気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track05『Wings』

~前回までのあらすじ~

ある日届いた一通の手紙によって『スマッシュブラザーズ』に招待された、リンク(トゥーンリンク)とリュカ
扉を抜けた先に広がっていたのは、彼らの予想する新天地とはほど遠い、茫漠とした灰色の世界だった。

迫り来る人形、襲いかかる機械戦車ガレオム。
2人は力を合わせて困難を切り抜け、招待主"マスターハンド"につながる手がかりを探そうとする。

訳も分からないまま灰色の世界を彷徨うのは、彼らばかりではなかった。
ルイージから人形についての話を聞き、単身友達を探して走り回っていたカービィ
お腹を空かせて倒れた彼を偶然見つけたリンクとリュカは、彼から『スマッシュブラザーズ』の世界について話を聞く。
ファイター歴の長いカービィであったが、彼もまた、ガレオムの言う"エインシャント"なる人物については何も知らなかった。

人形兵に捕まり、檻の中に閉じこめられていたピーチ
いずこかへと連れ去られようとしていた彼女だったが、峠道を塞いでいた落石によって窮地を脱することができた。
共にここへ降り立ったはずのマリオ達と合流するため、ピーチは山脈を迂回して来た道を戻っていく。
しかし、そのためにマリオとすれ違うことになろうとは、彼女は気づく由もなかった。


  Open Door! Track 5  『Wings』


Tuning

白き翼 黒き影

時は少し遡り、未明の峠道。
谷底には、茫洋とした灰白色のもやが満ちていた。

不意にその表面が波打ち、空気の流れが変わる。
それは見る間に巨大な何かの形を取り…やがてもやの中から奇妙な機械戦車が姿を現した。

"戦車"と言えば、大抵は転倒しにくいよう背を低く、地面に這いつくばるように作られるはずだ。
しかしこの機械戦車は全く傾向を異にしていた。
複雑な曲面に象られた"上半身"をすっくと伸ばし、それをたった一対の車輪で支えている。

それでも平衡を崩さない理由は、上半身が前後に2つ、せり出すようにして存在しているからであった。

「到着が遅いと思って来てみれば」「これは一体どうしたことだ…?」

山あいの道を静々と進みながら、それらは言った。
道幅のほとんどを埋める巨体にも関わらず、歩みのあまりの静けさに、それらが重みを伴っていないかのように感じさせる。

それらはそのまま進み、道の先に岩を見いだした。

峠を塞ぐ、それらの背丈の半分はある岩。
その反対側では人形プリム達が集団でかじりつき、大岩を退けようと苦労していた。
彼らはそこで司令官それらの到着に気づき、急いで岩から離れて道の脇に整列する。

「……」

それらの片方が黙って、前腕を構えた。
頑丈な作りの砲身。その砲口の奥で、眩い光が閃く。

直後、巨岩は轟音と共に砕け散った。

峠道に残響がこだまする。
ぱらぱらと、岩の残骸が散発的に降り注ぐ。
しかし、障害物が無くなったのにもかかわらず、プリム達は途方に暮れたように右往左往していた。

その理由を探していたそれらは間もなく、道ばたに打ち棄てられた空の檻を見つけた。
黒い檻はすでに細かな砂をかぶり、地面に転がされてからある程度の時間が経った様子である。

鋼の瞳が、すっと細められる。

「……追いつかれたか」

しかし、そう間を空けずに後ろから声が続く。

「いや、2人は出会っていないようだ。見ろ」

それらのうちの片方が、視線を遠くに向ける。

「…ふむ、赤い帽子の男がこちらへ向かってきている」

「姫を逃がしてしまったが」「彼さえ捕まえられれば…」

それらは合意に達し、きびすを返す。
人形達の指揮官に次なる指示を与え、巨体はゆっくりと朝靄に消えた。
来たときと同じく、かすかな車輪のきしみだけを響かせて。

指揮官の腕一振りによって、プリム達は何事もなかったかのように空っぽの檻を担ぎ、再び歩き始めた。

それから数刻の後。

峡谷の底は、無彩色の暴力によって染まりきっていた。
長年の風雨にさらされ磨かれた谷底を、ありとあらゆる姿の人形兵が次々と駆けていく。
あるものは走り、あるものは空を飛び。車両型の人形に載せられて進むものもあった。

