気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track15『Reverse』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。
自分たちが数少ない生き残りであることも知らぬまま、彼らは少しずつ仲間を見つけ、この事件の真相を突き止めようとしていた。

廃墟となった都市でカービィと合流し、ピットメタナイトを仲間に加えたリンク達は、
事件に関わりを持つエインシャントについての情報を得るために、そしてピットの故郷エンジェランドを救うために、大工場(第一工場)に潜入する。
陽動作戦によってリンク達は無事アンテナのある工場内敷地に辿り着くことができたが、
破壊工作が終わらないうちに、第一工場を警備するエインシャントの腹心デュオンに手の内を読まれてしまうのだった。


  Open Door! Track 15  『Reverse』


Tuning

逆転

監視塔を下降していく、正方形の密室。
貨物用エレベータの中央に立ち、デュオンはその鋭い眼差しを閉ざされた扉に向けていた。

足元には、ずらりと揃えられた兵士達。
プリム達がそれぞれの武器を構えて整然と並び、部隊を指揮する上級兵と共に微動だにせず立っている。
皆、最上階からデュオンが撤収させた生き残りだ。

およそ100体にものぼる人形兵と、それらのどれよりも巨大なデュオン。
最大積載量の限界まで詰め込まれた室内には、異様な静けさが満ちていた。
その空気を張り詰めさせているのは、ひとえにデュオンの双眸が放つ強靱な光に寄るところが大きいだろう。

戦いを前にして、閉ざされた扉を前にして。
彼らは何故、と自問する。

――流れが変わりはじめている。

――主の立てた筋書が、狂い始めている。

――何故。一体どこで、過ちが起こったのだ。

駒に対する支配が解けてしまったことは、言うまでもなく計算外。絶対に、あり得るはずのないことだった。
しかし、その衝撃をいつまでも引きずるようなデュオンではない。
彼らは遡って、それ以前の出来事を精査し始めていた。物事には必ず、始まりというものがある。

――我々も、そして我らが主も、決して油断していたわけではない。

――ファイターがこの世界に落ちてくる地点には、あらかじめ彼らの戦闘力を大幅に上回るほどの兵を配置していた。

チャリオットのように雄々しさと優美さを兼ね備えたフォルムの中に暗い思考をたぎらせ、
デュオンは主の立てた計画と、今までの自分の行動を思い返していた。

やがて行き着いたのは、最初に現れたシナリオの狂い。わずかなほころび。

――ただ、プロロ島の勇者と、ノーウェア島の少年……この2人には十分な戦力をさけなかった。

――作戦終盤に現れたために、手が回らなかった……。
想像以上にファイターが強く、兵の充填が追いつかなかったのだ。

――それだけではない。近辺の草原に出現したキノコ王国の3人に、人員を取られていた。

――かたや幾度となく魔王を退けた勇士、かたや青二才の子供。

――かたや3人のベテラン、かたや2人のひよっこ。
総合的に見て、戦力を重点的に投入すべきなのはどちらか。それは自ずと明らかだった。

――二兎を追う者は一兎をも得ず。
そう思っていた……そう判断したのだ。その時は。

――しかし、その判断が間違っていたのか……?

こちらの目をすり抜け、あざ笑うかのように次々と工場が破壊され、出会うはずのないファイターが合流し、
解けるはずのない"駒"の洗脳が解け、そしてなにより……。

――ガレオム……。

今も主の住まう城にて補修を受けているであろう、同胞。
ファイターに機能不全にまで追い込まれた彼の名を思い浮かべる。

――彼はきっとやつらに倒されたのだ。

――やつらは移動手段を持っている。

彼らの脳裏に、あの日の大雨がよみがえる。
主が支配を成し遂げてからこのかた、およそ天候というものの無かった大地にもたらされた、不穏。
やつらの存在が風を呼び、嵐を巻き起こし、全てを台無しにしようとしている。

――これまで各地の工場を破壊してきたのも、ガレオムを倒したのも……やつらに違いない。

まもなくエレベータは1階に着く。
ガラス張りになった壁の一面からは、工場内に広がる敷地の様子が見えていた。
事象粒子集積装置の傍らにある小さな影も、双頭戦車の目にははっきりと見えている。

デュオンは、次第に近づいてくるその影を睨みつけた。
怒りと決意。燃えるような、それでいてどこまでも冷徹な感情が、その鋼の瞳に宿っていた。

――貴様らが出会ったのが破綻の根源……。

――しかし、偶然とは長続きしないものだ。

――ここで終わらせてくれる!

