気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track17『Time Out』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。
自分たちが数少ない生き残りであることも知らぬまま、彼らは少しずつ仲間を見つけ、この事件の真相を突き止めようとしていた。

大工場の破壊に成功したものの、それ以上の前進も後退も出来ずに立ち往生していた彼らの前に、
橙色の小型宇宙船に乗ったルイージピーチが現れた。
彼らはフィギュア化したリンクとカービィを復活させ、重傷を負ったピットを含む5人を、拠点であるマザーシップへと連れて行く。

その船内にて、リンク達はピーチから、彼らのこれまでの経緯を聞く。
すでに"駒"にされてしまっていたマリオとの別れ、たった1人でエインシャントへの抵抗を続けていたサムスとの合流。
ルイージ達は彼女に協力し、小型船を借りて生き残りのファイターを探していたのだ。


  Open Door! Track 17  『Time Out』


Tuning

苦渋の決断

目の前がちらつく。
膨大な数のエラー表示が、バイザーの全面で赤く明滅を繰り返していた。
読まなくとも、その意味するところは分かっている。

スーツの耐久が、間もなく限界を迎えようとしているのだ。
パワードスーツの解除が先か、気を失いフィギュアになるのが先か。
いずれにせよ状況はこれ以上好転しそうになかった。

これ以上はスーツの知らせてくる情報を見ていても仕方がない。
彼女はそう判断し、目をつぶる。

全身にかかる、絶えることのない圧迫。絞り上げられるような痛み。
しかし、彼女はそこから逃れることはおろか指一本動かすことさえできない。

彼女は、サムスは閉じこめられていた。
大蛇は獲物を食べる前に締め付けて骨を折っておくというが、彼女はまさにそのような状況に置かれている。
ただ、今彼女を締め付けているのは生き物ではない。

床であり、壁であり、それが一緒くたになった無機物であった。

それはトラップというにはあまりにも奇抜すぎた。

ダクトを進んでいた彼女の周囲で、突然世界がうねった。
対処する間もなく天井が落ち、壁が歪み、彼女をあっという間に閉じこめてしまったのだ。

変化はスピードを落としたものの、なおも続いていた。
四方八方で金属がのろのろと流れ、たわみ、バイオ金属製のスーツとこすれて金切り声を立てる。
それはまるで、鉄でできた怪物が夾雑物を飲み込み、不服と苦痛で悲鳴を上げているようでもあった。

今も周囲の建材が外殻を圧迫し、関節をあらぬ方向に曲げようとしている。
しかし、フィギュアの身である以上骨折することはない。
ファイターは雷撃に打たれても、長剣で斬りつけられても、身体には傷ひとつ付かないのだ。

だが、それが分かっていてもサムスの顔は晴れなかった。
ダメージそのものは目に見えない数値として、蓄えられていく。
いずれは限界が来て、彼女はここに閉じこめられたままフィギュアになってしまうだろう。

すでに、四肢の末端からは少しずつ感覚が無くなっていた。
部分的なフィギュア化。『スマブラ』の乱闘では普通起こりえない現象である。

常識を越えた"フィギュア"である身体と、生来のままである精神。
仮想と現実の境界にまたがって存在するファイターの身体と精神は、実は不安定で乖離しやすい状況にある。
フィギュア化は、その性質が引き起こす現象だ。

普段の乱闘でも瞬間的に大きなダメージを受けると、ファイターは一瞬、動けなくなる。
ルールが体力制ならば、蓄積ダメージがある限界を超えるとすみやかに全身がフィギュア化する。
いずれも身体と精神の繋がりが途切れてしまったために起こる現象だ。

それが部分的に起こっているということは、その局所が"繋がりを断たれた"ということ。つまり……

――本来ならば骨折するようなダメージを受けた……ということか。

こんな状況にあっても、サムスは冷静な思考力を保っていた。
それは彼女自身の精神力もあったが、疲労しても昏迷などせず限界まで闘えるようにファイターに備えられた特性でもあった。

しかし、フィギュア化するその瞬間まで意識が鮮明に続いてしまうのは、この状況ではひどく残酷なことだった。

スーツの金属とダクトの金属がこすれ合って、神経に障る音を立てる。
まだ感覚の残っている部位にも、じわじわと外力がかかっていく。

アームキャノンの反応はすでになく、ボムを放つことも叶わない。
空間が狭く、モーフボールになることもできない。

痛みはどこか意識の遠くにあったが、彼女はそれよりも、身動きのできないこの状況にやり場のない憤りを感じていた。

脱出する方法はない。
何度も考え直したが、わずかな打開策さえ見つからない。

まさに、八方塞がりだった。

「AI! サムスは、サムスの状況は分かるか?!」

小型船から真っ先に降り、ルイージはマザーシップの操縦室に駆け込みながら尋ねた。

"北西の建造物、黒色の塔へ向かいました。
現在、応答なし。シグナル消滅。現在地、不明"

人工の音声――マザーシップに備え付けられた人工知能の声――が、天井から事務的に答える。

「もしかして……もうフィギュアになってしまったのか?」

AIからの返答はない。質問を理解できなかったのだろう。
ルイージは頭をかき、言葉を探す。
船に来てからある程度の日にちが経ったものの、彼にとってオーバーテクノロジーであるAIとの問答はいまだに苦労を伴っていた。

「……そうだ。AI、最後にサムスの信号が確認されたのは?」

今度はすぐに反応があった。
AIは返事として、ルイージの目の前に立体映像を提示する。

巨木か奇岩を思わせる、いびつで細長い黒色の塔。
その3次元モデルは、回転しながら最上階にズームインしていく。
次第に塔が透けていき、サムスが探査し埋めていった部屋やダクトの配置が、網目状に浮かび上がる。

