはずっとそれを繰り返していた。壊れたレコードのように同じ文句を繰り返し、奇妙な具合に変調を来していた。
人工知能は一種の恐慌状態に陥っているようだった。
一方的に伝えられる敵の情報に神経を尖らせ、それでいて"敵"の姿を見定めることも出来ないまま応戦を強いられている。

リュカはもう一度思念を送ったが、相手は何の反応も示さなかった。
相手には届かない。聞こえていないのだ。

それでも手がかりを見つけようと、彼は自他の間に立ちはだかる壁に目を凝らした。
コンピュータは自分ではない誰かを守ろうとしているようだった。
職員、市民。そんな言葉が繰り返される。そこまで聞き取ったリュカははたと気がつく。つまり、人間のことだ。

かつてエインシャントが人間達を追放した時、人形兵は決して人々を傷つけようとしなかった。
彼らはロボットだけを攻撃し、人間に対しては建物を壊すことで間接的に追い出した。
その理由は、人形兵の脳であるHVC-GYSが人間を攻撃しないように定められていたから。
そこだけはエインシャントでも手を加えることはできなかった。今もHVC-GYSは人間を守ろうとしている。

では、なぜ。
自分たちが襲われているのはなぜなのか。

確かに仲間の中には人の姿をしていない者もいる。
だが、水没都市のコンピュータはカービィを"人"として認識し、彼に仲間の危機を伝えてくれた。
あのコンピュータに出来て、HVC-GYSに出来ない訳は無い。無いはずなのだ。

「そうか……だから」

思わず呟く。

サムス達が言っていた。ファイターは空想と現実の間にまたがる特殊な存在だと。
人間の定義から片足だけ踏み出した彼らを"非・人間"として認識させるのは、純粋な人間を真っ向から攻撃対象に定めさせるよりもたやすい。
だからエインシャントはHVC-GYSの目を、耳を――認識能力を奪ったのだ。

行き場のない憤りに、リュカは台座についた両の拳を握りしめた。

「早く、気づいて! 目を覚ましてよ!
君はだまされてる。僕らは戦う必要なんて無いんだ!」

上げた声は途中でふつりと途切れた。
彼の口は言葉を凍り付かせたまま固まり、その目はモニタに映ったものから離せなくなっていた。

真っ黒なモニタには、見上げる自分の姿が反射している。
小さく無力な、コンピュータを前にして声を上げるだけしかできない自分。
いつの間にかその後ろには、もう一つの人影が立っていた。

音もなく背後に現れていたそれは、紺色の新型兵。
地面に切っ先が届きそうなほどの大剣を右手から生やし、それはモニタの中で立ちすくむ自分の後頭部をじっと見据えていた。

息をのみ、横に転がり込む。
すぐ横で風が唸りを上げ、耳をつんざくような破裂音が鳴り響いた。
HVC-GYSが悲鳴を上げる。自分で自分を攻撃したことさえも分かっていないのだ。
真っ二つに割れ目が入った操作卓からは火花が飛び散っていた。
それは新型兵の青い腕に降りかかり、磨き上げられた表面にちらちらと反射光を作っていた。
その輝きを存分に浴びながら、新型兵がゆっくりとこちらに向き直る。

リュカは低く腰を落とし、少しでも距離を取ろうと後ろへ下がる。
途中で出入口の隔壁が視界に入った。扉はしっかりと閉じられており、撃ち破られた様子はなかった。
紺色の他に新型兵の姿はない。どうやら目の前の1体はあの影蟲の状態で通気口なり床下なりを伝い、ここまでやって来たらしい。

戦うべきか、それとも逃げるべきか。
どちらを取っても希望は見えない。相手はファイターを超えた強さの兵士。そしてここは完全な密室だ。
だが、彼には選ぶ猶予さえ与えられなかった。

新型兵が戦闘態勢に入った。剣を青眼に構え、その重みを左手と共に支える。
対抗するわけではないが、リュカもベルトに挟んでいた木の枝を手に取った。
たった1人で戦わざるを得ない今、何でも構わないから意志の拠り所となるものが必要だった。