――リンク、リュカ……!

ガラスの割れる音に振り返ると、濃灰色の夜空に小さな影が2つ。
監視塔の天辺から2人の一頭身が飛び出してきたところだった。

急いで、リュカが2人の心を捉える。

「……うん、大丈夫だ。いつもの2人だよ」

その言葉に、リンクはほっとため息をつきタクトをしまった。

もし、2人がすでに捕まってエインシャントの手駒にされていたら、すぐに風のタクトで脱出する。
そういうように決めてはいたが、寝食を共にした仲間を置いていくなどそうそうできることではない。

やがて紫紺の翼をはためかせ降り立ったメタナイトは、リンク達に相変わらずの調子で言った。

「……状況は?」

横でピットやリュカと再会を喜んでいる無邪気なカービィとは正反対である。

「それがさ……見てくれよ、これ」

リンクはそう言って、アンテナの基部、3人がかりでむき出しにした配線をばさりと叩き切った。
だが瞬く間に損傷は修復され、弱まりかけた粒子の流れも回復してしまう。

ふてぶてしく蛇のようにのたくる配線。漏れ出ていたスパークもやがて消えていき、機械は完全に直ってしまった。
それを目の当たりにし、それでも信じられずメタナイトはしばし絶句する。
やがてこう呟いた。

「自己修復、だと? そんなものが……」

彼の世界においても、そこまで進んだ技術を見たことは無かった。
リンクにとってはなおさらなのだが、彼はため息混じりにこう言った。

「街がまるまる1個溶けてっちゃうような世界だ。
何があったってもう驚かないよ……。
……でも、なぁ!」

リンクはアンテナを見上げる。

手詰まりだ。
5人の力を合わせたとしても、このアンテナを一瞬で全壊させられる見込みはない。
分かってはいるのだが、リンクは未練がましい視線をアンテナに向けていた。

その隣から、メタナイトはきっぱりと告げた。

「……一度、撤退するしかない。
すでにここへ向けて人形兵が迫っている」

「えっ?!
もうバレたのかよ……?」

リンクは目を丸くし、慌てて、初めて辺りの建物に目をやる。

非常灯に照らされ、赤く不気味に浮かび上がる廊下。
その壁に奇妙な影を作り、異様な姿の人形達がこちらへ黙々と近づきつつあった。
百、二百……見る間にどんどん増えていく。

右も、左も。
やがて、ここから見える全ての階層の廊下は、黒くうごめくシルエットで埋め尽くされてしまった。

地下工場で作られたばかりのものも動員されたのだろう。
そうでもなければ、この膨大な人形の数に納得がいかない。

リンクは次いで、手元のタクトに目をやった。

侵入前の段取りならば、ここは脱出しかない。
今のリンク達には、アンテナを壊す手段どころか、時間さえも残されていない。
一度出直して、仕切り直した方が良い。

でも、そもそも仕切り直しは可能なのだろうか。
"疾風の歌"で脱出した場合、風に乗ってどこに飛ばされるかは分からない。
運良く工場の近くに出たとしても、警備はより厳重になり、再度の侵入はかなり難しくなるだろう。

脱出した後、この工場と人形の軍隊を統べるであろう総大将エインシャントに直談判しに行く、という手も頭をよぎった。
しかし、エインシャントの居場所の見当すらつかない今、それはひどく現実味のない手段だった。

問題はそれだけではない。
ピットの住むエンジェランド――今こうしている間にも着実に滅びつつある世界――は、
リンク達が悠長に構えていられるほど猶予のある状況なのだろうか。
侵入前に見せていたピットのあの真剣な表情からすれば、とても余裕があるとは思えない。

そして、もっと根本的な迷いもあった。
5人で力を合わせ、知恵を振り絞ったのに。ここまで来たのに、何も成し遂げられずに戻るのか……?