最上階に向かうダクト。
そこにぽつんと黄色い光点があった。

眠ることなしに目を覚ます。

変な言い方だが、他に例えようがないので仕方がない。
とにかく、"チャージルーム"を使わせてもらったリュカの第一印象はそうだった。

元々はサムスの世界で作られた回復装置だが、リュカ達も使うことができる。
使い方は簡単。丸い台座に立てば、後は機械が自動的にやってくれる。

包み込む円筒形の光の中、リュカは足元や頭上をきょろきょろと見回していた。
辺りをのたくる配線や無骨な金属など、エインシャントの工場を思い出させるものが多くあり、
正直、この機械は好きになれそうにない。

機械は機械で、そんなリュカの感想も知らず律儀に仕事を続けていた。
陽の光にも似た黄色い光を上から照らし、目に見えないダメージまで残さず回復させていく。

しかし、この異世界の機械をもってしても、精神的な疲れまでは取ることができないようだった。
大工場での戦いの疲れと混乱を引きずり、頭はまだぼうっとしているのに、身体だけが嘘のように軽い。
やがて停止した機械から降り、釈然としない顔でリュカは首を傾げた。

――確かに速いけど……でも僕は、普通に眠るのが良いなぁ。

そう考えていたところに、駆け込んでくる者があった。
弾かれたように顔を上げるリュカ。
部屋の入り口にはリンクが立っていた。

ひどく急いでいる様子でせかせかと歩み寄り、

「リュカ、来い!」

それだけ言うとリンクはリュカの腕を掴み、廊下へと引っ張っていく。

「えっ? ど、どうしたの?」

「サムスってやつ、やっぱりピンチみたいなんだ。助けに行くぞ!」

「準備できた!」

威勢の良い声に振り向いたルイージは、リンクがリュカの手を引いているのに気がつき目を丸くした。

「リュカ君、君は回復したばかりじゃ……。すぐに行って大丈夫かい?」

「あ……は、はい」

ややリンクの勢いに押されるように、リュカはこくんと頷く。
かぶせるようにリンクが意気込んでこう言った。

「リュカは連れて行く。リュカなら、サムスがどこにいようと絶対に分かるからな!」

「そんな、絶対にだなんて……」

急に大役を任され、慌てるリュカ。
そんな彼を、リンクは目で黙らせた。

「何言ってんだよ。……お前しかいないんだからな」

確かにそれは事実であった。

まだ決心がついていない様子のリュカ。真剣にその目を見つめるリンク。
ここで更に、ハッチに4人目のファイターが現れた。

「……私も行く」

「メタナイト! 君だって、まだ……」

ルイージは困惑し、眉を寄せる。
だが、相手を案じる優しさはあっても、無理に"休め"と言うほどの勇気を、彼は持っていなかった。

そんな彼に仮面の奥から真摯な眼差しを向け、メタナイトは静かに言った。

「……頼む」

短かったが、そこには切迫した複雑な心情が込められていた。

さすがにルイージは、頷かざるを得なかった。

山を背に、荒野に佇む黒い塔。
だがそのシルエットは、ルイージが以前見たものと違っていた。

動いているのだ。
ヒドラが触手を動かすように。大木が嵐で揺れるように。

最上部の構造が、特に激しく蠢いていた。
何かの形を取りかけ、崩れ、また伸び上がる。
最後に確認された位置から動いていなければ、あの渦中にサムスもいるはずだった。

森林を裾野に持つ山脈。
隠された洞窟の入り口から、ルイージ達を乗せた小型船が飛び立っていった。

塔周辺の見張りはすでに撤収していた。
不気味な静けさに、漠然とした予感がますます強くなっていく。
何かが起こる。何かが起きている。

船を着陸させ、4人はすぐに駆けだした。

事前に立てられた作戦は簡素なものだったが、無謀だと言っている暇はない。
今は一刻も早くサムスを見つけ出すのが優先事項だった。
4人はそれぞれの知識を活かしつつ、その場で即興の作戦を追加し、立てていった。

「そのサムスってファイターが、ダクトを通ってる途中に連絡つかなくなったっていうんなら、
おれ達はダクトを通らない方が良い。きっとなんかワナが掛けてあるんだ」

リンクのその言に従い、4人は門をそのまま突破、階段を駆け上がっていった。
サムスの気配を探すリュカの前後を守るように、残りの3人が配置する。
前に2人、後ろに1人。

ここまでは、案じていたほど敵の抵抗はない。
さきほどの門にしても、4人で十分捌けるほどの人形しか置いていなかった。
人形達の慌てようからしても、こんなにも早くファイターが駆けつけてくるとは予想していなかったようだ。

だが、メタナイトはこう言う。

「おそらく、警備は最上階に集中している。
捕らえたファイターを死守しつつ、何らかの手段で逃げるつもりだろう」

その言葉通り、フロアを上がり最上階に近づくにつれて人形の数が多くなっていった。
まずは緑服の見慣れた人形。フロアを上るにつれ、そこに手強い人形が混じってくる。
時には壊すことのできない障害物、稲光を発する棘つきの球体も立ちはだかる。

「別の道を探そう」

ルイージは先へ進もうと逸る3人を抑え、状況を慎重に判断していく。

前進と後退を繰り返しながらも、
リュカの感覚は、まだ見ぬファイターの心が着実に近くなっていることを感じとっていた。

「まだ上……上にいます」

最後の上り階段が、4人の前に現れる。
見上げると、最上階にむけて照明も暗くなっている。
ここを上れば、囚われのファイター達がいる部屋のフロアだ。

「だいぶ近くなった……」

呟き、リュカは階段の壁に手を沿わせる。
わずかな振動も逃すまいとするように。

しかし、周りでは地鳴りのような異様な振動が続いていた。
暗くてよく分からないが、彼らの行く手、最上階のフロア内がうねっているように見える。
この階段を挟んだ上で、建物が激しく変形しているのだ。

サムスを探そうと集中しているリュカ。
その背中を守るリンクは、下のフロアから人形の気配が近づきつつあるのに気がついた。
ルイージが限られた時間の中で入念に練ったルートでも、人形を全て撒ききることはできなかったのだ。

