Open Door!
Prologue ~ Track01『Lost』
“Open Door!”
扉。
世界には、実に様々な扉がある。
生活の一部に溶け込んだ、見慣れた木の戸。
閂で厳重に閉ざされた、老獪な城の門。
壁と見まごう装飾を施された、目立たぬ隠し扉。
屋敷を背に気高くそびえる、黒く冷たい鉄格子――
なにも目に見えるものばかりではない。
不可視の扉、というのもある。
適者のみをすくい上げる公平で無慈悲な試験、あらゆる退路を塞がれた絶体絶命の窮地。
"難関"という言葉があるように、試練は越えがたい扉に例えられる。
また、外交においても扉がある。
"門戸を閉ざした"という常套句が示すように、国と国、文化と文化の間には目に見えないが確かな障壁が存在する。
その障壁は、もっと身近なところにも見られる。
心の扉だ。
つかみ所が無く、捕らえたと思えばするりと逃れ、一瞬で変貌する。
奇々怪々な、しかし誰の心にもある扉。
とはいえ、どんな扉にしてもそれが扉である以上、開くようにできている。
鍵が掛かっていたり、歪んでいたりするかもしれないが、そこには開け方が必ずあるのだ。
"開くための仕組みを初めから欠いた扉"というのは存在しない。
日々、人はそれら無数の扉を ―存在、非存在にかかわらず― 開け、通り抜けていく。
自分がいる"ここ"と、まだ見ぬ"むこう"を隔てる、一枚の板を。
扉を開けることで、
人は何かと出会い、何かと別れ、新しいことを知り、古いことを忘れるだろう。
解放され、閉じこめられ、直面し、脱出するだろう。
期待に胸を膨らませて叩き、
あるいは震える手でノブを回し、
はたまた他のことに気を取られたまま、
そして、勇気をふりしぼって――
私達は扉を開け、新しい一歩を踏み出す。
Prologue
プロロ島の白い砂浜に、穏やかに波が寄せては引いていく。
空は晴れ、海鳥が飛び、
そんな非の打ち所がない自然を背景にして、その扉は浮かんでいた。
純白に輝く、1枚の扉。
その向こうは謁見の間か、はたまた荘厳な神殿か。
縁取る唐草模様は一切の問いを受け付けず、律儀に扉を取り囲んでいる。
風に呼応して揺らめく光を纏う扉。
その周りには、朝も早いというのにちょっとした人だかりができていた。
中にはその扉に触ろうとする者もいるが、恐る恐る伸ばされた手は何にも触れないまま扉の白い表面を突き抜けてしまった。
扉は、周りから寄せられる好奇、興味、そして少なからずの畏怖の念を受け止め、その上で超然としてそこに存在していた。
昇り始めた朝日に照らされ、また自らも、日なたでまどろむ生き物が息をするようにゆっくりと明滅を繰り返している。
扉はただ、自らを目覚めさせ開け放つ勇者を待ち、静かに眠っていた。
やがて、人々の間にざわめきが走る。
視線は扉ではなく、翻って背後に向けられていた。
小突きあい、彼らは光る扉の前から離れて道を空ける。
笑顔と共に、走ってきた少年を迎える。
輝くような金色の髪、緑の胴衣にとんがり帽子、背には青い柄の長剣。
自分に向けられる期待と尊敬の眼差しに、少し照れくさそうな顔をしているこの少年の名は、リンク。
"時の勇者"として伝説に語り継がれる青年と、同じ名を持った少年。
彼は妹アリルの誘拐をきっかけに島を旅立ち、様々な島で冒険を繰り広げた。
その結末に待ち受けていたのは、言い伝えに残る魔王ガノンドロフ。
激闘の末、リンクはこれを封じた。かつて時の勇者がそうしたように。
冒険を経て一回りも二回りも成長した彼は、つい最近、故郷のプロロ島に帰ってきた。
"風の勇者"の異名と、若き女船長テトラと共に。
金の髪を後ろでまとめ小麦色に日焼けした、威勢の良い"彼女"を連れたリンクを、知人達は祝福をこめてひやかした。
テトラを連れて家に帰ったリンクは、おばあちゃんから一通の封筒を渡される。
ある日、リト族のポストマン、オドリーが届けてきたというその白い封筒には"リンク様へ"と書かれ、十字に切られた黒い円の絵があるのみ。
差出人の名前などは何も書かれていなかった。
「おれに手紙…?」
訝しみつつもリンクは真紅の封を切り、手紙を取り出した。
間もなく彼は目を丸くし、ひゅっと口笛を鳴らす。
几帳面に折りたたまれた、眩しいほど白い手紙。これほど上質な紙は、世界を旅したリンクでも見たことが無かった。
手紙を開くと、黒いインクで書かれた文章が目の前に広がる。
その文は、『拝啓 風の勇者 リンク殿』という文言から始まっていた。
「何て書いてあるの?」
テトラとアリルが側に寄るが、リンクは眉間にしわを寄せ「うーん…」と唸るばかりである。
「…なんだか…『スマッシュブラザーズ』っていうのに選ばれた…らしいな」
しばらくして、リンクはそう言った。
はっきりしない様子の彼を見かねて、テトラは「貸して」と手紙をもぎ取る。
「あーっ返せよ!」
と騒ぐリンク。
そんな彼の頭を、テトラの手が押さえる。
そして彼女は、リンクに取られないよう手紙を高く掲げ、読み始めた。
「へぇ~! 招待状じゃないの!