「かえっちゃうの?」

「リンク……」

カービィとリュカが、心配そうにリンクを見つめる。
2人の顔には、やはりリンクと同じ迷いがあった。

ピットの視線も、横顔に感じた。
彼は何も言わず、真剣な表情でリンクをじっと見ている。

リュカでなくとも、彼の心は痛いほど伝わってきた。
彼自身は諦めきれていない。諦めることなど考えていない。
しかし、それほどまでに故郷のことを想いながら、彼の顔はこう言っていた。
君の判断に任せる、と。

リンクがなおも判断に迷っていると、

「……退くことは、必ずしも敗北を意味しない」

背後で、メタナイトが静かに言った。

リンクは、ぎゅっと目をつぶった。

「わかってる。
わかってるさ……!」

彼の肩は、わずかに震えていた。
タクトを持つ彼の背に、自分だけではない、4人の仲間全員の重みが掛かっていた。

それだけではない。
まだ見ぬスマッシュブラザーズや、ピットの住むエンジェランドの人々の、
何十、何百、いや、何万と知れない存在の重みが。

彼は細く息をつき、タクトを振り上げかけた。

その時。

「「そこまでだ」」

敷地に、重音が冷たく響き渡った。
それと同時に、四方の塔に備え付けられた警備灯がまばゆい光を放つ。
辺りは一気に昼のような明るさとなり、5人の影が四方八方に細く伸びていった。

眩しさに目を細めつつ見ると、流麗な曲線で形取られた巨大な兵器が、しずしずと東の監視塔から出てくるところだった。
前に剣を構えた青色の半身、後ろに銃を構えた赤色の半身。
その双頭が、大きな二輪だけで支えられている。

「デュオン……!」

それをピットは強い眼差しで見つめ、ささやきに近い声で言った。
その声に、リンクとリュカは改めて目を丸くする。
あの異形の戦車、双頭の機械こそが、この大工場を護る"デュオン"だったのだ。

大きさは、以前山頂で退治したガレオムとそう変わらないはずだ。
しかし、四方から浴びせられる眩しい照明と、そして何より彼らが放つ凄まじい威圧感によって、
遠く離れているにも関わらず、2人の目にはデュオンがはるかな高みから自分たちを睥睨しているように感じられるのだった。

その高みから、デュオンは言う。

「ここまで来られたこと、それは褒めてやろう」「だがお前達の悪あがきも、ここまでだ」

彼らの背後からは、続々と人形達が出てきて整然と列を作っていく。
歩兵は前に、指揮官は中ほどに置き、列が整ったところでぴたりと静止する。
敷地の横幅をほとんど埋めるような大兵団。

「……んだとっ?!」

ただでさえ張り詰めている神経を逆なでされ、逆上するリンク。
剣を抜きかける彼を、メタナイトがとどめた。

「落ち着け。挑発に乗るな」

「ふむ……そこにいるのは"駒"か」「なぜお前が自我を取り戻したのか、大変興味深いものだな」

なおも皮肉な調子で、デュオンは言った。

「…………」

メタナイトは答えない。
ただ、仮面の下の瞳は強い光を放ち、デュオンの双眸をひたと見据えていた。

2人の後ろで、リュカは必死に手の震えを止めようとしていた。
恐ろしかったのだ。

この場にいる誰もが気づいていないことを、彼だけが感じ取っていた。
あの双頭の戦車は、余裕を感じさせる態度とは裏腹に、心の深奥ではどろどろとした怒りを煮えたぎらせている。
いつ飛びかかってくるかも分からない大蛇に睨みつけられているようなイメージが頭の中を占めて、離れようとしなかった。

彼らをそこまで怒らせているものは何なのか。
リュカはこみ上げてくる恐ろしさを必死にこらえようとしつつ、頭の片隅でそう考えていた。
ただ工場に侵入されただけにしては、この怒りは不釣り合いだ。まるで度を超してしまっている。