剣を持つ手に力をこめ、階段の彼方を見やる。

「――!」

その動きに、気づいた。

「みんなっ、上がれ! 早く!」

大声を出し、リュカの背を押す。

階段を駆け上がった4人の背後で、あっという間に通路がねじれ、ひねりつぶされた。

黒い小部屋。
4人はその中に出た。

前後では狭い通路が膨張と収縮を繰り返し、ふさわしい形を見つけようとしている。
ルイージが以前見た最上階とは、全く様相が違う。
全体的に前後に引き延ばされ、通路がくびれ、天井が低くなっているようだった。

「まるで生き物みたいだな……」

建物の内部を見やり、リンクは眉をひそめた。

視界に入るあらゆるものが蠢いていた。
壁も、天井も。床さえも足から絶えずその蠕動が伝わってくる。
およそ無機物の動きとは思えない、生々しい動きだった。

このフロアにも人形の姿はあったが、
絶えず蠢く建物に怯んでいるのか、彼らは通路の向こうからこちらをじっと伺い、動こうとしない。
あるいは背後の部屋を守るつもりなのかもしれなかった。もしかすると、そこにファイター達が囚われているのだろうか。

「……いた!」

リュカが小さく声を上げる。
集まってきた3人に、確信に満ちてこう言う。

「この向こうです」

指差したのは、膨大なエネルギーに震え、静かに波打つ漆黒の壁だった。

「ダクトを通っている途中で閉じこめられたんだ……」

ルイージの頭に、建物の変形に巻き込まれ、配管ごと絞り上げられるサムスのイメージが浮かぶ。
人形達に捕まったわけではないと分かり、ほんの少し安心できたものの、
助け出す方法が思いつかなくては状況はそれほど変わらない。

「ダクトって、風抜き穴みたいなもんなんだろ?
そこから素早く潜り込んでって助けるって、できないかな」

そう言ってリンクは小部屋を見渡す。

天井と床の端に金網のはまった穴があった。
だがそれらは、建物の他の部分と同じく不安定に揺れ動いている。
下手に中に入れば、サムスの二の舞になる可能性もあった。

壁を壊せれば早いのだが、4人のうちそこまでの破壊力を出せる者はいない。
材質は分からないが、漆黒の壁は以前壊した大工場の石壁よりも頑丈そうだった。
唯一太刀打ちできそうなものといえばリンクの持つ爆弾くらいだが、これほど狭い小部屋で使うわけにもいかない。

そこまで考えて、リンクの頭に閃くものがあった。
かなり荒っぽい手段だが、今はこれより他に方法はない。

リンクは床の金網に駆け寄り、抜き放った剣を力一杯叩きつけた。
ひしゃげた金網を取り払い、間髪おかずにもう片方の手で取り出した爆弾をダクトに投げ込む。
そして手近なところにあった自分の盾を応急のフタにし、全体重を掛けてダクトを塞ぐ。

くぐもった音がし、床面を走るダクトの形に添って床がひび割れた。

ひびは壁面にも達し、大きなひびの奥、わずかに色味の異なる金属が顔を覗かせていた。
閉鎖空間で炸裂し、強められた衝撃波が辛うじて閉じこめられたサムスのところまで届いたのだ。

深い傷を受けた壁はすぐにせり上がり初め、元に戻ろうとした。
それをルイージは急いで手で引き留め、精一杯引っ張って裂け目を大きくしようとする。
力は少ないが、そこにリンクとメタナイトも加わった。

3人が押さえるひび割れの前に立ちリュカは集中していたが、やがて目を開く。

「行きますっ!」

声と共に、両手をひびにむける。
手に輝きが灯ったかと思うと、それは六角形の光芒となってまばゆく弾けた。

引っぺがされるように、壁が左右に裂けた。

解放されたファイターが小部屋に倒れ込む。
人型をした、橙色の鎧。

「……やった!」

「サムス……大丈夫かっ?」

ルイージが駆け寄り、跪く。
銅色を帯び動かない手を必死に持ち上げ、彼女はかすれた声で言った。

「……ルイージ。
フィギュアは……皆はどうした……?」

「まずは君を助けるのが先だった。
捕まった仲間はこれから――」

途中ではっと顔を上げる。
これまでで一番長い振動が建物を揺るがしたのだ。

ほぼ反射的に、4人は身を伏せる。

直後、小部屋が真っ二つに裂けた。
上と、下に。

隙間から突風が吹き込み、壁の欠片やら金属片やらがリンク達の上にばらばらと降り注いだ。
4人は咄嗟にサムスを庇い、互いに腕をかけ半ば折り重なるようになって、鋼鉄の雨をじっと耐え続けた。

やがて、騒音が収まり始めた。
飛ばされそうな帽子を押さえ、ルイージは上を見上げる。

上空、そこには見慣れないものが浮かんでいた。
白い空をバックに翼を広げる、黒い鳥。

あまりの巨大さに、それが塔の最上部の変形したものだと気づくのに数秒かかる。

遠ざかっていく巨大な"鳥"。
塔からくびり取られた部分、底面に開いた穴が、次々とふさがっていく。

その穴の1つに、ルイージは仲間の姿をかいま見た。
機械の中に捕らえられ、微動だにしない銅像と化した仲間を。

何かしらの力を失ったのか、5人が脱出した背後で黒い塔は大小様々な破片をまき散らし、呆気なく崩れ落ちていった。

ルイージの肩を借りやっとのことで歩いていたサムスだったが、小型船でマザーシップへ戻る頃には体力が徐々に回復しつつあった。
四肢の色は少しずつ戻り、緑色のバイザー越しに見える顔も先ほどより生気を取り戻している。

