気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track51『Edge』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。
偶然が生み出した出会いは数々の困難に遭いながらも成長していき、ついに10人のファイターが集結を果たした。

人形軍団の最高司令官であったエインシャントを苦難の末に追い詰め、ついに打ち倒したファイター達。
しかし、彼らの前に明かされた真相は『本当の敵はまだ生きている』という衝撃的なものだった。
"エインシャント"として操られていた11人目のファイター、ロボットを仲間に加えた彼らは
真の敵、亜空間の主が空に輝く天球の向こう側にいることを突きとめる。
また同時に、灰色の世界が主の支配を逃れたことで『スマッシュブラザーズ』の世界にいるマスターハンドとの通信も繋がった。
彼らの話によれば、亜空間の主とは他ならぬタブー
かつて彼らが最初の『スマブラ』を構築していた際に突然姿を現し世界を崩壊の危機に陥れかけた存在であり、
両手が知らぬ間に生み出してしまった、不完全な"造物主"だというのだ。


  Open Door! Track51 『Edge』


Tuning

境界 線/戦

漆黒の空。あてもなく浮かび、でたらめな重力分布の痕跡に従って巡り続ける岩の塊。
偽りの灰色が全て砕け散ってしまった後に残された空虚な世界を、一隻の宇宙船が飛翔していく。

目指すは、宙に輝く白銀の"天球"。
凍り付いた太陽、あるいは沈まぬ月を装っていた亜空間への入り口だ。

内側に亜空間があるにも関わらず、天球が発光していることには理由があった。

"天球"を恒星に見せかけていたあの純白の輝きは高密度の事象素であり、それが防壁のようになって亜空間を包み込んでいる。
もちろん亜空間に接している部分は徐々に吸収されていくが、それと釣り合う量の事象素が常に灰色の世界全体からかき集められ、
これまでの間ずっと偽装を保っていたのだ。世界の中心に向かう事象素の潮流があったのは浮遊城のためでもあったが、この天球のためでもあった。

だが、その防壁とて無敵ではない。
今までにあらゆる困難を経験してきたサムスは毎回、拠点とする船に一般の中型船舶では考えられないほどの装備を施していた。
例えば以前、浮遊城を守る事象素の濃霧を突破する際に使われた高出力のエネルギーシールド。
船のAIは、推進エンジン以外の全ての出力をそちらに向ければ天球の殻も破れると予測していた。
ただし、そこには"今以上の問題が起こらなければ"という但し書きが付く。

ひとまずのところ、その問題に頭を悩ませるのは船主とその相方たる人工知能のみ。
他の仲間は立ち入る余地もなく、船長からは目的地に着くまで各自休憩や仮眠を取るようにと言い渡された。

今では完璧に子供達のための部屋としての印象が付いてしまった、元貨物室。
そこには、この部屋に寝床を持つ4人のファイターが戻っていた。

ロボットやマスターハンド達から続々と告げられた新たな情報でいささか頭の方は混雑気味ではあったが、少なくとも睡眠は十分取れている。
起きてから数時間しか経っていないのに眠ることなどできず、リンク達4人は思い思いの方法で時間を潰していた。

カービィがリュカに他愛のない話を持ちかけて、それに対抗するようにリンクも話題を出し、武器の手入れをしているピットも巻き込んでいく。
故郷の思い出話から、互いの住むところについての質問。スマッシュブラザーズに着いたらまず何をしたいか、次にどうしたいか。
戦いと戦いの合間、安全な母船で進められるいつもの流れ。いくら語っても語り尽くせないほど4人の間にある違いは多かった。
話題は時間と共に行きつ戻りつしつつ、和やかに移り変わっていく。

そんないつもと変わらない拠点での光景が見られていたが、今日この時ばかりはどことなく浮ついた空気が漂っていた。
4人が4人ともそれぞれの程度で何かを意識していてそれを意図的に避けているような、そんな雰囲気。
誰よりも回り道や隠し事を嫌うリンクでさえ、その何かを口にすることはなかった。

しかし、ついに彼は尋ねざるを得なくなってしまった。

「おい、大丈夫か? そんなシンキくさい顔しちゃってさ」

その声が掛けられた方向には、輪の中心を向きながらもどこか心ここにあらずといった様子で座るリュカがいた。
彼は先程から一言も喋らず、三角座りした足元のあたりをぼうっと見つめていたのだった。
数秒遅れて、リュカははっと顔を上げた。大丈夫かと言われたのが自分であることにやっと気づいたという様子で。

気がつけば、その場にいる3人全員の目がこちらに向けられていた。
リュカが何か答える前に、カービィが体を傾げてこう尋ねる。

「ねむいの?」

純粋な疑問の表情で目を瞬かせる彼の様子に、リュカの顔にも少しだけ明るさが戻った。
彼はどこか複雑な感情の混じった笑顔を返して、首を横に振る。

「そうじゃないんだ。ただ……」

4人が緩く円を描いたその中心に視線をやり、やや俯き加減になる。
しばらく何事か思い詰めたような表情をしていたが、やがて彼は誰に向けるとでもなく言った。

「全部終わったら、みんな忘れちゃうのかと思ったら何だか……何だか暗くなっちゃって」

組んだ腕の上に顎をうずめるようにして、彼は訥々と言葉を綴る。

「頑張って色んなことを乗り越えたのとか、強くなれたこと。
それだけじゃない。みんなと一緒に進んできた景色も、今まで食べたご飯の味も、こうして僕らが話してたこともさ。
誰の心にも残らないんだよね。それって、なんか……すごくもったいないような気がするんだ」

もったいない。その言葉が部屋の天井に余韻を引いていた。

マスターハンドは言った。タブーにこの世界を手放させれば、これまでの出来事は起こらなかったことになると。
それは同時に、今まで戦ってきた仲間との記憶も永久に失われることを意味していた。
辛いことも苦しいこともあった。だが、忘却の彼方に捨て去りたいほどひどい思い出ばかりではなかった。
それは、この場にいる誰にとっても同じことだった。

すっかり静まりかえってしまった室内。
リュカが遠慮して自分の考えを撤回しようとした時、リンクがそれを引き留めるようにして言った。

「おれだってイヤだよ。……でも、そうしなくちゃならないんだ。
タブーを止めれば、ロボットが守りたくても守れなかった人達が戻ってくるし、街も元どおりになる。
それにもちろん、おれ達の仲間がフィギュアのまんまでいる必要もなくなる。
やっと待ちに待った技比べができるんだぞ。な? もっと前向きに考えなきゃ」

そう肩を軽く叩かれたが、リュカは難しい表情で眉を寄せたまま俯いていた。

『皆のため』。そんな清らかな言葉で嫌なことや辛いことを進んで引き受けるのは、おとぎ話の主人公だけだと思っていた。
憧れはあったものの、どこか自分とは遠い存在だというように考えていた。自分にはとうてい縁のない話だ、と。
ヒーローが勝ち取るものは富と名声だけではなく、皆を守る者としての苦役や責任も人一倍背負わなくてはならない。
そんな決断を、まさかこの自分が下さなければいけない時がくるなんて。

それでも、リュカは最終的に顔を上げる。
『おれだってイヤだ』。正直にリンクが言ったことで、気分は少し楽になっていた。
ヒーローは手の届かない存在じゃない。他の人と同じように頭を悩ませ、同じように感じて生きている。

人を強くするのは場所や物じゃなく、ましてや生まれつきのものでもない。全ては当人の心構え次第なのだ。

『強くなりたい』ではなく、『強くなってみせる』。
誰かや何かに願いを託すのではなく自分の意思としてリュカは心の中で言う。
そう考えられるようになった自分が、やがて消えてしまうとしても。

3人の友達に頷いて返した顔には悲しみの欠片が残っていたが、その笑顔は本心からのものだった。

事態が急変したのは、それからわずか十数分後のことだった。

船内に響き渡る電子音のアラート。
青白い非常灯を残して全ての照明が消え、下から顔を照らされたファイター達が次々と廊下を走っていく。
誰もが口をつぐみ、一切の私語を口にしない。廊下には足音ばかりが緊迫した調子でこだましていた。

廊下に足を付けて走ることができるのはせめてもの朗報であった。
引力を担保する大地が粉々に砕けてしまった今、それは船の擬似重力発生システムが生きていることを意味する。
けれども、てんでバラバラな方向を向くようになった重力の茂みを突っ切って飛んでいた時の、あの波にも似た揺らぎは感じられなくなっていた。

今や、マザーシップは完全に停止していた。

彼らが向かっているのは操縦室ではなく、その反対側に位置する格納庫。
何が起こったのかはすでに船内放送で知らされ、取るべき手段についても告知されていた。
異論を唱える者はいなかった。操縦室に駆け戻る者もいなかった。それほどまでに状況は切迫していたのだ。

真っ先に船内二階部分から格納庫のキャットウォークに駆け込み、アーウィンの状態を見たフォックスは悔しげに歯を食いしばる。
彼の視線の先には、片翼から蛍のような白い光を立ち上らせる自機の姿があった。

「気づくべきだったか……」

彼は誰に言うとでもなく言った。
欄干の手すりを掴み、眉間にしわを寄せる彼の背後を何人もの慌ただしげな足音が通り過ぎていく。

マザーシップに起きたことも、今目の前で静かに翼を失っていくアーウィンと同じであった。
かつて敵施設を構成していた黒い金属。すなわち、この世界に属する物質で直された部分が今の今になって崩壊を始めてしまったのだ。
それがマザーシップにとっては、推進に必要なスラスターと防御面を担保する装甲の喪失に繋がった。

一方、アーウィンが失ったのは主翼だけであり、
翼の付け根にあるグラビティ・ブレードとそこに格納されたG-ディフューザーシステムに外見上の損傷はない。
だが、システムの助けを借りても片翼を失ったアンバランスな構造を安定飛行させることは至難の業だ。
まして、これから脱出する偵察船の援護などもってのほかだった。

「フォックス!」

当の偵察船の方角から呼ぶ声が響く。
格納庫内にはいつの間にかこれまでとは別種のブザーが響き渡り、黄色い回旋灯が辺りを奇妙な色彩に浮かび上がらせていた。
目まぐるしくなるような景色の中彼が目を凝らすと、偵察船のタラップを降りかけた格好でルイージがこちらを向いていた。

「先に行っててくれ! 俺は後から――」

爆発音。がくん、と揺さぶられてフォックスは反射的に腰を落とす。
偵察船の鼻先が向いている方角、ゆっくりと開きはじめた後部ハッチの向こう側に黒い空が見えてくる。
そしてその黒に紛れるようにして浮かぶ、より暗く小さな斑点――いくつもの暗黒の渦が。

見ている間にも、その渦の中から人形じみた兵士達が生み出され、こちらに向けてゆっくりと漂ってきていた。
自他の距離はまだ遠く、彼らの姿は空にまき散らされた砂粒に過ぎない。しかし、その密度だけでも見る者を圧倒するには十分だった。

「構うな! 早く行け!」

フォックスはそう声を張り上げ、鉄柵を掴んでいない方の手を大きく横に振った。

結局、脱出に間に合ったのは自力で飛び立っていった者を合わせても8人だけだった。

偵察船が緊急発進した後ろでハッチは早くも閉じられていき、その上を回り込むようにして偵察船は本来母船が辿るはずだったルートへと舵を切る。

船の後方を映すパネルに、不意に見慣れたシルエットが映った。それは、空中で停止した母船の姿であった。
船首を傾げさせたその様子はどこか、眠りについた海棲の巨獣を思わせる。
母船の後部からは白い炎が立ち上りこちら側へ、天球の方向へとたなびいていた。

モニタの中、マザーシップは全てのハッチをロックし、迫る人形兵の軍勢に対して籠城戦を決め込もうとしていた。
だが肝心の城壁が崩れかけている状況ではそう長くは保たないだろう。

それでも引き返すわけにはいかなかった。
残った者にも、そして脱出した者にも、それぞれ何にも優先して果たすべき役目があったのだ。

偵察船には必然的に、自分の力では飛べない者が乗り合わせていた。合計で5人。
満員には少し足りず、操縦席付近に全員が集まってもそれぞれの場所で落ち着けるほど船内には余裕があったが、
お互いに肩を寄せ合った彼らは敢えて後ろを、搭乗室側を見ようとはしなかった。
見れば、無意識のうちにそこに乗れるはずだった人数を数えてしまうだろう。

残してきたものから無理矢理目を背け、リンクは前方を映し出すメインモニタへと顔を向けた。

「なんであいつらが復活したんだ?」

声に苛立ちを含ませ、眉間にしわを寄せる。
偵察船の行く先にも全天に渡ってあの黒い渦が出現していた。
そこから雷撃を放つ雲人形だの一つ目の金魚だの、さらには空飛ぶ絨毯みたいな兵士に乗っかった緑帽なんてものまでが生み出されていく。