なになに…『他の世界から選ばれた人たちと共に生活し、"乱闘"という試合をして頂きたい』…技比べみたいなものかな?」
考え込み、無意識に下げられたテトラの手から、リンクはやっと手紙を取り返すことが出来た。
「本当かよ!
うわぁ…何だか面白そうだなぁ…!
…テトラ、どこに行けばこれに参加できるんだ?」
「もう…自分で探しなよ」
と言いつつも、テトラは手紙をのぞき込み、ある段落を指さす。
『私の世界への扉を、―月―日に貴方のいるプロロ島の西海岸に開ける。
準備ができ次第、ご足労願いたい。』
「ムズカシイこと言ってるけど…まぁ船はいらないのか」
「そう言えばリンク、この送り主だけど…"マスターハンド"って、アンタの知り合い?」
手紙を読んでいたテトラは、末尾に書かれた送り主の名前を見つけ、尋ねた。
「ん…? いや」
きょとんと、その大きな瞳を瞬くリンク。
テトラは「そいつのことを信用して良いのか?」と言いかけたが、リンクの瞳を見て、止める。
彼の瞳は、新たな世界での冒険を夢見て純粋に輝いていた。
指定された日時まではまだ日があったため、リンクは久しぶりになる家族との生活を楽しんだ。
その間もリンクは、ここから船で『スマッシュブラザーズ』のところには行けないのか、など何度となくテトラに聞き、彼女を困らせていた。
「こことむこうはまだ繋がれてないんだ。
船で行っても、空を飛んでいっても、むこうへは行けない。だから言われた日になるまで待ってなよ」
その度にテトラはそう言い聞かせた。
魔王を封印する偉業を成し遂げた"風の勇者"とはいえ、同年代の子供と同じくリンクはまだまだ少年である。
約束の日を指折り数え、マスターハンドからの手紙を大事に持ち歩いて、寝るときも放さずその日を待った。
そして―
ついに現れた、新たな冒険への誘い。
それは、今日の日までリンクが想像してきたどんなものよりもはるかに輝いていて、秘密めいていて、素晴らしいものだった。
初めて見るようで、でもどこか懐かしいような扉。
宙に浮いているにも関わらず怪しさをみじんも感じさせない理由は、一体どこにあるのだろうか。
白く輝く扉を実際に目の前にし、ただ目を丸くしているリンクに、妹が追いついた。
「もう! にいちゃんたら、そんなに急がないでよ」
と、アリルは口をとがらせる。
しかし間もなく、兄の前に浮かんでいる扉に気づき、兄と同じように目を丸くしてその輝きに見入った。
一方、アリルの後ろからゆっくりと歩いてきたリンクのおばあちゃんは、リンクを眺め、しみじみとこう言った。
「旅に出る前より、その服が一層似合うようになったねぇ…」
くたっと垂れたとんがり帽子に、ベルトでとめられた丈の長い上着。
その色は、夏の草原を思わせる緑色だ。
伝説の"時の勇者"も同じ格好をしていたと言われている。
「おいおい、やめてくれよ…」
リンクは少し顔を赤くして照れくさそうに言った。
あれだけの冒険を乗り越えても、まだ自分が"勇者"と呼ばれることに慣れていないのだ。
そんな彼に、声がかかる。
「少しは勇者らしくしろよ、リンク」
声の主は、人垣から出てきたテトラだった。
「村人も総出でアンタを見送りに来てるんだ。しゃんとしなって」
そう言われたリンクは真面目な顔をして気をつけをし、村人たちから笑い声が上がった。
しばらく扉の周りを回って観察していたアリルが、リンクの元に戻ってきてこう言う。
「そっちに行けるようになったら、にいちゃんに会いに行くからね!」
手紙では、"ファイター"を通す扉に次いで、"一般人"のための扉も開かれる、とあった。
「あぁ。ばあちゃんも連れて来いよ!