前後から絶え間なく押し寄せる、人形の波。
それらがぶつかる中心には、孤立無援、たった1人で進む男がいた。

その名は、マリオ。

2日間休まず走り続けた彼の赤い帽子は砂埃に汚れ、その肩に掛かるオーバーオールのベルトも外れかけていた。
進めども進めども敵は尽きず、延々と彼の前に立ちはだかり、
わずかな隙につけ込んで彼の命を封じ込めようとする。

だが、マリオの目はもはやそれら人形達を見てはいなかった。
ただひたすら前を、愛しい姫が連れ去られた方角を見つめていた。

全身の筋肉が悲鳴を上げ、のどは枯れ、目がかすむ。
彼はとっくに、フィギュアの姿に戻るほどのダメージを受けているはずだった。

それでも彼は進み続けた。

彼女を助けたいという意志の力で。

いつしか彼の周りから敵が消え、彼方に黒い檻を担いだ集団が見えてくる。
マリオは最後の気力を振り絞り、その集団に向かっていった。

が、その足が不意にためらい、止まる。

檻は…空っぽだった。

疲労と混乱で空回りする思考を、無理にまとめようとする。

――これは……わな…だ…!

それに気がつき、急いで辺りを見渡す。

しかし、遅かった。

崖の縁、岩の陰からうっそりと現れる人形達。
数十、数百。見る間に軍勢がふくれあがっていく。

前後だけでなく、至る所に。
急峻な崖にまで蟻のように取りついて、向けられる虚ろな眼差し。
アーム戦車に槍付き戦車、異様な姿をした大きな敵も混ざっている。

彼らは谷底に立ち尽くすマリオを包囲し、遠巻きに円を描いて静止する。
勝ちを確信しているのか、それとも姿の見えぬ指揮官の指示を待っているのか。

マリオは目を閉じ、歯を食いしばる。
選択肢は、1つしかなかった。

「くっ…そおぉーッ!!」

両の手に激しく炎をたぎらせ、マリオは圧倒的な人形の軍勢に向かっていった。

リンク達の歩く道はいつの間にか古びた石畳になり、左右には灰色の街路樹が立ち並び始めた。
それらは枯れているわけではなく、限りなく白に近い色をした葉をつけている。
しかしそれを揺らす風もなければどのみち木々は微動だにせず立ち尽くすままで、まるで生気を感じさせないのであった。

道の先には、この世界で初めて出会う建物群が広がっている。
石か、それに似た何かで作られたらしい、煤けた白亜の町並み。
その中心部に高くそびえる四角な建物を城とすれば、2人が近づきつつある町並みは城下町といえた。

だが、ここから見る限り町はしんと静まりかえり、往来に人の姿はない。
住人がいるかどうかは、もう少し近づかないと分からないだろう。

「何か聞こえる…?」

リュカは、耳の良いリンクを頼り、聞いた。
リンクは首を横に振りかけて…ふと、別の方角に顔を向けた。

その表情が険しくなる。

「来るぞ」

その言葉で、リュカも急いで木の棒を構え、リンクと同じ方角を向く。

町を背にした2人の前に、立ち枯れた茂みの陰からわらわらと人形達が現れる。
向けられる、虚ろな眼差し。

にらみ返し、リンクが抜剣した。
金属の音が、乾いた空気に斬り込むように鋭く響く。
その音が合図であったかのように、人形達が一斉に押し寄せてきた。

地を蹴り、人形の波に斬り込んでいくリンク。

そこに、遅れて続く者があった。

「リュカ…!」

驚いたように、リンクは隣を見る。
今までずっと人形との戦いを避けていたリュカが、そばにいた。

空いた手に六角の光を弾けさせ、リュカは短く言う。

「僕も戦う。…一緒に」

その顔は緊張していたが、それに飲まれた顔ではなかった。
彼は逃げることも隠れることもせず、その不安と戦おうとしていた。

リンクは、勇気づけるように笑みを返し、頷きかけた。

向かってくる敵の中には、2人が今まであったこともない敵もいた。
長いくちばしを持つ水鳥のようなもの、2人の腰までの丈しかない薄っぺらな人形…

だがリンクは慌てず、それらに対応していく。
これまでの豊富な戦闘経験からくる、努力のたまものだ。
リュカは、そんな彼の援護に徹することで何とか戦闘についていった。