操縦席に座ることになったマリオは、船を操りながらもこう答えた。

「浮遊城が亜空間に落っこちて、その中にあったコンピュータも飲み込まれた……ってところだろうな。
きっと今度は亜空間側から直接コンピュータを乗っ取って、人形達に命令してるんだ」

「なるほどな。まったく、しつっこいったらありゃしないよ」

偵察船は文字通り偵察目的に使われる船であり、最低限の武装しか積まれていない。
いずれにせよここにいる5人は誰も武器の使い方までは教えられておらず、
迫る敵の群れと不規則に回転する大地の破片に対し、それらをかいくぐってなるべく先へと進むことしかできないのだった。

さすがに4人の仲間を背負ったことの責任もあってマリオは細心の注意を払って運転を続けており、その速度は下手をすれば車よりも遅くなっていく。
不意に軌道をふくらませてこちらへやってくる大岩の群れを慎重にすり抜け、
陰から出し抜けに襲いかかってくる人形兵の攻撃を避けようとするならばどうしても遅くせざるを得ない。

そんな彼らを援護するように、後方から3つの影が通り過ぎていった。

自力で飛び立った3人のうち、カービィとピットは辺りにごろごろ浮かんでいる岩石を足場にして飛び移るように進んでいた。
カービィの方は飛ぼうと思えば延々と浮かび続けられるが、自力では徒歩以上のスピードを出せない。
またピットは翼はあるものの長時間の飛行は不得手であり、滑空と飛翔を組み合わせて空隙を渡っているのだった。
唯一飛行に制限のないメタナイトはあっという間に2人を追い越し、偵察船の行く手に塞がる隊列を切り崩しに掛かっていった。

フロントモニタの向こう側で散発的に白い光が散り、人形達の作ったにわか拵えの包囲網が崩されていく。

「おれも翼が欲しいなー」

リンクはちょうど横にあった手すりに肘をついて顎をもたせかけ、不服そうな声を出した。
戦いに参加できないことを物足りないと感じているような様子だった。
いずれは嫌でも戦わなくてはならなくなるのだが、彼はそれを分かっている。張り詰めた船内の空気を少しでも緩ませようとして言っているのだった。
反対側の手すりを掴み、祈るような顔でモニタを見つめるリュカにもその声と気持ちは届いていたが、さすがに冗談で返す余裕はなかった。

ひるがって、マザーシップ船内。
操縦室にただ1人残るのは、この船を所有するファイター。
彼女は操縦席に座る暇も惜しみ、周囲に展開させた仮想モニタで状況を確認していた。

装甲3分の1と推進系のほとんどが同時に失われるという大損害を受けてから、彼女が即興で立てた作戦はこうだった。
偵察船に乗せられるだけの人員を乗せて脱出させ、なるべく距離を稼いでもらう。そして、目標に近づいたところでこの船が天球に向けてプラズマ砲を撃つ。

途切れることなく世界の隅々から供給された事象素は鋼鉄よりも強固な密度で凝縮し、亜空間へ通ずる口を覆っている。
しかし破る手段は簡単だ。プラズマのような高エネルギー体を当てれば良い。
元々は以前浮遊城の防壁を突破する際に行ったように母船ごとバリア出力を上げて突入し、押し切るつもりだったのだが、
スラスターを失った今のマザーシップにはその大きな図体を動かすだけの推進力が残されていない。せいぜい照準を合わせるための姿勢制御ができる程度だ。

だが、それでも打つ手が無くなるよりはましだ。
不幸中の幸いとして、プラズマ砲の使用は保証されている。少なくとも人形兵が押し寄せて損害を上乗せし始めるまでは。
マリオ達兄弟がかつて飛行中に船外に出て修理してくれた冷却系は今もオールグリーンで動いていた。さすが本職と言ったところか。

船のシステムをチェックしていたサムスは次いで船外のレーダー画像を呼び出す。
簡易的に二次元に落とし込まれた映像の中、偵察船を示す矢印がゆっくりと動いていく様子が見て取れた。
彼らが天球に辿り着くまで、そしてこちらがプラズマ砲を発射するまでは、まだ余裕がある。
それでも、それを見つめるサムスの顔は晴れなかった。映像を少しの間見つめてからさっと別のホログラムへと顔を向ける。

やはり。ジャイロセンサの数値が未だに落ち着いていない。
AIがオーバーワークに陥っているのだ。エネルギーシールド、船内環境維持装置、そしてプラズマ砲。
ただでさえ船に損害が加わっているというのに制御すべき機器が多すぎて、姿勢制御にまで割く領域が無くなってしまっている。
相手の大きさから考えて、余程運が悪くなければ外すことはないだろう。
しかし、こんなに照準がぶれていては偵察船とは離れた見当違いの場所に穴を開けてしまうかもしれない。

できることは試した。切れるシステムは全て切り、環境維持装置も潤滑な立ち回りに必要最低限なレベルの重力発生を残して全て落としてある。
だが、高性能になりすぎた構造体のさがとして、構成ユニットの優先順位は単純に決めきれるものではなかった。
冷静に慎重に見つめなければ、それが必要かどうかを見極めることはできない。
本当に見落としは無いのか。普段は当たり前にすぎて気付かないような盲点がどこかに無いか。
探し求め、視線は複数のホログラムを渡り歩く。

焦燥が頂点に達しようとした時、その手前で彼女は引き留められた。
背後に遠慮がちなノックの音を聞いたのだ。

「入れ。鍵は掛けていない」

訝しげな顔をしつつも、振り返って言う。
扉が開き、現れたのはロボットだった。照明の落ちた操縦室の中で、彼の丸いカメラアイにホログラムの青い光が映り込んでいる。
これを見てサムスは意外そうに少し目を見開き、改めてロボットに向き直ってこう問いかけた。

「船内放送が聞こえなかったのか? 総員退避と、私はそう言ったはずだが」

ロボットは首を横に振った。静かに、俯いて。
その様子は『聞こえていなかった』という意味ではなく、もっと別のことを否定しているように見えた。
果たして彼はサムスのバイザーに向け、こんなメッセージを送信してきた。 『わたしには"ファイター"としての行動経験がありません。
したがって、自分の性能が最も役立つと予想される場所に残りました』

確かにそれは正しい。しかし、少しでも向こうに人数がいた方が良いのだ。
たとえ全く戦うことができなくとも、倒れた仲間を復活させることに専念してくれれば十分に役立てる。
だが、今頃それを言ったところでどうしようもないだろう。サムスは代わりにこう聞いた。

「それで、君が役立てたい力とは何だ?」

『計算領域です』

ロボットはわずかに顔を上げた。

『わたしの計算領域、それをこの船の制御機構に繋げさせてください。
プログラムに従い、わたしはこれまでに千以上の学問大系を学んできました。その中にはカオス力学も含まれています。
周囲に不規則な引力分布がある中、不適切なトルクを持つ物体を如何にして安定させるか。わたしはその最適解を求めることができます』

彼は把握していたのだ。マザーシップが今、何を必要としているのかを。

数分後。
操縦室には、操作卓の下から引き出された複数のケーブルによって台座を繋ぎ止められたロボットの姿があった。
座席の横に場所を与えられた彼は、マザーシップの三次元的ベクトルを示すホログラムを見上げ、じっとしている。
傍から見れば凍り付いたように静止しているだけだが、横の操縦席に座るサムスには彼に備え付けられた冷却装置が立てる甲高い音が聞こえていた。

驚くべき性能だった。
現在マザーシップに残存するスラスターは底部にしか無い。多少の噴射方向の変更は出来るものの、接地面の真裏を向かせることなどは不可能だ。
だが、ロボットはそんな不便な制御機構を見事に操っていた。短時間の噴射をわずかにずらして重ね、複雑なリズムを刻んでいくことで
マザーシップのゆっくりとした回転を打ち消し、ある一点に向けて固定しようとしていた。

一方でサムスも自分の仕事に取りかかっていた。
思わぬ助手ができたことで手が空き、船に接近する人形の相手ができるようになったのだ。
エネルギー支出のバランスを崩さないよう発射は数十秒に一回と限られていたが、彼女は船載兵器を用いて敵の進出を食い止めようとする。

フロントモニタに映るのは黒い空、点在する灰色の岩塊。
ごま粒のような小ささの人形達がゆっくりと漂いながらやってくる様子を見ていると、船が宇宙空間にあるかのような錯覚を覚える。

閃光が宙に咲き、また敵の一団を飲み込む。その光の中から白い綿が花火のように四散し、天球の方角に流れていった。
しかし、索敵モニタに目を向けたサムスはわずかに眉をひそめる。
そこには船外の半径数キロに渡ってびっしりと扇状に、おそらく立体的には半球状に人形兵が展開する様子が映っていた。
赤字で示された数値は"1528"と読めた。見ている間にも着実に数が増えていく。本陣の第一波が近づき始めていた。

――これでは切りがない……

傍らのコントロールパネルに置きかけた手が止まり、わずかに迷う。
砲手が1人では、武器を変えたところで目覚ましい成果があるとも思えなかった。

偵察船は今、どこまで進んだのか。別のホログラムへと視線を向ける。
徐々に時間が切り詰められていく中、無情にも矢印は前に見た時点とほぼ変わらない位置にあった。
その"前"というのが何分前だったのか、あるいは何十秒前だったのか。
それも思い出せないほど自分が神経を尖らせていることに気がつき、サムスは首を振ると迎撃に意識を戻した。

その時。ヘルメットの中にノイズが流れた。
短く、二度。誰かの通信機が応答を求めているのだ。
発信源はこの船内。そして送信者の名前は――

「こちらサムス」

ほぼ習慣でそう応じてから、彼女はバイザーの陰で眉をひそめた。

「なぜ君まで残ったんだ。まさか愛機と運命を共にするつもりじゃないだろうな、フォックス」

咎めるように言ったが、それを聞いた相手は無線の向こうで朗らかな笑い声を立てた。

『アーウィンはまだ飛べるさ。俺はちゃんと考えがあってここにいる。
それより、この船のキャプテンに一つ頼みたいことがあるんだ』

視線の前、バイザー上に映し出された波形に一瞬の静寂が訪れる。
いや、耳を澄ますとその背景には大きな歯車を回すような音が流れていた。

操縦室に計器の異常を示す柔らかいブザーが鳴り響き、ロボットがこちらを見上げる。
ブザーは気密の解除、つまりハッチの開放を示すものだった。
少し考え、サムスは左手を伸ばしてブザーを切った。そしてそのままエネルギーシールドの出力も一時的にゼロにする。

通信の向こう側、改まった口調でフォックスはこう言った。

艦長キャプテン、こちらアーウィン。発進許可を願いたい』

一つ瞬きし、彼女は心を決める。

「……発進を許可する」

鋼鉄色の内部構造をさらけ出し、静止した宇宙船。
しかし、それは今や自らの意思でその姿勢を保とうとしていた。
底面から不規則に、そして細切れに何度も炎を噴射し、船首を天球の方へと向けて微調整を行っていく。

それを見据え、人形達の瞳に赤い光がきらめく。まるで操る者の感情を反映するように。

彼らはますます速度を上げ、なおかつ徐々に散開して全方位から船へと襲いかかっていく。
宇宙船からの反撃は散発的だったが狙いだけは的確であり、集団で掛かっていくのはあまりにも危険だった。

また宙に爆炎が咲き、十数体の人形が塵となって消えた。
だが、その名残としての光る粒子も流れ去らないうちに後続が領域を真っ直ぐに踏み越えていく。相手からの追撃はない。
周囲の岩にもすでに固定砲台型の兵士が到達し、砲身を宇宙船に向けて据えようとしていた。

ついに先陣が届く。
自力で飛べる他は武器も何も持たない兵士。その集団が宇宙船に特攻を掛けていった。
それらはバリアに弾かれあっという間に霧散してしまったが、相手の防壁を削るには十分だった。
また、倒れた兵士から広がる事象素は肉眼的視界だけでなくセンサをも撹乱するジャマーとしての役目も果たした。

船を包むエネルギー帯に局所的な過負荷が起こり、浮かび上がった黄緑色の膜はやがてそこかしこで砕け散りはじめる。

不可視の防御が揺らぐ一瞬。彼らはそれを狙っていた。
木目の人型は鋭く尖った爪を、平らな飛行物体に乗った緑帽はバズーカを、そして発電機を積んだ雲人形は電光を。
人形兵はいよいよ殺気を膨らませ、思い思いの武器を構えて突撃を掛けようとした。