すごいラントウ見せてやるからさ!」
リンクはそう言って、妹の頭をくしゃくしゃっとなでた。
「おばあちゃんには刺激が強いんじゃないの?」
テトラは、口の片端をきゅっと上げて笑う。
旅を経て頼もしく成長したリンク。無邪気に笑っているアリル。
そんな孫たちの様子を、目を細めて嬉しそうに見ていたおばあちゃんはやがてこう言った。
「さぁリンクや。そろそろお行き。
向こうの方も待ってらっしゃるよ」
「うん!
…それじゃあ、行ってきます!」
リンクは改まった様子で言うと、ぱっと身を翻し、扉の方へと走っていった。
村人からの歓声も高まる。
「しっかり頑張ってこいよ!」
「リンクー!」
「気をつけてねー!」
声を背に受けて、リンクは扉のすぐ前まで辿り着く。
扉は、選ばれた者を認識したらしい。
ゆっくりと、ひとりでにその白い扉が左右に開いていく。
どよめく村人達。
こじ開けるように、一層強い光が戸の隙間からあふれ出た。
見えるのはただ光ばかり。向こうの様子を見ることはできない。
そこでリンクは後ろを振り返った。
アリルが小さな手を一生懸命に振っている。
テトラは手でメガホンの形を作り、「むこうのへなちょこに負けるんじゃないよー!」と言った。
おばあちゃんは何も言わず、ゆっくりとリンクに頷きかけた。
リンクも笑顔で頷き返し、再び扉に向き直った。
まばゆい光に目を細めたが、深呼吸を1つし、決心を固める。
勢いよく踏み切り、リンクは光の中へと飛び込んでいった。
Tuning
扉のこちら側とあちら側。
そして―
◆
音もなく、光もない。
そこにはただ、闇だけがあった。
風もなく、温度もない。
どこまでも一様な漆黒。
そこに、何の前触れもなく色が生じた。
深みを持った緑。
それは見る間に帽子とマントをまとった小柄な男の姿をとる。
とはいえ、"それ"が男だとする証拠はない。
それは手も足も衣の中に隠し、顔さえも帽子の下で暗い影に沈んでいる。
だが、一寸先も見えぬ闇の中を確固たる自信を持って歩むその姿には、何か大いなる力を持つ支配者特有の雄々しさがあった。
緑衣は漆黒の中を滑るように進んでいく。
その裾は風もないのにゆらりと波打ち、帽子の飾りは闇の中ではためいた。
彼はふいに歩みを止め、あたりをゆっくりと見渡した。
彼にしか分からないどこかへたどり着いたようだ。
いつのまにか、彼のはるか下には灰色に光る広大な地面が現れていた。
凹凸も起伏もない。さながら
よく見ると、その上には輝点が散らばっていた。
街の光ではない。それは刻一刻と位置を変え、集まり、散りそして消えていく。
その様子は生命を感じさせる。
圧倒的に多いのは白色の光。
あちこちで大きな集団をなし、灰色の大地に白い斑点を作っている。
そこに、点々と黄色い光が現れ始めた。
ともすれば白色の眩さに消えそうなほど頼りないその光は、現れてもすぐに白色の波に飲み込まれ、その輝きを失っていった。
一見、白色の明らかな優勢だった。
しかし緑衣の男は油断なく、眼下を監視し続ける。
ふと、彼の顔が動きを止める。
見つめたその一点に向け、彼はまっすぐに闇の空間を降りていった。
地上では、今まさに新たな黄色の光が現れたところだった。すぐさま四方から純白の光が集まり、それを飲み込もうとする。
多勢に無勢。
あまりにも一方的な対決に見えた。
しかし。
黄色の光はなかなか消えようとしない。
押し寄せる光の波をはねつけ、寄せ付けず、果敢に立ち向かっていく。
緑衣の男は、衣の中から骨を思わせる細い腕を突き出し、その黄色い光の上にかざす。
すると、虚空にいくつもの数字が浮かび上がった。
――65 20 32 98 5 75……
数字はどれもおおむね、多少の幅の中を揺らぎながら一定の値に落ち着いていた。
しかしただ1つ、時間とともに減っていく値がある。
緑衣は数字の羅列を吟味するように眺めていたが、やがて遠くの地平に目をやる。
その声なき声に呼応し、すぐに別の白い一団がやってきた。