先頭を切るのはリンク。剣や弓を使い分け人形を次々と光に帰していく。
後に続くリュカは、リンクが一撃では仕留められなかった敵に強力なPSIを当てていった。

2人が協力することで、人形達の数は見る間に減っていった。

風を切って何かが落ちてくる。
見るより先に、反射的にリュカは腕で頭をかばう。

展開される、青いシールド。
PSIとは何かが違うが、リュカはその技のこつを掴みはじめていた。

 "ガキンッ"

硬い音がして、地面に鳥が落ちる。
土に突き刺さった鋭いくちばしは、金属の輝きを帯びていた。
鳥はその凶器を下に、落ちてきたのだ。

リュカの背筋に冷たいものが走る。

――これをまともに受けてたら、一体…。

想像しはじめる自分を、慌てて止め、全力で目の前に集中する。
今は、そんなことを考えている場合ではない。

 "グゥグゥグ……ブツブツ"

どこにあるか分からない口から、人形達が口々に呟いている。
言葉ではない。それはただの音だった。

人形達の心からも、相変わらず虚ろなイメージしか伝わってこない。
まるで、深い井戸を覗き込んでいるかのようだ。
ひやりと冷たい風が頬をなでていくような、そんな錯覚さえした。

まともな敵意とは全く異なる、異様な不気味さがリュカの周りを取り巻いていた。

空っぽの殺意。乾ききった無関心。

怖くないと言えば嘘になる。
でも今は、隣に仲間がいた。自分が望んできた、勇気と強さ。それを持ち合わせた勇者が。

遠い世界、おとぎの国から来たような格好の彼は、勇ましく剣を振るっている。
その剣の音に励まされ、リュカは暗い洞に、人形達の心に向き合い、
少しずつ、前へ進もうとしていた。

目を開けると、黒い床に映った自分の顔と目が合った。
やつれたひどい顔だ。

マリオは、冷たい床に膝をついていた。
身動きがきかない。
左右に控える人形達に、彼は両腕を掴まれている。

いつもの彼ならば簡単に振り解けるはずだった。
しかし、体に力が入らないのだ。

周囲は暗く、黒曜石のように冷たい黒に満ちていた。

寒い。全身が冷え切っている。
それは部屋に満ちる冷気のためかもしれなかったが、
飲まず食わずで戦い続けた疲労が、ここに来て彼をじわじわとフィギュアに戻そうとしているようにも思えた。