緑色の閃光が走る。

宇宙船とは全く異なる方角から、矢継ぎ早に。
そのレーザーは船に襲いかかろうとした一団をなめるように狙撃していき、片端から光へと還していった。
鋭い擦過音が迫る。反射的に振り返った人形達が見たものは――それが像として認識できたかも怪しい速度であったが、
両翼の大部分を失った戦闘機が凄まじい速度でつっこんでくる様だった。

「音がある……つまり、まだ大気は残ってるってことだな」

操縦席に座るフォックスはそう独りごちた。聞かせるクルーはいないが、状況を口にすることは半ば習慣になっていた。
ずっと銃撃と爆発の音ばかり聞いているのも精神的に良くないものだ。また、自分が状況を把握できていると確認するためにも独語は必要だった。

アーウィンは今、可変翼である主翼を後ろに折りたたんだ状態でいた。
砂漠に墜落した際に失われた側とおよそ同じ形になるようにしてもう片方も切断し、バランスを取らせてあるが、
空気抵抗のことを考えてなるべく邪魔にならないようにしたのだ。
今のアーウィンを上から見ると、航空機というより船首と一対のグラビティブレードだけでほとんど三つ叉の矛先のように見えることだろう。

翼があらかた失われているのに飛んでいるというのは妙な話だったが、彼の機体に関してはこれが常識だった。

実はこの戦闘機、姿勢制御は翼が無くとも可能である。
翼の付け根に備えられたG-ディフューザーシステムが制御の大部分を担っているためだ。
もちろん主翼があった方が安定性は増すが、最も外側に張り出した構造である主翼は戦闘によって失われやすく、
これまでにも主翼の無い状態で戦闘をしのいだこともあった。

しかし、そこには『一時的に』という但し書きが付く。
ソフトもハードも、多少の融通は利かせられるとはいえ、機体の全システムは基本的に翼の存在を前提として組み上げられている。
特に今のように希薄とはいえ紛れもない大気圏内を飛行している場合、
本来主翼によって与えられるはずの揚力とトルクが得られなくなり、別の方法で姿勢の安定性を保つ必要が出てくる。
簡単に言えば、ふらつきを勢いで打ち消す。つまり、エンジンをふかし高速で飛び続けるのだ。今まさに彼がやっているように。

砕けた大地と方向性を失った重力。それは不規則で予測不可能な気流を生み出していた。
岩の間をすり抜け矢のように飛び過ぎようとする度に、翼を無くした機体は嵐に放り込まれた一枚の枯葉のように翻弄された。
ローリングで慣れてるから酔うことは無いものの、彼は歯を食いしばっていた。何が何でも操縦桿を手放すまいとしていたのだ。
一瞬でも気が緩めば操舵を誤り、どこかの岩肌に吸い寄せられ叩きつけられる。そうなれば再起のチャンスはもはやないだろう。

接近警告のブザーは先程から鳴りっぱなしになっていた。
眉をしかめ、フォックスはほぼ習慣的になった動作でスイッチをパチンと跳ね上げ、ブザーを黙らせていく。
キャノピーの外では上下左右あらゆる方角から岩塊が迫り、ジェットの噴射とは明らかに異なる挙動で機体が揺さぶられる。
だがパイロットは強いて焦りを押し込め、最適の一瞬を狙ってぎりぎりまで岩肌に機体を近づけさせる。

今だ、という言葉が弾けた時にはもう、彼は舵を切っている。
途端に視野を占めていた灰色の壁は嘘のように消え去り、黒い空隙が再び船の前に開けた。

通り過ぎざまのそうした瞬間にも、彼は岩塊の表面にしがみつく固定砲台を倒していくことも忘れなかった。
目まぐるしい勢いで流れていく灰色の地面。その視界に突然、ドクロ頭のミサイル発射台が飛び込んできた。
ちょうど進行方向に対し縦一列で並んでいたそれにほとんど考えることもなく狙いを付け、掃射する。

一撃離脱。機首を上げ、開けた空間へと機体を逃がす。
その途中でバチバチと音が立ったが、フォックスは一切スピードを落とさなかった。

――また人形兵とぶつかったんだろう。これでまた何体か片付いたのなら助かるんだがな……

そこまで考えて母船に向けて、大回りにカーブを切ろうとしたときだった。

コクピット全体がすっぽりと影に包まれた。

それは数秒にもみたない瞬間だったが、こんなにも高速で宙を突っ切っているアーウィンを闇で覆うとなれば
通り過ぎていったものが大きなものであることは間違いなかった。

不吉。凶兆。
押し寄せる恐怖に、心臓が握りつぶされる。

「ァ……」

思わず声にならない声を上げ、自分が操舵中であることも忘れて彼は上を見上げた。
その目が見開かれる。

次の瞬間、耳を聾するような衝突音が鳴り響き、天の隅々までを揺るがした。

双頭の戦車、デュオンは足元を見下ろした。

自分たちが全体重を掛けて大地に叩き伏せたの中型船舶は、ずんぐりとした船首を岩の中にめり込ませて止まっていた。
微かに煙が立ち上る向こう側、コクピット下部から展開されかけていた発射口がものの見事につぶれてしまっているのを確かめると
彼らは急に興味をなくしたように顔を上げる。

「さて……」

前後の頭、そのどちらかが呟いた。
彼らは次の獲物を探すように頭を巡らせ、そして銃を持つ方の頭が一点を向いてぴたりと動きを止める。

掛け声の一つもなく、またその必要もなく彼らは息を揃えて身をかがめ、跳躍した。

蹴り飛ばされていったマザーシップ。
上部装甲には深々と二つの筋が刻まれていた。双頭の戦車、その足跡が。

「サムス! 応答してくれ!」

通信機を胸元から外し、フォックスはそう声を張り上げていた。
機体は母船が墜落した岩石にカーブを描いて近づいていき、それにしたがって彼の視力でも直に損害の様子が見えるようになっていく。
漆黒の宇宙。灰色の岩塊に埋もれた橙色の甲虫。

「……応答してくれ、頼む!」

目を細めて耐え、呼び掛け続けた。
けれども、いつまで待てども返事はなかった。

信じられない。信じたくない。
耳の中にホワイトノイズが満ちる中、それを否定しようと彼は何度もコールを押し続ける。
プツ、プツと、ほとんど意識と切り離されたリズムが刻まれる。

コクピットの外には、母艦の悲惨な状況がありのままに映し出されていた。
固体に近い密度の霧さえも退けた頑強な船。その背は見るも無惨にひしゃげていた。
とりわけ痛々しいのが、彫りつけたように深い二条の線。船の周囲は死んだように静まりかえっており、誰かが出てくる様子も無い。

アーウィンは軌道の中を高速で飛んでいき、マザーシップの姿はコックピットを横様に通り過ぎてだんだんと遠ざかっていった。
操縦席に座るフォックスはもはや何も言わず、俯いていた。

「……」

やがて、きっぱりと顔を上げる。
彼の表情には燃えるような決意があった。

フォックスは操縦桿を握り直し、前を見据える。自機に取らせた経路はUターンではなく、直進であった。

背後に鈍い衝突音が轟き、ピットとカービィははっとして振り向いた。
音の出所を突きとめることはできなかったが、流れゆく岩石群の隙間から彼らは目を疑うような光景を見出した。

遠くの空で青緑色の輝線を引いて飛び回る偵察船。
これまで真っ直ぐ自分たちの後ろを付いてきた空飛ぶ船が、いつの間にかあんなに遠くに取り残されて、ひどい迷走を始めていたのだ。
まるで急に運転手が変わってしまったか、ブレーキもハンドルも利かなくなってしまったかのように。

「いったい……」

ピットは、明かりに惑う蛾のように無茶苦茶な軌道を描いて空を飛び回る偵察船を目で追い、そう呟くことしかできずにいた。
その足元で小手をかざして船を見つめていたカービィは、ややあって驚いたように目を瞬き前方を指さした。

「あっ、あれ見て! ふねの後ろっ!」

見ると、偵察船の後ろにくっつくようにして無数の影が動いている。
ここからでは輪郭を見定めることも難しいが、今までの展開からすればあれは人形兵以外にあり得ない。
いつの間に後ろに回られていたのか。たった3人では無理のないことであったが、それでも援護を買って出たピットは悔しげに歯を食いしばっていた。

そんな彼の傍らから、出し抜けにカービィが走り出ていった。走っていく方角には自分たちの偵察船があった。
立ち止まっている時間はない。考えている暇があるならば、彼らを助けに行かねば他に何ができるというのか。
それに気がついたピットも急いで彼の後を追う。

しかし、その矢先。

「わぁっ!」

目の前の地面が鋭く光り、カービィは驚いてたたらを踏んだ。
空が陰り、見上げると巨大な板状の物体がゆっくりと降りてくるところだった。
フライングプレート。タブーの手先を満載にした飛空挺が2人の前に立ちはだかる。

相手は一機だけではなかった。辺りの岩が見えない力に流されていき、岩陰から次々とプレートが姿を現していく。
これほど大量のフライングプレートを見たのは浮遊城外縁での攻城戦くらいのものだろう。しかも、今の2人はそれに生身のままで接しているのだ。

雲霞のように立ちはだかる大編隊。その機体一つ一つに人形兵が縦列をなし、ありとあらゆる種類の銃口を向けていた。
ぽかんと口を開け、それを見上げるカービィ。
と、不意に手を引っ張られる感覚があって体が持ち上げられた。ピットが彼の手を引き、きびすを返して駆け出したのだ。

なすがままに、ぬいぐるみのような格好で運ばれていくカービィ。
彼の見つめる先で一瞬遅れて銃撃が始まった。光る銃弾が雨あられと降り注ぎ、爆発が灰色の岩に無数のあばたを作り出す。
沸き起こる爆風。ピットは視界に被さってくる髪を、首を振って除けようとする。
空いた手で服に付けた通信機を取り外し、母船を呼び出した。

「サムスさん! こちら、ピットです。船が……偵察船が攻撃を受けています!
僕らでは助けに行けません、完全に切り離されてます……!」

背後の銃声は一向に収まる気配がなかった。どころか、徐々に距離を詰めてくる。
焼け付くような熱が腕をかすめ、くるぶしのすぐ横で閃光が炸裂する。踏み出そうと思った先の地面がえぐれ、飛び散った土くれが顔面に当たる。
敵は牽制しようとしているのではない。その照準はきっと胸の真ん中に合わせられている。こちらを徹底的に無力化しようとしているのだ。
それに気づいていながらも、ピットは通信機に呼び掛けることを止めようとしなかった。

走り、岩を飛びうつり、がむしゃらに登って逃げ続ける。
そしてようやく分厚い岩壁の後ろに駆け込み、ピットは一息ついた。

「あぶなかったね~」

あまり緊迫感の感じられない声でカービィがそう言っているのにも上の空で返事をかえし、ピットは通信機を耳元に近づけた。
途端、その目がわずかに、愕然として見開かれる。

遠ざかった爆撃の音を背景に聞こえてきたのは無機質なホワイトノイズ。
母船の通信は、完全に死に絶えていた。

偵察船、船内。初めから席に腰掛けているマリオを除き、残る4人までもが壁に背中を貼り付けるようにして座り込んでいた。
それも無理はない。船は先程から荒波に飲み込まれた難破船もかくやという運転を続けていたのだ。
ただ、速度の上では明らかにこちらが速く、その点では難破船よりもひどかった。

「なぁ! もうちょっと、ましな運転……できないのかよ!」

運転席の方角に向かってリンクは切れ切れに言った。
乱暴にそしてひっきりなしに体が揺さぶられ、それでも怒鳴る余裕があるのはさすが海育ちといったところか。

振り返ることもできないため、マリオは真ん前のモニタに向けてこう答えた。

「悪いが無理だ! 何とかして振り切らないとっ……立ち止まったら、追いつかれるぞ!」

声が不自然に途切れたのは急カーブを切ったからであった。
たちまち彼の背後で4人が片一方に転がっていき、壁際に押しつけられる。

彼らを追いかけているのは、虚ろにくぼんだ目を持つ木製の人形、その大群であった。
かつて修理半ばで飛び立ったマザーシップに襲いかかり、全員が手分けしてやっとのことで追い返した難敵。
あの時は船外に出て応戦もできたが、車輌程度の大きさしかない偵察船では同じ手は使えない。ただひたすらに逃げるのみ。

目に見えないほど細い糸でつり下げられてだらんと手足を垂らし、脱力しきった姿なのにも関わらず
数十体もの群れでおおむね球を作り、あり得ないほどの速度を出して追いすがってくる様子は恐怖としか言いようがない。
実際にルイージは、徐々に近づいてくる彼らの痩けた顔を見てしまわないよう、
操縦室の壁際に身を寄せる振りをしてきつく目をつぶり、モニタの方角から顔を背けていた。