しぶとく生き残っていた黄色の光も、いつしかその白色の波に巻き込まれ、その光を失ってしまった。
虚空に浮かぶ数字も"0"を示す。
カタン…
微かな音を立てて倒れ伏す、黄色の駒。
そこに、上空から緑衣の男が降りてきた。ハゲワシのように音もなく、したたかに。
もはや光を失った駒に、彼は何の感情もこもっていない視線を送る。
このゲームは、数で優った者が勝つ。
白い光の波にさらわれ、つれていかれる駒。
その台座には、十字に切られた円の印が刻まれていた。
◆
Open Door! Track 1 『Lost』
辺りを包んでいた眩しい光が、唐突に消え去った。
代わって現れたのは、灰色の壁。
…いや、これは地面だ。
リンクは自分にかかる重力の変化で、瞬時にそう判断した。
「…っと!」
慌てず、身軽に受け身をとる。
乾いた音と共に、ついた手に軽い衝撃が来た。思ったより高かった。
土埃が収まり、ゆっくりと立ち上がったリンク。
その目に映ったのは、奇妙なほどに色彩の欠けた大地だった。
「ここが…『スマッシュブラザーズ』?」
荒野という言葉すら、この大地の有様を表すには豊かすぎる言葉だった。
わずかばかりの岩と、生気のない灰色の土。それが、見渡す限りに広がっている。
今し方通り抜けた方角へ振り返ると、彼を通した白い扉は淡い輝きとなって消え去っていく。
迎えの者も、歓迎の言葉もない。
茫漠たる灰色の大地に、彼はたった1人で放り出されたのだ。
と、その時。
困惑する彼の耳が、誰かの悲鳴を捉えた。
振り向いた彼は、声の聞こえてきた方角にうごめく人影を見つける。
次の瞬間には、ためらうことなくそちらへと駆けだしていた。
羽根付きの緑の帽子と、妙にぴったりした緑の服を着た真っ黒な肌の集団。
その顔には虚ろな赤い瞳が2つ。口もなく鼻もなく、彼らは明らかに作り物めいていた。
彼らは十数人がかりで真ん中にいる誰かを攻撃していたが、こちらに走ってくるリンクに気づき何人かが相手をしに向かってくる。
人形のような格好の彼らは、おもちゃのような剣や大きなブーメランを手に、あるいは拳を振り上げて迫ってくる。
対しリンクは背負っている剣を抜き放ち、右に左に敵を打ち払い、攻撃を盾で受け流すとそのまま集団の中に突っこんでいった。
リンクはわずかな間に、この人形達が個では大した強さを持たないことを見抜いていた。
敵を倒すより、中心に捕らわれた誰かを助ける。彼は口を引き結び、そう決心した。
敵をかき分けていくにつれて、中心にいる人の姿が見えてくる。
先ほどの悲鳴の主だ。
「おぉい! 大丈夫かーっ!」
リンクは敵の頭越しに、金髪のくせ毛を持つその少年に声をかけた。
涙ぐんだ彼の目と目があった次の瞬間、彼の姿は再び敵の中に消えてしまった。
「あっ、おい! しっかりしろ!」
リンクは強引に敵の壁を破り、近づいてくる敵を剣で牽制しながら少年の元にたどり着く。
彼は膝をつき、木の棒にすがりついて肩で息をしていた。ずいぶん前から戦っていた様子だ。
リンクは少年のそばに立ち、彼を守りながら周囲の敵を倒していく。
倒された彼らはまるで糸がほどけるように形を失い、白い綿のような光と共に消えていった。
リンクが剣を振るうたびに、辺りには光が立ちこめていく。
白い光は、海中の泡のようにゆらゆらと漂い、空へと昇っていく。
その光の粒は肌に触れると、乾いた冷たさを残して消えていった。
一気に体の芯まで冷えてしまうような、気味の悪い冷たさだった。
やがて、戦いは終わった。
昇華していく光の雪の中、リンクは剣をゆっくりと収める。
向かってくる敵がいないことを確認し、改めてくせ毛の少年に声を掛けた。
「立てるか?」
こちらを呆然と見上げる少年に、手をさしのべる。
赤と黄色の縞模様の服、紺色の短パン。
異国の服なのだろうか。簡素だが、リンクにとって見慣れない様式の服だった。
その金髪は、風に巻き上げられたかのように頭の上で強く撥ねている。
髪の下から覗くのは、少し気弱そうな紺色の瞳。その目でリンクの手と目を交互に見ている。
少年は、キツネにつままれたような顔をしていた。
