気まぐれ流れ星オリジナル小説

星は生きている

ジェリ救助隊員はアラームの音で飛び起きた。
腕につけた小型無線機のモニターに「N25」の文字が点滅している。救助要請だ。
ジェリは慌てて着替え、部屋の外に駆けだした。
ずれたヘルメットを直すと、ヘルメットの小型コンピュータが救助要請の詳細を知らせてきた。

「G1L253恒星系の第2惑星より救助要請。緊急度5。
操縦装置の故障による不時着のもよう。船名は『銀の翼』」

ステーションはごった返していた。
大勢の人々がめいめい船に乗り込み、慌ただしく出発していく。

「まいっちゃうよなぁ。この時期になるとなぜか事故が多発するんだから…」
そうぶつくさ言っている隊員の声を聞きながら、ジェリは近くの船に乗り込んだ。

その船腹には『宇宙調査外交局』と書かれていた。
といっても、救助船不足でその局から引っ張ってこられたのではない。
この救助隊自体がもともと宇宙調査外交局なのだ。

昔、この外交局はその名の通り、地球外生命体が発見された時に備えて、
調査に出向いたり、友好関係を結ぶことを目的して作られたのだが、
いつまで経っても"彼ら"は現れず、いつしか外交局はその本来の役割を忘れられ、
一方で、宇宙航海時代の幕開けと共に人手の足りなくなっていた救助組織に吸収合併されていった。

ジェリは何度かワープを繰り返し、やっと事故のあった恒星系に到着した。

彼はその第2惑星に向けて一度、信号を送ってみた。
返事がない。向こうは通信装置まで壊れてしまったのだろうか?
彼はもう一度信号を送ってみた。
すると、かすかな雑音と共に現在地を知らせる信号が戻ってきた。
ジェリはその信号を元に第2惑星に降り立った。

船のシールドを切り、ジェリはヘルメットのスイッチを入れた。
すぐにヘルメットから薄い膜が広がり、彼の体を覆った。これがこの時代の宇宙服である。

ジェリは耐圧バックパックを背負うと、最後の安全確認を済ませて船の外に出た。
ヘルメットの小型コンピュータがこの星の環境を即座に判断し、知らせた。

「大気は窒素が地球と比べ1%ほど多いが呼吸可能。
ただしこの惑星の主星はあと1、2年でこの惑星の公転軌道まで膨らむ赤色巨星である。有害光線には十分注意せよ」

コンピュータはなおも喋り続けるが、ジェリはそれを頭の半分で覚え、
残り半分で目の前に広がる不毛の地に集中していた。
果てしなく赤茶けた小石と砂ばかりが広がり、コケらしきものさえ見えなかった。

彼はとりあえず信号が送られてくる場所をつきとめることにした。
不時着した船の人々もそこにいるはずである。
彼は自分の船から降ろしたホバートラックに乗り、信号をたどり始めた。

ほどなく、信号の出所が見えてきた。見渡す限りの荒れ地に、ぽつんと広がる緑。
しかし、森の中から突き出しているそれは宇宙船ではなく、巨大なアンテナだった。
土台は金属ではなく、大木が4、5本より合わさった自然の柱でできている。

アンテナには所々錆びてくすんだ色になっており、ついさっき不時着したばかりの『銀の翼』号の人たちが作ったようには見えない。
しかし、救助要請の信号は確かにここから来ていた。

「どうだい、すごいものだろう?」

突然、背後で人の声がした。
驚いて振り向くと、小柄で年老いた男性がジェリを見上げていた。
老人はヘルメットも宇宙服も着ていない。麻で作ったように見えるずいぶん質素な服を身につけていた。