リンクは手すりを掴み、その下に座り込んだ姿勢でいた。

「でも、振り切るなんて、ホントにできるのか? こんな――」

その先は続かなかった。偵察船が宙返りをし、その遠心力で床に押さえつけられたのだ。
背後に来ていた一団はそれでやり過ごせたらしく、少し遅れて船内に久々の静けさと安定が訪れる。
やっと満足に息ができるようになって、リンクはさすがにむくれた様子で操縦席の背中に声をぶつけた。

「……一言ぐらい言ってくれよぉ!」

振り向いたマリオはすぐに軽く片手を上げ、謝った。

「悪かった! つい夢中になって。
……でも、君の言う通りだ。こんな状況じゃどこから抜け出したら良いやら」

視線を前に戻した先、船はちょうど岩石群がまばらな領域に出ようとしていた。
しかし視界は一向に開けてこようとしない。そこに広がっていたのは岩よりも人工的な鍵穴状のシルエットを持つ物体。
人形達を満載したプレートの大編隊がどこからともなく現れ、天球に近寄らせまいとするように偵察船を取り囲んでしまったのだ。

出所は少し考えれば明らかだった。砕かれた大地の中には当然人形兵団側の施設も含まれている。
プレートは輸送手段だけでなく空戦手段としても流用が可能であり、どこの工場にも置かれていたことだろう。
流石のタブーもそれらまで事象素としてすぐに吸収することはせず、生き残っていた兵士達にプレートに乗って来いと招集を掛けたのだ。

偵察船は今や、籠の中の鳥も同然だった。それも、無数の猛禽と共に一つの檻に入れられた憐れな小鳥と。

狭くなってしまった空に規則的な地響きを轟かせ、戦車が跳躍していく。
砕けた大地が小惑星帯のようになって天球を取り囲む中、影に光にその装甲の色合いを変えながら飛び移っていく。
所作には一切の無駄もなく、それがある種の優雅さを生み出している。

前方を向いたガンサイドは行く手の障害物を認識し、ソードサイドは背後へと注意を向けていた。
しかし、このような状況にありながら彼らにはあまり急いだ様子がなかった。四方を見つめる眼差しにもどこか余裕が感じられる。

と、ガンサイドの眼がある一点を向いて静止した。

すでに、その時には右腕が彼方の空へ向かってすらりと伸ばされている。

「……」

両輪を完全に止め、首を動かし、ガンサイドは正面から両眼でターゲットを見据える。
そこには複雑な軌道を描いて逃げ惑う一機の小型船があった。距離は遠く、彼らのいる所からでは甲虫ほどにしか見えない。

船はコッコンの群れに追い立てられ、フライングプレートによって作られた包囲網の中を必死になってかけずり回っている。
これを狙い撃つことは、死に物狂いで飛び続ける羽虫を数メートル離れた場所から撃ち落とすことに等しい。

彫刻像のごとく動きを止めた双頭の戦車。静かに噴き出すスチームだけが彼らの頭脳で行われている処理の量を物語っていた。
照準を定めた砲塔の中にエネルギーが充填されていき、銃口の奥に生じた輝きが徐々に明るさを増していく。

しかし、冷酷な炎を宿していた彼らの瞳が不意に殺気を潜め、すっと細められる。

そんな彼らの視線を受けて、折しも接近してきた大岩が射線をゆっくりと塞いでいった。
先程まで死の光を滾らせていた右腕を引き上げ、デュオンは独りごちる。

――フン……命拾いしたな。

空を横切っていく大地の欠片に、そしてその向こうに隠れた小型船に冷たい一瞥をくれてから彼らは顔を背けた。
先程まで辿りかけていた方角に向き直り、エンジンを一つ低く唸らせると再び走り始める。

急ぐことはない。あの調子では長くは保つまい。こちらが手を下すまでもなく、勝手に落ちてくれるだろう。
そう心の内で声をかわし、次の大岩に向けた跳躍の準備に入ろうとした、その時だった。

「む……?」

ソードサイドが言った。ほぼ時を同じくして、灰色の大地の上で助走をつけかけていた巨大な両輪も止まる。
土煙がたなびく向こう側、彼らが駆け抜けようとしていた暗く短い滑走路の先に影が現れていた。

彼らの立つ大地はゆっくりと回転していき、真上から天球の光が差し込むようになった。
それにつれて風向きもそれと分からないほどに変わっていく。彼らが立てた煙は風に巻き上げられ、虚空に消えていった。

その向こうから姿を現したのは、小さな身に着けられるだけの武具を備えた剣士。
一時は駒として操られていたファイター、あの仮面の騎士であった。

灰色の大地、降り注ぐ容赦のない光。
それがまるで辺りに月面の如く鋭利なコントラストをつける中、小柄な戦士は黙ってその手に構えた剣を振るい――そしてデュオンへと向けた。

「……フ」

ソードサイドは嗤った。彼はこちらに戦いを申し入れたのだ。

――だとすれば、こちらも応えてやらなくてはなるまい。

――答えは戦うまでも無く、わかりきったことだがな。

双頭は互いの思考の中で声をかわし、そして駆動機関に点火した。

衝突。そして、二つの影が離れる。

一方は弾かれるように。他方は静々と。
しかし弾丸のような勢いで飛びすさった小さな戦士は難なく地に足をつけ、次の一撃を当てるために駆け出した。
数瞬のうちに距離を詰めたかと思うと、大胆にも相手の目の前で立ち止まり、次の瞬間には高く跳躍する。

デュオンが交差するように振り払った双剣は彼の身をかすめもしなかったが、
彼らの首元を狙った黄金の剣は振り下ろされた頭部の大刀によって防がれた。

剣もろとも弾き落とされ、地に手をつき、そのままの勢いで後転をするようにして着地すると彼は剣を青眼に構えた。
こちらを油断無く見据える黄金の瞳に、デュオン・ソードサイドはしばらく鋼の視線を向けていた。

張り詰めた沈黙が過ぎ去って、戦闘態勢を崩さないまでもデュオンは肩をすくめるように動かし、こう尋ねかける。

「なぜだ? なぜ我等を討とうとする」「無益なことだ。我等を倒したところで仲間は助からぬ」

返答は無かった。こちらを見上げる視線にも、デュオンに読める限りで動揺した様子は認められない。
ソードサイドは首をわずかに上向かせ――人でいう片眉を上げる調子で彼を見た。

「そうであろう? ファイターよ、お前達にもう打つべき手はない」「それとも……フン、己の身を守ることで精一杯だったのか?」
「ならば教えてやろう。お前達にはもはや、あの障壁を撃ち破る手段も無ければ」「そもそもそれを潜り抜けるだけの人員も無い」
「正確に言えば、今まさに失われようとしている……と言うべきか」「助けに行かなくて良いのか? お前の仲間であろう」

剣士はなおも、答えようとしなかった。

デュオンが扱いかねて沈黙していると動きがあった。
話は済んだかというように剣を鋭く振り払い、再びこちらへ向けて特攻を開始したのだ。

――面妖な……

ソードサイドは顎を引き、気合いを溜めるように両の腕を構えた。
相変わらず真っ正面から向かってくる相手を見据える。視界は良好。両者を隔てる障害物は無く、大地には一本の樹木も残されていなかった。

剣士の足があるラインを踏み越えたところで、デュオンの瞳に静かに火が灯った。
数メートルの刃渡りを持つ大剣が立て続けに薙ぎ払われ、切り裂かれた空気が圧縮された不可視の刃となって剣士に襲いかかる。

故郷の癖を引きずっていれば剣で防ぎ、その動作でシールドを発動させてしまったことだろう。
しかし、彼はすでにそれをしないだけの戦闘経験を得てここに来ていた。
刃と刃の間。わずかな空間を見つけてそこに割り込み、回避していく。

身を翻し、マントをはためかせて宙を舞う。彼は身軽にかわしながらも着実に前進し、距離を詰めていた。

「ほう。なかなかやるな」

その様子を上から見物していたソードサイドは興をそそられたように言った。
しかしその腕は無慈悲にも、次の斬撃に向けて構えられていく。

鋭い風音。交差する大剣に、大気が断ち切られる。
が、デュオンは目を見開いた。彼らの目は、そして彼らの感覚はしかと捉えていたのだ。

飛び込んでくるファイターの身に刃が当たりかけたその瞬間、身を翻した彼の姿が風と共にかき消えたことを。

直後、ソードサイドはのけ反った。何もないはずの空中、眼前に突然剣士が現れたのだ。
彼は無言のまま左手で視野に被さるマントを払いのけ、その剣を電光の如く素早くひらめかせた。
びし、と音を立てて面鎧に傷がつく。だが、咄嗟に後退していなければアイセンサまでをも損ねていたかもしれない。

ソードサイドは低く唸るような声を上げ、くるりと振り返る。
代わって現れたのはガンサイド。まだ宙にいる相手に向けて狙いをつけ、次々に光線を撃ち放つ。
しかし、彼はすぐさま背のマントを翼に変え、まったく器用に空中で避けながら後退していってしまった。
全弾回避。目標は未だ落ちず。

「……話の分からぬ奴だ。もはやお前達の敗北は決まり切ったこと」「我等に楯突いたところで仲間への攻勢が弱まることは無いというのに」

デュオンはその場を守るように立ち、飛び退る戦士の姿を目で追う。銃口から放たれる火線で追う。

視線の先、弾幕が薄れる一瞬の隙をついて相手は地を蹴り、再び攻勢に移った。
それを見据えながらデュオン・ガンサイドも迎撃の勢いを強めていく。

「確かに我等は人形兵に命じた。しかし、今回は最初のきっかけを与えたにすぎん」
「目視によって攻撃する対象を定めてやっただけだ。後は彼らの思うように戦い続けるのみ」
「彼の御方とこれほど近づいたことにより」「今や彼らの意思は我等が主、その御心を強く反映している」
「もはや指揮官は彼の御方であって、我等ではない」「だのに、何故だ。何故お前は戦おうとする」

これほど滔々と喋りながら、ガンサイドは撃ち続けていた。
時には肩の辺りから機雷まで撃ち放った。爆音が散発的に轟いていたが、彼らの低い声がかき消されることはなかった。
そしてまた、これほどまでに激しい銃撃を受けながらも相手のファイターは足を止めようとしなかった。

あの目くらましで距離を詰められないうちに、とデュオンは引き下がって時間を取りつつ攻守交代する。
再び正面を向いたソードサイド。両腕と頭部、合計三振りの大刀がありながら、彼らは自らに油断を許さなかった。
確かに自分たちはファイターをも超える性能を与えられている。しかし、それは全ての点で超えているという表現ではない。
例えば今、自分たちは目の前の戦士にただ一点、スピードで劣っていた。

――だが、物事には常に計算し尽くせない要素が、

――数で表すことのできない要素がある。

再びファイターが迫っていた。

青と金の閃光が飛び込んでくる。ソードサイドは横様に振るった大剣でそれをいなし、回し斬りの勢いで相方と攻守を交代する。
射程に入れるやいなやガンサイドは右腕の砲台から光線を放つ。
ファイターは風を味方に付けて難なくこれを避けたが、少なくとも牽制の役には立った。
それを見届けて、ガンサイドの顔は再びくるりと後ろへ回る。

剣で振り払い弾を撃ち放つ間にもデュオンは問いかけ続けた。

「なぜだ。なぜそうまでして必死になる」「お前を突き動かしているものは一体何だ?」

機械の体に肺は無く、彼らは息切れということを知らない。凄まじい撃ち合いや斬り合いの間でも冷静な声が響く様は一種異様だった。

「言ったはずだ。ファイターよ」「お前達の敗北はすでに決していると」

くるり、くるりと立ち位置を変え、踊るように銃と剣が入れ替わっていく。
時に、これほどの巨体に可能なのかというほどの跳躍を見せフェイントを加えて背後からの一閃を狙うが、この手は通用しなかった。
相手の反応速度に上回られてしまったのだ。わずかな予兆を見切られ、振り下ろした剣は虚しく地を砕くのみ。
それを学習したデュオンは、より確実で堅実な戦法を選ぶようにしていった。

どれほどの威力を持つ技も、当てられなければ意味がない。
ファイターは自らにあたわった俊敏さと、自らが鍛え上げた技術をもって、デュオンの計算し尽くされた猛攻を切り抜けていく。
しかし、対するデュオンの眼にあるのは蛇のような執拗さ。
捕食者の視点から、実験者の視点から、彼らは眼下で戦い続ける戦士を注視し、心身の隙を見出そうとしていた。