まるで、目の前にいるリンクが幻なのではないか、という顔をして。
少年はしばらくそうしてリンクの顔を見つめていたが、やがて、おずおずとその手を取った。
その手から伝わる確かな暖かみに励まされ、少年の手にわずかに力が入る。
リンクはしっかりと少年の手を掴み、立ち上がるのを手伝う。
立つと、2人の背が並んだ。
少年が、すっかりかすれてしまった声で尋ねた。
「…君は……誰?」
「おいおい、まず『ありがとう』だろー?」
所々砂のついた格好で、リンクはそう指摘する。
「あっ、そうだね、ごめん…。
……ありがとう」
「別に謝んなくてもいいんだけどな。
おれはリンク。お前は?」
「僕は…リュカ」
「そうか、よろしくな!…」
と、握手をしかけたリンクだったが、その顔にさっと緊張が走る。
迫ってくる複数の足音に気がついたのだ。
振り返りざま、今度は弓を手に取る。
隣の少年も木の棒を構えた。
地平の向こう、土埃の中から現れた人形達は20人ほどいるように見える。
「ちぇっ、第二弾ってわけか。
…リュカ、そんな木のぼっこで戦えるのか?」
明らかにただの荒削りの棒にしか見えないリュカの武器を見て、リンクは聞いた。
リュカは頷いたが、あまりその顔に自信はない。
「ま、今のうちにおれが減らしとくから…さっ!」
リンクは矢をつがえ、放つ。
ひゅうっと風を切る音がして、敵の先陣が慌てふためき、よろめいた。
◆
一方、金髪の少年2人が人形の軍勢を迎え撃っている地点から遠く離れた平野で。
灰色の平原の上、雑多な色をした大きな染みがじわじわと動いていた。
よく見ると、それはうごめく人形達でできている。
大も小も、皆中心にいる何者かの方を向き、わずかに距離を保ちつつ彼らの進路と退路を阻んでいた。
まるで一個体のアメーバのようになって、人形達が囲む中心部。
オーバーオール姿の男2人が、人形に担がれた黒い檻を追いかけていた。
その檻の中には、桃色のドレスを着た若い女性の姿。檻にもたれかかり、力無く俯いている。
距離で言えば大したことはない。
しかし、追いすがる2人、マリオとルイージの前には次々と敵が現れる。
赤い帽子のマリオが先頭に立ち、襲いかかる人形達を己の拳で弾きとばし、
緑の帽子のルイージが間を開けずに続いて、横や後ろから迫る敵を追い払っていく。
その数、リンク達が相手にしているものとは比べものにならないほど多い。
灰色の平原を埋め尽くさんばかりに広がり、うっそりと2人のファイターの前に立ちはだかる。
何度突き飛ばされ、炎で焼かれようとも、己の体が壊れるまで戦い続ける。
「キリがない……ルイージ!」
マリオがその背に背負ったポンプを構え、ルイージの横まで後退する。
「おぅ!」
ルイージはマリオのやや前へ行き、前衛に回った。
彼が兄を守っている間に、マリオの背負うポンプに水音を立ててどこからともなく水が蓄えられていく。
やがて水音が止み、それを合図にルイージが退く。
と同時に、ポンプから勢いよく水が噴出され、2人の前にいた人形達を押し流していった。
視界が開け、その先にいた戦車のような敵が露わになる。
それは、慌てて柔らかそうな本体を装甲の中に引っ込め、
代わって、どこに隠していたのかというほど巨大なアームを天辺から突き出した。
アームは蛇のように鎌首をもたげ、駆けてくる2人を無表情な目で見下ろす。
マリオは怯まず戦車に向かっていき、自慢の脚力を活かして跳躍した。
空中にいる彼に目がけて、すかさず金属のアームが唸りを上げて噛みつきに行く。
しかし、すんでの所でマリオは宙を蹴り、アームを飛び越して戦車の上に乗った。
"空中ジャンプ"。
ファイターになった者の多くが使えるようになる技だ。
戦車は慌てた様子でアームを振り回すが、その根元にいるマリオには当たるはずもない。
マリオは手に炎を纏い、戦車の装甲を殴ろうと―
「…兄さん! 上っ!」
ルイージの声が飛ぶ。
"カンッ"
先ほどまでマリオが立っていた所に鋼鉄のくちばしが突き立った。
「っとぉ、危ねー!