紺色の甲冑が大剣をゆらりと振り上げる。頂点で一瞬だけ静止し、そして一気に薙ぎ払う。
袈裟斬り。突風を巻き起こし、反射的に枝で受けとめたリュカを体ごと後ろに吹き飛ばした。

「わぁっ……!」

思わず悲鳴を上げる。

尻餅をついた彼に、容赦のない追撃が繰り出された。

シールドを張ればそれごと突き飛ばされ、隙を見て間合いから逃げようとすれば素早い薙ぎ払いに足を掬われる。
がむしゃらに退けようと光を放っても見透かされたように回避され、その流れのまま大剣の一撃が迫ってきた。
転がされ、何も分からないうちに背中に衝撃が走り、体が浮き上がったかと思うと壁に叩きつけられる。
肩の辺りから床に落ち、視界がぶれたまま感覚だけで空いた方へと身を投げ出し――やっとのことで相手の前から抜け出せた。

桁違いだった。何もかもが。
リュカは肩で息をつき、脇腹を押さえて後ずさった。木の枝はいつの間に落としてしまったのか、見あたらない。

――どうしよう。どうすれば、どうすれば良い……?

『君になら出来る』
サムスが言い残していった言葉。
辛くなって、苦しくなってリュカは唇を噛みしめる。自分はその期待に応えることができなかった。
やはり自分は、変わることはできないのだろうか。このまま誰を守ることも、誰を救うこともできずに終わるのか。

背中が冷たい壁に触れた。HVC-GYSの操作卓だ。
もう後がない。リュカは最後の望みを託して振り返り、かすれた声を張り上げて必死の思いで呼び掛けた。

「お願い……目を覚まして! 僕は、僕らは君の敵じゃないんだ……!」

モニタは何の反応も返さなかった。
映り込んだ自分の背中の後ろで、新型兵がその剣を大きく振り上げていた。
切っ先を下に、刀身を赤く炎の色に輝かせて。

リュカにはもう、それをかわすだけの気力は残されていなかった。

肩を並べ、物陰に身を潜め、ひたすらに前へ前へと走り続けたマリオとリンク。
彼らはいつしか新型兵さえも立ち入りを許されない、浮遊城の"聖域"とも言える区域に到達していた。

その2人の目が、ついに旅の終着点を見いだす。

が放つ異様な気配に生理的な忌避感を抱き、2人は思わず足を止める。

人工物と有機物とが半端に入り交じったような、巨大な六角形のオブジェ。
大人の腕でも抱えきれないような太さのコードが何本も、まるで黒鉄色の大蛇のように互いに絡み合いながら延び、闇の中へと消えている。
照明の一切無い室内でそのゲートだけがまがまがしい紫色のオーラを纏い、炎のように揺らめかせていた。
部屋の中に重々しくこだまする唸りも、おそらく部屋の奥に陣取るそれが発しているものなのだろう。

三方に幅の広い階段を従え、玉座の如く鎮座するゲート。
その手前には、こちらに背を向けて立つ者の姿があった。
子供のように小柄な体を古風な三角帽で高く見せた暴君の暗い影。紫のフレアを抱いた侏儒の蝕。

マリオは拳を握りしめ、その背中に向かって声を張り上げた。

「エインシャント!」

暴君は、ゆっくりと振り返った。
深緑色の裾が衣擦れの音も立てずに動き、黄色くぎらついた双眸がこちらを認める。
帽子の陰から、辺りに満ちる冷気を一点に凝縮させたような声が発せられた。

「ほう? 2人か。まず予想通りといったところだな」

戦意に満ちたファイターを見下ろし、彼は平然とそう言った。

リンクは剣と盾を手に、高台に立つ暴君を睨みつけ、詰め寄る。

「いつまで余裕ぶってるつもりなんだよ!
おれ達はついにここまで来たぞ。あんたの、生身のあんたの目の前に!
ほら、お得意の人形はどうしたんだ。あいつらがいないとあんたは何もできないんだろ?」