その目に映るファイターはあくまでも狩る対象であり、分析する対象であった。
哀れな被験者に向けて一方的に、彼らは問い続ける。

「聞こえていなかったのなら、あるいは耳を閉ざしているのならもう一度言おう。我等に、もはや指揮権は無いのだ」
「我等は忠告する。こんなところで戦っている暇があるならば」「主の兵に追い立てられたお前の仲間を助けに行きたまえ」
「どのみち勝敗は決しているが、お前もこんなところで孤独に死にたくはなかろう」「我等は戦士としての誇りを尊重してやろうと言うのだぞ」
「だというのに、なぜだ。どうして我等を討とうとする」「もはやこれ以上の戦いは無意味だと言うのに」

剣士は答えない。

だが、時が経ち、流れは変わりはじめていた。
互角と見えた流れは戦車の作り出した幻想だったのか、次第に剣士は押されていく。
その身に目立った外傷はなく、彼の眼光は変わらず鋭かった。しかし、肩で息をつくような仕草が見られるようになっていた。

ファイターは戦うことを止めようとしない。局地的にも、そして総合的にも負けが決まっていながら、なお。
疲労を示し始めた彼に慈悲をやるように、デュオンは少し離れたところで追いもせず立ち止まった。

そのまま睥睨するように視線を向けていたソードサイドが、ふと思いついたように声を上げる。

「……ほう。分かったぞ」「お前がそこまで死に物狂いになる理由が」

訪れた静寂に、吹き渡る弱々しい風の音が急にはっきりと届くようになった。

表向きデュオンの姿勢に警戒の様子は無かった。
だがその実、背後のガンサイドが相方の視野も受け持って相手の様子を見張っていた。
表情を持たない彼らの内面を忠実に表し、排気音が静かに高まっていく。

彼らは賭けに出ようとしていた。
その行動が一体どんな爆弾をつついてしまうか、彼らをもってしても完全な予測はできなかった。
しかし、彼らは確信を持っていた。ついに、相手の沈黙を切り崩し、敗北に繋がるほどの動揺を引き出せる"解"を得たと。
こちらとしてもたった1人のファイターにいつまでも相手をしていられるほど暇ではない。そろそろ切り上げ時だ。
せいぜいいつ飛び掛かって来ても切り伏せられるようにと、彼らは心を構えていた。

ファイターはすでに息を整えたらしく、こちらを静かに見上げていた。
風が通りすぎ、天の輝きは再び岩陰へと隠れていく。
ソードサイドが視野の感度を上げ、ガンサイドの注視が戦士の全身に向けられるが、
今のところは手の震えも目の変化もなく、怒りや焦りの徴候と思しきものは見られなかった。

だが、おそらくはあともうひと押しだ。それをする価値はあるだろう。

人形兵に追われた偵察船が必死に逃げ惑った末、何度目かにプレートの包囲網に鼻を突きあわせた時だった。

明後日の方角から飛んできた緑色の線条、幾つものレーザーが一機のプレートを貫いた。
奇妙な静寂をおいて、そのプレートが内部から弾けるように爆発四散する。

緑色とすれば、また威力から言ってもあの天使が放った矢ではありえなかった。

5人の視線が――その時すでに顔を伏せていたルイージとリュカは少し遅れたが、モニタの一点に向けられる。
折しもそこを横切り、爆心地をわずかにかすめて矢のように飛び去っていった白と青のシルエットは、
多少記憶にあるものとは違っていたものの、格納庫で何度となく見た戦闘機のものであった。

「ひゅーっ、さっすがぁ!」

リンクが拳を振り上げて歓声を上げる。周りにいる他の3人は一様に目を疑い、ぽかんと口を開けていた。
それだけこれまでに彼らを包み、押しつぶそうとした閉塞感は強かったのだ。

マリオの方はこれをどこかで確信していたような明るい表情で一つ頷き、背後を振り返ると言った。

「掴まっててくれ。ここを一気に抜けるぞ!」

そして了解の返事も揃わないうちに、彼は急発進を掛けた。

先程の爆発で生じた白い煙がまだ風に流されきらないうちに偵察船はそこを突破し、向こう側に飛び出した。
視野が晴れて見えてきた空は真っ黒だったが、少なくともあの忌々しいプレートの姿は見えなかった。

5人は誰からともなく一斉にため息をつく。後ろの4人には別の意味も込められていたようだったが。
目を開けたピーチは、操作卓の上でランプが灯っていることに気がついた。

「マリオ。連絡が来てるわよ」

「えっ? おぉ、ほんとだ」

安堵のあまり頭の後ろに腕を組んで反っくり返っていた彼はぱっと跳ね起き、該当するボタンを探して押し込んだ。

『こちらフォックス。そこにいるのはマリオか?』

「ああ! あとは後ろにルイージとピーチ、リンクとリュカも乗せてるぞ。
しかしよく俺が運転席にいるって分かったな。あの運転テクニックで分かっちゃったかな?」

いつもの彼であれば『あぁ、まあな』と笑いを含ませて言うところであったが、この時は様子が違っていた。
どこか心ここにあらずと言った感じの声がノイズを混じらせて聞こえてきた。

『5人か……なら、少ないとも言えない。マスターでもあれだけはできたんだから……。
あぁ、だが……だとしてもあれを破る手段はもう……』

スマートボムの残弾がどうとか呟き続ける声。
ピーチが思わず前に進み出て、通話ウィンドウに向けて心配そうに問いかけた。

「どうかしたの? フォックス」

『なんだって? 君達は……。
あぁ、そうか。あの様子じゃ通信する余裕も無かっただろう』

相変わらず憔悴を隠せない声で、彼は言葉を続ける。

『聞いてくれ。実は、マザーシップがデュオンに墜とされて、船内とも通信が――』

しかし、その声は途中で止まった。
電波が途切れたのでもなく、アーウィンをトラブルが襲ったのでもなく、それは割り込みの通信が入ったためであった。

『通信が、どうかしたのか?』

ため息混じりに言ったのは、紛れもないサムスの声であった。
無線で繋げられた三つの空間にしばし沈黙が満ち、やっとのことでフォックスがこう言う。

『サムス、生きてたのか……!』

『まったく……勝手に殺すな』

怒ったような声だったが、それは自分の応答が遅くなったことでここまでの騒ぎになっていたことを
どこか居心地が悪いように感じている様子でもあった。"大袈裟だな。どうしてそこまで心配するんだ"と。
彼女は続けて、返答が遅くなった理由をこう説明した。

『あの時はとにかく、墜落の衝撃に耐えることと、その後の消火活動で手一杯になっていたんだ。
落下直後はフィギュア化してもおかしくないような状況だったが、
幸いにも回復装置が生きていて、私もロボットもそれで何とか命拾いをした』

「なんだ。やっぱりピンチだったんじゃないか」

船の操作球に乗せた手を放さず、マリオはちょっと茶化すような調子でそう言った。
一方のフォックスは至って真面目に、真剣な口調で尋ねる。

『じゃあ撃てるのか、プラズマ砲は』

わずかで、そして決定的な間を置いて彼女は答えた。

『……残念ながら。
あれは使い物にならなくなってしまった。2人で直そうとしたが、修理箇所があまりにも膨大で手の付け所に困っていた』

その声には隠しきれない悔しさが滲んでいる。

『そうか……。あいつらは船そのものというより、最初からプラズマ砲を狙ってたんだな。
しかし、だとすれば方法が無い。アーウィンに積んであったスマートボムは全部浮遊城の時に使い切ってしまった』

『他に、匹敵する威力を持った武器は?』

『無いんだ。今のカスタマイズでは。
……すまない。こうなることを分かっていたなら1、2発は残していたんだが』

それを最後に、両者の会話は途切れた。
どちらにも案が出せないのか。偵察船内のファイター達は不安げに眉をひそめていた。
彼らが割り込むには空気が重すぎ、そして彼らにしても良い考えがあるわけではなかった。

それぞれの面持ちでモニタに浮かんだ赤線の枠を見つめ、5人は口を閉ざして待ち続けた。
やがて……

『いや、まだ方法はある』

重苦しい沈黙を打ち破るように、きっぱりとサムスの声が言った。

『少々乱暴だが、やるしかない。
……フォックス。全員に通信回路を開くよう言ってくれ』

再び、荒涼たる決闘の地。

沈黙を貫く剣士に向け、デュオンは今まさに彼の心中を言い当てようとしていた。
風音を立てて両腕を大きく広げ、彼らは皮肉めいた口調でこう並べる。

「"逆襲"」「そして、"贖罪"」

言い放った言葉は辺りの残骸に淡くこだました。
それが、自分たちがこれまで得てきた残党のデータや学習してきた相手の思考パターン、そこから導き出された答え。

「笑止! お前の思考は実に単純だ」
「頑強にして狭量。己が一度正しいと確信したことは決して変えようとしない」「何と無意味で実りのないことか」
「だがいずれの理由にせよ、我々は格好の対象であろう」「主を倒す手立てが永久に、そして永遠に失われようとしている今となってはな」

漆黒の空に朗々と声を響かせて、彼らは語り続ける。

「我等は確かにお前達の仇だ。兵達を指揮し、幾人ものファイターを捕らえた」「もはや今となってはその人数を思い出すことさえ難しい」

そこで、芝居がかった仕草でソードサイドは首を横に振った。

「我等を倒すことができれば、せめて彼らの無念を晴らすことができると」「あるいは自らの過ちをあがなうことができると、そう考えているのだろう?」
「言葉ではどうとでも言い訳できよう」「しかし所詮は転嫁、自己満足でしかない。真の解決には繋がらん」
「閉ざされた仲間の心も、傷つけられたお前の自尊心も」「失われたものは二度と元には戻らぬ」

その双眸が、ふと何かを思いついたように瞬く。

「あぁ、そういえば……今の今まで忘れていたが、森に落ちてきたお前を捕獲したのも私の師団だったな」
「そのせいでお前は自我を失い、仲間を斬りつけることとなった」
「どんな気分だ? と、言ってもお前は覚えていないのだろうな」

明日の天気を聞くようなごく軽い口調で、彼らはそう言った。

「そうそう、あの時の芝居」「我等が警備していた第一工場に乗り込んできた時の、あの芝居は上手かったぞ。危うく我等も騙されるところだった」

前後の顔で嘲り笑っていたデュオンは、ひとしきり笑ってからふと口をつぐんだ。
計算し尽くされた間をもって、口調をがらりと変える。

「信念を持って我等に追いすがり」「ここまで戦い抜いたこと、それだけは褒めてやろう」
「だが、一つ感心できぬ点があるな」「果たして、お前の力量で我等を倒すことはできるのだろうか?」
「まさかそれを知らずに、それを考えずに来た訳ではあるまい」「とすると……お前のこの行動は"捨て身の特攻"ということになるのだろうな」
「馬鹿げたことだ。誰が語り継ぐ訳でもない」「誰が見届けてくれる訳でもないというのに。それでも構わないというのか?」

酷薄かつ容赦のない声音。論理の前に暴かれていく精神の暗部。
その全てをはるかな高みから睥睨し、ついに彼らはとどめの一声を放った。

「復讐という英雄的な言葉、空虚な理想で己のエゴを飾り立て、そのためならば命をも捨てるとは」
「まったく……お前は救いようのない自己陶酔者だな」

冷静に、そして着実に相手の深層を鋭くえぐる言葉。

――さぁ……激昂して見せろ。

――我を失い、そして自ら足を踏み外すが良い。

彼らは勝利を確信していた。少なくとも、心理的な戦闘では相手を打ち負かせたと信じていた。
しかし、デュオンの上げる笑いはやがて暗がりの中に虚しく消えた。

相手はまったく、何の反応も示そうとしなかった。
せいぜいが姿勢を変えて剣を持ち直したくらい。金色の瞳は逸らされることもなく、こちらをじっと見上げていた。

ソードサイドの両腕がゆっくりと下がる。
自分たちの演説が狙った効果を引き起こせず、拍子抜けすると同時に訝しみはじめたのだった。
相手はその頑固さから耳を塞いでいるのではない。聞いていながら、それを何の感慨もなく受け流しているのだ。
あり得ないことではあったが、彼は駒であった時よりも分厚く見通しがたい障壁を備えているように思えた。

デュオンはアイセンサを一つ切り替え、背筋を伸ばすと嘲笑うように短く排気した。

「どうやら……貴様らなぞに語る口は無いと、そう言いたいらしいな」「それほどまでにお前の自尊心が強いとは思わなかった」
「ならば望み通り、我等の剣で」「我等の銃で、勝負をつけようではないか」