小型船の操縦室の壁に背を預けて座り、彼女はしばらく目を閉じて休んでいた。
やがて長い沈黙の向こうから、彼女はこう口を切る。

「なぜ私を助けた。
……あれの離陸に巻き込まれたとしても、せいぜいフィギュアになるくらいだ。
君には先の通信で、捕まったファイターを助けろと言ったはずだ」

疲れた声の底に苛立ちをこめるサムスに、リンクは憤慨し何かを言いかける。
だがその前に、ルイージが宥めるように言った。

「気持ちは分かる。
でもあの時……君を放っておいて先に進んだとしても、みんなを助ける時間は残されてなかったと思う。
それにフィギュア化した君が僕らより先に人形に見つかり、さらわれてしまったら……。
マザーシップを扱えるのは君だけだ。
この世界について考えるのにも、僕らだけじゃ絶対に力が足りない」

仲間を助けられなかった後悔。
やり場のない苛立ち。
それを抱えているのは、ルイージ達も同じだった。

船内を包む、先ほどとは別種の沈黙。
5人がそれぞれ抱く無言の感情が、それを紡ぎ出していた。

マザーシップ格納庫。
着陸後の排気が収まるのを待たず、ピーチがドレスの裾をはためかせ出迎えに走ってきた。

小型船の開かれたハッチから足早に出てきたサムスを見つけてピーチは顔をぱっと明るくし、声を掛ける。

「サムス、無事だったのね?」

しかし、サムスは急いでいる様子でそのままピーチの前を通り過ぎ、操縦室の方角に姿を消してしまった。
後から出てきたルイージが、声を落としてピーチに言う。

「捕まってたみんなを助けるのが間に合わなくて……連れ去られてしまったんです」

その言葉に彼女は少し目を丸くしたが、間を置いて静かに頷いた。

「そう……そういうところだろうと思ったわ。あの様子だもの。
でも、まずは彼女が無事だったのだから、喜ばなくちゃ。ね?」

ピーチはそう言って、明るく微笑んでみせた。

「姫、そういえばピット君の様子は?」

「ピット君はまだ寝ているの。でも大分顔色が良くなったと思うわ。
機械に任せきりにするのはどうしても私心配なのだけど、とはいえ私に出来ることは側にいてあげることくらいですものね……。
……あら、3人ともお疲れ様!」

と、途中でピーチは船から出てきたリンク達に声を掛ける。
ルイージも振り返り、こう言った。

「ありがとう、お陰で助かったよ!
今日はもう疲れただろうし、あとは僕に任せて休んで良いよ」

リュカはその提案にほっとした顔をして頷いたが、リンクは不服そうに口をとがらせる。

「まだ詳しい話聞かせてもらってないのにか?
あのサムスってやつともまともに話せてないし」

それに対し、ルイージは自分のことのように申し訳なさそうな顔をしてこう言った。

「今はちょっと、そういう余裕が無いかもしれないな……。
詳しいところは、明日聞かせる。約束するよ」

リンクは渋々といった様子で頷き、リュカと共に廊下へ向かおうとした。
と、その背をルイージが呼び止める。

「あぁ、そうだ!
大切なことを忘れていたよ。3人とも、一旦招待状を貸してくれないかな」

「招待状……?」

その言葉が出たのはあまりにも久しぶりのことだった。
リンクはきょとんと目を瞬き、そしてようやくその存在を思い出す。

「ああ、マスターハンドからの招待状のことだな。
でもなんだって今、それが必要なんだ?」

「あの白い粒子が残ってないか調べたいんだ。もっとも、調べるのはサムスなんだけどね」

それを聞いて、リンクとリュカは目を丸くした。メタナイトでさえも、ルイージの顔を改めて見返した。
人形を構成する粒子、それが名誉ある招待状に付着しているだなんてあまり気分の良い話ではない。
そんな3人を安心させるため、ルイージはこう付け加えた。

「念のためだよ。たぶんもう残っていないとは思う。
カービィの招待状も、調べた結果は全くのゼロ。すっかりきれいになっていた」

「で、なんでおれ達の手紙にあの光のツブがついてるって言うんだ?」

なおも用心した口調でリンクが問う。
一つ頷き、ルイージは真剣な顔で説明を始めた。

「前例があるからさ。
これだけ広い世界なのに、なぜエインシャントは僕達を見つけられたと思う?
……それは、手紙が発信源にされてたからなんだ」

その後を、ピーチが引き継ぐ。

「招待状がマスターのところから私達の住むところに届くまで、
その空間のトンネルを通る間に、エインシャントがこっそり粒子をつけた、と予想されているわ。
くっついた粒は少しずつ何かに……おそらくは電波に変化して、私達の居場所を発信し続けていたの」

「実際に、サムスは自分の招待状であの粒を見つけている。僕ら2人のにも、ほんの少しだけど残っていた。
もっとも、それはここに来てあまり経たないうちに調べたからなんだけどね。
姫が言った通り、粒は少しずつ変化して消えていくから、今日まで残っていることはないと思う。
でも、やっぱり念には念をって言葉もある。だから、一度貸してほしいんだ」

ルイージがそう言うと、今度は3人ともすぐに招待状を渡した。

リンクとリュカは招待状を渡した後、すぐには寝室に向かわずピーチの案内で医務室を訪れていた。

自動ドアが音もなく滑るように開き、室内の様子が目に入る。
そこは、2人が想定していた医務室とは少し趣が異なっていた。

まず、部屋が狭い。数人の見舞客が来ればすぐに足の踏み場もなくなってしまいそうなくらいだ。
空間を節約するためなのか、それとも医学的な理由からか、中央に置かれたベッドは頭が上に来るよう傾けられてある。
傾きは30度くらいだろうか。そんなに傾いていては眠りにくそうな気もするが、そこに寝かせられたピットの顔に寝苦しそうな様子はない。

また、ベッドには円筒を縦に切ったような覆いが被せられており、その覆いはわずかに青く発光していた。
その光が当てられている以外は、何も処置が行われていないようだ。

2人がピーチと共に部屋に足を踏みいれると、ベッドの向こう側からカービィが飛び出してきた。
いきなり現れたように見えたが、身長が低いせいでベッドの陰に隠れてしまっていたのだ。