5対……無数。
チェックメイトを掛けたデュオンは、最後まで手を抜かなかった。

「武器を捨て」「大人しく降伏しろ」

言葉からすっと感情を消し、彼らは冷酷に言った。

一斉に、工場の窓からも無数の視線が向けられる。
圧倒的なプレッシャー。

そんな中、リンクの前に2人の影が差した。
翼を持った白衣の背と、赤と黄色の縞シャツ。
ピットとリュカが、彼の盾になるように前に出たのだ。

「今のうちに、気づかれないうちに逃げよう……!」

リュカが振り返らず、小声で言う。
彼らの意図に気がつき、リンクは目を丸くした。
2人を陰にして、風のタクトを振れ、というのだ。

「リュカ……ピット……」

リンクは、2人の背中に呟くように声を掛ける。
その顔からやがて、緊張が消えた。
重荷を背負っているのは自分だけではないと、知ったのだ。

自分たちの代わりはいない。それは、何よりも大事なことだった。
生きてさえいれば、また何度でもやり直せる。

意を決し、リンクは"疾風の歌"を奏で始めた。

タクトに応じ、小さなつむじ風が砂塵を巻き上げて5人の周りに集まり始める。
それは、初見で見破られるはずのない技――だった。

しかし。

「無駄だ」

デュオンの腕の一振りで、強風が巻き起こった。
風は四方から吹き付け、集まりかけた旋風を散り散りにしてしまった。

デュオンの起こした風ではない。

砂埃の中見上げると、いつの間にか四方の建物からラッパのようなものがずらりと顔を出しており、
それらが絶え間なく風を送り出している様子が見えてきた。
よく見るとそれらは細くひ弱な体を持っており、人形の一種であることが分かる。

読まれていた。5人の顔に、緊張が走る。
いつ、どこで? 一体どうして、分かったのだろう。
だがデュオンは、知っていたのだ。

吹きすさぶ嵐の中、異形の指揮官の声が冷たく響きわたる。

「お前達はここから出ることはできない」
「降伏か……それとも」「我々と戦うか?」

答えが1つしか無いことは、向こうもこちらも分かっていた。

指示を下す用意のため、ゆっくりと巨大な剣を掲げ始めたデュオン。
彼らに向かって、リンクは拳を固め、大声でこう答えた。

「戦う!
……誰がお前らなんかに頭下げるかよ!」

「ふむ、ならばやむを得まい」

そう言うデュオンの声は、毛ほども後悔の念を抱いていない。

「我らが主の命の元」「お前達を討伐する」

荒れ狂う砂塵を斬り払うようにして、デュオンは次の指示を出した。

直後、今まで微動だにしなかった配下の人形に命が吹き込まれる。

向かってくる。
圧倒的な数を持って、一斉に。

パラボラアンテナを背に、5人は臨戦態勢をとる。

退路を断たれたが、5人の顔に絶望の色はない。
いや、絶望している暇さえない、というべきか。

ここまで来れば、もはや全力で闘い、生き延びることしか道は残されていなかった。

真っ先に向かってきたのは、見飽きた緑帽の下っ端に、群れなし攻めてくる薄っぺらくて小さな人形。
しかし、数が集まったところで彼らの戦闘能力はたかが知れている。
5人は円陣を組み、それぞれの得意とする武器と共に彼らを退けていく。

次々と倒れ、もんどり打って塵へと還っていく人形兵。
だがその一方で、相手が全力を出していないことも分かった。
工場内にいる人形は、一向に攻めてくる気配がないのだ。

廊下を埋め尽くし、指揮官が命じたままに整然と並び、ただ立ち尽くす。
おそらく、あくまで5人を心理的に威圧し、かつその退路を徹底的に塞ぐために待機しているのだろう。
仲間の人形が次々倒されても、彼らは腕ひとつ動かさず、5人が戦う様子を虚ろな目で見下ろしていた。

四方を隙間無く囲む壁。四隅にそびえる塔。
敷地に広がるのは、あまりにも一方的な暴力。
ガラスの向こうの"観客"も相まって、それはまるで古代のコロッセオを思わせるのだった。

戦闘自体は、今のところ5人に有利な流れ。
しかし、後続は尽きない。
1体倒せば5体が、5体倒せば10体が。堰を切ったように飛び掛かってくるのだ。

倒しても倒しても、無限にわき出てくる。
そんな比喩が、緊迫したこの状況ではもはや現実以上の意味を持っていた。
目に見えない敵、"恐怖"が彼らの心に忍び寄り、その思考に影を落とし始めていた。

気がき、リンクの足が前に出る。

「離れるな!」

メタナイトの言葉も空しく、
気づけば5人は広大な敷地の中、まるでばらばらになって戦っていた。

これこそが、デュオンの作戦だったのだ。

ファイターは人数が増えるほど、互いの弱点をカバーしあい、単なる和では計算しきれないほどの総力を発揮する。
それが分かってからデュオンは、ファイターを捕らえるときはこうして1人ずつばらばらにし、
その上で、最も適した兵で構成された部隊を差し向けるようにしていた。

そしてその作戦は、ただ2つの例外、それも準備不足によるものを除いて未だ破られたことはない。

いくら歴戦の勇者といえども、弱点は必ずあるもの。
集団なら隙を与えない彼らも、たった1人になってしまえばこちらの勝算は跳ね上がる。
何しろ、こちらの方が数も種類も上なのだ。