ソードサイドは儀礼的な仕草で剣を顔の前に構えてみせ、そしてそれを薙ぎ払った。
暗い空を揺るがせて、低く虚ろな音が鳴り響く。
それが戦闘再開の合図となった。

待ってやるまでもなく、相手から先に動き出した。
剣士は二三の助走をつけ、翼を広げて風を掴む。
提げた剣の切っ先が地表に触れそうな程の低空飛行。真っ正面から挑み掛かる捨て身の直球勝負。
デュオンもそれに応えて両輪を駆動させ、矢の如き勢いで突っこんでくる戦士を迎え撃ちに行く。

剣になった前腕を次々に打ち振るい、デュオンは相手の逃げ場を絶ち選択肢を削っていく。
刀身の大きさゆえ劣る速度は剣の数で補い、それらを効率良く間断なく使っていくことで隙を最小化する。

予測される相手の軌道に打ち込んだ刃が、すんでのところで躱される。しかし巻き起こした突風が彼を捕らえていた。
つむじ風の中に巻き込まれ、無防備に浮き上がる剣士。
デュオンは顔の前で両腕を交差させ、逃げる余裕さえ与えぬ勢いで斬り払う。

消失。

またあの目くらましか。相手が出てこないうちにと、彼らはすぐに後退する。

――さあ。どこからでも掛かってこい。

前後2つの顔の中、鋼の瞳が油断のない目つきで辺りを見渡す。
しかし荒涼たる大地には人影一つ無く、空には砕け果てた岩石群が流れていくのみ。

遠い地平に光が戻る。戦いを始めてから何度目とも分からない"夜明け"が訪れる。

その輝きによって己の右腕に異質な反射があることを見出すのと、肘部に衝撃を感知したのとはほぼ同時であった。

「ぬぅ……?!」

思わずソードサイドは声を詰まらせ、避けるように右腕を振り上げた。
しかしその時にはもう、肘部の関節機構は中破していた。火花を上げて脱臼したように前腕部分が垂れ下がり、視界を遮る。
振りほどかれて腕から離れ、着地した剣士の後ろ姿。彼が真横に構えていたその剣を見て、デュオンはやっと何が起きたのかを理解する。

金色に光る二対の枝刃。鈎状に突き出たその部分でこちらの刃を受けとめ、そのまま引っ掛けた。
死角につけいる隙を与えたのは、自分たちのミスであった。
しかし、理由が分かってもなお信じがたいことであった。あれほどの速度で振り回された大剣を掴み、振り落とされずに耐えていたとは。

『そう。油断さえしなければ勝てた相手だ』
ふと脳裏にそんな言葉が甦る。大岩の下敷きになり、こちらを苛ついた目つきで見上げる同胞の顔。
かつて、2人のファイターに乗せられ罠にはまったガレオムの救助に向かわされた時、自分たちはそのようなことを言った。
あのときは『たかが子供2人に』と呆れたものだったが、
彼らの脳裏には、それは過小評価だったのではないかという予感がおぞましいほどの勢いで立ち上りつつあった。

――えぇい。今さらっ……!

思うように動かなくなった右腕を視界から振り払い、ソードサイドは敵の背中を睨みつけた。
修羅のような眼光はくるりと入れ替わってガンサイドの冷静な面に変じ、排気音と共に両腕の砲身をゆっくりと振り払う。

――落ち着け。狂者の勢いに呑まれてはならん。

彼らの視野の先で、ファイターが攻勢に転じていた。
デュオンの双頭が交代する合間に呼吸を整え、見極めた上で再び斬り掛からんとする。
しかし、銃に剣では分が悪かった。

巨大な両輪が砂煙を上げて後退し、その上の両腕からは牽制の意志を持って光線が放たれる。
にわかに雨か霰が降ってきたかのように土は爆ぜ返り、剣を横様に構えて突進する戦士の視界を遮っていった。
その間にデュオンは悠々と距離を取り、そのうえで両肩のミサイルポッドを開く。

追尾式ミサイル。それが一度に六発も放たれる。
黒い空に装甲を光らせ、炎を上げて向かってくる兵器。それを目にした剣士ははたと立ち止まった。
すでに退避するには相手の近くに踏み込みすぎ、かといってがむしゃらに突撃するにはまだ遠い。逡巡の後、彼は身を翻すと剣を大きく振りかぶった。

鋭く、黄金の剣が風を斬る。
目に見える青色の輝きを持って衝撃波が生じ、追尾ミサイルに向けてぶつかっていった。
宙に六つの大輪が咲き、轟音が両者の立つ地を轟かせた。閃光で視覚処理が飽和せぬようセンサの感度を下げつつ、ガンサイドはわずかに後退する。

浮かぶ灰色の小島。砂の舞うレゴリスを蹴って走り続ける男の姿があった。

「やっぱりだ。どうも嫌な予感がすると思ったら……!」

マリオは空を見上げ、悔しげに眉をしかめる。
彼の見る先でまた一つ、二つ、真っ暗な空に炎が弾ける。遅れて、くぐもったような爆発の音が耳に届く。

戦場は未だ遠い。
少しでも早く辿り着こうと、彼は近づいてくる岩塊を認めるなりろくに足場を確かめもせず、勢いのままに飛びうつっていく。

「誰がいる? 誰が……誰が向かってったんだ?
いや……どっちにせよ、たった一人じゃ無理だ!」

行く手に人形兵の隊列が現れる。
まさか敵が逆走してくるとは思っていなかったのか、彼らの間に一瞬の動揺が走った。
遅れてばらばらと剣を構え、あるいは銃の引き金に指を掛け――しかしファイターはその様子さえ目に入っていなかった。

「そこっ、どいてくれ!」

言い切るなり高く跳躍し、茶色のどた靴が緑帽の頭を踏みつける。
そのまま人形兵を足台にして強く踏みきり、彼は折しも真上を通り過ぎようとしていた孤島にしがみついた。
ぼろぼろと崩れていく岩肌に指を立て、ずり落ちそうになるのをなんとか堪え、膝をついて立ち上がる。

取り残されたのか、それとも自分から向かっていったのか。
理由など後で聞けば良いことだ。それさえも出来なくなってしまってからでは遅い。

爆音は続いていた。量と言い密度と言い、並みの兵士とはレベルが違う。まるで要塞戦車が戦っているかのようだ。
そしてそんな戦い方ができる兵士と言えば、ここでは"彼ら"しか考えられなかった。

空に咲く閃光。その輝きを青い瞳に捉えて歯を食いしばり、彼は再び駆け出した。

「しぶとい……」

呟き、両腕を前に向けて構える。
硝煙が風に流されきらぬうちに、それを切り裂くようにして再び剣士が向かってきていた。
それを見据える双頭の戦車の瞳には、もはやこれまでのような余裕は無い。

性分には合わないが、全力で戦闘に集中し攻撃に打ち込まなければ。
そこまでしなければ相手の剣を止めさせることはできない。

ガンサイドは先程と同様にレーザーを連射してファイターを留めようとする。
暗い空を切り裂いて無数の光が駆けていく。美しくありながら、鋭利な輝きをもった横殴りの雨。
剣士は銀色の仮面にその輝きを映して身を翻し、すんでのところで避けていく。瞳はただ真っ直ぐにデュオンを見据え、走り続ける。

その視線を受けて、デュオンは不意に戦法を変えた。
片腕を胸元に引きつけ、頭を下げる。
頭頂の砲身。そこから生じたのは実弾でもなく光線でもなく、エネルギーを集中させた光球。

これまでに見せたことのない攻撃に、剣士の歩調が一瞬ためらう。
そしてデュオンがこの技を今まで使わずに取っておいたのは、それが狙いだった。

目にも止まらぬ速度で放たれる、3つの雷撃。
ファイターはすぐに跳躍し、その場から離れようとした。しかし、わずかに及ばなかった。

宙を駆ける閃光の一つが身を翻した矢先の彼を捉える。
その身をかすめただけであったのに、ファイターはたちまち雷に打たれたかのように弾きとばされ、地面に叩きつけられる。
ガンサイドはその小さな姿を横目に捉えつつ、相方と攻守を交代した。

再び表を向いたソードサイドは、剣士が痺れと衝撃から立ち直らないうちにすぐさま頭部の刀を高く掲げる。
その刀身に天の光が映り込み、鋭く輝いて――
一息に、振り下ろされた。

今度は手応えがあった。

ソードサイドはその巨大な頭をゆっくりと上げる。

土くれがぽろぽろとこぼれ落ち、そしてその下には浅くえぐれた大地に倒れ伏すファイターの姿があった。

しかし、まだフィギュアには戻っていない。これほど手痛い直撃を受けながら、彼はなおも立ち上がろうとしていた。

震える左の手で地面を押しやり、渾身の力を込めて体を起こしていく。
もどかしいほどの時間を掛けてようやく、具足をつけた足で大地に立つ。そして彼はこちらを仰ぎ見た。
鋭い目つきだった。その仮面のすぐ前に大剣がぴたりと近づけられていることを、露程も気に掛けていないかのように。

「天晴れだな。ファイターよ」「実に見事な戦いぶりであった」

相手を無傷な方の剣で制し、デュオンは言った。

「だが、これで分かっただろう。我等とお前の間には決定的な隔絶があるのだと」
「主への義によって立つ我等をそのような私情で打ち倒すことなど、初めから不可能だったのだ」

空では無数の石くれが流れていき、風が両者の間を吹き抜けていた。
動くことも許されぬファイターの背で、マントだけがいたずらに風に弄ばれていた。
剣士が目を伏せる。敗北を覚悟し、戦意を喪ったか。

「せめてもの慈悲だ。とどめはこの剣で与えてやろう」「それが剣士たる者への礼儀だ」

そう言って、デュオン・ソードサイドはゆっくりと左腕を上げていく。

と、その腕が虚を突かれたように止まった。

彼らの集音マイクがこんな音声を捉えたのだ。

「生きて、守り抜け……」

声を発したのは、眼下でじっと佇んでいる剣士であった。
立つことさえ重労働であるかのように俯いていた彼は静かに顔を上げ、その眼差しをデュオンの顔に据えた。
その手に携えた剣の如く誇りをもって研ぎ澄まされた、金色の輝き。

彼は言った。

「……約束は、果たした」

デュオンは愕然とし、天を振り仰いだ。
折しも大地が自転の一周期を終え、ちょうど彼らの真上に亜空間へと繋がる光球が輝いていた。

索敵を掛けなくとも、その異変はすぐに見つかった。
込み入ったアステロイドベルトの中から噴射炎を引いて、明らかに岩とは異なる何かが飛び込んでいく。
映像に拡大を掛けて、デュオンは思わずうぬと声を上げる。それは紛れもないファイター達の小型船。

つい数刻前と比べると明らかに飛び方が変化していた。
あれほど正確に真っ直ぐに飛行しているとすれば操縦者がいるとは思えない。あれは自動運転で光球へと向かっているのだ。

マザーシップ。戦士達の母船は、戦場からはるかに遠く離れた岩塊にその身をうずめさせていた。
背中に二条の傷をつけ、眠ったように沈黙する船。しかし、船内には2人のファイターが残っていた。

鎮火されてまもない焦げ跡があちこちに残り、灰色の霞が漂う操縦室。
正面のモニタに映し出されているのは、レーダー画像から組み上げられた戦況の模式図。
白い球で示された中央のターゲットに向け、緑色の矢印が走っていく。

天球はあたかもガス惑星のようにリング状に岩石群を従えていたが、その範囲は中心から一定の距離を空けて広がっている。
したがって、あるところまで行けば偵察船に載せてある簡易的なAIで自動運転させても問題は無い。
仲間には、障害物が少なくなったところで既定のプログラムを命じ、船を離れろと伝えてある。

『本当に良いのか?』

通信機の向こうから、フォックスの声がそう尋ねかけた。
ロボットと共にモニタを見上げていたサムスはそれに対し、こう答える。

「構わない。全てが解決すれば、あの船も戻ってくる」

その青い瞳は、時々刻々と遠ざかっていく矢印をじっと追いかけていた。

急いでデュオン・ガンサイドが片腕を掲げ、小型船を撃ち抜こうとする。
しかし、銃口からレーザーが放たれることは無く、やがて彼らは忌々しげに鋭く排気するとその腕を下ろした。
あの小型船はエンジンを暴走させている。撃てば大爆発を起こし、あの距離ではどのみち光球の防壁を破壊してしまうだろう。

カリカリと耳障りな音を立てて、アイセンサの絞りが開かれていった。

「貴様……」

低く唸り、振り返る。

「ファイターよ。貴様はこれを狙っていたのだな」「時間を稼ぎ、我等の目を真の狙いから背けさせるために……!」

彼らの主は既にこちら側での傀儡を失っており、実は人形兵への指揮もデュオンを仲介させて何とか行えている状態であった。
主はもう、こちら側の事象を動かすことはおろか、こちら側で起きていることを知ることさえできない。
その「目」の役割を果たせるのは戦況をつぶさに観察し攻撃目標を定めるデュオン、彼らの他にはいなくなっていたのだ。