「あっ、もどってきたんだ!
サムスは? サムスはだいじょぶだった?」

開口一番、そう尋ねるカービィ。

「ああ、おれ達がちゃんと連れ戻してきたからな!」

リンクは胸を張ってそう答え、続いて声を落としてこう聞いた。

「……ところで、ピットの様子はどうだ?」

「さっきからずっとねてるみたい。
でも、なんだかかおいろが良くなってきた気がするよ」

青い覆いのために頬に血の気が戻っているかどうかは分かりにくくなっていたが、
確かにカービィの言う通り、ピットの寝顔は運び込まれた時よりも穏やかになっていた。
ただ仮眠を取っているだけにも見えた。服に残された煤や焦げ目がなければ。

リンクとリュカはしばらく黙って、彼の服に残る戦いの爪痕を見つめていた。
大工場での戦いからもうすぐ1日が経とうとしているなんて、信じることができない。
あの日の出来事は、それだけ絶望的な記憶だった。

同じ修羅場をくぐり抜けた自分たちの体に傷が無く、ピットだけがこうして倒れてしまったのは彼がファイターではないからだという。
逆に言えば、ファイターになっていたからこそ自分たちは疲労を覚えたり、あるいはフィギュアになってしまうだけで済んだのだ。
ダメージを目に見えない数値として肩代わりする。ファイターの持つ奇妙な特性を、2人はショックにも似た感情と共に受け止めていた。

そんな気持ちが顔に表れていたのだろうか、ピーチが2人にこう声を掛けてきた。

「でも、もう心配することはないわ。こうして間に合ったのですもの」

そして、見上げた2人に優しい笑顔を返す。
リンクはようやくいつもの元気を取り戻し、頷いた。

「それもそうだな!」

ファイターの特性を知らなかったとはいえ、巻き込んでしまったピットに対する申し訳なさはまだ残っていた。
しかしピーチの言う通り、今はまずあの状況から5人とも助かったことを喜ぶべきだろう。

彼が目を覚ましたらどう言葉を掛けるべきか考え込み始めたリンクの横で、
次にリュカが顔を上げ、ピーチに尋ねかけた。

「……ところで、これ、動いてるんですか?」

宇宙船の医務室で治療を受けていると聞いて想像していたのは、
昆虫の脚みたいな機械のアームをたくさん生やした、まるで機械のメンテナンスでもするかのような物々しいベッドだった。

しかし、目の前にあるベッドはカバーで外界と隔てられている他は特に何の変哲もないベッドである。
動くこともなくまったく静かなもので、覆いの中に青い光を満たしているのみ。
それ以外に特別、何か処置をしている様子もない。

ピーチは、安心させるように頷いた。

「ちゃんと動いているわ。あなたたちが使った回復装置と同じで、この光が全部治してくれているんですって。
もしかしたら、あなたの使える力と仕組みが似ているかもしれないわね」

「力……ヒーリングαのことですか?
でも、僕のはここまで強くないなぁ……」

目を丸くして、改めてリュカはその青い光を眺めた。
隣のリンクも腕を組み、嘆息と共にこう言う。

「へぇーっ、このキカイも"サイ"が使えるんだ!
……なんていうか、このフネって色々すっごいとこなんだな」

寝かせられたピットはすっかり怪我も治り、静かで規則正しい寝息を立てていた。
リンク達はしばらく医務室に残り、雑談などしつつ彼が起きることを期待しながら待ったが、
やはり疲れているのか、ピットはまだ目を覚ましそうになかった。

やがてピーチが他の3人にこう声を掛ける。

「さあ、もう寝ましょう。
とくにリンク、リュカ、あなたたちは今日のことで頑張ったから疲れたでしょう?
私についてきて。あなたたちの部屋を紹介するわ」

リンク達の部屋として用意されていたのは、予備の小さな貨物室だった。

ただ、貨物室とはいっても壁際に2つほど空の棚が並んでいるだけで、布団が4つ運び込まれている他は何もない。
案内してくれたピーチによれば、ここに置かれていた建材などは全て、すでに船の修繕のために持ち出されたらしい。
それでもまだ修理のめどが立たないと言うのだから、マザーシップの受けた損壊はよほど大きいのだろう。

2人の帰艦にすっかりはしゃいでいるカービィは、しばらく狭い部屋の中を跳ね回り踊っていたが、
布団に入ったリュカが早々に眠ってしまったため、今はリンクに言われて自分も毛布に収まっている。

それでも相変わらず嬉しそうにくすくすと笑っているカービィに、寝転がったままリンクが聞いた。

「なぁ。あのサムスっての、どんな人なんだ?
あんましゃべんないし、しゃべっても難しいこと言ってるしさ」

結局、塔で助けて以来リンク達の前にサムスが姿を現すことはなかった。
ピーチによれば船の先頭にある操縦室にこもっているそうなのだが、
せめて自己紹介くらいはしてくれても良いだろう、とリンクは少し不満を持っていた。

そんな様子には気づかず、カービィは明るい声でこう答えた。

「サムス?
うん、すっごくたよれるひとだよ!
いろんなことにくわしいし、あわてるとこなんて見たことない。
サムスが来たからにはもうだいじょうぶ!」

笑顔で太鼓判を押す。
『スマブラ』でおそらく長い間彼女のことを見てきたカービィが言うのだから、信じて良いのだろう。

「ふーん、そうか……」

リンクは仰向けになり、薄ぼんやりとした照明が灯る天井を見上げた。
木とも鉄ともつかない妙につるつるとした壁に囲まれ、何となく落ち着かないが、
大工場に続いて塔で戦った気の疲れからだろうか、少しずつ眠気が近寄ってきていた。

だが、彼の心にはまだ引っかかるものがあった。
腕を組んで枕にし、その違和感を頭の中でひっくり返したり透かしたりしたものの、正体が分かることはなかった。
じきに彼は諦め、眠ることに決める。