横から人形の手が伸び、彼は顔を無造作に前に向けられる。
凝り固まった背中を無理矢理反らされ、鈍い痛みを覚える。

「ふむ…確かにマリオだな」

暗闇の向こうから聞こえてきた、男の声。
あまりにも冷たい声だった。
マリオの背筋に、さっと緊張の波が走る。

氷よりもずっと冷たく、どんな闇よりも暗い声。
それは、まっとうな道を生きてきた者が出せる声ではない。

かすむ目をこらすと、小柄な姿が見えてきた。
古めかしい緑衣に身を包み、宙に浮かぶ男。
身長はおそらくマリオと同じくらい。手や足は緑衣に包まれ、見えていない。

男はかすかな光の中に立っていた。
質量を感じない。おそらく、目の前にいる彼は立体映像。ただの虚像なのだろう。

緑の三角帽子を目深にかぶり、素顔を見せないその男に向けてマリオはかすれた声で問う。

「…にを……何を企んでいる…?」

「驚いたな。まだ喋る体力が残っているとは」

緑衣は彼の質問に答えない。
黄色く光る目は何の感情も映し出してはいなかったが、その言葉からは彼がせせら笑っているのが感じ取れた。

乾いた嘲笑の底には、全ての者を見下すような冷たさがあった。

我彼の間にどれほどの距離があるのか、マリオには分からなかった。
しかし、自分に向けられる眼差しの冷酷さは、紛れもない一つの確信を抱かせるのに十分だった。

目の前に"いる"男は、自分たちに…あるいは『スマッシュブラザーズ』に敵対する存在だ。

疲れ切ったマリオの心に、義憤が再び激しい炎を灯す。

「俺達は……俺達は、負けない…!」

ありったけの力を込めてマリオは言った。

しかし、緑衣は首を静かに振る。

「愚かな。
……実に愚かな奴だ。見ろ」

緑衣の言葉で、暗い部屋にぽつりと光の円が現れた。
闇の中浮かび上がった光景に、マリオは思わず息をのむ。

そこには、ファイター達の銅像フィギュアがずらりと並べられていた。

人数は20人ほど。
マリオは今回どれほどのファイターが選ばれたかは知らなかったが、
しかし、それは経験から言って"ほとんど"といえる人数だった。

彼らはそれぞれのポーズを取ったまま、虚空に目を向け微動だにしない。
イバラやツタを思わせる鋼色のコードが彼らの台座から足にかけて巻き付き、彼らの自由を奪い、
規則正しく、趣味の悪い電飾のように光っていた。

その全てを、マリオは食い入るように見つめていた。呼吸さえ忘れていたかもしれない。

駆け寄れば届くような位置にありながら、彼は何をしてやることもできない。
ただ…見つめることしか、できなかった。

もはや、手遅れなのか。

愕然とし、目を疑う彼。
追い打ちを掛けるように、緑衣は冷酷な声で言った。

「お前達に勝ち目はない。お前を助ける者もいない」

その声に、マリオは苦しげに顔をしかめる。
認めたくはなかった。少しでも、希望を見つけたかった。

もう一度、心にむち打って、変わり果てた仲間と真正面から向き合う。

目の前に並べられたファイター。その中には、『スマブラ』で共に戦った戦友の姿がいくつも見えた。
だが、不幸中の幸いと言うべきか、そこにマリオの弟や、姫の姿は無かった。

しかし、自分が最後に見た2人は…

「……」

何も言えず、くちびるを噛み締めるマリオ。
彼の顔をしばらく眺めていた緑衣だったが、ふいに興味を無くしたように背を向ける。

「やれ」

緑衣は短く言い放った。
途端に、マリオの横を固めていた人形達に殺気とでも言うべきものが満ちる。

もはやできることは何もない。しかし―

最後に、マリオは緑衣の背中を見据え、不敵な笑みを浮かべる。

「……俺達を、…甘く…見るなよ」

どんな逆境においても、彼は絶望したことがなかった。

彼は、仲間を信じていた。

「―時にデュオンよ。マリオと共にいた者どもはどうしたのだ」

緑衣は、人形達によって機械に運び込まれる一体のフィギュアを見やりながら、虚空に問うた。
すぐさまその声に応じ、彼の前に映像が現れる。

前後2つの頭を持つ、巨大な戦車。
剣を携えた青い半身が、足元の緑衣に対し一礼を返した。

『は。彼の弟…ルイージは戦闘中に行方をくらまし』『ピーチはプリムが落石に手こずる間に逃げたものと思われます』

重々しい2つの声が答える。

「落石…?」

緑衣は遠くに視線を彷徨わせるような仕草をした。
やがて、その視線が彼にしか見えない何かを捉える。

「…ガレオムか」

声に応じ、宙に映像がもう1つ浮かび上がる。
山頂で暴れ、付近の峠に巨大な岩を転がり落とした原因。
岩の下敷きになっているガレオムの顔が、はっとして緑衣の方を向いた。