ありがとな、ルイージ!」
危機一髪の攻撃をかわした直後とは思えない、明るい声でマリオは言う。
装甲に刺さったくちばしを抜こうともがく白い鳥の胴を掴み、引っこ抜くと、マリオは下にいるルイージに投げ渡した。
「どういたしまして!」
ルイージは、受け取った鳥を砲丸投げのようにして勢いをつけ…そして投げ飛ばす。
鳥は矢のように飛んでいき、戦車ののぞき窓に吸い込まれていった。
本体を叩かれた戦車は、衝撃で小さく跳ね上がる。
不自然に静止したかと思うとそのままぐにゃりと形を崩し、戦車は無数の白い粒子となって空に昇っていった。
その光の中、マリオは地面に降り立つ。
そのまま休むことなく光の霧を走り抜けた彼は、並み居る敵の向こうに愛する姫の姿を見つけた。
途端にその顔から先ほどまでの余裕が消え、彼の本心、真剣な表情になる。
「ピーチーーッ!」
マリオは姫の名を呼ぶ。ほとんど叫ぶようにして。
とらわれの姫は、気を失っているのか…しかし、かすかに身じろぎした。
それを認めたマリオは拳を握りしめ、がむしゃらに敵陣に突進していった。
一方、兄に遅れまいと後を追っていた弟、ルイージ。
不意に、その背に冷たいものが走った。
自分の苦手なものの存在は、見る前から感じられるものだ。
確信にも近い予感に、足がすくむ。
立ち止まるな、振り返るな…!
だが、彼の身体は言うことを聞かなかった。
彼の背後。
そこにあったものは、暗闇の中うつろに光る赤い目。
「ひっ…」
もっとも苦手なもの、幽霊を目にしたルイージは、目をそらすことも出来ず立ちすくむ。
濃密な闇をまとった亡霊。
血のように赤い瞳が、ゆらり、と揺れる。
先までの勢いは、あっという間にしぼんでいった。そして、体が小刻みに震え始める。
間もなく上がった彼の悲鳴は、亡霊の身の毛もよだつ絶叫に打ち消された。
「ルイージっ!?」
ただならぬ叫び声を耳にしたマリオは一瞬立ち止まる。
しかし、攻撃の手を止めた途端、彼の周りには敵がわらわらと押し寄せる。
ちらと遠くに捉えた弟の緑の帽子も、瞬く間に緑服の人形達の陰に紛れてしまった。
そうしている間にも、ピーチの閉じ込められた檻は遠ざかっていく。
「…くっ」
マリオは唇を噛みしめ、戻りかけた足をとどめる。
感情と思念がせめぎ合い、その足がかすかに震える。
助けたい。
弟を。姫を。
しかし、自分は1人。
何かを振り切るように強くかぶりをふり、彼は再びピーチを追って走っていった。
――助けてやる… 絶対に、助けてやるからな!
彼は振り返らなかった。
しかし、その握りしめられた拳は、悔しさに細かく震えていた。
◆
白い光が舞い上がり、灰色の空に溶けて消えていく。
光の根元では、2人の少年が人形と戦っていた。
リンクは再び剣を手にし、接近戦に打って出ていた。
敵の拳を巧みにかわしては斬り返し、銃撃を盾でしっかりと受け止める。
一方のリュカは木の棒や蹴りで敵を退け、囲まれれば手から炎を放って彼らを追い払った。
リンクの弓による迎撃が功を奏し、初め20人ほどいた敵は今や、数えるほどになっていた。
しかし、リュカの方は緊張と疲労ですっかり消耗していた。
そんな彼の目の前に、光る剣を持った人形が現れる。
緑服の人形は表情の抜け落ちた瞳を少年に向け、剣を振りかぶった。
リュカは左の手を上げ、木の棒ではなくPSIをやっとのことで人形にぶつける。
棒を持つ方の腕が、少しずつだるくなってきていた。
引き起こされた光の爆発に人形は一瞬怯んだものの、剣を振りかざし再び向かってくる。
「わっ…!」
光刃が至近距離から勢いよく振り下ろされ、リュカは思わず腕で頭を庇った。
と、同時に。
リュカの周囲に青く光るシールドが展開。
金属音と共に人形の剣を跳ね返した。
何が起こったのかとリュカが目を丸くしていると、光刃を持つ人形は横にはね飛ばされ、光に還った。
見ると、リンクが剣を横一文字に大きくなぎ払ったあとだった。
ふーっと息をつき、リンクは剣を鞘に収める。
やがて、その顔に全く疲れを感じさせない笑顔が帰ってきて、こう言った。
「これで全部みたいだな!」
その言葉を聞き、リュカの全身に満ちていた緊張がようやく解かれた。
安堵と疲れとで地面に座り込んでしまったリュカに、リンクが水筒を差し出す。
「ありがとう…」
もごもごとお礼を言い、リュカはそれを受け取った。
しかし、彼は焦燥の残る表情で地面を見つめたまま、水筒の水を飲もうとしない。
混乱しつつも、何かじっと考え込んでいる様子だった。
そんなリュカを、リンクは黙って見ていたが、やがてこう尋ねる。
「なぁ、ここは一体どこなんだ?」
この世界に来てから、初めて出会った言葉の通じる人間。
リンクは、リュカがこの世界の住人なのではないかと思っていた。
だが、リュカは首を横に振る。
「…わからない。
白い扉をくぐったらいきなりここにいて、あいつらに囲まれてて…」
その言葉を聞き、リンクは目を瞬いた。
「白い扉…?