以前、ホログラムの彼に遭遇したときに鼻であしらわれたことへの怒りも込め、彼は言い放った。
ここに繋がる唯一の扉はマリオとリンクの手によって封じられ、今は横倒しになった柱の中に埋もれている。
影蟲の形で兵士を召喚される可能性もあったが、今目の前にいるエインシャントは護衛さえ付けていない。まったくの無防備な状態でそこにいた。

しかし、王は一切これを相手にしなかった。

「はてさて。まったくもって不可解なことだ。
何故そこまで吠えることができるのやら……結末はとうに見えているというのに」

呆れたように首を横に振る。
リンクは眉をつり上げ、剣を構えて駆け寄ろうとする。しかしその肩をマリオが掴んだ。

「気をつけろ!」

2人の前で、床の一帯が音もなく沈み込んだ。
大岩をこすり合わせるような音と共に階下からせり上がってきたものは2人を倒すための兵器ではなかったが、それよりもひどいものだった。

ファイター達のフィギュアを捕らえ、支配するステージ。天井から冷たい光が降り注ぎ、その全景を容赦なく照らし上げる。
何かから顔を守るように腕を上げた者、構えた武器を押し切られ姿勢を崩しかけた形で固まっている者、奇襲を掛けられたのか驚愕の表情を浮かべた者。
彼らの有様が、自身の遭遇した不幸をそれぞれに物語っていた。

20を超える姿形も様々な戦士が揃い、動かない視線を虚空に向けている様は空恐ろしくもあり、同時に壮観でもあった。
そして今や、その空席は数えるほどしかなくなっていた。

「やっぱり、ここに連れて来られてたか……」

マリオは顔をしかめて呟いた。
彼の視線の先には、銅像の列に加えられたルイージとピットの姿があった。
最後の瞬間まで戦おうとしていたのだろうか。彼らの目はそこにいない敵を見つめ、その姿勢は応戦しようとした格好で止まっていた。

その隣で、リンクがはっと息をのむ。せわしなく目を瞬き、思わず言葉が口をついて出る。

「嘘だろ……そんなっ、サムスまで……!」

皆の前では片時も鎧を脱がず、生きた甲冑のように戦い続けた戦士。その彼女が本当の銅像になってしまっていた。
姿勢を崩されながらも果敢に腕の銃を構え、一体でも多くの兵士を倒そうとしていたらしい。
だが、そのつややかな橙色は見るも無惨にくすみ、虚空を見つめる表情は無愛想な金属の膜に隠されて窺うこともできない。

荘厳な銅像の列を前に立ち尽くす2人を見下ろし、エインシャントは嘲るように嗤った。

「どうだね? 見事なものだろう。様々な世界で数多の活躍を残した、強く賢く、逞しい戦士達。
全て私のコレクションだ。ここまで揃えるのにはなかなか苦労させられたが、もうじき残りも手に入る。
そう、お前達もここに加わるのだよ。光栄に思いたまえ」

2人の戦士は何も言わなかった。

仲間が捕らえられたことの衝撃を引きずりつつも、リンクはありったけの嫌悪を込めて暴君を睨みつけていた。
その横でマリオはひたすらに、動かぬ銅像と化した仲間達の顔を見わたし、少しでも兆しを読み取ろうとしていた。
彼らの心はすでに消されてしまったのか。それともまだ間に合うのか。
しかしフィギュアの状態からそれを知ることなどできず、彼はついに諦めて視線を落とした。

ふと、その目が彼らの足元に止まる。
円形の台座に絡みつき、自由を奪っているケーブル。それが蠢いているように見えたのだ。
よく見るとそれはケーブルというよりは透明な管のようなもので、中を膨大な量の影蟲が埋め尽くしていた。
その流動に従って闇が密度を変え、あたかも管が動いているように見せかけている。