『エ…エインシャント様ぁ…!』

彼に比べればあまりにもちっぽけな緑衣に、鋼鉄の巨人は哀れっぽく、怯えたような声で呼びかける。
しかし、緑衣はあくまで冷酷にこう問うだけだった。

「ガレオムよ…お前が暴れたために1人取り逃がしたぞ。
一体何があったのだ」

『それが…その…
小生意気なガキ2人を捕まえようとしたら…』

ガレオムはおずおずと答える。
その巨体を必死に岩の陰に縮こまらせようとしているが、重い岩が彼の身動きを封じていた。

3人・・捕まえ損ねたというわけか…。もうよい」

緑衣の声はさらに冷たく、暗くなる。
この計画は、彼が並々ならぬ執念と歳月をかけて立てたもの。
作戦は終盤にかかっていた。だからこそ、どんな些細な過ちも許すつもりはない。

背後のデュオンも、同胞の失態に呆れた様子で静かに首を振る。
そんな彼らを振り返り、緑衣が次なる指示を与えた。

「デュオンよ。ガレオムのいる山脈は、そこからさほど離れていないはずだ。
やつを救出してやれ」

『はっ』

怜悧な眼差しを伏せ、デュオンは返答する。
一方のガレオムは、プライドを損ねられて不機嫌そうに目を細めていた。
気にせず、緑衣は腹心達にこう命じる。

「ガレオムは南の第5工場、デュオンはこの研究所に加え、その北の第1工場を守るのだ」

その言葉に、デュオンの映像は訝しげに目を瞬いた。

『工場を…?』『ファイターどもの方はいかがなさるおつもりで?』

「この2日間で、ここに落ちた者はおおかた捕まえた。
お前達はそこで引き続き軍を指揮し、向かってくる残存勢力を捕らえればよい」

緑衣は帽子の房をゆらりと揺らし、デュオンに背を向ける。
暗室の闇にその姿が溶け込んでいく中、彼の声だけが淡々と響いていく。

「…食料も身を寄せる場所も持たぬ、何の後ろ盾もない彼らのことだ。
灰色の荒野には、もはや何も残されてはいない。
待てばそのうち、引き寄せられるようにしてお前たちのもとにやってくるだろう……」

『…承知致しました、我らが主』

デュオンの映像は深々と一礼し、ふっとかき消えた。
時を同じくして、ガレオムの映像も消える。

そして、漆黒の空間にはフィギュアだけが残された。
囚われの、自由を奪われた戦士達が。

 "キィン!"

僕の構えた双剣に相手の刃があたり、火花と共にはぜる。

『僕はただ、君達を取りまとめている指揮官に会いたいだけだ。
このように無駄に戦うのは、僕の望むことじゃない』

僕が何度そう言っても、彼らは向かってきた。

あのときから、彼らのような兵士とは何度も出会っている。
その度に僕は、同じことを語りかけた。
でも、彼らは何も答えてはくれない。ただ闇雲に僕に向かってくるだけだった。

言葉が通じないのか、わざと聞こえないふりをしているのか…。

そう考えながら剣で防戦していると、

「――!」

誰かの声が耳に入った。

…聞き間違いじゃない。久々に聞く、人の声だ。

驚いて、声の聞こえてきた方角を振り向く。
黒い肌の人たちの向こう、真っ黒な森の中から変わった格好の男の人が現れた。

緑の帽子に、紺と緑の見たこともない服。
見慣れない人だ。ここの人なのだろうか?

「――、―」

言葉は分からなかったけど、その人が僕についてくるように言っているのは何となく身振りで分かった。

僕は迷わず黒い人たちを押しのけ、その人の所に向かった。
すぐに黒い人たちが追いかけてきたが、緑の帽子の人は僕の腕を掴むと、森の奥へと走り出した。

木がうっそうと茂る方角をわざと選び、その人は走っていく。
真っ黒な森の、その奥へ。
そして、大きなやぶの中へと飛び込んだ。

黒い人たちの足音が近づく。
僕と緑の帽子の人は息を殺してやぶの中に身を潜める。
大きな黒い葉の陰に、僕は縮こまっていた。自分の服の白さが目立ってしまいそうで、気が気ではなかったのだ。