リュカ、お前もファイターなのか?」
「あ……うん。たぶん…」
曖昧に頷くリュカ。
リンクは呆気にとられ、口をぽかんと開けたままリュカを見回す。
あの手紙に書かれた"ファイター"という言葉から、筋骨隆々の大人を想像していたのだ。
しかし、目の前の少年はどう見たって色白でひ弱そうだった。
確かに、先の戦いで彼は魔法のようなものを使っている。
だがその戦いぶりはまるで素人。腰が引けていた。
リンクがしげしげと見ていると、リュカは遠慮がちに、
「君も…ファイターなの?」
と聞いてきた。
「えっ? …あ、当たり前だろ!」
リュカと目が合い、こちらの疑いの眼差しまで見透かされたような気がして、リンクは慌てて答える。
すると、不安そうにしていたリュカの顔が、途端にぱっと輝いた。
「…良かった…! ファイターっていうから大人の人ばかりかと思っていたんだ。
でも、すごいなぁ…剣と盾、まるでおとぎ話に出てくる勇者みたいだ」
向けられるつぶらな瞳には、嬉しさと、少なからずの…敬意まであった。
思わぬ反応に、リンクはどぎまぎする。
まさか同い年の見知らぬ少年にまで"勇者"と呼ばれるとは、思ってもいなかったのだ。
「すごかねーよ! おれは、…お前と同じファイターだって」
照れくささをごまかすように、リンクはぶっきらぼうに言う。
しばらくリュカから視線をそらし、向こうの何もない地平を睨んでいたが、まもなく今すべきことを思い出す。
「あっ、そ…そうだよ!
リュカ、お前もファイターなら、手紙を受け取ったよな? えーと…」
「マスターハンドさんからの…?」
「そう! そいつからの!
でさ、それには、着いたら『城』に集まるようにって書いてあっただろ?
ともかくおれは、そこに行ってみようと思うんだ」
「城…どこにあるのか知ってるの?」
リュカが、期待をこめて尋ねる。
リンクは首を横に振る。しかし、笑顔で。
そして言った。
「だから、これから探すんだ」
そんな自信にあふれた勇者の顔を見つめ、じっと考えていたリュカ。
やがて、おずおずと問う。
「…僕も、……君と一緒に行って良い?」
「ああ」
即座に答えてから、リンクはリュカの言葉に眉をひそめる。
「…一緒に行って良いかって……。
おれがもし"ダメ"って言ったらどうする気だったんだよ?」
その指摘に、リュカはひどく慌てた顔をした。
「あ……ごめ」
「謝んなって! とにかく、お前はもうちょっと自信を持てよなっ!」
怒ったように言い放つと、リンクはリュカをおいて歩き始めた。
灰色の大地、灰色の空。
そこに絵の具をぽつりと落としたかのような、緑と黄色の点。
2人の少年は、あまりにも広大な灰色の世界へと踏み出していく。
◇
空は、晴れていた。
まだ朝焼けの色を残す雲が、いくつも群れをなして横切っていく。
立ち並ぶビルディング、露に濡れる木々、静かにそびえる山々…。
どこにも
街並みには塵ひとつなく、草原は乱れなく整然と風になびいている。
この世界は、生まれ変わったばかりなのだ。
夜が明け、少しずつ力強い青さを帯びてきた空。
そこに、2つの巨大な存在があった。
この世界にただ2つ、意志を持って動くもの。それは、一対の白い手袋。
「よぅ、また今回も始まるな!」
左手が陽気に言った。
だが、右手の返事はない。
思慮深く五指をゆっくりと動かし、彼は黙って下界を眺めるばかりである。
「どうしたんだよ、右手」
そう言った左手の声には、あまり不審そうな色はない。
創造を司る右手、マスターハンドがこのように黙り込むのは、いつものことだった。
おおかた左手が気にもとめないような些細なことに気を取られ、深く考え込んでいるのだろう。
相手にされなかった破壊の左手、クレイジーハンドは手だけの姿で器用に肩をすくめるような仕草をし、自分も下界を見おろした。