闇を満たした管はファイター達の隊列の隅々まで行き渡り、
その足元を念入りに何重にも取り巻いてからステージの段差を下り、手前に置かれた機械まで繋がっていた。
黒紫色の金属で形作られたその機械は、2人の立つ側に向けてエインシャント軍のマークを紫色に明滅させていた。

「ふむ、ようやく気づいたか。
それこそが、完全無欠なる兵士に至るまでの最後の階梯、それを登らせるための手段だ。
"心"という余計な要素を分解し、完膚無きまでに消し去る。名付けるならば、そうだな……"ディスインテグレータ"といったところか。
お前達は実に手の掛かる蒐集品だったよ。だが、そのお陰で我が駒の欠点を見つけることができた。それについては感謝しよう」

こちらを見上げなおも戦意を露わにする2人のファイターに向けて、エインシャントはこう続けた。

「本来であればディスインテグレータの性能を披露してやりたいところだが、
残念なことに、事象粒子が枯渇しつつあるこの状況では試運転さえも叶わない。どこかの誰かが私に『無駄遣い』を強いたものでね。
そういうわけで、ショーはお預けだ。せいぜい、最期の時が来るまでこの荘厳な光景を目に焼き付けておくのだな」

リンクの眉がぴくりと跳ね上がった。

「……さっきから黙って聞いてれば、生意気なことばっかり言いやがって……!
言いたいことはそれだけかよ?! あんた、やっぱり自分がどういうことになってんのか分かってないな。
それとも認めるのが恐いのか? ……だったら、力ずくでも分からせてやるよ!」

悲しみを振り切り、絶望を否定し。彼はその全ての感情を怒りに振り向けていた。
リンクは歯を食いしばり、剣を手にフィギュアの載せられたステージを駆け上がりはじめる。

「待て、リンク!」

マリオがその後を追った。だが、少年は振り返らなかった。
凍り付いた人々の間を縫い、共に戦ってきた仲間と仲間になるはずだった者とを背にし、あっという間に最上段に到達すると一息に飛び降りた。
そうなればもう、エインシャントとの間を隔てるものは玉座へと続く黒鉄色の階段しか存在していなかった。

エインシャントは動かなかった。
若き勇者、退魔の剣を横様に構え駆け上がってくる少年を何の関心もない目で見つめていた。

その緑衣がふと、風もないのに一つはためく。

リンクを追ってようやくフィギュアのひな壇を越え、膝をついて着地したマリオは現れたものを見て叫んだ。

「危ない、避けろっ……!」

エインシャントの背後に別の空間が開いていた。
照明のないこの部屋よりもなお暗く、濃密な闇に満ちた空間。

その向こう側に虹色の光が灯る。
それは見る間に光量を増し、そして――

一切の色を持たない、波動が放たれた。

それを真正面から受けたリンクの動きが止まった。
その若草色の背に、ぽつりと茶色の染みが生じた。見る間にそれは背中を覆い尽くし腕へ足へと広がっていく。

金色に輝く髪の毛も後ろになびいた帽子の先も、走っていった時の格好のまま動かなくなった。
やがて彼の体はぐらりと背中を下にして傾ぎ、硬質な音を響かせて階段を転げ落ちてくる。

足元まで転がってきた彼の前で、マリオは思わず膝をついた。
少年の凍り付いた顔には驚愕の表情が浮かんでいた。苦痛の色が無いのがせめてもの救いだった。

すぐさま台座に触れようとした彼を、エインシャントが声だけで止める。

「無駄だ」

背後の暗い空間もマリオの方に据えられ、狙いを付けていた。

マリオは静かに跪いていた。足元に倒れ伏した仲間を見つめ、悼むように頭を垂れ、
死の匂いに満ちた二つの視線が向けられていることなどまるで意識していないかのように。

「どうしてだよ」

俯いたまま、マリオは言った。

ゆっくりと彼は顔を上げる。その表情には初めて、怒りが表れていた。

「君はどうして、こうまでして俺達を踏みにじるんだ」

その怒りは決して、エインシャントに向けられたものではなかった。
青い瞳は暴君を見据えていたが、彼が真に睨みつけているものはエインシャントをそこまで駆り立てさせた元凶、
未だに明らかにされてない全ての理由だった。