飛び道具を持つリンクとピットには、守りの堅い中型戦車のアーマンに、遠距離攻撃をはね返すサイマルを十分に護衛につける。
そして、アーマンの柔らかな本体に近づけさせないよう、大勢のプリムを二段構えに配置させた。

逆に、遠距離攻撃を持たないメタナイトは、重火器を持つプリムの大軍と稲妻を放つスパーとで遠巻きに囲む。
体重の軽いカービィには、攻撃力が高く図体もでかいギラーンを2体。
臆病な少年であるリュカには、禍々しい姿のフロウスやジェイダスを差し向けた。

デュオンは監視塔の根元に陣取り、その高みから戦況を操っていた。
彼らの腕の一振り、わずかな言葉。それだけで何百という兵士が流れるように持ち場を変える。
まるで魚群の一糸乱れぬ動き、あるいはよく統率された昆虫の集団行動。

5人それぞれに特化した部隊を別々に、そして同時進行で指揮しつつも、彼らは思考の片隅で相方と言葉を交わす。

――あの時、これだけの兵が揃っていれば。
さすれば、あの少年2人など簡単に……。

――しかし、今更それを言っても仕方がないだろう。

――……そうだな。
彼らがわざわざ我々の待つ第1工場に飛び込んできたこと。それに感謝しよう。

――今度こそは、間違いなく捕まえる。
そして、我らが主に捧げるのだ。

互いに引き離されたことに気がつき、リンク達は人形の波の向こうに仲間を捜し、再び集まろうとした。
だが、狙いすましたように巧妙に、人形が彼らの前に現れて5人が集まるのをことごとく阻む。
今までにない、人形達の知的で緻密な動き。
5人はそれぞれに、兵士の背後から向けられるデュオンの冷酷な眼差しを感じ取っていた。

剣で振り払い、炎を穿ち。砂嵐の中目を凝らして。
人形達が散らばるほんの少しの空隙に、5人は仲間の姿を探し、そして監視塔の外に陣取る"強敵"を見やった。
デュオン。双頭の戦車は、今まで会った中で一番手強い指揮官であった。

しかし、彼らは挫けなかった。

放たれる思念波。
茨のようにねじくれて、心に突き刺さる叫び。
怨念、悔恨、狂気。思いつく限りの、じめついた負の感情。

リュカの周囲から離れず、亡霊はどす黒い感情を吐きだし続ける。
漠とした闇の中、宙をさまよう人型の影。血のように赤く、らんらんと光る瞳。
人形にしては珍しく、そいつは生々しいまでの感情を放っていた。

" ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ! "

身の毛もよだつ叫び声は、耳よりも精神にこたえる。

勝手にあふれそうになる涙をこらえ、心に蓋をして無理矢理にでも敵に向き合う。
隙は、そいつが実体化する瞬間。
その一瞬を狙い、リュカは亡霊にPSIを当てていった。

狂気の叫びに何度となく狙いを狂わされ、虚空に光をはじけさせて。
それでも、彼は目の前の状況に集中し、少しずつではあるが敵を倒していく。

倒される寸前に、亡霊が爆発させる盲目的な怒りの感情。
その焼け付くような光が、ただでさえ今まで緊張し続け、疲労しきったリュカの心を容赦なくさいなむ。

堪えていた息をつき顔を上げれば、そこに佇むのはただ敵の姿ばかり。

辺りは信じられない数の亡霊と影に埋め尽くされていた。
10、20。あとは砂煙にぼうと霞んで見通すことができない。

以前のリュカならば恐ろしさに足がすくんでいたかもしれない。
だが今までの旅が、彼に耐える力を与えていた。

「リンク……!」

すがるように友の名を呼び、辺りに気を張り巡らせる。

しかし今度は、背の高い人形が行く手を阻んだ。
黒い人影がそのまま立体化したようなつかみどころのないそれは、
中心に赤いコアを持ち、2つの頭と刃になった両腕を持つ異形だった。