彼らはその目をもって、自分たちとその主を欺いた憎き存在を睨めつける。

しかし剣士は再び、沈黙の中に閉じこもっていた。
全ての役目を果たし、もはや思い残すことはないとでも言うように瞳を閉じていた。

その悟りきったような静けさに、デュオンは初めて逆上した。

「おのれ、よくもッ!」

鋼の瞳が鬼気迫る光を放ち、ソードサイドの左腕が高々と掲げられる。

斬撃。その直前、一筋の輝きが彼らの目に映った。
それが分かっていても、勢いをもって振り下ろされた重量を止めることなどできず、鋼の目だけがそれを追いかけた。
轟音と共に石くれが盛大なしぶきを上げて飛び散る中、ファイターを乗せた一筋の流れ星が遠ざかっていく。

もはや言葉ともいえない呪詛の声を上げ、くすんだ白銀色の砲身が構えられる。

「待てーっ!」

不意に空からそんな声が降り注いだ。
見上げたガンサイドの目に映ったのは彼方に浮かぶ赤い帽子の配管工。だが、いつもとは様子が違っていた。
岩から一蹴りで跳び上がり宙に身を晒した彼は、強い輝きを纏っていたのだ。七色に輝く光を。

彼はそのまま合わせた両手を腰溜めに後ろに持っていき、気合いを溜めはじめる。
しかし彼のいる場所からここまではかなりの距離がある。

あまりにも激しい怒りに囚われたデュオンはもはや平時のような思考を保っていられず、呆けたように顔を仰向かせていた。
頭の片隅で、彼らはこんな言葉をかわしていた。
あれの持っている技では、何をしたところで届くはずもない。
せめてもう二、三個は岩を飛び越えて来なければならないはずなのだ。

だというのに、彼の顔には揺るぎない確信だけがあった。

気合一閃。
掛け声と共に放たれた炎はあっという間に膨れあがり、らせんを描いて宙を駆け抜けていった。
見上げるデュオンの瞳が、迫る炎の先にカッと口を開いた竜の顔を認めたのも束の間――彼らの意識は轟熱と共に途絶えた。

ふと目を覚ますと、目の前には穏やかな黄色い輝きが広がっていた。
どこか見慣れた色合いだと思っていると、いきなり隣で怒鳴り声が上がった。

「バカヤローっ!」

見ると、反対側の角にしがみついているカービィが目をつぶり、空に向かって叫んでいるのだった。

いつにない剣幕で怒っている彼に、メタナイトはこう言うことしかできなかった。

「……なぜ怒鳴っている」

「だってむしゃくしゃするんだもん!
アドレーヌが教えてくれたんだ。むしゃくしゃしたら海にバカヤローって叫ぶの。そうすればすっきりするって」

そう言うカービィの顔は、まだふくれっ面だった。
やはり、先程のは彼なりの叱咤であったらしい。剣士は返す言葉が見つからず、行く手の空に視線を向けた。

あの時、自分は全てを投げ打つ覚悟でデュオンの前に立った。

彼らほどのつわものが相手となれば、生半可な覚悟では数分と保たないだろう。そう判断した上での決断だった。
勝てるとは思っていなかった。それどころか、勝とうとも思っていなかった。
自分の目的はただ一つ、仲間のために時間を作ることであった。

仲間にはそのことを告げなかった。自分がデュオンを引き留めれば、その間に状況を打開する策も編み出されるだろう。
しかし、まだその時点では、彼は具体的な策があるとは聞かされていなかった。何の理屈も打算もなく、ただ彼はそう信じていたのだ。

その作戦を考える上で万が一にもこの特攻が口頭に上り、彼らの思考の妨げになってしまっては元も子もない。
他のファイターにはあくまでも、目の前の天球だけに注意を向けてもらいたかった。

それが、まさかこんなことになるとは。
自分にまだ意識があり、こうして物事を考えられていることさえ信じがたく、彼は柄になく茫として空を眺めていた。

こちらに戻ってきたのは、カービィだけではなかったらしい。
背後で地滑りのような音が響き渡り、2人は流れ星に掴まったまま同時に振り返った。

砕かれた大地。宙に投げ出された双頭の戦車。
そして、駆け抜けていく一対のドラゴン。
同じ直線上のかなり離れた場所にはマリオが浮かび、意気揚々と拳を振り上げていた。遠すぎて声は聞こえなかったが。

掴まるもののない虚空に投げ出され、加えられた衝撃の名残をもってゆっくりと回転するデュオン。
彼らの姿を無言で見つめていたメタナイトは、やがて短くこう言った。

「カービィ。戻れ」

「えーっ、まだたたかうつもりなの?」

明らかに不服そうな声を上げるカービィ。

「2対2なら少しは有利だろう。それに、彼らを止めなければ勝機は訪れない」

デュオンは自身の重量に従って、近場の岩に引き寄せられつつあった。

残る時間はわずかであったが、彼らほどの知将を見逃せば今後どういった形で妨害を受けるか分かったものではない。
そんな渾身の意思を含ませた眼差しを向けてくる相手に、カービィはしばらく不満げな視線を向ける。
どう考えても友達は無茶なことを言っている。自分はともかく、彼がこれ以上戦えるとは思えなかった。

「むぅー……わかった。でも、ちょっとようす見るだけだからね!」

そう妥協したカービィはワープスターに掛けた手をぐいとひっぱり、空に大きなカーブを描いて戻っていった。

黒い空に束の間のきらめきを散りばめて、一筋の流れ星がデュオンの元に近づいていく。
優美だが戦車としては異質な姿をした兵士。彼らは前後二つの頭を俯かせ、漂うがままになっていた。

星に掴まる一頭身の2人は、ワープスターの上から顔をのぞかせてデュオンの様子を窺っていた。

「ねぇ、あれ……」

「分かっている」

流れ星はある距離を持ってデュオンの周りをゆっくりと回っていたが、それ以上近寄ろうとはしなかった。
2人の目には見えていたのだ。
エネルギーが尽きたように静止するデュオン。彼らの装甲からは、ぽつぽつと泡のように揺らめきながら白い光が立ち上っていた。

それは、周りの岩も同じだった。
すでに灰色に枯れきった大地は何らかの脆さがあるらしく、デュオンよりもずっと速いスピードで溶け去ろうとしていた。
まるで熱湯の中に落とされた氷のように、何もかもが光る泡となってみるみるうちに縮んでいく。
見渡すと、すぐ近くの岩も見える限りの遠くにある岩も同様に溶けていくのが分かった。

流れる光は全て、天の中心にある"星"へと向かっていた。

まるで、何百何千という天の川が出現したかのような光景だった。
ワープスターに掴まる2人は、気がつけば自らも光の洪水にすっかり飲み込まれていた。
流れに押しやられることは無かったものの、燦然と輝く白に混じりけのない黒、そのコントラストに乗り手達はただただ圧倒されていた。

これほど視覚的には騒々しい光景でありながら、全ては無音の内に粛々と執り行われていた。

虚ろな風の音だけが遠くで響く中、光の向こう側から不意に声が届く。

「フ、これで……これで良い」「最後に、この身が主の役に立つのであれば……」

思いがけないほど穏やかで、幸福に満ちた呟き。

2人のファイターは揃って上を見上げる。しかし、彼らの姿を見定めることはできなかった。
無数の光が全天を流れていく中、カービィ達は何も言わずに空を見つめ続けていた。

アーウィンは今や、全てのエンジンを停止していた。
視界が全く利かない状況で飛ばそうものなら、そうと知らないうちに仲間をはね飛ばしてしまう危険がある。
どのみち人形兵が全員光の粒に還ってしまった今となっては、自分が戦闘を続行する意味もなかった。

腕を組み操縦席に背を預けていたフォックスは、ふと身を乗り出すとキャノピーの外に目を凝らした。
先程までそこにあった岩はそっくり消え去っていた。自分がアーウィンを何とか軟着陸させようと苦労していた平地も、跡形もなく消えていた。
だが、着陸に成功したところで結局間に合うことはなかっただろう。

波打つ光の流れ、その隙間に彼は天球の姿を垣間見る。
偵察船が残した盛大な花火の痕は、もはや背景の眩しさに紛れてほとんど見えないくらいに薄くなった。
一方の輝く防壁には、クレーターはおろか……わずかな傷さえ見あたらない。憎たらしいほどに無傷だった。

フォックスはため息をつき、再び操縦席にもたれかかると目を閉じた。
上手く行っていれば、今頃アーウィンの上に仲間を掴まらせ、天球に開いた穴への垂直降下を試みていたことだろう。
偵察船ならば船内に7、8人は乗せられるだろうが、あいにくG-ディフューザーシステムは持ち合わせていない。
予想されるあらゆる妨害にも耐えて強引に重力制御で切り込んでいけるのはアーウィンだけだと、フォックスはサムスからそう託されていた。

だが、自分たちはすっかり見落としていた。
タブーがこちらの企みを挫くには、ほんの少し壁を厚くするだけで十分だったのだ。

"対象のデンシティが急激に上昇。
当船に現存する武装では破壊不能となりました。繰り返します――"

戦闘訓練の終了を告げるかのように淡々とした口調で、AIは同じ言葉を発し続けていた。

操縦室はホログラムの蛍光色に満たされていた。
投影できる最大数まで展開された仮想現実の窓は思い思いのグラフを表示し、時々ランダムにちらつく。
手で触れられそうな質感を持っているが、その実ほんのわずかな質量さえも無い光る幻。その林を思案するように歩き回る1人の影があった。

橙色の甲冑。室内に響く彼女の足音は時にためらい、また思い出したように歩を進める。
金属に包まれた手がコンソールのそこかしこに置かれ、しかし何の操作もせずに離れていく。
繰り返されるAIの最終報告に確認の合図を返すこともせず、まるでそれが聞こえないかのように振る舞っていた。

誰に言われるまでもなく、本当は彼女自身がよく知っていることだった。
もはや、これ以上打つ手はない、と。

タブーは完全にこの世界を手放し、残された物体は全て事象素となって天球に吸い寄せられていった。
密集した未然の物質はついにこちらの想定する密度を超え、手元にある如何なる武装でも突破することは不可能となった。
その過程と論理を、彼女はおそらくここにいる誰よりもよく分かっていた。

分かっていても、認めたくはなかった。
自分の行動が意味のない馬鹿らしいことだと知っていてもなお、それを止めることはできなかった。

"破壊不能――"

"破壊不能――"

そんなはずはない。きっと自分は何かを見落としているのだ。
AIでさえ気づくことのできない何かを。何か、大切なことを……。

不意に、彼女は顔を上げた。

ヘルメットに隠された彼女の視線、見開かれた青い瞳が見つめる先にそのメッセージは浮かんでいた。

『"アラン"さん』

背後でかすかな排気音。
一番最後に加わった仲間が静かにヘッドを上向かせる気配があって、新たな文章がその下に付け加わっていく。

『現在、我々にあの外殻を打ち破る手段はありません』

鉄の知性が突きつける、情け容赦のない真実。
だが、回りくどさも遠慮も取り払ったその言葉はかえって聞く者の心へ真っ直ぐに届き、本来の冷静さを取り戻してくれた。

彼女は立ち止まった。しばらくそうして、暗い窓の向こうを眺めていた。

やがて、がしりと音を立てて、その両手がコンソールの平面に載せられる。

「……分かっている」

振り向かずに、その背は言った。
ロボットはそんな彼女の後ろ姿を見つめ、首を傾げさせる。
排気音がわずかに高まり、彼は熟考の末にこんな言葉を継いだ。

『こんな時、人間は奇跡が起こることを祈るそうですね』

"奇跡"。視野のちょうど中心に映ったその文字を、青い瞳は訝しげな表情を浮かべて見つめる。
彼は一体何が言いたいのだろうか。AIと同じように翻意を促し、戦闘の終了を勧告するつもりなのだろうか。
そう考えていた矢先に、次の文章が送られてくる。

『人間は不可解です。あれだけの知性がありながら、時にわたしには理解できない言動を示します』

そして、ややあって――

『しかし。いや、だからこそ、わたしは人間を掛け替えのない存在だと位置づけているのです』

サムスがその言葉の意図を捉えかねているうちに一文は消去され、代わって出し抜けに長い文章が現れた。

『あなた方人間は、本当に興味深い解析対象です。
わたしがどれほど計算領域を増やしてもなお、あなた方の思考からは尽きることなく解析不能な領域が現れてくる。
わたしはその理由を知りたい。その答えこそが、博士の与えてくださった「人間とは何であるか」という問いの解答になるのだと、わたしは考えているのです』