どれくらいそうしていただろう。
幸いにも…足音は遠ざかっていった。
意を決してやぶの隙間から顔を覗かせると、彼らが森を出て行くのが見える。

彼らが完全に見えなくなるまで、僕と緑の帽子の人はじっと隠れていた。

しばらくして、緑の帽子の人は安全を確認すると、僕に話しかけてきた。

「―――?」

やっぱり、何を言っているのかは分からない。

「すいません、言葉が分からないのですが…」

僕がそう言ってみると、その人は驚いたように目を瞬かせた。
そして、何を言うか迷っていたようだが、ある言葉を繰り返し言い、自分の胸を指し始めた。

その人が早口という訳ではなかったけど、言葉の発音が聞き慣れないもので、
僕は一生懸命それを聞き取り、そして、繰り返してみた。

「ル…イージ……ルイージ?」

そうすると彼はにこっと笑い、自分の胸をぽんと叩いた。
そうか、この人の名前、それが"ルイージ"なんだ。

ルイージさんはその手を、今度は僕に向け、何かを言う…いや、尋ねてるんだ。
僕の名前かな?

「ピット」

僕はルイージさんのように、自分の胸を指し、言ってみた。
ルイージさんが僕の名前を繰り返し、頷くと白い手袋をはめた手を差し出した。

これはどういうジェスチャーなんだろう?
挨拶…?

とりあえず僕も手を差し出してみる。
するとルイージさんは「あっ」という顔をしたが、もう片方の手を出して僕の手を握った。

そうか、同じ側の手じゃ握れないよな…。
僕が何となくきまりの悪い顔をしていると、ルイージさんは笑いかけてくれた。
その暖かな笑顔に、僕は親しみを覚えた。

ルイージさんが木の棒で地面に絵を描きながら、何かを僕に伝えようとしている。

3人の人が描かれた。
それぞれ"マリオ"さん、"ピーチヒメ"さん、そしてルイージさんを表しているらしい。
彼の様子からして、たぶんこの2人はルイージさんの仲間なのだろう。

2人についてルイージさんは更に詳しく説明しようとして、色々と描いたり消したりしていたけど、
諦めて3人の周りにたくさんの人を描き始めた。
帽子の形からしてこれは、きっとさっきの黒い人たちだ。

黒い人たちにピーチヒメさんが囲まれ、格子の中に入れられる。
マリオさんとルイージさんがそこに向かっていったけれど、
ルイージさんだけが取り残され、マリオさんとピーチヒメさんはたくさんの黒い人と共に、消されてしまった。

いなくなってしまったのだろうか…?
僕がルイージさんを見ると、彼は木の棒で森の向こう、山の方を指した。
そうか、ルイージさんをおいて、2人ともあの向こうに行ってしまったんだ…きっと。

僕はルイージさんと一緒に、2人がいなくなったという山の方に向かうことにした。
ルイージさんの仲間を探せば、その先には黒い人たちが、そして僕の探す人物もいるだろう。
それに僕は…困っているこの人の助けになりたかった。

どこまでも暗く、茫漠と広がる闇。

そこに、緑衣はただ1人立っていた。
その裾はやはり、幻の風に吹かれてゆっくりと、思案するようになびいている。

彼の見つめる先にあるのは、灰色の盤。
あまりにも平坦で、あまりにも広く、およそ現実のものとは思えない"ボード"。
その中央には、光を失った駒が寄せ集められていた。

決着は、間もなくつこうとしていた。

緑衣の手持ち、白い光は圧倒的な数を保っていた。
それらは盤のあちこちで集団を作って徘徊し、敵を捜している。

一方の黄色い光、敵の残党は盤の上には見あたらない。
数が圧倒的に少ないという理由もあるが、
彼らの手紙に付けた"細工"が寿命を迎え、そもそもそのシグナル自体が弱くなってきているのだ。

しかし、盤を見おろす緑衣の目に焦りはない。
彼の心はすでに、その先を見据えていた。

全体の視察を終えた緑衣は、静かに暗闇の中を降りていく。

盤の中央に置かれた、駒たち。
それは、漆黒の部屋に閉じこめられた戦士達の精密な幻だった。

長い時間が経ち、彼らは皆、黄金の輝きを失って灰色に静止していた。
知らぬ人が見れば、良くできた石像だと思うだろう。
だが、彼らは生きている。
今は深い眠りの中にあるとはいえ、血の通った一個の生命なのだ。