腕の剣を打ち鳴らし、影がリュカに向けて構えを取る。

はっと勘づいたリュカがとっさにシールドを張っていなければ、次の瞬間彼は影の刃に斬り飛ばされていただろう。

攻撃をしのいだときの硬い音がし、目の前で反動を受けた影がたたらを踏む。

すかさず、リュカはPKファイアーを放った。影が怯む。
彼はそのままさらに踏み込み、両手を突き出す。
弱点であろうコア。そこに目がけて強力なPSIを当てた。

弾かれたように、影はくるくると吹き飛ばされ、人形の波の向こうに消え去る。

全神経を戦いに集中している今のリュカには気づかないことだったが、
初めの頃から比べ、リュカは格段に戦いに慣れてきていた。

そしてようやく、包囲網にわずかな切れ目が生じた。
新たな亡霊と影達の執拗な追跡を逃れ、リュカはその隙間を抜け、戦場をひた走る。
実際は人形達が敷地を埋め尽くしていたから、かき分ける、と言った方が正しいかもしれない。

荒削りの木の棒で人形達を押しのけ、PSIで弾き飛ばし、ようやくリュカはリンクの後ろ姿を見つけた。

「リンクーっ!」

その声に、リンクははっとして振り返り、にっと笑みを浮かべてリュカを迎える。

「リュカ、無事だったか!」

いつもの調子で明るく言うが、その声には隠しようのない疲れがあった。

「早いとこカービィや他のやつも見つけないとな……」

そう言いつつ、弓矢を封じてくる銀色の球体をまた1体倒す。
剣で地面に叩きつけられたそれは、ぐにゃりと形を失って光の粒に戻っていった。

「――5人揃ったら、リュカ達に守りを頼んで、おれとピットとであのラッパ頭を倒そうと思う。
数は多いけど、おれの弓とピットの曲がる弓矢があればそう時間はかかんないはずだ」

リュカと背中合わせになって人形達と斬り結びながら、リンクは新たな作戦を語った。

「全部倒せなくても良い。
"疾風の歌"を消されないくらいになれば良いんだ。
そしたら、おれ達はここを脱出できる」

「ここを、出る……」

半ば反射的に、リュカは繰り返した。

「そうだ! 5人全員で……」

リンクの言葉が途切れる。

「ちぇっ……追いかけてきやがったか」

振り返ると、銀色の球体を引き連れた戦車がこちらにやってくるところだった。

分厚い装甲に挟み込まれるようにして、ゼリーのような緑色の本体がぷるぷると揺れている。
2人が見ている間に、戦車は本体を装甲で覆い隠すと、何の前触れもなく天辺から巨大なアームを勢いよく突き出した。
戦闘準備完了、とばかりに怪物じみたアームがガチガチと打ち鳴らされる。

目を丸くするリュカに、リンクは短く言った。

「あいつ、たぶん中身が弱点だ!
でも銀ピカがいる限り矢は使えない……!」

説明を聞いたリュカは、こくんと頷く。

「……僕に任せて!」

目を閉じ、意識を集中させる。
その体が電光を纏い、浮き上がったかと思うと、額の前から青白い稲妻が放たれた。

稲妻は丸くまとまり、銀色の球体や緑帽の人形の防衛網を鋭くすり抜けていく。
スピードこそ遅いものの、ここまで精密な動きをすることはピットの弓矢でも難しいだろう。
PKサンダーを操ることに集中し、その間動けないリュカに人形達が迫るが、リンクがその盾をもって彼を守っていた。

稲妻はやがて、アーム戦車の覗き窓から内部に侵入する。
遠距離攻撃が来るとは思っていなかったのか、アーム戦車はそこで初めて慌てたようにアームを振り回し始めた。
しかし当然ながら、ぶ厚い装甲に護られた内部には手が届かない。

そのまま集中の続く限り、リュカはアーム戦車の本体にPKサンダーを纏い付かせた。

巨大なアームが、虚空を向いたままびくりと動きを止める。ガクッと、その顎が開いた。
間もなく、その車体が小刻みに振るえ始めた。
まさに雷に打たれたかのように、戦車は車体をがくがくと痙攣させ……やがて力尽き、光の粒となって溶けていった。