「…あ、あなたは、『銀の翼』号の方ですか?」

ジェリは聞いてみた。
しかし、老人は眉をひそめて言う。

「いや、そんな名は聞いたこともないな」

「では、何か最近船を見かけませんでしたか?」

「…ないと思うなぁ」

老人は頭を掻き、そう答えた。
そして、ふいにジェリに微笑みかけるとこう言った。

「それよりも、どうだね? このアンテナは。立派だろう?」

「え…? ええ、あれはあなたが?」

ジェリは嫌な予感がしていた。

「まぁ、そんなところだ」

老人はいたずらっぽく目を光らせた。

「では、救難信号を送っているのはあなたですか?」

「わしはそんなつもりはないが…なにせ暇なもので、あれをいじくっているだけだ」

老人はしばらくむこうを向いて考え込んでいたが、こう言った。

「もしかして、君は救助隊の人かね?
わしがアンテナをいじったために、君を呼んでしまったのかね?」

「…そのようですね」

ジェリは内心でため息をついた。
ヘルメットは故障などしていない。信号を出しているのはやはり、他でもないあのおんぼろアンテナだった。

「それはすまなかったなぁ…。どうだい、わしの家に寄ってみては? お詫びに何かごちそうしよう」

老人は再び人なつこい笑顔を見せる。

「いえ、お構いなく」

「時間はかけないよ。ほんの少しで済むから」

と、老人はジェリの手を引いた。

「では…少しなら」

ジェリは根負けした。

老人の家はアンテナの近く、ここ一帯でおそらく唯一のオアシスの中にあった。

「あなたはいつからここに住んでいるのですか?」

ジェリはそう聞いてみた。
おそらくこの老人は、はるか昔地球からここに移り住んだ開拓民の子孫だろう。

「生まれたときからだよ」

老人はにっと笑ってそれだけを言った。

家の中で老人はジェリに果物を出してくれた。
よく見ると、どれも地球の果実にそっくりだった。
ジェリが不思議そうな顔をしていると、老人はここでも育つようにしたのだ、と説明した。

果物を食べ終わったジェリは、老人に引き留められつつも帰り支度をしていた。
老人は見送りをしたいと言ってジェリのホバートラックに乗り、ついてきた。

ところが、船を駐めてある場所についたジェリは目を丸くし、ついでホバートラックから大急ぎで飛び降りた。
いつの間にか、船がツタと木と岩に囲まれ、覆われていたのだ。まるで帰らないでと言っているようにも見える。
ジェリはバックパックから光線銃を取り出し、それらを切り払おうとした。
しかし、老人が必死にそれをとめる。

「やめてくれ! この木も、ツタも生きているのだぞ!」

まるで自分の家族が殺されようとしているかのような老人の剣幕に押され、結局ジェリは銃をしまった。

ジェリはこの惑星に足止めされてしまった。
通信機はなぜか機能しなくなっていたし、老人にアンテナを借りても良いかと聞くと、
彼はいろいろとはぐらかし、結局ジェリの方から取り下げることになってしまう。

老人は親切だった。
しかし、何かをジェリに隠しているように思えてならなかった。
確たる証拠は無かったので、ジェリはそれを尋ねるわけにもいかず、
また、老人の目はどこまでも深い空か海を思わせ、その目でじっと見つめられると何とはなしに落ち着かなくなってしまうのだ。

ジェリはそんな老人を避けるように毎朝ホバートラックでこの惑星を調査して回った。
老人には「本当に遭難している船が無いかどうか確かめる」と言ったが、あの船が実在するかどうかさえ怪しかった。

だが、この惑星はどこまでも代わり映えのない荒れ地ばかりが広がり、決して長く見ていたいものではなかった。
あの老人がなぜこの星に住み続けているのか、ジェリには全く理解できなかった。

そんなある日のことだった。
主星の発する有害な光線が惑星の大気層を突き破り始めた。
ジェリは老人に、自分の持っていた予備のヘルメットを被り、宇宙服で身を守るように勧めた。
しかし、老人はしみじみとした顔で言った。