近づくにつれて、その細かな造作が見えてくる。
背の高いもの、体の小さなもの、四つ足で立つもの。
それらは紛う事なき個性を持ち、1つとして同じものはなかった。

しかし、緑衣の目には、彼らはどれも同じ"駒"。
ただ集め、利用するだけの存在としてしか映らない。

「…長かった。
実に、長かった…」

呟いて、緑衣は静止した戦士達の顔を1つ1つのぞき込んでいく。
その目には、貴重な標本を見つめる蒐集家にも似た、静かな情熱があった。

「あとわずかで私の駒が揃う。
境界を越える戦士…私の計画の要」

緑衣は戦士達を一望する場所に立ち、彼らをじっくりと眺める。
黄色い目は静かな炎に燃え、その声には並外れた強い意思が秘められていた。

しばらく、戦利品を見つめ黙考していた緑衣。
帽子の下で闇に沈むその瞳が、ふいにすっと細められる。

「…しかし」

厳しい眼差しは、戦士達に向けられていた。

緑衣が持つ全ての知識と力。
それらを総動員して立案し、仮想の上で試行錯誤し、何度も改良を重ねた計画。
しかし、実際に実行に移したのは初めてだった。

彼が手にした駒は、本当にこちらが期待する動きを見せてくれるのか。
計画に足るほどの力を発揮してくれるのか。
宿願の達成を目前にして、緑衣はそのことが気にかかっていた。

また、問題はもう1つ。

デュオン、ガレオム。逐一送られてくる彼ら腹心の報告に、緑衣はある不安要素を見つけていた。

今まで遂行に支障を来すほどの事態にはならなかったが、
時折、ファイターはこちらが想定した"能力値"以上の強さを見せることがあるのだ。

手元にある駒の中にも、そういったファイターが何人か存在している。
先ほど研究所に連れて来られた赤い帽子の男にしても、初めはあれほどの軍勢を使う予定は無かった。

原因は分からない。ただの揺らぎと見るには、その誤差はあまりにも大きかった。

だが原因が分からなくとも、対策ならばいくらでも立てられる。
緑衣は、各地の工場に絶え間なく生産指示を送り、倒された分を補って余りある量の兵を作らせた。
また、デュオン達を初めとする指揮官をそれぞれの師団に細かく配した。

つまりは、圧倒的な物量を用い、有無を言わさず強引にねじ伏せたのだ。

残るファイターは、たった数人である。
彼らの名前も、出身世界も、その強さも弱さも…
緑衣は彼らに関する様々な情報を知っていた。

しかしそれでも。
緑衣はほんのわずかな不確定要素さえも見逃さないつもりだった。

緑衣はしばらく沈黙し、黄色い駒の周りをゆっくりと歩き回る。

彼の他、生きた者は誰もいない空間。
そこで彼は、部下の者には決して見せない執着を露わにしていた。

全ては自分の宿願のため、万全を期さなければならない。

風も吹かず、星も存在しない世界では、時間の流れなど無に等しい。
永遠の時間を掛けて、緑衣は思考し続けた。

不意に、その歩みが止まる。

残された二つの問題。その解決法は、思いついてみれば簡潔であった。

「…良い機会だ。ここで試してみるのも良かろう」

淡々と呟き、緑衣は駒の方に目を向ける。

 "…カチリ"