デュオン・ソードサイドの鋼の腕が、ぴくっと動いた。

「こしゃくな……」

ソードサイドの視線は、再び集まった少年2人に向けられている。

「どこまで我々に楯突くつもりなのだ」

ガンサイドも、苛立った声を上げた。
無言で同意したソードサイドは、ふと視線をわずかに動かす。

金髪の少年2人が戦っている横で、プリム達の壁を挟み、エンジェランドの天使が戦っていた。
リンク達が彼に気づいた様子はない。

「……」

デュオンは冷酷に笑い、新たな指示を部下達に下した。

人形の波が、動いた。
わずかに現れた切れ目に、2人は白い衣を見る。

「……ピットさんだ!」

「ピット!」

リュカとリンクの言葉が聞こえたのか、天使はわずかにこちらを向いた。
だが、その視線は再び前を向く。その目は驚愕に大きく見開かれていた。

見れば、彼の目の前には浮遊兜。
倒された人形兵の光を隠れ蓑に、音もなく宙を飛んで。

敵は細身の剣槍を振りかぶり、不意を突かれ立ちすくむピットに向けて、今にもそれを投げ打とうとしていた。

考える間もなかった。

気がつけば、リンクは駆けだしていた。

言いようのない切迫した不安を感じ、リュカは彼を止めようとする。

「待っ……」

次の瞬間、リュカは何が起きたのか分からなかった。

リンクの身体が、強風に煽られたかのように突き飛ばされた。

それだけではない。
麻痺したかのように動きを止め、見る見るうちに銅色に変じていくのだ。

風になびく金髪も、鮮やかな緑の服も。あっというまに硬質な金属になっていく。

物言わぬ銅像となった彼は、地面にドサリと転がった。

彼を仕留めた人形達がリンクに群がり、彼を連れて行こうとする。
まるでアリのように。初めから決められていたかのように、統率の取れた事務的な動きで。

駆け寄れば届く位置にいながら、リュカは一歩たりとも動けなかった。
息をするのも忘れ、さしのべた手をそのままに、彼はただ呆然と見つめていた。

目を疑っていた彼に、やがて、ゆっくりと現実が追いつく。

動かない。
動かなくなった。

……動か、ない。

リュカの中で、不意に、何かが弾けた。

「―――――――!」

自分が叫んだのかさえ分からない。

感情。
心の深いところから溢れ出た、自分も経験したことのない強い感情が全身に満ちる。

怒り? 悲しみ? いや、それはもっと根本的な心の力だった。

胸を、心の中を駆けめぐり、四肢を、全身を焼き尽くし、
やがてそれは眩いフレアとなって、天へと突き抜けていった。

一瞬の静寂。

間もなく、空が揺れ始めた。
響き渡る甲高い轟音に、やがて大地までもが揺れ始める。

訝しむように人形達は動きを止め、空を見上げた。
間もなく彼らの目の前に、それは現れた。

落ちてくる。
夜の闇を切り裂く、いくつもの眩い光。

星の嵐。
それは、あっという間に全天を埋め尽くし、大地に襲いかかった。

本能的に危険を察したのか、人形兵はそれまでの統率の取れた動きを放棄し、てんでばらばらに逃げはじめる。
しかし、数の多さが災いし1体たりとも敷地内から出ることは叶わないのだった。

まばゆい光の雨は、逃げまどう人形達に有無を言わさず降り注ぎ、
どんな大きさの兵士であっても瞬く間に光の粒へと瓦解させていった。

触れるそばから全てのものを砕き、壊し、無に帰す。

敷地を埋めていた人形達は、あっという間に星の狂濤の中に消えていった。

流星は、倒すべき人形を失ってもなおも降り続けた。
分厚いコンクリートをやすやすと砕き、地面に深いクレーターを穿っていく。
いとも簡単に、四方を囲っていた城塞のような施設群が壊されていく。

数分のうちに、大工場は見る影もない廃墟へと姿を変えていた。
やはり依然として星の雨は止む気配を見せず、無数の叫び声を上げて全てを壊し続けていた。

闇の中。広大な廃墟に降り注ぐ、光の雨。
それは戦慄すべき光景でありながら、どこかに美しさをもっていた。

"PKスターストーム"。
それは数あるPSIの中でも最高の威力を持つ攻撃系PSIであり、
また、リュカが覚えていないはずの技であった。

だが、それを自分が放ったことすら知らず、
轟音と共に降り注ぐ星の雨の中、リュカは覚束ない足どりで歩いていた。

彼の向かう先には、担ぐものがいなくなり、地面に転がったままにされた銅像があった。

リンク。彼の、友達だ。

彼の側に崩れるように膝をつき、リュカは呆然としてリンクを眺めた。

凍り付いたように動きを止めた髪の毛。金属の色に染められた彼の瞳は、明後日の方向を向いたまま動かない。

「……止めてれば…………あの時……止めて……いれば……」

やがて、かすれた声でリュカは呟く。
それは確かに、現状に対する後悔の念だった。
だがそれと同時に、彼の絞り出すような呟きには、どこか彼方の過去に向けられた強い気持ちが込められているようにも聞こえるのだった。