その前に、ふとリンクはリュカに声を掛けた。

「なぁ」

自分が"フィギュアになった"とは、どのようなことだったのか、と問うつもりで。
しかし、そこでリュカが既に眠っていることを思い出した。
規則正しい寝息が、隣の毛布から聞こえてくる。

リンクは肩をすくめ、自分も目をつぶった。

マザーシップ船内。
夜になり、若干明度の落とされた通路。
子供達もすっかり寝入り、静かな廊下にはわずかにヒールの音だけが響いていた。

足音の主はピーチ。
桃色の優美なドレスに身を包み、ティアラを頂く一国の姫は手ずから、菓子の皿とティーポットの載ったトレーを持っている。

彼女がまっすぐに向かう先は、船体最前部にある操縦室。サムスのいる部屋だ。
ピーチは、塔から救出されたサムスの様子が気がかりだったのだ。

仲間を案じ自ら盆を運ぶその姿は甲斐甲斐しく、全く姫という気位を感じさせなかった。

自動扉の前に着いたピーチは、両手がふさがっているため扉越しにサムスの名を呼ぼうとする。

しかし、不意にその目の前で扉が勢いよく開いた。

「あら!」

小さく声を上げ、反射的に一歩退く。

「……」

部屋から出かけて立ち止まったサムスも、緑色のバイザーの向こうで少し驚いた表情をしていた。

橙色のパワードスーツに全身を固め、全ての神経をぴんと張り詰めさせた姿。
ピーチはその様子をじっと見つめ、そして真剣な顔で尋ねる。

「どこへ行くの?」

サムスは一瞬視線を逸らし何事か考えを巡らせて、やがて観念したように答えた。

「……敵の輸送船に発信器ビーコンを取り付けに行く。
小型偵察船でも、今ならばまだ追いつけるはずだ」

「そんな……あなたはまだ――」

怪我が治ってないんじゃ、と言いかけて、ピーチは口をつぐんだ。
ファイターは怪我をしない。そのことを思い出したのだ。
大まかに言って健全か動けないか。その2つの状態しかない。

しかし、それが分かっていてもピーチは憂慮をぬぐい去ることができなかった。
沈黙の内に、やがてその気持ちは決心に変わる。

「私も連れて行って。今は……あなたを1人で行かせたくないの」

すがるように言った。

だが、見つめるバイザーの向こうで静かに、きっぱりと首を横に振る気配があった。

「この工作は単独で行うべきものだ。複数人を動員する必要はない」

「でも……」

ピーチは口ごもる。
遠回しに"連れて行けない"と言われたことは分かっていた。
それでも、安易に引き下がることは彼女の性格が許さなかった。

心配を隠せないピーチの瞳をサムスはまっすぐに見つめて、言った。

「……無理はしない。必ず帰る」

ピーチは、緑色の影の向こうにある仲間の目を見つめ返す。
しばらくその瞳の中に何かを探しているようだったが、やがてわずかにうなだれ、目をつぶる。

彼女が持つ盆。そこに乗せられている白磁のティーポットは口からゆっくりと湯気を立て、
その隣に置かれた皿には、彼女が船の食料から作った手作りのクッキーが盛られている。
きれいに磨かれた華奢なティーカップ。2つ用意されたそのカップには、まだ何も注がれていない。

黙っていたピーチは、再び顔を上げる。
その目にあった憂いは消え、いつものひたむきな光が戻っていた。

彼女は真剣な声で、こう言った。

「きっと今日のことで、相手の警戒は厳しくなっているわ。
見つからないように気をつけて。
……必ず、帰ってくるのよ」

サムスは何も言わず、短く頷いた。

マザーシップが隠されている洞窟を出た先には、森林地帯が広がっている。
入り組んだ山肌と生い茂る森林が、マザーシップの隠れ蓑になっているのだ。

しかし、この世界では自然の物ほど頼りない物はない。
今サムスが偵察船を駆ってくぐり抜けている森林地帯にしてもそうだ。
船体が木肌や枝をかすめただけで、木々は形を崩し白い粒子へと姿を変えてしまう。

――この世界は死にかけている。
……いや、あるいはすでに死んでいるのかもしれない。

木々に当たらないよう巧みに操船しつつ、サムスの頭にふとそんな言葉が浮かんだ。

この世界に本来あっただろう街や道路などの人工物、そして森や川などの天然物。
それらはほとんど崩壊、消滅し、あるいは色褪せて力無く点在するのみ。
堅牢に建っている構造物は、街や森の"まがい物"、あるいは人形工場や研究所……大抵がエインシャントの息のかかったものなのだ。

滅びつつある世界にしがみつき、元あったものを食い潰し、その一方でまがい物の構造物を作り。
その場しのぎの延命を施してまで彼が固執する目的は、意図は何なのか。
それを推察するには、まだ情報が足りない。

――しかし、やるべきことは初めから決まっている。
エインシャントの本拠地を突き止め、彼の野望を打ち砕く。
そのためにも……

サムスは、操縦球の上で手を傾けた。
反応し、船が枝葉をぬって舞い上がる。
加速度と重力で、座席に背が押しつけられた。

船は深夜の空気を鋭く切り裂いて上昇し、灰色の雲海の中に入った。

数層の雲を隔てた上空には、弱々しく輝く天体。
そして眼下には、黒い機影が沈んでいる。
塔から飛び去っていった輸送船だ。

夜闇の中を飛行する輸送船。全体的に薄っぺらい形をしているが、上から見た面積で言えばマザーシップよりも大きいだろう。
巨鳥を思わせるその影に上空からぴたりと並行して、サムスは偵察船を走らせる。