しかし、相手がそれを打ち明けることはなかった。
エインシャントはゆっくりと瞬きし、不思議そうにこう言った。

「なぜ……? おかしなことを言う。踏みにじられているのはお前達ではない」

「どういうことだ。本当の被害者は自分だと言いたいのか」

エインシャントはその問いかけを鼻で笑った。その笑いの意味は、マリオには分からなかった。
依然として背後に呼び出した闇の裂け目でマリオの動きを封じたまま、暴君はゲートを背にして悠然と闊歩しはじめる。

「そもそも、私にはお前達がそうまでして抵抗する理由が理解できん。
『スマッシュブラザーズ』の管理者である両手から何を言われ、何を頼み込まれたかは知らんが、奴らに何の義理があるというのだ?
……知らなかったのなら教えてやろう。全てが終われば、お前達は元の世界に帰ることができる。
マリオよ。お前だけではないぞ。お前の後ろにいる全てのフィギュアが解放されるのだ。心も含め、五体満足の状態で」

これに対し、マリオは驚きもせずただ眉をしかめただけだった。

「それはその通りだろうな。だが、引き替えに俺達はファイターだった時の全ての記憶を失う。今までの分も、そしてこれからの分も。
あの世界を作り、そして守り続けているマスターハンドとクレイジーハンドが倒されれば、
『スマブラ』という場所そのものがになるからだ。そうだろう?」

「ほう、存外賢いのだな。ご名答だ」

カシャカシャと金属を打ち鳴らすような音が立った。エインシャントが緑衣の下で拍手したらしい。

「さて、では私に教えてはくれまいか。
お前達が斯様な思い出にしがみつく理由とはなんだ?
常に揺らぎ個人の都合の良いように捏造され、いとも簡単に欠けていく曖昧な幻想にそうまでしてこだわる価値があるとでも言うのか」

皮肉な口調で問いかけた暴君を真っ直ぐに見上げて、マリオは迷いもなくこう答えた。

「その『幻』が積み重なって、今の俺達があるからさ」

人生の中で見れば、あの世界で過ごす時間はちっぽけなものかもしれない。
だが、あれだけ個性に富んだ仲間達と共に歩み、闘い、そして笑い合った記憶は簡単に忘れられるものではない。
色彩豊かで奇想天外な驚きに満ちた日々。それを失うことは、今ある自分がそっくり消えてしまうこととほぼ同義なのだ。

しかしこの答えに、エインシャントはさも呆れたというように目を見開いただけだった。

「結局は"自我"、結局は"心"か! 馬鹿馬鹿しい。
見ろ、そんなものにしがみついたお前達は何を得た? 無残で惨めな敗北、ただそれだけだろう。
無闇に抵抗したところで罠の口は狭まり、己の身が傷つくだけだ。まったく愚かなことよ。
だがその愚直さ故に、私をこうまで振り回すことができたのだろうな」

暴君はそこで歩みを止める。素早くこちらに向き直り、黄色の双眸で眼下の戦士をひたと見据えた。

「……さて、ここまで聞けばお前に用はない。
そう案ずるな。全ては一瞬で終わる。痛みも、苦しみも、恐怖もない。
次に目が覚めたとき、お前は自分のいるべき場所に戻っていることだろう」

彼は虹色の後光を纏っていた。
背後の裂け目に再びあの輝きが灯りはじめていたのだ。最後の生き残りをひたと見据え、銃口は微動だにしない。

口を引き結び、跪いたままそれを見上げていたマリオ。
その口元にふと不敵な笑みが浮かぶ。

「エインシャント。俺と最初に会った時のこと、覚えてるか?」

彼の顔の下で、白い手袋をはめた手が指を広げる。

「――言ったよな。『俺達を甘く見るな』って」

飄々とした口調で言い、彼はその胸に付けたバッジに手を重ねた。

Next Track ... #48『Alive』

最終更新:2016-10-30

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気まぐれ流れ星

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