やがて星の雨が止み、辺りがすっかり静かになっても、リュカは立ち上がることができなかった。

「リュカ、無事か?――」

駆け寄ったメタナイトはリュカの様子に気がつき、はたと立ち止まる。

クレーターの点在する跡地に佇み、リュカが前にしていたのは、変わり果てたリンク。
人形の特殊な攻撃を受けたのか?
魂が抜けてしまったかのように地面に座り込み、沈黙しているリュカからは詳しいことは分からなかった。

「……」

胸騒ぎがして、メタナイトは瓦礫の山を見回す。

騒乱の後、人形達のいなくなった天地。
そこはもはや工場があったことすら信じがたいほどに荒れ果てていた。
今ここには、塵と埃とコンクリートの山、そして静けさだけが茫漠と広がっている。

デュオンはすでに撤退したのか、姿は見えない。
威容を誇った大工場はすっかり破壊し尽くされ、点在するクレーターの底からは機能を停止した地下施設が顔を覗かせている。

あのアンテナさえも、力無く配線をうごめかす金属塊と化していた。
空に掛かっていたエンジェランドへの窓も、どこかへ消えてしまったようだ。

そんな中、薄明に照らされ、天使の姿が目に入ってくる。
白かったはずの衣は砂塵にまみれ、人形達の攻撃を受けて所々裂け、焼けこげていた。

走り寄った剣士を見て、ピットは安堵と、申し訳なさの入り交じったぎこちない笑みを浮かべる。
膝をついた彼の足元には、リンクのように銅色を帯びて動かなくなったカービィの姿があった。

先ほどの流星群のせいではない。メタナイトはそう直観した。
なぜなら、降り注ぐ星は自分たちには何ら害を及ぼさなかったからだ。
カービィは、おそらく人形の何らかの攻撃によってこの姿になってしまったのだろう。

「…………」

その沈黙に複雑な感情を込め、彼は動かぬライバルを見つめた。

夜が明け、空に懸かる天球が息を吹き返した。
空を白く染め、闇の中から大地を浮かび上がらせていく。

光は、工場のなれの果てである瓦礫の跡地にも無情に降り注ぐ。
乱雑に転がる白と灰色の塊が寒々しくたたずみ、ガラスの破片が冷たい光をまき散らしていた。

リュカは相変わらず、放心したまま座り込んでいた。

その隣には、ピットが横たえられていた。あのあと、じきに彼は力尽きてしまい、メタナイトが一人でここまで連れてきたのだ。
リュックには、リンクの持ってきた体力回復用のチュチュゼリーが入っていたが、意識のないピットにそれを使うことはできない。
メタナイトができるせめてもの事は、彼らを守ること、それしか無かった。彼自身もまた、ひどく消耗していた。

この後どこへ行くべきなのか。
そもそも、どこへ向かえば良いのか。
答えの出ない問いばかりが、頭の中を駆けめぐっていた。

虚ろな音を立てて、風が3人の服やマントを騒がせる。

時が止まったような静寂。

ふと、メタナイトが顔を上げ、振り向く。
かすかな駆動音。

気のせいではなかった。地平の向こうから、何かがやってくる。

「……」

リュカも振り向いた。
しかしその目が本当に物を見ているのかは、はなはだ怪しい。

妙に甲高い駆動音を立てながら、それはだんだんと近づいてきた。
宙に浮き、滑るように走る円盤状のもの。
小型の宇宙船か、異世界の車両か。

メタナイトは剣を手に、立ち上がった。

動かない2人と、動けない2人を背にし、
黙って黄金の剣を青眼に構える。

だが、その奇妙な乗り物は5人から距離をおいて止まった。

間をおいて、その乗り物から男が顔を出す。

Lと書かれた緑の帽子、紺のオーバーオールに白い手袋。

男はこちらに大きく手を振り、

「おーい!」

と、呼びかけた。

Next Track ... #16『Get up, Stand up』

最終更新:2014-07-26

目次に戻る

気まぐれ流れ星

Template by nikumaru| Icons by FOOL LOVERS| Favicon by midi♪MIDI♪coffee| HTML created by ez-HTML

TOP inserted by FC2 system