頭部にコクピットがあるのなら、そこはぎりぎり死角に当たる位置関係のはずだ。
またこちらには、雲によるカモフラージュ効果もついている。

彼女が輸送船を追いかけてきたのは、先ほどピーチにも伝えた通りビーコンをつけるためだった。
ここまで肉薄しておきながら仲間達を取り返さないのには理由がある。

フィギュアにされ、何かしらの方法でエインシャントの思うままに動く駒にされてしまったファイター達。
塔から運び出され、それをたった1人で追いかけている今、彼らを直ちに助け出す方法はない。
今乗っている小型船は偵察任務用であり、武器らしい武器を搭載していないのだ。

救出が叶わない今は、次善の策に出るほか無かった。

彼らを乗せるこの"鳥"は、おそらくはエインシャントの潜む拠点に向かうだろう。
したがって、輸送船にビーコンを付けておけば彼らの拠点が分かる。
後は態勢が整い次第、早急に拠点へと突入し救出する。

サムスは迷いのない手さばきで、ビーコン発射プロトコルを呼び出す。
目標は、真下を飛ぶ巨鳥の胴。
偵察船の簡易AIが距離を測定し、風向きを予測し、そしてGOサインを出す。

発射。

放たれる、銀色の微かな輝線。
ミサイル型ビーコンが雲海を切り裂き、そして消える。
モニタの上では、しっかりと着弾したことが示されていた。

間違えようもない。
何しろ敵の輸送機の大きさを鳥に例えるなら、こちらの偵察船はその頭上に纏わり付く甲虫ほどしかないのだ。

だが。
突然、モニタからビーコンの反応が消えた。

サムスが真っ先に疑ったのは計器の異常だった。
再計測を命じかけて、その手が凍り付いたように動きを止める。

――……違う。
これは……!

"巨鳥"が動いた。雲に紛れ、纏わり付く虫に気づいたのだ。

全身を構成する黒く冷たい金属。
それが波打ち、あちこちで鋭くとがっていく。

形作られたそれは、銃座だった。

 "ガ ガガガガ ガガガガッ"

咳き込むように放たれる、無数の光弾。
目を灼くような光の雨が吹き上がり、瞬く間に視界を埋め尽くす。

橙色の偵察船は急速浮上し、雲海の高みに姿を消した。
遅れて、船がいた空域を銃撃が舐めるように追いかけていった。

それを見届け、巨鳥は"ぶるり"と身震いをする。
ちっぽけな塵。巨鳥の生きた装甲によってひねり潰されたビーコンが、はるか下の地面へと落ちていった。

危うい所を切り抜けたが、しかしサムスの顔に余裕はない。
偵察船の姿勢を安定させ、計器類に鋭い目を走らせる。

損傷軽微。航行速度が限界に来ていることを除けば、問題はない。

――こうなれば……内部に潜入して直接取り付けるしかない。

彼女の手に握られた、小型のビーコン。
それは、今日塔に潜入したときにも所持していたものだった。
元から彼女は囚われた仲間の誰かにこれを付け、敵の拠点を探り当てようとしていたのだ。

船内に潜入し、気づかれないように仲間の体に付けてしまえば先ほどのように潰されることもないだろう。
後は、そこまでたどり着けるかどうか。

サムスは偵察船のAIに自動操縦を命じ、運転席を立つ。
船がゆっくりと慎重に高度を落として行く中、彼女は昇降口のハッチに手を掛けた。

AIとリンクしバイザーの裏に表示された高度を数え……そして、昇降口を開く。

わずかに空気のもれる音がして、重い金属のハッチが開かれた。
吹き込む風がスーツの表面を素早く撫でていく。

眼下に広がるのは、大地のように圧倒的な広さを持った黒い金属。
ここまで近づいた今、それはまるで夜の海原のように見えた。闇の中、灰色の雲がその上を滑るように走っていく。
視界の端まで広がる黒。これが全て、巨鳥の背なのだ。

接近に気づき、巨鳥が再び砲撃を開始する。
偵察船は吹き上げるような光弾の雨をかわしつつ、なおも自動運転でゆっくりと降下していった。

巨鳥の背が、少しずつ近づいてくる。

サムスはハッチの端に足をかけた。
後は、己の勘を頼りに飛び降りるだけ。

「……」

だが、彼女はためらった。

その脳裏に去来したのは、仲間の姿。
マザーシップで彼女の帰りを待つピーチ。
危険を承知で助けに来てくれた、新入りの少年達。
そして、彼らを見つけ、救出したルイージ。

もし自分が戻れなかったら、彼らを守る者は誰だ?

自問した彼女の前で、不意に風が変わった。

地の底へと引きずり込むようなダウンバースト。
乱気流に巻き込まれ、偵察船は激しく揺さぶられる。

振り落とされまいと、サムスは急いで壁面の手すりを掴んだ。
偵察船の慌ただしい噴射が壁を伝わって聞こえてくる。
AIが気流に逆らい、何とか船の姿勢を保とうとしているのだ。

腰を低くしてサムスは操縦席を振り返った。

視界に入ったモニタの表示に、一瞬目を疑う。

"鳥"の反応は、あっという間に偵察船のレーダー範囲から外れようとしていた。
あのアナログな姿からは想像もつかないほどの加速をつけ、この空域を離脱したのだ。
6000、11000、57000……見る間に反応は遠ざかっていく。

自他の距離は、もはや決定的なまでに開いていた。

偵察船はすでに限界速度に達している。
つまり、もう追いつくことはできない。

信じられないが、しかし事実だった。

風が収まった。
サムスは少しの間目をつぶり、そしてきっぱりと立ち上がる。
操縦席に座り、母艦への帰路に船を向けた。

マザーシップの高性能レーダーを総動員しても、
ビーコンも何も付けられていない対象の行方を追うことには限界があるだろう。

それでも今は、戻るしかなかった。

照明が抑えられた操縦室。
中央に立つのは、いくつもの仮想ディスプレイを宙に展開させたサムス。

スーツを脱ぐ間も惜しみ、ここに来たらしい。
パワードスーツのヘルメットだけを外し、険しい顔をしていくつものディスプレイを操作し、無言でAIに指示を飛ばしている。
橙色の鎧に包まれた手が仮想の表示を操り、時折立ち位置を変えるときの硬い靴音だけがこだまする。