やはり彼が見る限りでは、特別どうという異常は見受けられなかった。
住民、観光客全てがそれぞれの世界に帰った後で、クレイジーハンドが完全に破壊し尽くした"前の"世界。
今眼下に広がるのは、マスターハンドが前の世界の特徴を残しながら創りあげた新しい世界である。
世界は、破壊と創造を繰り返しながら少しずつ広くなっていた。
2人の前方に広がる街を見れば、その発展が明確に分かる。
"スマッシュブラザーズ"のマークを摸して区画された街並み。
中心部には高層ビルが建ち並び、周辺部には宿泊施設はもちろん、区画ごとに趣旨が異なる様々な店が揃っている。
だが一番初めの頃は、数軒の食料品店と質素な宿。それしか無かったのだ。
昔を思い返し柄にもなく少し感傷に浸っていた左手は、今度は真下を見る。
朝日を照り返し、堂々とそびえ立つ石造りの建物。
ここに来る人々は、それを"城"と呼ぶ。選ばれた者だけが住む、特別な宿泊施設だ。
今はまだ誰もいないが、じきに皆集まって騒がしくなるだろう。
それを思うと、クレイジーハンドは居ても立ってもいられないのだった。
「全く、楽しみで仕方がないよなぁ!
今度来るヤツらはどんなに強いんだろうなぁ、オレを倒せる新入りは現れるかな!」
弾んだ声で大きな独り言を言い、クレイジーハンドは指をワキワキと動かした。
そんな相方に、マスターハンドがようやく呟いた。
「……どうも妙だ」
その静かな声に、クレイジーハンドはぴたりと指の動きを止める。
勢いよく右手の前に回り込み、尋ねた。
「妙? 一体何がどうしたってんだよ、右手」
マスターハンドはクレイジーハンドを真正面から見つめ、問う。
「そろそろ誰か来ても良い頃だとは思わないか?」
「そろそろ…?
そう言ったってよ、ズレってもんはどうしたってあるぜ。
なんせここはこれから、百を超える世界と同時に繋がるんだし。それに向こうの都合ってもんもあるだろ」
「……」
「おいおい、そんな難しい顔すんなよ。説明してくれたのはあんただろ?
招待したヤツらが手紙を開くタイミングと、こことそいつの高次元的距離が何とかかんとか…で、ファイターが揃うのには多少時間がかかるって」
「それにしても、妙だ。静かすぎる」
マスターハンドは頑なに言う。
これにはさすがのクレイジーハンドも黙り込んでしまった。
明後日の方角を向き、しばらく考え込んでからやっと口を開く。
「……まぁ、待ち遠しいのも分かるけどよ。
妙ってよぉ、誰か何か企んでるっていうのか?
へっ、企むったって、"スマッシュブラザーズ"に手を出すヤツなんかいないぜ」
そう軽く笑い飛ばすと、彼はマスターハンドに向き直り、声を改めてこう続けた。
「あんたは疲れてんだ。なんせこれだけの世界をたった1人で創ったんだからな。
あいつらが来る前に、少し寝て休んでおけ。…うん、それが良い!」
クレイジーハンドは勝手に結論をつけ、1人で頷いた。
ファイターと一騒ぎする前にウォーミングアップしてくる、と言ってクレイジーハンドはどこかへ飛び去り、
マスターハンドは彼が残していった飛行機雲を見やりながら考え事にふけっていた。
クレイジーハンドの言ったことももっともだった。
自身が予想していた時刻よりファイター達の到着が遅いのだが、しかし今のところ誤差の範囲内ではある。
それに、「妙だ」と言ったマスターハンドだったが、確たる証拠は何もなかった。
漠然とした予感が、珍しく彼にそう言わせたのだ。
神にも等しい力を持つ彼に、"嫌な予感"ほど相応しくない言葉は無いのだが。
「…しかし、この胸騒ぎはなんだ?」
呟き、天を仰ぐ。
空は、晴れていた。
ある種の孤独さえ感じるほどに。
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最終更新:2013-12-13