静まりかえった暗闇に、一体の"駒"を解き放つ解錠の音が響いた。

巨岩から逃れようとあらゆる努力をしたもののあえなく失敗に終わり、ただつっぷすばかりのガレオム。
傷つけられた自尊心を抱えて、どれほど待っただろうか。

その頭上から、不意に冷酷な言葉が掛けられた。

「なんと情けない。同じエインシャント様に仕える者として恥ずかしいくらいだ」「全く、言葉もない」

窮屈な姿勢のまま何とか顔を上げたガレオムは、逆光の中見おろしてくる大きな影を認めた。

「う…うるさい! これは負けたうちに入らん」

ガレオムはそう強がりを言ったが、デュオンは全く意に介さず、
前後二つの姿のうち、青い方 - "ソードサイド" - の持った大剣がゆっくりと左右に構えられる。

そして、一閃。

二筋の大剣が唸りを上げる。
瞬く間に巨岩は3つの塊に斬り裂かれ、弾け飛んだ。

肩の上に残った岩塊を故障していない左腕で苛立たしげに払いのけ、ガレオムはようやく立ち上がる。
その口から放たれたのは、礼の言葉ではなく愚痴であった。

「あんなチビ2人…ちょっと手加減してやったらこのザマだ。全く油断も隙もありゃしない」

ぶつくさ言いながら立ち上がったガレオムを、デュオンは呆れた目で見る。
彼の損傷は軽微だった。装甲が大きくひび割れた右腕を除いて。
それを冷たい目で見据えたまま、デュオンはこう言った。

「油断…そう。油断さえしなければ勝てた相手だ」「それをみすみす取り逃がすとは」

そんなデュオンの皮肉に、ガレオムは返す言葉もなくただ鼻息荒く排気音を轟かせるだけだった。
追い打ちを掛けるように、デュオンはさらに言いつのる。

「第一、エインシャント様からお前に与えられた師団はどこへやったのだ」「彼らを使えばすぐに捕らえられたものを」

「シダン? ……あぁプリムたちのことか」

ガレオムはわざとらしくとぼけてみせる。

「ここらのファイターはおおかた捕まえたし、あとは自由行動を命じた。
今頃、地下通路跡でも巡回してるだろ」

「下らぬ。ただお前が暴れたいだけだったのだろう」「勝手な行動は許されない」

デュオンは冷たく光る目をガレオムに向けたが、ガレオムはそれを鋼の手で軽く払いのける。
鼻で笑うような音を立て、彼はこう言った。

「エインシャント様は分かってくれるさ。オレはエインシャント様の"力"となるべく創られたんだからな」

その返答に、しかしデュオンは胡散臭げに目を細める。

「フン…それを制御する知恵がなくては、それはただの蛮勇だ」「いい加減考えもなしに暴れるのは止めろというのだ」
「失敗は今回が初めてだが、しかし3人も取り逃がすことになった」
「過去の戦いとは訳が違う。相手はファイターなのだ」「慎重に行動しろ」

反省のない様子のガレオムに業を煮やしたのか、デュオンは前後2つの口から次々と文句をつけた。

「分かった。分かったよ、ったく。
デュオンはいつも大げさだな。オレたちがファイターにやられる訳ねぇだろう」

デュオンの言葉の途中で、ガレオムはそう言ってきびすを返す。
そのまま彼はさっさと戦車形態に変形し、山を下っていってしまった。

車体を危なっかしく揺らし、時折青白く漏電しながら去っていくガレオム。
遠ざかっていく同胞を見やり、デュオンは静かに首を振った。

「これでは先が思いやられる」「…全くだ」

物憂げに細められた瞳。
眼差しをそのままに、前腕が砲身となった半身 - "ガンサイド" - は声を改めて続けた。

「…だが、彼の言ったことにも一理ある」

ソードサイドも頷いた。

「そう…我らには、ファイターを上回る力が与えられている」

「残るファイターはおそらく10人といないはずだ」
「圧倒的な利が、こちらにある」「あとはゆっくりと待つのみ…」

彼らは、山頂から遠くの工場を見据えた。
北に建つ巨大な建造物、第一工場を。

ふもとでは、彼らの指揮する師団が待機していた。
その数は、数百…いや、千を超えるだろうか。

灰色の地に立つ彼らは従順に列をなし、山を下りてくる士官を迎える。
やがて、示し合わせたように彼らは行進を開始した。士官を護るように、後列から順に。

砂地に深い轍を刻み、しずしずとデュオンは去っていった。
魂を持たない無数の部下を従えて。

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最終更新:2014-02-18

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