「気持ちはありがたいが…わしには必要ない」

「でも…、これを被らなければあなたの命が危ないのです。
私も救助隊員の端くれです。他の人々を助けるのが仕事であり、生き甲斐なのです。どうか…」

ジェリはそう言ったが、老人は首をゆっくりと横に振った。

「いいのだよ。わしはこの星に残る。君はこの星を離れなさい」

そう言われたジェリは困惑した。
老人はあの不思議な光を持つ瞳で彼を見上げ、こう続ける。

「わしは本当にここを離れられんのだ。なにせ…わしが、わし自身がこの星なのだから…」

ジェリは目を丸くした。

「いきなり何を…」

老人はジェリの言葉を手で遮り、こう言った。

「何も言わんで下され。君は…『銀の翼』号からの救難信号でここに来たのだったな。
…あの信号を発信したのはわしだ。わしは、話し相手が欲しかったのだ」

窓の外では、木の葉が風にそよいでいた。
その様子を見やりながら、老人は語り始めた。

「この星には…わしには遠い遠い昔にたくさんの生き物が住んでいた。
空を優雅に飛ぶもの、海を悠々と泳ぐもの、花から花へと飛び回るもの…。
わしの上でさまざまな生き物が精一杯生きる様子は、見ていて飽きることがなかったよ。
君たちとは多少姿は違うが、高い知能を持つ生き物もいた。彼らは栄え、この星を美しくしていった。
だが…彼らの天下も長くは続かなかったのだ。
ある日、別の星に住む生き物がやってきて、この星を手中に収めた。
わしの上に住んでいた住民をすべて奴隷にし、わしの持つ資源という資源を奪い尽くすと、
ここに生きるすべての生き物を殺し、去っていった」

しばらくの間、老人は黙っていた。
そしてようやく、しわがれた声で言った。

「もはやわしには、動物のような複雑な生き物をもう一度生まれさせ、進化させるだけの気力は残されていなかった。
わしは長い間待った。誰か、誰でも良いから、わしの相手になってくれるものは来ないだろうか…とな。
そしてある日、わしの上に君の星からはるばる飛んできた機械が落ちてきたのだ。
わしは慌てて、植物や水といった用意できるものをかき集め、それを受け止めた。
残念なことに生き物は乗っていなかったが、それが積んでいたものを見て、わしは驚いた。
かつてここの住人たちが使っていた通信装置のようなもの。それにそっくりだったのだ。
これだけの機械を作れる生き物がどこかにいると分かり、わしはそのアンテナを拝借してその星の生き物に呼びかけようとした。
まず君たちの言葉を学び、文化、歴史、その他色々なことも学んでいった。
次に、どうすれば君たちがここまで来てくれるかについて考えた。そして、わしはあの信号を送ることに思い至ったのだよ」

老人はジェリに微笑みかけた。

「わしのつまらないわがままにつき合わせてすまなかったな。
急いで帰れば、恒星がここまで達する前にこの星を出られるはずだ。さぁ、お行きなさい…」

その言葉を最後に、老人の姿は窓から吹き込んだ一陣の風とともにかき消えてしまった。
ジェリはしばらく呆然としていたが、はっと我に返り、ホバートラックに飛び乗って自分の船の元へと向かった。

彼の船はもう何にも覆われていなかった。
ジェリは船に乗り込み、飛び立った。

重力圏を脱し、ジェリの頭にようやくいつもの思考が戻ってきた。

あの老人の話は本当だったのだろうか。
惑星が…少なくともその精神らしきものが形を取り、ジェリの前に現れたというのか。
信じがたいが、しかし老人が思うままに植物を従えていたことを思えば、嘘ではなかったのだろう。
今思えば、老人はジェリのために地球の植物に似たものを用意し、もてなしてくれていたのだ。

ワープに入る前に、彼は後ろのモニターを見つめた。あの惑星が見える。
赤黒くふくれあがった恒星を前にし、その小さな光点は急速に遠ざかりつつあった。

ジェリの目にはそれが、自分を飲み込もうとする恒星に対抗し、精一杯輝いているように見えた…。

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