こんな時に何を言い出すのか。悠長に世間話をしている場合ではないはずだ。
疑念と同時に言い知れぬ予感を覚えて、サムスは背後を振り返る。機械特有の頑迷さが現れたと捉えるにはいささか奇妙な事態だ。
こんな時になってロボットが急に熱心な調子で語り始めたことには、何か特別な意味があるのかもしれない。

ロボットはこちらを見上げていた。
つぶらなアイセンサ、白色を基調とした機体。その光景に被せるようにして、2人の間に白く光る文字が現れていく。

『これまでの検証によってわたしはまた一つ、解を得ました。あなた方がなぜ祈り、奇跡という事象を求めるのか』

レンズと電子部品によって形作られた曇りのない瞳。
無垢な輝きを持ち、それでいて全てを見透かしていそうな透明さを持った視線。

『どんな事象も数字からは逃れられません。確率という数字からは。
ですが、それは裏を返せば"起こらない事象は無い"ということになりませんか?
どんなに確率の低い物事も、言い換えれば「奇跡」も、試行回数を増やせばいつかは実現する。
きっとそれを知っているからあなた方は祈るのでしょう』

対し、戦士は肯定もせず否定もせず、ただバイザーの向こう側でその目を複雑な表情に細めた。
どんなことも願えば叶うと信じるほど純粋ではない。だが、だからといって祈ることを忘れたわけでもない。
その願いが些細なものであれ、高尚なものであれ、生まれてから一度も祈ったことのない人間などいるだろうか。

彼女の視線の先で、ロボットの言葉は続いていた。

『わたしはずっと、"祈り"は生き物が精神の安定を取り戻すために行う原始的な行動だと思っていました。
しかし、あなた方に助けられてようやく自分の間違いに気づくことができました。
奇跡は起こるのではなく、起こすもの。プランを破棄せず試行し続けた主体こそが、奇跡という事象を実現させる。
そのために生き物は祈る。何があっても試行を続けるために』

心持ちヘッドを上げて、改めてこちらに視線を合わせる。
そして、彼はこう言った。

『わたしは忠告します。
諦めてはなりません。あの時、あなた方が身をもって示してくださったように』

空は少しずつ晴れ渡っていった。

テーブルほどの大きさにまで縮んでしまったその岩には、リンクとリュカの姿があった。
岩はもう2人の足を引き留めるだけの引力を持っておらず、2人は徐々に溶けていくその縁にしがみついて何とか堪えていた。
宙に放り出されればお終いだ。再び2人の頭上に広がった空にはもはや大地の欠片さえなく、ただ一面の黒だけがそこにあった。

打つ手が無くなった悔しさよりも、こちらの反抗を赤子の手をひねるようにねじ伏せたタブーへの怒りよりも、
今は、虚空に放り出されるかもしれないという本能的な恐怖が打ち勝っていた。

この岩も溶けてしまえば自分たちはどうなるのだろう。
何もない空間に取り残されて、全てが亜空間に取り込まれるのを待つことになるのだろうか。
それとも早々とあの巨大な天球に引っ張られ、飲み込まれて壁の一部になってしまうのだろうか。

一緒に偵察船から降りた仲間の姿は、光る嵐の中に見失ってしまっていた。
マリオが突然どこかに行ってしまって、アーウィンが降りてくるのを見上げつつ彼の帰りを待っていたところまでは覚えているのだが。

心の中は様々な思いで一杯だったが、2人は一言も口にしなかった。
ただ、離れまいとする気持ちからかその手はいつの間にかしっかりと繋がれていた。

と、腹ばいになった2人の胸の辺りから声が聞こえてきた。

『――だめだ。君では間に合わない』

それに続いて、カービィらしき不満げな声が流れてくる。
よほど遠いのか、そしていよいよ世界が本格的に壊れはじめたのか。通信はほとんどが雑音混じりだった。
バリバリと割れたいかにも耳に悪そうな音が鳴る中から別の声が聞こえた。

『じゃあ、僕が! 僕が向かいます』

『確かに君が一番近いな。しかし、飛べるのか』

用心深く尋ねかえす声。

『大丈夫です。風はあの大きな星に引き込まれている……これに乗っていけば飛べます!』

『なるほど……風があったか。
よし、頼んだ。近くにいるファイターを見つけたら、可能な限り連れていってくれ』

「はい!」

最後の返事はそれまでと違い、雑音がほとんど混ざっていなかった。
それに、どちらかと言えば通信機よりも後ろの方から聞こえてきたような気がする。

リンクとリュカは互いに顔を見合わせ、そして振り向いた。

一面の黒を背景に、天使が真っ白な翼を広げていた。
彼は通信の途中からこちらを見つけていたのだろう。ピットは2人を抱えられるよう両手を大きく広げ、こう言った。

「そのままじっとしてて!」

言われるまでも無かった。
天使の姿が見る見るうちに近づいたかと思うと、ひと羽ばたきで反転して足がこちらを向き、2人の頭上はすっかり影で覆い尽くされる。
次の瞬間には強く踏み切る音がして、体がふわりと浮かび上がっていた。

ピットはその腕に2人の仲間を抱え、翼を目一杯広げて滑空を続けていた。
彼の行く手には、もはや近づきすぎて平面と錯覚しそうな広さに広がった天球が横たわっていた。
辺りでは風が轟々と鳴り響いていた。その風が引き込むままに、彼は冷気を放つ光の曲面に向けて落下しているのだった。

あまりの眩しさに目を細めつつも、目標をじっと見据えるピット。
そんな彼をリンクはできる限り身をひねって見上げ、風音に負けないよう大声でこう尋ねた。

「なぁ、何か作戦でもあるのかよ?」

このまま突っこむつもりだと言われたら、腕を振りほどいてやろうかと思っている様子だった。

「大丈夫。心配しないで」

そう言って、天使の顔が右腕に掴まっているリンクへと向けられた。
いつもの明るさをもった青い瞳、そして純真な笑顔。その表情と共に彼は答える。

「天球に穴を開けるのに必要な"力"を、サムスさんがロボットと一緒に計算したんだ。
弾き出した答え、それを上回るものが一つだけ見つかったんだよ」

ちょうどその頃。
岩も溶け去り再び漂流を開始したマザーシップの上には、1人のファイターの姿があった。
橙色の鎧。むき出しになった配管につま先を引っ掛け、凛と背筋を伸ばして立っていた。

その足元で船はわずかに不規則に震動していた。
墜落によってますます減ってしまったスラスターを総動員させ、操縦室にいるロボットが姿勢を安定させようと努力しているのだ。
見上げる空には、一面の黒にぽかりと白い穴が開いたように天球が浮かんでいた。もはや、この世界で唯一の"自然物"はあれだけになってしまった。

サムスは片手を上げ、ヘルメットの横を押さえる。

「そのくらいで良い。後は私の方で合わせられる」

そうして彼女は一つ静かに深呼吸し、片足を少し後ろの配管に割り込ませて固定した。
アームキャノンを構えて空に、天球に狙いをつけてぴたりと動きを止める。

装甲の表面には、いつの間にか淡い光が灯っていた。
それはスーツに搭載されたライト機能とは全く別物であり、手から足の先に至るまでを等しく包み込んでいる。
七色の輝き。陽炎のようなその揺らめきは、あたかもバイオ金属の表面が緩やかに波打っているかのように見せかけていた。

サムスはターゲットを見据える。
左手を添えた先でアームキャノンが展開していき、リングの中に凄まじい量のエネルギーが蓄えられていく。

脳裏にこんな声が甦った。

『"最後の切り札"……? なぜそんなものを』

訝しげに問いかけたのは、他ならぬ自分。
ピットのいる世界に向かおうとしたサムスに、マスターハンドは予備知識として、今回新しく加わった"重要な変更点"を教えていった。
そのうちの一つに対し、自分はそう問いかけたのだ。なぜそんなものを作ったのか、と。
彼はあの時、それに答えてこう言った。彼女が口にしなかった疑念もしっかりと汲み取って。

『君の意見も分かる。大乱闘とは純粋な知恵と力のぶつかり合い。
すでに完成されているのに、そこに一発逆転の要素など入れる必要は無いのではないか、と言うのだろう?
だが、我々は形にしてみたくなったのだ。勝負の行く末がほぼ決まり、それでも立ち上がろうとする戦士達の闘志。
"決して諦めない"。我々は君達のその心を、後押ししたいだけだ』

また小難しいことをやりだしたものだと、その時はそれぐらいの感慨しか抱かなかった。
切り札が導入されたところで、おそらくは躱せるように作ってあるだろうし、それさえあれば勝てるというようにはしていないはずだ。
だが、これからの試合はいささか奇妙な光景が見られるようになるだろう。
切り札を発動できるようになるという"スマッシュボール"を巡り、我先にとかけずり回る戦士達の姿が。

しかし、今回に限っては彼らを本気で褒めたいと思った。
出口のない苦境に追い込まれても、そこから突破口を作りだし戦況を一気に覆すことも可能とする。
それほど強力な『切り札』を――奇跡の力を、自分たちに与えてくれたのだから。

どのみち、次に目を覚ました時にはそう思ったことも忘れているのだろう。
バイザーの後ろでそっと瞳を閉じる。ヘルメットの外で充填音が頂点に向けて高まっていく。

そのとき彼女が心の中で言った言葉は、彼女にしか分からない。

覚悟を決め、目を開く。

光の柱が出現した。
膨大な熱量に風が巻き起こり、3人の髪を一斉にそして盛大に騒がせた。

「なっ、なんなんだよ、いったい!」

叫ぶリンク。帽子を吹き飛ばされないように、片手でつむじの辺りを押さえていた。
あの"なんとか砲"が直ったのだろうか。しかし、砲とつくなら発射されるものは球の形をしているはずだ。
今3人の真下に出現したものは言い表すならば幅の太い線。
サムスやフォックスあたりがよく口にする、"レーザー"や"ビーム"とか言うものに似ていた。

ある程度は話を聞かされていたピットも、リンク達と同様に呆気にとられたような顔をして眼下に現れた光景を見つめていた。
下から噴き上がる風に体を持って行かれないよう、適度に翼から力を逃がしつつもこう言う。

「きっと……あれが唯一、壁に勝てる力なんだ」

光の密度とでも言うべきものが徐々に薄まっていき、3人の目にレーザーが及ぼした影響が見えるようになってきた。
リュカがその一点を指さす。

「……見て!」

真っ直ぐに伸ばされた指の先、光の柱が天球にぶつかっていった面が暗い円として現れていた。
それはあまりの眩しさから来る錯覚などではなく、レーザー光の直径が減り始めると共に本来の色を見せていく。
暗紫色に蠢く闇。真っ白な球体に開いた、亜空間へと繋がる門。

不意に風が強くなった。亜空間がむき出しになったことで吸い込む力が増したようだ。
ピットはそれに抗うことなく翼を託し、光の柱が完全に消えたところで暗い穴の真正面に出る。
光の柱が消えてすぐに穴の幅はじりじりと縮まりはじめていたが、翼を広げた彼が通ってもまだ少し余裕があるくらいには広がっていた。

亜空間の闇に向けて一直線に滑空しながら、ピットは腕の中の2人に向けてこう伝えた。

「しっかり掴まってて。君達だけでも送り届けるから」

その言葉に、リンクとリュカは一斉にピットを見上げた。

「だけって……じゃあ」

「僕らの他には、いないんですか?」

それを聞き、標的を見据えるピットの目がふと辛そうに細められた。
彼はこれだけを言った。

「……僕に見つけられたのは君達だけだったんだ」

2人の少年は顔を見合わせ、視線で語り合う。
そして、再び天使の顔を見上げた。

「気にすんなって。きっとみんな今頃船に戻ってるよ。
それに、3人もファイターがいれば十分だ。おれ達でタブーを倒そうぜ!」

代表してそう言ったのはリンクであった。
威勢の良いこの言葉に、ピットはようやく笑顔を返してくれた。

「そうだね。僕らの力で――」

その時だった。

「……危ない!」

"何か"を察知し、リュカが身をこわばらせる。

すぐ目の前に近づいてきた蠢く闇の向こう側に何者かの心を感じ取ったのだ。
凍てつくような殺気を持ち、あり得ないほどの速度で近づいてくる。こちらへ向けて真っ直ぐに。

射すくめられたように動けなくなった彼の体が、何かによって突き飛ばされた。

空中に投げ出され、反射的に掴まるものを求めて手を前に伸ばす。藻掻く。
その先に誰かがいた。上下逆さまになって、こちらに向かって腕を広げた格好のピット。
茫然としてリュカはそれを見つめていた。そうしてやっと、彼が自分を放り投げたのだと理解した途端――

全ては、闇に閉ざされた。

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最終更新:2016-11-19

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