空調の音すら彼女に遠慮したかのように静かな中、ふいにサムスは振り向いた。
わずかに空気が香るのを感じたのだ。

入り口に立っていたのは、ルイージ。
その手にはティーカップがあった。
花に似た香りが、そこから立ち上っている。

紅茶をこぼさないように慎重な足どりで、ルイージはサムスの側へ行った。
仮想ディスプレイに触れないよう気をつけながら、カップを台に置く。

その一部始終を見届け、

「紅茶……? 備品にあったか?」

怪訝そうに眉をひそめるサムス。
ルイージは軽く首を横に振った。

「いや、姫が持ってきていたものなんだ。
元々はみんなへのおみやげだったもので……」

そこでディスプレイに目をやる。
進捗状況を知りたかったのだがいかんせん表示が難解すぎ、彼には理解することができなかった。

「……サムス、どうだい?」

遠慮がちに問う。
サムスは力無く首を振った。
彼女はすでに焦りの段階を過ぎてしまったらしく、いつもの冷静な声に戻っていた。

「だめだ。
どう計算しても、マザーシップが飛べるようになる前に"鳥"はこちらのレーダー範囲から外れてしまう」

「小型船で追いかけたら……?」

と、言いかけて、ルイージは声を途切れさせる。
サムスが再び首を振ったのだ。

「……既に試した。だが、完全に振り切られてしまった。
偵察船の航行性能では、もはやあれに追いつくことはできない。
せめてマザーシップの推進装置だけでも無傷だったなら……」

そこでサムスはディスプレイに目をやり、静かにため息をつく。
隠しようのない疲労が、その横顔に表れていた。

「このままでは敵の拠点も分からず、彼らを助けることもできなくなってしまう。
せめてあの時、私が皆の捕らえられた部屋にたどり着き、発信器をつけることができていれば……」

そう言ってサムスが手に取ったのは、小さな黒い機械。小型のビーコンである。
ルイージ達がマリオを救い出そうとしていたあの時も、塔に侵入していたサムスの本来の目的は先ほどと変わらない。
どこかにファイターが連れ去られる前に彼らの行き先を追いかけられるようにしておくためだった。

「サムス……自分を責めることはないよ。
誰だって、あの塔が飛行機になるなんて予想できない」

ルイージはそう声を掛けたが、サムスの耳には入らなかったらしい。
彼女はディスプレイの一点を見詰め、すでに考え事に没頭していた。

ほのかに湯気を立てる紅茶のカップに目をおとし、ルイージは眉間にしわを寄せる。
この状況の打開策を、自分も思いつくことはできないか、と。

ディスプレイに険しい視線を向けるサムスと、難しい顔をして俯くルイージ。
その沈黙を、軽いノックの音が破った。

ルイージは顔を上げて訪問者の姿を認め、目を丸くした。

「あれ、まだ起きてたの?」

訪問者、メタナイトは壁をノックした手をマントの中に収め、頷いた。

「忙しいところ申し訳ない。
しかし、1つ話しておきたいことがある」

彼の話を一通り聞き終えたサムスは、改めてメタナイトを見据え、用心深く聞き返した。

「つまり……君はエインシャントに操られてのか?」

「ああ。私の言葉だけで足りなければ、明日リンク達に聞くと良い」

彼はそう答えたが、ここで嘘をつくはずもない。
自分が操られていたことを明かすことは、彼にとっては損になるからなのだ。

エインシャントがどうやってファイターを操っているのか詳しく分かっていない以上、
いつまた自分を失うか分からないからという理由で、仲間から警戒されてもおかしくはない。
それをあえて伝えたということは、それだけ仲間にとって重要な情報だと判断したからだろう。

「いずれにせよ、互いの得た情報を交換する必要があるからな……」

そう言い、考え込み始めたサムスの横で、
今度はルイージが身を乗り出し、急ききって尋ねる。

「そ、それよりも……つまり、エインシャントの洗脳は解けるってことだよね!?」

彼の頭に真っ先に浮かんだのは、兄の姿だった。
兄を取り戻せるかもしれない。その可能性に、目の前が急に開けたように思っていた。

そんなルイージに対し、サムスはあくまで冷静に現状をまとめる。

「事例はこの1つしかないが。
しかし、少なくとも可能性はあるということだ」

「それでもないよりはましさ!
ねぇ、カービィは戦うことで君の洗脳を解いたんだったよね。
じゃあ僕もあのとき、逃げずに兄さんに向かっていれば……」

ルイージがそう言うと、メタナイトは難しい顔をして壁の方へ目をやった。

「……それはどうだろうか……。
しかし、何かを思い出させるようなきっかけになるのならば……あるいは」

ほとんど呟くような言葉を捉え、サムスはそれを繰り返した。

「何かを、思い出す?」

対し、メタナイトは一つ静かに頷いた。

「ただ、このあたりは私もよく覚えていない上、参考になるものか確信がないのだが」

そう前置きして、メタナイトはこう続ける。

「夢を見ていた。
昔の記憶そのままの、鮮明な夢を。
……おそらくカービィは言っていなかったと思うが、私と彼とは何度か対立している。
その発端となった、ある事件での対峙……夢は、それを一寸違わず再現していた」

サムスとルイージは顔を見合わせる。

過去の記憶。
カービィがそうとは知らず、それを再現したこと。
きっとその一致が、エインシャントの洗脳を解く鍵となったのだろう。

「サムス」

先に、ルイージが口を開いた。

「……兄さんを、マリオ兄さんを探そう!」

Next Track ... #18『Now's the Time』

最終更新:2014-09-23

目次に戻る

気まぐれ流れ星

Template by nikumaru| Icons by FOOL LOVERS| Favicon by midi♪MIDI♪coffee| HTML created by ez-HTML

TOP inserted by FC2 system